説明

細径電線コード用合成繊維

【課題】屈曲疲労等による断線や、電気的導通の遮断が少なく、安定した性能を有する細径電線コード用合成繊維を提供すること。
【解決手段】マルチフィラメントからなる合成繊維の表面に、気化性防錆剤を含有する処理剤が付着している細径電線コード用合成繊維。さらには、合成繊維が芳香族ポリアミド繊維であることが好ましく、該処理剤が、分子量250〜600の一塩基酸エステルを含有するものであること、水系処理剤であること、炭素数8〜15のアルコールにプロピレンオキサイド及び/又はエチレンオキサイドを3〜9モル付加したエーテル化合物を含有するものであること、アニオン活性剤を含有するものであることが好ましい。また、該気化性防錆剤が、トリアゾール環を有する化合物であることや、ベンゾエート系化合物であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐屈曲性が要求される細径電線コード用合成繊維に関するものである。さらには自動車用、電子機器用や、イヤホーン等のオーディオ機器、及び電話コード等の用途に好適に使用される細径電線コード用合成繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
イヤホーンコードに代表される細径電線コードの構造は、芯部に各種の合成繊維を補強繊維として使用し、その周りを通電体の銅棒や銅箔が巻付かせ、塩化ビニル樹脂等の絶縁体にて被覆したものが一般的である。
【0003】
例えば補強用繊維としてはコストパフォーマンスに優れるポリエステル繊維がもっとも一般的であった(例えば特許文献1)。だがこのような細径電線コードは、その使用態様から、細径であると共に高強力の特性が要求されることが多くなってきており、最近では芳香族芳香族アラミド繊維やポリアリレート繊維、ポリオレフィン繊維等の各種の高強力繊維が開発され使用されるようになってきた。なかでも芳香族ポリアミド繊維は耐熱性、高強力、高モジュラス、耐薬品性等の優れた特徴があり、さらに細繊度の繊維が開発されたことによって、細径電線コードの補強繊維の主流になってきている(例えば特許文献2や特許文献3)。
【0004】
しかし、そのような高強力合成繊維を補強用繊維に使用してもなお、使用状況によっては細径電線コードの一部が、屈曲疲労等により断線し、電気的導通の遮断が起こるという問題を十分に解決することができていない現状があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実開昭60−69420号公報
【特許文献2】実開平2−12113号公報
【特許文献3】特表2005−510010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明者らは前記問題を解決せんと鋭意検討した結果、本発明の課題は屈曲疲労等による断線や、電気的導通の遮断が少なく、安定した性能を有する細径電線コード用合成繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の細径電線コード用合成繊維は、マルチフィラメントからなる合成繊維の表面に、気化性防錆剤を含有する処理剤が付着していることを特徴とする。
さらには、合成繊維が芳香族ポリアミド繊維であることが好ましく、該処理剤が、分子量250〜600の一塩基酸エステルを含有するものであること、水系処理剤であること、炭素数8〜15のアルコールにプロピレンオキサイド及び/又はエチレンオキサイドを3〜9モル付加したエーテル化合物を含有するものであること、アニオン活性剤を含有するものであることが好ましい。
また、該気化性防錆剤が、トリアゾール環を有する化合物であることや、ベンゾエート系化合物であることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、屈曲疲労等による断線や、電気的導通の遮断が少なく、安定した性能を有する細径電線コード用合成繊維が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の細径電線コード用合成繊維は、マルチフィラメントからなる合成繊維であることが必要である。マルチフィラメントより構成されることにより、屈曲時にかかる1本の単繊維への応力は少なくなり、屈曲疲労性に優れたものとなる。マルチフィラメントの本数としては、3〜1000本であることが好ましく、特には10〜100本の範囲であることが好ましい。マルチフィラメントの総繊度としては、最終的に要求される細径電線コードの強度や太さにもよるが、10〜1000dtexの範囲が好ましく、さらには20〜500dtexの範囲が好ましい。マルチフィラメントを構成する単繊維の繊度としては、0.1〜10dtexが好ましく、特には0.5〜5dtexの範囲であることが好ましい。単糸繊度が小さく、フィラメント本数が多いほど理想的には屈曲疲労性は向上するが、単糸切れ等の生産性が低下し、必ずしも屈曲疲労性は向上しない傾向にある。
【0010】
合成繊維としては、ポリエステル繊維等の汎用合成繊維を用いることができるが、さらには芳香族ポリアミド繊維、ポリアリレート繊維、ポリオレフィン繊維などの各種の高強力合成繊維であることが好ましい。中でも芳香族ポリアミド繊維は、耐熱性、高強力、高モジュラス、耐薬品性等の優れた特徴があり、本発明の細径電線コード用合成繊維として最適である。また、芳香族ポリアミド繊維は、近年の開発により細繊度の繊維が得られる点においても、屈曲疲労性を向上させる目的に最適である。
【0011】
そして本発明においては、上記のようなマルチフィラメントからなる合成繊維の表面に、気化性防錆剤を含有する処理剤が付着していることを必須としている。ここで気化性防錆剤とは、常温で気化性を有する金属腐食抑制剤のことであり、本発明は電線コード用であるので銅用の各種気化性防錆剤が最適に利用される。より具体的には、気化性防錆剤としては、複素環状化合物や、チオ尿素類、メルカプト基を有するものなどを挙げることができる。さらには複素環状化合物としては、トリアゾール環、ピロール環、ピラゾール環、チアゾール環、イミダゾール環、などを有する化合物である。特には、トリアゾール環を有する化合物であることや、ベンゾエート系化合物であることが好ましい。
【0012】
トリアゾール環を有する防錆剤としては、より具体的には、ベンゾトリアゾール(BTA)、トリルトリアゾール(TTA)等を挙げることができる。ベンゾエート系化合物としては、モノエタノールアミンベンゾエート(MEA・BA)、ジシクロヘキシルアンモニウムベンゾエート(DICHA・BA)、ジイソプロピルアンモニウムベンゾエート(DIPA・BA)等を挙げることができる。
【0013】
これらの気化性防錆剤を用いることにより金属導体表面や合成繊維表面に、防錆剤の吸着や錯化合物形成をさせることや、さらにはベンゾトリアゾール銅塩(Cu・BTA)などの皮膜を形成させるなど、腐食抑制機構が働いているものと考えられる。
本発明においてはこれらの気化性防錆剤を用いることにより、細径電線に使用されている銅製の導電体などを有効に防錆することが可能となった。
【0014】
また、本発明は平衡水分率が0.5重量%以上、さらには1〜12重量%の範囲の合成繊維に対し、より有効である。本発明の合成繊維はマルチフィラメントからなり、その単糸間に若干の空隙や滑りが存在することにより、屈曲疲労性を向上させるものであるが、逆にその空隙から湿気等が侵入し、電線に用いられている導体に錆を生じさせる場合があった。従来、錆により導通を低下させるばかりか、導体の強度が低下し、屈曲疲労性さえ低下させていたのであるが、本発明の合成繊維はそれらの現象を有効に防止しうるのである。例えばこのような平衡水分率を有する合成繊維としては、芳香族ポリアミド繊維などがあり、本発明の適用が非常に有効である。
【0015】
本発明にて用いられるこれらの気化性防錆剤は、通常の繊維油剤に溶解させて使用することができる。油剤中での気化性防錆剤の含有量は0.1〜5重量%であることが好ましく、さらには0.3〜3重量%であることが最適である。含有量が少なすぎる場合には、金属導体に対する防錆性が不十分であり、多すぎる場合には、油剤への分散性が悪く合成繊維表面への加工が困難であり、平滑性が不十分となりやすく、また製造工程において擦過によって毛羽を誘発し易くなる傾向にある。
【0016】
この本発明においては既に述べたように、合成繊維が平衡水分率の比較的高い、例えば芳香族ポリアミド繊維である場合に、特に有効である。そのような芳香族ポリアミド繊維は、一般には芳香族アラミド繊維と略称されるものであり、メタ系アラミド繊維やパラ系アラミド繊維を挙げることができる。さらに詳しくは、メタ系アラミド繊維とは、主骨格を構成する芳香環がアミド結合によりメタ型に結合されてなるものであるが、ポリマーの全繰返し単位の85モル%以上がメタフェニレンイソフタルアミド単位であるものが好ましく、特にポリメタフェニレンイソフタルアミドホモポリマーが望ましい。全繰返し単位の15モル%以下、好ましくは5モル%以下で共重合し得る第3成分としては、ジアミン成分として、例えばパラフェニレンジアミン、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、パラキシリレンジアミン、ビフェニレンジアミン、3,3’−ジクロルベンジジン、3,3’−ジメチルベンジジン、3,4’−ジアミノジフェニルメタン、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、1,5−ナフタレンジアミン等の芳香族ジアミンが、また酸成分として、例えばテレフタル酸、ナフタレン−2,6−ジカルボン酸、ナフタレン−2,7−ジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸が挙げられる。また、これらの芳香族ジアミン及び芳香族ジカルボン酸は、その芳香族環の水素原子の一部がハロゲン原子やメチル基等のアルキル基によって置換されていてもよい。さらに、ポリマーの全末端の20%以上が、アニリン等の一価のジアミンもしくは一価のカルボン酸成分で封鎖されている場合には、特に高温下に長時間保持しても繊維の強力低下が小さくなるので好ましい。このようなメタ系芳香族ポリアミドは、芳香族ジアミンと芳香族ジカルボン酸ジハライドとを、例えば従来公知の、界面重合させる方法により製造することができる。ポリマーの重合度としては、N−メチル−2−ピロリドンを溶媒として0℃で測定した固有粘度(IV)が0.8〜3.0、特に1.0〜2.0の範囲にあるものが好ましい。このようなメタ系ポリアミド繊維は耐熱性に優れ、電線に過電流が流れた際にも強度劣化が起こらない点においても好ましい。
【0017】
次にパラ系アラミド繊維としては、主骨格を構成する芳香環がアミド結合によりパラ型結合されてなるものであるが、ポリマーの全繰返し単位の85モル%以上がパラフェニレンテレフタルアミド単位であるものが好ましく、特にポリパラフェニレンテレフタルアミド(PPTA)が望ましい。テレフタル酸とパラフェニレンジアミンを重縮合して得られる重合体であるが、少量の他のジカルボン酸およびジアミンを共重合したものも使用でき、重合体または共重合体の分子量は通常20,000〜25,000が好ましく、またPPTA繊維は、PPTAを濃硫酸に溶解し、その粘調な溶液を紡糸口金から押し出し、空気中または水中に紡出することによりフィラメント上にした後、水酸化ナトリウム水溶液で中和し、最終的には120〜500℃の乾燥・熱処理前のPPTA繊維は結晶サイズ(110面)が50Å未満であり、乾燥・熱処理後では50Å以上となる一般的なPPTA繊維が好ましく用いられる。このようなパラ系ポリアミド繊維は強度が強く、わずかな繊維含有量で十分な電線コード強度が得られるため、特に軽量化や、電線の径の減少に有効である。
【0018】
本発明は合成繊維が上記のような芳香族ポリアミド繊維であることが特に好ましく、この細径電線コード用合成繊維の表面には、前述の気化性防錆剤を含有する処理剤が付着していることを必須とする。そしてこの処理剤には、さらに合成繊維用の油剤が含有していることが好ましい。
【0019】
より具体的には、例えばこの処理剤が、一塩基酸エステルやアルキレンオキサイド付加エーテル化合物、またはアニオン活性剤を併用するものであることが好ましい。
例えば処理剤に含まれる一塩基酸エステルとしては、下記の(A)成分であることが好ましい。
(A) 分子量250〜600の一塩基酸エステル。
【0020】
このような(A)成分である分子量250〜600の一塩基酸エステルは、芯糸の平滑性が向上するため、糸の緩みがなく銅線や銅箔の捲き付きが良好となる。平滑性が少しでも悪いと擦過によって糸導ガイドで毛羽を誘発し易く、通常の合成繊維用油剤に使用されている平滑剤成分では摩擦抵抗が大きく、特定のエステル成分を使用することで毛羽の発生が抑制されるものである。特定のエステル成分である分子量250〜600の一塩基酸エステルとしては、メチルパルミテート、メチルステアレート、メチルオレエート、エチルステアレート、エチルオレエート、イソプロピルパルミテート、イソプロピルステアレート、イソプロピルオレエート、ブチルラウレート、ブチルステアレート、ブチルオレエート、オクチルオクタノエート、オクチルラウレート、オクチルパルミテート、オクチルステアレート、オクチルオレエート、イソデシルラウレート、イソデシルパルミテート、イソデシルステアレート、イソデシルオレエート、ラウリルラウレート、イソトリデシルラウレート等を挙げることができる。分子量が250未満では沸点が低く、比較的低温で揮発する傾向に有る。逆に、分子量が600を超えると、粘度が高くなり、平滑性が不十分となる傾向にある。
【0021】
さらにこのような(A)成分であるエステル化合物の含有量は40〜60重量%であることが好ましい。含有量が40重量%未満の場合には、平滑性が不十分となり、糸導ガイドで毛羽を誘発し易くなる傾向にある。一方、60重量%を越える場合には、特に水系で使用する場合、乳化剤の比率が低くなり、乳化分散が悪く、液の安定性が不良となる傾向にある。
【0022】
また処理剤に好ましく用いられるアルキレンオキサイド付加エーテル化合物としては、下記の(B)成分であることが好ましい。
(B) 炭素数8〜15のアルコールにプロピレンオキサイド及び/又はエチレンオキサイドを3〜9モル付加したエーテル化合物。
【0023】
この(B)成分は、防錆剤を合成繊維表面に均一に付着させるために使用するものである。特に濡れ性の悪い芳香族アラミド繊維に有用である。該(B)成分としては、アルコールは直鎖状でも分岐状でも使用可能ではあるが、特には第二級又は第三級、なかでも第二級アルコールはより顕著な効果が得られるので好ましい。かかるアルコールとしては2−エチルヘキシルアルコール、6−ドデシルアルコール、炭素数が12〜14のセカンダリーアルコール等を好ましく用いることができる。特に好ましくは2−エチルヘキシルアルコールである。また、付加させるプロピレンオキサイド及び/又はエチレンオキサイドのモル数は、前記アルコ−ル1モル当たり合計で3〜9モル、特に7〜9モルが好ましい。付加量がこの範囲を外れると処理剤の濡れ性が低下し、本発明の効果が減少する傾向にある。
【0024】
このような(B)成分であるエーテル化合物の含有量は3〜15重量%であることが好ましい。含有量が少なすぎる場合には、油剤の繊維への濡れ性が不十分となり、油剤を繊維に均一に付着させにくくなる傾向にある。一方、付着量が多すぎる場合には、平滑性が不十分となり、擦過によって糸導ガイドで毛羽を誘発し易くなる傾向にある。
【0025】
さらに処理剤には、アニオン活性剤(以下、(C)成分という)を含むことが好ましい。この(C)成分であるアニオン活性剤は主に制電性向上のために用いられ、特にスルホン酸塩化合物、リン酸エステル塩、高級脂肪酸塩等であることが好ましい。もちろん、2種以上の各アニオン性活性剤を組み合わせてもよい。好ましいイオン性界面活性剤の具体例としては、下記化合物(a)〜(d)を挙げることができ、これらは制電性、耐摩耗性、乳化性が特に優れている。
(a)R−SO−X
(b)(R−O−)P(=O)(OX)
(c)(R−O−)(R−O−)P(=O)(OX)
(d)R−COO−X
【0026】
ここで、R〜Rは、水素原子、炭素数4〜20までの有機基である。ここで、有機基としては、炭化水素基であっても、炭化水素基の一部または、全部がエステル基、水酸基、アミド基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホン酸基等のヘテロ原子を持つ基または元素で置換されていてよい。好ましくは炭素数8〜18の炭化水素基である。Xは、アルカリ金属又はアルカリ土類金属、アミン塩である。
【0027】
これらアニオン性活性剤の油剤中の含有量は2〜10重量%であることが制電性を高める観点から好ましい。少なすぎると制電性、耐摩耗性、乳化性が不足する傾向にある。また、多すぎると、防錆剤の防錆効果が低減する傾向にある。
さらに合成繊維が芳香族ポリアミド繊維である場合には、特に(A)から(C)の成分を処理剤中に含有していることが、特に好ましい。
【0028】
また、以上に述べてきた気化性防錆剤及び上記の(A)〜(C)の成分を含む油剤を処理剤に用いる場合、これらの構成成分の含量が油剤全量の50〜80重量%の範囲であることが好ましい。上記以外の油剤成分としては特に制限はないが、例えば平滑剤のエステル成分及び防錆剤を水系にするための乳化剤、公知の酸化防止剤等を含有することが可能である。乳化剤としてはポリアルキレングリコールアルキルエーテル、ポリアルキレングリコールアリールエーテル、部分エステル多価アルコールのアルキレンオキサイド付加物等が挙げられる。以上のような構成成分からなる仕上げ剤はそのまま希釈することなく、あるいは、水に5〜60重量%、好ましくは5〜35重量%分散させてエマルジョン仕上げ剤として繊維に付着させることができる。特に本発明の処理剤は扱いやすい水系処理剤であることが好ましい。
【0029】
本発明の細径電線コード用合成繊維を得るための、上記のような処理剤をマルチフィラメントからなる合成繊維表面に付着させる方法は特に限定されず、通常延伸した後、仕上げ剤として付与することが可能である。好ましくは濃度5〜20重量%の水性エマルジョンとし、従来公知の方式、例えばオイリングローラー方式やノズル方式で付与される。
【0030】
処理剤である繊維油剤の、合成繊維への付与量(処理剤有効成分として)は、繊維重量を基準として0.3〜5.0重量%、好ましくは1〜3重量%の範囲であることが好ましい。付与量が多すぎる場合には、合成繊維を巻取る際、油剤が飛散しやすく、巻取り機周辺が汚染しやすい傾向にある。特に合成繊維がパラ系アラミド繊維の場合には、繊維表面での処理剤の粘性が高くなり、毛羽抑制効果が不十分となる傾向にあるため、付与量は特に少ないことが好ましい。一方、付与量が少なすぎる場合には、繊維の集束性及び平滑性が不十分となり、スカムや毛羽抑制効果が不十分となる傾向にある。
【0031】
このような本発明の細径電線コード用合成繊維は、電線を有効に補強し屈曲疲労性に優れるばかりではなく、繊維表面に存在する銅等の導電体の錆の発生を防止し、高湿度下や長時間の使用後でも、その高い屈曲疲労性を保持することが可能となる。
【0032】
例えばこのマルチフィラメントからなる合成繊維を芯部に用い、その周辺に通電体を捲付かせ、塩化ビニル樹脂等の非導電性の樹脂にて被覆することにより、細径電線とすることが可能である。そしてこの細径電線は、屈曲や振動が多い自動車用、電子機器用、オーディオ機器、電話コード等の各種用途に使用される。特に細さや柔軟性が要求されるイヤホーンコード用に最適である。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、実施例中の%はすべて重量%を示す。またそれぞれの評価は下記の方法に従った。
【0034】
(1)油剤付着量(OPU)
繊維3gを105℃で2時間乾燥後、室温で30分冷却し、精秤する(W)。この繊維を0.5%の合成洗剤液150gに浸漬し、超音波洗浄機で3分間処理した後、40℃の温水で10分間、洗浄、泡切れがないことを確認し、よく絞って、一晩、自然乾燥し、105℃で2時間乾燥後、室温で30分冷却し、精秤する(W)。次式よりOPUを計算した。
OPU;(W−W)×100/W
【0035】
(2)走行摩擦(F/Mμd)
直径50mmの梨地表面クロムメッキピンに、糸条を巻き角180°、初荷重(T)10gで接圧し、糸速度300m/分で走行させてクロムメッキピン出側の張力(T)を測定し次式より摩擦係数を求めた。
摩擦係数(f)=1/π×ln(T/T
【0036】
(3)低接圧時繊維・繊維間摩擦(F/Fμs)
約500mのマルチフィラメント繊維(糸)を直径5cm、長さ30cmの円筒の周りに、ラセン角プラスマイナス15度、巻張力約20gで巻き付ける。同じマルチフィラメント繊維(糸)を約30cmとり、この円筒の上に掛けて片方に初荷重(T)60gの荷重をかけ、反対側にUゲージをおいて、円筒を0.1m/min の周速で回転させ、出側張力(T)を測定し、「(2)走行摩擦(F/Mμd)」と同じ方法にて、摩擦係数を求めた。
【0037】
(4)屈曲疲労性
マルチフィラメント繊維(220dtex/65f)を、屈曲摩耗試験機(TOYOSEIKI製、MIT−D型)を用い、荷重R0.38mm、荷重の間隙0.25mmの条件にて、糸が切断されるまでのストローク数を求めた。
【0038】
(5)銅棒の腐食性
直径2mmの銅線を5cmに切断し、エタノールで表面を拭き取った後、有効成分90%の処理剤(油剤)中に2.5cmだけ浸漬させ、上部開放部はラップでシールして30℃×85%RHの環境で1週間放置し、銅線の錆状態を肉眼観察し、○、△、×の3段階で表した。
〇:錆発生なし、△:やや錆発生が認められる、×:錆が多い。
【0039】
(6)銅箔の腐食性
処理剤が付着済みのマルチフィラメント繊維(220dtex/65f)を芯糸に幅0.5mm、厚み0.1mmの銅箔のテープを2050T/mでカバリングし、小径ボビンに100m巻取り、30℃×85%RHの環境で1週間放置し、銅箔のテープの錆状態を肉眼観察し、○、△、×の3段階で表した。
〇:錆発生なし、△:やや錆発生が認められる、×:錆が多い。
【0040】
[実施例1〜8、比較例1]
<マルチフィラメント合成繊維の製造>
パラ芳香族ポリアミドのドープを得るべく、水分率が100ppm以下のN−メチル2−ピロリドン(以下NMPという)112.9部、パラフェニレンジアミン1.506部、3、4’−ジアミノジフェニルエーテル2.789部を常温下で入れ、窒素中で溶解した後、攪拌しながらテレフタル酸クロリド5.658部を添加した。最終的に85℃で60分間反応せしめ、透明の粘稠なポリマー溶液(ドープ)を得た。次いで22.5重量%の水酸化カルシウムを含有するNMPスラリー9.174部を添加し、中和反応を行った。得られたポリマーの対数粘度は3.32であった。
上記調整法によるポリマードープを用いて、孔径0.3mm、孔数65ホールを有する口金からNMP30重量%の凝固浴に押し出し湿式紡糸した。口金面と凝固浴との距離は10mmとした。口金から紡出された繊維を水洗、乾燥後、520℃で10倍に延伸し、合成繊維(パラ系芳香族ポリアミド繊維)のマルチフィラメントを得た。
【0041】
<表面処理>
得られたマルチフィラメント合成繊維表面に、表1記載の処理剤(油剤)をオイリングローラーにて付着量が繊維重量に対し2.0重量%となるように付与した後、ワインダーに巻き取った。得られた細径電線コード用合成繊維は、繊度220dtex、フィラメント数65本であった。得られた繊維の特性を表1及び表2に併せて示す。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
表中の実施例及び比較例にて使用した各種油剤成分は、下記の通りである。
BTA;ベンゾトリアゾール(気化性防錆剤)
TTA;トリルトリアゾール(気化性防錆剤)
MEA・BA;モノエタノールアミンベンゾエート(気化性防錆剤)
DICHA・BA;ジシクロヘキシルアンモニウムベンゾエート(気化性防錆剤)
A成分1;ラウリルラウレート
A成分2;オレイルラウレート
B成分1;オオクチルアルコールのエチレンオキサイド5モル付加物
B成分2;ラウリルアルコールのエチレンオキサイド7モル付加物
C成分1;ラウリルホスフェートのトリエータノールアミン塩
C成分2;ジオクチルスルホサクシネートナトリウム塩
他成分1;硬化ヒマシ油のエチレンオキサイド12モル付加物
他成分2;酢酸ナトリウム塩

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチフィラメントからなる合成繊維の表面に、気化性防錆剤を含有する処理剤が付着していることを特徴とする細径電線コード用合成繊維。
【請求項2】
合成繊維が芳香族ポリアミド繊維である請求項1記載の細径電線コード用合成繊維。
【請求項3】
該処理剤が、分子量250〜600の一塩基酸エステルを含有するものである請求項1または2記載の細径電線コード用合成繊維。
【請求項4】
該処理剤が、水系処理剤である請求項1〜3のいずれか1項記載の細径電線コード用合成繊維。
【請求項5】
該処理剤が、炭素数8〜15のアルコールにプロピレンオキサイド及び/又はエチレンオキサイドを3〜9モル付加したエーテル化合物を含有するものである請求項1〜4のいずれか1項記載の細径電線コード用合成繊維。
【請求項6】
該処理剤が、アニオン活性剤を含有するものである請求項1〜5のいずれか1項記載の細径電線コード用合成繊維。
【請求項7】
該気化性防錆剤が、トリアゾール環を有する化合物である請求項1〜6のいずれか1項記載の細径電線コード用合成繊維。
【請求項8】
該気化性防錆剤が、ベンゾエート系化合物である請求項1〜6のいずれか1項記載の細径電線コード用合成繊維。

【公開番号】特開2012−89375(P2012−89375A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235581(P2010−235581)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】