説明

細菌検査方法

【課題】
臨床上重要な広範な細菌群に適用可能な迅速薬剤感受性試験方法、ならびに迅速同定試験方法の提供。
【解決手段】
電子移動剤の存在下で細菌を培養し、菌体内に存在する酸化還元酵素がニコチンアミドアデニンジヌクレオチドあるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を補酵素として電子移動剤を還元する作用を、化学発光により検出する。
【効果】
試験に必要な培養時間を大幅に短縮することができる上に、従来法と良好な成績の一致を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細菌の検査方法に関するものである。具体的には発光反応による細菌の抗菌性薬剤感受性試験、同定試験に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細菌検査において、検査材料より分離された細菌の抗菌性薬剤感受性試験および同定試験は非常に重要なことである。しかし大部分の検査施設では、分離培養により得られた細菌を市販の微生物検査試薬を用いて分離後18〜24時間もしくは対象細菌によってはそれ以上の時間を費やして検査成績を得ているのが現状である
【0003】
検査材料より分離された疾患の起因細菌について、治療薬の選択等の目的でこれらの細菌に対する抗菌剤、抗結核剤などの抗菌性薬剤(以下薬剤と略す)の感受性試験が日常的に実施されている。その方法は、薬剤を段階的に希釈した濃度を含む培地液に分離培養で得た細菌を一定量接種し培養した後、その細菌の発育を阻害した薬剤の最小濃度(MIC)を求める微量液体希釈法。また指定された寒天培地の表面に上述細菌を塗布した後、薬剤が一定量含有されているディスクを置き培養後に現出する阻止円を分類的解釈(感性、中等度感性、耐性)する方法。以上の2方法に大別される。しかしいずれの方法も18〜24時間菌種によってはそれ以上の培養時間を必要とするのが現状である。
【0004】
また薬剤感受性試験と同様に臨床材料より分離された細菌の同定試験も日常的に行われている。その方法は以下のような原理に基づくもので、大多数の施設では市販の細菌同定システムにより機械化されている。人工的な培地に接種された細菌は、培地中の各種の栄養素を酵素的に代謝することによって増殖する。酵素には多くの種類が有り、その中には細菌の同定のための指標として利用できるものの存在が知られている。酵素反応は、特定の基質の消費に伴う変化を観察することで検出される。酵素反応が基質特異的なものであれば、酵素基質を添加した培地を利用して酵素の存在を確認することができる。具体的には、たとえば炭素源を代謝する酵素は、基質である糖類の酵素的な分解に伴って酸を生成するとき、培地のpH変化として捉えることができる。また窒素源を代謝する酵素は、基質であるアミノ酸類の分解に伴ってアンモニアを生成するとき、やはりpHの変化として捉えることができる。市販の細菌同定システムは、同定の指標となる酵素の組み合せに基づいて被検菌株がどの菌種に属するのかについてその可能性を算出する。
この方法では、接種した微生物の増殖が必要である。したがって信頼できる成績を得るには、微生物の増殖のための培養を18〜24時間、菌種によってはそれ以上の時間を要するものもある。
【0005】
これらの薬剤感受性・同定試験成績を得る以前に臨床医の経験をふまえた予測治療として薬剤投与などの処置がなされるが、時としてこれが病気の持続及び状態の悪化を伴うケースもある。特に近年薬剤の多用による薬剤耐性菌の出現や、海外旅行者の増加に伴う輸入感染症の増加が問題になっており、患者の状態を正確に治癒させ得る処置の決定がなされる為の情報を、迅速に臨床医に提供できる細菌の薬剤感受性試験法・同定法の開発が強く要望されている。
【0006】
この問題の解決のために多くの方法が発表されてきた。例えば薬剤を含む培地にテトラゾリウム塩を添加して細菌を培養し、テトラゾリウム塩の還元による発色により細菌の代謝活性を求め、この成績を薬剤の感受性決定に利用した方法(特許文献1、2)。またレサズリン等の蛍光原性基質を細菌の増殖時に作用させ、生産される蛍光物質の蛍光強度を定量することにより薬剤感受性を決定する方法等である(特許文献3)。
【0007】
商品化されたものとしては前述のMIC測定を目的として開発されたSensititer(商品名)システムがあげられる。これは蛍光原性基質を細菌に作用させることにより、細菌の増殖時に生産される蛍光物質の蛍光強度を培養5時間後に測定し、その結果を専用ソフトウェアで解析してその細菌に対するMICを算出することが可能なシステムである。しかしこの方法は増殖の遅い菌種(代表的な例としてブドウ糖非発酵菌群の中の数菌種)、また非常に短時間で十分な蛍光レベルに達してしまう菌種では信頼できないことが見いだされている。またこれらの欠点を補う方法として、ただ1回の早期単測定ではなく、連続して測定(3〜15時間)を行いそこから得られる情報を専用ソフトウェアで解析することにより薬剤感受性情報を得ることを目的とした方法も近年発表されている(特許文献4)。しかしこれらの方法では特に増殖の遅い菌種では依然として長時間の培養時間(15〜18時間)を必要とする問題が残される。
【0008】
発色あるいは蛍光を利用した高感度検出系では、電子伝達剤あるいは酸化還元促進剤としてメナジオンが用いられるが、メナジオンは細菌に対する発育阻害作用を持つため、その濃度設定は慎重を要する。特許文献3ではメナジオンの至適濃度を1〜10μg/ml好ましくは2.5〜7.5μg/mlと規定した上で蛍光基質であるレサズリンとともに予めブイヨンに添加して細菌を培養している。この方法は実施例でも示されているグラム陰性桿菌では有効であるが、メナジオンに対する感受性が高いグラム陽性球菌ではメナジオンの濃度を1μg/ml以下にしないと十分な発育結果を得ることができない。
【0009】
本発明者はグラム陽性球菌についてメナジオンを発育に支障のない濃度に設定して特許文献3の方法で薬剤感受性試験を試みた。その結果、10^6CFU/ml以上の接種菌量で試験を行うと偽陽性が生じることが判明した。グラム陽性球菌はグラム陰性桿菌に比べて菌体自身の還元能が強く、そのために菌体接種時の菌体の還元能の影響を受けて薬剤感受性とは無関係に偽陽性を生じ、薬剤感受性試験成績が耐性になってしまうと考えられる。メナジオン、およびレサズリンの一方、または両方を菌体培養後に添加した場合には、感度不足から対照菌も検出できず、薬剤感受性試験不能となってしまった。
【0010】
さらに培養時間を短縮することが可能な高感度の検出系としては、生物発光、化学発光を利用したものをあげることができる。特許文献5は、生菌由来のATPにルシフェリン・ルシフェラーゼの発光試薬を作用させ、発光反応により薬剤感受性試験を行うもので、培養時間は4〜5時間程度に短縮できる。しかし、フィルター上に菌を採取したり、菌体を破壊してATPを抽出する操作が必要であるなど、操作は従来法に比べて煩雑である。同様に菌体の破壊をファージにより行う方法もある(特許文献6)。ファージを利用することで菌に対する特異性は高まるが、ファージという生物材料を扱うことで前述の方法よりもさらに操作は煩雑になる。
【0011】
化学発光法は、原理的には細菌の増殖を630nmの吸光度で定量する濁度法、同様にテトラゾリウム塩等の酸化還元指示薬を用いた発色法、そして蛍光原性基質を用いる蛍光法のいずれの方法よりも測定感度の優れた方法である。従ってこの測定原理を採用する薬剤感受性試験法は、従来発表されているいずれの方法よりも培養時間の短縮化が可能であると考えられる。
【0012】
化学発光を利用した検出系としては、特許文献7をあげることができる。この方法は、細胞に酸化型キノンを作用させ、細胞膜酵素の還元作用によって発生した過酸化水素を発光試薬により検出するものである。この方法は酵母においては良好な成績をあげることが実施例でも示されている。しかしながら、酵母のような大型の菌では還元作用を示す酵素量も十分なので菌体量に比例した発光強度が得られるが、臨床検査の対象となる細菌は酵母よりも小さく、この方法では感度不足となって測定することができない。
【0013】
感度不足を解消するために培養開始時にメナジオンを添加しておくことも可能だが、先に述べたメナジオンの細菌に対する発育阻害作用や、薬剤感受性試験における培養初期の菌体の還元能の影響の他に、培養中に菌体由来のペルオキシダーゼやカタラーゼにより、発生した過酸化水素が消費されることも考慮しなくてはならない。感度的には最も有利な化学発光系も過酸化水素を介した反応系ではあるが、その長所を生かした細菌試験方法は実用化されていない。
【0014】
このように感度・精度ともに十分な性能を備え、なおかつ広範囲な臨床細菌に適用可能な迅速細菌試験方法は存在しなかった。
【0015】
【特許文献1】特開昭55−039763号公報
【特許文献2】特開平1−187097号公報
【特許文献3】特開平2−211898号公報
【特許文献4】特公平7−114708号公報
【特許文献5】特開平8−103293号公報
【特許文献6】特表平8−503847号公報
【特許文献7】特公平6−030628号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明が解決しようとする課題は、化学発光を利用した広範囲な臨床細菌(腸内細菌群、ブドウ糖非発酵菌群、グラム陽性球菌群、ヘモフィルス菌群、抗酸菌群)のための試験方法である。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は鋭意検討を行った結果、化学発光を利用した広範囲な臨床細菌に対して実施可能な試験方法を完成した。
【発明の効果】
【0018】
本発明は臨床細菌検査の方法の為の発明である。現在最も多くの施設で使用されている細菌検査法は、患者の臨床材料より分離培養した細菌を培養18〜24時間または細菌の種類によってはそれ以上の時間を費やして検査の成績を得ている。しかし本発明による検査方法を使用すれば、臨床上重要と思われるほとんどの細菌が薬剤感受性試験では4時間の培養時間(希に6時間を必要とする細菌もある。)で、そして同定試験では2時間以内(対象となる基質によりインキュベート時間が異なる。)で現在行われている方法の成績とほぼ同等の成績を得ることができる。検査に費やす時間を短縮化することは、より適切な患者治療が可能となると考えられる。本発明はグラム陽性球菌のような従来の方法では化学発光反応を応用することができなかった菌種について適用可能であり、医療分野の研究開発及び実際の患者治療分野の発展に大いに貢献し得るものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は以下のような細菌検査方法あるいはその応用からなる。
(1) メナジオンの存在下でグラム陽性球菌を培養し、菌体内に存在する酸化還元酵素がニコチンアミドアデニンジヌクレオチドあるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を補酵素としてメナジオンを還元する作用を、ルシゲニンを発光試薬として化学発光により検出する方法において、メナジオンの濃度が0.5μg/ml以上、1μg/ml未満の範囲であるグラム陽性球菌検出方法。
(2) 抗菌性薬剤とメナジオンの存在下でグラム陽性球菌を培養し、菌体内に存在する酸化還元酵素がニコチンアミドアデニンジヌクレオチドあるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を補酵素としてメナジオンを還元する作用を、ルシゲニンを発光試薬として化学発光により検出することを特徴とする抗菌性薬剤感受性試験方法。
(3) 細菌同定の指標となる特異的酵素の基質とメナジオンの存在下でグラム陽性球菌を培養し、菌体内に存在するこの酵素がニコチンアミドアデニンジヌクレオチドあるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を補酵素としてメナジオンを還元する作用を、ルシゲニンを発光試薬として化学発光により検出することを特徴とする同定試験方法。
(4) 細菌の発育に必要な栄養成分、抗菌性薬剤、ならびにメナジオンを0.5μg/ml以上、1μg/ml未満の範囲で含む培地と、ルシゲニンが組み合わされた(2)に記載の抗菌性薬剤感受性試験方法を実施するためのキット。
(5) 細菌の発育に必要な栄養成分、細菌同定の指標となる特異的酵素の基質、ならびにメナジオンを0.5μg/ml以上、1μg/ml未満の範囲で含む培地と、ルシゲニンが組み合わされた(3)に記載の同定試験方法を実施するためのキット。
【0020】
薬剤の一定量を含む各細菌群専用のブイヨンに接種された細菌は、菌体内に存在する種々の酸化還元酵素の働きにより菌体外の栄養成分を菌体内に取り込み増殖を開始する。そのときに作用する酸化還元酵素反応には還元型補酵素ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)やそのリン酸化合物(NADPH)の介在が必要なものがある。したがって、菌体外に存在する被還元物質が菌体内に存在する酵素により還元されれば、同時にブイヨンに存在する電子移動剤を介して溶存酸素が還元され過酸化水素が生産されると推察される。この過酸化水素の生産量は、細菌の増殖に伴い加速度的に増加するものと考えられる(酵素サイクリング原理による。)。本発明は、この生産された過酸化水素を化学発光法により定量し、より迅速に試験結果を得るという原理に基づいている。
【0021】
すなわち本発明は、(1)に述べたような構成により化学発光反応による細菌の検査方法を実現した。本発明の検査方法はグラム陰性細菌やグラム陽性細菌に限定されず幅広い種類の細菌に応用することができる。中でも、従来の化学発光反応に基づく方法では試験が困難であったグラム陽性球菌にも応用可能なことは本発明の大きな特徴である。
本発明の最大の特徴は電子移動剤の存在下で細菌を培養することにある。電子移動剤には、酸化型キノンを利用できる。具体的には、メナジオン、ベンゾキノン、ナフトキノン、ジフェノキノン、アントラキノンのような酸化型キノンが公知である。これらの酸化型キノンのうち、発光試薬添加後の発光強度の上昇が速い点からメナジオンが適している。また、メナジオンは各種の細菌に対して増殖を阻害しない濃度を容易に設定することができる。たとえばメナジオンに対して感受性を示すグラム陽性球菌においても、培養環境におけるメナジオンの濃度を0.01μg/ml以上、1μg/ml未満、望ましくは0.5μg/ml以上、1μg/ml未満とすることにより細菌の試験が可能である。他方メナジオンに対して感受性を示さない細菌(E.coliやK.pneumoniae等)では、1μg/ml以上、10μg/ml未満の濃度で用いると良い。
本発明の検査方法において指標としている酸化還元酵素とは、補酵素を水素受容体とするものであって、細菌の増殖や菌種の指標として知られている酵素である。このような酸化還元酵素には、糖類、アミノ酸。有機酸等の基質を特異的に分解するグルコースデヒドロゲナーゼやアラビノースデヒドロゲナーゼ等の各種デヒドロゲナーゼを挙げることができる。本発明は酸化還元反応を化学発光反応によって検出しているので、必ずしも酵素反応によって培地pHの変動をもたらすものである必要はない。本発明で用いる補酵素には、指標として選んだ酸化還元酵素が要求するものを組み合せる。一般的な補酵素としては、NADやNADPを示すことができる。
【0022】
本発明では、メナジオンを菌体内に存在する酵素により還元するので、メナジオンの濃度と添加のタイミングが重要なポイントとなる。菌体の還元性の弱いグラム陰性桿菌の薬剤感受性試験を行うためにはメナジオンは培地に予め添加しておく必要がある。また、メナジオンに対する感受性が高いグラム陽性球菌の発育に支障のないように、メナジオンの濃度は0.01μg/ml以上、1μg/ml未満、好ましくは0.5μg/ml以上、1μg/ml未満になるように培地に添加するとよい。
【0023】
本発明で使用する発光試薬には、過酸化水素により発光し、薬剤や特異的酵素による影響を受けないものであれば特に制限はない。このような発光試薬としてはアクリジン誘導体、ルミノール誘導体、およびシュウ酸誘導体等をあげることができる。アクリジン誘導体の発光試薬としては、ルシゲニン、各種アクリジニウム塩、および各種アクリジニウムエステルを、また、ルミノール誘導体としてはルミノール、イソルミノール等をあげることができる。シュウ酸誘導体としては、クロライド、エステル、およびオキサミドをあげることができる。シュウ酸誘導体を発光試薬として用いる場合には、ペリレン、ピレン等の蛍光物質を共存させる必要がある。また、発光試薬には過酸化水素を消費する酵素の活性を阻害するためのアジ化ナトリウムや、発光反応を促進する鉄、マンガン、あるいはニッケル等の金属イオン、酸化物、錯体を添加することも好ましい。
【0024】
本発明では、発光試薬は培養初期の菌体の還元性の影響を避けるために、菌体の培養後に添加する必要がある。従来用いられてきた発色系あるいは蛍光系の試薬では、培養後に添加すると感度不足となってしまい測定できないが、化学発光系の試薬は感度が高いので培養後に添加しても十分測定可能である。
【0025】
本発明を実施する細菌発育検出用培地には既知のブイヨンを用いることができる。培地中には細菌の栄養源と物質、無機塩類等が含まれる。細胞の栄養源となる物質としては、ブドウ糖、酵母エキス、各種アミノ酸、ピルビン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等があげられる。また、無機塩類としては、塩化ナトリウム、りん酸一カリウム、りん酸二ナトリウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム等があげられる。これらの無機塩類は浸透圧調製剤、緩衝剤としても機能する。具体的にはM70培地等をあげることができる。
【0026】
本発明は、細菌の迅速薬剤感受性試験に応用することができる。この方法を施行する為に必要な成分は、細菌を増殖させるのに必要な各種栄養物質、指定された各濃度の薬剤、補酵素より遊離されるプロトンの電子移動剤、そして生産された過酸化水素を定量する化学発光基質である。前3者は薬剤感受性試験の対象である細菌を接種するマイクロタイタープレートに安定な状態で含有されているのが望ましい。このマイクロタイタープレートに試験対象の細菌を接種する。それぞれの細菌群に指定された培養を行った後、専用のマイクロタイタープレート・リーダーを用いて発光基質の添加を行いながらその時の化学発光量の検出を行う。その時、薬剤の効果が認められない為に細菌の増殖がなされたプレート・ウェルは大きな発光量を得る。しかしながら、薬剤により細菌の増殖が阻止されたプレート・ウェルは極小量またはまったく発光量の認めない発光値となる。そしてこれら測定された発光値は定められた成績解析法により各薬剤の最小発育阻止濃度が決定される。また各細菌群の薬剤感受性試験の為の培養時間は、腸内細菌群、ブドウ糖非発酵菌群、グラム陽性球菌群、そしてヘモフィルス菌群は35℃・4時間(希に6時間の培養を必要とする菌株も存在する)で大多数の菌株が現在普及している方法の成績と良好な一致率を得る事ができる。
【0027】
本発明において薬剤感受性試験に使用可能な薬剤としては以下の物質をあげることができる。これらの薬剤は通常は塩として流通している。また、後に示す実施例においてはカッコ内の略称を使用した。
供試薬剤(略称)
ペニシリンG(PCG)
アンピシリン(ABPC)
ピペラシリン(PIPC)
オキサシリン(MPIPC)
セファゾリン(CEZ)
セフォチアム(CTM)
セフタジジム(CAZ)
セフスロジン(CFS)
セフォタキシム(CTX)
セファクロール(CCL)
アズトレオナム(AZT)
フロモキセフ(FMOX)
ラタモキセフ(LMOX)
イミペネム(IPM)
メロペネム(MEPM)
クリンダマイシン(CLDM)
アミカシン(AMK)
アルベカシン(ABK)
ミノサイクリン(MINO)
トブラマイシン(TOB)
バンコマイシン(VCM)
エリスロマイシン(EM)
クロラムフェニコール(CP)
オフロキサシン(OFLX)
レボフロキサシン(LVFX)
【0028】
本発明は、細菌の迅速細菌同定試験方法にも応用可能であり、具体的には以下のようにして実施することができる。同定試験を施行するために必要な成分は、特異的酵素の存在を確認する為の基質、その基質に対する酵素反応を円滑に進める為の反応環境調整剤、補酵素より遊離されるプロトンの電子移動剤、そして生産された過酸化水素を定量する発光試薬である。前3者は薬剤感受性試験と同様に予めマイクロタイタープレートに安定な状態で含有されているのが望ましい。このマイクロタイタープレートに試験を必要とする細菌を接種する。2時間37℃でインキュベート後、専用のマイクロプレートリーダーを用いて発光試薬の添加を行いながら化学発光量の測定を行う。その時、基質に特異的酵素が認められない場合は、対照ウェルとほぼ同等またはそれ以下の発光量となる。しかしながら、基質特異的酵素が確認されるウェルは対照ウェルと比較すると大きな発光量を得ることができる。そしてこれら測定された発光値は、予め決められた成績解析法により該当菌種名が決定される。本発明では直接基質特異的酵素の活性測定を行うことから、インキュベーション時間は120分程度の短時間でよく、この方法で得られた成績は現在多くの施設で行われている方法と高い成績一致率を得ることができる。
【実施例】
【0029】
本発明の実施例を以下に示すが、例示は詳細説明の為であり、発明思想の限定を意図したものではない。
実施例1(迅速薬剤感受性試験)
a)現在大多数の施設で行われている微量液体希釈法の精度管理菌株の1つである Escherichia coli(以下E.coliと略す)ATCC25922 の培養された十分の数のコロニーを滅菌生理食塩水に懸濁し、その濃度をマクファーランドNo.1濁度標準に等価な調整液を作製した。(名目菌濃度約3×108CFU/ml)
b)前記調整液を名目濃度 約3×106CFU/mlとするため、更に滅菌生理食塩水で100倍希釈し、これを試験用菌液とした。
c)予め薬剤および細菌増殖のための下記の培地が安定な形で含有されている化学発光用マイクロタイタープレートに前記試験用菌液を100μl/ウェルの量で接種した。
[培地成分]
イーストエキストラクト 0.5g
ブドウ糖 1.0g
塩化ナトリウム 5.0g
リン酸1カリウム 4.0g
リン酸2ナトリウム 2.0g
NAD 0.2g
メナジオン 0.5〜10mg
水 1000ml
d)細菌の接種を終えたマイクロタイタープレートは、専用の培養機の中で4時間培養した。
e)培養を終えたマイクロタイタープレートは、専用の化学発光測定用マイクロプレートリーダー(ダイナテック社製:ML−3000)にセットし、以下に示す組成の発光試薬を同時に65μlずつ各ウェルに分注し、試薬添加後0〜1秒までの発光量を測定した。
[発光試薬A]
ルシゲニン 0.15g
水 1000ml

[発光試薬B]
炭酸水素ナトリウム 67.0g
水酸化カリウム 48.0g
水 1000ml
(pH11.0)
表1は、薬剤を含まない(P.C.)ウェルと各薬剤指定濃度含有ウェルの化学発光値である。(上段に薬剤名、中段に薬剤濃度(単位:μg/ml)、そして下段に測定値を示した。)
【0030】
【表1】

【0031】
f)表1中P.C.の発光量を基に算出した各薬剤のMIC値を以下に示す。併せて、現在多数の施設で行われている微量液体希釈法によるMIC値も以下に示す。なお本発明でのMICの算出は、検体発光値が陽性コントロール発光値の20%以上を発育陽性、20%未満を発育陰性(発育阻止)とした。
【0032】
【表2】

【0033】
実施例2(迅速薬剤感受性試験)
患者からの臨床材料より分離された臨床上重要と思われる細菌について実施例1と同様の方法で薬剤感受性試験を行った。供試細菌と培養時間は以下に示す通りである。
【0034】
菌種名 株数
E.coli 16
K.pneumoniae 13
K.oxytoca 2
Salmonella sp. 2
C.freundii 2
C.amalonaticus 2
C.diversus 3
E.cloacae 3
E.aerogenes 2
H.alvei 2
S.marsecsens 2
S.liquefaciens 2
P.mirabilis 2
P.vulgaris 2
M.morganii 2
P.rettgeri 2
P.alcalifaciens 2
Y.enterocolitica 2
Y.frederiksenii 2
S.aureus 40*
CNS 10*
S.pneumoniae 33
S.pyogenes 10
E.faecalis 13
E.faecium 5
P.aeruginosa 27*
P.cepacia 3
P.putida 3
X.maltophilia 3
X.xylosoxidans 3
A.calcoaceticus subsp.lowfii 3*
A.calcoaceticus subsp.anitratus 3
H.influenzae 27
H.parainfluenzae 5
H.parahaemolyticus 5
計 35菌種 259株

培養時間は化学発光法(本発明):4時間、微量液体希釈法(従来法):20時間である。
*一部の菌株で十分な発光量の上昇あるいは発育が認められなかったため、化学発光法では6時間培養後に、微量液体希釈法では45時間培養後に判定を行った。
【0035】
表3に微量液体希釈法との成績の比較を示す。有効性は微量液体希釈法成績と本発明方法(化学発光法)成績の一致率で報告する。またそれぞれの成績の一致率の解釈は、両法の成績(MIC値)が1管差迄を成績一致と見なし、2管差以上を成績不一致とした。表3に示した結果の通り、本発明による臨床細菌に対する薬剤感受性試験成績は、検査に費やす時間が現在多くの施設で行われている微量液体希釈法所用時間の1/6〜1/10に短縮化されるにも関わらず、その成績は80%以上の成績一致が認められた。
【0036】
【表3】

【0037】
実施例3(迅速同定試験)
L−リジン塩酸塩を基質とした時の種々の細菌の分解酵素活性(対象酵素はリジンデヒドロゲナーゼ)を下記の方法により試験した。
a)臨床材料より分離・保存され、予め菌種の同定がなされてある下記各菌株をサブ・カルチャーし、得られた十分の数のコロニーを滅菌生理食塩水にその濃度マクファーランドNo.1濁度標準になるように調整した。(名目菌濃度3×108CFU/ml)
1)E.coli
2)C.freundii
3)K.pneumoniae
4)E.aerogenes
b)L−リジン塩酸塩(基質)1mg/ml、M70培地、メナジオン0.8μg/mlが含まれているマイクロタイタープレートウェルに、上述細菌菌液100μl を接種する。同時にL−リジン塩酸塩のみを含まないマイクロタイタープレートウェルにも同様に接種する。
c)35℃・120分間インキュベート後、薬剤感受性試験同様に専用のマイクロプレートリーダーを用いて各ウェルの化学発光量を測定する。それぞれの測定結果(測定発光値)を表4に示す。基質添加ウェルの発光値が基質未添加ウェルの発光値の3倍以上の数値を示したとき、基質利用陽性と判定した。
【0038】
【表4】

【0039】
d)表4の結果から、本基質を分解する酵素活性は、E.coli,K.pneumoniae,E.aerogenes では認められるものの C.freundii では認められなかった。したがって基質にL-リジン塩酸塩を使用してそれを分解する酵素活性を測定することにより上述の菌群の中から短時間で C.freundiiのみを識別することが可能であった。
【0040】
実施例4(迅速同定試験)
クエン酸を基質とした時、種々の細菌の分解酵素活性(対象酵素はクエン酸デヒドロゲナーゼ)を上述と同様の方法により試験した。
a)菌液の作製方法及び供試株は実施例3と同様とした。
b)対象基質をクエン酸(1mg/ml)とし、他のマイクロタイタープレートへの必要成分の添加方法及び接種方法も実施例3と同一方法で行った。
c)インキュベート及び測定条件についても実施例3と同一方法で行った。なお測定結果を表5に示した。
【0041】
【表5】

【0042】
d)表5の結果から、本基質を分解する酵素活性は、C.freundii,K.pneumoniae,E.aerogenes では認められるものの E.coli では認められなかった。したがって基質にクエン酸を使用してそれを分解する酵素活性を測定することにより、上述の菌群の中から短時間で E.coli のみを識別することが可能であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メナジオンの存在下でグラム陽性球菌を培養し、菌体内に存在する酸化還元酵素がニコチンアミドアデニンジヌクレオチドあるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を補酵素としてメナジオンを還元する作用を、ルシゲニンを発光試薬として化学発光により検出する方法において、メナジオンの濃度が0.5μg/ml以上、1μg/ml未満の範囲であるグラム陽性球菌検出方法。
【請求項2】
抗菌性薬剤とメナジオンの存在下でグラム陽性球菌を培養し、菌体内に存在する酸化還元酵素がニコチンアミドアデニンジヌクレオチドあるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を補酵素としてメナジオンを還元する作用を、ルシゲニンを発光試薬として化学発光により検出することを特徴とする抗菌性薬剤感受性試験方法。
【請求項3】
細菌同定の指標となる特異的酵素の基質とメナジオンの存在下でグラム陽性球菌を培養し、菌体内に存在するこの酵素がニコチンアミドアデニンジヌクレオチドあるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸を補酵素としてメナジオンを還元する作用を、ルシゲニンを発光試薬として化学発光により検出することを特徴とする同定試験方法。
【請求項4】
細菌の発育に必要な栄養成分、抗菌性薬剤、ならびにメナジオンを0.5μg/ml以上、1μg/ml未満の範囲で含む培地と、ルシゲニンが組み合わされた請求項2の抗菌性薬剤感受性試験方法を実施するためのキット。
【請求項5】
細菌の発育に必要な栄養成分、細菌同定の指標となる特異的酵素の基質、ならびにメナジオンを0.5μg/ml以上、1μg/ml未満の範囲で含む培地と、ルシゲニンが組み合わされた請求項3の同定試験方法を実施するためのキット。

【公開番号】特開2007−222182(P2007−222182A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−152755(P2007−152755)
【出願日】平成19年6月8日(2007.6.8)
【分割の表示】特願平9−29796の分割
【原出願日】平成9年1月29日(1997.1.29)
【出願人】(000120456)栄研化学株式会社 (67)
【Fターム(参考)】