説明

繊維集合平板型電波吸収体

【課題】垂直入射時、TE偏波斜入射時、TM偏波斜入射時において高い電波吸収性能を得る。
【解決手段】基材層1と表面層2とが不可分一体となった2層の積層から構成されている。基材層1は、電波吸収体の下層を形成する繊維の層であり、基材層1を構成するほとんどの繊維は、2次元方向の平面方向に配列されているものであり、表面層2は、電波の入射面を形成し、基材層1を構成する繊維に絡まって、その一部が三次元の高さ方向に立ち上がった繊維を含む繊維の層によって構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波吸収体、特にアンテナ指向性改善・レーダー偽像対策用等に適した広角度入射用の繊維集合平板型電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
電波吸収体には、従来よりピラミッド型電波吸収体、波形電波吸収体、平板積層型電波吸収体、繊維集合平板型電波吸収体などが用いられている。これらの電波吸収体においては、通常、電波の垂直入射の場合に高い吸収性能が得られるよう、電波吸収体への入力インピーダンスの値を空間のインピーダンスである377Ωに近くなるように設計される。
【0003】
ピラミッド型電波吸収体及び波型電波吸収体においては、いずれも電波吸収体の厚さを吸収させたい電波の波長の約1/2以上とすることで広い角度での斜入射において高い電波吸収性能が得られ、波長が短い電波を吸収させたいときには、ピラミッドの形状や波型の凹凸の高さを低くすることによって対応できるが、単位面積当たりの凹凸の数を非常に多くする必要が生じ、電波吸収体の製造が困難となる。
【0004】
平板積層型電波吸収体においては、積層数を多くしていくことで広い角度での斜入射において高い吸収性能を発揮することが可能となる。しかし、積層数を多くしていくためには、誘電率の異なる複数のシートを製作し、さらにそれらのシートを順に張り合わせてゆく工程が必要となって、製品がコスト高となってしまうという問題がある。
【0005】
繊維集合平板型電波吸収体は繊維集合体を平板のマット状に加工した電波吸収体である。繊維集合平板型電波吸収体によれば、入射面に垂直方向から電波が入射(垂直入射)した場合において、優れた減衰性能が得られても、斜め方向から入射(斜め入射)した場合と同様の電波特定が得られるわけではない。入射波の電界(E)が入射面に直交している入射波をTE波といい、磁界(H)が入射面に直交している入射波をTM波という。
【0006】
図6において、垂直入射の入射波の垂直方向波動インピーダンスは、√(E/H)である。斜め入射の場合に、電波の入射面に対する入射角をθとすると、TE偏波の垂直方向波動インピーダンスは、√(E/H・cos(θ)、TM偏波のTE偏波の垂直方向波動インピーダンスは、√(E・cos(θ)/H)となる。このように、斜め入射の場合には、垂直入射に比べて入射波の波動インピーダンスの垂直成分が変化し、電波吸収体への入力インピーダンスと開きが生じる分だけ吸収性能が低下する。
【0007】
図7は、繊維集合平板型電波体の平面の入射面に電波が入射したときの電波吸収特性を示すグラフである。この例では、電波が入射面に垂直に入射したときに、図7(a)に示すように、18GHz〜20GHzの周波数帯において反射減衰量が20dBを大きく下回る特性が得られている。
【0008】
しかし、電波の入射面に対する入射角が60°の斜め入射の場合に、TM偏波(60°の斜入射)では図7(c)に示す様に、反射減衰量に−20dBを下回る高い電波吸収特性が得られてはいるものの、TE偏波(60°の斜入射)では図7(b)のように反射減衰量が−20dBを上回ることになって、TM偏波(60°の斜入射)のような電波吸収特性が得られない。
【0009】
その原因は、電波吸収体を構成する繊維集合体のほとんどの繊維が三次元空間におけるX−Y軸の平面方向に配列されていることに起因する。繊維が平面方向にだけ配列されていると、TM偏波の斜入射で入射角が大きくなってきたときに、図8のように入射波の電界ベクトル方向と繊維方向とが一致しなくなり、電波吸収体への入力インピーダンスが見かけ上、入射波の波動インピーダンスの垂直成分に近づくためである。また、TE偏波の場合は、繊維方向と電界ベクトル方向が入射角の変化によらず一定であるため、入射波の波動インピーダンスの垂直成分が変化する分、吸収性能が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−53375
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
解決しようとする問題点は、繊維集合平板型電波吸収体においては、図7に示す様にTM偏波の斜入射では高い電波吸収特性が得られるが、TE偏波の斜入射では同様の吸収特性が得られないという点である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、繊維集合平板型電波吸収体におけるTM偏波斜入射時の良好な特性に着目し、垂直入射時はもとより、TE偏波斜入射時にも繊維方向と電界ベクトル方向が揃わなくすることで、垂直入射時、TM偏波斜入射時だけでなく、TE偏波斜入射時においても高い電波吸収性能を得ることを最大の特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明による繊維集合平板型電波吸収体は、入射面の繊維を縦、横、高さの三次元方向にランダムに配列することにより広い範囲の周波数域で垂直入射・TE偏波斜入射・TM偏波斜入射のいづれにおいても高い電波吸収性能を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明による電波吸収体の1実施例を示す繊維集合体の側面図である。
【図2】本発明による電波吸収体の電波吸収特性を測定する装置の構成図である。
【図3】(a)〜(c)は、表面層を構成する繊維の立ち上がり高さを平均5〜6mmとした繊維集合平板型電波吸収体の電波吸収特性を示すグラフである。
【図4】繊維集合平板型電波吸収体の1実施例を示す繊維集合体について表面層の立ち上がり高さを平均10〜12mmとした表面層を含む繊維集合体の側面図である。
【図5】(a)〜(c)は、表面層を構成する繊維の立ち上がり高さを平均10〜12mmとした繊維集合型電波吸収体の電波吸収特性を示すグラフである。
【図6】入力波の入力方向に対する入力波の垂直方向インピーダンスの変化を示す図である。
【図7】(a)〜(c)は、表面層のない電波吸収特性を示すグラフである。
【図8】表面層のない繊維集合平板型電波吸収体に電波が斜め入射したときの問題点を示す図である。
【0015】
垂直入射・TE偏波斜入射・TM偏波斜入射のいずれにおいても高い電波吸収性能を得るという目的を、繊維集合平板型電波吸収体ではTM偏波斜入射特性が良好であることに着目し、垂直入射・TE偏波斜入射においても繊維方向と電界ベクトル方向が揃わないよう、繊維集合体の繊維方向を、縦、横、高さの三次元方向にランダムに配列することで実現した。
【実施例】
【0016】
図1は、本発明による繊維集合体平板型電波吸収体の1実施例を示す図である。本発明において、電波吸収体は、基材層1と表面層2とが不可分一体となった2層の積層から構成された繊維集合体である。基材層1は、電波吸収体の下層を形成するマット状(平板状)の繊維の層であり、基材層1を構成するほとんどの繊維は、縦、横の2次元方向、すなわち直角座標のX−Y軸の平面方向に配列されているものである。
【0017】
表面層2は、電波の入射面を形成し、基材層1を構成する繊維に絡まって、縦、横の2次元方向からその一部が三次元の高さ方向すなわち立体座標のZ軸方向にランダムに立ち上がった繊維を含む繊維の層によって構成されている。本発明において、繊維集合体平板型電波吸収体を構成する繊維の種類、太さは特に限定されるものではないが、この実施例においては、太さ0.5mm〜1mmの塩化ビリニデンのフィラメントに、カーボンを付着させた繊維を用いた。
【0018】
表面層2は、基材層1の表面部分の繊維の立ち上げによって形成されている。繊維の立ち上げは、いわゆる起毛処理によって繊維を毛羽立たせるほか、ループ状、鉤状など任意の形状に立ち上がらせることによって行うことができる。図1は、表面層2が二次元方向に配列された繊維のほか、三次元方向に任意の形状でランダムに立ち上がらせた繊維を一部に含む繊維層によって構成されている例を示している。
【0019】
基材層1と表面層2の厚さは問わない。表面層2の繊維密度についても特別に限定はないが、基材層の密度の約半分の密度が一応の目安である。実験によれば、表面層2の繊維密度が低すぎてもあるいは逆に高すぎても減衰特性は低下することがわかっている。
【0020】
表面層2に形成する繊維の立ち上がり高さは数ミリから数10ミリの範囲である。マット状に加工された従来の繊維集合平板型電波吸収体においても、マットを構成する繊維は、その大部分が二次元の平面方向(X軸、Y軸方向)に配列されているが、三次元方向にもある程度ランダムに配列された繊維も含まれている。しかし、Z軸方向での繊維の立ち上がり高さは、せいぜい2〜3mm程度にとどまっているものがほとんどである。その理由は、繊維集合平板型電波吸収体は、繊維を堆積させた後、プレスをかけるという基材の製法上、繊維方向のほとんどがX−Y方向の平面上の配列となってしまうためである。
【0021】
本発明によれば、繊維が平面方向にだけでなく、三次元の高さ方向にも配列されるため、TM偏波の斜入射で入射角が大きくなってきたときでも、見かけ上入射角θが小さいときと等価の状況が実現され、入射波の電界ベクトル方向と繊維方向との角度が垂直入射の場合と実質的に違わず、TM偏波、TE偏波のいずれの場合においても、入射波の波動インピーダンスの垂直成分の変動が最小限にとどめられ、広角度の範囲にわたって吸収性能を安定に保つことができる。
【0022】
次に本発明による繊維集合平板型電波吸収体の実施例1,2の電波吸収特性を測定した。その測定結果を以下に説明する。
(実施例1)
実施例1として、表面層2を構成する繊維の立ち上がり高さを平均5〜6mm程度に調整し、得られた繊維集合平板型電波吸収体の電波吸収特性を測定した。測定には図2のネットワークアナライザ3を用い、アーチ法により測定した。測定に際し、受信側ホーンアンテナ4及び送信側ホーンアンテナ5の下方1000mm位置に、得られた繊維集合平板型電波吸収体を被測定物Mとして設置した。被測定物Mの周囲には不要反射波除去用の電波吸収体6,6,・・・を設置した。試料Mの面積は150mm×150mmとし、周波数帯は18GHz〜20GHzで測定を実施した。
【0023】
実施例1による電波吸収体の電波吸収特性を、図3(a)〜(c)に示す。図3(a)は、被測定物に対する電波の垂直入射の場合、図3(b)は斜め入射(TE偏波60°)の場合、図3(c)は、斜め入射(TM偏波60°入射)の場合である。図3(a)〜(c)から明らかなように、垂直入射の場合に電波吸収特性は、先の図7(a)の特性に比べて若干悪化するものの、反射減衰量は、周波数帯は18GHz〜20GHzにおいて、−20dB以下を確保し、TE偏波・TM偏波の斜入射においても図3(b)、図3(c)のように−20dB以下を確保していた。
【0024】
(実施例2)
次に実施例2として、図4に示すように、表面層2として繊維集合体のZ軸方向の立ち上がり高さを10〜12mm程度に調整し、得られた繊維集合平板型電波吸収体について、実施例1と同じ要領でその電波吸収特性を測定した。図5に、実施例2による電波吸収体の電波吸収特性測定結果を示す。図5(a)は、被測定物に対する電波の垂直入射の場合、図5(b)は斜め入射(TE偏波60°)の場合、図5(c)は、斜め入射(TM偏波60°入射)の場合である。
図から明らかなように、繊維の立ち上がり高さが増加したことによって、実施例1の結果よりも全ての特性において高い電波吸収性能が得られた。
【0025】
(実施例3)
さらに、実施例1と同じ処理を施した電波吸収体(対策1)と、実施例2と同じ処理を施した電波吸収体(対策2)とについて、周波数30GHz、50GHz、70GHzにおける被測定物に対する電波の垂直入射の場合、斜め入射(TE偏波60°)の場合、斜め入射(TM偏波60°入射)の場合の周波数特性を実施例1と同じ要領で測定した。なお比較のため、何らの対策を施さない繊維集合平板型電波体の電波吸収体(未対策)についても同様に周波数30GHz、50GHz、70GHzにおける電波吸収特性を測定した。測定結果を表1〜3に示す。
【0026】

【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【表3】


【0029】
各表に明らかなとおり、対策1、2による電波吸収体によれば、周波数30GHz、50GHz、70GHzでは、TE偏波・TM偏波の斜入射の場合の減衰特性は、−20dB以下の範囲に収まっており、未対策の電波吸収体の電波吸収特性に比べて著しい改善が見られた。
【0030】
また、また垂直入射の場合においても、18GHz以下の周波数域で−20dBを上回ることなく、20GHz以上の周波数域では−30dB以下の減衰特性を維持することがわかった。このような状況を踏まえて本発明による電波吸収体は、少なくとも周波数1GHz〜100GHzの周波数域で垂直入射、TE偏波斜め入射、TM偏波斜め入射において、高い電波吸収性能を得ることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、アンテナ指向性改善・レーダー虚像対策用の電波吸収体として利用するほか、一般の電子機器の放射電磁波測定、外来電磁波に対する体力測定などを行うために電波暗室に設置する電波吸収体として広く各種の分野に広く活用することができる。
【符号の説明】
【0032】
1 基材層、2 表面層、3 ネットワークアナライザ、4 受信側ホーンアンテナ、5 送信側ホーンアンテナ、6 電波吸収体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面層を有する繊維集合体を用いた繊維集合平板型電波吸収体であって、
表面層は、繊維集合体の表面を形成する繊維集合体の層であり、三次元の高さ方向に少なくとも5〜6mmの高さに立ち上がった繊維を含む繊維の層によって構成されていることを特徴とする繊維集合平板型電波吸収体。
【請求項2】
基材層と表面層とが不可分一体となった2層の積層から構成された繊維集合平板型電波吸収体であって、
前記基材層は、電波吸収体の下層を形成する繊維の層であり、基材層を構成するほとんどの繊維は、2次元方向の平面方向に配列されているものであり、
前記表面層は、電波の入射面を形成し、基材層を構成する繊維に絡まって、その一部が三次元の高さ方向に立ち上がった繊維を含む繊維の層によって構成されていることを特徴とする請求項1に記載の繊維集合平板型電波吸収体。
【請求項3】
前記表面層の繊維密度は、前記基材層の密度の約半分の密度に設定されていることを特徴とする請求項2に記載の繊維集合平板型電波吸収体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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