説明

組積造の壁体の補強方法

【課題】組積造の壁体の美観を損なうことなく、面内曲げ、せん断力、および鉛直軸まわりの面外曲げに耐える力が高められるように壁体を補強することを、目的とする。
【解決手段】煉瓦10による組積造の壁体1の横方向の目地11を、壁面から削り取って溝15を形成した後に、溝15内に固定材(エポキシ樹脂3)を注入し、補強部材2を挿入する。最後に、溝15が埋まるまでエポキシ樹脂3を補填して表面をならすことにより、補強部材2を壁体1内に埋設する。この補強後の壁体1では、横方向からの荷重に補強部材2の歪みにより対抗できるようになり、面内曲げ、せん断力、および鉛直軸まわりの面外曲げに耐える力が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、煉瓦や石材などの組積材により形成された組積造の壁体を補強するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
古くからの建造物に見受けられる煉瓦壁は、各煉瓦をモルタルなどを介在させて積み重ねたものである。この種の壁体には、文化的資産として長く保存する価値があるものが多いが、土台と壁体の自重により支えられているだけで強度が不十分であるため、地震により倒壊するおそれがある。
【0003】
このため、近年、壁体内に棒状の補強部材を挿入することによって、壁体の美観を維持しながら壁体の強度を高める方法が提案されている。
【0004】
たとえば、下記の特許文献1には、煉瓦による壁体の内壁面より、斜め上方および斜め下方に向けて穴をそれぞれ複数形成し、各穴にそれぞれ金属製の補強部材を挿入して固定することにより、壁体を補強する工法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−225877号公報 (段落0018〜0029、図1〜4参照。)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載された発明では、壁面に直交する略水平な断面においては、どの断面をとっても、その断面に補強部材が含まれて(特許文献1の段落0028を参照。)略水平な面の強度が補強されるので、水平方向を軸として壁面を曲げようとする力に対する抵抗力が高まり、壁面の水平軸まわりの面外曲げが抑制される。しかし、横方向からの荷重に対する抵抗力は十分とは言えず、面内変形やせん断力によって壁体が破壊されるおそれがある。
【0007】
たとえば、図7に示すように、中央に窓部12が形成された壁体1に横方向から正負の荷重をかけると、窓部12の付近に階段状の亀裂100が生じる場合があることが、発明者らにより確認されている。さらに、特許文献1に記載された発明による補強では、鉛直方向を軸として壁面を曲げようとする力にも十分に抵抗できないため、鉛直軸まわりの面外曲げを抑制するのは困難である。
【0008】
面内変形、せん断力、鉛直軸まわりの面外曲げに対する抵抗力を高めるには、壁面の横方向の補強を強化する必要があるが、この補強を特許文献1に記載された発明により行うには、横方向における補強部材間の間隔をより密にしなければならない。しかし、壁体を穿孔する作業には多大な労力がかかり、工事の費用も高くなる。
【0009】
また、特許文献1に記載されている工法では、壁体の外壁面に貫通しない穴を形成することで、外壁面の美観が維持されるようにしているが、内壁面に対しては、煉瓦の表面が穿孔される場合もあるため、施工後の内壁面の美観が損なわれる。
【0010】
本発明は上記の問題に着目し、組積造の壁体の美観を損なうことなく、面内曲げ、せん断力、および鉛直軸まわりの面外曲げに耐える力が高められるように壁体を補強することを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明による組積造の壁体の補強方法は、壁体の横方向の目地を壁面より削り取った後に、その削り取った部分に棒状の補強部材を挿入しかつ接着性のある固定材を充填することにより補強部材を壁体の内部に埋設することを特徴とする。
【0012】
上記の方法により補強された壁体によれば、面内曲げ、せん断力、鉛直軸まわりの面外曲げに対しては、横方向の目地の内部に埋設された棒状の補強部材が歪んで抵抗するので、壁面が破壊されるのを防止することができる。また、上記の方法では、組積材間の目地を表面から削り取って、その削り取った部分に補強部材を挿入するので、施工が簡単で、組積材を傷つけることもない。また、固定材により目地が修復されると、壁面は施工前と殆ど変わらない状態になり、壁面の美観を維持することができる。
【0013】
本発明の好ましい態様では、上記の処理に加えて、前記壁体の目地に壁面の複数位置から壁体内部に向けて穴を形成した後に、各穴にそれぞれ棒状の補強部材を挿入しかつ接着性のある固定材を充填することにより補強部材を壁体の内部に埋設する。この処理によれば、壁体の厚み部分が補強部材により補強されるので、水平軸まわりの面外曲げに対する抵抗力が高まり、壁体の強度をさらに向上することが可能になる。また、穴の開口を壁面の目地の部分に設定するので、補強部材の挿入後に穴を固定材により塞げば、壁面の外観は施工前と殆ど変わらない状態になる。
【0014】
なお、本発明の上記した構成において、「棒状の補強部材」の「棒状」とは、丸棒や角棒の他に板状物であってもよく、径方向の断面形状は問わない。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、壁体の横方向の目地を壁面より削り取り、その削り取った部分に棒状の補強部材を挿入しかつ粘着性のある固定材を充填することにより、組積材を傷つけることなく、面内曲げ、せん断力、および鉛直軸まわりの面外曲げに対する壁体の強度を高めることができる。また、施工が容易であるので、壁体の補強に要する労力やコストを大幅に削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明による補強方法が適用された組積造の壁体の構成を示す正面図および側面図である。
【図2】補強部材の外観を示す斜視図である。
【図3】壁体の目地内に補強部材を埋設する工程を説明する拡大断面図である。
【図4】壁体の内部に埋設された補強部材の状態を示す拡大断面図である。
【図5】壁体のモデル(試験体)を用いた実験方法を示す説明図である。
【図6】実験により得た変形角と復元力との関係を示すグラフである。
【図7】亀裂破壊が生じた壁体を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、本発明の一実施例にかかる補強方法が適用された組積造の壁体1を、外壁1Aの側から見た正面図(a)および側面図(b)により示している。
図示例の壁体1は、複数の煉瓦10を、モルタルによる目地11を介して、イギリス積みにより積み上げて構成された煉瓦壁である。壁体1の中央には窓部12が形成され、窓部12の上下位置には、それぞれコンクリートブロックによるまぐさ13が設けられている。なお、各煉瓦10の寸法は、210mm×100mm×60mmであり、煉瓦10間の目地11の幅は約10mmである。
【0018】
この実施例では、下から3段目より壁頂部までの範囲にある横方向の目地11を一段おきに選択し、選択された目地11毎に、外壁面Aの側および内壁面Bの側のそれぞれ5箇所から斜め下方向に向けて棒状の補強部材2を挿入して、壁体1の内部に埋設している。
【0019】
図1の正面図(a)では、補強部材2の挿入位置を黒丸で表し、側面図(b)において、壁体1に埋設された補強部材2を点線で表している。
各補強部材2は、各壁面1A,1Bに対してほぼ45度の角度をもって挿入されている。また、外壁面1Aおよび内壁面1Bとも、選択された目地11に対する補強部材2の挿入位置が上下方向に沿って並び、かつ外壁面1Aから挿入された補強部材2と内壁面1Bから挿入された補強部材2とが壁体1の横方向に沿って交互に並んだ状態になる。
【0020】
さらにこの実施例の壁体1には、外壁面1Aおよび内壁面1Bの横方向に、補強部材2が埋設されている。具体的には、斜め方向への補強部材2が挿入されない横方向の目地11のうち、窓部12の上下に位置する目地11(図1中の点線P,Qにより示す位置の目地11)の内部に、それぞれ壁面に沿って補強部材2が埋設されている。
【0021】
図2は、この実施例で使用されている補強部材2の外観を示す。この補強部材2は、有効断面積の径が6mmのステンレスピンであり、外周面21には、全長にわたってねじが切られている。このねじ切りは、固定材(この実施例では、エポキシ樹脂を使用する。)の付着性を向上するためのものであるが、ねじ切りに代えて、たとえば、外周面21の全体にわたって微小な突起を形成するようにしてもよい。
【0022】
図3は、上記構成の補強部材2を横方向の目地11の内部に埋設する工程の手順を、施工対象部位の拡大断面図によって示している。
図3の(1)に示すように、壁体1の上下の煉瓦10,10間にはモルタルによる目地11が介在しており、カッターやグラインダーなどを用いて、この目地11を壁面より全長にわたって削り取り、補強部材2を収容するのに十分な深さの溝15を形成する(図3(2))。たとえば、溝15の幅を8mm程度、深さを20〜30mm程度とする。
【0023】
つぎに、図3(3)(4)に示すように、溝15内にエポキシ樹脂3を注入し、その上から補強部材2を挿入し、固定する。さらに、図3(5)に示すように、溝15が埋まるまでエポキシ樹脂3を補填し、エポキシ樹脂3の表面をならして乾燥させる。これにより、目地11が修復されるとともに、補強部材2が目地11内に埋設された状態となる。
【0024】
図4は、壁体1に斜めに埋設された補強部材2の状態を、拡大断面図により示している。この実施例では、電動ドリルなどを用いて、目地11の定められた位置から穿孔を開始して貫通しない穴14を形成し、穴14内に補強部材2を挿入するとともにエポキシ樹脂3を注入する。補強部材2は穴14から突出しない長さに設定され、エポキシ樹脂3は穴14の開口部が塞がるまで注入される。この場合も、エポキシ樹脂3の表面をならして乾燥させることにより目地11が修復され、補強部材2が壁体1内に埋設されて固定された状態となる。なお、穴14は壁体1を貫通しないように形成されるので、反対側の壁面が傷つくことはない。
【0025】
図3,4に示した方法により補強された壁体1に、水平方向の荷重がかけられた場合には、壁体1の横方向に沿って埋め込まれた補強部材2が歪んで面内曲げやせん断力に抵抗するので、目地11の亀裂破壊は起こりにくい。また、鉛直軸まわりの面外曲げに対しても、同様に、壁体1の横方向に沿って埋め込まれた補強部材2が歪んで抵抗するので、鉛直軸まわりの面外変形を抑制することができる。さらに、水平軸まわりの面外曲げに対しても、壁体1内に斜め方向に沿って挿入された補強部材2が同様に歪んで抵抗するので、壁体1の補強効果は大幅に向上する。
【0026】
なお、上記の実施例では、横方向の目地11のうち、窓部12の近くの目地11にのみ図3の工法を適用して補強部材2を埋め込んでいるが、これに限らず、各壁面1A,1Bの横方向の目地11を所定の段おきに選択して、選択された目地11にそれぞれ図3の工法を適用してもよい。この場合には、外壁面1Aの側における補強部材2の埋め込み位置と内壁面1Bの側における補強部材2の埋め込み位置とが互い違いになるようにしてもよい。
また、壁体1の上方にいくほど変形が大きくなる傾向があることを考慮して、各壁面1A,1Bの上半分に下半分より多くの補強部材2を埋設してもよい。
【0027】
図3の施工の対象とする目地11には、必ずしも、その全長にわたって補強部材2を埋め込む必要はない。たとえば、壁体1の幅が比較的広い場合には、施工対象の目地11を、所定の間隔をおいて削り取って複数の溝15を形成し、これらの溝15毎に補強部材2を埋め込んでもよい。この場合、複数の目地11に補強部材2を埋め込むのであれば、補強部材2を埋め込む位置を目地11毎にずらせることにより、補強効果を高めることができる。
【0028】
また、上記の実施例では、斜め方向の穿孔を施す目地11と溝15を形成して補強部材2を埋め込む目地11とを切り分けているが、これに限らず、溝15が形成された目地11の溝底を穿孔して穴14を形成してもよい。この場合には、穴14への補強部材2の挿入やエポキシ樹脂の注入を行ってから、溝15内に補強部材2を挿入し、最後にエポキシ樹脂により溝15を塞ぐ。
【0029】
つぎに、壁体1の内部に斜めに埋設される補強部材2に関して、上記の実施例では、壁体1の内部における補強部材2の姿勢を2通りに設定したが、これに限らず、各補強部材2の姿勢を統一してもよい。また、穿孔を施す面も両面に限らず、外壁面1A、内壁面1Bのいずれか一方から穿孔してもよい。
【0030】
補強部材2の挿入角度も45度に限らず、壁体1の構成に応じて、適宜、変更することができる。また、厚みが薄い壁体の場合には、各補強部材2を水平に近い状態で挿入してもよい。
【0031】
上記の実施例では、補強部材2として、強度や耐錆性の高いステンレスピンを使用したが、これに代えて、鉄筋やセラミック棒などを用いてもよい。また補強部材2の固定材として、この実施例ではエポキシ樹脂3を使用したが、これに代えてモルタルやポリマーセメントモルタルなどを使用してもよい。
【0032】
つぎに、上記の補強方法による効果を検証するために、発明者らが実施した実験について、説明する。
この実験では、試験用の壁体のモデル(以下、「試験体」という。)を2種類準備した。各試験体の煉瓦積み構造は、いずれも図1に示したものと同様であるが、一方の試験体には補強部材2による補強を一切せず(以下、この試験体を「無補強試験体」という。)、他方の試験体には図1に示したのと同様の補強を施した(以下、この試験体を「補強試験体」という。)。
【0033】
図5は、実験の方法を示す。なお、この図では、試験体を符号1Mにより示しているが、試験体1Mの各部の構成については、図1と同様であるため、符号を省略する。
この実験では、試験体1Mを、上下の支持部材101,102間に挟持した状態で、H鋼(図示せず。)による基台103上に設置し、図中のA点(上から4段目の煉瓦10の側面に設定される。)の水平方向の変位をレーザー変位計(図示せず。)により計測し、計測された変位μを図中の距離L(下から4段目の煉瓦10の側面に設定されたB点からA点までの距離)により除した値を、面内変形を示す変形角Rとして算出している。
式で表すと、R=μ/Lであり、単位はラジアンである。
【0034】
この試験体1Mの上方と一側方(図5では右側方)とに、それぞれ油圧ジャッキを含む荷重機構(図示せず。)を配備し、上方の荷重機構により下向きに一般的な屋根の重さに相当する荷重(20kN)をかけ続け、右側方の荷重機構により試験体1Mの壁頂部に水平方向の荷重をかけ、その荷重を変形角Rに基づき制御して、試験体の押し引きを繰り返し実行した。この押し引きについて、より詳細に説明すると、試験体1Mを押す方向を正の方向、試験体1Mを引っ張る方向を負の方向として、変形角Rが正の目標値付近になるまで試験体1Mを押す処理と、変形角Rが負の目標値付近になるまで試験体1Mを引っ張る処理とを交互に実行するとともに、目標値の絶対値を段階的に大きくした。
【0035】
図6は、上記の実験により得られた変形角Rと復元力Fとの関係を、試験体毎にグラフにして表したものである。なお、ここでいう復元力Fとは、試験体1Mを通常の姿勢に戻せる範囲で試験体1Mにかけられた荷重である。また、正の復元力は試験体1Mを押す方向にかけられた荷重を意味し、負の復元力は試験体1Mを引っ張る方向にかけられた荷重を意味する。
【0036】
以下、実験の結果を説明する。
無補強試験体に対し、上記の実験を実施したところ、復元力が27.9kNに達した時点で目地に亀裂が生じ、復元力の強度が急激に低下した。さらに、目地の破壊が進行し、試験体にロッキング振動が生じる状態となった。ロッキング振動後の復元力は、正負とも20kN付近で維持された。
目地の破壊やロッキング振動が進み、また復元力が増加する見込みがないため、変形角Rが0.02ラジアン付近に達したところで、実験を終了した。
【0037】
補強試験体に対し、上記の実験を実施したところ、復元力が44.3kNに達した時点で目地に亀裂が生じた。この時点の変形角Rは0に近い値であり、亀裂が生じた後も、変形角Rが0.01ラジアンに達するまで復元力の増加が認められた。
変形角Rが0.01ラジアンを超えた後の復元力は若干低下したが、無補強試験体におけるものと比較すると、はるかに高い値を示した。変形角Rも、無補強試験体で確認できた範囲より大きく変動し、正方向においては、最大0.04ラジアンを超える変動が認められた。
【0038】
上記の実験結果をまとめると、補強試験体の目地を破壊するには、無補強試験体で破壊が生じたときの荷重の1.5倍以上の力が必要となった。また、無補強試験体で重篤な破壊が生じたときの荷重(20kN)を補強試験体にかけても、面内変形は殆ど生じず、目地も破壊されなかった。
【符号の説明】
【0039】
1 壁体
2 補強部材
3 固定材(エポキシ樹脂)
10 煉瓦
11 目地
14 孔部
15 溝部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組積材を積み上げて形成された組積造の壁体を補強する方法であって、
前記壁体の横方向の目地を壁面より削り取った後に、その削り取った部分に棒状の補強部材を挿入しかつ接着性のある固定材を充填することにより補強部材を壁体の内部に埋設することを特徴とする組積造の壁体の補強方法。
【請求項2】
組積材を積み上げて形成された組積造の壁体を補強する方法であって、
前記壁体の横方向の目地を壁面より削り取った後に、その削り取った部分に棒状の補強部材を挿入しかつ接着性のある固定材を充填することにより補強部材を壁体の内部に埋設し、
さらに前記壁体の目地に壁面の複数位置から壁体内部に向けて穴を形成した後に、各穴にそれぞれ棒状の補強部材を挿入しかつ接着性のある固定材を充填することにより補強部材を壁体の内部に埋設することを特徴とする組積造の壁体の補強方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−21422(P2011−21422A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168845(P2009−168845)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(307012344)株式会社構造総研 (6)
【Fターム(参考)】