説明

糖二分岐シクロデキストリン誘導体

【課題】 薬剤包接能が高い、シクロデキストリン誘導体の提供。
【解決手段】 シクロデキストリンと糖分子を結合させるスペーサーの原料に2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノールを利用することで、スペーサー中に芳香族基を持ち、種々の糖分子が2分岐したシクロデキストリン誘導体を製造することを可能とした。スペーサー中にフェニル基が2個あることで生体内でアントラサイクリン系の医薬を強固に保持して輸送する機能が強く、また分枝末端には糖あるいは糖鎖を2つ持つ構造であることから、糖分子認識レクチンタンパク質等の生体分子との相互作用が強いことが期待される医薬輸送キャリアの開発に成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的医薬輸送システムの薬剤キャリアとして注目されている糖分岐シクロデキストリンに関するものある。詳しくは、2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノールを原料として化学修飾した糖化合物と、ヘプタキス-(2,3-ジ-O-ベンジル)-6B,6C,6E,6F,6G-ペンタ-O-ベンジル-β-シクロデキストリンをカップリング縮合させた後に、糖水酸基の保護基を脱保護して得られる糖二分岐シクロデキストリン誘導体とその製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖分岐シクロデキストリンは、糖分子が持つ生体内のレクチンタンパク質に対する認識能とシクロデキストリンが持つ薬剤包接能とを併せ持つことから、標的医薬輸送システムとしての利用が期待されている。このような見地から、糖分岐シクロデキストリンを製造する方法が多数報告されるに至っている(例えば非特許文献1−4を参照)。糖分岐シクロデキストリンは、薬剤をシクロデキストリンの空洞内に取り込み目的とする細胞へ送ることから、薬剤をキャリアに結合させる必要がなく、また包接が可能な薬剤であれば、容易な薬剤調製を可能とする。反面、薬剤を非共有結合で輸送するために、輸送中に薬剤漏れの懸念がある。シクロデキストリンには元来、疎水性の薬剤分子を取り込む能力があるが、より効率性の優れた薬剤キャリア分子の開発には、薬剤の保持力が高い、薬剤に対して高い会合定数を持つシクロデキストリン誘導体の開発が必要である。このような機能を有するシクロデキストリン誘導体として、シクロデキストリンと糖分子を結合させるスペーサーに芳香族基を導入することで、アントラサイクリン系の制癌剤であるドキソルビシンを極めて高い会合定数で保持することが報告されている(非特許文献4を参照)。
【0003】
しかしながら、この報告されている方法では天然から得られる4-ヒドロキシフェニル β-グルコピラノシドを用いているため、糖分子はグルコースのみしか使用することができず、また糖分子とフェニル基間にスペーサーを入れることもできないため、多様性のある糖分岐シクロデキストリン誘導体の設計をすることに欠点があり、標的医薬輸送システムへの適用性に乏しい。
【非特許文献1】T. Furuikeら、「Chemical and Enzymatic synthesis of Glycocluster Having Sialyl Lewis X Arrays Using β-Cyclodexytrin As a Key Scaffold Material」、Tetrahedron, 2005年, 61巻, 1737ページ.
【非特許文献2】R. Royら、「Synthesis of Persialylated β-Cyclodextrins」、Journal of Organic Chemistry, 2000年, 65巻, 8743ページ.
【非特許文献3】H. Abeら、「Structural Effects of Oligosaccharide-branched Cyclodextrins on The Dual Recognition Toward Lectin and Drug」、Journal of Inclusion Phenomena and Macrocyclic Chemistry, 2002年, 44巻, 39ページ.
【非特許文献4】T. Yamanoiら、「Synthesis of mono-Glucose-branched Cyclodextrins With a High Inclusion Ability For Doxorubicin And Their Efficient Glycosylation Using Mucor hiemalis Endo-β-N-acetylglucosaminidase」、Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 2005年, 15巻, 1009ページ.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、アントラサイクリン系薬剤に対して高い会合定数を持つことが期待される種々の糖が分岐したシクロデキストリン誘導体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
アントラサイクリン系薬剤に対して高い会合定数を持つことが期待される糖分岐シクロデキストリン誘導体について鋭意研究をした結果、シクロデキストリンと糖分子を結合させるスペーサーの原料に2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノールを利用することで、種々の糖分子が2分岐したシクロデキストリン誘導体を製造することができ、本発明に到達した。
【0006】
すなわち、本発明はシクロデキストリンと種々糖分子を結合させる際のスペーサーの原料に2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノールを利用し、スペーサー中に芳香族基を持つことを特徴とする糖二分岐シクロデキストリン誘導体(1及び2)とその製造法に関するものである。
【化3】

(式中、n=1-8、Rはグリコシド結合で結合したグルコース、マンノース、ガラクトース、N−アセチル‐グルコサミン、グルコサミン、フコース、N−アセチルノイラミン酸、あるいは、グルコース、マンノース、ガラクトース、N−アセチル‐グルコサミン、グルコサミン、フコース、N−アセチルノイラミン酸から構成される二糖または三糖。)
【化4】

【発明の効果】
【0007】
アントラサイクリン系の薬剤は、ドキソルビシン、イダマイシン、ダウノマイシンやラビルビシン等が知られ、抗生物質や制癌剤や抗癌剤として作用する。本発明の糖分岐シクロデキストリン誘導体は、これらのアントラサイクリン系の薬剤に対する包接力が強いことが期待され、標的医薬輸送システムの薬剤キャリアとしての利用が期待される。また、種々の糖分子が導入可能であることから、酵素反応の受容体として働き、さらに糖分子を構築後に薬剤キャリアとしての利用も可能であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、アントラサイクリン系抗生物質を高い会合定数で包接することが期待され、医薬輸送キャリアとして有効な糖二分岐シクロデキストリン誘導体に関するものである。
【0009】
本発明の糖二分岐シクロデキストリン誘導体[1]では、シクロデキストリンと分岐した糖分子とを繋ぐスペーサーに芳香族基が存在することで、シクロデキストリンの空洞内の疎水性が向上するとともに、さらにこの二つの芳香族基がアントラサイクリン系薬剤の芳香族部位を挟み込むようなスタッキング現象を起こし、強いパイ電子相互作用が生じることで、ドキソルビシンを高い会合定数で包接することができるものと推測される。
【0010】
すなわち、本発明の工夫は、シクロデキストリンと糖分子を繋ぐスペーサーの原料に2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノールを利用することで、スペーサー中にアントラサイクリン系抗生物質を高い会合定数で包接が期待されるフェニルを有し、種々の糖分子を導入可能な糖二分岐シクロデキストリン誘導体である。
【0011】
次に、二本鎖糖分岐シクロデキストリン誘導体[1]及び [2]について説明する。β−シクロデキストリンとフェニル基を繋ぐメチレン鎖は、炭素数が1から8までのものを使用することができるが、好ましくは1から5までのものを使用する。また、2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノール由来の一級水酸基に導入できる糖分子は、グルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチル-D-グルコサミン、フコース、グルコサミン、N−アセチルノイラミン酸等の周知の単糖を使用することができる。また、グルコース、マンノース、ガラクトース、N-アセチル-D-グルコサミン、フコース、グルコサミン、N−アセチルノイラミン酸から構成される周知の二糖及び三糖を使用することができる。単糖、二糖及び三糖は2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノール由来の一級水酸基にグリコシド結合で導入するが、そのグリコシド結合は、α及びβのいずれかの結合、あるいはα及びβが混在したグリコシド結合でも一向に構わない。
【0012】
Yamanoiらの(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 2005年, 15巻, 1009ページ)記載の方法と同じように、2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノールに当量の炭酸セシウムを反応させて、セシウム塩とした後に、臭化アリルを反応させることで、フェノール性水酸基をアリル化した2-(4-アリルオキシフェニル)エタノールを製造した。
【0013】
次に2-(4-アリルオキシフェニル)エタノールへのグリコシル化について説明する。チオグリコシド、グリコシルイミデート、フッ化グリコシル、1-O-アシレート糖などの周知の糖供与体を使用できる。反応条件は、これらの糖供与体に特有の周知のグリコシル化反応条件(活性化剤、溶媒、温度、モル比)で行なうことは言うまでもない。
【0014】
必要に応じて糖水酸基はベンジル基へと変換した単糖、二糖あるいは三糖の2'-(4-アリルオキシフェニル)エチルグリコシド体の末端オレフィンは、Yamanoiらの(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 2005年, 15巻, 1009ページ)記載の方法と同じように、9-borabicyclo[3.3.1]nonaneを用いたヒドロホウ素化反応、つづく水酸化ナトリウム水溶液による加水分解によってアルコールに変換し、ヨウ素とトリフェニルホスフィンを用いて得られる単糖、二糖あるいは三糖の2'-(4-(3−ヨードプロピルオキシ)フェニル)エチルグリコシド体と導いた。
【0015】
W. Wangらの(Tetrahedron Asymmetry, 2001年, 12巻, 517ページ.)記載の方法、すなわち、パーベンジル-β-シクロデキストリンをジイソブチルアルミニウムハイドライドで還元的処理で得られるヘプタキス-(2,3-ジ-O-ベンジル)-6B,6C,6E,6F,6G-ペンタ-O-ベンジル-β-シクロデキストリンとのカップリング反応については、ジメチルホルムアミド中、水酸化カリウムを用いる水酸基のアルキル化反応を利用する。2,3,4,6-テトラ-O-ベンジル-p-(3-ヨードプロピル)-フェニル ヘキソピラノシドは、ヘプタキス-(2,3-ジ-O-ベンジル)-6B,6C,6E,6F,6G-ペンタ-O-ベンジル-β-シクロデキストリンに対しての使用量については特に制限はないが、好ましくは2から5当量で使用する。また、水酸化カリウムは、2,3,4,6-テトラ-O-ベンジル-p-(3−ヨードプロピル)-フェニル-β-D-グルコピラノシドに対して、10倍から1000倍で使用することができるが、好ましくは20倍から200倍で使用する。本アルキル化反応では、ジメチルホルムアミドあるいはテトラヒドロフラン中、水酸化ナトリウムあるいは水素化ナトリウムを用いる周知のウイリアムソンエーテル合成法が使えることは言うまでもない。
【実施例】
【0016】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、以下の実施例により何等の制限を受けるものではない。
[実施例1]
ヘプタキス-(2,3-ジ-O-ベンジル)-6B,6C,6E,6F,6G-ペンタ-O-ベンジル-β-シクロデキストリン(67.8 mg/ 0.023 mmol)と(3−ヨードプロピルオキシフェニル)エチル2,3,4,6-テトラ-O-ベンジル-β-D-ガラクトピラノシド(76.8 mg/0.093 mmol)をナスフラスコに入れて、ジメチルホルムアミド(7 ml)を加え、更に、水酸化カリウム(177.3 mg/2.7 mmol)とヨウ化テトラアンモニウム(1.8 mg/0.006 mmol)を加えて、塩化カルシウム管をつけて、室温で3日間攪拌した。酢酸エチルと塩を用いて有機層を抽出し、無水硫酸ナトリウムによって乾燥させた。薄層クロマトグラフィー(展開溶媒比ヘキサン:酢酸エチル=2:1)によって精製を行い、ヘプタキス(2,3-ジ-O-ベンジル)-6A,6D-ジ-O-{(3−プロピルオキシフェニル)エチル2,3,4,6-テトラ-O-ベンジル-β-D-ガラクトピラノシド}-6B,6C,6E,6F,6G-ペンタ-O-ベンジル-β-シクロデキストリン(63.9 mg)が収率63%、オイルで得られた。
MALDI-TOF MS; Found: m/z [M+Na]+ 4272.9: Calcd for [M+Na]+ 4268.9.
【0017】
ヘプタキス(2,3-ジ-O-ベンジル)-6A,6D-ジ-O-{(3−プロピルオキシフェニル)エチル2,3,4,6-テトラ-O-ベンジル-β-D-ガラクトピラノシド}-6B,6C,6E,6F,6G-ペンタ-O-ベンジル-β-シクロデキストリン(55.8 mg/0.013 mmol)を二股ナスフラスコに入れ、さらに水酸化パラジウム(58.6 mg/0.36 mmol)を加えてジメチルホルムアミド(5 ml)に溶解し、室温で攪拌しながら水素発生機による水素添加を4時間行った。反応追跡はTLCによって行い、必要に応じてさらに溶媒を加えた。ひだ折れろ過によって水酸化パラジウムを取り除き、更にメンブランフィルターによってろ過し、凍結乾燥を行った。次にゲルろ過(Sephadex G-25,溶出溶媒;5%エタノール水溶液,流速;0.198ml/min)によって精製し、凍結乾燥を行った結果、6A,6D-ビス-O-{(3−プロピルオキシフェニル)エチル β-D-ガラクトピラノシド}-β-シクロデキストリン[2](16.7 mg)が収率70%、白色結晶で得られた。
MALDI-TOF MS; Found: m/z [M+Na]+ 1837.9: Calcd for [M+Na]+ 1837.7.
【産業上の利用可能性】
【0018】
標的医薬輸送システムの薬剤輸送キャリアとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記[1]に示される糖二分岐シクロデキストリン誘導体。
【化1】

(式中、n=1-8、Rはグリコシド結合で結合したグルコース、マンノース、ガラクトース、N−アセチル‐グルコサミン、グルコサミン、フコース、N−アセチルノイラミン酸、あるいは、グルコース、マンノース、ガラクトース、N−アセチル‐グルコサミン、グルコサミン、フコース、N−アセチルノイラミン酸から構成される二糖または三糖。)
【請求項2】
下記[2]に示される糖二分岐シクロデキストリン誘導体。
【化2】

【請求項3】
2-(4-ヒドロキシフェニル)エタノールを原料に用いることを特徴とする請求項1または2記載の糖二分岐シクロデキストリン誘導体の製造法。
【請求項4】
ヘプタキス-(2,3-ジ-O-ベンジル)-6B,6C,6E,6F,6G-ペンタ-O-ベンジル-β-シクロデキストリンを原料に用いることを特徴とする請求項3記載の製造法。

【公開番号】特開2007−238763(P2007−238763A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−63078(P2006−63078)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000173924)財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】