説明

絶縁電線及びその製造方法

【課題】 銅を主成分とする導体上に優れた密着性を有する絶縁被膜を形成した絶縁電線を製造する方法、及び当該方法により製造される絶縁電線を提供する。
【解決手段】 塗膜形成用樹脂及ポリサルファイドポリマーを含有する塗料を、硬化後の厚みが4μm以上となる量を導体表面に塗布した後、加熱硬化することにより、導体と絶縁被膜との間に、1サイクルの塗布、加熱硬化で厚み4μm以上のプライマー層を形成する。このようにして形成されるプライマー層は、酸素原子の含有量よりも硫黄原子の含有量の方が多い部分を、前記導体との界面側に有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁被膜の密着性等の機械的強度、特に高温保持後の密着強度に優れた絶縁電線を製造できる方法、及び当該方法により製造した絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁電線としては、銅線に、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドなどの絶縁塗料で被覆したものが、一般に用いられている。これらのうち、トリス(2−ヒドロキシエチルイソシアヌレート)(以下、「THEIC」という)を使用して、分子鎖中にイミド結合及びイソシアヌレート環を導入したポリエステルイミド樹脂を焼き付けたポリエステルイミド線が、耐熱性に優れているという観点から、比較的多量に使用されている。
【0003】
モータの巻線やトランスの巻線に用いられている絶縁電線としては、電線の伸長、摩耗によっても絶縁被膜が剥がれたり、傷ついたりしないように、高度な密着性が要求されることから、これらの絶縁塗料の密着性改善について、種々の研究、開発が行われている。
【0004】
例えば、特開平7−316245号公報(特許文献1)では、イソシアヌレート結合を有するポリエステルイミド樹脂と、syn−トリアジン−2,4,6−トリチオールに代表されるトリアジン化合物を含むエナメル線用ワニスが提案されている。
【0005】
また、特開2006−127958号公報(特許文献2)では、ポリエステルイミド線について、イソシアヌレート環を有するポリエステルイミド樹脂に、チオール化合物、メルカプタン類、アミノチアゾール類、ポリカルボジイミドを含有してなる電気絶縁用樹脂組成物が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−316245号公報
【特許文献2】特開2006−127958号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、導体と絶縁被膜の密着性に対する要求は、過酷になる一方であり、特にワニス含浸処理が行われる場合には、高温での加熱処理後も、優れた密着性を保持していることが求められる。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、導体と導体表面に形成される絶縁被膜の密着強度、特に巻線加工が行われる前の状態だけでなく、巻線加工、ワニス含浸処理後も、優れた密着性を示す絶縁電線を製造する方法、及び当該方法により製造される絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、絶縁被膜と導体との間に、ポリサルファイドポリマーを含有したプライマー塗料を塗布、焼付けてなるプライマー層を介在させることで、導体との密着性が向上することを見出し、高密着性を達成できる絶縁塗料として出願した(特願2008−240631号)。さらに、検討を重ねた結果、本発明の製造方法に到達した。
【0010】
すなわち、本発明の絶縁電線の製造方法は、銅を主成分とする導体上にプライマー層が形成され、該プライマー層上に絶縁被覆層が形成される絶縁電線の製造方法において、前記プライマー層の形成は、塗膜形成用樹脂及ポリサルファイドポリマーを含有する塗料を、硬化後の厚みが4μm以上となる量を前記導体表面に塗布した後、加熱硬化して、厚み4μm以上の塗膜を形成する工程を含むことを特徴とする。前記塗料の塗布及び加熱硬化を1サイクル行うことにより、前記プライマー層を形成することが好ましい。
【0011】
前記ポリサルファイドポリマーは、末端がSH基であり、主鎖が
−R−O−R−O−R−S−S−(式中、R、Rは炭素数1〜3のアルキレン基である)の繰り返し単位で構成されていることが好ましく、前記塗膜形成樹脂は、ポリエステルイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、エポキシ系樹脂、フェノキシ樹脂、ポリエステル系樹脂、及びポリウレタン系樹脂からなる群より選ばれる1種であることが好ましい。
【0012】
本発明の絶縁電線は、銅を主成分とする導体表面にプライマー層が形成され、該プライマー層上に絶縁被覆層が形成されている絶縁電線において、前記プライマー層は、酸素原子の含有量よりも硫黄原子の含有量の方が多い部分を、前記導体との界面側に有していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法によれば、銅を主成分とする導体と絶縁被覆層との間に介在させたプライマー層において、プライマー中に含まれているポリサルファイドポリマーの硫黄原子が、導体(銅)と結合を形成して密着力強化を図ることが可能となる。また、プライマー層中に含まれるポリサルファイドポリマーは、ゴム弾性を有しているので、絶縁被膜にかかる外的ストレスを緩和することにより、絶縁被膜の剥離強度を高めることが可能となる。従って、当該プライマー層を介して、優れた密着性を示す絶縁被覆層を有する絶縁電線を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1の絶縁電線の導体とプライマー層の境界面付近の低加速走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図2】比較例1の絶縁電線の導体とプライマー層の境界面付近の低加速走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図3】実施例1の絶縁電線の導体とプライマー層の境界付近における元素含有量プロファイルを示すグラフである。
【図4】比較例1の絶縁電線の導体とプライマー層の境界付近における元素含有量プロファイルを示すグラフである。
【図5】実施例1の絶縁電線について加熱試験(160℃×6時間)を行った後の導体とプライマー層の境界面付近の低加速走査型透過電子顕微鏡(STEM)写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0016】
〔絶縁電線の製造方法〕
本発明の絶縁電線の製造方法は、導体と絶縁被膜との間に介在させるプライマー層の形成について、前記導体表面に、塗膜形成用樹脂及ポリサルファイドポリマーを含有する塗料を、加熱硬化後の厚みが4μm以上となる量だけ塗布した後、加熱硬化して、厚み4μ以上の塗膜を形成する工程を含んでいる点に特徴がある。以下、詳述する。
【0017】
<導体>
本発明の製造方法が対象とする導体は、銅を主成分とする導体である。後述するプライマー用塗料に含まれるポリサルファイドポリマーは、特に銅に対して、結合形成が可能だからである。
【0018】
<プライマー用塗料>
本発明の製造方法で用いられるプライマー用塗料は、塗膜形成用樹脂及びポリサルファイドポリマーを含み、必要に応じて硬化剤、添加剤などが含有されている。
(1)塗膜形成用樹脂(ベースポリマー)
従来より絶縁ワニスに用いられる公知の樹脂を用いることができる。例えば、ポリエステルイミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、エポキシ系樹脂、フェノキシ樹脂などを用いることができる。これらのうち、特に、耐熱性、耐軟化性、耐溶剤性などに優れるが、過酷な巻線加工性の指標となる耐摩耗性の向上が求められているフェノキシ樹脂において、導体との密着性向上について顕著な効果を得ることができる。
【0019】
(2)ポリサルファイドポリマー
本発明で用いられるポリサルファイドポリマーとは、ジスルフィド結合(−S−S−)を主鎖中に有する液状ポリマーで、且つ末端がSH基のポリマーである。
好ましくは、主鎖が、−R−O−R−O−R−S−S−の繰り返し単位を有するポリマーで、ゴム弾性を有する。
【0020】
上記繰り返し単位において、R、Rはメチレン、エチレン、プロピレン等の炭素数1〜4のアルキレン基であり、より好ましくは―C−O−CH−O−C−S−S−であり、HS−(C−O−CH−O−C−S−S)―C−O−CH−O−C−SHで表わされるポリサルファイドポリマーである。
【0021】
本発明で用いられるポリサルファイドポリマーは、特に限定しないが、重量平均分子量400〜50000であることが好ましく、より好ましくは800〜10000、さらに好ましくは800〜8000である。
【0022】
このようなポリサルファイドポリマーは、機構は明らかではないが、絶縁被膜の導体に対する密着強度、特に絶縁被膜がプライマー層と該プライマー層上に形成された1層または2層以上の上塗り層とからなる場合に、耐摩耗強度を向上させることができる。ポリサルファイドポリマーの末端のSH基が導体の主成分である銅に対して結合を形成し、他方の末端のSH基が、絶縁被膜用塗料中の樹脂(プライマー層構成樹脂)の末端の官能基と反応して結合を形成するためと考えられる。すなわち、導体と絶縁被膜を構成する樹脂との間を、ポリサルファイドポリマーが架橋するような状態になっていると考えられる。ポリサルファイドポリマーはゴム弾性を有しているので、捲き線加工時に加えられる外的ストレス、すなわち、絶縁被膜に負荷された摩擦力に対して、絶縁被膜構成樹脂が追随することで、導体に対して、絶縁被膜(特に上塗り層)が相対的に移動するようなことがあっても、導体と絶縁被膜構成樹脂(特にプライマー層構成樹脂)との間に介在しているポリサルファイドポリマーが緩衝剤的役割をはたして、導体表面から絶縁被膜構成樹脂(特に上塗り層)が剥離することを防止できると考えられる。
【0023】
ポリサルファイドポリマーは、塗料に含まれるプライマー層構成樹脂100質量部あたり、0.5〜25質量部程度含まれることが好ましく、より好ましくは1.0〜20質量部である。0.5質量部未満では、ポリサルファイドポリマーによる密着性向上効果が小さく、一方、多くなりすぎると、ポリサルファイドポリマーに含まれる硫黄により、銅が硫化酸化される割合が高くなりすぎる傾向にあるからである。
【0024】
(3)硬化剤
塗膜形成樹脂の硬化剤を含んでいてもよい。当該硬化剤としては、上記ベースポリマーの種類にもよるが、例えば、OH基、エポキシ基を有するエポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、あるいはポリエステルイミド等の末端にOH基、COOH基、NH基を有するようなポリマーの場合、イソシアネート系硬化剤が好ましく用いられる。
【0025】
イソシアネート系硬化剤としては、例えば、トリレンジイソシアネート(TDI)、p−フェニレンジイソシアネート、ナフタリンジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート;ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,2,4−トリメチルへキサンジイソシアネート、リジンジイソシアネートなどの炭素数3〜12の脂肪族ジイソシアネート;1,4−シクロへキサンジイソシアネート(CDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(水添MDI)、メチルシクロへキサンジイソシアネート、イソプロピデンジシクロヘキシル−4,4’−ジイソシアネート、1、3−ジイソシアナトメリルシクロへキサン(水添XDI)、水添TDI、2,5−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン、2,6−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタンなどの炭素数5〜18の脂環式ジイソシアネート;キシリレンジイソシアネート(XDI)、テトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)などの芳香環を有する脂肪族ジイソシアネート;これらのジイソシアネートの変性物などのイソシアネート基をブロックしたブロックイソシアネートが挙げられ、これらは、それぞれ単独又は2種以上混合して用いることができる。このようなイソシアネート系硬化剤は、通常、ポリエステルイミド100質量部あたり、1〜20質量部含有され得る。
【0026】
末端にOH基、COOH基、エポキシ基のように、アミンと反応できる官能基を有するベースポリマーでは、メラミン化合物が、硬化剤として用いられ得る。メラミン化合物としては、例えば、メチルメラミン、ブチル化メラミン、メチロール化メラミン、ブチロール化メラミンなどが挙げられ、これらはそれぞれ単独または2種以上混合して用いることができる。
【0027】
(4)その他の添加剤
上記成分の他、シランカップリング剤やチタネートカップリング剤等の架橋剤を含有してもよく、OH基含有樹脂に対しては、テトラプロピルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラメチルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネート等のチタンアルコキシドが好ましく用いられる。
【0028】
また、ポリサルファイドポリマーの硬化剤が含まれていてもよい。ポリサルファイドポリマーの硬化剤としては、パラキノンジオキシム、過酸化亜鉛、二酸化鉛、二酸化マンガン、過酸化カルシウムなどが挙げられる。
【0029】
さらに必要に応じて、本発明の目的が阻害されない範囲で、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、酸化防止剤、レべリング剤等の各種添加剤が含有されていてもよい。
【0030】
さらに、プライマー用塗料には、通常、有機溶剤が含まれる。前記有機溶剤としては、プライマー層構成樹脂を溶解できるものであればよく、例えば、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ−ブチロラクトンなどの極性有機溶媒をはじめ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロへキサノンなどのケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、シュウ酸ジエチルなどのエステル類;ジエチルエステル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールメチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類;ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭化水素化合物;ジクロロメタン、クロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素化合物;クレゾール、クロルフェノールなどのフェノール類;ピリジンなどの第三級アミンなどが挙げられ、これらの有機溶媒は、それぞれ単独で又は2種以上混合して用いることができる。
【0031】
有機溶剤は、プライマー用塗料における固形分含有率が30〜60質量%程度となるように用いられる。
塗膜構成樹脂に代えて、市販の絶縁ワニスを用いる場合には、当該絶縁ワニスに、当該絶縁ワニスの固形分100質量部に対して0.5〜25質量部、好ましくは1.0〜20質量部となるように、ポリサルファイドポリマーを添加することによっても製造できる。
【0032】
なお、本発明で用いるプライマー塗料としては、市販の絶縁ワニスに、ポリサルファイドポリマーを所定比率で配合することによって調製してもよい。
使用できる市販の絶縁ワニスとしては、例えば、日立化成工業製のIsomid40SM45、大日精化社製のEH402−45、FS304、FS201、日触スケネクタディ社のアイソミッド、ゼネラルエレクトリック社製のイミデックス等のエステルイミドワニス;デユポン社製パイルML、東レ社製トレニース#2000、#3000当業者のポリイミド塗料;日立化成社製のHI−400、HI−405、HI−406等のポリアミドイミド塗料などが挙げられる。
【0033】
<プライマー層の形成>
本発明の製造方法は、上記導体上に、上記組成を有するプライマー用塗料を、塗布、乾燥することによりプライマー層を形成する方法であり、上記組成を有するプライマー用塗料を、硬化後の厚みが4μm以上となる量塗布した後、加熱硬化することにより、厚み4μm以上の塗膜を形成する工程を含む。
【0034】
プライマー層は、導体と絶縁皮膜との密着性向上のために設けられ、通常、厚み1〜10μmである。しかしながら、本発明では、1回目の塗布工程で、少なくとも4μm以上のプライマー層を形成する。4μm未満では、十分量のポリサルファイドポリマー量を導体界面に供給できず、その結果、所期の密着性を達成できない傾向が高くなるからである。さらに、本発明の製造方法では、プライマー層の形成において、まず導体表面に、厚み4μm以上となる量のプライマー用塗料を塗布した後、加熱硬化して、導体表面に、塗布及び加熱硬化1サイクルにより、厚みが4μm以上の塗膜を形成する点に特徴を有する。硬化前の塗料層の状態で、4μm以上という厚膜状態を形成することにより、塗料中のポリサルファイドポリマーが導体界面側に移動して、導体界面側にポリサルファイドポリマー、特に硫黄原子がリッチとなっている層を形成できる。そして、導体表面に存在するポリサルファイドポリマーは、硫黄原子が導体の銅と結合を形成することにより、導体と塗膜との密着強度を高めることができると考えられる。
【0035】
このことは、プライマー用塗料を塗布、加熱硬化というサイクルを複数繰り返すことにより、厚み4μm以上の塗膜を形成するする場合には、得られない効果である。ポリサルファイドポリマーの密着性向上効果は、銅と結合を形成することにより達成されると考えられるからである。ポリサルファイドポリマーが銅界面に供給されることが必要であり、かかる点において、導体表面に硬化膜が形成された後、ポリサルファイドポリマーを含有するプライマー塗料を後塗布しても、後塗布したプライマー塗料中のポリサルファイドポリマーは、導体表面にまで移行できず、密着性向上に十分寄与できないためである。
【0036】
プライマー塗料の導体への塗布作業方法は特に限定せず、浸漬法、カーテンフローコーティング、スプレーコーティングなどを採用できるが、通常、塗料に導体を浸漬することにより行われる。
浸漬し、1〜100m/minの引き上げ速度で導体を引き上げ、所定内径のダイスに通過させることによって行うことが、プライマー層の厚み調節、生産性の観点から好ましい。ダイスの通過は、塗料からの導体引き上げ時に行うことができる。塗料への浸漬、ダイスの通過は、1回だけでなく、複数回行ってもよい。
【0037】
ダイスを通過させた電線を、続けて加熱して、プライマー塗料を硬化する。加熱方法は、特に限定せず、熱風乾燥、オーブン、高周波加熱など、従来公知の方法により行うことができる。
【0038】
加熱温度は、塗料の乾燥、焼付できる温度であり、塗料に用いられている塗膜形成用樹脂及び硬化剤の種類により適宜選択される。
例えば、ポリエステルイミド系塗料の場合、350〜500℃程度の炉内を、1パスあたり10秒〜30秒間(10回引きなら100秒〜300秒間)、通過させることにより行うことが好ましい。焼きつけにより、耐熱性、耐摩耗性にすぐれたプライマー層を得ることができる。
【0039】
本発明の製造方法は、以上のような塗料の塗布、加熱硬化という連続作業を1サイクルとして、この1サイクルの作業で、厚み4μm以上の塗膜を形成する。
プライマー層は、1サイクルの塗布、加熱硬化により形成される厚み4μm以上の塗膜のみで構成してもよいし、まず導体との境界面に厚み4μm以上の塗膜を形成した後、さらに、プライマー用塗料を塗布、加熱硬化を繰り返して、さらに厚膜のプライマー層を形成してもよい。
【0040】
〔絶縁電線〕
本発明の絶縁電線は、上記本発明の製造方法で作製されるものである。すなわち、銅を主成分とする導体表面にプライマー層が形成され、該プライマー層上に絶縁被覆層が形成されている絶縁電線において、前記プライマー層は、酸素原子の含有量よりも硫黄原子の含有量の方が多い部分を、前記導体との界面側に有していることを特徴とする。
【0041】
プライマー層全体におけるポリサルファイドポリマーの含有率は、塗料の全固形分に対するポリサルファイドポリマーの含有率に該当し、0.49〜20質量%程度が好ましく、より好ましくは1〜17質量%程度である。
【0042】
しかしながら、本発明の絶縁電線では、上記本発明の製造方法に依拠して、導体とプライマー層との界面に形成されている塗膜(厚み4μm以上)において、導体側界面には、硫黄がリッチに存在し、導体から離れるにしたがって、酸素の含有割合が増え、さらには銅の含有割合が減少する。
このことは、銅が塗料のポリサルファイドの硫黄原子と反応して、結合形成するとともに、ポリサルファイドポリマーと結合形成しなかった銅が酸化されてい酸化銅が形成されたためと考えられる。
【0043】
導体の主成分である銅とプライマー用塗料に含有されているポリサルファイドポリマー中のSH基とが結合を形成し、さらにポリサルファイドポリマーの他端のSH基が塗膜形成樹脂との間で、水素結合等を形成することにより、導体とプライマー層との密着強度が高まる。このような架橋結合は、160℃で6時間というようなワニス含浸処理後であっても、保持することができる。従って、本発明の絶縁電線の絶縁被膜は、初期の密着性だけでなく、高温処理後も優れた密着性を有する。
【0044】
本発明の絶縁電線は、上記のようなプライマー層上に、少なくとも1層以上の上塗り層を有している。
上塗り層の組成としては特に限定せず、従来より絶縁被膜に用いられているポリエステルイミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、フェノキシ系樹脂などを用いることができる。上塗り層構成樹脂は、プライマー層構成樹脂と同じであってもよいし、異なっていてもよく、絶縁電線の用途に応じて適宜選択される。
【0045】
上塗り層の膜厚は10〜30μm程度が好ましい。また、上塗り層が2層以上で構成される場合、絶縁電線の最表層の上塗り層は、潤滑性を有する被膜、例えば、高潤滑ポリイミド、高潤滑アミドイミドなどで構成されることが好ましい。
【実施例】
【0046】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0047】
〔測定評価方法〕
はじめに、本実施例で行なった評価方法について説明する。
【0048】
(1)プライマー厚み(μm)
電線をエポキシ樹脂にてモールドした後、断面を切り出し、顕微鏡観察により膜厚を測定した。
【0049】
(2)引掻き削れ荷重(kgf)
絶縁電線に直交させてピアノ線を重ね合わせ、種々の重さの荷重をかけた状態で絶縁電線を引き抜いた際に、絶縁皮膜に損傷が生じた荷重(引掻き削れ荷重)(g)を記録した。
【0050】
(3)初期密着性
JIS C3003の密着性(ねじり法)に準拠して、皮膜の密着性を測定した。すなわち、スクレーパを用いて、電線の上下の皮膜部分を導体に達するまで取り除いた試験片を作成し、当該試験片について、所定荷重で捻じり、残った側面部の皮膜が浮き上がるまでのねじり回数を測定した。
【0051】
(4)加熱後密着性
(3)で作製した試験片について、160℃で6時間保持した後、(3)と同様の方法で、皮膜が浮き上がるまでのねじり回数を測定した。
【0052】
〔プライマー用塗料の調製〕
東都化成社製のビスフェノールA型フェノキシワニスBP9−27(固形分27%)1000質量部に、硬化剤としてブロックイソシアネート(日本ポリウレタン社のMS−50)108質量部及び溶媒としてクレゾール190.4質量部を投入し、系内の温度を100℃まで昇温し、同温度で2時間、攪拌しながら加熱することにより溶解させた。得られた溶液を室温まで冷却した後、チタン系硬化剤(テトラブチルチタネート)を10.8質量部投入し、1時間攪拌した後、液状ポリサルファイドとして東レファインケミカル社のチオコールLP3(商品名)を32.4質量部添加し、さらに1時間攪拌することにより、プライマー用塗料を調製した。
【0053】
〔汎用ポリアミドイミド(汎用PAI)ワニスの調製〕
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器および窒素吹き込み管が取り付けられた1L容のフラスコ内に、窒素吹き込み管から毎分150mLの窒素ガスを流しながら、無水トリメリット酸1.95gおよびメチレンジイソシアネート(三井武田ケミカル(株)製、商品名:コモネートPH)233.2gを投入した。
次に、フラスコ内に、溶媒としてN−メチル−2−ピロリドン536gを添加し、攪拌器で攪拌しながら、80℃で3時間加熱した後、約4時間かけて系内の温度を120℃まで昇温し、同温度で3時間加熱した。その後、加熱を止め、フラスコ内にキシレン134gを添加して内容液を希釈した後、放冷し、不揮発分含量が35重量%であるポリアミドイミド樹脂ワニスを調製した。
【0054】
〔高潤滑ポリアミドイミド(高潤滑PAI)ワニスの調製〕
上記で調製した汎用PAIの固形分量100質量部に対してポリエチレンワックス1.5質量部の割合で、汎用PAIとポリエチレンワックスを混合することにより、ポリアミドイミド樹脂ワニスを調製した。
【0055】
〔絶縁電線の作製〕
実施例1:
調製した絶縁被膜用塗料が入ったタンクに、径1.0mmの銅線を浸漬し、所定内径を有するダイスを通過させて塗料厚みを調節した後、温度350〜500℃に設定した炉内を通過させることにより、塗料を加熱硬化して、被膜厚み4μmのプライマー層を形成した。
次いで、汎用エステルイミドワニス(日立化成工業社のIsomid40SM45)、上記で調製した汎用ポリアミドイミドワニス、高潤滑ポリアミドイミドワニスを用いて、各順に塗布、焼付を行うことにより、表1に示す皮膜構成を有する絶縁電線を作成した。
【0056】
比較例1、2:
表1に示すように、層構成を変更した。すなわち、比較例1では、プライマーの塗布量を減量して、プライマー層(1層目)の厚みを薄くするとともに2層目をその分だけ厚くし、比較例2では、塗布および加熱硬化を2サイクル行うことで実施例1と同じ厚みのプライマー層(1層目)を形成して、絶縁電線を作製した。
【0057】
【表1】

【0058】
参考例:
プライマー層を形成せず、また絶縁被膜として汎用エステルイミドに代えて、高密着タイプのポリエステルイミドワニスを用いて、導体上に、直接、絶縁被膜(2層目)を形成した。高密着エステルイミド層を分厚くすることにより、トータルの皮膜厚みが実施例、比較例と等しくなるように調節した。
【0059】
以上のようにして作成した絶縁電線の引掻き削れ荷重、密着性を、上記評価方法に従って測定評価した。結果を表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
1サイクルの塗布および加熱硬化により、厚み4μm以上のプライマー層を形成した実施例1は、プライマー層厚みが薄い比較例1、塗布及び加熱硬化を2サイクル行うことによって厚み4μm以上のプライマー層を形成した比較例2と比べて、引掻き削れ荷重、初期密着性、加熱後密着性のいずれも優れていた。特に加熱後密着性については、プライマー層を介在させていない参考例では加熱しただけで皮膜の浮きが認められ、また最初に導体表面に形成した塗膜が4μm未満である比較例1、2については加熱のみでは浮きは生じなかったものの、初期密着性の1/4以下にまで低下した。これに対して、実施例1の加熱後密着性は、初期密着性よりは劣っていたものの、その低下の程度は小さかった。
【0062】
実施例1及び比較例1の作製直後の絶縁電線について、導体とプライマー層の境界面付近の低加速走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。顕微鏡写真を、それぞれ図1及び図2に示す。実施例1では、銅(白色部分)と樹脂部分(黒色部分)との間に、硫化銅と思われる層が、比較例1よりも分厚く存在していることが確認できた。
【0063】
さらに、実施例1と比較例1について、走査型透過電子顕微鏡(STEM)で、導体とプライマー層の境界付近における元素含有量プロファイルを測定した。各測定結果を、図3及び図4に示す。図において、太線は硫黄原子の含有量を示し、細線は酸素含有量を示している。導体から100nm付近までにおいて、実施例1では、硫黄の含有量が高くなっていることが確認できる。
【0064】
さらに、実施例1の絶縁電線について、160℃で6時間放置した後、導体とプライマー層の境界面付近を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)で観察した。顕微鏡写真を図5に示す。銅表面にまず硫黄及び銅がリッチに存在する層が形成され、その上に酸素、銅、炭素、硫黄を含有する層が形成され、さらにその上に銅、酸素、炭素がリッチに存在する層が形成され、その上に樹脂層(黒色部分)が形成されていることがわかった。ポリサルファイドポリマーを含有するプライマー塗料を用いてプライマー層を形成した場合、ポリサルファイドポリマーの硫黄原子部分が導体表面にリッチに存在し、銅と結合を形成することで、優れた密着性を達成できると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の絶縁被膜用塗料は、初期密着性、耐摩耗性、耐熱性に優れ、しかも高温、長時間保持した後も優れた密着性を保持しているので、過酷な巻き線加工、ワニス含浸処理が行われるマグネットワイヤ、例えば、小型化、省電力化の要請に応えるモータの巻線やトランスのコイル用絶縁電線として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅を主成分とする導体上にプライマー層が形成され、該プライマー層上に絶縁被覆層が形成される絶縁電線の製造方法において、
前記プライマー層の形成は、塗膜形成用樹脂及ポリサルファイドポリマーを含有する塗料を、硬化後の厚みが4μm以上となる量を前記導体表面に塗布した後、加熱硬化して、厚み4μm以上の塗膜を形成する工程を含むことを特徴とする絶縁電線の製造方法。
【請求項2】
前記塗料の塗布及び加熱硬化を1サイクル行うことにより、前記プライマー層を形成する請求項1の製造方法。
【請求項3】
前記ポリサルファイドポリマーは、末端がSH基であり、主鎖が
−R−O−R−O−R−S−S−(式中、R、Rは炭素数1〜3のアルキレン基である)の繰り返し単位で構成されている請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記塗膜形成樹脂は、ポリエステルイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、エポキシ系樹脂、フェノキシ樹脂、ポリエステル系樹脂、及びポリウレタン系樹脂からなる群より選ばれる1種である請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
銅を主成分とする導体表面にプライマー層が形成され、該プライマー層上に絶縁被覆層が形成されている絶縁電線において、
前記プライマー層は、酸素原子の含有量よりも硫黄原子の含有量の方が多い部分を、前記導体との界面側に有していることを特徴とする絶縁電線。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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