説明

粒子線治療システム

【課題】スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも、安価な粒子線治療システムを提供することにある。
【解決手段】粒子線治療システム100は、シンクロトロン200と、ビーム輸送系300と、照射装置500から構成される。制御装置600は、照射装置500に荷電粒子ビームを供給する際に、出射装置26に印加する高周波電磁場をONし、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際に、出射装置に印加する高周波電磁場をOFFするとともに、ビーム輸送系300あるいはシンクロトロン200に設置した電磁石で荷電粒子ビームの供給を遮断し、さらに、出射装置26に印加する高周波電磁場のONからOFFに同期して、加速空胴25に印加する高周波加速電圧をONからOFFにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高精度な治療照射が可能な粒子線治療システムに係り、特に、スポットスキャニング照射法を用いるに好適な粒子線治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の高齢化社会を反映し、がん治療法の一つとして、低侵襲で体に負担が少なく、治療後の生活の質が高く維持できる放射線治療が注目されている。その中でも、加速器で加速した陽子や炭素などの荷電粒子ビームを用いた粒子線治療システムが、患部への優れた線量集中性のため特に有望視されている。粒子線治療システムは、イオン源で発生したビームを光速近くまで加速するシンクロトロンなどの加速器と、加速器の出射ビームを輸送するビーム輸送系と、患部の位置や形状に合わせてビームを患者に照射する照射装置から構成される(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
ところで、粒子線治療システムの照射装置では、従来、患部の形状に合わせてビームを照射する際、散乱体でビーム径を拡大したのちコリメータで周辺部を削ってビームを整形していた。ところが、その方法ではビーム利用効率が悪く、不必要な中性子が発生し易いこと、また患部形状との一致度にも限界がある。そこで最近、より高精度な照射方法として、加速器からの細径ビームを電磁石で偏向し患部形状に合わせて走査するスキャニング照射法の市場ニーズが高まっている。
【0004】
スキャニング照射法では、3次元的な患部形状を深さ方向の複数の層に分割し、各層を更に2次元的に分割して複数の照射スポットを設定する。深さ方向には照射ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射し、各層内では電磁石で照射ビームを2次元的に走査して各照射スポットに所定の線量を与える。照射スポット間を移動中に照射ビームを連続的にONし続ける方法をラスタースキャニングと称し、一方、移動中に照射ビームをOFFする方法をスポットスキャニングと称する。スポットスキャニング法については、例えば、特許文献2に開示されている。
【0005】
従来のスポットスキャニング法では、ビーム走査を停止した状態で各照射スポットに所定の線量を照射し、照射ビームをOFFしてから走査電磁石の励磁量を変更して次の照射スポットに移動する。したがって、スポットスキャニング法で高精度な治療照射を実現するためには、照射ビームの位置精度とともに高速ON/OFFが必須である。
【0006】
照射ビームの位置精度の観点から、シンクロトロンからのビーム出射法として、高周波で周回ビームのサイズを増大させて、安定限界を超えた振幅の大きい粒子から出射するものが知られている(例えば、特許文献3参照)。この方法では、シンクロトロンの出射関連機器の運転パラメータを出射中に一定に設定できるため、出射ビームの軌道安定度が高く、スポットスキャニング法に要求される照射ビームの高い位置精度を達成できる。
【0007】
しかし、各スポットの照射終了時に出射用高周波をOFFしても、出射ビームが遮断されるまでには時間がかかるため、この遅延時間中の照射(遅延照射)が生じる。この遅延照射量は、一般には、スポットスキャニング法では許容できないものである。そこで、ビーム輸送系に設置した遮断用電磁石を高速ON/OFFして、シンクロトロンの出射ビームが照射スポット間で照射装置に到達しないように制御している。なお、シンクロトロンの四極電磁石を高速ON/OFFして、出射ビームを照射スポット間で遮断する方法も知られている(例えば、特許文献4参照)。
【0008】
一方、非特許文献1には特許文献3のビーム出射法を用いた場合に、各スポットの照射終了時の遅延照射量を低減する方法として、出射用高周波のOFFと同期してシンクロトロンの高周波加速電圧をOFFする運転が開示されている。しかしながら、その方法ではOFF直後の遅延照射量は確かに低減できるが、その後の照射スポット間での微小な出射ビームによる漏れ照射量が問題である。特に照射スポットが離れた位置にある場合の遠隔スポット照射時には、走査電磁石の励磁量変更中に照射スポット間の移動経路において、比較的大きな漏れ照射量が生じうる。また、遠隔スポット照射時にはスポット間で高周波加速電圧がOFFになる時間が長くなるため、シンクロトロンの周回ビームが不安定化して照射ビームの質が低下するという第2の問題もあった。
【0009】
【特許文献1】特許2833602号公報
【特許文献2】特許3874766号公報
【特許文献3】特許2596292号公報
【特許文献4】特開2005−332794号公報
【非特許文献1】”Fast beam cut-off method in RF-knockout extraction for spot-scanning”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A489 (2002) 59-67.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献3や特許文献4記載の方法では、出射ビームを高速ON/OFFする電磁石と電源が必要となり、システムが高価になるという第1の問題があった。
【0011】
また、非特許文献1記載の方法では、OFF直後の遅延照射量は確かに低減できるが、その後の照射スポット間での微小な出射ビームによる漏れ照射量が問題である。特に照射スポットが離れた位置にある場合の遠隔スポット照射時には、走査電磁石の励磁量変更中に照射スポット間の移動経路において、比較的大きな漏れ照射量が生じうる。また、遠隔スポット照射時にはスポット間で高周波加速電圧がOFFになる時間が長くなるため、シンクロトロンの周回ビームが不安定化して照射ビームの質が低下するという第2の問題もあった。
【0012】
本発明の第1の目的は、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも、安価な粒子線治療システムを提供することにある。
【0013】
また、本発明の第2の目的は、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも、安価な粒子線治療システムが得られるとともに、照射スポットが離れた位置にある遠隔スポット照射において、照射ビームの質を向上して、遠隔スポットによる治療が可能な粒子線治療システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(1)上記第1の目的を達成するために、本発明は、加速空胴に印加した高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し、出射装置に印加した高周波電磁場で安定限界を超えさせて荷電粒子ビームを出射するシンクロトロンと、前記シンクロトロンから出射された荷電粒子ビームを治療室まで導くビーム輸送系と、前記治療室で患者の患部形状に合わせて荷電粒子ビームを照射する照射装置から構成される粒子線治療システムであって、前記照射装置に荷電粒子ビームを供給する際に、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場をONし、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際に、出射装置に印加する高周波電磁場をOFFするとともに、前記ビーム輸送系あるいは前記シンクロトロンに設置した電磁石で荷電粒子ビームの供給を遮断し、さらに、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場のONからOFFに同期して、前記加速空胴に印加する高周波加速電圧をONからOFFにする制御装置を備えるようにしたものである。
かかる構成により、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも、安価な粒子線治療システムを得られるものとなる。
【0015】
(2)上記(1)において、好ましくは、前記照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断するために前記ビーム輸送系に設置した電磁石は、2極磁場を発生する偏向電磁石である。
【0016】
(3)上記(1)において、好ましくは、前記照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断するために前記シンクロトロンに設置した電磁石は、4極磁場を発生する収束あるいは発散型電磁石である。
【0017】
(4)上記第2の目的を達成するために、本発明は、加速空胴に印加した高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し、出射装置に印加した高周波電磁場で安定限界を超えさせて荷電粒子ビームを出射するシンクロトロンと、前記シンクロトロンから出射された荷電粒子ビームを治療室まで導くビーム輸送系と、前記治療室で患者の患部形状に合わせて荷電粒子ビームを照射する照射装置から構成される粒子線治療システムであって、前記照射装置に荷電粒子ビームを供給する際に、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場をONし、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際に、出射装置に印加する高周波電磁場をOFFするとともに、前記ビーム輸送系あるいは前記シンクロトロンに設置した電磁石で荷電粒子ビームの供給を遮断し、さらに、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場のONからOFFに同期して、前記加速空胴に印加する高周波加速電圧をONからOFFにするとともに、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場がOFFの期間中に前記加速空胴に印加する高周波加速電圧を少なくとも1回ONする制御装置を備えるようにしたものである。
かかる構成により、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも、安価な粒子線治療システムが得られるとともに、照射スポットが離れた位置にある遠隔スポット照射において、照射ビームの質を向上して、遠隔スポットによる治療が可能となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも、安価なシステムを得ることができる。
【0019】
また、本発明によれば、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも、安価なシステムが得られるとともに、照射スポットが離れた位置にある遠隔スポット照射において、照射ビームの質を向上して、遠隔スポットによる治療が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図1〜図5を用いて、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムの構成及び動作について説明する。
最初に、図1〜図3を用いて、本実施形態による粒子線治療システムの全体構成及び粒子線ビームの照射原理について説明する。
図1は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【0021】
粒子線治療システム100は、ライナックのような前段加速器11で予備加速した荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速したのち出射するシンクロトロン200と、シンクロトロンから出射された荷電粒子ビームを治療室400まで導くビーム輸送系300と、治療室400で患者41の患部形状に合わせて荷電粒子ビームを照射する照射装置500と、制御装置600とから構成される。
【0022】
シンクロトロン200は、前段加速器11で予備加速した荷電粒子ビームを入射する入射装置24と、荷電粒子ビームを偏向し一定の軌道上を周回させる偏向電磁石21と、荷電粒子ビームが広がらないように水平/垂直方向に収束力を与える収束/発散型の四極電磁石22と、四極電磁石22の電源22Aと、高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速する加速空胴25と、加速空胴25に高周波加速電圧を供給する電源25Aと、周回する荷電粒子ビームの振動振幅に対して安定限界を形成する六極電磁石23と、高周波電磁場で荷電粒子ビームの振動振幅を増大し安定限界を超えさせて外部に取り出す出射装置26と、出射装置26に出射用高周波電力を供給する電源26Aと、荷電粒子ビームを出射するために偏向する出射偏向装置27とから構成される。
【0023】
ここで、図2を用いて、本実施形態による粒子線治療システムにおけるシンクロトロンからの荷電粒子ビームの出射方法について説明する。
図2は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムにおけるシンクロトロンからの荷電粒子ビームの出射方法の説明図である。
【0024】
図2は、シンクロトロンを周回する荷電粒子ビームの状態を、出射に関係する水平方向の位相空間内に示したものである。横軸は設計軌道からのずれ(位置P)で、縦軸は設計軌道に対する傾き(角度θ)である。図2(A)は、出射開始前の水平方向の位相空間を示している。図2(B)は、出射開始後の水平方向の位相空間を示している。
【0025】
図2(A)に示すように、荷電粒子ビームを構成する各粒子は、設計軌道を中心にして水平/垂直方向に振動しながら、周回ビームBMとして周回する。ここで、図1に示した六極電磁石23を励磁することで、位相空間内に三角形状の安定領域SAが形成される。安定領域内の粒子はシンクロトロン内を安定に周回し続ける。
【0026】
このとき、図1に示した出射装置26に出射用高周波を印加すると、図2(B)に示すように、周回ビームBMの振幅が増大する。そして、安定領域SAの外に出た粒子は、出射ブランチEBに沿って急激に振動振幅が増大し、最終的に出射偏向装置27の開口部OPに飛び込んで、出射ビームBとして、シンクロトロンから取り出される。
【0027】
安定領域の大きさは四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量で決まる。図2(A)は出射開始前の、図2(B)は出射開始後の位相空間を示す。安定領域の大きさを出射開始前の荷電粒子ビームのエミッタンス(位相空間で占める面積)より大きめに設定する。出射開始とともに出射用の高周波電磁場を印加して荷電粒子ビームのエミッタンスを大きくし(粒子の振動振幅を増大させ)、安定限界を超えた粒子から出射する。この状態で出射用の高周波電磁場をON/OFFすることで、出射ビームのON/OFFが制御できる。この出射方法の特長は、出射中に電磁石励磁量が一定で安定領域や出射ブランチが不変なので、出射ビームの位置やサイズが安定でありスキャニング法に好適な照射ビームが得られることである。
【0028】
再び、図1において、ビーム輸送系300は、シンクロトロンの出射ビームを磁場で偏向して所定の設計軌道に沿って治療室400に導く偏向電磁石31と、輸送中に荷電粒子ビームが広がらないように水平/垂直方向に収束力を与える収束/発散型の四極電磁石32と、治療室内の照射装置500への荷電粒子ビームの供給をON/OFFするビーム遮断用電磁石33と、ビーム遮断用電磁石33の電源33Aと、ビーム遮断用電磁石33で除去したビーム成分を廃棄するビームダンプ34から構成される。
【0029】
なお、ビーム遮断用電磁石33としては、励磁した際の2極磁場で不要ビーム成分を偏向してビームダンプ34で廃棄する方法と、励磁した際の2極磁場で偏向したビーム成分のみ照射装置500に供給する方法がある。前者はビーム輸送系の調整が簡単であり、後者は機器の異常時に照射装置への荷電粒子ビームの供給が遮断されるので安全性が高い。
【0030】
照射装置500は、走査電磁石の電源500Aを備えている。
【0031】
ここで、図3を用いて、本実施形態による粒子線治療システムに用いる照射装置500の構成について説明する。
図3は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムに用いる照射装置の構成を示す正面図である。
【0032】
照射装置500は、ビーム輸送系300で導かれた荷電粒子ビームを水平及び垂直方向に偏向し患部42の断面形状に合わせて2次元的に走査する走査電磁石51と、走査電磁石51の電源500Aと、荷電粒子ビームの位置、サイズ(形状)、線量を監視する各種ビームモニタ52a,52bから構成される。
【0033】
ここで、図3(A),(B)により、スポットスキャニング法について説明する。図3(B)は、照射ビームを上流側から見た説明図である。
【0034】
図3(A)に示すように、患者41の患部42に対して、その患部形状を3次元的な深さ方向の複数の層に分割し、各層を更に2次元的に分割して複数の照射スポットを設定する。深さ方向にはシンクロトロンの出射ビームのエネルギー変更などで照射ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射する。各層内では、図3(B)に示すように、走査電磁石で照射ビームを2次元的に走査して各照射スポットSPに所定の線量を与える。1つの照射スポットSPの線量が満了すると照射ビームを高速で遮断したのち、照射ビームをOFFした状態で次の照射スポットに移動し、同様に照射を進めていくことにより、スポットスキャニングを行える。
【0035】
次に、図4を用いて、本実施形態による粒子線治療システムによるスポットスキャニング法の第1の例の動作について説明する。
図4は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムによるスポットスキャニング法の第1の例の動作を示すタイミングチャートである。
【0036】
図4において、横軸は時間tを示している。図4(A)の縦軸は、制御装置600から走査電磁石51の電源500Aに供給される走査指令信号に応じて、電源500Aから走査電磁石51に供給される走査電磁石電流を示している。図4(B)の縦軸は、制御装置600から出射装置26の電源26Aに供給される出射用高周波制御信号に応じて、電源26Aから出射装置26に供給される出射用高周波電力を示している。図4(C)の縦軸は、制御装置600から、加速空胴25の電源25Aに供給される高周波加速電圧制御信号に応じて、電源25Aから加速空胴25に供給される高周波加速電圧を示している。図4(D)の縦軸は、シンクロトロン200からビーム輸送系300に出射する出射ビームを示している。図4(E)の縦軸は、制御装置600からビーム遮断用電磁石33の電源33Aに供給されるビーム遮断制御信号に応じて、ビーム遮断用電磁石33のON/OFF状態を示している。図4(F)の縦軸は、照射装置500から照射される照射ビームのON/OFF状態を示している。照射ビームがONのとき、スポットS1,S2,S3,S4が形成される。
【0037】
また、図4(C),(D),(E)において、破線は従来のスポットスキャニング法の動作を示している。
【0038】
図4(A)に示すように、電源500Aから走査電磁石51に供給される走査電磁石電流を増加させることで、照射ビームの照射位置を走査し、電源500Aから走査電磁石51に供給される走査電磁石電流を一定とすることで、照射ビームの照射位置を一定とできる。そして、スポットスキャニング法では、図4(A),(F)に示すように、ビーム走査を停止した状態で各照射スポットS1,S2,S3に所定の線量を照射し、照射ビームをOFFしてから走査電磁石の励磁量を変更して次の照射スポットに移動する。
【0039】
照射装置に荷電粒子ビームを供給するスポット照射時には、図4(B)に示すように、出射装置に印加する高周波電磁場をONし、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断するスポット間移動時には出射装置に印加する高周波電磁場をOFFする。照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際には、同時に、図4(E)に示すように、ビーム輸送系に設置したビーム遮断用電磁石で荷電粒子ビームの供給を遮断する。
【0040】
ここで、図4(C)により、電源25Aから加速空胴25に供給される高周波加速電圧について見ると、従来は、破線で示すように、高周波加速電圧は一定である。このとき、図4(B)に示すように、出射用高周波をONからOFFにしても、出射ビームが遮断されるまでは時間がかかり、図4(D)に破線で示すように、遮断遅延による漏れLが生じる。そのため、図4(E)に破線で示すように、ビーム輸送系に設置した遮断用電磁石を高速にON/OFFして、シンクロトロンの出射ビームが照射スポット間で照射装置に到達しないように制御している。図4(E)に破線で示すように、ビーム遮断用電磁石により発生する磁場を、ステップ的に立ち上がり/立ち下がりさせ、高速にON/OFFさせるには、高価な電磁石と電源が必要となる。
【0041】
それに対して、本実施形態では、図4(C)に実線で示すように、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際に高周波加速電圧をOFFしている。すなわち、出射装置に印加する高周波電磁場のONからOFFに同期して、加速空胴に印加する高周波加速電圧をONからOFFにする。これにより、シンクロトロンを周回する荷電粒子ビームのエネルギー振動現象が抑制され、それが原因で遮断直後に安定限界を超えて出射される荷電粒子ビームによる遅延照射量が低減できる。そのため、図4(E)に実線で示すように、ビーム遮断用電磁石の電源として、低速でON/OFF動作するものを用いたとしても、照射スポット間での微小な出射ビーム(例えば、シンクロトロンを周回する荷電粒子ビームが残留ガスと衝突して安定限界を超え出射される)による漏れ照射量は抑制できる。低速ON/OFF動作の電磁石は、高速ON/OFF動作の電磁石に比べて遙かに安価なものを用いることができる。
【0042】
したがって、スポットスキャニング法に好適な照射ビームを低コストで実現できる。
【0043】
次に、図5を用いて、本実施形態による粒子線治療システムによるスポットスキャニング法の第2の例の動作について説明する。
図5は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムによるスポットスキャニング法の第2の例の動作を示すタイミングチャートである。
【0044】
図5において、横軸は時間tを示している。図5(A),(B),(C),(D),(F)の縦軸は、図4(A),(B),(C),(D),(F)の縦軸と同じである。図5(F)は、ビーム遮断用電磁石として、図1の四極電磁石22を用い、制御装置600から四極電磁石22の電源22Aに供給されるビーム遮断制御信号に応じて、ビーム遮断用電磁石である四極電磁石22のON/OFF状態を示している。
【0045】
図4に示した例では、ビーム遮断用電磁石として、2極磁場を発生する偏向電磁石をビーム輸送系に設置した場合を説明したが、シンクロトロンに設置した4極磁場を発生する収束/発散型の四極電磁石22を用いることもできる。
【0046】
前述の通り、安定限界がシンクロトロンの四極電磁石22の励磁量で変化するため、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際には、図5(F)に示すように、四極電磁石22で安定限界を大きくして荷電粒子ビームの出射を遮断し、さらに、図5(C)に示すように、加速空胴に印加する高周波加速電圧をOFFする。
【0047】
この場合も、ビーム遮断用電磁石としての四極電磁石とその励磁電源の動作を高速化しなくとも済み、スポットスキャニング法に好適な照射ビームを低コストで実現できる。なお、ビーム遮断用電磁石として、ビーム輸送系の偏向電磁石とシンクロトロンの四極電磁石を併用し、システムの信頼性を向上することもできる。
【0048】
なお、四極電磁石22は、図1に示したように、シンクロトロン100に4個備えられている。図1に示した例では、1個の四極電磁石22の電源22Aを、制御装置600により制御しているが、4個の四極電磁石22を同時に制御するようにしてもよいものである。
【0049】
以上説明したように、本実施形態によれば、シンクロトロンの出射ビームをON/OFFする電磁石と電源の動作の高速化を必要としないので、システムを低コスト化できる。
【0050】
次に、図1及び図6を用いて、本発明の第2の実施形態による粒子線治療システムの構成及び動作について説明する。本実施形態は、遠隔スポット照射が可能なスポットスキャニング法を用いるものである。なお、本実施形態による粒子線治療システムの全体構成は、図1に示したものと同様である。
図6は、本発明の第2の実施形態による粒子線治療システムによる遠隔スポット照射が可能なスポットスキャニング法の動作を示すタイミングチャートである。
【0051】
図6において、横軸は時間tを示している。図6(A)〜(F)の縦軸は、図4(A)〜(F)の縦軸と同じである。
【0052】
図4の例と同様に、照射装置に荷電粒子ビームを供給するスポット照射時には、図6(B)に示すように、出射装置に印加する高周波電磁場をONする。照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断するスポット間移動時には、図6(B)に示すように、出射装置に印加する高周波電磁場をOFFする。一方、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際には、同時に、図6(E)に示すように、ビーム輸送系に設置したビーム遮断用電磁石で荷電粒子ビームの供給を遮断し、さらに、図6(C)に示すように、加速空胴に印加する高周波加速電圧を一度OFFした後、スポット間移動時にON/OFFを繰り返す。ここで、図6(B)に示す高周波電磁場をON/OFFするときのON時間をT1とすると、出射用の高周波電磁場がOFFの期間において、高周波加速電圧を、ON時間がT1で、OFF時間がT1となるように繰り返すのが好ましい。ただし、ON/OFFの回数が1回であっても、周回ビームの安定化には効果があるものである。
【0053】
すなわち、出射装置に印加する高周波電磁場のONからOFFに同期して、加速空胴に印加する高周波加速電圧をONからOFFにすることで、シンクロトロンを周回する荷電粒子ビームのエネルギー振動現象が抑制され、それが原因で遮断直後に安定限界を超えて出射される荷電粒子ビームによる遅延照射量が低減できる。そのため、ビーム遮断用電磁石の電源として、低速でON/OFF動作するものを用いたとしても、照射スポット間での微小な出射ビーム(例えば、シンクロトロンを周回する荷電粒子ビームが残留ガスと衝突して安定限界を超え出射される)による漏れ照射量は抑制できる。
【0054】
さらに、出射装置に印加する高周波電磁場がOFFの期間中に加速空胴に印加する高周波加速電圧を少なくとも1回ONすることで、周回ビームを安定化できる。
【0055】
遠隔スポット照射時に問題となる照射スポット間の移動経路における漏れ照射量は、図6(E)に示すように、ビーム遮断用電磁石の励磁電源をONすることで抑制できる。また、遠隔スポット照射時にシンクロトロンの周回ビームが不安定化して照射ビームの質が低下する問題は、図6(C)に示すように、スポット間(ビーム遮断期間中)に高周波加速電圧のON/OFFを繰り返し、周回ビームのエネルギー損失を補いながら適度に運動量分散を増加させることで回避できる。スポット間(ビーム遮断期間中)に高周波加速電圧のON/OFFを繰り返えすことで、照射ビームの質を向上することができる。
【0056】
したがって、照射スポットが離れた位置にある遠隔スポット照射時にも、照射ビームを安定化できるとともに不要な線量投与を回避できるので、複雑な患部形状に対応した遠隔スポット照射による治療が高精度で実現できる。
【0057】
なお、本実施形態でも、ビーム遮断用電磁石として2極磁場を発生する偏向電磁石をビーム輸送系に設置した場合を説明したが、図5の例で説明したように、シンクロトロンに設置した4極磁場を発生する収束/発散型の四極電磁石を用いることもできる。また、ビーム遮断用電磁石として、ビーム輸送系の偏向電磁石とシンクロトロンの四極電磁石を併用し、システムの信頼性を向上することもできる。
【0058】
以上説明したように、本実施形態によれば、シンクロトロンの出射ビームをON/OFFする電磁石と電源の動作の高速化を必要としないので、システムを低コスト化できる。
【0059】
また、照射スポットが離れた位置にある遠隔スポット照射時にも、照射ビームを安定化できるとともに不要な線量投与を回避できるので、複雑な患部形状に対応した治療照射が高精度で実現できる。
【0060】
本発明は、がん治療等を目的とした粒子線治療システム以外に、シンクロトロンで加速した高エネルギーの荷電粒子ビームを、高精度に且つ所望の強度分布でターゲットに照射する必要性のある物理研究にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【図2】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムにおけるシンクロトロンからの荷電粒子ビームの出射方法の説明図である。
【図3】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムに用いる照射装置の構成を示す正面図である。
【図4】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムによるスポットスキャニング法の第1の例の動作を示すタイミングチャートである。
【図5】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムによるスポットスキャニング法の第2の例の動作を示すタイミングチャートである。
【図6】本発明の第2の実施形態による粒子線治療システムによる遠隔スポット照射が可能なスポットスキャニング法の動作を示すタイミングチャートである。
【符号の説明】
【0062】
11…前段加速器
21…偏向電磁石(シンクロトロン)
22…収束/発散型四極電磁石(シンクロトロン)
22A,25A,26A,33A,500A…電源
23…六極電磁石
24…入射装置
25…加速空胴
26…出射装置
27…出射偏向装置
31…偏向電磁石(ビーム輸送系)
32…収束/発散型四極電磁石(ビーム輸送系)
33…ビーム遮断用電磁石(ビーム輸送系)
34…ビームダンプ
41…患者
42…患部
51…走査電磁石
52…ビームモニタ
100…粒子線治療システム
200…シンクロトロン
300…ビーム輸送系
400…治療室
500…照射装置
600…制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速空胴に印加した高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し、出射装置に印加した高周波電磁場で安定限界を超えさせて荷電粒子ビームを出射するシンクロトロンと、
前記シンクロトロンから出射された荷電粒子ビームを治療室まで導くビーム輸送系と、
前記治療室で患者の患部形状に合わせて荷電粒子ビームを照射する照射装置から構成される粒子線治療システムであって、
前記照射装置に荷電粒子ビームを供給する際に、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場をONし、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際に、出射装置に印加する高周波電磁場をOFFするとともに、前記ビーム輸送系あるいは前記シンクロトロンに設置した電磁石で荷電粒子ビームの供給を遮断し、さらに、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場のONからOFFに同期して、前記加速空胴に印加する高周波加速電圧をONからOFFにする制御装置を備えることを特徴とする粒子線治療システム。
【請求項2】
請求項1記載の粒子線治療システムにおいて、
前記照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断するために前記ビーム輸送系に設置した電磁石は、2極磁場を発生する偏向電磁石であることを特徴とする粒子線治療システム。
【請求項3】
請求項1記載の粒子線治療システムにおいて、
前記照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断するために前記シンクロトロンに設置した電磁石は、4極磁場を発生する収束あるいは発散型電磁石であることを特徴とする粒子線治療システム。
【請求項4】
加速空胴に印加した高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し、出射装置に印加した高周波電磁場で安定限界を超えさせて荷電粒子ビームを出射するシンクロトロンと、
前記シンクロトロンから出射された荷電粒子ビームを治療室まで導くビーム輸送系と、
前記治療室で患者の患部形状に合わせて荷電粒子ビームを照射する照射装置から構成される粒子線治療システムであって、
前記照射装置に荷電粒子ビームを供給する際に、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場をONし、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断する際に、出射装置に印加する高周波電磁場をOFFするとともに、前記ビーム輸送系あるいは前記シンクロトロンに設置した電磁石で荷電粒子ビームの供給を遮断し、さらに、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場のONからOFFに同期して、前記加速空胴に印加する高周波加速電圧をONからOFFにするとともに、前記出射装置に印加する前記高周波電磁場がOFFの期間中に前記加速空胴に印加する高周波加速電圧を少なくとも1回ONする制御装置を備えることを特徴とする粒子線治療システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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