説明

粒子線照射ノズル、およびそれを備えた粒子線治療装置

【課題】チェンバの亀裂が生じ難く、粒子線を高速に移動できる粒子線照射ノズルを提供する。
【解決手段】入射した粒子線を、この粒子線の進行方向と垂直な方向に走査する走査電磁石と、この走査電磁石に囲まれ、内部に上記粒子線を通過させるビーム輸送チェンバを備えた粒子線照射ノズルにおいて、ビーム輸送チェンバは、非磁性材料のフランジ部を有し、このフランジ部と同一材料で一体的に形成されたチェンバ本体と、当該ビーム輸送チェンバから粒子線を照射対象の方向に取り出すための、金属フランジに取り付けられた隔離窓と、チェンバ本体のフランジ部と隔離窓の金属フランジとを接続する金属製の隔離窓接続部材とを備えるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、粒子線を照射するための粒子線照射ノズル、および粒子線治療装置に係わる。特に、陽子及び炭素イオン等の粒子線を用いてスキャニング照射方式により患部を治療するための粒子線照射ノズルに関する。
【背景技術】
【0002】
癌などの患者の患部に陽子等の粒子線を照射する治療方法が知られている。この治療方法に用いる装置(粒子線治療装置)は、粒子線発生装置、ビーム輸送系及び照射装置を備え、照射装置は治療室に設置される。照射装置が回転式の場合、治療室には回転ガントリに取り付けられた照射装置を有している。粒子線発生装置である加速器で加速された粒子線は、ビーム輸送系を経て治療室にある照射装置に達し、粒子線照射ノズルから患者の患部に照射される。
【0003】
粒子線照射ノズル(以下、単に照射ノズルとも称する)は、粒子線発生装置からの粒子線を、照射目標である患部の立体形状に合わせて照射する装置であり、2組の走査電磁石を用いて粒子線を走査する方式が知られている。
【0004】
粒子線を走査する方式には大別して2通りある。一つは、ビーム輸送系を経て照射ノズルに達する、一般に直径が数mmから十数mm程度ある粒子線の径(ビームサイズ)を患部以上に拡大し、患部外部分の粒子線をコリメータ等により削除したのち患部へ照射する方法(ワブラ方式)である。ワブラ方式は、散乱体により拡大されたビームサイズを、さらに正弦波の交流励磁電流が与えられる2台の走査電磁石(ワブラ電磁石)によって円形に走査することにより患部の大きさ以上に拡大する方式である(例えば非特許文献1)。
【0005】
もう一つは、ビームサイズを患部の大きさ以上に拡大することなく照射する方法(スキャニング方式)である。スキャニング方式とは、時間的に変化する励磁電流が与えられる2組の走査電磁石によって、粒子線をビーム進行方向と直交する2次元方向に、高速に走査する方式である(例えば特許文献1)。
【0006】
スキャニング方式を適用する粒子線治療装置における照射ノズルは、患部への照射位置精度を高めるために、粒子線の散乱を極力抑えビームサイズを小さくする必要がある。このビームの散乱を抑えるために、例えば特許文献2には、高速の磁場変動に耐え得る、非磁性であるセラミックス製のチェンバ本体を有するビーム輸送チェンバを用いることが開示されている。また、特許文献2には、樹脂製のチェンバ本体を有するビーム輸送チェンバを用い、このビーム輸送チェンバ内に真空領域を確保しビームを散乱させることなく輸送することも開示されている。
【0007】
ビーム進行方向をZ方向、Z方向と垂直な2方向をX方向、Y方向とすると、スキャニング方式の照射ノズルにおける2組の走査電磁石は、1組のX方向走査電磁石と1組のY方向走査電磁石を有している。Y方向走査電磁石は、例えば上流側に配置され、X方向走査電磁石は、例えば下流側に配置されている。ビーム輸送チェンバは、2組の走査電磁石の配置に対応して、上流側チェンバセクションと下流側チェンバセクションとからなる2分割構造を有し、上流側チェンバセクションのチェンバ本体はY方向走査電磁石の間に配置され、下流側チェンバセクションのチェンバ本体はX方向走査電磁石の間に配置される。
【0008】
特許文献2に開示されている照射ノズルにおいては、上流側チェンバセクションおよび
下流側チェンバセクションは、チェンバ本体とその両端部の金属フランジから構成され、チェンバセクション同士もしくはビーム輸送チェンバとその上下流にあるビーム輸送ダクトとの連結に使用される。チェンバ本体と金属フランジとは、たとえばセラミックス製チェンバ本体の場合は銀ロウ付けなどにより、また樹脂製チェンバ本体の場合は接着剤などにより接合している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004‐167136号公報
【特許文献2】特開2007−268035号公報
【特許文献3】特開2000‐131499号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】三菱電機技報Vol.69 No.2(1995),p.8−13,p.34-39,p.40-44
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
スキャニング方式は、粒子線の停留/移動を繰り返し、停留中に照射を行う方式である
。移動中も粒子線を停止せず照射が行われる場合は、移動中の照射線量が、いわゆる漏れ線量となるため、粒子線の移動はできるだけ高速に行う必要があり、100mm/msec程度もの高速走査速度が必要となることがある。また、移動中には粒子線を停止する場合においても、照射時間全体を短縮するために、できるだけ高速な走査速度が必要である。そのため、ワブラ電磁石での数十Hz(商用周波数50Hz、60Hz近傍)単一の正弦波の交流励磁電流に対し、スキャニング方式の走査電磁石では、数Hzから数十kHzまでの高周波成分を多岐に含む時間的に変化する励磁電流となる。
【0012】
走査型電磁石から漏洩する磁場が金属フランジ面にて渦電流による発熱を引き起こすことは知られており、ワブラ電磁石からの漏洩磁場による渦電流により生じる発熱に対し、機器や機器の支持体を絶縁物にすることで熱膨張による機器の設置位置変動を抑制し信頼性を担保することが提案されている(例えば特許文献3)。
【0013】
しかしながら、上記のように、スキャニング方式の場合、金属フランジ面での渦電流による発熱に起因する温度上昇はワブラ電磁石の温度上昇とは規模が異なる。このため、粒子線を高速に移動させようとすると、セラミックス製のチェンバ本体の場合は金属フランジとセラミックの熱膨張率の違いにより、また樹脂製のチェンバ本体では接着剤が溶解することで、金属フランジとチェンバ本体間に亀裂破壊現象が生じる。そのため、粒子線を高速に移動させることができないという課題があった。
【0014】
本発明は、以上のような課題を解決するためになされたもので、スキャニング方式の粒子線照射ノズルにおいて、チェンバの亀裂が生じ難く、粒子線を高速に移動できるものを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
この発明は、入射した粒子線を、この粒子線の進行方向と垂直な方向に走査する走査電磁石と、この走査電磁石に囲まれ、内部に上記粒子線を通過させるビーム輸送チェンバを備えた粒子線照射ノズルにおいて、ビーム輸送チェンバは、非磁性材料のフランジ部を有し、このフランジ部と同一材料で一体的に形成されたチェンバ本体と、当該ビーム輸送チェンバから粒子線を照射対象の方向に取り出すための、金属フランジに取り付けられた隔離窓と、チェンバ本体のフランジ部と隔離窓の金属フランジとを接続する金属製の隔離窓接続部材とを備えたものである。
【発明の効果】
【0016】
この発明によれば、チェンバ本体のフランジ部と隔離窓の金属フランジとを接続する金属製の隔離窓接続部材とを備えることにより、非磁性材料のフランジ部を有し、このフランジ部と同一材料で一体的に形成されたチェンバ本体とすることができたので、チェンバの亀裂が生じ難く、粒子線を高速に移動できる粒子線照射ノズルが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルの構成を示す概略図である。
【図2】本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルの要部の拡大図である。
【図3】本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルの別の構成を示す概略図である。
【図4】本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルのさらに別の構成を示す概略図である。
【図5】本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルにより照射される照射野の一例を示す線図である。
【図6】本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルの上流側の電磁石の励磁電流波形の一例を示す線図である。
【図7】図6の波形の一部を拡大して示す線図である。
【図8】本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルの上流側および下流側の電磁石の励磁電流波形の例を示す線図である。
【図9】図6の電磁石の励磁電流波形を周波数分析した結果を示す線図である。
【図10】図9の周波数分析結果に基づいて渦電流損失を計算した結果を示す線図である。
【図11】本発明の実施の形態2による粒子線照射装置の全体構成を示す概略図である。
【図12】図11の治療室の一例を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルの構成を示す図である。図1に示すように、本実施の形態1の粒子線照射ノズルは、走査電磁石1と、ビーム輸送チェンバ2と、磁場検出器3と、線量モニタ4と、ビーム位置モニタ5とを備えている。
【0019】
粒子線100は図1の右側よりビーム輸送チェンバ2へ進入し、ビーム輸送チェンバ2内の真空領域を図示左方向に輸送され、粒子線照射ノズル内にて走査される。その後走査された粒子線は真空領域から大気領域に移り線量モニタ4とビーム位置モニタ5により粒子線情報を入手し、場合によっては線量やビーム位置を走査電磁石1によりフィードバックして患者の患部に照射される。ここで、粒子線は上流側から下流側へ輸送されるものと考え、図1の右側を上流側、図示左側を下流側と呼ぶ。また、粒子線の進行方向をZ軸とする。ここでスキャニング走査とは、粒子線を高速にZ軸に垂直なXY方向に走査する方法のことを呼ぶ。
【0020】
走査電磁石1は、粒子線を偏向し走査するための装置である。粒子線を一方向(図1のY方向)に偏向する1対の第一走査電磁石1Yと、粒子線を上記一方向に直交する方向(図1のX方向)に偏向する1対の第二走査電磁石1Xとを備えている。第一走査電磁石1Yは第二走査電磁石1Xよりも粒子線の上流側に位置している。
【0021】
ビーム輸送チェンバ2は、粒子線照射ノズル内において粒子線の散乱を抑制するための真空領域を確保するための装置である。このビーム輸送チェンバ2は、2組の走査電磁石
に対して1台のチェンバ本体6のほか、隔離窓7と、隔離窓7を第二走査電磁石1Xより下流側へ離すための隔離窓接続部材8とを有している。チェンバ本体6は、粒子線の上流側から下流側へX方向/Y方向ともに単調に広がるテーパ形状を有している。チェンバ本
体6の両端部にあるフランジ部9は、チェンバ本体6と同一の非磁性材料による一体成型品であり、接合部が無く接着剤などを使用していない。フランジ部9は、チェンバ本体6とその上流にあるビーム輸送ダクト10との連結、その下流にある隔離窓接続部材8との連結に使用する。
【0022】
チェンバ本体6とフランジ部9の一体成型品の材質は樹脂であり、長繊維材料に樹脂を含浸させた繊維補強樹脂の成型品である。この成型品は、例えば、内部空洞と同じ形状の金型或いは木型を用意し、この金型或いは木型の外周に樹脂を含浸させたガラス繊維或いは炭素繊維を巻き付けて成形するフィラメントワインディング法により作ることができる。隔離窓7は金属フランジ14にロウ付け等により隔離窓本体15を接合した後、その金属フランジ14と共にビーム輸送チェンバ2の下流側端部(隔離窓接続部材8の下流側端部)に連結され、真空領域と大気とを隔てる。
【0023】
隔離窓接続部材8は、金属ダクト16とその両端に金属フランジ17を有する真空チェンバである。この隔離窓接続部材8は、金属フランジ14に接合された隔離窓本体15からなる隔離窓7と、異なる材質である樹脂製のチェンバ本体6を連結するために使用する。異種材料間のボルトなどによる接合では、接合の為に加えることができる力が機械強度の弱い材料側(チェンバ本体6)で決まるので、十分な気密性を得るには、金属フランジ14に接合面が優れた平面度および表面粗度を有していることが要求される。しかしながら、隔離窓7は、金属フランジ14に隔離窓本体15を接合するために炉中ロウ付け等の加工が行われるので、要求される平面度および表面粗度を実現することが困難な場合がある。また、隔離窓本体15の材料表面から放出されるガスの放出速度を短時間に低減させるために、金属フランジ14にロウ付け加工後の隔離窓7全体を数百度に加熱して吸着ガスであるHO、CO、COを脱離させるベーキングという工程を行う。こうしておくことで、予めガス放出を抑えることができ、効率よく真空引きがおこなえるため、メンテナンスを含めて大気に開放されるたびにおこなわれることもある。
【0024】
上記の理由により、一般に、金属フランジ14での真空封止はOリングではなく金属(銅やアルミ)ガスケットが使用される。そのため、金属フランジ14と接合する隔離窓接続部材8の下流側の金属フランジ17はコンフラットフランジである。一方、隔離窓接続部材8におけるチェンバ本体6と接合する上流側の金属製のフランジ17は接合面が優れた平面度および表面粗度を有している面とすれば、異種材料間の接合で許容される接合力においても十分な気密性を確保できる。
【0025】
ビーム輸送チェンバ2は真空領域を確保する為、真空度試験においてヘリウムリーク量が1.33×10−9[Pa・m/s]以下となる真空度が規定されるように、チェンバ本体6と隔離窓接続部材8の単体ヘリウムリーク量のほか、上記チェンバ同士の連結部と、ビーム輸送チェンバ2とその上流にあるビーム輸送ダクト10との連結部における密封性が維持される。
【0026】
図2は図1のチェンバ本体6と隔離窓接続部材8の連結部の拡大図である。上記箇所における連結は、Oリング11を介し非磁性材のボルトネジ12を使用する。チェンバ本体6の両端部にあるフランジ部9はすべて非磁性材料であるのに対し、隔離窓接続部材8もしくはビーム輸送ダクト10における端部は金属製のフランジであり表面粗度がJIS B 0601-1976で規定される0.05S〜0.8Sの区分を容易に達成できる為、Oリング溝13をチェンバ本体6のフランジ部9に設けるとリーク量が低減できて良い。
【0027】
また、要求される照射野が小さい場合や、超電導電磁石等を用いて強い磁場強度を生成可能な場合など、下流側に位置している第二走査電磁石1Xから患者までの距離を十分確保する必要がなく隔離窓接続部材の全長を短くすることが可能な場合には、図3に示すように、隔離窓接続部材として1枚の金属製フランジからなる隔離窓接続部材80を用いても良い。図1、図2で示した金属製のダクト16をなくし、かつチェンバ本体6との連結面はOリング溝を設けないフラット面、他方の隔離窓7の金属フランジ14との連結面はコンフラットフランジ形状の1枚の金属製フランジからなる隔離窓接続部材80とする。
【0028】
また、図4に示すように、隔離窓本体15が設けられた金属フランジ14bと、隔離窓接続部材を一体としても良い。この場合、金属ダクト16と金属フランジ17とで隔離窓接続部材81を構成する。この一体構造の製造方法の一例は以下のようである。まず、金属フランジ14bおよび金属フランジ17と金属ダクト16を一体で作製する。その後、隔離窓本体15を金属フランジ14bにロウ付けする。ロウ付けされた隔離窓本体15をマスキングして、フランジ部9と接合する側の金属フランジ17の接合面を鏡面仕上げする。もしくは、金属フランジ17の接合面を鏡面仕上げしてから隔離窓本体15を金属フランジ14bにロウ付けしてもよい。
【0029】
磁場検出器3は走査電磁石1が発生する磁場を検出する。磁場検出器3Yは第一走査電磁石1Yの対の間に、磁場検出器3Xは第二走査電磁石1Xの対の間に配置され、それぞれテーパ型のチェンバ本体6と各走査電磁石1との隙間に設置される。線量モニタ4はビーム輸送チェンバ2から出射される粒子線の線量を検出し、ビーム位置モニタ5はビーム輸送チェンバ2から出射される粒子線の位置を検出する。
【0030】
次に、本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルを用いたスキャニング方式における動作を、ワブラ方式と比較しながら説明する。スキャニング方式やワブラ方式で用いられる走査型電磁石からの漏れ磁場により金属表面にて発生する渦電流損失(発熱量)は、周波数の2乗と磁場強度の2乗の積に比例する。スキャニング方式とワブラ方式とがひとつの走査型電磁石により行われた例は無いため、ここでは走査型電磁石と患者位置(アイソセンタ)までの距離を同一にし、かつ最大照射野も同一として、金属表面で発生する発熱量の比較を行うこととする。実際には、ワブラ方式においては散乱体によりビームサイズが拡大される為、スキャニング方式と同一の照射野に対して磁場強度(ビーム中心位置)は弱くてよいため、ワブラ方式における漏洩磁場、および発熱量は若干過大評価となる。逆にスキャニング方式での発熱量は、ワブラ方式での発熱量を1として評価する場合、過小評価となる。
【0031】
図5は、スキャニング方式により照射される照射野の例である。上流側に位置している電磁石により、Y方向に19点、下流側に位置している電磁石によりX方向に19点、粒子線を高速移動/停留を繰り返しながら照射する。
【0032】
図6に示す波形は、図5に示した照射野を実現するために上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形A(実線)と、比較対象であるワブラ方式励磁電流波形B(破線)である。横軸は時間(msec)、縦軸は走査型電磁石に印加する電流量
(最大値を1に規格化)である。実際に発生する磁場波形と印加電流波形は若干異なるが、ここでは同一として考える。ワブラ方式励磁電流波形Bは、一般に数十Hz(商用周波数50Hz、60Hz近傍)単一の正弦波の交流励磁電流が使用されるため、ここでは60Hzを例に挙げる。上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Aは、100mm/msec程度もの高速移動で停留/移動を繰り返す複雑な運転パターンであり、ここではワブラ方式励磁電流波形Bと比較する為1周期を16.67msec(周波数が60Hz)、1周期で36回停留/移動を繰り返す運転パターンとする。また、スキャニング方式励磁電流波形Aの最大電流量を上記ワブラ方式励磁電流波形Bと同じ1とする。
【0033】
図7は、上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Aの拡大図である。高速の移動時間Δtをスキャニング方式励磁電流波形Aとして一般的な数十μsec、また、移動中も粒子線を停止しない場合、移動に対して停留時間が短いと照射ス
ポット間の漏れ線量が大きくなってしまうため、移動と停留の時間割合を代表的な1:9となるようにした。そのため、移動時間Δtは46.3μsec(=(1/60Hz)×(1/36)×(1/10))、停留時間t1はその9倍の416.7μsecとした励磁電流波形である。
【0034】
図8に、下流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Cを示す。図8には、上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Aも示している。下流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Cは、上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Aの半周期(8.33msec)毎に高速移動する。下流側に位置している電磁石で走査される領域として、上流側に位置している電磁石で走査される領域と同じ大きさの領域を得るためには、上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Aを9周期(図8における上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Aの波数)繰り返すことになる。この場合、下流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Cは、図8に示すように、150msecで照射野の全体を移動させる波形となる。
【0035】
以下で、電磁石の電流波形によって生じる渦電流損を評価するが、停留時間の割合を短くすると上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形における周波数成分は、より高次成分側が増加するため、渦電流損失は更に増加する。実際の照射においては、停留時間の割合が以下の評価で用いる1:9よりも短いこともあるため、ここでもスキャニング方式における渦電流損失は過小評価となる。
【0036】
図9は上流側に位置している電磁石に印加するスキャニング方式励磁電流波形Aをフーリエ変換により周波数分析した結果である。横軸に周波数(Hz)、縦軸に振幅を示す。最大電流値は1に規格化しているため、縦軸振幅の最大値は1である。図9より振幅が一番大きい周波数成分は60Hzの0.835であり、20kHz程度以上の高周波数成分にな
ると振幅は0.001以下となることがわかる。
【0037】
図10は周波数成分ごとの渦電流損失(周波数の2乗と磁場強度の2乗の積)を示す。スキャニング方式での渦電流損失は周波数成分ごとの渦電流損失の和である。ここで、図10はワブラ方式での発熱量(周波数60Hz2×最大電流量12=3600)を1と規格化して表
示している。この結果より、34kHz程度までワブラ方式での渦電流損失に対して10%程度分の寄与がある事がわかる。34kHz程度以上においても数%分の寄与があるが、ここでは無視する(したがって、ここでもスキャニング方式における渦電流損失は過小評価となる)。
【0038】
全渦電流損失は、図10で示す周波数成分ごとの渦電流損失の和であり、ワブラ方式での渦電流損失を1とした場合、スキャニング方式での全渦電流損失は25.5となる。つまり、スキャニング方式での発熱量は過小評価ではあるものの、スキャニング方式ではワブラ方式での渦電流損失による発熱量の少なくとも25.5倍以上の発熱量が発生する事がわかる。
【0039】
一般に、樹脂製ダクト本体と金属製フランジを接合する接着剤の融点は100℃以下である。そこで、ワブラ方式での漏洩磁場による温度上昇を安全率10の10℃と仮定すると、スキャニング方式では255℃以上の温度上昇となり、接着剤の融点以上となって接着剤は溶け亀裂が生じることとなる。また、255℃もの温度上昇は、金属フランジでの
線膨張率(たとえば11.5)とした場合、ICF114の場合、フランジ径が0.34mmもの伸びが発生する。ここにチェンバ本体6がセラミックでフランジ部9が金属の場合、熱応力により亀裂が生じることとなる。
【0040】
これらに対して、本発明のビーム輸送チェンバ2のうち、チェンバ本体6とフランジ部9は渦電流損失が発生しない樹脂などの非磁性体で一体成型品であり、自身で発熱が無い。また、この非磁性体のフランジ部9と金属フランジ14や14bを有する隔離窓7とを、真空封止するために、金属製の隔離窓接続部材8や80、81を介して接続している。すなわち、本発明は、少なくともチェンバ本体とフランジ部を非磁性体の一体成型品とし、この非磁性体のフランジ部と隔離窓とを、金属製の隔離窓接続部材を介して接続したことに特徴がある。この構成により、金属製の隔離窓接続部材が渦電流損失により高温となった場合でも、チェンバ本体6とフランジ部9は一体成型品であり接着剤などを用いていないため、亀裂が生じる恐れが無い。したがって、粒子線の高速移動を実現できる。
【0041】
本発明の実施の形態1による粒子線照射ノズルにおける効果を以下にまとめる。
(1)亀裂破壊が生じず、真空領域を確保する事ができる
本発明によれば、隔離窓接続部材を設けたことにより、チェンバ本体6のフランジ部9までチェンバ本体6と同一の非磁性材料の粒子線照射ノズルとすることができた。チェンバ本体6とフランジ部9が同一の非磁性材料から製作されているため、材料の相違から発生する亀裂破壊が生じる事がない。その結果、スキャニング方式において、真空領域を確保しながら粒子線の高速移動が実現でき、ビームサイズを小さくする必要があるスキャニング方式を実現できる。また、Oリング溝13をフランジ部9側に設けたことで、リーク量を低減する事が可能となり、よりビームサイズを拡散する事がなく高品質のビームを提供する事が可能となる。また、フランジ部9を接合するネジを非磁性材のボルトネジ12としたことで、渦電流損失によるネジ自体の発熱を防ぐ事ができ、ねじ自体の熱膨張による真空リークを回避する事が可能となる。以上、従来の金属フランジに対しても本実施の形態1による粒子線照射ノズルを採用することで高真空が担保できる。
【0042】
(2)省スペース
2台の走査電磁石1に対し1台のチェンバ本体6から構成されるため、従来の上流側チェンバセクションのチェンバ本体と下流側チェンバセクションのチェンバ本体とを連結する為の作業スペースが不要となって、2台の走査電磁石1同士を近接する事が可能となり小型化が可能となる。特に、下流側偏向電磁石をより上流側に設置することで、下流側電磁石の磁極間隔を狭くすることができ、より小さい電磁石電源によって走査電磁石を駆動することができる。
【0043】
(3)テーパ形状
チェンバ本体6を単一に拡大するテーパ形状としたために製作時に型から抜くことが容易となる。その結果、スキャニング方式に樹脂製ダクトを使用する事が可能となるため、チェンバ本体6の肉厚を薄くすることで走査電磁石1の磁極間隔を更に小さくする事ができる。また、テーパ形状にすることで走査電磁石1とチェンバ本体6間のスペースに磁場検出器3を設置する事が可能となる。
【0044】
以上の実施の形態ではベストモードとして、ビーム輸送チェンバ2のチェンバ本体6を樹脂製でかつテーパ形状としたが、チェンバ本体6を直管形状の樹脂製としてもよく、この場合も、チェンバ本体6を樹脂製としたことによるコンパクト化等の効果を得ることができる。また、セラミックスの成型技術が許容する場合は、逆に、チェンバ本体6をセラミックス製でテーパ形状としてもよく、この場合も、チェンバ本体6をテーパ形状としたことによるコンパクト化、メンテナンス性向上等の効果を得ることができる。
【0045】
また、ビーム輸送チェンバ2のチェンバ本体6を2分割構造としてもよい。この場合でも、ビーム輸送チェンバ2のチェンバ本体6を樹脂製かつ/又はテーパ形状とすることにより、コンパクト化等の効果を得ることができる。
【0046】
更に、上記実施の形態では、チェンバ本体6を単一のテーパ形状としたが、チェンバ本体6におけるZ軸の途中からテーパ形状にしてもよく、この場合でも、メンテナンス性向上の効果を得ることができる。
【0047】
実施の形態2.
図11は本発明の実施の形態2による粒子線治療装置全体の一例を示す概略構成図であり、図12は図11に示す治療室26の一例を示す概略構成図である。この粒子線治療装置は、本発明の粒子線照射ノズルを用いて構成している。本実施の形態2による粒子線治療装置は、粒子線発生装置23、偏向電磁石50および真空ダクト等で構成されるビーム輸送系24及び照射装置25を備え、照射装置25は治療室26に設置され、かつ粒子線照射ノズル33を有している。図11では、治療室26を2つ備えた粒子線治療装置の例を示している。粒子線発生装置23は、イオン源を含む前段加速器28及びシンクロトロン30を有し、イオン源で発生した荷電粒子(例えば、陽子イオンまたは炭素イオン)は前段加速器28で加速され、前段加速器28から出射された粒子線はシンクロトロン30に入射される。この粒子線は、シンクロトロン30で加速され、設定されたエネルギまでに高められた後、出射機器から出射される。シンクロトロン30から出射された粒子線は、通常複数の偏向電磁石50および真空ダクトから構成されるビーム輸送系24を経て照射装置25の粒子線照射ノズル33に達し、粒子線照射ノズル33から治療台32に載っている患者の患部に照射される。粒子線照射ノズル33は、図1などに示した本発明の粒子線照射ノズルである。また、図12の照射装置25は、回転ガントリ型の照射装置の一例を示している。
【0048】
粒子線照射ノズル33は照射装置25に備えられているため、粒子線照射ノズルの外形が大きくなり、重量が増すと、それに伴って照射装置全体の重量が増し、その結果、照射装置25の製作コストが増すばかりでなく、例えば照射装置が回転ガントリ型の照射装置である場合、回転ガントリを回転させるための電気モータも高出力が必要となり、その電源装置も大型化する。
【0049】
これに対し、本発明の粒子線照射ノズルでは、前述したように走査電磁石1の磁極間隔や外形を小さくできるため、ビーム輸送チェンバ2及びそれを組み込んだ照射ノズルをコンパクト化でき、その重量が低減する。その結果、照射ノズルが組み込まれる照射装置25全体の重量を低減し、照射装置が回転ガントリ型の場合でも、回転ガントリを回転させるための電気モータを小形化でき、電源装置を小形化できる。
【0050】
また、上記実施の形態では、本発明をガン治療などの医療系粒子線治療装置に適用した場合について説明したが、その他、実験照射利用などのビーム輸送システムに適用してもよい。
【符号の説明】
【0051】
1、1X、1Y:走査電磁石 2:ビーム輸送チェンバ
6:チェンバ本体 8、80、81:隔離窓接続部材
9:フランジ部 11:Oリング溝
13:Oリング 15:隔離窓
100:粒子線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射した粒子線を、この粒子線の進行方向と垂直な方向に走査する走査電磁石と、この走査電磁石に囲まれ、内部に上記粒子線を通過させるビーム輸送チェンバとを備えた粒子線照射ノズルにおいて、
上記ビーム輸送チェンバは、
非磁性材料のフランジ部を有し、このフランジ部と同一材料で一体的に形成されたチェンバ本体と、
当該ビーム輸送チェンバから上記粒子線を照射対象の方向に取り出すための、金属フランジに取り付けられた隔離窓本体と、
上記チェンバ本体のフランジ部と上記隔離窓本体が取り付けられた金属フランジとを接続する金属製の隔離窓接続部材と、
を備えたことを特徴とする粒子線照射ノズル。
【請求項2】
上記チェンバ本体のフランジ部と上記隔離窓接続部材とは、上記チェンバ本体のフランジ部にOリング溝を形成し、Oリングによって真空封止されることを特徴とする請求項1に記載の粒子線照射ノズル。
【請求項3】
上記走査電磁石は、上記粒子線の進行方向と垂直な一方向に上記粒子線を走査する第一走査電磁石と、上記粒子線の進行方向と、上記粒子線の進行方向と垂直な一方向とに垂直な一方向に上記粒子線を走査する第二走査電磁石とを有し、上記第一走査電磁石と上記第二走査電磁石とは、上記粒子線の進行方向に沿って並べて配置され、上記チェンバ本体は、上記第一走査電磁石と上記第二走査電磁石との両方に囲まれていることを特徴とする請求項1に記載の粒子線照射ノズル。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の粒子線照射ノズルを備えたことを特徴とする粒子線治療装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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