筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法
【課題】 本発明は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症(ALS2)の治療剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法、及び細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【解決手段】 細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法、及び細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は、大脳皮質から脊髄に至る上位運動ニューロン及び脊髄から筋に至る下位運動ニューロンが選択的に障害される進行性神経変性疾患であり、神経疾患の中で最も過酷な疾患であるとされているが、その根本的な治療法は未だにない。
【0003】
ALSはその遺伝性の有無に基づいて、孤発性ALS(sporadic ALS:SALS)と家族性ALS(familial ALS:FALS)に分類され、FALSは全体の約5〜10%を占める。FALSはもとより、ALSの大部分を占めるSALSの発症素因を解明するためには、全てのALSに共通する運動ニューロン障害・変性の物質的背景が明らかなFALSの原因遺伝子の研究は、重要なアプローチの一つであると考えられる。
【0004】
これまで、FALSには優性遺伝性ALS及び劣性遺伝性ALSが知られている。優性遺伝性ALSの一つであるALS1型の原因遺伝子として、銅・亜鉛スーパーオキシドジスムターゼ1(Cu/Zn Superoxide Dismutase 1;SOD1)を発現するSOD1遺伝子が同定された(非特許文献1)。しかし、ALS1が全ALSに占める割合は2%以下であり、また大部分のSALSにはSOD1遺伝子変異が認められないことから、SOD1遺伝子以外のALS原因遺伝子の発見が期待されていた。
【0005】
その後、劣性遺伝性ALSの一つである若年性劣性遺伝性ALS(ALS2)患者から単離されたALS2CR6(その後、ALS2と命名された)遺伝子に、欠失変異が認められることが報告された(非特許文献2及び3)。ALS2遺伝子の産生タンパクはalsinと命名されている。alsinは、シグナル伝達関連酵素であるGTPaseの活性化因子GEF(guanine nucleotide exchange factor)と機能構造的によく似たアミノ酸配列を含むことから、新規のGTPase調節因子であると考えられるが、そのタンパク質機能は未だに解明されていない。
【0006】
これまで報告された9種類のALS2遺伝子変異は全て欠失変異である(非特許文献2〜4)。例えば、チュニジア型には第3エクソンにおける1塩基欠失の変異(Tunisian;138delA)、クエート型には第5エクソンにおける2塩基欠失の変異(Kuwaiti;1425−1426delAG)が認められている。これらの欠失変異遺伝子によって、alsinのC末端の一部が切断された不完全タンパク断片が翻訳され、それによってalsinの本来の機能が損なわれことがALS2の発症の主な原因であると考えられている(非特許文献2)。
【0007】
一方、Tollip(Toll−interacting protein)は、TLR(Toll−like recepter)のアダプタータンパク質とされている。また、IL−1R/TLRシグナルにおいて強制発現させたTollipはLPSによって誘導されたNFκB活性を抑制する報告もあった(非特許文献5)。Tollipはalsinと結合する報告はなかった。
【0008】
【非特許文献1】Rosen D.R.ら、Nature、362:59−62、1993
【非特許文献2】Yang Y.ら、Nat. Genet.、29:103−104、2001
【非特許文献3】Hadano S.ら、Nat. Genet.、29:166−173、2001
【非特許文献4】Kanekura K.ら、J. Biol. Chem.、279: 19247−19256、2004
【非特許文献5】Arnaud Didierlaurentら、Molecular and Cellular Biology、26:735−742、2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、これまでALSの発症原因を解明するための有力な原因遺伝子であるALS2遺伝子が同定されたものの、その産生タンパクであるalsinの機能は未だに判っておらず、ALSの発症機序の解明や治療方法の開発までに至らなかった。
【0010】
そこで、本発明は、alsinの細胞内機能及びそのシグナル伝達の分子メカニズムを解明することを目的の一つとし、その分子メカニズムに基づく家族性若年性筋萎縮性側索硬化症(ALS2)の治療剤のスクリーニング方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ALS2遺伝子の産生タンパクであるワイルドタイプのalsinの結合タンパク質はTollipであること、及びalsinとTollipとの結合にはalsinのMORNモチーフドメインが必要であることを見出し、MORNモチーフが欠失した変異alsinはTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制されなくなることが、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症原因の一つであると見出した。本発明者は、また、alsinが細胞質にのみ存在すること、Tollipが細胞質及び細胞核の両方に存在すること、並びにTNF−αによってTollipが細胞質から細胞核へと移行することを見出し、さらに、TollipはTNFシグナルにおいてIRAK−1と結合し細胞死を誘導することを見出し、本発明の完成に至った。
【0012】
即ち、本発明は、まず、細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症の分子メカニズム、即ち、欠失変異alsinがTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制できないとの分子メカニズムに基づいたものである。かかる分子メカニズムは、本発明者が新たに見出したものであるため、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0013】
本発明は、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、培養したそれぞれの細胞における、Tollipの発現量を測定する測定工程と、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量よりも少ない場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程とを備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供するものである。本スクリーニング方法は、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0014】
本発明は、また、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症の分子メカニズム、即ち、欠失変異alsinがTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制できないとの分子メカニズム、並びに、alsinが細胞質にのみ存在し、Tollipは細胞質及び細胞核の両方に存在するとの知見に基づくものである。かかる分子メカニズム及び上記知見は、本発明者が新たに見出したものであるため、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0015】
本発明は、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、被検物質の存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比が、被検物質の非存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比よりも高い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0016】
本発明は、さらに、細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症の分子メカニズム、即ち、欠失変異alsinがTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制できないとの分子メカニズム、並びに、TNFシグナルにおいてTollipはIRAK−1と結合し細胞死を誘導するとの知見に基づくものである。かかる分子メカニズム及び上記知見は、本発明者が新たに見出したものであるため、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0017】
本発明は、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollip及びIRAK−1を発現する細胞を培養する培養工程と、培養したそれぞれの細胞における、TollipとIRAK−1との相互作用を測定する測定工程と、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用よりも弱い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0018】
また、本発明の家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法において、上記家族性若年性筋萎縮性側索硬化症がALS2遺伝子を原因遺伝子とすることが好ましい。本発明者の新たな知見から、Tollipに誘導される細胞死が家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症原因の一つであると考えられるため、原因遺伝子の究明は必ずしも必要ではないが、原因遺伝子がALS2遺伝子である場合、本スクリーニング方法によれば家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤をより確実に選択することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のスクリーニング方法によれば、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法より選択することができる。本発明のスクリーニング方法によって選択された治療剤は、新たな家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療薬として有望であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0021】
<遺伝子及びタンパク質>
まず、本発明のスクリーニング方法に関連するALS2、Tollip及びIRAK−1の各遺伝子並びにこれらの産生タンパク質について説明する。なお、本明細書において、遺伝子とその産生タンパク質とが同一の名称となる場合があるが、遺伝子又はタンパク質と明記しなくても、当業者にとってどちらを指しているかは明らかである。また、疾患名とその原因遺伝子名とが同一の場合も同様である。
【0022】
(ALS2遺伝子及びalsin)
ALS2遺伝子は、ALS2CR6とも呼ばれ、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子とされている。ヒトALS2遺伝子は、元々ヒト染色体2q33に存在し、34のエクソンを有する、全長約80.3bpの遺伝子である。ALS2のイントロンを除いた部分の塩基配列が同定され(全長6470kb)、GenBank(商標)にNM_020919として登録されている。ALS2のアミノ酸翻訳部分(CDS)は4974bpである(200〜5173)。
【0023】
ヒトALS2の産生タンパク質はalsinと命名され、1657アミノ酸を有し、N−末端から順に4つのドメイン、RLD、DH−PH、MORN motifs、及びVPS9が存在する(図1)。
【0024】
(Tollip遺伝子及びその産生タンパク質)
ヒトTollip遺伝子は、全長が3615bpであり、Genbank(商標)にNM_019009として登録されている。TollipのCDSは825bp(112〜936)である。Tollipは274アミノ酸残基を有するタンパク質であり、N−末端から順に2つのドメイン、C2及びCUEが存在する(図1)。
【0025】
(IRAK−1遺伝子及びその産生タンパク質)
ヒトIRAK−1(interleukin−1 receptor−associated kinase 1)遺伝子は、全長3569bpであり、Genbank(商標)にNM_001569として登録されている。IRAK−1のCDSは、2139bp(80〜2218)である。IRAK−1は712アミノ酸残基を有するタンパク質である。
【0026】
<スクリーニング方法>
次に、本実施形態における家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法について説明する。本発明のスクリーニング方法には、細胞におけるTollipの発現の抑制を指標とする第一のスクリーニング方法、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行の促進を指標とする第二のスクリーニング方法、及び細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用の阻害を指標とする第三のスクリーニング方法を含む。
【0027】
(第一のスクリーニング方法)
まず、細胞におけるTollipの発現の抑制を指標とする第一のスクリーニング方法について説明する。第一のスクリーニング方法は、細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える。ここで、Tollipの発現の抑制とは、Tollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の発現量(以下、第一のスクリーニング方法において、Tollipの発現量という)を低下させることをいう。
【0028】
第一のスクリーニング方法において、ある被検物質が、Tollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の発現量を低下できるのであれば、該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤であると判定する。Tollipの発現量の測定方法として、mRNA又はタンパク質の発現量を測定できる、当業者にとって公知の測定系を用いることができる。具体的には、mRNAの発現量の測定方法として、定量的RT−PCR法、定量的real−time RT−PCR法、定量的ノザンブロッティング法、定量的リボヌクレアーゼプロテクション法などが挙げられる。また、タンパク質の発現量の測定方法として、例えば、定量的ウエスタンブロッティング法、ELISA法などが挙げられる。この際、コントロールとして、ハウスキーピング遺伝子であるGADPHや、β−アクチンなどのmRNA及び/又はタンパク質の発現量を用い、Tollipの発現量を標準化してもよい。Tollipは哺乳類由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0029】
第一のスクリーニング方法は、好ましく、まず、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程を行う。ここで、Tollipを発現する細胞とは、発現可能なTollip遺伝子又はそのcDNAを含有し、かつTollip遺伝子の転写及び翻訳を可能とする細胞をいう。特に、TollipのcDNAが発現可能に挿入された発現プラスミドによりトランスフェクトされた細胞が、好ましく用いられる。Tollip遺伝子は既知の遺伝子であるため、当業者にとって公知の実験系、例えばRT−PCRやPCRなどを用いて、Tollip遺伝子又はそのcDNAは選択的に増幅することによって得られる。また、トランスフェクト及び細胞培養は、当業者にとって公知技術である。細胞の培養時間は、Tollip遺伝子の転写及び発現に十分な時間があればよく、用いる細胞の種類及びプラスミドのプロモータなどによって異なるが、例えば12〜48時間である。
【0030】
次に、培養したそれぞれの細胞における、Tollipの発現量を測定する測定工程を行う。Tollipの発現量の測定方法として、mRNA又はタンパク質の発現量を測定できる、当業者にとって公知の測定系を用いることができる。具体的には、上述した方法がある。
【0031】
最後に、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量よりも少ない場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程を行う。この判定工程によって最終的に細胞におけるTollipの発現抑制作用のある物質を選択することができ、このような作用を有する物質は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の症状、特に運動ニューロンの障害や変性に起因する運動障害などの症状を緩和し、又はこれらの症状の進行を遅らせる若しくは阻止する可能性がある。
【0032】
(第二のスクリーニング方法)
次に、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行の促進を指標とする第二のスクリーニング方法について説明する。第二のスクリーニング方法は、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える。
【0033】
ここで、Tollipの細胞質から細胞核への移行とは、Tollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の細胞質における存在量が減少し、細胞核における存在量が増加することをいう。また、Tollipの存在量とは、Tollipの局所のおける発現量、即ち、局所におけるTollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の発現量(以下、第二のスクリーニング方法において、Tollipの存在量)をいう。Tollipの存在量の測定方法は、第一のスクリーニング方法におけるTollipの発現量の測定方法を用いることができるため、ここでの説明は省略する。Tollipは哺乳類由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0034】
第二のスクリーニング方法は、好ましく、まず、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程を含む。この培養工程は、第一のスクリーニング方法における培養工程と同様であるため、ここでの説明を省略する。
【0035】
次に、培養したそれぞれの細胞の細胞質及び細胞核におけるTollipの存在量を測定する測定工程を行う。このために、まず細胞を分画する必要がある。細胞分画の方法としては、細胞質画分と細胞核画分とを分けることができる、当業者にとって公知の実験系を用いることができる。例えば、市販されている様々な細胞分画キットを用いることができる。
【0036】
最後に、被検物質の存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比が、被検物質の非存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比よりも高い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程を行う。この判定工程によって最終的に細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行促進作用のある物質を選択することができ、このような作用を有する物質は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の症状、特に運動ニューロンの障害や変性に起因する運動障害などの症状を緩和し、又はこれらの症状の進行を遅らせる若しくは阻止する可能性がある。
【0037】
(第三のスクリーニング方法)
最後に、細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用の阻害を指標とする第三のスクリーニング方法について説明する。第三のスクリーニング方法は、細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える。ここで、TollipとIRAK−1との相互作用とは、主にTollipタンパク質とIRAK−1タンパク質との結合をいう。相互作用の阻害とは、その作用機構を問わず、Tollipタンパク質とIRAK−1タンパク質との結合量又は結合強度を低減することをいう。
【0038】
第三のスクリーニング方法において、当業者にとって公知のタンパク質間相互作用を測定する系、例えば免疫沈降を利用することが可能である。具体的には、まず、培養した細胞を粉砕して細胞可溶化物を調製する。調製した細胞可溶化物にTollip及びIRAK−1のいずれか一方の分子に対する抗体を加えて免疫沈降を行う。そして、得られた沈殿物(Tollip及びIRAK−1の複合体が含まれている)を他方の分子に対する抗体を用いた免疫学的手法(イムノブロット等)により、Tollip及びIRAK−1の複合体を検出、定量することにより、両者の相互作用を測定できる。Tollip及びIRAK−1は哺乳類由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0039】
第三のスクリーニング方法は、好ましくは、まず、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollip及びIRAK−1を発現する細胞を培養する培養工程を行う。Tollip及びIRAK−1を発現する細胞としては、両者を発現している細胞、どちらか一方を発現している細胞に他方をトランスフェクションさせて両者を発現させた細胞、又は、いずれも発現していない細胞に両者をコトランスフェクションさせた細胞のいずれを用いてもよい。そして、被検化合物の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下で前記細胞を培養する。培養時間は、TollipとIRAK−1とが相互作用する時間であればよく、用いる細胞の種類によって異なるが、例えば、Tollip及びIRAK−1をコトランスフェクトした場合、12〜48時間程度である。
【0040】
次に、培養したそれぞれの細胞における、TollipとIRAK−1との相互作用を測定する測定工程を行う。具体的な測定方法は、上述した通りであるため、ここでの説明を省略する。
【0041】
最後に、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用よりも弱い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程を行う。この判定工程によって最終的に細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する作用のある物質を選択することができ、このような作用を有する物質は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の症状、特に運動ニューロンの障害や変性に起因する運動障害などの症状を緩和し、又はこれらの症状の進行を遅らせる若しくは阻止する可能性がある。
【0042】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0043】
(ALS2cDNAの作製)
ALS2遺伝子の一部を含むpBluescriptIISK(+)KIAA1563(FH20460)ベクターは、かずさDNA研究所より分譲された。残りの5’部分はポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)により合成した。PCR反応は、Patel S.ら、J. Immunol. Method 205:157−161、1997に記載の方法に従って行われた。テンプレートとしては、ヒト脳cDNAライブラリー(BD Matchmaker library;Clontech)を使用し、オリゴヌクレオチドプライマーとしては、Forward:5’−atggggtaccggttgtcagtt−3’(配列番号1)、及びReverse:5’−ttgaagcctaggcagaacatc−3’(配列番号2)を使用した。
【0044】
次に、合成された5’部分を制限酵素KpnI及びAvrIIによって処理した後、同様に処理したpBluescriptIISK(+)KIAA1563のKpnI及びAvrIIサイトの間に挿入した。その後、ベクターを制限酵素KpnI及びNotIによって処理し、ALS2の全長cDNAを得た。このALS2全長をpBS2ベクター(TOYOBO)に組み込んだ。
【0045】
得られたALS2/pBS2をテンプレートに、alsinのRLD(200〜2215)、DH/PH(2207〜3274)、MORN(3269〜3997)及びVPS9(4466〜5170)の各ドメインに相当するcDNAをPCR法によって増幅し、それぞれpBS2ベクターに組み込んだ。
【0046】
ALS2全長及び各ドメインのcDNAの塩基配列を、ABI PRISM 377 DNA Sequencer(Perkin Elmer社製)を用い、製造業者のプロトコールに従って確認した。その結果、得られたALS2全長のcDNAが4974bpであり、GenBank(商標)NM_020919遺伝子の塩基配列の200〜5173番目と一致し、得られた各ドメインのcDNAも各ドメインの塩基配列と一致した。
【0047】
(実施例1 alsinと相互作用するタンパク質のスクリーニング)
酵母ツーハイブリッドシステム(Yeast Two−Hybrid system)によって、alsinと相互作用するタンパク質のスクリーニングを行った。ツーハイブリッド法は、Miyazaki Kら、J.Biol.Chem. 279:11327〜11335、2004に記載の方法に従って行われた。
【0048】
Baitベクターとしては、酵母転写因子GAL4のDNA結合ドメイン(DNA binding domain;DBD)にALS2全長及びそれぞれのALS2ドメインのcDNAを挿入したpAS2−1ベクター(Clontech)を使用し、Preyベクターとしては、酵母転写活性化ドメイン(activating domain;AD)に様々な種類のcDNAライブラリーを挿入したpACT−2ベクター(Clontech)を使用した(図2A及び図2B)。
【0049】
pAS2−1はTRP1遺伝子を有するため、トリプトファンフリー培地(Trp(−))でも生育できる。一方、pACT−2はLEU2遺伝子を有するため、ロイシンフリー培地(Leu(−))でも生育できる。また、発現した2種類の融合タンパク質(two−hybrid)が相互作用することによって複合体が形成された場合、酵母細胞リポータ遺伝子His3/LacZが発現され、ヒスチジンフリー培地(His(−))でも生育できるようになり、また、β−ガラクトシダーゼも活性化される(図2C)。
【0050】
Baiベクター及びPreyベクターをともに酵母細胞CG−1945(Clontech)に酢酸リチウム法によって形質導入し、Trp(−)/Leu(−)/His(−)プレートに撒いて、His耐性の酵母を得た。30℃、7日間培養した後、得られたコロニーを新たなTrp(−)/Leu(−)/His(−)プレートに拾い移し、さらにニトロセルロース膜に転写した。複合体が形成された場合のみ生じるβ−ガラクトシダーゼの活性化を検出するため、膜上のコロニーをX−galと反応させ、β−ガラクトシダーゼの活性化により青色に変色したコロニーを陽性コロニーとした。そして、陽性コロニーのPreyベクターに挿入された遺伝子の塩基配列をシークエンスによって特定し、さらにデータベースと照合した結果、alsinの結合タンパク質として、Tollipを同定した。
【0051】
(実施例2 alsinにおけるTollipとの結合ドメインの特定)
alsinにおけるTollipとの結合ドメインを特定するために、免疫沈降を行った。免疫沈降法は、Miyazaki Kら、J.Biol.Chem. 279:11327〜11335、2004に記載の方法に従って行われた。
【0052】
まず、図3に示すように、FLAGタグ(5’−gactacaaggacgacgatgacaag−3’;配列番号3)の下流にALS2全長及び各ドメインのcDNAを融合タンパクが形成できるように挿入したpIRESpuro2(Clontech)を作製し、また、Mycタグ(5’−gaacaaaaactcatctcagaagaggatctg−3’;配列番号4)の下流にTollipのcDNAを融合タンパクが形成できるように挿入したpcDNA3(Invitrogen)ベクターを作製した。
【0053】
得られた両プラスミドを共にCOS−7細胞にLipofectamin2000を用いて共トランスフェクトした。細胞をさらに48時間培養した後、溶解した。細胞溶解液をまず、Protein G Sepharose 4 Fast Flow(Amersham Biosciences)を用いて、抗FLAG M5抗体によって免疫沈降(IP)を行った。次に、抗Myc抗体によって免疫染色(IB)を行った。また、抗Myc抗体によって免疫沈降した後、抗FLAG M5抗体によって免疫染色する確認も行った。その結果を図4に示した。
【0054】
図4AはALS2全長とTollipとの相互作用を確認した結果であり、ALS2全長とTollipとは複合体を形成することが確認された。図4Bは、ALS2の各ドメインとTollipとの相互作用を確認した結果であり、4つのドメインのうち、MORNのみがTollipと複合体形成できることが確認された。図4Cは、MORNドメインとTollipとの相互作用を確認した結果であり、MORNドメインとTollipとは複合体を形成することが確認された。以上により、ALS2のMORNドメインがTollipに特異的に結合することが確認された。
【0055】
(実施例3 ALS2全長によるTollip誘導細胞死への抑制)
ALS2全長及びTollipを発現するベクターを、それぞれ又は共にNSC34細胞にトランスフェクトし、72時間後、細胞死を確認するためトリパンブルー染色を行った。NSC34細胞はNeil Cashman’s laboratory(Centre for Research in Neurodegenerative Diseases、University of Toronto、Canada)より分譲された。トリパンブルー染色の結果は図5に示した。
【0056】
図5から、ALS2全長のみトランスフェクトされたNSC34細胞においては細胞死を殆ど起こさないが、TollipのみトランスフェクトされたNSC34細胞においては約4割の細胞が細胞死を起こしたことが確認された。一方、alsin及びTollipを共発現させた細胞では、Tollipの細胞死誘導作用が抑制されたことも確認された。コントロールは空ベクターであった。
【0057】
NSC34細胞の代わりにHEK293細胞についても実験した。ALS2全長のみ、Tollipのみ、ALS2全長+Tollip、及びコントロールとしての空ベクターがトランスフェクトされたHEK293細胞について、蛍光色素(PI)100μg/mLで染色し、FACScan(BECTONDICKINSON)を用いてフローサイトメトリーを行い、細胞死を確認した。その結果を図6A及び図7に示した。
【0058】
また、ALS2全長のみ、Tollipのみ、ALS2全長+Tollip、及びコントロールとしての空ベクターがトランスフェクトされたHEK293細胞におけるalsin及びTollipの発現量をウエスタンブロッティング(WB)によって測定した。WBでは、一次抗体としてマウス抗FLAG IgG抗体、又はマウス抗Myc IgG抗体、コントロールとして、ラビット抗アクチンIgG抗体、また、二次抗体としては、ヤギ抗マウスSC−2005(Santa Cruz)又はヤギ抗ラビットSC−2004(Santa Cruz)を使用した。その結果は図6Bに示した。
【0059】
図6及び図7から、HEK293細胞においてもNSC34細胞と同様な結果、すなわち、alsinはTollipの誘導した細胞死を抑制したことが確認された。
【0060】
(実施例4 ALS2のMORNドメインによるTollip誘導細胞死への抑制)
ALS2の各ドメインについても、NSC34細胞におけるTollipの誘導した細胞死への抑制作用があるか否かについてトリパンブルー染色によって確認した。実験方法は実施例3と同じである。結果は図8に示した。図8から、4つのドメインのうち、MORNのみが、Tollipの誘導した細胞死への抑制作用があることが確認された。
【0061】
(実施例5 ALS2によるTollipのNFκB抑制作用への影響)
IL−1R/TLRシグナルにおいて、TollipはLPSによって誘導されたNFκB活性を抑制する報告があった。そこで、本発明者らはALS2がTollipによるNFκB抑制作用を影響するかどうかを調べることとした。しかし、IL−1R/TLRシグナルは複雑であるため、本発明者らはTNF−αによるNFκBの活性誘導系を用いて、ALS2によるTollipのNFκB抑制作用への影響を調べた。
【0062】
まず、実験系を確立するために、TNF−αによるNFκBの活性誘導の最適条件を、様々なTNF−αの処理時間及び用量を用いてスクリーニングした。スクリーニングはルシフェラーゼアッセイによって行われた。具体的には、まず、ルシフェラーゼ(LUC)リポータベクターであるpELAM1−Lucに、NFκB遺伝子をLUCの上流に位置するよう導入し、NFκB/LUC融合タンパク質を発現するベクターを作製した。次に、この発現ベクターをHEK293細胞にトランスフェクトした。トランスフェクト24時間後、細胞を10ng/mLのTNF−αによって1、2、4、8及び24時間処理した。その後、常法によってルシフェラーゼアッセイを行い、目的遺伝子であるNFκBの転写レベルを調べた。その結果を図9Aに示した。図9Aから、TNF−αによる処理1時間後は、NFκBの活性が最も誘導されたことが確認された。
【0063】
また、処理時間を1時間として、TNF−αの濃度が10、100、1000ng/mLであるそれぞれの場合のNFκBの転写レベルを調べた。その結果を図9Bに示した。図9Bから、100ng/mLの濃度ではNFκBの活性が最も誘導されたことが確認された。
【0064】
さらに、100ng/mLのTNF−αを用いて、HEK293細胞を1、2、4、8及び24時間処理した場合の、細胞核及び細胞質におけるNFκBのタンパク質発現レベルをウエスタンブロッティング(WB)法によって調べた。WBにおいて、一次抗体としてラビット抗NFκBp65(C−20)SC−372(Santa Cruz)を用い、二次抗体として、ヤギ抗ラビットSC−2004(Santa Cruz)を用いた。その結果、処理1時間後に細胞核内で発現されたNFκBのタンパク質が最も多かった。
【0065】
以上によって、TNF−αによるNFκBの活性誘導の最適条件が100ng/mLのTNF−αによって1時間処理することと決まった。
【0066】
次に、TNF−αシグナルにおいて、ALS2及びTollipのNFκB活性への影響を、ルシフェラーゼアッセイによって調べた。HEK293細胞に、上記のNFκB/LUC融合タンパク質を発現するpELAM1−Lucベクターと、ALS2CR6−FLAG−pIRESpuro2又は/及びTollip−Myc−pcDNA3とを共トランスフェクトし、24時間後に、100ng/mLのTNF−αを用いて1時間処理した。その後、常法によってルシフェラーゼアッセイを行った。
【0067】
予備実験では、Tollipのトランスフェクト24又は48時間後には、TNF−αによって処理された細胞では、TollipによるNFκB活性に対する影響が確認された。本実験では、トランスフェクト24時間後の時点でTNF−α処理を行われ、様々なALS2及びTollipのトランスフェクト量(ベクターの用量)について調べた。その結果は、図10A及び図10Bに示した。図10A及び図10Bからは、ALSは用量依存的にNFκB活性を誘導しており、Tollipは用量依存的にNFκBの活性を抑制していたことが確認された。
【0068】
さらに、100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合、ALS2(187.5ng)のみ、Tollip(187.5ng)のみ、又はALS2(187.5ng)及びTollip(187.5ng)の両方によってトランスフェクトしたHEK293細胞におけるNFκB活性をルシフェラーゼアッセイによって確認した。結果は図10Cに示した。図10Cから、ALS2はTollipによって抑制されたNFκB活性を部分的に回復したことも確認された。
【0069】
以上により、TollipはTNF−αシグナルにおいてもIL−1R/TLRシグナルと同様に、NFκBの活性を抑制し、この抑制作用はALS2によって抑制されることが確認された。
【0070】
(実施例6 TollipとIRAK−1との相互作用)
TollipはIL−1R/TLRシグナルにおいてIRAK−1と結合するとの報告があったが、TNF−αシグナルにおいてはどうか調べた。実験はタンパク質同士の結合を確認できる免疫沈降法によって行われた。
【0071】
Tollip−Myc−pcDNA3をHEK293細胞にトランスフェクトし、24時間後、100ng/mLのTNF−αを用いて1時間処理し又は処理せず、その後細胞を溶解し、免疫沈降(IB)を行った。免疫沈降において、コントロールとしてはChrom PumPure mouse IgG(Jackson Immuno Research)を用い、一次抗体としてはマウス抗IRAK−1(F−4)SC−5288(Santa Crus)又はマウス抗Myc(9B11)#2276(Santa Crus)を用い、二次抗体としてはヤギ抗マウスSC−2005(Santa Cruz)を用いた。
結果は図11に示した。
【0072】
図11からは、TollipとIRAK−1とは結合し複合体を形成したこと(図11A第5レーン及び図11B第4レーン)、及びこの結合はTNF−α処理によって抑制されたこと(図11A第8レーン及び図11B第7レーン)が確認された。これによって、TollipとIRAK−1とはTNF−αシグナルにおいても結合すると結論付けられる。また、このことから、TollipはIRAK−1を介して、NFκBの活性を抑制しているではないかと考えられる。
【0073】
(実施例7 TNF−αによるTollipの細胞核への移行)
まず、細胞分画/ウエスタンブロッティングによって、alsin及びTollipの細胞内の局在を調べた。具体的には、ALS2CR6−FLAG−pIRESpuro2及びTollip−Myc−pcDNA3をそれぞれHEK293細胞にトランスフェクトし、24時間後、細胞を溶解し、さらに常法によって細胞分画した。その後、ウエスタンブロッティング(WB)をした。WBにおいて、コントロールとしては細胞核にのみ局在するLamin及び細胞質にのみ局在するチューブリンを用い、一次抗体としてはマウス抗LaminB(101−B7)NA12(CALBIOCHEM)又はマウス抗Tublin(Ab−2)(clone DM1A)(LABVISION/NEOMARKERS)を用い、二次抗体としてはヤギ抗マウスSC−2005(Santa Cruz)を用いた。結果は図12に示した。
【0074】
図12からは、alsinは殆ど細胞質に局在しており、一方、Tollipは細胞質と細胞核との両方に局在していることが確認された。
【0075】
次に、Tollip−Myc−pcDNA3によってトランスフェクトされたHEK293細胞についてTNF−α処理にてTollipの細胞内の局在が変化するかどうかを調べた。TNF−α処理は100ng/mLにて48時間までTollipの局在の変化を経時的に確認した。結果は図13に示した。図13からは、TNF−α処理により、Tollipの発現が減少し、そして、細胞核(N)へと移行したことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】alsin及びTollipの各ドメインのイメージ図である。
【図2】Aは酵母ツーハイブリッドシステムに使用されるBaitベクターであるALS2CR6−pAS2−1ベクターのイメージ図であり、Bは酵母ツーハイブリッドシステムに使用されるPreyベクターであるcDNAライブラリー−pACT−2ベクターのイメージ図であり、Cは酵母ツーハイブリッドシステムにおけるalsinとTollipとが相互作用するイメージ図である。
【図3】免疫沈降に使用される各種タグ付き発現ベクターのイメージ図である。
【図4】実施例2の免疫沈降の結果を示す図である。Aは、ALS2全長とTollipとの複合体の形成の有無を確認したウエスタンブロッティングの結果であり、Bは、ALS2の各ドメインとTollipとの複合体の形成の有無を確認したウエスタンブロッティングの結果であり、Cは、ALS2のMORNドメインとTollipとの複合体の形成の有無を確認したウエスタンブロッティングの結果である。
【図5】NSC34細胞におけるalsin及びTollipによる細胞死への影響をトリパンブルー染色によって確認した結果を示す図である。
【図6】AはHEK293細胞におけるalsin及びTollipによる細胞死への影響をFACScanによって確認した結果を示す図である。BはHEK293細胞におけるalsin及びTollipの発現量をウエスタンブロッティングによって確認した結果である。
【図7】HEK293細胞におけるalsin及びTollipによる細胞死への影響をフローサイトメトリーによって確認した結果を示す図である。A、B、C及びDはそれぞれ、空ベクター、ASL2全長発現ベクター、Tollip発現ベクター、及びASL2全長発現ベクター+Tollip発現ベクターによってトランスフェクトした細胞の結果である。
【図8】NSC34細胞におけるalsin、その各ドメイン、及びTollipによる細胞死への影響をトリパンブルー染色によって確認した結果を示す図である。
【図9】Aは様々な処理時間における10ng/mLTNF−αによるNFκBの活性誘導をルシフェラーゼアッセイによって確認した結果を示す図であり、Bは処理時間を1時間とした場合、様々な濃度のTNF−αによるNFκBの活性誘導をルシフェラーゼアッセイによって確認した結果を示す図であり、Cは細胞質(C)及び細胞核(N)におけるTNF−αによるNFκBの活性誘導レベルを確認した結果を示す図である。
【図10】Aは様々なALS2のトランスフェクト量における、100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合のNFκBの活性誘導レベルを確認した結果を示す図であり、Bは様々なTollipのトランスフェクト量における、100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合のNFκBの活性誘導レベルを確認した結果を示す図であり、Cは100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合、ALS2のみ、Tollipのみ、又はALS2及びTollipの両方によってトランスフェクトしたHEK293細胞におけるNFκB活性をルシフェラーゼアッセイによって確認した結果を示す図である。
【図11】TollipとIRAK−1との相互作用を免疫沈降によって確認した結果を示す図である。A及びBはそれぞれ、抗IRAK−1抗体及び抗Myc抗体によって免疫ブロッティング(IB)を行った結果である。
【図12】A及びBはそれぞれ、alsin及びTollipの細胞内の局在をウエスタンブロッティングによって確認した結果を示す図である。細胞核はN、細胞質はCで示す。
【図13】TNF−α処理によってTollipの細胞内の局在の変化を経時的にウエスタンブロッティングによって確認した結果を示す図である。細胞核はN、細胞質はCで示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は、大脳皮質から脊髄に至る上位運動ニューロン及び脊髄から筋に至る下位運動ニューロンが選択的に障害される進行性神経変性疾患であり、神経疾患の中で最も過酷な疾患であるとされているが、その根本的な治療法は未だにない。
【0003】
ALSはその遺伝性の有無に基づいて、孤発性ALS(sporadic ALS:SALS)と家族性ALS(familial ALS:FALS)に分類され、FALSは全体の約5〜10%を占める。FALSはもとより、ALSの大部分を占めるSALSの発症素因を解明するためには、全てのALSに共通する運動ニューロン障害・変性の物質的背景が明らかなFALSの原因遺伝子の研究は、重要なアプローチの一つであると考えられる。
【0004】
これまで、FALSには優性遺伝性ALS及び劣性遺伝性ALSが知られている。優性遺伝性ALSの一つであるALS1型の原因遺伝子として、銅・亜鉛スーパーオキシドジスムターゼ1(Cu/Zn Superoxide Dismutase 1;SOD1)を発現するSOD1遺伝子が同定された(非特許文献1)。しかし、ALS1が全ALSに占める割合は2%以下であり、また大部分のSALSにはSOD1遺伝子変異が認められないことから、SOD1遺伝子以外のALS原因遺伝子の発見が期待されていた。
【0005】
その後、劣性遺伝性ALSの一つである若年性劣性遺伝性ALS(ALS2)患者から単離されたALS2CR6(その後、ALS2と命名された)遺伝子に、欠失変異が認められることが報告された(非特許文献2及び3)。ALS2遺伝子の産生タンパクはalsinと命名されている。alsinは、シグナル伝達関連酵素であるGTPaseの活性化因子GEF(guanine nucleotide exchange factor)と機能構造的によく似たアミノ酸配列を含むことから、新規のGTPase調節因子であると考えられるが、そのタンパク質機能は未だに解明されていない。
【0006】
これまで報告された9種類のALS2遺伝子変異は全て欠失変異である(非特許文献2〜4)。例えば、チュニジア型には第3エクソンにおける1塩基欠失の変異(Tunisian;138delA)、クエート型には第5エクソンにおける2塩基欠失の変異(Kuwaiti;1425−1426delAG)が認められている。これらの欠失変異遺伝子によって、alsinのC末端の一部が切断された不完全タンパク断片が翻訳され、それによってalsinの本来の機能が損なわれことがALS2の発症の主な原因であると考えられている(非特許文献2)。
【0007】
一方、Tollip(Toll−interacting protein)は、TLR(Toll−like recepter)のアダプタータンパク質とされている。また、IL−1R/TLRシグナルにおいて強制発現させたTollipはLPSによって誘導されたNFκB活性を抑制する報告もあった(非特許文献5)。Tollipはalsinと結合する報告はなかった。
【0008】
【非特許文献1】Rosen D.R.ら、Nature、362:59−62、1993
【非特許文献2】Yang Y.ら、Nat. Genet.、29:103−104、2001
【非特許文献3】Hadano S.ら、Nat. Genet.、29:166−173、2001
【非特許文献4】Kanekura K.ら、J. Biol. Chem.、279: 19247−19256、2004
【非特許文献5】Arnaud Didierlaurentら、Molecular and Cellular Biology、26:735−742、2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、これまでALSの発症原因を解明するための有力な原因遺伝子であるALS2遺伝子が同定されたものの、その産生タンパクであるalsinの機能は未だに判っておらず、ALSの発症機序の解明や治療方法の開発までに至らなかった。
【0010】
そこで、本発明は、alsinの細胞内機能及びそのシグナル伝達の分子メカニズムを解明することを目的の一つとし、その分子メカニズムに基づく家族性若年性筋萎縮性側索硬化症(ALS2)の治療剤のスクリーニング方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ALS2遺伝子の産生タンパクであるワイルドタイプのalsinの結合タンパク質はTollipであること、及びalsinとTollipとの結合にはalsinのMORNモチーフドメインが必要であることを見出し、MORNモチーフが欠失した変異alsinはTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制されなくなることが、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症原因の一つであると見出した。本発明者は、また、alsinが細胞質にのみ存在すること、Tollipが細胞質及び細胞核の両方に存在すること、並びにTNF−αによってTollipが細胞質から細胞核へと移行することを見出し、さらに、TollipはTNFシグナルにおいてIRAK−1と結合し細胞死を誘導することを見出し、本発明の完成に至った。
【0012】
即ち、本発明は、まず、細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症の分子メカニズム、即ち、欠失変異alsinがTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制できないとの分子メカニズムに基づいたものである。かかる分子メカニズムは、本発明者が新たに見出したものであるため、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0013】
本発明は、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、培養したそれぞれの細胞における、Tollipの発現量を測定する測定工程と、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量よりも少ない場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程とを備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供するものである。本スクリーニング方法は、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0014】
本発明は、また、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症の分子メカニズム、即ち、欠失変異alsinがTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制できないとの分子メカニズム、並びに、alsinが細胞質にのみ存在し、Tollipは細胞質及び細胞核の両方に存在するとの知見に基づくものである。かかる分子メカニズム及び上記知見は、本発明者が新たに見出したものであるため、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0015】
本発明は、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、被検物質の存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比が、被検物質の非存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比よりも高い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0016】
本発明は、さらに、細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症の分子メカニズム、即ち、欠失変異alsinがTollipと結合できなくなることによってTollipが誘導した細胞死が抑制できないとの分子メカニズム、並びに、TNFシグナルにおいてTollipはIRAK−1と結合し細胞死を誘導するとの知見に基づくものである。かかる分子メカニズム及び上記知見は、本発明者が新たに見出したものであるため、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0017】
本発明は、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollip及びIRAK−1を発現する細胞を培養する培養工程と、培養したそれぞれの細胞における、TollipとIRAK−1との相互作用を測定する測定工程と、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用よりも弱い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法を提供する。本スクリーニング方法は、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法により選択することができる。
【0018】
また、本発明の家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法において、上記家族性若年性筋萎縮性側索硬化症がALS2遺伝子を原因遺伝子とすることが好ましい。本発明者の新たな知見から、Tollipに誘導される細胞死が家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の発症原因の一つであると考えられるため、原因遺伝子の究明は必ずしも必要ではないが、原因遺伝子がALS2遺伝子である場合、本スクリーニング方法によれば家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤をより確実に選択することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のスクリーニング方法によれば、今までとは作用機序が全く異なる家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤を本スクリーニング方法より選択することができる。本発明のスクリーニング方法によって選択された治療剤は、新たな家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療薬として有望であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0021】
<遺伝子及びタンパク質>
まず、本発明のスクリーニング方法に関連するALS2、Tollip及びIRAK−1の各遺伝子並びにこれらの産生タンパク質について説明する。なお、本明細書において、遺伝子とその産生タンパク質とが同一の名称となる場合があるが、遺伝子又はタンパク質と明記しなくても、当業者にとってどちらを指しているかは明らかである。また、疾患名とその原因遺伝子名とが同一の場合も同様である。
【0022】
(ALS2遺伝子及びalsin)
ALS2遺伝子は、ALS2CR6とも呼ばれ、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子とされている。ヒトALS2遺伝子は、元々ヒト染色体2q33に存在し、34のエクソンを有する、全長約80.3bpの遺伝子である。ALS2のイントロンを除いた部分の塩基配列が同定され(全長6470kb)、GenBank(商標)にNM_020919として登録されている。ALS2のアミノ酸翻訳部分(CDS)は4974bpである(200〜5173)。
【0023】
ヒトALS2の産生タンパク質はalsinと命名され、1657アミノ酸を有し、N−末端から順に4つのドメイン、RLD、DH−PH、MORN motifs、及びVPS9が存在する(図1)。
【0024】
(Tollip遺伝子及びその産生タンパク質)
ヒトTollip遺伝子は、全長が3615bpであり、Genbank(商標)にNM_019009として登録されている。TollipのCDSは825bp(112〜936)である。Tollipは274アミノ酸残基を有するタンパク質であり、N−末端から順に2つのドメイン、C2及びCUEが存在する(図1)。
【0025】
(IRAK−1遺伝子及びその産生タンパク質)
ヒトIRAK−1(interleukin−1 receptor−associated kinase 1)遺伝子は、全長3569bpであり、Genbank(商標)にNM_001569として登録されている。IRAK−1のCDSは、2139bp(80〜2218)である。IRAK−1は712アミノ酸残基を有するタンパク質である。
【0026】
<スクリーニング方法>
次に、本実施形態における家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法について説明する。本発明のスクリーニング方法には、細胞におけるTollipの発現の抑制を指標とする第一のスクリーニング方法、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行の促進を指標とする第二のスクリーニング方法、及び細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用の阻害を指標とする第三のスクリーニング方法を含む。
【0027】
(第一のスクリーニング方法)
まず、細胞におけるTollipの発現の抑制を指標とする第一のスクリーニング方法について説明する。第一のスクリーニング方法は、細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える。ここで、Tollipの発現の抑制とは、Tollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の発現量(以下、第一のスクリーニング方法において、Tollipの発現量という)を低下させることをいう。
【0028】
第一のスクリーニング方法において、ある被検物質が、Tollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の発現量を低下できるのであれば、該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤であると判定する。Tollipの発現量の測定方法として、mRNA又はタンパク質の発現量を測定できる、当業者にとって公知の測定系を用いることができる。具体的には、mRNAの発現量の測定方法として、定量的RT−PCR法、定量的real−time RT−PCR法、定量的ノザンブロッティング法、定量的リボヌクレアーゼプロテクション法などが挙げられる。また、タンパク質の発現量の測定方法として、例えば、定量的ウエスタンブロッティング法、ELISA法などが挙げられる。この際、コントロールとして、ハウスキーピング遺伝子であるGADPHや、β−アクチンなどのmRNA及び/又はタンパク質の発現量を用い、Tollipの発現量を標準化してもよい。Tollipは哺乳類由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0029】
第一のスクリーニング方法は、好ましく、まず、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程を行う。ここで、Tollipを発現する細胞とは、発現可能なTollip遺伝子又はそのcDNAを含有し、かつTollip遺伝子の転写及び翻訳を可能とする細胞をいう。特に、TollipのcDNAが発現可能に挿入された発現プラスミドによりトランスフェクトされた細胞が、好ましく用いられる。Tollip遺伝子は既知の遺伝子であるため、当業者にとって公知の実験系、例えばRT−PCRやPCRなどを用いて、Tollip遺伝子又はそのcDNAは選択的に増幅することによって得られる。また、トランスフェクト及び細胞培養は、当業者にとって公知技術である。細胞の培養時間は、Tollip遺伝子の転写及び発現に十分な時間があればよく、用いる細胞の種類及びプラスミドのプロモータなどによって異なるが、例えば12〜48時間である。
【0030】
次に、培養したそれぞれの細胞における、Tollipの発現量を測定する測定工程を行う。Tollipの発現量の測定方法として、mRNA又はタンパク質の発現量を測定できる、当業者にとって公知の測定系を用いることができる。具体的には、上述した方法がある。
【0031】
最後に、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量よりも少ない場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程を行う。この判定工程によって最終的に細胞におけるTollipの発現抑制作用のある物質を選択することができ、このような作用を有する物質は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の症状、特に運動ニューロンの障害や変性に起因する運動障害などの症状を緩和し、又はこれらの症状の進行を遅らせる若しくは阻止する可能性がある。
【0032】
(第二のスクリーニング方法)
次に、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行の促進を指標とする第二のスクリーニング方法について説明する。第二のスクリーニング方法は、細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える。
【0033】
ここで、Tollipの細胞質から細胞核への移行とは、Tollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の細胞質における存在量が減少し、細胞核における存在量が増加することをいう。また、Tollipの存在量とは、Tollipの局所のおける発現量、即ち、局所におけるTollip遺伝子の転写産物であるmRNA及び/又はその翻訳産物であるタンパク質の発現量(以下、第二のスクリーニング方法において、Tollipの存在量)をいう。Tollipの存在量の測定方法は、第一のスクリーニング方法におけるTollipの発現量の測定方法を用いることができるため、ここでの説明は省略する。Tollipは哺乳類由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0034】
第二のスクリーニング方法は、好ましく、まず、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程を含む。この培養工程は、第一のスクリーニング方法における培養工程と同様であるため、ここでの説明を省略する。
【0035】
次に、培養したそれぞれの細胞の細胞質及び細胞核におけるTollipの存在量を測定する測定工程を行う。このために、まず細胞を分画する必要がある。細胞分画の方法としては、細胞質画分と細胞核画分とを分けることができる、当業者にとって公知の実験系を用いることができる。例えば、市販されている様々な細胞分画キットを用いることができる。
【0036】
最後に、被検物質の存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比が、被検物質の非存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比よりも高い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程を行う。この判定工程によって最終的に細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行促進作用のある物質を選択することができ、このような作用を有する物質は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の症状、特に運動ニューロンの障害や変性に起因する運動障害などの症状を緩和し、又はこれらの症状の進行を遅らせる若しくは阻止する可能性がある。
【0037】
(第三のスクリーニング方法)
最後に、細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用の阻害を指標とする第三のスクリーニング方法について説明する。第三のスクリーニング方法は、細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える。ここで、TollipとIRAK−1との相互作用とは、主にTollipタンパク質とIRAK−1タンパク質との結合をいう。相互作用の阻害とは、その作用機構を問わず、Tollipタンパク質とIRAK−1タンパク質との結合量又は結合強度を低減することをいう。
【0038】
第三のスクリーニング方法において、当業者にとって公知のタンパク質間相互作用を測定する系、例えば免疫沈降を利用することが可能である。具体的には、まず、培養した細胞を粉砕して細胞可溶化物を調製する。調製した細胞可溶化物にTollip及びIRAK−1のいずれか一方の分子に対する抗体を加えて免疫沈降を行う。そして、得られた沈殿物(Tollip及びIRAK−1の複合体が含まれている)を他方の分子に対する抗体を用いた免疫学的手法(イムノブロット等)により、Tollip及びIRAK−1の複合体を検出、定量することにより、両者の相互作用を測定できる。Tollip及びIRAK−1は哺乳類由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0039】
第三のスクリーニング方法は、好ましくは、まず、被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollip及びIRAK−1を発現する細胞を培養する培養工程を行う。Tollip及びIRAK−1を発現する細胞としては、両者を発現している細胞、どちらか一方を発現している細胞に他方をトランスフェクションさせて両者を発現させた細胞、又は、いずれも発現していない細胞に両者をコトランスフェクションさせた細胞のいずれを用いてもよい。そして、被検化合物の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下で前記細胞を培養する。培養時間は、TollipとIRAK−1とが相互作用する時間であればよく、用いる細胞の種類によって異なるが、例えば、Tollip及びIRAK−1をコトランスフェクトした場合、12〜48時間程度である。
【0040】
次に、培養したそれぞれの細胞における、TollipとIRAK−1との相互作用を測定する測定工程を行う。具体的な測定方法は、上述した通りであるため、ここでの説明を省略する。
【0041】
最後に、被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用よりも弱い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程を行う。この判定工程によって最終的に細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する作用のある物質を選択することができ、このような作用を有する物質は、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の症状、特に運動ニューロンの障害や変性に起因する運動障害などの症状を緩和し、又はこれらの症状の進行を遅らせる若しくは阻止する可能性がある。
【0042】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0043】
(ALS2cDNAの作製)
ALS2遺伝子の一部を含むpBluescriptIISK(+)KIAA1563(FH20460)ベクターは、かずさDNA研究所より分譲された。残りの5’部分はポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)により合成した。PCR反応は、Patel S.ら、J. Immunol. Method 205:157−161、1997に記載の方法に従って行われた。テンプレートとしては、ヒト脳cDNAライブラリー(BD Matchmaker library;Clontech)を使用し、オリゴヌクレオチドプライマーとしては、Forward:5’−atggggtaccggttgtcagtt−3’(配列番号1)、及びReverse:5’−ttgaagcctaggcagaacatc−3’(配列番号2)を使用した。
【0044】
次に、合成された5’部分を制限酵素KpnI及びAvrIIによって処理した後、同様に処理したpBluescriptIISK(+)KIAA1563のKpnI及びAvrIIサイトの間に挿入した。その後、ベクターを制限酵素KpnI及びNotIによって処理し、ALS2の全長cDNAを得た。このALS2全長をpBS2ベクター(TOYOBO)に組み込んだ。
【0045】
得られたALS2/pBS2をテンプレートに、alsinのRLD(200〜2215)、DH/PH(2207〜3274)、MORN(3269〜3997)及びVPS9(4466〜5170)の各ドメインに相当するcDNAをPCR法によって増幅し、それぞれpBS2ベクターに組み込んだ。
【0046】
ALS2全長及び各ドメインのcDNAの塩基配列を、ABI PRISM 377 DNA Sequencer(Perkin Elmer社製)を用い、製造業者のプロトコールに従って確認した。その結果、得られたALS2全長のcDNAが4974bpであり、GenBank(商標)NM_020919遺伝子の塩基配列の200〜5173番目と一致し、得られた各ドメインのcDNAも各ドメインの塩基配列と一致した。
【0047】
(実施例1 alsinと相互作用するタンパク質のスクリーニング)
酵母ツーハイブリッドシステム(Yeast Two−Hybrid system)によって、alsinと相互作用するタンパク質のスクリーニングを行った。ツーハイブリッド法は、Miyazaki Kら、J.Biol.Chem. 279:11327〜11335、2004に記載の方法に従って行われた。
【0048】
Baitベクターとしては、酵母転写因子GAL4のDNA結合ドメイン(DNA binding domain;DBD)にALS2全長及びそれぞれのALS2ドメインのcDNAを挿入したpAS2−1ベクター(Clontech)を使用し、Preyベクターとしては、酵母転写活性化ドメイン(activating domain;AD)に様々な種類のcDNAライブラリーを挿入したpACT−2ベクター(Clontech)を使用した(図2A及び図2B)。
【0049】
pAS2−1はTRP1遺伝子を有するため、トリプトファンフリー培地(Trp(−))でも生育できる。一方、pACT−2はLEU2遺伝子を有するため、ロイシンフリー培地(Leu(−))でも生育できる。また、発現した2種類の融合タンパク質(two−hybrid)が相互作用することによって複合体が形成された場合、酵母細胞リポータ遺伝子His3/LacZが発現され、ヒスチジンフリー培地(His(−))でも生育できるようになり、また、β−ガラクトシダーゼも活性化される(図2C)。
【0050】
Baiベクター及びPreyベクターをともに酵母細胞CG−1945(Clontech)に酢酸リチウム法によって形質導入し、Trp(−)/Leu(−)/His(−)プレートに撒いて、His耐性の酵母を得た。30℃、7日間培養した後、得られたコロニーを新たなTrp(−)/Leu(−)/His(−)プレートに拾い移し、さらにニトロセルロース膜に転写した。複合体が形成された場合のみ生じるβ−ガラクトシダーゼの活性化を検出するため、膜上のコロニーをX−galと反応させ、β−ガラクトシダーゼの活性化により青色に変色したコロニーを陽性コロニーとした。そして、陽性コロニーのPreyベクターに挿入された遺伝子の塩基配列をシークエンスによって特定し、さらにデータベースと照合した結果、alsinの結合タンパク質として、Tollipを同定した。
【0051】
(実施例2 alsinにおけるTollipとの結合ドメインの特定)
alsinにおけるTollipとの結合ドメインを特定するために、免疫沈降を行った。免疫沈降法は、Miyazaki Kら、J.Biol.Chem. 279:11327〜11335、2004に記載の方法に従って行われた。
【0052】
まず、図3に示すように、FLAGタグ(5’−gactacaaggacgacgatgacaag−3’;配列番号3)の下流にALS2全長及び各ドメインのcDNAを融合タンパクが形成できるように挿入したpIRESpuro2(Clontech)を作製し、また、Mycタグ(5’−gaacaaaaactcatctcagaagaggatctg−3’;配列番号4)の下流にTollipのcDNAを融合タンパクが形成できるように挿入したpcDNA3(Invitrogen)ベクターを作製した。
【0053】
得られた両プラスミドを共にCOS−7細胞にLipofectamin2000を用いて共トランスフェクトした。細胞をさらに48時間培養した後、溶解した。細胞溶解液をまず、Protein G Sepharose 4 Fast Flow(Amersham Biosciences)を用いて、抗FLAG M5抗体によって免疫沈降(IP)を行った。次に、抗Myc抗体によって免疫染色(IB)を行った。また、抗Myc抗体によって免疫沈降した後、抗FLAG M5抗体によって免疫染色する確認も行った。その結果を図4に示した。
【0054】
図4AはALS2全長とTollipとの相互作用を確認した結果であり、ALS2全長とTollipとは複合体を形成することが確認された。図4Bは、ALS2の各ドメインとTollipとの相互作用を確認した結果であり、4つのドメインのうち、MORNのみがTollipと複合体形成できることが確認された。図4Cは、MORNドメインとTollipとの相互作用を確認した結果であり、MORNドメインとTollipとは複合体を形成することが確認された。以上により、ALS2のMORNドメインがTollipに特異的に結合することが確認された。
【0055】
(実施例3 ALS2全長によるTollip誘導細胞死への抑制)
ALS2全長及びTollipを発現するベクターを、それぞれ又は共にNSC34細胞にトランスフェクトし、72時間後、細胞死を確認するためトリパンブルー染色を行った。NSC34細胞はNeil Cashman’s laboratory(Centre for Research in Neurodegenerative Diseases、University of Toronto、Canada)より分譲された。トリパンブルー染色の結果は図5に示した。
【0056】
図5から、ALS2全長のみトランスフェクトされたNSC34細胞においては細胞死を殆ど起こさないが、TollipのみトランスフェクトされたNSC34細胞においては約4割の細胞が細胞死を起こしたことが確認された。一方、alsin及びTollipを共発現させた細胞では、Tollipの細胞死誘導作用が抑制されたことも確認された。コントロールは空ベクターであった。
【0057】
NSC34細胞の代わりにHEK293細胞についても実験した。ALS2全長のみ、Tollipのみ、ALS2全長+Tollip、及びコントロールとしての空ベクターがトランスフェクトされたHEK293細胞について、蛍光色素(PI)100μg/mLで染色し、FACScan(BECTONDICKINSON)を用いてフローサイトメトリーを行い、細胞死を確認した。その結果を図6A及び図7に示した。
【0058】
また、ALS2全長のみ、Tollipのみ、ALS2全長+Tollip、及びコントロールとしての空ベクターがトランスフェクトされたHEK293細胞におけるalsin及びTollipの発現量をウエスタンブロッティング(WB)によって測定した。WBでは、一次抗体としてマウス抗FLAG IgG抗体、又はマウス抗Myc IgG抗体、コントロールとして、ラビット抗アクチンIgG抗体、また、二次抗体としては、ヤギ抗マウスSC−2005(Santa Cruz)又はヤギ抗ラビットSC−2004(Santa Cruz)を使用した。その結果は図6Bに示した。
【0059】
図6及び図7から、HEK293細胞においてもNSC34細胞と同様な結果、すなわち、alsinはTollipの誘導した細胞死を抑制したことが確認された。
【0060】
(実施例4 ALS2のMORNドメインによるTollip誘導細胞死への抑制)
ALS2の各ドメインについても、NSC34細胞におけるTollipの誘導した細胞死への抑制作用があるか否かについてトリパンブルー染色によって確認した。実験方法は実施例3と同じである。結果は図8に示した。図8から、4つのドメインのうち、MORNのみが、Tollipの誘導した細胞死への抑制作用があることが確認された。
【0061】
(実施例5 ALS2によるTollipのNFκB抑制作用への影響)
IL−1R/TLRシグナルにおいて、TollipはLPSによって誘導されたNFκB活性を抑制する報告があった。そこで、本発明者らはALS2がTollipによるNFκB抑制作用を影響するかどうかを調べることとした。しかし、IL−1R/TLRシグナルは複雑であるため、本発明者らはTNF−αによるNFκBの活性誘導系を用いて、ALS2によるTollipのNFκB抑制作用への影響を調べた。
【0062】
まず、実験系を確立するために、TNF−αによるNFκBの活性誘導の最適条件を、様々なTNF−αの処理時間及び用量を用いてスクリーニングした。スクリーニングはルシフェラーゼアッセイによって行われた。具体的には、まず、ルシフェラーゼ(LUC)リポータベクターであるpELAM1−Lucに、NFκB遺伝子をLUCの上流に位置するよう導入し、NFκB/LUC融合タンパク質を発現するベクターを作製した。次に、この発現ベクターをHEK293細胞にトランスフェクトした。トランスフェクト24時間後、細胞を10ng/mLのTNF−αによって1、2、4、8及び24時間処理した。その後、常法によってルシフェラーゼアッセイを行い、目的遺伝子であるNFκBの転写レベルを調べた。その結果を図9Aに示した。図9Aから、TNF−αによる処理1時間後は、NFκBの活性が最も誘導されたことが確認された。
【0063】
また、処理時間を1時間として、TNF−αの濃度が10、100、1000ng/mLであるそれぞれの場合のNFκBの転写レベルを調べた。その結果を図9Bに示した。図9Bから、100ng/mLの濃度ではNFκBの活性が最も誘導されたことが確認された。
【0064】
さらに、100ng/mLのTNF−αを用いて、HEK293細胞を1、2、4、8及び24時間処理した場合の、細胞核及び細胞質におけるNFκBのタンパク質発現レベルをウエスタンブロッティング(WB)法によって調べた。WBにおいて、一次抗体としてラビット抗NFκBp65(C−20)SC−372(Santa Cruz)を用い、二次抗体として、ヤギ抗ラビットSC−2004(Santa Cruz)を用いた。その結果、処理1時間後に細胞核内で発現されたNFκBのタンパク質が最も多かった。
【0065】
以上によって、TNF−αによるNFκBの活性誘導の最適条件が100ng/mLのTNF−αによって1時間処理することと決まった。
【0066】
次に、TNF−αシグナルにおいて、ALS2及びTollipのNFκB活性への影響を、ルシフェラーゼアッセイによって調べた。HEK293細胞に、上記のNFκB/LUC融合タンパク質を発現するpELAM1−Lucベクターと、ALS2CR6−FLAG−pIRESpuro2又は/及びTollip−Myc−pcDNA3とを共トランスフェクトし、24時間後に、100ng/mLのTNF−αを用いて1時間処理した。その後、常法によってルシフェラーゼアッセイを行った。
【0067】
予備実験では、Tollipのトランスフェクト24又は48時間後には、TNF−αによって処理された細胞では、TollipによるNFκB活性に対する影響が確認された。本実験では、トランスフェクト24時間後の時点でTNF−α処理を行われ、様々なALS2及びTollipのトランスフェクト量(ベクターの用量)について調べた。その結果は、図10A及び図10Bに示した。図10A及び図10Bからは、ALSは用量依存的にNFκB活性を誘導しており、Tollipは用量依存的にNFκBの活性を抑制していたことが確認された。
【0068】
さらに、100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合、ALS2(187.5ng)のみ、Tollip(187.5ng)のみ、又はALS2(187.5ng)及びTollip(187.5ng)の両方によってトランスフェクトしたHEK293細胞におけるNFκB活性をルシフェラーゼアッセイによって確認した。結果は図10Cに示した。図10Cから、ALS2はTollipによって抑制されたNFκB活性を部分的に回復したことも確認された。
【0069】
以上により、TollipはTNF−αシグナルにおいてもIL−1R/TLRシグナルと同様に、NFκBの活性を抑制し、この抑制作用はALS2によって抑制されることが確認された。
【0070】
(実施例6 TollipとIRAK−1との相互作用)
TollipはIL−1R/TLRシグナルにおいてIRAK−1と結合するとの報告があったが、TNF−αシグナルにおいてはどうか調べた。実験はタンパク質同士の結合を確認できる免疫沈降法によって行われた。
【0071】
Tollip−Myc−pcDNA3をHEK293細胞にトランスフェクトし、24時間後、100ng/mLのTNF−αを用いて1時間処理し又は処理せず、その後細胞を溶解し、免疫沈降(IB)を行った。免疫沈降において、コントロールとしてはChrom PumPure mouse IgG(Jackson Immuno Research)を用い、一次抗体としてはマウス抗IRAK−1(F−4)SC−5288(Santa Crus)又はマウス抗Myc(9B11)#2276(Santa Crus)を用い、二次抗体としてはヤギ抗マウスSC−2005(Santa Cruz)を用いた。
結果は図11に示した。
【0072】
図11からは、TollipとIRAK−1とは結合し複合体を形成したこと(図11A第5レーン及び図11B第4レーン)、及びこの結合はTNF−α処理によって抑制されたこと(図11A第8レーン及び図11B第7レーン)が確認された。これによって、TollipとIRAK−1とはTNF−αシグナルにおいても結合すると結論付けられる。また、このことから、TollipはIRAK−1を介して、NFκBの活性を抑制しているではないかと考えられる。
【0073】
(実施例7 TNF−αによるTollipの細胞核への移行)
まず、細胞分画/ウエスタンブロッティングによって、alsin及びTollipの細胞内の局在を調べた。具体的には、ALS2CR6−FLAG−pIRESpuro2及びTollip−Myc−pcDNA3をそれぞれHEK293細胞にトランスフェクトし、24時間後、細胞を溶解し、さらに常法によって細胞分画した。その後、ウエスタンブロッティング(WB)をした。WBにおいて、コントロールとしては細胞核にのみ局在するLamin及び細胞質にのみ局在するチューブリンを用い、一次抗体としてはマウス抗LaminB(101−B7)NA12(CALBIOCHEM)又はマウス抗Tublin(Ab−2)(clone DM1A)(LABVISION/NEOMARKERS)を用い、二次抗体としてはヤギ抗マウスSC−2005(Santa Cruz)を用いた。結果は図12に示した。
【0074】
図12からは、alsinは殆ど細胞質に局在しており、一方、Tollipは細胞質と細胞核との両方に局在していることが確認された。
【0075】
次に、Tollip−Myc−pcDNA3によってトランスフェクトされたHEK293細胞についてTNF−α処理にてTollipの細胞内の局在が変化するかどうかを調べた。TNF−α処理は100ng/mLにて48時間までTollipの局在の変化を経時的に確認した。結果は図13に示した。図13からは、TNF−α処理により、Tollipの発現が減少し、そして、細胞核(N)へと移行したことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】alsin及びTollipの各ドメインのイメージ図である。
【図2】Aは酵母ツーハイブリッドシステムに使用されるBaitベクターであるALS2CR6−pAS2−1ベクターのイメージ図であり、Bは酵母ツーハイブリッドシステムに使用されるPreyベクターであるcDNAライブラリー−pACT−2ベクターのイメージ図であり、Cは酵母ツーハイブリッドシステムにおけるalsinとTollipとが相互作用するイメージ図である。
【図3】免疫沈降に使用される各種タグ付き発現ベクターのイメージ図である。
【図4】実施例2の免疫沈降の結果を示す図である。Aは、ALS2全長とTollipとの複合体の形成の有無を確認したウエスタンブロッティングの結果であり、Bは、ALS2の各ドメインとTollipとの複合体の形成の有無を確認したウエスタンブロッティングの結果であり、Cは、ALS2のMORNドメインとTollipとの複合体の形成の有無を確認したウエスタンブロッティングの結果である。
【図5】NSC34細胞におけるalsin及びTollipによる細胞死への影響をトリパンブルー染色によって確認した結果を示す図である。
【図6】AはHEK293細胞におけるalsin及びTollipによる細胞死への影響をFACScanによって確認した結果を示す図である。BはHEK293細胞におけるalsin及びTollipの発現量をウエスタンブロッティングによって確認した結果である。
【図7】HEK293細胞におけるalsin及びTollipによる細胞死への影響をフローサイトメトリーによって確認した結果を示す図である。A、B、C及びDはそれぞれ、空ベクター、ASL2全長発現ベクター、Tollip発現ベクター、及びASL2全長発現ベクター+Tollip発現ベクターによってトランスフェクトした細胞の結果である。
【図8】NSC34細胞におけるalsin、その各ドメイン、及びTollipによる細胞死への影響をトリパンブルー染色によって確認した結果を示す図である。
【図9】Aは様々な処理時間における10ng/mLTNF−αによるNFκBの活性誘導をルシフェラーゼアッセイによって確認した結果を示す図であり、Bは処理時間を1時間とした場合、様々な濃度のTNF−αによるNFκBの活性誘導をルシフェラーゼアッセイによって確認した結果を示す図であり、Cは細胞質(C)及び細胞核(N)におけるTNF−αによるNFκBの活性誘導レベルを確認した結果を示す図である。
【図10】Aは様々なALS2のトランスフェクト量における、100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合のNFκBの活性誘導レベルを確認した結果を示す図であり、Bは様々なTollipのトランスフェクト量における、100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合のNFκBの活性誘導レベルを確認した結果を示す図であり、Cは100ng/mLTNF−αによって1時間処理した又は処理しない場合、ALS2のみ、Tollipのみ、又はALS2及びTollipの両方によってトランスフェクトしたHEK293細胞におけるNFκB活性をルシフェラーゼアッセイによって確認した結果を示す図である。
【図11】TollipとIRAK−1との相互作用を免疫沈降によって確認した結果を示す図である。A及びBはそれぞれ、抗IRAK−1抗体及び抗Myc抗体によって免疫ブロッティング(IB)を行った結果である。
【図12】A及びBはそれぞれ、alsin及びTollipの細胞内の局在をウエスタンブロッティングによって確認した結果を示す図である。細胞核はN、細胞質はCで示す。
【図13】TNF−α処理によってTollipの細胞内の局在の変化を経時的にウエスタンブロッティングによって確認した結果を示す図である。細胞核はN、細胞質はCで示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、
培養したそれぞれの細胞における、Tollipの発現量を測定する測定工程と、
被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量よりも少ない場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、
を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、
培養したそれぞれの細胞の細胞質及び細胞核におけるTollipの存在量を測定する測定工程と、
被検物質の存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比が、被検物質の非存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比よりも高い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、
を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollip及びIRAK−1を発現する細胞を培養する培養工程と、
培養したそれぞれの細胞における、TollipとIRAK−1との相互作用を測定する測定工程と、
被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用よりも弱い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、
を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記家族性若年性筋萎縮性側索硬化症が、ALS2遺伝子を原因遺伝子とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項1】
細胞におけるTollipの発現を抑制する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、
培養したそれぞれの細胞における、Tollipの発現量を測定する測定工程と、
被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipの発現量よりも少ない場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、
を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
細胞におけるTollipの細胞質から細胞核への移行を促進する物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollipを発現する細胞を培養する培養工程と、
培養したそれぞれの細胞の細胞質及び細胞核におけるTollipの存在量を測定する測定工程と、
被検物質の存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比が、被検物質の非存在下において培養した細胞における細胞質のTollipの存在量と細胞核のTollipの存在量との合計に対する細胞核のTollipの存在量の比よりも高い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、
を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用を阻害する物質を、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する工程を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
被検物質の存在下及び非存在下のそれぞれの条件下において、Tollip及びIRAK−1を発現する細胞を培養する培養工程と、
培養したそれぞれの細胞における、TollipとIRAK−1との相互作用を測定する測定工程と、
被検物質の存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用が、被検物質の非存在下において培養した細胞におけるTollipとIRAK−1との相互作用よりも弱い場合に、当該被検物質を家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤と判定する判定工程と、
を備える、家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記家族性若年性筋萎縮性側索硬化症が、ALS2遺伝子を原因遺伝子とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の家族性若年性筋萎縮性側索硬化症の治療剤のスクリーニング方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
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【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2008−61505(P2008−61505A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−239422(P2006−239422)
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【出願人】(000160522)久光製薬株式会社 (121)
【出願人】(591014710)千葉県 (49)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【出願人】(000160522)久光製薬株式会社 (121)
【出願人】(591014710)千葉県 (49)
【Fターム(参考)】
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