説明

神経細胞賦活剤

【課題】エルゴステロール過酸化物を有効成分とする神経細胞賦活剤を提供する。
【解決手段】一般式(1)


(式中、Rは水素原子、分岐若しくは環を形成していてもよいC1からC8のアルカノイル基、単糖又はオリゴ糖を表す)で表されるエルゴステロール過酸化物を有効成分とすることを特徴とする神経細胞賦活剤を要旨とするものであり、好ましくは、エルゴステロール過酸化物が、エルゴステロールペルオキシドであるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経成長因子(beta nerve growth factor、以下「NGF」と略記)産生促進活性を有すると共に、NGF様活性及びNGF作用増強活性を有する神経細胞賦活剤及び該神経細胞賦活剤を含有する医薬品組成物、飲食物に関するものであり、さらに詳しくは、神経系の老化予防や神経障害の進行防止、あるいは中枢神経障害や末梢神経障害などの改善等に有効で、食物中に広範囲に含まれるエルゴステロール過酸化物を含有する安全性の高い神経細胞賦活剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会への移行に伴って老年型痴呆症が増加する傾向にあり、社会的な問題となりつつある。老年型痴呆症の原因となる疾患は数多く知られ、脳器質性障害による痴呆、脳以外の臓器疾患に付随した痴呆、およびストレスによる身体疾患に起因する痴呆に分類される。また、脳器質性障害による痴呆は、原因の違いにより脳血管性痴呆症とアルツハイマー型痴呆症とに分類される。
【0003】
現在、脳血管性痴呆症に対しては脳血管拡張薬などがある程度の効果を示すことが知られているが、アルツハイマー型痴呆症に対しては、その発症原因が今なお不明であり、アセチルコリン分解酵素阻害薬も上市されているものの効果の持続性の点で充分なものとはいえない。そのため、脳器質性障害による痴呆、特にアルツハイマー型痴呆症に対して有用な医薬や食品の開発が所望されている。
【0004】
近年、神経細胞から分泌されるNGFなどの神経栄養因子が神経変性疾患に対して優れた効果を示すことが見出され注目を集めている。NGFは、神経組織の成長及び機能維持にとって重要かつ必要な因子である。また、NGFは、末梢神経における知覚および交感神経、ならびに中枢神経における大細胞性コリン作動性ニューロンの、成熟、分化、および維持に不可欠であり、脳損傷時の神経細胞の変性を防ぐという作用を示す。
【0005】
NGFが、末梢神経系においては胎生期の知覚及び交感神経節神経細胞の分化及び成長を促進し神経細胞突起の伸長を促すタンパク質であること、さらに成熟交感神経細胞にとっては一生を通じて生存及び機能維持に不可欠なタンパク質であることが知られている。たとえば、幼若動物に抗NGF抗体を連続投与してNGFの生理活性を中和した場合には、交感神経節の顕著な萎縮や神経節神経細胞の死滅が観察されている(非特許文献1、2)。この現象は不可逆的であり、NGFの生理的役割の重要性を証明するものである。また、NGFの作用に関する応用研究も行なわれており、NGFが神経軸索の再生にも有効であることが明らかにされている(非特許文献3)。
【0006】
一方、中枢神経系におけるNGFの重要性も知られており、たとえば、中隔から海馬へ投射している神経路を切断したラットの脳室内にNGFを投与することによって、中隔のコリン作動性神経細胞の変性、脱落が抑制されること(非特許文献4、5)、老齢ラットの学習、記憶能力がNGFの脳室内投与で改善されること(非特許文献6)、脳虚血後に見られる海馬の錐体細胞の遅延性細胞死がNGFの前投与により抑制されること(非特許文献7)等が報告されている。
【0007】
これにより、生体内においてNGFレベルを上昇させることは、アルツハイマー型痴呆症及び脳血管性痴呆症のような中枢機能障害や精髄障害、末梢神経損傷、糖尿病性神経障害、並びに筋萎縮変性側索硬化症のような末梢機能障害の治療に有用であると考えられる。
しかし、NGFはモノマーで13000、ダイマーでは26000もの分子量を有するタンパク質であり、血液脳関門を通過することができない。そのため、例えば中枢機能障害の治療を目的とした場合には、脳室内投与が必要となる。さらに、NGFの大量調製も困難である。このようにNGF自体の使用には多くの問題があり、NGF自体を用いることは非常に困難である。
【0008】
そこで、NGFが神経細胞の生存に不可欠な因子であることから、神経疾患や神経細胞障害の進行防止ないしは治療を目的として、NGFの産生を促進する物質の検索が行なわれている。その結果、これまでにカテコールアミン類(非特許文献8)、コリン作動性アゴニスト(特許文献1)、桂皮酸アミド化合物(特許文献2)、ベンゾキノン誘導体(非特許文献9)、及びプロペントフィリン(非特許文献10)にNGF産生促進作用のあることが報告されている。また、線維芽細胞成長因子(fibroblast growth factor)、血小板由来成長因子(platelet-derived growth factor)、トランスフォーミング成長因子アルファ及びベータ(transforming growth factor α and β)、上皮細胞成長因子(epidermal growth factor)、及びインシュリン様成長因子(insulin-like growth factor)等のいわゆる細胞増殖因子にもNGFの産生を促進する活性が認められている(非特許文献11)。
【0009】
しかしながら、日常的に上記疾患の予防又は進行防止を達成する観点からは、豊富な食経験があり、NGF産生促進作用を有する食品由来の組成物を摂取することが望まれる。
【0010】
NGF産生を促進する食品由来の物質又は抽出物としては、ホップ又はアシタバから得られる破砕物又は抽出物(特許文献3)、ローズマリー由来のカルノシン酸(特許文献4)、緑茶由来のテアニン(特許文献5)、ガゴメコンブ由来のフコイダン(特許文献6)、プロタミン(特許文献7)などが知られている。
【0011】
また、きのこ類由来の物質又は抽出物としては、ヤマブシタケ抽出物(特許文献8)について多く報告があり、その他ブナハリタケ抽出物(非特許文献12)やキヌガサタケ抽出物(特許文献9)、ケロウジ抽出物(特許文献10)、シャカシメジ抽出物(特許文献11)などが知られている。
【0012】
一方、NGFの働きを模倣し神経突起の伸長を促進する食品由来の低分子成分の報告もある。特許文献12に記載の植物由来の抽出物は、ミカン科植物由来のポリアルコキシフラボノイドであり、特許文献13にはローズマリーやセージ由来のカルノシン酸を含有する神経突起伸長剤が開示されている。
【0013】
また、特許文献14には、アブラナ科植物に特有の辛み成分であるイソチオシアネート化合物を含有する神経成長因子作用増強剤が示されている。この神経成長因子作用増強剤は単独では、神経突起伸長作用を示さないが、NGF存在下においてNGFの神経突起伸長作用を増強するものである。
【0014】
以上のような食品由来の組成物の使用は、生体に対し所望でない副作用を防止し得る点で有用である。しかし、これらの組成物は必ずしも原料の供給が安定していないことに加えて、効果が必ずしも充分でないという問題点があった。
【0015】
特にNGF産生促進作用、且つNGF様活性、則ち、神経突起伸長作用を有する神経細胞賦活剤はカルノシン酸以外知られておらず、カルノシン酸と同等又はそれ以上の両作用を有する他の食品素材に存在する成分が求められている。
【0016】
一方、エルゴステロールペルオキシド(EPO)はきのこ、酵母、地衣類、海綿などに広く存在することが知られているオキシステロールタイプのセテロイドである。最近の研究によりEPOには、免疫抑制、抗アテローム性動脈硬化、アポトーシス誘導、抗炎症作用(非特許文献13)や破骨細胞の分化・増殖阻害作用(特許文献15)があることが報告されている。しかしながら、EPOが神経賦活作用を有していることは全く知られていなかった。
【非特許文献1】R. Levi‐Montalcina他、Physiological Review,48, 534−569, 1968
【非特許文献2】H. Thoenen他、Physiological Review, 60, 1284−1335, 1980
【非特許文献3】Rich他、Experimental Neurology, 105, 162−170, 1989
【非特許文献4】F. Hefti, Journal of Ncuroscience, 6, 2155−2162, 1986 : L. F.Kromer, Science, 235, 214−216, 1987
【非特許文献5】L. R. Williams他、Proceedings of National Academy of Sciences U. S. A. 83, 9231−9235, 1986
【非特許文献6】W. Fisher他、Nature, 329, 65−68, 1987
【非特許文献7】茂野他、医学のあゆみ、第145巻、579−580, 1988
【非特許文献8】Y.Furukawa他、Journal of Biological Chemistry, 261, 6039−6047, 1986
【特許文献1】特開昭63−83020号公報
【特許文献2】特開平2−104568号公報
【非特許文献9】R. Takeuchi他、FEBS Letter, 261, 63-66, 1990
【非特許文献10】I. Shinoda他、Biochemical Pharmacology, 39, 1813−1816, 1990
【非特許文献11】篠田 他、生化学、第62巻、835頁、1990年
【特許文献3】再表2003−006037号公報
【特許文献4】特開2001−233835号公報
【特許文献5】特開平7−173059号公報
【特許文献6】再表2000−062785号公報
【特許文献7】特開平5−51325号公報
【特許文献8】特開平7−70168号公報
【非特許文献12】Okuyama S, Terashima T, Kawamura Y, YokogoshiH 、Nutr Neurosci. 7, 741-47,2004
【特許文献9】特開平9−020714号公報
【特許文献10】特開平11−269125号公報
【特許文献11】特開2007−137878号公報
【特許文献12】特開2002−60340号公報
【特許文献13】特開2007−230945号公報
【特許文献14】特開2006−16362号公報
【非特許文献13】Joo-Sang Lee他、Biol.Pharm.Bull., 31, 949−954, 200
【特許文献15】特開2008−127378号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上記したように、食品由来成分のうち、NGFの作用を代替えする神経栄養因子様物質やNGFなどの神経栄養因子の合成を促進し放出を昂進する神経栄養因子産生促進物質、更には神経栄養因子の作用を増強する化合物の作用は一般的に弱く、供給が必ずしも容易でないという問題点があった。本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、食品中に広く分布し上記の神経細胞賦活作用が高い化合物からなる神経細胞賦活剤を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、食品素材中に高い神経細胞賦活作用を有する成分の探索を行った結果、きのこや酵母などの真菌類中に広く存在するエルゴステロール過酸化物、とりわけエルゴステロールペルオキシド(EPO)が神経栄養因子様活性、神経栄養因子産生促進活性、神経栄養因子作用増強活性などの高い神経細胞賦活作用を有していることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
すなわち本発明は、一般式(1)
【0020】
【化2】

(式中、Rは水素原子、分岐若しくは環を形成していてもよいC1からC8のアルカノイル基、単糖又はオリゴ糖を表す)で表されるエルゴステロール過酸化物を有効成分とすることを特徴とする神経細胞賦活剤を要旨とするものであり、好ましくは、エルゴステロール過酸化物が、エルゴステロールペルオキシドであるものである。
【0021】
また、別の本発明は、前記した神経細胞賦活剤を含有することを特徴とする医薬品組成物又は飲食物を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、食経験豊かなきのこや酵母に存在するエルゴステロール過酸化物を薬学的組成物や食品組成物として利用することにより、神経系の老化予防や神経障害の進行防止、改善が期待できる。すなわち、神経細胞の生存と機能維持を促して神経系の老化を予防ないし改善し、また障害を受けた神経細胞に対してはその細胞自身の変成脱落を予防し、神経障害の進行を防止ないし改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明により提供される上記式(1)で表されるエルゴステロール過酸化物は、エルゴステロールペルオキシド又はその誘導体を含有していることを特徴としている。エルゴステロールペルオキシドは、例えば、本明細書の実施例に記載されたように、シロナメツムタケから分離精製することもできるが、必ずしもシロナメツムタケに限定されるものではなく、EPOを含むあらゆる茸類、酵母類、カビ類などを抽出源とすることができる。
【0024】
茸類としては、シイタケ、マツタケ、ホンシメジ、エリンギ、エノキタケ、シロナメツ
ムタケ、ナメコ、チャナメツムタケなどのハラタケ目、コウタケ、ハナビラタケ、サンゴ
ハリタケ、ヤマブシタケ、マイタケなどのヒダナシタケ目、アミガサタケなどチャワンタ
ケ目の食用茸の他に、セミタケなどのバッカクキン目の薬用茸が例示されるが、EPOを高
含有するものであれば、これらに限定されるものではない。これらの茸類は天然のもので
あってもよいし、人工栽培されたものであってもよい。また、子実体の他に液体培養で得
られる菌糸体を給源にすることも可能である。
【0025】
酵母類としては、パン酵母や酒酵母などのサッカロミセス属やスキゾサッカロミセス属
が例示される。これらの酵母は液体培養により大量調製することが可能である。
【0026】
カビ類としては、コウジカビやアオカビなどの食品製造に用いられるカビが例示される。
これらのカビも液体培養により大量調製することができる。
【0027】
これらの抽出材料からエルゴステロールペルオキシドの抽出を行うには、上記材料に溶媒を添加してもよいが、できれば材料の乾燥物を破砕した後、破砕物に対して溶媒を添加する方が好ましい。抽出溶媒としては、水、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール、アミルアルコールなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、酢酸メチル、酢酸エチルなどのエステル類などの溶媒を用いることができる。これらの溶媒を任意の比率で混合したものを抽出溶媒としてもよい。なかでも、食品に対して使用する場合には、水、エタノールが望ましく、抽出効率を上げるために酵素、各種界面活性剤等を本発明の効果を損なわない範囲で使用することも可能である。さらに、上記のように溶媒を用いる他、近年注目を浴びている超臨界抽出法を使用することも可能である。
【0028】
抽出原料に対する抽出溶媒の比率は特に限定しないで適宜決定することができる。また、抽出時間および温度等も適宜決定することができる。
【0029】
抽出後、破砕物と溶媒との混合物は公知の方法によって固液分離し、抽出液のみを回収すればよい。固液分離する方法としては、遠心分離、フィルタープレス、吸引ろ過などが挙げられるが特に限定しない。
【0030】
また、必要に応じて、無水硫酸ナトリウムなどの脱水剤を用いて抽出液を脱水後、溶媒を留去することにより、エルゴステロールペロキシドを含む抽出物を得ることができる。こうして得られた抽出物は、さらに液体クロマトグラフィーなどのカラムクロマトグラフィー、抽出、分別沈殿等によって適宜に分画し分取することができる。このようにして純度を高めた画分を抽出物に替えて用いることもできる。該画分は、さらに、液液分配法、クロマトグラフィー法、分子蒸溜、精留等、任意の方法によって精製され単離されてもよい。
【0031】
また、エルゴステロールペルオキシドは、既報に従い、酸素気流下でのエルゴステロールの光増感反応により合成することもできる(Nature,216,397,1967)。
【0032】
以上のようにして得られたエルゴステロールペルオキシドの3位水酸基を誘導体化することにより本発明のエルゴステロール過酸化物を調製することができる。
【0033】
誘導体としては、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの分岐又は環を形成していてもよいC1からC8の脂肪酸とのエステル化物やグルコース、マンノース、ガラクトースなどの単糖やラクトース、マルトースなどのオリゴ糖との配糖体が上げられるが、エルゴステロールペルオキシドの神経賦活作用が失われなければ、必ずしもこれらの誘導体に限定されるものではない。
【0034】
以上のようにして得られたエルゴステロール過酸化物は、そのままで、あるいは必要に応じて他の成分を加えることで本発明の神経細胞賦活剤となる。
【0035】
本発明の神経細胞賦活剤に含まれる他の成分としては、神経突細胞賦活活性を低下させないものであれば混合することが可能であり、例えば、従来から用いられている界面活性剤、溶媒、増粘剤、安定剤、保存料、酸化防止剤、香味料等のような添加剤と混合されることができる。
【0036】
神経細胞賦活剤の形態としては、粉末、顆粒、錠剤、液体、カプセル、軟カプセル、ペースト若しくはトローチ、ガム又は飲用可能な溶液若しくは乳濁液、ドライ経口サプリメント、ウェット経口サプリメントなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、これらの形態のものは従来から知られている方法によって作製することができる。
【0037】
神経細胞賦活剤は、エルゴステロール過酸化物を有効成分として含むものである。有効成分の含有量としては、摂取する対象者の年齢、体重などによって変わり得るが、エルゴステロール過酸化物換算で成人1日あたり0.1〜1000mg/kg服用できるように含有するのが好ましく、さらに1〜100mg/kgが好ましく、5〜50mg/kgが最も好ましい。
【0038】
本発明の医薬品組成物は、上記神経細胞賦活剤を含有するものである。神経細胞賦活剤の含有量としては、摂取する対象者の年齢、体重などによって変わり得るが、エルゴステロール過酸化物換算で成人1日あたり0.1〜1000mg/kg服用できるように含有するのが好ましく、さらに1〜100mg/kgが好ましく、5〜50mg/kgが最も好ましい。
【0039】
本発明の医薬品組成物に含まれる各種添加剤としては、界面活性剤、賦形剤、着色料、保存料、コーティング助剤ならびにこれらの組合せが挙げられる。これら添加剤は、通常の医薬品製造における添加剤であれば特に限定されず、より具体的な例としては、ラクトース、デキストリン、スクロース、マンニトール、コーンスターチ、ソルビトール、結晶性セルロース、ポリビニルピロリドン、デキストリン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース塩、ステアリン酸及びその塩、タルクなどの添加剤であり、これらの組合せが挙げられる。さらに、香辛料、甘味料などを添加してもよい。またさらに、必要に応じて他の薬剤や食品粉砕物、食品抽出物を添加してもよい。
【0040】
医薬品組成物の投与剤形も特に限定されず、日本薬局方に従って適切な剤形に製造される。具体的には、カプセル剤、錠剤、粉剤、除放剤などの剤形に製造される。
【0041】
本発明の飲食物は上記神経細胞賦活剤を含有するものである。神経細胞賦活剤の含有量としては、摂取する対象者の年齢、体重などによって変わり得るが、エルゴステロール過酸化物換算で成人1日あたり0.1〜1000mg/kg服用できるように含有するのが好ましく、さらに1〜100mg/kgが好ましく、5〜50mg/kgが最も好ましい。
【0042】
本発明の神経細胞賦活剤を含有する飲食物に混合され得る他の材料としては、一般に食品用材料として使用され得るものが挙げられる。例としては、米、小麦、トウモロコシ、ジャガイモ、昆布などから得られる多糖類、大豆や乳製品、動物原料などから得られるタンパク質、グルコース、ラクトース、フルクトース、スクロース、マンニトール、キシリトールや各種オリゴ糖などの糖類、ならびにこれらの組合せが挙げられる。さらに、香辛料、着色料、甘味料、酸味料、食用油、ビタミンや他の食品破砕物、食品抽出物などを添加してもよい。これら適切な材料及び添加剤は単独又は組合せて使用される。またさらに、必要に応じて水を添加して所望の形状に加工してもよい。
【0043】
飲食物の具体例としては、菓子類(ガム、キャンディー、キャラメル、チョコレート、クッキー、スナック菓子、ゼリー、グミ、錠菓等)、麺類(そば、うどん、ラーメン等)、乳製品(ミルク、アイスクリーム、ヨーグルト等)、調味料(味噌、醤油等)、スープ類、飲料(ジュース、コーヒー、紅茶、茶、炭酸飲料、スポーツ飲料等)をはじめとする一般食品や健康食品(錠剤、カプセル等)、栄養補助食品(栄養ドリンク等)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、インスタント食品に本発明の神経細胞賦活剤を添加してもよい。例えば、神経細胞賦活剤を粉末セルロースとともにスプレードライまたは凍結乾燥したものを、粉末、顆粒、打錠又は溶液にすることで容易に飲食品に含有させることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されるものではない。
【0045】
実施例1:シロナメツムタケからの神経細胞賦活剤の単離・構造決定
〔ヒトグリオブラストーマによるNGFの産生〕
終濃度が10%FBS(ウシ胎児血清)、110mg/mlピルビン酸ナトリウム、1%NEAA(非必須アミノ酸溶液:インビトロジェン株式会社)を含むEMEM培地に、12.5 x104細胞/mlの濃度になるよう調製したヒトグリオブラストーマ(神経膠芽腫)T98G細胞(理化学研究所)懸濁液を、24穴マルチプレートの各穴に接種し、3日間培養した。その後、5mg/mlのBSA(ウシ血清アルブミン)を含むOpti-MEM培地に交換し、さらに4日間培養した。再度培地交換し、各被検試料を所定量添加し、さらに7日間培養した。培養上清を回収しNGF量を測定した。
【0046】
〔培養上清中のNGFの測定法〕
NGFの測定はR&Dシステム社の「ベータNGF、Human, DuoSet Kit」を使用した。ポリスチレン製の96穴マルチプレートに、Capture Antibodyとしてマウス抗ヒトベータNGF抗体溶液を各穴に100μlずつ分注し、室温で一夜放置した。マイクロプレートに吸着されなかった抗体を除去後、Wash Buffer(0.05% Tween20を含むPBS)で各穴を3回洗浄した。各穴に300μlのReagent Diluent(1%BSAを含むPBS)を加えて1時間以上、室温でブロッキングをし、Wash Buffer(0.05% Tween20を含むPBS)で各穴を3回洗浄した。
【0047】
標準溶液としてのヒト組み換えベータNGF溶液あるいは、上記の実験により得られた各培養上清100μlを各穴に分注し、室温で2時間放置した後、標準溶液あるいは、培養上清を除去した。さらに各穴を3回ずつ洗浄した。Detection Antibodyとしてヒツジ抗ヒトベータNGF抗体溶液を各穴に100μlずつ分注し、室温で2時間放置した後、ホースラーディッシュ由来パーオキシダーゼを各穴に100μlずつ加えて遮光して室温で20分間静置し、Wash Buffer(0.05% Tween20を含むPBS)で各穴を3回洗浄した。各穴にSubstrate Solution(過酸化水素とテトラメチルベンジジンの混合液)を100μlずつ加え室温で20分間反応させた。Stop Solutionとして2Nの硫酸を50μlずつ加え、直ちに吸光度計にて450/540nmの吸光度を測定し標準曲線よりNGF量を算出した。
【0048】
〔シロナメツムタケの人工栽培〕
シロナメツムタケの人工栽培は、以下の通りに実施した。850ccポリプロピレン製の培養ビン(千曲化成(株))にブナ鋸屑(有限会社新井商店)150g、フスマ(豊橋飼料(株))30g、水道水350gを加えてよく混合した。この培地を105℃、60分、引き続き120℃、45分間高圧蒸気滅菌し放冷した後、PDA培地(ポテトデキストロース寒天培地)(株式会社ニッスイ)で培養したシロナメツムタケ(特許生物寄託センター受託番号:P-21287)の種菌を接種した。培養条件は、暗黒下23℃、湿度55±5%条件化で、培養基に見かけ上菌糸体が蔓延するまで培養しさらに10日間培養を続け熟成させた。子実体原基発生処理として、腐葉土を培養基表面に高さ約10mm(約50g)をクリーンベンチ内で無菌的に覆土し、さらに15日間追培養を実施した。その後、照度20ルクス、温度20℃、湿度90%の条件化で子実体が形成されるまで培養した。
培養ビン1本当たり約100gのシロナメツムタケ生鮮が得られた。
【0049】
〔NGF産生促進画分の単離〕
上記の通り栽培したシロナメツムタケの子実体を80℃で熱風乾燥し回転刃付ブレンダーで破砕処理を行い1mm以下の粉末を得た。このシロナメツムタケ乾燥粉末87.0gに対してメタノール1Lを添加し室温で3週間浸漬抽出した。ろ液を減圧濃縮して得られた残渣を水−酢酸エチルで分液し、酢酸エチル層を乾燥後減圧濃縮してシロナメツムタケ抽出物13.6gを得た。次いで、得られたシロナメツムタケ抽出物をシリカゲルクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘキサン/酢酸エチル/メタノール=1/0/0〜0/0/1のグラジエント)で分画した。分画物の中で対照に較べNGF産生促進活性が認められた画分を減圧濃縮してNGF産生促進画分147.5mgを得た。
【0050】
〔構造解析〕
シロナメツムタケより得られたNGF産生促進画分の構造解析を行った。質量分析(E
I−MS)により、m/z428(分子量)、m/z410(脱水ピーク)、m/z396
(脱酸素ピーク)が観測された。また、ミリマスによる元素分析の結果、C2844
の組成式を持つことが明らかになった。このことから、不飽和数7が計算される。
【0051】
一次元プロトンNMRスペクトルでのプロトン数とメチル基の数および質量分析の結果から、この物質はトリテルペンあるいはステロイド系と予測された。2重結合は2組存在すること、一組(δ5.15ppm)はトランス型で他の一組(δ6.35ppm)はシス型であることが判明した。また、この化合物をアセチル化してNMRを測定したところ、δ3.90ppmのmultipletがδ5.00ppmに低磁場シフトすることから、δ3.90ppmのピークは二級水酸基の付け根の水素であることが証明された。1次元Carbon−NMRより、四級炭素に結合するメチル基が2個、メチンに結合するメチル基が4個であることが明らかになった。以下に帰属した炭素を示す(CDC1、室温、125.76Hz)。Chemical Shift(ppm):30.10(1C)、34.68(2C)、66.43(3C)、39.33(4C)、82.13(5C)、135.18(6C)、130.73(7C)、79.39(8C)、51.08(9C)、36.94(10C)、20.61(11C)、36.91(12C)、44.54(13C)、51.67(14C)、23.38(15C)、28.62(16C)、56.19(17C)、12.85(18C)、18.15(19C)、39.70(20C)、20.85(21C)、135.40(22C)、132.30(23C)、42.75(24C)、33.04(25C)、19.92(26C)、19.62(27C)、17.54(28C)。
【0052】
更に上記マス及びNMRスペクトルは、酸素気流下エルゴステロールの光増感反応によ
り調製された化合物と完全に一致した。
【0053】
以上の結果より、シロナメツムタケから得られたNGF産生促進物質は構造既知の学名(22E)−5α,8α−epidioxyergosta−6,22−diene−3β−ol(エルゴステロールペルオキシド、化1でR=H)と推定された。本物質はエルゴステロールが酵素的あるいは非酵素的に生体内で酸化されたものと推定される。
【0054】
実施例2:エルゴステロールペルオキシドの神経栄養因子様活性、神経栄養因子作用増強活性
〔ラット褐色細胞腫細胞の培養〕
終濃度が5% FBS(ウシ胎児血清)、5% HS(ウマ血清)を含むDMEM培地に懸濁したラット褐色細胞腫PC12細胞(理化学研究所)を、ポリ-D-リジンでコートした24穴マルチプレートの各穴に0.5 x104細胞/wellになるよう接種し1日間培養した。培地交換し、各被検試料を所定濃度になるよう添加してさらに2日間培養後、鏡見下で各wellランダムに10視野ずつ写真撮影を行った(倍率:200倍)。
【0055】
〔細胞分化率の測定〕
各視野中の細胞数と、その内の分化細胞(細胞体の長径より長い神経突起を伸ばした細胞)数をカウントし、細胞分化率(分化細胞数/総細胞数)を算出した。結果を図1に示す。実施例1及び2より、エルゴステロールペルオキシド(EPO)はNGF産生促進活性、NGF様活性、NGF作用増強活性を併せ持つ神経細胞賦活作用を有することが分かる。
【0056】
実施例3:カルノシン酸との神経賦活作用の比較
実施例1及び2の方法に従い、EPO、アセチル化EPO、カルノシン酸の3種化合物の神経賦活作用を比較した(各10μM)。図2に示す通り、EPO及びアセチル化EPOはカルノシン酸より強いNGF産生促進作用及びPC12細胞分化促進作用(NGF様活性)を示した。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】エルゴステロールペルオキシドのPC12細胞分化促進作用を示す図である。
【図2】エルゴステロール過酸化物とカルノシン酸とのNGF産生促進作用及びPC12細胞分化促進作用を比較した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中、Rは水素原子、分岐若しくは環を形成していてもよいC1からC8のアルカノイル基、単糖又はオリゴ糖を表す)で表されるエルゴステロール過酸化物を有効成分とすることを特徴とする神経細胞賦活剤。
【請求項2】
エルゴステロール過酸化物が、エルゴステロールペルオキシドである請求項1記載の神経細胞賦活剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の神経細胞賦活剤を含有することを特徴とする医薬品組成物。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の神経細胞賦活剤を含有することを特徴とする飲食物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−116375(P2010−116375A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−292309(P2008−292309)
【出願日】平成20年11月14日(2008.11.14)
【出願人】(000004503)ユニチカ株式会社 (1,214)
【Fターム(参考)】