説明

組換え大腸菌及びそれを用いたイソプレノイドの製造方法

【課題】 大腸菌を用いてイソプレノイドを効率よく製造する方法を提供する。
【解決手段】 (1)ファルネシル二リン酸からイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子又は遺伝子群、(2)2型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子、及び(3)アセトアセチル-コエンザイムAからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群を導入し、発現させた組換え大腸菌、並びにこの大腸菌を、アセト酢酸塩を含む培地で培養して培養物又は菌体からイソプレノイドを得ることを特徴とする、イソプレノイドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換え大腸菌、及びそれを用いたイソプレノイドの製造方法に関する。イソプレノイドは医薬品、農薬やこれらの合成中間体、機能性食品として有用である。
【背景技術】
【0002】
イソプレノイドは2万種を超える、自然界で最も多様な化合物の集団で、3,000種以上のセスキテルペンや750種以上のカロテノイドを含んでいる。イソプレノイドの中には、医薬品や農薬及びその原料、機能性食品として用いられているものなど有望なものが多く含まれている。しかしながら、自然界の蓄積量は一部の例を除いて少なく、単品を多量調製するには莫大なコストと労力を必要とするものが多いので、遺伝子組換え微生物を利用したバイオテクノロジー技術による多量生産のための研究が盛んに行われてきた。微生物の中でも、大腸菌は遺伝子組換えの技術や材料、情報が最も充実した微生物であるので、組換え大腸菌を用いてイソプレノイドを多量生産しようとする技術開発の研究が盛んに行われてきた。大腸菌はメバロン酸経路を持っていなく、非メバロン酸経路(2-C-メチル-D-エリストール4-リン酸(以後MEPと記載)を経由するのでMEP経路とも呼ばれる)により最初のイソプレノイド基質であるイソペンテニル二リン酸(イソペンテニルピロリン酸とも呼ばれる;以後IPPと記載)が作られる。IPPはIPPイソメラーゼ(以後Idiと呼ぶことがある)によりジメチルアリル二リン酸(以後DMAPPと記載)に変換され、DMAPPはファルネシル二リン酸(以後FPPと記載)合成酵素(シンターゼ)によりIPPと順次縮合することにより、炭素数10のゲラニル二リン酸(以後GPPと記載)、炭素数15のFPPに変換される。セスキテルペン、トリテルペン、ステロール、ユビキノン、ドリコール等のイソプレノイドはこのFPPから分岐して作られる。FPPはゲラニルゲラニル二リン酸(以後GGPPと記載)合成酵素によりIPPとさらに縮合して炭素数20のGGPPが合成される。このGGPPから分岐して、カロテノイド、モノテルペン、ジテルペン、ジベレリン等のイソプレノイドが合成される。
【0003】
大腸菌は、ユビキノンやドリコールは有しているが、セスキテルペン、トリテルペン、ステロール、カロテノイド、モノテルペン、ジテルペン、ジベレリンといったイソプレノイドを合成しないので、これらのイソプレノイドを大腸菌に合成させるためには、FPPからそのイソプレノイドまでの合成を担う一連の生合成酵素遺伝子群を大腸菌に導入し、発現させる必要がある。ただし、FPPからセスキテルペンの合成のために導入し発現される生合成酵素遺伝子は1つのみでよい場合がある。現在までにFPPから種々のイソプレノイドの生合成酵素遺伝子群が大腸菌に導入・発現され、これらのイソプレノイドが大腸菌で合成された。大腸菌によるセスキテルペン合成(非特許文献1)、カロテノイド合成(非特許文献2)などの例が挙げられる。しかしながら、大腸菌は元々イソプレノイドをあまり合成しないのでFPPの存在量が少なく、FPPから始まる生合成酵素遺伝子群を導入してもイソプレノイドの生産量は実用レベルから程遠いのが現状であった。イソプレノイド生産量は通常、大腸菌の菌体1g(乾重量)あたり1 mgを超えることは無い(非特許文献1、2)。そのため、FPPまでの生合成経路を太くしてFPP生産量を増やすための代謝工学的研究がなされた。IPPイソメラーゼ遺伝子(以後、idiと記載)には構造が違う1型(真核生物型)と2型(原核生物型)があるが、従来から知られていたものは真核生物が有している1型である。酵母または緑藻由来の1型のidi遺伝子を大腸菌に導入し発現させると、FPPの生産量が数倍上昇すると評価された(特許文献1)。FPPは不安定な酸であり、分析系も確立されていないため、FPP量をそのまま定量することは困難である。そこで、FPPから始まるカロテノイド生合成酵素遺伝子群を導入し、生成したカロテノイド量を定量し、FPP量として評価したものである。たとえば、土壌細菌パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis;旧名:Erwinia uredovora 20D3)由来のFPPからGGPPを合成するGGPP合成酵素遺伝子(以後crtEと記載)、GGPPからフィトエンを合成するフィトエン合成酵素遺伝子(以後crtBと記載)、フィトエンからリコペンを合成するフィトエンデサチュラーゼ遺伝子(以後crtIと記載)を大腸菌に導入し発現させると大腸菌は菌体内のFPPを代謝してリコペンを合成するようになる(特許文献1、非特許文献2)。さらにこの組換え大腸菌に、リコペンからβ-カロテンを合成するリコペン環化酵素(サイクラーゼ)遺伝子(以後crtYと記載)を導入し発現させるとβ-カロテンを合成するようになり、さらにβ-カロテンからゼアキサンチンを合成するβ-カロテンヒドロキシラーゼ遺伝子(以後crtZと記載)を導入し発現させるとゼアキサンチンを合成するようになり、さらにゼアキサンチンからアスタキサンチンを合成するβ-カロテン(カロテノイド)ケトラーゼ遺伝子(以後crtWと記載)を導入し発現させるとその組換え大腸菌はアスタキサンチンを合成するようになる(非特許文献2)。前述の1型のidi遺伝子を発現した組換え大腸菌では、最高レベルのカロテノイド(β-カロテン)の生産量は菌体1g(乾重量)あたり1.3 mgであった(特許文献1)。また同様に、非メバロン酸経路内の1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸(以後DXPと記載)合成酵素(以後Dxsと呼ぶことがある)またはDXPレダクトイソメラーゼ(以後Dxrと呼ぶことがある)をコードする遺伝子(以後それぞれ、dxsdsrと記載)を大腸菌に導入し高発現させると、FPPの合成能が上昇することが示された(非特許文献3)。しかしながら、idi(1型)、dxsdsr遺伝子を単独または組み合わせて大腸菌に導入し発現させても、FPP(カロテノイド)の合成量の上昇は1.5〜3.5倍であり、最高レベルのカロテノイド(ゼアキサンチン)の生産量は菌体1g(乾重量)あたり1.6 mgに留まった(非特許文献3)。
【0004】
大腸菌はメバロン酸経路を有さないが、メバロン酸経路の遺伝子群を大腸菌に導入し発現させる研究も行われた。柿沼らは、メバロン酸経路のメバロン酸以降の酵素であるメバロン酸キナーゼ(mevalonate kinase)、ホスホメバロン酸キナーゼ(phosphomevalonate kinase)、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(diphosphomevalonate decarboxylase)をコードする遺伝子を含むストレプトミセス(Streptomyces)属CL190株由来のメバロン酸経路酵素遺伝子群(非特許文献4;Accession no AB037666)を、パントエア・アナナティス由来のカロテノイド生合成遺伝子群(crtEcrtBcrtIcrtYcrtZ)とともに大腸菌に導入し、発現させた(非特許文献5)。本組換え大腸菌は、D-メバロン酸ラクトン(以後、メバロノラクトンまたはMVLと記載)を培地に基質として加えて培養することにより、ゼアキサンチンを合成することができた(非特許文献5)。また、上記メバロン酸経路遺伝子群を、ハナショウガ(Zingiber zerumbet Smith)由来のセスキテルペンの1種であるβ-オイデスモール(β-eudesmol)合成酵素遺伝子(ZSS2)とともに大腸菌に導入し発現させると、その組換え大腸菌は1 Lあたり100 mgのβ-オイデスモールを生産することが示された(非特許文献6)。
【0005】
前述したように、1型ididxsdsr等の非メバロン酸経路の鍵遺伝子を、FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子(群)とともに導入し発現させた組換え大腸菌では、培地成分から比較的効率的にイソプレノイドを合成するが、鍵遺伝子を含まない場合と比べて高々数倍の上昇に過ぎない。その意味で、FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子(群)をメバロン酸経路遺伝子(群)とともに大腸菌に導入し発現させた組換え大腸菌を用いて、メバロノラクトンのような基質を培地に加えて、イソプレノイドを作らせる方が、大腸菌内の代謝をコントロールしやすいので、生産効率の向上の検討が容易であると思われる。しかしながら、メバロノラクトンは分子内に不斉炭素を含むため高価(たとえば東京化成工業のカタログによると1 g:34,000円)であり実用化は困難なため、より安価な基質を用いて効率的にイソプレノイドを作る系の構築が望まれていた。
【0006】
【特許文献1】特開平8-242861号公報
【非特許文献1】V. J. J. Martin, Y. Yoshikuni, J. D. Keasling, Biotechnol. Bioeng. 75: 497-503, 2001
【非特許文献2】N. Misawa, Y. Satomi, K. Kondo, A. Yokoyama, S. Kajiwara, T. Saito, T. Ohtani, W. Miki, J. Bacteriol., 177: 6575-6584, 1995
【非特許文献3】M. Albrecht, N. Misawa, G. Sandmann, Biotechnol. Lett., 21: 791-795, 1999.
【非特許文献4】M. Takagi, T. Kuzuyama, S. Takahashi, H. Seto, J. Bacteriol., 182: 4153-4157, 2000
【非特許文献5】K. Kakinuma, Y. Dekishima, Y. Matsushima, T. Eguchi, N. Misawa, M. Takagi, T. Kuzuyama, H. Seto, J. Am. Chem. Soc., 123: 1238-1239, 2001
【非特許文献6】F. Yu, H. Harada, K. Yamasaki, S. Okamoto, S. Hirase, Y. Tanaka, N. Misawa, R. Utsumi, FEBS Lett., 2008 Jan. 30 [Epub ahead of print]
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、大腸菌を用いてイソプレノイドを効率よく製造する方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行い、以下の知見を得た。なお、下記の各種酵素が触媒する基質と反応産物の化学構造を含む代謝マップを図1に示すので、参照されたい。
【0009】
(i) FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子又は遺伝子群を導入し発現させた組換え大腸菌に、さらに2型(type 2)のidi(IPP isomerase)遺伝子を、アセトアセチル-コエンザイムA(acetoacetyl-CoA;以後アセトアセチル-CoAと記載)からIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、すなわち、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(以後HMG-CoAと記載)合成酵素(HMG-CoA synthase)、HMG-CoAレダクターゼ(HMG-CoA reductase)、メバロン酸キナーゼ(mevalonate kinase;MVA kinase)、ホスホメバロン酸キナーゼ(phosphomevalonate kinase; PMVA kinase)、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(diphosphomevalonate decarboxylase;DPMVA decarboxylase)をコードする5遺伝子ともに導入し発現させた組換え大腸菌を培養し、アセト酢酸塩(アセト酢酸リチウム塩;Li acetoacetate;以下LAAと記載することがある)を基質として培地に加えることにより、イソプレノイドを効率的に生産できる。FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子のみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、3.5〜9.3倍(FPPからカロテノイドを合成する酵素遺伝子群の場合)になった。
【0010】
(ii) FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子を導入し発現させた組換え大腸菌に、さらに1型(type 1)と2型(type 2)の2種類のidi(IPP isomerase)遺伝子を、アセトアセチル-CoAからIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群(i参照)とともに導入し発現させた組換え大腸菌を培養し、アセト酢酸塩を基質として培地に加えることにより、イソプレノイドをさらに効率的に生産できる。FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子のみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、3.9〜11.4倍(FPPからカロテノイドを合成する酵素遺伝子群の場合)になった。
【0011】
(iii) FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子を導入し発現させた組換え大腸菌に、さらにラット(Rattus norvegicus)由来のアセト酢酸-CoAリガーゼ(acetoacetate-CoA ligase;Aacl;アセトアセチル-CoA シンテターゼ)遺伝子、及び1型と2型の2種類のidi遺伝子を、アセトアセチル-CoAからIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群(i参照)とともに導入し発現させた組換え大腸菌を培養し、アセト酢酸塩を基質として培地に加えることにより、イソプレノイドをさらに効率的に生産できる。FPPからイソプレノイドを合成する酵素遺伝子のみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、7.5〜11.8倍(FPPからカロテノイドを合成する酵素遺伝子群の場合)になった。
【0012】
(iv) FPPからセスキテルペンの1種であるα-フムレン(α-humulene)を合成する酵素(α-フムレン合成酵素)遺伝子を導入し発現させた組換え大腸菌に、さらにアセト酢酸-CoAリガーゼ遺伝子及び1型と2型の2種類のidi遺伝子を、アセトアセチル-CoAからIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群(i参照)とともに導入し発現させた組換え大腸菌を培養し、アセト酢酸塩を基質として培地に加えることにより、α-フムレンを効率的に生産できる。FPPからα-フムレン合成酵素遺伝子のみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、11.4倍になった。
【0013】
本発明は上記知見に基づき完成されたものである。即ち、本発明は、以下の〔1〕〜〔10〕を提供する。
【0014】
〔1〕以下の(1)〜(3)の遺伝子を導入し、発現させた組換え大腸菌、
(1)ファルネシル二リン酸からイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子又は遺伝子群、
(2)2型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子、
(3)アセトアセチル-コエンザイムAからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群。
【0015】
〔2〕1型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子も導入し、発現させた〔1〕に記載の組換え大腸菌。
【0016】
〔3〕1型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子である〔2〕に記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号6記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド。
【0017】
〔4〕アセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ遺伝子も導入し、発現させた〔1〕乃至〔3〕のいずれかに記載の組換え大腸菌。
【0018】
〔5〕アセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子である〔4〕に記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号5記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、アセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ活性を有するポリペプチド。
【0019】
〔6〕2型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子である〔1〕乃至〔5〕のいずれかに記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号3記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号3記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号7記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド。
【0020】
〔7〕ファルネシル二リン酸からイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子であり、イソプレノイドがα-フムレンである〔1〕乃至〔6〕のいずれか一項に記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号4記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつα-フムレン合成酵素活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号8記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、α-フムレン合成酵素活性を有するポリペプチド。
【0021】
〔8〕ファルネシル二リン酸からイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子群が、ゲラニルゲラニル二リン酸合成酵素遺伝子、フィトエン合成酵素遺伝子、フィトエンデサチュラーゼ遺伝子、及び、必要に応じてさらに下流のカロテノイド生合成酵素遺伝子であり、イソプレノイドがカロテノイドである〔1〕乃至〔6〕のいずれか一項に記載の組換え大腸菌。
【0022】
〔9〕アセトアセチル-コエンザイムAからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群が、ストレプトミセス属CL190株由来の遺伝子群である〔1〕乃至〔8〕のいずれか一項に記載の組換え大腸菌。
【0023】
〔10〕〔1〕乃至〔9〕のいずれか一項に記載の組換え大腸菌を、アセト酢酸塩を含む培地で培養して培養物又は菌体からイソプレノイドを得ることを特徴とする、イソプレノイドの製造方法。
【発明の効果】
【0024】
組換え大腸菌によるイソプレノイドの製造方法は、代謝工学的に高度に改変した組換え大腸菌を培養し、単純な化合物であるアセト酢酸塩を培地に加えることにより、目的とするイソプレノイドを安価で効率的に生産することができる。FPPから目的とするイソプレノイドまでの生合成酵素遺伝子があれば、イソプレノイドの種類を問わないので、汎用的な技術である。
【0025】
化学合成によりイソプレノイドを製造する場合、多工程を要する反応であり、また、高温高圧の過酷な条件、高価又は危険な試薬、廃液処理などを要する場合もある。この点、本発明方法は1つの組換え大腸菌を用いた反応であるため、1工程で、複雑な生合成反応を進めることができる。また、温和な条件で反応を行うことができ、環境に悪影響を与える試薬を使用する必要が無い環境にやさしい製造方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0027】
本発明の組換え大腸菌、下記の(1)〜(3)の遺伝子若しくは遺伝子群を導入し、発現させたものであり、好ましくは、更に下記(4)及び/又は(5)の遺伝子を導入し、発現させたものである。
【0028】
(1)FPPからイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子又は遺伝子群
合成対象とするイソプレノイドは特に限定されないが、カロテノイドやセスキテルペンなどを例示できる。カロテノイドとしては、リコペン、β−カロテン、ゼアキサンチン、アスタキサンなどを例示でき、セスキテルペンとしては、アルテミシニン(artemisinin)、δ-セディネン(δ-selinene)、γ-フムレン(γ-humulene)、(+)-δ-カディネン((+)-δ-cadinene)、5-エピ-アリストロケン(5-epi-aristolochene)、ベティスピラデイエン(vetispiradiene)、β-オイデスモール(β-eudesmol)、α-フムレン(α-humulene)などを例示できる。
【0029】
FPPからカロテノイドを合成する酵素の遺伝子群は公知であり、FPPからGGPPを合成するGGPP合成酵素遺伝子(crtE)、GGPPからフィトエンを合成するフィトエン合成酵素遺伝子(crtB)、フィトエンからリコペンを合成するフィトエンデサチュラーゼ遺伝子(crtI)を大腸菌に導入し発現させると大腸菌は菌体内のFPPを代謝してリコペンを合成するようになる(特許文献1、非特許文献2)。さらにこの組換え大腸菌に、下流のカロテノイド生合成酵素遺伝子を導入することにより、リコペン以外のカロテノイドも合成するようになる。例えば、リコペンからβ-カロテンを合成するリコペン環化酵素(サイクラーゼ)遺伝子(crtY)を導入し発現させるとβ-カロテンを合成するようになり、さらにβ-カロテンからゼアキサンチンを合成するβ-カロテンヒドロキシラーゼ遺伝子(hydroxylase;3,3’-hydoroxylase;crtZ)を導入し発現させるとゼアキサンチンを合成するようになり、さらにゼアキサンチンからアスタキサンチンを合成する、β-カロテン(カロテノイド)ケトラーゼ遺伝子(ketolase;4,4’-oxygenase;crtW)を導入し発現させるとその組換え大腸菌はアスタキサンチンを合成するようになる(非特許文献2;Y. Nishida, K. Adachi, H. Kasai, Y. Shizuri, K. Shindo, A. Sawabe, S. Komemushi, W. Miki, S. Misawa, Appl. Environ. Microbiol., 71; 4286-4296, 2005)。
【0030】
これらのカロテノイド生合成酵素遺伝子はどのようなものを用いてもよく、例えば、GGPP合成酵素遺伝子、フィトエン合成酵素遺伝子、フィトエンデサチュラーゼ遺伝子としては、土壌細菌パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis;旧名:Erwinia uredovora 20D3)由来の遺伝子を用いることができ、β-カロテンケトラーゼ遺伝子としては、海洋細菌パラコッカス属(Paracoccus)N81106株またはブレバンディモナス(Brevundimonas)属SD212株由来の遺伝子を用いることができる。
【0031】
FPPからセスキテルペンを合成する酵素の遺伝子も公知であり、例えば、δ-セディネン合成酵素遺伝子、γ-フムレン合成酵素遺伝子遺伝子は、Little, D. B., Croteau, R. B., Arch. Biochem. Biohps., 402:120-135 (2002)に開示されており、 (+)-δ-カディネン合成酵素(cyclase)、5-エピ-アリストロケン合成酵素、ベティスピラデイエン合成酵素遺伝子は非特許文献1に開示されており、β-オイデスモール合成酵素遺伝子(ZSS2)は、非特許文献6に開示されている。本発明においては、これら公知の遺伝子を使用することができる。
【0032】
また、α-フムレン合成酵素遺伝子(ZSS1)としては、例えば、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子を使用することができる。
【0033】
(a)配列番号4記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつα-フムレン合成酵素活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号8記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、α-フムレン合成酵素活性を有するポリペプチド。
【0034】
(a)のポリペプチドは、ハナショウガ(Zingiber zerumbet Smith)由来のα-フムレン合成酵素遺伝子(ZSS1)である(Yu F, Okamto S, Nakasone K, Adachi K, Matsuda S, Harada H, Misawa N, Utsumi R., Planta. 2008 Feb 14)。
【0035】
(b)のポリペプチドは、(a)のポリペプチドに、α-フムレン合成酵素活性を失わせない程度の変異が導入されたポリペプチドである。このような変異は、自然界において生じる変異のほかに、人為的な変異をも含む。人為的変異を生じさせる手段としては、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. 10, 6487-6500, 1982)などを挙げることができるが、これに限定されるわけではない。変異したアミノ酸の数は、前記した活性を失わせない限り、その個数は制限されないが、通常は、30アミノ酸以内であり、好ましくは20アミノ酸以内であり、更に好ましくは10アミノ酸以内であり、最も好ましくは5アミノ酸以内である。
【0036】
(c)のポリペプチドは、DNA同士のハイブリダイゼーションを利用することにより得られるα-フムレン合成酵素活性を持つポリペプチドである。(c)のポリペプチドにおける「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、37℃でのハイブリダイゼーション及び1×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による37℃での洗浄処理といった条件であり、好ましくは、42℃でのハイブリダイゼーション及び0.5×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理といった条件であり、更に好ましくは、65℃でのハイブリダイゼーション及び0.2×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理といった条件である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、配列番号8記載の塩基配列で表されるDNAと通常高い相同性を有する。高い相同性とは、60%以上の相同性、好ましくは75%以上の相同性、更に好ましくは90%以上の相同性を指す。
【0037】
(2)2型のIPPイソメラーゼ遺伝子
2型のIPPイソメラーゼ遺伝子としては、例えば、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子を使用することができる。
【0038】
(a)配列番号3記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号3記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつIPPイソメラーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号7記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、IPPイソメラーゼ活性を有するポリペプチド。
【0039】
(a)のポリペプチドは、Streptomyces属CL190株の由来の2型のIPPイソメラーゼである(K. Kaneda, T. Kuzuyama, M. Takagi, Y. Hayakawa, H. Seto, Proc, Natl. Acad. Sci. USA, 98: 932-937, 2001)。
【0040】
(b)のポリペプチドにおけるアミノ酸の個数、及び(c)のポリペプチドにおける「ストリンジェントな条件」の意味は、上述したα-フムレン合成酵素遺伝子の場合と同様である。
【0041】
(3)メバロン酸経路遺伝子群
メバロン酸経路遺伝子群としては、ストレプトミセス(Streptomyces)属CL190株はメバロン酸経路酵素遺伝子群(非特許文献4;Accession no AB037666)が知られており(非特許文献4;Accession no AB037666)、本発明においても、この遺伝子群を使用することができる。このメバロン酸経路酵素遺伝子群には、アセトアセチル-CoA(acetoacetyl-CoA)からIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、すなわち、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)合成酵素(HMG-CoA synthase)、HMG-CoAレダクターゼ(HMG-CoA reductase)、メバロン酸キナーゼ(mevalonate kinase;MVA kinase)、ホスホメバロン酸キナーゼ(phosphomevalonate kinase; PMVA kinase)、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(diphosphomevalonate decarboxylase;DPMVA decarboxylase)をコードする5遺伝子が含まれている。また、2型のIPPイソメラーゼも含まれている(図1、図2参照)。
【0042】
(4)1型のIPPイソメラーゼ遺伝子
1型のIPPイソメラーゼ遺伝子としては、パン酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、緑藻ヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pluvialis)等の真核微生物が有する遺伝子が知られており(特許文献1、及び、Kajiwara, S., Fraser, P. D., Kondo, K., and Misawa, N. (1997) Biochem. J., 324: 421-426)、本発明においても、これらの遺伝子を使用することができる。
【0043】
好ましい遺伝子としては、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子を例示できる
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつIPPイソメラーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号6記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、IPPイソメラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子などを例示できる。
【0044】
(a)のポリペプチドは、パン酵母サッカロミセス・セレビシエ由来の1型のIPPイソメラーゼである。
【0045】
(b)のポリペプチドにおけるアミノ酸の個数、及び(c)のポリペプチドにおける「ストリンジェントな条件」の意味は、上述したα-フムレン合成酵素遺伝子の場合と同様である。
【0046】
(5)アセト酢酸-CoAリガーゼ遺伝子
アセト酢酸-CoAリガーゼ(acetoacetate-CoA ligase;Aacl;アセトアセチル-CoA シンテターゼ;Aacl;EC 6.2.1.16)は、アセト酢酸とCoAを基質とし、ATPを用いてアセトアセチル-CoAへの変換を触媒する酵素である(J.R. Stern, Biochem. Biophys. Res. Commun. 44, 1001-1007, 1971; Bergstrom, J.D.;Wong, G.A.; Edwards, P.A.; Edmond, J., J. Biol. Chem. 259, 14548-14553, 1984)。
【0047】
アセト酢酸-CoAリガーゼ遺伝子としては、ラット(Rattus norvegicus)やヒトなどの哺乳類、ある種のバクテリア、菌類等に由来する遺伝子が知られており、本発明においても、これらの遺伝子を使用することができる。また、ラット由来のアセト酢酸-CoAリガーゼをコードする遺伝子全長(Accession No.BC061803)を含むプラスミドは、Mammalian Gene Collection cDNAクローンとして、Invitrogen社より取得できる(クローンID: 5598532)。
【0048】
好ましい遺伝子としては、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子を例示できる
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアセト酢酸-CoAリガーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号5記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、アセト酢酸-CoAリガーゼ活性を有するポリペプチド。
【0049】
(a)のポリペプチドは、ラット由来のアセト酢酸-CoAリガーゼである。
【0050】
(b)のポリペプチドにおけるアミノ酸の個数、及び(c)のポリペプチドにおける「ストリンジェントな条件」の意味は、上述したα-フムレン合成酵素遺伝子の場合と同様である。
【0051】
本発明のイソプレノイドの製造方法は、上述した組換え大腸菌を、アセト酢酸塩を含む培地で培養して培養物又は菌体からイソプレノイドを得ることを特徴とするものである。
【0052】
アセト酢酸塩としては、アセト酢酸リチウム塩、アセト酢酸ナトリウム塩などを例示でき、これらの中でもアセト酢酸リチウム塩を使用するのが好ましい。
【0053】
培地中のアセト酢酸塩濃度は、大腸菌がイソプレノイドを生産し得る範囲であれば特に限定されないが、0.1〜10g/lとするのが好ましく、0.5〜5g/lとするのが更に好ましい。アセト酢酸塩以外の培地成分は、一般的な大腸菌培養培地に含まれる成分と同様でよい。
【0054】
培養時の温度は特に限定されないが、18〜30℃とするのが好ましく、20〜25℃とするのが更に好ましい。
【0055】
培養時間も特に限定されないが、導入遺伝子発現から12〜72時間培養することが好ましく、24〜48時間培養することが更に好ましい。
【0056】
培養物又は菌体からのイソプレノイドの採取は、微生物生産物を得るのに常用される方法に従って行うことができる。
【0057】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0058】
[実施例1]プラスミドpAC-Mev、pAC-Mev/Scidi、pAC-Mev/Scidi/Aaclの作製
tacプロモーター(Ptac)、rrnBターミネーター(TrrnB)の間にStreptomyces属CL190株の由来の6.5 kbのメバロン酸経路酵素遺伝子群(mevalonate pathway gene cluster;非特許文献4;Accession no AB037666)を挿入したDNA断片が、大腸菌ベクターpACYC184(クロラムフェニコール(Cm)耐性)のEagI-ClaI間に挿入されているものがプラスミドpAC-Mev(図2)である。本プラスミドは、具体的には次のようにして構築した:
Ptac配列は、pTTQ18プラスミド(Stark M.J.R. 1987. Gene 51: 255-267)を鋳型とし、PtacF(5'-AAACGGCCGAGCTGTTGACAATTAATCATC-3'、下線はEagI部位を示す)及びPtacR (5'-AAGTCGACCATATGTGTTTCCTGTGTGAAATTGTTA-3'、下線はSalI-NdeI部位を示す)の2つの合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いたPCRにより増幅した。TrrnB配列は、pTTQ18プラスミドを鋳型とし、TrrnBF(5'-GAGAAGCTTCTGTTTTGGCGGATGAGAG-3'、下線はHindIII部位を示す)及びTrrnBR(5'-CCGATCGATCTGCTTTCCTGATGCAAAAAC-3'、下線はClaI部位を示す)の2つのプライマーを用いたPCRにより増幅した。PCR増幅したPtacとTrrnB断片は、各々制限酵素EagI-SalI、HindIII-ClaIにて消化後、pACYC184プラスミドの相当部位に連結した。Streptomyces属CL190株の由来のメバロン酸経路酵素遺伝子群を含む6.5 kbの領域は、pUMV19プラスミド(非特許文献4)を鋳型とし、MevF(5'-GTCCATATGCAGAAAAGACAAAGGGAGCTG-3'、下線はNdeI部位を示す)及びMevR(5'-GCAGATATCCTAGCGCGCCTCGTAGATG-3'、下線はEcoRV部位を示す)の2つのプライマーを用いたPCRにより増幅した。このメバロン酸経路酵素遺伝子群を含むPCR断片は、制限酵素NdeI-EcoRVにて消化後、PtacとTrrnBを連結したpACYC184の相当部位に連結して、pAC-Mevプラスミドを作製した。
【0059】
なお、Streptomyces属CL190株の由来の6.5 kbのメバロン酸経路酵素遺伝子群には、アセトアセチル-CoAからIPPまでの合成を行う5つのメバロン酸経路遺伝子群、すなわち、HMG-CoA合成酵素(HMG-CoA synthase)、HMG-CoAレダクターゼ(HMG-CoA reductase)、メバロン酸キナーゼ(mevalonate kinase;MVA kinase)、ホスホメバロン酸キナーゼ(phosphomevalonate kinase; PMVA kinase)、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(diphosphomevalonate decarboxylase;DPMVA decarboxylase)に加えて、2型のIPPイソメラーゼ(IPP isomerase)遺伝子が含まれている(図2)。なお、2型のIPPイソメラーゼ(IPP isomerase)遺伝子の機能は平成13年になって初めて明らかになったものである(K. Kaneda, T. Kuzuyama, M. Takagi, Y. Hayakawa, H. Seto, Proc, Natl. Acad. Sci. USA, 98: 932-937, 2001)。Streptomyces属CL190株の由来の2型IPPイソメラーゼのアミノ酸配列は配列番号3に示されている。
【0060】
次にプラスミドpAC-Mevの下流にShine-Dalgarno(SD)配列とパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来の1型IPPイソメラーゼ遺伝子(Scidi)を連結したプラスミド(pAC-Mev/Scidi:図3)を構築した。このパン酵母由来の1型IPPイソメラーゼのアミノ酸配列は配列番号2に示されている。次に、さらにpAC-Mev/Scidiの下流にSD配列とラット(Rattus norvegicus)由来のアセト酢酸-CoAリガーゼ遺伝子(acetoacetate-CoA ligase; Aacl;acetoacetyl-CoA synthetase)を連結したプラスミド(pAC-Mev/Scidi/Aacl:図4)を構築した。このラット由来のアセト酢酸-CoAリガーゼのアミノ酸配列は配列番号1に示されている。プラスミドpAC-Mev/ScidiとpAC-Mev/Scidi/Aaclは、具体的には次のようにして構築した:
Scidi配列は、pSI1プラスミド(S. Kajiwara, P.D. Fraser, K. Kondo, N. Misawa, Biochem J 324: 421-426, 1997)を鋳型とし、ScidiF(5'-GACGATATCAGGAGGCAGCTATGACTGCCGACAACAATAGTA-3'、下線はEcoRV部位を示し、5'末端から10〜15番目の塩基がSD配列である。)及びScidiR(5'-CGTAAGCTTACGACTAGTTTATAGCATTCTATGAATTTGCCTGTC-3'、下線はHindIII部位とSpeI部位を示す)の2つのプライマーを用いたPCRにより増幅した。PCR増幅したScidi断片は、制限酵素EcoRV-HindIIIにて消化後、pAC-Mevプラスミドの相当部位に連結し、pAC-Mev/Scidiプラスミドを作製した。Aacl配列は、遺伝子全長を含むプラスミド(Mammalian Gene Collection cDNAクローン、クローンID: 5598532, Invitrogen)を鋳型とし、AclF(5'-GACACTAGTAGGAGGCAGCTATGTCCAAGCTGGCACG-3'、下線はSpeI部位、5'末端から10〜15番目の塩基がSD配列である。)及びAclR 5'-GACAAGCTTTCAGAAGTCCTGCAGCTCAG-3'、下線はHindIII部位を示す)の2つのプライマーを用いたPCRにより増幅した。PCR増幅したAacl断片は、制限酵素SpeI-HindIIIにて消化後、pAC-Mev/Scidiプラスミドの相当部位に連結し、pAC-Mev/Scidi/Aaclプラスミドを作製した。
【0061】
[実施例2]プラスミドpCRT-EIBの構造及びpUC-Astaの作製
FPPからリコペンを合成するカロテノイド生合成遺伝子群(Pantoea ananatis(旧名:Erwinia uredovora 20D3)由来のcrtEcrtBcrtI)をlacプロモーターの転写のリードするーを受けるように大腸菌ベクターpUC19(アンピシリン(Ap)耐性)に挿入したプラスミドがpCRT-EIBである。作製法は文献(N. Misawa, M. Nakagawa, K. Kobayashi, S. Yamano, Y. Izawa, K. nakamura, K. Harashima, J. Bacteriol, 172: 6704-6712, 1990; ただし本文献ではpCRT-EIBはpCAR-ADEと記載されている)を参照されたい。
【0062】
プラスミドpUC-Astaは、FPPからゼアキサンチン合成に必要な土壌細菌P. ananatis由来のcrtEcrtBcrtIcrtYcrtZ遺伝子を、海洋細菌Brevundimonas属細菌SD212株由来のcrtW遺伝子とともに、大腸菌ベクターpUC18(アンピシリン(Ap)耐性)にlacプロモーターの転写のリードするーを受けるように挿入されたプラスミドである。Brevundimonas属細菌SD212株由来のcrtW遺伝子は文献(Y. Nishida, K. Adachi, H. Kasai, Y. Shizuri, K. Shindo, A. Sawabe, S. Komemushi, W. Miki, S. Misawa, Appl. Environ. Microbiol., 71; 4286-4296, 2005)に開示されている。具体的には次のようにして構築した:
まず、Brevundimonas属細菌SD212株由来のcrtW遺伝子を大腸菌ベクターpUC18にlacプロモーターの転写と翻訳のリードスルーを受けるように挿入しプラスミドpUCBre-Wを作製した(前述のY. Nishida et al, Appl. Environ. Microbiol., 2005)。次に、土壌細菌P. ananatis由来のcrtEcrtBcrtIcrtY、crtZcrtX遺伝子を含む6.9 kbpの断片を、pCAR1プラスミド(前述のN. Misawa et al., J. Bacteriol, 1990)より制限酵素XbaI-HindIIIにて切り出し、これをpUCBre-Wの相当部位に連結してpUC-Astaプラスミドを作製した。
【0063】
[実施例3]プラスミドpAC-Mevを持つ大腸菌によるカロテノイド生産
アセトアセチル-CoAからIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、すなわち、HMG-CoA合成酵素、HMG-CoAレダクターゼ、メバロン酸キナーゼ、ホスホメバロン酸キナーゼ、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードする5遺伝子、及び、2型(type 2)のIPPイソメラーゼ(idi)遺伝子の計6個の遺伝子群を含む、Streptomyces属CL190株の由来の6.5 kbのDNA断片の発現用プラスミドがpAC-Mev(図2)である。このpAC-Mevを、リコペン産生用プラスミドpCRT-EIBともに導入した組換え大腸菌を、1 mg/mLのアセト酢酸リチウム塩(Li acetoacetate;LAAと記載することがある)を基質として培地に加えることにより、20℃で2日間培養し、菌体に産生されたカロテノイドを抽出して定量を行った。その結果、図5に示すように、pCRT-EIBとpAC-Mevを有する大腸菌は、菌体1 g乾重量あたり9.8 mgのリコペンを合成しており、その生産レベルは、リコペン合成用プラスミドpCRT-EIBのみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、9.3倍であることが確認された。また同様に、pAC-Mevを、アスタキサンチン産生用プラスミドpUC-Astaともに導入した組換え大腸菌をLAAとともに培養したところ、本組換え大腸菌は菌体1 g乾重量あたり2.8 mgの総カロテノイドを合成しており、その生産レベルは、アスタキサンチン合成用プラスミドpUC-Astaのみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、3.5倍であることが確認された(図6)。なお、pAC-MevとpUC-Astaを有する大腸菌の場合、最終産物のアスタキサンチンだけでなく、その生合成中間体の種々のカロテノイドを合成しているが、これは、CrtEとCrtBによりFPPから合成された最初のカロテノイドであるフィトエン以降のカロテノイド生合成酵素が十分に働いてないことを示している。また、大腸菌は、アセト酢酸とアセチル-CoAを基質として、ブチル酸-アセト酢酸 CoA転移酵素(EC 2.8.3.9)を有しており(Sramek, S.J., Frerman, F.E., Arch. Biochem. Biophys. 171, 14-26, 1975)、本酵素により、培地に添加したLAAからアセト酢酸を合成したものと考えられる。なお、この酵素は、アセト酢酸-CoAリガーゼとはまったく別の酵素である。
【0064】
組換え大腸菌の培養法、培養した大腸菌の菌体からのカロテノイドの抽出、定量法は具体的には以下のとおりである:
pAC-MevプラスミドとpCRT-EIBプラスミドまたはpUC-Astaプラスミドを、大腸菌コンピテントセル(Ecos competent E. coli JM109(ニッポンジーン社製))に導入し、アンピシリン(Ap、終濃度100 μg/ml)及びクロラムフェニコール(Cm、終濃度30 μg/ml)を含むLBプレート上で陽性クローンを得た。これをAp及びCmを含む3 mlのLB培地に植菌して、30℃で16時間前培養した後、0.5 ml(1%)を50 mlのLB培地に植菌して本培養を行った。本培養液の濁度(600 nmの吸光度)が0.5に達した時点で、isopropyl β-D-thiogalactopyranoside (IPTG、終濃度1 mM)とアセト酢酸リチウム塩(lithium acetoacetate; LAA、終濃度1.0 g/l)を添加し、20℃で48時間培養を続けた。48時間培養後の菌体10 mlを遠心分離(3,500 rpm、4℃、10分間)にて回収して-70℃で凍結後、沈殿菌体に1〜3 mlのクロロフォルム:メタノール(1:1)溶液を添加して、色素成分を抽出した。色素成分抽出液は、Alliance 2695 Separations Moduleシステム(ウォーターズ社製)に供し、ミレニアム32ソフトウェアを用いて定性・定量データの解析を行った。分離用カラムとしてはTSK ODS-80Tsカラム(4.6×150mm, 東ソー社製)を用いて、流速1.0 ml/min、温度30℃条件下、solvent A (methanol:water 95:5)とsolvent B (methanol:tetrahydrofuran 7:3)からなる2溶媒系のグラジエント形成により色素成分を分離し、フォトダイオードアレイ検出器による検出を行った。抽出液を注入後のグラジエント条件としては、solvent Aを100%として5分保持した後、5分かけてsolvent A からsolvent Bのリニアグラジエントを形成させ、そのままsolvent B 100%を8分間保持することとした。その後、次の注入に向けて、100%のsolvent Aを12分間流すことにより、カラム内部を平衡化した。色素成分はクロマト分離時の保持時間と吸光スペクトルにより同定を行い、マックスプロット解析によるピークエリアを換算することでサンプル中の濃度を決定した。カロテノイド標準試料を用いて作製したエリア値をもとに、大腸菌乾重量当たりのカロテノイド量として生産量を換算した。
【0065】
[実施例4]プラスミドpAC-Mev/Scidiを持つ大腸菌によるカロテノイド生産
アセトアセチル-CoAからIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、すなわち、HMG-CoA合成酵素、HMG-CoAレダクターゼ、メバロン酸キナーゼ、ホスホメバロン酸キナーゼ、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードする5遺伝子、及び、2型(type 2)のIPPイソメラーゼ(idi)遺伝子の計6個の遺伝子群を含む、Streptomyces属CL190株の由来の6.5 kbのDNA断片を大腸菌ベクターpACYC184に挿入したプラスミドがpAC-Mevである。このpAC-Mevにさらにパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来の1型(type 1)のIPPイソメラーゼ遺伝子(Scidi)を連結したプラスミドがpAC-Mev/Scidi(図3)である。このpAC-Mev/Scidiを、リコペン産生用プラスミドpCRT-EIBともに導入した組換え大腸菌を、1 mg/mLのアセト酢酸リチウム塩(Li acetoacetate;LAAと記載することがある)を基質として培地に加えることにより、20℃で2日間培養し、菌体に産生されたカロテノイドを抽出して定量を行った。その結果、図5に示すように、pCRT-EIBとpAC-Mev/Scidiを有する大腸菌は、菌体1 g乾重量あたり12.0 mgのリコペンを合成しており、その生産レベルは、リコペン合成用プラスミドpCRT-EIBのみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、11.4倍であることが確認された。また同様に、pAC-Mev/Scidiを、アスタキサンチン産生用プラスミドpUC-Astaともに導入した組換え大腸菌をLAAとともに培養したところ、本組換え大腸菌は菌体1 g乾重量あたり3.1 mgの総カロテノイドを合成しており、その生産レベルは、アスタキサンチン合成用プラスミドpAC-Mev/Scidiのみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、3.9倍であることが確認された(図6)。
【0066】
[実施例5]プラスミドppAC-Mev/Scidi/Aaclを持つ大腸菌によるカロテノイド生産
アセトアセチル-CoAからIPPまでの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、すなわち、HMG-CoA合成酵素、HMG-CoAレダクターゼ、メバロン酸キナーゼ、ホスホメバロン酸キナーゼ、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードする5遺伝子、及び、2型(type 2)のIPPイソメラーゼ(idi)遺伝子の計6個の遺伝子群を含む、Streptomyces属CL190株の由来の6.5 kbのDNA断片、並びにパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来の1型(type 1)のIPPイソメラーゼ遺伝子(Scidi)を含むDNA断片を大腸菌ベクターpACYC184に挿入したプラスミドがpAC-Mev/Scidiである。このpAC-Mev/Scidiにさらにラット(Rattus norvegicus)由来のアセト酢酸-CoAリガーゼ遺伝子(Aacl)を連結したプラスミドがpAC-Mev/Scidi/Aacl(図4)である。このpAC-Mev/Scidi/Aaclを、リコペン産生用プラスミドpCRT-EIBともに導入した組換え大腸菌を、1 mg/mLのアセト酢酸リチウム塩(Li acetoacetate;LAAと記載することがある)を基質として培地に加えることにより、20℃で2日間培養し、菌体に産生されたカロテノイドを抽出して定量を行った。その結果、図5に示すように、pCRT-EIBとpAC-Mev/Scidi/Aaclを有する大腸菌は、菌体1 g乾重量あたり12.5 mgのリコペンを合成しており、その生産レベルは、リコペン合成用プラスミドpCRT-EIBのみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、11.8倍であることが確認された。また同様に、pAC-Mev/Scidi/Aaclを、アスタキサンチン産生用プラスミドpUC-Astaともに導入した組換え大腸菌をLAAとともに培養したところ、本組換え大腸菌は菌体1 g乾重量あたり6.0 mgの総カロテノイドを合成しており、その生産レベルは、アスタキサンチン合成用プラスミドpAC-Mev/Scidi/Aaclのみを導入し発現させた組換え大腸菌の場合と比べて、7.5倍であることが確認された(図6)。
【0067】
以上の結果から、基質としてより安価なLAAを利用し、プラスミドpAC-Mevの存在下で比較的効率的なFPP生産を行うことができ、プラスミドpAC-Mev/Scidiの存在下で さらに効率的なFPP生産を行うことができ、プラスミドpAC-Mev/Scidi/Aaclの存在下で、最も効率的なFPP生産を行うことができることを示している。
【0068】
[実施例6]プラスミドpUCZSS1の作製と本プラスミドを持つ大腸菌によるα-フムレン生産
ハナショウガ(Zingiber zerumbet Smith)は、β-オイデスモール(β-eudesmol)、α-フムレン(α-humulene)、ゼルンボン(zerumbone)等の有用なセスキテルペンを作ることがわかっている。このハナショウガよりβ-オイデスモール(β-eudesmol)合成酵素遺伝子(ZSS2)はすでに取得された(非特許文献6)。発明者らはこのハナショウガよりα-フムレンを合成する酵素(α-フムレン合成酵素)遺伝子(ZSS1)を取得した(Yu F, Okamto S, Nakasone K, Adachi K, Matsuda S, Harada H, Misawa N, Utsumi R., Planta. 2008 Feb 14)。この遺伝子は配列番号8に、この遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列は配列番号4に示されている。ZSS1遺伝子を大腸菌で発現させるためのプラスミドpETZSS1及びpUCZSS1の作製を行った。その作製法を以下に示す:
ハナショウガcDNAより得られた全長ZSS1配列は、pET101/D-TOPOクローニングシステム(Invitrogen社製)を用いてプラスミドに連結し、pETZSS1を作製した。このpETZSS1を鋳型として、AhmF(5'-TACGAATTCGATGGAGAGGCAGTCGATGG-3'、下線はEcoRI部位を示す)及びAhmR(5'-CGAGGATCCTCAAATAAGAAAGGATTCAACAAATATG-3'、下線はBamHI部位を示す)の2つのプライマーを用いたPCRにより増幅した。この増幅断片を制限酵素EcoRI-BamHIで消化し、pUC18プラスミドの相当部位に連結して、pUCZSS1プラスミドを作製した。
【0069】
α-フムレン(α-humulene)生合成遺伝子(ZSS1)発現プラスミド(pETZSS1;pETベクター使用)を用い、セスキテルペン類の大腸菌培養条件、及び発現プラスミドの最適化を行った。培養条件については、本培養液、宿主大腸菌株、IPTG添加誘導後の培養温度、及び培養時間について検討を行った。その結果、培養条件は、本培養液を富栄養培地であるTerrific broth、宿主として大腸菌をBL21(DE3)株、IPTG添加誘導後の培養温度を20〜25℃、及び培養時間を48時間で行うのが良いことがわかった。
【0070】
なお、組換え大腸菌の培養法、培養した大腸菌の菌体からのカロテノイドの抽出、定量法は具体的には以下のとおりである:
pAC-MevプラスミドまたはpAC-Mev/Scidi/Aaclプラスミドを、pETZSS1プラスミドまたはpUCZSS1プラスミドとともに、大腸菌コンピテントセル(Ecos competent E. coli JM109またはBL21(DE3)(ニッポンジーン社製))に導入し、アンピシリン(Ap、終濃度100μg/ml)及びクロラムフェニコール(Cm、終濃度30 μg/ml)を含むLBプレート上で陽性クローンを得た。これをAp及びCmを含む3 mlのLB培地に植菌して、30℃で16時間前培養した後、0.5 ml(1%)を50 mlのTerific broth(J. Sambrook, D.W. Russell, 2001)に植菌して本培養を行った。本培養液の濁度(600 nmの吸光度)が0.5に達した時点で、isopropyl β-D-thiogalactopyranoside (IPTG、終濃度1 mM)、アセト酢酸リチウム塩(lithium acetoacetate; LAA、終濃度1.0 g/l)、ドデカン(終濃度20%(v/v))を添加し、20℃で48時間培養を続けた。48時間培養後の培養液全量を遠心分離(3,500 rpm、4℃、10分間)し、ドデカン層を回収してこれをサンプルとした。サンプルは、DB-WAXキャピラリーカラム(0.25 mm × 0.25 μm × 30 m, J&W Scientific社製)を装備した島津GCMS-QP5050Aシステム(島津社製)を用いて定性・定量分析を行った。スプリットインジェクション(比率:22:1、インジェクター温度:250℃)により、サンプル(1 μL)をインジェクションした。分析プログラムは、40℃で3分間保持後、毎分3℃ずつ80℃まで、さらに毎分5℃ずつ180℃まで加温し、その後毎分10℃ずつ240℃ まで加温した後、この温度を5分間保持する条件で行った。質量分析は、出力70 eV、インターフェース温度250℃で、40〜400 m/zの範囲を測定した。保持時間(26.2分)と質量分析結果より定性分析、ピークエリア値より定量分析を行った。α−フムレン標準試料(和光純薬工業社製)を用いて作製した検量線をもとに、培養液当たりのα−フムレン量として生産量を換算した。
【0071】
さらにpETZSS1のみでは産物が確認できなかったのに対し、pAC-Mevの導入及びMVLを添加した条件では、培養液1 mL当たり約0.4 mgの産物の生産が確認された。発現プラスミドの検討では、α-フムレン生合成遺伝子発現プラスミドをpETZSS1から、pUC18プラスミドのlacZのN末端7アミノ酸残基との融合タンパク質として発現させるように改変したプラスミド(pUCZSS2)に変え、さらに宿主大腸菌株をJM109に変えることで、pET発現系の場合よりも最大で2.9倍の増産効果がみられた。さらにpAC-Mev/Scidi/Aaclプラスミドを導入し、LAAを基質として添加する系を用いたところ、pUCZSS1のみを有するコントロールの約11.4倍(培養液1 mL当たり約1.1 mg相当)に生産量が増加し、MVLを基質とした系と同等の生産量が認められた(図7)。以上の結果より、改変プラスミドを導入した大腸菌を用い、セスキテルペン類の効率的な生産が可能であることが示された。
【0072】
以上の結果から、今回構築した改変大腸菌によるセスキテルペン生産系が、これまで主流であった煩雑なin vitro反応系を利用した機能解析法に代わる、非常に簡便かつ効率的な生産・分析系になることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明により、産業上有用な種々のイソプレノイドを安価で効率的に大腸菌に作らせることができる。さらに、本発明の製造方法は、細菌由来の生体触媒を利用するため、常温、常圧下などの穏やかな条件で反応が可能であり、また、危険な合成触媒や廃液処理を要することが無いため、環境にやさしい方法である。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】メバロン酸経路の各種酵素が触媒する基質と反応産物の化学構造を含む代謝マップを示す図である。プラスミドpAC-Mev及びpAC-Mev/Scidi/Aaclに含まれる酵素遺伝子も示されている。
【図2】プラスミドpAC-Mevの構造を示す図である。tacプロモーター(Ptac)、rrnBターミネーター(TrrnB)の間にStreptomyces属CL190株の由来の6.5 kbのメバロン酸経路酵素遺伝子群(mevalonate pathway gene cluster;非特許文献4;Accession no AB037666)が挿入されたものが、ベクターpACYC184のEagI-ClaI間に挿入されている。
【図3】プラスミドpAC-Mev/Scidiの構造を示す図である。プラスミドpAC-MevのEcoRV-HindIII間に、SD配列を付加された1型のidi遺伝子(パン酵母Saccharomyces cerevisiae由来)が挿入されている。
【図4】プラスミドpAC-Mev/Scidi/Aaclの構造を示す図である。プラスミドpAC-Mev/ScidiのSpeI-HindIII間に、SD配列を付加されたラット由来のアセト酢酸-CoAリガーゼ(Aacl)遺伝子が挿入されている。
【図5】各種プラスミドを保持する大腸菌のリコペン生産量を比較した図である。プラスミドpCRT-EIBはFPPからリコペン(lycopene)を合成するのに必要な3つのカロテノイド生合成遺伝子crtEcrtBcrtIを含むDNA断片をpUCベクターに挿入したものである。
【図6】各種プラスミドを保持する大腸菌のカロテノイド生産量を比較した図である。プラスミドpUC-AstaはFPPからアスタキサンチン(astaxanthin)を合成するのに必要な6つのカロテノイド生合成遺伝子crtEcrtBcrtIcrtYcrtZcrtWを含むDNA断片をpUCベクターに挿入したものである。
【図7】各種プラスミドを保持する大腸菌のα-フムレン(α-humulene)生産量を比較した図である。プラスミドpUCZSS1はFPPを基質としてα-フムレンを合成するα-フムレン合成酵素遺伝子がpUCベクターに挿入されたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)〜(3)の遺伝子を導入し、発現させた組換え大腸菌、
(1)ファルネシル二リン酸からイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子又は遺伝子群、
(2)2型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子、
(3)アセトアセチル-コエンザイムAからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群。
【請求項2】
1型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子も導入し、発現させた請求項1に記載の組換え大腸菌。
【請求項3】
1型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子である請求項2に記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号6記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド。
【請求項4】
アセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ遺伝子も導入し、発現させた請求項1乃至3のいずれか一項に記載の組換え大腸菌。
【請求項5】
アセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子である請求項4に記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号5記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、アセト酢酸-コエンザイムAリガーゼ活性を有するポリペプチド。
【請求項6】
2型のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子である請求項1乃至5のいずれか一項に記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号3記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号3記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号7記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ活性を有するポリペプチド。
【請求項7】
ファルネシル二リン酸からイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子が、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すポリペプチドをコードする遺伝子であり、イソプレノイドがα-フムレンである請求項1乃至6のいずれか一項に記載の組換え大腸菌、
(a)配列番号4記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(b)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつα-フムレン合成酵素活性を有するポリペプチド、
(c)配列番号8記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドであって、α-フムレン合成酵素活性を有するポリペプチド。
【請求項8】
ファルネシル二リン酸からイソプレノイドを合成する酵素の遺伝子群が、ゲラニルゲラニル二リン酸合成酵素遺伝子、フィトエン合成酵素遺伝子、フィトエンデサチュラーゼ遺伝子、及び、必要に応じてさらに下流のカロテノイド生合成酵素遺伝子であり、イソプレノイドがカロテノイドである請求項1乃至6のいずれか一項に記載の組換え大腸菌。
【請求項9】
アセトアセチル-コエンザイムAからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群が、ストレプトミセス属CL190株由来の遺伝子群である請求項1乃至8のいずれか一項に記載の組換え大腸菌。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか一項に記載の組換え大腸菌を、アセト酢酸塩を含む培地で培養して培養物又は菌体からイソプレノイドを得ることを特徴とする、イソプレノイドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−207376(P2009−207376A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−51539(P2008−51539)
【出願日】平成20年3月3日(2008.3.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度生物系特定産業技術研究支援センター「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」産業技術力強化法第19条(旧:産業活力再生特別措置法第30条)の適用を受けるもの
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】