説明

絶縁油の評価方法

【課題】長期間の使用により劣化した絶縁油中のクラスター状態を、容易に短時間で評価することが可能な、絶縁油の評価方法を提供する。
【解決手段】クラスター破壊前の絶縁油とクラスター破壊後の絶縁油をそれぞれ、所定のポア、細管もしくはスリットを有する構造体に通液して自然落下させ、同量のクラスター破壊前の絶縁油の通液時間(t)とクラスター破壊後の劣化絶縁油の通液時間(t)との比、又は、同一時間内における両者の通液量の比から絶縁油のクラスター状態を評価する絶縁油の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、使用済劣化絶縁油のクラスター状態を評価する絶縁油の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁油は、一般に、JISに規格化されている交流絶縁破壊電圧、動粘度、密度、熱伝導度、引火点、流動点、曇り点等の物性によって評価されているが、これは、試験試料が絶縁油として使用するのに適正かどうかを判断するために行うものである。しかし、絶縁油は長期間の使用によって劣化するため、一定時間経過すると交換する。そのため、絶縁油の劣化状態を評価する方法として、絶縁油をシリカゲル、アルミナなどの吸着材に通して絶縁油に含まれる硫黄系、窒素系のヘテロ化合物を吸着させ、吸着材から油分を除去した後、溶剤を吸着材に通し、硫黄系化合物を溶剤と共に回収し、それを分析装置で分析して絶縁油中のスルフォキシド量を測定し、該スルフォキシド量により絶縁油の劣化状態を評価する方法等が提案されている(特許文献1等)。
【特許文献1】特開2001−6946号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、絶縁油の中には既に使用禁止となっているポリ塩化ビフェニル(以下、「PCB」と省略する。)が混入しているものがある。該絶縁油の場合は、PCBを規制値以下に分解した後に絶縁油を廃棄処分する必要があるが、分解試験を実施する際に劣化絶縁油によって大きな反応差が見られることがある。この反応差があると、予め設定した条件で分解試験を実施しても予想した結果を得ることができなくなり、再度の分解処理が必要になるなど作業工程管理が煩雑化するという問題点がある。
【0004】
そこで、上記の反応差が絶縁油中の構成成分同士が形成するクラスターに拠るものであるという仮説を立て、この仮説の下に絶縁油を評価することができれば、PCB分解処理時の作業工程管理が容易になると考えた。
【0005】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、長期間の使用により劣化した絶縁油中のクラスター状態を、容易に短時間で評価することが可能な、絶縁油の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、クラスター仮説の下、上記の反応差が生じる原因を解明するべく鋭意検討を行った。その結果、クラスター形成度合が高いと予想される絶縁油は流動性が悪く、PCBの分解反応も進行し難いが、該絶縁油にクラスターを破壊するための超音波や振とうによる加振、加熱処理或いはクラスター形成を妨害する溶媒による希釈などの前処理を施し、その後にPCB分解試験を実施すると、分解速度が著しく向上することを見出した。従って、流動性を評価すれば絶縁油のクラスター状態を評価可能となり、ひいてはPCB分解処理時の工程管理に利用可能になるとの知見を得て、本発明に到達した。
【0007】
すなわち、本発明(第1の発明)は、クラスター破壊前の絶縁油及びクラスター破壊後の絶縁油をそれぞれ、同一条件下で流動性を測定し、クラスター破壊前の絶縁油の流動性とクラスター破壊後の流動性との比から絶縁油のクラスター状態を評価することを特徴とする絶縁油の評価方法を提供する。前記において流動性の評価は、クラスター破壊前の絶縁油とクラスター破壊後の絶縁油をそれぞれ、所定のポア、細管もしくはスリットを有する構造体に通液して自然落下させ、同量のクラスター破壊前の絶縁油の通液時間(t)とクラスター破壊後の劣化絶縁油の通液時間(t)との比、又は、同一時間内のクラスター破壊前の絶縁油の通液量(w)とクラスター破壊後の劣化絶縁油の通液量(w)との比、を測定してもよい。また、クラスター破壊手段が加温、超音波処理、磁波処理または電磁波処理のいずれかであることが好ましい。
【0008】
また、本発明(第2の発明)は、所定の温度に維持した絶縁油及び絶縁油模擬油をそれぞれ、同一条件下で流動性を測定し、絶縁油の流動性と絶縁油模擬油の流動性との比から絶縁油のクラスター状態を評価することを特徴とする絶縁油の評価方法を提供する。前記において流動性の評価は、所定の温度に維持した絶縁油と絶縁油模擬油をそれぞれ、所定のポア、細管もしくはスリットを有する構造体に通液して自然落下させ、同量の絶縁油の通液時間(t)と絶縁油模擬油の通液時間(t)との比、又は、同一時間内の絶縁油の通液量(w)と絶縁油模擬油の通液量(w)との比、を測定してもよい。
【0009】
前記第1及び第2の発明では、油の温度を20〜60℃の範囲に設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、簡易にしかも短時間に、絶縁油中のクラスター状態を評価することができるので、PCBの分解試験に際して適切な前処理を実施することが可能になり、それによりPCBの吸着処理や分解処理を効率よく実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係る絶縁油の評価方法を説明する前に、上述のクラスター仮説に基づいて、絶縁油とPCBの凝集エネルギーを計算化学で求めた結果を説明する。計算は分子軌道法ソフト(米国Gaussian社製:Gaussian98、富士通製:WinMOPAC3.5Pro)を用い、PM3法にて行ったものである。
【0012】
表1は、絶縁油基油となりうる各種溶媒について、溶媒1分子とPCB1分子との親和エネルギーを求めた計算結果である。なお、エネルギー値が大きいほど、親和性が高いことを意味する。
【0013】
一般に炭化水素同士は親和性があるが、特に鎖状炭化水素の部分とPCBは親和性がある。そのため、これらの溶媒はPCB親和クラスター構造を形成するが、長鎖のアルキルベンゼン(直鎖型及び分岐型)及びドデカンは、クメンに比べて、PCBの炭化水素部分と強く親和する。各親和クラスターは、炭化水素の割合が多い2塩素PCBの方が、炭化水素の割合が少ない5塩素PCBに比べて親和エネルギーが大きい(即ち、強く親和する)。表1の計算結果から、PCBの塩素数が少なくなるほど、吸着や分解が困難になることが推察される。
【0014】
【表1】

【0015】
次に、各溶媒とPCB1分子との親和クラスター構造並びに各溶媒の凝集クラスター構造の安定化エネルギーを計算で求め、クラスターレベルでの各溶媒のPCBの吸着・分解への影響を検討した。表2は、溶媒8分子とPCB1分子との親和エネルギー、溶媒8分子の凝集エネルギー及びPCB8分子の凝集エネルギーを求めた計算結果である。
【0016】
【表2】

【0017】
表2から、鉱油はアルキルベンゼン(直鎖型及び分岐型)と比べてPCBとの親和エネルギーが大きく(即ち、強く親和している)、この結果より、鉱油中に含まれているPCBの吸着・分解には最もエネルギーを要することが推察される。
【0018】
また、ドデカン、アルキルベンゼン(直鎖型及び分岐型)及び鉱油は、PCBとの親和エネルギーは溶媒の凝集エネルギーよりも小さいが、PCBの凝集エネルギーよりも著しく高いため、一旦形成された溶媒とPCBとのクラスターは簡単には破壊されないことが推察される。また、PCB(5塩素)の凝集エネルギーは小さいため、PCBは絶縁油中に分散し、親和クラスターの中心位置に存在していると考えられる。
【0019】
表1及び表2の計算結果から、絶縁油基油となりうる溶媒とPCBとは親和性が有り、しかもPCBと溶媒との親和エネルギー(即ち、安定化エネルギー)はかなり高いレベルにある。よって、PCBを含有する絶縁油中では、PCBと絶縁油(溶媒)とのクラスターが形成されている可能性が高く、しかも一旦形成されたクラスターは容易に破壊されないものであることが推察される。一方、クメンは、PCBとの親和エネルギーが小さいため、上記溶媒の中では最もクラスターを形成し難い溶媒と考えられ、絶縁油の評価方法において模擬絶縁油として用いるのに適した溶媒であると言える。
【0020】
以上説明したように、クラスター仮説は信憑性の高いものであるので、次に本発明に係る絶縁油の評価方法を詳細に説明する。
【0021】
本発明において評価対象となる劣化絶縁油は、変圧器やコンデンサーなどの電気製品に用いられるものであり、具体的にはパラフィン系鉱油、或いは、アルキルベンゼン系、ポリブテン系、アルキルナフタレン系、アルキルジフェニルエタン系、シリコーン油系等の合成油、或いは、パラフィン系鉱油と合成油との混合物等が挙げられる。
【0022】
絶縁油模擬油としては、新品の絶縁油を用いることもできるが、酸化防止剤等の添加物の影響を受けることがなく、常時安定した流動性を維持することができる点より、クメンが好適である。クメンは市販の試薬を用いればよい。
【0023】
絶縁油の評価を行う場合、油は20〜60℃の範囲で所定温度に維持したものを使用することが好ましい。油の温度が20℃未満の場合は、劣化絶縁油及び絶縁油模擬油の流動性が悪いため油の通液速度が遅くなり、評価の正確性と迅速性に反する。一方、油の温度が60℃を超える場合は、劣化絶縁油の流動性が高くなるため、評価の正確性が得られ難くなる。
【0024】
流動性の測定は、対比する絶縁油の流動性を同一条件下で測定かつ比較できる方法で実施すればよい。具体的には、例えば、所定のポア、細管もしくはスリットを有する構造体に絶縁油を通過させ、その時の通過時間或いは通過量を測定する方法により容易に行うことができる。
【0025】
絶縁油の通液試験に用いる構造体のポア、細管、スリットの大きさは任意であり、絶縁油中の構成成分同士が形成するクラスターが通過しにくい大きさを適宜選択すれば、絶縁油の評価を精度よく実施することができる。かかるポアを有する構造体として、例えば、JIS P 3801に規定されている保留粒子径1μmの濾紙(No.5C)等を挙げることができる。該濾紙は低コストで入手が容易であり、作業現場でも特別な装置を使用することなく簡易に濾過操作ができ、しかも使用後は廃棄処分できる点で、好ましい。
【0026】
絶縁油を評価する場合、第1の発明では、選択した構造体を介して劣化絶縁油を自然落下させ、同量の劣化絶縁油が通液するのに要する時間(t)と、該絶縁油に加温、超音波、磁波或いは電磁波などのクラスター破壊処理を施してクラスターを破壊したときの、クラスター破壊後の絶縁油が通液するのに要する時間(t)との比から、絶縁油のクラスター状態を評価する。(t)/(t)が大きくなる程、クラスターが形成されている度合が高いことになる。両者の通液時間を比較する替わりに、一定時間内における通液量を比較してもよい。
【0027】
また、第2の発明では、選択した構造体を介して絶縁油を自然落下させ、同量の劣化絶縁油が通液するのに要する時間(t)と、絶縁油模擬油が通液するのに要する時間(t)との比から、絶縁油のクラスター状態を評価する。(t)/(t)が大きくなる程、クラスターが形成されている度合が高いことになる。この評価方法では、絶縁油模擬油を基準としているので、クラスター破壊処理が不要となり、絶縁油のクラスター状態の相対評価が可能になる利点がある。両者の通液時間を比較する替わりに、一定時間内における通液量を比較してもよい。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例を用いて更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【0029】
(実施例1)
表3に示す性状の絶縁油模擬油であるクメン及び各種劣化絶縁油の動粘度を、絶縁油特性試験JIS C 2101に準拠して測定した。動粘度と評価結果を表3に示した。
【0030】
【表3】

【0031】
表3から明らかなように、絶縁油は、無処理(液温25℃)の状態ではクラスターが形成されているため動粘度が高いのに対し、加温でクラスターを破壊することによって動粘度が大幅に減少されるため、両者の比(t)/(t)を求めることで、絶縁油のクラスター状態を評価可能になる。上記の場合、各絶縁油のクラスター状態は同レベルにあることがわかった。また、クラスター破壊処理を行わなくても同じ液温に保持したクメンと劣化絶縁油の動粘度の比(t)/(t)を求めることでも、クラスター状態を評価可能になることがわかる。また、クメンを絶縁油と同じ液温に保持して測定値(t)、(t4’)を得ることができれば、(t−t)/(t−t4’)でも評価できる。
【0032】
(実施例2)
図1に示す様に、50ml使い捨てシリンジに、JIS P 3801に規定されている濾紙(No.5C)をセットした。シリンジに、表4に示す性状の絶縁油模擬油であるクメン及びPCB添加クメンを入れ、濾紙を通液させた後、ビーカーに自然落下させ、ビーカーに一定量(5ml、10ml)が濾過されるまでの各所要時間(sec)を測定した。通液時間と評価結果を表4に示した。
【0033】
【表4】

【0034】
表4から明らかなように、PCB添加クメンは、無処理(液温25℃)の状態ではクラスターが形成されているため通液時間が長いのに対し、加温及び超音波処理でクラスターを破壊することにより通液時間が大幅に短縮されるため、両者の比(t)/(t)を求めることで、絶縁油のクラスター状態を評価可能になる。この評価結果より、超音波処理を施すことによりクラスター状態は一旦破壊されるが、経時で再形成されることがわかった。
【0035】
また、クラスター破壊処理を行わなくても、同じ液温に保持したクメンと劣化絶縁油の通液時間の比(t)/(t)を求めることでもクラスター状態を評価可能になり、表3及び表4の評価結果より、実油はクメンよりも強固なクラスター状態が形成されていることがわかった。さらに、表4の評価結果より、クラスター破壊処理をしなければクラスター状態は変化しないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明に係る絶縁油の評価方法は、劣化絶縁油におけるクラスター状態を簡易に評価することができるので、PCBの吸着処理や分解処理の工程管理に好適に利用されるが、その他一般の絶縁油の評価にも好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の実施例に係る濾過方法を説明する説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラスター破壊前の絶縁油及びクラスター破壊後の絶縁油をそれぞれ、同一条件下で流動性を測定し、クラスター破壊前の絶縁油の流動性とクラスター破壊後の流動性との比から絶縁油のクラスター状態を評価することを特徴とする絶縁油の評価方法。
【請求項2】
クラスター破壊前の絶縁油とクラスター破壊後の絶縁油をそれぞれ、所定のポア、細管もしくはスリットを有する構造体に通液して自然落下させ、同量のクラスター破壊前の絶縁油の通液時間(t)とクラスター破壊後の劣化絶縁油の通液時間(t)との比、又は、同一時間内のクラスター破壊前の絶縁油の通液量(w)とクラスター破壊後の劣化絶縁油の通液量(w)との比、を測定する請求項1に記載の絶縁油の評価方法。
【請求項3】
クラスター破壊手段が加温、超音波処理、磁波処理または電磁波処理のいずれかである請求項1又は2に記載の絶縁油の評価方法。
【請求項4】
所定の温度に維持した絶縁油及び絶縁油模擬油をそれぞれ、同一条件下で流動性を測定し、絶縁油の流動性と絶縁油模擬油の流動性との比から絶縁油のクラスター状態を評価することを特徴とする絶縁油の評価方法。
【請求項5】
所定の温度に維持した絶縁油と絶縁油模擬油をそれぞれ、所定のポア、細管もしくはスリットを有する構造体に通液して自然落下させ、同量の絶縁油の通液時間(t)と絶縁油模擬油の通液時間(t)との比、又は、同一時間内の絶縁油の通液量(w)と絶縁油模擬油の通液量(w)との比、を測定する請求項4に記載の絶縁油の評価方法。
【請求項6】
油の温度を20〜60℃の範囲に設定する請求項1〜5のいずれかに記載の絶縁油の評価方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−198823(P2007−198823A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−15978(P2006−15978)
【出願日】平成18年1月25日(2006.1.25)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)