説明

素焼き素材塗工液

【課題】素焼き素材が本質的に持つ、多孔質性に由来する水漏れ及び壊れやすさという欠点を補い、素材の利用価値を上げ、その有効利用を図ることを課題とする。
【解決手段】アルコキシシラン化合物、及び前記シラン化合物を硬化及び/又は固化させる触媒を含有し、前記触媒は加水分解可能な有機金属化合物であり、更に溶媒を添加してなる素焼き素材塗工液で、前記シラン化合物が、下記構造式(1)で示されるシラン化合物であることを特徴とする。


(構造式(1)において、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、Rはこれらの基内にハロゲン原子又はエポキシ基を含んでもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基であり、nは2〜10である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、素焼き素材に対し良好な撥水性、耐水性及び強度向上効果を付与することができる、素焼き素材塗工液に関する。
なお、本発明においていう「素焼き素材」とは、釉薬処理をせず800℃程度の比較的低温で焼成した物のみならず、釉薬処理し高温で処理した物でも、例えば、萩焼に見られるいわゆる「貫入」と呼ばれる、ヒビ部分も対象とするものである。
【背景技術】
【0002】
素焼きは陶磁器の焼き方の一つであり、素焼き素材は素焼きにより焼き固められた陶器のことを言う。即ち、素焼き素材は粘土を整形して乾燥を行い、釉薬をかけずに焼き固めたものである。
【0003】
一般的には、粘土を捏ねた後、ロクロ等を用いて整形する。その後、1週間程乾燥し、800℃程度の比較的低温で、10時間程度焼き固めることにより、素焼き素材が作られる。その後、釉薬処理をする場合は、1250℃程度の高温で焼き固める。その結果、固く水漏れの無い陶磁器になる。
【0004】
しかし、素焼きの段階では低い温度での焼成のため、軟質であり壊れやすく、また、多孔質ゆえ水漏れが生じるなど、実用上問題がある素材である。ただし、植木鉢用途ではその多孔質性のため、保水性・通気性に富み、水分の保持や入れられた土に、十分な空気(酸素)を送り込むことができる、利用価値の高い素材である。
【0005】
また、多孔質であるため、表面積が大きくアロマテラピーに使用する精油を蒸発させる道具として、利用されている。
【0006】
しかし、多くの場合、割れやすく且つ水を通し易い性質のため、実際に使用する場合、多くの制約がある。特に、多孔質のために生じる水漏れが問題となり、杯等の用途では多くの制約があることが指摘されている。 また、軟質であり壊れやすいため、輸送時や取扱い時に、ひびが入ったり割れたりして、商品コストが上がるという問題がある。
【0007】
多孔質材料の水漏れの問題は、一般的には油状物質(オイル状あるいはワックス状物質)を塗ることにより解決できるが、油状物質は多孔質材料の表面に固定化することが難しく、何回か使用していると、自然に剥離してしまうという問題がある。また、油状物質は多孔質材料の強度向上の機能を果たすことはできない。
【0008】
多孔質材料の強度を向上させる目的で、いわゆる水ガラス(ケイ酸ソーダ水溶液)が使用されることがある。しかし、水ガラスを表面に塗ると、表面が白色になることがある。また、水ガラスはその分子量が大きいため、多孔質材料の細部にまで水ガラス分子が浸透することが難しく、結果として十分な水漏れ防止効果が期待できない。
【特許文献1】特開2002−160492号公報
【特許文献2】特開2002−166699号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述したような、素焼き素材が本質的に持つ、多孔質性に由来する水漏れ及び壊れ易さという欠点を補い、素材の利用価値を上げ、その有効利用を図ることを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明者は鋭意研究を重ねた結果、アルコキシシラン化合物及び、該シラン化合物を硬化及び/又は固化させる触媒を含有し、該触媒が加水分解可能な有機金属化合物であり、更にそれらを相互に溶解させる溶媒を添加してなる塗工液を素焼き素材に塗工することにより上記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成させた。即ち、本発明に必須な要素は、シラン化合物、触媒である加水分解可能な有機金属化合物、及び有機溶剤である。
【0011】
有機溶媒中にアルコキシシラン化合物を加え、このアルコキシシラン化合物を重合させる触媒である加水分解可能な有機金属化合物を加え、更にこれらシラン化合物及び触媒を相互に溶解させる有機溶剤を加えた塗工液を、素焼き素材表面に塗布すると、素焼き素材表面のみならず、その内部にまで撥水性、耐水性、及び強度向上機能が付与され、その結果、水漏れが無く、割れにくい機能を付与し得ることを見出し、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の素焼き素材塗工液を提供するものである。
【0012】
[1]アルコキシシラン化合物、及び該シラン化合物を硬化及び/又は固化させる触媒を含有し、該触媒が加水分解可能な有機金属化合物であり、更に溶媒を添加してなる素焼き素材塗工液。
【0013】
[2]前記シラン化合物が、下記構造式(1)で示されるシラン化合物であることを特徴とする、[1]に記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(1)において、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、Rはこれらの基内にハロゲン原子又はエポキシ基を含んでもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基であり、nは2〜10である)
【0014】
[3]前記シラン化合物が、下記構造式(2)であることを特徴とする、[1]に記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(2)において、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、nは2〜10である)
【0015】
[4]前記シラン化合物が、下記構造式(1)で示されるシラン化合物及び下記構造式(3)で示されるシラン化合物であることを特徴とする、[1]記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(1)において、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、Rはこれらの基内にハロゲン原子又はエポキシ基を含んでもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基であり、nは2〜10である。)

(構造式(3)において、R及びR11は、それぞれ同一又は異なっていてもよい、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基であり、R10及びR12は、その基内にエポキシ基又はグリシジル基を含んでいてもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基である。)
【0016】
[5]前記シラン化合物が、下記構造式(1)及び下記構造式(2)で示されることを特徴とする、[1]に記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(1)において、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、Rはこれらの基内にハロゲン原子又はエポキシ基を含んでもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基であり、nは2〜10である。)

(構造式(2)において、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、nは2〜10である。)
【0017】
[6]前記加水分解可能な有機金属化合物が、チタニウム、ジルコニウム及びアルミニウムから成る群から選ばれる一種以上の金属アルコキシドである[1]〜[5]のいずれかに記載の素焼き素材塗工液。
【0018】
[7]塗工対象が杯その他の口に触れる器類である、[1]〜[6]のいずれかに記載の素焼き素材塗工液。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、素焼き素材表面に良好な撥水性及び耐水性、更に割れ防止機能を付与することができる素焼き素材表面塗工液を提供するものであり、本発明に係る素焼き素材表面塗工液は、造膜性に優れ、素焼き素材の撥水性・耐水性を長期間保持でき、更に割れ防止機能を備えた、保存安定性の良い表面処理液であって、該塗工液によれば、素焼き素材表面の自然の風合いを損なうことなく、耐久性の高い保護被膜を形成することができる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。 本発明の素焼き素材表面塗工液は、アルコキシシラン化合物、及びシラン化合物を硬化及び/又は固化させる触媒である、加水分解可能な有機金属化合物を含有し、且つこれらシラン化合物及び触媒を相互に溶解させる有機溶剤を添加してなることを特徴としている。
【0021】
通常、このようなシラン化合物を用い、シロキサン結合のポリマーを合成する方法は、ゾルーゲル法と呼ばれており、多くの分野で応用されている。通常、下記組成式(1)に示す溶液が使用される。
【0022】
組成式(1)
Si(OR)+xHO+酸(若しくはアルカリ)触媒+溶媒。
ここで、組成式(1)の組成は一般的なゾルーゲル液の組成である。溶媒中に主剤であるシラン化合物(上記組成式(1)でSi(OR)で示す)の他に、反応水(xHO)と触媒(主に酸)を加え十分に撹拌することで得られる。
【0023】
しかし、この組成液で示される塗工液を素焼き素材表面塗工液として利用した場合、以下に示すような多くの問題が生じる。即ち、この液組成では、事前に反応水と触媒が添加されているため、液剤調合時にすでに反応が始まっており、液濃度が高い液剤は、ゲル化時間が短くなり、実用上使用できないという、いわゆる保存安定性の問題が生じる。そのため、液濃度が低い液剤を用いなければならず、結果として、十分な性能を示す液剤を安定的に使用する上で困難が伴う。
【0024】
また、塗工液中の酸触媒が、素焼き素材の粘土質を溶かす恐れがあるため、使用に多くの制約がある。
【0025】
このような問題点を改良すべく、本発明では酸触媒を用いない新しい素焼素材用塗工液を開発した。以下に、本発明で用いられるシラン化合物、触媒、有機溶剤について説明する。
【0026】
本発明において必須の化合物であるアルコキシシラン化合物内のアルコキシ基は、水と反応し、下記反応式1に示すように加水分解・縮重合し、強固な3次元のシロキサン結合(≡Si−O−Si≡)のネットワークを形成する。
反応式1;
(1)≡Si−OR+HO→≡Si−OH+ROH
(2)≡Si−OH+HO−Si≡→≡Si−O−Si≡+H
(3)≡Si−OH+RO−Si≡→≡Si−O−Si≡+ROH
【0027】
ここで得られるシロキサン結合の、結合エネルギーは106kcal/molである。一方、有機化合物の典型的な結合であるC−C結合の結合エネルギーは、82.6kcal/molである。従って、シラン化合物が加水分解・縮重合することによって生成するシロキサン結合を有する塗工膜は、有機化合物由来の塗工膜と比べ、はるかに熱的に安定な塗工膜であることが分かる。この熱的に安定な結合によって形成される塗工膜は、耐熱性・耐摩耗性に優れたものとなる。
【0028】
ところで、素焼き素材は上述したように、粘土を材料として作られている。粘土の主成分はケイ素化合物であり、表面にたくさんのSi−OHがある。そのため、上記反応式(1)で生成したSi−OHは、反応式(2)や(3)に従って縮重合反応をする一方で、素焼き素材の表面即ち粘土表面とも固く結合する。この結合により、塗工膜が固く素焼き素材表面と結合するとともに、細孔内で結合していない粘土同士を結合させる役割を担い、結果として、素焼き素材の強度向上の機能を発揮する。このことより、アルコキシシラン化合物は強度向上の機能を付与するために必須な化合物であり、それにはアルコキシ基が重要な役割を果たす。
【0029】
素焼き素材の強度向上の意味からすると、アルコキシシラン化合物として下記構造式(2)で示される、いわゆる4官能シラン化合物(反応性アルコキシ基(RO、RO、RO、RO)が4個存在する)が最適であると考えられる。

これらの反応性置換基は、水と反応して加水分解する必要がある。そのためには加水分解し易い置換基である必要があり、R、R、R、Rは水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基であることが必要である。
【0030】
一方、撥水性、耐水性を付与するには、純無機物質である4官能シラン化合物では不十分となる。その目的では、非反応性有機置換基(R、R10、R12)を有するいわゆる3官能シラン化合物(下記構造式(1))や、いわゆる2官能シラン化合物(下記構造式(3))が用いられる。


【0031】
3官能シラン化合物は、3個の加水分解可能な反応性置換基(アルコキシ基(RO、RO、RO))の他、1個の加水分解不可能な非反応性置換基(R)を、その分子内に保有している。また、2官能シラン化合物は2個の加水分解可能な反応性置換基(アルコキシ基(RO、R11O))の他、2個の加水分解不可能な非反応性置換基(R10、R12)を、その分子内に保有している。
【0032】
これらのシラン化合物は、分子内に反応性基(RO、RO、RO、RO、およびR11O)を有しているため、そのもの自身のポリマー化や粘土表面との結合に寄与し、強度向上の機能を発揮する。
【0033】
これらの反応性置換基は、4官能シラン化合物と同様に、水と反応して加水分解する必要がある。そのためには、R、R、R、R、R11は、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基であることが必要である。
【0034】
一方、反応しない有機置換基(R、R10、R12)はポリマー内に残り、その有機性のため、撥水性機能を付与する役目を担う。そのためにはR、R10、R12は、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等のアルキル基、あるいは、アルケニル基、フェニル基等であることが好ましく、また、それらは基内にハロゲン原子やエポキシ基等の置換基を含んでいてもよい。
【0035】
従って、本発明で用いられるシラン化合物(1)(3官能シラン化合物)は、3個の加水分解可能な反応性置換基と、1個の加水分解不可能な非反応性置換基をその分子内に有していることを特徴とするのである。
【0036】
このようなシラン化合物(1)の具体例としては、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、ブチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、ブチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、エチルトリプロポキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、γ-(メタクリロキシプロピル)トリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、アミノプロピルトリメトキシシラン、β-(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、γ-(メタクリロキシプロピル)トリエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、アミノプロピルトリエトキシシラン、ビニルトリス(βメトキシエトキシ)シラン等、これらの2〜10分子程度の縮合体を例示できる。
【0037】
なお、シラン化合物(1)は、かかる単量体の1種類のみを縮合したものであっても、また上記例示した単量体の2種類以上を縮合したものであってもよい。このようなシラン化合物(1)は、単独で使用してもよいし、2種類以上の混合物として使用してもよい。
【0038】
また、このような縮合体は市販品を使用しても良い。例えば、信越化学工業株式会社製、製品名:KC−89、KC−89S、KR−500などがあげられる。GE東芝シリコーン株式会社製、製品名:XC−96も同様に使用可能である。
【0039】
なお、これらの市販品を用いる場合、以下の点に注意すべきである。即ち、市販品は本発明に基づき合成されている訳ではないため、置換基の種類や重合度が必ずしも本発明で規定されている範囲に入っていないことがある。従って、市販品を使用する場合は、実際に実験等を行い、事前に使用可能かどうか確認する必要がある。
【0040】
ところで、シラン化合物は、素焼き素材内部への浸透性を勘案すると、単量体(モノマー)が最適であるが、単量体は蒸気圧が高い、即ち、蒸発して飛散し易く、取り扱いが困難となるため、より好ましくはオリゴマー体、即ち、n=2〜10程度のオリゴマー体を用いることが好ましい。
【0041】
本発明は、このような構造式(1)で示される、いわゆる3官能シラン化合物を主剤として用いることができる。このようなシラン化合物(1)(3官能シラン化合物)を単独で用いた場合、通常の使用条件では十分な撥水性・耐水性(Rの寄与)を示すことができ、なお且つ強度向上の効果(RO、RO、ROの寄与)も付与できる。
【0042】
その一方で、強度向上の効果を重点的に付与したい場合は、4官能シラン化合物を用いることができる。このものは、強度向上機能を有する反応性置換基(RO、RO、RO、RO)を4個有している。このような4官能シラン化合物は、構造式(2)で示される。
【0043】
4官能シラン化合物の具体例としては、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラブトキシシラン等、これらの2〜10分子程度の縮合体を例示できる。なお、シラン化合物(2)は、かかる単量体の1種類のみを縮合したものであっても、また上記例示した単量体の2種類以上を縮合したものであってもよい。このようなシラン化合物(2)は、単独で使用してもよいし、2種類以上の混合物として使用してもよい。
【0044】
また、このような縮合体は市販品を使用しても良い。例えば、多摩化学工業株式会社製、製品名:MS−51、ES−40、ES−45等が挙げられる。
【0045】
このような4官能シラン化合物自身は有機性置換基が無いため、撥水性は不十分である。しかし、多孔質の内部にまで浸透し、その空隙を埋める効果があるため、結果として水の浸透を防ぐ機能を持つ。そのため、素焼き素材表面の水の浸透を防ぐことができ、撥水性を持つ化合物を塗工した場合と同様な防水機能を付与できる。
【0046】
ところで、3官能シラン化合物は、撥水性及び強度向上の両方の機能を付与することができる化合物である。しかし、素焼き素材の用途の中で、比較的長い時間水を入れておく場合、例えば杯などの用途で使用する場合、更なる撥水性が求められることがある。このような場合、3官能シラン化合物の他、2官能シラン化合物(シラン化合物(3))を加えると、更なる撥水性を素焼き素材表面に付与することができる。
【0047】
このようなシラン化合物(3)は、ケイ素の4個の置換基のうち、2個が加水分解可能な反応性置換基(RO及びR11O)であり、他の2個が加水分解不可能な非反応性置換基(R10及びR12)から成り立っている。シラン化合物(3)において、R及びR11は、それぞれ同一又は異なっていてもよい、水素若しくは炭素数1〜4のアルキル基又はアルケニル基である。R10及びR12は、その分子内にエポキシ基又はグリシジル基を含んでいてもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基である。
【0048】
シラン化合物(3)の具体例としては、例えば、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジエチルジメトキシシラン、ジエチルジエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、ジフェニルジエトキシシラン、メチルビニルジメトキシシラン、メチルビニルジエトキシシラン等、これらの2〜10分子程度の縮合体を例示できる。なお、シラン化合物(3)は、かかる単量体の2種以上の縮合体であってもよく、また、さらに2分子以上の縮合体を使用する場合にも、かかる単量体の2種以上の縮合体であってもよい。
【0049】
また、このような縮合体は市販品を使用しても良い。例えば、信越化学工業株式会社製、製品名:KR−212、KR−213、KR−272などがあげられる。GE東芝シリコーン株式会社製、製品名:YF−3800、YF−3804も同様に使用可能である。
【0050】
シラン化合物(3)は、塗工液の主たるシラン化合物成分である、シラン化合物(1)の100重量部に対し、一般的にはその総量が50重量部を超えない範囲にて、塗工液に添加することが好ましい。添加量がこの範囲を超えると、塗工液を素焼き素材に塗布し加水分解・縮重合を行う過程で、主たるシラン化合物成分であるシラン化合物(1)との間でうまく結合が形成されず、塗工膜の強度が不十分となる可能性があるからである。従って、実際にシラン化合物(3)を添加する場合には、添加量に依存して塗工膜の強度が低下することを想定し、目的に応じてその添加を必要最小限に抑えるようにすることが好ましい。
【0051】
次に、本発明で用いられる触媒について説明する。ここで加水分解可能な反応性置換基(RO、RO、RO、RO、RO、RO、RO、RO及びR11O)は、水と反応し上記反応式1の(1)〜(3)に従い、最終的にはシロキサン結合(≡Si−O−Si≡)を生成する。これらの反応のうち、反応式(1)の反応は最も緩やかな反応(律速段階)であり、反応式(1)の反応を素早く進行させることが重要である。反応式(1)の反応を速く進行させるには、通常酸触媒及び反応水(シラン化合物を完全に縮重合させる量以上の反応水)が添加され、かつ高温で処理することが行われている(上記組成式1参照)。
【0052】
酸触媒を用いた場合、上述したように、液剤濃度の高い塗工液は、ゲル化時間が早いという問題があり、結果として、低い濃度の塗工液しか使用できず、十分な能力を素焼素材に与えることができない。また、酸触媒が素材の無機質を溶かす恐れがあるため、使用は制限される。
【0053】
ところで本発明では、素焼き素材表面から内部に浸透し易く、且つ内部に浸透したシラン化合物が内部の水もしくは湿気と反応し、その場で縮重合反応を生じ、素焼き素材内部よりシロキサン結合のポリマーが成長することを想定している。その結果、素焼き素材内部の細部にまでポリマーが満たされることになり、水の浸入を効果的に抑えることができ、また、反応性置換基(アルコキシ基)が素焼き素材と結合し、強度向上の効果を発揮する。
【0054】
上述したように、このようなシラン化合物は、水と反応してシロキサン結合を形成するが、その反応速度は遅いといわれている。そのため触媒が必要となる。
【0055】
素焼き素材用処理剤として使用する本発明では、反応を促進させるための触媒として、上記問題点から、酸触媒を加えることはできない。本発明においては酸触媒の代わりに、水と出会うと直ちにシラン化合物の加水分解、及び、縮重合反応を進行させることができる触媒を用いている。このような触媒としては、加水分解可能な有機金属化合物が挙げられる。
【0056】
有機金属化合物としては、例えば、金属アルコキシドを用いる。このような目的で使用される金属アルコキシドとしては、アルミニウム、チタニウム、ジルコニウム等が挙げられる。より具体的には、テトラプロポキシチタネート、テトラブトキシチタネート、テトラプロポキシジルコネート、テトラブトキシジルコネート、トリプロポキシアルミネート、アルミニウムアセチルアセトナート等を例示できる。
【0057】
チタニウムアルコキシドを例に挙げると、シラン化合物との反応は以下のように進行する。
反応式2;
(4)≡Ti−OR+HO→≡Ti−OH+ROH
(5)≡Ti−OH+RO−Si≡→≡Ti−O−Si≡+ROH
(6)≡Ti−O−Si≡+HO→≡Ti−OH+HO−Si≡
(7)≡Si−OH+RO−Si≡→≡Si−O−Si≡+ROH
【0058】
このように、水と反応し分解し易い金属アルコキシドとシラン化合物を含有する本発明の塗工液を、素焼き素材表面に塗工すると、素焼き素材内部に両液剤が浸透し、内部に存在する水もしくは湿気と金属アルコキシドが先ず反応し(反応式2の(4))、さらに分解した金属アルコキシドとシラン化合物とが反応し(反応式2の(5))、さらに反応が進行すると(反応式2の(6)及び(7))、最終的にシロキサン結合のポリマー(≡Si−O−Si≡)が素焼き素材内部より生成する。
【0059】
これにより、素焼き素材表面との間に、強い付着力を持った膜が得られる。そして、その結果、素焼き素材の強度向上が図れるのである。また一方で、反応にあずからない非反応性置換基(R、R10及びR12)に由来する撥水性及び柔軟性により、塗工膜の耐久性をさらに向上させることができる。
【0060】
このようにして素焼き素材表面に形成された塗工液は、実際には表面から素焼き素材内部に毛細管現象により浸透し、その内部で素焼き素材の細孔を埋める役割を果たしている。従って、従来の塗工液とは異なり、素焼き素材表面には薄い塗工膜(コート層)が存在するのみであり、その結果、素焼き素材の天然の風合いを損なうことなく残すことができる。
【0061】
また、本発明の塗工液には、シラン化合物及び触媒を均一に混合させるために、有機溶剤を添加することが必須である。この目的で使用される有機溶剤としては、アルコール類が好ましい。より具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ペンタノール又はヘキサノール等を例示できる。アルコール類以外では、酢酸エチル、キシレン、ジメチルカーボネート等を例示できる。
【0062】
また、その添加量を制御することによって、塗工液の粘度や乾燥速度の調整も可能である。本発明の塗工液中における有機溶剤の含有量は、通常10〜90重量%、好ましくは25〜80重量%である。有機溶剤の含有量が10重量%より少ないと、塗工液の粘度が高くなりすぎ、素焼き素材の内部及び細部に十分に液剤が到達しないおそれがあり、また、均一な塗工膜が得られないおそれがある。一方、90重量%より多いと、塗工液の固形分が低くなり(薄くなり)、十分な性能を発揮できないおそれがある。
【0063】
なお、本発明の塗工液には、本発明の目的を損なわない範囲で、求められる特性に応じて種々の添加剤等の成分を添加することができる。任意に添加しうる成分としては、例えば、着色剤、坑カビ剤、抗菌剤等が挙げられる。
【0064】
本液剤の塗工方法は特に制限されず、通常の塗工方法で十分に撥水性・耐水性及び強度向上効果が発揮される。ただし、本液剤は素焼き素材表面及び内部の水分・湿気等で反応が進行することを想定している。そのため、素焼き素材表面が水などで濡れている時は、表面及び内部を十分に乾燥してから塗工することが必要である。
【0065】
このように本発明は、有機溶媒中に構造式(1)で示されるシラン化合物(3官能シラン化合物)、及び/または、構造式(2)で示されるシラン化合物(4官能シラン化合物)、及び/または、構造式(3)で示されるシラン化合物(2官能シラン化合物)を共存させ、これらを重合させる触媒として、加水分解可能な有機金属化合物を加えた塗工液を、素焼き素材表面に塗布すると、素焼き素材表面のみならず、内部にまで液剤が浸透し、撥水性及び耐水性が付与され、且つ強度向上効果が発揮されることを見出し、本発明の完成をみた。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例に基づいて更に具体的に説明するが、実施例はあくまで一例であって、本発明を何ら限定するものではない。また、実施例及び比較例中の液剤の濃度は全て重量%を示す。

【0067】
[塗工液の製造]
<実施例1>
メチルトリメトキシシラン縮合体(信越化学工業製、KC−89。シラン化合物(1)に相当。重合度n=2.5量体、3官能シラン)255.0gをイソプロピルアルコール170.0gに溶解し、更にアセチルアセトン8.1gを加え、そこに触媒としてチタンテトラプロポキシド(日本曹達株式会社製、A−1)15.0gを加え、十分に攪拌し塗工液を製造した。
【0068】
<実施例2>
テトラメトキシシラン縮合体(多摩化学工業製、MS−51。シラン化合物(2)に相当。重合度3.9量体、4官能シラン)365.0gをイソプロピルアルコール65.0gに溶解し、更にアセチルアセトン8.1gを加え、そこに触媒としてチタンテトラプロポキシド(実施例1に同じ)15.0gを加え、十分に攪拌し塗工液を製造した。
【0069】
<実施例3>
メチルトリメトキシシラン縮合体(実施例1と同じ、3官能シラン)240.0g及び、メチルフェニルシラン縮合体(信越化学工業製、KR−212。シラン化合物(3)に相当。2官能シラン。なお本縮合体の反応基は水酸基である)16.2gをイソプロピルアルコール90.0gに溶解し、更にアセチルアセトン8.2gを加え、そこに触媒としてチタンテトラプロポキシド(実施例1に同じ)20.0gを加え、十分に攪拌し塗工液を製造した。
【0070】
<実施例4>
メチルトリメトキシシラン縮合体(実施例1と同じ、3官能シラン)175.0gとテトラメトキシシラン縮合体(実施例2と同じ、4官能シラン)110.0gをイソプロピルアルコール135.0gに溶解し、更にアセチルアセトン8.2gを加え、そこに触媒としてチタンテトラプロポキシド(実施例1に同じ)20.0gを加え、十分に攪拌し塗工液を製造した。
【0071】
<比較例1>
未塗工の素焼き素材を比較例1とした。
【0072】
<比較例2>
通常の塩酸触媒を用いた例を比較例2とした。液組成は、ゾルーゲル法では代表的論文である、山本、神谷、作花:窯業協会誌、Vol.90、ページ328-333、1982年、を参考にした。アルコキシシラン、塩酸、反応水の比率はこの論文に準じ、溶液の濃度のみを変化させ、実施例1〜4と同じ40%液を調合した。メチルトリメトキシシラン縮合体(実施例1と同じ、3官能シラン化合物)112.5gをイソプロピルアルコール22.5gに溶解させ、ここに反応水66.0gを加え、十分に撹拌した。その後、塩酸(35%溶液)3.0gを加えさらに撹拌した。この反応液は、約10分後にゲル化し、試料に塗工できなかった。
【0073】
<比較例3>
比較例2の液組成では調合後間もなくゲル化したため、固形分濃度を半分(20%液)で調合した。メチルトリメトキシシラン縮合体(実施例1と同じ、3官能シラン化合物)112.5gをイソプロピルアルコール226.0gに溶解させ、ここに反応水66.0gを加え、十分に撹拌した。その後、塩酸(35%溶液)3.0gを加えさらに撹拌した。この反応液は、ゲル化が2週間後であったため、実験に使用するには問題がなかった。
【0074】
<比較例4>
比較例3の液組成では調合後、2週間でゲル化したため、固形分濃度をその半分(10%液)で調合した。メチルトリメトキシシラン縮合体(実施例1と同じ、3官能シラン化合物)112.5gをイソプロピルアルコール634.6gに溶解させ、ここに反応水66.0gを加え、十分に撹拌した。その後、塩酸(35%溶液)3.0gを加えさらに撹拌した。この反応液は、ゲル化が1カ月後であったため、実験に使用するには問題がなかった。
【0075】
[塗工処理方法]
素焼き素材として、直径約9cm、深さ約1cmの皿状素焼き素材を準備した。実施例1〜4、及び比較例3〜4で製造した塗工液をポリエチレン製容器に入れ、ここに素焼き素材を浸した。約10分後に素焼き素材からの気泡発生が止まったため、十分に内部にまで液剤が浸透したと判断し、容器より取り出し、直ちに表面に付いている液剤を布でふき取った。その後、室温で2時間放置し乾燥させた。次に、75℃の乾燥機内に入れ、約5時間加熱乾燥させた。この時の各皿状素焼き素材の塗工前と塗工後の重量を表2に示す。ここで、重量増加量を以下により算出した。
重量増加量(g)=塗工後重量(g)―塗工前重量(g)。
なお、評価に関しては、全て6個のサンプルを測定し、その平均値を記載した。
【0076】

【0077】
[評価方法]
撥水性評価:
各試験片に、水30gを注ぎ、30分室温で放置した。その後、水を捨て直ちに紙で表面の水滴をふき取り、含水率を測定した。結果を表3に示す。ここで、含水率は以下により算出した。
含水率(%)=(水処理後重量(g)−水処理前重量(g))/水処理前重量(g)×100。
【0078】

【0079】
強度試験:
強度試験は、神奈川県産業技術センターにて行った。使用機器は、英国Instron社製:圧縮試験器タイプ5565を用いた。荷重速度は5mm/分で行った。ここでは、強度向上効果を荷重増加率(%)で示した。
荷重増加率(%)=(各実測値―比較例1実測値)/比較例1実測値×100。
【0080】
結果の評価:
各5個ずつ試験をした。結果のうち、圧縮荷重が最大値のものと最小値のものを除外し、残り3個の平均値を記載した。圧縮荷重及び圧縮変位の平均値を表4に示す。
【0081】

【0082】
安全性評価:
実施例3で使用された液剤の安全性を評価した。評価方法は「食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)の第3のDの2合成樹脂製の器具又は容器包装。区分:使用温度、100℃以下」に従った。評価実施機関:㈶日本食品分析センター。評価結果を表5に示す。
【0083】

【0084】
[評価結果]
(1)塗工量:表2。
実施例1〜4のどの場合においても、塗工量は、1.6g(2.9%増加)〜2.5g(4.5%増加)の間であり、大きな差は無かった。なお、各塗工液の濃度は表1に示すように、40重量%前後に調整した。一方比較例3〜4では、液剤濃度が低いため、重量増加率が著しく減少した。
【0085】
(2)撥水性:表3。
未塗工品(比較例1)は、水を注ぐと約3分で、裏側に水がシミ出てきた。しかも、30分後の含水率は、10.6%と非常に大きかった。
一方、実施例1〜4はともに撥水性、耐水性が良好であり、裏側に水がシミ出てくることは無かった。その中で最も含水率が大きかった実施例2でも、その含水率は、0.105%と、未塗工品と比較して、1/100の含水率でしかなかった。
【0086】
含水率の少ない順、即ち、撥水性、耐水性の良い順では、実施例3(0.028%)>実施例1(0.038%)>実施例4(0.073%)>実施例2(0.105%)であった。これをシラン化合物の官能基(反応性置換基:RO、RO、RO、RO、RO、RO、RO、RO、およびR11O)で示すと、
実施例3=3官能+2官能。実施例1=3官能。
実施例4=4官能+3官能。実施例2=4官能。
即ち、3官能+2官能>3官能>4官能+3官能>4官能となる。
【0087】
このことより、加水分解されない非反応性置換基(有機性置換基:R、R10、R12)を多く有しているシラン化合物が、より高い撥水性を示すことが分かった。これは、生成したポリマー内に残存する有機性置換基による撥水効果である。
【0088】
ここで、撥水性有機置換基を有していない、4官能シランのみを用いた場合(実施例2)でも、他の実施例と比較すると含水率がやや高いが、十分に耐水性が示されている。この理由は上述したように、4官能シランそのものには撥水性は無いが、素焼き素材の内部の空隙に4官能シラン分解物が充填され、結果として水を浸透させない効果、即ち、耐水性が示されたものと思われる。ただし、4官能シランだけでは、撥水性が無いため、水を捨てた後でも表面に、『べたり』と一面に水が付いていた。
【0089】
一方、従来法に基づく液剤である比較例3〜4では、その液剤濃度が実施例と比較して低いため撥水性が劣り、その中でも比較的安定な液剤である比較例4(液剤固形分10%液。実施例1〜4と比較して、その濃度は1/4)では、ほとんど撥水性が認められなかった。
【0090】
(3)強度試験:表4。
未塗工品(比較例1)と比べ、実施例1〜4はともに強度向上効果が示された。特に実施例1では、比較例1と比べ、52.9%の向上が認められた。
【0091】
強度向上効果を順位で示すと、実施例1(52.9%)>実施例3(51.6%)>実施例2(32.1%)>実施例4(27.2%)となる。しかも、一番効果の低い実施例4でも、未塗工品と比較して、27.2%の向上が認められた。これをシラン化合物の反応性官能基で示すと、3官能>3官能+2官能>4官能>4官能+3官能、の順となる。即ち、3官能シラン化合物(実施例1)が最も高い強度向上効果を示した。
【0092】
本来、反応性置換基(アルコキシ基)が多い方が塗工膜自身が硬く、素焼き素材の原料である粘土表面のSi−OH基と反応する部分も多いため、強度向上効果が大きいと思われていた。しかし、試験結果ではそうではなく、3官能シラン(実施例1:52.9%強度増加)及び3官能シラン+2官能シラン(実施例3:51.6%強度増加)が相対的に良好な強度向上効果を示した。
【0093】
その理由として、4官能シラン化合物(実施例2)では得られた塗工膜が硬すぎ、即ち脆すぎたため、それ程高くない圧縮力で簡単に割れたものと思われる。一方、3官能シラン及び3官能シラン+2官能シランでは、得られた塗工膜内に、反応に関与しない有機性置換基(R、R10、R12)が存在し、その分塗工膜に柔軟性が付与され、その柔軟性が圧縮力を吸収し、その結果として、強度向上の効果が発揮されたのではないかと推測できる。
【0094】
圧縮変異(表4)の測定結果では、未塗工品(比較例1)と比べ、3官能シラン(実施例1)及び4官能シラン(実施例2)を塗工した場合ともに、破壊されるまでの圧縮変異がおよそ半分になった。これは、塗工されたシラン化合物が素焼き素材表面の粘土質に由来するSi−OHと反応し、強固な結合をしたためである。
【0095】
一方で3官能シランに、より柔軟性のある2官能シランを加えた場合(実施例3)、加えられる前(実施例1:圧縮変異=1.63mm)と比較し加えられた後では、圧縮変異が4.58mmと約3倍変異するまで、破壊されなかった。これは、明らかに、より柔軟性のある2官能シランの添加効果であることが分かる。
【0096】
同様に4官能シラン(実施例2)と、それに、より柔軟性のある3官能シランを加えた例(実施例4)では、圧縮変異がそれぞれ、1.83mmと2.06mmとなり、より柔軟性のある3官能シランの添加により、破壊されるまでの圧縮変異が大きくなったものと思われる。
【0097】
これらのことより、より柔軟性のある2官能シランや3官能シランを、3官能シランや4官能シランにそれぞれ加えることにより、得られる塗工膜や、その塗工膜と粘土表面のSi−OHとの結合に、より柔軟性を付与することができることを確認することができた。
【0098】
一方、触媒の違いによる強度への影響を調べてみた。同じ3官能シラン化合物を主剤としている実施例1(40%)、比較例3(20%)及び比較例4(10%)を比較した場合、その濃度の低下以上に比較例3及び4は、強度が低下している。この理由としては、比較例3及び4は従来法である酸触媒法で作られているため、添加された酸(塩酸)が素焼き素材の粘土質を劣化させたためと思わる。
【0099】
なお、液剤の保存安定性を調べた結果、本発明に基づく液剤(実施例1〜4)は、しっかり蓋をした容器内で4か月以上室温放置したが、液剤の見かけ上の変化は認められなかった。このことから、酸触媒を使用した従来法に基づく液剤であり、ゲル化しやすい比較例2〜4と比べても、明らかに、工業的に優位な液剤であることがわかる。
【0100】
(4)液剤の安全性評価:表5。
液剤の安全性評価を、「食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)の第3のDの2合成樹脂製の器具又は容器包装。区分:使用温度、100℃以下」に従って求めた。使用した液剤は、撥水性及び強度試験の結果から総合的に判断し、実施例3で使用した液剤を用いた。その結果を表5に示す。
【0101】
重金属の溶出に関し、全て限度内であった。また、有機物質の溶出を判断する基準である、過マンガン酸カリウム消費量も限度内であった。このことより、本発明で示された液剤は、杯などの食品を入れる容器に対する塗工液として、安全であることが認められた。
【0102】
以上の試験結果より、素焼き素材、特に杯分野などの水ものを入れる場合に必要な撥水性、耐水性、及び輸送時の割れ防止のための強度向上効果を発揮する塗工液の条件として、以下のことが認められた。
【0103】
a.構造式(1)で示される3官能シランを用いた塗工液、及び、その3官能シランと構造式(3)で示される2官能シランとを共存させた塗工液を用いると、未塗工品と比較し、高い撥水性及び50%を超える強度向上が成し遂げられた。
b.構造式(2)で示される4官能シランのみでも、高い耐水性が得られた。また強度に関しては、このもののみでは硬くなりすぎたため、32.1%の向上であったが、実用上十分な値である。
c.従来型の酸触媒を用いた塗工液では、十分高い濃度の塗工液を調合できず、結果として十分な強度・撥水性を素焼素材に与えることができなかった。一方、本発明の塗工液は、液剤の安定性が良いため、十分に高い強度・撥水性を素焼素材に与えることができた。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明の素焼き素材表面塗工液は、保存安定性が良く、撥水性、耐水性に優れ、特に割れ防止効果の高い塗工膜を素焼き素材表面に与えることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコキシシラン化合物、及び前記シラン化合物を硬化及び/又は固化させる触媒を含有し、前記触媒は加水分解可能な有機金属化合物であり、更に溶媒を添加してなる素焼き素材塗工液。
【請求項2】
前記シラン化合物が、下記構造式(1)で示されるシラン化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(1)において、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、Rはこれらの基内にハロゲン原子又はエポキシ基を含んでもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基であり、nは2〜10である。)
【請求項3】
前記シラン化合物が、下記構造式(2)であることを特徴とする、請求項1に記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(2)において、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、nは2〜10である。)
【請求項4】
前記シラン化合物が、下記構造式(1)で示されるシラン化合物及び下記構造式(3)で示されるシラン化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(1)において、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、Rはこれらの基内にハロゲン原子又はエポキシ基を含んでもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基であり、nは2〜10である。)

(構造式(3)において、R及びR11は、それぞれ同一又は異なっていてもよい、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基であり、R10及びR12は、その基内にエポキシ基又はグリシジル基を含んでいてもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基である。)
【請求項5】
前記シラン化合物が、下記構造式(1)及び下記構造式(2)で示されるシラン化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の素焼き素材塗工液。

(構造式(1)において、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、Rはこれらの基内にハロゲン原子又はエポキシ基を含んでもよい、炭素数が1〜10のアルキル基、アルケニル基又はフェニル基であり、nは2〜10である。)

(構造式(2)において、R、R、R及びRは、それぞれ同一又は異なってもよい、水素原子又は炭素数が1〜4のアルキル基であり、nは2〜10である。)
【請求項6】
前記加水分解可能な有機金属化合物が、チタニウム、ジルコニウム及びアルミニウムから成る群から選ばれる一種以上の金属アルコキシドである請求項1乃至5のいずれかに記載の素焼き素材塗工液。
【請求項7】
塗工対象が杯その他の口に触れる器類である、請求項1乃至6のいずれかに記載の素焼き素材塗工液。

【公開番号】特開2010−100764(P2010−100764A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−274753(P2008−274753)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(508320147)株式会社エム&エムトレーディング (4)
【Fターム(参考)】