説明

磁気記録媒体用潤滑剤、磁気記録媒体および磁気記録装置

【課題】磁気記録媒体面の摩擦係数を低く保つことができる、潤滑剤の蒸発を少なくできる、ディスクの回転による潤滑剤のマイグレーションを抑制することができる、揮発性有機物の侵入を抑えて、磁気記録媒体の信頼性、特に長期信頼性、を向上させることができる等の効果のいずれかを実現することができる潤滑剤を提供する。
【解決手段】粘度の温度依存性の大きな潤滑剤を使用する。書き込み対象領域や読み取り対象領域を加熱できる磁気記録装置を使用することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体用の潤滑剤、その潤滑剤を用いる磁気記録媒体および磁気記録装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
デジタルコンテンツの拡大にともない、パーソナルコンピュータだけでなく、ハードデスクレコーダー付きカーナビゲータなど様々な分野にもハードディスクドライブ(HDD)が普及しており、より多くの情報を記録するためにHDDの大容量化が求められている。
【0003】
ハードディスク装置の記録部分は、主に情報を読み書きする磁気ヘッドと、情報を蓄えるための磁気記録媒体から構成される。磁気記録媒体には、磁気ヘッドとの摩擦係数を低減させ、また、ヘッドとの間欠接触の際の衝撃を緩和する等の目的から、保護層上に潤滑層が設けられている。
【0004】
この様子を図1,2に示す。図1はハードディスク装置の内部構造を示す模式的平面図であり、図2は、ヘッドと、磁気記録媒体との関係を示す模式的横断面図(磁気記録媒体磁性層に垂直な方向で切断した図)である。
【0005】
このハードディスク装置は、図1に示すように磁気記録媒体1とヘッドを備えたヘッドスライダ2、磁気記録媒体1の回転制御機構(たとえばスピンドルモータ)3、ヘッドの位置決め機構4および記録再生信号の処理回路(リードライトアンプ等)5を主要構成要素としている。
【0006】
ヘッドスライダ2は、図2に示すように、サスペンジョン6およびヘッドスライダ2を柔軟に支持するためのジンバル7により、ヘッドの位置決め機構4と連結されており、その先端にヘッド8が設けられている。ヘッドスライダ面にはヘッドスライダ保護層9とヘッドスライダ潤滑層10が設けられている。
【0007】
磁気記録媒体1は、図2の下方から基板12、Cr下地層13,磁性層14,磁気記録媒体保護層15,磁気記録媒体潤滑層16等がある。シード層等のその他の層が設けられる場合もあるが本図では省略してある。
【0008】
この磁気記録媒体潤滑層は液体の薄膜であり、ディスクの回転や、ドライブ内の環境変化により容易に、蒸発しやすいという欠点がある。
【0009】
その他の問題としては、マイグレーションと呼ばれる現象が知られている。ハードディスクは年々、磁気記録媒体が早く回転すればするほど、情報の読み書きする速度が速くなるため、情報の記録再生の速度を早くすることを目的とし、磁気記録媒体の回転速度が高速化しており、現在では、15000rpmに達しているが、このような磁気記録媒体の高速回転に伴い、磁気記録媒体表面上の潤滑剤が、中心部から周辺部の方へ移動してしまうことがある。これがマイグレーションと呼ばれる現象である。マイグレーションを起こすと中心部で潤滑剤の不足が生じ、潤滑不足による様々な問題を引き起こすことになる。
【0010】
潤滑不足以外の問題としては、揮発性有機物の侵入防止不足がある。
【0011】
磁気記録媒体潤滑層には、ハードディスクドライブの中に存在する揮発性有機物と呼ばれるガスに対して、磁性層を保護する役目を担っている。すなわち、揮発性有機物が磁気記録媒体中に侵入し、磁性層の磁性物質と化学反応を起こし、腐食等の障害を引き起こすが、磁気記録媒体表面に塗布された潤滑剤が揮発性有機物質の付着や侵入を阻止している。この揮発性有機物の侵入防止機能が、上記蒸発やマイグレーションによって低下すると、腐食等により、磁気記録媒体の再現の信頼性、特に長期間記録を残しておくという性能(長期信頼性)が不足してくる。
【0012】
なお、次世代HDDの記録方式として、熱アシスト記録方式がある(例えば引用文献1〜3参照)。この熱アシスト記録では、磁気記録媒体の記録密度を高めるために、磁気記録媒体に従来よりも保持力が高い材料を用いている。保持力が高くなることで、磁化された場所が小さくなっても、安定した記録を実現できる。しかしながら反面、保持力が高いために、通常の磁気記録ヘッドの磁力では弱すぎ、磁気記録媒体に容易に磁気情報を書き込むことができない。そのために、熱アシスト記録方式では、熱による助けを借りる。すなわち、磁性材料は温度が高くなるほど、保持力が低下する性質があるため、熱アシスト磁気記録装置では、磁気記録媒体の記録する部分を一時的に加熱する機構が設けられている。
【0013】
磁気ヘッドが情報を書き込む際、磁気記録媒体表面上をスポット的に加熱することで、加熱された磁気記録媒体における記録層の部分がキュリー温度またはキュリー温度に近い温度まで加熱され、保持力が一時的に低下する。そこで、熱アシスト記録方式では、磁気記録媒体記録層の保持力が低下している間に、磁気ヘッドで磁気情報を磁気記録媒体中に書き込む様式をとっている。この加熱を一般的には熱照射と呼ぶ。
【特許文献1】特開2007−184092号公報(特許請求の範囲)
【特許文献1】特開2006−12256号公報(特許請求の範囲)
【特許文献1】特開2006−155708号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
以下の諸実施形態は、上記欠点を解消または緩和できる新規な潤滑剤やその潤滑剤を使用する技術を提供することを目的としている。さらに他の目的および利点は、以下の説明から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0015】
25℃において流動性を示さず、80℃において流動性を示す、磁気記録媒体用の潤滑剤や、25℃における粘度が100Pa・s以上であり、80℃における粘度が1Pa・s以下である磁気記録媒体用の潤滑剤等の、粘度の温度依存性の大きな潤滑剤を使用することにより、低い摩擦係数、潤滑剤の蒸発の減少、マイグレーションの抑制、揮発性有機物の侵入抑制が可能になる。
【0016】
この潤滑剤からなる磁気記録媒体潤滑層を備えた磁気記録媒体を用いるための磁気記録装置として、熱アシスト磁気記録装置等の、書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、または、書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、かつ、読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍に加熱が施される装置を採用すれば、上記効果をフルに発揮させることができる。
【発明の効果】
【0017】
以下に開示する潤滑剤を使用すれば、磁気記録情報の書き込みや読み取り時に磁気記録媒体面の摩擦係数を低く保つことができる、潤滑剤の蒸発を少なくできる、ディスクの回転による潤滑剤のマイグレーションを抑制することができる、揮発性有機物の侵入を抑えて、磁気記録媒体の信頼性、特に長期信頼性、を向上させることができる等の効果のいずれかを実現することができる。
【0018】
また、下記に説明するこの潤滑剤に適した磁気記録装置を使用すれば、上記効果を十分に発揮させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明の実施の形態を図、実施例等を使用して説明する。なお、これらの図、実施例等及び説明は本発明を例示するものであり、本発明の範囲を制限するものではない。本発明の趣旨に合致する限り他の実施の形態も本発明の範疇に属し得ることは言うまでもない。
【0020】
粘度の温度依存性の大きな潤滑剤を使用することで、上記の効果を得ることができることが判明した。
【0021】
このような、潤滑剤を使用すれば、普段は高粘度に起因して潤滑剤の蒸発を少なくでき、また、ディスクの回転による潤滑剤のマイグレーションを抑制することができる。また、揮発性有機物の侵入を抑えて、磁気記録媒体の信頼性、特に長期信頼性、を向上させることができる。
【0022】
更に、磁気記録の書き込み時や読み取り時には、それらの対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱をすれば、粘度の大きな低下に起因して、磁気記録媒体面の摩擦係数を低く保つことができる。
【0023】
粘度の温度依存性の大きな潤滑剤としては、室温近辺では固形状または高粘度のペースト状等の形態を取って流動性を示さず、高温下では流動性の高いもの(たとえば液体)が好ましい。
【0024】
具体的には、室温近辺の温度として25℃を考え、高温として80℃を考えると、25℃において流動性を示さず、80℃において流動性を示す潤滑剤が好ましいことが判明した。25℃において固形状であり、80℃において液体状であることがより好ましい場合が多い。
【0025】
あるいは、25℃における粘度が100Pa・s以上であり、80℃における粘度が1Pa・s以下である潤滑剤が好ましいことが判明した。25℃における粘度が500Pa・s以上であることがより好ましい。
【0026】
あるいは、80℃における粘度が、25℃における粘度の1000倍以上となる潤滑剤が好ましいことが判明した。80℃における粘度が、25℃における粘度の10000倍以上となる潤滑剤がより好ましい。
【0027】
また、磁気記録の書き込み時に、書き込み対象領域およびその近傍を加熱する方式の磁気記録装置としては熱アシスト磁気記録装置が具体的に知られているので、熱アシスト磁気記録装置への適用を考えれば、熱アシスト磁気記録装置の磁気記録媒体用に用いられる潤滑剤であって、その熱照射時に熱照射されている領域およびその近傍では流動性を示し、それ以外の箇所では流動性を示さない潤滑剤が好ましいとも言える。熱照射されている領域の「近傍」の範囲は適宜定めることができる。
【0028】
上記の変化は可逆的であることが好ましいのは当然である。
【0029】
ここで、「流動性」を示すかどうかは、潤滑剤に加速度を与え、変形が生じなければ流動性なしと判断し、変形が生じれば流動性ありと判断すればよい。その際の加速度は、ハードディスクの使用条件での加速度(遠心力)を適用すればよい。具体的には、例えば、直径3.5インチ(換算値は8.9cm)ディスクを10000rpmで回転させたとき、24時間後に、表面に塗布した潤滑剤にnm単位の移動が生じなければ流動性なしと判断し、移動が生じれば流動性ありと判断すればよい。この場合の回転数や処理時間等は、どのような磁気記録装置において使用するのかの実情に応じて任意に定めればよい。ただし、固形状であればこのような評価なしに流動性なしと判断しても構わない。また、液状であればこのような評価なしに流動性ありと判断しても構わない。
【0030】
あるいは、後述するように、融点測定器を用いて、潤滑剤の外観検査を実施し、サンプルの直方体の角が消失し、サンプルステージに濡れ広がる場合やサンプル表面を(針金のような)ピンでケガいた場合に、潤滑剤表面が傷つくことなく一瞬の内にに修復される場合のように、直接的目視観察で流動性のあることを確認してもよい。
【0031】
なお、上記形態は、独立したものであるが、そのいずれかをまたは全てを満足する潤滑剤であることもあり得、より好ましい場合が多い。
【0032】
上記の潤滑剤は、従来の潤滑剤の中から選択することが可能である。低摩擦性を得られ易い点から、潤滑剤がフッ素を含むポリマーであること、すなわち、含フッ素ポリマーやパーフルオロ構造を持つポリマーを例示することができる。このようなポリマーは、一般的に直鎖の分子構造を持ち、エーテル結合を含んでいることが多い。また、ポリマーの片末端または両末端の末端基に極性基、例えばカルボキシ基やヒドロキシ基を持つものが多い。このような構造のポリマーは層厚を非常に薄くできかつ良好な潤滑性を示すことが知られている。
【0033】
上記形態を満足する潤滑剤は、潤滑剤の群の中から上記条件を満足する潤滑剤を選択することで得ることができる。
【0034】
上記の潤滑剤を選択するための潤滑剤の具体例としては、ソルベイソレクシス社の含フッ素ポリエーテル系ポリマーであるテトラオール(商品名)を挙げることができる。テトラオールの分子構造は、CFOおよびCFCFOからなるランダム重合鎖を主鎖とし、両末端に水酸基を有している。テトラオールは、当然のことながら、分子量分布を有し、且つ、末端水酸基数の異なる分子が含まれる混合物である。よって、超臨界精製等の分画手法において、テトラオール中の分子量や水酸基数などを制御することにより、潤滑剤における粘性特性を自在に制御することができる。
【0035】
この選択は、従来の潤滑剤から単に選び出すだけであっても、可能かも知れないが、一般的には、単に選び出すだけでは困難であろう。それは、通常の磁気記録装置を使用した場合、粘度が高いことに起因して良好な潤滑性が得られないため、そのような条件を満足する潤滑剤は磁気記録装置用潤滑剤とは見なされないからである。また、熱アシスト磁気記録装置においては、熱照射時に潤滑剤として好ましい特性を示す潤滑剤の探索のみが追求されており、本明細書で開示される視点からの潤滑剤の探索は全く考えられていなかったためである。
【0036】
従ってこの選択は、従来の磁気記録装置用潤滑剤の群より広範な潤滑剤の群から選び出すか、従来の磁気記録装置用潤滑剤の群を含む潤滑剤の群について、抽出、蒸留等の分離手段を用いてある留分を取り出し、その留分または、複数の留分の混合物について、上記条件を満足するかどうかで行うことが実際的である。
【0037】
上記潤滑雑剤を用いる磁気記録媒体やその磁気記録媒体を使用する磁気記録装置については特に制限はないが、使用に際して、書き込み領域や読み取り領域に着いては流動性を高められるものであることが重要である点から、そのようなことの実現できる加熱機構を有する磁気記録装置や、そのような加熱機構を有する磁気記録装置に使用される磁気記録媒体であることが好ましい。
【0038】
具体的には、磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、または、磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、かつ、磁気記録の読み取り中に、前記磁気記録媒体の読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍に加熱が施される磁気記録装置やそのような磁気記録装置に使用される磁気記録媒体が好ましい。後者の条件の場合には、書き込みと読み取りとの両方で潤滑剤が流動性を示すのでより実用的である。
【0039】
ここで、「書き込み中の書き込み対象領域」と規定するのは、「書き込み中でない書き込み対象領域」については加熱が不要であるためである。「書き込み対象領域およびその近傍」と規定したのは、加熱が厳密に「書き込み中の書き込み対象領域」に限定される必要はないからである。なお、「近傍」の範囲は適宜定めることができる。
【0040】
それ以外の場所、すなわち、「書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍」以外の場所については加熱は不要である。なお、「書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍」以外の場所には、「書き込み中でない書き込み対象領域」も含まれる。
【0041】
ただし、「書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍」以外の場所を加熱してもよい。例えば、磁気記録媒体全体が加熱されるタイプであってもよい。この場合は、磁気記録媒体の不使用時には、揮発性有機物の侵入を抑えて、磁気記録媒体の信頼性、特に長期信頼性、を向上させることができる。また設備的にも簡素化できるメリットがある。
【0042】
加熱としては、単に磁気記録媒体のある空間を加熱する等、単純な加熱であってもよく、対象領域や対象領域およびその近傍のみを加熱するものであってもよい。熱の供給方法には特に制限はない。任意の加熱機構を採用することが可能である。
【0043】
加熱温度については特に制限はないが、一般的に200℃未満であれば問題はない。100℃以下がより好ましく、60〜90℃の範囲がもっとも好ましい。55℃以下では、潤滑剤の流動性の差が出にくくなるので好ましくない場合が多い。なお、この加熱温度は、「書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍」において実現される温度を意味している。「書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍」以外の場所(この場所には「書き込み中でない書き込み対象領域およびその近傍」も含まれる)については、加熱する必要はないが、加熱されたり、加熱の影響を受けたりしても構わない。
【0044】
磁気記録装置が熱アシスト磁気記録装置の場合には、磁気記録の書き込み時に、磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように熱照射が施され、または、磁気記録の書き込み時に、磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように熱照射が施され、かつ、磁気記録の読み取り中に、磁気記録媒体の読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍に熱照射が施されるものであることが好ましい。「対象領域」および「近傍」の意味は上記と同様である。熱照射の方式については特に制限はなく、従来の方式を採用できる。なお、前者の場合、磁気記録の読み取り時には、磁気記録媒体全体を加熱する方式を採用してもよい。
【0045】
熱アシスト磁気記録装置の場合における、熱照射の様子を以下に模式的に説明する。なお、以下において「流動性を示さない潤滑剤」、「流動性を示す潤滑剤」という表現を採用するが、これは簡略化のためのものであり、これらの表現によって上記諸形態の範囲が制限を受けるわけではない。
【0046】
図3の(1)に磁気記録媒体の模式的側面図を示す。図3の(1)において、保護膜15上に存在する潤滑層16の潤滑剤は、熱照射が行われていないため、流動性を示さない潤滑剤として存在する。従って、磁気記録媒体の高速回転時においても、マイグレーションと呼ばれる外周方向への潤滑剤の移動が発生しにくくなっている。また、流動性を示さない潤滑剤が揮発性有機物の侵入を抑えて、磁気記録媒体の信頼性、特に長期信頼性、を向上させることができる。なお、図では保護膜15の下の構造は省略してある。
【0047】
図3の(2)は、磁気ヘッド2から磁気記録媒体に熱がスポット的に照射している様子を表している。符号31は熱照射の領域を表している。この図では熱発生装置がヘッドに組み込まれているが、ヘッドに組み込まなくても構わない。熱照射は磁性層に達するように行われるが、磁気記録媒体を通過する際に、その一部が磁気記録媒体を加熱するのに使用される。従って、熱アシストの際の熱を有効に活用することができる。
【0048】
熱照射により、熱照射下の領域31(この領域が、書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍に該当する)の磁気記録媒体表面の潤滑剤が流動性を示すようになる。このようにして、書き込みの際に必要な潤滑性が確保される。
【0049】
図3の(3)は、この状態において、磁気記録媒体表面にヘッドが接近した様子を示している。このようなことが起こっても、潤滑剤が十分な潤滑性を発揮するため、ヘッドクラッシュなどの障害が起きにくくなる。
【0050】
また、加熱される領域が制限されることで、潤滑剤の蒸発を少なくできる。更に、ディスクの回転による潤滑剤のマイグレーションを抑制することができる。
【0051】
熱照射の温度については特に制限はない。通常のアシスト磁気記録装置の場合、磁気記録媒体表面で200〜500℃である。
【0052】
なお、熱アシスト磁気記録装置では、通常読み取り時にはこのような熱照射を行わないのが普通であるが、本形態に係る潤滑剤を採用する場合には、読み取り時にもこのような加熱を行うことが好ましい。ただし、磁気情報再生時においては、必要以上に加熱してしまうと、潤滑剤の流動性の高い状態への変化と同時に、磁性層の保持力低下による消磁もおきてしまうために、あまり高い温度にすることは好ましくない。
【0053】
熱の温度コントロールが重要であることは、言うまでもない。それゆえに、潤滑剤の熱による状態の変化は、熱アシスト記録の保持力低下温度よりも低い温度でなければならない。具体的には、読み取り時の磁気記録媒体表面温度は熱アシスト温度未満であることが望ましいと言えよう。熱アシスト記録時の磁気記録媒体表面で200〜500℃であるから、200℃未満が好ましく、100℃以下がより好ましく、60〜90℃の範囲がもっとも好ましい。55℃以下では、潤滑剤の流動性の差が出にくくなるので好ましくない場合が多い。
【実施例】
【0054】
次に本発明の実施例及び比較例を詳述する。
【0055】
[例1]
レオロジカ社製の回転粘度計VAR100を用い、粘度の温度依存性を調査した。回転コーンと固定ステージの間に潤滑剤約300μLを挟み、回転速度一定のもと、ペリチェ温度コントローラを用い、20℃〜80℃の間で温度を変え、測定を行った。
【0056】
従来品の潤滑剤としてはTETRAOL(ソルベイソレクシス社製)を用いた。本発明の潤滑剤は、TETRAOLを抽出カラムにセットし、二酸化炭素を用いた超臨界流体により抽出することにより得た。超臨界抽出の条件は、抽出温度60℃とし、目的の潤滑剤は抽出圧力25MPaを超え30MPa以下の条件で得られた。25MPa以下のフラクションでは、低粘性潤滑剤が得られるため、先ず、25MPa以下の条件で、低粘性潤滑剤取り除いた。また30MPaを超える圧力により得られる超高粘度の潤滑剤は抽出カラムの残るため、所望の潤滑剤のみを抽出することができる。
【0057】
従来品および本発明の粘度は、どちらも温度が上昇するにつれて減少した。本発明の潤滑剤の粘度の値は、25℃において、従来品の粘度の値よりも2桁から3桁ほど大きく、圧倒的に高い値を示した。しかしながら、80℃においては、本発明の潤滑剤の粘度の値は、従来品の粘度の値よりも大きな値であるが、その大きさは、1桁以下であった。
【0058】
更に、肉眼により、本発明の潤滑剤の熱による状態の変化を観察した。具体的には、融点測定器(アズワン社製、ATM−01)を用いて、潤滑剤の外観検査を実施した。3mmのほぼ直方体に近いサンプルを融点測定器のサンプルステージにセットした。室温においては、直方体の角が目視により確認できた。
【0059】
サンプルを室温(25℃)から80℃まで、約10分かけて、徐々に加熱した。80℃においては、直方体の角は消失し、潤滑剤はサンプルステージに濡れ広がっていた。80℃において、潤滑剤表面を(針金の様な)ピンでケガいた場合、潤滑剤表面は傷つくことなく一瞬の内に(1秒以内)に修復された。また、当然のことながら、加熱前の25℃の潤滑剤においては、ケガいた場合、潤滑剤は固いため1秒以内に修復はされず、ケガキ傷を保持したままであった。一度80℃に加熱した潤滑剤を逆に室温に降温させ、ケガいた場合、やはり修復はされず傷を保持したままであった。
【0060】
本発明の潤滑剤は、25℃では固形状に近いグリース状であり、50℃では、流動性の低いグリス状態、50℃から60℃の温度範囲において、流動性の低い状態へと徐々に転移したことを確認した。さらに60℃より高い状態(たとえば80℃)では、流動性の高い液体状態へと変化した。
【0061】
逆に、潤滑剤の温度を80℃から徐々に下げた場合、60℃以上の温度で流動性の高い状態であったが、60℃から50℃の範囲で、状態変化が確認され、50℃以下の温度において、流動性が低いグリス状態へと変化した。つまり50℃から60℃の温度範囲を境として、高い温度では流動性が高い状態、低い温度では流動性が低い状態または流動性のない状態として存在し、かつ、この状態変化が可逆的であることを確認した。例えるならば、50℃より高い温度で、(食品の)バターが溶けるイメージである。結果を図4に示す。25℃と80℃以外のデータは省略した。
【0062】
このような温度変化により状態変化を起こす潤滑剤を用いた磁気記録媒体を用いることで、潤滑剤が固形状態で存在する温度域においては、従来液体の潤滑剤で発生したような、ディスクの回転による潤滑剤の外周方向への移動、いわゆるマイグレーションを抑制することができる。さらには、流動性の低い状態の潤滑剤は、特に揮発性有機物質の侵入を防止し易くなるため、揮発性有機物質と磁性物質との化学反応による腐食等の障害を防止でき、磁気記録媒体の信頼性、特に長期信頼性、を向上させることができる。
【0063】
また、熱アシスト記録方式等により、書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍または読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍が加熱されていさえすれば、ヘッドスライダと磁気記録媒体とが接触する可能性のあるエリアのみが加熱されてその部分のみ潤滑剤が融け潤滑性を発揮するため、潤滑剤としての作用は十分確保されることになる。
【0064】
[例2]
例1の潤滑剤と従来の潤滑剤とを膜厚1.5nmで、カーボン保護膜がスパッタされている2.5インチガラス円盤に塗布した。塗布方法は、潤滑剤にバートレル溶媒(三井デュポンフルオロケミカル社のフッ素系溶媒)を加えた溶液を用い、引き上げ法により実施した。潤滑層の膜厚は赤外分光光度計を用いて測定した。このとき、潤滑層中のC−F振動伸縮の強度から膜厚を決定した。
【0065】
潤滑剤を塗布した磁気記録媒体(ガラス円盤)上、中心から半径方向20.0mmの位置にハードディスク用ヘッドを用いて、一定の垂直荷重0.8gを加えた。一定荷重が加わった状態で、ディスクを回転させる方向(ベクトルは接線方向)の外力Pを発生させ、トルクを徐々に上げることにより、徐々に外力Pを大きくした。
【0066】
接線方向の外力Pが小さいうちはヘッドは摩擦力により滑らないが、外力がある値以上になった場合、接線方向外力Pは摩擦力Fと等しくなり、ヘッドは滑り出した。このときの摩擦力Fから静止摩擦係数(μ)を算出した。算出方法は式1に従った。測定は、25℃と80℃との温度で行った。
【0067】
μ(静止摩擦係数)=F(摩擦力)/W(垂直荷重)・・・式1
上記方法で求めた静止摩擦係数の結果を図5に示す。従来品の潤滑剤では、80℃の静止摩擦係数は、25℃の静止摩擦係数に比して若干低下した。これは、高い温度では低い温度に比べ、流動性が大きくなっている(粘度が小さくなっている)ために、静止摩擦係数低減したが、粘度の温度依存性が小さいため、それほどの変化ではなかったことを意味しているものと考えられる。
【0068】
一方、本発明の潤滑剤においては、25℃の静止摩擦係数は、従来品の潤滑剤よりも著しく高い値となっており、潤滑性を示していないことがわかる。しかしながら、80℃においては、本発明の潤滑剤の静止摩擦係数は、従来品の潤滑剤の静止摩擦係数と変わらない値を示した。
【0069】
すなわち、室温では流動性を示さず、従って潤滑性を示さないことにより、潤滑剤の蒸発を少なくでき、ディスクの回転による潤滑剤のマイグレーションを抑制することができ、また、揮発性有機物の侵入を抑えることにより腐食等を防止して、磁気記録媒体の信頼性、特に長期信頼性、を向上させることができる等の効果を実現することができる。
【0070】
また、高温では流動性を示し、従って潤滑性を示し、熱アシスト磁気記録用潤滑剤としての利用が可能であることが示された。
【0071】
なお、上記に開示した内容から、下記の付記に示した発明が導き出せる。
【0072】
(付記1) 25℃における粘度が100Pa・s以上であり、80℃における粘度が1Pa・s以下である、磁気記録媒体用の潤滑剤。
【0073】
(付記2) 80℃における粘度が、25℃における粘度の1000倍以上となる、付記1に記載の潤滑剤。
【0074】
(付記3) 熱アシスト磁気記録装置の磁気記録媒体用に用いられる潤滑剤であって、当該熱アシスト磁気記録装置の熱照射時に
当該熱照射されている領域およびその近傍では流動性を示し、
当該熱照射されている領域およびその近傍以外の箇所では流動性を示さない、潤滑剤。
【0075】
(付記4) 熱アシスト磁気記録装置の磁気記録媒体用に用いられる潤滑剤であって、当該熱アシスト磁気記録装置の熱照射時に
当該熱照射されている領域およびその近傍では流動性を示し、
当該熱照射されている領域およびその近傍以外の箇所では流動性を示さない、付記1または2に記載の潤滑剤。
【0076】
(付記5) 前記潤滑剤が、エーテル結合を含んでもよい直鎖の分子構造を持ち、フッ素を含む高分子である、付記1〜4のいずれかに記載の潤滑剤。
【0077】
(付記6) 前記高分子の片末端または両末端の末端基に、カルボキシ基とヒドロキシ基との少なくともいずれか一方を含む、付記5に記載の潤滑剤。
【0078】
(付記7) 付記1〜6のいずれかに記載の潤滑剤を用いた磁気記録媒体。
【0079】
(付記8) 付記7に記載の磁気記録媒体を用いるための磁気記録装置であって、
加熱機構を備え、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、または、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、かつ、磁気記録の読み取り中に、前記磁気記録媒体の読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍に加熱が施される
磁気記録装置。
【0080】
(付記9) 付記7に記載の磁気記録媒体を用いるための熱アシスト磁気記録装置であって、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように熱照射が施され、または、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように熱照射が施され、かつ、磁気記録の読み取り中に、前記磁気記録媒体の読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍に熱照射が施される
熱アシスト磁気記録装置。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】ハードディスク装置の内部構造を示す模式的平面図である。
【図2】ヘッドと、磁気記録媒体との関係を示す模式的横断面図である。
【図3】磁気記録媒体の潤滑剤が、流動性を示さない状態から流動性を示す状態に変化する様子を示す模式図である。
【図4】温度を変えたときの粘度の変化を示すグラフである。
【図5】実施例で使用した潤滑剤の静止摩擦係数の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0082】
1 磁気記録媒体
2 ヘッドスライダ
3 回転制御機構
4 ヘッドの位置決め機構
5 記録再生信号の処理回路
6 サスペンジョン
7 ジンバル
8 ヘッド
9 ヘッドスライダ保護層
10 ヘッドスライダ潤滑層
12 基板
13 Cr下地層
14 磁性層
15 磁気記録媒体保護層
16 磁気記録媒体潤滑層
31 熱照射領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
25℃における粘度が100Pa・s以上であり、80℃における粘度が1Pa・s以下である、磁気記録媒体用の潤滑剤。
【請求項2】
前記潤滑剤が、エーテル結合を含んでもよい直鎖の分子構造を持ち、フッ素を含む高分子である、請求項1に記載の潤滑剤。
【請求項3】
前記高分子の片末端または両末端の末端基に、カルボキシ基とヒドロキシ基との少なくともいずれか一方を含む、請求項2に記載の潤滑剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑剤からなる磁気記録媒体潤滑層を備えた磁気記録媒体を用いるための磁気記録装置であって、
加熱機構を備え、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、または、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように加熱が施され、かつ、磁気記録の読み取り中に、前記磁気記録媒体の読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍に加熱が施される
磁気記録装置。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑剤からなる磁気記録媒体潤滑層を備えた磁気記録媒体を用いるための熱アシスト磁気記録装置であって、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように熱照射が施され、または、
磁気記録の書き込み時に、前記磁気記録媒体の書き込み中の書き込み対象領域およびその近傍における潤滑剤が流動性を示すように熱照射が施され、かつ、磁気記録の読み取り中に、前記磁気記録媒体の読み取り中の読み取り対象領域およびその近傍に熱照射が施される
熱アシスト磁気記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−3350(P2010−3350A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−160785(P2008−160785)
【出願日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】