説明

粉末物質の飛散状態評価方法

【課題】粉末状物質の飛散状態を、高感度、且つ、短時間で効率よく評価することができ、評価対象施設内においても評価が可能な粉末物質の飛散状態評価方法を提供する
【解決手段】粉末状物質を用いる実験設備又は製造設備内において、設備内の評価対象領域に、粉末受容用のシートを固定化する工程と、評価対象となる粉末状物質に代えてアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を用いて、実験設備又は製造設備内において、通常の作業を行う工程と、作業後に粉末受容用のシートを回収し、シート表面に付着したアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を回収し、定量分析する工程と、をこの順で有する粉末状物質の飛散状態評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉末物質の飛散状態評価方法に関し、詳細には、粉末状の生理活性物質や有害物質の実験設備、製造設備などにおける粉末の飛散状態を効率よく評価しうる粉末物質の飛散状態評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飛散しやすい粉末状物質を取り扱う際、特に、人体に対して影響を及ぼす、高生理活性物質や劇薬に相当する物資を取り扱う施設、例えば、製造施設、実験施設などにおいて、使用する機器、装置、実験室内に適切にこれらの粉末状物質が封じ込めされているか否か、或いは、施設内で粉末状物質を床にこぼして拡散した時、どれくらいの範囲に拡散されるのか、等を予め評価することは重要である。このような粉末状物質の本体を用いて拡散性評価や封じ込め評価を行う場合、作業者の皮膚への付着や吸引などによる人体への影響を考慮して、通常は、安全性の高い代替粉末を使用して評価を行っている。
【0003】
例えば、高生理活性医薬品の粉末状物質についての製薬機器の封じ込め性能評価方法においては、代替試料としてラクトース(乳糖)の粉体を用いることが提案されており(例えば、非特許文献1参照。)、医薬品製造施設での粉末状物質の封じ込め性能評価には代替粉末としてラクトースが一般的に用いられている。
ここで用いられるラクトースは人間に無害で、水に溶けやすく、安定性が良好であるため、汎用されているものの、ラクトースの定量分析に必要な装置が高価で大がかりであるために、測定対象施設内でサンプリングを行い、これを分析施設に搬送して高速液体クロマトグラフィーなどの装置により分析、評価しているのが現状であり、評価対象施設内で直接分析を行うことが困難であり、分析に要する時間も1検体あたり10〜30分程度掛かり、分析感度も十分とは言い難かった。また、床などにおける拡散試験では、飛散が広範囲に亘った場合、サンプリングに手間が掛かるなどの問題もあり、評価対象施設内において、効率よく評価する方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ISPE(The International Society for Pharmaceutical Engineering Inc.)、SMEPAC委員会編、「Assessing the particulate containmentperformance of pharmaceutical equipment」、ISBN1−931879−51−6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記問題点を考慮してなされた本発明の目的は、粉末状物質の飛散状態を、高感度、且つ、短時間で効率よく評価することができ、また携帯できる大きさの測定器で測定することができ、評価対象施設内においても評価が可能な粉末物質の飛散状態評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、特定粒径のアデノシン5’−三リン酸粉末を用いることで、前記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明の構成は以下に示すとおりである。
<1> アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を使用する粉末物質の飛散状態評価方法。
<2> 前記アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末の粒子径が0.5μm〜100μmの範囲である<1>に記載の粉末物質の飛散状態評価方法。
<3> 粉末状物質を用いる実験設備又は製造設備内において、前記実験設備又は製造設備内の評価対象領域に、粉末受容用のシートを配置する工程と、
前記実験設備又は製造設備内において、評価対象となる粉末状物質に代えてアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を用いて、評価対象作業を行う工程と、
前記評価対象作業を行った後に粉末受容用のシートを回収し、前記シート表面に付着したアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を回収し、定量分析する工程と、
をこの順で有する<1>又は<2>に記載の粉末状物質の飛散状態評価方法。
<4> 前記アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末の定量分析が、ルシフェラーゼとマグネシウムイオンとの存在下、アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物とルシフェリンとを反応させた結果生じる発光を検出することで行われる<1>〜<3>のいずれか1項に記載の粉末物質の飛散状態評価方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、粉末状物質の飛散状態を、高感度、且つ、短時間で効率よく評価することができ、また携帯できる大きさの測定器で測定することができ、評価対象施設内においても評価が可能な粉末物質の飛散状態評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】アデノシン5’−三リン酸2ナトリウム3水和物による発光値と、アデノシン5’−三リン酸2ナトリウム3水和物濃度との相関をプロットしたグラフである。
【図2】図2(A)は、粉末状物質を製剤化する評価対象となる製造設備において、粉末受容用のシートを配置してなる、粉末状物質を扱う作業を行う前の粉末状物質の飛散状態の一態様を示すモデル図であり、(B)は、評価対象となる製造設備において、粉末状物質を扱う作業を行った後の、粉末状物質の飛散状態の一態様を示すモデル図である。
【図3】アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を用いた粉末落下試験におけるステンレス製粉末受容用シートの配置図と評価結果を示すモデル図である。
【図4】ラクトースを用いた粉末落下試験におけるステンレス製粉末受容用シートの配置図と評価結果を示すモデル図である。
【図5】実験台の上でアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を容器内でかき混ぜた後の飛散状態を測定するための、粉末受容用のシートの配置位置及び周辺空気中のアデノシン5’−三リン酸の量を評価するためのガラスファイバーフィルターの配置位置を示すモデル図であり、(A)は平面図、(B)は側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の粉末状物質の飛散状態評価方法は、飛散をシュミレーションするための代替粉末として、アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を用いることを特徴とする。
以下、本発明の評価方法について、用いる材料及びその工程について順次説明する。
【0010】
<アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末>
本発明の評価方法では、測定対象粉末物質の代替粉末として、アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末(以下、適宜、ATP類粉末と称する)を用いることを特徴とする。
アデノシン5’−三リン酸(以下、適宜、ATPと略称する)は、生態生体内に含まれるヌクレオチドの一種であり、人体には無害の物質である。
本発明におけるアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物には、アデノシン5’−三リン酸(ATP)、ATPの塩、ATP水和物、及び、ATPの塩の水和物などが包含され、アデノシン5’−三リン酸の基本構造を有する、即ち、プリン塩基であるアデニンに糖のリボースがN−グリコシド結合により結合したアデノシンに、リボースの5’−ヒドロキシ基にリン酸エステル結合によりリン酸基が結合し、さらにリン酸がもう2分子連続してリン酸無水結合により結合した構造を有する化合物であれば、特に制限されない。
【0011】
ATP類粉末としては、アデノシン5’−三リン酸(C101613、CAS No.56−65−5)の水溶液を凍結乾燥してなる粉末、アデノシン5’−三リン酸の2つの水素原子がナトリウム(Na)に置き換わったアデノシン5’−三リン酸2ナトリウム塩(C1014Na13、CAS No.987−65−5)の粉末、ATPやATPの塩の水和物、例えば、アデノシン5’−三リン酸2ナトリウム塩に水分子が3個付加した水和物(C1014Na13・3HO)など、水分子がn個ついた水和物(CAS No.51963−61−2)等の粉末が挙げられる。
また、ATPの各種試薬は、市販品として入手可能であり、例えば、関東化学(株)製のアデノシン5`−三リン酸二ナトリウム水和物や、アデノシン5`−三リン酸二ナトリウム三水和物、ナカライテスク(株)製のアデノシン5`−三リン酸二ナトリウムなどが挙げられ、これらの粉末を本発明にそのまま適用することができる。
【0012】
ATPは、微生物などの生体内に必ず含まれることから、食品製造設備や厨房設備などにおいて、装置や器具表面のATPを検出することで、そこに存在する細菌や有機物質の量を検知し、衛生管理に使用することが知られているが、これらの技術は、ATPの有無を検知することで、ATPを含む細菌類の存在や有機物質の残存を検知するものであり、評価指標として、ATP類粉末、例えば、市販されているATP類粉末をそのままシミュレーション用の粉末として使用するという本発明とは、その技術思想が異なるものである。
【0013】
代替粉末の主成分であるATPは柱状の結晶形状を有する粒子であり、製造方法に起因して粒子サイズは、柱状の短径で5μm〜20μm程度、長径で10μmから100μmの範囲でばらつきがある。これをそのまま用いてもよいが、乳鉢等ですりつぶして粉砕して用いてもよい。乳鉢で粉砕し、分級することで平均粒子径が0.5μm程度の小さな粒子を得ることができる。
なお、本発明に用いる際のATP類粉末の粒子径や含水率などは、評価対象の粉末物質の物性に応じて適宜選択すればよい。
製造の容易性、作業性の観点からは、一般的には粉末の粒子径は0.5μm〜100μmの範囲にあることが好ましい。前記市販品のATP類粉末の粒子径が上記範囲にある場合には、市販品粉末をそのまま用いてもよい。
ATP類粉末の粒子径は、常法により測定することができ、本実施形態では、光学顕微鏡(デジタルマイクロスコープ)で粉末を写真撮影し、写真により少なくとも20個の粒子径を測定し、その平均を求めた値を使用している。
【0014】
上記ATP類粉末は、そのまま使用してもよいが、飛散状態を評価対象粉末状物質に類似させる目的で、あるいは使用するATP類の量を少なくする目的で、不活性の増量粉末(例えば、サッカロース(砂糖)、グルコース、ラクトースなど)をATPに添加、混合して用いてもよい。かくして得られた混合粉末を本発明における代替粉末として用いてもよい。この場合、代替粉末総量中のATP類の含有量は、求められる感度にもよるが50質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましい。なお、実用的には、代替粉末中にATP類が0.1質量%以上含まれていれば測定は可能である。
【0015】
ATPを定量分析における定量限界を検知するため、標準水溶液を用いて検量線を作成する。
本実施形態では、まず、アデノシン5’−三リン酸2ナトリウム3水和物の標準水溶液を作成し、その希釈液を用いて、10mg/mLの水溶液を調整し、それを純水で10倍希釈を繰り返し、1ng/mL濃度の水溶液まで作成し、それぞれその水溶液10μLをATP測定器の専用の綿棒に染みこませて、測定器(例えばキッコーマン社製、ルミテスターPD−10N)の使用方法に従い定量した。即ち、ルシフェラーゼとマグネシウムイオンとの存在下、アデノシン5’−三リン酸2ナトリウム3水和物中に含まれるATPとルシフェリンとを反応させることで発光した蛍光値を測定する。各濃度の水溶液で5〜10回測定を繰り返し、測定値(ATPによる発光値)を記録し、ATP濃度と測定値の相関をプロットし、検量線を引く。図1は、このようにして得られた検量線を示すグラフである。
図1に明らかなように、決定係数は0.995と大変高く、0.01ngまで測定可能であることを示している。これらを考慮すると、少なくとも定量限界:0.1ngとした場合でも、正確な定量が可能なことがわかる。なお、従来使用されていたラクトースの定量限界が5ngであることを考慮すれば本発明の評価方法は、測定感度が極めて高いことがわかる。
ATP分析に用いられる装置は小型、軽量であり、測定領域に持参して、採取したサンプルをその場で直ちに測定できるという利点をも有する。なお、本発明の方法に用いうるATP分析装置としては、キッコーマン社製のルミテスターPD−10N、オルガノ東京株式会社製のユニライト NG、住友3M社製のルミノメーター UNG3等が挙げられるが、例えば、キッコーマン社製のATP測定器、ルミテスターPD−10Nのサイズは、縦20cm程度、横8cm程度、厚み5cm程度、重さは350g以下である。
【0016】
以下、設備内における評価方法について、説明する。
まず、評価しようとする実験設備又は製造設備内において、設備内の評価対象領域に、粉末受容用のシートを配置する。図2(A)は、粉末状物質を製剤化する評価対象となる製造設備10において、粉末受容用のシート12を配置してなる、粉末状物質を扱う作業を行う前の粉末状物質の飛散状態の一態様を示すモデル図であり、(B)は、評価対象となる製造設備10において、粉末状物質を扱う作業を行った後の、粉末状物質の飛散状態の一態様を示すモデル図である。
【0017】
製造設備10には、製剤化処理に際して薬剤の秤量を行う処理室秤量ブースあるいは秤量エリア14が備えられ、作業者16は、処理室秤量ブースあるいは秤量エリア14に隣接して設けられた作業室18において作業を行う。また、作業室18に隣接して、粉末状物質が作業者16に付着して製造設備10外へ持ち出されないための前室20が備えられている。作業室18、前室20には、それぞれ飛散した粉末状物質の拡散を防止するための空気流を形成する給気口22A、22Bからエアが室内に供給され、エアは、秤量ブースあるいは秤量エリア14の下方に位置する排気口24に誘導され、排気口24に設置されて、粉末状物質が通過しない大きさの開口部を有するフィルター26により粉末状物質を除去された後、製造設備10の外へと排気される。
【0018】
粉末受容用のシート12としては、付着した粉末状物質の採取が容易であるという観点からは、表面が平滑なシートが好ましく、例えば、ステンレスなどの金属板、金属箔、樹脂板、樹脂シートなどを挙げることができる。評価対象領域の壁や床、装置の表面に使われている材質にあわせて、粉末受容用のシートを選択するのが好ましい。樹脂板や樹脂シートを用いる場合には、静電気的に粉末状物質が吸着するのを抑制するため、帯電防止剤を含有するものや表面に帯電防止加工を施したものが好ましい。
【0019】
粉末受容用のシート12を、評価を行おうとする領域に配置するが、配置方法は任意である。例えば、床に配置する場合には、所定の領域に配置すればよく、必要に応じて裏面に剥離可能な接着層を形成し、床に固定化してもよい。また、壁面など、水平面以外の領域に配置する場合には、接着剤、ビス、枠材などを用いて固定化してもよい。
このようにして評価の準備が行われる。
【0020】
次に、粉末受容用のシート12が固定化された製造設備10内において、評価対象となる粉末状物質に代えてアデノシン5`−三リン酸(ATP)類粉末を用いて、製造設備10内において作業者が、評価の対象となる作業を通常どおり行う。粉末物質の秤量作業や、ある容器から別の容器への移しかえの作業や、粉末物質を篩いにかける作業や、粉末物質を別の粉末物質を混合する作業の評価では、その作業を行う前に粉末受容用のシート12を配置し、作業終了後に回収すればよい。例えば、1日の作業すべてを通じて、粉末物質の飛散を評価する場合には、作業開始前にシートを配置し、作業終了後に回収すればよい。
【0021】
この作業後に粉末受容用のシート12を回収し、シート12表面に付着したATP硫酸塩粉末を回収し、定量分析する。
シート12表面に付着した粉末の回収は常法により行うことができる。例えば、水に湿らせたワイパースワブ(市販品としては、日本製紙クレシア(株)製のキムワイプ、旭化成せんい(株)製のBEMCOT(ベンコット)、Texwipe(テックスワイプ)社製のTX761スワブがある。)、直径が25mm〜47mm程度のグラスファイバー製フィルター、綿棒などにより表面をぬぐってサンプリングしてもよい。なかでも、ATP測定器の専用の綿棒でぬぐってサンプリングすることが好ましい。
【0022】
粉末受容用シート12表面から採取されたサンプルは、反応試薬を一定量の水に溶解して調製されたATP測定器の専用の液体に溶解され、ルシフェラーゼとマグネシウムイオンとの存在下、反応試薬が溶解された液体に溶解したATP類とルシフェリンとを反応させた結果生じる光の発光強度をATP測定器にて測定し、その数値を前記のようにして作成された検量線に当てはめることで、水中に含まれるATP類の定量分析が行われる。
このとき、粉末受容用シート12を複数の領域毎に分割して配置し、それを回収して、それぞれの表面に付着した粉末状物質を定量分析することで、それぞれの領域に存在する粉末状物質の量が検知され、これにより、製造設備10内における作業室18、秤量ブース14、作業室に隣接する前室20それぞれの粉末状物質の飛散状態が評価される。
ここで反応試薬を含む液体の調製に用いられる水は、測定精度の観点から、イオン交換水、純水などであることが好ましいが、前もってATPの含有量を測定し、評価に支障をきたさない程度の不純物含有量であることがわかれば、水道水を用いても構わない。
【0023】
また、製造設備10内の各室内の空気をサンプリングし、そこに含まれた粉末量を分析する作業を同時に行うことも、測定精度向上の観点から好ましい。空気のサンプリングは、評価に用いられる粉末状物質が通過しないサイズの開口部を有するグラスファイバーフィルタを介して吸気することで行い、このグラスファイバーフィルタに付着したATP量を、前記と同様にして定量分析することで室内空気中に飛散している粉末状物質の量が検知される。
本発明の評価方法によれば、従来の、サンプルを専門の分析機関に送付して分析することを要していたラクトースを用いた方法に比較し、短時間で簡易に精度の高い測定が実施される。
【0024】
また、本発明の評価方法により、評価した結果を、製造設備、実験設備の設計や条件設定にフィードバックしてもよい。飛散状態を検知することにより、作業用開口部の面積、設備内のエアの流量や流速、作業室の面積、気密室の面積やドアの気密性などの設計にフィードバックしたり、飛散状態を評価することで作業者の着用する着衣、マスク、ゴーグルなどの仕様を変更したりすることで、より安全で効率のよい作業環境を得ることができる。また、秤量や攪拌における応力、時間、使用する機器による飛散状態の変化を検知することで、安全性の高い製造、実験条件を設計することができる。本発明の飛散状態評価方法は効率よく短時間で精度の高い評価を実施しうるため、その応用範囲は広い。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を、実施例を挙げてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの記載に制限されるものではない。
〔実施例1〕
実験室で実験台から試薬を落とした際に、粉末状物質がどの程度床に飛散するかを本発明の評価方法を用いて測定した。
まず、5cm四方のステンレス板を粉末受容用シート12として用い、図3に示すように、粉末状物質の落下地点となる点から、実験台に向って左右60cmまで、手前150cmまでの地点に、30cm間隔で2枚ずつステンレス板を両面テープにて床面に固定した。
その後、ATP類粉末として、アデノシン5’−三リン酸2ナトリウム3水和物粉末(平均粒子径40μm)0.1gを薬包紙に取り、ATP類粉体を床から90cmの高さから落とし、10分間放置した。
【0026】
その後、ATP定量キット(キッコーマン社製、ルミテスターPD−10N)の専用綿棒を10μlの純水で湿らせた上で、1枚のステンレス板の表面をできるだけよく拭き取り、粉末受容用シート12表面に付着したATP類粉末を回収し、ATP測定器の専用の液体の反応試薬に専用綿棒を入れて発光反応を起こさせて、ATP測定器(ルミテスターPD−10N)で発光強度を測定した。
前記検量線を使用して測定された蛍光値からATP量を求めたところ、各領域でのATP量は図3において、粉末受容用シート12の配置位置毎に示した数値となった。落下地点から右側30cm、60cmの地点では測定限界以上のATP量が測定され、遠くになるにつれてATP量が少なくなっており、落下地点から150cm離れた地点でも4ng程度のATPの飛散が観察された。
1検体の分析に要する時間は、約1分であった。
このことから、短時間で精度の高い評価を行えることがわかる。
【0027】
(比較例1)
評価用の粉末としてラクトース(粒子径63μm)を用いた他は、実施例1と同様にして粉末飛散状態の評価を行った。ただし、ラクトースの分析には高価な高速液体クロマトグラフィー装置を必要とし、時間とコストが掛かるため、本比較例では、粉末受容用シートとしての5cm四方のステンレス板を、実験台に向かって右方向に、落下地点から60cm離して2枚を配置し、手前に落下地点から30cm、90cm、150cmのように、配置間隔を実施例1では30cmであったところを60cmとして2枚ずつ配置した。
なお、ラクトースの拭き取りは、ラクトースが検出されないことを確認した市販の綿棒を10μlの純水で湿らせた上で、1枚のステンレス板の表面をできるだけよく拭き取り、採取した。得られたラクトースサンプルは、高速液体クロマトグラフィーを用いた方法により定量した。
各領域でのラクトース量は図4において、粉末受容用シート12の配置位置毎に示した数値となった。その結果、落下地点から右側60cmでは1000ng以上、手前30cmの地点では100ng程度のラクトース量が測定され、落下地点から手前90cm、手前150cmの地点では検出限界以下の20ngであり、遠くになるにつれてラクトース量が少なくなっており、ATPによる評価結果とほぼ一致していた。ただしラクトースの測定限界は、20ngであったため、ATPに比べて、実験台手前90cmより離れた地点では飛散状況の評価ができなかった。
1検体の分析に要する時間は、約10分であった。
【0028】
実施例1の結果より、本発明の評価法により、ラクトースを用いた場合と同様に、粉末飛散状態が検知しうることがわかる。また、実施例1と比較例1との対比により、本発明の評価方法によれば、従来のラクトースを用いた方法に対し、短時間で精度の高い評価を行えることがわかる。
【0029】
〔実施例2〕
実験室の台の上で、ガラス容器内で粉末状物質を混ぜ合わせたときに、どの程度周辺に飛散するかを本発明の評価方法を用いて測定した。
30cm四方の広さで高さ60cmの実験台30の上で、台の中央の位置で、200ml容積のガラス製ビーカー32の中にアデノシン5’−三リン酸2ナトリウム3水和物粉末(平均粒子径40μm)1gを入れて、ステンレス製の薬さじでかき集める動作、及び、ATPの粉体をガラス製ビーカー32のふちの高さまで薬さじですくい上げては落とす動作を2分間繰り返した。前もって、5cm四方のステンレス板12A。12B、12C、12Dを台の4箇所の隅(台の中心から約20cm)に置き、さらに同じサイズにステンレス板12E、12F、12G、12Hを台の真下の4箇所(台の中心から約25cm)に置いた、また、ガラスファイバー製フィルターを装着したフィルターホルダー34A、34B、34C、34Dをポンプに接続し、フィルターホルダーの位置が実験台30と同じ高さになるようにして台の中心から約40cmの位置に三脚に付けて設置し、さらに、同じようにポンプに接続したフィルターホルダー34E、34F、34G、34Hを、床面の少し上の位置にフィルターホルダーがくるようにして台の中心から約40cmの位置に設置した。図5(A)は、実験台30,ビーカー32、粉末受容用シートとしてのステンレス板12A〜12H、空気中のATP類粉末を回収するためのポンプに接続したフィルターホルダー34A〜34Hの配置位置をしめす平面図であり、図5(B)はその側面図である。
【0030】
フィルターホルダー34A〜34Hに接続したポンプを毎分1リットルの吸引量でATP類粉末のかき混ぜ作業開始から10分間作動させて空気中を漂ったATP類粉末をフィルターに捕集し、純水2mlを入れたガラス製試験管にATPを捕集したフィルターを入れて1分間攪拌してATPを溶出させて、溶出液200μlをATP定量キット(キッコーマン社製、ルミテスターPD−10N)の専用綿棒にしみこませてATP測定器の専用の液体の反応試薬に専用綿棒を入れて発光反応を起こさせて、ATP測定器(ルミテスターPD−10N)でATP量を測定した。ATPの付着したステンレス板12A〜12HのATP類粉末回収については実施例1と同様に行い、そこに付着したATP量を測定した。
ステンレス板12A〜12H上で捕集されたATP量及びフィルター34A〜34Hで捕集した空気10リットル中のATP量を下記表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
表1の結果より、実験台30の上では、測定上限を超えて、430ng/25cm以上のATPが検出され、床からも100ngを超えるATPが検出された。また、周辺空気から10ng/10リットル以上のATPが検出された。
【0033】
〔実施例3〕
実施例2において行った、「ATP類粉末(平均粒子径40μm)1gを入れて、ステンレス製の薬さじでかき集める動作、及び、ATPの粉体をガラス製ビーカー32のふちの高さまで薬さじですくい上げては落とす動作を2分間繰り返す」動作を1分間繰り返す作業に代えた他は、実施例2と同様にして測定を行った。
ステンレス板12A〜12H上で捕集されたATP量及びフィルター34A〜34Hで捕集した空気10リットル中のATP量を下記表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表2の結果より、実施例3では、実施例2に比べて、ステンレス板上で捕集されたATP量も、フィルターで捕集されたATP量も少なくなっており、かき集める動作を行う時間が短くなったことで、飛散したATP量が少なくなったことが明らかとなった。
【0036】
実施例2と実施例3の結果より、本発明の評価法により、粉末飛散状態が容易に検知しうることがわかる。また、両者の対比により、本発明の評価方法によれば、作業時間による粉末の飛散状態の変化が容易に測定され、このため、実験や製造などの作業手順の策定にも本発明の測定方法が有用であることがわかる。
【符号の説明】
【0037】
10 製造装置(評価対象設備)
12 粉末受容用シート
14 処理室(秤量ブース、秤量エリア)
16 作業室
18 前室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を使用する粉末物質の飛散状態評価方法。
【請求項2】
前記アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末の粒子径が0.5μm〜100μmの範囲にある請求項1に記載の粉末物質の飛散状態評価方法。
【請求項3】
粉末状物質を用いる実験設備又は製造設備内において、前記実験設備又は製造設備内の評価対象領域に、粉末受容用のシートを配置する工程と、
前記実験設備又は製造設備内において、評価対象となる粉末状物質に代えてアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を用いて、評価対象作業を行う工程と、
前記評価対象作業を行った後に粉末受容用のシートを回収し、前記シート表面に付着したアデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末を回収し、定量分析する工程と、 をこの順で有する請求項1又は請求項2に記載の粉末状物質の飛散状態評価方法。
【請求項4】
前記アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物の粉末の定量分析が、ルシフェラーゼとマグネシウムイオンとの存在下、アデノシン5’−三リン酸及びその誘導体からなる群より選択される化合物とルシフェリンとを反応させた結果生じる発光を検出することで行われる請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の粉末状物質の飛散状態評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−276468(P2010−276468A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129139(P2009−129139)
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(000003621)株式会社竹中工務店 (1,669)
【Fターム(参考)】