説明

糖結合性ファージ提示型抗体の解析方法

【課題】 ファージ提示型抗体の糖結合特異性を定性的あるいは定量的に解析する方法を提供すること。
【解決手段】 無機物質より成る担体に固定化した糖鎖に対してファージ提示型抗体を接触させることを含む、上記糖鎖に対する抗体の結合特異性を解析する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファージ提示型抗体の糖結合特異性を解析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複合糖質分子あるいは細胞表面の糖鎖は様々な生命現象に関与している。とりわけ、癌などの疾患に伴い糖鎖の構造あるいは組織内分布が変化するという知見から、糖鎖を調べることで疾患の原因や進行のメカニズムの解明につながることが期待されている。そのため、分子あるいは組織内に分布する特定糖鎖を簡便かつ高い精度で検出することが重要視されている。
【0003】
従来、組織内あるいは分子の特定糖鎖を検出するためには、目的とする糖鎖を認識するレクチンや抗体が用いられている。しかし、レクチンの糖に対する特異性は低く、糖残基の結合様式やオリゴ糖構造を識別するといった糖鎖構造の詳細な解析には適していない。また、免疫学的手法で作製された抗体は高い特異性を有しているが、抗原性を有する糖鎖に対する抗体が得られず、その種類も限られている。
【0004】
一方、ファージディスプレイ法を応用した糖結合性ファージ提示型抗体は、免疫学的手法を用いないで作製されるため、免疫原性に関わりなく多種類の抗体が得られること、また、抗体特有の高い特異性で複雑な構造の糖鎖を識別可能であることが期待される。しかし、糖結合能をもつファージ提示型抗体を応用するためには、その糖結合特異性を明らかにすることが必要である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来、糖に結合するレクチンや抗体の特異性を解析するためには、固相表面に固定化した人工あるいは天然の複合糖質への結合性を調べる手法が用いられている。とりわけ、糖鎖と脂質を化学的に結合させた人工糖脂質は、糖結合特異性を解析する糖鎖プローブとして利用されている。しかし、ファージ提示型抗体に関しては、有用な糖結合特異性の解析手段はこれまでの所、報告がない。即ち、本発明は、ファージ提示型抗体の糖結合特異性を定性的あるいは定量的に解析する方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、人工糖脂質を薄層クロマトグラフィー用シリカゲルプレートに固定化し、これに、ファージ提示型抗体を作用させ、結合したファージ提示型抗体を検出・定量することにより、ファージ提示型抗体の糖結合特異性を解析することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明によれば、無機物質より成る担体に固定化した糖鎖に対してファージ提示型抗体を接触させることを含む、上記糖鎖に対する抗体の結合特異性を解析する方法が提供される。
【0008】
無機物質より成る担体は、好ましくはシリカゲルプレートである。
無機物質より成る担体に固定化した糖鎖は、好ましくは糖脂質であり、より好ましくは人工糖脂質である。
【0009】
糖鎖を構成する糖成分の種類は、好ましくは、D−マンノース(D−Man)、L−フコース(L−Fuc)、D−N−アセチルグルコサミン(D−GlcNAc)、D−グルコース(D−Glc)、D−ガラクトース(D−Gal)、またはD−N−アセチルガラクトサミン(D−GalNAc)である。
【0010】
ファージ提示型抗体は、好ましくは、ヒト型一本鎖ファージライブラリーである。ファージ提示型抗体は、さらに好ましくは、ヒトcDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅し、それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅し、増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製し、これらの大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーにヘルパーファージを感染させ、ファージライブラリーに変換し、これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させて大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行い、この大腸菌にヘルパーファージを感染させて完全長一本鎖抗体を発現するファージを作製することにより得られるものである。ファージ提示型抗体は、さらに好ましくは、上記したようなヒト型一本鎖ファージライブラリーから、所定の糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして回収されたものである。
【0011】
本発明の別の側面によれば、糖鎖を固定化した無機物質より成る担体を含む、上記した本発明の解析方法を行うためのキットが提供される。好ましくは、糖鎖を固定化した無機物質より成る担体はシリカゲルプレートである。
【発明の効果】
【0012】
固相表面に固定化する糖鎖プローブとして、すでに合成・精製技術が確立されている人工糖脂質を用いることで、様々な構造を有する糖鎖を固相表面に固定化することができる。また、この固定化作業には、特別な機器を必要とせず、実験室内で日常的に使用する機器だけで可能である。さらに、様々な糖鎖構造をもつ人工糖脂質を1枚のプレートにスポットし固定化することで、ファージ提示型抗体の各種糖鎖に対する親和性を同時に解析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態についてより具体的に説明する。
(1)人工糖脂質
本発明で用いる糖脂質としては、例えば、特許第2828391号公報に記載の人工糖脂質を用いることができる。オリゴ糖を構成する糖成分の種類は特に限定されないが、例えば、D−マンノース(D−Man)、L−フコース(L−Fuc)、D−N−アセチルグルコサミン(D−GlcNAc)、D−グルコース(D−Glc)、D−ガラクトース(D−Gal)、D−N−アセチルガラクトサミン(D−GalNAc)などの単糖が挙げられる。
【0014】
さらに、シアル酸残基を有するスフィンゴ糖脂質であるガングリオシドを用いることもできる。なお、ガングリオシドは、細胞膜表面に存在し、細胞の増殖、分化あるいはシグナル伝達などを調節することが知られている、また、ガングリオシドは、癌細胞の浸潤や転移において他の細胞や組織との相互作用プロセスにも関与していることが知られている。
【0015】
オリゴ糖中で、各構成糖は、α1→2結合、α1→3結合、α1→4結合、α1→6結合またはβ1→4結合等あるいはこれらの組み合わせにより結合したものである。例えば、マンノースは上記の結合により直鎖を構成してもよく、又はα1→3結合、α1→6結合との組み合わせにより分岐構造をとってもよい。オリゴ糖中の単糖の数は、好ましくは2から11個である。
【0016】
具体的なオリゴ糖として、例えばマンノビオース(M2)、マンノトリオース(M3)、マンノテトラオース(M4)、マンノペンタオース(M5)、マンノヘキサオース(M6)、マンノヘプタオース(M7)、種々の混合オリゴ糖、例えば下記に示すM5(化1)及びRN(化2)等を挙げることができる。
【0017】
【化1】

【0018】
【化2】

【0019】
さらに、グルコースを含有するオリゴ糖として化3に示す構造を有するものを挙げることができ、N−アセチルグルコサミンを含むオリゴ糖として化4に示すものを挙げることができ、そしてフコースを含むオリゴ糖として化5に示すものを挙げることができる。
【0020】
【化3】

【0021】
【化4】

【0022】
【化5】

【0023】
これらのオリゴ糖は、いずれも1個の還元末端アルデヒド基を有する。そこで、このアルデヒド基を、オリゴ糖を固定化するための手段として使用することができる。すなわち、このアルデヒド基とアミノ基を有する脂質との間に反応によりシッフ塩基を形成し、次にこのシッフ塩基を常法に従って還元、好ましくは化学還元、例えばNaBH3CNによりオリゴ糖と脂質とを結合することができる(水落次男・中田宗宏、グライコバイオロジー実験プロトコール、42−47頁、秀潤社、1996)。
【0024】
上記のアミノ基を有する脂質は、好ましくはアミノ基を有するリン脂質であり、例えばジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(DSPE)等を使用することができる。上記のようにして得られたオリゴ糖と脂質との結合物を本発明においては人工糖脂質と称する場合がある。
【0025】
本発明で用いる糖脂質は、前記の人工糖脂質であってもよいし、さらには、天然物、例えば牛脳、ガン細胞、またはその他の動植物から得られる糖脂質、これらの糖脂質を修飾したもの、例えば、糖転移酵素を作用させ糖鎖を付加したもの、あるいは化学合成したものを使用することができる。具体的には、例えば、ガングリオシド(GT1a、GD1a、GM1、GM2、GM3、GM4、GQ1b、GT1b、GD1b、GD2、GD3、GP1c、GQ1c、GT1c、GT2およびGT3)等が挙げられる。
【0026】
(2)人工糖脂質の固相化
本発明では、人工糖脂質を固定化するための固相として、無機物質より成る担体を使用する。無機物質より成る担体としては、例えば、シリカゲルプレート(例えば、薄層クロマトグラフィー用シリカゲルプレート)などを使用することができる。本発明者らは、各種材質の固相に人工糖脂質を固定化し、ファージ提示型抗体の結合を調べた結果、意外なことにもシリカゲルプレートにおいてのみ特異的結合が認められることを見出した。即ち、本発明においては、人工糖脂質を固定化するための固相として無機物質より成る担体を選択することにより、糖鎖とファージ提示型抗体との特異的結合を解析することが可能になった。
【0027】
人工糖脂質を溶解するための溶剤は特に制限されないが、人工糖脂質の糖鎖部分の構造の違いにより溶解性が異なるなるため、例えば、水やクロロホルム/メタノール/水の混合液など当該人工糖脂質の溶解に適した溶剤を選択する。このようにして作製した各種糖鎖構造をもつ人工糖脂質の溶液0.5〜1μlを、それぞれ無機物質より成る担体(シリカゲルプレートなど)に適切な間隔(例えば0.5cm間隔)でスポットし、風乾する。このようにして糖鎖を固定化した無機物質より成る担体(シリカゲルプレートなど)は、使用時までデシケータ内で保存することも可能である。
【0028】
(3)ファージ提示型抗体
ファージ提示型抗体は、公知の方法により作製することができる((Marks JDほか、J.Mol.Biol.222巻581−597頁、1991年;Nissim Aほか、EMBO J.13巻692−698頁、1994年;高柳淳・奥井理予・清水信義、超レパートリー人工抗体ライブラリ、出願番号 特願2001−358602(国際公開番号WO03/04419号))。
【0029】
ファージ提示型抗体ライブラリーは、繊維状ファージのコートタンパク質に抗体を融合させることにより、ファージの表面上に抗体を提示(ディスプレイ)するシステムを応用したものである。具体的には、抗体遺伝子をPCRで増幅して多種類の抗体遺伝子を含むライブラリーを作製し、これをファージ上に提示させることによってファージディスプレイライブラリーとすることができる。以下に、ファージ提示型単鎖抗体の作製方法の具体例を示すが、これに限定されるものではない。
【0030】
ヒト末梢血および脾臓cDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅する。それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅する。増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製する。これらの大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーに、ヘルパーファージを感染させ、ファージライブラリーに変換する。これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させ、大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行う。この大腸菌にM13KO7ヘルパーファージを感染させ、完全長一本鎖抗体を発現するファージを生成させることができる。これらのファージに混入している非組換え体を取り除くため、このファージを多重感染が起こらないように大腸菌に感染させ、さらにヘルパーファージを重感染させ、アンピシリン・カナマシン・クロラムフェニコールを含みグルコースを含まない培地で25℃で培養する。これにより上清中に組換え一本鎖抗体を発現するファージを得ることができる。上清中のファージをポリエチレングリコールで沈殿し、再懸濁し、10の11乗以上のレパートリーを有する人工抗体ライブラリーを得ることができる。
【0031】
さらに目的の糖結合性を有するファージ提示型抗体は、上記方法により作製したヒト型一本鎖ファージライブラリーから、当該糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして選択的に回収することができる。この操作をパニングと称する場合がある。
【0032】
(4)糖結合性ファージ提示型抗体の結合特異性解析法
糖鎖を固定化したシリカゲルプレートを、プレキシガム溶液に30秒間浸し、直ちに風乾する。次に、ファージ提示型抗体の非特異的吸着をなくすため、このプレートを、例えば3%ゼラチンを含む緩衝液に室温で1時間浸してブロッキングする。このプレートに、緩衝液で適切な濃度に調製したファージ提示型抗体の懸濁液を重層し、緩やかに撹拌する。十分に反応させた後(例えば、37℃で2時間)、プレートを緩衝液で洗浄する。
【0033】
糖鎖に結合したファージ提示型抗体を検出・定量するため、検出に適切な物質で標識されている抗ファージ抗体の水溶液をプレートに重層して反応させ、緩衝液で洗浄後、標識物質の検出に最適な手法で検出・定量する。このとき、抗ファージ抗体の標識物質は特に制限されないが、例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼでの標識が、簡便さの点で望ましい。また、検出に用いる検出器も特に制限されず、反射吸収測定装置や蛍光検出器、発光検出器などを用いることができる。中でも、高感度に検出・定量可能なCCDカメラ搭載型イメージアナライザーによる発光検出を行うことが望ましい。
【0034】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0035】
(実施例1)人工糖脂質の調製
先ず、マンノトリオース(M3)またはマンノペンタオース(M5)2.5mgに600μlの蒸留水を加え溶解してオリゴ糖溶液を調製した。次に、クロロホルム/メタノール(1:1、体積比)混合液にDPPEを5mg/mlの濃度に溶解してDPPE溶液を調製した。また、メタノールにNaBH3CNを10mg/mlの濃度に溶解してNaBH3CN溶液を調製した。前記オリゴ糖の各溶液600μlに前記DPPE溶液9.4mlおよび前記NaBH3CN溶液1mlを加えて混合した。この混合液を60℃にて16時間保温し、人工糖脂質を生成させた。
【0036】
前記のように合成した人工糖脂質はシリカゲルカラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)とODSカラムで精製した。シリカゲルカラムはShim−pack PREP−SILを用い、室温で行った。カラムをクロロホルム/メタノール/50mM酢酸(65:30:5、体積比)で平衡化した後、同溶媒に溶解した人工糖脂質を含む試料を注入し、60分間でクロロホルム、メタノールおよび50mM酢酸の比が50:55:18となる直線濃度勾配溶出を行った。流速は2ml/minであり、溶出液は4mlずつ分画した。ODSカラムは50mM酢酸で平衡化した後、同溶媒に溶解した人工糖脂質を含む試料をカラムに添加し、さらに同溶媒でカラムを洗浄後、50%アセトニトリル、メタノール、およびクロロホルム/メタノール/50mM酢酸(105:100:28、体積比)を順次流して人工糖脂質を溶出した。
【0037】
(実施例2)固相材質の選択(その1)
固相材質を決定するにあたり、次の5種の材質について検討した。すなわち、シリカゲルプレート、ニトロセルロース膜、ナイロン膜、+電荷をもつナイロン膜およびポリビニリデンフルオリド(PVDF)膜に各種人工糖脂質の溶液をスポットした。まず、各材質における人工糖脂質の結合を、レクチンによる染色法で確認した。図1はその一例を示す。M3−DPPEとM5−DPPEは、いずれの膜にも固定化されていることが、マンノースを認識するレクチンであるコンカナバリンAを作用させることで確認された。
【0038】
(参考例1)固相材質の選択(その2)
人工糖脂質の溶液を作製する溶剤は、上記のように、人工糖脂質の糖鎖部分の構造の違いにより、有機溶剤、有機溶剤と水の混合液および水が使い分けられる。PVDF膜では、図2に示すように、溶剤の違いでスポットのサイズが異なってしまうため、人工糖脂質の固定化には不適と考えられた。
【0039】
(実施例3)ファージ提示型単鎖抗体の調製
ヒト末梢血および脾臓cDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅した。それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅した。
【0040】
増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製した。それぞれ、10の6乗および10の5乗個以上のコロニーを含むように作製した。これら大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーに、M13KO7ヘルパーファージを感染させ、ファージライブ ラリーに変換した。これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させ、大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行った。この大腸菌にM13KO7ヘルパーファージを感染させ、完全長一本鎖抗体を発現するファージを生成させた。これらのファージに混入している非組換え体を取り除くため、このファージを多重感染が起こらないように大腸菌XL1−Blue株に感染させ、さらにM13KO7ヘルパーファージを重感染させ、アンピシリン・カナマシン・クロラムフェニコールを含みグルコースを含まない培地で25℃で培養した。これにより上清中に組換え一本鎖抗体を発現するファージを得た。上清中のファージをポリエチレングリコールで沈殿し、再懸濁し、10の11乗以上のレパートリーを有する人工抗体ライブラリーを得た。使用するまで−80℃で凍結保存した。
【0041】
(実施例4)パニング操作
250μlのヒト型一本鎖ファージライブラリー(1.8×1015pfu/ml)に1.3mlのTBS、1.3mlの3%BSA/TBSおよび30μlの10%Tween20を含むTBSを混和し、37℃で1時間保温した。
【0042】
抗原コートプレートに、上記の処理をしたファージライブラリーを1ウェルあたり50μlずつ添加し、37℃で1時間保温する。このウェルを、0.2%Tween20を含むTBS(以下、TBS−Tという)で3回、TBSで2回洗浄後、残液を丁寧に除去した。各ウェルに100mMトリエチルアミン(以下、TEAという)を50μlずつ添加し、10分間室温に静置して、結合したファージを遊離させた。
【0043】
一方、ファージ回収用プレートに、1Mトリス塩酸緩衝液(pH7.4)と3%BSA/TBSを2:1で混和して作製した中和液(以下、NRという)を、1ウェルあたり100μlずつ加えた。このウェルに、上記操作で遊離したファージを含むTEAを回収した。再度、上記抗原コートプレートのウェルにTEAを添加し、20分間室温に静置後、これをNR中に回収した。
【0044】
回収したファージ液に、大腸菌TG−1株の懸濁液を1ウェルあたり100μlずつ添加し、37℃で1時間保温した。これをLBGC(LB/グルコース/カルベニシリン)寒天プレートに播き、25℃で培養してコロニーを形成させた。コロニーを回収し、カルベニシリンを含むSBS培地で2時間回転培養(210rpm)した。次に、ヘルパー・ファージを添加して37℃で1時間静置後、カナマイシンとクロラムフェニコールを添加して、25℃で2晩回転培養(210rpm)した。
【0045】
培養液を遠心(5000×g、30分、4℃)し、上清液に20%ポリエチレングリコール/2.5M NaCl溶液を1/4量加え、氷中で1時間静置した。これを遠心(15000×g、30分、4℃)後、沈殿したファージをTBSで懸濁し回収した。これに等量の3%BSA/TBSおよび1/20量の10%Tween20を含むTBSを添加し、37℃で1時間保温後、不溶性成分を遠心除去(18000×g、5分、4℃)して、上清を一次パニング・ファージ として回収した。
【0046】
回収したファージについて上記と同様のパニング操作を繰り返し、四次パニング・ファージを回収した。ただし、二次パニングの操作では24ウェルプレートを、三次パニングの操作では12ウェルプレートを、四次パニングの操作では6ウェルプレートをそれぞれ使用した。また、三次パニング以降の洗浄操作では、TBS−TとTBSでの洗浄に加え、100mMグリシン塩酸緩衝液(pH2.7)による洗浄も行った。
【0047】
上記の方法に従って、マンノトリオースから作製した人工糖脂質(M3−DPPE)を用いてパニングを繰り返し、四次パニングでM3−DPPEに結合するファージ提示型単鎖抗体を得た。
【0048】
(実施例5)固相材質の選択(その3)
固相としてシリカゲルプレート、ニトロセルロース膜、ナイロン膜および+電荷をもつナイロン膜を用い、また、人工糖脂質としてM3−DPPE、M5−DPPE、ラクトース(Lac)−DPPEおよびDPPEを用い、上記のファージ提示型単鎖抗体の結合性を調べた。図3に示すように、シリカゲルプレートにおいては、M3−DPPEおよびM5−DPPEに当該ファージ提示型単鎖抗体の結合が検出されたが、その他の固相では検出されなかった。また、ナイロン膜では、非特異的な吸着が顕著であった。かかる固相材質の選択における検討(その1〜その3)より、本解析法にはシリカゲルプレートが最も適しているとの結論を得た。
【0049】
(実施例6)マンノース特異的ファージ提示型単鎖抗体のマンノースオリゴマーに対する親和性解析
M3−DPPEでパニングして得られた5クローンのファージ提示型単鎖抗体について、各種マンノースオリゴマーに対する親和性を、本解析法を用いて調べた。各クローンの結合はイメージアナライザーで検出・定量した。その結果を図4に示す。
【0050】
本解析法を用いることで、いずれのクローンにおいてもM3−DPPEとの結合が認められた。また、M5−DPPEとの結合も認められ、両人工糖脂質に対する親和性(結合量)はクローンごとに異なっていた。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、各種材質の固相に人工糖脂質をスポットし、その固定化をレクチンで確認した図であり、いずれの材質でも人工糖脂質の固定化が可能であることを示す一例である。
【図2】図2は、PVDF膜に各種溶媒に溶解された人工糖脂質をスポットし、オルシノール硫酸試薬で検出した図であり、PVDF膜では人工糖脂質のスポットサイズが溶媒の種類で異なることを示す。
【図3】図3は、各種材質の固相に人工糖脂質を固定化し、ファージ提示型単鎖抗体の結合を調べた結果であり、シリカゲルプレートにおいてのみ特異的結合が認められたことから、当該固相が本解析法に適していることを示す。
【図4】図4は、M3−DPPEでパニングして得られた5クローンのファージ提示型単鎖抗体について、M3−DPPEおよびM5−DPPEとの親和性を比較した一例である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機物質より成る担体に固定化した糖鎖に対してファージ提示型抗体を接触させることを含む、上記糖鎖に対する抗体の結合特異性を解析する方法。
【請求項2】
無機物質より成る担体がシリカゲルプレートである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
無機物質より成る担体に固定化した糖鎖が、糖脂質である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
無機物質より成る担体に固定化した糖鎖が、人工糖脂質である、請求項1から3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
糖鎖を構成する糖成分の種類が、D−マンノース(D−Man)、L−フコース(L−Fuc)、D−N−アセチルグルコサミン(D−GlcNAc)、D−グルコース(D−Glc)、D−ガラクトース(D−Gal)、D−N−アセチルガラクトサミン(D−GalNAc)、またはシアル酸である、請求項1から4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
ファージ提示型抗体が、ヒト型一本鎖ファージライブラリーである、請求項1から5の何れかに記載の方法。
【請求項7】
ファージ提示型抗体が、ヒトcDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅し、それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅し、増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製し、これらの大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーにヘルパーファージを感染させ、ファージライブラリーに変換し、これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させて大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行い、この大腸菌にヘルパーファージを感染させて完全長一本鎖抗体を発現するファージを作製することにより得られるものである、請求項1から6の何れかに記載の方法。
【請求項8】
ファージ提示型抗体が、ヒト型一本鎖ファージライブラリーから、所定の糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして回収されたものである、請求項1から7の何れかに記載の方法。
【請求項9】
糖鎖を固定化した無機物質より成る担体を含む、請求項1から8の何れかに記載の解析方法を行うためのキット。
【請求項10】
糖鎖を固定化した無機物質より成る担体がシリカゲルプレートである、請求項9に記載のキット。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−58260(P2006−58260A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−243198(P2004−243198)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】