説明

箔状ろう材

【課題】アルミニウム系金属の真空ろう付けに適した低融点のろう材であって、箔状の形状を有する可撓性に優れたものを提供する。
【解決手段】質量%で、Cu:10.0〜24.5%、Si:4.0〜10.0%、Mg:0.3〜2.5%、残部Alおよび不可避的不純物からなり、CuとSiの含有量が図1のA−B−C−D−E−F−Aを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)にある化学組成を有する急冷凝固箔体を用いた平均厚さ15〜100μmの箔状ろう材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム系金属(アルミニウムまたはアルミニウム合金)の真空ろう付けに適した低融点のろう材に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム系金属の真空ろう付けには、従来一般的にAl−Si系合金からなるろう材が使用されている。Al−Si系合金のろう材はJIS Z3263にも規定されており、線材の他、シート材も広く供給されている。それらのろう材の液相線温度は最も低いもので約580℃である。ろう付け温度は必然的にそれより高い温度となる。
【0003】
アルミニウム系金属の真空ろう付け用途の一つとして、半導体パワーモジュールの製造工程が挙げられる。パワーモジュールを構成する半導体部品は絶縁基板の上に搭載され、半導体部品から発生する熱は絶縁基板の裏面側から放熱部材に伝達されて外部に放出される。絶縁基板としてはセラミックス表面をアルミニウムで被覆したDBA(Direct Brazed Aluminum)が多用されており、DBAと放熱部材の接合工程で真空ろう付けが行われる。放熱部材は導電性の良好な金属材料で構成されるが、絶縁基板と放熱部材とは熱膨張率に大きな差があるので、真空ろう付けによって一体化された放熱構造体には各部材の熱膨張差に起因した内部応力が残留する。その応力が大きい場合には放熱構造体に「反り」が生じるなど、寸法精度に悪影響を及ぼす場合がある。
【0004】
上記の熱膨張差に起因した「反り」の問題を緩和するための対策として、放熱部材の一部にDBAとの熱膨張差を緩和するための緩衝材を用いたり、予め放熱部材を「逆反り」形状としておき、ろう付け後に生じた「反り」による変形を相殺したりする工夫がなされている。
【0005】
一方、ろう付け温度を低減することができれば、部材間の熱膨張差に起因するろう付け後の内部応力を緩和することができる。これにより寸法精度の高い放熱構造体を得るための設計が容易になり、内部応力軽減による部品の信頼性向上にもつながる。
【0006】
ろう付け温度の低減には、融点が低いろう材が必要となる。アルミニウム系金属のろう付けに適用可能な低融点の金属としてAl−Cu−Si系合金が知られている。特にAl−27%Cu−4.7%Si組成付近の三元共晶点の周辺において液相線温度が520〜540℃程度のろう材が実現でき、線材として一部の用途で利用されることがある。
【0007】
しかし、この三元共晶点周辺のAl−Cu−Si系合金は非常に脆く、シート材に加工することは極めて困難である。平板の表面同士を全面でタイトに接合するような「面接合」の場合には、真空ろう付けではシート状のろう材が必要となる。これに適応できるAl−Cu−Si系合金のろう材は提供されていないのが現状である。
【0008】
脆い金属材料の箔体を製造する手法として急冷凝固法が知られている。特許文献1にはAl−Cu−Si系合金に単ロール法による急冷凝固法を適用して箔状のろう材を製造することが記載されている。合金組成としては、Cu:25〜40%、Si:5〜15%、Mg:0.3〜4.0%、残部実質的にAlからなるものが開示されている。しかしながら本発明者らの検討によれば、この組成範囲では、急冷凝固箔体を得ることは可能であるものの、ボビンに巻き取るに足る可撓性(フレキシビリティー)を有するものを安定して製造することは非常に難しいことがわかった。すなわち、得られた箔体は折り曲げに耐えることができない程に脆いものとなりやすく、工業製品としての量産は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平4−162981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、アルミニウム系金属の真空ろう付けに適した低融点のろう材であって、箔状の形状を有する可撓性に優れたものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的は、質量%で、Cu:10.0〜24.5%、Si:4.0〜10.0%、Mg:0.3〜2.5%、残部Alおよび不可避的不純物からなり、CuとSiの含有量が図1のA−B−C−D−E−F−Aを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)にある化学組成を有する急冷凝固箔体を用いた平均厚さ15〜100μmの箔状ろう材によって達成される。
【0012】
ここで、図1は横軸をCu含有量(質量%)、縦軸をSi含有量(質量%)とする直交座標系である。上記各点の座標は、A(10,10)、B(20,10)、C(24.5,8)、D(24.5,4)、E(16,4)、F(10、7)である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アルミニウム系金属の真空ろう付けに使用するAl−Cu−Si系のろう材において、可撓性を有する箔状のものが提供可能となった。このろう材はボビンに巻き付けることが可能であり、取り扱い時に破断することもないので、ろう付けによる「面接合」が必要な用途に容易に適用することができる。従来一般的なAl−Si系のろう材を適用していた用途に適用すれば、ろう付け温度を低下させることができる。特にハイブリッド自動車や電気自動車のPCU(パワー・コントロール・ユニット)などに使用される半導体パワーモジュールなど、高い寸法精度が要求される部品の真空ろう付けに適する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】Mgを0.3〜2.5%含有するAl−Cu−Si系合金におけるCuおよびSi含有量と、得られる急冷凝固箔体の可撓性の関係を表すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
発明者らは、Al−Cu−Si系合金について、三元共晶組成の周辺域における急冷凝固箔体の製造性を詳細に調査した。その結果、三元共晶点(Al−27%Cu−4.7%Si組成付近)に近い組成では単ロール法により急冷凝固箔体の作製は可能であるものの、得られる箔体は非常に脆く、ボビンに巻き付けることができないほどに可撓性に乏しいものとなりやすい。ところが、三元共晶点の周辺のうち、Al含有量が多い側において、可撓性の良好な急冷凝固箔体が得られやすい領域があることがわかった。すなわち厚さ15〜100μm程度の急冷凝固箔体が製造可能な一般的な単ロール法による冷却条件において、曲げても破断せず、ボビンに巻き付けることが十分に可能な程度に可撓性が良好である箔体が容易に得られる領域があることが明らかとなった。
【0016】
三元共晶組成よりもAl含有量が多い特定の領域で急冷凝固箔体の可撓性が良好となる理由については必ずしも明確ではないが、そのような領域では、比較的延性に富むと考えられるAlリッチ相(平衡状態での初晶Al相に比較的近い組成の相)の割合が多くなり、脆いと考えられるAl+Cu+Si相(平衡状態での三元共晶に比較的近い組成の相)の割合が少なくなることが影響しているものと推察される。発明者らの検討によると、得られる急冷凝固箔体の可撓性はCu含有量が25質量%を境に急変し、Cu含有量が24.5質量%以下の領域において、工業的に製品化が可能な可撓性を有する急冷凝固箔体を安定して得ることが可能な組成範囲がある。
【0017】
具体的には、Mgを0.3〜2.5%含有するAl−Cu−Si系合金において、CuとSiの含有量が図1のA−B−C−D−E−F−Aを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)にある組成範囲では、良好な可撓性が得られることが確認された。
【0018】
図1の直線FAよりCu含有量が低い領域、A−B−Cを直線で結ぶ境界よりSi含有量が高い領域、およびD−E−Fを直線で結ぶ境界よりSi含有量が低い領域では、それぞれ合金の融点が高くなり、従来のAl−Si系合金ろう材を使用する場合と比べて、ろう付け温度の大幅な引き下げは期待できない。直線CDよりCu含有量が高く三元共晶組成に近づく領域では、融点が低くなる反面、可撓性の良い急冷凝固箔の安定的な製造が非常に難しくなる。特に好ましい組成領域として図1のH(15,10)−B−C−D−E−G(15,4.5)−Hを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)の組成を採用することができる。あるいは、図1のK(19,10)−B−C−D−E−J(19,4.5)−Kを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)の組成に制限してもよい。
【0019】
フラックスを使わない真空ろう付けでは、アルミニウム系金属の表面に存在する酸化皮膜を除去するために、ろう材中に0.3〜2.5質量%のMgを含有させることが有効である。図1のA−B−C−D−E−F−Aを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)にある組成範囲では、Mg含有量が0.3〜2.5質量%において可撓性の良好な急冷凝固箔体を得ることができる。ただし、Mg含有量が2.5質量%を超えると良好なろう付け性を安定して実現することが難しくなる。Mg含有量は0.3〜2.0質量%とすることがより好ましく、0.3〜1.0%に管理してもよい。得られた急冷凝固箔体は、そのままの厚さでろう材製品として利用してもよいし、必要に応じて調質圧延により厚さを調整することもできる。
【実施例1】
【0020】
図1のA−B−C−D−E−F−Aを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)にある領域、およびそれより共晶組成に近い領域にある種々の組成のAl−Cu−Si系合金について、単ロール法による急冷凝固法により急冷凝固箔体の製造を試みた。Cu、Si以外の元素として、Mgを0.3〜2.5質量%(ただし点Lのものは0.3〜3.0質量%、直線C−Dより高Cu側のものは0.5質量%のみ)の範囲で含有し、それ以外の残部はAlである。冷却ロール(単ロール)は銅製である。スリット状の開口を有するノズルを下部に備える石英管の内部で、成分調整された原料を高周波加熱して溶融させ、その溶融金属を高速で回転する銅ロール表面にロール直近から噴射させることにより、平均厚さ25〜60μmの急冷凝固箔体を得た。雰囲気は大気圧下のArガス雰囲気とし、噴射用のガスもArとした。ノズルのスリットは0.5mm×5〜10mmとした。得られる急冷凝固箔体はリボン状のものであり、その幅はスリットの長さ(5〜10mm)とほぼ等しくなる。
【0021】
得られた急冷凝固箔体のリボンを手作業にて直径15mmのボビンにタイトに巻き付ける操作を行うことにより、可撓性を評価した。ボビンへの巻き付け作業が十分に可能であるものは、「面接合」を行うろう付けに供するうえで実用的な可撓性を有していると考えられる。そこで、以下の基準でろう材としての可撓性を評価した。
可撓性良好;箔体に割れを生じさせることなくボビンへの巻き付けが可能(○印)。
可撓性不良;脆いためにボビンへの巻き付けが困難(●印)。
その結果を図1中に示す。
【0022】
図1からわかるように、三元共晶点(Al−27%Cu−4.7%Si組成付近)に近い組成では、可撓性の良好な急冷凝固箔体を得ることが難しい。これに対し、本発明で規定するA−B−C−D−E−F−Aを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)では、作製したすべてのMg含有量のものについて可撓性の良好な急冷凝固箔体が安定して得られた。なお、この試験において良好な可撓性が得られた組成の合金は、工業的により幅広の急冷凝固箔体の製造が可能であると考えられる。
【実施例2】
【0023】
実施例1で作製したいくつかの急冷凝固箔体を用いて、示差熱分析により完全に溶融する温度(液相線温度に相当する温度)を調べた。示差熱分析の試験条件は以下のとおりである。
・雰囲気;窒素
・昇温条件;常温から600℃まで10℃/minの昇温速度で昇温
結果を表1中に示す。
【0024】
次にこれらのAl−Cu−Si系合金の箔体(共晶組成の対照例を除く)を用いて、真空ろう付けにより、アルミニウム板(JIS H4000に規定されるA1050)と、溶融アルミニウムめっきステンレス鋼板(SUS430の表面に厚さ約20μmのAl−9質量%Siめっき層を有するもの)の面接合を試みた。急冷凝固箔体の平均厚さが40μmを超えているものについては、調質圧延により厚さを40〜44μmとしたのち、箔状ろう材として使用した。アルミニウム板および溶融アルミニウムめっきステンレス鋼板とも、板厚は1.0mmであり、試料寸法は20×30×1.0mmである。ろう材を両材料の間の全面に挟んでサンドイッチ状に積み重ねた状態とし、特に荷重を付与せずそのまま真空炉に装入した。ろう付け温度は550℃および575℃とした。ろう付け時の真空度は10-3Pa、ろう付け温度での保持時間は10minとした。
【0025】
試料を炉から取り出した後、2枚の板が容易に分離しないものについては、試料の中心を通り長手方向および厚さ方向に平行な断面の顕微鏡観察を行い、アルミニウム板/ろう材界面、ろう材/アルミニウムめっき鋼板界面のいずれにおいても、非接合部(欠陥部分)のトータル長さが界面全長の10%以下であったものを○(ろう付け性;良好)、それ以外のもの(2枚の板が容易に分離したものを含む)を×(ろう付け性;不良)と判定した。
結果を表1に示す。
【0026】
表1からわかるように、本発明で規定する組成域において、完全に溶融する温度が580℃より低い箔体が得られる。これらいずれの試料も575℃以下のろう付け温度で健全な真空ろう付けが可能であり、従来のAl−Si合金系ろう材よりも低温での真空ろう付けが可能であることが確認された。一方、No.6はMg含有量が高すぎたことにより良好なろう付け性は得られなかった。
【0027】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cu:10.0〜24.5%、Si:4.0〜10.0%、Mg:0.3〜2.5%、残部Alおよび不可避的不純物からなり、CuとSiの含有量が図1のA−B−C−D−E−F−Aを結ぶ直線に囲まれる範囲(境界を含む)にある化学組成を有する急冷凝固箔体を用いた平均厚さ15〜100μmの箔状ろう材。

【図1】
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