説明

磁界レンズおよび磁界レンズの制御手段を備えた荷電粒子装置及び電子顕微鏡

【課題】磁界レンズを備える装置、特に電子顕微鏡等の荷電粒子線装置において、磁界レンズの消磁に要する時間を短縮する。
【解決手段】磁界レンズに単一振幅の交流電流を所定サイクル印加することにより、同一電流波形に対し同一ヒステリシス軌道を辿る安定閉ループを生成する。その安定閉ループを与える電流を流し、安定閉ループの分岐点を辿ることでヒストリ効果を消失させることができるため、消磁と同等な効果を得ることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁界レンズを用いた荷電粒子装置及び電子顕微鏡における磁界レンズの磁場制御法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子装置及び電子顕微鏡においては、例えば対物レンズやコンデンサレンズとして、磁界レンズないし電磁界重畳型レンズが広く用いられている。磁界レンズは磁性体により生成される磁界を用いて荷電粒子線の軌道あるいは集束状態を制御する部品である。磁界レンズの磁界発生源としては、永久磁石を使用した特殊な磁界レンズを除けば電磁石が使用されており、通常は電流により磁界が励起される(これを励磁という)。従って、磁界レンズの磁界強度はレンズに供給する電流によって制御される。一方、電磁石を使用するため、磁界レンズは磁性体特有の性質であるヒステリシスを持つ。ヒステリシスにより磁界レンズの磁界強度は励磁電流に対して1対1には定まらないため、磁界レンズの磁界強度を調節する際には消磁過程が必要になる。
【0003】
以下、図1〜図3を用いて従来の消磁方法について簡単に説明する。図1には、簡単な円筒型の磁界レンズの断面図を示す。ヨーク101の内部にはコイル102が配置されており、ヨーク101の先端にはポールピース103が形成されている。このコイル102に電流源104により電流を印加すると、ポールピース103の間に形成されたポールギャップ105に磁界が発生し、これにより、ギャップ部を通過する荷電粒子線の軌道あるいは集束状態を制御する。
【0004】
コイル102が発生できる磁界強度、言い換えればコイル102に印加できる電流には物理的な上限があり、最大磁界がMmax、最大電流がImaxであるものとする。今、消磁状態から、図1の磁界レンズに図2(A)に示す時間波形の電流を印加すると、時間t1では、M−H曲線上の初磁化曲線201に沿って、電磁石の磁化すなわち磁界レンズに発生する磁界が増大し、電流値Iが最大値Imaxに達するとともに(磁化が)最大値Mmaxに達する。その後、時間t2,t3の波形に示されるように励磁電流を減少させると、図2(B)の点線で示されるヒステリシスループを矢印の向きに辿り、電流値がIが最小値−Imax(負の最大値)に達するとともに最小値−Mmaxに達する。このような、磁界レンズの正の飽和状態から負の飽和までのヒステリシス軌道で囲まれるループをメジャーループと称し、メジャーループによって囲まれるM−Hの空間をヒステリシス空間と呼ぶ。
【0005】
さて、磁界レンズの動作点が図2(B)のA点であるとすると、初磁化曲線上でA点に相当する磁界強度(M)を得るための電流値はH1である。一方、磁界レンズのコイルに印加する電流をメジャーループ上の例えばB点で折り返したとすると、ヒステリシスの影響によりレンズ磁界は磁化曲線202に沿って増大する。この磁化曲線202上で磁界強度Mを得るための電流値はH2であり、初磁化曲線上での電流値H1とは一致しない。つまり、ヒステリシスの影響が存在すると、磁界レンズの発生磁界がコイルへの印加電流に対して一位に定まらないことになり、従って磁界レンズの発生磁界を電流によって制御できないことになる。よって従来、磁界レンズの発生磁界を調整する際には、一度レンズを消磁し、ヒステリシスの影響を除去した後、初磁化曲線上でレンズを動作させることが常識であった。
【0006】
図3(A)には磁界レンズを消磁する際にコイルに印加される電流波形を、図3(B)には消磁用電流波形によって磁界レンズが辿るヒステリシスループを図示する。図3(A),図3(B)に示される消磁手法はいわゆる交流消磁であって、振幅を徐々に小さくしながらコイルに交流電流を印加することによって磁界レンズに残留する磁化をゼロにする方式である。消磁後は、再びコイルに電流を印加し、図2(B)の初磁化曲線上で磁界レンズを動作させる。同一の磁化曲線であれば、レンズ磁界と励磁電流の関係が一位に定まることになるため、磁界レンズが電流で制御できることになる。
【0007】
従来、荷電粒子線装置や電子顕微鏡で実施されている消磁手法はすべて交流消磁方式によるもので、例えば、特許文献1には、消磁の際に磁界レンズに印加する交流電流にレンズの残留磁化分のバイアス(オフセット電圧)を重畳する発明が、特許文献2には、シーケンサ制御を用いて電子顕微鏡に搭載された磁界レンズの消磁を一括して行う発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−187732号公報
【特許文献2】特開2008−066007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の消磁法は、振幅を徐々に小さくしながら磁界レンズに交流電流を印加するため、消磁に時間を要するという問題がある。また、メジャーループ内の小ループ(マイナーループと称する)を何回も辿ってM−H曲線の原点に戻るため、コイルに印加される総電流が多くなり、従って発熱量が多いという問題もある。
【0010】
そこで本発明は、従来の消磁法に代わる高速な磁化制御法および当該磁化制御方法を適用した荷電粒子線装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、ヒステリシスの性質を利用して、磁界レンズに安定な閉マイナーループ(以下、安定化ループと称する)を形成し、当該マイナーループ上で磁界レンズを動作させることにより、従来の課題を解決する。
【発明の効果】
【0012】
消磁に要する時間が大幅に短縮される。もしくは磁界レンズを使用する上での消磁ステップを省略できる。従って、荷電粒子線装置の光学系調整に要する時間が大幅に短縮され、装置の使用効率が非常に向上する。また、消磁に要する電流量が低減されるため、磁界レンズの消費電力、ひいては荷電粒子線装置の電力消費量が低減される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】典型的な磁界レンズの構造。
【図2(A)】M−H曲線上でメジャーループを描くための電流波形。
【図2(B)】ヒステリシスの特性を説明するための図。
【図3(A)】交流消磁の際に磁界レンズに印加される電流波形。
【図3(B)】交流消磁の際に形成されるヒステリシスループ。
【図4(A)】安定化ループを形成するための電流波形の一例。
【図4(B)】安定化ループの一例。
【図5(A)】安定化ループの収束を示す実験データ1。
【図5(B)】安定化ループの収束を示す実験データ2。
【図6】形成後の安定化ループの一例。
【図7】本実施例の荷電粒子線装置の全体構成図。
【図8】図7の荷電粒子線装置の動作を示すフローチャート。
【図9】安定化ループと磁界レンズの動作点の関係を説明する図。
【図10】安定化ループ上で磁界レンズを動作させるための励磁電流波形の例。
【図11】安定化ループ上で磁界レンズを動作させるための励磁電流波形の例。
【図12】安定化ループを形成するための励磁電流波形の一例。
【図13(A)】実施例2の安定化ループ上を形成するための励磁電流波形の一例。
【図13(B)】実施例2の安定化ループの一例。
【図14】図13(B)の安定化ループと磁界レンズの動作点の関係を説明する図。
【図15(A)】実施例3の安定化ループ上で磁界レンズを動作させるための励磁電流波形の一例。
【図15(B)】実施例3の安定化ループと磁界レンズの動作点の関係を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(実施例1)
初めに、図4を用いて、各実施例に共通する基本原理について説明する。
【0015】
本発明の発明者らは、図4(A)に示すような波形の電流を磁界レンズのコイルに繰り返し与えると、ヒステリシス空間内のマイナーループに一種のメモリー効果が発現することを見出した。図4(A)に示される電流波形は、電流振幅がIで正負の極性が交互に反転するパルス電流波形である。縦軸上のImax、−Imaxは、コイルに印加できる電流値の物理的な上限であり、メジャーループ401を形成する際に印加される最大電流値を示す。
【0016】
さて、消磁された状態で磁界レンズのコイルに図4(A)に示される単一振幅の電流(電流値は例えばI0とする)を印加すると、初磁化曲線402を通って磁化の上限値M0に達した後、マイナーループ403を通っては下限値−M′0に達する。−M′0と表記しているのは1回目のループでは−M′0とM0の絶対値は一致しないためである。さらに電流を増大させると、マイナーループ403とほぼ同じ経路を辿って上限値に至るが、今度はM0よりも少し小さな値になる。さらに、図4(A)の矢印で示される周期の電流波形を繰り返し与えると、上限値、下限値は各々Mおよび−Mに収束していく。
【0017】
図5には、以上を裏付ける実験事実を示す。図5(A)に示されるグラフは、マイナーループの磁化の上限値が図4(A)の矢印で示される周期のパルス電流を印加する回数に対してどのように変化するかを計測した計測結果であり、図5(B)に示されるグラフは、マイナーループの磁化の下限値に対する同様の計測結果である。なお、図5(B)の縦軸は絶対値で示しているが、下限値の計測値である。両者とも、20周期程度のパルス電流印加(すなわち、マイナーループを20回程度回ることに相当)により、磁界レンズの磁化の値が0.595[T]程度に収束し、パルス電流の印加回数を35周期まで増やしても磁化の上限値・下限値はこれ以上変化しないことが分かる。
【0018】
図6には、最終的に形成される安定化ループの形状を示す。この安定化ループ601は、マイナーループではあるがメジャーループと同様な特性を持ち、上限値602でのH(Hupperと表示)に相当する電流よりも大きな電流ないし下限値603でのH(Hlowerと表示)に相当する電流よりも大きな負の電流が磁界レンズに印加されるとヒステリシスの効果が消去される特性を有する。すなわち、一度安定化ループが形成され、かつレンズの動作中にHupperに相当する電流よりも大きな電流ないしHlowerに相当する電流よりも大きな負の電流がコイルに印加されれば、Hupperに相当する電流値からHlowerに相当する電流値の範囲である限り、どのような電流を印加しても系のヒステリシスループとしては安定化ループを辿ることになる。以降、安定化ループにおける上記の「上限」「下限」を総称して「分岐点」と呼ぶことにする。
【0019】
次に、安定化ループを用いた実際の消磁方法について説明する。
【0020】
図7には、本実施例の荷電粒子線装置の全体構成図を示す。図7に示す荷電粒子線装置は走査電子顕微鏡であり、試料室707と、当該試料室707上に配置された電子光学鏡筒716および図示しない画像表示装置などによって構成されている。電子光学鏡筒716の内部では、電子源701から引出電極702によって引き出され、図示しない加速電極によって加速された電子ビーム703は、集束レンズの一形態であるコンデンサレンズ704によって、絞られた後に、走査偏向器705により、試料709上を一次元的、或いは二次元的に走査される。コンデンサレンズ704としては磁界レンズを使用している。電子ビーム703は試料台708に内蔵された電極に印加された負電圧により減速されると共に、対物レンズ706のレンズ作用によって集束されて試料709上に照射される。電子ビーム703を試料709に照射したくない場合には、ブランキング偏向器715を用いて電子ビームの軌道を曲げて、電子ビームが試料に当たらないようにする。図示は省略しているが、実際には試料台708は試料ステージ上に保持されており、試料室内をXY面内あるいはXYZ方向に移動可能である。図7に示す荷電粒子線装置においては、磁界レンズとしては、コンデンサレンズ704および対物レンズ706に磁界レンズが使用されている。
【0021】
電子ビーム703が一次電子線として試料709に照射されると、当該照射個所から二次電子、及び後方散乱電子のような電子710が放出される。放出された電子710は、試料に印加される負電圧に基づく加速作用によって、電子源方向に加速され、変換電極712に衝突し、二次電子711を生じさせる。変換電極712から放出された二次電子711は、検出器713によって捕捉され、捕捉された二次電子量によって、検出器713の出力Iが変化する。この出力Iに応じて制御コンピュータ718に備えられたモニタに表示される画素の輝度が変化する。例えば二次元像を形成する場合には、走査偏向器705への偏向信号と、検出器713の出力Iとの同期をとることで、走査領域の画像を形成する。
【0022】
図7に例示する走査電子顕微鏡には、電子ビームの走査領域を移動する偏向器(図示せず)が備えられている。この偏向器は異なる位置に存在する同一形状のパターンの画像等を形成するために用いられる。この偏向器はイメージシフト偏向器とも呼ばれ、試料ステージによる試料移動等を行うことなく、電子顕微鏡の視野(FOV:Field Of View)位置の移動を可能とする。イメージシフト偏向器と走査偏向器を共通の偏向器とし、イメージシフト用の信号と走査用の信号を重畳して、偏向器に供給するようにしても良い。図7の例では試料から放出された電子を変換電極にて一端変換して検出する例について説明しているが、このような構成に限られることはなく、例えば加速された電子の軌道上に、電子倍像管や検出器の検出面を配置するような構成とすることも可能である。
【0023】
以上説明した電子光学鏡筒内部の各構成部品は、制御装置としての制御手段714によって動作が制御される。制御手段714はまた、制御コンピュータ718によって制御される。制御コンピュータ718は、撮像された画像や電子顕微鏡を操作する上でのGUI(Graphical User Interface)が表示されるモニタを備えており、GUIを介して入力される操作者の指示に対応する制御コマンドを発行して制御手段714に送信する。制御手段714は、受信した制御コマンドに対応して制御電源717を制御し、コンデンサレンズや対物レンズといった電子光学系の構成部品に供給する電圧や電流を制御する。本実施例においては、制御手段714は制御用のFPGA(Field Programmable Gate Array)を実装した制御基板で構成した。汎用CPUや制御用マイコンなど、他の手段で制御手段714を構成できることは言うまでもない。さらにまた、制御手段714は、検出された電子に基づいて画像を形成する機能や、ラインプロファイルと呼ばれる検出電子の強度分布に基づいて、試料上に形成されたパターンのパターン幅を測定する機能を備えている。
【0024】
図8には、本実施例の走査電子顕微鏡の動作フローを示す。
【0025】
撮像を開始するに際して、ステップ801に示される電子光学系の調整処理を行う。この処理では、電子源701や走査偏向器705といった、電子光学系の構成要素の調整処理を行う。この際、コンデンサレンズ704あるいは対物レンズ706等の磁界レンズについては、図4(A)に示すような波形の電流を数十サイクル程度印加し、安定化ループの形成処理(ヒステリシスの安定化処理)を行う。電子光学系の調整処理が終了すると、ステップ802で目標とする撮像位置に視野を移動し、それと並行して、磁界レンズの磁化が安定化ループ上でゼロになる点、すなわち磁界レンズが発生する磁界強度がゼロになるように励磁電流を調整する(ステップ803)。安定化ループの形成処理中には、ブランキング偏向器715が動作し、電子ビーム703の軌道を曲げて(偏向して)試料709を電子ビームの非照射状態にする。ブランキング偏向器715に替えて、シャッターなど機械的な電子ビーム遮蔽手段を設けてもよい。
【0026】
ここで、図9を用いてステップ803の処理の詳細を説明する。
【0027】
図9は、ステップ801の実行の結果形成された安定化ループを示す模式図である。安定化ループが形成されているため、ステップ801の終了時点で電子光学鏡筒内の磁界レンズ、例えばコンデンサレンズ704や対物レンズ706に印加されている励磁電流は、安定化ループ901上のどこかの位置である。無駄な消費電流を節約するため、通常は安定化ループ形成後の励磁電流は電流値ゼロの点902に設定される場合が多い。本実施例でも、コンデンサレンズあるいは対物レンズの励磁電流は、ステップ801の終了後、ゼロに設定されたものとする。ステップ803が実行されると、コンデンサレンズあるいは対物レンズの動作点は安定化ループ上の点903に移動する。この点が安定化ループ上におけるコンデンサレンズあるいは対物レンズの動作の基準点であり、本実施例では、磁界レンズの動作点は全て、点903を起点として分岐点906に至る磁化曲線904上に設定される。
【0028】
点903が磁界レンズ動作の基準点となる物理的意味は、図9から容易に分かる。例えば、電流値ゼロの点902を基準点と設定することもできるが、その場合、磁界レンズの動作点は、電流値ゼロの点902と分岐点906を結ぶ磁化曲線上に存在することになるが、電流値ゼロの点902でも磁界レンズには残留磁化が残っているため、残留磁化よりも小さな磁界強度で磁界レンズを動作させることができなくなってしまう。すなわち、磁界レンズの動作範囲が実行的に狭くなってしまう。
【0029】
また、点903よりも下側、例えば点907を基準点に設定すると、磁界レンズの動作点は点線で示す磁化曲線上に存在することになり、点907から磁化ゼロの点までの領域と磁化ゼロの点から分岐点906の領域とで異なる極性の磁界を発生できるようになるため、見掛け上は磁界レンズの動作範囲は広くなる。しかしながら、図1に示すように磁界レンズが回転対称に設計されている関係上、発生磁界の向きによる電子ビームに対するレンズ効果の違いはキャンセルされ、レンズとしては同じ動作をする領域がM軸の右側と左側に2つ形成される。2つの領域に差はないので、結局、磁界レンズの励磁電流範囲が広くなる分だけ無駄となる。
【0030】
以上のように、点903を磁界レンズ動作の基準点として選択する物理的意味は、基準点としては点903が最も効率的ということである。
【0031】
ステップ803の終了後は、フォーカス調整(ステップ804)を行い、更に実際の撮像を行う(ステップ805)。フォーカス調整は、対物レンズに印加する励磁電流を微調整することによって行い、磁化曲線904上で一方向に電流を調整(増大)させて行う。例えば、図9の点905で最良のフォーカス条件が得られ、この状態で得られる検出器713の出力Iをデジタル化して画像信号に変換し、モニタ上に表示させることにより撮像を行う。
【0032】
なお、同じ撮像位置で繰り返し撮像を行う場合は、磁界レンズの励磁電流を調整して安定化ループを一周し、系に安定化ループを記憶させ直す。さもないと、点903とジャストフォーカス位置である点905が新たな分岐点となり、安定化ループが移動してしまうためである。
【0033】
ステップ806は、次の撮像位置の有無を判定する判定ステップであり、Yesの場合は、次の撮像位置(例えば第2の撮像位置)に電子顕微鏡の視野を移動する(ステップ808)。並行して、ステップ803と同様の磁界レンズの磁界強度の調整ステップを実行し、磁界レンズの磁化をゼロにする(ステップ809)。視野移動が完了したら、その位置でフォーカス調整(ステップ810)を行い、上と同じ要領で撮像を行う(ステップ811)。ステップ806での判定の結果、Noの場合は撮像を終了する。
【0034】
図10には、ステップ803ないし809で磁界レンズに印加される電流波形を示す。縦軸は電流値、横軸は時間である。電流ゼロの点をスタートして、磁化ゼロ(図中のM=0、励磁電流値は−I1)に達した後、励磁電流を増大させて、ジャストフォーカス位置(図中のM=Just Focus、励磁電流値はIfocus)で励磁電流をホールドし、画像取得あるいは像観察を行う。撮像終了後は、励磁電流を分岐点での値I0まで増大させた後、図6の安定化ループ601軌道を一周させることで、安定化ループを安定させ、磁化ゼロに戻す。
【0035】
図7で説明したFPGAを搭載した制御基板には、図10に示した電流波形を印加する回路情報を格納する不揮発メモリーが搭載されており、これにより、コンデンサレンズ704あるいは対物レンズ706として例えば磁界型対物レンズに印加する励磁電流を制御する。
【0036】
従来技術によれば、ステップ803あるいはステップ809で図3に示す交流消磁を行う必要がある。既に図3(A)で説明したように、交流消磁方法では、交流電流を、振幅を変えながら数十〜数百サイクルも印加する必要があり、非常に時間を要する。磁界レンズの発生磁界強度にもよるが、現行の装置では、数秒程度の時間を要しており、ステージ移動やイメージシフト等による視野移動の時間内では消磁が完了せず、視野移動後、整定時間(待ち時間)を設ける必要があった。
【0037】
一方、本実施例の磁化制御方法によれば、ステップ801で一度安定化ループを形成してしまえば、その後の消磁(ないしは消磁に相当する処理)は、適当なレンズ動作点(例えば、図10のジャストフォーカス位置)から分岐点まで励磁電流を大きくして、しかる後に安定化ループの一周と磁化ゼロの点まで励磁電流値を下げるという1サイクルの電流波形印加ですむ。従って、従来消磁に要していた時間が、ミリ秒程度と非常に短縮化される。この効果は、CD−SEM(測長SEM)やDR−SEM(欠陥レビューSEM)といった、大量のSEM画像を高速に取得しなければならない荷電粒子線装置において特に有利である。また、装置の制御フロー上、整定時間を設ける必要がなくなるため、スループットが顕著に向上する。
【0038】
さらにまた、1サイクルの電流波形印加ですむためコイルの発熱量が少なく、従って磁界レンズの冷却に要する電力が少なくて済む。このことと消磁に要する消費電力が低減されることとの相乗効果により、装置全体の消費電力が低減される。
【0039】
なお、以上の説明では、磁界レンズの励磁電流波形は全てパルス波形であるものとして説明を行ったが、図11や図12に示す連続的な正弦波の電流波形あるいは三角波や矩形波状の波形であっても、本実施例の磁界レンズ制御を実行することができる。図4(A)や図10に示した繰り返し性を持つパルス電流波形と、図11や図12に示した正弦波の電流波形あるいは上述の三角波や矩形波状の電流波形をまとめて交流電流と呼んでも構わない。
【0040】
(実施例2)
実施例1では、安定化ループ形成時に印加する交流電流波形は、振幅値が正側と負側で同一であったが、正負に非対称な電流波形を用いても、安定化ループを形成し、本発明の磁化制御を実行することができる。装置の全体構成や動作フローは、図7および図8と同様なので説明は省略する。
【0041】
図13(A)には、本実施例の磁化制御で磁界レンズに印加される交流電流波形を、図13(B)には、図13(A)の交流電流波形により形成される安定化ループの模式図を示す。図13(A)の交流電流波形は、図12に示す交流電流波形に所定のDCオフセットを重畳させた形状を有するが、peak to peakの振幅は図4に示すパルス型の交流電流波形と同一であり、実施例1同様、単一振幅の交流波形である。
【0042】
磁界レンズに消磁状態から図13(A)の交流電流波形を印加すると、初磁化曲線1301を通って分岐点に達し、最終的には1302の安定化ループが形成される。図13(B)に示されるように、非対称な交流電流波形を用いて形成される安定化ループは、対称な安定化ループがM軸上をオフセット相当分だけ正側にずれた形状を有している。
【0043】
安定化ループが一旦形成されれば、後は、実施例1と同じ要領で、磁化ゼロの点1401を基準とする磁化曲線1402上で磁界レンズを動作させる。例えば、点1403に相当する励磁電流を磁界レンズのコイルに供給して、磁界レンズを動作させる。レンズ磁界を点1403よりも弱い強度に調整する必要がある場合には、分岐点1404を通って点1401まで戻り、再度磁化曲線1402上でレンズ磁界強度を調節する。なお、上述のDCオフセットはシンメトリックな交流電流波形の正側に設けてもよい。すなわち、シンメトリックな交流電流波形をオフセット分だけ負側にずらしてもよい。
【0044】
本実施例の非対称安定化ループによる磁化制御方式では、図9で示したシンメトリックループによる磁化制御方式と比較して、磁界レンズの動作範囲が同一であれば必要な励磁電流範囲が広くなっている。これは、励磁電流変化に対する磁界レンズの磁界変化が緩やかになっていることを意味し、従って、非対称ループの利用により,磁界レンズの動作制御の分解能を高くすることが可能である。
【0045】
(実施例3)
本実施例では、対物レンズの動作点を磁化曲線上で複数設定した実施例について説明する。具体的には、オートフォーカス実行時に磁界型対物レンズへ印加する励磁電流波形の変形例について説明する。
【0046】
図15(A)には、本実施例において安定化ループ形成後に対物レンズに印加する励磁電流波形を、図15(B)には、本実施例の対物レンズの動作点と安定化ループの対応を示す模式図を示す。実施例2と同様、装置の全体構成や動作フローは、図7および図8と同様なので説明は省略する。
【0047】
今、図8のステップ801の処理を行って、対物レンズに安定化ループが形成されたものとする。安定化ループは、実施例2と同様、非対称ループで、δ分のDCオフセットが重畳された交流電流を用いて安定化ループが形成されたものとする。初期状態では対物レンズの磁化状態は図15(B)に示すM−H曲線上の点1501′にある。この状態で対物レンズに印加されている励磁電流値は、図15(A)に示す交流電流波形で点1501の値である。
【0048】
この状態から徐々に励磁電流値を増大させると、対物レンズの磁化状態、すなわち対物レンズ内に形成される磁界の強度は、図15(B)の磁化曲線1506に沿って増大していく。オートフォーカスを実行するためには、ジャストフォーカス状態を挟んで3枚の画像が必要であるので、励磁電流を点1502でホールドして撮像を行い、その後、視野を移動させずに励磁電流値を点1503まで増大させて撮像を行う。励磁電流を順次増大させて点1504で画像を取得した後、分岐点まで励磁電流を増大させ、更に安定化ループを一周させた後、磁化ゼロの状態である点1501まで励磁電流を落とす。
【0049】
点1502〜1504の各点で撮像された画像は、制御コンピュータ718に取り込まれ、ジャストフォーカスに相当する励磁電流値が計算され、制御手段714に伝送される。制御手段714は、制御コンピュータから伝送された値に従って制御電源717を制御し、図15(A)の点1505に相当する励磁電流値を対物レンズに印加する。点1505で励磁電流をホールドし、検出器713の出力信号の取り込み、すなわち撮像を行う。点1505の励磁電流によって実現される対物レンズの磁界(磁化状態)は、図15(B)の点1505′である。
【0050】
撮像が終了すればステージ移動もしくはイメージシフトにより、次の撮像位置への視野移動を行う。以降、上と同じ要領で、磁化ゼロの点への励磁電流調整、励磁電流波形印加、オートフォーカス用の画像取り込みを順次行いオートフォーカスを実行し、更に撮像を実行する。以上説明した制御シーケンスは、制御手段714により実行される。
【符号の説明】
【0051】
101 ヨーク
102 コイル
103 ポールピース
104 電流源
105 ポールギャップ
201,402,1301 初磁化曲線
202,904,1402,1506 磁化曲線
401 メジャーループ
403 マイナーループ
601,901,1302 安定化ループ
602 上限値
603 下限値
701 電子源
702 引出電極
703 電子ビーム
704 コンデンサレンズ
705 走査偏向器
706 対物レンズ
707 試料室
708 試料台
709 試料
710 電子
711 二次電子
712 変換電極
713 検出器
714 制御手段
715 ブランキング偏向器
716 電子光学鏡筒
717 制御電源
718 制御コンピュータ
902 電流値ゼロの点
903,905,907,1401,1403,1501,1501′,1502,1502′,1503,1503′,1504,1504′,1505,1505′ 点
906,1404 分岐点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子線源から放出される荷電粒子線を磁界レンズを用いて所定の試料上に導く荷電粒子光学系の調整方法において、
前記荷電粒子線の非照射状態において、前記磁界レンズに単一振幅の交流励磁電流を印加することにより、前記磁界レンズのヒステリシス曲線におけるメジャーループ内に安定化されたヒステリシスループを形成することを特徴とする荷電粒子光学系の調整方法。
【請求項2】
試料を載置する試料台と、
荷電粒子線源から放出される荷電粒子線を磁界レンズを用いて前記試料上に導く荷電粒子光学鏡筒と、
当該荷電粒子光学鏡筒を制御する制御手段と、
当該制御手段に対して制御コマンドを発行する制御コンピュータとを備え、
当該制御コンピュータは、
前記荷電粒子線の非照射状態において、前記磁界レンズに単一振幅の交流励磁電流を印加することにより、前記磁界レンズのヒステリシス曲線におけるメジャーループ内に安定化されたヒステリシスループを形成することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項3】
請求項2に記載の荷電粒子線装置において、
前記制御コンピュータは、
前記荷電粒子線の前記試料への照射時には、前記安定ループ上で磁化がゼロとなる点を起点とする磁化曲線上で前記磁界レンズから発生する磁界の強さを制御することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項4】
請求項3に記載の荷電粒子線装置において、
前記制御コンピュータは、
前記磁界の強さの制御時には、前記安定ループの分岐点まで磁界レンズの励磁電流値を変化させ、その後前記磁化ゼロの点まで励磁電流値を変化させた後に、前記磁化曲線を辿ることを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項5】
請求項2に記載の荷電粒子線装置において、
前記制御コンピュータは、
前記交流励磁電流として、正または負のDCオフセットが重畳した単一振幅の交流電流を前記磁界レンズに印加することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項6】
試料を載置する試料台と、
一次電子線を磁界レンズを用いて前記試料上に集束させ、当該集束された一次電子線を偏向器を用いて前記試料上で走査させる電子光学鏡筒と、
前記走査により得られる二次電子あるいは反射電子を検出する検出器と、
前記試料台を移動する試料ステージと、
当該電子光学鏡筒および試料ステージを制御する制御手段と、
当該制御手段に対して制御コマンドを発行する制御コンピュータとを備え、
当該制御コンピュータは、
前記電子線の非照射状態において、前記磁界レンズに単一振幅の交流励磁電流を印加することにより、前記磁界レンズのヒステリシス曲線におけるメジャーループ内に安定化されたヒステリシスループを形成することを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項6に記載の走査電子顕微鏡において、
前記制御コンピュータは、
前記試料上の第1の画像取得位置での画像取得後、第2の画像取得位置が前記電子光学鏡筒の前記一次電子線の照射位置に位置するよう前記試料ステージを移動させ、
当該試料ステージの移動中に前記ヒステリシス安定化ステップを実行させることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項8】
請求項7に記載の走査電子顕微鏡において、
前記電子光学鏡筒が前記一次電子線のブランキング手段を備え、
前記試料ステージの移動中には前記一次電子線をブランキングすることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項9】
請求項7に記載の走査電子顕微鏡において、
前記電子光学鏡筒が前記一次電子線の遮蔽手段を備え、
前記安定化ステップの実行時には前記一次電子線を遮蔽することを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項10】
請求項6に記載の荷電粒子線装置において、
前記制御コンピュータは、
前記一次電子線の前記集束状態の調整時には、前記安定ループ上で磁化がゼロとなる点を起点とする磁化曲線上で前記磁界レンズから発生する磁界の強さを制御することを特徴とする走査電子顕微鏡。

【図1】
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【図2(A)】
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【図2(B)】
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【図3(A)】
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【図3(B)】
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【図4(A)】
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【図4(B)】
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【図5(A)】
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【図5(B)】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13(A)】
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【図13(B)】
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【図14】
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【図15(A)】
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【図15(B)】
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【公開番号】特開2013−65484(P2013−65484A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204048(P2011−204048)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】