説明

老齢性疾患治療薬

【課題】シルクペプチドの効果を分子レベルで考察することにより見出された知見に基づいて、より具体的かつ実用的なシルクペプチドの用途を提供すること。
【解決手段】シルクペプチドを有効成分とする、CK−BBの蓄積を伴う老齢性疾患の治療薬とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シルクパウダーを含有する、老齢性疾患の治療薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、蚕が産生するシルクに抗認知効果ならびに記憶学習向上効果があることを見出している(特許文献1)。
【0003】
さらに、神経保護活性を有するシルクペプチドも提案されており(特許文献2)、シルクペプチドによって、アルツハイマー病、ハンチントン病、パーキンソン病及び筋萎縮性側索硬化症のような退行性神経疾患、脳卒中のような虚血又は再灌流による疾患及び精神疾患等による記憶学習能力の低下などの脳疾患、脳障害の予防または治療が可能であるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-310211号公報
【特許文献2】特表2009-514783号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1では、シルクパウダーを経口投与したマウスに一時的な認知症を引き起こすscopolamineを投与して行動実験を行っている。したがって、特許文献1で確認されている抗認知効果は、認知症の発症を抑制する予防的効果であり、実際に発症した認知症の改善、治療等については明らかにされていない。
【0006】
さらに、特許文献2では、シルクペプチドによる神経保護活性について言及されているが、老化に対するシルクペプチドの効果や、シルクペプチドが及ぼす体内分子レベルでの変化についての具体的な考察はなされていない。
【0007】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、老化に対するシルクペプチドの効果を分子レベルで考察することにより見出された知見に基づいて、より具体的かつ実用的なシルクペプチドの用途を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の治療薬は、CK−BBの蓄積を伴う老齢性疾患の治療薬であって、シルクペプチドを含有することを特徴としている。
【0009】
本発明の治療薬では、老齢性疾患は、老齢性の脳疾患であることが好ましい。
【0010】
本発明の治療薬では、脳疾患は、海馬領域の神経細胞の損傷を伴う疾患であることが好ましい。
【0011】
本発明の治療薬では、シルクペプチドの分子量は、350〜1500であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、CK−BBの蓄積を伴う老齢性疾患を治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】左欄は、NC群、AC群、SL群およびSH群の海馬アンモン角の全体図であり、右欄は、左欄の枠内部分を拡大図であり、錐体細胞の詳細を示している。
【図2】電気泳動によるCKアイソザイムパターンを示す図である。
【図3】各群(NC群、AC群、SL群、SH群)のCKの総活性に対するCK−BBの比率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の老齢性疾患の治療薬は、シルクペプチドを含有する。シルクペプチドの原料となるシルクは、例えば蚕の繭殻または蚕糸などを採用でき、原材料の生産に利用される蚕は、家蚕または野蚕のいずれであってもよい。また、繭殻もしくは蚕糸の裁断物を使用する他、予め熱水で精練してセリシンが除去されたフィブロインであってもよい。
【0015】
そして、シルクペプチドは、例えば、シルクをアルカリ性物質、酸、中性塩および界面活性剤などの化学薬品または蛋白質分解酵素などによって加水分解することで生成したものを使用することができる。しかしながら、蛋白質の分解に際して化学薬品を用いると、シルクを加水分解したのち、中和し、脱塩し、乾燥するなどの煩雑な操作や工程が必要となり、得られたシルクペプチドにも、化学薬品による処理の悪影響が懸念される。従って、シルクペプチドの生成方法としては、蛋白質分解酵素による加水分解が好ましく、具体的には、例えば、トリプシン、ペプシン等を使用することができる。また、化学薬品を用いることなく、シルクを高圧蒸気で処理したのち、低圧下に放出して物理的にシルクを粉砕する爆砕法によってシルクペプチドを生成することもできる。
【0016】
より具体的には、本発明の治療薬に含まれるシルクペプチドは、粉砕した繭を煮沸して加熱溶解させ、アルカリプロテアーゼを用いて、pH9〜10、応温度およそ40〜60℃で分解し、適宜、ろ過、濃縮、脱塩等の工程を経てスプレードライされたパウダー状のシルクペプチドであることが特に好ましい。
【0017】
本発明の老齢性疾患の治療薬に含まれるシルクペプチドは、上記の方法によって生成することができるが、その分子量は、350〜6000程度とすることができ、特に、350〜1500程度とすることが好ましい。
【0018】
そして、このようなシルクペプチドを含む本発明の治療薬は、老齢性疾患を治療することができる。ここで、老齢性疾患とは、具体的には、例えば、認知症、アルツハイマー病などの脳疾患を例示することができ、これらの疾患は、脳の海馬領域の神経細胞の損傷、死滅を伴うものである。より詳しくは、神経細胞は、主に錐体細胞であり、前記疾患では、錐体細胞が萎縮、損傷する。本発明の治療薬によれば、海馬領域の神経細胞の損傷が改善され、前記脳疾患を治療することができる。
【0019】
さらに、本発明の治療薬は、経口または非経口投与が可能であり、非経口投与の場合は、静脈内投与、皮下投与等が可能である。
【0020】
また、上記の通り、シルクペプチドが低分子量化されていることで、経口投与された場合に体内に吸収されやすく、老齢性疾患の治療薬として高い機能を発揮することができる。
【0021】
さらに、経口用治療薬としては、例えば、錠剤、丸剤、粉剤、トローチ剤、分包包装、オブラート剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、液剤、シロップ、エアロゾル剤、および無菌包装粉剤などの形をとることができる。この場合、添加剤として、慣用の賦形剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、保存剤、甘味剤、芳香剤なども適宜加えることができる。例えば、乳糖、デキストロース、ショ糖、ソルビトール、マンニトール澱粉、アラビアゴム、リン酸カルシウム、アルギン酸塩、トラガカント、ゼラチン、ケイ酸カルシウム、微晶セルロース、ポリビニルピロリドン、セルロース、水、シロップ、およびメチルセルロースなどが例示される。
【0022】
本発明の老齢性疾患の治療薬の投与量は、製剤化方法、投与方式、投与対象者の年齢、体重などを考慮して適宜決定することができる。一応の目安としては、通常、成人に対するシルクパウダー成分の投与量としては、1日あたり、約50〜100mg程度とすることができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0024】
<1>試料の準備
シルクパウダーはながすな繭株式会社から提供されたものを使用した。具体的には、繭を5mm角に粉砕した後、綿状に加工し、3時間煮沸して加熱溶解させ、一夜放置した後、加水し、重量対比2.5倍量にした。そして、蛋白質分解酵素である市販の食品加工用アルカリプロテアーゼを用いて、pH9〜10、反応温度48℃〜51℃、反応時間は16時間以上で分解した後、置換剤(リン酸)を添加し、一夜放置した。その後、プレスろ過し、減圧濃縮法で500mmHg〜650mmHgを調整しながら濃縮し、食添用活性炭で脱色し、灰分6%以下まで脱塩し、pHを4.8〜5.0に調整した。さらに、121℃で15分間滅菌した後、一般的なスプレードライ法によりパウダー状のシルクペプチド(水分8%以下、灰分6%以下、粗蛋白質85%以上)を得た。以下、この試料をシルクパウダーと称する。
【0025】
また、シルクパウダーの分子量を、LTQ Orbitrap XL (Thermo Fischer Scientific社)を用いたESI-LC MSシステムで測定した結果、分子量がおよそ350〜1500のペプチドのミクスチャーであることが確認された。
【0026】
なお、シルクパウダーは使用するまで、乾燥剤を入れたデシケーターに入れ、室温で遮光保存した。
【0027】
<2>実験動物の処置
(1)C57BL/6J系統の雄マウス(日本SLC)を12 時間明、12 時間暗、室温23〜25℃の条件で飼育し、固形飼料(MEQ, オリエンタル酵母社)と水を自由に摂取させた。マウスを10日間飼育環境に馴化させてから、以下の4群に分けた。
【0028】
(i)Normal Control (NC)群
生理食塩水を8週間皮下注射した。注射期間中は、滅菌水と固形飼料を自由摂取により与えた。その後、引き続き滅菌水を与えた。
【0029】
(ii)Aging Control (AC)群
D-galactoseは脳に対する老化誘導作用があることが知られている。そこで、D-galactoseをマウスの体重あたり100mg/kgを8週間皮下注射して老化を誘導した。注射期間中は、NC群と同一の滅菌水と固形飼料を経口自由摂取により与えた。その後、引き続き滅菌水と固形飼料を与えた。
【0030】
(iii)1.0% (w/w) シルクパウダー溶液群(SL群)
D-galactose100mg/kgを8週間皮下注射して老化を誘導した。注射期間中は、NC群と同一の滅菌水と固形飼料を経口自由摂取により与えた。その後、滅菌水で1.0% (w/w)に調製したシルクパウダー溶液と固形飼料を5週間自由に摂取させた。
【0031】
(iv)2.0% (w/w)シルクパウダー溶液群(SH群)
D-galactose100mg/kgを8週間皮下注射して老化を誘導した。注射期間中は、NC群と同一の滅菌水と固形飼料を経口自由摂取により与えた。その後、滅菌水で2.0% (w/w)に調製したシルクパウダー溶液と固形飼料を5週間自由に摂取させた。
【0032】
<3>脳組織の顕微鏡観察
上記各群のマウスにおける脳組織を切り出してヘマトキシリン・エオシン染色(HE染色)し、D-galactoseによって老化が誘導された脳組織の変化を観察した。
【0033】
図1左は、NC群、AC群、SL群およびSH群の海馬アンモン角の全体図であり、図1右は、図1左の枠内部分を拡大図であり、錐体細胞の詳細を示している。
【0034】
NC群では、神経細胞が密に配列しているのに対し、AC群では、D-galactoseによる老化誘導によって、いずれの箇所においても海馬アンモン角の錐体細胞が損傷し、組織が萎縮していることが確認された。
【0035】
一方、SL群、SH群では、神経細胞は正常化し、密に配列していることが確認された。特にSH群では、NC群と同様の細胞状態にまで症状が改善された。
【0036】
したがって、シルクパウダーの投与によって老化誘導に伴う脳神経細胞の損傷が改善されることが確認された。
【0037】
<4>クレアチンキナーゼ(CK)アイソザイムによる老化改善効果の検討
上記各群4匹のマウスから採血行った。採血は、エーテル麻酔後、注射針をつけた1mLシリンジを用いた心臓尖刺法により行い、さらに血液から血清を分離した。そして、上記各群のマウスの血清中のCKアイソザイムを測定した。
【0038】
ここで、CKは、二つのサブユニットからなる二量体の蛋白質であり、このサブユニットにはB(脳型)とM(骨格筋型)がある。この組み合わせによって、CK−MM、CK−BB、CK−MBのアイソザイムとして存在することが知られている。電気泳動において、3つのアイソザイムは等電点の違いによって、陽極側からCK−BB、CK−MB、CK−MMに分離することができる。そして、各アイソザイムは、主として、CK−BBは脳および平滑筋に、CK−MBは心筋に、CK−MMは骨格筋および心筋に存在し、例えば、老化に伴う脳障害が起こった場合には、CK−BBが血液中に漏出することが予想されるため、上記各群のマウスのCK−BBの値を測定することで、シルクパウダーによる老化改善効果を評価することができる。
【0039】
具体的な測定方法は、株式会社ヘレナ研究所製タイタンジェルCK(QG)に添付のプロトコルに従って電気泳動を行い、発色試薬によるパターンをデンシトメーターによって測定した。
【0040】
図2は、電気泳動によるCKアイソザイムパターンを示す図である。
【0041】
NC群では、CK−BBについて、すべてのマウスでほぼ均一な濃さの発色パターンが確認されたのに対し、AC群では、NC群に比べ相対的に濃い発色パターンが確認された。これは、AC群に老齢性の脳疾患(脳機能障害)が生じていることを示している。
【0042】
そして、SL群では、AC群と比較して、CK−BBの発色パターンが薄くなったことが確認され、さらにSH群では、NC群と同程度にまで、CK−BBの発色パターンが薄くなったことが確認された。すなわち、シルクパウダーの投与によって、AC群で確認された脳疾患が改善されたことを示している。
【0043】
次に、CKの総活性に対するCK−BBの比率を比較した。一群4頭とし、CK−BB Ratio(%)=BB/(BB+MB+MM)×100として数値化することで、シルクパウダーによる効果を検討した。
【0044】
結果を図3に示す。図3に示されるように、AC群では、NC群に対してCK−BBの比率が増加しており、脳疾患が生じていることが確認される。一方、SL群、SH群では、AC群と比較してCK−BBの比率が抑制されている。これは、シルクパウダーの投与によって、AC群で確認された脳疾患が改善されたことを示している。
【0045】
このように、クレアチンキナーゼ(CK)アイソザイムによる評価によって、老齢性の脳疾患をシルクパウダーによって改善することができることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CK−BBの蓄積を伴う老齢性疾患の治療薬であって、シルクペプチドを含有することを特徴とする治療薬。
【請求項2】
老齢性疾患は、老齢性の脳疾患であることを特徴とする請求項1の治療薬。
【請求項3】
脳疾患は、海馬領域の神経細胞の損傷を伴う疾患であることを特徴とする請求項2の治療薬。
【請求項4】
シルクペプチドの分子量は、350〜1500であることを特徴とする請求項1の治療薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−17287(P2012−17287A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155152(P2010−155152)
【出願日】平成22年7月7日(2010.7.7)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【出願人】(507331782)ながすな繭株式会社 (4)
【Fターム(参考)】