説明

精液希釈液及び希釈精液の保存方法

【課題】低コストでかつ、精子活性を維持し、従来よりも長期間冷蔵保存が可能な精液希釈液、及び希釈精液の保存方法を提供する。
【解決手段】ルチン、特定油脂、或いはポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで乳化した特定油脂を含む精液希釈液、多段階冷却を採用すること特徴とする希釈精液の保存方法、及びルチン、特定油脂、或いはポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで乳化した特定油脂の何れか1以上を含み、多段階冷却を採用すること特徴とする希釈精液の保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精子の低温保存用希釈液及び精子の低温保存方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
一般に家畜の精液は希釈され、低温或いは凍結して流通している。豚の精液の希釈保存溶液として、「モデナ液(商品名)」、「アンドロヘプ溶液」などが知られている。モデナ液の成分は、グルコース5.50、クエン酸NA1.38、重曹0.20、EDTA0.47、クエン酸0.58、トリス1.13(g/200ml)である。これら希釈保存溶液は、中温域希釈保存液であり、16℃前後で、数日間豚精液を希釈保存することができる。
【0003】
また、特許文献1に、豚の精液を希釈保存する溶液として、「下記A液1000部中にB液を20部(重量部)、添加混合したことを特徴とする豚精液保存用希釈液。A液−以下の試薬を1000部中にそれぞれの配合割合で配合したもの。(1)クエン酸ナトリウム5.0部(2)アルブミン(牛血清)1.0部(3)βグリセロリン酸ナトリウム1.0部(4)重炭酸水素ナトリウム1.0部(5)ピルビン酸ナトリウム0.4〜0.5部(6)塩化カリウム0.5部(7)EDTA−2Na1.2〜1.3部(8)アミカシン0.07〜0.08部(9)ジベカシン0.02〜0.03部(10)トリスヒドロキシメチルアミノメタン1.5〜2.0部(11)GSH(グルタチオン)1.5〜1.6部(12)トレハロース45〜46部(13)滅菌蒸留水残部B液−ジメチルスルフォキシド(DMSO)20部に、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)を0.20〜0.25部(10mM)溶解し、湯煎で70℃以上に加熱し、これに同様に加熱した滅菌蒸留水を80部加えたもの。」であることを特徴とする豚精液保存用精液希釈液が公開されている。
【0004】
また、特許文献1には、豚の精液を希釈し、冷蔵保存する方法として、「精液に約35℃の等温度で、下記A液1000部中にB液20部を添加混合した豚精液保存用希釈液を精液の約4〜5倍程度になるよう添加し、精子数を0.5〜1億/ml程度に調整した上、得た希釈精液を小分けして恒温槽で15℃まで温度を下降させて冷蔵保存するようにしたことを特徴とする豚精液の希釈保存法。A液−以下の試薬を1000部中にそれぞれの配合割合で配合したもの。(1)クエン酸ナトリウム5.0部(2)アルブミン(牛血清)1.0部(3)βグリセロリン酸ナトリウム1.0部(4)重炭酸水素ナトリウム1.0部(5)ピルビン酸ナトリウム0.4〜0.5部(6)塩化カリウム0.5部(7)EDTA−2Na1.2〜1.3部(8)アミカシン0.07〜0.08部(9)ジベカシン0.02〜0.03部(10)トリスヒドロキシメチルアミノメタン1.5〜2.0部(11)GSH(グルタチオン)1.5〜1.6部(12)トレハロース45〜46部(13)滅菌蒸留水残部B液−ジメチルスルフォキシド(DMSO)20部に、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)を0.20〜0.25部(10mM)溶解し、湯煎で70℃以上に加熱し、これに同様に加熱した滅菌蒸留水を80部加えたもの。
さらに、約35℃の希釈精液を、約2時間30分で15℃まで温度を下降させることを特徴とする請求項4に記載の豚精液の希釈保存法。また、約35℃の希釈精液を、さらに15℃から5℃まで約1時間20分で下降させること、さらに、希釈精液を所定の間隔で撹拌すること」を特徴とする豚精液の希釈保存法が公開されている。
【特許文献1】特開2000−119101号公報
【0005】
その他、精子、精液の保存液、低温保存方法として、特許文献2〜5などがある。特許文献2には、炭素数10〜14の長鎖アルコールと脂質とを含有している精子低温傷害防止液が、また、炭素数10〜14の長鎖アルコールと、脂質と、血清アルブミンとを含有している細胞低温傷害防止液が記載されている。
【0006】
特許文献3には、精子試料を提供する工程;前記精子試料を第1温度まで冷却する工程;前記精子試料を前記第1温度で維持する工程;前記精子試料を第2温度まで冷却する工程;前記精子試料を前記第2温度で維持する工程;および前記精子試料を第3温度で保管する工程を含む精子の低温保存が記載されている。
【0007】
特許文献4には、性選別された精子を1〜4時間掛けて5℃まで冷却保存する方法、さらに凍結させて保存することを特徴とする選択された精子細胞の低温保存方法が記載されている。
【0008】
特許文献5には、炭素数8〜13或いは炭素数10〜13脂肪族炭化水素、またはデカンを含む精子低温保護剤が記載されている。さらに、炭素数8〜13の脂肪族炭化水素を含む保護剤の存在下で精子を冷却する工程を含む精子の保存方法が記載されている。
【特許文献2】特開平10−279401号公報
【特許文献3】特表2004−505624号公報
【特許文献4】特表2003−530312号公報
【特許文献5】特開平8−26901号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、「モデナ液」による豚の希釈精液の10℃以下による冷蔵保存、及び10℃以下で冷蔵保存した希釈精液を用いた人工受精は普及していない。冷蔵保存後、数日以内で精子の生存率が著しく低下するため、受胎に必要な精子を確保することが困難なためである。
【0010】
また、特許文献1に記載の「豚精液保存用精液希釈液」は、希釈液の製造コストが既存のモデナ液に比べ極めて高く、加えて、その保存精液による受精率は高いとは言い難い。因みに、特許文献1に記載の希釈液は、モデナ液(85円)の約3倍のコストになる。一方、本発明である精液希釈液では、モデナ液と同程度のコストである。
【0011】
さらに、特許文献1に記載の「豚精液の希釈保存法」は、14種の試薬を添加し、冷却保存を行っているものの、これらの試薬、温度降下方法は、上述のようにコストの面から実用的でない。
【0012】
そこで、本発明は、低コストでかつ、精子活性を維持し、従来よりも長期間冷蔵保存が可能な精液希釈液、及び希釈精液の保存方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記の課題を解決するために、ルチンを含むことを特徴とする精液希釈液の構成とし、
アボガド油、椿油、アーモンド油から選ばれる1種または2種以上の油脂を含むことを特徴とする精液希釈液とし、
アボガド油、椿油、アーモンド油から選ばれる1種または2種以上の油脂と、パンプキンシード油、ババス油、ルリヂサ油、クロスグリ種子油、カノーラ油、ヒマシ油、ココヤシ油、トウモロコシ油、綿実油、マツヨイグサ油、ブドウ種子油、アメリカホドイモ油、カラシナ種油、オリーブ油、パーム油、パーム核油、ラッカセイ油、ナタネ油、サフラワー油、ゴマ油、サメ肝油、ダイズ油、ヒマワリ油、それらの硬化油、それらの分抽油、レシチン、グリセリルトリカプロエート、グリセリルトリカプリレート、グリセリルトリカプレートグリセリルトリウンデカノエート、グリセリルトリラウレート、グリセリルトリオレエート、グリセリルトリリノレート、グリセリルトリリノレネート、グリセリルトリカプリレート/カプレート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/ラウレート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/リノレエート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/ステアレート、飽和ポリグリコール化グリセリド、リノールグリセリド、カプリル酸/カプリン酸グリセリド、改変トリグリセリド、分別されたトリグリセリド、αトコフェノールから選ばれる1種または2種以上の油脂との混合油脂を含むことを特徴とする精液希釈液の構成とし、
ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで、前記油脂又は混合油脂が乳化された乳化油脂を含むことを特徴とする精液希釈液の構成とし、
ルチン、前記油脂、前記混合油脂、前記乳化油脂の何れか2種以上を含むことを特徴とする精液希釈液の構成とし、
精液に、前記精液希釈液を添加し、精液を希釈し、低温に冷却することを特徴とする希釈精液の保存方法の構成とし、
前記冷却が、多段階冷却であることを特徴とする希釈精液の保存方法の構成とし、
前記多段階冷却が、精液と精液希釈液を35℃〜37℃に保持しながら混合し、室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、続いて16℃の雰囲気温度に1時間保管し、次に12℃の雰囲気温度に2時間保管し、次に8℃の雰囲気温度に4時間保管し、その後4℃で保存することを特徴とする希釈精液の保存方法の構成とし、
希釈精液を室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、続いて16℃の雰囲気温度に1時間保管し、次に12℃の雰囲気温度に2時間保管し、次に8℃の雰囲気温度に4時間保管し、その後4℃で保存することを特徴とする希釈精液の保存方法の構成とした。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、以上の構成であるから以下の効果が得られる。低コストで、簡易に精液希釈液が作成できる。また、本希釈液を用いることで希釈精液中の精子の過活性状態を従来の希釈液に比べ極めて高く維持することができる。さらに、冷蔵保存日数を従来(4日〜5日)に比べ格段に延長(7日〜10日)することができる。
【0015】
従って、豚においては、人工授精の普及に貢献する。それによって、種雄豚の飼育頭数を減らすことができ、養豚農家の労力が格段に軽減されるなどの経済効果は大きい。さらに、豚以外の哺乳動物、例えば、牛、馬などの家畜動物、その他希少野生動物などの精液の希釈及び冷蔵保存にも有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
精液を希釈し、液体状態で長期保存するという目的を、ルチンと、アボガド油、椿油、アーモンド油から選ばれる1種または2種以上の油脂(下記その他油脂を含んでもよい)と、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで乳化した乳化油脂とを含む精液希釈液と、精液を35℃〜37℃に保持しながら混合し、室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、続いて16℃の雰囲気温度に1時間保管し、次に12℃の雰囲気温度に2時間保管し、次に8℃の雰囲気温度に4時間保管し、その後4℃で保存することすることで実現した。前記その他油脂が、パンプキンシード油、ババス油、ルリヂサ油、クロスグリ種子油、カノーラ油、ヒマシ油、ココヤシ油、トウモロコシ油、綿実油、マツヨイグサ油、ブドウ種子油、アメリカホドイモ油、カラシナ種油、オリーブ油、パーム油、パーム核油、ラッカセイ油、ナタネ油、サフラワー油、ゴマ油、サメ肝油、ダイズ油、ヒマワリ油、それらの硬化油、それらの分抽油、レシチン、グリセリルトリカプロエート、グリセリルトリカプリレート、グリセリルトリカプレートグリセリルトリウンデカノエート、グリセリルトリラウレート、グリセリルトリオレエート、グリセリルトリリノレート、グリセリルトリリノレネート、グリセリルトリカプリレート/カプレート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/ラウレート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/リノレエート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/ステアレート、飽和ポリグリコール化グリセリド、リノールグリセリド、カプリル酸/カプリン酸グリセリド、改変トリグリセリド、分別されたトリグリセリド、αトコフェノールから選ばれる1種または2種以上とする。
【実施例1】
【0017】
以下、添付図面に基づき、本発明である精液希釈液について詳細に説明する。図1は、ルチンを含む精液希釈液で精液を希釈し、保存したときの精子の過活性状態を評価した結果を示す図である。図1(A)は、精子の過活性状態の評価結果である。図1(B)は、精子の過活性状態の評価方法を示す表である。図1(C)は、図1(A)の評価結果をグラフにしたものである。
【0018】
試験方法:採精した直後の豚(デュロック種)の精液、50mlと、モデナ液1000mlに、ルチン0.01g、または0.005gを含む希釈液950mlとを、35℃〜37℃の温度を保持しながら、精液が約20倍になるように希釈混合し、希釈精液を作成した。なお、ルチンは、株式会社常磐植物科学研究所製を用いた。含有率は99.7%である。
【0019】
その後、16℃のインキュベーターに保持し、約3時間経過後、約37℃に保持したウォーターバスで10分間加温した。続いて、37℃に保持したスライドガラスに前記希釈精液を15μ滴下し、顕微鏡下で過活性化状態の精子数を、無添加区と比較しながら観察し、図1(B)の判断基準で判断した。これら同一の精液希釈液の顕微鏡観察を3回繰り返した。
【0020】
図1(A)の「添加物」とは、モデナ液1000mlに添加したルチンの量(g)である。従って、「ルチン0.01g」とは、精液の原液がルチン0.01g/モデナ液1000mlの濃度の精液希釈液で10〜20倍に希釈されていること、「ルチン0.005g」とは、精液の原液がルチン0.005g/モデナ液1000mlの濃度の精液希釈液で10〜20倍に希釈されていること、「無添加区」とは、精液の原液がモデナ液で10〜20倍に希釈されている希釈精液のことを意味する。
【0021】
図1(A)の「平均値」とは、低温保存試験を5回繰り返し、上述のように過活性状態の精子数を計測し、ルチン無添加区を1としたときの活性化状態にある精子の頻度を、図1(B)の基準で判定したときの評価点の平均値である。
【0022】
なお、各繰り返し試験によって得られた平均値の「標準偏差」は、ルチン0.01gで、「0.33」、及びルチン0.005gで「0.50」であったことから、各繰り返し試験間に再現性があることが分かる。
【0023】
図1の結果は、従来から使用されているモデナ液に、ルチンを添加した精液希釈液で、精液を10〜20倍に希釈した場合、従来のモデナ液(無添加区)に比べ、過活性状態の精子が極めて多いことを示している。
【0024】
なお、ここでは、従来から使用されているモデナ液1000mlに対して、ルチンを0.01g、0.005g添加した精液希釈液で、精液を10〜20倍に希釈した結果のみ示したが、希釈精液中の精子の過活性状態は、モデナ液1000mlに対して、ルチン0.001g添加したときも有意に差があり良好であった。また、添加量を段階的に増やしたとき、モデナ液1000mlに対して、ルチン0.1g以上では、過活性状態の増加傾向に変化は見られなかった。
【0025】
つまり、ルチンにより冷蔵保存における精子の過活性状態を向上させるためには、好ましくはモデナ液などの精液の希釈液1000mlに対して、ルチンを0.001g〜0.1g添加することである。0.001g/希釈液1000mlより低濃度では、過活性状態は、ルチン無添加のものと同程度であり、0.1g/希釈液1000mlより高濃度では、過活性状態に0.1g/希釈液1000mlの場合と差異はなく、希釈液製造コストが高くなり、好ましくない。
【0026】
従って、ルチンの添加量は、より好ましくはモデナ液などの精液の希釈液1000mlに対して、ルチンを0.005g〜0.01gである。
【0027】
図1の結果から、ルチンを含む本発明である精液希釈液は、従来のモデナ液による希釈、冷蔵保存に比べ、初期の過活性精子が極めて多いことから、希釈され液体状態で、より長期の冷蔵保存が可能であると言える。また、従来の精液保存用希釈液(特許文献1)が4〜5倍の希釈であるのに対して、本発明では、20倍に希釈しており、それでも受精率が実用可能範囲にあり、種雄の飼育頭数を減少することが可能であると言える。
【0028】
図2は、本発明である精液希釈液を用いて精液を希釈し、冷蔵保存したときの精子の生存率を観察した結果である。図2(A)は、各種添加物をモデナ液に添加し、各種冷却方法で冷却し、10日間まで冷蔵保存したときの、精子の生存率を観察した結果である。図2(B)は、図2(A)の結果をグラフにしたものである。縦軸SR(%)は、生存率であり、横軸dayは、保存期間及び生存率を測定した日である。
【0029】
図2(A)のT1〜T6は各試験区であり、各試験区は以下の方法で精液を希釈し、0日(図中0)〜10日間(図中10D)まで4℃で保存し、0日(希釈後1時間目)、1日(図中1D)、4日(4D)、7日(7D)、10日(10D)目に生存精子を以下の方法で観測し、以下の方法で生存率を計算した。
【0030】
なお、生存率は、同様の試験を5回繰り返したときの、平均値として記載した。また、±は全ての試験の値の内、平均値から最も離れた、最低値、最高値までの差分を表す。
【0031】
ここで、使用した精液は、豚(デュロック種)精液であり、採精直後のものを使用した。モデナ液は、上述の組成である。生存精子の測定は、顕微鏡下で観察時に前進運動を行っているものを生存精子として判定した。生存率は、次式(1)により求めた。
生存率(%)=(生存精子数/観察精子数)×100・・・式(1)
【0032】
「T1」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル(対油当たり0.1重量%、残り蒸留水)で乳化したレシチン(0.4g相当)をモデナ液1000mlに添加した、本発明である精液希釈液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈した。なお、レシチンは卵黄黄レシチンであり、キューピー株式会社製、品番PL−30Sを用いた。以下、同じ。また、ここでは卵黄レシチンを油脂として添加している。
【0033】
次に、図3に示す(A)の方法、即ち、前記20倍希釈精液を、室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、続いて16℃の雰囲気温度に1時間保管し、次に12℃の雰囲気温度に2時間保管し、次に8℃の雰囲気温度に4時間保管する多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。
【0034】
なお、乳化は高圧ホモミキサーを用いて、2500rpm、5分間行った。以下同じ。また、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルは、アクノーベル株式会社製、品番BREDOL694を用いた。
【0035】
「T2」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、モデナ液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈し、図3に示す(A)の方法で、多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。
【0036】
「T3」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、ラウリル硫酸ナトリウム(対レシチン当たり0.1%重量%、残り蒸留水)で乳化したレシチン(0.4g相当)をモデナ液1000mlに添加した精液希釈液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈し、図3に示す(A)の方法で、多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。なお、ラウリル硫酸ナトリウムは株式会社和光純薬社製、生化学用を使用した。
【0037】
「T4」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、OEP(対レシチン当たり0.1%重量%、残り蒸留水)で乳化したレシチン(0.4g相当)をモデナ液1000mlに添加した精液希釈液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈し、図3に示す(A)の方法で、多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。なお、OEPは株式会社宮崎化学薬品株式会社、EQUEX STMのことである。
【0038】
「T5」は、「T1」で調整した精液希釈液を、多段階冷却することなく、希釈後、直ちに、4℃のインキュベーターで冷却し、10日間保持した。
【0039】
「T6」は、「T2」で調整した精液希釈液を、多段階冷却することなく、希釈後、直ちに、4℃のインキュベーターで冷却し、10日間保持した。
【0040】
図2の結果は、従来から用いられている精液希釈液であるモデナ液を用い精液を希釈し、多段階冷却することなく、直ちに冷却した場合(T6)に比べ、レシチンをモデナ液に加えた本発明である精液希釈液(T5)は、各生存率測定日の全てで、約1.5倍の生存率があったことを示している。
【0041】
また、図3に示す多段階冷却を採用した場合(T1)では、従来のモデナ液(T6)が、1日で生存率がほぼ50%まで低下してしまうのに対して、10日目においてもなお生存率が60%以上あった。さらに、T1の結果では、従来から豚精液希釈液として使用されているラウリル硫酸ナトリウム(T3)、OEP(T4)よりも生存率が、各生存率測定日の全てで上回っていた。
【0042】
加えて、従来のモデナ液によって精液を希釈し、図3に示す多段階冷却を行った場合(T2)は、希釈後、直ちに4℃に冷却する場合(T6)の生存率50%に低下する保存日数で比べると、T6が4℃保存後1日目で生存率50%に低下するのに対して、T2では4℃保存10日目まで生存率50%に低下しなかった。
【0043】
なお、豚の希釈精液が実用に耐えるためには、概ね70%の生存率が必要であるとされる。ここでは、精液の希釈倍率20倍としたため、生存率70%を低下するときもあるが、適宜、精液の希釈倍率を選択することにより、生存率70%と同等の受精率を維持し、10日間、4℃で保存し、人工授精に利用することは十分可能である。
【0044】
例えば、T1では8〜9倍希釈で十分である。またT2では3〜5倍程度、T5では2倍程度で十分受精率を維持し、実用に耐える。さらに、現代の流通事情を考慮すれば、7日間の4℃液体冷蔵保存が可能であれば、本発明である精液希釈液及び本発明である多段階冷却による希釈精液の保存方法によって作成された冷蔵保存希釈精液は、十分実用に耐えると言える。
【0045】
さらに、本発明に上述の濃度のルチンを添加することで、生存率が伸び、過活性状態の精子が増加し、保存日数を延長することができるのは勿論である。また、本発明である精液希釈液、希釈精液の保存方法は、豚精子のみならず、ほ乳類、家畜全般の精液の希釈及び冷蔵保存に適用できることも勿論である。
【0046】
従って、4℃で10日間の保存でも、十分実用に耐えるほど、希釈精液の冷蔵保存技術が格段に進歩したことにより、冷蔵保存日数、受胎率に起因した豚の人工授精の問題を解決し、豚の人工授精普及率を向上させることができると言える。それにより、種雄豚の飼育頭数を低下させ、養豚農家の労力の低減など経済効果は極めて大きい。
【0047】
なお、ここでの添加物は、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで乳化した「レシチン0.4g相当/1000mlモデナ液」としたが、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで乳化したアーモンド油0.4g相当/1000mlモデナ液、
椿油0.4g相当/1000mlモデナ液、アボガド油0.4g相当/1000mlモデナ液で10〜20倍に希釈した精液でも、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで乳化した「レシチン0.4g相当/1000mlモデナ液」で10〜20倍に希釈した精液と同等の精子の過活性状態、生存率、受精率を維持した冷蔵保存(急速冷却、多段階冷却ともに)が可能であった。詳細は図4を参照して後述する。
【0048】
以下、添付図面に基づき、本発明である希釈精液の保存方法について詳細に説明する。図3は、本発明である希釈精液の保存方法の実施形態の一例を示す図である
【0049】
図中の縦軸(temp.)は、希釈精液を冷却したときの外気の温度で、単位は℃である。横軸(time)は、希釈精液の冷却時間である。
【0050】
図中の(A)は、本発明である希釈精液の冷却方法の一例である。図中の(B)は、特許文献1に示された冷却方法である。図中の(C)は、特許文献3に示された冷却方法である。
【0051】
本発明である希釈精液の保存方法(A)の一例は、精液と精液希釈液を35℃〜37℃に保持しながら混合し、室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、自然冷却し、続いてインキュベーターを0.75℃/分の温度変化速度で16℃に達温させ、その雰囲気温度に1時間保管し、次にインキュベーターを0.75℃/分の温度変化速度で12℃に達温させ、その雰囲気温度に2時間保管し、次にインキュベーターを0.75℃/分の温度変化速度で8℃に達温させ、その雰囲気温度に4時間保管し、その後インキュベーターを0.75℃/分の温度変化速度で4℃に達温させ、4℃で希釈精液を保存する。このような多段階冷却を特徴とする。
【0052】
なお、多段階冷却は、6時間から12時間程度の時間をかけ、緩やかに低下するよう(スムーズな曲線を描く場合も含む)に冷却する方法であれば、図3に示す温度、時間に限定されることなく、同等の精子の過活性状態を維持し、長期冷蔵(4℃で10日ほど)が可能である。
【0053】
また、多段階冷却に用いる希釈精液には、本発明である精液希釈液、従来から知られている精液希釈液、それらに他の試薬を添加した希釈液、その他希釈液が含まれ、さらに凍結保存用に希釈された希釈精液も含むものとする。
【0054】
一方、特許文献1に示された冷却方法(B)は、希釈精液を約2時間30分かけて精液の希釈温度である35℃から16℃に温度を降下させ、続いて約1時間20分かけて5℃まで温度を降下させ、その温度で冷蔵保存する。上述したように、特許文献1の方法では、十分実用に耐える冷蔵保存を実現できるとは言い難い。
【0055】
また、特許文献3に示された冷却方法(C)は、希釈精液を0.2℃〜0.5℃/分の温度の変化速度で0℃〜10℃に温度を降下させ、その温度の中で4時間〜21時間保持し、続いて−40℃〜−100℃に冷却し、その温度の中で7分〜20分間保持し、さらに−190℃〜−200℃に冷却し、その温度で凍結保存する。
【0056】
上記冷却方法(C)では、第1に、乳化作用がある油脂(レシチン)を添加しているが、他の油脂を完全に乳化するわけではないため、顕微鏡で観察した時に、レシチンの粒子が不純物と混同してしまう可能性がある。第2に、現在流通している16℃保存用の希釈精液(モデナ液)の製造に比べて、製品完成までの時間がかかってしまうなどの欠点がある。
【実施例2】
【0057】
図4は、特定の油脂を含む精液希釈液で精液を希釈し、保存したときの精子の過活性状態を評価した結果を示す図である。
【0058】
図4(A)は、上記油脂をモデナ液に添加し、各種冷却方法で冷却し、10日間まで冷蔵保存したときの、精子の生存率を観察した結果である。図2(B)は、図2(A)の結果をグラフにしたものである。縦軸SR(%)は、生存率であり、横軸dayは、保存期間及び生存率を測定した日である。
【0059】
図4(A)のN1〜N6は各試験区であり、各試験区は実施例1と同様の方法で精液を希釈し、0日(図中0)〜10日間(図中10D)まで4℃で保存し、0日(希釈後1時間目)、1日(図中1D)、4日(4D)、7日(7D)、10日(10D)目に生存精子を実施例1で説明した方法で観測し、実施例1の方法で生存率を計算した。なお、ここでは、主にルチンに換え、アボガド油、椿油、アーモンド油について検討した。
【0060】
「N1」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、レシチン(0.1g相当)で乳化したアーモンド油(0.3g相当)をモデナ液1000mlに添加した本発明である精液希釈液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈した。
【0061】
次に、図3に示す(A)の方法、即ち、前記20倍希釈精液を、室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、続いて16℃の雰囲気温度に1時間保管し、次に12℃の雰囲気温度に2時間保管し、次に8℃の雰囲気温度に4時間保管する多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。なお、アーモンド油は、シグマアルドリッチジャパン株式会社製、品番A2154を用いた。
【0062】
「N2」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、レシチン(0.1g相当)で乳化したアボガド油(0.3g相当)をモデナ液1000mlに添加した本発明である精液希釈液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈し、図3に示す(A)の方法で、多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。なお、アボガド油は、食用アボガドオイルを用いた。
【0063】
「N3」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、レシチン(0.1g相当)で乳化した椿油(0.3g相当)をモデナ液1000mlに添加した精液希釈液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈し、図3に示す(A)の方法で、多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。なお、椿油は、山圭産業株式会社製を用いた。
【0064】
「N4」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、レシチン(0.1g相当)をモデナ液1000mlに添加した精液希釈液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈し、図3に示す(A)の方法で、多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。
【0065】
「N5」は、採取した精液を35℃〜37℃に保持しながら、モデナ液(35℃〜37℃)で、20倍に希釈し、図3に示す(A)の方法で、多段階冷却を行い、最後に4℃のインキュベーター中に10日間保持した。
【0066】
図4の結果は、従来から用いられている精液希釈液であるモデナ液を用い精液を希釈し、多段階冷却した場合に比べ、レシチン、レシチンで乳化されたアーモンド油、アボガド油、椿油を添加したモデナ液によって希釈した精液希釈液の多段階冷却では、各生存率測定日の全てにおいて生存率が高かったこと示している。
【0067】
さらに、レシチン単独添加(N5)に比べ、アーモンド油、アボガド油、椿油を含む精液希釈液による希釈、保存では、同等以上の保存効果がみられた。従って、アーモンド油、アボガド油、椿油には、精子の活性低下抑制効果あるといえる。
【0068】
なお、これらアーモンド油、アボガド油、椿油の含有量は、希釈液1000ml当たり、単独で0.05g〜0.2gがよく、より好ましいくは0.1gである。さらには、アーモンド油、アボガド油、椿油をそれぞれ単独で添加する場合は、0.1gをレシチン0.3gで乳化することがより望ましい。
【0069】
また、アーモンド油、アボガド油、椿油を単独で、モデナ液に0.05より少ない量を添加しても、精子の生存率改善効果がなく、0.2gより多く添加した場案は、改善効果がみられず、逆に精子に致死的に作用してしまった。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】ルチンを含む精液希釈液で精液を希釈し、保存したときの精子の過活性状態を評価した結果を示す図である。
【図2】本発明である精液希釈液を用いて精液を希釈し、冷蔵保存したときの精子の生存率を観察した結果である。
【図3】本発明である希釈精液の保存方法の実施形態の一例を示す図である。
【図4】特定の油脂を含む精液希釈液で精液を希釈し、保存したときの精子の過活性状態を評価した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルチンを含むことを特徴とする精液希釈液。
【請求項2】
アボガド油、椿油、アーモンド油から選ばれる1種または2種以上の油脂を含むことを特徴とする精液希釈液。
【請求項3】
アボガド油、椿油、アーモンド油から選ばれる1種または2種以上の油脂と、パンプキンシード油、ババス油、ルリヂサ油、クロスグリ種子油、カノーラ油、ヒマシ油、ココヤシ油、トウモロコシ油、綿実油、マツヨイグサ油、ブドウ種子油、アメリカホドイモ油、カラシナ種油、オリーブ油、パーム油、パーム核油、ラッカセイ油、ナタネ油、サフラワー油、ゴマ油、サメ肝油、ダイズ油、ヒマワリ油、それらの硬化油、それらの分抽油、レシチン、グリセリルトリカプロエート、グリセリルトリカプリレート、グリセリルトリカプレートグリセリルトリウンデカノエート、グリセリルトリラウレート、グリセリルトリオレエート、グリセリルトリリノレート、グリセリルトリリノレネート、グリセリルトリカプリレート/カプレート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/ラウレート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/リノレエート、グリセリルトリカプリレート/カプレート/ステアレート、飽和ポリグリコール化グリセリド、リノールグリセリド、カプリル酸/カプリン酸グリセリド、改変トリグリセリド、分別されたトリグリセリド、αトコフェノールから選ばれる1種または2種以上の油脂との混合油脂を含むこと特徴とする精液希釈液。
【請求項4】
ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステルで、油脂が乳化された乳化油脂を含むことを特徴とする請求項2又は3に記載の精液希釈液。
【請求項5】
ルチン、請求項2の油脂、請求項3の混合油脂、請求項4の乳化油脂の何れか2種以上を含むことを特徴とする精液希釈液。
【請求項6】
精液に、請求項1、2、3または4の精液希釈液を添加し、精液を希釈し、低温に冷却することを特徴とする希釈精液の保存方法。
【請求項7】
冷却が、多段階冷却であることを特徴とする請求項5に記載の希釈精液の保存方法。
【請求項8】
多段階冷却が、精液と精液希釈液を35℃〜37℃に保持しながら混合し、室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、続いて16℃の雰囲気温度に1時間保管し、次に12℃の雰囲気温度に2時間保管し、次に8℃の雰囲気温度に4時間保管し、その後4℃で保存することを特徴とする請求項6に記載の希釈精液の保存方法。
【請求項9】
希釈精液を室温(20℃程度)に30分〜1時間放置し、続いて16℃の雰囲気温度に1時間保管し、次に12℃の雰囲気温度に2時間保管し、次に8℃の雰囲気温度に4時間保管し、その後4℃で保存することを特徴とする希釈精液の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−63235(P2008−63235A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−239703(P2006−239703)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【出願人】(000201641)全国農業協同組合連合会 (69)
【出願人】(591220746)株式会社科学飼料研究所 (11)
【Fターム(参考)】