説明

細胞の増殖を抑制する方法

【課題】標的細胞及び発現すべきタンパク質の種類が制限されることがなく、さらに発現すべきタンパク質に含められるべきコドンを決定する予備実験を要しない、標的細胞の増殖を抑制する方法を提供すること
【解決手段】標的細胞の増殖を抑制する方法であって、前記標的細胞に任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入する工程、及び前記DNAを導入した標的細胞において、前記DNAにコードされたタンパク質を発現させる工程を含み、前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、前記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的細胞においてタンパク質を発現させることにより標的細胞の増殖を抑制する方法に関する。さらに本発明は、標的細胞にDNAを導入してウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法に関する。さらに本発明は、これらの方法に利用されるベクター、及び該ベクターを有効成分として含む標的細胞の増殖抑制剤、並びにウイルスの増殖抑制剤及び増殖予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の発現は、原則として、まず該タンパク質をコードするDNAの情報がmRNAに転写され、次いで転写されたmRNAの塩基情報に基づいて指定されたアミノ酸が重合してタンパク質が合成(翻訳)されるという経路を辿る。mRNAの塩基情報に基づくアミノ酸の指定は3ヌクレオチド単位(以下、コドンと呼ぶ)で行われ、各コドンは一つのアミノ酸を割り当てる。しかし、一つのアミノ酸には、対応するコドンが2〜6種ある場合がある。例えば、アミノ酸のロイシンに対応するコドンは、ヒトの場合、CUG、UUA、UUG、CUU、CUC、及びCUAの6種類が存在する。
【0003】
コドンは、標的細胞内において、必ずしも均等に使用されているわけではなく、通常は偏って使用されている。一種のアミノ酸を規定する複数のコドンにおける各コドンの使用の頻度(以下、使用頻度と呼ぶ)は、進化の過程において生物種によって多様性を示す(非特許文献1〜3)。コドンの使用頻度は、細胞内でのtRNA濃度に対して正の相関関係があり、高使用頻度のコドンに対応するtRNAの濃度は高く、高使用頻度のコドンで構成されている遺伝子は高い発現量を示す(非特許文献4〜8)。また、低使用頻度のコドンに対応するtRNAの濃度は細胞内でも低いことがこれまでにわかっている。特に、ゲノム上で最も頻度の低いコドン(以下、レアコドンと呼ぶ)に対応するtRNAの細胞内の濃度は、すべてのコドンのtRNAの細胞内濃度の中で最も低い(非特許文献9及び10)。生物種によってコドンの使用頻度が異なることから、例えば、ヒト由来の遺伝子の発現量は、ヒト細胞内と比べて大腸菌内では低下する(非特許文献10)。
【0004】
これまでに、タンパク質を翻訳するmRNAを構成するコドンを使用頻度の異なる他のコドンに置換することを利用した技術として、同種若しくは異種生物間における細胞内タンパク質の発現量を調節する方法が報告されている(特許文献1及び2)。さらに、特許文献1及び2に記載の方法を応用して、細胞内で発現しているタンパク質の発現量を調節することにより、該細胞の性質を変化させる方法も報告されている(特許文献3)。特許文献3に記載の方法によれば、例えば、細胞の増殖を抑制することも可能となる。
【特許文献1】特表2001−509388号公報
【特許文献2】特表2006−500927号公報
【特許文献3】特表2006−506986号公報
【非特許文献1】Sharp, P. M. & Matassi, Curr Opin Genet Dev. 4, 851-860 (1994).
【非特許文献2】Bulmer, M. Genetics, 149, 897-907 (1991).
【非特許文献3】Sharp, P. M., Stenico, M., Peden, J. F. &Lloyd, A. T., Biochem, Soc. Trans. 21, 835-841 (1993).
【非特許文献4】Ikemura, T.,J. Mol. Biol. 151, 389-409 (1981).
【非特許文献5】Ikemura, T.,Mol. Biol. Evol. 2, 13-34 (1985).
【非特許文献6】Sharp, P. M. & Li, W., J. Mol. Evol. 24, 28-38 (1986).
【非特許文献7】Anderson, S. G. E. & Kurland, C. G., Microbiol. Rev. 54, 198-210 (1990).
【非特許文献8】Bennetzen, J. L. & Hall, B. D., J. Biol. Chem. 257, 3026-3031 (1982).
【非特許文献9】Fumiaki, Y., Yoshiki, A., Akira, M., Toshimichi, I. & Syozo, O., Nucleic Acids Res. 19, 6119-6122 (1991).
【非特許文献10】Makrides, S. C., Microbiol Rev. 60, 512-538 (1996).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献3に記載の方法は、抑制すべき標的となる細胞(以下、標的細胞と呼ぶ)及び発現すべきタンパク質の種類が限定される方法であった。さらに、特許文献3に記載の方法は、細胞の増殖を抑制するための、上記タンパク質に含めるべきコドンの選定基準が明確でなく、種々の予備実験を要する方法でもあった。
【0006】
そこで、本発明の第一の目的は、標的細胞及び発現すべきタンパク質の種類が制限されることがなく、さらに発現すべきタンパク質に含められるべきコドンを決定する予備実験を要しない、標的細胞の増殖を抑制する方法を提供することにある。本発明の第二の目的は、この方法を応用して、ウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法を提供することにある。本発明の第三の目的は、これらの方法を実現することのできるベクター、並びに該ベクターを有効成分として含む標的細胞の増殖抑制剤、並びにウイルスの増殖抑制剤及び増殖予防剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究を進めた結果、任意のタンパク質をコードする領域に含まれるコドンに相補的な三塩基連鎖の少なくとも一部を、標的細胞において使用頻度の低いコドンに相補的な三塩基連鎖とすることにより、上記領域を含むDNAを標的細胞に導入し、さらに標的細胞内でこのDNAによってコードされるタンパク質を発現させれば、標的細胞内において上記使用頻度の低いコドンに対応するtRNAが欠乏し、次いで標的細胞内の生物活動に必要なタンパク質の発現が抑制され、最終的に標的細胞の増殖を抑制することができるのではないかという仮説を立てた。
【0008】
上記仮説を基に、本願発明者らは、任意のタンパク質を緑蛍光タンパク質(GFP)とし、さらに現在30,000種以上登録されているコドンの使用頻度に関するデータベースを活用することにより、GFPをコードする領域の少なくとも一部を、大腸菌及び酵母において使用頻度の低い同義コドンに相補的な三塩基連鎖として、上記領域を含むDNAを大腸菌及び酵母に導入し、さらに大腸菌及び酵母においてこのDNAによってコードされるGFPを発現させたところ、大腸菌及び酵母の増殖を抑制することに成功した。
【0009】
上記方法は、発現すべきタンパク質は任意のタンパク質でよく、さらにタンパク質に含めるべきコドンや標的細胞の選択は既存のデータベースを利用することができることから、標的細胞及び発現すべきタンパク質の種類が制限されることがなく、さらに発現すべきタンパク質に含められるべきコドンを決定する予備実験を要しない方法である。
【0010】
さらに、本願発明者らは、鋭意研究を進めて、上記DNAの発現をウイルス感染時に機能するプロモーターであるpspプロモーターによって制御されるベクターを構築し、次いでこのベクターを標的細胞に導入して形質転換体を作製し、次いでこの形質転換体にウイルスを感染させた。その結果として、本願発明者らは、このベクターを導入した標的細胞内ではウイルスは増殖しないことを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成された発明である。
【0011】
したがって、本発明によれば、標的細胞の増殖を抑制する方法であって、
前記標的細胞に任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入する工程、及び
前記DNAを導入した標的細胞において、前記DNAにコードされたタンパク質を発現させる工程を含み、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記方法が提供される。
【0012】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法の好ましい態様は、前記使用頻度が、0.15以下である。
【0013】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法の好ましい態様は、前記三塩基連鎖のコドンが、1種類のアミノ酸について1種類のコドンである。
【0014】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法の好ましい態様は、前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アラニン、アルギニン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、スレオニン、及びバリンからなる群から選ばれる少なくとも3種のアミノ酸であり、より好ましくは、アルギニン、ロイシン及びバリンである。
【0015】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法の好ましい態様は、前記三塩基連鎖が、少なくとも80個の三塩基連鎖である。
【0016】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法の好ましい態様は、前記DNAが、インターフェロン制御因子遺伝子のプロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、インターフェロン応答プロモーター若しくはファージショックプロテイン(psp)プロモーター、及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAである。
【0017】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法の好ましい態様は、前記DNAが、ベクターに挿入されて前記標的細胞に導入される。
【0018】
本発明の別の側面によれば、ウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法であって、
標的細胞に、インターフェロン制御因子遺伝子のプロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、インターフェロン応答プロモーター若しくはファージショックプロテイン(psp)プロモーター、及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入して、形質転換体を得る工程を含み、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記方法が提供される。
【0019】
本発明のウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法の好ましい態様は、前記使用頻度が、0.15以下である。
【0020】
本発明のウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法の好ましい態様は、前記三塩基連鎖のコドンが、1種類のアミノ酸について1種類のコドンである。
【0021】
本発明のウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法の好ましい態様は、前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アラニン、アルギニン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、スレオニン、及びバリンからなる群から選ばれる少なくとも3種のアミノ酸である。
【0022】
本発明のウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法の好ましい態様は、前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アルギニン、ロイシン及びバリンである。
【0023】
本発明のウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法の好ましい態様は、前記三塩基連鎖が、少なくとも80個の三塩基連鎖である。
【0024】
本発明の別の側面によれば、任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを発現可能な状態で含むベクターであって、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記ベクターが提供される。
【0025】
本発明の別の側面によれば、任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを挿入可能なベクターであって、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記ベクターが提供される。
【0026】
本発明のベクターの好ましい態様は、前記使用頻度が、0.15以下である。
【0027】
本発明のベクターの好ましい態様は、前記三塩基連鎖のコドンが、1種類のアミノ酸について1種類のコドンである。
【0028】
本発明のベクターの好ましい態様は、前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アラニン、アルギニン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、スレオニン、及びバリンからなる群から選ばれる少なくとも3種のアミノ酸である。
【0029】
本発明のベクターの好ましい態様は、前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アルギニン、ロイシン及びバリンである。
【0030】
本発明のベクターの好ましい態様は、前記三塩基連鎖が、少なくとも80個の三塩基連鎖である。
【0031】
本発明の別の側面によれば、本発明のベクターを有効成分として含む標的細胞の増殖抑制剤が提供される。
【0032】
本発明のベクターの好ましい態様は、前記DNAが、インターフェロン制御因子遺伝子のプロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、インターフェロン応答プロモーター若しくはファージショックプロテイン(psp)プロモーター、及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAである。
【0033】
本発明の別の側面によれば、本発明のベクターを有効成分として含むウイルスの増殖抑制剤又は増殖予防剤が提供される。
【発明の効果】
【0034】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法によれば、発現すべきタンパク質は任意のタンパク質でよく、さらにコドンや標的細胞の選択は既存のデータベースを利用することができることから、標的細胞及び発現すべきタンパク質の種類が制限されることがなく、さらに発現すべきタンパク質に含められるべきコドンを決定する予備実験を実施せずに、標的細胞の増殖を抑制することや標的細胞に感染したウイルスの増殖を抑制することができる。本発明のウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法によれば、標的細胞及び発現すべきタンパク質の種類が制限されることがなく、さらに発現すべきタンパク質に含められるべきコドンを決定する予備実験を実施せずに、ウイルス耐性を有する形質転換体を作製することができる。本発明のベクターは、本発明の上記方法に利用できる他に、標的細胞の増殖抑制剤やウイルスの増殖抑制剤及び増殖予防剤の有効成分とすることができる。例えば、本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法や標的細胞の増殖抑制剤は、ヒト細胞の増殖及び該ヒト細胞に感染したウイルスの増殖を抑制することができる。
【0035】
本発明のいずれの態様においても、細胞内で通常行われている生物活動に沿った遺伝子発現系を利用している。したがって、本発明による増殖抑制効果や増殖予防効果を、標的細胞やウイルスが突然変異を起こすことにより回避することは困難である。よって、本発明の方法並びに増殖抑制剤及び増殖予防剤は、高効率で細胞又はウイルスの増殖を抑制することができるものであるといえる。ウイルス感染と拡大の抑制は世界で最も懸念されている課題の一つであるが、現在の知られているウイルスを制御する方法及び薬剤では、特定のウイルスのみの防御を目標としており、変異したウイルスや他の近縁種ウイルスの感染や拡大の防止には有効ではない。それに対して、本発明の方法並びに増殖抑制剤及び増殖予防剤は、細胞内でのウイルスタンパク質合成を抑えることができるために、宿主細胞のタンパク質合成システムを利用するウイルス(すなわち、変異したものを含む全てのウイルス)の拡大防止に有効である。さらに、本発明の方法並びに増殖抑制剤及び増殖予防剤は、ウイルス感染に応答するプロモーターと組み合わせる事によって、様々な生物に応用できる。その結果、ウイルス感染した細胞の増殖も抑制することができる。本発明の方法並びに増殖抑制剤及び増殖予防剤を応用すれば、バイオリアクター等で培養される微生物の増殖制御も期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法は、標的細胞に任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入し、次いでDNAを導入した標的細胞において、DNAにコードされたタンパク質を発現させることにより、標的細胞の増殖を抑制する。
【0037】
任意のタンパク質をコードする領域は、任意のタンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である三塩基連鎖を含む。より詳しくは、任意のタンパク質をコードする領域は、任意のタンパク質を構成する1又は2以上の種類の2以上のアミノ酸をそれぞれ規定する1又は2以上の種類の2以上のコドンにそれぞれ相補的な三塩基連鎖からなる。ただし、この三塩基連鎖の一部又は全部は、標的細胞内において濃度が低いと予測されるtRNAに対応するコドン、例えば、標的細胞において使用頻度が所定以下、好ましくは0.2以下、より好ましくは0.18以下、さらに好ましくは0.15以下のコドンに相補的な三塩基連鎖である。
【0038】
コドンとは、通常当業界において用いられている用語と同義であり、例えば、mRNAに含まれる、タンパク質を構成するアミノ酸を規定するための情報をもつ三塩基連鎖ということができる。一種のコドンは一種のアミノ酸を規定するが、一種のアミノ酸は1又は複数のコドンによって規定されている。例えば、ヒトにおいて、ロイシンを規定するコドンは、UUA、UUG,CUU、CUC、CUA、CUGの6種ある。したがって、コドンに相補的な三塩基連鎖とは、例えば、上記ロイシンを規定するコドンを例に出せば、AAT、AAC、GAA、GAG、GAT、GACが上記ロイシンを規定するコドンに相補的な三塩基連鎖となる。
【0039】
一種のアミノ酸を規定するコドンにおける各コドンの使用頻度は、通常は、標的細胞によって相違する。例えば、ヒト細胞において、ロイシンを規定するコドンの使用頻度は、UUAが0.08、UUGが0.13、CUUが0.13、CUCが0.20、CUAが0.07、CUGが0.40である。したがって、ヒト細胞において、ロイシンを規定するコドンの中でCUAが最も使用頻度が高く、UUAが最も使用頻度が低いといえる。コドンの使用頻度は、生物種又は細胞種によって異なり、例えば、下記URL:http://www.kazusa.or.jp/codon/にて調べることができる。コドンの使用頻度の例として、表1にヒト(Homo sapiens)のコドン使用頻度を示す。表1において、fractionが使用頻度を表す。
【表1】

【0040】
本明細書において、いかなる特定の理論や推測に拘泥するわけではないが、本発明の細胞の増殖を抑制する方法のメカニズムは以下の如く推測される。
本願発明者らは、標的細胞において、外来タンパク質を発現することにより細胞増殖が抑制されるという事象について鋭意研究を進めた。その中で、本願発明者らは、標的細胞において使用頻度の低いコドンを含むmRNAによってコードされる任意のタンパク質を発現することにより、標的細胞の増殖を抑制することができることを見出した。これは、上記任意のタンパク質の発現により、標的細胞における使用頻度の低いコドンに対応するtRNAを独占し、該使用頻度の低いコドンを含むmRNAによってコードされる細胞増殖等の生物活動に関連するタンパク質の発現を抑制することができるからだと、本願発明者らは予測している。
【0041】
以上の予測をまとめた観念図を図1とした。低使用頻度コドン(low usage codons)に対応するtRNAが、低使用頻度コドンを多く含む変異GFP遺伝子のmRNAによって独占される(図1の下向き矢印)。その結果、他の細胞内の遺伝子発現は、低使用頻度コドンに対応するtRNAが不足するために、翻訳段階で停止し(図1の上向き矢印)、最終的に増殖などの細胞内の生命活動が抑制される。
【0042】
本願発明者らは、以上の予測について、細胞内では、使用頻度の高いコドンに対応するtRNAの濃度は高く、使用頻度の低いコドンに対応するtRNAの濃度は低いという事実で裏付けられると信じている。本願発明者らはさらに研究を進めて、上記予測の通りに、標的細胞において使用頻度が所定の値以下のコドンを一部に含むmRNAによってコードされるタンパク質を標的細胞内で発現させることにより、標的細胞の増殖を抑制できることを見出し、本発明を完成させた。本発明の細胞の増殖を抑制する方法の戦略は、コンピューターシステムやネットワークに対する「サービス拒否(DoS)攻撃」と似ているかもしれない。生体系へのDoS攻撃により生物学的活動をコントロールするという戦略は、本願発明者らによってはじめて生み出され、そして試みられたものである。
【0043】
以上の予測に基づけば、標的細胞において使用頻度が所定以下のコドンは、標的細胞において濃度が低いと予測されるtRNAを効率的に占有するために、1種類のアミノ酸について1〜3種類であることが好ましく、1〜2種類であることがより好ましく、1種類であることがさらに好ましい。標的細胞において使用頻度が0.15以下のコドンが1種類のアミノ酸について1種類のコドンである場合の具体例としては、標的細胞がヒト細胞であり、標的細胞において使用頻度が0.15以下のコドンがロイシンであるとき、UUA(使用頻度:0.08)、UUG(使用頻度:0.13)、CUU(使用頻度:0.13)、及びCUA(使用頻度:0.07)からなる群から選ばれるいずれか一種のコドンを挙げることができる。
【0044】
1種類のアミノ酸を規定するコドンの数が多いと、コドンの使用頻度の高低が生じやすい。そこで、標的細胞において使用頻度が所定以下のコドンによって規定されるアミノ酸の種類としては、例えば、4種又は6種のコドンによって規定されるアミノ酸が好ましく、標的細胞の種類によっては、アラニン、アルギニン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、スレオニン及びバリンがより好ましく、アルギニン、ロイシン及びバリンがさらに好ましい。
【0045】
標的細胞において使用頻度が所定以下のコドンによって規定されるアミノ酸の種類の数は、フレームシフト変異等のDNA修復を鑑みると、3種以上が好ましく、4種以上がより好ましく、5種以上がさらに好ましく、6種以上がなおさらに好ましい。
【0046】
標的細胞において使用頻度が所定以下のコドンの数及び種類は、標的となる細胞の種類によってコドンの使用頻度が異なることから、生物種によって適宜調整され得る。任意のタンパク質をコードする領域の好ましい例として、標的細胞において使用頻度が所定以下である、5個のアルギニン、11個のロイシン及び14個のバリンを規定する各1種類のコドンに相補的な三塩基連鎖を含む領域を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
【0047】
標的細胞において使用頻度が所定以下のコドンに相補的な三塩基連鎖の数は、標的となる細胞の種類によってコドンの使用頻度が異なることから、生物種又は細胞種によって適宜調整され得るものであり、さらに任意のタンパク質を標的細胞内で発現させることにより標的細胞の増殖を抑えることができれば特に制限されるものではないが、例えば、80個以上が好ましく、90個以上がより好ましく、100個以上がさらに好ましい。
【0048】
標的細胞内で発現すべき任意のタンパク質の種類は特に制限されるものではなく、例えば、標的細胞における内在性及び外在性のいずれのタンパク質であってもよいが、例えば、標的細胞の通常の活動において発現しているものが好ましく、標的細胞内で恒常的に発現しているものがより好ましい。標的細胞の通常の活動とは、標的細胞の生物学上の一般的な活動を制限なく包含するものであり、例えば、DNAの複製や修復、栄養物質の取り込みや排出、酵素の発現、細胞増殖、外来細胞への攻撃や排除、出芽、胞子形成などが挙げられるがこれらに限定されるものではない。標的細胞内で恒常的に発現しているタンパク質としては、ハウスキーピング遺伝子によって発現されるものが含まれる。ハウスキーピング遺伝子によって発現されるタンパク質とは、ほとんど全ての細胞で発現しているタンパク質であり、例えば、ハウスキーピング遺伝子に予期せぬ発現誘導や未知の物質による発現誘導があったとしても、自身の発現量によって影響を受けることがないと予測されるタンパク質を挙げることができる。ハウスキーピング遺伝子の例としては、βアクチンやGlyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)(グリセルアルデヒド三リン酸デヒドロゲナーゼ)などを挙げることができるがこれらに限定されるものではない。標的細胞がヒト細胞である場合において、本発明の方法に用いられるβ−アクチン遺伝子及びGAPDH遺伝子の好ましい具体例をそれぞれ配列表の配列番号7及び8とした。
【0049】
任意のタンパク質は、標的細胞における発現において、機能を有した状態でもよいし、なんら機能を有さない状態でもよい。例えば、任意のタンパク質を特定の触媒機能を有する酵素とする場合、標的細胞内で発現した該酵素は、該触媒機能を発揮し得るものであっても発揮し得ないものでもどちらでもよい。
【0050】
任意のタンパク質としては、例えば、抑制すべき形質が明確である場合、発現誘導型遺伝子によって発現されるタンパク質を好ましく用いることができる。発現誘導型遺伝子は、発現プロファイルが十分に解析されているため、発現量の推定が容易であるという利点がある。ただし、未知の発現誘導物質などによる発現誘導が生じる可能性もあることを考慮しなければならない。発現誘導型遺伝子によって発現されるタンパク質の例として、免疫グロブリンやサイトカインで誘導されるチロシンキナーゼ、酸化ストレス誘導型Mitogen activated protein kinase(MAPK)などが挙げられるがこれらに限定されるものではない。標的細胞がヒト細胞である場合において、本発明の方法に用いられるチロシンキナーゼ遺伝子及びMAPK遺伝子の好ましい具体例をそれぞれ配列表の配列番号9及び10とした。
【0051】
任意のタンパク質の具体例として、標的細胞が癌細胞である場合、標的細胞内で高発現しているタンパク質、例えば、上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor; EGFR)、platelet-derived growth factor receptor (PDGFR)、vascular endothelial growth factor receptor (VEGFR)などのチロシンキナーゼ型受容体タンパク質;Src-family、Syk-ZAP-70 family、BTK familyなどの細胞内チロシンキナーゼ(Cytoplasmic tyrosine kinases);Ras proteinなどの調節性GTPases;Raf kinase、cyclin-dependent kinasesなどの細胞内セリン/スレオニンキナーゼ及びこれらの調節サブユニット;シグナル伝達系のアダプタータンパク質(Adaptor proteins);myc、etsなどの転写因子(Transcription factors)などを挙げることができる。
【0052】
任意のタンパク質の発現状況をモニタリングするために、任意のタンパク質のN末端側又はC末端側に緑色蛍光タンパク質(GFP)、DsRed、ルシフェラーゼなどのレポータータンパク質を連結させて融合タンパク質の態様で用いることも好ましい。さらに、これらのレポータータンパク質のみを任意のタンパク質として用いることもできる。GFPは、各種の細胞において発現することが確認されているために、レポータータンパク質の好ましい例として挙げることができる。標的細胞を大腸菌とした場合に、本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法に用いられる好適なGFP遺伝子の具体例を配列表の配列番号1及び2とした。さらに、標的細胞を酵母とした場合における、本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法に用いられる好適なGFP遺伝子の具体例を配列表の配列番号5とした。
【0053】
標的細胞内での任意のタンパク質の発現は、通常、標的細胞内における任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを鋳型とするmRNAへの転写を介して行われる。すなわち、任意のタンパク質の発現は、標的細胞内において、分子生物学上のセントラルドグマとして定着している、DNA情報がmRNAに転写され、次いでmRNAの情報がタンパク質に翻訳されることにより行われる。なお、標的細胞が真核生物である場合は、mRNAの情報がタンパク質に翻訳される際に、スプライシングなどの種々のプロセッシングが行われ得る。
【0054】
任意のタンパク質の発現量は、標的細胞の活動状況によってtRNA濃度が変化することや、任意のタンパク質をコードするmRNAに含まれる同義コドンの数及び種類により影響を受けることから、特に制限されるものではないが、例えば、0.018pg/cell以上が好ましく、0.030pg/cell以上がより好ましく、0.050pg/cell以上がさらに好ましい。
【0055】
任意のタンパク質がGFPである場合、任意のタンパク質の発現量は、以下の方法によって確認することができる。
培養後の細胞を遠心分離(8,000 rpm、1分、4℃)し、次いでPBS緩衝液(75 mMのリン酸ナトリウム、67 mMのNaCl(pH7.4))で洗浄し、次いでPBS緩衝液に懸濁したものをGFP測定用サンプルとする。GFP発現量は、Becton Dickinson FACSCaliburフローサイトメトリーを使って30,000個の細胞により測定する。
【0056】
任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAの合成方法は、これまでに知られているDNA合成方法を制限なく利用することができる。DNA合成の具体例としては、野生型の任意のタンパク質のアミノ酸配列又は該タンパク質をコードする領域を含むDNAの塩基配列の情報を基に、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法などによって化学合成する方法〔J. Am. Chem. Soc., 89, 4801 (1967);同 91, 3350 (1969);Science, 150, 178 (1968);Tetrahedron Lett., 22, 1859 (1981);同 24, 245 (1983)〕及び野生型の任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAの塩基配列に対して部位特異的突然変異を導入する方法〔Methods in Enzymology, 154, 350, 367-382 (1987);同 100, 468 (1983);Nucleic Acids Res., 12, 9441 (1984);続生化学実験講座1「遺伝子研究法II」、日本生化学会編, p105 (1986)〕などの遺伝子工学的な方法、並びにこれらを組合せた方法などが挙げられる。例えば、DNAの合成は、ホスホルアミダイト法又はトリエステル法による化学合成によることもでき、市販されている自動オリゴヌクレオチド合成装置上で行うこともできる。さらに、化学合成により得た一本鎖生成物から、相補鎖を合成し、適当な条件下で該鎖を共にアニーリングさせるか、又は適当なプライマー配列と共にDNAポリメラーゼを用いて相補鎖を複製し、二本鎖断片を得ることもできる。
【0057】
任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAは、例えば、標的細胞の核内、特に染色体内に直接導入することもできるが、通常は適当なベクター中に挿入した上で、標的細胞に導入される。ベクターは、例えば、自立的に複製することが可能なものでもよいし、標的細胞に導入された際に標的細胞の染色体に組み込まれ、染色体と共に複製されるものであってもよいが、好ましくは発現ベクターである。発現ベクターの具体例として、プラスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクターなどを挙げることができる。任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAは、発現ベクターにおいて転写に必要な要素(例えば、プロモーター等)とともに機能的に連結される。プロモーターは標的細胞において転写活性を示すDNA配列であり、標的細胞の種類に応じて適宜選択することができる。
【0058】
プラスミドベクターの具体例としては、pTAK、pIKE、pTSMb1、pYES2、pAUR112、pET21a、pRSETA、pCR8、pBR322、pBluescript II SK(+)、pUC18、pCR2.1、pLEX、pJL3、pSW1、pSE280、pSE420、pHY300PLK、pTZ4、pC194、pUB110、pHV14、TRp7、YEp7、pBS7などが挙げられ;ファージベクターの具体例としては、Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP、ρ11、φ1、φ105などが挙げられ、ウイルスベクターの具体例としては、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、ワクシニアウイルスなどの動物感染性ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫感染性ウイルスが挙げられるが、標的細胞との間で宿主−ベクター発現系が確立されているものであれば、これらに限定されるものではない。
【0059】
プロモーターとしては、標的細胞中において機能することができるプロモーターであれば特に制限されないが、例えば、大腸菌においてはラクトースオペロン(lac)、トリプトファンオペロン(trp)などのプロモーターやtacプロモーターを挙げることができ;枯草菌においてはバチルス・ステアロテルモフィルス(Bacillus stearothermophilus)のマルトジェニックアミラーゼ遺伝子、バチルス・リケニホルミス(Bacillus licheniformis)のαアミラーゼ遺伝子、バチルス・アミロリケファチエンス(Bacillus amyloliquefaciens)のBANアミラーゼ遺伝子などのプロモーターを挙げることができ;酵母ではアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子(ADH)、酸性フォスファターゼ遺伝子(PHO)、ガラクトース遺伝子(GAL)、グリセロアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(GPD)などのプロモーターなどを挙げることができ;カビではα−アミラーゼ遺伝子(amy)、セロビオハイドロラーゼI遺伝子(CBHI)などのプロモーター、ADH3プロモーター、tpiAプロモーターなどを挙げることができ;哺乳動物細胞では、SV40プロモーター、MT−1(メタロチオネイン遺伝子)プロモーター、アデノウイルス2主後期プロモーターなどを挙げることができ;昆虫細胞では、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーター、オートグラファ・カリホルニカ・ポリヘドロシス塩基性タンパクプロモーター、バキュウロウイルス即時型初期遺伝子1プロモーター、バキュウロウイルス39K遅延型初期遺伝子プロモーターなどを挙げることでき、その他としてはラムダファージのPRプロモーター、PLプロモーターなどを挙げることができる。プロモーターとしては、細胞の癌化、遺伝子の異常発現、ウイルスの感染などの所望のストレスによって機能するものが好ましい。ウイルスの感染によって機能するプロモーターについては後述する。
【0060】
発現ベクターは選択マーカーを含有してもよい。選択マーカーとしては、例えば、薬剤耐性マーカー、栄養要求マーカーを使用することができる。選択マーカーの具体例としては、標的細胞が細菌の場合はアンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子などを挙げることができ、酵母の場合はジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)遺伝子、シゾサッカロマイセス・ポンベTPI遺伝子、トリプトファン合成遺伝子(TRP1)、ウラシル合成遺伝子(URA3)、ロイシン合成遺伝子(LEU2)などが挙げられ、カビの場合はハイグロマイシン耐性遺伝子(Hyg)、ビアラホス耐性遺伝子(Bar)、硝酸還元酵素遺伝子(niaD)などが挙げられる。
【0061】
発現ベクターは、任意のタンパク質の発現に必要なDNA配列、例えばプロモーター、エンハンサー、リボソーム結合部位、分泌シグナル配列、ターミネーターなどを適当な順で連結していることことが好ましい。
【0062】
非発現ベクターとしては、リポソーム、人工脂質ベシクル、デンドリマーなどの高分子化合物等が挙げられる。この場合、市販の導入用試薬(リポフェクチン、リポフェクトアミン、DMRIE−C (Invitrogen社製)、Metafectene、DOTAP(BioTex社製)、Tfx試薬(Promega社製)等を利用することが望ましい。
【0063】
標的細胞にベクターを導入する方法としては、これまでに知られている方法を制限なく用いることができ、標的細胞やベクターに適した方法を適宜選択すればよく、例えば、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、カルシウムイオンを用いる方法などを利用することができる。
【0064】
上記した以外にも、任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAをベクターに挿入する方法やベクターを標的細胞に導入する方法などは、これまでに知られているものを制限なく使用でき、例えば、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989(以下、モレキュラークローニング第2版と略す)、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)(以下、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジーと略す)などに記載されている方法に準じて行うことができる。
【0065】
標的細胞は、任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入され得るものである限りにおいて制限されるものではなく、あらゆる生物体の細胞、その集合体である組織及び臓器、並びにそれらの一部を包含する。標的細胞を有する生物体としては、例えば、人間、犬、猫、馬、豚、羊、ウサギ、モルモット、マウス、ラット等の哺乳動物、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、植物、並びに細菌、又はウイルス等の微生物をも包含する概念である。これらのうちでは、例えば、癌細胞を生じやすい動物、好ましくは哺乳類、特に好ましくは人間を対象とする。
【0066】
標的細胞である細胞、組織及び臓器としては、例えば、小脳、大脳皮質、脳下垂体、神経細胞、神経芽細胞、単核球の血液細胞、卵母細胞、胚細胞、肝臓、膵臓、肺、小腸組織、リンパ球、膵β細胞、脂肪細胞、肝細胞、繊維芽細胞、粘膜上皮細胞、造血幹細胞、表皮系細胞、中枢神経、末梢神経、骨髄、リンパ管、血管、心臓(心筋、弁)、脾臓、食道、胃、大腸、腎臓、膀胱、子宮、卵巣、精巣、横隔膜、筋肉、腱、皮膚、眼、鼻、気管、舌、唇など、及びそれらの一部を挙げることができる。
【0067】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法は、細胞周期の異常に起因すると考えられている疾患、例えば、癌、自己免疫疾患、神経変性疾患、発生異常や染色体異常に基づく疾患等の予防及び/又は治療に応用可能である。癌としては、例えば胃癌、大腸癌、乳癌、肺癌、食道癌、前立腺癌、肝癌、腎臓癌、膀胱癌、皮膚癌、子宮癌、脳腫瘍、骨肉種、又は骨髄腫瘍等が、自己免疫疾患としては、例えば慢性関節リウマチ、多発性硬化症、重症筋無力症、甲状腺炎、多発性筋炎、全身性エリテマトーデス、ベーチェット病、バセドー病等が、神経変性疾患としては、例えばアルツハイマー病やパーキンソン病等が挙げられる。また、発生異常や染色体異常に基づく疾患としては、例えば遺伝子病、配偶子病、胎芽病、胎児病流産、Down症候群、Turner症候群等が挙げられる。上記の疾患はあくまで例示でありこれらに限定されるものではない。本発明の方法は、上記疾患の発症を予防することを目的として、あるいは上記疾患を発症した患者に対しては症状の悪化の防止又は症状の軽減などを目的として応用することができる。
【0068】
標的細胞の増殖抑制は、通常知られる細胞増殖の確認方法により細胞増殖の有無を検出して確認することができる。細胞増殖の確認方法としては、例えば、標的細胞を適当な培地で培養して得た培養物をサンプリングして、サンプリング液を顕微鏡で観察する方法、サンプリング液を適当な固体培地上に塗沫してコロニーを形成させる方法、サンプリング液の吸光度(例えば、OD660nm)を測定する方法、サンプリング液中の生育に関連する酵素や遺伝子の活性を測定する方法、サンプリング液を乾燥して乾燥菌体重量を測定する方法、及びこれらを組み合わせた方法などを挙げることができるが、簡便であることから吸光度で測定する方法が好ましい。
【0069】
任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAは、さらにウイルス感染に応答して働くプロモーターや配列、例えば、インターフェロン制御因子遺伝子プロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、インターフェロン応答プロモーター、ファージショックプロテイン(psp)プロモーターを含み得る。これらのプロモーターの好ましい具体例は、ファージ感染時に発現するプロモーターである、pspプロモーターである。
【0070】
インターフェロン制御因子(interferonregulatoryfactor)は、多くのインターフェロン誘導遺伝子のプロモーター領域に存在するIRF−E及びISREと呼ばれる領域を標的とする転写制御因子ファミリーであり、IRFと略される。IRFは、末端のアミノ酸部分において高い相同性を示す因子であり、これまでにIRF1〜10までの10種類が報告されている。例えば、IRF1は、癌抑制遺伝子として働き、細胞増殖やアポトーシスの制御に重要な役割を担うと言われている。IRF3は、ウイルス感染やTLR3、TLR4からのシグナルにより活性化されたインターフェロンβ遺伝子の発現を調節していると言われている。IRF7はインターフェロンα依存性の免疫応答の主要な制御因子と言われている。インターフェロン制御因子遺伝子プロモーターは、インターフェロン制御因子の遺伝子の転写を制御するプロモーターであり、好ましい例としてはウイルス感染により活性化されるIRF3遺伝子の転写を制御するプロモーターを挙げることができる。
【0071】
インターフェロン遺伝子プロモーターは、インターフェロン遺伝子の転写を制御するプロモーターであり、好ましい例としてはインターフェロンα、β、及びγの各遺伝子の転写を制御する遺伝子を挙げることができる。
【0072】
インターフェロン応答配列(interferon-stimulated response element)は、インターフェロンα/β及びγ刺激によって誘導される一群の遺伝子(インターフェロン誘導型遺伝子)の転写調節領域に存在するインターフェロン応答性の発現誘導に重要な12〜15塩基のDNA配列であり、ISREと略される。ISREの共通配列はAGAAACNNAAACN(A/G)である(配列表の配列番号11)。したがって、ISREは、配列表の配列番号11に記載の配列を有するものであれば特に制限されない。このインターフェロン応答配列を有するプロモーターがインターフェロン応答プロモーターである。なお、インターフェロン刺激によって誘導される転写因子ISGF3(IRF‐9を含む複合体)およびIRF−1を始めとするIRFファミリー転写因子(IRF−2、ICSBPなど)がこの部位に結合し、転写を制御すると考えられている。
【0073】
インターフェロン制御因子遺伝子プロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、及びインターフェロン応答プロモーターについてのさらなる詳細な情報については、公知文献、例えば、村松ら編集、分子生物学辞典第2版、(2008)、pp.95-96;Paun A, Pitha PM, Biochimie. 2007 89(6-7):744-53;Ozato K, Tailor P, Kubota T., J Biol Chem. 2007 282(28):20065-9;Hiscott J, Pitha P, Genin P, Nguyen H, Heylbroeck C, Mamane Y, Algarte M, Lin R., J Interferon Cytokine Res. 1999 19(1):1-13などにより参照することができる。
【0074】
一般的に、免疫細胞にウイルスが感染すると、細胞内のウイルス感染を検知する役目を担うセンサータンパク質が活性化する。このセンサータンパク質は、他の因子とも結合して転写活性因子となる。この転写活性化因子によって、共通配列IRF3を始めとする活性化因子結合配列を持つインターフェロン制御因子が発現されて、次いでインターフェロンが生産される。インターフェロンが生産されると他の免疫細胞が活性化し、抗ウイルス作用を有するタンパク質が生産される。
【0075】
任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAが、上記のウイルス感染に応答して働くプロモーターや配列を含む場合、任意のタンパク質をコードする領域は、ウイルス感染に応答して働くプロモーター等の下流に機能的に連結される。ウイルス感染に応答して働くプロモーター等と機能的に連結された任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを標的細胞に導入すると、標的細胞にウイルスが感染した場合に、標的細胞内で任意のタンパク質が発現する。これにより、標的細胞の増殖が抑制されるだけでなく、ウイルスの増殖もまた抑制することができる。
【0076】
ウイルス感染に応答して働くプロモーター及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAの好ましい例としては、図14に記載の遺伝子誘導系を挙げることができる。図14に記載のベクターpPALは、ColE1とアンピシリン耐性遺伝子を持ち、pspオペロン修飾プロモーターの下流に、使用頻度が所定以下のコドンに相補的な塩基配列で置換した任意のタンパク質であるGFPをコードする領域の塩基配列(lgfp遺伝子)を連結させてなる。pPALを有する細胞は、ウイルス(ファージ)に感染すると、lgfpを発現する。lgfpの発現によってファージタンパク質合成系が抑制され、結果として標的細胞とファージの増殖が抑制される。なお、図14において、pPAHはpPALのlgfpの代わりにhgfpを配置したものであり、対照として用いられる。
【0077】
ウイルス感染により誘導される遺伝子誘導系は、通常知られる方法を制限なく用いて構築することができる。図14に記載の遺伝子誘導系は一例であり、ウイルス感染により活性化するプロモーターやそれに続くRep結合部位(Rep binding site;RBS)、複製起点などはこれまでに知られているものを制限なく用いることができる。抗生物質耐性遺伝子についても上記に示した如く種々のものを用いることができるが、この遺伝子誘導系を哺乳細胞内で利用する場合は、抗生物質耐性遺伝子を除外することが好ましい。
【0078】
ウイルス感染時のベクターのコピー数は、低コピー数の場合はウイルスタンパク質合成系を抑制できない可能性があり、また、高コピー数の場合はベクターが細胞外に排除される可能性が高くなることから、例えば、5〜10000が好ましく、10〜700がより好ましく、20〜500がさらに好ましく、20〜200がなおさらに好ましい。
【0079】
ウイルスの増殖抑制を確認するためには、ウイルスの増殖を確認する方法、感染させた細胞の増殖を確認する方法、又はそれらを組み合わせた方法が利用できる。ウイルスの増殖を確認する方法としては、例えば、以下のプラーク法が挙げられる。
ウイルス溶液は、ウイルス及び細胞を含む培養液から非溶解細胞を遠心分離(8,000rpm、10分、4℃)により除去した後、孔径0.2μmのメンブレンフィルターで濾過し、調製する。ウイルス溶液にウイルスに適した宿主細胞を混合し、次いで混合した液をウイルスの生育に適した固体培地に塗沫し、さらに適当な固体培地を重層して、ウイルス及び宿主細胞に適した温度で培養する。培養後、プラーク形成数(pfu)を測定し、ウイルス濃度を算出する。
【0080】
本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法は、上記した疾患以外にも、ウイルスに起因すると考えられている疾患、例えば、ウイルス性肝炎(A型、B型、C型、E型、G型、TTV型)、アデノウイルス感染症、インフルエンザ、ウイルス性肺炎、ウイルス性気管支炎、ヘルペス感染症(単純ヘルペス、EBウイルス(伝染性単核症)、帯状疱疹)、ポリオ、エイズ(HIV感染症)、成人T細胞白血病(ATL)、パピローマ、麻疹、風疹、突発性発疹、伝染性紅斑、ウイルス性脳炎、ウイルス性髄膜炎、サイトメガロウイルス感染症、流行性耳下腺炎、水痘、狂犬病、ウイルス性腸炎、ウイルス性心膜炎、コクサッキーウイルス感染症、エコーウイルス感染症、腎症候性出血熱、ラッサ熱、SARSウイルス感染症などにも有効である。上記の疾患はあくまで例示でありこれらに限定されるものではない。本発明の標的細胞の増殖を抑制する方法は、上記疾患の発症を予防することを目的として、又は上記疾患を発症した患者に対しては症状の悪化の防止若しくは症状の軽減などを目的として応用することができる。
【0081】
本発明の別の態様として、標的細胞に、ウイルス感染に応答して働くプロモーター等及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入して、形質転換体を得る工程を含む、ウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法が提供される。
【0082】
ウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法によれば、ウイルスに対して耐性を有し、結果として、ウイルス感染による種々の疾病を抑制又は軽減し得る形質転換体を作製することができる。形質転換体の好ましい例として、形質転換植物を挙げることができる。本発明のウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法によれば、植物感染性ウイルス、例えば、線虫伝播性ウイルス:ネポウイルス:アラビノモザイクウイルス、ブドウファンリーフウイルス、トマト黒色輪点ウイルス、イチゴ舌輪点ウイルス、トマト輪点ウイルス、及びタバコ輪点ウイルス;トブラウイルス:Pea early browningウイルス、タバコラットルウイルス及びコショウ輪点ウイルス;真菌伝播性ウイルス:キュウリ緑斑ウイルス、キュウリ黄化えそ病ウイルス、メロンえそ斑点ウイルス、アカクローバえそモザイク病ウイルス、カボチャえそウイルス、タバコ黄斑えそ病サテライトウイルス、レタスビッグベインウイルス、ペッパーイエローベインウイルス、ビートえそ性葉脈黄化ウイルス、ビート土壌伝染性ウイルス、オートムギ縞萎縮病ウイルス、ナンキンマメ斑紋ウイルス、ジャガイモモップトップウイルス、イネ縞葉枯病壊死ウイルス、土壌伝染性コムギ縞萎縮病ウイルス、オオムギマイルドモザイクウイルス、オオムギ黄萎ウイルス、オートムギモザイクウイルス、イネ壊死モザイクウイルス、コムギ条斑病モザイクウイルス及びコムギ黄萎モザイクウイルス;根の損傷によって伝播するウイルス:トバモウイルス属:タバコモザイクウイルス、トマトモザイクウイルス、キュウリ緑斑モザイクトバモウイルス、キュウリ果斑モザイクウイルス、キュウリ緑斑モザイクウイルス、オンドグロッサムリングスポットウイルス、パプリカ弱斑ウイルス、コショウ弱斑ウイルス、オオバコモザイクウイルス及びタバコ弱緑斑モザイクウイルス;及び未知の経路によって伝播するウイルス:オランダガラシ黄斑ウイルス、ソラマメネクロティックウイルトウイルス、ピーチロゼットモザイクウイルス、サトウキビ退録条斑病ウイルス、ウイルス科:カリモウイルス科、ジェミニウイルス科、サーコウイルス科、レオウイルス科、タルチチウイルス科、ブロモウイルス科、コモウイルス科、ポチウイルス科、トンブスウイルス科、セクイウイルス科、クロストロウイルス科及びルテオウイルス科;トバモウイルス、トブラウイルス、ポテックスウイルス、カルラウイルス、アレクシウイルス、カピロウイルス、フォベアウイルス、トリコウイルス、ブドウウイルス、フロウイルス、ペクルウイルス、ポモウイルス、ベニーウイルス、ホルデイウイルス、ソベモウイルス、マラフィウイルス、チモウイルス、イダエオウイルス、オウルミウイルス、ウンブラウイルスなどのウイルスに対して耐性を有する形質転換植物を作製することができる。
【0083】
本発明の別の態様として、任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを発現可能な状態で含むベクター及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを挿入可能なベクター、並びにこれらのベクターを有効成分として含む標的細胞の増殖抑制剤が提供される。さらに、本発明の別の態様として、ウイルス感染に応答して働くプロモーター等及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを発現可能な状態で含むベクター、及びウイルス感染に応答して働くプロモーター等及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを挿入可能なベクター、並びにこれらのベクターを有効成分として含むウイルスの増殖抑制剤及び増殖予防剤が提供される。以下、本発明の標的細胞の増殖抑制剤並びにウイルスの増殖抑制剤及び増殖予防剤を、「本発明の薬剤」と呼ぶ場合がある。
【0084】
本発明の薬剤に含まれる有効成分であるベクターの量は、標的細胞の増殖、並びにウイルスの増殖を抑制及び予防できる量であれば特に制限されるものではないが、例えば、各剤に対して80〜100%が好ましい。本発明の薬剤は、ベクターを有効量含めば、固体又は液体のいずれの形態でも利用することができるが、これに薬学上許容される1又は2種以上の担体または添加剤を配合して、固体又は液体状の医薬組成物として調製することもできる。
【0085】
経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、点滴剤、座剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、軟膏剤、クリーム剤、貼付剤、経皮吸収剤、又は経粘膜吸収剤等を挙げることができる。上記の医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物としては、例えば、乳糖やオリゴ糖などの賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができるが、これらは医薬組成物の形態に応じて当業者が適宜選択することができ、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0086】
本発明の薬剤を癌又はウイルス性疾患の予防及び治療に用いる際には、本発明の標的細胞及びウイルスの増殖抑制剤だけでなく、一般的に適用可能な抗癌剤及び抗ウイルス剤などと併用することも望ましい。
【0087】
本発明の薬剤の好ましい形態として、注射剤を挙げることができる。注射剤としては、通常、非水溶媒(又は水溶性有機溶媒)を実質的に含まず、媒体が実質的に水である溶媒で溶解または希釈可能である。さらに、本発明の薬剤の好ましい形態として、凍結乾燥製剤(凍結乾燥した注射剤)もまた挙げることができる。このような凍結乾燥製剤であっても、注射用水(注射用蒸留水)、電解質液(生理食塩水など)などを含む輸液、栄養輸液などから選択された少なくとも1つの液体または溶媒により溶解可能であり容易に注射液を調製でき、その容器もガラス容器及びプラスチック容器などの通常知られる容器を使用できる。注射剤内容物の100重量部に対して本発明の薬剤を0.01重量部以上、好ましくは0.1〜10重量部含有することができる。
【0088】
本発明の薬剤の投与量及び投与回数などは特に限定されず、患者の年齢、体重、及び性別などの条件、並びに疾患の種類や重篤度、予防又は治療の目的などに応じて適宜選択可能である。通常は、非経口投与による場合には有効成分量として成人一日あたり0.01mg〜10,000mgが好ましく、0.1mg〜1000mgがより好ましく、0.1mg〜100mgがより好ましいが、斯く投与量を一日数回に分けて投与してもよい。
【0089】
本発明の薬剤は、上記のような医薬品としてだけでなく、医薬部外品、化粧品、機能性食品、栄養補助剤、飲食物などとして使用することができる。医薬部外品または化粧品として使用する場合、必要に応じて、医薬部外品または化粧品などの技術分野で通常用いられている種々の補助剤とともに使用され得る。あるいは、機能性食品、栄養補助剤、または飲食物として使用する場合、必要に応じて、例えば、甘味料、香辛料、調味料、防腐剤、保存料、殺菌剤、酸化防止剤などの食品に通常用いられる添加剤とともに使用してもよい。また、溶液状、懸濁液状、シロップ状、顆粒状、クリーム状、ペースト状、ゼリー状などの所望の形状で、あるいは必要に応じて成形して使用してもよい。これらに含まれる割合は、特に限定されず、使用目的、使用形態、および使用量に応じて適宜選択することができる。
【0090】
以下の実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0091】
1.実験材料及び方法
(1)使用菌株、ファージ、薬品およびプラスミド構築
人工GFP遺伝子、lgfpとhgfpは、gfpmut3遺伝子のアミノ酸配列を元に、コドン使用頻度データベース(Nakamura, Y., Gojobori, T. & Ikemura, T., (2000), Nucleic Acids Res. 28, 292)に基づき遺伝子配列を設計し、GenScript社(Piscataway、NJ、USA)に依頼し合成した。それぞれ、lgfpとhgfpのDNAシーケンスは、登録番号AB304879とAB30487で、DDBJ datebaseに登録されている。欠失変異遺伝子lgfpΔ1、lgfpΔ2とlgfpΔ3は、それぞれlgfp遺伝子のN末端から75%、50%と25%の長さを有し、PCRによってlgfp遺伝子を鋳型として増幅し、取得した。また、それぞれの人工欠失変異遺伝子のCAI値は下記URLのサイトを利用して計算した:http://www.evolvingcode.net/codon/cai/cai.php#146。細菌の実験に用いたすべてのプラスミドはpTAK、pIKEとpTSMb1プラスミド(J. J.コリンズ教授(ボストン大学、MA、USA)より寄贈された)を部品として、標準的なクローニング技術を用いて構築した(14, 29, 47)。pHGFP、pLGFP、pLGFPΔ1、pLGFPΔ2とpLGFPΔ3の各プラスミドは、pTAK132のPtrcプロモーターの下流に、それぞれhgfp(lgfp、lgfpΔ1、lgfpΔ2とlgfpΔ3を配置し、構築した。pYEG、pLGFP1とpLGFP2は、まずpYES2(インビトロゲン)のPGALプロモーターの下流にそれぞれyEGFP、lgfpとhgfp遺伝子を配置した後、PGAL-各gfp遺伝子-CYC1TT領域をPCRにより取得し、これをpAUR112(TAKARA)にクローニングし構築した。pLΔNGはpLGFPΔ1にpIKE107より切り出したtetR抑制gfpmut3領域を組み込んで構築した。またpHΔNGはhgfpのC末端から25%が欠失したhgfpΔ1をpLΔNGのlgfpΔ1と置き換えて構築した。また、pPALとpPAHはpLGFPとpHGFPのLacI-PL-Ptrc領域を大腸菌AK1よりPCRで取得したpspプロモーターと入れ替えることによって構築した。全てのPCRはPyrobest DNAポリメラーゼ(TAKARA)を用いた。E.coli MACH1(インビトロゲン;F-φ80(lacZ)、ΔM15、ΔlacX74、hsdR(rK-(mK+))、ΔrecA1398、endA1、tonA)は遺伝子のクローニングとGFP発現の実験に用いた。E.coli K-12 XL-10(Clontech;deoR、endA1、gyrA96、hsdR17(rk-m-k+)、recA1、relA1、supE44、thi-1、Δ(lacZYA-argF)U169、φ80δlacZ、ΔM15、F-λ-PN25/tetR、Placiq/laci、Spr)はrelA変異株としてのGFP発現による増殖の影響を調べる為に用いた。E.coli AK4は、AK1株から取得されたラムダ欠失変異株で、ファージ感染実験に用いた (Kobayashi, H. et al., (2004), Proc. Natl Acad. Sci. USA 101, 8414-8419)。ファージT4(NBRC20004)とT7(NBRC20007)は、NITE Biological Resource Centor(カズサ、日本)から購入した。ラムダファージ(NCIMB10451)、Phage f1(NCIMB13926)とMS2(NCIMB10108)は、National Collections Industrial, Food and Marine Bacteria(アバディーン、英国)から購入した。S.cerevisiae YPH499(MATa、his3-、Δ200、leu2-Δ1 lys2-801、trp1-、Δ1 ade2-101 ura3-52)は、真核生物におけるGFP 発現実験に使われた(Sikorski, R. S. & Herter, P., (1989), Genetics 122, 19-27)。なお、人工合成したgfp遺伝子と構築したすべてのプラスミドDNA配列は、Supplementary Informationに記載してある。
【0092】
(2)生育条件と使用化学薬品
すべての大腸菌は、LB培地(Difco)にて37℃、160rpmで培養を行い、必要に応じて100g/mlのアンピシリン(SIGMA)を添加した。大腸菌の生育は、660nmにおける濁度(OD660)と生菌数(CFU)にて測定した。また、PtrcまたはPtetプロモーターからの発現を誘導する場合、IPTG(SIGMA)またはanhydrotetracycline(ACROS Organics)を培地に添加した。S. cerevisiaeは0.5g/mlのaureobasidin A(TAKARA)を含んでいるYPD培地(Difco)にて培養した。GFPの発現誘導時には1%のラフィノースと0.5g/mlのaureobasidin Aを含んでいるYPGalactose培地を用いて培養を行った。S. cerevisiaeは30℃、200rpmで振盪培養を行った。
【0093】
(3)GFP発現とその定量
一晩、37℃にて好気的に振盪培養した大腸菌培養液を、新しいアンピシリン含有LB培地に0.2%植菌し、振盪培養した。また、必要に応じて、IPTGまたはaTcを培地に添加した。大腸菌を遠心分離(8,000 rpm、1分、4℃)後、PBS緩衝液(75 mMのリン酸ナトリウム、67 mMのNaCl(pH7.4))で洗浄後、PBS緩衝液に懸濁し、GFP測定用サンプルとした。S.cerevisiaeは30℃、24時間aureobasidin Aを含んでいるYPD培地で好気的に培養した。集菌後、YPGalactose培地で二回洗浄し、aureobasidin Aおよびラフィノース含有YPGalactose培地にOD660の値がおよそ0.1になるように細胞を懸濁した。GFP測定用サンプルの調製は大腸菌に準じた。すべてのGFP発現データは、Becton Dickinson FACSCaliburフローサイトメトリーを使って30,000個の細胞より測定した。
【0094】
(4)アルカリホスファターゼ(ALP)活性の測定
10mlの大腸菌培養液より菌体を遠心分離(8,000rpm、5分、4℃)によって集菌し、脱イオン蒸留水(DDW)で洗浄後、0.3 mlのDDWに懸濁した。菌体を10%(v/v)のトルエンで処理した後、10μlの菌体懸濁液と100μlのp-Nitrophenylphosphate溶液(Wako Chemical USA)を混合し、3時間、37℃でALP反応を行った。405nmでの吸光度(A405)を測定し、ALP活性を算出した(Coleman, J. E., (1992), Annu Rev. Biophys. Biophys. Chem. 21, 441-483)。
【0095】
(5)ファージ実験
ファージT7、T4とラムダファージの宿主として、E.coli JM2.300を用いた。また、ファージMS2とf1の宿主としてE. coli AK4を用いた。各ファージ溶液はファージ感染した培養液から非溶解菌体を遠心分離(8,000rpm、10分、4℃)により除去した後、孔径0.2μmのメンブレンフィルターで濾過し、調製を行った。LB(T4とT7)、LB + 0.2%マルトース(ラムダファージ)と1/4LB(f1とMS2)に0.8%の寒天を添加した軟寒天培地に各ファージと対応する宿主菌と混ぜて、LB寒天培地に重層し、37℃で培養後、プラーク形成数(pfu)を測定し、ファージ濃度を算出した。
【0096】
2.実験結果
(6)大腸菌の増殖抑制のための人工遺伝子の設計
毒性がなく大腸菌で発現が確認しやすいことからgfpmut3遺伝子(緑色蛍光蛋白質遺伝子;以下、gfpmut3と呼ぶ場合もある)をモチーフとして選択した(Cormack, B. P., Valdivia, R. H. & Falkow, S., (1996), Gene173. 33-38)。2つの人工遺伝子をgfpmut3遺伝子のアミノ酸配列に基づき合成した。一つは、最も低い使用頻度の低い同義コドン(低頻度コドン)で構成された遺伝子(lgfp)であり、低頻度コドンに対応するtRNAを独占することを狙った。もう一つは最も使用頻度の高いコドン(高頻度コドン)で構成された遺伝子(hgfp)で、lgfpの対照として用いた(表2、図2)。各コドンの使用頻度は、下記URL:http://www.kazusa.or.jp/codon/31における大腸菌W3110株のコドン使用データベースに基づいて計算された。
【表2】

a)Fraction was based on E. coli W3110 and S. cerevisiae (Yeast) as described in Materials and Methods.
b)AA; Amino Acid
【0097】
gfpmut3、hgfpとlgfpのコドン適合インデックス(CAI)は、それぞれ0.584、1.00と0.0711だった(Carbone, A., Zinovyev, A & Kepes, F., (2003), Bioinformatics, 19, 2005-2015)。また、gfpmut3に対するhgfpとlgfpの相同性は、DNA配列で77%と75%だった。DNA配列ではlgfpとhgfpの間に相同性は認められなかった。
【0098】
Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)誘導可能なPtrc-2プロモーター(LacIにより抑制)の下流領域にlgfp遺伝子またはhgfp遺伝子を配置しプラスミドpHGFPとpLGFPを構築した。またpHGFPとpLGFPは、pBR322 ColE1複製起点とアンピシリン耐性遺伝子を保持している(Gardner, T. S., Cantor, C. R. & Collins, J. J., (2000), Nature 403, 339-342)。pLGFPとpHGFPを大腸菌に形質転換し、大腸菌の増殖に対する、lgfpとhgfpの発現誘導の影響を調べた。これら大腸菌を37℃で好気的に培養し、その増殖をコロニー形成数(CFU)と660 nmにおける濁度(OD660)で調べた。IPTGを培地に添加しlgfpの発現誘導を行った場合、添加後4時間は大腸菌の増殖が認められず、その後ゆっくりと増殖した。一方、hgfpの発現誘導を行っても、大腸菌の増殖に全く影響も与えなかった(図3)。なお、培地のOD660は、CFUと同じ成長曲線を示した(非公開データ)。
【0099】
(7)人工遺伝子の発現に対するアルカリホスファターゼ活性の影響評価
大腸菌のハウスキーピング遺伝子の一つ、アルカリホスファターゼ(ALP)活性に関してlgfp発現誘導の影響について検討した(Wilson, I. B., Dayan, J. & Cyr, K., (1964), J. Biol. Chem. 239, 4182-4185)。lgfp遺伝子を発現誘導させている大腸菌のALP活性のレベルは、大腸菌の増殖が停滞している間、わずかに増加した。3時間培養後では、lgfpの発現により対照に対して2.8%のALP活性に抑制されていた(図4)。細胞増殖停滞は、細胞内でALPと同様、種々のタンパク質合成の抑制によるものだと推察できる。lgfpからのGFP発現量は、2時間培養後でhgfpのおよそ3分の1、6時間培養後で、hgfpの半分だった(図5)。発現誘導に用いるIPTGが1mM以下の場合、lgfpの発現による増殖抑制効果は認められなかった。また、15AとSC101複製起点を持つpLGFPプラスミドは、それぞれ10コピーまたは数コピー細胞内に存在するが、終濃度10mMのIPTGを添加しても増殖抑制効果を示さなかった(図17)。これらの結果は、lgfp遺伝子から翻訳されたタンパク質が大腸菌に有毒でないことを示した。RNAポリメラーゼ等の各種酵素の酵素反応を阻害する事はないので、4時間後からのCFU増加は菌体内tRNA含有量の増加に起因することが示唆された。
【0100】
(8)人工遺伝子の発現に対するppGppカスケードの活性評価
低頻度コドンに対応するtRNA不足によるペプチド合成の停止は、大腸菌にアミノ酸飢餓という偽信号を送る可能性がある。そして、生育阻害を引き起こすグアノシン5 3- bisdiphosphate(ppGpp)カスケードを活性化する可能性がある(Magnusson, L. U., Farewell, A. & Nystrom, T., (2005), Trends Microbiol. 13, 236-242)。そこで、ppGppの合成に必要なrelA遺伝子が欠失した大腸菌K-12 XL-10株を用いて、lgfp発現による生育阻害効果の検証を行った(図18)。検証は、pLGFPを有する大腸菌XL-10株を、アンピシリンを含むLB培地で、37℃で一晩好気的に培養し、次いで1:500で希釈した後に、10mM IPTGを含む(黒丸)、又はIPTGを含まない(白丸)LB培地を用いて37℃で再びインキュベートすることにより実施した。その結果、XL-10株においても、lgfpの発現により増殖が抑制された(図18)。lgfp遺伝子による増殖抑制は、ppGppネットワークとは関係なかった。このシステムは、飢餓信号を発しないか、飢餓信号のために必要なタンパク質合成の抑制が行われていると予想される。これらの結果は大腸菌において、低頻度コドンに対応するtRNAを独占し、遺伝子発現を阻害するということを示唆している。
【0101】
(9)人工遺伝子による真核生物の増殖抑制
真核生物と原核生物では遺伝子発現におけるmRNAの翻訳過程にほとんど差は認められない。したがって、低頻度コドンを多く含む本人工遺伝子の高発現による増殖抑制効果は、原核生物と同様に真核生物でも認められるだろうと考えた。真核生物のモデル生物の一つに酵母が挙げられ、また酵母には種々のホストベクター系が存在する(Sikorski, R. S. & Herter, P., (1989), Genetics 122, 19-27)。一方、lgfpとhgfpはS. cerevisiaeにおいて、それぞれ0.0492と0.0522と低いCAIを示した。S. cerevisiaeのベクターでaureobasidin A耐性遺伝子を持ち、ガラクトース誘導可能なプロモーターP-GALの制御下にlgfpとhgfpを配置し、プラスミドpYLGFP1とpYLGFP2を構築した。対照として、酵母において高使用頻度コドンで構築されたGFP遺伝子(yEGFP)をlgfpの代わりに配置したpYEGを構築した(Cormack, B. P. et al., (1997), Microbiology 143, 303-311)。人工合成したlgfpとhgfp遺伝子のCAIは、ほとんど同じ値だった。しかし、hgfpはS. cerevisiaeにおいて、lgfpより多種のレアコドンを含んでいた。そして、hgfpとlgfpの低頻度コドン含有比はちょうど大腸菌(表2)の場合と正反対となった。lgfp遺伝子は、頻度が0.15未満の低頻度コドンは2種類存在し、23個のグリシンコドン(GGG)と18個のロイシンコドン(CUA)だけだった。一方、hgfpには5種類の低頻度コドンが存在した。特に6個の低頻度アルギニンコドン(CGC)は、hgfp遺伝子(図6、矢印)の中間から終わりまで位置していた。Arg(CGC)のtRNAは、AGCコドンのtRNAから修飾酵素により合成される(Auxilien, S., Crain, P. F., Trewyn, R. W. & Grosjean, H. H., (1996), J. Mol. Biol. 262, 437-458)。各々のgfp発現の効果を検討するため、pYLGFP1、pYLGFP2またはpYEGを保持したS. cerevisiaeを、aureobasidin A(1μg/ml)含有YPGalactose培地(1%ラフィノース含有)を用いて30℃で培養を行った。個々の増殖度は24h培養後、培養液のOD660で測定した。その結果、pYLGFP2を保持するS. cerevisiaeのみ増殖抑制が認められた。その増殖抑制効果は大腸菌で観察されたpLGFPによる抑制効果より長い時間観察された(図7)。なお、GFPを発現誘導しないYPD培地では全ての形質転換体は培養24時間後に培地の濁度OD660が5.0以上になった(データ非公開)。酵母細胞内でのpYLGFP2のコピー数はおよそ10と報告されている(Sikorski, R. S. & Herter, P., (1989), Genetics122, 19-27)。その数は大腸菌において15A複製起点を持つプラスミドに等しい。しかしながら、pLGFPの複製起点をColE1から15Aに変えても、大腸菌においてlgfp発現による増殖抑制効果は認められなかった(図17)。S. cerevisiaeと大腸菌の増殖抑制効果の違いは、mRNAの半減期に依存していると考えられる。mRNAの平均的半減期は酵母が22分と長いが、大腸菌の2、3分と短い(Lodish, H. F. et al., (2004), Molecular Cell Biology., W H Freeman & Co, New York)。その結果、低頻度コドンで構成された人工GFP遺伝子のmRNAの細胞内濃度は、pYLGFP2の低いコピー数にもかかわらず高水準に維持されると予想される。pYLGFP2からGFPの発現量は、pYLGFP1またはpYEGより非常に低かった(図8)。真核細胞においても、翻訳効率が遺伝子のCAI値と相関すると報告されている(Blake, W. J., Kaern, M., Cantor, C. R. & Collins, J. J., (2003), Nature422, 633-637, Kellis, M., Birren, B. W. & Lander, E. C., (2004), Nature 428, 617-624)。lgfp遺伝子は、CAI値がyEGFPより非常に低いが、その発現量はほとんど同じだった(図8)。合成GFP遺伝子による翻訳効率と増殖抑制効果は、遺伝子のCAI値よりむしろ、低頻度コドンが多種含まれているかどうかに依存していた。本実験の結果、低頻度コドンを数多く含む遺伝子を発現させると、tRNAを独占し、その結果増殖抑制を示すという事例が、原核生物だけでなく、真核生物でも可能である事が示された。
【0102】
(10)人工遺伝子の長さによる遺伝子発現抑制の影響
大腸菌の増殖抑制の為に必要なlgfp遺伝子の長さについて検討を行った。lgfpのC末端よりそれぞれ25%、50%、75%を欠失した3つの欠失変異遺伝子lgfpΔ1、lgfpΔ2とlgfpΔ3を作成した。lgfp遺伝子と欠失変異遺伝子lgfpΔ1、lgfpΔ2とlgfpΔ3には、それぞれ111、83、59、36のレアコドン(分数0.15)が存在していた。プラスミドpLGFPのlgfpの位置にlgfpΔ1、lgfpΔ2とlgfpΔ3を配置し、プラスミドpLGFPΔ1、pLGFPΔ2とpLGFPΔ3を構築した。欠失lgfp変異遺伝子が発現しても、その生産物は蛍光を持っていなかった。lgfpを含む変異遺伝子を発現させた場合、lgfpとlgfpΔ1は大腸菌の増殖抑制を示した。しかし、lgfpΔ2とlgfpΔ3は何も影響を示さなかった(図9)。lgfp遺伝子のN末端からおよそ500 bpの長さが低頻度コドンを集め、増殖抑制効果を示すために必要だった。イソロイシンのレアコドンAUA、リジンコドンAAGとアスパラギンコドンAAUの各コドンは、pLGFPΔ1とpLGFPΔ2の間で減少していた(表2)。アスパラギンコドンAAUは、レアコドンではなかった。したがって、大腸菌の増殖抑制効果への寄与はほとんどないと考えられる。一方、イソロイシンのレアコドンAUAはゲノムから転写されるのではなく、メチオニンコドンAUGから酵素反応で合成される(Soma, A. et al., (2003), Mol. Cell 12, 689-698)。
【0103】
(11)人工遺伝子発現による他の遺伝子の発現抑制
lgfp遺伝子の発現によるALP発現抑制は、大腸菌で遺伝子発現の抑制を完全に示したわけではない(図4)。いくつかの未知の遺伝子ネットワークや細胞内の状態がphoレギュロンの発現を制御する可能性がある。したがって、転写後の遺伝子発現抑制(図10)を確かめるために、pLΔNGプラスミドを構築した。様々な使用頻度のコドンを含むと共に、検出容易なgfpmut3遺伝子をリポーター遺伝子として選択した。遺伝子gfpmut3とlgfpΔ1は、それぞれPtet(anhydrotetracycline(aTc)で誘導)とPtrc(IPTGで誘導)の下流に配置し、個々に独立して発現可能とした。また、対照として、lgfpΔ1の代わりにhgfpΔ1(N末端からlgfpΔ1と同じ長さに作成)を配置したプラスミドpHΔNGを構築した。pLΔNGのgfpmut3からのGFP発現は、終濃度100ng/ml のaTc添加後4時間培養時、およそ84.4だった。また、pLΔNGのlgfpΔ1を発現させた場合、大腸菌の増殖とともにGFP発現量を21.2まで抑制することが認められた(図11)。図11においては、GFP発現は培地にaTcを添加して誘導した。また、lgfpΔ1及びhgfpΔ1は、それぞれ最終濃度10mM IPTGを培地に添加して誘導した。欠失変異遺伝子lgfpΔ1およびhgfpΔ1の産物に蛍光は無かった。
【0104】
一方、hgfpΔ1を発現させた場合、大腸菌の増殖に影響を与えず、対照の93.3%までGFP発現を維持した。この結果は、本人工遺伝子が、他の遺伝子発現を抑制できることを証明した。lgfpΔ1によるGFP発現の抑制はおよそ4分の1で、ALP発現の抑制ほど効果は大きくなかった(図4)。本実験では、gfpmut3は多コピーのプラスミド上にあり、強いPtetプロモーターで発現した。その結果、大量のgfpmut3遺伝子の mRNAがpLΔNGから転写され、細胞内で種々のtRNAと結合する機会が増加したと考えられる。
【0105】
(12)人工遺伝子によるファージ増殖の抑制
本人工遺伝子による遺伝子発現抑制機構は、生物活動の新しい制御方法を提供できる。その一つに、非特異的なウイルス防御機構の構築があげられる。全てのウイルスはその増殖に宿主の遺伝子発現における翻訳段階を利用しているため、本遺伝子による影響が大きいと考えられた。大腸菌に種々のファージの増殖に対するlgfp発現の影響を調べた。対象ウイルスとして5種類の典型的なファージ、二本鎖DNAファージT4、T7、溶源化するλファージ、一本鎖DNA糸状ファージf1と一本鎖RNAファージMS2を選択した(Birge, E. A., (2000), Bacterial and Bacteriophage Genetics, Springer-Verlag, New York, ed. 4)。また、ファージホストとして利用する大腸菌K-12 JM2.300とAK-4株に対してもlgfp遺伝子の過剰発現は増殖阻害効果を示した(非公開データ)。大腸菌にT4またはT7ファージを感染させ、ファージの増殖と宿主大腸菌の溶菌について、lgfp高発現の影響を検討した。また、同じ宿主大腸菌にhgfpを高発現させて、lgfp遺伝子の対照とした。その結果、lgfpを高発現させた場合、それぞれのファージは20倍増殖したが、溶菌による濁度の減少は観察できなかった。一方、hgfpを高発現させた場合、ファージの増殖および宿主の溶菌を防ぐことはできなかった(図12)。図12の実験は以下の通りに実施した。
pHGFP(青)またはpLGFP(赤)を保持している大腸菌を、LB培地に終濃度10mMのIPTG(ソリッドシンボル)添加またはIPTG無添加(白抜きシンボル)で、30分間37℃で培養した。各々の培地の濁度OD660を0.4に調製した後、ファージT4(丸)(T7(三角形))を添加し、ファージ無添加(四角)を対照とした。添加したT4とT7の宿主細菌に対する比率(moi)は、0.088と0.0012であった。ファージを感染させない場合、pHGFPを保持した大腸菌とpLGFPを保持し、IPTGを添加せずlgfp遺伝子を誘導しなかった大腸菌の培養液は、2時間で定常期まで生育した(非公開データ)。各培養液のpfu(上のグラフ)とOD660(下のグラフ)を経時的に測定した。
【0106】
ファージT4とT7はhgfpを発現している大腸菌を溶菌させ濁度は減少し、ファージはそれぞれ、104と106倍増加した。また、GFP発現はファージの感染・増殖に影響を与えなかった。さらに、溶源化ファージラムダ、毒性の低い糸状のファージf1とRNAファージMS2は、lgfp遺伝子(図13)を高発現させている大腸菌を宿主とした場合、増殖出来なかった。図13の実験は以下の通りに実施した。
pHGFPまたはpLGFPを保持している大腸菌JM2.300をラムダファージの宿主菌として用いた、また、pHGFPまたはpLGFPを保持している大腸菌AK4株をファージf1とMS2の宿主菌として用いた。培養条件およびファージ感染条件は(a)と同様の方法で行った。各ファージは、moi = 0.01の濃度で、培養液に添加した。各々のファージの増殖率を、37℃、4時間培養後のプラーク形成数から算出した。
【0107】
pPAHを保持している大腸菌AK-4株に、ファージf1(moi = 1)を添加し、37℃で2時間培養を行った後のファージf1感染によるpPAHからのGFP発現結果を図15とした。図15は、GFP発現系が正常に機能していることを示す。
【0108】
図16にpPALを保持している大腸菌AK-4株のファージf1耐性を示した。図16の実験では、pPAH(青)またはpPAL(赤)を保持している大腸菌のAK-4株の培養液に、種々の濃度でファージf1を添加し、37℃で4時間培養を行った。ファージf1を添加していない培養液を対照として、個々の培養液の濁度の比率を算出し、ファージ感染の影響を調べた(上のグラフ)。ファージを感染させない対照は、濁度OD660が 0.65〜0.90まで増殖した。培養液中のファージf1濃度は、『実験方法』に従って、測定した(下のグラフ)。
【0109】
特にファージf1とMS2の場合、感染4時間後、初期添加ファージ数のおよそ2% と3%にそれぞれ減少していた。これら2つのファージはヌクレアーゼ(宿主DNAを攻撃するために高毒性のファージに存在している)がなく、細胞内でpLGFPを切断することができない。その結果、lgfpの高発現によるペプチド合成阻害が、効果的にウイルスタンパク質合成を阻害し、ファージ増殖を阻止したと予想される。これらの結果は、lgfp遺伝子を高発現している大腸菌細胞は、ほとんど全てのウイルス増殖を阻害できることを示した。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明の方法は、様々な生物種の細胞及びウイルスの増殖を抑制できることから、バイオテクノロジー、生物工学、医学などの分野で利用が可能である。例えば、本発明の方法により、腫瘍や癌細胞、人体に有毒なO157型大腸菌、サルモネラ菌、レジオネラ菌などの微生物、HIV、ウイルス性肝炎、インフルエンザ、ウイルス性肺炎、ウイルス性気管支炎、ヘルペス感染症などのウイルスなどを抑制することができることから、本発明の方法は、これらを病因とする種々の疾患の治療を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】図1は、低頻度コドンで構成された遺伝子による非特異的遺伝子の翻訳抑制の概略を示す。
【図2】図2は、遺伝子hgfp(四角)とlgfp(三角)を構成する全コドンの使用頻度を示す。
【図3】図3は、大腸菌の増殖に対するhgfp(四角)とlgfp(三角形)発現の影響を示す。図中のソリッドシンボル及び白抜きシンボルは、それぞれ、変異gfp遺伝子発現の影響を観察するための、終濃度10mM IPTGの添加及び無添加の結果を示す。
【図4】図4は、大腸菌のアルカリホスファターゼ(ALP)活性に関するlgfp発現の影響を示す。経時的に回収した培養液の一方に終濃度10 mM IPTGを加えてlgfpを発現させた(ソリッドシンボル)。他方のIPTGを添加しない培養液を対照とした(白抜きシンボル)。各々の標準偏差S.D.は、シンボルに含まれる。
【図5】図5は、IPTG誘導後2〜6時間後に測定した、pHGFPまたはpLGFPからのGFP発現結果を示す。図中の数値は、GFP発現量の平均値を示す。
【図6】図6は、S. cerevisiaeにおけるhgfp(四角)とlgfp(三角)のコドン使用頻度を示す。図中の矢は、アルギニンコドン(CGC)を示す。
【図7】図7は、pYEG、pYLGFP1とpYLGFP2を保持しているS. cerevisiaeの増殖結果を示す。図中のエラーバーは、標準偏差(n = 3)を示す。
【図8】図8は、pYEG、pYLGFP1とpYLGFP2からのGFP発現結果を示す。図中の数値は、GFP発現量の平均値を示す。
【図9】図9は、大腸菌の生育に対するlgfp欠失変異遺伝子の影響を示す。各シンボルは、それぞれ37℃で培養されたpLGFP(丸)、pLGFPΔ1(三角形)、pLGFPΔ2(四角)とpLGFPΔ3(菱形)を保持している大腸菌のCFUを示す。最終濃度10mM IPTGを添加した培養液からの大腸菌のCFUをソリッドシンボルとし、IPTG無添加の培養液からの大腸菌のCFUを対照として白抜きシンボルで示した。
【図10】図10は、pLΔNG又はpHΔNG(対照)による遺伝子発現抑制の概略を示す。
【図11】図11は、pLΔNGとpHΔNGからのGFPの発現結果を示す。図中の数値は、GFP発現量の平均値を示す。
【図12】図12は、T4またはT7ファージ感染に関するlgfp発現の影響を示す。
【図13】図13は、種々のファージの増殖率に対するlgfp発現の効果を示す。図中のバーは標準偏差S. D.(n = 3)を示す。
【図14】図14は、ファージ感染による遺伝子誘導系の構築の概略を示す。
【図15】図15は、ファージf1感染によるpPAHからのGFP発現結果を示す。図中の数値は、GFP発現量の平均値を示す。
【図16】図16は、pPALを保持している大腸菌AK-4株のファージf1耐性を示す。図中のバーは標準偏差S. D.(n = 3)を示す。
【図17】図17は、lgfp誘導による増殖抑制におけるIPTG濃度及びプラスミドコピー数の影響を示す。pLGFP、pLGFPm又はpLGFP1は、それぞれColE1、15A又はSC101の複製起点を有する。細胞増殖は、各プラスミドを有する大腸菌細胞を37℃で4時間、160rpmでインキュベートし、得た培養物の660nmの吸光度(OD660)により測定した。
【図18】図18は、E. coli XL-10の増殖におけるlgfp誘導の影響を示す。細胞増殖は、培養物の660nmの吸光度(OD660)により定期的に測定した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的細胞の増殖を抑制する方法であって、
前記標的細胞に任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入する工程、及び
前記DNAを導入した標的細胞において、前記DNAにコードされたタンパク質を発現させる工程を含み、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記方法。
【請求項2】
前記使用頻度が、0.15以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記三塩基連鎖のコドンが、1種類のアミノ酸について1種類のコドンである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アラニン、アルギニン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、スレオニン、及びバリンからなる群から選ばれる少なくとも3種のアミノ酸である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アルギニン、ロイシン及びバリンである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記三塩基連鎖が、少なくとも80個の三塩基連鎖である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記DNAが、インターフェロン制御因子遺伝子のプロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、インターフェロン応答プロモーター若しくはファージショックプロテイン(psp)プロモーター、及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記DNAが、ベクターに挿入されて前記標的細胞に導入される、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
ウイルス耐性を有する形質転換体を作製する方法であって、
標的細胞に、インターフェロン制御因子遺伝子のプロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、インターフェロン応答プロモーター若しくはファージショックプロテイン(psp)プロモーター、及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを導入して、形質転換体を得る工程を含み、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記方法。
【請求項10】
前記使用頻度が、0.15以下である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記三塩基連鎖のコドンが、1種類のアミノ酸について1種類のコドンである、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アラニン、アルギニン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、スレオニン、及びバリンからなる群から選ばれる少なくとも3種のアミノ酸である、請求項9〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アルギニン、ロイシン及びバリンである、請求項9〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記三塩基連鎖が、少なくとも80個の三塩基連鎖である、請求項9〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを発現可能な状態で含むベクターであって、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記ベクター。
【請求項16】
任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAを挿入可能なベクターであって、
前記DNAの領域は、三塩基連鎖を含み、及び
前記三塩基連鎖は、前記タンパク質を構成する少なくとも一部の種類のアミノ酸を規定するコドンから選ばれ、かつ前記標的細胞における使用頻度が0.2以下である少なくとも一部のコドンに相補的である、
前記ベクター。
【請求項17】
前記使用頻度が、0.15以下である、請求項15又は16に記載のベクター。
【請求項18】
前記三塩基連鎖のコドンが、1種類のアミノ酸について1種類のコドンである、請求項15〜17のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項19】
前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アラニン、アルギニン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、スレオニン、及びバリンからなる群から選ばれる少なくとも3種のアミノ酸である、請求項15〜18のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項20】
前記少なくとも一部の種類のアミノ酸が、アルギニン、ロイシン及びバリンである、請求項15〜18のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項21】
前記三塩基連鎖が、少なくとも80個の三塩基連鎖である、請求項15〜20のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項22】
請求項15〜21のいずれか1項に記載のベクターを有効成分として含む標的細胞の増殖抑制剤。
【請求項23】
前記DNAが、インターフェロン制御因子遺伝子のプロモーター、インターフェロン遺伝子プロモーター、インターフェロン応答プロモーター若しくはファージショックプロテイン(psp)プロモーター、及び任意のタンパク質をコードする領域を含むDNAである、請求項15〜21のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項24】
請求項23に記載のベクターを有効成分として含むウイルスの増殖抑制剤又は増殖予防剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2010−130963(P2010−130963A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−311106(P2008−311106)
【出願日】平成20年12月5日(2008.12.5)
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【Fターム(参考)】