説明

繊維油剤エマルションおよびその製造方法

【課題】エマルションとして繊維糸条に付与することで、繊維製造工程における機器類との接触磨耗による繊維の損傷を抑制し、ゴディロール切れやフライ発生量を低減する。
【解決手段】乾式紡糸時に繊維フィラメントに塗布する繊維油剤エマルションの調整方法を改良する。繊維油剤を水で希釈して繊維油剤エマルションに調整する際、希釈水温度、油剤温度、希釈速度、希釈濃度を調整し、繊維油剤エマルションの全光線透過率が30%以上である繊維油剤エマルションを得、これを紡糸工程に使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紡糸工程における繊維油剤エマルションおよびその調整方法に関するものであり、特にはたばこフィルタに用いられるフィルタトウの紡糸工程における繊維油剤エマルションおよびその調整方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
繊維製造工程すなわち溶融紡糸、乾式紡糸、湿式紡糸などの紡糸工程において、走行する繊維糸条すなわちフィラメントへの繊維油剤(紡糸油剤ともいう)付与が一般的に行なわれている。特に、溶融紡糸および乾式紡糸においては、この繊維油剤付与は、繊維糸条の集束性、平滑性、制電性等を向上させ、紡糸工程の製造安定化のみならず製造工程での機器類との接触磨耗による繊維の損傷による品質低下や、磨耗により切断された繊維片による作業環境悪化、繊維を製品として使用する際の品質低下や、繊維磨耗粉の発生を抑制する上で極めて重要である。
【0003】
これに用いられる繊維油剤は、油脂成分を主成分として。それに必要に応じて界面活性剤などの添加剤を添加している。繊維油剤の主成分は油脂であり、フィラメントへの繊維油剤の付与は、フィラメントへの油脂の付与を主な目的として行われている。
このような紡糸工程での繊維油剤への付与技術として、繊維油剤を均一に塗布することが、繊維糸条の集束性、平滑性、制電性等を向上させ、上記の接触磨耗による繊維の損傷による品質低下や、磨耗により切断された繊維片による作業環境悪化、磨耗により切断された繊維片による品質低下を防止するために重要視されている。
【0004】
従来、繊維油剤を紡糸工程で付与する技術としては、上記の均一塗布のために、繊維油剤を供給するノズルなどの供給装置に工夫が行われてきた。
たとえば、特開2002-105740号公報(特許文献1)には、接糸長の微調整を可能にすることで、糸に対する油剤の付着ムラを抑制するために、オイリングノズルのノズル本体の幅方向中央部に設けられた案内溝の溝底の接糸部が、糸走行方向に沿って一定の曲率を有するように膨出し、これにより、接糸長を連続的に微調整することが可能となり、油剤の付着ムラが生じる場合には、接糸長の微調整によって油剤の付着ムラを抑制することが可能であるオイリング装置が開示されている。
これらの、技術を用いれば、油剤として一定量の塗布は可能である。
【0005】
ところで、繊維油剤の形態は3種類に分類される。(1)油脂をそのまま希釈しないで用いるもの、(2)油脂を有機溶剤で希釈して均一な溶液としたもの、(3)油脂を水と縣濁しエマルションとしたもの、である。一般的には(1)を用い、粘度調整など必要な場合に(2)の形態を取る。しかしながら、たばこ用フィルタトウでは、通気抵抗を確保するためにトウに捲縮をかける必要がある。捲縮をかけるためには、トウが一定量の水分を含んでいることが必須である。このため、フィルタトウの紡糸においては、トウに水分を付与するためにも、繊維油剤を水で希釈した縣濁液(即ち水と油の縣濁液)である繊維油剤エマルションを用いる必要がある。このような繊維油剤エマルションはその水分付与の目的のため、繊維油剤のエマルションとして油剤濃度は2〜10wt%、多くは3〜7wt%の低濃度の油分濃度となる。
【0006】
このようなエマルション液としたとしても一定量を繊維糸条に付与することが重要であり、そのための技術も提案されている。すなわち、特開2004-232124号公報(特許文献2)には、所定の糸条幅をもつて走行するアセテ−トトウ糸条に対して糸条の長さ方向と幅方向に渡って一定量の油剤を連続して均一に付与することを可能にし、製造費の低減とその生産性の向上とが実現される油剤付与方法を提供し、更に、簡単な構造であり、かつ走行中のアセテ−トトウ糸条に油剤を効率よく且つ円滑に付与することを可能にした油剤付与装置が提案されている。この技術では、ギアポンプを介して一定量の油剤をオイリングガイドの連続スリツト状油剤付与開口に吐出させ、その開口に近接させてオイリングガイドの表面に形成される油膜に接触しながらアセテ−トトウ糸条の全幅にわたり油剤を連続して付与するものである。この技術を用いれば、確かに繊維油エマルション剤をエマルション液として一定量、繊維糸状に供給することが可能である。
しかしながら、上記の技術を用い、エマルション液としての一定量を繊維糸条に付与したとしても、エマルション液付与後の繊維糸状表面の微小な部分各々の性状の細かい変動を完全に抑制するまでには至らなかった。
【0007】
すなわち、繊維糸条に添着される繊維油剤エマルションは、エマルション状態に調製されて付与されるものであるが、従来の繊維油剤エマルション調製の方法ではエマルジョンドメインの径が大きく、エマルション液量として安定した一定量を繊維糸条に付与したとしても、溶媒気散後の残留状態はエマルションドメインの径の大きさに関連した部分的な斑が生じるという問題があった。
このような繊維糸状の表面の摩擦性変動は繊維磨耗粉を生じたる可能性があった。しかしながら、実際は繊維糸条表面に付与される繊維油剤の添着ムラは、従来では余り問題とならなかった。なぜならば、第一に、通常の合繊繊維であれば水分を含んだ繊維油剤エマションを用いる必要がなく、油剤のみを用いる場合がほとんどであるからであり、また通常の繊維工業での紡糸工程では、繊維の繊維径が大きい(あるいは太い)ため、繊維糸状に架かる張力も大きく、繊維糸状表面の摩擦性の変動を吸収することができたからである。
【0008】
しかしながら、たばこフィルタに用いられるフィルタトウ、特にはセルロースエステルの乾式紡糸からなるフィルタトウにおいては、もともと繊維径(フィラメント径)が細く、このような繊維糸状表面の滑り性の違いによる摩擦性変動が問題となる要素を有していた。しかも、フィルタトウでは倦縮を施すことが必須であり、倦縮のため水分が必須であった。
近年求められているフィルタトウでは良好な喫味、フィルタ硬度のため繊維径(フィラメント径)を細くすることが求められており、このようなフィラメント径の細いセルロースエステルの乾式紡糸における工程では、繊維油剤塗布後の滑り性の微小なバラツキが顕在化して来た。すなわち、フィルタトウの紡糸工程では乾式紡糸で溶剤を乾燥させられたフィラメントは上記の繊維油剤エマルションを塗布されゴディロールという回転ロールを一周してからガイドを経てクリンパーで倦縮される。このようにフィルタトウ紡糸工程では、ガイドと呼称される非回転部分を介して引き取られているため、この部分で高い摩擦力を受けるという要因もあった。このためフィラメントの滑り性にバラツキが生じた場合にはガイドの摩擦力が増えその結果としてゴディロールからフィラメントを引き出す張力が減少して、フィラメントがゴディロールに巻きつきそこで切断が生じる場合があった。
【0009】
またフィルタトウの使用される工程で言えば、たばこのフィルタの製造工程、すなわちフィルタトウのプラグへの巻き上げ工程での高速化が進展し、プラグ巻上げ時の繊維糸状の走行速度が増速した。このため、繊維油剤の添着ムラによる、繊維と機器類との摩擦で発生する繊維磨耗粉(一般的にはフライと称される)により引き起こされる品質問題が大きくなっている。
【0010】
この現象は、アセテート繊維トウのフィルタプラグへの巻き上げに際し、繊維糸状が擦過や機械的衝撃を受け、多量のフライを発生することにより生じる。このフライの一部はアセテート繊維トウに供給される可塑剤にて可塑化されて粘着物となり、その集合体が塊となって、フィルタ巻き上げ時にフィルタ内に取り込まれることが時々起こり、このフライ塊を含んだフィルタは、そのフライ塊が含んでいる可塑剤のために、成形後のフィルタが溶解され、通気方向に穴が貫通した状態(メルトホール)を生じる。メルトホールが生じたフィルタは、当然そのフィルタが本来発揮すべきろ過効果を発揮し得ず、見た目にも好ましくない欠陥フィルタとなる。上記のフィルタのメルトホールの主たる要因は、繊維と機器類との接触で発生する繊維磨耗粉がフィルタ可塑剤の添加部に堆積し、この堆積物が脱落することにより引き起こされることが明らかになっている。
【0011】
このようなメルトホールを減少させるためにも、繊維と機器類との接触で発生する繊維磨耗粉の減少が求められている。しかしながら、たばこのフィルタプラグ用の繊維糸状においては、たばこの喫味への影響が大きいため、繊維油剤エマルションの添着量を大きくすることができないため、上記の問題の解決は困難であった。
このため、このような、繊維油剤エマルション溶媒気散後の残留状態の非常に微小な部分的な付着ムラを低減する技術が求められている。
【特許文献1】特開2002-105740号公報(特許文献1)
【特許文献2】特開2004-232124号公報(特許文献2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
解決しようとする問題点は、走行する繊維糸条に対して、繊維油剤をエマルション状態にして付与される場合、調合された繊維油剤エマルションの性状すなわち粒径によっては、繊維油剤エマルションの溶媒気散後に繊維油剤の添着ムラが発生し、紡糸油剤を付与した繊維糸条と、機器類との接触摩擦が大きくなる点である。また添着ムラを生じる繊維油剤エマルションか否かを判別する方法がなく、どのような繊維油剤エマルションを用い場合にフライが低減できるフィルタトウを得られる紡糸工程になるかという見極めができなかった点である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、繊維油剤エマルションの調合条件を制御することで、繊維油剤エマルションの性状を改良することができることを見出した。そして、形成されたエマルションの品質の良否を簡便に識別するために、5wt%濃度で850nmの全光線透過度を用い、該全光線透過度が30%以上である繊維油剤エマルションを用いて紡糸した場合に、フライ量が少ない好適な繊維条体(フィルタトウ)が得られることを見出し本発明に到達した。
【0014】
すなわち具体的には本発明は
(1)少なくとも水と油剤の二成分からなる繊維油剤エマルションであり、5wt%のエマルション濃度で測定した場合での、850nmの光線の全光線透過度が30%以上である繊維油剤エマルションを用いた乾式紡糸方法を提供する。更に本発明は
(2)本発明は繊維油剤エマルションの調合条件とは以下の工程を全て満たす繊維油剤エマルションの調合方法を提供する。
1)エマルションを作成する場合の、原油、希釈水、および攪拌温度を一定の範囲に制御することにより、均一な粒径のエマルションを作成することがことができるもので、そして、
2)特に転相点付近の濃度での希釈水の添加速度を一定の速度以下の緩和な希釈速度で行なうことによりエマルションの粒子の粒子径を微小にするとともに、
3)原油(繊維油剤)によって決まる転相点を少なくとも5wt%は低い濃度まで希釈するまで攪拌し続ける工程
4)原油(繊維油剤)によって決まる転相点を少なくとも5wt%は低い濃度まで希釈するまで攪拌し続ける工程
【0015】
更に本発明の好ましい態様として、
(3)紡糸工程において使用する化合繊油剤において、該繊維油剤エマルションを希釈する場合に、転相点の前後少なくとも5wt%の濃度での希釈速度と、それ以外での濃度での希釈 速度を異ならせる(2)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法を提供する。
【0016】
(4)繊維油剤エマルション調合時、転相点を超える時点では希釈速度が紡糸油剤の原油1kg当たり0.07kg/min以下の速度で水を添加し希釈する(2)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法を提供する。
更に、本発明の好ましい態様として
【0017】
(5)転相点付近前後10%の範囲での希釈水の添加速度とそれ以外の希釈工程での希釈水の添加速度を変える(3)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法を提供する。
この本発明の繊維油剤エマルションの調合方法により、繊維油剤エマルション中でのエマルション粒子の巨大化を防止し、生成したエマルション粒子の破壊と再結合を防止しすることができる。そして、このようにして作成された繊維油剤エマルションを用いることにより、繊維糸状の表面を微視的に観察した場合でも、油剤が残留している部分と残留していない部分の分布が緻密で全体として、均一な摩擦抵抗を示し、繊維糸状体と繊維糸状の後加工で繊維糸状が接触する機器類との接触磨耗を軽減することに優れる紡糸油剤エマルションを製造することを特徴とする。
さらに本発明の繊維油剤エマルションの様態としては、
【0018】
(6)繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度で850nmの全光線透過度を用い、該全光線透過度が35%以上である(1)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法と該繊維油剤エマルションを用いた紡糸方法を提供する。また
【0019】
(7)繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度で850nmの全光線透過度を用い、該全光線透過度が45%以上である(1)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法と該繊維油剤エマルションを用いた紡糸方法を提供する。
このような繊維油剤の該全光線透過度の上限としては、特に限定されるものではないが、好ましくは90%未満となる。したがって、
【0020】
(8)繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度で850nmの全光線透過度を用い、該全光線透過度が35%以上であり、かつ該全光線透過度が90%未満である(1)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法と該繊維油剤エマルションを用いた紡糸方法を提供する。
【0021】
(9)繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度で850nmの全光線透過度を用い、該全光線透過度が45%以上であり、かつ該全光線透過度が80%未満である(1)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法と該繊維油剤エマルションを用いた紡糸方法を提供する。
【0022】
(10)繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度で850nmの全光線透過度を用い、該全光線透過度が45%以上であり、かつ該全光線透過度が60%未満である(1)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法と該繊維油剤エマルションを用いた紡糸方法を提供する。
【0023】
該全光線透過度を測定する場合の繊維油剤エマルションの濃度としては、繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度であることが重要である。なぜならば、該全光線透過度はエマルション粒子の大きさと強い相関関係があり、エマルション粒子の粒子径が小さい場合には、光が透過しやすくなり、全光線透過度が大きくなるためであり、したがって、繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度でエマルション粒径がどのようになっているかを識別するためには、繊維糸条に繊維油剤エマルションを付与する時のエマルション濃度で評価する必要があるからである。
尚、本発明の繊維油剤エマルションを得るための方法としては、二段階に希釈されても良い。
【0024】
即ち、従来の繊維油剤エマルションと同様に、2〜10wt%、多くの場合3〜7wt%の低濃度油分濃度となる繊維油剤エマルションを調整するために、一度中濃度のエマルション液(マスターバッチ液)を作り、この中濃度のマスターバッチを更に低濃度に希釈することにより得ることでも良い。そして、このようなマスターバッチを経る二段階の希釈法では、次の態様を用いることができる。
(11)二段階に希釈される繊維油剤エマルションの調合条件であり、第一段階での希釈濃度が原油(繊維油剤)によって決まる転相点を少なくとも5wt%は低い濃度まで希釈したマスターバッチ液である(2)から(3)に記載の繊維油剤エマルションの調合方法と該繊維油剤エマルションを用いた紡糸方法を提供する。
【発明の効果】
【0025】
本発明の紡糸油剤の製造方法を用いて調合した紡糸油剤エマルションを繊維糸条に添着することで、繊維製造工程での機器類との接触磨耗による繊維の損傷による品質低下や、磨耗により切断された繊維片による作業環境悪化、繊維を製品として使用する際の品質低下や、繊維磨耗粉の発生を抑えること、を可能とする、あるいはプラグ巻上げ時のフライを抑制し、欠陥フィルタの発生を防止するという利点がある。更に、フィラメント紡糸時の紡糸ガイトとトウバンドとの摩擦力が減少し、紡糸工程でのコディーロール切れの頻度が減少するという利点もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に本発明を詳細に説明する。尚、本発明においては特に断らない限りwt%は重量パーセントを意味し、また常温とは25℃を意味する。本発明者らは、従来厳密されていなかった、繊維油剤エマルションの調整時の油剤や水或いは希釈装置の温度を厳密に調整することを特徴とする。また、本発明は特に限定されていなかった、繊維油剤エマルションの調整時の希釈速度を限定することを特徴とする。更に本発明は、二段階の希釈をする場合のマスターバッチ液の濃度を限定することを特徴とする。すなわち、繊維油剤の水希釈時の温度を厳密に30℃以上、好ましくは30℃から40℃に制御することを特徴とする。特に、エマルション調整時の中でも、油剤を水で希釈してゆき、W/Oの相構造エマルションからO/Wの相構造エマルションに相転換をするときの温度が重要であり、この時点で温度が低いことや、温度が変動することを防止することが重要である。
【0027】
上記の目的を達成するためには、エマルション調整時の温度制御も当然必要であり、重要であるが、本発明者の実験によれば、繊維油剤は熱量も大きいいため、繊維油剤の調整前の温度調整も必要である。すなわち、繊維油剤がエマルション調整温度よりも低く例えば、10℃程度などであれば、調整中にエマルション調整温度を実質的に30℃のすることができず、結果として性状の劣る繊維油剤エマルションしか得られない。これと同様に、エマルション調整時に添加する溶媒の水の温度も重要である。
すなわち、エマルション調液時の溶媒である水の温度を30℃から40℃の範囲に保つこと、更に、原油(紡糸油剤)自身の温度も30℃から40℃の範囲に保つことが重要である。
【0028】
更に、別に調整された繊維油剤エマルションの性状に影響を与える因子として、エマルションの希釈速度があることを見出した。
そして、使用される原油(紡糸油剤)により定まっているW/OからO/Wへの相転換濃度(すなわち転相点)まで水を添加して乳化を行い、すなわち希釈して、更に、転相点を超える際に水の添加速度を紡糸油剤の原油1kg当たり0.15kg/minより好ましくは、原油1kg当たり0.08kg/min、更に好ましくは原油1kg当たり0.04kg/min、以下とすることにより、エマルション粒径の大きさを特定の範囲でできることを見出し本発明に到達した。
そして、以上のエマルション調整時の温度とエマルション調整時の転換点を超える際の希釈速度に留意されて調整された、転換点を以上に薄い濃度まで希釈されたエマルションが、特に好適に用いることを見出し、本発明に到達した。
【0029】
紡糸油剤エマルションとして用いられる場合のエマルション濃度は、ある程度の差異はあるものの、上述した捲縮工程で必要とされる水分を付与する目的も、紡糸油剤エマルションの塗布工程にはあり、このため油剤濃度は3〜7wt%程度である。したがって、このような低濃度まで上記の希釈速度で希釈した場合は、希釈濃度にもよるが、かなりの長時間を要する。そして、繊維油剤エマルションは長時間攪拌を受けると、エマルション粒子が破壊されて、やはり粒子径が大きなエマルションとなり、本発明に適さない。このため、本発明においては、エマルションの転相点付近で希釈速度を添加させるものの、希釈工程全体は速やかに行なう必要がある。
このため、転相点の前後少なくとも5wt%の濃度での希釈速度と、それ以外での濃度での希釈速度を異ならせることが好ましい。転送点付近の前後10wt%程度に達するまでの希釈は上記の通り、できる限り迅速に希釈されることが好ましい。このためにも、希釈装置それ自身の温調のみでは、希釈されているエマションの温度が大きく変動するので、油剤や希釈水自身の温度も、本発明で好適とされる希釈温度と等しくしておくことが好ましい。
【0030】
本発明においては、上記の希釈条件を遵守されている限りでは、調整段階は一段階であっても良いし、二段階以上であっても良い。すなわち、従来の紡糸油剤エマルションにおいては、油剤量を確保する意味もあり、希釈率が低く、高濃度エマルションをマスターバッチ液として保有し、必要に応じて更に希釈して使用するような場合もあった。このような場合であっても、転相点を超える希釈をするときに、上記の2点について留意すれば良好な繊維油剤エマルションを得ることができる。
従来のエマルションはこのような、マスター溶液を経る二段階希釈の場合が多く、マスターバッチ液の濃度は多くの場合転送点以下であった。この理由は、通常の油剤であれば転送点は50wt%程度の場合が多く、転送点を越える低濃度まで希釈すると多量のマスターバッチ液を保管する必要があり、希釈作業の効率が低くなるためであった。二段階での希釈は、希釈工程の時間短縮を意図され、一段目の希釈は濃度調整の意味しか認識されておらず、したがって一段目でのマスター溶液希釈では転相点を越えて希釈されることもなく、二段目の希釈で例え希釈速度や希釈温度を調整したとしても、転送点よりも濃い濃度での攪拌の停止はエマルション粒子の再結合などによるエマルション粒子の巨大化を招いた。
【0031】
このように従来まではエマルション調整には注意を払われていなかった。そして、従来のフィルタトウの巻き上げ速度では、このようなものであっても大きな問題を生じてこなかった。しかしながら、最近の巻き上げ速度の増速により、このようなエマルションを用いたトウの場合は、エマルションの粒径が大きく、上記の課題を生じた。
本発明においては、まず、エマルションの濃度を少なくともその原油で固有に定まっている転相点濃度よりも低く(すなわち転相点を超えて希釈)する時に上記の2条件を満たすことにより、エマルション粒子を小さくすることができる。より詳しくは、(1)エマルションを作成する場合の、原油、希釈水、および攪拌温度を一定の範囲に制御することにより、更に均一な粒径のエマルションを作成することができるものである。
【0032】
そして、(2)特に転相点付近の濃度での希釈水の添加速度を一定の速度以下の緩和な希釈条件を用いることにより、より好ましいエマルションを得るものである。本発明では特に重要な点としては、転相点よりも希釈する(油剤濃度としては低くする)までの間の希釈では、攪拌を停止することなく、希釈をすることが必要である。この場合でも、マスターバッチ液の濃度は原油(繊維油剤)によって決まる転相点を少なくとも5wt%は低い濃度まで希釈去ることが必要である。転送点を越える濃度まで低くない濃度のマスターバッチを作り、このマスターバッチの攪拌を一度停止した場合には、本発明の効果が損なわれる場合がある。
【0033】
具体的には、本発明は、紡糸油剤エマルションを調合する場合、原油(紡糸油剤)を水で希釈、乳化する際に以下の条件下のもとに行なう。
(1)第一に原油(紡糸油剤)の温度を30℃から40℃の範囲に保つ。
(2)乳化させる為に投入する水(すなわち希釈水このましくは純水を用いることができる)の温度を30℃から40℃の範囲にした後に原油に添加し、乳化を開始する。
(3)原油(紡糸油剤)の持つ転相点を十分に超える濃度まで水を投入し乳化を行なう。希釈されたエマルション濃度としては、転相点を少なくとも10wt%下回る濃度(油剤濃度としては転相点よりも10wt%程度低い濃度まで)まで希釈することが必要である。
(4)原油(紡糸油剤)の持つ転相点を超える際に水を原油1kg当たり0.15kg/min、より好ましくは、原油1kg当たり0.08kg/min、更に好ましくは原油1kg当たり0.04kg/minの速度で投入する。
以上ような条件下のもと原油(紡糸油剤)を乳化させることで、エマルションの粒子の粒子径平均が0.16μmから0.20μmの範囲の微小なエマルションを得ることが可能となる。
【0034】
本発明の上記の(1)の工程において、原油(紡糸油剤)の温度を30℃未満とした場合は、エマルションの粒子の粒径が大きくなる。また、原油(紡糸油剤)の温度として40℃を超える温度としても、効果が増すことはなくむしろ油剤の酸化および、発火等の危険も考えられるので好ましくない。また、上記の(2)の工程において希釈水の温度を30℃未満とした場合、特に希釈水の温度が10℃から20℃の範囲で希釈した場合には、やはりエマルションの粒子の粒径が大きくなる。また希釈水の温度として40℃を超える温度とした場合には、油剤との温度差が生じ、やはりエマルションの粒径に好ましくない影響を与える。
【0035】
また、(3)の工程において、転相点を5wt%超える濃度まで希釈を行なわない場合は、W/OからO/Wへの相転換が不充分に行われ、結果としてエマルションの粒子の粒径が大きくなる。更に、(4)の工程は最も重要である。すなわち原油(紡糸油剤)の持つ転相点を超える再に水(すなわち希釈水)添加はなるべく穏やかに行なう必要がある。なぜならば、W/OからO/Wへの相転換に際して、エマルションの粒子径が決定されるからである。この場合、W/Oでは連続相は油であり、O/Wでは連続相は水となる。この時に、相転換が徐々に進行するように、希釈水の添加速度を原油1kg当たり0.15kg/min、より好ましくは、原油1kg当たり0.08kg/min以下とすることが肝要である。この場合、エマルション粒子の細分化を促進するために、攪拌する。
【0036】
本発明において得られた紡糸油剤エマルションは、上記の特定の範囲の粒子径を持つ紡糸油剤エマルションである。このような紡糸油剤エマルションは、赤外線の吸光度により測定しその値(透過率)を持って評価することが出来る。
【0037】
(転相点)
転相点とは、原油により其々定まっている物性値である。すなわち、原油(紡糸油剤)の転相点は、その原油に固有の物性値であり、物理化学上の法則の通り、原油中に水を投入して乳化を行っていく際に、その粘度が一番高くなる点(極大点)として実験的に求めることができる。転相点の具体的な求め方としては、B型粘度計などの適当な粘度計で剪断力を一定にしながら、水を少しずつ添加してゆく、水の添加に伴い粘度は上昇する。ある濃度において、粘度は最大となった後、今度は水の添加に応じて低下してゆく、以上の操作で極大点となったものが転相点である。
転相点で粘度が極大となる理由は、転相点よりも油剤濃度が高い場合には、W/Oのエマルションを形成しており油脂分が連続相となっている、転相点近傍では油脂分が系に多量の水が入ることで、系中におけるエマルション粒子が多くなり、その粒子の作用で粘度が高くなるのではないかと思われる。転相点を超えると、W/OからO/Wへの相転換が生じ、水が連続相となるが多くの油脂分を含んでおり、今度はこれがエマルション粒子となり、同様にその粒子の作用で粘度が高いが、水の添加により希釈され、エマルション粒子の存在密度は小さくなりそれに連れて粘度が低下するものと思われる。
【0038】
尚、複数の鉱物油を混合した紡糸油剤を希釈する場合は上記の希釈濃度に対する粘度の変化の極大値が複数個生じる場合があるが、その場合は濃度が最も低い極大値を転相点とすることができる。
【0039】
(エマルションの平均粒径の測定方法)
エマルションの平均粒子径は、株式会社堀場製作所製のレーザー回折/拡散式粒度分布測定装置を用いて、0.022μmから500.0μmの範囲を75段階に区分して、求めたカウンター数の存在数の中央値である。尚、測定に際して紡糸油剤エマルションは、それぞれ所定の濃度に希釈されていたものを、濃度4.5wt%に希釈して用いた。希釈方法は、本発明の調整された紡糸油剤エマルションに対して、濃度4.5wt%になるように計量した室温の水を添加し、80rpmで5分攪拌して調整した。
【0040】
(エマルションの透過度の測定方法)
エマルションの透過度は以下の方法を用いて測定した。測定に際して紡糸油剤エマルションは、濃度5wt%に希釈して用いた。希釈方法は、本発明の調整された紡糸油剤エマルションに対して、濃度5wt%になるように計量した室温の水を添加し、攪拌しながら徐々に添加した後測定する。エマルションの粒子径は、本発明時の調整時の条件により決定されており、この工程での希釈条件はエマルションの粒子径に影響を与えない。調整後の濃度5wt%のエマルションを株式会社島津製作所製 紫外可視分光光度計UV-MINI1240を用い、波長850nmにおける全光線透過度を測定した。
【実施例】
【0041】
以下に本発明を実施例により説明する。
(紡糸油剤)
品種DC-18(松本油脂製薬株式会社製)を用いた。この鉱物油の転相点は50wt%であった。
この鉱物油を以下の条件で調整して、繊維油剤エマルションを作成した。
【0042】
(繊維油剤エマルションの調整)
製造例1
(1)35℃の恒温槽に72時間調温することにより、紡糸油剤の温度を35℃に調温した。
(2)希釈水は純水を用い、温水槽により35℃に調温した。
(3)容量100Lの調温装置付きの攪拌槽に、紡糸油剤を40kg計量して投入するとともに、温調を35℃とし、次いで温水槽により35℃に調温された希釈水(水)を5.2kg/min(紡糸油剤の原油1kg当たり0.13kg/minの投入速度)の速度で投入し、かつ攪拌した。
(4)希釈水の投入量が60L(エマルション濃度として40wt%)となった時点で、希釈水の投入と攪拌を終了した。
原油温度、希釈水温度、転相点付近での希釈水投入速度、エマルション濃度のエマルション作成条件を表1に纏めた。また得られた紡糸油剤エマルションを5wt%に希釈した際の透過率及びエマルション平均粒径の測定結果を表1に示す。
【0043】
製造例2
製造例1における(4)のでの希釈水の投入速度を当初は5.2kg/min(紡糸油剤の原油1kg当たり0.13m3/hr)にし、希釈水の投入量が26.6L(エマルション濃度として60wt%)となった時点で、希釈水の投入速度を2.8kg/min(紡糸油剤の原油1kg当たり0.07kg/minの投入速度)にした以外は製造例1と同様にして紡糸油剤エマルションを作成した。エマルション作成条件と透過率及びエマルション平均粒径を表1に示す。
【0044】
製造例3
製造例1における(2)での水の温度を20℃にするとともに、(3)での攪拌層の温調温度を20℃にした以外は製造例1と同様にして紡糸油剤エマルションを作成した。エマルション作成条件と透過率及びエマルション平均粒径を表1に示す。
【0045】
製造例4
製造例1における希釈水の総量は24Lとした以外は製造例1と同様にして紡糸油剤エマルションを作成した。エマルション作成条件と透過率及びエマルション平均粒径を表1に示す。この系では、転相点に達する希釈は行われていない。
【0046】
製造例5
製造例1における(2)での水の温度を20℃にするとともに、(3)での攪拌層の温調温度を20℃にした、更に希釈水の総量は24Lとした以外は製造例1と同様にして紡糸油剤エマルションを作成した。エマルション作成条件と透過率及びエマルション平均粒径を表1に示す。この系では、転相点に達する希釈は行われていない。
【0047】
製造例6
製造例1における(4)のでの希釈水の投入速度を6.4kg/min(紡糸油剤の原油1kg当たり0.16kg/minの投入速度)にした以外は製造例1と同様にして紡糸油剤エマルションを作成した。エマルション作成条件と透過率及びエマルション平均粒径を表1に示す。
表1より明らかなとおり、転相点まで希釈してもおらずかつ、水の温度が低い製造例5では、透過率も低く、平均粒径も大きいエマルションしか得られない。また、希釈水や原油の温度を高くしていても、転相点まで希釈していない製造例4においては、透過率は若干高くなるものの、エマルションの平均粒径も大きく、効果は充分ではない。また転相点まで希釈している、製造例6と製造例1と2の比較において明らかな通り、転相点付近での希釈水の添加速度は、エマルションの平均粒径に大きな影響を及ぼす。そして紡糸油剤の原油1kg当たり0.14kg/min以下の速度で水を添加し希釈した場合であれば、より平均粒径が小さい好ましい紡糸油剤エマルションが得られる。
【0048】
【表1】

(紡糸試験)
上記で得られた繊維油剤エマルションを用いて紡糸を行った。すなわち、セルロースアセテートを乾式紡糸(溶剤紡糸)した紡糸塔の下部で各紡糸油剤エマルションを付与した。本紡糸試験に用いたものは、単繊維デニールが3.0でY型断面のアセテート繊維でトータルデニール35000デニールのアセテート繊維トウの繊維糸状であった。この繊維糸状に対して、製造例1から6の各紡糸油剤エマルションを添着量1wt%(繊維重量に対する油剤量)となるように各紡糸油剤エマルションの添着量を調整した。尚、各紡糸油剤エマルションの添着装置はローラ式オイリング装置を用いた。トウバンドに紡糸油剤エマルションを含浸せしめた後、倦縮(クリンパー処理)を施した後乾燥した。紡糸速度は300m/minとした。紡糸塔は17塔使用した。これら紡糸塔のセルロースアセテートの使用量トン当たりでのゴディロール切れの回数をカウントした。結果を表−2に記す。表−2より明らかな通り、ゴディロール切れの回数は約20%実施例のものは低下した。
【0049】
【表2】

(巻き上げ試験)
上記の製造例1から6の各紡糸油剤エマルションで紡糸されたフィルタトウについて、フィルタプラグに巻き上げ、巻き上げ時のフライ発生量を試験した。フィルタトウの巻き上げ速度は400m/minとした。すなわち、上記の製造例1から4の各紡糸油剤エマルションを付与して紡糸したフィラメントトウのベールより、トウバンドを引き出し、巻き上げ機で上記の速度で走行させ、上記のごとくして得た捲縮処理したアセテート繊維トウに可塑剤を付与することなくプラグマシンにてフィルタに巻き上げ、巻上げ装置の可塑剤添加部に付着するフライを捕集し、時間当たりのフライ発生量を測定した結果を表3に示した。
表3から明らかなとおり、実施例1および実施例2の紡糸油剤エマルションにおいてはフライの発生量が極端に減少している。
【0050】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0051】
紡糸油剤をエマルションとして繊維糸条に添着させる必要がある場合、また紡糸油剤エマルションの濃度を変更することが困難な用途にも適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも水と油剤の二成分からなる繊維油剤エマルションであり、5wt%のエマルション濃度で測定した、850nmの光線の全光線透過度が30%以上である繊維油剤エマルションを用いた乾式紡糸方法。
【請求項2】
紡糸工程において使用する化合繊油剤において、該繊維油剤エマルションを希釈する場合に、下記の要件を全て満足する繊維油剤エマルションの調合方法。
1)繊維油剤エマルション調合時の原油(繊維油剤)温度を30℃から40℃の範囲に保つ工程。
2)繊維油剤エマルション調合時の希釈する希釈水温度を30℃から40℃の範囲に保つ工程。
3)繊維油剤エマルション調合時、転相点を超える時点では希釈速度が紡糸油剤の原油1kg当たり0.14kg/min以下の速度で水を添加し希釈し、
4)原油(繊維油剤)によって決まる転相点を少なくとも5wt%下回る低い濃度まで希釈するまで攪拌し続ける工程。
【請求項3】
紡糸工程において使用する化合繊油剤において、該繊維油剤エマルションを希釈する場合に、転相点の前後少なくとも5wt%の濃度での希釈速度と、それ以外での濃度での希釈速度を異ならせる請求項2に記載の繊維油剤エマルションの調合方法。
【請求項4】
繊維油剤エマルション調合時、転相点を超える時点では希釈速度が紡糸油剤の原油1kg当たり0.07kg/min以下の速度で水を添加し希釈する請求項2に記載の繊維油剤エマルションの調合方法。

【公開番号】特開2007−77525(P2007−77525A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−265190(P2005−265190)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】