説明

絹フィブロイン粉末の製造方法

【課題】脆化処理での収率を高め、絹本来の結晶構造が持つ性質を残した絹フィブロイン粉末を得ることのできる絹フィブロイン粉末の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る絹フィブロイン粉末の製造方法は、絹原料を中性塩水溶液に投入し、該中性塩水溶液を加熱して絹原料を膨潤させる工程と、絹原料を膨潤させた後、中性塩水溶液にアルカリまたは酸を投入して絹原料を脆化する工程と、中性塩水溶液に酸またはアルカリを投入して中和する工程と、中和した溶液を脱水して脆化した絹原料を取り出す工程と、取り出した絹原料を洗浄する工程と、洗浄した絹原料から脱水する工程と、脱水した絹原料を乾燥させる工程と、乾燥した絹原料を粉砕する工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は絹フィブロイン粉末の製造方法に関し、特にその製造工程中の脆化処理での収率の向上を図ることのできる絹フィブロイン粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絹フィブロイン粉末を得るには、絹原料を脆化して、すなわち分子鎖を適宜寸断して後、粉砕処理する必要がある。
従来行われていたアルカリ脆化を用いた絹フィブロイン粉末の製造方法(特開2008-115316号公報)は絹原料を水酸化ナトリウムで脆化処理した後、塩酸で中和し、脱水、洗浄、脱水、乾燥を行い、ボールミルにて粉砕するものである(図2)。
また、特開平06-70702号公報に示されるものでは、中性塩とアルカリを溶解した水溶液に絹原料を投入して、絹原料を加水分解し、中和処理などして絹フィブロイン粉末を製造している。
【特許文献1】特開2008-115316号公報
【特許文献2】特開平06-70702号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1に示される方法では、絹フィブロイン粉末の収率はせいぜい40〜50%と低く、したがってコストがかかるという問題があった。また、脆化進行にバラツキがあり、脆化処理後におこなう粉砕処理で粒径にバラツキが生じてしまうという問題もあった。
また、特許文献2に示される方法では、完全に絹原料を加水分解することで溶解させてしまうため、絹本来の結晶構造が持つ性質が必ずしも生かされていないという欠点があった。また、溶解させてしまうために絹フィブロイン粉末の収率も低かった。
本願は上記課題を解決するものであり、脆化処理での収率を高め、絹本来の結晶構造が持つ性質を残した絹フィブロイン粉末を得ることのできる絹フィブロイン粉末の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明に係る絹フィブロイン粉末の製造方法は、脆化した絹原料を粉砕して粉末にする絹フィブロイン粉末の製造方法において、絹原料を中性塩水溶液に投入し、該中性塩水溶液を加熱して絹原料を膨潤させる工程と、絹原料を膨潤させた後、中性塩水溶液にアルカリまたは酸を投入して絹原料を脆化する工程とを含むことを特徴とする。
また、本発明は、絹原料を中性塩水溶液に投入し、該中性塩水溶液を加熱して絹原料を膨潤させる工程と、絹原料を膨潤させた後、中性塩水溶液にアルカリまたは酸を投入して絹原料を脆化する工程と、中性塩水溶液に酸またはアルカリを投入して中和する工程と、中和した溶液を脱水して脆化した絹原料を取り出す工程と、取り出した絹原料を洗浄する工程と、洗浄した絹原料から脱水する工程と、脱水した絹原料を乾燥させる工程と、乾燥した絹原料を粉砕する工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、まず、絹原料を中性塩水溶液で処理することによって、一定方向に配向して延伸した状態にある絹原料を、その分子鎖の配向性を弱め、分子鎖が縮まってほぐれたような状態とし、その後、アルカリまたは酸処理を行うことで、絹原料をその外表面を加水分解させずに内部まで脆化させることができる。これにより、絹原料の加水分解による溶解を極力抑えることができ、かつ内部まで脆化できるため、粒径のバラツキ少なく粉砕でき、また収率を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下本発明の好適な実施の形態を詳細に説明する。
絹原料は、蚕の口から放出された際に、分子鎖が一定方向に配向し延伸した状態にある。
アルカリは、絹ペプチドの分子鎖を切ることで絹原料を脆化させているが、分子鎖が一定方向に配向し延伸した状態にある絹原料に、当初から直接にアルカリを作用させる特許文献1あるいは2のような方法では、その脆化の進行は外部表面からであり、そのため内部まで脆化を進めようとすると外部表面は完全に溶解した状態(加水分解)になってしまう。その溶解した状態の絹ペプチドは回収不能または回収するにしろコストが余計に必要であり、したがって収率が悪くなってしまう。また、絹本来の結晶構造が持つ性質を失ってしまうのである。
【0007】
また、特許文献1、2のいずれの方法も、例えばアルカリでの処理を軽くし、外部表面の溶解を少なくしようとすると、脆化が弱く、繊維状のものが残って、ボールミル等での粉砕が十分行えず、前記のように粒径にバラツキが生じる不具合があったのである。
【0008】
この点、本発明では、上記のようにまず最初に中性塩での処理を行う。中性塩での処理は、絹原料を膨潤させるものであり、その分子鎖を切らずに解いたり伸ばしたりできる。すなわち、この絹原料を中性塩水溶液で処理することによって、一定方向に配向して延伸した状態にある絹原料は、その分子鎖の配向性が弱まり、ランダムな状態となり、言わば、分子鎖が縮まってほぐれたような状態となる。低濃度の中性塩単体では絹原料はほとんど脆化しない。
【0009】
このように中性塩を用いて分子鎖を解いたり伸ばした状態にし、その後その状態のままアルカリまたは酸処理をすることで、絹原料をその外表面を加水分解させずに内部まで脆化させることができた。このように、加水分解による溶解を極力抑えることができ、かつ内部まで脆化できるため、粒径のバラツキ少なく粉砕でき、また収率を高めることができた。
【0010】
前記中性塩に、絹原料に塩縮加工を行うことができる中性塩、例えば、塩化カルシウム、臭化カリウムまたは硝酸カルシウムを好適に用いることができる。
この中性塩水溶液に絹原料を投入し、95℃程度に加温して膨潤処理を行う。
【0011】
脆化処理は水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム等のアルカリを用いて、やはり高温下で行う。
なお、アルカリの代わりに、塩酸またはリン酸を用いることもできる。
【実施例】
【0012】
以下に実施例および比較例を説明する。
〔実施例1〕
1)水1Lに絹原料(ブーレット)を50gと中性塩(塩化カルシウム2水和物)50g投入し95℃加熱を30分間おこなった。
2)少量の水に溶かした水酸化ナトリウム5g投入し2時間加熱した。
3)塩酸で適当に中和処理を行う。
4)処理物を適当に脱水する。
5)水洗い洗浄をする
6)再度脱水する。
7)電気乾燥機で80℃で3時間程度かけ乾燥させる。
8)ボールミルを用いて粉砕する。
本実施例での乾燥時点での収率は62%であった。
【0013】
〔実施例2〕
水酸化ナトリウム2.5g投入し、4時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は65%であった。
【0014】
〔実施例3〕
塩化カルシウムを20g投入した以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は77%であった。
【0015】
〔実施例4〕
塩化カルシウムを20g、水酸化ナトリウム2.5g投入し、4.5時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は72%であった。
【0016】
〔実施例5〕
塩化カルシウムを10g投入し、2時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は72%であった。
【0017】
〔実施例6〕
塩化カルシウムを10g、水酸化ナトリウム2.5g投入し、5時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は68%であった。
【0018】
〔実施例7〕
塩化カルシウムを5g、水酸化ナトリウム5g投入し、2.5時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は74%であった。
【0019】
〔実施例8〕
塩化カルシウムを5g、水酸化ナトリウム2.5g投入し、5時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は70%であった。
【0020】
〔比較例1〕
塩化カルシウムを入れない以外は実施例1と同様である。
本比較例での乾燥時点での収率は56%であった。しかしながら脆化が進まず粉砕が進まなかった。
【0021】
〔比較例2〕
塩化カルシウムを入れないで、3時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本比較例での乾燥時点での収率は41%であった。3時間にしたら脆化は進んだが収率が悪くなった。
【0022】
〔比較例3〕
塩化カルシウムを入れないで、水酸化ナトリウムではなく炭酸ナトリウムに変えて10g投入し、8時間加熱する以外は実施例1と同様である。
本実施例での乾燥時点での収率は74%であった。しかしながら脆化が進まず粉砕が進まなかった。
【0023】
上記実施例と比較例の結果を表1に示す。
表1

【0024】
表1に示されるように、実施例1〜8、及び比較例1〜3から中性塩(塩化カルシウム)を入れることにより乾燥時点での収率が高くなり、その後の粉砕処理に好適であることがわかる。また、脆化進行が均一であり、比較例で生じたような脆化処理でのバラツキがなく、後におこなう粉砕処理でも均一的な粒径に仕上げることが出来た。
なお、比較例1、3でも収率は比較的高いが、これは脆化が弱く、粉砕が十分できず、粒径のバラツキが大きいままの、全体の収率として計算しているからである。粒径のバラツキが大きく、製品としては不適格である。
【0025】
なお、中性塩に、塩化カルシウムの代わりに、臭化カリウムあるいは硝酸カルシウムを用いた場合もほぼ同様な好結果を得た。
また、脆化処理は水酸化カリウムを用いた場合も同様の結果を得た。
また、アルカリの代わりに、塩酸またはリン酸を用いた場合も同様の脆化処理が行えた。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本実施の形態における工程図である。
【図2】従来例の工程図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脆化した絹原料を粉砕して粉末にする絹フィブロイン粉末の製造方法において、
絹原料を中性塩水溶液に投入し、該中性塩水溶液を加熱して絹原料を膨潤させる工程と、
絹原料を膨潤させた後、中性塩水溶液にアルカリまたは酸を投入して絹原料を脆化する工程とを含むことを特徴とする絹フィブロイン粉末の製造方法。
【請求項2】
絹原料を中性塩水溶液に投入し、該中性塩水溶液を加熱して絹原料を膨潤させる工程と、
絹原料を膨潤させた後、中性塩水溶液にアルカリまたは酸を投入して絹原料を脆化する工程と、
中性塩水溶液に酸またはアルカリを投入して中和する工程と、
中和した溶液を脱水して脆化した絹原料を取り出す工程と、
取り出した絹原料を洗浄する工程と、
洗浄した絹原料から脱水する工程と、
脱水した絹原料を乾燥させる工程と、
乾燥した絹原料を粉砕する工程
を含むことを特徴とする絹フィブロイン粉末の製造方法。
【請求項3】
前記中性塩に、絹原料に塩縮加工を行うことができる中性塩を用いることを特徴とする請求項1または2記載の絹フィブロイン粉末の製造方法。
【請求項4】
前記中性塩が、塩化カルシウム、臭化カリウムまたは硝酸カルシウムであることを特徴とする請求項3記載の絹フィブロイン粉末の製造方法。
【請求項5】
前記アルカリに水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムを用いることを特徴とする請求項1〜4いずれか1項記載の絹フィブロイン粉末の製造方法。
【請求項6】
前記酸に塩酸またはリン酸を用いることを特徴とする請求項1〜5いずれか1項記載の絹フィブロイン粉末の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate