説明

耐熱性セルロース結合ドメイン

【課題】耐熱性セルロース結合ドメインを提供する。
【解決手段】特定の配列を有するThr258からIle358の101個のアミノ酸配列において、(1)Glu279及び/又はAsp281がGln、Asn、Ala、Ser、Thr、CysおよびMetからなる中性アミノ酸群から選ばれるアミノ酸に置換され、さらに必要に応じて、(2)1又は数個もしくは複数個のアミノ酸が置換、付加、欠失又は挿入され、且つ、セルロース結合活性を有することを特徴とする、ポリペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は耐熱性セルロース結合作用を有するポリペプチド、セルロース結合ドメイン及びその作製方法に関する。
【0002】
なお、本明細書及び特許請求の範囲において、配列番号3の最初のアミノ酸であるThr
を258位として表記する。
【背景技術】
【0003】
セルロースは地球上のバイオマスの大部分をしめ、その有効利用が期待されている。その有効利用のためにはセルラーゼの開発が重要課題の一つである。
セルラーゼの機能発現にはセルロース結合ドメインが必須であり、種々のセルロース結合ドメインが知られている(特許文献1)。
【0004】
セルロース結合ドメインは、例えば洗濯洗剤に応用されて洗浄力の向上に寄与している(特許文献2〜3)。
【0005】
従来知られているセルロース結合ドメインは非耐熱性のものであり、高温では失活し、かつ、室温から40℃程度の温度においても安定性に劣る欠点があり、より耐熱性に優れたセルロース結合ドメインが求められていた。
【特許文献1】特表平08-509127
【特許文献2】特表2003-521559
【特許文献3】特表2003-526699
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、耐熱性セルロース結合ドメインを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、超好熱菌Pyrococcus furiosus由来の耐熱性キチン結合ドメインをセルロ
ース認識可能なドメインに変換する研究を行い、特定のアミノ酸残基を置換することにより、耐熱性のセルロース結合ドメインが得られることを見出した。
【0008】
本発明は、以下のセルロース結合活性を有するポリペプチド及びその作製方法に関する。
1. 配列番号3のThr258からIle358の101個のアミノ酸配列において、
(1)Glu279及び/又はAsp281がGln、Asn、Ala、Ser、Thr、CysおよびMetからなる中性アミノ酸群から選ばれるアミノ酸に置換され、さらに必要に応じて
(2)1又は数個もしくは複数個のアミノ酸が置換、付加、欠失又は挿入され、且つ、セル
ロース結合活性を有する
ことを特徴とする、ポリペプチド。
2. 279位のグルタミン酸(Glu279)がThr、Ala、AsnまたはGlnに置換され、281位のアスパラギン酸(Asp281)がAsn, Ser、GlnまたはAlaに置換されている、項1に記載のポリペプチド。
3. 279位のグルタミン酸(Glu279)がThrで置換され、281位のアスパラギン酸
(Asp281)がAsnで置換されている、項2に記載のポリペプチド。
4. 項1〜3のいずれかに記載のポリペプチドからなる耐熱性セルロース結合ドメイン。
5. キチン結合ドメインのキチンとの相互作用面における酸性アミノ酸を中性アミノ酸に置換することを特徴とするセルロース結合ドメインの作製方法。
6. Glu279及び/又はAsp281を置換するアミノ酸がSer、Thr、Ala、Asn及びGlnからな
る群から選ばれる項5に記載の方法。
7. キチン結合ドメインがThermococcus属またはPyrococcus属由来のものである、項5又は6に記載の方法。
8. 項1〜3のいずれかに記載のポリペプチドをコードするDNA。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、耐熱性キチン結合ドメインをその立体情報を元に合理的解釈のもとに耐熱性セルロース結合ドメインへと機能変換に成功した。開発した耐熱性のセルロース結合ドメインはキチン結合能も保持しており、高機能キチナーゼやセルラーゼの開発に利用可能なものである。
【0010】
キチナーゼやセルラーゼに代表される炭水化物分解酵素は基質結合ドメインが機能発現に必須であることから、本研究で開発したドメインを利用することで耐熱性の炭水化物分解酵素の開発に弾みがつくものと期待できる。
【0011】
特に、耐熱性のセルロース結合ドメインは本発明により初めて明らかにされたものであり、その意義は大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
1つの実施形態において、本発明は、耐熱性菌由来のキチナーゼのキチン結合ドメインをセルロース結合ドメインに変換する方法を提唱する。
【0013】
耐熱性菌としては、Thermococcus属またはPyrococcus属に属する菌が挙げられ、例えばPyrococcus furiosus、Thermococcus litoralis、Pyrococcus sp.KOD1, Thermotoga maritimaなどが例示され、これらの耐熱性菌由来のキチナーゼの耐熱性キチン結合ドメインを、本発明のデザイン方法に従い耐熱性セルロース結合ドメインに変換することができる。
【0014】
Pyrococcus furiosus由来のキチン結合ドメイン2(ChBD2)のキチン結合面は図1aに
示すように構造上、一面に集中している。本ドメインの表面電荷を更に調べてみるとキチン結合面には一箇所、二つの酸性残基(E279とD281)が形成するマイナスの静電ポテンシャルがあることがわかった(図1b)。ChBD2と基質であるキチン(N-アセチルグルコサミン)の相互作用を考えた場合、N-アセチルグルコサミンにあるアセトアミド基(NHCOCH3
)のNHとこれらの酸性残基のカルボキシル基が水素結合を形成すると考えられる。このような相互作用はリゾチームとその基質(N-アセチルグルコサミンを含む)複合体において見られている(図2a)。すなわち、キチンの特異的認識はこれら二つの酸性アミノ酸が
担っていると本発明者は考えた。一方、キチンとセルロールの違いはこのアセトアミド基がセルロースでは水酸基に変わっているだけである(図2b)。
【0015】
このことから、本発明者は、前述の二つの酸性アミノ酸(E279とD281)を他のアミノ酸に置換すれば、本ドメインの基質認識を制御できると考えた。
【0016】
酸性アミノ酸に代えて導入されるアミノ酸としては、Gln、Asn、Ala、Ser、Thr、Cys、Met、などに代表される疎水性の低い中性アミノ酸が挙げられ、好ましくはGln、Asn、Ala、Ser、Thr、Cys、より好ましくはGln、Asn、Ala、Ser、Thrが挙げられる。なお、Gluの
置換にはGlnがより好ましく、Aspの置換にはAsnがより好ましい。
【0017】
これら以外の位置においては、配列番号3のアミノ酸配列において、1又は数個もしく
は複数個、例えば1〜20個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜7個、さらに好ましくは1〜5個、特に1〜3個のアミノ酸が置換、付加、欠失又は挿入されていてもよい。
【0018】
なお、本発明で得られたキチン結合ドメインにセルロース結合活性を付与する方法は、Thermococcus属またはPyrococcus属などの耐熱性古細菌由来のキチナーゼのキチン結合ドメインに好適に適用できるが、他の微生物、植物、動物由来のキチナーゼのキチン結合ドメインにも同様に適用できる。
【0019】
キチン結合ドメインに置換、付加、欠失、挿入などの変異を導入する方法としては、該ドメインをコードするDNAにおいて、例えばサイトスペシフィック・ミュータジェネシス(Methods in Enzymology, 154, 350, 367-382 (1987);同 100, 468 (1983);Nucleic
Acids Res., 12, 9441 (1984))などの遺伝子工学的手法、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法などの化学合成手段(例えばDNA合成機を使用する)(J. Am. Chem. Soc., 89, 4801(1967);同 91, 3350 (1969);Science, 150, 178 (1968);Tetrahedron Lett.,22, 1859 (1981))などが挙げられる。コドンの選択は、宿主のコドンユーセージを考慮して決定できる。
【0020】
本発明の1つの好ましい実施形態において、キチン結合ドメインをセルロース結合ドメインに変換する目的で変異を導入するための方針として、1)基質結合面の親水性を下げつつ溶解性を維持する。2)水酸基と相互作用できるような極性アミノ酸を選ぶ。3)変異後のアミノ酸の大きさを維持するなどが挙げられる。この方針に従い、例えばE279を
スレオニンに、D281をセリンあるいはアスパラギンに置換した変異体(ChBD2TN、ChBD2TS)、そして、親水性を下げるため両方のアミノ酸をアラニンに置換した変異体(ChBD2AA)をデザインすることができる(図3)。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないことは言うまでもない。
参考例1
・ChBDに対応する遺伝子の増幅
キチン結合ドメインと推定されるポリペプチド(当該遺伝子中アミノ酸番号では258番
のスレオニンから358番のイソロイシンに対応)を大腸菌内で大量に発現させるために、PreScission Protease認識配列をコードする塩基配列を含む合成DNAを用いPCR法により増幅した。発現ベクターへの組み込みはLICクローニングキット(NOVAGEN社)を用い大腸菌(XL-1Blue)(NOVAGEN社)に形質転換し、ChBD発現ベクターを作成した。
形質転換体は、(0.05 mg/ml アンピシリン)を含むLB寒天プレート上でのコロニー形成
を指標に選択した。形質転換体からChBD遺伝子含有プラスミドをアルカリ法で抽出した。

実施例1
実験方法
サンプル調整
・ChBD2変異体の作成法
参考例1で得られたChBD2発現ベクターを鋳型として、図3aに示す合成DNA(配列番号1〜2)を用い、変異体の作成を行った(図3b)。
【0022】
変異体作成はQuick change mutagenesis kit (STARATAGENE社)を用いた。

・ChBD2変異体遺伝子を含有する形質転換体の作製
1.5ml容チューブ内に、大腸菌(E. coli )Rosetta (DE3)株( Novagen社製)のコンピテ
ントセル0.04ml(2,000,0000cfu/mg)と、上記調製したChBD2遺伝子含有プラスミドDNA溶液0.003ml(プラスミドDNA 8.4ng)を加え氷中に30分間放置した後、42℃で30秒間
ヒートショックを与えた。次いで、チューブ内にSOCmedium を0.25ml加え、37℃で1
時間振とう培養した。次いで、アンピシリンを含むLB寒天プレートに塗布し、37℃で一晩培養することにより形質転換体を得た。

・ChBD2変異体の精製
得られた形質転換体をアンピシリンを含むLB培地に接種し、600nmにおける吸光度が0.5に達するまで、37℃で培養した後、ChBD2の発現量を高めるためにIPTG(Isopropyl-b-D-thiogalactopyranoside)を加えさらに19時間培養した。培養液を8,000rpmで10min遠心分離することにより集菌した。集菌した菌体10gに、BugBuster溶液(NOVAGEN社)100mlを加え、菌体を90Wの出力で30分間超音波破砕した。破砕した菌液を 15,000rpmで30分間遠心分離し、上清を採取した。同緩衝液で平衡化した金属キレートカラムHiTrap−Cleating(アマシャム バイオサイエンス社製)カラム(事前に100mM NiCl2
を添加しNiを結合)を用いてカラムクロマトグラフィーを行った。溶出は0.5Mイミダゾールを含む25mMトリスヒドロキシメチルアミノメタン、 500mM NaCl (pH8.5)
の直線グラジエントを用いた。
【0023】
得られたサンプル分画を20mM Tris−Cl、25mM NaCl(pH8.5)に一晩透析し、20mM Tris−Cl、25mM NaCl(pH8.5)緩衝液で平衡化した陰イオン交換樹脂のHiTrapQ(アマ
シャム バイオサイエンス社)カラムに透析サンプルを添加し、イオン交換クロマトグラフィーを行った。目的タンパク質を含む分画にはSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動
により単一バンドを与える均一標品が含まれていた。蛋白質の濃度は280nmの吸収から算
出した。

セルロース粉末と変異体蛋白質の相互作用の解析
セルロース粉末(アビセル)/キチンの微粉末1mg(水に不溶性)を含む20mM Tris-Cl、pH 8.5に1ナノモルの各変異体蛋白質を溶液に加え、2時間、室温で放置した。その後、10000gで10分遠心することで、セルロース及びセルロースに結合した蛋白質を除き、上
澄みに残った蛋白質を定量し、上清に残った蛋白質を定量した。蛋白質の定量は280nmの
吸収を測定することにより行った。

結果と考察
・キチンと各変異体の結合に関して
変異導入により、キチン結合能がどのように変化したかを調べた結果、TN変異体はキチン結合力が野生型ChBD2と変わらないことがわかった(図4a)。これはアスパラギンのも
つカルボニル基が相補したものと考えられる。

・セルロースと各変異体の結合に関して
セルロースと変異体の結合がどのように変化したかを調べた(図4b)。野生型ではセルロースに対する結合は非常に弱いものであったが、前述した方針に則り導入した変異体は、セルロースに対する結合が上昇していた。TN変異体は、ほぼ10倍の結合力が上昇した。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】A:ChBD2とキチンの相互作用面、赤が非常に強く相互作用、青がかなり強く相互作用している部位を示す。B:ChBD2の静電ポテンシャル分布を示す。赤がマイナスに荷電した場所、青がプラスに荷電した場所を示す。βシート部分は青の線で示している。
【図2】A:リゾチームの活性部位に位置するアスパラギン酸とNAG(アセチルグルコサミン)の相互作用様式例B;セルロースとキチンの分子構造の比較図
【図3】A:変異体作成に用いた合成DNA 配列B:変異を導入した位置。ChBD2の一文字表記でアミノ酸配列を示し、矢印で変異を入れた場所及び変異後のアミノ酸を示す。ボックスの矢印はβストランドを示す。
【図4】A:野生型(wild)と変異体(ChBD2TN)のキチンに対する親和力の比較B: 野生型(wild)と変異体(ChBD2TN)のセルロースに対する親和力の比較

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号3のThr258からIle358の101個のアミノ酸配列において、(1)Glu279及び/又はAsp281がGln、Asn、Ala、Ser、Thr、CysおよびMetからなる中性アミノ酸群から選ばれるア
ミノ酸に置換され、さらに必要に応じて
(2)1又は数個もしくは複数個のアミノ酸が置換、付加、欠失又は挿入され、且つ、セル
ロース結合活性を有する
ことを特徴とする、ポリペプチド。
【請求項2】
279位のグルタミン酸(Glu279)がThr、Ala、AsnまたはGlnに置換され、281位のアスパラギン酸(Asp281)がAsn, Ser、GlnまたはAlaに置換されている、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
279位のグルタミン酸(Glu279)がThrで置換され、281位のアスパラギン酸(Asp281)がAsnで置換されている、請求項2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のポリペプチドからなる耐熱性セルロース結合ドメイン。
【請求項5】
キチン結合ドメインのキチンとの相互作用面における酸性アミノ酸を中性アミノ酸に置換することを特徴とするセルロース結合ドメインの作製方法。
【請求項6】
Glu279及び/又はAsp281を置換するアミノ酸がSer、Thr、Ala、Asn及びGlnからなる群か
ら選ばれる請求項5に記載の方法。
【請求項7】
キチン結合ドメインがThermococcus属またはPyrococcus属由来のものである、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれかに記載のポリペプチドをコードするDNA。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2007−75046(P2007−75046A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−269362(P2005−269362)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度国立大学法人大阪大学「科学技術試験研究(結晶化に関する研究)」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】