説明

細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定方法および電気的測定装置

【課題】 高速、正確かつ容易に細胞膜状態を電気的に測定可能な測定方法を提供する。
【解決手段】 細胞膜状態の電気的測定方法において、測定電極12と、参照電極13と、複数の細胞17とを準備し、前記測定電極12と前記各細胞17内とを電気的に接続し、かつ前記参照電極13と前記各細胞17膜表面とを電気的に接続し、この状態で、前記測定電極12に電圧を印加して前記両電極12,13間に流れる電流のゆらぎを測定する。前記複数の細胞における電流のゆらぎは、各細胞の電流のゆらぎを総和したものに相当する。この電流のゆらぎのパワースペクトルを解析することで、細胞膜の状態を評価できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定方法および電気的測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電気生理学の初期のころから、ガラス電極を細胞に刺入して細胞の膜電位を測定することが行われ、細胞膜におけるイオンチャネルの存在が予見されていた。そして、細胞膜電位の測定は、パッチクランプ法の開発により、大きく進展した。パッチクランプ法は、1976年にNeher および Sakmannによって開発され(非特許文献1)、これにより、実際にイオンチャンネルの存在を証明するという画期的成果を生み出した。さらに、1981年に、Hamill等によってホールセルクランプ(whole-cell-clamp)法が開発され、これにより細胞膜表面全体に存在するイオンチャネルの全電流の測定が可能となった。イオンチャネルの異常と疾病との関係が明らかになるにつれ、イオンチャネルの状態を測定できるホールセルパッチクランプ法が、医薬品開発において重要になってきており、これを高速で実施可能にするための技術が開発されている。例えば、ホールセルパッチクランプ法のための平板パッチデバイスおよびそのシステムがある(特許文献1〜4)。しかしながら、この方法では、つぎの問題がある。すなわち、パッチクランプ法は、記録用ピペットを細胞に密に接着させ、ギガオームを超える緊密なシールを形成させることが必要であるが、このシールが緩ければ、信頼性のあるデータが得られない。この他、パッチクランプ法においては、hole不良、ベースラインの不安定、イオンチャネルの発現量不足など、さまざまな要因で、測定が失敗に終わることがある。したがって、信頼性のあるデータを得るためには、ある程度の繰り返し実験が必要である。このため、例えば、測定装置が、一日当たり3000個の細胞膜電位が測定可能であるとした場合、信頼性のあるデータを得るために、4回繰り返し測定が必要だとすれば、結局、750個のデータしか測定できないことになる。したがって、ホールセルクランプ法において、さらに高速かつ正確に測定可能な技術の開発が望まれている。
【特許文献1】WO00159447
【特許文献2】US 6488829
【特許文献3】US06315940
【特許文献4】WO00125769
【非特許文献1】Neher E & Sakmann B (1976) Single channel currents recorded from membrane of denervated frog muscle fibers. Nature 260 : 799-802
【非特許文献2】Hamill OP, Marty A, Neher E, Sakmann B & Sigworth FJ (1981) Improved patch-clamp techniques for high-resolution current recording from cells and cell-free membrane patches. Pflugers Arch 391 : 85 - 100.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで、本発明は、細胞膜の特性および状態の少なくとも一方を、従来よりも高速、正確および容易に測定可能な電気的測定方法および電気的測定装置の提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
前記目的を達成するために、本発明の測定方法は、細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定方法であって、測定電極と、参照電極と、複数の細胞とを準備し、前記測定電極と前記各細胞内とを電気的に接続し、かつ前記参照電極と前記各細胞膜表面とを電気的に接続し、この状態で、前記測定電極に電圧を印加して前記両電極間に流れる電流のゆらぎを測定する電気的測定方法である。
【0005】
また、本発明の測定装置は、細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定装置であって、細胞を保持固定する孔を複数有する容器と、測定電極と、参照電極と、前記測定電極に電圧を印加する印加手段と、前記両電極間に流れる電流を検出する検出手段と、前記電流のゆらぎを測定する測定手段とを有し、前記測定電極と前記各細胞内とが電気的に接続可能であり、かつ前記参照電極と前記細胞膜表面とが電気的に接続可能であり、前記両電極が前記状態で電気的に接続された場合、前記印加手段により、前記測定電極に電圧が印加され、前記検出手段により、前記両電極間に流れる電流が検出され、前記測定手段により、前記電流のゆらぎが測定される電気的測定装置である。
【発明の効果】
【0006】
このように、本発明の測定方法および測定装置では、複数の細胞の全体について、その細胞膜の特性および状態の少なくとも一方に起因する電流のゆらぎを測定する。後述のように、この電流のゆらぎは、前記複数の細胞の細胞膜の特性や状態を全体的に反映するものである。したがって、本発明によれば、複数の細胞の細胞膜状態等を全体的に同時に測定するので、個々の細胞の細胞膜状態等の測定の成功率が、仮に100%でなくても、一回の測定で、信頼性の高い情報を得ることができる。また、複数の細胞について細胞膜状態等に起因する電流を測定する場合は、細胞毎に電極を配置し、細胞間を絶縁する等の条件が必要となるが、電流のゆらぎを測定する本発明によれば、各細胞間を絶縁する必要がなく、一対の電極(測定電極および参照電極)で、複数の細胞の細胞膜状態等を測定でき、電流の測定のような厳しい測定条件を適用する必要がない。したがって、本発明によれば、従来法よりも、高速、正確および容易に細胞膜の特性および状態の少なくとも一方を測定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定方法において、さらに、前記電流のゆらぎのパワースペクトルを測定することが好ましい。同様に、本発明の電気的測定装置において、さらに、前記電流のゆらぎのパワースペクトルを測定するためのパワースペクトル測定手段を有することが好ましい。
【0008】
本発明の電気的測定方法において、前記複数の細胞の数は、特に制限されず、種々の条件により適宜決定されるが、例えば、2〜100個の範囲である。
【0009】
本発明の電気的測定方法において、前記測定測定対象である細胞膜の特性および状態は、例えば、前記細胞膜に存在するイオンチャネルの特性および状態がある。前記イオンチャネルの特性および状態としては、例えば、イオンチャネルの個数およびイオンチャネルの開閉状態の少なくとも一方の状態がある。
【0010】
本発明の電気的測定方法において、前記細胞は、例えば、個々に分離した細胞であってもよいし、組織内に存在する細胞であってもよい。
【0011】
本発明の電気的測定方法において、化学物質を前記細胞に投与する前後で、前記電流のゆらぎを測定してもよい。このようにすれば、前記化学物質が、細胞膜に及ぼす影響を測定でき、例えば、医薬品の開発に有用である。同様に、本発明の電気的測定装置は、化学物質が細胞膜に与える影響を調べるために使用することが好ましい。
【0012】
本発明の電気的測定装置において、例えば、前記容器には、電解質溶液が充填可能であり、この電解質溶液によって、前記測定電極と前記各細胞内との間および前記参照電極と前記各細胞膜表面との間が、電気的に接続されるという態様であってもよい。
【0013】
本発明の細胞膜の電気的測定装置において、前記容器の孔の数は、特に制限されず、測定対象の細胞の数等により適宜決定されるが、例えば、2〜100個の範囲である。
【0014】
つぎに、本発明について、詳しく説明する。
【0015】
本発明の特徴は、単一の細胞について、膜電位を測定するのではなく、複数の細胞について、細胞膜の特性や状態を反映する電流のゆらぎを、まとめて測定する点である。複数の細胞全体の電流のゆらぎは、各細胞の電流のゆらぎの総和である。そして、複数の細胞の膜電流のゆらぎのパワースペクトルを測定し、これを解析すれば、細胞膜の特性や状態を詳細に評価できる。その理論的根拠は、以下のとおりである。
(1) 等価電気回路モデル
図1に、1個の紬胞がデバイス孔にシールを形成している状態にあるときの等価回路モデルを示す。なお、モデルパラメータは、後述の表にまとめて示した。シール抵抗Rsealが十分大きく(>>100MΩ)、デバイスと接触している細胞面の抵抗Rnysが十分小さいとき(<<20MΩ)、基準電圧の取り方を適切にとれば、図1(a)の回路のうち容量成分Cdを除いた部分は図1(b)のように簡約化することができる。この系のダイナミクスは、下記式(1)で示される。
【0016】
【数1】

【0017】
以下では、この簡約化されたモデル(図1(b)参照)について解析を行うことにする。
【0018】
図2に、多細胞を用いたeHTSデバイス系の等価回路モデルを示す。この系は、各細胞とシールを形成するデバイス孔系が並列接続された構造をなしている。細胞数をNとすると、観測される電流Itotalは、下記式(2)で与えられる。
【0019】
【数2】

【0020】
アンプによって容量電流(右辺第二項)を補正(キャンセル)することにより、下記式(3)のように表すことができ、すなわち、総電流は各細胞電流の和となる。
【0021】
【数3】

【0022】
以下では、まず、1個の細胞−デバイス孔を流れる電流とチャネルゆらぎの関係について線形近似を用いて説明し、ついで、それが合成された電流が呈するゆらぎのパワースペクトル密度について説明する。
(2) 線形近似
単一の紬胞−デバイス孔系の等価回路において、電位固定モードで記録された定常状態における電流のゆらぎは、イオンチャネルの開閉ゆらぎに伴って生じるコンダクタンスgchの変化によって生じる膜抵抗の時間変動による。ただし、R=1/(Rm+1/gch)である。この抵抗成分と細胞膜の容量成分Cmやアクセス抵抗Raccで構成されるフィルタ特性によって観測信号の帯域が制限される。この系の時定数は下記式(4)で与えられる。
【0023】
【数4】

【0024】
パラメータをRacc≒20MΩ、R=100MΩ、及びCm≒3pFとおくとτ≒0.05msと計算される。これより遮断周波数はfc=1/(2πτ)≒3kHzと求まる。この場合、1kHz(=3kHz/3)以下の信号成分については容量成分を無視することができることがわかる。膜電流のゆらぎ解析では1kHz以下の帯域を対象とすることが多いため、以下では簡単のため、Cm=0Fと近似する。
膜電流とチャネルゆらぎとの関係を調べる。膜電流を膜コンダクタンスgの関数とみると、下記式(5)のように表すことができる。
【0025】
【数5】

【0026】
ただし、g=1/R=gch+gmとおいた、コンダクタンス変化(δg:ゆらぎ成分)が定常値(平均値)に比べて十分小さいと仮定すると、膜電流の微小変化分δI=I(g+δg)−I(g)は、下記式(6)に示すように近似できる。ただし、K=Vcmd/(gRacc+1)2とおいた。
【0027】
【数6】

【0028】
コンダクタンス変化は開口チャネル数の変化に比例する。そのため、膜電流ゆらぎ信号のスペクトル解析を行うことによって、開口チャネル数のゆらぎを評価することができることが分かる。
(3) パワースペクトル
単一細胞の膜電流Iは膜コンダクタンスgの関数である。膜コンダクタンスは、膜のリークコンダクタンスをgm、単一イオンチャネルコンダクタンスをγ、イオンチャネルの開口数をpとおくと、下記式(7)のように表すことができる。ここで、tは時間、sはチャネル開口確率を支配するバラメータである。
【0029】
【数7】

【0030】
例えば、電位依存性を持つチャネルは膜電位Vmがこのパラメータに含まれる。開口チャネル数は時間とともに変動する確率変数であることから、膜電流も確率過程となる。前述で示したように、膜電流の微小変化成分は開口チャネル数ゆらぎに比例するので、膜電流ゆらぎ成分(平均値との差、i(t)とおく)のパワースペクトルはチャネルゆらぎpのパワースペクトルに比例する。そのため、以下ではこれらを同一視する。
【0031】
複数の細胞系が並列回路をなすeHTSデバイスにおける観測電流は、各々の細胞膜電流の総和になる。まず簡単な例として、2個の孔を持つeHTSデバイスで観測される電流ゆらぎのスペクトルについて考察する。それぞれの電流ゆらぎをx(t)及びy(t)とすると、観測電流のゆらぎz(t)は、下記式(8)で表すことができる。
【0032】
【数8】

【0033】
それぞれの細胞の膜電流ゆらぎのフーリエ変換を、下記式(9)および式(10)とおくと、これより、下記式(11)のように表すことができる。
【0034】
【数9】

【0035】
【数10】

【0036】
【数11】

また、それぞれ電流ゆらぎのパワースペクトルは、下記式(12)および式(13)で与えられる。ここで、Tは観測時間、X’(ω)はX(ω)の複素共役を表す。
【0037】
【数12】

【0038】
【数13】

【0039】
以上から、総電流のパワースペクトルはSzz(ω)は、下記式(14)で示すように計算される。
【0040】
【数14】

【0041】
ここで、Sxy(ω)およびSyx(ω)はxとyのクロススペクトルであり、下記式(15)で表される。
【0042】
【数15】

【0043】
一般に、膜電流ゆらぎは細胞ごとに無相関(相互相関関数:Cxy(τ)=0)であると仮定できるので、下記式(16)のようにおける。
【0044】
【数16】

【0045】
これより、下記式(17)が得られる。
【0046】
【数17】

【0047】
一般に,N個の細胞膜電流Ijの和である総電流IのパワースペクトルSI(ω)は、それらの電流ゆらぎの間に相関がないと仮定できる場合、各々の電流ゆらぎのパワースペクトルSIj(ω)に等しい。つまり、下記式(18)のように表すことができる。
【0048】
【数18】

【0049】
仮に、すべての細胞の膜電流ゆらぎが同じ確率過程に従うのであれば、それぞれのパワースペクトルの期待値は一致する。このことから、同じ特性をもつN個の細胞の膜電流ゆらぎのパワースペクトルは単一の細胞の膜電流ゆらぎのパワースペクトルをN倍したものに等しくなる。もし、細胞ごとのパラメータのばらつきが小さく、その結果として膜電流ゆらぎのパワースペクトルがほぼ等しいとき、N個の細胞の並列回路の膜電流ゆらぎのパワースペクトルは単一の膜電流ゆらぎをN倍したものとなるため、信号/雑音比の向上が期待できる。
変数・パラメータ一覧
N:細胞数
t:時間
r:細胞半径(5μm)
S:細胞表面積(4πr2
m:膜容量(=1μF/cm2×S≒3pF)
d:デバイス孔付近の電気容量
chip:デバイスチップの電気容量
m:膜リーク抵抗(=0.03mS×S)
m:静止膜電位
p(t;s):開口チャネル数(sはパラメータ)
γ:単一チャネルコンダクタンス
ch:イオンチャネルによる膜コンダクタンス(=p(t;s)γ)
g:膜チャネルコンダクタンス(g=gm+gch
ch:イオンチャネルによる膜抵抗(=1/gch
ch:イオンチャネル電流の平衡電位
nys:デバイス孔に接している部分の膜抵抗(エスタチン等による)
hole:デバイス孔部の抵抗
seal:細胞とデバイス接触部におけるシール抵抗
CMD:指令電位(実験者が決定する)
m:細胞内電位(膜電位)
acc:アクセス抵抗(=Rnys+Rhole
R:膜抵抗(=Rm//Rch=Rmch/(Rm+Rch))
x、y:単一細胞の膜電流ゆらぎ成分
z:総電流のゆらぎ成分
ω:信号の角周波数
X、Y、Z:各x、y、zのフーリエ変換
X’、Y’、Z’:各X、Y、Zの複素共役
xx、Syy、Szz:各x、y、zのパワースペクトル密度
xy:xとyのクロススペクトル
つぎに、本発明の電気的測定装置の一例について、図3の断面図および図5の構成図に基づき説明する。
【0050】
まず、図3は、測定に使用する容器1の断面図である。容器1の材質としては、例えば、シリコン、ガリウムヒ素、水晶などの単結晶基板の他、ガラス、石英、樹脂、などの各種基板材料が用いられる。図示のように、この容器1では、容器本体11内部が、仕切りプレート11Aで上下に仕切られており、前記仕切りプレート11Aには、複数の孔14が形成されており、各孔14の上に、細胞17が保持固定されている。ここで、この孔14の径は細胞17の大きさによって最適なものに決められるものであり、例えば、測定対象がHEK細胞の場合の前記孔14の直径は、通常、直径0.5から10マイクロメートルであり、好ましくは直径1から5マイクロメートルである。また、孔14の最適な数は、測定対象である細胞17の活性度、細胞17の孔14への吸着度等によって影響されるものであり、後述される測定方法で最も効率よい測定となるよう決められる。さらに、前記仕切りプレート11A下側表面には、一つの測定電極12が配置されており、この測定電極12では、前記仕切りプレートの各孔14に対応する部分に、孔15が形成されている。この容器本体11の上下に仕切られた内部は、共に電解質溶液16で満たされている。そして、容器本体11の上部には、前記電解質溶液16中に侵入する状態で、一つの参照電極13が配置されている。これら電極の材質には、例えば、金、銀、銅、アルミ、ステンレス、クロム、チタンなどの導体材料が用いられ、好ましくは、さらに、これら導体材料の一部に塩化銀が設けられていることである。これによって前記電解質溶液16の電位変化をより正確に測定することが可能である。また、これら電極の形状、大きさは特に限定されるものではなく、図3の参照電極13のように電解質溶液16に浸水させるだけでもよく、図示した測定電極12のように仕切りプレート11Aあるいは容器1の内壁に密着させるように形成しても良い。内壁に密着した測定電極12を形成するためには、電極材料である金、銀、銅、アルミ、ステンレス、クロム、チタン、塩化銀などを蒸着、スパッタ、メッキ、などの方法で、内壁表面上に電極を形成すればよい。さらに、細胞17において、仕切りプレートの孔14内に位置する部分の細胞膜は、一部破断している。このため、電解質溶液16により、測定電極12と細胞17内部とが電気的に接続されている。また、電解質溶液16により、細胞17膜表面と参照電極13とが電気的に接続されている。また、図示していないが、測定電極12および参照電極13は、コネクタを介し、電流/電圧変回路、A/D変換回路、D/A変換回路、CPU、表示装置等に接続されている。すなわち、この容器1では、各細胞17について、ホールセルクランプ法の状態が実現可能となっており、仮に、各細胞について等価回路が形成されると仮定すると、前述のように、その等価回路は、並列に接続した状態となっている。
【0051】
図5は、測定に使用する測定装置の概略図である。電気的測定装置18は、制御部19、これに接続されたD/A変換回路20、電流/電圧変換回路21、A/D変換回路22および溶液駆動部23、載置部24および刺激信号付与部26を備える。なお、同図において、1は前記容器を示す。この装置を用いた細胞膜の電流のゆらぎの測定は、例えば、つぎのようにして実施される。すなわち、まず、載置部24には容器1が載置される。載置部24は載置された容器1を所定の温度、ガス濃度、湿度、気圧下に保持することが出来る。次に容器1の上面より単離した細胞17を投入する。このとき仕切りプレート下面に陰圧をかけることにより細胞17が孔14に保持される。仕切りプレート上側表面はpoly-L-lysine、gelatin、polyethylenimineもしくはgel等によるコーティングをされていてもよい。制御部19は、電流/電圧変換回路から入力される信号に基づいて容器1の電極12,13間に流れる電流を検出、記録する。また制御部19は設定された刺激条件に基づいてD/A変換回路20ならびに電流/電圧変換回路21を介して刺激信号付与部26を制御する。刺激信号付与部26により容器1上の細胞に、測定電極12と参照電極13間が任意の電圧になるように、電流を印加すると、測定電極12および参照電極13の間に電流が流れる。この電流は、複数の細胞17全体の細胞膜状態を反映したものである。この電流を、前記測定電極12および参照電極13で検出し、電流/電圧変換回路21およびA/D変換回路22を介して、制御部19に入力され、CPUにおいて、電流のゆらぎとして測定し、そのパワースペクトル解析する。この解析結果を、表示装置に表示する。前述のように、前記電流のゆらぎは、複数の細胞の全体の細胞膜状態等、例えば、イオンチャネルの数や開閉等を反映するものである。溶液駆動部23は容器本体11の内部の電解質溶液16を排出し、あるいは容器本体11の内部に電解質溶液16を注入する機能を有し、必要に応じて制御部19により駆動される。電解質溶液16は、例えば、下記のような組成のものを使用してもよい。
【0052】
(電解質溶液組成例1)
NaCl 137 mM,
KCl 4 mM
CaCl2 1.8 mM
MgCl2 1 mM
glucose 10 mM
HEPES 10 mM
【0053】
(電解質溶液組成例2)
KCl 130 mM
MgCl2 1 mM
EGTA 5 mM
ATP 5 mM
HEPES 10 mM
【0054】
このように、複数の細胞の細胞膜の状態に起因する電流のゆらぎを測定することにより、高速かつ正確な細胞膜状態等の電気的測定が可能になる。図4のグラフに、電極あたりの細胞数と電流振幅の再現性を理論的に検討したグラフを示す。このグラフは、Hole 不良、シール不十分 、ベースライン不安定、そしてイオンチャンネル発現量過少等の要因で、測定の成功率が1.0(100%)で無い場合に、まとめて測定する細胞数を増やすと変動係数が減少する、すなわち再現性が上昇することを示している。図示のように、例えば、成功率0.7であっても、100個の細胞をまとめて測定すれば、成功率0.9の場合と遜色ない変動係数が得られることが分かる。図6のグラフは、細胞数20個での電流値の標準偏差を用いて用量反応特性を理論的に求めたものであり、細胞に薬物を作用させた時のノイズ電流特性のシュミレーションを示すグラフである。膜電位依存性イオンチャネルを組込んだ細胞モデルにオープンチャネルブロッカを作用させた際の膜電流ゆらぎをシュミレーションし、定常状態においてブロッカ濃度とノイズ電流の標準偏差(SD)の関係を評価した。ブロッカの解離定数は10μMとした。SDは、薬物濃度が解離定数のときに最大値をとっている。図示のように、この特性を利用することにより、ノイズ電流から薬物の解離定数を推定することができることがわかる。
【実施例1】
【0055】
図3に示す容器1において、孔14を2つとし、図5に示す電気的測定装置(図5)を用いて実際に電流ゆらぎを測定した。以下の操作は25℃で行った。デバイス下面(容器1下側)には内側電解質溶液(KCl 130 mM, MgCl2 1 mM, EGTA 5 mM, ATP 5 mM, HEPES 10 mM, pH 7.4)を満たし、デバイス上面(容器1上側)は外側電解質溶液(NaCl 137 mM, KCl 4 mM, CaCl2 1.8 mM, MgCl2 1 mM, glucose 10 mM, HEPES 10 mM, pH 7.4)で満たした。hERGチャネルを定常的に発現させたHEK細胞を別の容器に入れた外液中でピペッティングにより単離した後、デバイス上面に投入した。デバイス下面に吸引により陰圧(最大530mmHg)をかけることによりデバイスと細胞のシール抵抗を上昇させた。十分にシール抵抗が上がったところでデバイス下面の内側電解質溶液をニスタチン入り溶液(ニスタチン濃度250μg/ml)に置換し細胞膜にニスタチンによる穿孔を構築した。ニスタチンによって細胞膜に穿孔を形成した後、EPC-10増幅器(HEKA社製)を用いてhERG発現HEK細胞を、まず -80mVの電圧で固定し、その後固定電圧を0mVまで上げて6秒間電流ゆらぎを測定した。測定した電流ゆらぎは10kHzでデジタルサンプリングし(PATCHMASTER software, HEKA社製)、さらにそのうち最後の2秒間のデータを高速フーリエ変換してパワースペクトルを求めた(Origin7.0)。つぎに、デバイス上面の外側電解質液にhERGチャネル阻害薬であるE-4031(Sigma社製)を最終濃度1Mになるように加え、同様に電圧固定を
行って電流ゆらぎ測定、そしてパワースペクトルを求めた。これらのパワースペクトルを図7のグラフに示す。
【0056】
図7に示すように、E-4031 を加える前(実線)に較べて、E-4031を加えた後(点線)では、100Hz以下でパワーが低くなった。これはE-4031がhERGチャネル阻害剤であることを良く表しており、本発明の装置方法で電流ゆらぎのパワースペクトルを求めることにより、イオンチャンネルの挙動変化を測定できたことを示している。
【0057】
以上のように、本発明の細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定方法および電気的測定装置は、複数の細胞の細胞膜の特性や状態に起因する電流のゆらぎを、まとめて測定するため、高速、正確および容易に細胞膜状態等の電気的測定が可能である。したがって、本発明の電気的測定方法および電気的測定装置は、イオンチャネル状態等の細胞膜の特性や状態を分析する全ての分野に有用であり、例えば、生物学、医学、薬学、農学等の分野に有用であり、特に、医薬品の開発に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1(a)は、細胞内外に形成されると推定される電気回路の一例を示す図であり、図1(b)は、前記電気回路の簡略化モデルを示す図である。
【図2】図2は、複数の細胞に形成されると推定される電気回路の一例を示す図である。
【図3】図3は、本発明の電気的測定装置の一部を構成する容器の一例を示す断面図である。
【図4】図4は、本発明の電気的測定方法の一例において、電極あたりの細胞数と電流振幅の再現性を理論的に検討したグラフである。
【図5】図5は、本発明の電気的測定装置の一例を示す構成図である。
【図6】図6は、本発明の電気的測定方法の一例において、細胞数20個での電流値の標準偏差を用いて用量反応特性を理論的に求めたグラフである。
【図7】図7は、本発明の電気的測定方法の一実施例におけるパワースペクトルのグラフである。
【符号の説明】
【0059】
1 容器
11 容器本体
12 測定電極
13 参照電極
14、15 孔
16 電解質溶液
17 細胞
18 細胞膜の電気的測定装置
19 制御部
20 D/A変換回路
21 電流/電圧変換回路
22 A/D変換回路
23 溶液駆動部
24 載置部
26 刺激信号付与部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定方法であって、測定電極と、参照電極と、複数の細胞とを準備し、前記測定電極と前記各細胞内とを電気的に接続し、かつ前記参照電極と前記各細胞膜表面とを電気的に接続し、この状態で、前記測定電極に電圧を印加して前記両電極間に流れる電流のゆらぎを測定する電気的測定方法。
【請求項2】
さらに、前記電流のゆらぎのパワースペクトルを測定する請求項1記載の電気的測定方法。
【請求項3】
前記複数の細胞の数が、2〜100個の範囲である請求項1または2記載の電気的測定方法。
【請求項4】
測定対象である細胞膜の特性および状態が、前記細胞膜に存在するイオンチャネルの特性および状態である請求項1から3のいずれか一項に記載の電気的測定方法。
【請求項5】
前記イオンチャネルの特性および状態が、前記イオンチャネルの個数およびイオンチャネルの開閉状態の少なくとも一方である請求項4記載の電気的測定方法。
【請求項6】
前記細胞が、組織内に存在する細胞である請求項1から5のいずれか一項に記載の電気的測定方法。
【請求項7】
化学物質を前記細胞に投与する前後において、前記電流のゆらぎを測定する請求項1から6のいずれか一に記載の電気的測定方法。
【請求項8】
細胞膜の特性および状態の少なくとも一方の電気的測定装置であって、細胞を保持固定する孔を複数有する容器と、測定電極と、参照電極と、前記測定電極に電圧を印加する印加手段と、前記両電極間に流れる電流を検出する検出手段と、前記電流のゆらぎを測定する測定手段とを有し、前記測定電極と前記各細胞内とが電気的に接続可能であり、かつ前記参照電極と前記細胞膜表面とが電気的に接続可能であり、前記両電極が前記状態で電気的に接続された場合、前記印加手段により、前記測定電極に電圧が印加され、前記検出手段により、前記両電極間に流れる電流が検出され、前記測定手段により、前記電流のゆらぎが測定される電気的測定装置。
【請求項9】
さらに、前記電流のゆらぎのパワースペクトルを測定するためのパワースペクトル測定手段を有する請求項8記載の電気的測定装置。
【請求項10】
前記容器には、電解質溶液が充填可能であり、この電解質溶液によって、前記測定電極と前記各細胞内との間および前記参照電極と前記各細胞膜表面との間が、電気的に接続される請求項8または9記載の電気的測定装置。
【請求項11】
前記容器の孔の数が、2〜100個の範囲である請求項8から9のいずれか一項に記載の電気的測定装置。
【請求項12】
化学物資が細胞膜に与える影響を調べるために使用する請求項8から11のいずれか一項に記載の測定装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−184207(P2006−184207A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−380245(P2004−380245)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】