説明

細胞培養方法及び細胞培養装置

【課題】細胞が要求する物質を培養に適切な濃度に確実に維持する一方で、増殖を阻害する物質の蓄積を抑制しつつ培養を行う、方法と装置の提供。
【解決手段】細胞を培養している培養液中のアンモニア濃度と細胞濃度の分析値から、細胞当たりのアンモニア生産速度を算出する工程と、算出した上記細胞当たりのアンモニア生産速度に基づいて、培養液2に含まれるアミノ酸、特にグルタミン酸の濃度を調整する、細胞培養方法と細胞培養装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物細胞や微生物などの細胞を培養する細胞培養方法及び細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体細胞を培養する場合においては、培養環境、すなわち培養槽内を培養に最適な条件に維持することに加え、生体細胞が生存発育のために必要な栄養成分を、無機または有機化合物として培地から与える必要がある。このため、溶存酸素濃度、pH、温度、撹拌速度、等の制御に加えて、生体細胞が要求する物質を培養の途中で補充することが行われている。培養の途中に生体細胞が要求する物質を溶解させた培地を補給する培養手法には、流加培養(Fed-Bach Culture)、連続培養(Continuous Culture)および灌流培養(Perfusion Culture)がある。流加培養は、培養中の培養槽に生体細胞が要求する物質を溶解させた液体を補給しながら培養する方法である。連続培養は、培養中の培養槽から培養液の一部を引き抜き、引き抜き量相当分の補給液を補給しながら培養する方法である。灌流培養は、培養中の培養槽から培養液の細胞を分離して液分のみを引き抜き、引き抜き量相当分の補給液を補給しながら培養する方法である。いずれの培養方法においても、生体細胞が要求する物質を過不足なく供給することが肝要である。
【0003】
生体細胞が要求する物質を供給する方法として、特許文献1(特開平6−277049号公報)には、培養液中のグルコース濃度を指標とした培地交換方法が記載されている。特許文献2(特開平6−105680号公報)には、培養液中のグルコース濃度および乳酸濃度をそれぞれ1g/L以上および2.7g/L以下に保持するよう培地を補給する。特許文献3(特開平7−39372号公報)は培養液中のグルコース濃度を1g/L以上に保持するよう濃縮培地を補給する。特許文献4(特開平8−131161号公報)は培養液の電気伝導度の変化を指標として濃縮培地を補給する。
【0004】
また、特許文献5(特表2004−532642号公報)には、流加培養の手法を用いて培養の途中でグルコース濃度を高くすることでポリペプチドの収率を向上することが述べられている。
【0005】
一方、培養中には細胞の代謝に伴い各種の老廃成分が分泌されるが、その中で特にアンモニアは、細胞代謝の有毒副生物であり、培養液に蓄積されるので、細胞成長及び所望の最終生成物の生成を抑制する。この問題を解決するために多くの努力がなされてきた。細胞の増殖を阻害するレベルのアンモニアが蓄積したタイミングで、アンモニアを含有する培養液を培養槽の系外に廃棄し、新たな培地を供給する培養手段が取られる。培地には高価な血清や成長因子、アミノ酸、ビタミン類が添加されているが、これらの消耗量が極めて大きくなるのでコスト面で得策ではない。また、アンモニアの蓄積を抑制するために、新たに供給する培地中のグルタミン(主要アンモニア源)の厳密な濃度制御が行なわれる。培養槽に蓄積したアンモニアを除去する方法も公開されている。特許文献6(特開平2−276571号公報)には、高分子マトリックスを支持体とする流体膜を介して酸性ストリップ液と接触させる方法が記述されている。また、特許文献7(特開平2−2342号公報)には、二酸化炭素非含有気体で曝気処理してアンモニアを液中から除去する方法が記述されている。
【0006】
【特許文献1】特開平6−277049号公報
【特許文献2】特開平6−105680号公報
【特許文献3】特開平7−39372号公報
【特許文献4】特開平8−131161号公報
【特許文献5】特表2004−532642号公報
【特許文献6】特開平2−276571号公報
【特許文献7】特開平2−2342号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、細胞が要求する物質を培養に適切な濃度に確実に維持する一方で、増殖を阻害する物質の蓄積を抑制しつつ培養を行うことができる細胞培養方法及び細胞培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、特に、細胞の成育に障害となるアンモニアの蓄積を抑制するために鋭意検討を行なった結果、培養液中のアミノ酸濃度がアンモニア生成速度と良い相関を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、上記目的を達成する本発明は、以下の内容を包含する。
(1)細胞を培養している培養液中のアンモニア濃度と細胞濃度の分析値から、細胞当たりのアンモニア生産速度を算出する工程と、算出した上記細胞当たりのアンモニア生産速度に基づいて、培養液に含まれるアミノ酸の濃度を調整することを特徴とする細胞培養方法。
(2)上記細胞当たりのアンモニア生産速度が所定の値を上回る場合に、培地中のアミノ酸濃度を低減するようにアミノ酸の供給を調整することを特徴とする(1)記載の細胞培養方法。
(3)上記所定の値を5×10-14mol/cell/hとすることを特徴とする(2)記載の細胞培養方法。
(4)上記アミノ酸はグルタミン酸であることを特徴とする(1)記載の細胞培養方法。
(5)充填された培養液において細胞を培養する培養槽と、上記培地槽にアミノ酸を含有する補充培地を供給する供給手段と、上記供給手段による補充培地の供給量及び/又は供給タイミングを調節する制御手段とを有し、上記制御手段は、培養液中のアンモニア濃度と細胞濃度の分析値から算出されたアンモニア生産速度に基づいて、上記供給手段から供給する補充培地の供給量及び/又は供給タイミングを調節して培養液に含まれるアミノ酸の濃度を調整することを特徴とする細胞培養装置。
(6)上記制御手段は、上記細胞当たりのアンモニア生産速度が所定の値を上回る場合に、培地中のアミノ酸濃度を低減するように上記供給手段を制御することを特徴とする(5)記載の細胞培養装置。
(7)上記所定の値を5×10-14mol/cell/hとすることを特徴とする(6)記載の細胞培養装置。
(8)上記アミノ酸はグルタミン酸であることを特徴とする(5)記載の細胞培養装置。
(9)上記培養槽内の培養液の細胞濃度を測定する手段及びアンモニア濃度を測定する手段を更に有することを特徴とする(5)記載の細胞培養装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、培養中のアンモニア生産速度を指標として培養液中のアミノ酸濃度を調節することで、培養液中のアンモニアの蓄積を抑制することができる。これにより、培養細胞の代謝反応を効率的に行うことができ、また、特に細胞の増殖を阻害するアンモニアの蓄積を抑制できるので、細胞を長期にかつ高濃度に培養することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置を、図面を参照して詳細に説明する。本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置では、培養液中のアンモニア濃度と細胞濃度の分析値から、細胞当たりのアンモニア生産速度を算出し、算出した上記細胞当たりのアンモニア生産速度に基づいて、培養液に含まれるアミノ酸の濃度を調整するものである。このような本発明に係る細胞培養装置の一例を図1に示す。
【0012】
図1は、細胞を培養する培養装置の制御方法を示すブロック図である。培養装置は、目的の細胞を培養する培養槽1と、培養槽1に充填された培養液2を撹拌する攪拌機3と、攪拌機3を駆動する駆動用モーター4と、培養槽1内部に配置されたスパージャー5と、培養槽1内のpH、溶存酸素濃度、温度及び撹拌速度を計測する計測手段6と、スパージャー5に接続されスパージャー5からの供給ガスを計測する計測手段7と、培養槽1の上部に接続され培養液の上面空間に供給する供給ガスを測定する計測手段8と、補充培地を充填した補充培地槽9と、補充培地槽9内の補充培地を培養槽1に供給する供給手段10と、培養槽1内の培養液を採取する試料採取ライン11と、駆動用モーター4、計測手段6、計測手段7及び供給装置10に接続された操作手段12と、操作手段12による操作を制御する制御装置13とを備えている。
【0013】
なお、図1中には図示していないが、空気、酸素、窒素および炭酸ガス等のガス供給設備、温水冷水供給設備、蒸気供給設備及び給排水設備を備えていてもよい。また、計測手段6、7及び8については、検出項目毎に1つの検出手段が用いることができるが、図1中には簡略化のため1つのみ記載した。
【0014】
また、制御装置13は、少なくとも、培養液中のアンモニア濃度と細胞濃度といった分析値が入力され、入力された分析値に基づいて細胞当たりのアンモニア生産速度を算出し、算出した上記細胞当たりのアンモニア生産速度に基づいて、培養液に含まれるアミノ酸の濃度を調整するように供給手段10を制御する。具体的に、制御装置13は、個別制御手段22、コンピュータ23、記憶手段24、表示手段25及び警報手段26とを備えている。
【0015】
上述のように構成された培養装置においては、培養槽1内に張り込まれた培養液2を駆動用モーター4により駆動される攪拌機3で撹拌することができ、培養液を均一に混合すながら細胞培養を行うことができる。培養に必要な酸素は、酸素含有ガスを槽底部に配置されたスパージャー5から液中に供給する液中通気法と槽上部気相部に通気する上面通気法の二つの方法により供給される。
【0016】
図1に示す培養装置においては、試料採取ライン11において培養液の一部が採取され、分析用の採取試料14を採取する。採取された採取試料14は、分析装置15にて分析される。分析装置15は、分析結果として得られる分析値16を制御装置13に出力する。制御手段は、この分析値16を入力手段27を介してコンピュータ23に入力する。分析値16としては、少なくとも細胞濃度及びアンモニア濃度が含まれる。これら細胞濃度及びアンモニア濃度以外に分析値16には、細胞生存率、グルコース濃度、乳酸濃度、グルタミン濃度、乳酸脱水素酵素活性濃度及び目的生産物濃度等が含まれていても良い。
【0017】
また、図1に示す培養装置においては、計測手段6で計測された計測値17及び計測手段7並びに計測手段8で計測された計測値18が制御装置13のコンピュータ23に入力される。
【0018】
図1に示す培養装置による細胞培養方法は、生体細胞が要求する物質を培養途中において供給しつつ培養する際に、前記培養装置の運転状態を計測して計測値を得る第一ステップと、前記培養装置から採取した培養液試料を分析して分析値を得る第二ステップと、前記計測値と前記分析値とから生体細胞が要求する物質の必要量を得る第三ステップと、前記必要量を基に生体細胞が要求する物質の供給を制御する第四ステップとを有するものである。特に、本発明に係る培養装置では、第二ステップにおいて培養液試料の細胞濃度及びアンモニア濃度を分析値として取得し、これら細胞濃度及びアンモニア濃度から細胞当たりのアンモニア生産速度を算出する。そして、本発明に係る培養装置では、第四ステップにおいて、アンモニア生成速度に基づいて、グルタミン等のアミノ酸を含む補充培地の供給量を制御する。
【0019】
より具体的に、図1に示す培養装置によれば、細胞当たりのアンモニア生産速度が所定の値(例えば、5×10-14mol/cell/h)を上回る場合に、培地中のアミノ酸濃度を低減するようにアミノ酸の供給を調整することが好ましい。ここで、細胞増殖速度に対するアンモニアによる細胞増殖阻害を示すグラフを図2に示す。図2に示すように、培養液中のアンモニア濃度が高くなればなるほど、細胞の比増殖速度は低下することが理解できる。また、培養液中のグルタミン濃度と細胞当たりのアンモニア生産速度との関係を示すグラフを図3に示す。図3に示すように、培養液中のグルタミン濃度が高くなればなるほど、細胞当たりのアンモニア生産速度が上昇することが理解できる。また、アンモニア生成速度の算出方法を示す概念図を図4に示す。図4に示すように、生細胞数時間積分値と総アンモニア生産量とから、アンモニア生産速度を算出できることが理解できる。
【0020】
以上のように、本発明に係る培養装置によれば、グルタミン等のアミノ酸を含む補充培地を培養液に供給するに際して、細胞当たりのアンモニア生産速度を基準として供給タイミング及び供給量を制御することで、培養液に含まれるグルタミン等のアミノ酸濃度を制御している。これにより、細胞の増殖に悪影響を及ぼすアンモニアが培養液中に過剰に蓄積されることなく、優れた細胞増殖速度を達成することができる。
【0021】
さらに、本発明に係る培養装置において制御装置13は、計測値18を用いて予め設定された目標値を目標として培養制御を行う第一の制御手段と、計測値18、計測値17及び分析値16とを用いて前記目標値の妥当性を検証し、該検証過程と結果、記憶装置24に格納された前回の検証過程と結果及び過去の培養データと比較し、前記目標値の妥当性を検証して必要な場合には該目標値を変更し、若しくは必要な場合には異常警報を出力する第二の制御手段とを備えていてもよい。
【0022】
個別制御手段22は、予め設定された目標値と培養槽に設けた計測手段6より得られる計測値を比較して動作信号を操作手段12に伝達して操作量を変更することにより、制御目標値にそれぞれの計測値が収束するよう自律的に制御動作を実行する第一ステップの制御を行う。
【0023】
個別制御手段22としては特に限定するものではなく、pH、溶存酸素濃度及び温度等を制御量とするものが用いられる。なお、培養する生体の細胞が動物細胞である場合、制御量がpHである個別制御手段22の操作手段は炭酸ガス供給弁およびポンプであり、それぞれ操作量は炭酸ガス供給量およびアルカリ注入量である。制御量が溶存酸素濃度である個別制御手段22の操作手段は酸素供給弁および窒素供給弁であり、それぞれの操作因子は酸素供給量および窒素供給量である。制御量が温度である個別制御手段22の操作手段は加温用ヒーター電流調節器または蒸気供給弁、および冷却水供給弁であり、操作因子はヒーターへの供給電力量または蒸気供給量、および冷却水供給量を操作量とする。個別制御手段22については特に限定するものではなく、比例制御法、PID制御法等の公知のフィードバック制御手法を用いれば良い。なお、それぞれの制御目標値の設定・変更がコンピュータ23によって行えることが好ましい。
【0024】
コンピュータ23は、計測手段6からの計測値と入力手段27から入力される分析値とを用いて前記目標値の妥当性を検証し、記憶手段24に格納された前回の検証過程と結果および過去の培養データと比較し、前記目標値の妥当性を検証して表示手段25に表示するとともに、必要な場合には該目標値を変更し、および必要な場合には警報手段26によって異常警報を出力する第二ステップの制御を行う。コンピュータ23は下記(1)〜(8)の動作を実行する。
【0025】
(1)計測手段6からの計測値と入力手段27から入力される分析値とを用いて演算を行い、培養評価因子の算出と数時間〜数日後の予測値を算出する。
【0026】
(2)計測手段6からの計測値17と入力手段27から入力される分析値16とが現状の培養状況において妥当な数値であるかどうか、および(1)の演算結果が前回の予測値の許容範囲内にあるか否か判定する。許容範囲内にあるときは(4)に進む。許容範囲外であるときは(3)に進む。
【0027】
(3)上記(1)の演算結果が記憶手段24に保存されたデータベースの許容範囲内にあるか否か判定する。許容範囲内にあるときは(4)に進む。許容範囲外であるときは表示手段25、警報手段26により培養が異常状態にあることを表示し(5)に進む。
【0028】
(4)現状の培養状況とデータベースとを比較し、制御目標値の変更が必要かどうか判定する。すなわち、組み替えた遺伝子の発現制御が温度やpH、溶存酸素、剪断応力によって行われる場合や発現誘導剤の添加で行われる場合に、現状の培養状況が遺伝子発現操作をすべき時期か否かを判定する。必要がないと判定した場合は(5)に進む。変更が必要と判定した場合は(6)に進む。
【0029】
(5)現状の制御目標値で培養槽内での物質収支を演算し、培養槽内に不適切な環境の存在の有無を判定する。不適切な環境の存在があると判断された場合は(6)に進む。ないと判定された場合は(1)に戻り、第2のステップの制御を繰り返す。
【0030】
(6)変更すべき制御因子とその制御目標値候補値を決定する。
【0031】
(7)制御目標値候補値を用いて培養槽内での物質収支を演算し、培養槽内に不適切な環境形成の有無を判定する。不適切な環境が形成されると判断した場合は(6)に戻り、新たな制御目標値候補値を決定する。不適切な環境は形成されないと判定した場合は(8)に進む。
【0032】
(8)個別制御手段22の制御目標値の設定を変更する。(1)に戻り、終了の指令が出されるまで第2ステップの一連の制御動作を繰り返す。なお、安全性の確保の観点からは、目標値を変更するに際しては、予め登録された目標値変更の実施権限を付与された変更認定者の立会いを確認する動作と、該変更認定者の目標値変更認可を確認する動作を完了した後でなければ制御目標値の変更ができないようにすることが好ましい。
【0033】
培養評価因子としては特に限定するものではないが、比増殖速度、生存率、基質消費速度、生産物生産速度、酸素消費速度、炭酸ガス生成速度、等を用い、必要に応じて他の因子を加える。培養の数時間〜数日後を予測する方法としては特に限定するものではなく、過去の培養データについてpH、温度、酸素消費速度、基質濃度等の影響を多重解析法によって近似した実験式を用いて算出する方法等を用いれば良い。培養槽内での物質収支を演算する手法としては特に限定するものではなく、槽内の流れの乱流エネルギー散逸速度εを用いる乱流モデルを利用して流体力学的手法により解析する方法等を用いることができる。
【0034】
以上のように、本発明の実施の形態による制御方法によれば、刻々と変化する培養状況に対応して目標値の変更を適切に実施することができ、かつ培養に適切な培養環境が確実に維持できていることを検証しつつ培養を行うことが可能となり、安全で確実な培養が可能となる。
【0035】
つまり、本発明に係る培養装置によると、生体細胞の培養を行うことにより、刻々と変化する培養状況に対応して培養槽内の環境を培養に好適な条件に維持することが可能となり、安全で確実な培養を実施できる。また、培養に適切な培養環境が確実に維持できていることを検証しつつ培養を行うことから、培養によって生産される有用物質の安全性の検証が容易となる。さらに、培養における培養槽の計測値、培養液の分析値、検証の結果、目標値の変更時間、承認者等の情報を時系列的培養データベースとして記憶手段に格納しておくことにより、事後に行う製品の安全性にかかわる検証が容易となる。
【0036】
図5は、本発明に係る培養装置における制御装置13の動作を説明するフロー図である。制御対象の培養装置には溶存酸素濃度、pH、温度の計測手段6を設置し、それぞれの計測値に基づいて予め定めた制御目標値に収束させるべく各手段毎に個別制御手段22が設けられておりそれぞれ独立した制御操作を実施する。なお、図5に記載した計測手段とは、培養装置に設置した計測手段6、7及び8のいずれか一つを例として示すものであって、計測手段毎に図5のフローが独立的に実行される。また、計測手段としては前記の手段に限定されるものではなく、培養液濁度等の他の手段を加えても良い。
【0037】
培養開始の信号が入力されることにより制御が開始される。制御フローの各ステップの動作を以下に説明する。
【0038】
S11:培養装置に設置した溶存酸素濃度、pH、温度の計測手段6により、それぞれの計測値を得る。
【0039】
S12:個別制御手段22において、それぞれの計測値が予め設定された制御目標値に一致するかどうか判定する。一致する場合はS11に戻る。一致しない場合はS13に進む。
【0040】
S13:S12において、制御目標値に一致していないと判断された場合には、制御目標値に収束するよう、それぞれの個別制御手段22において操作手段12に対して動作信号を伝達し、操作量を変更する。それぞれの個別制御手段22における制御手法としては特に限定するものではなく、ON/OFF制御法、比例制御法、PID制御法等の公知の手法を用いることができる。変更後、S11に戻る。なお、各制御手段での操作量としては、下記のものが用いられる。
【0041】
pH:通気ガス中の炭酸ガス供給量の増減、および酸性溶液またはアルカリ性溶液の注入量。
溶存酸素濃度:通気ガス中の酸素供給量の増減、培養液撹拌速度の増減、培養槽圧力の増減。
温度:ジャケット供給水温度の増減、冷却水供給速度の増減、加熱用電気ヒーター供給電力量の増減または加熱用蒸気供給量の増減。
【0042】
動作S11〜S13は、終了命令が発せられるまで反復して実行される。反復の周期は培養する生体細胞の特性、および培養装置の動特性をもとに適宜決定されるが、概ね1秒〜10分の範囲で実施される。
【0043】
S21:培養装置より生体細胞の培養液を無菌的に採取する。採取の手法は特に限定するものではなく、作業者が手作業で採取しても自動採取装置11を用いても良い。
【0044】
S22:S21で採取した培養液試料について必要な分析を行う。分析項目としては細胞濃度、細胞生存率、基質物質であるグルコースおよびグルタミンの濃度、代謝物質である乳酸、アンモニア、乳酸脱水素酵素および目的生産物の濃度、のいずれか1つ以上を実施するのが好ましいが、特にこれらに限定するものではない。
【0045】
S23:S22で得た分析値をコンピュータ23に入力手段27を介して入力する。
【0046】
S24:S21の動作を実施する時点で、S11の計測データをコンピュータ23に取込む。
【0047】
S25:S24で取込んだ計測データおよびS23で入力した分析データをもとに演算を行い、培養評価因子の算出と数時間〜数日後の予測値を算出する。
【0048】
S26:S25での解析結果をもとに、培養が正常に行われているか検証を実施する。すなわち、計測値と分析値とが現状の培養状況において妥当な数値であるかどうか、およびS25の演算結果が前回の予測値の許容範囲内にあるか否か判定する。許容範囲内にあるときはS29に進む。許容範囲外であるときはS27に進む。
【0049】
S27:S25の演算結果が過去の培養データで構成されたデータベースでの許容範囲にあるかどうかを判定する。許容範囲内にあるときはS29に進む。許容範囲外であるときはS28に進む。
【0050】
S28:現状の培養状況が異常であることを告知する異常警報を表示する。S29に進む。
【0051】
S29:現状の培養状況とデータベースとを比較し、制御目標値の変更が必要かどうか判定する。必要がないと判定した場合はS30に進む。変更が必要と判定した場合はS31に進む。
【0052】
S30:現状の制御目標値で培養槽内での物質収支を演算し、培養槽内に不適切な環境の存在の有無を判定する。不適切な環境の存在があると判断された場合はS31に進む。ないと判定された場合はS21に戻り、第2ステップの制御を繰り返す。
【0053】
S31:変更すべき制御因子とその制御目標値候補値を決定する。
【0054】
S32:制御目標値候補値を用いて培養槽内での物質収支を演算し、培養槽内に不適切な環境形成の有無を判定する。不適切な環境が形成されると判断した場合はS31に戻り、新たな制御目標値候補値を決定する。不適切な環境は形成されないと判定した場合はS35に進む。
【0055】
S35:個別制御手段の制御目標値を上記目標値候補値に変更する。S21に戻り、終了の指令が出されるまで第2ステップの一連の制御動作を繰り返す。
【0056】
本実施の形態の制御装置によれば、刻々と変化する培養状況に対応して目標値の変更を適切に実施することができ、かつ培養に適切な培養環境が確実に維持できていることを検証しつつ培養を行うことが可能となり、安全で確実な培養を実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】動物細胞を培養対象とする本発明の培養装置の一実施例を示す概要図である。
【図2】細胞増殖速度に対するアンモニアの阻害を示す実験図である。
【図3】アンモニア生成速度に対するグルタミン濃度の影響を示す実験図である。
【図4】アンモニア生成速度の算出方法を示す概念図である。
【図5】本発明の制御方法の一実施例を示すフロー図である。
【符号の説明】
【0058】
1…培養槽、2…培養液、3…攪拌機、4…駆動用モーター、6、7及び8…計測手段、9…補充培地槽、10…供給手段、13…制御装置、21…制御装置、22…個別制御手段、23…コンピュータ、24…記憶手段、25…表示手段、26…警報手段、27…入力手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を培養している培養液中のアンモニア濃度と細胞濃度の分析値から、細胞当たりのアンモニア生産速度を算出する工程と、
算出した上記細胞当たりのアンモニア生産速度に基づいて、培養液に含まれるアミノ酸の濃度を調整することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項2】
上記細胞当たりのアンモニア生産速度が所定の値を上回る場合に、培地中のアミノ酸濃度を低減するようにアミノ酸の供給を調整することを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項3】
上記所定の値を5×10-14mol/cell/hとすることを特徴とする請求項2記載の細胞培養方法。
【請求項4】
上記アミノ酸はグルタミン酸であることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項5】
充填された培養液において細胞を培養する培養槽と、
上記培地槽にアミノ酸を含有する補充培地を供給する供給手段と、
上記供給手段による補充培地の供給量及び/又は供給タイミングを調節する制御手段とを有し、
上記制御手段は、培養液中のアンモニア濃度と細胞濃度の分析値から算出されたアンモニア生産速度に基づいて、上記供給手段から供給する補充培地の供給量及び/又は供給タイミングを調節して培養液に含まれるアミノ酸の濃度を調整することを特徴とする細胞培養装置。
【請求項6】
上記制御手段は、上記細胞当たりのアンモニア生産速度が所定の値を上回る場合に、培地中のアミノ酸濃度を低減するように上記供給手段を制御することを特徴とする請求項5記載の細胞培養装置。
【請求項7】
上記所定の値を5×10-14mol/cell/hとすることを特徴とする請求項6記載の細胞培養装置。
【請求項8】
上記アミノ酸はグルタミン酸であることを特徴とする請求項5記載の細胞培養装置。
【請求項9】
上記培養槽内の培養液の細胞濃度を測定する手段及びアンモニア濃度を測定する手段を更に有することを特徴とする請求項5記載の細胞培養装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−81805(P2010−81805A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−251097(P2008−251097)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】