説明

筋力推定装置、プログラム

【課題】関節の動きに関与する複数の筋肉が個々に発揮する筋力の評価を可能にし、所定時間において各筋肉が発揮したエネルギーの評価を可能にする。
【解決手段】人体形状モデル生成手段11は、コンピュータを用いて構築した仮想空間に複数の体節および関節を備えた三次元の人体形状モデルを生成する。関節力算出手段16は、人体形状モデルが指示された動作を行う際に関節ごとの関節力を算出する。筋肉モデル生成手段18は、人体形状モデルにおける関節ごとに当該関節を支持する複数の筋肉について当該筋肉の体積および当該筋肉が体節に付着する位置を定める。筋力算出手段19は、人体形状モデルにおける関節ごとに関節力から求められる筋力を当該関節を支持する複数の筋肉の断面積に応じて配分することにより筋肉ごとの筋力を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータを用いて構築した仮想空間内で動作する三次元の人体形状モデルを用いることにより、指定した姿勢や動作に応じた筋力を推定する筋力推定装置、およびコンピュータを筋力推定装置として機能させるためのプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、コンピュータを用いて構築した仮想空間内で動作する三次元の人体形状モデル(デジタルヒューマン)を人の代用として用いることにより人の動作のシミュレーションを行うことが考えられている。特許文献1には、人が物品を使用する際の動作について、人体形状モデルによるシミュレーションを行うことにより、人が受ける負荷を評価する技術が示されている。
【0003】
この種の人体形状モデルは、たとえば、人体の骨格に対応した複数個のセグメントと、人体の関節に対応した複数個のジョイントとにより表現される。また、セグメントとジョイントとにより表現された人体形状モデルは、人体風の外観となるように表面属性がマッピングされる(たとえば、特許文献2参照)。この人体形状モデルを用いると、関節の角度はジョイントで結合された一対のセグメントの角度で模擬することができる。
【0004】
特許文献2には、人体形状モデルの着目した部位に作用する筋負荷を、ジョイントの関節角度から求められる関節に作用する力として求め、この筋負荷を筋肉群の最大発揮力に対する割合で評価する旨の記載がある。すなわち、関節に作用する力を、関節モーメント(関節トルク)として算出している。関節モーメントは、関節角度と関節を挟むセグメントの重量とにより求めることができる。たとえば、右肘の関節の周りに作用する関節モーメントは、右前腕と右手との合計の重量と、右前腕と右手とを合わせた重心の位置と、右肘の関節から重心までの長さとを用いて求められる。なお、人体形状モデルが鍋などの物品を持ったときの関節モーメントは、人体形状モデルから得られる重量だけではなく、物品の重量および位置を反映させることによって求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4692175号公報
【特許文献2】特開2010−44736号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、1つの関節の屈伸や回転には複数の筋肉が関与しているが、特許文献2に記載された技術では、1つの関節に関与する筋肉群を一括して扱っているから、人の姿勢ないし動作に伴う筋肉ごとの筋負荷を評価することはできない。たとえば、個々の筋肉が発揮する筋力を評価できれば、一連の動作の間に各筋肉が発揮した筋力を時間で積分することによって、個々の筋肉が発揮したエネルギーを評価することが可能になる。これに対して、特許文献2に記載された技術では個々の筋肉についての評価は行えない。
【0007】
本発明は、関節の動きに関与する複数の筋肉が個々に発揮する筋力の評価を可能にし、所定時間において各筋肉が発揮したエネルギーの評価を可能にした筋力推定装置を提供することを目的とし、さらに、コンピュータを筋力推定装置として機能させるためのプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る筋力推定装置は、コンピュータを用いて構築した仮想空間に複数の体節および関節を備えた三次元の人体形状モデルを生成する人体形状モデル生成手段と、人体形状モデルが指示された動作を行う際に関節ごとの関節力を算出する関節力算出手段と、人体形状モデルにおける関節ごとに当該関節を支持する複数の筋肉について当該筋肉の体積および当該筋肉が体節に付着する位置を定める筋肉モデル生成手段と、人体形状モデルにおける関節ごとに関節力から求められる筋力を当該関節を支持する複数の筋肉の断面積に応じて配分することにより筋肉ごとの筋力を算出する筋力算出手段とを備えることを特徴とする。
【0009】
この筋力推定装置において、人体形状モデルに一連の動作を指示する動作設定手段と、動作設定手段が指示した一連の動作の開始から終了までの期間において筋力算出手段が算出した筋力を積算する負担度評価手段をさらに備えることが好ましい。
【0010】
この筋力推定装置において、人体形状モデルに一連の動作を指示する動作設定手段と、人体形状モデルにおける関節ごとに関節の角度から最大随意筋力を求めるとともに、当該関節を支持する複数の筋肉の体積により最大随意筋力を配分し、動作設定手段が指示した一連の動作の開始から終了までの期間において、筋肉ごとに配分された最大随意筋力に対して筋力算出手段が算出した筋肉ごとの筋力の割合を積算する負担度評価手段とをさらに備えることが好ましい。
【0011】
この筋力推定装置において、人体形状モデル生成手段は、身長と体重と胴囲とのうち少なくとも身長と体重とが体型として指定されることが好ましい。
【0012】
この筋力推定装置において、身体計測の計測結果を集めた人体計測データベースと、人体計測データベースが記憶している計測結果を性別ごとに年齢で区分する分類手段と、分類手段により区分された計測結果を記憶する分類モデルデータベースとを備え、人体形状モデル生成手段は、性別および年齢が指定されると分類モデルデータベースから抽出した計測結果を人体形状モデルに適用することが好ましい。
【0013】
本発明に係るプログラムは、コンピュータを、仮想空間を構築し当該仮想空間に複数の体節および関節を備えた三次元の人体形状モデルを生成する人体形状モデル生成手段と、人体形状モデルが指示された動作を行う際に関節ごとの関節力を算出する関節力算出手段と、人体形状モデルにおける関節ごとに当該関節を支持する複数の筋肉について当該筋肉の体積および当該筋肉が体節に付着する位置を定める筋肉モデル生成手段と、人体形状モデルにおける関節ごとに関節力から求められる筋力を当該関節を支持する複数の筋肉の断面積に応じて配分することにより筋肉ごとの筋力を算出する筋力算出手段として機能させるものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の構成によれば、関節の動きに関与する複数の筋肉が個々に発揮する筋力の評価が可能になり、その結果、所定時間において各筋肉が発揮したエネルギーの評価が可能になるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態を示すブロック図である。
【図2】同上に用いる人体形状モデルの概念を示す図である。
【図3】同上に用いる人体形状モデルの腰部を示す図である。
【図4】同上の原理説明図である。
【図5】同上によるシミュレーションの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下では、コンピュータを用いて構築される仮想空間内で動作する三次元の人体形状モデルから、着目する関節を支持する筋肉が発揮する筋力を求める技術について説明する。着目する関節を跨ぐ筋肉が発揮する筋力は、人体形状モデルの姿勢に基づいてコンピュータシミュレーションにより算出される。また、人体形状モデルは、身長、体重、年齢、性別などを考慮して体型が設定される。ここに、筋力は、基本的に、最大随意筋力を想定している。
【0017】
すなわち、人体形状モデルHは、図2(a)に示すように、セグメント(人体の体節ないし体節ないし骨格に相当)Sとジョイント(人体の関節に相当)Jとの集合を用いることにより、体型が表されるとともに、姿勢ないし動作が制御される。すなわち、身長、体重などはセグメントの寸法および質量によって表され、姿勢ないし動作は各関節の角度によって表される。また、人体形状モデルHの表面形状は、ワイヤフレームモデルによって表される。さらに、ワイヤフレームモデルの表面には図2(b)に示すように、皮膚あるいは衣服を想定したテクスチャが付与される。
【0018】
人の関節は、複数個の筋肉により支持されている。関節に作用する力(関節力)を表す運動方程式は、関節に負荷を与える体節の重量とその姿勢や動作によって決まるモーメントと、床などの接触面より受ける関節反力と、関節に影響を与える筋肉が発揮する筋力とを用いて記述される。すなわち、人体形状モデルHの姿勢ないし動作に応じた筋力を求めるには、運動方程式を記述するための力学モデルが必要であり、人体形状モデルHを記述する力学モデルには筋骨格モデルが用いられる。
【0019】
本実施形態では、関節反力は関節の位置と姿勢とを用いて関節モーメント(関節トルク)として求めるものとする。いま、人体が足で立っている状態であって、他部材に支持されず、かつ他部材による負荷が作用していない状態における膝関節の関節反力は、膝関節から上の身体の荷重と姿勢とにより決定される。なお、簡易なシミュレーションでは、関節の種類ごとに体重に所定の係数を乗じることにより得られる値を関節反力に代えて用いていもよい。この場合、姿勢ないし動作による関節反力の変化は反映されないが、関節の角度の変化から各筋肉が発揮した筋力の目安は得られる。
【0020】
また、力学モデルを表す運動方程式を記述するための体節の重量(質量)は、人体形状モデルHに設定される体重を、各セグメントS(以下、「体節」という)に規定した係数で分配することにより求められる。この係数は、身長と体重との関係により適宜に補正される。
【0021】
ところで、図3に示すように、関節Jに関与する筋肉Mは、1つの関節Jについて複数存在しており、それぞれの筋肉Mが関節Jを跨いでいる。さらに、1つの筋肉Mは、両端が関節Jを形成する一対の体節Sに付着している。体節Sに付着した筋肉Mの一端は「起始」と呼ばれ、他端は「停止」と呼ばれる。実際の筋肉は、起始と停止との間の中央部が太く、起始・停止となる両端部は中央部よりも細くなっているが、本実施形態の人体形状モデルHでは、筋肉Mを一様な太さとして扱う。
【0022】
さらに、1つの関節Jには多数の筋肉Mが関与している場合があるが、単純化すれば、2つの筋肉Mの拮抗作用によって関節Jの屈伸ないし回転を表すことが可能である。たとえば、屈曲関節であれば、2つの筋肉Mの一方が収縮することにより屈曲し、他方が収縮することにより伸展すると考えることができる。
【0023】
いま、図4に示すように、2つの体節311,312により形成される膝関節のような屈曲関節について考える。屈曲関節の屈曲と伸展とを行うための筋肉を、屈曲側の筋肉32と伸展側の筋肉33との2つの筋肉に単純化したモデルを用いると、屈曲側の筋肉32が収縮すると屈曲関節が屈曲し、伸展側の筋肉33が収縮すると屈曲関節が伸展することになる。また、図示例では、屈曲側の筋肉32は起始(図示せず)と停止322との2点で体節311,312に付着しているが、伸展側の筋肉33は、起始331と停止332との間の中間点333,334でも付着したモデルで表される。図中には屈曲関節の回転中心30も示している。
【0024】
原理として後述するように、本実施形態では、上述した人体形状モデルHの姿勢ないし動作から筋肉ごとに発揮する筋力を推定するために、着目する関節を跨ぐ筋肉が発揮する筋力と関節力とが平衡条件を満たすと仮定している。したがって、姿勢ないし動作から求められる関節反力、体節の重量および加速度、関節モーメントを用いて関節力を求め、この関節力を筋力と等価とみなして、関節に関与する筋肉ごとの筋力を求める。
【0025】
なお、人体形状モデルの姿勢ないし動作の指示および確認のためのマンマシンインターフェースとして、コンピュータに設けた入力装置(基本的に、キーボードとマウス)および表示装置(基本的に、モニタ装置)が用いられる。
【0026】
(原理)
本実施形態は、着目する関節に関連する筋肉が発揮する筋力を求めるに際して、上述した運動方程式の記述を行わずに、所要の筋肉の断面積の変化に基づいて算出する。筋肉は動作に伴って伸縮し、伸縮に伴って断面積が変化することが知られている(福永哲夫編,「筋の科学辞典」,朝倉書店出版,2002年)。ここで、筋肉は伸縮に伴って体積が変化せず、場所によらず断面積が一定と仮定すると、筋肉の体積の初期値と筋肉の長さとがわかれば、筋肉の断面積が求められる。また、Pauwelsの理論により、関節を跨ぐ複数個の筋肉にそれぞれ作用する力は、筋肉ごとの断面積の比率に基づいて配分することにより求められることが知られている(廣川俊二訳,「バイオメカニクス工学」,養賢堂出版,1994年)。
【0027】
以上のことから、関節を跨ぐ複数の筋肉が発揮する筋力は、着目する筋肉の体積と、着目する筋肉の長さとを変数として求められ、上述した平衡条件により、個々の筋力の合計が当該関節に作用する関節力に相当することになる。すなわち、関節iを動かす複数個の筋肉j(=1〜n)について、発揮力をf(j)とし、関節iの回転中心から起始・停止(筋肉の体節(骨格)への付着部位)の位置までの距離をr(j)とすると、関節iに作用する関節力τ(i)は、数1のように表される。
【0028】
【数1】

ところで、関節を跨ぐ複数の筋肉について生体から体積を求めることは困難であるから、個々の筋肉の体積は死体から得られた値が用いられる。また、この種のデータは十分に多いとは言えず、とくに公開されているデータは少ない。たとえば、International Society of Biomechanicsから国際標準として公開されているデータは、身長が183cm、体重が91kgである37歳のアメリカ人男性のものである。
【0029】
この種のデータには、筋肉に負荷が作用していない状態における筋肉の体積、筋肉の起始・停止の位置が含まれる。すなわち、筋肉が弛緩した状態での関節の位置における筋肉の体積および長さが得られる。筋肉が弛緩した状態では、屈曲関節は関節が伸展した状態になる。ここで、関節の角度が変化しても筋肉の体積は変化せず、関節の角度に応じて筋肉の長さが変化すると仮定すれば、筋肉の断面積が算出される。
【0030】
ただし、筋肉の体積および起始・停止の位置は少数の公開データに基づいており、公開データは人体形状モデルに設定された体型とは多くの場合に合致していないから、人体形状モデルに設定された体型に合わせるための補正が必要である。このように人体形状モデルに設定された体型に合わせて補正を行った結果の筋肉の体積および起始・停止の位置を初期値として以下の計算を行う。
【0031】
後述するように、人体形状モデルは、実際には仮想空間において一連の動作を行うように指示され、一連の動作の開始から終了までの期間に、複数の関節の角度が動的に変化する。ただし、人体形状モデルに関して関節の動作を動的に扱うことは容易ではないので、一連の動作を行う過程を、複数の静止状態の時系列とみなす。すなわち、一連の動作の過程が複数の静止状態に分割され、各静止状態の姿勢での着目する関節の角度から筋力が算出される。さらに、一連の動作の開始から終了までの間に得られた各静止状態での筋力が合算されることにより、一連の動作を行う際に使用した筋力が求められる。
【0032】
以上のようにして、人体形状モデルについて、一連の動作の開始から終了までの間で着目する関節を屈伸させるために用いた筋力の時系列と筋力の総量とが得られる。
【0033】
さらに詳述すると、まず、静止状態における人体形状モデルの姿勢から所要の関節の屈曲角度が求められ、求められた屈曲角度と当該関節に跨る筋肉の起始・停止の位置とを用いて、この静止状態における当該関節に跨る筋肉の長さが求められる。関節に跨る筋肉の体積は既知であるから、筋肉の長さから筋肉の断面積が求められる。この断面積はPCSA(Physiological Cross-Sectional Area)に相当する。すなわち、筋繊維の向きに直交する断面における断面積(生理学的筋横断面積)に相当する。
【0034】
ここでは、説明を簡単にするために、図4に示したように、関節に跨る複数の筋肉のうちで屈曲と伸展とに関わる2個の筋肉32,33に着目する。また、図示例は膝関節を示しており、起始331は固定であって、筋肉32,33の伸縮に伴って停止322,332の位置が変化すると仮定している。さらに、筋肉33が伸縮した場合でも、筋肉33は必ず中間点333,334を経由すると仮定している。
【0035】
これらの仮定を前提条件とし、筋肉32が収縮して関節が屈曲したときに、停止322に張力f(p)が作用し、停止332には張力f(p+1)が作用するものとする。関節の回転中心30から停止322までの距離をr(p)、回転中心30から停止332までの距離をr(p+1)とすれば、回転中心30の周りに作用する関節モーメントは、r(p)・f(p)+r(p+1)・f(p+1)で表される。なお、説明を簡単にするために、回転中心30と停止322,332とを結ぶ直線と、張力f(p),f(p+1)の向きとがなす角度は無視しているが、実際には角度を考慮する必要がある。
【0036】
上述のようにして、関節モーメントが求められると、人体形状モデルの姿勢や動作、重量などを用いて関節力が求められるから、求めた関節力を関節の屈伸に関与した筋力の全体とみなす。このようにして求められた筋力は、筋肉の断面積の比率に基づいて分配される。すなわち、関節の屈伸に関与する筋肉ごとの筋力が求められる。
【0037】
人体形状モデルに動きが付与された場合には、動作の開始から終了までの各瞬間ごとの姿勢について、上述の処理によって筋力を求めると、筋肉ごとに各瞬間に発揮される筋力が求められる。すなわち、人体形状モデルの一連の動作を一定時間ごとの静止状態に分解し、各静止状態における姿勢(関節角度の集合により定められる)について、着目する関節に関与する複数の筋肉が発揮する筋力を筋肉ごとに求められる。
【0038】
人体形状モデルの一連の動作において筋肉が消費したエネルギーを求めるには、筋肉ごとに求めた筋力を時間で積分する(各瞬間の筋力を積算する)。すなわち、筋肉ごとに一連の動作に伴って使用したエネルギーを見積もることが可能になる。
【0039】
なお、筋肉の疲労度を評価するには、従来の技術と同様に、人体形状モデルの姿勢に対応する関節の角度に応じた筋肉群の最大発揮力を求め、この最大発揮力を筋肉の体積で配分することにより、筋肉ごとに配分した最大発揮力を求める。すなわち、関節に関与する筋肉群の全体として得られるMVC(Maximum Voluntary Contraction:最大随意収縮)に対応する筋力(最大随意筋力)を筋肉ごとに配分する。さらに、配分された筋力に対して、関節の屈伸に関与した筋肉が発揮した筋力の割合を求め、この割合を一連の動作を行った時間で積分すると、着目している筋肉の疲労度を見積もるための評価値が得られる。
【0040】
最大随意筋力は、性別、年齢によって異なるから、多数人(ここでは、日本人を想定している)について実測したデータから求めた値を、性別、年齢によって分類して用いる。すなわち、性別、年齢などに応じた最大随意筋力を人体形状モデルに適用することにより、疲労度を適正に評価することが可能になる。最大随意筋力を、性別、年齢で分類する際には、多数人のデータから性別、年齢を用いた各区分ごとの平均値のような代表値を用いる。なお、最大随意筋力は、体型(身長と体重と胴囲とのうち、少なくとも身長と体重)によっても分類しておくことが好ましい。
【0041】
(装置構成)
本実施形態を実現するためのコンピュータの機能ブロックを図1に示す。すなわち、以下に説明する機能を実現するプログラムがコンピュータで実行される。
【0042】
本実施形態の筋力推定装置は、三次元の人体形状モデルを生成するために人体形状モデル生成手段11を備える。人体形状モデル生成手段11の形状を決めるための変数は、少なくとも身長と体重とを含む体型情報と性別と年齢とが必要である。体型情報には、胴囲を含んでいてもよい。これらの変数は、変数入力手段12が取得し、人体形状モデル生成手段11に与えられる。すなわち、変数入力手段12は、コンピュータの利用者に、入力装置と表示装置とを用いて体型情報と性別と年齢との変数を入力させ、入力された変数を人体形状モデル生成手段11に引き渡す。
【0043】
変数入力手段12は、表示装置の画面に、体型情報、性別、年齢の各変数を入力するためのフィールドを表示し、フィールド内に各変数を入力させる。すなわち、変数入力手段12は、変数を入力させるフィールドを用いて、体型情報入力手段121と性別入力手段122と年齢入力手段123とを構成する。
【0044】
人体形状モデル生成手段11は、変数入力手段12から与えられた変数を標準モデルデータベース13に照合し、変数入力手段12から与えられた変数に対応する標準的な人体形状モデルのパラメータを抽出する。標準モデルデータベース13は、多数人について身体計測を行った計測結果を記憶した人体計測データベース131を用い、人体計測データベース131に含まれるデータを、分類手段132で性別と年齢とにより分類した分類モデルデータベース133を備える。
【0045】
人体計測データベース131は、たとえば日本人に関する計測結果を集めた公開データベースが用いられる。分類モデルデータベース133は、性別ごとに年齢で区分され、各年齢ごとに体型情報に対する身体計測の結果が対応付けられている。年齢の区分は1年を単位として設定することが可能であるが、5年あるいは10年を単位として区分することが好ましい。
【0046】
この程度の期間で年齢を区分すれば、各区分ごとに多数個の身体計測の結果が得られるから、身体計測の結果を統計的に処理する(平均値などを求める)ことが可能になる。なお、分類モデルデータベース133は、人体計測データベース131および分類手段132を用いてあらかじめ作成しておくことが好ましい。言い換えると、分類モデルデータベース133があらかじめ作成されている場合は、標準モデルデータベース13に人体計測データベース131および分類手段132は不要である。
【0047】
人体形状モデル生成手段11は、変数入力手段12から変数が与えられると、標準モデルデータベース13における分類モデルデータベース133と照合して、性別および年齢の区分に応じたデータ群を抽出する。さらに、人体形状モデル生成手段11は、分類モデルデータベース133から抽出されたデータ群に体型情報を適用し、体型情報に見合う人体形状モデルを生成する。たとえば、体型情報が身長と体重とであれば、身長と体重との組合せに身体計測の結果を対応付けておき、身長と体重との組合せに一致する身体計測の結果があればその値を採用し、身長と体重との組合せに一致する身体計測の結果がなければ身体計測の結果を補間して用いる。
【0048】
人体形状モデル生成手段11は、体型情報と性別と年齢とをそれぞれ変更することが可能である。すなわち、人体形状モデル生成手段11は、体型情報入力手段121から体型情報が入力されると、性別および年齢により抽出されたデータ群について体型情報を適用する。また、性別入力手段122により異なる性別が入力されるか年齢入力手段123により異なる年齢が入力されると、性別および年齢に対応したデータ群が抽出され、体型情報に対応した身体計測の結果が求められる。
【0049】
人体形状モデル生成手段11により人体形状モデルが生成されると、人体形状モデルに姿勢あるいは動作が付与される。人体形状モデルに付与する姿勢あるいは動作は、入力装置および表示装置を用いて入力され動作模擬手段14に引き渡される。動作模擬手段14に指示する姿勢あるいは動作を入力するために、表示装置の画面に姿勢あるいは動作に関する複数個の選択肢を備えたプルダウンメニューあるいはダイアログボックスを表示する動作設定手段15が設けられる。動作設定手段15は、プルダウンメニューあるいはダイアログボックスにより選択された姿勢あるいは動作を人体形状モデルに付与するように、人体形状モデルの関節の角度を調節する。
【0050】
動作模擬手段14は、人体形状モデルに静止した姿勢を指示するときには各関節の角度を指定すればよく、人体形状モデルに動的な動作を指示するときには各関節の角度の時間変化を指定する。人体形状モデルの姿勢を指示するか動作を指示するかにかかわらず、動作模擬手段14は、人体形状モデルの各関節の角度の組合せを人体形状モデルに指定し、動作を指示するときには複数個の角度の組合せを人体形状モデルに順に指定する。
【0051】
上述したように、人体形状モデルが静止した姿勢であるか動的に姿勢を変化させて動作するかにかかわらず、動作模擬手段14によって関節の角度の組合せが求められる。動作模擬手段14が求めた関節の角度は関節力算出手段16に入力され、関節力算出手段16は各関節の角度に応じた関節力および関節モーメント(関節トルク)を求める。関節の角度から関節力および関節モーメントを求める技術は周知である。ここに、人体形状モデルのすべての関節(通常は20個前後に設定する)について関節力を求めることが可能であるが、着目する関節についてのみ関節力を求めると、計算量が低減される。
【0052】
数1で示したように、関節力は関節に跨る筋肉が発揮する筋力の合計とみなしてよいから、着目する関節に跨る筋肉を求め、関節力を筋肉ごとに配分すれば、関節に跨る各筋肉が発揮する筋力を推定することが可能である。
【0053】
そのため、公開されている筋肉のデータ(体積および起始・停止の位置)が保存された筋肉データベース17を設け、筋肉モデル生成手段18において、筋肉データベース17に保存されたデータを用い、人体形状モデルに設定された体型情報を用いて、各筋肉の体積および起始・停止の位置の補正を行う。すなわち、筋肉モデル生成手段18は、筋肉データベース17に保存された標準のデータから、人体形状モデルに合致するように筋肉の体積および起始・停止の位置を補正する。
【0054】
関節力算出手段16が求めた関節力と、筋肉モデル生成手段18が求めた筋肉の体積および起始・停止の位置とは、筋力算出手段19に与えられる。筋力算出手段19は、人体形状モデルに関して、求められた関節力を、求められた筋肉の体積および起始・停止の位置とに基づいて各筋肉に配分し、各筋肉が発揮する筋力を求める。
【0055】
動作模擬手段14が求めた関節の角度を適用した人体形状モデルは、動作画像表示手段21を通して表示装置に表示される。また、筋力算出手段19が算出した筋力は、数値表示手段22を通して表示装置に数値で表示され、また、グラフ表示手段23を通して表示装置にグラフで表示される。すなわち、人体形状モデルの動作に併せて、時間経過に伴って変化する数値が表示され、またグラフには時間経過に伴う筋力の変化が表示される。
【0056】
加えて、筋肉の負担度を評価するために、性別や年齢ごとに分類して各筋肉の最大随意筋力を格納した筋力データベース31と、筋肉の負担度を評価する負担度評価手段32とを設けることが好ましい。負担度評価手段32は、人体形状モデルに設定された情報(性別や年齢)を用いて筋力データベース31から筋肉ごとの最大随意筋力を抽出する。さらに、負担度評価手段32は、抽出した筋肉ごとの最大随意筋力に対して、筋力算出手段19で求めた筋力の割合を算出することにより、動作設定手段15が指定した姿勢や動作を行うときの容易性(負担度)を評価することが可能になる。つまり、最大随意筋力に対して筋力の割合が小さければ、人体形状モデルで設定した人にとって、当該姿勢ないし当該動作を少ない負担で行えると判断でき、逆に最大随意筋力に対して筋力の割合が大きければ、負担が大きいと判断できる。
【0057】
人体形状モデルHが、図5(a)のように歩行動作を行った場合について、ヒラメ筋に関する筋力の変化を上述の手法で求めた結果を図5(b)に示す。図5(a)の動作は、静止位置から2歩分の歩行動作であって、図5(b)は、人体形状モデルHの姿勢を、図5(a)に示した各静止状態よりもさらに細分化し、各静止状態ごとに上述した方法で筋力を求めた結果を示している。図5(b)ではヒラメ筋の発揮する筋力に2箇所のピークが生じており、片足が上がっているときに対応していると考えられる。
【0058】
上述したように、人体形状モデルに一連の動作を行わせた場合に、この一連の動作の間に各筋肉が発揮した筋力を求められるから、筋肉ごとに一連の動作の間に発揮した筋力を積算すると、該当する筋肉が発揮したエネルギーが求められる。また、筋肉ごとの最大随意筋力に対して発揮した筋力の割合を求めると、筋肉への負担の程度を評価できるから、一連の動作の間におけるこの割合を積算することによって、筋肉の疲労度を評価するための目安が得られる。負担度評価手段32は、いずれかの積算演算を行い、積算演算の結果を数値表示手段22あるいはグラフ表示手段23を通して表示装置に表示する。したがって、コンピュータの利用者に人体形状モデルが行った動作に伴う負担度ないし疲労度の目安を与えることが可能になる。
【0059】
なお、人体形状モデルにおける筋肉ごとの筋力は簡易モデルを用いて求めているから、実際の筋力との相関があり、筋力や疲労度を評価するための目安にはなるが、実測値とは異なる可能性がある。したがって、被験者の各筋肉の筋電位を計測するとともに、被験者の主観による疲労度の評価を行うことによって、人体形状モデルから求めた筋力および疲労度の評価を補正することが好ましい。このような補正を行うことにより、人体形状モデルを用いたシミュレーションによる推定の精度が高められる。
【0060】
上述した人体形状モデルは、たとえば、商品設計時に商品の使用感を評価する場合のシミュレーションなどに用いられる。商品の設計段階において、様々な試作品を作成すると費用と時間とが必要になり、しかも実際に人が試作品を使用するとすれば、様々な体型、性別、年齢の人の使用感を得ることは困難である。上述した人体形状モデルを用いて商品の使用感を仮想空間において検証すれば、多様な検証結果を得ることが可能になり、費用および時間の大幅な削減になる。
【符号の説明】
【0061】
11 人体形状モデル生成手段
15 動作設定手段
16 関節力算出手段
18 筋肉モデル生成手段
19 筋力算出手段
31 筋力データベース
32 負担度評価手段
131 人体計測データベース
132 分類手段
133 分類モデルデータベース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いて構築した仮想空間に複数の体節および関節を備えた三次元の人体形状モデルを生成する人体形状モデル生成手段と、前記人体形状モデルが指示された動作を行う際に関節ごとの関節力を算出する関節力算出手段と、前記人体形状モデルにおける関節ごとに当該関節を支持する複数の筋肉について当該筋肉の体積および当該筋肉が体節に付着する位置を定める筋肉モデル生成手段と、前記人体形状モデルにおける関節ごとに関節力から求められる筋力を当該関節を支持する複数の筋肉の断面積に応じて配分することにより筋肉ごとの筋力を算出する筋力算出手段とを備えることを特徴とする筋力推定装置。
【請求項2】
前記人体形状モデルに一連の動作を指示する動作設定手段と、前記動作設定手段が指示した一連の動作の開始から終了までの期間において前記筋力算出手段が算出した筋力を積算する負担度評価手段とをさらに備えることを特徴とする請求項1記載の筋力推定装置。
【請求項3】
前記人体形状モデルに一連の動作を指示する動作設定手段と、前記人体形状モデルにおける関節ごとに関節の角度から最大随意筋力を求めるとともに、当該関節を支持する複数の筋肉の体積により最大随意筋力を配分し、前記動作設定手段が指示した一連の動作の開始から終了までの期間において、筋肉ごとに配分された最大随意筋力に対して前記筋力算出手段が算出した筋肉ごとの筋力の割合を積算する負担度評価手段とをさらに備えることを特徴とする請求項1記載の筋力推定装置。
【請求項4】
前記人体形状モデル生成手段は、身長と体重と胴囲とのうち少なくとも身長と体重とが体型として指定されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の筋力推定装置。
【請求項5】
身体計測の計測結果を集めた人体計測データベースと、前記人体計測データベースが記憶している計測結果を性別ごとに年齢で区分する分類手段と、前記分類手段により区分された計測結果を記憶する分類モデルデータベースとを備え、前記人体形状モデル生成手段は、性別および年齢が指定されると前記分類モデルデータベースから抽出した計測結果を前記人体形状モデルに適用することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の筋力推定装置。
【請求項6】
コンピュータを、仮想空間を構築し当該仮想空間に複数の体節および関節を備えた三次元の人体形状モデルを生成する人体形状モデル生成手段と、前記人体形状モデルが指示された動作を行う際に関節ごとの関節力を算出する関節力算出手段と、前記人体形状モデルにおける関節ごとに当該関節を支持する複数の筋肉について当該筋肉の体積および当該筋肉が体節に付着する位置を定める筋肉モデル生成手段と、前記人体形状モデルにおける関節ごとに関節力から求められる筋力を当該関節を支持する複数の筋肉の断面積に応じて配分することにより筋肉ごとの筋力を算出する筋力算出手段として機能させるプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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