説明

細胞培養方法及び細胞培養装置

【課題】細胞培養において溶液を添加した際、培養槽内の局所領域の濃度変化を迅速に解消する。
【解決手段】液体培地を用いて細胞培養を行うに際して、当該液体培地に添加する溶液を空間的に複数に分割して添加する。溶液としては、アルカリ溶液、酸性溶液、若しくはアミノ酸、ビタミン、ミネラル及びタンパクの少なくともいずれか1つを含む培地溶液を挙げることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、医薬品等の主原料となる物質を生産する細胞を培養する際に適用される細胞培養方法及び細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体医薬をはじめとする医薬品は、細胞が産生する物質を主成分として含有している。このような物質は、例えば動物細胞により分泌生産されるため、動物細胞を培養し、培養液中に分泌された目的物質を分離精製することで得ることができる。
【0003】
細胞培養における培養方式は、種細胞を摂取してから培養終了時まで何も加えない回分培養方式、培養中に制限基質を加えるが培養終了時まで培養液は抜き取らない流加培養方式、培地を連続的に加えると共に等量の培地を抜いていく連続培養法式の3種類に分類できる。工業的な大量培養にはバリデーションの容易さより回分培養法が現在多く用いられている。
【0004】
細胞を用いた有用物質の生産方法においては、大量に使用する培地にかかるコストが高く、有用物質を低コストに提供することが困難である。したがって、細胞による有用物質の生産方法においては、より効率のよい培養方式が望まれている。現在主流の回分培養方式では、細胞の増殖と共に培地中の栄養源が減少し、乳酸、アンモニアなどの有害代謝産物が蓄積するため、細胞増殖期間を長く保つことができず、結果として有用物質の収率は低い。
【0005】
この問題を解決するために、近年、流加培養方式が検討されている。この方式では、流加培養と流加方法を工夫する方式が提案されている。具体的には、エネルギー源の一つであるグルコースの利用と、主として乳酸代謝からTCAサイクルによる完全酸化とによってエネルギー源を効率的に利用させる方式である。これにより、有害代謝産物の蓄積を防いで高密度で細胞培養を達成することができる。また、流加培養方式は、回分培養方式で使用した既存の微生物培養装置の設備、ノウハウが応用できるメリットもある。
【0006】
特許文献1には、発酵培養槽に滅菌用添加剤を不連続な霧状に添加する方法が開示されている。特許文献1に開示された培養方法によれば、滅菌用添加剤を不連続な霧状に添加することによって培地表面の気泡を効率的に消泡している。また、特許文献2には、炭素源フィード液を連続的に添加する培養装置が開示されている。さらに、特許文献3には、比重の重い疎水性溶媒を培養槽内に複数の液滴が培養液中を漂うように供給する装置が開示されている。
【0007】
【特許文献1】特表2003−505102号公報
【特許文献2】特開平5−76346号公報
【特許文献3】特開平11−187868号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、上述したような如何なる培養方式においても、培養期間中に種々の溶液を培地中に添加する場合がある。例えば、培地中のpHを制御するためのアルカリ溶液や酸性溶液、流加培養におけるフィード培地等を培地に所望のタイミングで添加している。これら種々の溶液を培地に添加した際、当該溶液が高濃度で存在する領域が形成されるが、当該領域は培養対象の細胞にとって過酷な環境となる。例えば、高濃度のアルカリ溶液の添加は、pHの高い領域を作り、その領域では細胞は死滅もしくは損傷を被る虞がある。また、フィード培地は高濃度に調製されているため、流加培養においてフィード培地を添加した場合、高栄養濃度領域が形成されることになり、この領域では本来あるべき流加培養の効果が発揮できない。
【0009】
すなわち、細胞培養において種々の溶液を添加することで細胞の生育に影響が生ずることがある。例えば細胞を利用した種々の物質生産を行う場合には、これに起因して生産性が低下するといった問題がある。そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、細胞培養において溶液を添加した際、培養槽内の局所領域の濃度変化が迅速に解消される培養方法及び培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成した本発明に係る細胞培養方法は、液体培地を用いて細胞培養を行うに際して、当該液体培地に添加する溶液を空間的に複数に分割して添加することを特徴とするものである。特に、上記溶液としては、高濃度になるにつれ生産物質の生産性を減じる溶液、高濃度になるにつれ細胞に死滅若しくは損傷を与える溶液、細胞内のエネルギー代謝の回転を悪くする性質をもつ溶液、高濃度になるにつれ培養液成分に変性を生ずる性質をもつ溶液、又は高濃度になるにつれ副生成物を生成する性質をもつ溶液を挙げることができる。より具体的、上記溶液としては、アルカリ溶液、酸性溶液、若しくはアミノ酸、ビタミン、ミネラル及びタンパクの少なくともいずれか1つを含む培地溶液を挙げることができる。本発明に係る細胞培養方法において、一例として、上記溶液は噴霧ノズルによって培地に添加される。また、他の例として、上記溶液は複数の液滴として培地に添加される。
【0011】
さらに上述した目的を達成した本発明に係る細胞培養装置は、液体培地を用いて細胞培養を行う培養槽と、上記培養槽内の培地に対して、溶液を空間的に複数に分割して添加する溶液添加手段とを備える。本発明に係る細胞培養装置は、上記溶液として、例えば、高濃度になるにつれ生産物質の生産性を減じる溶液、高濃度になるにつれ細胞に死滅若しくは損傷を与える溶液、細胞内のエネルギー代謝の回転を悪くする性質をもつ溶液、高濃度になるにつれ培養液成分に変性を生ずる性質をもつ溶液、又は高濃度になるにつれ副生成物を生成する性質をもつ溶液を培地中に添加することができる。より具体的に上記溶液としては、アルカリ溶液、酸性溶液、若しくはアミノ酸、ビタミン、ミネラル及びタンパクの少なくともいずれか1つを含む培地溶液を挙げることができる。本発明に係る細胞培養装置において、上記溶液供給手段は少なくとも1以上の噴霧ノズルを備えることが好ましい。また、本発明に係る細胞培養装置において、上記溶液供給手段は上記溶液を複数の液滴として培地に添加する少なくとも1以上のノズルを備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る細胞培養方法によれば、培地に種々の溶液を添加する培養方式であっても、培養対象の細胞の生存率、生育状態及び物質生産性を良好に維持することができる。また、本発明に係る細胞培養装置によれば、培地に種々の溶液を添加する培養方式を適用した場合であっても、培養対象の細胞の生存率、生育状態及び物質生産性を良好に維持することができる。したがって、本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置によれば、例えば、培養対象の細胞に物質を生産させる際に、当該物質の生産性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置を図面を参照して詳細に説明する。本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置は、医薬品等の主原料となる物質を生産する細胞を培養する際に適用することができる。本発明において、生産対象の物質としては、何ら限定されるものではなく、例えば抗体や酵素等のタンパク質、低分子化合物及び高分子化合物等の生理活性物質を挙げることができる。また、培養対象の細胞としては、何ら限定されるものではなく、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、細菌、酵母、真菌及び藻類等を挙げることができる。特に、本発明に係る細胞培養方法は、抗体や酵素等のタンパク質を生産する動物細胞を培養対象とすることが好ましい。また、本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置は、上述したような物質生産を目的とするものに限定されず、細胞を培養して細胞自体を大量に取得するような際にも適用することができる。
【0014】
本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置では、アミノ酸濃度及び/又は炭素源濃度を所定の値に調整した初期培地を準備する。ここで、アミノ酸とは、天然タンパク質を構成する20種類のアミノ酸、シスチン、ヒドロキシリジン、ヒドロキシプロリン、チロキシン、O-ホスホセリン、デスモシン等を挙げることがでる。炭素源としては、特に限定されないが、細胞培養に一般的に使用される炭素源を挙げることができる。例えば、グルコース、ラクトース、ガラクトース、ラフィノース、マンノース、セロビオース、アラビノース、キシロース、ソルビトール、フルクトース、スクロース及びマルトース等の糖類を挙げることができる。また、炭素源としては、糖類以外にもアルコールを使用しても良い。
【0015】
細胞培養装置の一例としては、図1に示すように、細胞を接種するための接種口1と、培養溶液中の状態を測定するためのDO電極2、pH電極3及び測温抵抗体4と、培養液の温度を調整するためのヒータ5と、培養液を攪拌するための攪拌翼6と、培養液のサンプリングのためのサンプリング口7と、培養中の溶液の添加するためのアルカリ添加配管8と、フィード培地添加配管9と、ガス交換のための空気入口10と、排気口11と、液中通気するためのスパージャー12と、通気により液面に生じる泡を除去するための消泡電極13と、培養終了時の培養液を回収するための液出口14とを備えている。また、細胞培養装置は、培養槽20を滅菌するための温調水入口15、温調水出口16、洗浄のためのCIP(定置洗浄)口17及びスプレーボール18を備えている。なお、図示しないが、細胞培養装置は培養中の細胞19の様子を目視で観測するための覗窓や照明を有している。
【0016】
また、細胞培養装置における培養槽20の周りには、図2に示すように、培地を調製するための培地調製槽21、培地成分補給のためのフィード培地を貯めた培地供給槽22、培養の状況をモニタリングしたデータを記録する記録装置23、モニタリングから培養状況を判断する解析装置24、解析結果から培養運転を制御する制御装置25、洗浄や滅菌等で使用するための純水製造装置26、ピュアスチーム(PS)発生装置27、WFI (Water for Injection)発生装置28が設置されている。なお、培地調製槽21と培養槽20との間はフィルタ29を介して接続されている。
【0017】
特に、細胞培養装置は、培地に溶液を添加するための溶液添加手段を有している。図1及び2に示した細胞培養装置において、溶液添加手段は、アルカリ添加配管8及びフィード培地添加配管9、並びに培地供給槽22となる。また、溶液添加手段は、pH電極3で測定した培地のpH値を記録装置23で記録し、このpH値が閾値を下回ったときに制御装置25によって所定量のアルカリ溶液をアルカリ添加配管8から添加するような構成であっても良い。また、溶液添加手段は、予め設定したフィード培地の添加タイミングに基づいて制御装置25によって所定量のフィード培地をからフィード培地添加配管9から添加するような構成であっても良い。
【0018】
特に、本発明に係る細胞培養装置において、溶液添加手段は、添加対象の溶液を空間的に複数に分割して添加する。ここで、添加対象の溶液とは、特に限定されず、細胞の培養に際して培地に添加される種々の溶液を挙げることができる。本発明を適用して、空間的に複数に分割して添加することが望ましい溶液としては、培地において高濃度になるにつれ生産物質の生産性を減じるような性質を有する溶液、高濃度になるにつれ細胞に死滅若しくは損傷を与えるような性質を有する溶液、細胞内のエネルギー代謝の回転を悪くする性質をもつ溶液、高濃度になるにつれ培養液成分に変性を生ずる性質をもつ溶液、又は高濃度になるにつれ副生成物を生成する性質をもつ溶液を挙げることができる。より具体的に、溶液としては、培地のpHを調製するためのアルカリ溶液及び酸性溶液を挙げることができる。これらアルカリ溶液及び酸性溶液は、高濃度な状態で細胞と接触すると、生産物質の生産性を減じるように作用したり、細胞に死滅若しくは損傷を与えるように作用したり、培養液成分に変性を生ずるように作用する虞がある。また、溶液としては、培地成分を補充するための培地溶液を挙げることができる。培地溶液とは、アミノ酸、ビタミン、ミネラル及びタンパクの少なくともいずれか1つを含む組成の溶液を意味する。この培地溶液は、高濃度で細胞と接触すると細胞内のエネルギー代謝の回転を悪くするように作用したり、高濃度になるにつれ培養液成分に変性を生ずるように作用したり、或いは高濃度になるにつれ副生成物を生成する性質をもつ虞がある。
【0019】
添加対象の溶液を空間的に複数に分割して添加するには、例えば、配管の先端部における開口部を複数箇所設けた構成や、配管の先端部をメッシュ状にした構成を挙げることができる。空間的に複数に分割して所定量の溶液を添加した場合、等量の溶液を一括して添加した場合と比較して、個々の液滴が小径となり、培地に接触する比表面積が大となる結果、短時間で分散して均一な状態となる。このため空間的に複数に分割して所定量の溶液を添加した場合、当該溶液が高濃度で存在する領域を小さくすることができるとともに、より短時間で均一な濃度状態とすることができる。
【0020】
また、添加対象の溶液を空間的に複数に分割して添加するには、図3に示すように、培地に面する配管の先端部が複数に分岐したような溶液添加路31を使用しても良い。この溶液添加路31において、配管の先端部は複数の開口部を有するような構成やメッシュ状の構成としても良い。
【0021】
さらに、添加対象の溶液を空間的に複数に分割して添加するには、例えば溶液を霧状とするようなものであってもよい。添加対象の培地を霧状に添加するには、例えば図4に示すように、噴霧ノズルを使用した構成を適用することができる。噴霧ノズルは、例えば0.5〜10kPaの高圧空気室32と、添加溶液が供給される溶液室33とから構成されている。溶液室33に溶液を供給するとともに高圧空気を高圧空気室32に供給することによって、先端部から排出される溶液を霧状とすることができる。溶液室33には、溶液タンクTからポンプ装置35を用いて溶液を供給することができる。なお、溶液の供給量は、歪ゲージ圧力計34を用いることで制御することができる。また実際には、添加が必要なときに信号を送り、歪ゲージ圧力計を制御することで、添加制御を行うことができる。
【0022】
さらにまた、添加対象の培地を霧状に添加するには、例えば図5に示すように、バブルジェット方式のノズルを使用することができる。バブルジェット方式ノズルは、上面にピエゾ素子36を配設した振動板37と、溶液を供給する供給孔38及び供給孔38に供給された溶液を排出するノズル孔を有するノズル部材とが一体となるように構成されている。バブルジェット方式ノズルにおいて、供給孔38から入った溶液は、振動板37とノズル部材との間の空間に入る。ピエゾ素子36に電圧をかけることで振動板37が湾曲し、内部空間が狭まり、ノズル孔39から溶液40が噴射する。なお、溶液の添加が必要なときに信号を送り、ピエゾ素子に電圧をかけることで添加制御を行うことができる。
【0023】
また、図4に示したような噴霧ノズル或いは図5に示したようなバブルジェット方式ノズルを使用する場合、細胞培養装置は、これら噴霧ノズルやバブルジェット方式ノズルを確実に滅菌できるようなシステムを備えることが好ましい。具体的には、添加対象の溶液を噴霧ノズルやバブルジェット方式ノズルに供給するための配管51の中途部にバルブ53を介してピュアスチーム(PS)発生装置27を接続し、ピュアスチーム(PS)発生装置27からのピュアスチームを培養槽内に供給するためのスチーム用配管52を配設し、培養槽の底部にドレイントラップ54を配設する。以上のように構成することによって、噴霧ノズルやバブルジェット方式ノズルを使用した場合であっても確実に滅菌することができる。具体的にノズルの滅菌に関しては、バルブ53を開き、配管51に例えば121℃のピュアスチームを流すことにより、配管51を滅菌するとともに配管51内にできる液溜まりを除去する。同時に配管52に例えば121℃のピュアスチームを流し、培養槽内の温度を100℃以上に上げる。これにより、ノズル内の液溜まりを確実に除去することができる。この際、培養槽内の底に液溜まりが生じるが、ドレイントラップ54を開くことにより除去することができる。以上の操作により配管51、培養槽、ノズルのすべてを滅菌することができる。なお滅菌法は、本方法に限らず、乾熱滅菌等の他の滅菌方法を適用することもできる。
【0024】
以上のように構成された細胞培養装置によれば、以下のようにして、細胞の生育や細胞による物質生産に悪影響を及ぼすことなく細胞培養を行うことができる。なお、培養の前に培養槽内及び配管は、上述したように121℃のスチームで20分以上滅菌する。PS発生装置27からのピュアスチームを用いることによって、培養に関与するすべての配管および培養槽等、pH計等の各計器類も滅菌することができる。培地調製槽21内でWFIを用いて培地を調製し、0.25μm孔のフィルタ29を通して、培養槽内へと送液する。培養槽内の培地をヒータ5に温調水を流すことにより例えば37℃に制御し、攪拌翼6で攪拌しながら、空気、窒素、酸素、二酸化炭素を適切に混合させた混合ガスを空気入口10から入れることで、培地のpH及びDO(溶存酸素濃度)を培養に適した値に調整する。その後、種培養しておいた細胞を接種口1より無菌的に入れた。
【0025】
培養開始後、培養状態を確認及び制御するため、適時サンプリング口7より培養液のサンプリングを行う。サンプリングに関しては、滅菌の為、まず、配管に121℃のピュアスチームを20分以上流し、滅菌空気を送風することで乾燥させる。必要に応じてこの工程を複数回繰返してもよい。その後、配管の温度を冷まし、バルブを開いてサンプリング口7から培養液を採取し、目的量を確保したらバルブを閉じ、上記滅菌工程を経て配管の滅菌を行う。採取した培養液は調べたい成分に適した分析計を用いて分析することができる。
【0026】
培養中、液面上でのガスの交換が制御に間に合わなくなれば、あるいはその前に混合ガスの通気を液面からの通気からスパージャー12を用いた液中通気を行うことで制御を行うことができる。
【0027】
特に、本発明に係る細胞培養装置によれば、細胞の増殖に伴って培地のpHが設定値より酸性へと傾いた場合、アルカリ溶液の添加を行うことで培地のpH調節を行うことができる。このとき、培地に添加されるアルカリ溶液の添加量は、目的とする培地のpH値に応じて算出されることとなる。添加量が決まったアルカリ溶液は、空間的に複数に分割されて培地に添加される。これにより、高濃度のアルカリ溶液が高濃度で存在する領域を小さくすることができるため、細胞に対する損傷や死滅を防止することができる。また、添加されたアルカリ溶液は、より短時間で均一に分散することができ、短時間で培地全体のpH調節を行うことができる。
【0028】
また、本発明に係る細胞培養装置では、所定のタイミングで培地成分補給のためのフィード培地の添加を行う。フィード培地の添加は、培養中のサンプリングした培養液の成分を分析し、その結果から細胞が消費した栄養量を決定し、次にフィードするまでに必要なフィード培地の添加量を計算する。添加量が決まったフィード培地は空間的に複数に分割されて培地に添加される。これにより、培地中においてフィード培地が局所的に高濃度となることを防止できるため、培養中の細胞内のエネルギー代謝効率を維持できるとともに副生成物等の生成を防止することができる。その結果、細胞の増殖や細胞による物質生産を阻害することを防止できる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕添加溶液を分割することによる効果
(実験方法)
本実施例ではマウスマウスハイブリドーマであるCRL-1606細胞(American Type Culture Collectionより購入)を用いた。この細胞は抗フィブロネクチン抗体を分泌する浮遊系の細胞である。培養にはIscove's Modified Dulbecco's Medium(IMDM培地)に5%濃度になるようにFetal bovine serum(FBS)を添加した培地を用いた。以下血清培地と呼ぶ。
【0030】
細胞の調製を示す。血清培地で培養した細胞を遠心機により沈降させ(800rpm、5分)、上澄み液(培養液)を取り除き、2mol/lの塩酸でpH6.0に調製した血清培地を添加し、細胞数密度を0.8×10cells/mlとした後、径9cmの丸型培養皿に10ml加えた。アルカリ溶液の添加法を示す。pHを中性に戻すため、この培養皿の上から図6(a)に示すような構成で培養皿の中心に0.5mlの2%NaOHを1滴添加する場合、図6(b)に示すような構成で0.25mlの2%NaOHを2滴(計0.5 ml)添加する場合、図6(c)に示すような構成で0.17mlの2%NaOHを3滴(計0.5 ml)添加する場合、図6(d)に示すような構成で0.5mlの2%NaOHを噴霧して添加する場合、の4通りについて培養を行った。評価はNaOH添加前後での細胞の生存率により行った。細胞の生存率については、トリパンブルー染色法を用いBioProfile 100Plus(Beckman Coulter)を利用した。
【0031】
結果を図7に示す。1箇所からNaOHを添加した場合、生存率が添加前より68%と大きく減少したのに対し、2箇所、3箇所から分けてNaOHを添加した場合、それぞれ80%、82%となり、更に、噴霧状に添加した場合には85%とアルカリ溶液による細胞損傷が改善された。以上の結果から、培地中のpHを調節するためのアルカリ溶液を空間的に複数に分割して添加することによって、培養中の細胞に対する損傷や死滅といった影響を大幅に低減できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明を適用した細胞培養装置における培養槽を模式的に示す概略構成図である。
【図2】本発明を適用した細胞培養装置における培養槽の周辺装置を模式的に示す概略構成図である。
【図3】本発明を適用した細胞培養装置における分岐型配管を模式的に示す概略構成図である。
【図4】ノズルを用いた添加方式を模式的に示す概略構成図である。
【図5】バブルジェットを用いた添加方式を模式的に示す概略構成図である。
【図6】実施例におけるNaOHの添加方法を示す図である。(a)は培養皿の円中心に対して一括して添加する場合、(b)は培養皿の2箇所から同時に添加する場合、(c)培養皿の3箇所から同時に添加する場合、(d)スプレーにより霧状に添加する場合であり、それぞれ右に示した図中の×はNaOHを添加した培養皿中の位置を示す。
【図7】実施例におけるNaOHの添加方法の違いによる生存率の変化を示した図である。
【符号の説明】
【0033】
1…接種口、2…DO電極、3…pH電極、4…測温抵抗体、5…ヒータ、6…攪拌翼、7…サンプリング口、8…アルカリ添加配管、9…フィード培地添加配管、10…空気入口、11…排気口、12…スパージャー、13…消泡電極、14…液出口、15…温調水入口、16…温調水出口、17…CIP(定置洗浄)口、18…スプレーボール、19…細胞、20…培養槽、21…培地調製槽、22…培地供給槽、23…記録装置、24…解析装置、25…制御装置、26…純水製造装置、27…ピュアスチーム(PS)発生装置、28…WFI発生装置、29…フィルタ、30…ポンプ、31…分岐型配管、32…高圧空気室、33…アルカリ溶液室、34…歪ゲージ式圧力計、35…ポンプユニット、36…ピエゾ素子、37…振動板、38…供給孔、39…ノズル孔、40…液滴、51…アルカリ溶液添加用配管、52…スチーム用配管、53…ドレイン用バルブ、54…ドレイントラップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体培地を用いて細胞培養を行うに際して、当該液体培地に添加する溶液を空間的に複数に分割して添加することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項2】
上記溶液は、高濃度になるにつれ生産物質の生産性を減じる溶液、高濃度になるにつれ細胞に死滅若しくは損傷を与える溶液、細胞内のエネルギー代謝の回転を悪くする性質をもつ溶液、高濃度になるにつれ培養液成分に変性を生ずる性質をもつ溶液、又は高濃度になるにつれ副生成物を生成する性質をもつ溶液であることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項3】
上記溶液は、アルカリ溶液、酸性溶液、若しくはアミノ酸、ビタミン、ミネラル及びタンパクの少なくともいずれか1つを含む培地溶液であることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項4】
上記溶液は、噴霧ノズルによって培地に添加されることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項5】
上記溶液は、複数の液滴として培地に添加されることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項6】
液体培地を用いて細胞培養を行う培養槽と、
上記培養槽内の培地に対して、溶液を空間的に複数に分割して添加する溶液添加手段とを備える細胞培養装置。
【請求項7】
上記溶液は、高濃度になるにつれ生産物質の生産性を減じる溶液、高濃度になるにつれ細胞に死滅若しくは損傷を与える溶液、細胞内のエネルギー代謝の回転を悪くする性質をもつ溶液、高濃度になるにつれ培養液成分に変性を生ずる性質をもつ溶液、又は高濃度になるにつれ副生成物を生成する性質をもつ溶液であることを特徴とする請求項6記載の細胞培養装置。
【請求項8】
上記溶液は、アルカリ溶液、酸性溶液、若しくはアミノ酸、ビタミン、ミネラル及びタンパクの少なくともいずれか1つを含む培地溶液であることを特徴とする請求項6記載の細胞培養装置。
【請求項9】
上記溶液供給手段は、少なくとも1以上の噴霧ノズルを備えることを特徴とする請求項6記載の細胞培養装置。
【請求項10】
上記溶液供給手段は、上記溶液を複数の液滴として培地に添加する少なくとも1以上のノズルを備えることを特徴とする請求項6記載の細胞培養装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2009−89698(P2009−89698A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−266222(P2007−266222)
【出願日】平成19年10月12日(2007.10.12)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.バブルジェット
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】