説明

細胞の分離方法

【課題】血球細胞と細菌で異なる泳動効果を与えることによって、修飾工程などを行わずに直接血液から細菌を分離する方法の提供。
【解決手段】血球細胞と細菌が混在する溶液において、溶液と接触した電極を用いて下記の何れかの条件において誘電泳動を行い、血液から細菌を分離する。1)導電率が10mS/m以上20mS/m未満、高周波電圧が100kHz以上300kHz以下、2)導電率が20mS/m以上40mS/m未満、高周波電圧が100kHz以上400kHz以下、3)導電率が40mS/m以上80mS/m未満、高周波電圧が300kHz以上600kHz以下、4)導電率が80mS/m以上1200mS/m未満、高周波電圧が500kHz以上700kHz以下、5)導電率が1200mS/m以上1500mS/m未満、高周波電圧が600以上700kHz以下。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血球細胞と細菌細胞との分離方法に関する。より詳細には、誘電泳動効果による細胞捕捉を利用した、血球細胞と細菌の高精度な分離方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細菌に起因する感染症の臨床分野において、その症状の重篤性および迅速性の観点から、菌血症および敗血症の診断方法、治療方法の改良が強く望まれている。菌血症とは生体の感染防御能の低下にともなって、局所の感染病巣から種々の細菌が間欠的ないし持続的に血中に侵入してしまう状態である。細菌等の微生物感染に起因する全身的な炎症反応(Systemic Inflammatory Response Syndrome:SIRS)が敗血症である。敗血症は微生物に由来するエンドトキシンが血液中へ侵入して起こると考えられ、それに引き続いて発生する敗血症性ショックや敗血症性多臓器不全等によって、特に抵抗力が弱まっている患者では非常に重篤な症状を呈して死に至ることもある。
【0003】
菌血症、敗血症の治療としては、起因菌に対する抗生物質や抗真菌薬等を投与することが第一であるが、そのためには敗血症の正しい診断と起因菌の同定が重要である。現在、一般的には適当な培地に患者から採血した血液を混合し、インキュベーションして菌の発育を確認する血液培養法が行われている。血液培養法ではある程度の菌数まで増菌しなければ判定できないため、判定までに1〜数日の時間かかる。採血時点では起因菌が好気性なのか嫌気性なのか真菌なのかも分かっていないため、それぞれに適した培地の選択が困難であり、菌検出率の低さにつながっている。また、敗血症は迅速な治療が求められるため、起因菌の同定を待たずに抗生物質等の薬剤を投与されている場合が多く、採血した血液に菌が含まれていても、薬剤の影響で増菌せずに検出されないことが多い。これらの原因により血液培養法の陽性率は非常に低い。
【0004】
さらに、血液培養では血中の菌の有無までしか分からないことから、起因菌の同定にはさらなる同定のための処理が必要である。一般的には、さらに血液培養検体をさまざまな選択培地に移植して同定培養を行う方法がとられることが多い。また、培養液から特異的な抗体で検出する方法や、菌特有の遺伝子配列を検出する核酸分析方法が利用されることもある。これらの操作を加味すると、少なくとも検体採取から菌の選択的分離に1〜2日、増菌に1日、同定操作に1日以上、合計で3〜4日かかる。現実にはこの血液培養を菌が発育するまで続けるが、陽性判定だけで一週間以上要する場合も多く、患者の死亡率を押し上げる要因になっている。このように、迅速・確実な診断が求められるにもかかわらず、従来の検査診断方法では十分対応できていなかったのが実情である。
【0005】
このような検査法に対して迅速化を目指して技術開発が行われており、血液から各種細菌の遺伝子を標的として当該菌を検出・同定する技術も開発されている。血液から直接または若干の培養を経て起因菌を検出・同定するために、血液培養法と比較して大幅な時間短縮が可能となっている(例えば特許文献1)。核酸検出法とは、検体から核酸を抽出して特異的な配列を増幅して検出する。一般的には、抽出された核酸に対して、特定菌種の持つ特異的な配列を増幅するためのプライマーセットを含んだ反応溶液でPCR反応を行って核酸増幅し、その増幅産物を確認する(例えば特許文献2)。一方で、敗血症では起因菌が不明なので、広範囲の菌種を同時に検出する必要がある。このため、広範囲の菌が有する遺伝子部位をPCRで核酸増幅し、菌種特異的な遺伝子配列のプローブとハイブリダイズさせて検出する方法も開発されている(例えば特許文献3)。
【0006】
しかし現状においては、血液培養法の性能を越えるような技術は確立されていない。時間や投与薬剤の影響等があるにも関わらず、血液培養法が未だに一般的である理由は、血液中に存在する菌数があまりにも少ないことである。
【0007】
遺伝子検査は血液培養と比較して非常に迅速に検出、同定が行われるメリットがある一方、血液培養よりも感度が低いために、未だ一般的な診断方法として活用されることが少ない。これは遺伝子検査に投入できる血液量が少ないことに起因する。血液培養では血液数ml〜20ml程度を培養するため、この中に活性をもつ菌が数菌含まれていれば検出できる可能性が高い。菌血症、敗血症の患者内血液の菌濃度は、平均して数菌/mlといわれているので、血液培養中には活性を持つ菌が数菌含まれる可能性は高いと考えられる。一方で遺伝子検査ではせいぜい数百μl〜1ml程度の血液しか処理できないので、この中に含まれる菌数は非常に少ない。また、核酸増幅においても、ある程度の菌数から開始しなければ検出可能な量まで遺伝子増幅されないことが多いため、数菌では十分に増幅できない可能性が高い。遺伝子検査に用いる検体量が少ないのは、核酸増幅の効率が総核酸量に影響されるからである。一般的に増幅工程に投入する総核酸量を数百ng程度に抑えることが望ましい。あまり核酸量が多くなると増幅の効率が非常に低下する。血液には白血球等のヒトゲノム核酸を持つ細胞が多数存在しているために、遺伝子検査に利用できる血液量が多くても1ml程度に制限される。血液培養と同程度の感度を達成するためには現状の数倍の血液を用いることが望ましいが、それではヒトゲノム由来の核酸量も増えてしまい、核酸増幅が正常に行われない。遺伝子検査の感度向上のためには、血液中に含まれる白血球等を分離・排除し、検査に投入可能な検体量を増やす必要がある。
【0008】
一般的に溶液中の細菌または血球を分離するためには、不織布を用いたフィルタレーション法や遠心分離が行われている。しかしながら、不織布を用いたフィルタレーションでは、血液成分の大部分を占める赤血球や白血球が即座に詰まってしまい、それらよりも微少な細菌を透過させなくしてしまうために、効率よく分離することはできなかった。また遠心分離では、双方の密度が非常に似ているために正確に分離することが困難であった。また、表面抗原を識別した分離方法も提案されている(例えば特許文献4)が、圧倒的多数の血球を抗体でトラップするには非常に多くの試薬が必要で、大量の血液を処理するには多大なコストが必要である。
【0009】
一方で、溶液中の粒子を捕捉する方法として、高周波電界の印加による誘電泳動法が研究されている。誘電泳動とは、粒子を含む溶液に対して高周波電場を印加することによって、粒子と溶媒との誘電率の差に応じて電極に吸引する力や排斥される力が発生する効果を利用したものであり、効果の正確性と分離速度から非常に有効と考えられている。細胞に関してもこの誘電泳動効果が発生することが判明しており、細胞ハンドリングに適応させるべく研究が進められている(例えば特許文献5)。
【特許文献1】特開平05−049477号公報
【特許文献2】特開平06−070771号公報
【特許文献3】特開2004−313181号公報
【特許文献4】特開2005−253465号公報
【特許文献5】特開2003−223号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、血球細胞と細菌は内部構造が非常に似ており、同様の泳動力が発生して電極に吸引もしくは排斥されるため、両者の分離に使用することはできなかった。細胞を分離するためには、抗体などで特定の細胞を修飾して誘電率を大きく変化させ、他の細胞と分離する方法がなされている。しかし、修飾には高価な抗体等が必要になり、処理のコストや手間が増大する。
【0011】
本発明の目的は、血球細胞と細菌で異なる泳動効果を与えることによって、修飾工程などを行わずに直接血液から細菌を分離することである。分離した細菌を検出工程に使用することにより、他の細胞によるノイズや阻害のない、高感度で高精度な検出を可能とすることである。分離した細菌を遺伝子検査に用いることも可能であるし、目的物のみ分離した状態でそれをそのまま観察、分析することも可能となる。また、本発明の方法によって細菌のみならず、血球細胞を細菌から分離することも可能である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するため本発明は、血球細胞と細菌が混在する溶液において、前記溶液と接触した電極を用いて下記1)〜5)の何れかの条件において誘電泳動を行い、前記血球細胞を前記電極に捕捉し、前記細菌を前記電極から浮遊させることを特徴とする。
1)前記溶液の導電率が10mS/m以上20mS/m未満であり、前記電極に100kHz以上300kHz以下の高周波電圧を印加する
2)前記溶液の導電率が20mS/m以上40mS/m未満であり、前記電極に100kHz以上400kHz以下の高周波電圧を印加する
3)前記溶液の導電率が40mS/m以上80mS/m未満であり、前記電極に300kHz以上600kHz以下の高周波電圧を印加する
4)前記溶液の導電率が80mS/m以上1200mS/m未満であり、前記電極に500kHz以上700kHz以下の高周波電圧を印加する
5)前記溶液の導電率が1200mS/m以上1500mS/m未満であり、前記電極に600kHz以上700kHz以下の高周波電圧を印加する。
【0013】
本発明において、前記溶液が血液であり、前記血液を前記導電率に調整する血液処理工程をさらに含むことを特徴とする。
【0014】
本発明において、前記血液処理工程が前記血液を希釈する工程を含むことを特徴とする。
【0015】
本発明において、前記血液処理工程が前記血液の液体成分を置換する工程を含むことを特徴とする。
【0016】
本発明において、浮遊した前記細菌を検出する工程をさらに含むことを特徴とする。
【0017】
本発明において、前記電極を具備した流路に前記溶液を流入させて誘電泳動を行い、前記流路から流出した前記溶液から前記細菌を回収または検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の細胞分離方法により、血中の細菌を分離することが可能となる。血球細胞に影響されずに細菌を検出、分析することが可能となる。多量の血液からでも効率的に遺伝子増幅することが可能となり、より高感度な細菌検出が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係わる細菌分離方法の具体的な実施の形態を説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
血球細胞と細菌とが混在する溶液において、その溶液と接触した電極を用いて誘電泳動を行い、血球細胞を電極に捕捉して、血球細胞と細菌とを分離する。その誘電泳動の条件は以下のいずれかである。
1)前記溶液の導電率が10mS/m以上20mS/m未満であり、前記電極に100kHz以上300kHz以下の高周波電圧を印加する
2)前記溶液の導電率が20mS/m以上40mS/m未満であり、前記電極に100kHz以上400kHz以下の高周波電圧を印加する
3)前記溶液の導電率が40mS/m以上80mS/m未満であり、前記電極に300kHz以上600kHz以下の高周波電圧を印加する
4)前記溶液の導電率が80mS/m以上1200mS/m未満であり、前記電極に500kHz以上700kHz以下の高周波電圧を印加する
5)前記溶液の導電率が1200mS/m以上1500mS/m未満であり、前記電極に600以上700kHz以下の高周波電圧を印加する。
【0021】
このように、一定の溶媒条件において特定範囲の周波数で電圧印加を行うことによって、血球細胞と細菌との誘電泳動の方向を区別することができ、血球細胞と細菌が分離できる。誘電泳動方向は、粒子の誘電率、溶媒の誘電率、印加電場の周波数に依存するものであり、電極形状や印加電圧には左右されない。
【0022】
本発明の血球細胞と細菌が混在する溶液としては、血液、隋液、リンパ液等を挙げることができる。本発明の課題により、通常血液が用いられる。したがって、血液を本願発明の細胞分離方法に用いる場合には、さらに血液を上記導電率に調整する血液処理工程が細胞分離方法に含まれる。
【0023】
その血液処理工程としては、例えば、血液を希釈する工程、血液の液体成分を置換する工程などを挙げることができる。それぞれの工程を簡潔に述べる。血液を希釈する工程は、血液に対して純水や緩衝液、血清を追加する工程であり、例えば、血液1に対して純水5で希釈する。血液の液体成分を置換する工程は、血液の固形成分を収集し、それをさらに純水や緩衝溶液、血清で懸濁する工程であり、例えば血液遠心分離後、5%血清溶液で懸濁して置換する。
【0024】
本発明の細胞分離方法に続いて、血球細胞と分離された、浮遊した細菌を検出する工程をさらに含むことが可能である。例えば、細菌から抽出した核酸を検出することができる。そしてその検出工程としては、DNAマイクロアレイなどのDNAチップを用いて蛍光検出する工程を挙げることができる。
【0025】
ここで、図面を用いて本願発明をさらに詳細に説明する。なお、これらの図面は本発明の一例を挙げて説明しているに過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0026】
図1は本発明の細菌分離方法を適用するのに好適な装置の一例を示す模式図である。図1において、101は溶液を保持するためのチャンバーであり、対向する電極103および104を具備した底面102と不図示の壁面から構成されている。電極103、104は配線106を通して交流電源105に接続されている。チャンバー101はどのような形状でも良く、溶液が内部を流れる流路形状でも良い。また、使用目的に応じて適宜、流入口や流出口を設けても良く、さらには観察手段や検出手段を具備する構成も可能である。
【0027】
図2は図1の装置を上部からA−A’方向に見た図である。202はチャンバーの底面である。203および204が電極であり、この電極203、204に高周波電圧を印加することによって、チャンバー内の溶液中粒子に対して誘電泳動効果を発生させることができる。本図では1対の電極が対向した構成になっているが、これに限定されるものではない。電極の数や形状等には特に限定はない。また、電極は必ずしも同一平面上に配置されることに限定されるべきものではなく、複数の面にまたがって配置されても良い。
【0028】
誘電泳動は、媒質に接触した電極に高周波電圧を印加して電界強度の勾配を形成することによって、粒子が電界強度の勾配に応じて力を受ける現象である。誘電泳動には電界強度の強い方向に向かう正の誘電泳動と、電界強度の弱い方向に向かう負の誘電泳動の2種類がある。正の誘電泳動か負の誘電泳動かは、粒子と媒質の誘電率と電極に印加する周波数とに依存して変化する。細胞を適当な媒質に懸濁し、適当な周波数の電界を与えることによって、電極に捕捉したり電極から排除したりできる。
【0029】
次に図3を用いて誘電泳動による粒子操作の流れを説明する。装置の構成としては図1の装置と同様である。底面302に電極303、304が具備されており、底面302を有するチャンバーに粒子307を含む溶液が保持されている。不図示であるが、電極303、304は高周波電源に接続されている。チャンバーに前記溶液を投入した時点では図3のAのような状態であり、粒子307はチャンバー内に一様に懸濁されている。ここで例えば、溶媒の導電率を1mS/mとし、粒子を白血球細胞とすると、1MHz程度の高周波電界を印加することによって、図3のBのように粒子307が電極間の電界強度の強い部位に捕捉される。次に溶液の電動度を100mS/m程度とし、100kHz程度の高周波を印加すると、図3のCのように粒子307が電界強度の強い電極間から排除される。このように、溶媒の導電率を適度に選択することによって、ある周波数領域では正の誘電泳動が働いて粒子を電極に捕捉し、別の周波数領域では負の誘電泳動が働いて粒子を電界強度の強い部位から排除できる。
【0030】
発明者らは検討を重ね、一定の溶媒中で血球細胞と細菌を誘電泳動すると、特定の周波数領域で血球は捕捉し、細菌は浮遊させることに成功した。さまざまな細菌種で検討を進めたところ、細菌全般はある条件において血球細胞と異なる挙動を示すことが明らかになり、本発明に至った。
【0031】
図4は本発明の方法の流れを示す模式図である。装置の構成は図1と同様であり、チャンバーに電極403、404を具備する。不図示であるが、電極403、404は高周波電源に接続されている。ここで、白血球408と細菌409を含んだ溶液をチャンバーに投入する。チャンバーに前記溶液を投入した時点では図4のAのような状態であり、白血球408と細菌409はチャンバー内に一様に混在している。ここで、溶液の導電率及び電極403、404間に印加する高周波電圧を、本発明の条件の組み合わせの条件で行うと、図4のBのような状態になる。白血球408は電極403、404間の電解強度の強いところに捕獲され、細菌409は電界強度の強いところから排除されて、電極403、404から離れていき、両者を分離できる。
【0032】
このように、本発明の方法を用いれば細胞に対する特別な前処理を必要とせずに血球細胞と細菌とを分離することが可能となる。さらには、分離した高濃度の細菌を検出する工程を加えることにより、高感度検出が可能となる。
【実施例】
【0033】
以下に本発明の細菌分離方法の実施例を示すが、以下の実施例で本発明の内容が限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)
本実施例では、核を有する血球細胞である白血球細胞(K562)と、一般的なグラム陰性菌である大腸菌(Escherichia coli)を分離する例を示す。
【0035】
まず、図5のAのような装置を準備した。図5において、501は溶液を保持するためのチャンバーであり、対向する電極503および504を具備した底面502と壁面から構成されている。電極503、504は不図示の配線を通して不図示の高周波電源に接続されている。チャンバー501には流入口505と流出口506が具備され、流入口505には不図示のポンプを通して不図示の試料タンクに接続されている。流出口506にも不図示の回収用タンクが接続されている。図5のBは、図5のAの点線断面をX−X'方向に見た断面図である。本例で電極503と504は櫛歯形状をしており、それぞれが直接接触しないように底面502に対向して配置されている。
【0036】
次に試料として血球細胞と細菌の混合液を準備した。血球細胞は培養白血球細胞K562の培養2日目のものを用いた。細菌は大腸菌E.coliの培養2日目のものを用いた。細胞を懸濁する溶液は9.5%スクロール溶液に血清を混合して導電率を調整したものを使用した。溶液の導電率は56mS/mに調整した。それぞれの細胞を培地から分離し、前記溶液に懸濁した。細胞濃度は、K562は約106/ml、大腸菌は約102/mlに調整した。
【0037】
図5の装置を細胞が含まれていない溶液で満たした。電極503、504に500kHz、50Vの高周波電圧を印加した状態で、準備した試料を25μl/sの流速で流入口510から流した。チャンバー内部の溶液が試料で完全に置換された時点から、流出口511から流出する試料を採取した。採取した試料に対して、細胞計算盤を用いて血球細胞数をカウントした。また、採取した試料を寒天培地に100μl接種して1日間培養し、形成コロニーをカウントして細菌数を測定した。投入前の試料に関しても、同様の方法で細胞数と細菌数を測定した。投入前後の結果を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
白血球は、投入した量の3%のみが回収され、残りの97%は装置内に捕獲された。大腸菌は投入量の95%が回収された。このように、本発明の細胞分離方法を用いると、非常に効率的に血球細胞と細菌とが分離できた。
【0040】
(実施例2)
次に実施例1と同様の装置を用いて、血球と他の細菌の分離を実施した例を示す。血球細胞として白血球細胞(K562)を使用した点は実施例1と同じである。細菌としては、大腸菌と表面構造が全く異なるグラム陽性菌の黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を用いた場合と、グラム陰性菌で鞭毛を持たず運動性がない菌である肺炎カン菌(Klebsiella phneumoniae)を用いた場合とにおいて実施した。これらの菌を用いた以外は、実施例1と同様の手順で処理前後の血球細胞濃度および細菌濃度を測定した。測定結果を以下に示す。
【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
実施例1と同様に、白血球は投入した量の10%のみが回収されて、残りの90%は装置内に捕獲された。黄色ブドウ球菌および肺炎カン菌は95%以上が回収された。このように本発明を用いれば、グラム陰性、陽性または菌の運動性や鞭毛構造に左右されずに血球と細菌を分離することが可能である。
【0044】
(実施例3)
次に実施例1と同様の装置を用いて、異なる溶液、周波数条件で実施した例を示す。血球細胞として白血球細胞(K562)、細菌として大腸菌(Escherichia coli)を使用した。
【0045】
細胞を懸濁する溶液として、9.5%スクロール溶液に対して血清を混合して導電率を調整したものを使用した。試料1は10mS/m、試料2は1500mS/mに調整した。両溶液に対して、実施例1と同様に血球細胞と細菌とを懸濁した。
【0046】
試料1に対して、実施例1と同様にチャンバーに流して試料を回収した。この時、印加する周波数は100kHzとした。
【0047】
次に試料2に対しても、実施例1と同様にチャンバーに流して試料を回収した。この時、印加する周波数は700kHzとした。
【0048】
試料1および試料2の投入物と回収物に関して、実施例1と同様の手順で血球細胞濃度および細菌濃度を測定した。測定結果を以下に示す。
【0049】
【表4】

【0050】
【表5】

【0051】
実施例1と同様に、白血球は投入した量の10%のみが回収されて残りの90%は装置内に捕獲された。細菌に関しては両条件共に95%以上が回収された。このように本発明の条件を用いると、血球細胞と細菌を効率的に分離する事が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明を実施する際に好適な装置の一例を示す図である。
【図2】本発明を実施する際に好適な装置の一例を示す図である。
【図3】誘電泳動による粒子の移動を示す図である。
【図4】誘電泳動による粒子の分離を示す図である。
【図5】本発明を実施する際に好適な装置の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0053】
101、501 チャンバー
102、202、302、402、502 底面
103、203、303、403、503 電極1
104、204、304、404、504 電極2
105 電源
106 配線
307 粒子
408 白血球
409 細菌
510 流入口
511 流出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血球細胞と細菌とが混在する溶液において、前記溶液と接触した電極を用いて以下の1)から5)のいずれかの条件
1)前記溶液の導電率が10mS/m以上20mS/m未満であり、前記電極に100kHz以上300kHz以下の高周波電圧を印加する
2)前記溶液の導電率が20mS/m以上40mS/m未満であり、前記電極に100kHz以上400kHz以下の高周波電圧を印加する
3)前記溶液の導電率が40mS/m以上80mS/m未満であり、前記電極に300kHz以上600kHz以下の高周波電圧を印加する
4)前記溶液の導電率が80mS/m以上1200mS/m未満であり、前記電極に500kHz以上700kHz以下の高周波電圧を印加する
5)前記溶液の導電率が1200mS/m以上1500mS/m未満であり、前記電極に600以上700kHz以下の高周波電圧を印加する
に従い誘電泳動を行い、前記血球細胞を前記電極に捕捉し、前記細菌を前記電極から浮遊させることを特徴とする細胞分離方法。
【請求項2】
前記溶液が血液であり、前記血液を前記導電率に調整する血液処理工程をさらに含むことを特徴とする請求項1記載の細胞分離方法。
【請求項3】
前記血液処理工程が、前記血液を希釈する工程を含むことを特徴とする請求項2記載の細胞分離方法。
【請求項4】
前記血液処理工程が、前記血液の液体成分を置換する工程を含むことを特徴とする請求項2記載の細胞分離方法。
【請求項5】
浮遊した前記細菌を検出する工程をさらに含むことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の細胞分離方法。
【請求項6】
前記電極を具備した流路に前記溶液を流入させて誘電泳動を行い、前記流路から流出した溶液から前記細菌を回収または検出することを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の細胞分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−284778(P2009−284778A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−138139(P2008−138139)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】