説明

細胞吸着材

【課題】安全、簡便、低コストで動物(ヒトを含む)臓器・組織中の有用細胞の分離回収や不要細胞の除去を行うための細胞吸着材及びそれを用いた細胞の回収方法の提供。
【解決手段】水不溶性担体と金属からなる細胞吸着材であって、該水不溶性担体の表面に、アルミニウム、チタン、クロム、鉄、コバルト、銅、亜鉛、銀、インジウム、スス、ランタニドから選ばれる1種以上の金属が存在している細胞吸着材、及び、当該細胞吸着材と細胞を接触させる工程を含む、細胞の回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞吸着材、及びそれを用いた細胞の回収方法に関する。本発明の細胞吸着材は、基礎科学実験用器具や臨床医学における医療器具として用いることができる。さらに本発明は、当該細胞吸着材で用いるための金属種のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を積極的に活用して、生体の臓器組織の病変および/または欠損を治療する、いわゆる再生医療が大変注目を集めており、世界各国で研究開発が盛んに行われている(例えば、非特許文献1)。通常、これらの細胞が存在する部位には、しばしば不要な夾雑細胞が混在しており、夾雑細胞を除去し有用な細胞を濃縮分離する必要がある。通常、これらの細胞分離にはFicoll-Hypaque等を用いる比重遠心法や抗原抗体反応を利用し、磁性粒子などに固定されたモノクローナル抗体を用いる方法が用いられているが、いずれも操作が煩雑という問題点を有し、また、後者はさらにコスト高、当該抗体が市販されていなければ、新たに抗体を作成しなければならない等の問題点も有する。さらに、通常これらの細胞分離法はクリーンベンチ内で行われるものの、完全開放系の操作のため無菌性に難がありヒトへの臨床応用には安全上、問題を有する。モノクローナル抗体を用いる方法ではさらに、通常、モノクローナル抗体はヒト以外の動物タンパクであることによる安全上の問題点も有する。一方、これらの問題点を克服するための技術開発も近年、散見されるようになった。例えば特許文献1では繊維で構成された不織布にカルボキシル基および親水性鎖を導入した担体に、幹細胞の膜表面の抗原に対する抗体を固定化してなる幹細胞分離材が開示されている。確かに、本技術の幹細胞分離材を容器に詰め、フィルターを作成し細胞分離に用いれば操作が煩雑という問題点は解消されるが、抗体を用いるという点でコスト高、安全性という面の問題は未解決である。また特許文献2では平均孔径10〜1000μmの連続気孔を有するポリビニルアセタール樹脂から成ることを特徴とするリンパ球からT細胞を分離回収する細胞分離材が開示されている。本技術は安全性に問題のある抗体を用いず合成高分子を用いるという点で画期的であり、Tリンパ球の分離という点に限って言えば大変優れた技術と言えるが、逆に、Tリンパ球にしか応用できず、他の細胞分離への汎用性の無い技術である。
【0003】
ところで、タンパク質分離の分野では、各種充填材を用いた液体クロマトグラフィーによる分離技術が発達しており、サイズ分離であるゲル濾過クロマトグラフィー、親・疎水性相互作用を利用した順相・逆相クロマトグラフィー、電気的性質の差を利用したイオン交換クロマトグラフィー、生物学的特異性の差を利用したアフィニティクロマトグラフィーがある。ここで、アフィニティクロマトグラフィーの中には細胞分離と同様、担体に抗体を固定して抗原抗体反応を利用して分離を行うものもあるが、近年、注目されているのは金属とタンパク質の相互作用を利用した固定化金属クロマトグラフィーである(たとえば非特許文献2)。そして、さらにごく最近、この原理を細胞分離にも適用する試みが散見されるようになってきた。非特許文献3にはポリアクリルアミドにイミノジ酢酸を介して銅を固定した材料でグラム陰性菌(E.Coli)とグラム陽性菌(B.halodurans)の混合物からそれぞれが分離できたことが開示されている。しかしながら、本文献では細菌、いわゆる微生物細胞の分離に限られており、動物(ヒトを含む)の臓器や組織中の有用細胞の分離回収については一切記載が無い。さらに、使用している金属は銅のみであり、種々の金属をスクリーニングすることは教示されていない。また、非特許文献3のもとになっている特許が特許文献3と考えられるが、本特許文献は担体の最適製造方法が主たる技術思想であり、非特許文献3同様、やはり動物(ヒトを含む)の臓器や組織中の有用細胞の分離回収記載は無く、また、種々の金属をスクリーニングすることは教示されていない。
【0004】
【特許文献1】特開平08-033708号公報
【特許文献2】特開平02-227070号公報
【特許文献3】特表2005-504972号公報
【非特許文献1】筏義人監修、再生医療工学の最先端、(株)シーエムシー出版、2002年
【非特許文献2】Porath,J.他,"Metal chelate affinity chromatography, a new approach to protein fractionation",Nature,1975年12月,vol.258,p598-599
【非特許文献3】Dainiak,MB.他,"Cell Chromatography: Separation of Different Microbial Cells Using IMAC Supermacroporous Monolithic Columns",Biotechnol.Prog.,2005年2月,vol.21,644-649
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、安全、簡便、低コストで動物(ヒトを含む)臓器・組織中の有用細胞の分離回収や不要細胞の除去を行うための細胞吸着材及びそれを用いた細胞の回収方法を提供することである。本発明の別の目的は、上記した本発明の細胞分離材に用いる金属種のスクリーニング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を進め、先ず、安全性に問題のある抗体など生物由来物質を用いないことを予め決定し、そして、従来、細胞分離の分野で数多く検討されているアミノ酸、ペプチド、核酸、糖質といった有機物では低コストという課題を解決できない危惧があるため、低コストの観点からさらに模索をし、タンパク質分離では固定化金属アフィニティクロマトグラフィーとして実績があるものの、細胞分離についてはほとんど検討がなされていない金属に着目した。さらに、タンパク質分離における固定化金属アフィニティクロマトグラフィーでは、金属としてニッケル、コバルト(これら二つは市販されている)を用いることが多く、まれに亜鉛、銅が用いられる場合もあるが、本発明においてはこれらの限定を外し、幅広く金属種の検討を行うこととした。さらに、適した金属種を選定するための方法を発案し、その方法を用いて各種金属を検討することにより本発明を完成させたものである。
【0007】
即ち、本発明によれば、水不溶性担体と金属からなる細胞吸着材であって、該水不溶性担体の表面に金属が存在している細胞吸着材が提供される。
【0008】
好ましくは、金属は重金属である。
好ましくは、吸着させる細胞は膵臓由来の細胞である。
好ましくは、金属はアルミニウム、チタン、クロム、鉄、コバルト、銅、亜鉛、銀、インジウム、スズ、ランタニドから選ばれる1種以上の金属である。
【0009】
好ましくは、水不溶性担体の表面に存在する金属は、細胞への吸着率が50%以上の金属である。
好ましくは、水不溶性担体の表面に存在する金属は、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率との比が2以上である金属である。
好ましくは、水不溶性担体の表面に存在する金属は、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率との比が0.5以下である金属である。
【0010】
本発明の別の側面によれば、上記した本発明の細胞吸着材と細胞とを接触させる工程、及び細胞吸着材に吸着した細胞又は細胞吸着材に吸着しなかった細胞を回収する工程を含む、細胞の回収方法が提供される。
【0011】
本発明のさらに別の側面によれば、水不溶性担体と金属からなる細胞吸着材であって、少なくとも該水不溶性担体の表面に金属が存在している細胞吸着材において用いるための金属種のスクリーニング方法であって、(1)細胞吸着材に吸着させる一つまたは複数の細胞を決定する工程、及び(2)前記工程(1)で決定した細胞を金属イオン含有液に接触させ、該細胞と親和性のある金属を選定する工程、を含む上記のスクリーニング方法が提供される。
【0012】
好ましくは、前記工程(2)において、吸着率が50%以上の金属を、細胞と親和性のある金属として選定する。
【0013】
本発明のさらに別の側面によれば、(1)細胞分離材で分離回収する細胞と分離除去する細胞を決定する工程、及び(2)前記工程(1)で決定した細胞を金属イオン含有液に接触させ、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率に差がある金属を選定する工程を含む、細胞分離材に用いる金属種のスクリーニング方法が提供される。
【0014】
好ましくは、前記工程(2)において、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率との比が2以上または0.5以下である金属を、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率に差がある金属として選定する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の細胞吸着材及びそれを用いた細胞の回収方法によれば、安全、簡便、低コストで動物(ヒトを含む)臓器・組織中の有用細胞の分離回収や不要細胞の除去を行うことができる。また、本発明の細胞分離材に用いる金属種のスクリーニング方法によれば、本発明の細胞吸着材に用いるのに適した金属種を簡便にスクリーニングすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明について以下、具体的に説明する。
本発明の細胞吸着材は水不溶性担体と金属からなり、少なくとも該水不溶性担体の表面に金属が存在しているものである。ここで水不溶性担体とは実質的に水に溶解しないものであり、高分子材料、無機材料、金属があげられる。高分子材料の例としてはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリル樹脂、ナイロン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリアクリルアミド、ポリウレタン等の合成高分子(単一のみならずポリマーアロイも含む)、アガロース、セルロース、酢酸セルロース、キチン、キトサン、アルギン酸、ペクチン等(それぞれの誘導体を含む)の天然高分子があげられる。また、無機材料の例としてはハイドロキシアパタイト、フルオロアパタイト、各種組成のガラス、アルミナ、チタニア、ジルコニア、シリカ、カーボン等(単一のみならず混合物を含む)があげられる。金属としては各種組成のステンレス、チタン、タンタル、金、白金、各種合金があげられる。
【0017】
本発明の細胞吸着材においては、水不溶性担体の表面に金属が存在している。水不溶性担体の表面に存在させる金属は、後述するスクリーニング方法によって選定されるものであることが好ましいが、調製(水不溶性担体への固定など。例えばアルカリ金属は固定が難しい)の容易さなどから重金属であることが好ましく、さらに、コスト、入手しやすさ、安全性の点からより好ましいものとしては、アルミニウム、チタン、クロム、鉄、コバルト、銅、亜鉛、銀、インジウム、スズ、ランタニド(ランタンを含む)などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない(膵臓由来の細胞ではこれらの金属は特に好ましいことを本発明者らは見出している)。また、用いる金属は1種類に限定されず、複数でもよい。ただし、この場合、細胞吸着材の調製においては1種類の金属を用いる場合に比し、若干面倒になるため効果との兼ね合いで適宜選択する。
【0018】
本発明の細胞吸着材においては、水不溶性担体の少なくとも表面に金属が存在しているが、水不溶性担体の表面以外の部分については金属が存在していてもよいし、存在していなくてもよい。水不溶性担体の表面に金属を存在させる方法としては、蒸着やスパッタリングなどの物理的方法、化学反応による方法があげられるが、以後、化学反応による方法についてより詳しく述べる。化学反応による方法としては、(1)水不溶性担体の表面に金属を結合させる物質を何らかの方法により結合させた後に金属を結合させる方法、(2)水不溶性担体の調製時に金属を添加しておく方法、(3)別の金属を含む水不溶性担体を所望の金属イオン含有液に接触させる方法、があげられる。(1)の例としては、グラフト重合などで水不溶性担体表面にイミノジ酢酸など、金属と結合性を有するキレート基を固定し、その後、金属塩水溶液を前記キレート基が固定された水不溶性担体に接触させることで金属を固定する方法が挙げられる。(2)の例としては、アルギン酸ナトリウム水溶液を各種金属塩水溶液に反応させ当該金属を含有する水不溶性担体とする方法や水酸化カルシウム懸濁液とリン酸水溶液を用いる公知のハイドロキシアパタイト湿式合成法において所望の金属の化合物を水酸化カルシウム懸濁液に共存させておく方法が挙げられる。(3)の例としては、ハイドロキシアパタイトに所望の金属イオン水溶液を接触させ、ハイドロキシアパタイト中のカルシウムを所望の金属に置換する方法が挙げられる。
【0019】
また、少なくとも表面に存在する金属そのものが水不溶性担体となってもよい。すなわち、表面に存在させる金属そのもので細胞吸着材を作成してもよい(ただし、この場合、水不溶性ではない金属単体もあるし、水不溶性であっても成形性やコストの点で、他の方法に比し若干不利である)。本発明者らは中でもアルギン酸ナトリウム水溶液またはペクチン水溶液を各種金属塩水溶液に反応させる方法が、簡便かつ低コストなので最も好ましいと考えている。
【0020】
本発明で言う細胞吸着材とは、細胞除去、細胞濃縮、細胞回収など何らかの目的により細胞を吸着させる材料のことだが、ここで言う細胞とはヒトや動物の臓器・組織に存在する細胞、あるいはそれらに何らかの操作(分化誘導、遺伝子導入など)を加えたものを言い、生細胞だけでなく死細胞も含む。細胞の例としては以下のものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。有核細胞、単核球、多核細胞、白血球、赤血球、顆粒球、好中球、好塩基球、好酸球、骨髄球、赤芽球、リンパ球、Tリンパ球、ヘルパーTリンパ球、細胞傷害性Tリンパ球、サプレッサーTリンパ球、Bリンパ球、NK細胞、NKT細胞、単球、マクロファージ、樹状細胞、破骨細胞、骨芽細胞、骨細胞、造血幹/前駆細胞(以下、造血幹細胞と略す)、線維芽細胞、軟骨芽細胞、間葉系幹/前駆細胞(stroma stem cellまたはmesenchymal stem cell)、巨核球、血小板、脂肪細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、内皮細胞、上皮細胞、平滑筋細胞、筋芽細胞、内分泌細胞、外分泌細胞、膵β細胞、膵α細胞、膵δ細胞、膵PP細胞、腎メサンギウム細胞、腎尿細管細胞、腎糸球体細胞、神経細胞、成人幹細胞(SP細胞、MAPCなど)、ES細胞、各種腫瘍細胞などがあげられる。また、単一の細胞だけでなく、細胞の集合体、たとえば内分泌細胞の集合体である膵島も含まれる。また、臓器・組織とは膵臓、肝臓、腎臓、心臓、胃、腸、脾臓等の各種臓器や筋肉、血管、骨、皮膚といった固形の臓器・組織(しばしばこれらは酵素消化法により細胞を遊離させる)だけでなく、液体である骨髄、臍帯血(臍帯血だけでなく胎盤血管から採取されたものも含む)、末梢血(顆粒球コロニー刺激因子等の造血因子を投与して採血されたものも含む)のことも言う。
【0021】
本発明の細胞吸着材の形状としては平膜、粒子、メッシュ、織布、不織布、繊維塊(短繊維、長繊維)、スポンジ状構造体、粒子集合体等があげられ、これらをそのまま、あるいは積層体、袋状、3次元成型体(ブロック状)等の形態にして液体導入口と液体導出口を有する容器に収納して細胞分離フィルターとして用いられる。
【0022】
本発明による細胞吸着材に用いる金属種のスクリーニング方法では、まず、細胞吸着材に吸着させる細胞を決定し、次に当該細胞を金属イオン含有液に接触させ、当該細胞と親和性のある金属(又は当該細胞と親和性のない金属)を選定するものであるが、接触させる細胞としては、生細胞またはグルタルアルデヒドやパラホルムアルデヒドなど公知の固定方法によって固定した細胞を用いることができる。生細胞を用いる長所としては、煩雑な固定操作が不要という点があげられるが、細胞の生理的活動の影響を受ける。すなわち、用いる金属塩水溶液による細胞へのダメージ(元素そのものの細胞毒性や水溶液のpHなど)の問題、親和性は有さないが細胞内に取り込んでしまうなど、といった問題点を有する。また固定細胞は生細胞で問題となった、細胞の生理的活動の影響を受けない長所はあるが、固定操作が煩雑という問題点がある。従って、生細胞と固定細胞の両方で行い、総合的に判断することが好ましい。また、本発明のスクリーニング方法においては、金属イオン含有液として、複数種の金属イオン含有液が用いられる。本発明では、細胞を含む一つの容器中には一種類の金属イオン含有液を添加することによって、細胞と金属イオン含有液を接触させる。従って、複数種の金属イオン含有液をスクリーニングするためには、例えば、細胞を含む複数の容器を予め用意しておき、各容器に一種類ずつの金属イオン含有液を添加することによって上記のスクリーニングを行ってもよいし、あるいは一つの容器に入っている細胞液をピペットで一定量分取して、一種類ずつの金属塩溶液を含む複数の容器に添加していくことによってスクリーニングを行ってもよい。
【0023】
細胞と親和性のある金属を選定する方法としては、所定濃度の金属イオン含有液に所定数の細胞を接触させ、接触前の金属濃度と接触後の金属濃度を各種定量分析方法(原子吸光分析法、ICP発光あるいは質量分析、イオンクロマトグラフィーなど)で定量し、100−(100×接触後濃度/接触前濃度)=吸着率として、吸着率の大小で判断することがあげられる。ここで用いる金属イオン含有液の濃度は、特には限定されないが、一般的には0.01ppmから100ppm程度であり、好ましくは0.1ppmから10ppm程度であり、さらに好ましくは0.5ppmから5ppmである。また、ここで用いる細胞数は、特には限定されないが、一般的には1×104〜1×108個/mlであり、好ましくは1×105〜1×107個/mlであり、さらに好ましくは、5×105〜5×106個/mlである。この式で算出した吸着率が50%以上のものを一般的には選定することができる。
【0024】
また、例えば、異なる2種類の細胞で、一方を回収、一方を除去したい場合(この場合、細胞吸着材ではなく細胞分離材と呼ぶことにする)は、それぞれの細胞を各種金属イオン含有液に接触させ、それぞれ吸着率を算出し、吸着率の比で評価することがあげられる。この場合、分離形式として、回収したい細胞を吸着させ、除去したい細胞を吸着させずに通過させ、その後、吸着している回収したい細胞を何らかの方法により回収するものと、除去したい細胞を吸着させ、回収したい細胞を通過させて回収するものの両方があるので、吸着率の比としては2以上または0.5以下であるものを選定することができる。
以下の実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
実施例1
本実施例は膵内分泌細胞に高い吸着性を有する金属種のスクリーニングを示したものである。
【0026】
(1)細胞試料
ラット膵内分泌細胞株RIN−5Fをそのまま(「生細胞」)、及びベクトンディキンソン社製細胞固定液(商品名Cellfix。1%パラホルムアルデヒドが主成分)を同社の取扱い説明書にしたがって固定したもの(「固定細胞」)を細胞試料とした。
【0027】
(2)金属イオン含有液
和光純薬社製の金属標準液(濃度1000ppm)を用いた。原液の組成は表1のとおりである。
【0028】
【表1】

【0029】
(3)細胞−金属イオン吸着実験
(1)の細胞を生理食塩水に浮遊させた細胞浮遊液と(2)の金属イオン含有液(0.01規定の水酸化ナトリウム水溶液にてpHを中性に調整してある)を用い、2mlの1ppm金属溶液中に細胞が2×106個存在するように調製し、37℃で1時間静置した後、0.22μmのフィルターで濾過し、「接触後溶液」とした。また、細胞非存在の生理食塩水で同様の操作を行い、「接触前溶液」とした。なお、金属イオンの吸着が無いと考えられるアクリル樹脂粒子(綜研化学社製、粒径10μm)を比較対照として置き、同様な操作を行った。
【0030】
(4)測定
接触前溶液と接触後溶液の金属濃度をプラズマ発光分析にて定量し、100−(100×接触後濃度/接触前濃度)=吸着率 の式より吸着率を算定した。
【0031】
(5)結果
各金属の吸着率の結果を表2に示す。銅、銀、ランタン、セリウム、ルテチウムの細胞への吸着率が極めて高いことが分かる。
【0032】
【表2】

【0033】
実施例2
本実施例は膵内分泌細胞と膵外分泌細胞との間に選択性を有する金属種のスクリーニ
ングを示したものである。
(1)細胞試料
実施例1で用いたラット膵内分泌細胞株RIN−5Fに加え、ラット膵外分泌細胞株AR42−Jを用いた。
【0034】
(2)金属イオン含有液
和光純薬社製の金属標準液(濃度1000ppm)を用いた。原液の組成は表3のとおりである。
【0035】
【表3】

【0036】
(3)細胞−金属イオン吸着実験
実施例1と同様の操作を行った。ただし、アクリル樹脂粒子は用いなかった。
【0037】
(4)測定
実施例1と同様な操作を行ったが、選択性の指標として、内分泌細胞株の吸着率/外分泌細胞株の吸着率=選択率 の式より選択率を算定した。
【0038】
(5)結果
各金属の選択率の結果を表4に示す。コバルト、亜鉛、鉄、インジウム、スズ、アルミニウム、チタンの選択率が極めて高いことが分かる。
【0039】
【表4】

【0040】
実施例3
本実施例はアルギン酸ナトリウムを用いた細胞吸着材の製造方法を示したものである。
(1)アルギン酸ナトリウム溶液の調製
アルギン酸ナトリウム(キミカ社製、商品名I−1)を精製水に溶解し、1重量%溶液とした。
【0041】
(2)金属塩溶液の調製
以下の金属塩(全て和光純薬社製)を精製水に溶解し、0.2M水溶液を調製した。
塩化亜鉛、塩化銅2水和物、塩化ランタン7水和物、塩化セリウム7水和物、塩化コバルト6水和物、塩化マグネシウム6水和物
【0042】
(3)細胞吸着材の調製
(1)で調製したアルギン酸ナトリウム溶液5mlを18ゲージ鈍針(JMS社製)の付いた20mlディスポーザブルシリンジ(テルモ社製)に入れ、(2)で調製した0.2M金属塩水溶液20mlの入った50mlビーカーに手で押すことで滴下した。
【0043】
(4)結果
塩化亜鉛、塩化ランタン7水和物、塩化セリウム7水和物:アルギン酸ナトリウム液滴が金属塩水溶液に接触後、瞬時に白色の球状粒子が生成した。
塩化銅2水和物:アルギン酸ナトリウム液滴が金属塩水溶液に接触後、瞬時に淡青色の球状粒子が生成した。
塩化コバルト6水和物:アルギン酸ナトリウム液滴が金属塩水溶液に接触後、瞬時に淡紫色の球状粒子が生成した。
塩化マグネシウム6水和物:アルギン酸ナトリウム液滴が金属塩水溶液に接触しても変化を生じなかった。アルギン酸ナトリウム濃度を3%に、金属塩濃度を2Mに上げて行ったが、溶液の粘度が若干上昇したのみで、他の金属のような球状粒子の生成は無かった。
球状粒子を生成したものは溶液中から当該粒子を取り出し、洗浄として精製水に投入しマグネチックスターラーで1昼夜穏やかに攪拌し、細胞吸着材とした。
【0044】
本法は低コストで極めて簡便に球状の細胞吸着材を製造することができたが、塩化マグネシウムには適用できなかった。
【0045】
実施例4
本実施例はペクチンを用いた細胞吸着材の製造方法を示したものである。
(1)ペクチン溶液の調製
低メトキシ化ペクチン(三晶社製、製品GENU pectin type LM-102AS-J、エステル化度約34%)を精製水に溶解し、4重量%水溶液とした。
【0046】
(2)金属塩溶液の調製
以下の金属塩(全て和光純薬社製)を精製水に溶解し、0.2M水溶液を調製した。
塩化亜鉛、塩化銅2水和物、塩化ランタン7水和物、塩化セリウム7水和物、塩化コバルト6水和物、塩化マグネシウム6水和物
【0047】
(3)細胞吸着材の調製
(1)で調製した低メトキシ化ペクチン溶液5mlを18ゲージ鈍針(JMS社製)の付いた20mlディスポーザブルシリンジ(テルモ社製)に入れ、(2)で調製した0.2M金属塩水溶液20mlの入った50mlビーカーに手で押すことで滴下した。
【0048】
(4)結果
塩化亜鉛、塩化ランタン7水和物、塩化セリウム7水和物:低メトキシ化ペクチン液滴が金属塩水溶液に接触後、瞬時に白色の球状粒子が生成した。
塩化銅2水和物:低メトキシ化ペクチン液滴が金属塩水溶液に接触後、瞬時に淡青色の球状粒子が生成した。
塩化コバルト6水和物:低メトキシ化ペクチン液滴が金属塩水溶液に接触後、瞬時に淡紫色の球状粒子が生成した。
塩化マグネシウム6水和物:低メトキシ化ペクチン液滴が金属塩水溶液に接触しても変化を生じなかった。低メトキシ化ペクチン濃度を5%に、金属塩濃度を2Mに上げて行ったが、溶液の粘度が若干上昇したのみで、他の金属のような球状粒子の生成は無かった。
球状粒子を生成したものは溶液中から当該粒子を取り出し、洗浄として精製水に投入しマグネチックスターラーで1昼夜穏やかに攪拌し、細胞吸着材とした。
【0049】
本法は低コストで極めて簡便に球状の細胞吸着材を製造することができたが、塩化マグネシウムには適用できなかった。
【0050】
実施例5
本実施例はイミノジ酢酸が固定されたアガロースビーズを用いた細胞吸着材の製造方法を示したものである。
(1)担体
アマシャムバイオサイエンス社製Chelating Sepharose FF(アガロースビーズにイミノジ酢酸が固定されたもの)を用いた。
【0051】
(2)金属塩溶液の調製
実施例3と同様の金属塩溶液を調製した。
【0052】
(3)細胞吸着材の調製
(1)の担体を(2)の金属塩溶液に投入し、マグネチックスターラーで穏やかに1昼夜攪拌した。その後、洗浄として、ビーズを沈降させ上清を精製水に交換し、マグネチックスターラーで攪拌した。これを2時間毎に4回繰り返し、細胞吸着材とした。
【0053】
実施例6
本実施例はイミノジ酢酸が固定されたアガロースビーズを用いた細胞吸着材の製造方法およびその使用方法を示したものである。
(1)細胞吸着材の製造
アマシャムバイオサイエンス社製HiTrap Chelating HP(イミジノ酢酸が固定された平均粒径約34μmのアガロースビーズを1mlカラムに充填したもの)に、0.1M硫酸銅5水和物水溶液4mlを5mlディスポーザブルシリンジ(テルモ社製)を用いてカラムに注入した。全ての硫酸銅水溶液の注入後、洗浄としてキョウトソリューション(登録商標。キョウトバイオメディカルサイエンス社製)5mlを同様にシリンジを用いて通液した。その後、カラム出口から約5mmの部分を超音波カッターを用いて切断し、カラム入口にキョウトソリューション5mlを入れた5mlシリンジを付け、シリンジのプランジャーを押すことでカラム内部のビーズを回収した。
【0054】
(2)細胞浮遊液
ラット内分泌細胞株RIN−5Fをキョウトソリューションに1.4×106個/ml濃度で浮遊させたものを細胞浮遊液とした。
【0055】
(3)細胞吸着実験
(1)で作成した細胞吸着材106個(3mlのキョウトソリューションに浮遊させてある)と(2)の細胞浮遊液3ml(すなわち、細胞の絶対数として4.2×106個)を浮遊細胞用ポリスチレン培養皿(Corning社製、直径6cm)に添加し、室温、大気中で30分間静置することで吸着させた。
【0056】
(4)結果
細胞吸着材への細胞の吸着状態を光学顕微鏡にて観察した。写真を図1に示す。大きい円が細胞吸着材、小さい円が細胞である。細胞が細胞吸着材に多数吸着し、さらにそこにまた細胞吸着材が吸着し、クラスター状になっていることが観察される。
【0057】
比較例
本比較例は銅を固定していない細胞吸着材を用いることで実施例6との比較を行うものである。
(1)細胞吸着材の製造
硫酸銅水溶液を通液しない以外は実施例6と同様の操作を行った。
(2)細胞浮遊液
実施例6と同様の細胞浮遊液を用いた。
【0058】
(3)細胞吸着実験
実施例6と同様の方法で行った。
(4)結果
細胞吸着材への細胞の吸着状態を光学顕微鏡にて観察した。写真を図2に示す。細胞は細胞吸着材には吸着しておらず、実施例6の銅の細胞吸着への効果が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明による細胞吸着材はそのまま、あるいは容器に収納し細胞分離フィルターとして基礎科学における実験用器具や臨床医学に用いることができる。この細胞吸着材を用いて得られた細胞は、そのまま、または必要に応じて、さらなる分離精製(洗浄を含む)、培養、活性化、増幅、遺伝子導入、凍結保存等の処理が施された後、生体への移植や細胞生物学や免疫学等の基礎科学実験に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1は、本発明の細胞吸着材への細胞の吸着状態を光学顕微鏡で観察した結果を示す。
【図2】図2は、比較例の細胞吸着材への細胞の吸着状態を光学顕微鏡で観察した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水不溶性担体と金属からなる細胞吸着材であって、該水不溶性担体の表面に金属が存在している細胞吸着材。
【請求項2】
金属が重金属である請求項1に記載の細胞吸着材。
【請求項3】
吸着させる細胞が膵臓由来の細胞である、請求項1または2に記載の細胞吸着材。
【請求項4】
金属がアルミニウム、チタン、クロム、鉄、コバルト、銅、亜鉛、銀、インジウム、スズ、ランタニドから選ばれる1種以上の金属である、請求項3に記載の細胞吸着材。
【請求項5】
水不溶性担体の表面に存在する金属が、細胞への吸着率が50%以上の金属である、請求項1から4の何れかに記載の細胞吸着材。
【請求項6】
水不溶性担体の表面に存在する金属が、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率との比が2以上である金属である、請求項1から4の何れかに記載の細胞吸着材。
【請求項7】
水不溶性担体の表面に存在する金属が、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率との比が0.5以下である金属である、請求項1から4の何れかに記載の細胞吸着材。
【請求項8】
請求項1から4の何れかに記載の細胞吸着材と細胞とを接触させる工程、及び細胞吸着材に吸着した細胞又は細胞吸着材に吸着しなかった細胞を回収する工程を含む、細胞の回収方法。
【請求項9】
請求項5又は6に記載の細胞吸着材と細胞とを接触させる工程、及び細胞吸着材に吸着した細胞を回収する工程を含む、細胞の回収方法。
【請求項10】
請求項7に記載の細胞吸着材と細胞とを接触させる工程、及び細胞吸着材に吸着しなかった細胞を回収する工程を含む、細胞の回収方法。
【請求項11】
水不溶性担体と金属からなる細胞吸着材であって、少なくとも該水不溶性担体の表面に金属が存在している細胞吸着材において用いるための金属種のスクリーニング方法であって、(1)細胞吸着材に吸着させる一つまたは複数の細胞を決定する工程、及び(2)前記工程(1)で決定した細胞を金属イオン含有液に接触させ、該細胞と親和性のある金属を選定する工程、を含む上記のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記工程(2)において、吸着率が50%以上の金属を、細胞と親和性のある金属として選定する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
(1)細胞分離材で分離回収する細胞と分離除去する細胞を決定する工程、及び(2)前記工程(1)で決定した細胞を金属イオン含有液に接触させ、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率に差がある金属を選定する工程を含む、細胞分離材に用いる金属種のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記工程(2)において、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率との比が2以上または0.5以下である金属を、分離回収する細胞への吸着率と分離除去する細胞への吸着率に差がある金属として選定する、請求項13に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−53950(P2007−53950A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−242571(P2005−242571)
【出願日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】