説明

納豆菌株、納豆及びその製造方法

【課題】既存納豆菌株で十分な発酵が困難な有色素大豆を用いた納豆において、表皮が口に残らず柔らかく仕上がり、十分な旨みを感じ、大豆臭ではなく、良い発酵臭を感じる納豆を作ることの出来る納豆菌株、納豆及びその製造方法を提供する。
【解決手段】バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)に属する新規な微生物変異株であるバチルス・サブチリスIBARAKI C−1(FERM P−22078)である納豆菌株、あるいは、当該納豆菌株とバチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)IBARAKI P−1株(FERM P−22079)の混合割合が質量比で8:2である納豆菌株を用いることにより、柔らかく、十分な旨みと良い発酵臭を感じる納豆を製造することができる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌株及びその用途に関する。特に、本明細書において「有色素大豆」と呼称する黒、茶、紅又は緑などの色大豆を用いて、食感が柔らかく、旨みや香りにおいても優れた納豆を製造することの出来る納豆菌株、納豆及びその製造方法に関わるものである。
【背景技術】
【0002】
納豆は、日本の伝統的な発酵食品で栄養価が高く食卓でも馴染み深い食品であり、蒸した大豆に納豆菌を植菌して発酵することで製造される。原料となる大豆は、黄色い大豆が一般的で、用いられる納豆菌も大手メーカーが自社開発した物を除くと、全国で大きく3種類しか存在しない。その3種類の中で全国的に利用率が高いのは、有限会社宮城野納豆製造所が販売する宮城野菌である。しかし、原料となる大豆は、黄色以外にも黒、茶、紅などの有色素大豆が存在するが、有色素大豆に対してはこれら3種類のどの納豆菌を用いても、食感が硬く、旨みに乏しく、さらには、発酵が不十分な際に生じる大豆臭さが残るなどの問題点がある。黄大豆においても、原産国、その年の気候及び品種により、皮の硬いものや旨みに欠けるものなど、既存の納豆菌では問題の残るものが存在する。黒大豆納豆を製造する方法として、例えば特許文献1に記載の手法が開示されている。しかし、蒸煮した大豆を冷凍する設備の導入が不可避であり、そのための設備投資費が掛かる他、納豆製造に新たな工程が加わるために手間が増えるといった問題がある。また、皮が硬く食感が悪いといった問題点を解決するために、例えば特許文献2や3には、セルロースやヘミセルロースを分解する能力の高い菌を用いて大豆の表皮成分を部分的に分解する方法が開示されている。しかし、これらの方法のみでは有色素大豆に対しては十分な効果が得られない。有色素大豆を十分に発酵させ、旨みや香りにおいても優れた納豆を製造する為には、従来の納豆菌よりも高いプロテアーゼ活性を有する納豆菌が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−201466号公報
【特許文献2】特開2009−39080号公報
【特許文献3】特開平9−09903号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
有色素大豆、特に黒大豆は、難分解性の成分を含む表皮が厚いため、従来の納豆菌株では発酵が不十分となり、できあがった納豆は、発酵が十分でないことに起因すると思われる表皮のごぞごぞとした食感が残り硬めに仕上がる。また、旨みに乏しく大豆臭さが残るといった問題点を有している。そこで、表皮が口に残らないように柔らかく仕上がり、十分な旨みを感じ、大豆臭がなく良い発酵臭を感じる納豆を作る技術が求められている。本発明は、従来技術の問題点を解決し、従来の納豆菌株では十分な発酵が困難な有色素大豆に適用可能な新規の納豆菌株を提供するとともに、この新規な納豆菌株を用いて製造した納豆及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の第1手段は、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌変異株IBARAKI C−1株(FERMP−22078)であることを特徴とする。
【0006】
また、第2手段は、黒大豆、茶大豆、紅大豆及び緑大豆からなる群から選択される大豆を原料とする納豆を製造しうることを特徴とする第1手段に記載の納豆菌変異株であることを特徴とする。
【0007】
また、第3手段は、第1手段に記載の納豆菌株とバチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌株IBARAKI P−1株(FERM P−22079)とを8:2の質量比で混合してなる納豆菌株であることを特徴とする。
【0008】
また、第4手段は、第1手段又は第2手段に記載の納豆菌変異株あるいは第3手段に記載の混合してなる納豆菌株を用いることを特徴とする納豆の製造方法である。
【0009】
また、第5手段は、第4手段に記載の製造方法により得られる納豆であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、新規なバチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌変異株(Bacillus subtilis IBARAKI C−1;IBARAKI C−1菌)が提供される。IBARAKI C−1菌は、納豆の製造に用いることができる。IBARAKI C−1菌を、煮豆に植菌して発酵させることにより、納豆を製造することが出来る。IBARAKI C−1菌は高いセルラーゼ活性とプロテアーゼ活性の両方を持つ為、セルラーゼにより大豆表皮の分解が進むことで、種子にプロテアーゼがしっかり働くことが出来るという相乗効果により表皮だけでなく種子も柔らかく、さらにたんぱく質分解物であるペプチドやアミノ酸が豊富に産生されることにより旨みの強い納豆を作ることが可能になる。加えて、十分発酵が進むことで、発酵が不十分である場合に感じる大豆臭さも抑えられ、良い発酵臭の納豆製造が可能になる。こうした効果により、納豆製造に多く用いられる表皮が黄色い大豆の納豆製造に使用可能なのはもちろんのこと、従来の納豆菌で十分な発酵が難しかった有色素大豆に対しても表皮が口に残らず柔らかく仕上がり、十分な旨みを感じ、大豆臭ではない良い発酵臭を感じる納豆を製造することが可能になる。さらに、当該納豆菌株とバチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)IBARAKI P−1株とを混合した納豆菌株を用いることで、IBARAKI C−1菌単独の場合よりも糸引きの強い納豆を製造することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】 IBARAKI C−1菌と宮城野菌のセルラーゼ活性の経時変化を示す。
【図2】 IBARAKI C−1菌と宮城野菌のプロテアーゼ活性の経時変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の納豆菌変異株(IBARAKI C−1菌)の分離、培養及び用途について詳しく説明する。
【0013】
本発明の新規な納豆菌であるIBARAKI C−1菌は、次のようにして得たものである。収穫後の稲藁1本を滅菌済みの50ml遠心チューブに入れ、そこに滅菌水を注ぎ懸濁した。耐熱性胞子のみを選択的に得るべく、これを95℃で5分程処理した。この懸濁液1mlをTSB(トリプティックソイブロス)10mlに注ぎ、37℃で一晩振盪培養した後、培養液を10,000倍希釈して100μlをTSA(トリプティックソイ寒天培地)平板培地に塗布し、37℃で24時間培養した後、分離した細菌をTSA平板培地に塗布し、純化する行程を繰り返した。
【0014】
単離した細菌株全てについて納豆を試作し、菌の被り、豆の硬さ、糸引き、糸の節などの観点から、納豆加工適性を有する細菌株を選抜した。選抜した細菌株について、16S rRNA遺伝子の解析の他、AFLP等の系統解析試験及びビオチン要求性試験を行い、その結果からバチラス・ズブチルス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であることを確認した。なお、納豆菌と納豆菌以外のバチラス・ズブチルスとの相違は、納豆菌がビオチン要求性を示し、かつ粘質物産出能を有するのに対し、納豆菌以外のバチラス・ズブチルスはこれらの特性を示さないことにある。
【0015】
次に、これらの細菌株について、変異を誘発する操作を行った。枯草菌をリファンピシン含有培地で培養し、生育が見られた菌株、つまりリファンピシン耐性を獲得した菌株は、RNAポリメラーゼに変異が入り、幾つかの酵素活性が上昇するという報告がなされている。この手法を枯草菌の一種である納豆菌に応用した。具体的には次の通りである。
【0016】
グルタミン酸ナトリウム一水和物を6gと、サッカロースを12gと、フィトンペプトンを6gと、KHPOを1gと、NaHPOを0.68gと、NaClを0.2gと、MgCl・7HOを0.2gと、寒天を6gとを、逆浸透水400mlに溶かし(GSP培地)、滅菌した後、リファンピシンを2μg/mlの割合で添加した培地を調製した。遺伝子解析を行った菌株のうち特に納豆加工適性の高かった1株をLB培地で一晩振盪培養した。培養後、2倍希釈して、調製したリファンピシン入りのGSP培地に100μl塗布し、37℃で一晩培養した。納豆の粘りに相当する粘性物質であるγ−ポリグルタミン酸(γ−PGA)生産能がある菌株を分離し、LB寒天培地で純化を行った。これにより、本発明のバチラス・ズブチルス イバラキ シー ワン(Bacillus subtilis IBARAKI C−1;IBARAKI C−1菌)を得た。この納豆菌変異株は、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにFERM P−22078号の受託番号で寄託されたバチラス・ズブチルス イバラキ シー ワン株(Bacillus subtilis IBARAKI C−1)である。なお、本発明の納豆菌変異株の変異前の親株については、宮城野菌などの市販納豆スターター株が必ず保有しているIS4Bsu1及びIS256Bsu1を保持していないことと、AFLP試験により市販納豆スターター株と異なることを確認した。
【0017】
本発明のIBARAKI C−1菌と市販納豆スターター株である宮城野菌についてセルラーゼ及びプロテアーゼ活性測定を実施して比較した。まず、IBARAKI C−1菌及び宮城野菌をLB培地にて37℃で一晩振盪培養した。100mlのLB培地を注いだ300mlのバッフル付フラスコに培養液1mlを注いだ。この培養液を培養中のある一定時間毎に採取し、15,000rpmで10分間遠心分離して上清を取得し、この培養上清を酵素液として活性の測定を行った。
【0018】
セルラーゼ活性測定法は、次の通りである。基質として1%のAzo−CMC溶液(PH6)を用いた。反応容器は1.5mlのエッペンチューブを用いた。基質溶液100μlに酵素液(培養上清)を100μl添加し、手早く混ぜ、サンプル用チューブを50℃で30分間インキュベートした。インキュベート後、99.5%エタノールを1000μl添加し、反応を停止させた。これを10分間室温放置後、14000rpmで10分間遠心分離後、上清を取得した。Azo−CMCの分解度合いを590nmの吸光度を測定することで実施し、セルラーゼ活性を評価した。なお、基質溶液と酵素液を混合後、直ちにエタノールを添加したものをバックグラウンドとした。
【0019】
その結果を図1及び表1に示す。表1によると、IBARAKI C−1菌は宮城野菌に比べて、酵素活性の立ち上がり、つまり吸光度(590nm)が0.05を超えてくるのが3時間ほど早いことが確認できた。また、図1によりIBARAKI C−1菌の酵素活性がピークに達しつつある培養9時間前後数時間においてIBARAKI C−1菌の方が最大15%以上高い数値を示す時間帯が存在することが確認された。このことから、発酵完了までにより多くの表皮成分を分解できるため、皮を柔らかく仕上げることが出来る。また、表皮成分が分解されることで、後述のプロテアーゼなどの酵素も働きやすくなり、発酵の進行も容易になると期待できる。
【0020】
【表1】

【0021】
プロテアーゼ活性測定法は、次の通りである。基質として0.5%%アゾカゼイン(100mM Tris−HCl(PH8))を用いた。反応容器は1.5mlのエッペンチューブを用いた。基質溶液500μlに酵素液(培養上清)100μlを添加し、手早く混ぜ、サンプル用チューブを37℃で30分インキュベートした。インキュベート後、15%TCAを400μl添加し、反応を停止させた。これを10000rpmで10分間遠心分離後、上清900μlを新たなエッペンチューブに分注し、ここに10M NaOHを45μl添加した。アゾカゼインの分解の度合いを440nmの吸光度を測定することで実施し、プロテアーゼ活性を評価した。なお、基質溶液と酵素液を混合後、直ちに15%TCAを添加したものをバックグラウンドとした。
【0022】
その結果を図2に示す。IBARAKI C−1菌は、プロテアーゼ活性の立ち上がり直後から宮城野菌に比べて、1.5倍以上の数値を示すだけでなく、発酵に重要な発酵開始後18時間頃までの時間帯において、常に2倍強の活性を示すことが確認された。この結果から、より多くのたんぱく質が分解されることで、豆そのものも柔らかく仕上がると共に、ペプチドやアミノ酸が多く生じてくることでより旨みのある納豆ができる。
【0023】
本発明の納豆菌(IBARAKI C−1菌)及び市販納豆スターター株である宮城野菌を用い、以下に示すようにして黒大豆納豆を試作した。最初に、黒大豆を3倍量の水(20℃)に16時間浸漬した後、よく水を切り、0.18MPaの条件で30分間蒸煮した。次に、蒸煮大豆1gに対して上記納豆菌の菌数が10個となるように納豆菌胞子懸濁液を噴霧し、よく攪拌した。これを、発泡スチロール製の容器に所定量充填し、小孔のあるポリスチレン製フィルムで被覆して蓋をした。次に、39℃,湿度90%で18時間発酵処理を行った後、20℃,50%であら熱を取り、5℃で1日以上冷蔵して熟成させ、目的とする納豆を得た。
【0024】
このようにして得られた納豆について、硬度評価及び官能試験を行った。なお、上記硬度評価及び官能試験は、下記に示す方法により行った。
【0025】
(1)納豆の硬さの評価試験
納豆の硬さの評価試験は、「納豆試験法」(納豆試験研究会編、光琳社、平成2年3月8日発行)に記載の方法により行った。すなわち、上皿時計秤上に、納豆をのせ、試験用アダプター(縦2cm横2cm、厚み2mmで先3mm付近から細くなり、納豆との接触面は厚みが1mm)にて大豆の単軸方向に切断し、切断時の重量(g)を切断強度とした。なお、この切断強度試験は、納豆50粒について行い、その平均値を表2に示した。このことから、IBARAKI C−1菌を用いた方が切断強度が小さく、セルラーゼやプロテアーゼの効果により納豆が柔らかく仕上がったことが確認された。
【0026】
【表2】

【0027】
(2)官能試験
年齢・性別も様々な26名により2種類の納豆について比較評価を実施した。その結果を表3に示す。検査した全ての項目でIBARAKI C−1菌の方が良いという評価が宮城野菌を上回り、本発明のIBARAKI C−1菌を用いることで、表皮が口に残らず柔らかく仕上がり、十分な旨みを感じ、大豆臭ではなく良い発酵臭を感じる納豆を作ることが可能になった。
【0028】
【表3】


【実施例1】
【0029】
IBARAKI C−1菌およびIBARAKI C−1菌の変異前の親株であるFERM P−22079号の受託番号で独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託されたバチラス・ズブチルス イバラキ ピー ワン株(Bacillus subtilis IBARAKI P−1;IBARAKI P−1菌)を用い、以下に示すようにして納豆を製造した。すなわち、まず、黄大豆を3倍量の水(20℃)で16時間浸漬した後、よく水を切り、0.18MPaの条件で30分間蒸煮した。次に、IBARAKI C−1菌80%に対し、IBARAKI P−1菌20%で混合し、蒸煮大豆1gに対して上記納豆菌の菌数が10個となるように納豆菌胞子懸濁液を噴霧し、よく攪拌した。これを、発泡スチロール製の容器に所定量充填し、小孔のあるポリスチレン製フィルムで被覆して蓋をした。次に、39℃、湿度90%で10時間発酵処理を行った後、20℃、50%であら熱を取り、5℃で1日以上冷蔵して熟成させ目的とする納豆を得た。その結果、通常では18時間から20時間程度の発酵を要するが、混合した納豆菌を用いることで通常より短時間での納豆製造が可能であった。また、混合菌はIBARAKI C−1菌単独よりも糸引きの強い納豆を製造することが出来る。
【受託番号】
【0030】
FERM P 22078
【受託番号】
【0031】
FERM P 22079

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌変異株IBARAKI C−1株(FERM P−22078)。
【請求項2】
黒大豆、茶大豆、紅大豆及び緑大豆からなる群から選択される大豆を原料とする納豆を製造しうることを特徴とする請求項1に記載の納豆菌変異株。
【請求項3】
請求項1に記載の納豆菌株とバチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌株IBARAKI P−1株(FERM P−22079)とを8:2の質量比で混合してなる納豆菌株。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の納豆菌変異株あるいは請求項3に記載の混合してなる納豆菌株を用いることを特徴とする納豆の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の製造方法により得られる納豆。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−223173(P2012−223173A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−105689(P2011−105689)
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(591106462)茨城県 (45)
【Fターム(参考)】