説明

耐擦傷性反射防止層付き光学レンズ

【課題】優れた反射防止特性を有すると同時に機械的作用を受けないコーティングの付いた光学レンズを提供する。
【解決手段】本発明は、プラスチック製、より具体的には可視スペクトル範囲で透明なプラスチックから製作されているレンズ基材12と、少なくとも1つの高屈折率層18を含む複数の層15を含むコーティング14とを有する光学レンズ10に関する。さらに、レンズ基材12に隣接してハードコート層20が形成されており、レンズ基材12とは反対側においてコーティング14が超撥水性層16で完結している。少なくとも1つの高屈折率層18は40nm未満の厚さをもっており、コーティング14は全体で約380nmを超える厚さをもつ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック製、より具体的には可視スペクトル範囲で透明なプラスチック製のレンズ基材と、少なくとも1つの高屈折率層を含む複数の層を含むコーティングとを有する光学レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の光学レンズは、例えば、下記特許文献1から周知である。
光学レンズの材料として最近よく使われるようになってきているのが、特に眼鏡レンズの場合には、ケイ酸塩ガラスの代わりとして、可視スペクトル範囲で透明なプラスチックである。ケイ酸塩ガラスに比べて、プラスチックは軽く、破壊強度が大きく、着色性があり、縁なしフレームに装着できるという利点をもたらす。しかし、プラスチック製光学レンズの周知の欠点は、表面が機械的作用、特に擦り傷をはるかに受けやすいことである。
【0003】
プラスチック製光学レンズのこの機械的作用の受けやすさを最小限にするために、プラスチックにコーティングが施されて、機械的事象から光学レンズを保護することが意図されている。一般的にいうと、この保護機能はハードコートが担っている。高い光学的透明性を確保しながら、不要な色干渉を防止するためには、ハードコートは同じく可視範囲で透明でなければならず、かつ光学レンズに近い屈折率をもたなければならない。ハードコートの典型的な材料はシロキサンまたは有機修飾セラミックであるが、この有機修飾セラミックはポリシロキサンマトリックスを有しており、金属原子、例えばチタンは、酸素原子の代わりにポリシロキサンマトリックスに組み込まれる。
【0004】
さらに、分裂反射を防止するために、光学レンズに反射防止層と呼ばれる層を設けることも周知である。通常、これは第1屈折率を有する層と、前記第1屈折率よりも高い第2屈折率を有する層とが交互に塗布されている一連の層により達成される。前述の特許文献1では、例えば、無機材料、酸化物材料および光学的に透明な材料から構成されるこれら反射防止層を、機械的作用に対する保護のためにコーティングの設計に組み込む提案がすでになされていた。
【0005】
下記特許文献1は、レンズにPVD(物理気相成長)法によってホウケイ酸塩ガラスを含むコーティングを塗布する提案をしている。このコーティングは擦傷保護として最大3μmの厚さをもつといわれている。このような層は擦傷などの機械的な影響からプラスチックレンズを保護はするが、擦傷保護の提供を目的としたこの層の下または上の層、すなわち、特に反射防止層自体が擦傷されて、やがて光を散乱させる曇層になる可能性をなくすわけではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】欧州特許出願公開第0 698 798 A2号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そのため、本発明の目的は、優れた反射防止特性を有すると同時に機械的作用を受けないコーティングの付いた光学レンズ、より具体的には眼鏡レンズを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そのため、本発明によると、冒頭に明記した光学レンズを、超撥水性(超疏水性)層で、特にレンズ基材とは反対側において、コーティングを完結させるようにさらに開発し、少なくとも1つの高屈折率層、特に全体が40nm未満、より具体的には36nm未満の厚さをもち、かつ、さらにコーティング全体が約380nmを超える厚さをもつことが提案される。
【0009】
そのため、高屈折率層の総層厚(層厚の合計)が40nm未満、特に36nm未満であることが提供される。高屈折率層が1つだけの場合、1つだけの高屈折率層の厚さは40nm未満であり、高屈折率層が1より多い(つまり、少なくとも2つの高屈折率層の)場合、高屈折率層は合わせて(つまり、合計でまたは全体で)40nm未満の総厚をもつ。
したがって、一方では、プラスチック製、より具体的には可視スペクトル範囲で透明なプラスチック製のレンズ基材と、1つの高屈折率層を含む複数の層を含むコーティングとを有する光学レンズであって、前記レンズ基材に隣接してハードコート層が形成されており、前記コーティングが超撥水性層で完結しており、前記1つの高屈折率層が40nm未満の厚さをもち、前記コーティング全体が約380nmを超える厚さをもつ光学レンズを提供する。
【0010】
さらに、他方では、プラスチック製、より具体的には可視スペクトル範囲で透明なプラスチック製のレンズ基材と、少なくとも2つの高屈折率層を含む複数の層を含むコーティングとを有する光学レンズであって、前記レンズ基材に隣接してハードコート層が形成されており、前記コーティングが超撥水性層で完結しており、前記少なくとも2つの高屈折率層が40nm未満の総厚をもち、前記コーティング全体が約380nmを超える厚さをもつ光学レンズを提供する。
【0011】
Colts Laboratories社のベイヤー試験(Bayer test)として知られる試験を使用して、眼鏡レンズの製造において光学面の擦傷の受けやすさを測定する。この試験では、規定量の鋭角を有する粒子を眼鏡レンズの表面に通してから、眼鏡レンズに光学的評価を施す。このColts Laboratories社のベイヤー試験では、試験用レンズと、光学強度が0ジオプトリーの未被覆CR39標準眼鏡レンズの対照レンズとを揺動台のベースに固定した状態で、小型揺動台の横移動によって、これらレンズの上に研磨剤を案内する。その後、試験用レンズを評価する、つまり擦傷のために発生した散乱光の量を測定する。試験結果は未被覆CR39対照レンズに対して試験用レンズがどの程度高い耐性をもつかを示す数値である。CR39の材料はアリルジグリコールカーボネート(ADC)(またはポリアリルジグリコールカーボネート)である。
【0012】
ここで提示する発明は、プラスチック製の光学レンズの機械的耐久性の問題を、ベイヤー試験を施したときに、>17のベイヤー値で表現される、最小限の上昇レベルの散乱光しか生じないような特定の光学的広帯域反射防止層で解決する。
当のコーティングを施した光学レンズは、従来のPVDプロセスによって製造できる。あるいは、当該薄層システムを得るための他の周知のプロセスも考えられ、例としてCVD(化学蒸着)プロセス、および前述のプロセスのイオンアシストまたはプラズマアシストバージョンがあげられる。
【0013】
「高屈折率」とは、特に波長550nmで、屈折率がn>1.65の材料、特に材料の層と現在理解されている。この屈折率より低いと、また1.6または1.67の屈折率を有する使用されるレンズ基材物質のことも考えると、層は光の散乱媒質としてほとんど、またはまったく影響しない。特に、以下の材料の層は高屈折率層であり、高屈折率層を形成してもよい。すなわち、CeO,Cr,HfO,ITO,La−Nb混合物,La−TiO混合物,Nb,Al−Pr11混合物,Al−Pr11混合物,Sc,SiO,Ta,TiO,TiO−Al混合物,Ti−Pr酸化物,Y,ZrO,ZrO,ZrO−TaO混合物,ZrO−TiO混合物,ZnS,ZrO−Y混合物,SiO,SiN,Si,ならびにこれら材料の混合物の層および/またはこれら材料の過剰化学量論種または準化学量論種(亜化学量論種)である。
【0014】
1より多くの高屈折率層が提供される場合、高屈折率層のすべてを同じ材料から作ってもよい。ただし、高屈折率層は前述の材料のうちの異なる材料から作ることも提供できる。
「中屈折率」とは、波長550nmで屈折率が1.5<n<=1.65の材料の層と現在理解することができる。特に、以下の材料の層は高屈折率層であり、中屈折率層を形成するかもしれない。すなわち、Al,MgO,Al−Pr11混合物,WO,ならびにこれら材料の混合物の層および/またはこれら材料の過剰化学量論種または準化学量論種である。
【0015】
「低屈折率」とは、波長550nmで屈折率がn<=1.5の材料の層と現在理解することができる。特に、以下の材料の層は低屈折率層であるか、低屈折率層を形成するかもしれない。すなわち、SiO,SiO−Al混合物,BaF,CaF,NaAlF,MgF,YbF,YbF−CaF混合物,YF,YF−BaF混合物,ならびにこれら材料の混合物の層および/またはこれら材料の過剰化学量論種または準化学量論種である。
【0016】
したがって、上記提示した目的は完全に達成される。
そのため、優れた反射防止特性、すなわち可視波長範囲で、特に450nmないし650nmの範囲で実質的に2.5%未満の反射率と、高耐擦傷性、すなわちベイヤー値>17とを兼ね備えるためには、光学レンズはまず適したハードコートで被覆しなければならない。このハードコートはさらに、総厚が約380nmを超える、より具体的には約400nmを超える反射防止層の多層構造を施してもよい。これら反射防止層内で、高屈折率層は合計でできる限り薄くしておかなければならない。特に、少なくとも1つの高屈折率層は合計して40nmを超えない、より具体的には35nmを超えない厚さをもつようにする。
【0017】
さらに、プラスチックから構成されるレンズ基材とは反対側において、コーティングを超撥水性層で完結させるべきである。
好適な実施形態では、超撥水性層は水が90°を超える接触角をとる材料から作り、より具体的には超撥水性層は水が95°を超える、より具体的には100°を超える接触角をとる材料で作る。
【0018】
この種の超撥水性層があると、層表面と層表面上に存在する粒子との滑り摩擦は最小限になり、これは、一方では光学レンズから水の水滴形成を改善する効果をもち、他方で層表面とベイヤー試験中に使用される粒子との滑り摩擦を最小限にするので、よりよい試験結果が得られる。
好適な実施形態では、コーティングが、1つだけの高屈折率層をもつことが可能である。この場合、より具体的には、1つだけの高屈折率層が20nm未満、より具体的には15nm未満の厚さをもつことが可能である。この結果、機械的作用に関して大幅に改善された特性が得られる。
【0019】
別の好適な実施形態では、コーティングが2つの高屈折率層をもつことが可能である。より具体的には、2つの高屈折率層のうちの一方が約10nmの厚さをもってもよい。さらに、2つの高屈折率層全体の厚さまたは合わせた厚さが、40nmを超えない、より具体的には35nmを超えない。
好適な実施形態では、少なくとも1つの高屈折率層をZrO,TiOまたはTaから作ることができる。
【0020】
さらに、好適な実施形態では、コーティングは少なくとも1つの低屈折率層および/または少なくとも1つの中屈折率層を含む。少なくとも1つの低屈折率層は、特に、SiOまたはMgFから作ってもよい。このように、機械的に安定した構造と組み合わせると特に優れた反射防止効果が得られる。
本発明の特に有利な実施形態では、少なくとも1つの高屈折率層は、2つの低屈折率層の間、または2つの中屈折率層の間、または1つの低屈折率層と1つの中屈折率層との間に配設または埋設されている。
【0021】
本発明の好適な実施形態では、複数の層の硬度は、ハードコート層から超撥水性層の方向に増大する。すなわち、コーティングの硬度の勾配は、ハードコート層から超撥水性層の方向に上昇するべきである。この場合、ベイヤー値を大幅に改善できることがわかっている。
本発明の実施形態では、少なくとも2つの低屈折率層および少なくとも2つの中屈折率層は、最下層の高屈折率層とハードコート層との間に交互に配置されていることが提供される。特に、そこで、3つの中屈折率層および2つの低屈折率層を、少なくとも1つの高屈折率層の最下層とハードコート層との間に配置されていることが提供できる。あるいは、2つの中屈折率層および3つの低屈折率層を、少なくとも1つの高屈折率層の最下層とハードコート層との間に配置されていることが提供できる。
【0022】
さらに、ある実施形態では、超撥水性層から最下層の高屈折率層を含めたそこまでの層に、少なくとも1つの低屈折率層と、少なくとも1つの中屈折率層と、少なくとも1つの高屈折率層とを含むことが提供できる。
本発明の好適な実施形態では、超撥水性層とハードコート層との間に、SiOから作られている少なくとも2つの層とAlから作られている少なくとも3つの層とが交互に配設されており、Alから作られている3つの層のうちの1つはハードコート層に隣接している。この構造をもつとともに、本発明により様々な層およびコーティングに規定されている厚さに従えば、優れた反射防止特性、すなわち可視スペクトル範囲で実質的に2.5%以下の反射率をもちながら、ベイヤー試験で優れた試験結果を得ることが可能である。
【0023】
本発明の別の改良形態では、少なくとも1つの高屈折率層はn>1.65の屈折率をもつことが提供できる。さらに、少なくとも1つの中屈折率層は1.5<n<=1.65の屈折率をもつとともに、少なくとも1つの低屈折率層がn<=1.5の屈折率をもつことを提供できる。
本発明の別の改良形態では、ハードコート層を除くコーティングの総厚を約380nm以上にすることが提供できる。この場合、コーティングの最低厚さの条件はハードコート層を除いて適用する。しかも超撥水性層と、反射防止層、すなわち低屈折率層、中屈折率層、および高屈折率層とは、全体で380nmを超える厚さをもたなければならない。
【0024】
上記述べた特徴および以下これから説明する特徴は示したそのままの組み合わせだけでなく、本発明の範囲を逸脱することなく他の組み合わせまたは単独でも使用できることは認識されるであろう。
本発明の実施形態を図面に示し、以下の説明でより詳しく説明する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】広帯域反射防止層がない状態とある状態とで、屈折率n=1.6のプラスチック製の先行技術の眼鏡レンズの反射率曲線を示している。
【図2】本発明による光学レンズの模式図を示している。
【図3】本発明による光学レンズの別の実施形態の模式図を示している。
【図4】図3の光学レンズの反射率曲線を示している。
【図5】本発明による光学レンズの別の実施形態の模式図を示している。
【図6】図5の光学レンズの反射率曲線を示している。
【発明を実施するための形態】
【0026】
図1は、未被覆プラスチック製眼鏡レンズと比較した、広帯域反射防止コーティングを施した屈折率n=1.6の先行技術のプラスチック製眼鏡レンズの反射率曲線を示している。
この種の周知の光学レンズのコーティングは、典型的には各々が低い屈折率および高い屈折率を有し、各々が精密に画定された厚さの連続した複数の層を有する。特に高屈折率の眼鏡レンズの場合、当該広帯域反射防止コーティングは分裂反射を低減するために重要で、また非常に優れた透過率をもたせるためにも重要である。通常このような場合、相対的に高い屈折率をもつ複数の層が設けられており、相対的に低い屈折率をもつ層と合わせて所望の反射防止効果を生じさせる。このような構成で高い屈折率をもつ層の総層厚は約50〜150nmである。したがって、同様に優れた反射率値をもつことに加えて、できるだけ高いベイヤー値をもつ光学レンズを提供することが本発明の目的である。
【0027】
これに応じて、図2は本発明の教示に従い設計されている光学レンズ10を示している。光学レンズ10は可視スペクトル範囲で透明で、プラスチックから製作したレンズ基材12を有している。このレンズ基材12にはコーティング14が施されており、コーティング14は複数の層15を有している。コーティング14はレンズ基材12の上に重ねられている。レンズ基材12とは反対側において、コーティング14は超撥水性層16で完結している。したがって、超撥水性層16は、レンズ基材12が「最下部」にあるといわれるなら、コーティング14の最上層を形成している。この超撥水性層は、水が90°を超える、特に100°を超える接触角をとる材料から作られている。
【0028】
また、複数の層15は少なくとも1つの高屈折率層18を含む。本文において高屈折率層とは、屈折率n>1.65の材料を意味する。
レンズ基材12に隣接して形成されているのが、ハードコート層20である。このハードコート層20の代表的な材料は当業者には周知であり、すでに先行技術で使用に供されている。
【0029】
最後に、複数の層15はさらに追加の反射防止層22を含んでおり、反射防止層22は低屈折率層と中屈折率層とさらに高屈折率層とをともに含んでもよい。ただし、図示する実施形態では、これら追加の反射防止層22の正確な構造にそれ以上の重要性は付与しておらず、構造も任意に選択できる。
コーティング14内のハードコート層20の機能の1つは、ハードコート層20が無機系反射防止層18,22の間の応力補償に役立つことである。反射防止層18,22は熱膨張係数が相対的に低い一方で、有機プラスチックから製作するレンズ基材12は高い熱膨張係数をもつ。さらに、ハードコート層20のレンズ基材12とは反対に向く側は、反射防止層22にとって優れた接着強度をもつ面を形成している。
【0030】
ベイヤー値を最大化するために、複数の層15はレンズ基材12から超撥水性層16に向かって増大する硬度勾配を付けて塗布するとよいことがわかってきた。実験では、最下層に近づく、すなわちレンズ基材12に向かう方向に近い方に位置している層を、最上部に近づく、すなわち超撥水性層16に向かう方向に近い方に位置している層よりも硬くすると、原則的には得られるベイヤー値が低くなることが明らかになっている。これは特に、超撥水性層16に近い方に位置している層が、コーティング14の場合と同じく、少なくとも1つの高屈折率層18を含む場合に現れる。したがって、複数の層15の硬度をハードコート層20から超撥水性層16の方向に増大させるための手段を設けるべきである。
【0031】
これに応じて、ハードコート層20は、硬度に関して、相対的に柔らかいプラスチック面と硬い反射防止層との間の中間位置を占める。さらに、ハードコート層20は反射防止層18,22を支持している。
コーティング14の総厚は約380nmより厚く、特に約400nmより厚くするべきである。特に、ハードコート層20を除くコーティング14、すなわち層16,18,22だけで、約380nmを超える、特に約400nmを超える厚さをすでにもつ。これにより、例えば、ベイヤー試験の過程で研磨試験エレメントにより生じる機械的負荷の場合のような機械的負荷のかかった状態でのコーティングの破壊を防止するので、その保護機能および/または反射防止機能の損失を防止する。しかし、少なくとも1つの高屈折率層18の総厚は、できる限り薄くしなければならない。少なくとも1つの高屈折率層18の存在は、十分な反射防止効果のために必要である。しかし>17のベイヤー値を得るためには、少なくとも1つの高屈折率層の総厚は40nmより厚く、特に35nmより厚くするべきではない。例えば、ベイヤー試験の研磨剤による、その周囲にある残りの反射防止層22と合わせた少なくとも1つの高屈折率層18の損傷は、損傷の質および量に呼応して、光の散乱効果が増幅する領域を生むことが明らかになっている。損傷および少なくとも1つの高屈折率層18の厚さによって、この散乱効果は多かれ少なかれ曇りをもつ表面を生じさせ、それによって全体としてのコーティング14が達成できる最高ベイヤー値が低下する。少なくとも1つの高屈折率層18の最大厚さに対して強制的な制限を課すことにより、この効果を最小限にでき、所与のコーティング14で最適なベイヤー値を達成できる。
【0032】
図3に、本発明による光学レンズ10の第1の実施形態を示している。
この実施形態では、酸化チタン(TiO)の蒸着によって製作した1つだけの高屈折率層18をコーティング14に形成している。さらにコーティング14内に設けられているのは、石英(SiO)で作った低屈折率層24および酸化アルミニウム(Al)で作った中屈折率層26である。
【0033】
レンズ基材12上に形成されているのは、まずは、ハードコート層20で、厚さが1〜10μmである。ハードコート層上に配設されているのが、まずは、酸化アルミニウム製の層26’で、厚さが25nmである。この層上に今度配列されているのが石英製の層24’で、厚さが同じく25nmである。この層上に配列されているのが酸化アルミニウム製の第2層26’’で、厚さが50nmで、その上に今度は石英製の第2層24’’が配列されており、厚さが60nmである。この層の次にさらに厚さ115nmの酸化アルミニウム製の第3層26’’’がくる。この酸化アルミニウム製の第3層26’’’の上に設けられているのが酸化チタン製の高屈折率層18で、厚さが13nmである。コーティング14全体で高屈折率層18は1つしかもたない。この層に今度さらに設けられているのが、厚さ10nmの酸化アルミニウム製の別の層26’’’’である。この次に厚さ101nmの石英製の別の第4層24’’’’がきて、その上の最後に配列されているのが超撥水性層16で、厚さが5nmであり、最上部でコーティング14を完結させている。
【0034】
石英の層24と酸化アルミニウムの層26とを交互に配列することにより、層15の剥離に至らない全体的な固有応力を達成することが可能である。これはこの例では、内部で引張応力が支配的である酸化アルミニウムの層26と、内部で圧縮応力が支配的である石英の層24とを交互にすることによって達成される。そのため、複数の層24および26の多重層構造は、受ける全体的な応力の点で機械的に有益であり、コーティング14の反射防止効果にも寄与する。原則的に、層24および26の多重層構造は任意に複数の層および様々な厚さの組み合わせを含んでもよく、図示する実施例に限定されない。これらは反射防止効果とベイヤー値との特に有利な組み合わせの1つを提供する好適な実施例にすぎない。
【0035】
図4は、図3で模式的に示した光学レンズ10の反射率曲線を示している。図3に示すコーティングによって、本発明の第1の実施形態による光学レンズ10は、20を超えるベイヤー値を達成できる。また、反射率曲線から明らかなように、光学レンズ10は非常に優れた反射防止特性を有している。可視スペクトル範囲では、透過率は98%を超える。したがって、第1の実施形態による光学レンズ10は反射防止効果の要件を満たすだけでなく、高いベイヤー値の要件も満たしている。
【0036】
図5は、本発明の第2の実施形態における光学レンズ10を示している。図5に示す実施形態は、特に図5に図示する第2の実施形態が2つの高屈折率層18,18’を有している点で、図3に示す実施形態とは異なる。これら2つの高屈折率層のうちの一方18’は厚さが約10nm、より具体的には図示する本実施例では正確に8.5nmである。したがって、他方の高屈折率層18の厚さは、高屈折率層18,18’全体で厚さが40nm未満、特に36nm未満になるように作られることになる。そのため、図5に図示する実施形態では、高屈折率層18は22nmの厚さで形成されている。
【0037】
図示する光学レンズ10の第2の実施形態では、ハードコート層20がまずレンズ基材12に塗布されており、厚さは1〜10μmである。この層20上に配置されているのが酸化アルミニウム製の層26’で、厚さが57nmである。今度はこの層に塗布されているのが石英製の層24’で、厚さが25nmである。その上に配置されているのが厚さ44nmの酸化アルミニウム製の第2層26’’で、この次に厚さ61nmの石英製の第2層24’’が設けられている。この層の上に配置されているのが酸化アルミニウム製の第3層26’’’で、厚さが60nmである。その層にさらに設けられているのが、酸化チタン製の第1高屈折率層18’で、厚さが8.5nmである。今度はこの層の上に配置されているのが厚さ45nmの酸化アルミニウム製の層26’’’’で、さらに今度は厚さ22nmの酸化チタン製の第2高屈折率層18’’が設けられている。その層に設けられているのが、厚さ106nmの石英製の第3層24’’’で、レンズ基材12とは反対側の最上部において厚さ5nmの超撥水性層16でコーティング14が完結している。この種の構造のコーティング14も同様に、優れたベイヤー値を達成できる。図5に示すコーティング14は17を超えるベイヤー値を達成できる。
【0038】
図6は、図5に示す光学レンズ10の反射率曲線を示している。ここでも、可視スペクトル範囲で、光学レンズは優れた反射防止特性を有し、透過率は98%を超える。
最後に、図3および図5を見ると、コーティング14の総厚は、特にハードコート層20を除いても、いずれの事例でも400nmよりも厚いことがわかる。さらに、高屈折率層18,18’、18’’が2つの低屈折率層24の間、または2つの中屈折率層26の間、または1つの低屈折率層24と1つの中屈折率層26との間に必ず埋設された手段が施されている。図3および図5の実施例では、高屈折率層は酸化チタンから製作している。しかし、原則的には、酸化ジルコニウム(ZrO)もしくは酸化タンタル(Ta)または当初述べた材料のうちの他のいずれのものから製作してもよい。図示する実施形態の低屈折率層は石英(SiO)から作製し、中屈折率層は酸化アルミニウム(Al)から作製している。より具体的には、これら2つの材料はコーティング14内の機械的応力を補償するために交互に使用されている。しかし、あるいは、材料として例えばフッ化マグネシウム(MgF)も提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック、特に、可視スペクトル範囲で透明なプラスチックから製作されたレンズ基材(12)と、少なくとも1つの高屈折率層(18)を含む複数の層(15)を含むコーティング(14)とを有する光学レンズ(10)であって、
前記レンズ基材(12)に隣接してハードコート層(20)が形成されており、前記コーティング(14)が超撥水性層(16)で完結しており、前記コーティング(14)全体が約380nmを超える厚さを有しており、高屈折率層(18)が1つだけの場合には、前記1つだけの高屈折率層(18)は40nm未満の厚さをもち、複数の高屈折率層(18)がある場合には、前記高屈折率層(18)は合わせて40nm未満の厚さをもつことを特徴とする、光学レンズ(10)。
【請求項2】
前記超撥水性層(16)は、水が90°を超える接触角をとる材料から作られていることを特徴とする、請求項1に記載の光学レンズ(10)。
【請求項3】
前記コーティングは、1つだけの高屈折率層(18)を有することを特徴とする、請求項1または2に記載の光学レンズ(10)。
【請求項4】
前記高屈折率層(18)は、15nm未満の厚さをもつことを特徴とする、請求項3に記載の光学レンズ(10)。
【請求項5】
前記コーティング(14)は、2つの高屈折率層(18)を有することを特徴とする、請求項1または2に記載の光学レンズ(10)。
【請求項6】
前記2つの高屈折率層(18)のうちの一方は、約10nm以下の厚さをもつことを特徴とする、請求項5に記載の光学レンズ(10)。
【請求項7】
前記少なくとも1つの高屈折率層(18)は、ZrO,TiOまたはTaから作られていることを特徴とする、請求項1ないし6のいずれか1項に記載の光学レンズ(10)。
【請求項8】
前記コーティング(14)は、少なくとも1つの低屈折率層(24)および/または少なくとも1つの中屈折率層(26)を有することを特徴とする、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の光学レンズ(10)。
【請求項9】
前記少なくとも1つの低屈折率層(24,26)は、SiO,AlまたはMgFから作られていることを特徴とする、請求項8に記載の光学レンズ(10)。
【請求項10】
前記少なくとも1つの高屈折率層(18)は、2つの低屈折率層(24)の間、または2つの中屈折率層(26)の間、または1つの低屈折率層(24)と1つの中屈折率層(26)との間に埋設されていることを特徴とする、請求項8または9に記載の光学レンズ(10)。
【請求項11】
前記複数の層(15)の硬度は、前記ハードコート層(20)から前記超撥水性層(16)の方向に増大していることを特徴とする、請求項1ないし10のいずれか1項に記載の光学レンズ(10)。
【請求項12】
少なくとも2つの低屈折率層および少なくとも2つの中屈折率層が、最下層の前記高屈折率層(18)と前記ハードコート層(20)との間に交互配列で配置されていることを特徴とする、請求項1ないし11のいずれか1項に記載の光学レンズ(10)。
【請求項13】
前記少なくとも1つの高屈折率層(18)の屈折率がn>1.65であることを特徴とする、請求項1ないし12のいずれか1項に記載の光学レンズ(10)。
【請求項14】
前記少なくとも1つの中屈折率層(26)の屈折率が1.5<n<=1.65であり、少なくとも1つの低屈折率層(24)の屈折率がn<=1.5であることを特徴とする、請求項8ないし13のいずれか1項に記載の光学レンズ(10)。
【請求項15】
前記コーティング(14)は、前記ハードコート層(20)を除いた全体が約380nmを超える厚さをもつことを特徴とする、請求項1ないし14のいずれか1項に記載の光学レンズ(10)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−88700(P2012−88700A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−214740(P2011−214740)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(505152295)カール ツァイス ビジョン ゲーエムベーハー (6)
【Fターム(参考)】