説明

繊維製品から発生する異臭物質を低減させる方法

【課題】従来では対応することが困難であった再発生タイプの異臭の発生を低減すること。
【解決手段】繊維製品に付着した、カルボニル炭素を含めた総炭素数が13〜25であるAnte-iso脂肪酸の細菌による資化を抑制する工程を含む、該繊維製品から発生する異臭物質を低減させる方法;並びに炭素数10〜24の直鎖の不飽和脂肪酸又はその塩を、酸に換算して0.5〜20ppm含有する、20℃でのpHが4〜7の繊維製品の防臭用水性液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトが1度以上使用した繊維製品、特には、ヒトの汗、皮脂または角質等が吸収されるか又は付着する状況で使用された繊維製品から発生する異臭物質を低減させる方法に関し、詳しくは、衣類、シーツ、足拭きマット、ハンカチ、タオル等をヒトが1度以上使用し、洗濯後、タンス等で長期間収納した時、或いは再使用時に発生する異臭物質を低減させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、消費者の生活環境への関心の高まりから、身の回りの不快な臭気(本明細書では「異臭」という場合もある。)を除去することが以前にも増して望まれている。衣料等の繊維製品に付着する臭気は、タバコ等の外的要因の他に、繊維製品の使用を繰り返すことにより生じる、人体由来の内的要因が挙げられる。
【0003】
その解決方法として、例えば、洗浄時の洗浄力を高めることで、臭いを汚れごと除去する方法や、繊維製品に付香することで異臭のマスキングをする方法がある。また不快臭の問題は、繊維内に蓄積された皮脂やタンパク質に細菌が作用することによって生じると考えられることから、抗菌剤や漂白剤を用いることで雑菌の繁殖を抑制し、該繊維製品から不快な臭気の発生を低減する技術が提案されている(特許文献1〜5)。
【0004】
香料や除菌剤及びエタノール等を含有する水溶液をスプレー等で繊維製品に適用するというような、直接的な処理方法も知られており、例えば特許文献6には、非イオン界面活性剤又はアミンオキシド型界面活性剤、及び第4級アンモニウム塩やトリクロサン等の抗菌剤を含有する水性組成物を濡れた衣類にスプレーすることで、室内干しの際に発生しやすい生乾き臭を低減させる方法が知られている(特許文献6)。また特許文献7には、汚れ中に含まれる皮脂由来の脂肪酸が臭気原因であるとし、アルカリ緩衝能を有する剤と水溶性多価金属塩を用いて脂肪酸をスカム化させることで脂肪酸の揮発を抑制し、異臭の発生を低減させる方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、下着、タオル及びハンカチを初めとする、ヒトの皮膚と直接接触や、或いは皮脂を含んだ汗等を吸収する可能性のある繊維製品は、洗浄−脱水処理後、洗濯物を洗濯槽内に暫く放置した場合や湿度の高い日の室内干の場合に、特有の臭いを生ずることがある。これらの臭いは生乾き臭と呼ばれるものであり、洗濯時に漂白剤や殺菌剤を併用することで、低減することができる。しかしながら、乾燥後、生乾き臭がない状態の場合でも、長時間の収納後に汗や雨等で繊維製品が湿気を帯びると臭いが再発生することがある。さらには、下着、ハンカチ又はタオル等の、肌との接触機会が多く、且つ洗濯と使用とを短期間に繰り返すような収納時間が短い衣料であっても、使用中に臭いが再発生することがある。このような再発生タイプの臭気(再発性臭、戻り臭という場合もある。)は、繊維製品を洗浄し、乾燥させた直後は消滅するが、使用時に吸湿することで再発生し、洗濯回数が増えるほど臭いの強度が増してくる。しかしながら、これら繊維製品の不快な臭いの発生原因は未だ解明されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−146681号公報
【特許文献2】特開2001−192969号公報
【特許文献3】特開2002−339249号公報
【特許文献4】特開2004−143638号公報
【特許文献5】特開2005−187973号公報
【特許文献6】特開2009−263812号公報
【特許文献7】特開2004−308026号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記したように、従来、ヒトが使用する繊維製品から生ずる異臭を低減する手段として、抗菌剤ないし殺菌剤を使って原因菌の殺菌や発生を低減する方法が知られている。しかしながら、現在、一般に繊維製品用として家庭で用いられている殺菌剤及び抗菌剤では十分な効果を得ることが難しい。従って殺菌剤及び抗菌剤の使用量を増やす方法や、より強い殺菌剤を使用する方法が考えられる。一方で殺菌剤や抗菌剤の増量やより強い殺菌剤の使用は、皮膚への刺激をはじめ、抗菌基剤の皮膚常在菌への作用により菌叢が乱れ、外からの有害な菌の侵入に対する抵抗力が下がる等、別の問題が生じるおそれがある。仮に高濃度の殺菌剤を用いた場合であっても、問題の再発生タイプの臭いに対して防臭効果が得られない場合が多い。
【0008】
従って、本発明では、従来では対応することが困難であった再発生タイプの異臭の発生を低減することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ヒトの使用により皮脂を含んだ衣類やタオル等は、洗濯を念入りに行った後であってもその汚れ成分を完全には除去できないこと、また家庭レベルでの殺菌剤の使用や乾燥状態の繊維でも生育可能な細菌が存在し、該細菌が異臭物質を生成することに鑑みて検討を行った。そして、そのような環境下で発生する再発生タイプの異臭を解析したところ、下記一般式(1):
【0010】
【化1】

【0011】
〔R1及びR2はそれぞれ水素原子又はメチル基を示し、破線は二重結合であってもよいことを示し、破線のうち少なくとも1箇所は二重結合である。〕で示される化合物であること、さらにはかかる化合物が臭気に関して非常に閾値の小さい物質であることを突き止めた。なお、特開2009−244094号公報には、かかる物質が生乾き臭判定用指標物質として特定された発明が開示されている。
【0012】
そして更に鋭意検討を重ねた結果、一般式(1)で示される異臭物質が、ヒトの皮脂に由来し、繊維製品内に残留する多種多様な脂肪酸のうちのマイナーな成分である、カルボニル炭素を含めた総炭素数が13〜25であるAnte-iso脂肪酸に起因するものであること、そして該異臭物質が、細菌が前記Ante-iso脂肪酸を資化した結果、生成されるものであることを見出した。更に、Ante-iso脂肪酸の資化を抑制することで問題となる再発生タイプの臭気を低減できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0013】
即ち、本発明は、
〔1〕繊維製品に付着した、カルボニル炭素を含めた総炭素数が13〜25であるAnte-iso脂肪酸の細菌による資化を抑制する工程を含む、該繊維製品から発生する異臭物質を低減させる方法;並びに
〔2〕炭素数10〜24の直鎖の不飽和脂肪酸又はその塩を、酸に換算して0.5〜20ppm含有する、20℃でのpHが4〜7の繊維製品の防臭用水性液;に関するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Ante-iso脂肪酸に起因する異臭物質の発生を繊維製品から低減させることができるので、ヒトが1度以上、特には複数回使用し、洗浄を繰り返した繊維製品を長期収納した時に発生する異臭や、かかる繊維製品の再使用時に発生する異臭(再発性臭)を低減させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書でいう繊維製品とは、衣類、シーツ、足拭きマット、ハンカチ、タオル等の繊維製品を指し、特には、家庭用の衣類等の、「ヒトによって使用され、使用後は、水媒体により洗浄を繰り返すことで再使用される繊維製品」を指す。なお本明細書では繊維製品を衣料で総称する場合もある。本発明の対象となる繊維製品としては、ヒトが一度以上使用した繊維製品が、効果的に異臭の発生を低減できることから好ましい。本明細書でいう繊維製品の使用とは、繊維製品の着用を包含する。本発明では、「異臭の発生を低減すること」を、「防臭」と総称する場合もある。
【0016】
ここで収納中とは、繊維製品を使用し洗濯した後、タンスないし衣装箱に収納し保存している状態を意味し、再使用とは、一度使用したものを洗濯し乾燥した後、再び使用することを意味する。
【0017】
本発明で言う水性液とは、水溶液又は水懸濁液を意味する。本発明においては、保存安定性やムラ付き抑制の観点から、水性液としては水溶液であることが好ましい。
【0018】
本明細書において、Ante-iso脂肪酸とは、カルボニル炭素を含めた総炭素数が13〜25の脂肪酸である。例えば、総炭素数が13〜25であって、末端のメチル基から数えて3番目の炭素(或いはω3炭素)にメチル基を有する脂肪酸が挙げられる。ここで、カルボニル炭素を加えた総炭素数が奇数の脂肪酸がより好ましい対象である。具体的には、10−メチルドデカン酸、12−メチルテトラデカン酸、14−メチルヘキサデカン酸、16−メチルオクタデカン酸、18−メチルイコサン酸、20−メチルドコサン酸が挙げられる。この中でも16−メチルオクタデカン酸が繊維製品から再生する臭いに最も影響する。
【0019】
Ante-iso脂肪酸を分解する細菌は多数あり、問題の資化物を生成する細菌としては特に限定されないが、本発明では、洗濯や殺菌処理後、更には十分な乾燥工程後でも生存率の高い細菌が主な対象である。従って、本発明においては、単なる殺菌による方法とは異なった切り口から異臭物質を低減させる方法を提案するものである。すなわちAnte-iso脂肪酸の資化を抑制する方法である。
【0020】
本発明者らは、Ante-iso脂肪酸を資化して異臭を生成する微生物として、モラクセラ(Moraxella)属細菌、アシネトバクター(Acinetobacter)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、バチルス(Bacillus)属細菌、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属細菌、ラルストニア(Ralstonia)属細菌、キュープリアビダス(Cupriavidus)属細菌、サイクロバクター(Psychorobacter)属細菌、セラチア(Serratia)属細菌、エシェリキア(Escherichia)属細菌、スタフィロコッカス(Staphyrococcus)属細菌、ブルクホルデリア(Burkholderia)属細菌、サッカロマイセス(Saccaromyces)属酵母、及びロドトルラ(Rhodotorula)属酵母等を見出した。
【0021】
なお、入手可能な微生物としては、モラクセラ・オスロエンシスNCIMB10693株(NCIMB(National collection of industrial and marine bacteria)から購入可能)、モラクセラ・オスロエンシスATCC19976株(ATCC(American Type Culture Collection)から購入可能)、サイクロバクター・インモビリス(Psychrobacter immobilis)NBRC15733株、サイクロバクター・パシフィセンシスNBRC103191株、サイクロバクター・グラシンコラNBRC101053株、シュードモナス・エルギノーサ(Pseudomonas aeruginosa)NBRC13275株、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)NBRC14164株、スフィンゴモナス・ヤノイクヤエNBRC15102株、ミクロコッカス・ルテウス(Micrococcus luteus)NBRC3333株、ブレブンディモナス・ディミヌタ(Brevundimonas diminuta)NBRC12697株、ロゼオモナス・エリラタ(Roseomonas aerilata)NBRC106435株、キュープリアビダス・オキサラティカスNBRC13593株、シュードキサントモナス・エスピー(Pseudoxanthomonas sp.)NBRC101033株、セラチア・マルセセンスNBRC12648株、エンテロバクター・クロアカ(Enterobacter cloacae)NBRC3320株、コリネバクテリウム・エフィシエンス(Corynebacterium efficiens)NBRC100395株、エシェリキア・コーライNBRC3972株、スタフィロコッカス・アウレウスNBRC13276株、サッカロマイセス・セレビジエNBRC1661株、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)NBRC1061株、アルガリゲネス・フェカリス(Alcaligenes faecalis)NBRC13111株、ブルクホルデリア・セパシアNBRC15124株及びロドトルラ・ムシラギノサNBRC0909株(いずれもNBRC(NITE Biological Resource Center)から購入可能)、バチルス・セレウスJCM2152株、バチルス・サブティリスJCM1465株及びラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)JCM1149株(JCM(Japan Collection of Microorganisms)から購入可能)を挙げることができる。
【0022】
更に本発明者らは、モラクセラ・エスピー(Moraxella sp.)が、重要な再発生タイプの異臭の原因菌として見出しており、一部のモデル実験ではモラクセラ・エスピーを用いた。以下具体的に説明する。
【0023】
本発明の方法における、繊維製品に付着した、カルボニル炭素を含めた総炭素数が13〜25であるAnte-iso脂肪酸の細菌による資化を抑制する工程の具体的な態様としては、例えば下記の二つの態様が挙げられる。
(I)Ante-iso脂肪酸の資化を忌避させる成分と繊維製品とを接触させる工程。
(II)Ante-iso脂肪酸と反応し得る陽イオン性物質(ただし、アルカリ金属イオン及び分子量150未満の陽イオン性有機化合物を除く)と繊維製品とを接触させる工程。
【0024】
本明細書において、所定の成分と繊維製品とを接触させる具体的な操作としては、例えば、所定の成分を含有する水性液に対象の繊維製品を浸漬する操作、かかる水性液を対象の繊維製品に局所的に塗布する操作、かかる水性液をスプレー付き容器に充填して対象の繊維製品に噴霧(泡であってもよい)する操作等が挙げられる。
【0025】
<(I)Ante-iso脂肪酸の資化を忌避させる成分と繊維製品とを接触させる工程>
本発明者らは、炭素数10〜24の直鎖の不飽和脂肪酸又はその塩を共存させると、Ante-iso脂肪酸の資化が忌避されることを見出した。すなわち、かかる不飽和脂肪酸又はその塩と繊維製品とを接触させることで、Ante-iso脂肪酸の細菌による資化を忌避させることができる。その具体的な方法として「不飽和脂肪酸又はその塩を含有する中性〜酸性の水性液」(i)を用いる方法が挙げられる。即ち、水性液(i)成分と繊維製品とを接触させることにより、工程(I)を実行することができる。
【0026】
このような不飽和脂肪酸としては、好ましくは14〜20であって不飽和結合を1〜4つ、より好ましくは1〜3つ有する直鎖の不飽和脂肪酸を挙げることができる。不飽和脂肪酸としては、一種の化合物を単独で用いてもよく、複数の種類の化合物を併用してもよい。
【0027】
不飽和脂肪酸自体の臭気を抑制する観点から、不飽和結合の数は4以下が好ましい。低炭素数の脂肪酸はそれ自体の臭気の問題があることから、不飽和脂肪酸の炭素数は10以上が好ましく、臭いの発生抑制の観点から該炭素数は24以下が好ましい。不飽和脂肪酸の具体例としては、デセン酸、ドデセン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、エイコセン酸、リノール酸、エイコサジエン酸、リノレン酸、ステアリドン酸、アラキドン酸等を挙げることができる。好ましくはミリストレイン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸である。
【0028】
不飽和脂肪酸塩における対イオンとしては、例えば、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、全炭素数が6以下のアルカノールアミンのイオンが挙げられる。
【0029】
繊維製品に付着したAnte-iso脂肪酸と不飽和脂肪酸とを共存させる観点から、水性液(i)は中性〜酸性であることが好ましい。水性液(i)のpHとしては、JIS K 3362の項目8.3に記載の方法において測定された20℃におけるpHとして4〜7であることがより好ましく、4〜6.5であることがさらに好ましい。中性〜酸性とすることで、不飽和脂肪酸の繊維表面への付着性が向上する。
【0030】
水性液(i)と繊維製品との接触条件としては、例えば、該水性液の温度として5〜40℃が好ましく、10〜40℃がより好ましい。該水性液の接触時の温度でのpHとしては、4〜7が好ましく、4〜6.5がより好ましい。さらに、接触時間としては、例えば5〜30分間程度が好ましい。
【0031】
水性液(i)のpHを中性〜酸性にするためには、必要に応じて塩酸、硫酸又は硝酸等の無機酸を水性液(i)に添加してもよく、クエン酸、コハク酸又はフマル酸等の有機酸を水性液(i)に添加しても良い。
【0032】
水性液(i)中の不飽和脂肪酸の濃度は、使用形態によって異なるが、Ante-iso脂肪酸の資化を忌避させる観点から、水性液中の濃度が0.5ppm以上であることが好ましく、1ppm以上であることがより好ましく、5ppm以上であることがさらに好ましい。一方、上限値としては、不飽和脂肪酸自体にニオイの問題があるため、20ppm以下が好ましく、15ppm以下がより好ましく、10ppm以下がさらに好ましい。なお、水性液(i)のpHによって、不飽和脂肪酸の一部がアルカリ金属塩又は低分子量のアミン塩(ただし、この場合のアミンは分子量が150未満のアミン類であり、アンモニアも含む。具体的にはモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンが挙げられる。)との平衡状態になると考えられる場合がある。本明細書において、別に規定のない限り、それらの塩形態の成分も不飽和脂肪酸として扱うものとし、酸型の濃度にカウントする。また、本発明において、不飽和脂肪酸塩や脂肪酸塩は、特に明記しないかぎり、前記のアルカリ金属塩又は分子量150未満のアミン化合物又はアンモニアとの塩を意味するものとする。
【0033】
なお、飽和脂肪酸は、不飽和脂肪酸の繊維製品への付着を低減させるため、含有されないことが好ましいが、天然由来の脂肪酸を原料とする場合に少量混入するケースや、製造工程中に少量混ざってくるケースが考えられる。従って異臭抑制効果の観点から、水性液(i)中の不飽和脂肪酸に対する飽和脂肪酸の割合が質量比で、飽和脂肪酸/不飽和脂肪酸として1/1以下が好ましく、1/2以下がより好ましく、1/100以下がさらに好ましい。なお、本態様では、不飽和脂肪酸塩や飽和脂肪酸塩はそれぞれ不飽和脂肪酸や飽和脂肪酸としてカウントされる。
【0034】
<(II)Ante-iso脂肪酸と反応し得る陽イオン性物質(ただし、アルカリ金属イオン及び分子量150未満の陽イオン性有機化合物を除く)と繊維製品とを接触させる工程>
繊維製品に残留したAnte-iso脂肪酸を陽イオン性物質(ただし、アルカリ金属イオン及び分子量150未満の陽イオン性有機化合物を除く)で変性させることで、Ante-iso脂肪酸の資化を抑制することができる。変性とはAnte-iso脂肪酸を別の化合物にすることであり、例えば、Ante-iso脂肪酸をイオン結合等によってその2量体を形成させたり、或いは同様にイオン結合や縮合反応等により他の分子を結合させてより分子量の大きい別の分子にすることで、資化を抑制する。酸性〜中性領域よりもアルカリ性領域のAnte-iso脂肪酸の解離が促進されるため、工程(II)はアルカリ性領域で行うことが好ましい。
【0035】
本発明では、繊維製品に付着するAnte-iso脂肪酸をイオン結合で変性させる方法が、簡易であり、繊維への影響が少ない点から好ましい。具体的には、対象のAnte-iso脂肪酸を、「2価以上の金属イオンの塩に変性させる方法」[以下、(II-1)という場合もある]と、「その途中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合又はフェニレン環を有してもよい炭素数が8〜22(ただし、フェニレン環を有する場合はフェニレン環の炭素数を除く)の炭化水素基を有する分子量150以上の陽イオン性有機化合物の塩に変性させる方法」[以下(II-2)という場合もある]を挙げることができる。
【0036】
(II-1)及び/又は(II-2)によりAnte-iso脂肪酸を変性させる工程としては、具体的には下記(ii)の水性液及び/又は(iii)の水性液と繊維製品を接触させる工程を挙げることができる。(ii)又は(iii)はそれぞれ単独で行ってもよく、(順序に関係なく)逐次行ってもよく、あるいは同時に行ってもよい。
【0037】
(ii)2価以上の金属イオンとアルカリ剤とを含有するアルカリ性水性液
(iii)分子量150以上の陽イオン性有機化合物とアルカリ剤とを含有するアルカリ性水性液(ここで、該陽イオン性有機化合物は、陽イオン性の原子と該原子に結合する少なくとも1つの炭化水素基とを含み、該炭化水素基は、その途中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合又はフェニレン環を有してもよい炭素数が8〜22(ただし、フェニレン環を有する場合はフェニレン環の炭素数を除く)の炭化水素基である。)
【0038】
まず(ii)による水性液を用いる工程について説明する。
(ii)の水性液の工程に用いる2価以上の金属イオンとしては、アルカリ土類金属イオン、遷移金属イオンを挙げることができ、好ましくはCa、Mg、Be、Sr、Ba、Cu及びZnに由来する金属イオンが挙げられ、より好ましくはCaに由来する金属イオン及びMgに由来する金属イオンを挙げることができる。かかる金属イオンは、繊維製品との接触媒体が水性液の場合、当該金属の化合物として、例えば2価金属の水酸化物として配合してもよく、無機塩又は有機塩として配合してもよい。
【0039】
金属無機塩として配合する場合の形態としては、ハロゲン化物、硫酸塩、亜硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩が挙げられ、この中でも塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩が好ましく、アルカリ土類金属の塩酸塩がより好ましい。具体的な化合物として、塩化カルシウム、塩化マグネシウムからなる群より選択される一種以上がより好ましい。
【0040】
水性液中の2価以上の金属イオンの濃度は、塩や水酸化物として配合する場合であっても、金属原子に換算して0.5ppm以上が好ましく、1ppm以上がより好ましく、5ppm以上がさらに好ましい。繊維製品への残留による変色や肌触り等の硬質化の抑制の観点から、該濃度は100ppm以下が好ましく、20ppm以下がより好ましく、10ppm以下がさらに好ましい。
【0041】
用いるアルカリ性水性液においては、アルカリ剤を配合してもよく、又は上記2価金属の水酸化物を配合する場合はかかる水酸化物がアルカリ剤として扱われる。アルカリ剤としては、本技術分野において一般的にアルカリ剤として知られている化合物が挙げられる。アルカリ剤としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属珪酸塩、及び炭素数2又は3のアルカノール基を1〜3つ有し、全炭素数が6以下であるアルカノールアミンからなる群より選択される一種以上が好ましい。
【0042】
アルカリ剤の使用量は、用いる化合物によって異なるが、水性液のpHが所定の範囲となる量を使用することが好ましい。(ii)に規定のアルカリ性水性液のpHとしては、JIS K 3362の項目8.3に記載の方法において測定された20℃でのpHが10以上であることが好ましく、11以上であることがより好ましい。家庭内の使用を考慮すると、当該アルカリ性水性液のpHは14以下であることが好ましい。
【0043】
次に(iii)の水性液を用いる工程について説明する。
(iii)のアルカリ性水性液における分子量150以上の陽イオン性有機化合物は、陽イオン性の原子と該原子に結合する少なくとも1つの炭化水素基とを含む。陽イオン性の原子としては、窒素原子及びリン原子が挙げられる。当該陽イオン性の原子に結合する炭化水素基としては、その途中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合又はフェニレン環を有してもよい炭素数が8〜22(ただし、フェニレン環を有する場合はフェニレン環の炭素数を除く)の炭化水素基である。
【0044】
当該炭化水素基としては、その途中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合又はフェニレン環を有してもよい炭素数が8〜22(ただし、フェニレン環を有する場合はフェニレン環の炭素数を除く)のアルキル基又はアルケニル基がより好ましい。
【0045】
陽イオン性の原子は複数の基と結合することができるので、当該原子は上記の炭化水素基の少なくとも1つと結合し、1つ又は2つと結合することが好ましい。2つ以上の炭化水素基と結合する場合、炭化水素基は異なっていてもよく、同じでもよい。
【0046】
さらに、陽イオン性有機化合物としては高分子化合物であっても良く、この場合、陽イオン性基を有するモノマー構成単位を複数有する高分子化合物が例示される。このような陽イオン性有機化合物が高分子化合物である場合、取り扱いやすさから、重量平均分子量の下限値が2000以上が好ましく、3000以上がより好ましく、上限値としては10万以下が好ましく、5万以下がより好ましく、1万以下がさらに好ましい。
【0047】
(iii)における陽イオン性有機化合物の例としては、アミン化合物、第4級アンモニウム塩及び第4級ホスホニウム塩からなる群より選択される1種以上の化合物が挙げられる。該化合物における陽イオン性の原子には、上記の炭化水素基の他に、例えばベンジル基又はヒドロキシ基を有してもよい炭素数1〜3のアルキル基の1つ以上が結合してもよい。
【0048】
陽イオン性有機化合物の分子量は、資化を抑制させる観点から150以上が好ましく、200以上がより好ましい。
【0049】
陽イオン性有機化合物における陽イオン性の原子の数は特に制限されるものではない。例えば、陽イオン性有機化合物における陽イオン性の原子の数が1つ又は2つの化合物の場合、該分子量の上限値としては2000以下が好ましく、1500以下がより好ましい。陽イオン性有機化合物は陽イオン界面活性剤であっても良く、この場合、該分子量の上限値としては1500以下が好ましい。
【0050】
(iii)における陽イオン性有機化合物としては、アミン化合物、第4級アンモニウム塩及び第4級ホスホニウム塩からなる群より選択される1種以上を挙げることができる。本発明では、市場での化合物の入手のし易さから、第4級アンモニウム塩を用いることが好ましい。第4級アンモニウム塩としては下記一般式(2)で示される化合物が更に好ましい。
【0051】
【化2】

【0052】
(式中、R3は炭素数8〜22の炭化水素基であり、R3中に−(AO)s−を含んでも良い。AOは、オキシエチレン基又はオキシプロピレン基であり、sはAOの平均付加モル数を表し、0.1〜10である。R4、R5及びR6は、それぞれ独立に炭素数1〜3のアルキル基(例えばメチル基、エチル基、プロピル基)、ベンジル基又は炭素数1〜3のヒドロキシアルキル基であり、Xはハロゲン原子、CH3SO4又はCH3CH2SO4である。)
【0053】
一般式(2)で示される第4級アンモニウム塩としては、R3の炭素数は8〜20が好ましく、10〜18がより好ましく、10〜16がさらに好ましい。Xのハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子等が挙げられる。
【0054】
一般式(2)で示される化合物としては、例えば下記(iii-1)〜(iii-4)が好ましく使用できるが、(iii-1)及び(iii-3)から選ばれる化合物を用いることがより好ましい。(iii-1)を用いる場合、窒素原子を有する全ての陽イオン性有機化合物中の50質量%以上を(iii-1)が占めることが好ましく、60質量%以上を(iii-1)が占めることがより好ましい。
【0055】
(iii-1):R3の炭素数が8〜22の直鎖アルキル基であり、R4〜R6がそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基であるアンモニウム塩。
(iii-2):R3の炭素数が8〜22の分岐鎖アルキル基であり、R4〜R6がそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基であるアンモニウム塩。
(iii-3):R3の炭素数が6〜22の直鎖アルキル基であり、R4がベンジル基であり、R5及びR6が炭素数1〜3のアルキル基であるアンモニウム塩。
(iii-4):R3の炭素数が6〜22の直鎖アルキル基であり、R3中に−(AO)s−を含み、sが1〜5であり、R4〜R6がそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基であるアンモニウム塩。
【0056】
好ましい第4級アンモニウム塩の具体例としては、塩化ミリスチルトリメチルアンモニウム、塩化パルミチルトリメチルアンモニウム、塩化ステアリルトリメチルアンモニウム、塩化ベヘニルトリメチルアンモニウム及び塩化オレイルトリメチルアンモニウムが挙げられる。
【0057】
水性液(iii)中の陽イオン性有機化合物の濃度は、異臭抑制の観点から、2.5ppm以上が好ましく、5ppm以上がより好ましく、10ppm以上がさらに好ましい。処理による繊維製品へのべと付きを抑制する観点から、該濃度は200ppm以下が好ましく、100ppm以下がより好ましく、40ppm以下がさらに好ましい。
【0058】
本発明では、Ante-iso脂肪酸を該陽イオン性有機化合物との塩に変性させるために、対象となる繊維製品と、該陽イオン性有機化合物及びアルカリ剤を含有するアルカリ性水性液とを接触させる工程を実行することが好ましい。
【0059】
(iii)のアルカリ性水性液に用いることができるアルカリ剤としては、(ii)に関して記載したものと同様のものを挙げることができる。なお、アルカリ剤は、前記2価以上の金属の水酸化物であってもよく、分子量150未満の陽イオン性有機化合物、例えばアミン化合物をアルカリ剤として扱ってもよい。
【0060】
(iii)におけるアルカリ剤の使用量は、用いる化合物によって異なるが、十分に反応させるための観点から、水性液のpHが所定の範囲となる量を使用することが好ましい。(iii)のアルカリ性水性液のpHとしては、JIS K 3362の項目8.3に記載の方法において測定された20℃でのpHが10以上であることが好ましく、11以上であることがより好ましい。家庭内の使用を考慮すると、当該アルカリ性水性液のpHの上限は14以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0061】
(ii)及び/又は(iii)の水性液と繊維製品との接触条件としては、例えば、該水性液の温度として5〜40℃が好ましく、10〜40℃がより好ましい。該水性液の接触時の温度でのpHとしては、10〜11.5が好ましい。さらに、接触時間としては、例えば5〜30分間程度が好ましい。
【0062】
なお、(i)〜(iii)の水性液には、他に陽イオン界面活性剤以外の界面活性剤、エタノール等の有機溶剤、香料成分、色素や防菌・防黴剤等任意の成分を配合することができる。
【0063】
<防臭処理方法>
本発明の異臭物質を低減させる方法を利用して、繊維製品の防臭処理方法を提供することができる。本発明の防臭処理方法は、防臭したい繊維製品、例えば長期使用が想定される臭いの残留を避けたい繊維製品、例えばタオルやハンカチ等を洗濯した後に、上記(i)〜(iii)の水性液に浸漬する方法が挙げられる。
【0064】
(i)の水性液を用いる防臭処理方法は、酸を除去するために、防臭処理した後に濯ぎを行うことが好ましい。また長期間箪笥等に入れておくことで繊維製品に臭いが発生した場合、そのまま上記(i)の水性液に浸漬してもよい。生乾きのために臭いが残った繊維製品も、本発明の防臭処理方法の対象とすることができる。本発明の防臭処理方法における処理時間は特に規定しないが、室温で5〜30分間が好ましい。
【0065】
(ii)又は(iii)の水性液での処理は、アルカリ剤を除去するために、防臭処理した後に濯ぎを行うことが好ましい。基本的に前記(i)で規定した防臭処理方法と同じである。なお、室温での処理時間は5〜30分間が好ましいが、水性液のpHが10以上の場合、15分間以内の処理で十分な効果を得ることができる。
【0066】
なお、防臭処理に用いる上記(i)〜(iii)の水性液は、繊維製品を浸漬するための液体として用いてもよく、繊維製品に局所的に塗布又はスプレー付き容器に充填して繊維製品に噴霧(泡であってもよい)して用いてもよく、スプレーによる噴霧のタイプは、(i)の水性液を使用する場合に好ましく適用できる。
【0067】
なお、本明細書における異臭、とりわけ再発生タイプの異臭とは、一般式(1):
【0068】
【化3】

【0069】
〔R1及びR2はそれぞれ水素原子又はメチル基を示し、破線は二重結合であってもよいことを示し、破線のうち少なくとも1箇所は二重結合である。〕で示される異臭物質に由来する臭いを主に指すものとする。一般式(1)で示される化合物としては、5−メチル−2−ヘキセン酸、5−メチル−4−ヘキセン酸及び4−メチル−3−ヘキセン酸が挙げられる。このうち4−メチル−3−ヘキセン酸の臭気に関する閾値が非常に低いことから、異臭としての影響が大きいことが分かる。
【0070】
<繊維製品の防臭用水性液>
本発明の異臭物質を低減させる方法を利用して、繊維製品の防臭用水性液を提供することができる。本発明の防臭用水性液としては、上記で説明した各種の水性液を適用することができる。本発明の防臭用水性液は水溶液でもよく、水懸濁液でもよいが、取扱いの容易さの観点から水溶液であることが好ましい。
【0071】
例えば、水性液(i)を適用する場合、本発明の防臭用水性液としては、炭素数10〜24の直鎖の不飽和脂肪酸又はその塩を、酸に換算して0.5〜20ppm含有する、20℃でのpHが4〜7の水性液、好ましくは4〜6.5の水性液が例示される。
【0072】
さらに、水性液(ii)を適用する場合、2価以上の金属イオンを金属原子に換算して0.5〜100ppm含有する、20℃でのpHが10〜14の水性液、好ましくは11〜14の水溶液が例示される。
【0073】
さらに、水性液(iii)を適用する場合、分子量150以上の陽イオン性有機化合物を2.5〜200ppm含有する、20℃でのpHが10〜14の水性液、好ましくは11〜14の水溶液が例示される。
【0074】
本発明の繊維製品の防臭用水性液の使用方法としては、例えば、水性液(i)、(ii)又は(iii)を含む水性組成物に繊維製品を浸漬などして含浸する方法、水性組成物(i)〜(iii)をスプレー噴霧手段を備えた容器に充填して繊維製品にスプレーする方法、スポンジなどの可撓性材料に含浸させた水性組成物(i)〜(iii)を含む水性組成物を繊維製品にこすり付ける方法などを挙げることができる。簡便性及び本発明の効果を十分引き出す目的から、該水性組成物をスプレー噴霧手段を備えた容器に充填して繊維製品にスプレーする方法が好ましい。該水性組成物を繊維製品に残す場合、その効果をどのような方法を使用しても認知できる量としては、繊維製品1kgあたり10mg〜1000mgが好ましい。
【0075】
スプレー処理を行う場合、噴霧手段としてはスプレーヤーが好ましく、エアロゾールやミスト、又はトリガー式などのポンプタイプのものを挙げることができる。ポンプタイプのスプレーヤーを用いる場合は、ボタ落ちが少ない蓄圧式と呼ばれるものを用いることが好ましい。本発明において、トリガー式スプレーヤーを用いて繊維製品に噴霧する方法がより好ましい。
【0076】
トリガー式スプレーヤーを用いて水性液を繊維製品に噴霧する場合、噴霧後の水性組成物の液滴の体積平均粒径が、噴射口から噴射方向に10cm離れた地点において10〜200μmであり、200μmを越える液滴が噴霧液滴の総数に対して1体積%以下、10μmに満たない液滴が噴霧液滴の総数に対して1体積%以下になるような噴霧手段を具備するものが好ましい。このような粒子径分布は、例えば、レーザー回折式粒度分布計(日本電子製)により測定することができる。このような噴霧粒径を制御する方法としては、手動式のトリガー式スプレーヤーを用いることが好ましく、噴霧口径が好ましくは1mm以下、より好ましくは0.5mm以下の吐出孔を有しているものを用いることで容易に達成することができる。また、吐出孔の形状、材質等は特に限定されるものではない。
【0077】
トリガー式スプレーヤーを用いて繊維製品に噴霧する場合、水性組成物の20℃における粘度が15mPa・s以下が好ましく、1〜10mPa・sがより好ましい。なお、水性組成物の粘度調整は、組成物濃度の調整、市販の増粘剤の使用等によって行うことができる。なお、本発明の水性組成物の粘度は、以下のようにして測定されたものである。まず、東京計器社製B型粘度計モデル形式BMに、ローター番号No.1のローターを備え付けたものを準備する。試料をトールビーカーに充填し、20℃の恒温槽内にて20℃に調製する。恒温に調製された試料を粘度計にセットする。ローターの回転数を60rpmに設定し、回転を始めてから60秒後の粘度を水性組成物の粘度とする。
【0078】
トリガー式スプレーヤー等を用いて(i)〜(iii)の水性液を含む水性組成物を繊維製品に噴霧する場合、繊維製品400m2当りの水性組成物の噴霧量は、0.1〜3.0gが好ましく、0.2〜2.0gがより好ましく、0.5〜1.0gがさらに好ましい。また、Ante-iso脂肪酸の資化を忌避させる成分又はAnte-iso脂肪酸と反応し得る陽イオン性物質の噴霧量は、繊維製品400m2当り0.001〜0.5gが好ましく、0.001〜0.1gがより好ましく、0.01〜0.03gがさらに好ましい。
【実施例】
【0079】
試験例1(再発生タイプの異臭の原因物質の確認)
着用と洗濯を繰り返し、再発生タイプの異臭が強く感じられる肌着(綿100%)50gを裁断し、500mLのジクロロメタンによりニオイ成分を抽出後、減圧濃縮した。得られた濃縮物に、更に水酸化ナトリウム1M水溶液の200mLを抽出溶液として添加し、水層のみを分取した。得られた水層に対して、2M塩酸を200mL添加し酸性にした。この酸性の水層に、さらにジクロロメタン200mLを加えて有機層を分取した。得られた有機層を減圧濃縮し、酸性成分の濃縮物として1mLに定容した。
【0080】
続いて、アジレント社製ガスクロマトグラフにゲステル社製Preparative Fraction Collector(PFC)装置を接続したものを用い、濃縮物を下記の条件下でGC保持時間により分画し、目的成分周辺のGC30回分を内径6mm、長さ117mmのガラス管に充填した充填剤(商品名:TENAX TA、ジーエルサイエンス社製)200mgに捕集した。
【0081】
(GC−PFC条件)
GC:Agilent 6890N(商品名、アジレント社製)
カラム:DB-1(商品名、アジレント社製)、長さ30m、内径0.53mm、膜厚1μm
40℃ 1min.hold→6℃/min. to 60℃→4℃/min. to 300℃
Injection volume:2μL
PFC(Gerstel社製):trap time 18min. to 24min.、30times
trap:TENAX TA(商品名、ジーエルサイエンス社製)200mg
【0082】
最後に、TENAXに捕集した目的成分をゲステル社製Thermal Desorption system(TDS)をアジレント社製GC−MSに接続した装置にて、下記条件下で分析した。
【0083】
(TDS−GC−MS条件)
GC:Agilent 6890N(商品名、アジレント社製)
MS:Agilent 5973(商品名、アジレント社製)
TDS脱着条件:250℃、パージ流量50mL/min、パージ時間3min.
カラム:DB-FFAP(商品名、アジレント社製)、長さ30m、内径250μm、膜厚0.25μm
40℃ 1min.hold→6℃/min. to 60℃→2℃/min. to 240℃
【0084】
捕集したサンプルから、主たる異臭物質が5−メチル−2−ヘキセン酸、5−メチル−4−ヘキセン酸及び4−メチル−3−ヘキセン酸であることが分かった。特に4−メチル−3−へキセン酸は他の物質よりも臭気の閾値が極めて小さいものであることが分かった。
【0085】
試験例2(資化を受けて異臭物質を生じさせる物質の確認)
試験例1で特定された異臭物質は、洗濯及び乾燥により除去することができるが、着用時に異臭が再発生することが確認された。理由として、原因菌の乾燥耐性や殺菌剤に対する耐性があることに加えて、基質が残存していることが考えられた。
【0086】
一般生活において、洗浄及び屋外乾燥と使用を複数回繰り返し、再使用時に再発生タイプの異臭を発生するようになった複数の中古タオル・バスタオルから、いくつかの細菌を単離した。
【0087】
さらに検討したところ、モラクセラ・エスピー、バチルス・セレウス、シュードモナス・エスピー、ミクロコッカス・エスピー、エシュリキア・エスピーが同定された。
【0088】
また全てのタオル・バスタオルから、モラクセラ・エスピーが単離された。単離されたモラクセラ・エスピーは、その菌数も多かった。さらに、単離したモラクセラ・エスピーを、再発生タイプの異臭が確認されているタオルをオートクレーブで滅菌処理したものに接種し温度37℃、湿度70%の部屋に放置したところ、接種しなかったタオルの再発生タイプの異臭は殆ど感じられなかった一方で、接種したタオルに対しては非常に強い異臭が再発生することが確認された。
【0089】
したがって、再発生タイプの臭いには本菌種などの特定の微生物が関与していることが明らかとなった。
【0090】
かかる細菌にヒトの皮脂に含まれる種々の物質を資化させて、5−メチル−2−ヘキセン酸、5−メチル−4−ヘキセン酸及び4−メチル−3−ヘキセン酸のいずれかを発生する物質を公知の手法によりスクリーニングしたところ、カルボニル炭素を含めた総炭素数が13〜25であるAnte-iso脂肪酸がかかる原因物質に該当することを確認した。
【0091】
実施例1
(I)不飽和脂肪酸によるAnte-iso脂肪酸の資化抑制の確認
1.1 使用細菌種
試験例2において同定された細菌のうち、総炭素数17のAnte-iso脂肪酸を資化して4−メチル−3−へキセン酸をより多く生産するモラクセラ・エスピー(Moraxella sp.) KMC4-1株を用いて次の実験を行った。なお、当該株はMoraxella sp. KMC4-1と表示され、2010年10月14日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に、受領番号FERM AP-22030として寄託された。
【0092】
1.2 評価
1.2.1 細菌懸濁液の調製
SCD−LP寒天培地(和光純薬工業)に上記細菌を供試細菌として播種し、常温にて1〜2週間培養し、これを前培養プレートとした。前培養プレートからコンラージでコロニー表面を掻き取り、107CFU/mLの細菌懸濁液を調製した。
【0093】
1.2.2 試験布の調製
滅菌処理した綿メリヤス布に対して、メタノール溶媒に溶解させた炭素数17のAnte-iso脂肪酸を、布1gに対して10mgのAnte-iso脂肪酸(以下、10mg/布gと示す場合もある。)になるように含浸させた後、乾燥させた。その後、5cm×5cmに裁断したものを試験布とした。
【0094】
1.2.3 細菌定着布の培養と評価方法
試験布に対して、不飽和脂肪酸としてオレイン酸、リノール酸又はリノレン酸をメタノール溶媒に希釈したものを塗布した。具体的には、塗布後に表1に記載の量となるようないくつかの濃度の各不飽和脂肪酸溶液(各溶液の20℃でのpHは中性〜酸性の範囲であった。)を用意し、塗布溶液量が一定になるように、1回につき布1gに対して0.1mL塗布する操作を2回行った。すなわち前記溶液を0.2mL/布g塗布した。次いで、それぞれの布を室温で半日間放置して乾燥させた後、前記細菌懸濁液を1mL添加し、細菌定着布とした。本実験方法では、このように布に懸濁液を加えることで、脂肪酸含有の水溶液と繊維製品とを接触させた、とみなす。
【0095】
細菌定着布をシャーレに入れ、37℃、70%の培養庫において24時間培養を行った。培養後の細菌定着布について、高感度パネラー1人による官能評価により、下記評価基準にて臭気強度の判定を行った。評価結果を表1に合わせて示す。
【0096】
・評価基準
臭気強度1:まったく臭わない
臭気強度2:ほぼ臭わない
臭気強度3:なんとなくわかる臭い
臭気強度4:よく嗅ぐとわかる臭い
臭気強度5:はっきりとわかる臭い
【0097】
1.2.4 Ante-iso脂肪酸の定量方法
培養後の細菌定着布についてのAnte-iso脂肪酸の定量を、次のように実施した。培養後の細菌定着布を10mLのエタノールに浸漬し、10分間超音波による抽出を行った。抽出液と、誘導体化試薬9-Anthyldiazomethaneの0.1%メタノール溶液とを1:1(体積割合)で混合し、25℃で1時間放置して定量用の試料とした。調製した試料について、HPLC(日立社製)によるLC/FLD(蛍光)定量分析を行った。溶離液はメタノール100%、カラムはL−columnODS(財団法人化学物質評価研究機構)を用い、カラム温度は40℃、試料注入量は10μL、流速は1.0mL/minという条件で行った。
【0098】
【表1】

【0099】
1.3 結果
不飽和脂肪酸を添加することで、Ante-iso脂肪酸の資化を用量依存的に忌避できること、その結果、優れた防臭効果が得られることが分かった。不飽和脂肪酸については、オレイン酸よりも不飽和結合数が多いリノール酸、リノレン酸の方が、より顕著な防臭効果が得られることが分かった。なお、試験布番号1−8及び1−12における臭気強度は、添加された脂肪酸の影響によるものと考えられる。
【0100】
実施例2
(II)陽イオン性物質(多価金属イオン又は陽イオン性有機化合物)によるAnte-iso脂肪酸の資化抑制の確認
【0101】
2.1 使用細菌種
前記1.1と同様の細菌種を使用した。
【0102】
2.2 評価
2.2.1 細菌懸濁液の調製
前記1.2.1と同様にして調製した。
【0103】
2.2.2 試験布の調製
前記1.2.2と同様にして調製した。
【0104】
2.2.3 陽イオン性物質処理布の調製
上記試験布を、異なるpHの40ppmの塩化カルシウム水溶液中に浸漬し、10分間攪拌処理を行った。同様に上記試験布を、異なるpHの20ppmの塩化パルミチルトリメチルアンモニウム水溶液中に浸漬し、10分間攪拌処理を行った。攪拌後の布について、25℃、湿度40%の部屋に24時間放置して乾燥したものを、陽イオン性物質処理布とした。各水溶液のpHは水酸化ナトリウムを用いて20℃にて調整し測定した。
【0105】
2.2.4 細菌定着布の培養
前記陽イオン性物質処理布に前記細菌懸濁液を1mL添加し、細菌定着布とした。細菌定着布をシャーレに入れ、37℃、70%の培養庫において24時間培養を行った。培養後の細菌定着布について、実施例1と同様の官能評価とAnte-iso脂肪酸の定量を行った。表中、陽イオン性有機化合物(1)とは塩化パルミチルトリメチルアンモニウムのことである。
【0106】
【表2】

【0107】
2.3 結果
水溶液中にカルシウムが存在する場合において、pH8.4以上で臭いが改善され、(試験布番号:2−3)さらにpH11.2では臭いが全く認められなかった(試験布番号:2−6)。なお、塩化カルシウムの変わりに塩化マグネシウムを用いた場合も同様の傾向が得られた。
【0108】
また陽イオン性有機化合物については、20ppm以上の陽イオン性有機化合物の存在下で臭いが改善され(試験布番号:2−13)、pH11.2の場合では臭いが全く認められなかった(試験布番号:2−14)。
【0109】
実施例3
(III)不飽和脂肪酸を用いた臭い抑制の実用実験
3.1 処理溶液の調製
表3に示す組成の水溶液を調製した。各水溶液は、細菌に対する殺菌作用や抗菌作用がないことを確認した。
【0110】
3.2 試験布の調製
中古衣料として、5−メチル−2−ヘキセン酸、5−メチル−4−ヘキセン酸及び4−メチル−3−ヘキセン酸の少なくとも1種に由来する再発生タイプの異臭が生じる、20代〜40代の成人男子が複数回洗濯と使用を繰り返した肌着(綿100%)を入手し、5cm×5cmに裁断した。衣類のロットごとにAnte-iso脂肪酸の存在を確認した。
【0111】
3.3 評価
表3に記した、洗浄性を有する20℃、pH7.0の水溶液を調製し、該水溶液100mLに試験布5枚を10分間浸漬した。
【0112】
600mLのイオン交換水が注がれた1Lビーカーに浸漬後の布を5枚入れ、攪拌羽根で85rpmで10分間攪拌した。次いで、水を除去することにより濯ぎを行った。この濯ぎ工程を2回繰り返した。
【0113】
濯ぎ工程後の布について1分間脱水処理を行った後、25℃、湿度40%の部屋に24時間放置して乾燥させた。乾燥後の布の5枚のうち、最も臭いの強いもの1枚を選び、評価対象とした。この布について、実施例1と同様の官能評価を行った。
【0114】
【表3】

【0115】
表中の各成分は以下の通りである。
非イオン界面活性剤(1):ポリオキシエチレン(10)ラウリルエーテル(カッコ内の数値は平均付加モル数)〔ラウリルアルコール(炭素数12の直鎖1級アルコール)1モル当たりエチレンオキサイドを平均で10モル付加させたもの〕
陰イオン界面活性剤(1):直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(アルキル基の炭素数が12のもの。調製時は酸型で配合する。表中の濃度は酸剤としての濃度である。)
陰イオン界面活性剤(2):ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステルナトリウム塩(エチレンオキサイドの平均付加モル数は2、アルキル基は直鎖1級アルコール由来の炭素数12及び14の混合物、アルキルエーテル硫酸エステル塩の含有率は30モル%、表中の濃度は酸型としての濃度とする。)
不飽和脂肪酸:リノール酸(酸型)
モノエタノールアミンをpH調整剤とした。
【0116】
3.3 結果
不飽和脂肪酸を配合することにより、異臭の発生が抑制されることが明確になった。なお、配合例3−5における臭気強度は、添加された不飽和脂肪酸の影響によるものと考えられる。
【0117】
実施例4
(IV)陽イオン性物質を用いた臭い抑制の実用実験
4.1 試験布の調製
実施例3と同様にして行った。
【0118】
4.2 評価
実施例3と同様にして、陽イオン性物質(カルシウム又は陽イオン性有機化合物)を用いた場合の実用実験を行った。結果を表4に合わせて示す。
【0119】
【表4】

【0120】
表中の非イオン界面活性剤(1)及び陽イオン性有機化合物(1)は前記と同じものである。
【0121】
4.3 結果
カルシウムイオンによる異臭抑制効果は、pHが10.5以上において効果的であることが確認された。陽イオン性有機化合物においては、アルカリ性において防臭効果を確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0122】
本発明の繊維製品から発生する異臭物質を低減させる方法は、例えば、中古繊維製品の防臭剤の分野及び繊維製品全般の分野に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維製品に付着した、カルボニル炭素を含めた総炭素数が13〜25であるAnte-iso脂肪酸の細菌による資化を抑制する工程を含む、該繊維製品から発生する異臭物質を低減させる方法。
【請求項2】
異臭物質が、下記一般式(1)
【化1】


〔R1及びR2はそれぞれ水素原子又はメチル基を示し、破線は二重結合であってもよいことを示し、破線のうち少なくとも1箇所は二重結合である。〕で示される化合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Ante-iso脂肪酸の細菌による資化を抑制する工程が、下記(I)又は(II):
(I)Ante-iso脂肪酸の資化を忌避させる成分と繊維製品とを接触させる工程
(II)Ante-iso脂肪酸と反応し得る陽イオン性物質(ただし、アルカリ金属イオン及び分子量150未満の陽イオン性有機化合物を除く)と繊維製品とを接触させる工程
のいずれかである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
(I)の工程が、下記(i)の水性液:
(i)炭素数10〜24の直鎖の不飽和脂肪酸又はその塩を含有する中性〜酸性の水性液
と繊維製品とを接触させることにより実行される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
(i)における不飽和脂肪酸が、不飽和結合を1〜4つ有する直鎖の不飽和脂肪酸からなる群より選択される1種以上である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
(i)の水性液と繊維製品との接触条件が、該水性液の温度が5〜40℃であって、該水性液の接触時の温度でのpHが4〜7である、請求項4又は5に記載の方法。
【請求項7】
(II)の工程が、下記(ii)及び/又は(iii)の水性液:
(ii)2価以上の金属イオンとアルカリ剤とを含有するアルカリ性水性液
(iii)分子量150以上の陽イオン性有機化合物とアルカリ剤とを含有するアルカリ性水性液(ここで、該陽イオン性有機化合物は、陽イオン性の原子と該原子に結合する少なくとも1つの炭化水素基とを含み、該炭化水素基は、その途中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合又はフェニレン環を有してもよい炭素数が8〜22(ただし、フェニレン環を有する場合はフェニレン環の炭素数を除く)の炭化水素基である。)
と繊維製品とを接触させることにより実行される、請求項3に記載の方法。
【請求項8】
(ii)における2価以上の金属イオンが、Ca、Mg、Be、Sr、Ba、Cu及びZnに由来する金属イオンからなる群より選択される1種以上である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
(iii)における分子量150以上の陽イオン性有機化合物が、アミン化合物、第4級アンモニウム塩及び第4級ホスホニウム塩からなる群より選択される1種以上の化合物であって、
該陽イオン性有機化合物における陽イオン性の原子が、
その途中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合又はフェニレン環を有してもよい炭素数8〜22(ただし、フェニレン環を有する場合はフェニレン環の炭素数を除く)の炭化水素基の1つ又は2つ、及び
ベンジル基、炭素数1〜3のアルキル基、及び炭素数1〜3のヒドロキシアルキル基からなる群より選択される1つ以上と結合してなる化合物である、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
(ii)及び/又は(iii)の水性液と繊維製品との接触条件が、該水性液の温度が5〜40℃であって、該水性液の接触時の温度でのpHが10〜11.5である、請求項7〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
炭素数10〜24の直鎖の不飽和脂肪酸又はその塩を、酸に換算して0.5〜20ppm含有する、20℃でのpHが4〜7の繊維製品の防臭用水性液。

【公開番号】特開2012−97367(P2012−97367A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244333(P2010−244333)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】