説明

紡績糸、布帛およびそれを用いた衣料

【課題】ポリフェニレンサルファイトPPSを用いた繊維で抗ピル性のある紡績糸、およびそれを用いてなる編織物を提供する。PPSの高い保温性を生かした秋冬用途向けにも好適である。
【解決手段】単繊維繊度が0.5デシテックス以上、5.0デシテックス以下の範囲にあるポリフェニレンサルファイト繊維を10重量%以上含み、かつ実質的に無撚である紡績糸及びそれを用いてなる布帛。更に前記布帛を衣服の表地、裏地、中綿の少なくとも一部に用いて構成された衣料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンサルファイトを用いた紡績糸、布帛およびそれを用いた衣料に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイト(以下、PPSという)は耐熱性や難燃性にすぐれ、しかも耐薬品性にもすぐれることから、主としてバグフィルターやスクリムなどの産業資材に広く用いられている。一方で、高い保温性を有することでも知られているため衣料用秋冬素材としてこれまでに様々な試みがなされてきたが、染色が困難であるほか、耐光性の弱さもあって、アウター用途にはあまり向いていない。
【0003】
また、一般物性がポリエチレンテレフタレート系ポリエステルによく似通っているため、ピリングになりやすいという欠点があるが、耐薬品性に優れるためにアルカリ減量によりこのピリングを除去することができないという問題を有していた。このため、編物にもあまり向かず、織物裏地としても中に着る服との摩擦によってピリングを発生しやすいなど、結局PPSの衣料用途展開はなかなか思うようにはできていないのが実態である(特許文献1参照)。
【0004】
一方、無撚タイプの紡績糸は主に結束タイプの紡績糸が知られているが、糸の構造として結束部分が糸の凹凸を形成してしまうことからその糸を用いて製造した布帛は、どちらかといえばリング糸を用いて作った布帛に比較してドライタッチとなりやすいため、春夏素材には向いているが、秋冬素材としての展開はあまり多くない。
【特許文献1】特開2005−179849
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の問題点を解決し、PPSがかかえるピリング問題を解決しつつ、しかも無撚紡績糸で秋冬用途に好適な素材を実現する紡績糸およびそれを用いてなる布帛、衣料を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は次の構成を有する。
(1) 単繊維繊度が0.5デシテックス以上、5.0デシテックス以下の範囲にあるポリフェニレンサルファイト繊維を10重量%以上含み、かつ実質的に無撚であることを特徴とする紡績糸。
(2) 上記(1)に記載の紡績糸を用いてなる布帛において、ポリフェニレンサルファイト繊維の混率が10重量%以上であることを特徴とする布帛。
(3) 上記(2)に記載の布帛を用いて構成されたことを特徴とする衣料。
【発明の効果】
【0007】
耐薬品にすぐれすぎるが故に、アルカリ減量ができず、一度形成されてしまった毛羽を落とせずピリングに悩まされてきたPPSを用い、実質的に無撚である紡績糸とすることにより、PPSの保温性を活かしながらピリング防止効果に好適な布帛を得ることが可能になる。また、PPSの有する高い保温性を活かし、無撚紡績糸の不得手な分野だった秋冬用途向けに好適な紡績糸を得ることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明で用いる繊維は、単糸繊度が0.5デシテックス以上、5.0デシテックス以下の範囲にあるPPSである。0.5デシテックス未満の繊維を用いると綿の開繊性が悪くなるため、その結果紡績工程の初期であるカード工程における通過性が悪化し、スライバー品位も悪くなり、ネップの多い紡績糸になるなど、品位悪化の要因となる。5.0デシテックスを越える繊維の場合、紡績工程を通過する分にはさしたる問題はないが、無撚糸はリング紡績糸よりも風合いが硬くなるため、単繊維繊度はこれより太くない方が好ましい。
【0009】
糸の形態としては無撚紡績糸であることが必要である。その理由は、リング紡績糸ではどんなに撚数を高めても糸表面に出る毛羽を撚り込めないためにある。態様としては結束タイプの装置が好ましく用いられ、たとえば村田機械(株)のMVS(MURATA VORTEX SPINNER)により糸表面の毛羽を撚りこむ紡績方法が好ましいが、仮撚紡績糸を製造するような、たとえば村田機械(株)のMJS(MURATA JET SPINNER)も好ましく用いられる。
【0010】
本発明の紡績糸においては、PPSを10重量%以上含有していることが好ましい。10重量%未満では保温性効果を十分に発揮できない場合があるためである。混率の上限についてはこの糸形態でピリング防止に有効なため、とくに定めはなく100%まで可能である。
【0011】
また、布帛としてのPPSの混率については布帛に対して10重量%以上であることが好ましい。10重量%未満の場合、体感できる保温性が十分発現できないためである。一方、上限については前記糸形態でピリング防止に有効なため、とくに定めはなく100%まで可能である。
【0012】
布帛の形態としては織物、編物として好ましく用いられるが、不織布としても使用することができる。具体的にはPPS10重量%混無撚紡績糸の100%ゾッキ織編物や、PPS100%無撚紡績糸を10重量%用いて他繊維と交編・交織した織編物等が用いられる。
【0013】
このようにして得られた織編物を用いることにより、ピリングができにくく、かつ保温性に富んだ衣料を得ることができる。
【0014】
本発明の紡績糸に用いるPPS繊維、その他の繊維の断面形状は、丸、扁平、または三角をはじめとする多角形や、凹部を有する形状、凸部を有する形状、あるいはそれらの中空を有した断面などいずれの形状でも良い。
【0015】
また、本発明において、混紡・交織・交編する場合の繊維素材としては、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートに代表されるポリエステルや、ナイロン6、ナイロン66、アラミドなどに代表されるポリアミド、秋冬素材として手頃に用いられることの多いアクリル系繊維、生分解素材として注目を集めているポリ乳酸、その他高強度・耐薬品性に優れるポリエチレン、水溶性に優れるポリビニルアルコール、耐薬品性に優れるフッ素系樹脂、難燃性に優れるポリ塩化ビニル、ストレッチ性に優れるポリウレタン系繊維などの合成繊維、木材や竹などセルロース成分を由来として作られたレーヨンやキュプラ、ポリノジックなどのセルロース系繊維や、牛乳蛋白や落花生蛋白、大豆蛋白などの蛋白質繊維に代表される再生繊維、アセテート、ジアセテート、トリアセテートなどの半合性繊維、ガラス、金属などの無機質繊維、さらには綿、麻などの植物質繊維や、羊毛、カシミヤ、アルパカ、ウサギ、絹などの動物質繊維などの天然繊維等、幅広く用いられることができる。
【0016】
なお、上記素材を混紡する際は本発明のPPSの紡績性の観点と同様の理由により、0.5デシテックス以上、5.0デシテックス以下の範囲であることが好ましい。
【0017】
上記素材を用いたPPSを含まない単独糸または複合糸と本発明の無撚紡績糸とを交編・交織や配列させる場合はピリング防止の観点から、これらについてもリング糸よりは無撚紡績糸の方が好ましい。
【0018】
織物の組織についてはとくに限定はなく、平織、綾織、朱子織などの三原組織はもとより、ドビーやジャガードなど特殊織機を用いた柄織物でもよいし、二重織の表糸や裏糸に用いることも可能であり、また、カーシートなどに用いられるパイル織機で織られた織物でもよい。
【0019】
編物の組織についてもとくに限定されるものではなく、丸編、横編、経編のいずれでもよく、表糸や裏糸の片方に用いることも効果的である。また、マイヤー編機など、毛布などに用いられるパイル編でも好適に用いることが可能である。
【0020】
なお、毛羽立ちやピリングを考慮すると、織編物の密度が低いと、糸が自由に動くために接触しあう糸同士がこすれ合って毛羽立ち、その毛羽同士がこすれ合ってピリングを発生するもとになるが、本発明においてはもともと糸が結束されているため、こすれ合っても毛羽立ちにくいことから、カバーファクターを必要以上に増やしたり減らしたりする必要がない。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0022】
繊度は、JIS L−1015(1999)−8.5の方法に準じて測定した。
【0023】
強度および伸度は、JIS L−1015(1999)−8.7の方法に準じて測定した。
【0024】
捲縮数および捲縮率は、JIS L−1015(1999)−8.12の方法に準じて測定した。
【0025】
得られた織物についての評価は以下のとおりに行った。
【0026】
1.保温性(CLO値)、保温率(%)
50cm×50cm試験片を2枚採取する。ASTM保温性試験器を用い、熱板温度40℃の熱板に試験片を取り付けて60分間放置する。測定時間放置後の積算電力計の通電時間(秒)、及び測定器の外気温度(℃)を読みとる。試験片を取り付けない状態の積算電力計の通電時間(秒)を読みとる。上記で求めた試験片を取り付けないときの通電時間(秒)、試験片を取り付けたときの通電時間(秒)及び外気温度から次式により保温率(%)、CLO値を求め2枚の平均値で表す。
【0027】
保温率(%)=[(a−b)/a]×100
CLO値=(6.54×(40−t))/b/0.18
なお、ここで、
a:試験片を取り付けないときの通電時間(sec/hr)
b:試験片を取り付けたときの通電時間(sec/hr)
t:測定機の示す外気温度(℃)
である。
【0028】
2.ICIピル判定(5hr)
抗ピル性能をモデル的に評価するものでピル発生の程度を1〜5級にランク付けし、数字が少ないほどピリング発生が少ないことを示す。
【0029】
JIS L1076(A法)に準ずる。
[実施例1]
重量平均分子量が50,000のPPS 重合体を、紡糸温度320℃で、丸形状の吐出孔を有する紡糸口金(孔数1200)から350g/分の吐出量で吐出し、引取速度1100m/分で引き取った。
【0030】
次に、得られた未延伸糸を集束して糸条束とし、スーパードロー延伸として110℃のエチレングリコール中で4倍に延伸し、一旦巻き取ることなく引き続き、ネック延伸として98℃の水中で2.5倍に延伸した。
【0031】
得られたPPS延伸繊維の糸条束を切断して、単糸繊度2.2dtex、38mmのPPS短繊維を得た。強度は4.1cN/dtex、伸度55%、捲縮数は12.0山/25mm、捲縮率は12.0%であった。
【0032】
上記ステープルを100%用いて、混打綿機、梳綿機によりスライバーとした。その後練条工程を経て300ゲレン/6ydの太さのスライバーを作成した。このスライバーをローラー方式のドラフト機構を有する空気精紡機(すなわち村田機械(株)製:MVS)に仕掛け、このドラフト倍率を120倍に設定、紡速を200m/分として綿番手20sの紡績糸を得た。
【0033】
なお、この空気精紡機の糸形成部は中空のエアノズルを有しており、このノズル内の旋回気流によって、芯部の無撚短繊維束に鞘部の短繊維束が一定間隔で結束することによって実質的に無撚の紡績糸を形成する機構となるものである。
【0034】
この無撚紡績糸100%ゾッキ織物をつくり、次にこの織物を染色工程において、精練、リラックス後、引き続き分散染料で140℃、60分で黒色に染色を行った。評価結果を表1に示す。
(実施例2)
実施例1で得たPPS繊維を100%用いて混打綿機、梳綿機を経てスライバーを得た後、このスライバーを10重量%用いて相手の90重量%にはコーマコットンスライバーを練条工程でスライバー混紡した。実施例1と同様に300ゲレン/6ydのスライバーをつくり、MVS装置を経て無撚30sの紡績糸を得た。この無撚紡績糸100%ゾッキ織物をつくり、次にこの織物を染色工程において、精練、リラックス後、引き続きPPSを分散染料で140℃、60分で黒色に染色、その後コットンを反応染料で60℃、30分染色を行った。評価結果を表1に示す。
(実施例3)
実施例2で用いたコーマコットンスライバー100%をそのまま練条工程を繰り返して300ゲレン/6ydのスライバーになるように均斉度を整えた後、実施例2と同様にMVS装置を用いて30sの無撚紡績糸を得て織物タテ糸とし、実施例1で得た紡績糸をヨコ糸として織物をつくり、次にこの織物を染色工程において、精練、リラックス後、引き続き分散染料で140℃、60分で黒色に染色を行った。評価結果を表1に示す。
(比較例1)
実施例2で用いたコーマコットンスライバー100%をそのまま練条工程を繰り返して300ゲレン/6ydのスライバーになるように均斉度を整えた後、実施例2と同様にMVS装置を用いて30sの無撚紡績糸を得た。この無撚紡績糸100%ゾッキ織物をつくり、次にこの織物を染色工程において、精練、リラックス後、引き続きコットンを反応染料で60℃、30分染色を行った。評価結果を表1に示す。
(比較例2)
実施例1で用いたPPSカードスライバー100%をそのまま練条工程を繰り返して300ゲレン/6ydのスライバーになるように均斉度を整えた後、粗紡工程を通し、250ゲレン/30ydの粗糸を得た。これをリング精紡で30倍のドラフトをかけて、撚数=撚係数×(綿番手)^0.5にて示される撚係数=3.7の撚数で30sの紡績糸を得た。
【0035】
この紡績糸100%ゾッキ織物をつくり、次にこの織物を染色工程において、精練、リラックス後、引き続きコットンを反応染料で60℃、30分染色を行った。評価結果を表1に示す。
【0036】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
単繊維繊度が0.5デシテックス以上、5.0デシテックス以下の範囲にあるポリフェニレンサルファイト繊維を10重量%以上含み、かつ実質的に無撚であることを特徴とする紡績糸。
【請求項2】
単繊維繊度が0.5デシテックス以上、5.0デシテックス以下の範囲にあるポリフェニレンサルファイト繊維を10重量%以上含み、かつ実質的に無撚である紡績糸を用いてなる布帛であって、該ポリフェニレンサルファイト繊維の混率が10重量%以上であることを特徴とする布帛。
【請求項3】
請求項2に記載の布帛を衣服の表地、裏地、中綿の少なくとも一部に用いて構成されたことを特徴とする衣料。

【公開番号】特開2008−214845(P2008−214845A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−24940(P2008−24940)
【出願日】平成20年2月5日(2008.2.5)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】