説明

結合素子、バイオセンサ及び生体物質間の相互作用測定方法

【課題】 リガンド物質と脂質膜たんぱく質であるレセプターとの相互作用をより正確な動力学解析や親和性解析を行うための新しい測定系を提供する。
【解決手段】 脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定するために使用される結合素子であって、前記リガンド物質は脂質に結合されたものであることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体物質間の相互作用を検出するための結合素子、バイオセンサ及び生体物質間の相互作用測定方法に関するもので、詳細には、脂質膜たんぱく質をレセプターと、これをリガンドとする物質との相互作用をより正確に測定するためのものである。
【背景技術】
【0002】
本明細書において、生体物質というのは、生命現象にかかわる物質一般を指す。生体物質としては、核酸、mRNAなどのRNA、アミノ酸、ジペプチド、トリペプチドなどのオリゴペプチド、タンパク質などのポリペプチド、単糖、2単糖やオリゴ糖、多糖類などの糖類、ステロイドなどのホルモン類、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどの神経伝達物質、そのほか内分泌攪乱剤、各種薬剤、カリウム、ナトリウム、塩化物イオン、水素イオンなど多種多様な物質が挙げられる。生命科学の分野では生体物質ごとの特性を明らかにし、生命現象を再構築することで生命現象全体を理解できると考えられてきたため、様々な分離法や検出法によって支えられてきた。一方で、20世紀後半より急速に発展したゲノム研究をはじめとするオーミクス研究では、生命現象を構成する要因は遺伝子だけでも数万に及び、これ以外にもゲノム情報に依存せず機能する物質間での相互作用は膨大な数にのぼることが明らかになりつつある。このため、生命現象は生体物質間の複雑な相互作用の結果により構築されているという古典的な解釈が再浮上している。
複雑な生体物質間の相互作用を理解するためには、個々の素反応を詳細に解析し、理解することが不可欠で、膜タンパク質をレセプターとする生体物質間の相互作用を解析することも非常に重要な意味を持つ。細胞は細胞膜によって外部と遮断されているが、完全な不透過膜ではなく外部からの色々な刺激を受け(受容)生命現象における重要な機能を担っている。生体膜の機能の多くは脂質中に存在する膜タンパク質が担っており、これらは全タンパク質の30%を占めている。つまり、情報伝達やイオン輸送、薬剤排泄等の細胞機能は膜タンパク質が担っており、新規薬剤の開発や病気の原因を特定するために、膜タンパク質と相互作用をする物質を解析することは重要な技術である。
生体物質の相互作用を検出する方法としては、溶液系の反応場で検出する方法と固相表面を反応場とし測定する方法がある。前者の方法では、分子間が相互作用した際に生じる熱量を測定する等温滴定カロリメトリー法、核磁気共鳴法(NMR)によって分子の構造変化をモニターする方法、蛍光共鳴エネルギー転移法が挙げられる。また、共焦点レーザーを用いてごく微小領域の蛍光を検出し、その蛍光強度の揺らぎの速さから分子の大きさに関する情報を求め、相互作用を検出する方法がある。
固相表面を反応場として生体物質間相互作用を検出する方法として、表面プラズモン共鳴法や水晶振動子を利用した方法が挙げられる。表面プラズモン共鳴センサは、金属薄膜に全反射する光を入射した際に生じる微弱なエネルギー波(エバネッセント波)が誘電体と接触している金属表面における粗密波と共鳴する事で全反射光が減衰する現象(表面プラズモン共鳴現象)を応用する。表面プラズモン共鳴現象は金属薄膜表面の誘電率によって入射光の角度が変化するため、生体物質間の相互作用を金属薄膜表面の誘電率変化としてモニターする事ができる。水晶振動子は、水晶板の圧電効果を利用し、水晶板に一定の電圧を印加することで一定の周波数で発振する素子を用いる。水晶板表面に負荷される質量や粘性及び弾性の変化によって周波数が変化し、生体分子が相互作用した際に生じる質量負荷の変化を周波数として検出することができる。この他に、表面の屈折率を計測するエリプソメーター、二面編波式干渉法、表面弾性波を利用した方法がある。これら固相表面を反応場として生体物質間相互作用を検出する方法では、測定試料を蛍光等の標識をすることなく測定することができるため、有効な手段である。
【0003】
上記した生体物質間相互作用検出手段においは、特異性、親和性、動力学解析、熱力学パラメータに関する情報を得ることができ、結合メカニズム或いは複合体形成に関与する知見を得ることができる。例えば、抗体のエピトープマッピングやリガンドとレセプターの結合特性を知ることが可能で、治療候補薬のスクリーニングなどにも応用されている。
【0004】
そのなかでも、脂質膜たんぱく質であるレセプターとリガンド物質との相互作用では、脂質膜たんぱく質はリン脂質と複合体を形成していることから脂質表面自体が反応場となり、複雑な相互作用を示すことが知られており、リガンド、レセプター間のより正確な相互作用を計測する手段が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、リガンド物質と脂質膜たんぱく質であるレセプターとの相互作用をより正確な動力学解析や親和性解析を行うための新しい測定系を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するために鋭意検討の結果、次の通り解決手段を見いだした。
本発明の結合素子は、請求項1に記載の通り、脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定するために使用される結合素子であって、前記リガンド物質は脂質に結合されたものであることを特徴とする。
また、請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載の結合素子において、前記脂質は粒子状のリポソームであることを特徴とする。
また、本発明のバイオセンサは、請求項3に記載の通り、請求項1に記載の結合素子の前記脂質側を、固相表面の物理的特性の変化を測定可能なセンサの前記固相表面に固定化したことを特徴とする。
また、本発明の生体物質間相互作用の測定方法は、請求項4に記載の通り、脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記レセプターを固相表面に固定化して、前記リガンド物質を脂質に結合させて結合素子とし、前記レセプターと前記リガンド物質との反応を前記固相表面の物理的特性の変化に基づいて測定することを特徴とする。
また、本発明の生体物質間相互作用の測定方法は、請求項5に記載の通り、脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記リガンド物質を脂質に結合させて結合素子の前記脂質側を固相表面に固定化し、前記レセプターと前記リガンド物質との反応を前記固相表面の物理的特性の変化に基づいて測定することを特徴とする。
また、本発明の生体物質間相互作用の測定方法は、請求項6に記載の通り、脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記レセプターを固相表面に設け、前記リガンド物質を脂質に結合させることにより得られる結合素子と、前記レセプターとの反応を前記固相表面の物理的特性の変化に基づいて測定することを特徴とする。
また、本発明の生体物質間相互作用の測定方法は、請求項7に記載の通り、脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記リガンド物質を脂質に結合させて結合素子とし、前記レセプターに蛍光物質を標識して、蛍光相間分光法により前記結合素子と前記レセプターとの結合を測定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、リガンドが脂質に安定して結合している複合体を結合素子としたため、脂質膜たんぱく質であるレセプターとの相互作用を解析する際には、リガンドと脂質との相互作用を相殺して考えることができる。これにより、より正確な脂質膜たんぱく質のレセプターとリガンドとの相互作用解析が可能となる。また、リガンド物質が脂質との複合体を結合素子として用いることにより、質量や誘電率変化を検出する測定系において感度を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
上記の通り、本発明は、特定の脂質組成に対して特異的な構造をした、脂質膜たんぱく質をレセプターとするリガンド物質を、脂質と安定して結合させて素子としたものである。
【0009】
前記脂質とは、長鎖脂肪酸或いは炭化水素鎖を持つ生物体内に存在或いは生物由来の分子であればよく、単純脂質、複合脂質及び誘導脂質に分類されるものを含むものである。
前記脂質膜タンパク質とは、脂質膜中および膜表面に存在することにより特異的な構造をとり、活性を持つタンパク質であれば制限はなく、例えば、オピオイドκレセプタや、ロドプシンスーパーファミリー等が挙げられる。
前記リガンド物質とは、前記膜たんぱく質であるレセプターと結合する能力をもつ物質であればよく、例えば、天然にはオピオイドペプチド等が挙げられる。このほかに人工的に機能化された合成物質で膜たんぱく質レセプターと特異的に結合する物もこれに含める。
【0010】
次に、本発明の結合素子、即ち、リガンド物質と脂質との複合体を調整するための条件を決定する方法について説明する。
まず、リガンド物質と脂質とが複合体として安定であるためには、互いの親和性が高い必要がある。この親和性を解析するためにセンサを使用する。使用するセンサとしては、リガンド物質と脂質との親和性(結合性)を測定することができるようなQCMセンサや表面プラズモンセンサ等のセンサであれば特に制限するものではないが、ここでは特開2004−150879号公報に記載されている構造のQCMセンサを使用することとする。QCMセンサは、AT-cutの水晶振動子を容量600 μLの試料室底面に配置したもので、感度0.64 ng/cm2である。
【0011】
このQCMセンサの固相表面に、脂質を固定化する。方法としては、アビジンビオチン相互作用や化学的な結合を利用し、リポソーム中にこれらの反応物若しくは官能基を導入したものを用意してリポソームの状態で固定化する方法(非特許文献1:Biochemistry 38,15659-15665(1999))、検出器固相表面に脂質の単層や二重層として固定化する方法(非特許文献2:Biochimica et Biophysica Acta 1462,89-108(1999))、脂質を溶媒に溶解後にセンサ表面に塗布、乾燥させてフィルムとして固定化する方法(非特許文献3:Anal. Chem. 62, 1431-1438(1990))がある。本明細書においては、単層膜を固定化する方法について説明するが、他の方法を用いても同様の結果を得ることが可能である。
【0012】
次に、リガンド物質として副腎皮質刺激ホルモンであるACTHを例として説明する。
ACTHは生物種間で共通の24残基のペプチドで、以下ACTH(1-24)と表記する。ACTHはメラノコルチン受容体(melanocortin receptor: MC-R)の5種類のサブタイプ(MC1〜MC5)のうち、MC3レセプターに対して相互作用することが知られている。ACTH(1-24)は、化学合成の技術であるF-moc固相法を用いて合成した。このペプチドは等電点が8前後で、pHが中性の状態において弱塩基性の特徴を示す。そこで、中性脂質であるDimyristoyl phosphatidylcholine(以下「DMPC」と省略する。)と酸性脂質であるDimyristoyl phosphatidylglycerol(以下「DMPG」と省略する。)から構成される混合膜で、ACTH(1-24)が最も親和性が高くなる脂質組成を調べる。
【0013】
図1を使用して更に具体的に説明する。同図(a)は、QCMセンサ101を用いて脂質105とACTH(1-24)106の親和性を計測する概念図である。
AT-cut水晶板102上に配置された金電極103は、酸素プラズマ及び硫酸と過酸化水素水の混合液(3:1(w/w))によりあらかじめ洗浄し、その後のセンサ101表面に1mMのn-Octadecanethiol溶液をキャストし、1時間、室温で静置する。これにより、金電極103表面にn-Octadecanethiolの自己組織化膜104が形成され、センサ101表面(自己組織化膜104の表面)が疎水性となる。
次に、Small unilamellar vesicle(以下、「SUV」と省略する。)と呼ばれる状態の脂質105を、1 mMの濃度で500μLのphosphate, 0.1 M NaCl, pH 7.4溶液(以下「PBS溶液」と省略する。)に溶かし、これをセンサ101上の自己組織化膜104に接触させることにより、自己組織化膜104に脂質105を単層状態で固定化することができる。SUVは従来の手法を用いて作製すればよく、脂質のフィルムを緩衝液に懸濁後、超音波で小胞にすることによって作製することができる。
脂質105を固定化した、QCMセンサにリガンド物質であるACTH(1-24)106を500μLの10 mM Tris, 150 mM NaCl緩衝液(pH7.4,以下「Tris-HCl buffer」と省略する。)中で添加し、その周波数変化量から親和性を求めることが可能となる。
【0014】
図1(b)は、DMPC膜を固定化した際の得られるQCMの周波数変化の模式図である。↓111の時点で1 μM のACTH(1-24)を添加すると、周波数が減少し、一定時間後に周波数減少が飽和する。繰り返しACTH(1-24)を添加し、各濃度での周波数変化量からその親和性を示す結合(解離)定数が求めることができる。
【0015】
以下、結合(解離)定数を求める方法について記述する。
センサ101上に固定化されている認識物質(A)とそれと相互作用する標的物質(B)は結合し、複合体(C)を形成する。この過程はA+B⇔Cで従う平衡であり、その親和性は数1で定義される結合(解離)定数: Ka (Kd)で定量化することができる(ここで、[A]、[B]、[C]はそれぞれのモル濃度を示す)。
【数1】

センサ101上に固定化されている認識物質(A)の標的物質(B)との結合複合体形成率をθ(=[C]/[A]0)とすると、数2が誘導される([A]0は認識物質(A)の初期濃度を表す)。
【数2】

数2はLangmuirの式と呼ばれ固相表面−液相間相互作用の平衡モデル式である。QCMセンサでは結合による質量変化が周波数ΔFとして計測できるため、全ての認識物質が標的物質と結合した際の周波数変化量ΔFmaxを用いてθはΔF/ΔFMAXのように置き換えることができる。この関係から数2を変形すると、以下の数3及び数4が導き出される。
【数3】

【数4】

上記数1〜4において、認識物質を脂質であるDMPC、標的物質をリガンド物質のACTH(1-24)と置き換え、数4に従いプロットした模式図が図2(a)である。回帰直線の傾き及び切片からDMPCとACTH(1-24)の結合定数Kaが算出される。
【0016】
この結合定数Kaは、大きい程リガンド物質と脂質の親和性が高いことがいえるが、本発明においては、リガンド物質が脂質と複合体を形成するものであればよいため、結合定数Kaは1×10を超えるものであればよいが、前記複合体が安定状態となるためには、結合定数Kaは1×10以上とすることが好ましい。
【0017】
また、脂質が複数のものから構成されている場合には、図2(b)に例示するように、DMPCとDMPGの混合膜において酸性脂質であるDMPGの組成比に対する結合定数Kaの指数値をプロットすることにより、どの組成比において結合定数Kaが最大となるかを判断することができる。図示したものでは、75%DMPC、25%DMPGの脂質組成の混合膜に対してACTH(1-24)の結合定数Kaが極大点を持つことがわかかる。
【0018】
上記説明では結合定数Kaに着目しているが、脂質を固定化したQCMセンサに異なる濃度のリガンド物質を添加し、得られた周波数の経時変化から動力学解析を行うことで、結合速度定数及び解離速度定数を求めることでも同様な結果を得ることができる(非特許文献4:Anal. Chem. 70, 1288-1296(1998))。
【0019】
また、本発明の複合体の結合素子は、リガンド物質が安定した構造をとることが好ましい。この安定した構造とは、前記結合定数を目安にすることができるが、リガンド物質がペプチドもしくはたんぱく質である場合、脂質膜と結合することによって二次構造が変化していることが考えられる。この構造については、固体高分解能核磁気共鳴法(以下、「固体NMR」と省略する。)を用いて脂質と結合したACTH(1-24)の構造に関する解析を例示して説明する。
試料はACTH(1-24)を合成する際、分子中央に位置するVal-13残基のカルボニル炭素を部位特異的に13C安定同位体標識しNMR観測核とする。このACTH(1-24)を5種類の異なる混合脂質比で調製したDMPG/DMPCマルチラメラリポソームに組み込み、脂質表面に結合したACTH(1-24)の局所構造解析を固体NMRにて行う。固体NMRの測定方法は13C核の磁化を90度パルスで直接励起して観測するDD-MAS及びDD-static法を採用する。DD-MAS法では、ペプチド主鎖カルボニル炭素の等方化学シフト値が得られる。等方化学シフト値は二次構造との相関関係が知られており、直接α−へリックス、β−シート、ランダムコイルを識別することが可能である。DD-staticスペクトルからは、化学シフト異方性に関する情報が得られ、分子運動によってスケールされた化学シフト異方性は、ペプチドが等方運動している場合、等方化学シフト値と同じシャープな線形を示し、脂質からのペプチドの遊離の有無に関する知見を得ることができる。
【0020】
上記解析を行うことにより、ACTH(1-24)は脂質組成が75%DMPC、25%DMPGにおいてα−へリックスを形成する安定的な二次構造をとり、且つ、混合脂質表面に結合して安定な結合体を形成していることがわかかる。即ち、ACTH(1-24)の脂質への結合及び脂質上でのフォールディングには脂質における酸性脂質の割合が結合とフォールディングに関して極めて重要な働きを示すことがわかかる。このことから、ペプチドの脂質への結合には疎水性相互作用と静電相互作用のバランスが重要であることを示している。
このように、QCMにより親和性解析と固体NMRでの局所構造を解析により、安定した脂質とACTH(1-24)の複合体をACTH(1-24)が活性化された状態の試料条件を決定することができる。
【0021】
また、本発明において、リガンド物質が結合される脂質は粒子状のリポソームとすることが好ましい。これは、本発明において前記複合体を形成する意義は、脂質膜とリガンド物質とが相互作用したものを複合体に用いることによって、リガンド物質と脂質膜たんぱく質レセプターとの相互作用を計測できるところにあり、その脂質の状態はレセプターの存在する脂質と同じ脂質二重膜の状態であることが望まれるからである。
【0022】
また、本発明のバイオセンサは、前記結合素子の前記脂質側を、固相表面の物理的特性の変化を測定可能なセンサの前記固相表面に固定化することにより得ることができる。
尚、本明細書において、固相表面(固相表面に設けられた電極も含む。)の物理的特性の変化を測定可能なセンサとは、固相表面を反応検出場としたセンサーであればよく、その物理的特性とは、周波数、誘電率等の所得性をいい、例えば、水晶振動子、表面プラズモン、エリプソメトリー、二面編波式干渉法および表面弾性波を利用したセンサ等を挙げることができる。
水晶振動子を使用する場合には、水晶板の両面に設けられた電極のうちの一方の電極に、結合素子を固定化しておき、水晶板の片側をレセプターが含まれる試料溶液に浸し、前記両電極に電圧を所定周波数で印加するようにし、相互作用による水晶板の周波数変動を両電極を介して測定すればよい。
また、表面プラズモンセンサーを使用する場合には、プリズム底面に金属層を設け、そこに結合素子を積層し、プリズム底面を試料溶液を浸漬させ誘電率の変化を測定すればよく、より具体的には、表面プラズモン共鳴現象の減衰ピークの生じる角度変化を測定すればよい。
【0023】
また、本発明における計測方法として、前記固相表面における物理的特性の変化を用いて計測する方法のほかに、蛍光標識した試料を用いて、蛍光分光法による解析を行うことも可能である。これは、蛍光分光法における生体物質の解析方法は歴史が長く、様々な手段を応用することが可能であるからである。
【実施例】
【0024】
次に、本発明の実施例について説明する。
(実施例1)
QCMセンサを用いて、DMPC及びDMPGの混合膜とACTH(1-24)との相互作用を解析した結果を元に、ACTH(1-24)とそのレセプターであるMC3レセプターとの相互作用を行った例を示す。MC3レセプターはヒト胎児腎細胞由来の細胞株であるHEK293をホスト細胞として発現させ、膜分画として調整されている物をPerkinElmer社(カタログ番号:RBXMC3M)から入手することができる。
【0025】
図3(a)は本測定例の概念図である。
QCMセンサ401の金電極上402に75%DMPC、25%DMPGの混合脂質を固定化後、Tris-HCl buffer中で0.5μMのリガンド物質であるACTH(1-24)405を添加し脂質に結合させて、本実施例の結合素子とした。
この後、緩衝液を交換し、500μLの0.05% Tween-20を含むTris-HCl buffer中で25℃にて測定を開始する。細胞分角膜408であるMC3レセプター407を添加することで、ACTH(1-24)405とMC3レセプター407が相互作用しQCMの周波数が減少する。
【0026】
図3(b)は、測定結果の模式図である。MC3レセプターが発現している膜分画試料では、周波数が減少している(411)。これに対し、コントロールとしてMC3レセプターを持たない膜分画試料では周波数が変化せず(412)、ACTH(1-24)とMC3レセプターが相互作用した結果、周波数変化していることがわかった。
このように、脂質にACTH(1-24)が結合した素子を用いることで、MC3レセプターとの相互作用が確認できる。このことから、インヒビター等を組み合わせることで蛍光やIRでの標識をせずに容易にバインディングアッセイが可能となる。
【0027】
(実施例2)
フロー型のSPRセンサを用いて実施例1と同様の膜タンパク質MC3レセプターとリガンド物質であるACTH(1-24)の動力学解析を行った例を示す。
図4は、本測定例の概念図である。リガンド物質であるACTH(1-24)510は、75%DMPC、25%DMPGの脂質組成を持つリポソーム511との複合体を形成しており、結合素子509として用いる。結合素子509は、脂質のリポソーム511のサイズをあらかじめフィルターを通してサイズを20 nmに調整し、ACTH(1-24)510と十分な時間反応させた後、超遠心にて回収することができる。
SPRセンサ501はガラス基板502と金薄膜503から構成されている。MC3レセプター507を含む膜分画506は、センサ501上に日本油脂株式会社から販売されている細胞膜修飾試薬(以下「BAM」と省略する。)505を介して固定化する。BAM505は、オレイル基とNHS基がPEGの両末端に導入されている試薬で、オレイル基が細胞膜に挿入される。また、BAM505の末端にあるNHS基がアミノ基等に容易に反応するため、あらかじめセンサ501表面にBSA504を固定化しておき、これにBAM505を反応させることで、BAM505導入表面のセンサが作製できる。
BSA504のセンサ501表面への固定化方法は、化学的若しくは生物学的に特異的な結合によって固定化する方法と非特異吸着を用いる方法が挙げられる。本例では、非特異吸着を利用した固定化方法を採用する。センサの金薄膜503は酸素プラズマ及び硫酸と過酸化水素水の混合液(3:1(w/w))にて洗浄後、1 mg/mL BSA504のPBS溶液をアプライし1時間反応させることでBSA504を固定化することができる。BSA504を固定化後、1 mMのBAM505のPBS溶液で反応させることでBAM505がセンサ501表面に修飾される。これらの工程はすべて室温で行う。BAM505が導入されたセンサにCM3レセプター507の膜分画506試料をアプライすることでMC3レセプター506を固定化することができる。
CM3レセプター507を含む膜分画506を固定化したSPRセンサ501に0.05% Tween-20を含むTris-HCl buffer緩衝液中に4, 6, 8, 10, 12 μM結合素子508を導入してSPRシグナルの変化を得る。
【0028】
図5(a)は得られるSPRシグナルの模式図で、↓601で示した時点で結合素子508を導入している。結合素子508の導入濃度を変化させることによって、シグナル変化量及びその経時変化が異なることがわかかる(602〜606)。このように得られた結果から、動力学的解析を行うことができる。
結合素子を調整するための条件決定方法において記載したように、固相センサ表面に固定化されている認識物質(A)と標的物質(B)が相互作用し、複合体(C)が形成する過程の結合(解離)定数: Ka (Kd)は数1で定義される。この結合(解離)定数は、結合速度定数k+と解離速度定数k-を用いると数5で与えられる。
【数5】

認識物質(A)と標的物質(B)の結合複合体(C)の生成濃度は、数6で表される。
【数6】

数6において、[C]t→∞は標的物質濃度が[B]の時に平衡に達した複合体Cの濃度である。複合体は時間に対し緩和時定数1/τを持つ一次の指数関数に従って形成されることがわかかる。この1/τは標的物質濃度[B]に依存する。ここで、[C]/[C]t→∞はセンサの変化量比と置き換えることができる。
図5(a)の測定結果であるシグナル変化を数6でフィットし、各ACTH(1-24)濃度におけるシグナル変化の緩和時定数1/τを求めることができる。1/τは式6で示す通り、標的物質(ここではACTH(1-24))濃度に依存した値を示すので、1/τをACTH(1-24)濃度に対してプロットすると図5(b)のグラフを得ることができる。この1/τのプロットの回帰直線からMC3とACTH(1-24)との結合速度定数、解離速度定数及び結合(解離)定数を算出することができる。
このように、質量や表面の誘電率を検出するセンサを用いて、膜分画試料のようなレセプター分子の発現量が制限されたサンプルでは、センサの感度が足りず、動力学解析を行う事は困難な場合が多い。しかし、本例のように、リポソームとリガンド物質との複合体を結合素子として用いることで、感度の増幅を図れるだけではなく、実際のリガンドとレセプターの相互作用を検出することが可能で、より正確な動力学的な解析が可能となる。
【0029】
(実施例3)
蛍光相間分光法(以下「FCS」と省略する。)を用いてACTH(1-24)とMC3レセプターとの相互作用を解析する例を示す。FCS法とは、共焦点レーザーを用いてごく微小領域の蛍光を検出し、分子の大きさの情報を蛍光強度の揺らぎの速さから求める方法である。
図6(a)は、測定をする際の概念図である。実施例2と同様、膜分画701として調整されているMC3レセプター702と、75%DMPC、25%DMPGの脂質組成を持つリポソーム707とACTH(1-24)706の複合体を結合素子705として用いる。MC3レセプター702は、FITC703で標識し、488 nmのレーザーを用いてFITCの蛍光のFCS解析を行う。FITCはフナコシ株式会社から販売されているEZ-Label Protein Labeling Kit(商品コード:#53004)として販売されている物を用いればよい。
測定は、0.05% Tween-20を含むTris-HCl buffer緩衝液中で行った。FITC標識MC3レセプター702を含む膜分画701は、2 nMで固定し、ACTH(1-24)706を0 μMから100 μMまで変化させるようにして結合素子705を混合して測定を行った。ACTH(1-24)706濃度に対してMC3膜分画701と結合素子705との複合体の存在比を図6(b)に模式図として示す。プロット711から、結合定数を求めることが可能である。
このように、本発明では特定の脂質と結合したリガンド物質を用いることで、膜タンパク質レセプターとの相互作用解析を様々な系で行うことが可能となるだけではなく、より正確な相互作用解析ができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】(a)本発明の一実施の形態の結合素子の脂質とリガンド物質との親和性の計測を説明するための概念図、(b)同計測による周波数変化の模式図
【図2】(a)本発明の一実施の形態における結合定数を説明するための模式図、(b)同実施の形態の脂質の組成比を変更した場合の結合定数を説明するための模式図
【図3】(a)実施例1の測定状態を説明するための概念図、(b)同測定結果の模式図
【図4】実施例2の測定状態を説明するための概念図
【図5】(a)実施例2のSPRシグナルの模式図、(b)同SPRシグナル変化を説明するためのグラフ
【図6】(a)実施例3の測定状態を説明するための概念図、(b)同実施例の結合素子とMC3膜分画との複合体の存在比を示す模式図
【符号の説明】
【0031】
101 QCMセンサ
102 AT-cut水晶板
103 金電極
104 自己組織化膜
105 脂質
106 リガンド物質(ACTH(1-24))
401 QCMセンサ
402 金電極
405 リガンド物質(ACTH(1-24))
407 MC3レセプター
501 SPRセンサ
502 ガラス基板
503 金薄膜
504 BSA
505 細胞膜修飾試薬
506 MC3レセプター
507 MC3レセプター
508 結合素子
509 結合素子
510 リガンド物質(ACTH(1-24))
511 リポソーム
701 膜分画
702 MC3レセプター
703 FITC
705 結合素子
706 ACTH(1-24)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定するために使用される結合素子であって、前記リガンド物質は脂質に結合されたものであることを特徴とする結合素子。
【請求項2】
前記脂質は粒子状のリポソームであることを特徴とする請求項1に記載の結合素子。
【請求項3】
請求項1に記載の結合素子の前記脂質側を、固相表面の物理的特性の変化を測定可能なセンサの前記固相表面に固定化したことを特徴とするバイオセンサ。
【請求項4】
脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記レセプターを固相表面に固定化して、前記リガンド物質を脂質に結合させて結合素子とし、前記レセプターと前記リガンド物質との反応を前記固相表面の物理的特性の変化に基づいて測定することを特徴とする生体物質間相互作用の測定方法。
【請求項5】
脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記リガンド物質を脂質に結合させて結合素子の前記脂質側を固相表面に固定化し、前記レセプターと前記リガンド物質との反応を前記固相表面の物理的特性の変化に基づいて測定することを特徴とする生体物質間相互作用の測定方法。
【請求項6】
脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記レセプターを固相表面に設け、前記リガンド物質を脂質に結合させることにより得られる結合素子と、前記レセプターとの反応を前記固相表面の物理的特性の変化に基づいて測定することを特徴とする生体物質間相互作用の測定方法。
【請求項7】
脂質膜たんぱく質であるレセプターと該リガンド物質との相互作用を測定する方法であって、前記リガンド物質を脂質に結合させて結合素子とし、前記レセプターに蛍光物質を標識して、蛍光相間分光法により前記結合素子と前記レセプターとの結合を測定することを特徴とする生体物質間相互作用の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−111713(P2008−111713A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−294368(P2006−294368)
【出願日】平成18年10月30日(2006.10.30)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】