説明

穴あけ工具

【課題】工具を高速回転させても流体噴出口から噴出させたクーラントが切削ポイントに確実に吹き付けられて切れ刃の潤滑・冷却や切屑の排出が良好になされ、また、前工程の加工で発生した切屑が被加工穴の内部に残留している場合には残留切屑の排除が加工に先行して行われるようにすることを課題としている。
【解決手段】工具本体1の外周に設けられた切れ刃3aで内径加工を行う穴あけ工具に、切れ刃3aよりも工具本体1の軸方向前方及び/又は後方に位置して工具本体の内部の流体通路8から供給されるクーラントを径方向外方に噴出させる流体噴出口10及び/又は12を設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、切れ刃の潤滑・冷却と切屑排出性の改善などを目的としてクーラントを噴出させる機能を付与した穴あけ工具に関する。
【背景技術】
【0002】
流体噴出機能を付与して切屑排出性を向上させた穴あけ工具として、下記特許文献1に開示されたものがある。
【0003】
その特許文献1の穴あけ工具(穴加工工具)は、エンジンブロックのクランクシャフト軸受穴などの加工に用いるものであって、工具本体に、切削ポイントよりも軸方向後方から切削ポイントに向けて流体を斜め外向きに噴き出す流体噴出孔を設けており、その流体噴出孔から噴き出すクーラントによって穴加工時に発生する切屑を強制的に排出させる。
【特許文献1】特開2005−342843号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、切削ポイントよりも軸方向後方に設けた流体噴出孔から前方の切削ポイントに向けて斜め外向きにクーラントを噴出させるものは、工具が高速回転すると、図9に示すように、噴流Aが遠心力で外周側に振られる。そのために、その噴流Aは直進性を失い、その噴流Aの噴出角がα1からα2に変化してクーラントが切削ポイントPに届き難くなり、クーラント供給の効果が低下することを見出した。特許文献1の工具はこの問題に対応できない。
【0005】
また、特許文献1が開示しているような穴あけ工具を仕上げ加工に使用する場合、中仕上げなどの前工程で発生した切屑が被加工穴の途中に設けられた溝(図6〜図9のd参照)や被加工穴から外部に切り抜けた貫通孔(図6〜図9のth参照)などに残留していることがあるが、特許文献1が開示している構造では斜め後方からクーラントを噴出させるので、工具本体が被加工穴に入り込む際に残留切屑を吹き流すことが難しく、その残留切屑が刃具と被加工穴の内径面との間に巻き込まれて加工面を傷つけたり、切れ刃を欠損させたりすることがある。
【0006】
特に、工具本体の前部外周に被加工穴の内径面に接触するガイドパッドを設けた穴あけ工具の場合、ガイドパッドと被加工穴の内径面との間にも残留切屑が巻き込まれ易い。また、残留切屑がガイドパッドと被加工穴間の狭い隙間に噛み込まれて溶着して溶着痕によって加工面が傷つけられることもある。
この対策として、図1のワークW(W1〜W5)に対する被加工穴Hの加工途中で工具本体の送りを止め、被加工穴Hの内径面に流体噴出穴13から出るクーラントを噴きつけ、残留切屑を排出している場合もあり、加工サイクルタイムに影響を与えている。
【0007】
この発明は、工具を高速回転させてもクーラントが切削ポイントに確実に吹き付けられて切れ刃の潤滑・冷却や切屑の排出が良好になされ、また、前工程の加工で発生した切屑が被加工穴の内部に残留している場合には残留切屑の排除が加工に先行して行われるようにすることを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、この発明においては、工具本体の外周に設けられた切れ刃で内径加工を行う穴あけ工具に、切れ刃よりも工具本体の軸方向前方に位置して工具本体の内部の流体通路から供給されるクーラントを径方向外方に噴出させる前部流体噴出口を設けた。
【0009】
この穴あけ工具は、前部流体噴出口から切れ刃の刃先よりも工具の回転方向前方に向けてクーラントを噴出させると好ましい。
【0010】
切れ刃の刃先よりも工具本体の軸方向後方に、工具本体の内部の流体通路から供給される流体を径方向外方に噴出させる後部流体噴出口をさらに設けることができる。
【0011】
その後部流体噴出口を有するものは、この後部流体噴出口から切れ刃によって加工された部位に向けてクーラントを噴出させると好ましい。
なお、この発明では、工具の端面視において、切れ刃の位置から工具の回転方向に180°回転した位置までを回転方向前方、切れ刃の位置から工具の逆転方向に180°回転した位置までを回転方向後方とする。
【発明の効果】
【0012】
この発明の穴あけ工具は、切れ刃よりも工具本体の軸方向前方においてクーラントを径方向外方に噴出させる前部流体噴出口を備えているので、工具の高速回転により図9で説明したように別途設けられた流体噴出孔からのクーラント噴流が遠心力で外周側に振られて切削ポイントに届き難くなったとしても、前部流体噴出口から噴出したクーラントが切削ポイントに流れるので、切れ刃の潤滑・冷却、発生した切屑のクーラントによる強制排出が不十分になることがなく、加工が安定し、切屑の排出も良好になされる。
【0013】
また、前部流体噴出口が切れ刃に先行して被加工穴に進入し、その前部流体噴出口から噴出するクーラントによって被加工穴の途中の溝や被加工穴から外部に切り抜けた貫通孔などに残留している切屑が事前に除去される。従って、刃具と被加工穴の内径面との間やガイドパッドと被加工穴の内径面との間に残留切屑が巻き込まれ、或いは噛み込まれる現象を抑制して加工面の傷つき、切れ刃の欠損、切屑の溶着などを減少させることができる。
【0014】
なお、前部流体噴出口から切れ刃よりも工具の回転方向前方に向けてクーラントを噴出するものは、切れ刃による加工に先行して加工する箇所に前部流体噴出口からクーラントが噴射されるので、切削ポイントへのクーラント供給がより確実になされる。
【0015】
また、切れ刃の刃先よりも軸方向後方に後部流体噴出口を設けたものは、本工具によって生成された切屑が被加工穴の内部に残留した場合にその残留切屑を後部流体噴出口から噴き出されるクーラントによって確実に排除することができる。また、同時に、被加工穴から外部に切り抜けた貫通孔の途中にまだ残っている前工程の加工で発生した切屑も後部流体噴出口から噴き出されるクーラントによって確実に排除することができ、被加工穴の内部に切屑が残留することがほぼなくなる。
【0016】
この後部流体噴出口から切れ刃の刃先よりも工具の回転方向後方に向けてクーラントを噴出させるものは、後部流体噴出口を切削ポイントに近接させて切れ刃による加工で発生した切屑を発生直後に吹き流すことができる。
【0017】
この発明は、エンジンブロックのクランクシャフト軸受穴などの被加工穴が図1のW1〜W5のように複数個連続して配置されている場合だけでなく、被加工穴が例えば、400〜700mm程度の深さをもつ一つの深穴である場合でも同等の効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、添付図面の図1〜図8に基づいてこの発明の穴あけ工具の実施の形態を説明する
。図1の穴あけ工具は、エンジンブロックのクランクシャフト軸受穴の内径加工を行うものである。この穴あけ工具は、工具本体1の先端外周に設けた刃具取付溝2に切れ刃3aを有する刃具(ブレード)3をクランプねじで推進させる押え金4でクランプして装着し、また、刃具3を装着した部位(以下、刃具装着部という)を避けた工具本体の先端側外周に先端部ガイドパッド5を、刃具装着部よりも軸方向後方の外周に胴体部ガイドパッド6をそれぞれ工具周方向に定ピッチで複数設けて構成されている。7は刃具装着部に設けた切屑ポケットである。切れ刃3aは、図1における右端が切削ポイントを構成する刃先となっている。
【0019】
工具本体1には、その内部に軸方向に延びる流体通路8を設けている。図示の流体通路8は、工具本体1の中心部に配置する主通路8aと、工具本体1の中心から外れた位置にある主通路よりも小径の補助通路8bとを組み合わせたものになっている。主通路8aは、一端が工具本体1の後端に開放してそこが入口となっており、他端は刃具装着部の近くで行き止まりとなっている。この行き止まりとなった主通路8aに工具本体の先端側から加工された軸方向後方に延びる補助通路8bが連なっている。なお、補助通路8bの開口は、図3に示すように、工具本体1に埋設されたプラグ21によって塞がれている。
【0020】
工具本体1の先端には小径部9が形成され、その小径部9に前部流体噴出口10が設けられている。この前部流体噴出口10は、補助通路8bの位置から径方向外側に向かって延び出して小径部9の外周に開口しており(開口部は、図2、図3に示すように切れ刃3aよりも工具の回転方向前方にあるが、切れ刃3aよりも工具の回転方向後方に配置しても構わない)、流体通路8から供給されるクーラントを切れ刃3aよりも工具の回転方向前方(切屑ポケット7が工具本体の前面に開放している部分)に向けて噴出する。噴出されたクーラントがワークの内径面に噴射された直後に噴射点近傍を切れ刃3aの刃先が通過する。この前部流体噴出口10からのクーラント噴出は、ワークの内径面に対する噴射点が切れ刃3aの前約40°(図3中心角γ1=40°)までの範囲にあってその噴射点から切れ刃までの距離が30mm以内に納まる設計にすると好ましかった。
【0021】
また、図8に示す工具の軸心Cに対する噴射角度β1は、60°〜95°の範囲が適しており、前部流体噴出口10からのクーラント噴出による潤滑や切屑除去の効果がよく引き出された。
【0022】
さらに、小径部9の太さによっては小径部9の外周からワーク内径面のクーラント噴射点までの距離が長くなる。そのような場合には、図5に示すように、小径部9にノズル11を取付けて前部流体噴出口10の出口端をワーク内径面に近づけると好ましかった。この構造は、クーラントの噴射圧を弱めずに噴射点に到達させることができる。
【0023】
なお、例示の穴あけ工具には、後部流体噴出口12(図2、図3、図5参照)も設けられている。この後部流体噴出口12は、切れ刃3aの刃先よりも工具本体の軸方向後方にある。また、切れ刃3aよりも工具の回転方向後方にあり(切れ刃3aよりも工具の回転方向前方に配置することも可能)、刃先が通過した直後に切れ刃3aによって加工された部位にクーラントを噴射する。
【0024】
この後部流体噴出口12は、切れ刃3aまでの距離が20mm以内、切れ刃3aの後ろ約40°(図3中心角γ2=40°)以内に配置し、さらに、図8に示す噴射角度β2を75°〜105°の範囲に設定すると好ましく、その条件を満たしたときに残留しようとする切屑の除去効果が高かった。
【0025】
さらに、図5に示すようにノズル20を取付けてクーラントの噴射圧を高めることにより、切屑の除去効果を存分に発揮させることができた。
【0026】
図1の13、14は、特許文献1が開示している工具にも設けられている流体噴出孔である。流体噴出孔13は一端が流体通路8の主通路8aにつながり、そこから工具本体の先端外周側に向けて軸方向に斜めに延び、他端が切屑ポケット7に開口している。特許文献1の工具は、この流体噴出孔13が噴射口のメインになっている。
【0027】
流体噴出孔14は、図4に示すように、工具本体1の外周にノズル14aを埋設して形成しており、枝孔8cを介して流体通路の主通路8aに連通させたその流体噴出孔14からクーラントを軸方向前方に向けて噴出させる。工具本体1の外周には周方向に間隔をあけて配置された胴体部ガイドパッド6、6間に軸方向に延びる溝15を設けて流体噴出孔14から噴出されたクーラントをその溝15に流すようにしており、溝15に案内されたクーラントは工具本体1の外周に流れ出し、胴体部ガイドパッド6を設置した領域の潤滑やその領域での切屑の押し流しを行う。この流体噴出孔14と溝15は、工具の性能を高める好ましい要素であり、図示の工具においては周方向及び軸方向に位置を変えて複数個所に設けている。
【0028】
図6〜図7にこの発明の穴あけ工具(図5の工具を例に挙げる)の前部流体噴出口10と後部流体噴出口12の働きを示す。図6に示すように、ワークWの被加工穴Hに工具本体1の先端側が入り込んで加工が開始されるが、このときに前部流体噴出口10が切れ刃3aに先行して被加工穴Hに進入し、その前部流体噴出口10から噴出するクーラントによって切削ポイントの潤滑がなされる。また、図7に示すように、前部流体噴出口10から噴出されるクーラントによって被加工穴Hの途中の溝dや被加工穴に切り抜けた貫通孔thなどに残留している切屑Bが事前に吹き流されて除去される。そのために、刃具3と被加工穴Hの内径面との間やガイドパッド5、6と被加工穴Hの内径面との間に残留切屑が巻き込まれたり噛み込まれたりすることがなくなり、そのような現象による加工面の傷つき、切れ刃の欠損、切屑の溶着が大幅に減少する。
【0029】
また、図8に示すように、切れ刃3aによる加工で発生して加工中に排除されずに溝dや貫通孔thなどの内部に残った切屑Bが、後部流体噴出口12から噴き出すクーラントによって吹き流されて排出される。そのために、被加工穴の内部に切屑が残留することも少なくなる。
【0030】
以上は、前部流体噴出口と後部流体噴出口を同時に採用した事例であるが、この発明では、この前部流体噴出口と後部流体噴出口を別々に設ける(どちらか一方のみを設ける)こともできる
【0031】
図10は、刃具3の軸方向前方にさらに刃具16を押え金17でクランプして設けた穴あけ工具を示している。刃具16は、刃具3と同様の切れ刃を取付けているが、他の形態の刃具を取付けてもよい。この図10の穴あけ工具は、刃具16の切れ刃16aでワークの被加工穴の中仕上げ加工を行い、引き続いて刃具3の切れ刃3aで被加工穴の内径面を最終仕上げ加工する。
【0032】
中仕上げ用の切れ刃16aについても、その軸方向前後に、前部流体噴出口18と後部流体噴出口19を設けている。その前部流体噴出口18と後部流体噴出口19も、切れ刃3aの前後に設けたものと同様に、工具の回転方向前後に配置すると好ましい。
【0033】
このように、中仕上げに続いて仕上げ加工を行う場合には特に、前述の後部流体噴出口19と、仕上げ用切れ刃3aに付属させた前部流体噴出口10が有効となる。その後部流体噴出口19と前部流体噴出口10から噴出するクーラントによって中仕上げ加工で発生した切屑が確実に吹き飛ばされ、残留切屑がない状態で切れ刃3aによる仕上げ加工がなされるので、高精度で傷のない仕上げ面を得ることができる。なお、図10の工具は、仕上げ用切れ刃3aにも後部流体噴出口12を付属させている。また、中仕上げ用の切れ刃16aと仕上げ用切れ刃3aにそれぞれ付属させた前部流体噴出口18、10は、いずれもクーラントの噴射圧を維持するのに有効なノズル11b、11aを設けて形成している。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】この発明の穴あけ工具の一例を示す側面図
【図2】図1の穴あけ工具の平面図
【図3】(a)図1の穴あけ工具の拡大正面図、(b)補助通路閉鎖部の断面図
【図4】図2のX−X線に沿った位置の拡大断面図
【図5】前部流体噴出口と後部流体噴出口にノズルを組込んだ例を示す図
【図6】図1の穴あけ工具の使用状態を示す図
【図7】図1の穴あけ工具の使用状態を示す図
【図8】図1の穴あけ工具の使用状態を示す図
【図9】特許文献1が示している穴あけ工具の使用状態を示す図
【図10】この発明の穴あけ工具の他の例を示す側面図
【符号の説明】
【0035】
1 工具本体
2 刃具取付け溝
3、16 刃具
3a、16a 切れ刃
4、17 押え金
5 先端部ガイドパッド
6 胴体部ガイドパッド
7 切屑ポケット
8 流体通路
8a 主通路
8b 補助通路
8c 枝孔
9 小径部
10、18 前部流体噴出口
11、11a、11b、14a、20 ノズル
12、19 後部流体噴出口
13、14 流体噴出孔
15 溝
21 プラグ
W ワーク
H 被加工穴
A 噴流
B 切屑
P 切削ポイント
d 被加工穴の途中に設けられた溝
th 被加工穴から外部に切り抜けた貫通孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具本体(1)の外周に切れ刃(3a)を有し、その切れ刃で内径加工を行う穴あけ工具であって、前記切れ刃(3a)よりも工具本体(1)の軸方向前方に位置して工具本体の内部の流体通路(8)から供給されるクーラントを径方向外方に噴出させる前部流体噴出口(10)を設けた穴あけ工具。
【請求項2】
前記前部流体噴出口(10)から前記切れ刃(3a)の刃先よりも工具の回転方向前方に向けてクーラントを噴出させるようにした請求項1に記載の穴あけ工具。
【請求項3】
前記切れ刃(3a)の刃先よりも工具本体(1)の軸方向後方に、流体通路(8)から供給される流体を径方向外方に噴出させる後部流体噴出口(12)をさらに設けた請求項1又は2に記載の穴あけ工具。
【請求項4】
前記後部流体噴出口(12)から前記切れ刃(3a)によって加工された部位に向けてクーラントを噴出させるようにした請求項3に記載の穴あけ工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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