説明

組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを生産する組換え細胞およびトランスジェニック生物

【課題】 組換え宿主細胞からプロリン水酸化ヒトコラーゲンを効率よく分泌させ、プロリン水酸化ヒトコラーゲンを安価に回収することができる新規な手段を提供する。
【解決手段】 組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を合成し、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌する組換え細胞と、この組換え細胞を体内に有するトランスジェニック生物。特には、組換え細胞がカイコ中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞であって、細胞から分泌された組換えプロリン水酸化コラーゲンを繭糸の構成成分として生産するトランスジェニックカイコ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを生産する組換え細胞およびトランスジェニック生物に関するものである。さらに詳しくは、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を細胞内で合成し、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌する組換え細胞、その細胞を体内に保有するトランスジェニック生物、およびその組換え細胞やトランスジェニック生物を用いて組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを生産する組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術によって本来コラーゲンを合成していないヒト由来の細胞やヒト以外の生物由来の細胞、あるいはトランスジェニック生物を宿主とし、組換えヒトコラーゲンを合成させる技術が開発されてきた。この出願の発明者らの一部は、ヒトコラーゲンをコードするcDNAを挿入した組換えウイルスを昆虫細胞に感染させることにより、ヒト生体内のものと同等な三重らせん構造を有する組換えヒトコラーゲンを製造する方法を発明し、特許出願している(特許文献1)。またこの出願の発明者らは絹タンパク質遺伝子プロモーターの下流に連結したヒトコラーゲンcDNAをカイコに組み込み、組換えヒトコラーゲンを繭または絹糸腺内のタンパク質の一部として産生するトランスジェニックカイコを発明し特許出願している(特許文献2−4)。
【0003】
このように合成された組換えヒトコラーゲンにおいて問題になるのが、そのコラーゲンの熱安定性である。体温で変性しない三重らせん構造を有する熱安定性をもったコラーゲンでなくては、医療用等の広範な用途で組換えヒトコラーゲンを用いることができない。コラーゲンの熱安定性には、コラーゲンα鎖が三量体を形成し三重らせん構造を形成することが必要とされる。そのためにはコラーゲンペプチド内の特定のプロリン残基の水酸化が重要であり、それは宿主のプロリン水酸化酵素活性に依存する。本来コラーゲンを合成しない細胞、器官、あるいは生物においては概してプロリン水酸化酵素活性が低いことが多く、コラーゲンcDNAとともにプロリン水酸化酵素αサブユニットおよびβサブユニットcDNAを宿主に組み込むことによってプロリン水酸化酵素活性を上げ、熱安定性の高いプロリン水酸化コラーゲンを生産する試みがなされてきた。発明者らによる先願発明においても、ヒトコラーゲントランスジェニックカイコにカイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAを新たに組み込むことによって熱安定性の高いプロリン水酸化ヒトコラーゲンを合成させることを実現している(特許文献2−4)。その他、マウス(非特許文献1)、酵母(非特許文献2および3)、タバコ(非特許文献4)を宿主としてコラーゲンcDNAとともにプロリン水酸化酵素cDNAを組み込むことによって熱安定性の高い組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを生産する試みが考案されている。
【0004】
元来、コラーゲンを生産する細胞において、プロリン水酸化が起きて三重らせん構造を取ったコラーゲン三本鎖は、効率良く細胞外へ分泌される。一方で、三重らせん構造を取ることができなかったコラーゲンα鎖は、分泌されずに小胞体に蓄積され、最終的に分解を受ける。しかしながら、この出願の発明者らはトランスジェニックカイコにおいて、プロリン水酸化の起きていない組換えコラーゲンα鎖は、絹糸合成器官である絹糸腺の細胞から分泌され、プロリン水酸化の起きた組換えコラーゲンα鎖は絹糸腺細胞からの分泌が起こりにくくなることを見いだした(非特許文献5)。このような観察は酵母においても報告されており、酵母Pichia pastorisにおいてヒトコラーゲンcDNAとともにヒトプロリン水酸化酵素αサブユニットおよびβサブユニットcDNAを導入した酵母はその小胞体内にほとんどの組換えコラーゲンを蓄積する(非特許文献6)。このように組換えコラーゲンが細胞外へ分泌されずに細胞内に蓄積されるということは、組換えコラーゲンを抽出、精製するために複数の手順が要求されることにつながるため、より安価な組換えコラーゲン生産のためには技術改良が求められる。
【特許文献1】特開平8-23979号公報
【特許文献2】特開2001-161214号公報
【特許文献3】特開2002-315580号公報
【特許文献4】特開2004-16144号公報
【非特許文献1】Nat Biotechnol. 17, 385-389, 1999
【非特許文献2】EMBO J. 16, 6702-6712, 1997
【非特許文献3】Yeast 18, 797-806, 2001
【非特許文献4】FEBS Lett. 515, 114-118, 2002
【非特許文献5】第26回日本分子生物学会 プログラム・講演要旨集、2003年11月25日、2PC-171
【非特許文献6】Matrix Biol. 19, 29-36, 2000
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記したように、熱安定性の高い組換えヒトコラーゲンを生産するためには、細胞内で構成された組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを、効率良く細胞外へ分泌させる方法を開発する必要がある。
【0006】
この出願の発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、従来技術の問題点を解消し、組換え宿主細胞からプロリン水酸化ヒトコラーゲンを効率よく分泌させ、プロリン水酸化ヒトコラーゲンを安価に回収することができる新規な手段を提供することを課題としている。さらに、プロリン水酸化ヒトコラーゲンを分泌する組換え細胞を体内に保有するトランスジェニック生物を用いて、安価にプロリン水酸化ヒトコラーゲンを製造するプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法を提供することも課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この出願は、前記の課題を解決する発明として、以下の(1)〜(8)の発明を提供する。
(1)組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を合成し、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌する組換え細胞。
(2)前記発明(1)に記載の組換え細胞を体内に有するトランスジェニック生物。
(3)生物種がカイコであり、組換え細胞がカイコ中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞であって、細胞から分泌された組換えプロリン水酸化コラーゲンを繭糸の構成成分として生産することを特徴とする前記発明(2)のトランスジェニック生物。
(4)前記発明(3)に記載のトランスジェニック生物を作製するためのベクターであって、少なくとも、FKBP65の構造遺伝子、および中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞で当該遺伝子の発現を引き起こすプロモーターからなる発現カセットを有する発現ベクター。
(5)発現カセットが昆虫由来DNA型トランスポゾンの一対の逆向き反復配列に挟まれている前記発明(5)の発現ベクター。
(6)前記発明(1)に記載の組換え細胞から分泌された組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを回収することを特徴とする組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法。
(7)組換え細胞が、前記発明(2)に記載のトランスジェニック生物内の細胞である前記発明(6)の製造方法。
(8)組換え細胞が、前記発明(3)に記載のトランスジェニック生物の中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞であり、この細胞から分泌された組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンをカイコの繭から回収する前記発明(6)の製造方法。
【0008】
すなわち前記の各発明は、FKBP65が細胞内に蓄積されたプロリン水酸化コラーゲンの分泌を促進する効果を持つことを見いだし、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンとともに組換えFKBP65を合成する細胞、およびその細胞を体内に保有するトランスジェニック生物を作製することによって完成されたものである。FKBP65とは小胞体に存在するpeptidyl cis-trans isomeraseの一種で、分泌タンパク質のフォールディングや輸送に関与する役割を持っている。また、ゼラチンに結合し、in vitroにおいてIII型コラーゲンのリフォールディングを触媒する弱い活性を持つこと (Biochem J. 330, 109-114 (1998))、あるいは肺においてI型コラーゲンと近似した発現パターンを示すこと(Cell Stress Chaperones. 10, 285-295 (2005))などから、コラーゲン生合成系に関わる役割を持っているのではないかと考えられていた。しかし、その機能には不明の点が多く残されており、FKBP65がプロリン水酸化コラーゲンの分泌を促進するという報告はなかった。本発明は、プロリン水酸化コラーゲンの分泌を促進するというFKBP65の新規な機能を見いだすことにより完成されたものである。
【0009】
なお、この発明において、「ヒトコラーゲン」とは、ヒト由来のコラーゲンであり、言い換えれば、ヒト由来のコラーゲンと同じアミノ酸配列を有するコラーゲンである。現在知られているI型からXXVII型までのコラーゲンを含む全てのヒトコラーゲンが対象となる。また、これらコラーゲンの部分アミノ酸配列や、アミノ酸配列の一部分を改変したコラーゲン、コラーゲンに由来しないアミノ酸配列を付加したコラーゲンなども含む。さらに、成熟したコラーゲンに加え、前駆体であるプロコラーゲンやプロペプチドの一部が切断されたものも含む。
【0010】
前記したように、三本のコラーゲンα鎖が三重らせん構造を形成することによりコラーゲン分子が形成されるが、この三重らせん構造が体温で安定であるためには、三重らせん領域内の特定のプロリン残基が水酸化を受ける必要がある。三重らせん領域は、Gly-X-Y配列(XおよびYは任意のアミノ酸)の繰り返しより成るが、Yの位置に存在するプロリンが水酸化されることによって、三重らせん構造が安定化する。この発明における「プロリン水酸化ヒトコラーゲン」とは、ヒトコラーゲンの三重らせん領域内のYの位置に存在するプロリン残基が水酸化されたものを指す。実質的に、安定な三重らせん構造を形成しているヒトコラーゲンであれば、Yの位置のプロリンの水酸化率は限定されない。また、「組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲン」とは、遺伝子工学的に製造されるプロリン水酸化ヒトコラーゲンを意味する。
【0011】
この発明における「FKBP65」は、プロリン水酸化ヒトコラーゲンの分泌を促進するものであれば、ヒト以外のどの生物に由来するFKBP65であっても良い。「FKBP65の構造遺伝子」とは、FKBP65をコードする領域(open reading flame: ORF)を含むポリヌクレオチドであり、例えばFKBP65のcDNAである。cDNAは公知の塩基配列(GenBankデータベース登録番号AF337909、L07063、NM_001046403、BC078078など)を利用してプライマーを設計し、コラーゲンを産生する細胞や器官などに由来するcDNAをテンプレートに用いたPCRを行うなどの方法により取得することができる。「組換えFKBP65」とは、遺伝子工学的に製造されるFKBP65を意味する。
【0012】
「プロモーター」とは、タンパク質をコードする遺伝子領域の転写開始点から上流域に存在する転写を開始させるために必須な配列を含む領域であって、一般に「プロモーター」および「エンハンサー」と言われる領域を言う。
【0013】
この発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。またこの発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学および分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている。
【発明の効果】
【0014】
以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によって、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを生産する組換え細胞およびトランスジェニック生物が提供される。さらに詳しくは、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を細胞内で合成し、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌する組換え細胞、その細胞を体内に保有するトランスジェニック生物、およびその組換え細胞やトランスジェニック生物を用いて組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを生産する組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法が提供される。この発明を利用すれば、体温で安定であり、医療用や化粧品用などの広範な用途で使用することができる組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを、安価に、かつ大量に生産することが可能となる。
【0015】
以下、各発明について、実施形態を詳しく説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
発明(1)は、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を細胞内で合成し、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌する組換え細胞である。この組換え細胞には、組換え遺伝子として、少なくともヒトコラーゲン遺伝子とFKBP65の遺伝子が組み込まれている。これらの遺伝子が組み込まれている細胞は、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌することができる細胞であれば、どのような生物由来の細胞であっても良い。ヒトを含む哺乳動物由来の細胞であっても良いし、昆虫や植物由来であっても良い。また、酵母や大腸菌などであっても良い。ヒトコラーゲン遺伝子やFKBP65の遺伝子は、細胞内でこれらの遺伝子を発現させることができる適当なプロモーターなどとともに、細胞内に導入される。遺伝子の導入方法は、リン酸カルシウム法や、リポフェクション法などを含むどのような遺伝子導入方法であっても良い。
【0017】
これらの組換え細胞は、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを合成する能力、すわなち、プロリン水酸化能を有している必要がある。組換え細胞が内在性のプロリン水酸化酵素活性を十分に有している場合は、特別な遺伝子組換え操作などは必要としない。一方、組換え細胞に内在性のプロリン水酸化酵素活性が無い、あるいは低い場合は、組換え細胞にプロリン水酸化酵素活性を付与する操作が必要である。例えば、細胞にプロリン水酸化酵素遺伝子を導入することによって、細胞にプロリン水酸化酵素活性を付与する。プロリン水酸化酵素は、αサブユニットおよびβサブユニットより成るが、細胞にプロリン水酸化酵素活性が付与されるのであれば、これら両方のサブユニットの遺伝子が組み込まれていても良いし、αサブユニットまたはβサブユニットのどちらかのみが組み込まれていても良い。例えば、細胞に内在性のβサブユニットのみが存在する場合は、αサブユニットのみの遺伝子を導入することによって、細胞内にプロリン水酸化酵素活性を付与させることができる。導入するプロリン水酸化酵素αサブユニットまたはβサブユニット遺伝子は、細胞内でこれらの遺伝子を発現させる適当なプロモーターなどとともに細胞内に導入される。これらの遺伝子からの発現産物がプロリン水酸化酵素活性をもつものであれば、導入する遺伝子は、どのような生物に由来するものであっても良い。
【0018】
発明(2)は、発明(1)の組換え細胞、すなわち、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を細胞内で合成し、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌する組換え細胞、を体内に保有するトランスジェニック生物である。この生物の全ての細胞または体内の一部の細胞が、発明(1)の組換え細胞であり、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを分泌する細胞である。トランスジェニック生物は、発明(1)の組換え細胞を保有する生物であれば、どのような生物であっても良い。例えば、哺乳動物であっても、鳥類であっても、昆虫であっても、植物であっても良い。これらトランスジェニック生物の作製方法についても特段の制限はない。受精卵に遺伝子を導入する方法によって作製されても良いし、細胞移植によって作製されても良い。
【0019】
発明(3)は、発明(2)に記載したトランスジェニック生物であって、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を合成する細胞がカイコ中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞であり、細胞から分泌された組換えプロリン水酸化コラーゲンを繭糸の構成成分として生産することを特徴とするトランスジェニック生物(すなわちトランスジェニックカイコ)である。発明者らは、すでに、組換えヒトコラーゲンとプロリン水酸化酵素を、中部絹糸腺または後部絹糸腺で発現するトランスジェニックカイコを発明している(特許文献2、特許文献3、特許文献4)。本発明(3)では、組換えヒトコラーゲンとプロリン水酸化酵素に加えて、カイコの中部絹糸腺または後部絹糸腺でFKBP65も発現させる。これによって、中部絹糸腺または後部絹糸腺の細胞内で合成された組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを、効率良く細胞外へ分泌させ、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを繭糸の構成成分として生産するトランスジェニックカイコを作製することができる。
【0020】
繭糸は、中心に存在するフィブロインと、フィブロインを取り巻くように存在するセリシンより構成されている。絹タンパク質を合成している絹糸腺は、機能的および形態的に、後部絹糸腺、中部絹糸腺、および前部絹糸腺に区別されるが、セリシンは中部絹糸腺で合成され、フィブロインは後部絹糸腺で合成される。組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを発現する組織が中部絹糸腺であった場合、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンは絹糸のセリシンとともに分泌される。一方、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを発現する組織が後部絹糸腺であった場合、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンはフィブロインとともに分泌される。
【0021】
発明(4)は、発明(3)のトランスジェニックカイコを作製するためのベクターであって、少なくとも、FKBP65の構造遺伝子、および中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞で当該遺伝子の発現を引き起こすプロモーターからなる発現カセットを有する発現ベクターである。この発現ベクターには、少なくとも、FKBP65の構造遺伝子を含む発現カセットが組み込まれている必要があるが、これ以外に、ヒトコラーゲン遺伝子やプロリン水酸化酵素遺伝子を含む発現カセットが組み込まれていても良い。前記したように、発明者らは、すでに、ヒトコラーゲン遺伝子とプロリン水酸化酵素を発現するトランスジェニックカイコを発明しているが、このカイコにさらに、FKBP65を発現させる場合には、発現ベクターにFKBP65の構造遺伝子を含む発現カセットが組み込まれていれば良く、ヒトコラーゲン遺伝子やプロリン水酸化酵素遺伝子を含み発現カセットが組み込まれている必要はない。この場合、ヒトコラーゲン遺伝子とプロリン水酸化酵素を発現するトランスジェニックカイコに、FKBP65の構造遺伝子を含む発現カセットが組み込まれているベクターを組み込むことによって、発明(3)のトランスジェニックカイコを作製しても良いし、FKBP65の構造遺伝子を含む発現カセットが組み込まれているベクター用いてFKBP65を発現するトランスジェニックカイコを作製し、これをヒトコラーゲン遺伝子とプロリン水酸化酵素を発現するトランスジェニックカイコと交配することによって、次世代のカイコから発明(3)のトランスジェニックカイコを選別しても良い。また、発明(3)のトランスジェニックカイコを作製することができるのであれば、発現ベクターに、FKBP65の構造遺伝子を含む発現カセットに加えて、ヒトコラーゲン遺伝子およびプロリン水酸化酵素遺伝子を含む発現カセットの3種類の発現カセットが組み込まれた発現ベクターを作製し、このベクターを用いてトランスジェニックカイコを作製しても良い。さらに、FKBP65遺伝子とヒトコラーゲン遺伝子の発現カセットを含むベクターやFKBP65遺伝子とプロリン水酸化酵素の発現カセットを含むベクターを、プロリン水酸化酵素やヒトコラーゲンを発現するトランスジェニックカイコに組み込んで発明(3)のトランスジェニックカイコを作製しても良い。このように、発明(3)のトランスジェニックカイコを作製することができるのであれば、本発明(4)の発現ベクターには、少なくともFKBP65の構造遺伝子を含む発現カセットが組み込まれていれば良く、また、遺伝子導入の方法や手順などは限定されない。
【0022】
発明(4)の発現ベクターに組み込まれる発現カセットには、中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞でFKBP65を発現させるために、FKBP65の構造遺伝子に加えて、その上流に、中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞で遺伝子発現を引き起こすプロモーターが組み込まれている。中部絹糸腺細胞で遺伝子発現を引き起こすプロモーターとしては、例えば、セリシン1遺伝子またはセリシン2遺伝子などのプロモーターをあげることができる。また、後部絹糸腺細胞で遺伝子発現を引き起こすプロモーターとしては、例えば、フィブロインL鎖、フィブロインH鎖、またはフィブロヘキサメリンなどの遺伝子のプロモーターをあげることができる。
【0023】
上記の発現ベクターを構築するために用いられるベクターは、外来遺伝子をカイコの染色体内に挿入することができるものであればどのようなものであってもよいが、例えば昆虫由来DNA型トランスポゾンをもとに作製したベクターを利用することが可能である。これまでに、カイコの染色体中に遺伝子転移する活性が示されているDNA型トランスポゾンには、piggyBac、Mariner、Minosなどがある。中でも、piggyBacを利用したベクターは、田村ら(Nat. Biotechnol. 18, 81-84 (2000))や冨田(Nat. Biotechnol. 21, 52-56 (2003))らによって、実際にトランスジェニックカイコを作出するために用いられている。piggyBacをもとに作製したベクターを利用する場合は、例えば田村らの方法(Nat. Biotechnol. 18, 81-84, 2000)と同様な方法によって行えばよい。すなわち、piggyBacの一対の逆向き反復配列を適当なプラスミドベクターに組み込み、さらに、このベクター内の逆向き反復配列で挟まれた領域にFKBP65の構造遺伝子を含む発現カセットを挿入する(発明(5))。そしてこのプラスミドベクターを、piggyBacのトランスポゼース発現ベクター(ヘルパープラスミド)と共にカイコ卵へ微量注入する。このヘルパープラスミドは、piggyBacの逆向き反復配列の片方または両方を欠いた、実質的にはpiggyBacのトランスポゼース遺伝子領域のみが組み込まれている組換えプラスミドベクターである。このヘルパープラスミドにおいて、トランスポゼースを発現させるためのプロモーターは、内在性のトランスポゼースプロモーターをそのまま利用しても良いし、あるいは、カイコ・アクチンプロモーターやショウジョウバエHSP70プロモーター等を利用してもよい。次世代カイコのスクリーニングを容易にするために、FKBP65の発現カセットを含むベクター内に、同時にマーカー遺伝子を組み込んでおくこともできる。この場合、マーカー遺伝子の上流に例えばカイコ・アクチンプロモーターやショウジョウバエHSP70プロモーター等のプロモーター配列を組み込み、その作用によりマーカー遺伝子を発現させるようにする。
【0024】
以上のようにベクターを微量注入したカイコの卵から孵化したF0幼虫を飼育する。このF0カイコを同胞交配あるいは野生型カイコと交配し、次世代(F1世代)のカイコからトランスジェニックカイコをスクリーニングする。ベクター内にマーカー遺伝子が組み込まれている場合には、その表現形質を利用してスクリーニングする。例えばマーカー遺伝子としてGFP等の蛍光タンパク質遺伝子を利用すれば、F1世代のカイコ卵や幼虫に励起光を照射し、蛍光タンパク質の発する蛍光を検出することによりスクリーニングすることができる。この他、幼虫やカイコ蛾より抽出したゲノムDNAを用いたPCRやサザンブロット法によってもスクリーニングすることができる。このようにして得られたトランスジェニックカイコには、FKBP65発現カセットが染色体内に安定に組み込まれており、その子孫においても失われることがない。
【0025】
発明(6)は、発明(1)の組換え細胞を用いて組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲン生産することを特徴とする組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法である。発明(1)の組換え細胞からは、プロリン水酸化ヒトコラーゲンが細胞外へ分泌されているため、例えば細胞の培養上清から目的のプロリン水酸化ヒトコラーゲンを回収することができる。
【0026】
発明(7)は、発明(2)のトランスジェニック生物を用いて組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲン生産することを特徴とする組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法である。トランスジェニック生物がウシやヤギなどの哺乳動物であれば、例えば乳汁中から、ニワトリなどの鳥類であれば、例えば卵黄や卵白から、タバコなどの植物であれば、葉や根などから組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを回収することができる。
【0027】
発明(8)は、発明(3)のトランスジェニックカイコを用いてカイコの繭から組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲン生産することを特徴とする組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法である。前記したように、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを発現する組織が中部絹糸腺であった場合は、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンは絹糸のセリシンとともに分泌され、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを発現する組織が後部絹糸腺であった場合、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンはフィブロインとともに分泌される。繭に分泌された組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンは簡便な操作により回収することが可能である。例えば、繭をペプシン等のタンパク質分解酵素で処理することによって、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを回収することができる。この操作によりタンパク質分解酵素で消化されることのない組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンが抽出でき、かつ他の多くのタンパク質はペプシンの消化を受けるため、その後の精製を容易に行うことができる。組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを中部絹糸腺で発現させ、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンをセリシンとともに分泌させた場合は、繭を酢酸溶液や中性の緩衝液などに浸すなどの極めて簡便な方法で回収することもできる。また、後部絹糸腺で組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを発現させると、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンが安定に組み込まれたフィブロイン繊維を生産することもできる。この組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンが組み込まれたフィブロイン繊維からフィブロイン材料を加工することも可能である。
【0028】
以下、この発明の例として、トランスジェニックカイコの絹糸腺におけるGFP(green fluorescent protein)融合ヒトコラーゲンの合成および分泌に関する実施例、および一過性発現実験システムを用いたカイコ絹糸腺におけるプロコラーゲンの合成および分泌に関する実施例、の2つ挙げて、この出願の発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、この発明は以下の例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
GFP融合ヒトコラーゲンを合成するトランスジェニックカイコにおける絹糸腺内腔へのコラーゲン分泌の確認
フィブロインL鎖、ヒトコラーゲン三重らせん領域、およびGFPからなる融合タンパク質を発現するトランスジェニックカイコ作出のためのベクターpMOSRA-9、カイコプロリン水酸化酵素αサブユニットを発現するトランスジェニックカイコ作出のためのベクターpD3、およびヒトFKBP65を発現するトランスジェニックカイコ作出のためのベクターpFKBPをそれぞれ作製し、独立した3系統のトランスジェニックカイコを作出した後、2回交配を行うことによってコラーゲン融合タンパク質、プロリン水酸化酵素αサブユニット、およびFKBP65の3種類の発現遺伝子を持つトランスジェニックカイコを作出し、絹糸腺で合成されたコラーゲン融合タンパク質の局在を調べた。以下にトランスジェニックカイコ作出用ベクターの構築についての詳細を記す。
1)フィブロインL鎖、ヒトコラーゲン三重らせん領域、およびGFPからな る融合タンパク質を発現させるためのベクターpMOSRA-9
申請者らがすでに報告しているフィブロインL鎖およびEGFPからなる融合タンパク質を発現するpLEベクター(Nat. Biotechnol. 21, 52-56 (2003))のBam HIサイトにヒト・III型コラーゲン三重らせん領域(塩基番号559-3765 : GenBankデータベース登録番号X14420)を組み込むことによって構築した。ヒトコラーゲン三重らせん領域cDNAを5'末端にBam HIサイトを付加したプライマー(配列番号1)およびBam HIサイトを付加したプライマー(配列番号2)を用いた、ヒト繊維芽細胞を鋳型とするPCRによって単離した。続いて得られたPCR産物をpLEベクターBam HIサイトに挿入することにより、フィブロインL鎖、ヒトコラーゲン三重らせん領域、およびGFPからなる融合タンパク質を合成するトランスジェニックカイコ作製用ベクターpMOSRA-9を完成した。
2)プロリン水酸化酵素αサブユニットを発現させるためのベクターpD3
カイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNA配列はこの出願の発明者らによってすでに出願されている(特開2001-161214、特開2002-315580、特開2004-16144)。カイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNA(塩基番号250-1902 : GenBankデータベース登録番号AF337909)を、5'末端にPst Iサイトを付加したプライマー(配列番号3)およびEco RIサイトを付加したプライマー(配列番号4)を用いた、ヒト繊維芽細胞を鋳型とするPCRによって単離した後、得られたPCR産物をpCR4(インビトロジェン)に挿入した。カイコ・フィブロインL鎖プロモーター(塩基番号428-1061 : GenBankデータベース登録番号M76430)を、5'末端にPst IおよびEco RIサイトを付加したプライマー(配列番号5)および5'末端にPst Iサイトを付加したプライマー(配列番号6)を用いたカイコ・ゲノムDNAを鋳型とするPCRによって単離した後、これをカイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAの上流のPst Iサイトに連結した。以上のようにして、カイコ絹フィブロインL鎖プロモーターとその下流にカイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAを組み込んだプラスミドベクターを作製した。このプラスミドベクターのカイコ絹フィブロインL鎖プロモーターの5'末端とカイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAの3'末端に存在するEco RIサイトを利用して、フィブロインL鎖のプロモーターとカイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAからなるインサートDNA断片を切り出した。切り出したインサートDNA断片は、pBac[3xP3-DsRed/pA](Nat. Biotechnol. 21, 52-56 (2003))のDsRed cDNA領域をEGFP cDNAに入れ替えたプラスミドベクターpBac[3xP3-GFP/pA]のフィブロインL鎖ポリA付加シグナル配列の上流にあるEco RIサイトに挿入した。このようにして、カイコプロリン水酸化酵素αサブユニットを合成するトランスジェニックカイコ作製用のベクターpD3を構築した。
3)FKBP65を発現させるためのベクターpFKBP
ヒトFKBP65 cDNA(塩基番号1-1749 : GenBankデータベース登録番号AF337909)を、5'末端にXho Iサイトを付加したプライマー(配列番号7)およびEco RIサイトを付加したプライマー(配列番号8)を用いた、ヒト繊維芽細胞を鋳型とするPCRによって単離した後、得られたPCR産物をpCR4(インビトロジェン)に挿入した。カイコ・フィブロインL鎖プロモーター(塩基番号428-1061 : GenBankデータベース登録番号M76430)を、5'末端にXbo IおよびEco RIサイトを付加したプライマー(配列番号9)および5'末端にXho Iサイトを付加したプライマー(配列番号10)を用いたカイコ・ゲノムDNAを鋳型とするPCRによって単離した後、これをFKBP65 cDNAの上流のXho Iサイトに連結した。以上のようにして、カイコ絹フィブロインL鎖プロモーターとその下流にヒトFKBP65 cDNAを組み込んだプラスミドベクターを作製した。このプラスミドベクターのカイコ絹フィブロインL鎖プロモーターの5'末端とヒトFKBP65 cDNAの3'末端に存在するEco RIサイトを利用して、フィブロインL鎖のプロモーターとヒトFKBP65 cDNAからなるインサートDNA断片を切り出した。切り出したインサートDNA断片は、pBac[3xP3-GFP/pA]のフィブロインL鎖ポリA付加シグナル配列の上流にあるEco RIサイトに挿入した。このようにして、ヒトFKBP65を合成するトランスジェニックカイコ作製用のベクターpFKBPを構築した。
【0030】
pMOSRA-9、pD3、pFKBPを塩化セシウム超遠心法で精製した後、ヘルパープラスミドであるpHA3PIG(Nat. Biotechnol. 18, 81-84 (2000))をプラスミド量が1:1になるようにそれぞれ混合し、さらにエタノール沈殿を行った後、それぞれの濃度が200μg/mlなるようにインジェクションバッファー(0.5 mMリン酸バッファー pH 7.0, 5 mM KCl)に溶解した。これらのDNA溶液を、産卵後2〜8時間の前胚盤葉期のカイコ卵(カイコ胚)に、一つの卵あたり約15〜20 nlの液量で微量注入した。以下に微量注入後の詳細を記す。
【0031】
トランスジェニックカイコMOSRA-9を作出するため、pMOSRA-9を合計4196個の卵に微量注入した。ベクターDNAを微量注入した卵を25℃でインキュベートしたところ852個の卵が孵化した。孵化したカイコの飼育を続け、得られた生殖可能な成虫を交配し285グループのF1卵塊を得た。産卵日から5〜6日目のF1卵塊を蛍光実体顕微鏡で観察することにより、眼や神経系から赤色蛍光を発するトランスジェニックカイコの卵をスクリーニングした。その結果、トランスジェニックカイコの卵を含む卵塊を61グループ得ることができた。
【0032】
同様にして、トランスジェニックカイコD3を作出するため、pD3を合計3674個の卵に微量注入した。ベクターDNAを微量注入した卵を25℃でインキュベートしたところ1026個の卵が孵化した。孵化したカイコの飼育を続け、得られた生殖可能な成虫を交配し、251グループのF1卵塊を得た。産卵日から5〜6日目のF1卵塊を蛍光実体顕微鏡で観察することにより、眼や神経系から緑色蛍光を発するトランスジェニックカイコの卵をスクリーニングした。その結果、トランスジェニックカイコの卵を含む卵塊を46グループ得ることができた。
【0033】
同様にして、トランスジェニックカイコFKを作出するため、pFKBPを合計4125個の卵に微量注入した。ベクターDNAを微量注入した卵を25℃でインキュベートしたところ672個の卵が孵化した。孵化したカイコの飼育を続け、得られた生殖可能な成虫を交配し、120グループのF1卵塊を得た。産卵日から5〜6日目のF1卵塊を蛍光実体顕微鏡で観察することにより、眼や神経系から緑色蛍光を発するトランスジェニックカイコの卵をスクリーニングした。その結果、トランスジェニックカイコの卵を含む卵塊を37グループ得ることができた。
【0034】
このようにして作出したトランスジェニックカイコを、野生型のカイコと交配して、3系統のトランスジェニックカイコMOSRA-9、D3、FKをそれぞれ樹立した。
【0035】
続いて確立されたMOSRA-9、D3、およびFKの各系統のうち一系統ずつを用いて、一回目にMOSRA-9およびD3の交配を行い、産まれたトランスジェニックカイコの眼や神経系から赤色および緑色蛍光を発するトランスジェニックカイコを観察することによってヒトコラーゲンcDNAおよびプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAの2種類の外来遺伝子を持つトランスジェニックカイコ(D3M9)をスクリーニングした。二回目にそのD3M9をFKと交配することによって、ヒトコラーゲンcDNA、プロリン水酸化酵素αサブユニットcDNA、およびFKBP65 cDNAの3種類の外来遺伝子を持ったトランスジェニックカイコ(FKD3M9)を作出した。同時に対照群としてヒトコラーゲンcDNAのみを持ったトランスジェニックカイコ(MOSRA-9)ヒトコラーゲンcDNAおよびプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAの2種類の外来遺伝子を持ったトランスジェニックカイコ(D3M9)、を作出した。これらのトランスジェニックカイコが産生した繭片を飽和フェニルチオウレア、5% 2-メルカプトエタノール溶液中で溶解した後、8M 尿素中で透析した。続いて、これらのサンプルをSDS-PAGEによって展開し、Full-Length A.v. Polyclonal Antibody (Clontech) を用いたウェスタンブロッティングを行うことによって繭中のGFP融合ヒトコラーゲンを検出した。その結果、GFP融合ヒトコラーゲンのみを合成するトランスジェニックカイコMOSRA-9においては繭中にGFP融合ヒトコラーゲンが豊富に存在しており、GFP融合ヒトコラーゲンおよびプロリン水酸化酵素αサブユニットを発現し、FKBP65を発現しないトランスジェニックカイコD3M9においては、わずかしかGFP融合ヒトコラーゲンが存在しないことが明らかになった。一方、GFP融合ヒトコラーゲンおよびプロリン水酸化酵素αサブユニットに加え、FKBP65を発現するトランスジェニックカイコFKD3M9においては、FKBP65を発現していないトランスジェニックカイコD3M9に比べ明らかにGFP融合ヒトコラーゲン量が増加していた(図1)。なおD3M9およびFKD3M9由来のコラーゲン融合タンパク質はプロリン水酸化が起きているため、見かけの分子量がMOSRA-9由来のコラーゲン融合タンパク質に比べ大きくなっている(図1)。以上のような結果から、FKD3M9の後部絹糸腺において、細胞内で発現されたFKBP65によって、プロリン水酸化GFP融合ヒトコラーゲンの分泌が促進されたことが示された。
【実施例2】
【0036】
FKBP65によるヒト・プロコラーゲンの分泌促進効果の検証
以下の6種類のベクターを作製し、組換えプロコラーゲンの分泌の様子を、 遺伝子銃を用いた一過性遺伝子発現システムを利用して調べた。発現用のベクターとしてpXINSECT-DEST38(Invitrogen)を利用した。このベクターは元来カイコ培養細胞で高発現させるための発現ベクターで、カイコ・アクチンプロモーターおよびポリA付加シグナルの間に目的タンパク質をコードするcDNAを挿入することによって目的タンパク質の発現ベクターとして使用することができる。遺伝子銃を用いてカイコ絹糸腺にこの発現ベクターを導入することによって、目的の組換えタンパク質を絹糸腺細胞内で高発現させることができる。
1)ヒトコラーゲンを発現させるためのベクターpXinsNHC
このベクターに含まれるインサートDNA断片は、ヒト・カルレティキュリンシグナルペプチドcDNA(塩基番号109-159 : GenBankデータベース登録番号M84739)、FLAGタグシークエンス(アミノ酸配列:DYKDDDDK)、ヒト・III型プロコラーゲンcDNA(塩基番号92-4550 : GenBankデータベース登録番号X14420)より構成される。ヒトIII型プロコラーゲンcDNAを、コザック配列の一部(cacc)、ヒト・カルレティキュリンシグナルペプチドcDNA、およびFLAGタグをコードする配列を5'末端に付加したプライマー(配列番号11)および3'末端に終止コドンを含むプライマー(配列番号12)を用いたヒト繊維芽細胞cDNAを鋳型とするPCRによって単離した後、そのPCR産物をpENTRベクター (Invitrogen) に組み込んだ。このようにして得られたpENTRベクター中のヒト・カルレティキュリンシグナルペプチドcDNA、FLAGタグ配列、およびヒトIII型プロコラーゲンcDNAからなるインサートDNAを、Gatewayシステムを利用してpXINSECT-DEST38のアクチンプロモーターおよびポリA付加シグナル間に挿入し、FLAGタグ付きヒトIII型プロコラーゲンを発現するためのプラスミドベクター(pXinsNHC)を構築した(図2)。
2)カイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAを発現させるためのベクターpXinsBP4Hα
【0037】
このベクターに含まれるインサートDNA断片は、カイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNA(塩基番号250-1902: GenBankデータベース登録番号AY099068)より構成される。カイコプロリン水酸化酵素αサブユニットcDNAを、5'末端にコザック配列の一部(cacc) を付加したプライマー(配列番号13)および3'末端に終止コドンを含むプライマー(配列番号14)を用いた、申請者らが以前に作製したベクターpBmP4Hα(Adachi et al.,
Mat. Biol., 2005)を鋳型とするPCRによって単離した後、得られたPCR産物をpENTRベクターに挿入し、得られたプラスミドベクターのインサートDNAをGatewayシステムによってpXINSECT-DEST38のアクチンプロモーターおよびポリA付加シグナル間に挿入した(図2)。
【0038】
同様の作製手法によって以下3種類の発現ベクターを構築した。
3)ヒトFKBP65 cDNAを発現させるためのベクターpXinsFKBP65
このベクターに含まれるインサートDNA断片は、ヒトFKBP65 cDNA(塩基番号1-1749 : GenBankデータベース登録番号AF337909)より構成される(図2)。5'末端にコザック配列の一部(cacc) を付加したプライマー(配列番号15)および3'末端に終止コドンを含むプライマー(配列番号16)を用いた、ヒト繊維芽細胞cDNAを鋳型とするPCRによって単離した。
4)heat shock protein 47 (以下HSP47とする)を発現させるためのベクターpXinsHSP47
このベクターに含まれるインサートDNA断片は、ヒトHSP47 cDNA(塩基番号34-1287 : GenBankデータベース登録番号X61598あるいはBC036298)より構成される(図2)。5'末端にコザック配列の一部(cacc) を付加したプライマー(配列番号17)および3'末端に終止コドンを含むプライマー(配列番号18)を用いた、ヒト繊維芽細胞cDNAを鋳型とするPCRによって単離した。
5)cyclophilin Bを発現させるためのベクターpXinsCycB
このベクターに含まれるインサートDNA断片は、ヒトcyclophilin B cDNA(塩基番号13-639: GenBankデータベース登録番号M60857)より構成される(図2)。5'末端にコザック配列の一部(cacc) を付加したプライマー(配列番号19)および3'末端に終止コドンを含むプライマー(配列番号20)を用いた、ヒト繊維芽細胞cDNAを鋳型とするPCRによって単離した。
【0039】
上記1)のベクターおよびpXINSECT-DEST38を1:2の割合で混合したDNA溶液(以下、COLと表記する)、上記1)のベクター、2)のベクター、およびpXINSECT-DEST38を1:1:1の割合で混合したDNA溶液(以下、COL+P4Hと表記する)、上記1)のベクター、2)のベクター、および3)のベクターを1:1:1の割合で混合したDNA溶液(以下、COL+P4H+FKBPと表記する)、上記1)のベクター、3)のベクター、およびpXINSECT-DEST38を1:1:1の割合で混合したDNA溶液(以下、COL+FKBPと表記する)、上記1)のベクター、2)のベクター、および4)のベクターを1:1:1の割合で混合したDNA溶液(以下、COL+P4H+HSP47と表記する)、および上記1)のベクター、2)のベクター、および5)のベクターを1:1:1の割合で混合したDNA溶液(以下、COL+P4H+CycBと表記する)、を用意し、以下に記載した方法によって、これら6種類のDNA混合液をカイコ絹糸腺に導入し、培養後、取り出した絹糸腺を用いてパラフィン組織切片を作製しanti-FLAG M2 antibody (Stratagene)を用いた免疫染色によってFLAGタグ融合コラーゲンを検出することによって、コラーゲンの局在を調べた。
1) 金粒子の調製:金粒子1 mgあたり4 μgのDNA混合液を付着させた。

2) 絹糸腺採取:5令2日の幼虫から絹糸腺を取出し、Grace培地で洗浄した。
3) 遺伝子銃によるDNAの絹糸腺への導入:遺伝子銃(Helios Gene Gun; BioRad)を用いて絹糸腺にDNAの付着した金粒子を打ち込んだ。絹糸腺あたり0.02 mgの金粒子(3.8 ng DNA)を打ち込んでいる。
4) 絹糸腺の移植:絹糸腺をGrace培地で洗浄後、絹糸腺を取出した個体と同じ日令の幼虫の背側後方体腔内に移植した。絹糸腺を移植した幼虫を3日間飼育した。
5) 絹糸腺の採取:移植した絹糸腺を宿主から取出し、Grace培地で洗浄した。
6) 絹糸腺を10%ホルマリン中性緩衝液(和光純薬)に浸し一晩固定した。定法に従いパラフィン絹糸腺切片を作製した。
7) anti-FLAG M2 antibodyを用いて絹糸腺切片の免疫染色を行った。二次抗体にはAlexa 488-lebeled mouse IgG (Molecular Probes)を用いた。定法に従い洗浄後、切片を封入し、蛍光シグナルを蛍光顕微鏡を通して観察した。1種類のDNA混合液について4本の絹糸腺への導入を行い、それぞれの切片を観察した。図3にその典型的な結果を示した。
【0040】
6種類の実験群、1.COL、2.COL+P4H、3.COL+P4H+FKBP、4.COL+P4H+HSP47、5.COL+P4H+CycB、および6.COL+FKBPの絹糸腺切片を用いた免疫染色の結果、1.COL、2.COL+P4H、4.COL+P4H+HSP47、および5.COL+P4H+CycBにおいては細胞内において顆粒状の強いシグナルがよく観察され絹糸腺内腔への分泌はほとんど見られなかった。一方、FKBP65 cDNAを導入した絹糸腺(3.COL+P4H+FKBPおよび6.COL+FKBP)において絹糸腺細胞内側にシグナルが見られ(図3)、プロコラーゲンの分泌が起きていることが確認された。以上の結果から、FKBP65の存在がプロコラーゲンの絹糸腺細胞からの分泌を強く促進することが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】GFP融合ヒトコラーゲンを合成するトランスジェニックカイコにおける絹糸腺内腔へのコラーゲン分泌の確認。3種類のトランスジェニックカイコが形成した繭から抽出したタンパク質の抗GFP抗体によるウェスタンブロッティング像を表す。各レーンは、左よりGFP融合ヒトコラーゲンのみを合成するトランスジェニックカイコ(MOSRA-9)、GFP融合ヒトコラーゲンおよびカイコプロリン水酸化酵素αサブユニットを合成するトランスジェニックカイコ(D3M9)、GFP融合ヒトコラーゲン、カイコプロリン水酸化酵素αサブユニット、およびヒトFKBP65を合成するトランスジェニックカイコ(FKD3M9)となる。矢印はGFP融合ヒトコラーゲンを示す。
【図2】絹糸腺における、遺伝子銃を用いた一過性の遺伝子発現系で用いたプラスミドベクターの構造。COL(III)N-pro:ヒトIII型コラーゲンN-propeptide、COL(III)C-pro:ヒトIII型コラーゲンC-propeptide、B. mori P4H α subunit:カイコプロリン水酸化酵素αサブユニット、B. mori A3 actin promoter:カイコ体内のほとんどの器官で働くカイコA3アクチンのプロモーター配列、B. mori A3 actin polyA:カイコA3アクチン由来のポリA付加シグナル、HR3:BmNPV由来転写エンハンサー、IE1:BmNPV由来転写アクチベーター。
【図3】遺伝子銃を用いた絹糸腺での一過性の遺伝子発現系の結果。抗FLAG抗体によるカイコ後部絹糸腺横断切片の免疫染色像を表す。緑色蛍光が免疫シグナルを示している。COL:プロコラーゲン、P4H:カイコプロリン水酸化酵素αサブユニット、FKBP:ヒトFKBP65、HSP47:ヒトHSP47、CycB:ヒトcyclophilin B。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンおよび組換えFKBP65を合成し、組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを細胞外へ分泌する組換え細胞。
【請求項2】
請求項1に記載の組換え細胞を体内に有するトランスジェニック生物。
【請求項3】
生物種がカイコであり、組換え細胞がカイコ中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞であって、細胞から分泌された組換えプロリン水酸化コラーゲンを繭糸の構成成分として生産することを特徴とする請求項2のトランスジェニック生物。
【請求項4】
請求項3に記載のトランスジェニック生物を作製するためのベクターであって、少なくとも、FKBP65の構造遺伝子、および中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞で当該遺伝子の発現を引き起こすプロモーターからなる発現カセットを有する発現ベクター。
【請求項5】
発現カセットが昆虫由来DNA型トランスポゾンの一対の逆向き反復配列に挟まれている請求項4の発現ベクター。
【請求項6】
請求項1に記載の組換え細胞から分泌された組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンを回収することを特徴とする組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンの製造方法。
【請求項7】
組換え細胞が、請求項2に記載のトランスジェニック生物内の細胞である請求項7の製造方法。
【請求項8】
組換え細胞が、請求項3に記載のトランスジェニック生物の中部絹糸腺細胞または後部絹糸腺細胞であり、この細胞から分泌された組換えプロリン水酸化ヒトコラーゲンをカイコの繭から回収する請求項7の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−125367(P2008−125367A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−310562(P2006−310562)
【出願日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【出願人】(596063056)財団法人 ひろしま産業振興機構 (24)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(591071104)株式会社高研 (38)
【出願人】(506309456)株式会社ネオシルク (7)
【Fターム(参考)】