説明

糸状菌においてタンパク質を分泌生産する方法

【課題】糸状菌においてタンパク質を効率的に分泌生産する遺伝子およびベクターの提供。
【解決手段】目的のタンパク質の細胞外分泌を補助し得るペプチドをコードする遺伝子であって、特定な配列のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる遺伝子、および、この遺伝子を含むベクター。糸状菌は、アスペルギルス・オリゼとすることが好ましく、有用タンパク質の効率的な生産が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸状菌においてタンパク質を効率的に分泌生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糸状菌は菌体外に多量のタンパク質を分泌するので、糸状菌に由来する多くの有用酵素が工業生産されている。特に麹菌と呼ばれるアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)は、古くから味噌や醤油などの発酵産業に利用されており、GRAS(Generally Regarded As Safe)としてその安全性が保証されている(非特許文献1および2)。近年では、アスペルギルス・オリゼで有効に働く様々な選択マーカーおよびプロモーターが開発され、このため、アスペルギルス・オリゼは、遺伝子操作による有用タンパク質生産系の宿主として大いに期待されている。
【0003】
糸状菌におけるタンパク質の分泌経路は、(1)遺伝子の転写、(2)リボソームによる翻訳、(3)分泌シグナル配列の認識、(4)小胞体内腔への移行、(5)フォールディングや糖鎖付加、(6)ゴルジ体への輸送およびプロセシング、(7)細胞表層での分泌など、概して真核生物共通の機構をもつことが知られている。組換えタンパク質を分泌生産する場合、対象となるタンパク質が本来分泌性のものであるなら、それをコードする遺伝子配列を特定のプロモーターとターミネーターとの間に挿入して発現させればよい。しかしながら、タンパク質のアミノ酸配列によっては、菌体内での輸送過程における様々なボトルネックにより、十分な収率を得られないことがある(非特許文献3)。特に、分泌させたいタンパク質が菌体にとって毒性があったり本来非分泌性のものであったりする場合は、適切な分泌過程を経ることなく、細胞質にとどまるか、あるいはリソソームへと運ばれ分解されてしまう。このような転写後経路でのボトルネックを克服しようとして、多数の方法が開発されてきた(非特許文献4〜6)。しかし、分泌経路に関する知識が限られていることにより、異種タンパク質の生産レベルをさらに改善することは困難である。したがって、糸状菌における分泌過程について、より知識を得る必要がある。
【0004】
このような詳細な知識を得るための方法の1つは、分泌過程動態のインビボ可視化である。近年、糸状菌においては、特定の細胞小器官(非特許文献7および8)および分泌過程(非特許文献9および10)のインビボ可視化を提供するために、緑色蛍光タンパク質(以下、「GFP」ともいう)が用いられている。これらの技術を用いた研究により、これまでに、タンパク質輸送阻害剤の添加または低温ショックにより人工的に引き起こされたストレス下で、菌糸におけるGFP融合物の分布パターンが明らかになっている(非特許文献11〜13)。しかし、多くの分泌タンパク質が翻訳後タンパク質分解の後にそれらの挙動を変更するにも関わらず、種々のタイプのタンパク質分解プロセシング下でのアスペルギルス・オリゼの分子動態のインビボ可視化に対しては、ほとんど注意が払われていなかった。
【0005】
リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来リパーゼ(以下、「ROL」ともいう)は、種々の産業用途(例えば、バイオディーゼル生産(非特許文献14)およびキラル化合物の分割(非特許文献15))があるので、これまでにも、大腸菌(Escherichia coli)(非特許文献16)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)(非特許文献17)、およびピキア・パストリス(Pichia pastoris)(非特許文献18)を含むいくつかの微生物において発現されている。ROLは、大腸菌では、ROLの成熟活性リパーゼが少量でも小胞体内腔への移行に対して毒性があること、およびROLのプロ配列が、宿主を損傷しないように成熟リパーゼの酵素活性を調整することが見出された(非特許文献16)。このようなプロ配列の機能に関しては、同様の結果が酵母でも得られている(非特許文献17および19)。
【0006】
糸状菌に関しては、ROLとの関連が近い(>55%相同性を有する)リゾムコール・ミエヘイ(Rhizomucor miehei)由来リパーゼがアスペルギルス・オリゼで既に発現されているが(非特許文献20)、アスペルギルス・オリゼのような糸状菌を宿主として用いて組換えROLを発現させた例は報告されていない。
【非特許文献1】Barbesgaard, P.ら、Appl. Microbiol. Biotechnol., 1992年, 36巻, pp.569-572
【非特許文献2】Christensen, T.ら、Biotechnology, 1988, 6巻, pp.1419-1422
【非特許文献3】Gouka, R.J.ら、Appl. Microbiol. Biotechnol., 1997年, 47巻, pp.1-11
【非特許文献4】Contreras, R.ら、Biotechnology, 1991年, 9巻, pp.378-381
【非特許文献5】Gouka, R.J.ら、Appl. Environ. Microbiol., 1997年, 63巻, pp.488-497
【非特許文献6】Koda, A.ら、Appl. Gen. Mol. Biotechnol., 2004年, 66巻, pp.291-296
【非特許文献7】Ohneda, M.ら、Fungal Genet. Bio., 2002年, 37巻, pp.29-38
【非特許文献8】Suelmann, R.ら、Mol. Microbiol., 1997年, 25巻, pp.757-769
【非特許文献9】Gordon, C.L.ら、Microbiology, 2000年, 146巻, pp.415-426
【非特許文献10】Masai, K.ら、Biosci. Biotechnol. Biochem., 2003年, 67巻, pp.455-459
【非特許文献11】Gordon, C.L.ら、J. Microbiol. Methods, 2000年, 42巻, pp.39-48
【非特許文献12】Khalaj, V.ら、Fungal Genet. Biol., 2001年, 32巻, pp.55-65
【非特許文献13】Masai, K.ら、Biosci. Biotechnol. Biochem., 2004年, 68巻, pp.1569-1573
【非特許文献14】Kaieda, M.ら、J. Biosci. Bioeng., 1999年, 88巻, pp.627-631
【非特許文献15】Matsumoto, T.ら、Appl. Microbiol. Biotechnol., 2004年, 64巻, pp.481-485
【非特許文献16】Beer, H.-D.ら、Biochem. J., 1996年, 319巻, pp.351-359
【非特許文献17】Takahashi, S.ら、J. Ferment. Bioeng. , 1998年, 86巻, pp.164-168
【非特許文献18】Minning, S.ら、J. Biotechnol., 1998年, 66巻, pp.147-156
【非特許文献19】Takahashi, S.ら、Appl. Microbiol. Biotechnol., 2001年, 55巻, pp.454-462
【非特許文献20】Huge-Jensen, B.ら、Lipids, 1989年, 24巻, pp.781-785
【非特許文献21】Derkx, P.M.F.ら、Mol. Genet. Genomics, 2001年, 266巻, pp.537-545
【非特許文献22】Fernandez-Abalos, J.M.ら、Mol. Microbiol., 1998年, 27巻, pp.121-130
【非特許文献23】Cole, L.ら、J. Microsc., 2000年, 197巻, pp.239-248
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、糸状菌においてタンパク質を効率的に分泌生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、目的のタンパク質の細胞外分泌を補助し得るタンパク質をコードする遺伝子(以下、本明細書で「細胞外分泌補助ペプチド遺伝子」ともいう)であって、配列番号2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる遺伝子を提供する。
【0009】
本発明はさらに、タンパク質分泌生産用ベクターを提供する。このベクターは、上記細胞外分泌補助ペプチド遺伝子を含む。
【0010】
1つの実施態様では、上記ベクターはさらに、分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子および目的のタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子を含み、このベクターにおいて、上流から、該分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子、上記細胞外分泌補助ペプチド遺伝子、そして該目的のタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子の順で配置されている。
【0011】
本発明はさらに、糸状菌においてタンパク質を分泌生産する方法を提供する。この方法は、
分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子、上記細胞外分泌補助ペプチド遺伝子、および該タンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子を、上流からこの順で配置されるように含むベクターを作製する工程;
上記ベクターを該細胞に導入して形質転換細胞を作製する工程;ならびに
該形質転換細胞を培養する工程;
を含む。
【0012】
1つの実施態様では、上記糸状菌は、アスペルギルス属に属する微生物である。
【0013】
さらなる実施態様では、上記アスペルギルス属に属する微生物は、アスペルギルス・オリゼである。
【0014】
本発明はさらに、糸状菌で生産され分泌される融合タンパク質を提供し、この融合タンパク質は、目的のタンパク質のN末端に配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドが付加されている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、糸状菌においてこれまで分泌生産が困難であったタンパク質であっても効率的に分泌生産できる。特に、アスペルギルス・オリゼにおいて有用タンパク質の効率的な生産が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の細胞外分泌補助ペプチド遺伝子は、分泌シグナルと協同して、発現されるタンパク質を細胞外に分泌し得るペプチドをコードする。本発明の細胞外分泌補助ペプチド遺伝子は、配列番号2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる。配列番号2に記載のアミノ酸配列は、もともとリゾプス・オリゼ由来リパーゼ(ROL)の97個のアミノ酸配列からなるプロ配列のC末端側から数えて28アミノ酸までの領域に由来する配列であるが、本発明における使用については、その由来を問わない。配列番号2に記載のアミノ酸配列は、さらに付加、削除、および/または置換がされていてもよい。この付加、削除、置換などがされる残基の数は、1または複数(例えば、1から10残基までのいずれか)であり得る。配列番号2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列は、配列番号1に記載の塩基配列であり得るが、当該アミノ酸配列をコードし得るものであれば、配列番号1に記載の塩基配列に1つ以上の塩基の置換、欠失、および/または付加を伴うものであってもよい。本発明の細胞外分泌補助ペプチド遺伝子は、該遺伝子を含むベクターとしても提供され得る。
【0017】
本発明のベクターはまた、宿主細胞で発現されたタンパク質が細胞外に効率的に分泌され得る構造を有し得る。本発明においては、分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子と細胞外分泌補助ペプチド遺伝子とを含む発現ユニットを形成するように、ベクターが構築される。本発明のベクターは、この発現ユニットにさらに目的のタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子を含み得、該ベクターが導入された細胞における該タンパク質の効率的な分泌生産を可能にする。ここで、細胞外分泌補助ペプチド遺伝子は、この発現ユニットにおいて、分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子と発現されるべき目的のタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子との間に位置する。
【0018】
分泌シグナル配列をコードする遺伝子としては、糸状菌におけるタンパク質の発現のために当業者が通常用いるものであれば、特に制限はない。タンパク質を発現させる宿主細胞で有効に働く任意の分泌シグナルが利用可能である。目的タンパク質が本来分泌性である場合は、そのタンパク質由来の分泌シグナルを使用し得る。例えば、分泌能力の高いグルコアミラーゼ遺伝子(glaA)由来の分泌シグナルが、好ましく用いられる。宿主細胞がアスペルギルス・オリゼの場合、例えば、アスペルギルス・オリゼのトリアシルグリセロールリパーゼ由来分泌シグナルをコードする遺伝子(tglA)が好ましく使用される。
【0019】
本発明で分泌生産されるタンパク質は、任意のタンパク質であり得る。タンパク質は、1つのタンパク質であっても、2つ以上のタンパク質の融合物であってもよい。本発明によれば、他の生物群由来のタンパク質であっても、本来非分泌性のタンパク質(細胞質タンパク質)であっても、細胞外に分泌され得る。このようなタンパク質としては、例えば、生理活性物質、酵素(例えば、リパーゼ類、アミラーゼ類(例えば、グルコアミラーゼ、α−アミラーゼ、β−アミラーゼなど)、セルラーゼ類(例えば、セルラーゼ、ヘミセルラーゼなど))、ホルモン(例えば、ヒトインターロイキン−6など)などが挙げられる。
【0020】
このような発現ユニットを含む宿主に適合した組換えベクターの構築は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、Sambrookら、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 第2版、Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY, 1989年参照)。発現ユニットを作製するために、本明細書中に記載の配列情報と公知の配列情報(分泌シグナルおよび目的のタンパク質をコードするヌクレオチド配列について)とに基づいてプライマーを作製し、染色体DNAもしくはcDNAを鋳型として用いるPCRによって目的の断片を得ることができる。組換えベクターのためのプラスミドは、宿主に適合した任意のプラスミドが用いられ得る。
【0021】
宿主細胞中で目的のタンパク質を発現させるためには、当該細胞中で安定に存在するプラスミドベクターにタンパク質をコードするDNAを導入し、その遺伝情報を転写・翻訳させる必要がある。したがって、本発明で使用されるベクターは、転写・翻訳を制御するユニットにあたるプロモーターを上記発現ユニットの5’側上流に、より好ましくはターミネーターを3’側下流に、それぞれ組み込み得る。このプロモーターおよびターミネーターとしては、宿主として利用する微生物中において機能することが知られている任意のプロモーターおよびターミネーターが用いられる。宿主細胞が糸状菌である場合、このプロモーターは、好ましくは、高発現糸状菌遺伝子に由来する。多数の好ましい高発現真菌遺伝子は、例えば以下の例によって提供される:アスペルギルス属(Aspergilli)またはトリコデルマ属(Trichoderma)に由来するアミラーゼ、グルコアミラーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、キシラナーゼ、グリセルアルデヒド−ホスフェートデヒドロゲナーゼまたはセロビオヒドラーゼ遺伝子。これらの目的のための最も好ましい高発現遺伝子は、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)のグルコアミラーゼ遺伝子、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のTAKA−アミラーゼ遺伝子、アスペルギルス・ニジュランス(Aspergillus nidulans)のgpdA遺伝子またはトリコデルマ・レーシ(Trichoderma reesei)のセロビオヒドラーゼ遺伝子である。宿主細胞がアスペルギルス・オリゼの場合、好ましくは、P-glaA142またはP-No8142(これらはそれぞれ、glaA(Hata, Y.ら、Gene, 1992年, 108巻, pp.145-150)遺伝子およびNo. 8AN(Ozeki, K.ら、Biosci. Biotechnol. Biochem., 1996年, 60巻, pp.383-389)遺伝子の改良プロモーター領域である)が用いられる。ターミネーターとしては、α−グルコシダーゼをコードする遺伝子由来のターミネーター、グルコアミラーゼ遺伝子(glaAまたはglaB)由来のターミネーターなどが挙げられる。
【0022】
本発明で使用されるベクターはさらに、選択マーカー遺伝子を含み得る。糸状菌における形質転換体の選択に使用される任意の選択マーカーが利用され得る。選択マーカー遺伝子は、糸状菌の形質転換で有用な多数のマーカー遺伝子から選択できる。これらのマーカーには、例えば、amnS(アセトアミド)遺伝子、栄養要求マーカー遺伝子(例えばargB、trpCまたはpyrG)、および抗生物質耐性遺伝子(例えばブレオマイシン、ハイグロマイシンBまたはG418に対する抵抗性を提供する)が含まれるが、これらに限定されない。好ましいマーカー遺伝子としては、アスペルギルス属糸状菌由来のマーカー遺伝子であって、niaD(Biosci. Biotechnol. Biochem., 1995年, 59巻, pp.1795-1797)、argB(Enzyme Microbiol. Technol., 1984年, 6巻, pp.386-389)、sC(Gene, 1989年, 84巻, pp.329-334)、ptrA(Biosci. Biotechnol. Biochem., 2000年, 64巻, pp.1416-1421)、pyrG(Biochem. Biophys. Res. Commun., 1983年, 112巻, pp.284-289)、amdS(Gene, 1983年, 26巻, pp.205-221)、オーレオバシジン耐性遺伝子(Mol. Gen. Genet., 1999年, 261巻, pp.290-296)、ベノミル耐性遺伝子(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 1986年, 83巻, pp.4869-4873)、ハイグロマイシン耐性遺伝子(Gene, 1987年, 57巻, pp.21-26)などが挙げられる。宿主染色体DNA中への目的遺伝子の挿入効率の点で、特に、niaDが好ましい。
【0023】
本発明で用いられる宿主細胞は、糸状菌である。本明細書では、糸状菌とは糸状形態をもつ(すなわちその増殖が菌糸の伸長によって生じる)下位分類ユーミコチナ(Eumycotina)に属する真核細胞系微生物と定義される。好ましい糸状菌宿主細胞は、アスペルギルス属(Aspergillus)、トリコデルマ属(Trichoderma)属、フサリウム属(Fusarium)、ペニシリウム属(Penicillium)およびアクレモニウム属(Acremonium)からなる群から選択される。別の好ましい実施態様では、例えば、目的のタンパク質が好熱性タンパク質である場合は、好ましい糸状菌宿主細胞は、タラロマイセス属(Talaromyces)、シーラビア属(Thielavia)、ミセリオフトラ属(Myceliophtora)、テルモアスクス属(Thermoascus)、ケトミウム属(Chaetomium)、クテノミセス属(Ctenomyces)およびシタリジウム属(Scytalidium)からなる好熱性真菌群から選択される。より好ましくは、アスペルギルス属に属する微生物(例えば、アスペルギルス・ニジュランス、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ソジェ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・ニガーなど)である。産業上の有用性の点から、アスペルギルス・オリゼがさらに好ましい。
【0024】
宿主の形質転換は、当業者が通常用いる方法で行うことができる。形質転換体の作製のための手順は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、Sambrookら、前出)。糸状菌の場合、好適には、アスペルギルス属のために開発された形質転換プロトコル(例えば、Gene, 1983年, 26巻, pp.205-221;Agric. Biol. Chem., 1987年, 51巻, pp.2549-2555)を用いて形質転換され得る。
【0025】
形質転換体の培養は、当業者が通常用いる方法に従って、当該形質転換体での所望のタンパク質の分泌生産に適した培地および培養条件を適宜選択することにより行うことができる。得られたタンパク質の採取および精製も、当業者が通常用いる方法に従って行うことができる。
【0026】
本発明の方法により分泌生産されるタンパク質は、目的のタンパク質のN末端に配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドが付加された融合タンパク質の形態であり得る。
【0027】
以下に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明がこれらの実施例に限定されることはない。
【実施例】
【0028】
本実施例にて使用した材料および方法を以下に示す。以下の実施例において、特に記載がない限り、%はw/v%を表す。
【0029】
(株、培地、および培養条件)
遺伝子操作のために使用した大腸菌株はNovablue(Novagen Inc., Madison, WI, USA)であり、0.1mg/mlのアンピシリンを含有するLB培地(1%トリプトン、0.5%酵母抽出物、0.5%塩化ナトリウム)中で培養した。宿主株アスペルギルス・オリゼniaD300は、野生株RIB40から誘導したniaD変異株であり(Minetoki, T.ら、Curr. Genet., 1996年, 30巻, pp.432-438)、そして、1.5%(w/v)寒天を含有するCzapek-Dox(CD)培地(2%グルコース、0.2% NaNO2、0.1% KH2PO4、0.05% MgSO4・7H2O、0.2% KCl、0.8M NaCl、微量元素、pH5.5に調整)上で規定どおりに維持した。NaNO2をNaNO3に代えた1.5%寒天含有CD-NO3培地で形質転換菌を選択し、そしてそれらの芽胞を0.01%Tween80中に懸濁した。芽胞を含有する溶液を用いて、100mlの完全培地(2%マルトース・H2O、5%ポリペプトン、1%KH2PO4、0.2%NaNO3、0.05%MgSO4%・7H2O、pH6.8に調整)を入れた坂口フラスコ(500ml)に無菌的に接種した。これらのフラスコを往復振盪機(140振動/分;振幅50mm)上において30℃で24〜120時間インキュベートした。
【0030】
(発現プラスミドの構築)
本実施例で使用したオリゴヌクレオチドプライマーおよび構築したプラスミドをそれぞれ表1および図1にまとめて示す。
【0031】
【表1】

【0032】
図1は、真菌発現ベクターpNGA142またはpNAN8142中にクローニングされる遺伝子構築物の模式図を示す。図中、「s.s.」は、分泌シグナル配列をコードする遺伝子であり、「Pro」は、ROLのプロ配列をコードする遺伝子であり、「N28」は、配列番号2に記載のアミノ酸配列を有し、そしてROLのプロ配列のC末端側から数えて28アミノ酸までの領域をコードする遺伝子であり、「mROL」は、ROLの成熟領域をコードする遺伝子であり、「GFP」は、緑色蛍光タンパク質をコードする遺伝子である。プラスミド構築物は、P-glaA142またはP-No8142(これらはそれぞれ、glaA(Hata, Y.ら、Gene, 1992年, 108巻, pp.145-150)遺伝子およびNo. 8AN(Ozeki, K.ら、Biosci. Biotechnol. Biochem., 1996年, 60巻, pp.383-389)遺伝子の改良プロモーター領域である)の制御下で発現させた。niaD遺伝子を選択マーカーとして用いた。
【0033】
トリアシルグリセロールリパーゼ由来分泌シグナルをコードする遺伝子(tglA)(Toida, J.ら、FEMS Microbiol. Lett., 2000年, 189巻, pp.159-164)を、アスペルギルス・オリゼniaD300染色体DNAからプライマーtglA-ss-fw-Hind III、tglA-ss-fw-Sal I、およびtglA-ss-rv-Spe Iを用いて増幅し、そしてプラスミドpNGA142(Minetoki, T.ら、Appl. Microbiol. Biotechnol., 1998年, 50巻, pp.459-467)中に挿入した。ProROL(ROLの成熟領域+プロ配列を含む)をコードする遺伝子を、リゾプス・オリゼIFO4697染色体DNAからプライマーProROL-fw-Spe IおよびROL-rv-Sph Iを用いて増幅し、そして上記で構築したプラスミドpNGA142中に挿入した。得られたプラスミドをpNGA142ssProROLと命名した。これらのPCR実験は、pfuターボポリメラーゼ(Stratagene, La Jolla, CA, USA)を用いて実施した。次いで、ProROLのプロ配列のN末端欠失変異体を、pNGA142ssProROLを鋳型としてプライマーN28ROL-fw-Spe I、mROL-fw-Spe I、およびROL-rv-Sph Iを用いてPCRによって増幅し、そして分泌シグナルを含むpNGA142中にそれぞれ挿入した。これらのN末端欠失変異体は、ROLの成熟領域のN末端に配列番号2に記載のアミノ酸配列を有する28アミノ酸領域(本明細書で「N28」ともいう)が付加されたものをコードする遺伝子、およびROLの成熟領域のみをコードする遺伝子である。得られたプラスミドをそれぞれpNGA142ssN28ROLおよびpNGA142ssmROLと命名した。
【0034】
緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードする遺伝子を、pEGFP(Clontech Laboratories, Palo Alto, CA, USA)からプライマーGFP-fw-Sph IおよびGFP-rv-Xba Iを用いて増幅し、そしてpNAN8142(Minetoki, T.ら、Appl. Microbiol. Biotechnol., 1998年, 50巻, pp.459-467)中に挿入した。得られたプラスミドをpNAN8142GFPと命名した。ROL−GFP融合タンパク質をコードする遺伝子の発現のために、停止コドンのないROL遺伝子(ssProROL、ssN28ROL、およびssmROL)を、上記のそれぞれ対応するROL遺伝子を含むプラスミドを鋳型としてプライマーtglA-ss-fw-Sal IおよびROL-rv-Sph I-2を用いて増幅し、それぞれpNAN8142GFP中に挿入した。これらのプラスミドをそれぞれpNAN8142ssProROL::GFP、pNAN8142ssN28ROL::GFP、およびpNAN8142ssmROL::GFPと命名した。pNAN8142ssN28ROL::GFPを鋳型としてプライマーGFP-fw-Hind III、GFP-rv-Sph I、tglA-ss-fw-Sal I、およびN28-rv-Sph Iを用いて、プラスミドpNAN8142ssGFPおよびpNAN8142ssN28GFPを構築した。プラスミドを鋳型として用いるこれらのPCR実験は、KOD-plus-(東洋紡績株式会社)によって実施した。所望のプラスミドの構築の成功は、ヌクレオチド配列決定(ABI Prism 3100/3100-Avant Genetic Analyzer, アプライドバイオシステムズ ジャパン株式会社)によって確認した。
【0035】
(形質転換手順)
大腸菌およびアスペルギルス・オリゼの形質転換は、それぞれHanahan, D.、J. Mol. Biol., 1983年,166巻, pp.557-580に記載の方法およびGomi, K.ら、Agric. Biol. Chem., 1987年, 51巻, pp.2549-2555に記載の方法に従って実施した。30℃で48時間増殖させたアスペルギルス・オリゼ菌糸体をYatalase(タカラバイオ株式会社)を用いて処理し、プロトプラストを調製した。
【0036】
(リパーゼ活性アッセイ)
リパーゼ活性を加水分解反応によって決定した。反応混合物の組成は、以下の通りであった:オリーブ油2.0g、0.1M酢酸緩衝液(pH5.6)9.0ml、および0.05M CaCl2 1.0mlを、水浴(30℃、250rpm)中での攪拌に供した50mlスクリューキャップボトルに添加した。1.0mlの培養ブロスを添加して反応を開始させた。10分後、40mlの99.5%(v/v)エタノールを添加して加水分解を停止させ、次いで0.1M NaOHで遊離脂肪酸滴定を行った。1分当たり1μmolの脂肪酸を遊離させる加水分解活性を1単位(U)と定義した。
【0037】
(細胞分画および免疫ブロッティング)
5mgの乾燥細胞を−84℃で一晩凍結し、SK-Mill(フナコシ株式会社)を用いて破砕し、そして300μlの20mM Tris-HCl緩衝液(pH7.5)中に懸濁した。12,000rpmで5分間遠心分離した後、この上清を細胞質画分として集めた。沈殿物を300μlの1%Triton X-100溶液と共に30℃で20時間振盪することにより処理し、膜結合タンパク質を上清中に放出させた。次いで、得られた沈殿物を、2%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、5%(v/v)β-メルカプトエタノール、および10%(v/v)グリセロールを加えた300μlのTris-HCl緩衝液中に95℃で5分間インキュベートすることにより、細胞壁タンパク質を調製した。培養ブロスを細胞外画分として集めた。
【0038】
各画分中のタンパク質を12.5%SDS-ポリアクリルアミドゲル中で電気泳動し、そしてポリビニリデンジフルオライド膜(Millipore Co., Boston, MA, USA)上で2.0mA/cm2で室温で1時間、電気ブロッティングした。5%脱脂乳でブロッキングし、膜を一次ウサギ抗ROL IgG(非特許文献17)またはウサギ抗GFP IgG(フナコシ株式会社)と反応させ、そして次いで二次アルカリホスファターゼ結合ヤギ抗ウサギIgG(Promega Co., Madison, WI, USA)と反応させた。ニトロブルーテトラゾリウム(NBT; Promega Co.)および5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルホスフェート(BCIP;Promega Co.)を用いて、供給者により詳述されるプロトコルに従って膜を染色することにより、リパーゼを検出した。
【0039】
(蛍光顕微鏡)
アスペルギルス・オリゼ菌糸体を、150mM塩化ナトリウムを含有する50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.4)中に懸濁し、スライドガラス上に置き、カバーガラスで覆い、そして蛍光顕微鏡(BZ-8000, 株式会社キーエンス)下で観察した。GFPおよびGFP融合物の観察のために450-490nm励起フィルターおよび520nmバリアフィルターを用いた。画像(1,360×1,024ピクセル)を集め、JPEGファイルとしてエクスポートし、そしてAdobe Photoshopを用いて加工した。
【0040】
(実施例1:アスペルギルス・オリゼにおけるROLの発現)
本実施例では、アスペルギルス・オリゼ細胞におけるP-glaA142の制御下でリゾプス・オリゼIFO4697由来のリパーゼのN末端切断型の発現を調べた。プラスミドpNGA142ssProROL、pNGA142ssN28ROLおよびpNGA142ssmROLのそれぞれを組み込んだアスペルギルス・オリゼ形質転換体を完全培地中で96時間培養した。培養培地に分泌されたROLの活性を上記のリパーゼ活性アッセイにより測定した。
【0041】
図2は、アスペルギルス・オリゼ形質転換体の培養物における細胞外リパーゼ活性の経時変化を示す。図2には、以下のプラスミドのいずれかを組み込んだ細胞の結果を示した:pNGA142ssProROL(黒丸)、pNGA142ssN28ROL(黒三角)およびpNGA142ssmROL(白丸)。pNGA142ssProROLまたはpNGA142ssN28ROLを組み込んだ細胞のリパーゼ活性は、培養の時間とともに増大し、96時間後にはそれぞれ9.5U/mlおよび7.9U/mlに達した。他方で、pNGA142ssmROLを組み込んだ細胞は、培養期間中に細胞外にリパーゼ活性をほとんど示さなかった。
【0042】
プラスミドpNGA142ssProROL、pNGA142ssN28ROLおよびpNGA142ssmROLのそれぞれを組み込んだアスペルギルス・オリゼ形質転換体を完全培地中で96時間培養した。培養培地に分泌されたROLを一次ウサギ抗ROL IgGでのウェスタンブロッティングにより検出した。図3は、アスペルギルス・オリゼにより発現された細胞外ROLのウェスタンブロット分析の結果を示す。レーン1〜3は、プラスミドpNGA142ssProROL、pNGA142ssN28ROLおよびpNGA142ssmROLのそれぞれを組み込んだ細胞の結果である。これらの培養ブロスのウェスタンブロット分析(図3)は、ProROLおよびN28ROLが、34kDaの分子量を有するリパーゼを生産したことを示した。これは、N28領域がROLの成熟領域(mROL)のN末端に付加された形態に相当する。一方、分泌シグナルに融合したROLの成熟領域(mROL)をコードする遺伝子をアスペルギルス・オリゼ細胞に導入した場合、培養ブロス中にROLに対応するリパーゼのバンドがほとんど検出されなかった。
【0043】
これらの結果は、プロ配列が完全に欠失している場合を除き、ROLが首尾よく発現され、プロセシングされ、そして培養培地中に分泌されたことを示す。リゾプス・オリゼ由来リパーゼ(ROL)は、前駆タンパク質のプレ領域、プロ領域、および成熟領域からなり、独自のパターンの細胞内局在を有する。本発明者らは、リゾプス・オリゼ細胞を用いた研究では、34kDaの分子量を有するROL(ROL34)が細胞壁中に局在し、培養培地中に容易に分泌され、一方、ROL31(ROL34のN末端の28アミノ酸残基を有しない(mROL))は、主に、細胞膜に結合されていたことを見出している(データは示さず)。N28がROLの培養培地への分泌において重要な役割を果たすことが示唆される。
【0044】
(実施例2:アスペルギルス・オリゼ菌糸におけるROL−GFP融合タンパク質の発現によるROLの可視化)
ROLの分泌過程を調べるために、ROLのインビボ可視化をROL−GFP融合タンパク質の使用によって実施した。本実施例では、プラスミドpNAN8142ssmROL::GFP、pNAN8142ssProROL::GFP、またはpNAN8142ssN28ROL::GFPのいずれかをアスペルギルス・オリゼ細胞に導入し、形質転換体を作製し、完全培地中で培養した。61kDaの予想分子量を有する融合タンパク質(34kDaのROLおよび27kDaのGFP)が培養培地中で検出され、そして分泌プロフィール(経時変化)は、図2中のデータとほぼ一致していた(データは示さず)。
【0045】
上記の3つの形質転換体のうち、プラスミドpNAN8142ssProROL::GFP(A)またはpNAN8142ssN28ROL::GFP(B)を導入したアスペルギルス・オリゼ形質転換体の形態を示す微分干渉顕微鏡写真(上)および蛍光顕微鏡写真(下)を図4に示す。写真中のバーは10μmを表す。(A)の写真は、培養後48時間の形態を示し、そして(B)の写真は、培養後96時間の形態を示す。
【0046】
pNAN8142ssProROL::GFPを組み込んだ細胞(A)とpNAN8142ssN28ROL::GFPを組み込んだ細胞(B)との間で類似の蛍光パターンが観察された。培養初期(48時間)では、細網構造を有する明るい蛍光が明確にみられた。培養後96時間の培養物では、点状構造を有する蛍光が細胞内領域に残っていたが、菌糸先端部および壁に大量の蛍光が存在していた。アスペルギルス種の小胞体(以下、「ER」ともいう)が細網構造を形成することは、これまで、ERタグ化GFP構築物で形質転換したアスペルギルス・ニジュランスおよびアスペルギルス・ニガーにおいて報告されている(非特許文献9、21、22)。さらに、コツブダケ(Pisolithus tinctorius)菌糸中のゴルジ体が蛍光プローブで標識された場合に点状の節が見られ得るので(非特許文献23)、本実施例で観察された点状細胞小器官は、アスペルギルス・オリゼのゴルジ体であると考えられる。したがって、上記の知見は、ROL−GFPが、真核生物における代表的な分泌過程に従って、首尾よく発現され、ERにターゲティングされ、そしてゴルジ体に輸送されたことを示唆している。このとき、61kDaの予想分子量を有するROL−GFP融合物は、そのうちのいくらかがなお細胞壁上に残存していたが、多くは培養培地中に分泌されていた(データは示さず)。リパーゼ分泌におけるこのような傾向は、ROL単独の場合と一致していた。
【0047】
さらに、培養中を通して、菌糸先端部に高い蛍光が存在していた。このことは、タンパク質分泌が増殖中の菌糸の先端部で生じていることを示唆している。さらに、隔膜での融合タンパク質の蓄積が観察された。
【0048】
アスペルギルス種における分泌経路のこれらの蛍光パターンは、グルコアミラーゼ−GFP融合タンパク質(非特許文献9)およびリボヌクレアーゼT−GFP融合タンパク質(非特許文献10)に関する研究におけるパターンと類似していた。したがって、上記の結果は、アスペルギルス・オリゼにおいてROLの分泌過程の基本の可視化が確立され得たことを示している。
【0049】
GFPに融合された成熟ROLを発現するアスペルギルス・オリゼ菌糸体の菌形態学および蛍光の観察を図5に示す。図5において、パネルAは培養後24時間、Bは培養後48時間、Cは培養後96時間、およびDは培養後96時間の微分干渉顕微鏡写真であり、そしてパネルaは培養後24時間、bは培養後48時間、cは培養後96時間、およびdは培養後96時間の蛍光顕微鏡写真である。写真中のバーは10μmを表す。
【0050】
分泌シグナルに直接的に融合された成熟ROLの発現は、蛍光パターンおよび糸状菌形態学の両方において、上記pNAN8142ssProROL::GFPを組み込んだ細胞とpNAN8142ssN28ROL::GFPを組み込んだ細胞とは顕著な差異を示した。培養の初期段階(培養後24時間)では、蛍光は、広範囲の細胞内領域に分布している多くの小胞構造を示したが、これらの小胞は、48時間後には、1つの区画の縁部近辺に蓄積した。しかし、菌糸先端部には、培養の後期段階(培養後96時間)でさえも、蛍光は見られなかった。さらに、この形質転換体は、高度に分岐した形態で増殖し、これは、タンパク質輸送阻害剤で処理した菌糸体(非特許文献12)と類似していた。したがって、成熟ROLの発現は、アスペルギルス・オリゼ細胞に対して毒性があるようである。成熟領域のN末端に融合された28アミノ酸残基を有するROLの場合に、有効な分泌が得られたことから、この28アミノ酸ペプチド(N28配列)は、アスペルギルス・オリゼのタンパク質輸送において重要な役割を果たすようである。
【0051】
(実施例3:アスペルギルス・オリゼにおけるGFPの輸送に対するN28配列の効果)
タンパク質分泌経路におけるN28配列の役割をさらに調べるために、この領域を、本来細胞質タンパク質であるGFPに直接的に融合させた。プラスミドpNAN8142GFP、pNAN8142ssGFP、またはpNAN8142ssN28GFPをアスペルギルス・オリゼに導入し、形質転換体を作製し、完全培地で培養した。
【0052】
図6に、アスペルギルス・オリゼ形質転換体の菌糸において発現されたGFPの分布を示す蛍光顕微鏡写真を示す。図6において、(A)はプラスミドpNAN8142GFP、(B)はプラスミドpNAN8142ssGFP、および(C)はプラスミドpNAN8142ssN28GFPを示す(左側の列は、培養後48時間、そして右側の列は、培養後96時間の結果を示す)。写真中のバーは10μmを表す。
【0053】
GFPのみを有する細胞の場合、蛍光は、培養中を通して菌糸細胞質に均一に分布していた(A)。一方、分泌シグナルを有するGFPを生産する細胞は、分泌タンパク質に関する研究でよく報告されているように菌糸先端部に明るい蛍光が見られたが、前者の蛍光パターンと類似した蛍光パターンを示した(B)。細胞質に蓄積されたGFPは、培養後期でさえも明らかな蛍光を発し続けた。このことは、アスペルギルス・オリゼにおいて発現されたGFPが非常に安定であり、そしてこの生物に対して毒性がないことを示している。これに対して、N28配列をGFPに融合させた場合、培養後48時間の菌糸は、細網構造を有する蛍光を示した(C)。これは、おそらく、小胞体(ER)中の局在に起因する。このような大量の蛍光は、菌糸先端部を除いて、培養後期(96時間)には消失した。このことは、GFPが培養培地中に分泌されたことを示唆している。
【0054】
次いで、培養培地中のGFPを一次ウサギ抗GFP IgGでのウェスタンブロッティングにより検出した。図7に、アスペルギルス・オリゼ細胞による培養培地に分泌されたGFPのウェスタンブロット分析を示す電気泳動写真を示す。レーン1〜3は、プラスミドpNAN8142GFP、pNAN8142ssGFPおよびpNAN8142ssN28GFPのそれぞれを組み込んだ細胞の結果を示す。アスペルギルス・オリゼ形質転換体の培養後96時間の結果である。
【0055】
図7に見られるように、プラスミドpNAN8142GFPまたはpNAN8142ssGFPをアスペルギルス・オリゼ細胞に組み込んだ場合、培養培地中にGFPは少量しか検出されなかったが、pNAN8142ssN28GFPを組み込んだ細胞の場合、大量のGFPが分泌された。分泌されたGFPは、N28配列が融合された形態である。これらの知見は、N28配列が、ERへの移行を促進し、したがって、細胞質タンパク質の場合であっても、効果的な分泌が行われ得ることを示唆している。
【0056】
分泌シグナルが存在しているにも関わらず、N28配列を用いなかったGFPは、菌糸細胞質に均一に分布していた(図6)。GFPは、細胞質タンパク質であり、そしてアスペルギルス・オリゼに対して非毒性と思われるので、このタンパク質の特徴(例えば、折りたたみ率およびそれ自身の配列)が、ERへの移行に困難性を引き起こし得る。他方で、分泌シグナルとGFPとの間のN28配列の存在は、ERへのタンパク質移行を誘導し、そして結果として、GFPが効果的に分泌された(図7)。GFPはこの生物に対して有意な毒性を有していないにもかかわらず、ROLと同様に、タンパク質分泌に対するN28配列の促進効果を観察することができた。N28配列がタンパク質の毒性を減少させたという可能性を明らかに除くことはできないが、この配列が、細胞質タンパク質の場合でさえもアスペルギルス・オリゼのERへのタンパク質輸送を促進または補助することが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の方法によれば、従来の方法では分泌の困難なタンパク質の生産性を飛躍的に高められる。したがって、遺伝子操作による有用タンパク質の大量生産に有用であり、医薬品、食品などの開発および改良の分野に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】真菌発現ベクターpNGA142またはpNAN8142中にクローニングされる遺伝子構築物の模式図である。
【図2】アスペルギルス・オリゼ形質転換体の培養物における細胞外リパーゼ活性の経時変化を示すグラフである。
【図3】アスペルギルス・オリゼ形質転換体により発現された細胞外分泌ROLのウェスタンブロット分析の結果を示す電気泳動写真である。
【図4】プラスミドpNAN8142ssProROL::GFPまたはpNAN8142ssN28ROL::GFPを導入したアスペルギルス・オリゼ形質転換体の形態を示す微分干渉顕微鏡写真および蛍光顕微鏡写真である。
【図5】GFPと融合した成熟ROLを発現するアスペルギルス・オリゼ菌糸体の菌形態学を示す微分干渉顕微鏡写真および蛍光を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図6】アスペルギルス・オリゼ形質転換体の菌糸において発現されたGFPの分布を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図7】アスペルギルス・オリゼ形質転換体により培養培地に分泌されたGFPのウェスタンブロット分析を示す電気泳動写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的のタンパク質の細胞外分泌を補助し得るペプチドをコードする遺伝子であって、配列番号2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる遺伝子。
【請求項2】
タンパク質分泌生産用ベクターであって、請求項1に記載の遺伝子を含む、ベクター。
【請求項3】
前記ベクターがさらに、分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子および目的のタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子を含み、該ベクターにおいて、上流から、該分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子、請求項1に記載の遺伝子、そして該目的のタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子の順で配置されている、請求項2に記載のベクター。
【請求項4】
糸状菌においてタンパク質を分泌生産する方法であって、
分泌シグナルをコードする塩基配列を有する遺伝子、請求項1に記載の遺伝子、および該タンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子を、上流からこの順で配置されるように含むベクターを作製する工程;
該ベクターを該細胞に導入して形質転換細胞を作製する工程;ならびに
該形質転換細胞を培養する工程;
を含む、方法。
【請求項5】
前記糸状菌がアスペルギルス属に属する微生物である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記アスペルギルス属に属する微生物がアスペルギルス・オリゼである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
糸状菌で生産され分泌される融合タンパク質であって、目的のタンパク質のN末端に配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドが付加された、融合タンパク質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−174962(P2007−174962A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−376688(P2005−376688)
【出願日】平成17年12月27日(2005.12.27)
【出願人】(502059825)バイオ・エナジー株式会社 (16)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】