説明

糖代謝評価方法

【課題】腸内細菌を指標とした生体内糖代謝の評価方法の提供。
【解決手段】被験者の腸内細菌叢中におけるBacteroides及びClostridium cluster IVの割合を測定することを特徴とする糖代謝異常の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内糖代謝の評価に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食生活の西洋化などにより、糖代謝異常疾患に罹患する患者が著しく増加している。糖代謝異常に起因する疾患として様々なものが知られているが、代表的な疾患として、糖代謝機能の低下によって生じる糖尿病を挙げることができる。2型糖尿病は、遺伝素因に過食、運動不足などの環境因子が加わり、インスリン抵抗性やインスリン分泌不全により発症する疾患である。また糖代謝の異常は、糖尿病以外にも、肥満症に代表されるいわゆるメタボリックシンドロームとして知られる諸症状の原因にもなっている。
【0003】
一般的な健康診断においては、糖代謝異常又は糖尿病の診断は、空腹時血糖値のみに基づいて行われている。この診断には、食事制限や侵襲性のある採血の過程を含むため、健診対象者への負担が大きい。また、空腹時血糖値のみでは、糖代謝異常の原因となるインスリン抵抗性を判断する正確性が不足すると考えられる。対象者の身体に対する負担がより少なく、且つ糖代謝異常関連疾患のより正確な診断を可能とする検査方法が求められている。
【0004】
ヒトの体内には100種類以上、100兆個以上の腸内細菌が生存し、これらの多様な細菌群は、消化管内部で互いに排除したり共生関係を築きながら、腸内フロラを形成している。腸内細菌は、消化管内で、人体にとって難分解性の多糖類をエネルギー源に転換したり、ビタミンやミネラルの合成や吸収を助けたり、病原菌の増殖するのを抑えて感染を予防したり、また免疫系への関与等、様々な役割を果たしていることが知られている。
【0005】
腸内細菌と肥満との関係も報告されている。非特許文献1では、肥満者では健常者に比べて、腸内細菌叢に占めるFirmicutesの割合が高く、一方Bacteroidesの割合が低いことが報告されている。非特許文献2でも、肥満マウスでは痩身マウスに比べて、腸内細菌叢に占めるFirmicutesの割合が高く、一方Bacteroidesの割合が低いことが報告されている。しかし、腸内細菌と生体内糖代謝との関連性については未だ報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ley RE et al., Nature, 2006, 444:1022-3
【非特許文献2】Backhed F et al., Proc Natl Acad Sci USA, 2005, 102:11070-5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、腸内細菌を指標とした生体内糖代謝の評価に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、生体の腸内細菌の状態と生理的活動との関連性について調べたところ、糞便に含まれる腸内細菌群中における特定の腸内細菌種の存在比が生体内での糖代謝と関連性を有することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、被験者の腸内細菌叢中におけるBacteroides及びClostridium cluster IVの割合を測定することを特徴とする糖代謝異常の評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、簡易且つ非侵襲的に、インスリン抵抗性のレベルや糖代謝異常のリスクを評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】被験者65名の主成分得点分布図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明による糖代謝異常の評価方法においては、被験者の腸内細菌叢中におけるBacteroides及びClostridium cluster IVの割合を測定する。被験者の腸内細菌は、例えば、糞便や腸内から採取した試料等から採取すればよい。腸内細菌叢中における菌の割合の測定の方法は特に限定されないが、例えば、16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づいて、菌叢中に存在する菌種を分類、同定することができる。16SrRNA遺伝子は、微生物の分子生物学的分類指標として一般に利用されており、本発明による菌叢の解析において最も好ましい指標である。
例えば、糞便中の腸内細菌について16S rRNA遺伝子を解析する場合、糞便を採取し、リゾチーム、N−アセチルムラミダーゼ等を用いて溶菌処理を行い、得られた試料から、市販のキット(例えば、Fast DNA SPIN kit (Q-BIOgene))等による通常の方法を用いて、ゲノムDNAの抽出を行う。抽出されたゲノムDNA中の16SrRNA遺伝子をPCR増幅し、任意の方法を用いて各菌種に特異的な配列を検出し、腸内細菌を同定して、その検出量を比較することによって、試料中に含まれる腸内細菌叢中でのBacteroides及びClostridium cluster IVの割合(腸内細菌叢中における存在比率)を算出することができる。
【0013】
本明細書において、腸内細菌とは、Clostridium cluster XI, Clostridium subcluster XIVa, Clostridium cluster IV, Lactobacillales, Bacillales, Clostridium cluster XVI, Clostridium cluster XVII, Clostridium cluster XVIII, Clostridium cluster IX, Megamonas, Bifidobacterium, Enterobacteriales, Bacteroidesのいずれかの菌群に含まれる細菌のことをさす。
【0014】
16S rRNA遺伝子のPCR増幅と、菌種特異的配列の検出は、当該分野で公知の任意の方法を用いて行えばよいが、例えば、T−RFLP(Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism)法(末端を蛍光標識したプライマーセットで鋳型DNAをPCR増幅し、制限酵素によって消化後、DNAシークエンサーを用いて蛍光標識されたPCR産物(Terminal Restriction Fragment: T-RF)を検出する方法)、FISH法(細菌の細胞内に存在する16S rRNAを蛍光標識した特異的プローブで染色し、蛍光顕微鏡下で計測する方法)、定量的PCR法(細菌由来DNAを鋳型として、16S rRNA遺伝子の菌群に特異的な配列部分を標的とするプライマーを用いて検出する方法)、DGGE/TGGE法(細菌由来DNA中の16S rRNA遺伝子をPCRによって増幅した後、DNA変性剤の濃度、または温度の勾配をつけたポリアクリルアミドゲル中で電気泳動を行うことにより、PCR産物を塩基配列の違いにより分離する方法)、クローンライブラリー法(細菌由来DNA中の16S rRNA遺伝子をPCRで増幅した後、得られた増幅産物をクローニングによって単離して、クローンの塩基配列を解読し、構成菌群、菌種を解析する方法)等によって行うことができる。
【0015】
以下に、T−RFLP法について詳しく説明する。
T−RFLPでは、試料から抽出されたDNAをテンプレートとして蛍光標識プライマーを用いて16S rRNA遺伝子をPCR法により増幅し、当該増幅産物を制限酵素により切断してサンプルPCRフラグメントを作成する。次に、所定のサイズのサイズスタンダードフラグメントを準備する。当該サンプルPCRフラグメントとサイズスタンダードとを同時に電気泳動し、泳動度を比較し、サイズスタンダードを基準にサンプルPCRフラグメントのサイズを決定する。当該サンプルPCRフラグメントサイズに基づいて、試料中に含まれる菌種を同定し、各菌種の存在比率を決定する。
【0016】
プライマーは、16S rRNA遺伝子の増幅に適したものが使用されるが、増幅される領域中に16S rRNA遺伝子の部分配列が含まれるように設計されることが必要である。また網羅的な菌種同定を行うため、殆どの菌種が有する16S rRNA遺伝子の保存領域をプライマーとして選択することが必要である。斯かるプライマーは、遺伝子の上流側及び下流側用に2種類のプライマーが使用されるが、どちらか一方又は両方のプライマーの5’末端を蛍光色素で標識したものを用いるのが好ましい。
【0017】
斯かる蛍光標識に利用可能な蛍光色素としては、公知の蛍光色素をいずれも使用することができるが、中でも、光安定性や波長領域、汎用性等の点から、FAM(6-Carboxyfluorescein)、HEX(6-carboxy-2',4,4',5',7,7'-hexachlorofluorescein)、ROX(5(6)-Carboxy-X-rhodamine)、JOE(6-carboxy-4',5'-dichloro-2',7'-dimethoxyfluorescein)、TET(5'-tetrachloro-fluorescein phosphoramidite)、NED(fluorescein benzoxanthene)、TAMRA(6-carboxy-N,N,N,N-tetramethylrhodamine)、FITC(fluorescein isothiocianate)、VIC、PET、Texas Red、Cy3、Cy5等が好ましく、FAM、HEX、ROXがより好ましい。
【0018】
本発明において用いられる蛍光標識プライマーとしては、5’末端側をFAMで標識したフォワードプライマーを用いるのが特に好ましい。
【0019】
PCR法による増幅は、例えば、2本鎖DNAを1本鎖にする熱変性反応(98℃、15秒)、プライマー対を1本鎖DNAにハイブリダイズさせるアニーリング反応(60℃、2秒)、DNAポリメラーゼを作用させる伸長反応(72℃、30秒)というサイクルを単位として30サイクル程度行うことによって実現できる。
【0020】
次いで、増幅されたPCR産物は、残存プライマーを取り除いた後、適当な制限酵素で切断される。上記制限酵素としては、公知のものが使用でき、例えばAciI、TaqI、HhaI、AluI、MseI、SacII、BstUI、RsaI、HaeIII、MspI、CfoI、MrnI、San96I、FokI、AlnI、DdeI、HinfI、MboI等が挙げられる。これらの制限酵素は1種単独で使用することもできるし、2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0021】
サイズスタンダードは、市販のサイズスタンダード、例えばプラスミド酵素分解フラグメントであるGeneScan2500-ROX (Applied Biosystems)等を用いることができる。
【0022】
前工程で得られたサンプルPCRフラグメントサイズに基づいて、存在菌群及び存在比率を決定する。菌群同定、存在比率決定法としては、ピークパターン法(Takeshita T. et al.,Oral Microbiol Immunol.,22(6),419-428,2007)、BP−TRFMA法(batch-processing T-RFLP analysis)(Nakano Y. et al., J. Microbiol. Methods., 75(3), 501-505,2008)、近似解法(大石進一著,「精度保証付き数値計算」, コロナ社,2000年)、Nagashima法(Nagashima K et al. Bioscience Microflora 2006 25:99-107)等が知られているが、Nagashima法を用いるのが好ましい。
【0023】
例えば、Nagashima法においては、上記サンプルPCRフラグメントをDNAシーケンサー解析することにより各フラグメントのピーク面積を求め、また以下の表1に従って、フラグメントサイズに基づき各ピークに該当する菌群を同定する。全ピーク面積に対する各菌群のピーク面積の割合を、全腸内細菌叢中における当該菌群の存在比率とする。
【0024】
【表1】

【0025】
斯くして算出された被験者の腸内細菌叢中におけるBacteroides及びClostridium cluster IVの存在比率を測定することにより、当該被験者の糖代謝異常を評価することができる。後述の実施例に示されるように、糞便中に存在する主な腸内細菌、例えば各被験者のClostridium subcluster XIVa、BifidobacteriumClostridium cluster IV、Lactobacillales、及びBacteroidesの腸内細菌叢中における存在比について主成分分析を行った結果、被験者の腸内細菌叢タイプと血中インスリン、Cペプチド、及びHOMA−R(homeostasis model assessment insulin resistance)の値との間に関連性が見出された。例えば、糞便中の腸内細菌叢におけるBacteroidesの割合が18%以上且つClostridium cluster IVの割合が5%以下の被験者は、血中インスリン、Cペプチド、及びHOMA−Rの値が高い傾向にあったことから、糖代謝異常のリスクを持つ者であることが推定される。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0027】
1)方法
20〜50歳代男性65名を被験者とし、絶食時採血と糞便採取を行った。
血液は、抗凝固剤(EDTA)処理後、遠心分離して血漿を調製した。血漿中のグルコース濃度(血糖値)は、グルコース測定キット(日東紡績株式会社)を用い、比色法にて測定した。血漿中のインスリン濃度とCペプチド濃度は、ELISAキット(Mercodia社)を用い、ELISA法により測定した。測定した血糖値とインスリン濃度から、下記の式によりHOMA−R値を算出した。

HOMA-R値 = 空腹時血糖値(mg/dl) × 空腹時血中インスリン(mU/ml)/405

糞便の処理は、以下の通り行った。
リン酸バッファーに懸濁し、リゾチーム、N−アセチルムラミダーゼにて処理後(37℃、30分)、Fast DNA SPIN kit (Q-BIOgene)を用いて、製品マニュアルに従ってDNA抽出を行った。
次に抽出ゲノムDNAの16S rRNA遺伝子をPCRにて増幅した。フォワードプライマーとして5’末端を6-carboxyfluorescein(6-FAM)で標識した516-FAM(5'-TGC CAG CAG CCG CGG TA-3':配列番号1)を用い、リバースプライマーとして1510R(5'-GGT TAC CTT GTT ACG ACT T-3':配列番号2)を用いた。PCR産物を市販キット(ロシュ・ダイアグノスティックス)にて精製後、BslI(BioLabs)により37℃で3時間制限酵素処理した。
制限酵素処理サンプルとサイズスタンダード(GeneScan2500-ROX(Applied Biosystems))にHiDiホルムアミドを加え、DNA変性反応(100℃、2分)を行い蛍光ラベルフラグメントを1本鎖にした。その後DNAシークエンサー(ABI PRISM 3130、Applied Biosystems)に供し、Terminal-restriction fragment length polymorphism(T−RFLP)法によるフラグメント解析を行った。解析ソフトウェア(Gene Scan, Applied Biosystems)にて得られたフラグメントサイズを元に、Nagashima法(Nagashima K et al. Bioscience Microflora 2006 25:99-107)にて存在菌群の同定を行い、存在菌群から腸内細菌を選別し、選別した腸内細菌叢中に占める各腸内細菌群の割合を算出した。
【0028】
各被験者の腸内細菌叢タイプをその類似度によって分類するため、65名の被験者間で高い共通性で検出された5菌群(Clostridium cluster IV, Clostridium subcluster XIVa, Bacteroides, Bifidobacterium, Lactobacillales)それぞれの割合を用いて主成分分析を行った。分析にはEXCEL多変量解析Ver5.0(株式会社エスミ)を用いた。
主成分分析で求めた2軸の指標(主成分1、主成分2)によって被験者の腸内細菌叢タイプを分類した。分析における固有ベクトルを表2に示した。この値は主成分1、2に対するそれぞれの腸内細菌群の関与の度合いを示しており、この値にそれぞれの腸内細菌群の割合を掛けることにより、主成分得点1、2が算出できる。これに基づき、被験者65名の主成分得点を算出し、個別にプロットした様子を図1に示した。つまり主成分1(縦軸)は主にClostridium cluster IVが多く、Lactobacillalesが少ないという指標であり、主成分2(横軸)は主にBacteroidesが多く、Clostridium cluster IVが少ないという指標である。図1の主成分得点の分布図から、主成分得点の符号別に各被験者の腸内細菌叢タイプをA〜Dの4群に分類した。
また、分類したグループ間でのHOMA−R、血中インスリン濃度、Cペプチド濃度の差をSteel-dwass法にて解析した。
【0029】
【表2】

【0030】
グループA及びグループCのHOMA−R値、血中インスリン濃度、Cペプチド濃度を表3に示す。HOMA−R、血中インスリン濃度、Cペプチド濃度のいずれも、グループCはグループAと比較して有意に高かった。また、グループCのHOMA−Rの基準値は正常範囲とされる1.6を上回っていたことから、糖代謝異常のリスクが高いと考えられた。グループCとグループAの菌叢を比較すると、グループCではBacteroidesが多く(グループA;平均9.4%、グループC;平均18.1%)、Clostridium cluster IVが少ない(グループA;平均5.6%、グループC;平均4.4%)。よって、腸内細菌叢中におけるBacteroidesの割合が18%以上且つClostridium cluster IVの割合が5%以下の被験者は、糖代謝異常のリスクを持つことが予測された。
【0031】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の腸内細菌叢中におけるBacteroides及びClostridium cluster IVの割合を測定することを特徴とする糖代謝異常の評価方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−85552(P2012−85552A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233436(P2010−233436)
【出願日】平成22年10月18日(2010.10.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】