説明

細胞障害抑制活性を有する物質のスクリーニング方法

【課題】細胞障害抑制活性を有するペプチドのスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】アルブミンまたは脂肪酸添加無血清培地を用いた細胞培養系における細胞突然死現象を利用し、該細胞培養系に細胞障害抑制活性を有すると思われる物質を添加したときの細胞障害抑制の程度を評価することを含み、その際、グルタチオンペロキシダーゼ活性を指標として細胞障害抑制の程度を評価することを特徴とする細胞障害抑制活性を有する物質のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、新たな機能を有するペプチドに関する。詳細には、低細胞毒性であって且つ細胞障害抑制活性を示すセレノシステイン含有ペプチドに関し、さらに詳細には、好適な一態様としてのセレノプロテインPに由来する細胞障害抑制活性を有するペプチドまたはペプチド群並びに当該活性を有する分子種のスクリーニング方法に関する。本願発明は細胞障害に関連した各種疾病に対する病態悪化阻止、予防または治療剤等医薬品並びに当該活性を有する分子種を含有する化粧品の提供を可能ならしめるものである。
【背景技術】
【0002】
細胞死は、高等生物の神経系、内分泌系、免疫系における基本的な制御に重要な働きをしているばかりでなく、多くの疾病に深く関わっていることが指摘されている(非特許文献1)。たとえば、全身性エリテマトーデスのような自己免疫疾患、神経細胞障害による神経変性疾患、臓器移植に伴う臓器移植傷害等、これらはアポトーシスが関与する細胞死の影響による疾患として捉えることができる。
【0003】
ところで、細胞障害を引き起こす要因には外的要因と内的要因がある。外的要因としては、細胞障害を促進するものとして実体的に物質として捉えられているものは、免疫系に関与するTNF(非特許文献2)、Fasリガンド(非特許文献3)、グルココルチコイド(非特許文献4)等があり、主としてこれらに起因するもの、他にも細胞増殖に必要なエリスロポエチン、インターロイキン、神経成長因子等の増殖因子や栄養因子の欠乏によるもの等があり、生理的条件の変化によってアポトーシスによる細胞障害が惹起される。さらに、放射線、温度、制癌剤、カルシウムイオノフォア、活性酸素等による非生理的なストレスが情報となってアポトーシスが誘導される場合がある。他にも、火傷、毒物、虚血、補体攻撃、溶解性ウイルス感染、過剰な薬物投与や放射線投与によりネクローシスが生じる。
【0004】
内的要因としては、細胞内Ca2+濃度、核酸代謝、アミノ酸代謝、エネルギー代謝等の代謝系の変化などがあり、これら要因により細胞を死に至らしめる。これらのアポトーシスシグナルをコントロールすることができれば各種疾患の病態悪化阻止、予防または治療に利用可能なはずであるが、機序が単純ではないため現在確認されている物質・要因の制御だけでは医療への応用は実現困難な状況にある。
【0005】
一方、現在までに確認されている細胞障害を抑制する物質としては、ほとんどのアポトーシスシグナルを抑制するとされている細胞内因子であるbcl−2やbclxL等が知られているが(非特許文献5)、これらは細胞内に発現される必要があり細胞外に添加してもほとんど意味をなさない。それに対して、細胞外の因子としては、活性酸素によるアポトーシスを抑制するスーパーオキサイドディスムターゼ(以下、「SOD」と称することがある)(非特許文献6)、カタラーゼ(非特許文献7)、グルタチオンペロキシダーゼ(非特許文献8)等が報告されているが、これらだけで全ての細胞障害を効果的に抑制することはできない。
【非特許文献1】Thompson C. B., Science, vol. 267, p. 1456-1462 (1995)
【非特許文献2】Zheng L.ら、Nature, vol. 377, p. 348-351 (1995)
【非特許文献3】Suda T.ら、Cell, vol. 75, p. 1169-1178 (1993)
【非特許文献4】Wyllie A. H., Nature, vol. 284, p. 555-556 (1980)
【非特許文献5】Boise L. H.ら、Cell, vol. 74, p. 597-608 (1993)
【非特許文献6】Greenlund L. J.ら、Neuron, vol. 14, p. 303-315 (1995)
【非特許文献7】Sandstrom P. A.およびButtke T. M., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol. 90, p. 4708-4712 (1993)
【非特許文献8】Kayanoki Y.ら、J. Biochem., vol. 119, p. 817-822 (1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
細胞を培養する際、主として培養細胞自身由来もしくは添加物由来の物質による細胞に対するストレスが原因で細胞障害が誘導されるが、同じ条件で全ての細胞に対する細胞障害が誘導されるわけではない。通常、そのような環境に適応する細胞には、ストレスによる細胞障害誘導シグナルを閾値以下に保つために必要な蛋白質が、細胞内外にすでに発現されているか、新たに誘導されている筈である。それらの蛋白質としては転写因子、合成酵素、代謝酵素、酸化還元酵素、リン酸化酵素、脱リン酸化酵素、転移酵素、アポトーシス抑制蛋白等が考えられる。つまり、個々の細胞でストレスに対する感受性に差が生じるのは、それらの蛋白質の発現量に差があるためであると予想される。そこで、細胞障害の機序がそれぞれ異なるにせよ、あるストレスによる細胞障害に対して抑制する因子を外から添加することにより、その細胞障害誘導のシグナルを閾値以下に保つことが可能であれば、培養細胞の場合だけではなく、生体内でも同様のストレスが生じた場合に起こる細胞障害を抑制することが可能と考えられる。
【0007】
細胞障害と疾患には密接な関係が存在しているため、生体内の細胞障害抑制効果を示す物質を数多く同定することにより多くの細胞障害をコントロールすることができれば、疾患の治療等、医療への応用が実現できるばかりでなく、同様に、培養細胞の効果的培養系への応用も可能となる。実際、前述のように細胞内の細胞障害抑制因子としてbcl−2、bcl−X等が、細胞外の細胞障害を抑制する因子としては活性酸素によるアポトーシスを抑制するSOD、カタラーゼ、グルタチオンペロキシダーゼ等が存在するが、これらの因子を細胞外に添加することにより全ての細胞障害が抑制されることは難しい。それは、その作用機序の差異により、細胞障害の発生過程が異なるためである。そのことを考慮すれば、種々の細胞障害に対して、有意に、そしてより特異的に細胞障害を抑制する活性を同定する必要がある。つまり、既知の物質により抑制を受けない細胞障害に対しては、細胞障害を有意に抑制する物質を探索することが必要とされている。また、生体内の細胞障害抑制物質は生体の恒常性を保つ働きを有する物質として存在している可能性は高く、それらを同定する意味は大きい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の状況の下、本願発明者らは先に、血液成分由来の蛋白質であるセレノプロテインPのC末端側ペプチド断片に従来報告されていなかった細胞死抑制活性が認められることを見出し、この知見を基に特許出願した(PCT/JP99/06322)。細胞の無血清培養時もしくは特殊な条件下での培養時には、培養時のストレスにより起こるアポトーシスが度々観察される。前述の特許出願では、このような細胞障害が誘導される条件で細胞培養を実施し、細胞障害を抑制する活性を指標に、細胞障害抑制活性を有する新たな分子種をスクリーニングすることができた。
【0009】
本願発明者らはさらに鋭意研究を重ね、当該細胞障害抑制活性を評価するいくつかの指標を見出し、これを基に新たなスクリーニング方法を開発した。また、前記スクリーニング方法を駆使して、セレノプロテインPのC末端側ペプチド断片中に存在する細胞障害抑制活性に密接に関係する主要領域を見出し、これら知見を基に、本願発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本願発明の目的は、セレノシスチンより細胞毒性が低く且つ細胞障害抑制活性を示す、1個以上のセレノシステインを含有するペプチドまたは当該ペプチド群を提供することにある。
【0011】
本願発明によるペプチドまたは当該ペプチド群は、好ましくは、セレノプロテインPのC末端側260位アミノ酸から362位アミノ酸までのアミノ酸配列、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された当該アミノ酸配列、前記いずれかのアミノ酸配列の部分配列または前記アミノ酸配列をその一部に含有するアミノ酸配列を有するものである。
【0012】
さらに好ましくは、本願発明によるペプチドまたは当該ペプチド群は、次式:Arg Ser Xaa Cys Cys His Cys Arg His Leu Ile Phe Glu Lys(式中、Xaaはセレノシステインを表す)(配列番号1)で表されるアミノ酸配列、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された当該アミノ酸配列、前記いずれかのアミノ酸配列の部分配列または前記いずれかのアミノ酸配列をその一部に含有するアミノ酸配列を有する。
【0013】
本願発明はさらに、アルブミンまたは脂肪酸添加無血清培地を用いた細胞培養系における細胞突然死現象を利用し、該細胞培養系に細胞障害抑制活性を有すると思われる物質を添加したときの細胞障害抑制の程度を評価することを含み、その際、過酸化脂質の生成を指標として細胞障害抑制の程度を評価することを特徴とする細胞障害抑制活性を有する物質のスクリーニング方法を提供する。
【0014】
本願発明はまた、アルブミンまたは脂肪酸添加無血清培地を用いた細胞培養系における細胞突然死現象を利用し、該細胞培養系に細胞障害抑制活性を有すると思われる物質を添加したときの細胞障害抑制の程度を評価することを含み、その際、グルタチオンペロキシダーゼ(GPX)活性を指標として細胞障害抑制の程度を評価することを特徴とする細胞障害抑制活性を有する物質のスクリーニング方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本願発明によって提供される、低細胞毒性であって且つ細胞障害抑制活性を示すセレノシステイン含有ペプチドまたは当該ペプチド群とは、セレンを分子内に少なくとも1個のセレノシステインの形態で含有するペプチドであって、顕著な細胞毒性を示すことなく好ましい細胞障害抑制活性を有するペプチドまたは当該ペプチド群である。一態様として、セレノプロテインPのC末端側260位アミノ酸から362位アミノ酸までのアミノ酸配列、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された当該アミノ酸配列、前記いずれかのアミノ酸配列の部分配列または前記アミノ酸配列をその一部に含有するアミノ酸配列を有する、細胞障害抑制活性を示すペプチドまたは当該ペプチド群があり、これらには完全分子型のセレノプロテインPをはじめこれに起因するC末端側ペプチド等が含まれる。
【0016】
本願発明によるペプチドまたは当該ペプチド群を構成するアミノ酸は、通常、天然の蛋白質やペプチドを構成しているL−アミノ酸であるが、D−アミノ酸が含まれていてもよい。
【0017】
そもそも、本願発明に関係するセレンは、微量必須元素の一つであり、それが欠乏した場合には心筋症などを伴う重篤な欠乏症が知られている。また、無血清培養の培地に亜セレン酸ナトリウムの添加が必須であることから、セレンが細胞レベルでの生存維持・増殖に必須であることが示されている。しかしながら、セレン化合物が毒物指定されていることから理解されるように、有効量と危険量の幅、つまり安全域の濃度幅が狭く、適量以上のセレン化合物は一般的には細胞にとって毒性を示し、逆に細胞死を誘導する。例えば、セレンの急性中毒症状として、顔面蒼白、神経症状、神経障害、皮膚炎、胃腸障害などが知られている。無機セレン化合物等も本願発明と同様の細胞障害抑制活性が期待できる可能性が報告されている(B. Chem. J. (1998) vol. 232, p. 231-236)。しかしながら、実際上、これら物質は強い毒性を発現するため、毒性を伴わない活性が必要とされている。
【0018】
また、セレンは生体内において主にセレノシステインの形で蛋白質に取り込まれているが、細胞培養にセレノシステインの2量体であるセレノシスチンを添加すると、単独ではかなり強い毒性を示す。これに対して、セレノプロテインPや本願発明の好適な態様であるセレノプロテインPのC末端側断片は、その構造中に9〜10個のセレノシステインを含むにも拘わらず、強い毒性は観察されなかった。このことから、セレノプロテインPの毒性の低減には当該分子がペプチド中に含有されていることの重要性が示唆され、実際に、4〜14アミノ酸のセレノシステインを含有した合成ペプチドにおいてもセレノシスチンが毒性を示す濃度において毒性を示すことは無かった。
【0019】
本願発明のペプチドまたは当該ペプチド群は、毒性の低減というセレン化合物に対する命題を克服するのみならず、予期し得ない細胞障害抑制活性をもたらすことを可能とするものである。
【0020】
本願の先の出願に係るPCT/JP99/06322においては、以下の活性スクリーニング法が用いられた。
【0021】
細胞障害抑制活性を有する因子をスクリーニングするためには、先ず細胞障害を誘導する培養系を構築する必要があり、好適な一例としてアルブミン添加無血清培地を用いたヒト巨核芽球系のDami細胞の培養系をスクリーニング方法として用いた。Dami細胞はRPMI 1640、D−MEM、F−12を1:2:2の比率で混合した培地(0.1%BSAおよび0.05μM2−メルカプトエタノール含)により継代可能であるが、アルブミン不含培地では殆ど増殖しない。この時、培地中に0.01から0.5%のヒト血清アルブミンが存在する条件下においては細胞は正常に増殖するが、4日目以降に全ての細胞が徐々にではなく突然死する。この培養系に活性画分の希釈試料を添加することにより細胞障害抑制活性の大小を比較することが可能であった。
【0022】
さらに、細胞障害が誘導される際に少なからぬ役割を演じる物質が脂肪酸であることを見出し、前述のアルブミン添加に代わり細胞培養系に脂肪酸を添加することを試みた。
【0023】
種々の二重結合を分子内に2個以上有する長鎖の脂肪酸(例えば、Eicosadienoic acid, Dihomo-γ-linolenic acid, Docosadienoic acid, Docosatrienoic acid, Adrenic acid, Eicosapentaenoic acid, Docosahexaenoic acid, Linoleic acid, Linolenic acid, Arachidonic acid)は全て、セレノプロテインPのペプチド断片のような細胞障害抑制活性を有する分子種非存在下の無血清培養において10μMの濃度で細胞障害を誘導した。
【0024】
本願発明では、先の評価系で使用された培養細胞を用い、新たに、細胞障害に密接に関連する培養細胞系での「過酸化脂質の生成」、細胞障害を抑制する「細胞内GPX(グルタチオンペロキシダーゼ)活性」に着眼し、それらを指標とする細胞障害抑制活性を有する分子種のスクリーニング方法を構築するに至った。
【0025】
先ず第1の指標は、評価系中の過酸化脂質の蓄積であり、長鎖脂肪酸が加えられ細胞障害が誘起される培養細胞系では過酸化脂質量が顕著に増加するが、一方、同じ系に細胞障害抑制活性を有する分子種が加えられた系では細胞障害が抑制され、同時に過酸化脂質量の増加が抑えられた。
【0026】
第2は、評価系中の細胞内GPX活性を指標とするものである。細胞内での抗酸化作用の主体であるGPX量は細胞障害に密接に関連し、負の相関がある。すなわち、高いGPX量の状態は細胞障害に抗し、この現象を細胞障害抑制活性の評価系に用いることができる。
【0027】
本願発明では、上述の指標に着眼した細胞障害抑制活性の評価系を駆使して、セレノプロテインPに由来するC末端側ペプチド断片に存在する細胞障害抑制活性に密接に関係する主要領域を見出すことができた。
【0028】
本願発明者は、予備実験により、セレノプロテインPのC末端側260位のアミノ酸より始まる配列を有するペプチドに細胞障害抑制活性を有することを確認し、これを基にさらなる検討を加えた。その結果、セレノプロテインPのC末端側260位アミノ酸から362位アミノ酸までのアミノ酸配列に由来するペプチドまたは当該ペプチド群に顕著な細胞障害抑制活性が認められることが判明した。なお、前記ペプチドまたは当該ペプチド群は、天然のセレノプロテインPが有するアミノ酸配列に加えて、当該アミノ酸配列中の1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたもの、または前記いずれかのアミノ酸配列の部分配列または前記アミノ酸配列をその一部に含有するアミノ酸配列を有するものを包含する。すなわち、本願発明のペプチドは、セレノプロテインPのC末端側アミノ酸配列に由来し、細胞障害抑制活性を有するものであればその分子形態に特段の制約はない。本願発明のペプチドの好適な例としては、セレノプロテインPに由来するC末端側ペプチドのうち、とりわけ279位アミノ酸から292位アミノ酸までのアミノ酸配列を有するペプチドにおいてCysがSerに置換された態様のものが顕著な細胞障害抑制効果を示すことが判った。上述の知見に基づき得られた本願発明のペプチドは、ペプチド合成機を用いて常法に従って調製することもできるし、また、本願発明のペプチドをリード物質として、化学合成物をデザインすることも可能である。
【0029】
一般的に、何らかのストレス(例えば、止血状態、炎症の発生、臓器障害、細胞の損傷、血管の損傷、細菌感染、ウイルス感染など)が生じると遊離の脂肪酸量が3倍以上も増加し細胞毒性が出現すると報告されている(「脂質の化学」、p.170-179、中村治雄編 朝倉書店;「脳卒中実験ハンドブック」、p.437-471、佐野圭司監修 アイピーシー)。この知見からも、ストレス状態が維持される環境では、種々の細胞の感受性の差があるにせよ、脂肪酸による細胞への悪影響が出現すると予想される。つまり、手術時のストレス(出血、止血、虚血)、疾患や臓器移植などに伴う虚血後の再灌流のストレス、持続的な炎症によるストレスなどに対して、本願発明のセレノプロテインPに由来する活性ペプチドまたはペプチド群が細胞の抗酸化能を上げることにより細胞への悪影響を低減させ、病態悪化を防ぐことができる。また、同様の機序で細胞内の酸化ストレスを上昇させる現象に対して、当該活性ペプチドまたはペプチド群は細胞内の抗酸化能を上昇させることにより細胞を安定化する働きが期待できる。
【0030】
本願発明中の活性ペプチドまたはペプチド群は生体内においてプロセスされた活性フォームとして血中で機能しており、ストレス由来により起こる細胞障害を防御し、細胞の安定維持に働いていると予想される。つまり、過剰のストレスを防御しきれない場合などには細胞障害が生じるはずであるから、このような時、本願発明の活性ペプチドまたはペプチド群を外部から補給することが可能であれば、重篤な疾患への移行を未然に防ぐことも可能であるし、治療につなげることができる。具体的には、酸化ストレスに起因して影響を受ける疾患として、AIDS、パーキンソン病、アルツハイマー病等があり、これらの疾患の軽減に働く可能性がある。その他にも動脈硬化の原因因子として酸化LDLが関与していることから、動脈硬化の病態悪化の阻止、治療、予防等への使用も考えられる。あるいは心筋梗塞、脳梗塞や臓器移植等再灌流傷害が観察される疾病にも有効である。その他にも、B細胞およびT細胞系の培養においても、この活性ペプチドまたはペプチド群が有効に働いていることは明らかであるから、免疫細胞系の安定化、制御等を行なうことによる、免疫促進、制御薬等への応用も可能である。さらに、医薬品への応用のみならず、細胞の酸化・還元状態のアンバランス、日焼け等に起因するストレスを減少させ得る化粧品の成分として使用することもできる。また、培養細胞においても過剰のストレス由来の細胞障害を防ぐことにより、有用な生体物質を産生させる場合などにおける培養条件の効率化などに利用可能である。
【0031】
実際、本願発明者らは、脳虚血再潅流障害モデル動物を用いて、本願発明のシステイン含有ペプチドまたは当該ペプチド群が、細胞障害が深く関与する虚血・再灌流障害に対する有望な抑制剤としての用途を明らかにした。
【0032】
以下に、実施例を挙げて本願発明をさらに具体的に説明するが、これらは本願発明の範囲を何ら限定するものではない。なお、以下に示す実施例では、特に断りのない限り、和光純薬、宝酒造、東洋紡およびNew England BioLabs社製の試薬を使用した。
【0033】
調製例
(ヒト血漿からの細胞死抑制活性成分の精製)
以下の精製工程における活性の追跡は、すべて参考例1に記載のアッセイ法に拠った。血漿中の細胞死抑制活性はヘパリン結合性を示す。そこで、先ず、血漿中のヘパリン結合画分を集めるためにヘパリンカラムを用いた分画を行なった。ヒト血漿を出発原料とし、血漿中のヘパリン結合蛋白をヘパリンカラム(Heparin Sepharose: Pharmacia 社製)に吸着させた後、0.3M塩化ナトリウムで洗浄後、2M塩化ナトリウムにより吸着画分を溶出した。目的の細胞死抑制活性の殆どは0.3M塩化ナトリウム洗浄画分に回収されるが、活性物質の精製には2M塩化ナトリウム溶出画分を用いた。
【0034】
ヘパリンに結合した細胞死抑制活性の粗分画を実施するために、硫酸アンモニウム沈殿による分画を行なった。2M塩化ナトリウムヘパリン溶出画分の総量に対して31.3%W/V(約2M)の硫酸アンモニウムを添加し、沈澱物を回収した。沈殿物を水に溶解し、分子量3,500カットの透析膜を用いて水に対して透析した。透析の完了した溶液を回収後、その総量に対して1/50量の1M Tris塩酸緩衝液(pH8.0)を添加し、さらに、20mM Tris塩酸緩衝液(pH8.0)を用いてOD280の値で20〜30になるように溶液濃度を調整した。この溶液から不溶物質を除去するため、1.0μm及び0.45μmの濾過フィルターを用いて濾過した。
【0035】
20mM Tris塩酸緩衝液(pH8.0)により平衡化した陰イオン交換クロマトグラフィー担体(Macro-prep High Q: BioRad 社製)に、濾過済みの蛋白溶液を通液し、陰イオン交換クロマトグラフィーを実施した。この時、非吸着画分及び50mM塩化ナトリウム溶出画分に活性が存在していたため、この画分を回収し混合した。陰イオン交換クロマトグラフィーにより得られた活性画分に対して、1Mクエン酸緩衝液(pH4.0)と1Mクエン酸を6:4の割合で混合した溶液を総量の1/50量添加し、20mMクエン酸緩衝液(pH約4.0)となるように蛋白溶液を調製した。
【0036】
20mMクエン酸緩衝液(pH4.0)により平衡化した陽イオン交換クロマトグラフィー担体(Macro-prep High S: BioRad 社製)に、前述の蛋白溶液を通液し、陽イオン交換クロマトグラフィーを実施した。220mM塩化ナトリウムを含む20mMクエン酸緩衝液(pH4.0)で洗浄後、550mM塩化ナトリウムを含む20mMクエン酸緩衝液(pH4.0)により溶出される画分に活性が存在したため、この画分を回収した。
【0037】
得られた550mM塩化ナトリウム溶出画分の総量に対して1M Trisアミノメタン溶液を1/30量添加し、pHを約7.5に調整した。この溶液に対して3.5M 硫酸アンモニウム溶液(1M Tris塩酸緩衝液(pH8.5)を1/50量添加しpHを約7.5に調整)を2/3量添加後、硫酸アンモニウム濃度が1.4M、塩化ナトリウム濃度が330mMになるように塩濃度を調整した。さらに、不溶物質を除去するために、0.45μmの濾過フィルターを用いて濾過した。
【0038】
次に1.4M硫酸アンモニウム及び330mM塩化ナトリウムを含む20mM Tris塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化した疎水クロマトグラフィー担体(Macro-prep Methyl HIC: BioRad 社製)に前述の濾過済み蛋白溶液を通液し、疎水クロマトグラフィーを実施した。非吸着画分及び平衡化緩衝液(pH7.5)洗浄画分に活性が存在したため、この画分を回収した。吸着画分には殆ど活性は存在しなかった。活性画分を疎水クロマトグラフィー担体に結合させるために、活性画分に対して硫酸アンモニウム濃度が2.0Mになるように上記の約pH7.5の3.5M硫酸アンモニウム溶液を添加した。2.0M硫酸アンモニウム及び240mM塩化ナトリウムを含む20mM Tris塩酸緩衝液(pH7.5)により平衡化した疎水クロマトグラフィー担体(Macro-prep Methyl HIC: BioRad 社製)に試料を通液し、活性成分を吸着させた。平衡化緩衝液により洗浄後、吸着している活性を20mM Tris塩酸緩衝液(pH8.0)により溶出した。回収した活性画分を水に対して1昼夜透析し、この回収した活性画分をヘパリンカラムに確実に吸着させるために、1Mクエン酸緩衝液(pH4.5)を1/50量添加し、pHを約5.0に調整した。
【0039】
20mMリン酸緩衝液(pH6.5)(緩衝液A)及び2M塩化ナトリウムを含む20mMリン酸緩衝液(pH6.2)(緩衝液B)を調製し、緩衝液Aで平衡化したヘパリンカラム(Hi-Trap Heparin: Pharmacia 社製)にpH調整した活性画分を通液した。その後、緩衝液Bを緩衝液Aに対して5%混合した溶液(0.1M NaCl)によりカラムの2倍量洗浄した後、さらに、緩衝液Bの緩衝液Aに対して20%混合した溶液(0.4M NaCl)により溶出し、活性画分を回収した。ここで得られた活性画分を15mg/ml程度の濃度まで膜濃縮器(Centriprep 3: Amicon 社製)により濃縮した。濃縮した活性画分の総量に対して2%の酢酸を添加後、0.45μmの濾過フィルターにより不溶物の除去を行なった。
【0040】
2%酢酸及び500mM塩化ナトリウムを含む溶液により平衡化したゲル濾過クロマトグラフィー担体(Superdex 200pg: Pharmacia 社製)に活性画分を1ml通液し、ゲル濾過クロマトグラフィーを実施し、活性を分画後、回収した。
【0041】
0.1%トリフルオロ酢酸及び1%イソプロパノールを含む1%アセトニトリルにより平衡化したC4逆相HPLC(Wakosil 5C4-200 6mm×150mm:和光純薬社製)に前述の画分を通液し、平衡化溶媒で洗浄後、0.1%トリフルオロ酢酸及び1%イソプロパノールを含む条件下で1%から40%アセトニトリルのリニアグラジエント溶出により得られた活性画分を回収した。ここまでの各精製工程における活性及び比活性の推移を表1にまとめる。
【0042】
表1

【0043】
得られた活性画分をさらに細かく分画するためにイオン交換クロマトグラフィー担体MiniQ(Pharmacia 社製)による分画を実施した。20mMエタノールアミン(pH9.15)の条件下で塩化ナトリウムによるリニアグラジエント溶出を行なった。分画された画分には全て活性が存在していた。
【0044】
参考例1
(アルブミン添加に起因する細胞障害抑制活性の評価系)
0.05μM 2MEおよび0.1%BSAを含有する無血清培地SFO3(三光純薬社製)で継代可能なDami細胞(Greenberg S. M.ら、Blood vol. 72, p. 1968-1977 (1988)に記載:1×10細胞/dish/3ml)1mlにRPMI 1640/D−MEM/F−12の1:2:2混合培地(SA培地)を2ml添加後、3日間培養し、アッセイ時に当該細胞を回収した。細胞を50%PBS/SA/0.03%HSA(SIGMA社製)により2回洗浄し、同培地で3×10細胞/mlになるように懸濁後、得られた細胞懸濁液をサンプル添加ウエルのみ200μl、段階希釈のためのウエルには100μlずつを96ウエルプレートに分注した。サンプル添加ウエルにアッセイ試料を2μl添加し撹拌後、100μl細胞懸濁液が入ったウエルに対して段階希釈した。37℃のCOインキュベーターで4〜5日間培養し判定した。
【0045】
アッセイの評価法としては培養4日目以降、活性のないウエルの細胞は死滅し、活性のあるウエルの細胞は生存し続けることから、生細胞が被検試料の何倍希釈まで存在するかで評価した。
【0046】
参考例2
(脂肪酸により誘導される細胞障害とそれに対する抑制活性)
種々の二重結合を分子内に2個以上有する長鎖の脂肪酸(例えば、Eicosadienoic acid, Dihomo-γ-linolenic acid, Docosadienoic acid, Docosatrienoic acid, Adrenic acid, Eicosapentaenoic acid, Docosahexaenoic acid, Linoleic acid, Linolenic acid, Arachidonic acid)は全て、セレノプロテインP非存在下の無血清培養において10μMの濃度で細胞障害を誘導した。この中で、強く細胞障害を誘導するアラキドン酸(Arachidonic acid)、リノール酸(Linoleic acid)およびリノレン酸(Linolenic acid)についてそれらが細胞障害を誘導する濃度、並びにそれを抑制するセレノプロテインPの濃度について詳細に検討した。
【0047】
無血清培地SFO3(三光純薬)(0.05μM2ME加、0.1%BSA含)で継代可能なDami細胞(1×10細胞/dish/3ml)1mlにRPMI 1640/D−MEM/F−12の1:2:2混合培地(SA培地)を2ml添加後、3日間培養し、アッセイ時にその細胞を回収した。その細胞をSA/0.05%脱脂肪酸BSA(WAKO社)により2回洗浄し、2〜16μMのアラキドン酸、リノール酸およびリノレン酸を含有する同培地で3×10/mlになるように懸濁後、細胞懸濁液をサンプル添加ウエルのみ198μl、段階希釈のためのウエルには100μlずつを96ウエルプレートに分注した。これに100μMのアッセイ試料をそれぞれサンプル添加ウエルに2μlずつ添加し攪拌後、100μl細胞懸濁液が入ったウエルに対して段階希釈した。培養は37℃のCOインキュベーターで4〜5日間行い、細胞障害誘導とセレノプロテインP断片による細胞障害抑制の評価を上記調製例で得た1μMのセレノプロテインP断片およびその希釈倍率による有効濃度を比較した。
【0048】
アラキドン酸、リノール酸等の多価の不飽和脂肪酸が4μM以上存在する条件下で細胞の無血清培養を実施すると細胞障害が誘導され、1μMのセレノプロテインP断片によって完全に細胞障害を抑制し得ることが判明した。4μMのリノール酸が存在する条件下でビタミンEが細胞障害を抑制する有効濃度が100nM程度であるのに対し、全長セレノプロテインPが同等の約100nM程度、セレノプロテインPに由来するペプチドが10pMであり、セレノプロテインPに由来するペプチドが最も低濃度で有効性を示した。抗酸化剤であるビタミンEを添加することにより細胞障害を抑制したことから、おそらく細胞内外で過酸化を受けた脂肪酸が細胞に損傷を与えることにより細胞障害が惹起され、セレノプロテインPに由来するペプチドは効率的にこれを抑制しているものと考えられる。
【0049】
また、4μMのリノール酸またはリノレン酸存在下で生じるDami細胞の細胞障害の抑制効果の有無を種々の酸化還元に関する酵素類(グルタチオンペロキシダーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、グルタチオンレダクターゼ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ、カタラーゼ)について検討したところ、グルタチオンペロキシダーゼにおいて、リノール酸存在下で生じる細胞障害を250nM以上で抑制し、リノレン酸存在下で生じる細胞障害を500nM以上で抑制したが、他の酵素類は1μMの濃度でも細胞障害抑制効果は観察されなかった。同条件下でセレノプロテインP断片が10pMという低濃度でも細胞障害を抑制することから、セレノプロテインP断片の際だった有効性が明らかとなった。また、この細胞障害を誘導する脂肪酸の濃度を変化させることにより、感受性の異なる種々の細胞への脂肪酸の影響およびセレノプロテインPの影響を観察することができた。通常、20μMのリノール酸を添加すると細胞障害が誘導され、この濃度で細胞障害が誘導されない細胞はセレノプロテインPが発現している可能性が高い。この系を利用することにより、種々の細胞における脂肪酸によって誘導される細胞障害の抑制効果を評価することができる。この系は、HSA(SIGMA社)添加時に誘導される細胞障害と同じ現象を反映していると推察された。
【0050】
これまでの実験により、巨核球系細胞株(Dami)、T細胞系細胞株(Molt4、CEM、jurkat)、B細胞系細胞株(P3X63AG8.653、P3X63AG8.U1)、肝臓系細胞株(HepG2)、神経系細胞株(IMR32)、腎臓系細胞株(CRL1932)等でセレノプロテインP断片の効果が確認された。このことから、セレノプロテインP断片は、免疫系、神経系、造血系の細胞および臓器由来の細胞に対して細胞障害抑制の有効性を示すことが強く期待される。
【実施例1】
【0051】
(ペプチド合成)
セレノシステインは、Fmoc(9-Fluorenylmethoxycarbonyl)、MBzl(p-Methoxybenzyl)で保護したアミノ酸を合成し、ペプチド合成機を用いたFmoc法により所望のペプチドを合成した。その後、脱保護を行ない、逆相HPLCにより精製した。
【0052】
本願発明者らは、細胞障害抑制活性を示すセレノプロテインP断片のアミノ酸配列:260Lys Arg Cys Ile Asn Gln Leu Leu Cys Lys Leu Pro Thr Asp Ser Glu Leu Ala Pro Arg Ser Xaa Cys Cys His Cys Arg His Leu Ile Phe Glu Lys Thr Gly Ser Ala Ile Thr Xaa Gln Cys Lys Glu Asn Leu Pro Ser Leu Cys Ser Xaa Gln Gly Leu Arg Ala Glu Glu Asn Ile Thr Glu Ser Cys Gln Xaa Arg Leu Pro Pro Ala Ala Xaa Gln Ile Ser Gln Gln Leu Ile Pro Thr Glu Ala Ser Ala Ser Xaa Arg Xaa Lys Asn Gln Ala Lys Lys Xaa Glu Xaa Pro Ser Asn362(式中、Xaaはセレノシステインを表す)(配列番号2)から還元状態で精製されたペプチド Lys Arg Cys Ile Asn Gln Leu Leu Cys Lys Leu Pro Thr Asp Ser Glu Leu Ala Pro Arg Ser Xaa Cys Cys His Cys Arg His Leu Ile Phe Glu Lys(配列番号3)も細胞障害抑制活性を有することを確認した。そこで、この知見を基に以下の配列を有するペプチド断片を合成した。
【0053】
表2
ペプチド1
Lys Arg Cys Ile Asn Gln Leu Leu Cys Lys Leu Pro Thr Asp Ser Glu Leu Ala Pro Arg Ser(配列番号4)
ペプチド2
Arg Ser Ser Cys Cys His Cys Arg His Leu Ile Phe Glu Lys(配列番号5)
ペプチド3
Arg Ser Xaa Cys Cys His Cys Arg His Leu Ile Phe Glu Lys(配列番号1)
ペプチド4
Arg Ser Xaa Ser Cys His Cys Arg His Leu Ile Phe Glu Lys(配列番号6)
ペプチド5
Arg Ser Xaa Ser Ser His Cys Arg His Leu Ile Phe Glu Lys(配列番号7)
ペプチド6
Arg Ser Xaa Ser Ser His Ser Arg His Leu Ile Phe Glu Lys (配列番号8)
ペプチド7
Arg Ser Xaa Ser(配列番号9)
ペプチド8
Thr Gly Ser Ala Ile Thr Xaa Gln Ser Lys(配列番号10)
ペプチド9
Glu Asn Leu Pro Ser Leu Ser Ser Xaa Gln Gly Leu Arg(配列番号11)
ペプチド10
Ala Glu Glu Asn Ile Thr Glu Ser Ser Gln Xaa Arg(配列番号12)
ペプチド11
Leu Ile Pro Thr Glu Ala Ser Ala Ser Xaa Arg(配列番号13)
ペプチド12
Lys Asn Gln Ala Lys Lys Xaa Glu(配列番号14)
ペプチド13
Xaa Pro Ser Asn(配列番号15)
ペプチド14
Lys Glu Phe Ile Leu His Arg Ser His Ser Ser Xaa Ser Arg(配列番号16)
ペプチド15
Ser Xaa Ser
ペプチド16
Leu Pro Pro Ala Ala Xaa Gln Ile Ser Gln Gln(配列番号17)
(ペプチド14のアミノ酸配列はペプチド6のC末端からN末端方向へのアミノ酸配列に対応する)
【実施例2】
【0054】
(最低細胞毒性濃度)
細胞障害抑制活性のアッセイ系に使用するDami細胞(Greenberg S. M.ら、Blood vol. 72, p. 1968-1977 (1988)に記載)を用いて、アッセイ培地(50%PBS/SA/0.03%HSA(SIGMA社製))またはSA/0.05%脱脂肪酸BSA(WAKO社)/4μMの長鎖多価脂肪酸(アラキドン酸、リノール酸またはリノレン酸等)により2回洗浄して3×10細胞/mlになるように懸濁後、得られた細胞懸濁液をサンプル添加ウエルのみ200μl、段階希釈のためのウエルには100μlずつを96ウエルプレートに分注した。サンプル添加ウエルにアッセイ試料として実施例1で合成したペプチド、およびセレノシスチン、セレノメチオニン、エブセレン、亜セレン酸ナトリウムについて同一濃度の溶液を調製し、それらを2μl添加し撹拌後、100μl細胞懸濁液が入ったウエルに対して段階希釈した。そして、37℃のCOインキュベーターで4〜5日間培養し判定した。
【0055】
毒性の評価法としては、培養開始後、毒性の存在するウエルの細胞は死滅もしくは明らかな細胞数の減少が観察され、その物質の毒性を細胞障害抑制活性が凌ぐウエルの細胞は細胞数も多くそのまま生存し続けることから、これを比較することにより毒性を示す濃度を評価した。セレノシスチン、エブセレンについてはそれぞれ含有セレン濃度で200nM程度、亜セレン酸ナトリウムについては500nM程度でも毒性を示したのに対し、セレノプロテインP断片、セレノメチオニン、セレノシステイン含有ペプチドは1μM以上でも毒性を示さなかった。80%以上の細胞障害を抑制する有効セレン最小濃度は、セレノプロテインP断片が200〜500pM、合成ペプチドNo.6が500pM〜1nM程度、セレノメチオニンが1μM程度であり、比較的毒性が低いと言われているエブセレンでさえ、培養細胞に添加する際は強い毒性を示し有効ではなかった。その結果、毒性が低く有効であるのは、セレノプロテインP断片と合成ペプチドであることが確認された。図1参照。
【実施例3】
【0056】
(有効ペプチドのスクリーニング)
前記ペプチドについて、参考例1記載および参考例2に準じた方法により細胞障害抑制活性を測定したところ、セレノシステイン含有ペプチド(No.3〜No.16)は基本的に細胞障害抑制活性を有することが確認できた。この中でもCysをSerに全て置換したNo.6のペプチドが最も低濃度で効果的に細胞障害を抑制した。セレン含有物質は全てに細胞障害抑制活性を示すが、ペプチド結合を有するセレノシステインは毒性が明らかに低下した。このことから、細胞毒性を低下させ、効果的な細胞障害抑制活性を示すペプチドをこの方法によりスクリーニング可能であることが判明した。図2および表3参照。
【0057】
表3
ペプチド名 アミノ酸配列 活性/1mM Sec
ペプチド1:KRCINQLLCKLPTDSELAPRS 0
(配列番号4)
ペプチド2:RSSCCHCRHLIFEK(配列番号5) 0
ペプチド3:RSUCCHCRHLIFEK(配列番号1) 95,000
ペプチド4:RSUSCHCRHLIFEK(配列番号6) 24,000
ペプチド5:RSUSSHCRHLIFEK(配列番号7) 16,000
ペプチド6:RSUSSHSRHLIFEK(配列番号8) 395,000
ペプチド7:RSUS (配列番号9) 95,000
ペプチド8:TGSAITUQSK (配列番号10) 79,000
ペプチド9:ENLPSLSSUQGLR (配列番号11) 24,000
ペプチド10:AEENITESSQUR (配列番号12) 6,000
ペプチド11:LIPTEASASUR (配列番号13) 28,000
ペプチド12:KNQAKKUE (配列番号14) 24,000
ペプチド13:UPSN (配列番号15) 24,000
ペプチド14:KEFILHRSHSSUSR(配列番号16) 95,000
ペプチド15:SUS 95,000
ペプチド16:LPPAAUQISQQ (配列番号17) 24,000
精製セレノプロテインP断片 470,000
(上記アミノ酸配列中、Uはセレノシステインを表す)
【実施例4】
【0058】
(過酸化脂質生成抑制活性)
細胞障害の原因因子として過酸化脂肪酸の蓄積の可能性を想定し、リノール酸存在下で培養した細胞内の過酸化脂質の量がセレノプロテインP断片の有無によって変化するか否かを検討するため、細胞内の過酸化脂質をアッセイキットを用いて測定した。また、細胞障害が生じた細胞は自然酸化により過酸化脂質が上昇する可能性も否定できないため、UV照射、室温放置により細胞障害を誘導させ、リノール酸により誘導される細胞障害との過酸化脂質の生成割合の比較検討を行なった。
【0059】
まず、SA(−)で培養したDami細胞を遠心回収洗浄後、SA(−)で2.5×10/mlで再懸濁し、15cmディッシュ6枚に20mlずつ分注し、1mg/mlの濃度でリノール酸を混合した10%BSAを0.05%BSA(−)になるように4枚のディッシュに添加した。続いて、リノール酸を添加した4枚のディッシュのうち2枚にのみ50μlのセレノプロテインP断片2.5mg/mlを添加し、37℃、16時間培養した。6枚のディッシュを回収し、Lipid hydroxide assay kit(Cyman)により過酸化脂質の定量を行なった。
【0060】
別途、UV照射による細胞障害を検討するために、SA(−)で培養したDami細胞を遠心回収洗浄後、SA(−)で2.5×10/mlで再懸濁し、15cmディッシュ2枚に20mlずつ分注し、15分間UV照射を実施し、37℃で16時間培養した。2枚のディッシュを回収し、Lipid hydroxide assay kit(Cyman)により過酸化脂質の定量を行なった。
【0061】
また、室温放置による細胞障害を検討するために、SA(−)で培養したDami細胞を遠心回収洗浄後、SA(−)で5×10/mlで再懸濁し、15cmディッシュ1枚に20mlずつ分注し、室温で24時間放置した。1枚のディッシュを回収し、Lipid hydroperoxide assay kit(Cyman)により過酸化脂質の定量を行なった。
【0062】
その結果、リノール酸存在条件下でセレノプロテインP断片を添加していない系では過酸化脂質量が増加していたが、セレノプロテインP断片が添加された系では過酸化脂質量の増加が抑えられていた。また、室温放置、UV照射により生じた細胞障害の場合には過酸化脂質の上昇は認められなかった。このことから、セレノプロテインP断片はリノール酸添加により生じる過酸化脂質の生成を抑制することが確認され、また、過酸化脂質量が細胞障害の指標の一つになり得ることが明らかになった。図3参照。
【実施例5】
【0063】
(細胞内GPX(グルタチオンペロキシダーゼ)活性の上昇)
0.05μM 2MEおよび0.1%BSAを含有する無血清培地SFO3(三光純薬社製)で継代可能なDami細胞をSA/0.01%BSAで96時間以上培養し、細胞内のGPX活性を低下させ、この細胞をSA/0.01%BSAで5×10細胞/mlになるように懸濁した。この細胞懸濁液1mlに対し試料を所定の濃度になるように添加して、試料のGPX活性上昇に有効である濃度を比較した。
【0064】
試料はセレノプロテインP断片、合成ペプチド、セレノシスチン、セレノメチオニン、エブセレンおよび亜セレン酸ナトリウムであり、それぞれの効果を比較した。その結果、セレノプロテインP断片および合成ペプチドが1nMでも有意に細胞内GPX活性を上昇させるのに対し、セレノシスチンおよび亜セレン酸ナトリウムで50%程度の活性上昇しか認められず、エブセレンおよびセレノメチオニンは10nMでも活性の上昇は殆ど観察されなかった。図4参照。ここで、横軸は、Dami細胞培養時、10nMのセレノプロテインP断片添加時に誘導されるGPX活性を100%とした時の各種試料の活性で誘起されるGPX活性を%で示したものである。
【0065】
上記記載で明らかなように、細胞に対し有効に機能するセレン化合物をスクリーニングすることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】図1は本願発明のペプチドおよびその他の各種試料に対する細胞障害抑制活性と最低細胞毒性濃度の検討結果を示す図である。
【0067】
【図2】図2は本願発明のペプチドの細胞障害抑制活性の検討結果を示す図である。
【0068】
【図3】図3は細胞障害抑制活性の評価に際して過酸化脂質の生成抑制が細胞障害の指標となり得ることを示す図である。
【0069】
【図4】図4は本願発明の細胞障害抑制活性の評価に際してGPX(グルタチオンペロキシダーゼ)活性の上昇が細胞障害の指標となり得ることを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルブミンまたは脂肪酸添加無血清培地を用いた細胞培養系における細胞突然死現象を利用し、該細胞培養系に細胞障害抑制活性を有すると思われる物質を添加したときの細胞障害抑制の程度を評価することを含み、その際、グルタチオンペロキシダーゼ活性を指標として細胞障害抑制の程度を評価することを特徴とする細胞障害抑制活性を有する物質のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−50266(P2009−50266A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−242779(P2008−242779)
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【分割の表示】特願2002−589677(P2002−589677)の分割
【原出願日】平成14年5月10日(2002.5.10)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【出願人】(000160522)久光製薬株式会社 (121)
【Fターム(参考)】