説明

粒子線飛跡検出用素材の表面処理方法

【課題】 エッチングした後の表面状態が良好で、エッチピットに似たノイズ(擬似ピット)の発生が抑えられ、これによりエッチング表面において粒子飛跡により形成されるエッチピットの対バックグラウンド比が十分大きく、観察時にエッチピットを容易に識別出来る粒子線飛跡検出用素材の表面処理方法を得る。
【解決手段】 素材の表面を同素材が塑性化される性質を有する処理剤、すなわち可塑剤で表面処理する。例えば、素材の表面をフタル酸ジ−n−ブチル溶液に浸漬し、素材の表面を処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子、中性子等の粒子線が内部を通過した飛跡が残る機能を有し、例えば粒子線が人体に入射した量、いわゆる粒子線量等を測定する目的で使用される粒子線飛跡検出用素材の表面を処理する方法に関し、特に粒子飛跡により形成されるエッチピットの対バックグラウンド比が高い粒子線飛跡検出用素材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線が人体に入射した際の振る舞いを知ることは、例えば、放射線医療分野における治療効果の評価や、原子力産業に従事する人の放射線障害を評価するために重要である。このために、粒子線の反応断面積、フラグメントの放出角度或いは入射粒子数の測定等が必要で、その測定手法はこれまでいろいろと試みがなされてきた。
【0003】
このような背景から、粒子線の検出を目的として例えば基材となるモノマーとしてアリル・ジグリコール・カーボネート素材を使用し、粒子の飛跡を追跡する方法、いわゆる飛跡検出法により、固体に粒子線が入射した量等を測定する固体飛跡検出器素材(例えば商品名:CR−39)が開発されている。
【0004】
このようなアリル・ジグリコール・カーボネートからなる固体飛跡検出器素材に粒子が入射すると、その中に潜在飛跡が残る。これを、KOHやNaOH等のアルカリ或いは酸で化学的にエッチングし、粒子線の潜在飛跡をエッチピットとして光学顕微鏡等で観察する。これにより、粒子の入射を検知し、測定する。
【0005】
このアリル・ジグリコール・カーボネートからなる固体飛跡検出器素材は、主として次のような優れた潜在的特質を有している
a:検出の対象としている粒子以外の粒子との弁別が可能なエネルギー分解能を有している
b:ある種の粒子に感度があり、特に重荷電粒子の検出に有効である
c:検出感度が高い
d:潜在飛跡から形成されるエッチピットの対バックグラウンド比が高い。
【0006】
既に述べた粒子線飛跡検出用素材を使用した固体飛跡検出器素材は、大きなエネルギーを有する荷電粒子を検出することが可能であり、粒子飛跡の対バックグラウンド比も高いため、重粒子の検出に使用されている。
しかし、従来使用されている粒子線飛跡検出用素材は、エネルギーが高く、従ってエネルギーに対して電荷の小さな荷電粒子に対しても感度が得られるが、エッチングした後の表面荒れが大きく、エッチピットに似たノイズ(擬似ピット)が発生しやすい。このため、潜在飛跡によりエッチング表面に形成されるエッチピットの対バックグラウンド比が小さくなり、観察時におけるエッチピットの分解能が低くなるという課題があった。
【特許文献1】特開2001−42038号公報
【特許文献2】特開平11−174157号公報
【特許文献3】特開平6−18672号公報
【特許文献4】特開平5−100041号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来の粒子線飛跡検出用素材における課題に鑑み、エッチングした後の表面状態が良好で、エッチピットに似たノイズ(擬似ピット)の発生が抑えられ、これによりエッチング表面において粒子飛跡により形成されるエッチピットの対バックグラウンド比が十分大きく、観察時にエッチピットを容易に識別出来る粒子線飛跡検出用素材の表面処理方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、前記の目的を達成するため、検討した結果、粒子線飛跡検出用素材をエッチングした後の粒子線飛跡検出用素材の表面荒れが特に問題となるのは、粒子線飛跡を示すエッチピットに似たノイズ(擬似ピット)の存在である。エッチングした後の粒子線飛跡検出用素材の表面には、エッチピットに似た多くのノイズ(擬似ピット)が存在し、これが光学顕微鏡等を使用した観察の際にエッチピットの確認の妨げとなる。
【0009】
この問題に対して検討の結果、アリル・ジグリコール・カーボネートを使用した粒子線飛跡検出用素材に対し、その表面を可塑剤に浸漬し、表面処理することで、多くのノイズ(擬似ピット)を除去する可能性があることに着目した。
【0010】
本発明は、前記の着目によりなされたもので、より具体的には、素材の表面を同素材が塑性化される性質を有する処理剤、すなわち可塑剤で処理する粒子線飛跡検出用素材の表面処理方法を提案するものである。例えば、素材の表面を下記化1で表されるフタル酸ジ−n−ブチル溶液に浸漬し、素材の表面を処理するものである。
【0011】
【化1】

【発明の効果】
【0012】
このような本発明による処理方法で処理された粒子線飛跡検出用素材は、エッチング後の表面荒れが小さく、表面状態が良好であり、素材の表面において特に粒子線飛跡を表すエッチピットと紛らわしいノイズ(擬似ピット)の発生を抑えることが出来る。よって、エッチング表面に形成されるエッチピットの対バックグラウンド比が大きく、観察時の潜在飛跡から形成されたエッチピットの分解能も良好となり、例えば、画像処理によるデータ処理等に効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明では、粒子線飛跡検出用素材について、そのエッチングの前に、素材が塑性化される性質を有する処理剤、より具体的にはフタル酸ジ−n−ブチル溶液で表面処理することにより、その目的を達成するものである。
以下、このような本発明の実施の形態について、図面を参照しながら具体例を挙げて詳細に説明する。
【0014】
既に述べた通り、粒子線飛跡検出用素材として、例えば下記の化2に示すようなアリル・ジグリコール・カーボネートを使用する。このアリル・ジグリコール・カーボネートに例えば、次の化3に示すようなジイソプロピル・パーオキシ・ジカーボネートを重合開始剤として添加し、所要の型材の中で数十度の温度で重合させると共に成型し、例えば板形小片状に成型された粒子線飛跡検出用素材を得る。
【0015】
【化2】

【0016】
【化3】

【0017】
既に述べた通り、アリル・ジグリコール・カーボネートを主成分とする粒子線飛跡検出用素材の中に粒子線が入射すると、その飛跡に沿って局所的な化学的損傷、いわゆる潜在飛跡が生じる。そこで素材表面を5N〜7N程度のKOHやNaOH等のアルカリ或いは酸で化学的にエッチングする。このとき、損傷を受けていない、いわゆるバルク部分のエッチング速度VBに比べて飛跡部分のエッチング速度VTが大きく、エッチング時間をtとすると、飛跡部分の円錐状の穴の深さVTtは、バルク部分のエッチング深さVBtに対してVTt>VBtとなる。その結果、このエッチング深さの差(VTt−VBt)に相当する深さの、いわゆるエッチピットが形成される。
【0018】
このようなエッチングにより、粒子線の潜在飛跡を拡大し、エッチピットを形成することにより、潜在飛跡を光学顕微鏡等で観察することが可能となる。
エッチングは、例えば粒子線飛跡検出用素材を5N〜7N程度のKOH水溶液やNaOH水溶液に50℃〜90℃で2〜30時間程浸漬して行うが、このエッチングの前に粒子線飛跡検出用素材をその素材が塑性化される性質を有する処理剤に浸漬し、その表面処理を行う。より具体的には、粒子線飛跡検出用素材をフタル酸ジ−n−ブチル溶液に浸漬し、その表面処理を行う。例えば、粒子線飛跡検出用素材を0.05%のフタル酸ジ−n−ブチル水溶液に80℃の温度で20分程浸漬する。このような処理により、粒子線飛跡検出用素材の表面のノイズ(擬似ピット)が無くなり、エッチピットの観察が容易になる。
【0019】
観察されるエッチピットの直径は化学的損傷の度合いに依存する。つまり粒子の前記素材中におけるエネルギー減衰率に依存する。このため、エッチピットの径は同一粒子に対しては、その速度、すなわち運動エネルギーに依存する。従って、入射粒子の限定エネルギー損失(REL:Restricted Energy Loss)による識別が可能であり、特定の限定エネルギー損失を持った粒子の入射数を測定することができる。
【0020】
この場合に、エッチング前の粒子線飛跡検出用素材を、その素材が塑性化される性質を有する処理剤、例えばフタル酸ジ−n−ブチル溶液に浸漬し、その表面処理を行うと、粒子線飛跡検出用素材の表面が平滑化する、これにより、粒子線飛跡検出用素材の表面からエッチピットと紛らわしいノイズ(擬似ピット)が除去される。この表面処理は、エッチング前であればよく、粒子線飛跡検出用素材への粒子線入射の前後何れであってもよい。
【実施例】
【0021】
次に、このような本発明の実施例について、より具体的に説明する。
まず、市販のアリル・ジグリコール・カーボネート・モノマーを用意し、この未重合のモノマー素材に重合開始剤として前記化3に示されたジイソプロピル・パーオキシ・ジカーボネートを添加し、所要の型材の中で数十度の温度で重合させると共に成型し、例えば板形小片状に成型された粒子線飛跡検出用素材を得た。
【0022】
この粒子線飛跡検出用素材を0.05%のフタル酸ジ−n−ブチル水溶液に80℃の温度で20分程浸漬し、表面を処理した。
次にこの粒子線飛跡検出用素材の表面を30%KOHの水溶液により90℃で2.5時間エッチングした。このエッチング後の粒子線飛跡検出用素材の表面の光学顕微鏡による観察画像を図1の右側に示す。この図1では、比較のために、フタル酸ジ−n−ブチル水溶液に浸漬せずにエッチングをした粒子線飛跡検出用素材の表面の光学顕微鏡による観察画像を左側に示している。
【0023】
この図1から明らかな通り、同図の右側のフタル酸ジ−n−ブチル水溶液に浸漬処理した粒子線飛跡検出用素材では、同図の左側のフタル酸ジ−n−ブチル水溶液に浸漬処理しなかった粒子線飛跡検出用素材に比べ、表面のノイズ(擬似ピット)が極端に少ない。すなわち、表面のノイズ(擬似ピット)が低減されている。
【0024】
さらにこれらのフタル酸ジ−n−ブチル水溶液に浸漬処理した粒子線飛跡検出用素材と浸漬処理していない粒子線飛跡検出用素材との表面のノイズ(擬似ピット)を、自動計測装置(商品名:Luzex)を使用して計測した結果を下記の表1に示す。
この結果から明らかなように、フタル酸ジ−n−ブチル水溶液に浸漬処理した粒子線飛跡検出用素材は、浸漬処理していない粒子線飛跡検出用素材に比べて表面のノイズ(擬似ピット)が約1/10に低減されていることが分かる。これにより、粒子線飛跡検出用素材の表面を光学顕微鏡等により観察したとき、ノイズ(擬似ピット)に邪魔されることなく、粒子線の潜在飛跡を示すエッチピットを容易に認識、確認することが出来る。
【0025】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】フタル酸ジ−n−ブチル水溶液に浸漬した粒子線飛跡検出用素材と浸漬していない粒子線飛跡検出用素材の表面を、それぞれエッチングした後、光学顕微鏡で観察した画像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子線が内部を通過した飛跡が残存する機能を有する粒子線飛跡検出用素材を使用し、その飛跡を観察することで粒子線の飛来を検知する素材を用い、その素材が塑性化される性質を有する処理剤で同素材を表面処理することを特徴とする粒子線飛跡検出用素材の表面処理方法。
【請求項2】
粒子線が内部を通過した飛跡が残存する機能を有する粒子線飛跡検出用素材を使用し、その飛跡を観察することで粒子線の飛来を検知する素材を用い、その素材の表面を下記化1で表されるフタル酸ジ−n−ブチル溶液で表面処理することを特徴とする粒子線飛跡検出用素材の表面処理方法。
【化1】


【図1】
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【公開番号】特開2006−214971(P2006−214971A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−30356(P2005−30356)
【出願日】平成17年2月7日(2005.2.7)
【出願人】(591031430)株式会社千代田テクノル (22)
【Fターム(参考)】