耐熱性及び耐塩性セルラーゼ製剤
【課題】バイオマス処理での利用に有用な性質を有するセルラーゼ製剤を提供する。
【解決手段】本発明は、セルラーゼ活性を有する、バイオマス処理に有用な組成物に関する。より具体的には、本発明は、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシスsp.AN−7から得られた組成物に関する。
【解決手段】本発明は、セルラーゼ活性を有する、バイオマス処理に有用な組成物に関する。より具体的には、本発明は、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシスsp.AN−7から得られた組成物に関する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルラーゼ活性を有する、バイオマス処理に有用な組成物に関する。より具体的には、本発明は、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7から得られた組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオマス資源を石油資源などの代替として有効活用する試みが数多くなされている。バイオマスとは、地球生物圏の物質循環系に組み込まれた生物体又は生物体から派生する有機物の集積を意味する(非特許文献1)。特に、食品残渣や農産廃棄物等のセルロース系バイオマスから、糖化を経てエネルギーを取り出すための種々のアプローチが提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、稲わら、麦わら等のセルロース系廃棄物に酵素を作用させて糖を生成する糖化工程を含む、セルロース系廃棄物の処理方法が記載されている。
【0004】
しかし、セルロース系バイオマス(以下、単にバイオマスともいう。)を上記のように酵素を用いて処理しようとする場合、主成分であるセルロースがヘミセルロースやリグニンなどに包埋されているために、分解酵素が容易にこれに接触できず、単に酵素処理を行なうだけでは効率よく処理することができない。そこで、セルロースを露出させるために、高温高圧水処理、蒸煮若しくは爆砕処理や粉砕等の物理化学的処理や、酸若しくはアルカリ処理等の化学的処理、又はそれらの組み合わせによる前処理が必要とされている。
【0005】
バイオマスの糖化のための酵素としては、トリコデルマ属(Trichoderma)などの微生物由来のセルラーゼが広く用いられている。バイオマスの酵素的処理では、上記のように前処理後のバイオマス由来材料にそのような酵素を作用させて糖化を行なうことが必要となる。しかし、そのような前処理直後の材料は、高温、高塩、極端なpH又は中和後の高塩濃度などの過酷な条件を有するため、既存のセルラーゼを用いて酵素的処理を行なう場合、前処理後の十分な放熱、脱塩、中和などのさらなる処理が必要であり、これには設備などの追加のコスト及び追加の処理時間が必要とされる。
【0006】
そこで、前処理後のバイオマス由来材料が有する上記のような過酷な条件でも十分な活性を発揮することができるセルラーゼ製剤の取得が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−159954号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】JIS工業用語大辞典、第5版、財団法人日本規格協会(編、発行)、2001年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
セルロース系バイオマス処理を効率よく行なうために、耐熱性、耐塩性、及び広い至適pHを有するセルラーゼ製剤が所望されている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記のようにバイオマス処理での利用に有用な性質を有するセルラーゼを探索し、所望のセルラーゼ活性を有する微生物を単離し、そこからセルラーゼ製剤を調製することにより、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する:
〔1〕エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7から得られた組成物。
〔2〕エンドグルカナーゼ活性を有する成分が、配列番号1に示される塩基配列又は配列番号1に示される塩基配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む配列によりコードされるポリペプチドを含む、上記〔1〕に記載の組成物。
〔3〕エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、又はβ−グルコシダーゼ活性を有するトリコデルマ属(Trichoderma)由来の1以上のポリペプチドをさらに含む、上記〔1〕又は〔2〕に記載の組成物。
〔4〕上記〔1〕〜〔3〕のいずれか1つに記載の組成物を植物由来材料に添加するステップを含む、バイオマスの処理方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐熱性、耐塩性などの好ましい性質を有するセルラーゼ製剤が提供され、これにより、バイオマスの効率のよい処理が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明のセルラーゼ製剤の至適pHを示す図である。
【図2】本発明のセルラーゼ製剤の至適温度を示す図である。
【図3】本発明のセルラーゼ製剤のNaClによる酵素活性への影響を示す図である。
【図4】本発明のセルラーゼ製剤の金属塩による酵素活性への影響を示す図である。
【図5】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼの精製についてのSDS−PAGEである。
【図6】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼの温度安定性試験を示す図である。
【図7A】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼ(Cel5A)遺伝子の塩基配列(配列番号1)である。
【図7B】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼ(Cel5A)遺伝子の推定アミノ酸配列(配列番号2)である。
【図8】本発明のセルラーゼ製剤と市販のセルラーゼ製剤の水熱処理残渣に対する糖化能力の比較を表す図である。
【図9】混合酵素、TP−3協和、本発明のセルラーゼ製剤の水熱処理残渣並行複発酵における生成エタノール量の比較を表す図である。
【図10】混合酵素及びTP−3協和の添加量による水熱処理残渣からのエタノール生産量への影響を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシスsp.AN−7から得られた組成物に関する。
【0015】
セルラーゼとは、一般的には、セルロース等のβ−1,4−グリコシド結合を加水分解してグルコース、セロビオース、セロオリゴ糖等を生成する酵素を意味する。セルラーゼはいくつかの異なる酵素分類に分類される酵素を含み、そのような酵素分類としては、エンドグルカナーゼ(EG;EC3.2.1.4)、セロビオヒドロラーゼ(CBH;EC3.2.1.91)、β−グルコシダーゼ(BG;EC3.2.1.21)が挙げられる(Schulein,M.,Methods in Enzymology,160:235−242,1998)。
【0016】
EG、CBH、及びBG成分を含む完全セルラーゼ系は、結晶性セルロースをグルコースに変換するのに相乗的に働く。セロビオヒドロラーゼ及びエンドグルカナーゼは協働してセルロースを小さなセロオリゴ糖へと分解する。これらのオリゴ糖(主としてセロビオース)は、次いでβ−グルコシダーゼによりグルコースへと加水分解される。
【0017】
本発明においてエンドグルカナーゼ活性とは、典型的には、微結晶セルロース(アビセル)、膨潤セルロース、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ヒドロキシエチルセルロースなどを基質として作用して、これらのセルロースのβ−1,4−グリコシド結合をエンド型で加水分解する活性(エンド型セルラーゼ活性)を意味する。詳細には、エンドグルカナーゼ活性は、例えば、0.25重量%CMCの存在下、40℃にて30分間反応を行い、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法により定量することにより測定することができる。すなわち、反応液に銅試薬0.8mLを加えて反応を停止させ、蒸留水0.4mLを加え15分間煮沸する。煮沸後5分間水冷し、Nelson試薬0.8mLを静かに加えて、蒸留水1.6mLを加え室温で30分間放置し発色させる。放置後505nm又は660nmの吸光度を分光光度計U2000(日立工機)により測定する。ブランクは、基質溶液に予め銅試薬を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて反応を行う。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いて還元糖の増加量を求める。還元糖量はグルコース標準曲線より算出する。CMCはSIGMA社製のものなどが市販されている。
【0018】
本発明においてセロビオヒドロラーゼ活性とは、微結晶セルロース、膨潤セルロースなどを基質として作用して、これらのセルロースのβ−1,4−グリコシド結合をエキソ型に加水分解する活性(エキソ型セルラーゼ活性)を意味する。詳細には、セロビオヒドロラーゼ活性は、例えば、0.25重量%アビセル(微結晶セルロース)の存在下、40℃にて1〜24時間反応を行い、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法により定量することにより測定することができる。アビセルはMerck社製のものなどが市販されている。
【0019】
本発明においてセロビオヒドロラーゼI活性とセロビオヒドロラーゼII活性とは、セロビオヒドロラーゼIがセルロース鎖の還元末端に指向性を有するのに対して、セロビオヒドロラーゼIIがセルロース鎖の非還元末端に指向性を有する点で異なる。この差異を区別するためには、p−ニトロフェニルラクトース(pNPL)を基質とした測定を用いることができる。pNPLはCBH I及びCBH IIのうち、CBH Iによってのみ分解されるため、そのような測定によってCBH I活性のみを測定することができる。詳細には、CBH I活性は、例えば、5mM pNPLの存在下、40℃にて60分間反応を行い、加水分解によって生じたp−ニトロフェノールを、420nmでの吸光度を定量することにより測定することができる。pNPLはSIGMA社製のものなどが市販されている。
【0020】
本発明においてβ−グルコシダーゼ活性とは、アリール又はアルキルβ−D−グルコシドを基質として作用して、これを加水分解してD−グルコースを生成する活性を意味する。詳細には、β−グルコシダーゼ活性は、例えば、0.25重量%セロビオースの存在下、30℃にて15分間反応を行い、加水分解により生じたグルコースを、グルコースC−IIテストワコー(和光純薬工業)などの公知の手法により測定することにより、測定することができる。セロビオースは和光純薬社製のものなどが市販されている。
【0021】
本発明のセルラーゼ製剤は、以下の実施例に示すように、弱酸性領域で活性が高く(至適pH:4〜6)、常温よりも高温でも十分に作用し(至適温度:40〜50℃)、また、NaCl存在下でも活性を保持している(至適NaCl濃度:0.3〜0.9M)。このことは、上記のように前処理を施したセルロース系バイオマス材料の糖化処理において、酵素活性の維持のために必要な追加のステップを行う必要性を排除するため、コスト及び時間に関して非常に有利である。
【0022】
本明細書中、「セルラーゼ製剤」とは、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼ活性、及びβ−グルコシダーゼ活性のうちいずれか1以上又はすべてを示す組成物を意味し、典型的には複数種類のポリペプチドを含む混合物である。本明細書中、「セルラーゼ成分」とは、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼ活性、及びβ−グルコシダーゼ活性のうちいずれか1つ以上の活性を示す、微生物等の生物由来材料の画分、又は精製されたタンパク質を意味する。
【0023】
ペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7は、本発明者らにより海中の泥から単離され、平成21年4月28日に、独立行政法人食品製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に、受託番号NITE P−740として寄託された。
【0024】
本発明のセルラーゼ製剤は、以下のようにして調製することができる。ペスタロティオプシスsp.AN−7を、以下の培地組成を有する培地中で、500rpm、通気量1.5vvm、30℃にて1〜6日間培養する。
【0025】
成分 濃度
ニッカミルキーS 2%
KCフロック 2%
酵母エキス 0.2%
NaCl 3%
MgSO4・7H2O 0.5%
Ks496A 0.1%
MnSO4・5H2O 100ppm
【0026】
ニッカミルキーSは、日華油脂から、KCフロックは日本製紙ケミカル社から、酵母エキス(ミーストP2G)はアサヒフードアンドヘルスケアから、Ks496Aは信越化学工業からそれぞれ入手することができる。
【0027】
培養終了後、培養液を薮田式濾過圧搾機40−D(薮田産業)などの圧搾機を用いて濾過し、培養濾液を得る。これにデルトップ(武田薬品工業)、スラウト99N(武田薬品工業)などを防腐剤としてそれぞれ0.05〜0.3容量%添加する。この粗酵素溶液をすぐに次の工程に用いない場合には、使用するまで4℃で保存する。粗酵素溶液を限外濾過膜(Microza UF AIP−1013、旭化成ケミカルズなど)を用いて濃縮し、硫安沈殿を行なった後、凍結乾燥させて粉末を得る。その結果得られる粗酵素粉末を、0.5〜5重量%、好ましくは2重量%の濃度で水に溶解させ、限外濾過膜(ペンシル型膜モジュールSLP−0053、旭化成ケミカルズなど)を用いて脱塩及び濃縮を行なって、セルラーゼ製剤溶液を得る。
【0028】
セルラーゼ製剤溶液のタンパク質量は、Lowry法などの公知の方法により測定することができる。Lowry法の実施は、例えば以下のように行なう。2重量%炭酸ナトリウム・水酸化ナトリウム溶液/1重量%酒石酸カリウム溶液/1重量%硫酸銅(II)5水和物溶液を100/1/1にて混合し、この混合液1.5mLに希釈したセルラーゼ製剤溶液0.3mLを加え、室温にて15分間放置する。これに1Nフェノール試薬(和光純薬工業)0.15mLを加えて撹拌し、室温で30分間放置する。分光光度計により660nmの吸光度を測定する。ブランクとして、水を試料とした測定も行なう。試料の吸光度からブランクの吸光度を差し引いて、BSA(BioRad)標準曲線からタンパク質濃度を算出する。
【0029】
本発明者らは、ペスタロティオプシスsp.AN−7からから調製したセルラーゼ製剤が、上記のような好ましい性質を有することを見出した。本発明者らはさらに、ペスタロティオプシスsp.AN−7から、エンドグルカナーゼ活性を有する新規な酵素を単離し、そのアミノ酸配列及び該酵素遺伝子の塩基配列を明らかにした。それらの配列をそれぞれ配列番号2及び配列番号1の配列として本明細書中に示す。したがって、好ましい態様において、本発明の組成物は、配列番号1に示される塩基配列又は配列番号1に示される塩基配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む配列によりコードされるポリペプチドを含む。
【0030】
本明細書に用いられる「ストリンジェンシー」又は「ストリンジェントな」という用語は、核酸ハイブリダイゼーションが行われる時の、温度、イオン強度、及び有機溶媒のような他の化合物の存在の条件に関して用いられる。上述のパラメータを、別々に又は一斉に変化させることにより「ストリンジェンシー」条件が変化されうることを、当業者は認識すると考えられる。「ストリンジェントな」条件では、核酸塩基対構成は、相補的塩基配列が高頻度にある核酸断片間でのみ生じるであろう(例えば、「ストリンジェントな」条件下でのハイブリダイゼーションは、約70%〜100%の同一性、好ましくは約85%〜100%の同一性をもつ相同体の間で起こりうる)。中程度にストリンジェントな条件では、核酸塩基対構成は、相補的塩基配列が中間の頻度にある核酸間に生じるであろう(例えば、「中程度にストリンジェントな」条件下でのハイブリダイゼーションは、約50%〜70%の同一性をもつ相同体の間に起こりうる)。
【0031】
核酸ハイブリダイゼーションに関して用いられる場合の「ストリンジェントな条件」とは、約500ヌクレオチド長のプローブを使用する場合、例えば、5×SSPE(43.8g/L NaCl、6.9g/L NaH2PO4・H2O及び1.85g/L EDTA、NaOHでpH7.4に調整)、0.5%SDS、5×デンハルト試薬及び100μg/mL変性サケ精子DNAからなる溶液中、42℃でハイブリダイゼーション、続いて、0.1×SSPE、1.0%SDSを含む溶液中、42℃で洗浄することと等価の条件を含む。
【0032】
核酸ハイブリダイゼーションに関して用いられる場合の「中程度にストリンジェントな条件」とは、約500ヌクレオチド長のプローブを使用する場合、例えば、5×SSPE(43.8g/L NaCl、6.9g/L NaH2PO4・H2O及び1.85g/L EDTA、NaOHでpH7.4に調整)、0.5%SDS、5×デンハルト試薬及び100μg/ml変性サケ精子DNAからなる溶液中、42℃でハイブリダイゼーション、続いて、1.0×SSPE、1.0%SDSを含む溶液中、42℃で洗浄することと等価の条件を含む。
【0033】
「低いストリンジェンシーの条件」とは、約500ヌクレオチド長のプローブを使用する場合、例えば、5×SSPE(43.8g/L NaCl、6.9g/L NaH2PO4・H2O及び1.85g/L EDTA、NaOHでpH7.4に調整)、0.1% SDS、5×デンハルト試薬[50×デンハルト試薬500mlあたり、5gフィコール(400型、ファルマシア(Pharmacia))、5g BSA(フラクションV;シグマ(Sigma))を含む]及び100g/mL変性サケ精子DNAからなる溶液中、42℃ではハイブリダイゼーション、続いて、5×SSPE、0.1% SDSを含む溶液中、42℃で洗浄することと等価の条件を含む。
【0034】
配列番号1に示される配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列は、配列番号1に示される配列の相補的配列に対して、好ましくは少なくとも70%、75%、80%、85%、又は90%の同一性、より好ましくは95%、96%、97%、98%、又は99%の同一性を有する。
【0035】
2つのアミノ酸配列または塩基配列の%同一性を決定するためには、最適な比較がなされるように配列をアライメントする。2つの配列間の%同一性は、配列が共有する同一な位置の数の関数である(すなわち、%同一性=同一な位置の数/位置(例えば、一部重複する位置)の総数×100)。1つの態様において、比較対象の2つの配列は同じ長さである。2つの配列間の%同一性は、ギャップを許容する場合、許容しない場合の両方で、以下に述べるものに類似した方法を用いて決定し得る。%同一性の算出に関しては、一般的に、厳密に一致するもののみを算定する。
【0036】
2つの配列間の%同一性の決定は、数学的アルゴリズムを用いて達成することができる。2つの配列の比較に用いられる数学的アルゴリズムの好ましい非限定的な例は、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5873-5877において改変された、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 2264のアルゴリズムである。この種のアルゴリズムは、Altschulら, (1990) J. Mol. Biol., 215, 403のNBLASTおよびXBLASTプログラムに組み込まれている。本発明のポリペプチドの変異体を得るには、BLASTのタンパク質検索を、スコア=30、ワード長(wordlength)=3としたXBLASTプログラムを用いて実行するとよい。本発明のDNAの変異体を得るためには、BLASTヌクレオチド検索を、スコア=100、ワード長=12としたNBLASTプログラムを用いて実行するとよい。比較用のギャップが入ったアライメントを得るためには、Altschulら, (1997) Nucleic Acid Res., 25, 3389に記載されたGapped BLASTを用いるとよい。
【0037】
配列番号1に示される配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列によりコードされるポリペプチドは、配列番号2に示されるポリペプチドに対して、好ましくは80〜100%、より好ましくは95%、96%、97%、98%、又は99%の配列同一性を有する。配列番号2に示されるポリペプチドに対してアミノ酸の変化を有するそのような変異体が、本明細書中に示される配列番号2に示されるポリペプチドと同一又は同等の活性及び性質を有する限り、該変異体は本発明の組成物において用いられるのに好適である。アミノ酸の変化とは、アミノ酸の欠失、置換又は付加を含む。
【0038】
ここで、アミノ酸の置換に関して、アミノ酸の側鎖は、疎水性、電荷などの化学的性質または構造的性質においてそれぞれ異なるものであるが、実質的にポリペプチド全体の3次元構造(立体構造とも言う)に影響を与えないという意味で保存性の高い幾つかの関係が、経験的にまた物理化学的な実測により知られている。本発明のアミノ酸間の置換は、化学的または構造的性質の類似したアミノ酸間の保存的置換でもよいし、あるいは、そのような性質の異なるアミノ酸間の非保存的置換でもよい。化学的または構造的性質の類似したアミノ酸は次のように分類することができる。
【0039】
疎水性アミノ酸群には、アラニン(Ala)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、バリン(Val)、メチオニン(Met)、プロリン(Pro)が含まれる。極性アミノ酸群には、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、グリシン(Gly)、グルタミン(Gln)、アスパラギン(Asn)、システイン(Cys)が含まれる。芳香族アミノ酸群には、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、トリプトファン(Trp)が含まれる。酸性アミノ酸群には、グルタミン酸(Glu)、アスパラギン酸(Asp)が含まれる。塩基性アミノ酸群には、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)が含まれる。
【0040】
例えば、保存的置換の例としては、グリシン(Gly)とプロリン(Pro)、グリシンとアラニン(Ala)またはバリン(Val)、ロイシン(Leu)とイソロイシン(Ile)、グルタミン酸(Glu)とアスパラギン酸(Asp)、グルタミン(Gln)とアスパラギン(Asn)、システイン(Cys)とスレオニン(Thr)、スレオニンとセリン(Ser)またはアラニン、リジン(Lys)とアルギニン(Arg)等のアミノ酸の間での置換が含まれる。
【0041】
また、以下の実施例に詳細に示すとおり、本発明者らは、驚くべきことに、本発明のセルラーゼ製剤は、従来用いられているトリコデルマ属由来のセルラーゼ製剤と一緒に用いると相乗的に作用し、従来のセルラーゼ製剤単独と比較して非常に高い活性を示すことを見出した。
【0042】
よって、本発明は、トリコデルマ属由来のセルラーゼ成分をさらに含む、本発明の組成物にも関する。
【0043】
市販されているトリコデルマ属由来セルラーゼ製剤としては、TP−3協和(協和化成)、セルラーゼ“オノズカ”RS(ヤクルト薬品工業)、Cellsoft(ノボ・ノルディクス)、メイセラーゼ(明治製菓)、セルライザー(ナガセ生化学工業)、アクセルラーゼ(Accellerase)1500(ジェネンコア)などが挙げられる。
【0044】
トリコデルマ属由来セルラーゼ成分と本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤との混合比は、例えばタンパク質重量比で1:99〜99:1、好ましくは10:90〜99:1、より好ましくは30:70〜90:10、さらに好ましくは50:50〜80:20、最も好ましくは60:40〜75:25、特に好ましくは75:25である。
【0045】
本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤は、リグニンの含量が比較的多めの基質に対しては、トリコデルマ由来酵素よりも高い分解性を示す性質を持っている。この性質を活かすと、酵素の生産性が高く、市販の価格の安いトリコデルマ由来酵素を助ける役割として、本発明のセルラーゼ製剤を添加することにより、リグニン含量が比較的多いバイオマス基質に対して効率的な糖化、したがって効率的なアルコール生産を行うことができる。
【0046】
本発明はまた、本発明のセルラーゼ製剤を植物由来材料に添加することを含む、バイオマスの処理方法にも関する。
バイオマスの処理方法とは、例えば、セルロース系バイオマスを本発明のセルラーゼ製剤を用いて糖化するステップ、及び酵母などによりアルコール生産するステップを含む。本発明のバイオマスの処理方法では、糖化ステップとアルコール生産ステップとを同時に行ってもよい。
【0047】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0048】
セルラーゼ製剤の分析
1.セルラーゼ製剤の調製
ペスタロティオプシスsp.AN−7は、50Lジャーファーメンター2基を用いて、500rpm、通気量1.5vvm、30℃にて、3日間培養した。培地組成は以下のとおりである。
【0049】
成分 濃度
ニッカミルキーS 2%
KCフロック 2%
酵母エキス 0.2%
NaCl 3%
MgSO4・7H2O 0.5%
Ks496A 0.1%
MnSO4・5H2O 100ppm
【0050】
ニッカミルキーSは、日華油脂から、KCフロックは日本製紙ケミカル社から、酵母エキス(ミーストP2G)はアサヒフードアンドヘルスケアから、Ks496Aは信越化学工業からそれぞれ入手した。
【0051】
培養終了後、培養液を薮田式濾過圧搾機40−D(薮田産業)を用いて濾過し、43Lの培養濾液を得た。これに防腐剤としてデルトップ(武田薬品工業)及びスラウト99N(武田薬品工業)をそれぞれ0.15容量%添加し、4℃で保存した。この粗酵素溶液35Lを限外濾過膜(Microza UF AIP−1013、旭化成ケミカルズ)を用いて濃縮し、硫安沈殿を行なった後、凍結乾燥させて粉末を得た。その結果、340gの粗酵素粉末が得られた。この粗酵素粉末を、2重量%の濃度で水に溶解させ、限外濾過膜(ペンシル型膜モジュールSLP−0053、旭化成ケミカルズ)を用いて脱塩及び濃縮を行なって、セルラーゼ製剤溶液を得た。
【0052】
セルラーゼ製剤溶液のタンパク質量をLowry法により測定した。2重量%炭酸ナトリウム・水酸化ナトリウム溶液/1重量%酒石酸カリウム溶液/1重量%硫酸銅(II)5水和物溶液を100/1/1にて混合し、この混合液1.5mLに希釈したセルラーゼ製剤溶液0.3mLを加え、室温にて15分間放置した。これに1Nフェノール試薬(和光純薬工業)0.15mLを加えて撹拌し、室温で30分間放置した。分光光度計により660nmの吸光度を測定した。ブランクとして、水を試料とした測定も行なった。試料の吸光度からブランクの吸光度を差し引いて、BSA(BioRad)標準曲線からタンパク質濃度を算出した。上記のセルラーゼ溶液のタンパク質量は38.2mg/mLであった。
【0053】
2.セルラーゼ製剤の活性評価
上記の粗酵素溶液、粗酵素粉末及びセルラーゼ製剤溶液について、以下に記載する方法によって各酵素活性を評価した。
【0054】
エンドグルカナーゼ活性
エンドグルカナーゼ活性は、カルボキシメチルセルロース(CMC)(SIGMA)を基質(1.0重量%の基質溶液とする)として、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及び粗酵素溶液25μL、セルラーゼ製剤1g、又はセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法によって定量することにより測定した。すなわち、反応液に銅試薬0.8mLを加えて反応を停止させ、蒸留水0.4mLを加え15分間煮沸した。煮沸後5分間水冷し、Nelson試薬0.8mLを静かに加えて、蒸留水1.6mLを加え室温で30分間放置し発色させた。放置後505nmの吸光度を分光光度計U2000(日立工機)により測定した。ブランクは、上記の実験と同量の1重量%CMC溶液に予め銅試薬を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて同試薬との反応を行った。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いて還元糖の増加量を求めた。還元糖量はグルコース標準曲線より算出した。
【0055】
セロビオヒドロラーゼ活性
セロビオヒドロラーゼ(CBH)活性は、1重量%のアビセル(Merck社製)懸濁液を基質として、反応液400μL当たり基質溶液100μL、及び上記のセルラーゼ製剤溶液100μLを添加し、40℃にて24時間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法によって定量することにより測定した。
【0056】
CBH I活性
CBH I活性は、5mM p−ニトロフェニルラクトース(SIGMA)を基質として、反応液400μL当たり基質溶液100μL、及び上記のセルラーゼ製剤溶液100μLを添加し、40℃にて60分間反応させた後、1重量%炭酸ナトリウム水溶液を1mL添加し、酵素反応を停止させた。さらに2mLのイオン交換水を加えた後、加水分解によって生じたp−ニトロフェノールを420nmでの吸光度から定量することにより測定した。
【0057】
β−グルコシダーゼ活性
β−グルコシダーゼ活性は、5mM p−ニトロフェニルグルコースを基質として、反応液400μL当たり基質溶液100μL、及び粗酵素溶液又はセルラーゼ製剤溶液100μLを添加し、40℃にて60分間反応させた後、1重量%炭酸ナトリウム水溶液を1mL添加し、酵素反応を停止させた。さらに2mLのイオン交換水を加えた後、加水分解によって生じたp−ニトロフェノールを420nmでの吸光度から定量することにより測定した。
【0058】
結果
測定の結果、上記粗酵素溶液は6.1単位/mLのエンドグルカナーゼ活性及び7.3単位/mLのβ−グルコシダーゼ活性を含み、上記粗酵素粉末は445単位/gのエンドグルカナーゼ活性及び488単位/gのβ−グルコシダーゼ活性を含み、上記セルラーゼ製剤溶液は134単位/mLのエンドグルカナーゼ活性(3.50単位/mgタンパク質)、3.07単位のセロビオヒドロラーゼ活性(0.0800単位/mgタンパク質)、8.35単位/mLのCBH I活性(0.219単位/mgタンパク質)、及び27.5単位/mLのβ−グルコシダーゼ活性(0.719単位/mgタンパク質)を含んでいた。
【0059】
3.セルラーゼ製剤の性質評価
至適pH
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性による酵素反応に最適なpHを調べた。1.0重量%CMC溶液を基質として、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。反応液のpHは、Britton−Robinson’s広域緩衝液を用いて、pH2、pH3、pH4、pH5、pH6、pH7、pH8、又はpH9に調整した。
【0060】
結果を図1に示す。ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤は、pH5付近で最大活性を示し、pH4〜pH6で最大活性の80%以上の活性を示した。
【0061】
至適温度
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性による酵素反応に最適な温度を調べた。1.0重量%CMC溶液を基質として、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃、50℃、60℃、又は70℃にて0〜60分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。
【0062】
結果を図2に示す。40℃及び50℃では、反応時間とともに生成還元糖量が増加し、60℃では反応開始20分後からは生成還元糖量がほとんど増加しなかった。70℃では反応開始直後からほとんど還元糖が生成されず、酵素の失活により酵素反応が起こっていないと考えられた。以上より、ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤の至適温度は40〜50℃と考えられる。
【0063】
NaClによる影響
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性のNaClに対する耐塩性を調べた。公知のセルラーゼ製剤と比較するために、ドリセラーゼ(協和発酵社製)についても同一条件化で試験した。ドリセラーゼは、ウスバタケ由来のセルラーゼを含むセルラーゼ、プロテアーゼ、ペクチナーゼ複合酵素である。1.0重量%CMC溶液を基質として用いて、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μL又は1mg/mLドリセラーゼ溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。反応液のNaCl濃度は、0、0.3、0.6、0.9、1.2、又は1.5Mに調整した。
【0064】
結果を図3に示す。0M NaClの測定値を100%として示している。ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤では、0.6M NaCl(3重量%に相当)で最大活性を示し、約1Mまでは0Mでの反応時以上の活性を示した。一方、ドリセラーゼは塩濃度の上昇により活性が徐々に低下した。
【0065】
他の金属塩による影響
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性への他の金属塩の影響を調べた。金属塩としては、MnCl2、MgCl2、及びBaCl2を用いた。1.0重量%CMC溶液を基質として用いて、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。反応液中には、MnCl2、MgCl2、又はBaCl2を10mMの濃度でさらに添加した。
【0066】
結果を図4に示す。いずれの金属塩化物の添加によっても、セルラーゼ製剤のエンドグルカナーゼ活性の上昇が見られた。BaCl2添加では、金属塩を添加しない場合と比較して反応開始後60分の時点で約5倍の還元糖が生成され、MgCl2又はMnCl2の添加によっては2〜3倍の還元糖が生成された。これにより、ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤は、種々の金属塩の存在により酵素活性が阻害されないばかりか、顕著に活性が上昇することが示された。
【実施例2】
【0067】
エンドグルカナーゼ酵素の解析
1.エンドグルカナーゼCel5Aの単離
炭素源としてアビセル(Merck社製)を含む培地(培地組成:3重量%NaCl、0.07重量%KCl、1.08重量%MgCl2・6H2O、0.53重量%MgSO4・7H2O、0.1重量%CaCl2・2H2O、0.1重量%NH4NO3、0.05%Na2HPO4、0.1重量%酵母粉末、1重量%アビセル)で、室温にて3日間培養し、培養上清を硫安沈殿、ゲル濾過カラム(PD−10、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)、陰イオン交換カラム(Mono−Q、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて順次精製を行なった。約31kDaの分子量を有するタンパク質が得られた(図5、レーン3)。上記の実施例1と同様に行なったCMCを基質とするエンドグルカナーゼ活性測定では、精製されたタンパク質の酵素活性は22.4単位/mgタンパク質であった。
【0068】
2.精製エンドグルカナーゼの性質分析
上記の実施例1と同様に行なったpH安定性の分析では、pH2〜11の範囲において安定した活性が見られ、至適pHは4であった。また、上記の実施例1と同様に行なった至適温度の分析では、至適温度は60℃であった。
【0069】
耐熱性を調べるために、精製エンドグルカナーゼを含む溶液を60℃、80℃又は100℃で15分間、30分間又は60分間処理し、30℃にてエンドグルカナーゼ活性を測定した。
【0070】
結果を図6に示す。ペスタロティオプシスから得られたエンドグルカナーゼは、60℃にて60分間の熱処理によっては顕著に活性が失われることはなく、熱処理をしない場合の約80%の活性を保持していた。本酵素は、80℃にて60分間の熱処理後には、約50%の活性を保持し、100℃での熱処理では、30分間の処理後に約35%、60分間の処理後に約10%の活性を保持していた。以上より、ペスタロティオプシスから得られたエンドグルカナーゼは、著明な耐熱性を有することが示された。
【0071】
また、実施例1と同様に行なった耐塩性試験では、NaClが1.5%濃度のときに、NaClを添加しない場合の160%の活性が見られ、NaClが3%濃度でも、NaCl無添加の場合よりも高い活性が見られた。それと比較して、ウスバタケ由来の酵素製剤であるドリセラーゼでは、NaClの存在によって活性の低下が見られた。
【0072】
3.Cel5A遺伝子のクローニング
精製したペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼの全長及びプロテーゼ処理により得られたその断片について、公知のペプチドシーケンス法によりN末端配列を決定した。得られた配列に基づきPCR用プライマーを設計し、ペスタロティオプシスsp.AN−7培養物から得たmRNAからエンドグルカナーゼ遺伝子(Cel5A)のcDNAを取得した。得られたcDNAの塩基配列を配列番号1(図7A)に、そこから推定されるアミノ酸配列を配列番号2(図7B)に示す。得られたcDNAは開始コドン(ATG)及び終止コドン(TGA)を含む978塩基から構成され、325アミノ酸残基のタンパク質をコードしていた。精製されたエンドグルカナーゼからペプチドシーケンス法により得られたN末端配列は、推定アミノ酸配列の22残基目から始まり、このことから、当該エンドグルカナーゼ遺伝子によりコードされるポリペプチドは、該ポリペプチドが菌体外に分泌される際に切断される21アミノ酸残基のシグナルペプチドを有することが推測された。
【実施例3】
【0073】
本発明のセルラーゼ製剤の市販セルラーゼ製剤との活性比較
1.セルロース系基質分解活性
(1)実験方法
セルラーゼ製剤中の作用機序の異なるセルラーゼ活性を測定するため、指標となる3種類の基質、カルボキシメチルセルロース(CMC)(SIGMA)、微結晶セルロース(Merck)、セロビオース(和光純薬工業)を用いた活性測定とタンパク質量を測定した。活性測定には以下の式を用いた。
【0074】
本発明のセルラーゼ製剤としては、実施例1に従い調製したセルラーゼ製剤溶液を用いた。市販のセルラーゼ製剤としては、TP−3協和(協和化成)、ドリセラーゼ(協和発酵)、及びセルクラスト(Novozymes)を使用した。
【0075】
CMC分解活性
水溶性セルロースに対する活性測定には、CMCを基質とした。CMC1gを蒸留水99mLに溶かし、よく混合して24時間膨潤させた。防腐剤としてトルエンを1滴加え、1重量%CMC溶液としてCMC分解活性測定に用いた。1重量%CMC溶液0.1mL、20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)0.2mL、希釈した酵素液0.1mLを混合し、30℃で15分間反応させた。反応終了後、生成した還元糖量をソモジー・ネルソン法により測定した。すなわち、反応液に銅試薬0.8mLを加えて反応を停止させ、蒸留水0.4mLを加え15分間煮沸した。煮沸後5分間水冷し、Nelson試薬0.8mLを静かに加えて、蒸留水1.6mLを加え室温で30分間放置し発色させた。放置後505nmの吸光度を分光光度計U2000(日立工機)により測定した。ブランクは、1重量%CMC溶液に予め銅試薬を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて反応を行った。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いて還元糖の増加量を求めた。還元糖量はグルコース標準曲線より算出した。
【0076】
セロビオヒドロラーゼ活性
セロビオヒドロラーゼ活性測定には、微結晶セルロース(アビセル(Merck))を基質とした。微結晶セルロース1gを蒸留水99mLに加え懸濁した。防腐剤としてトルエンを1滴加え、1重量%微結晶セルロース溶液として微結晶セルロース分解活性測定に用いた。1重量%微結晶セルロース溶液0.1mL、20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)0.2mL、希釈した酵素液0.1mLを混合し、30℃で60分間反応させた。反応終了後、生成した還元糖量をCMC活性測定と同様にソモジー・ネルソン法により測定した。
【0077】
β−グルコシダーゼ活性
β−グルコシダーゼ活性測定には、セロビオースを基質とした。セロビオース1gを蒸留水99mLに溶かした。防腐剤としてトルエンを1滴加え、1重量%セロビオース溶液としてβ−グルコシダーゼ活性測定に用いた。1重量%セロビオース溶液0.1mL、適当に希釈した酵素液0.1mLを混合し、30℃で15分間反応させた。反応終了後生成したグルコース量を、グルコースC−IIテストワコー(和光純薬工業)を使用して測定した。すなわち、反応液に1N塩酸(和光純薬工業)0.5mLを加えて反応を停止させ、1M Tris溶液(純正化学)と2N水酸化ナトリウム(和光純薬工業)の混合溶液(v/v=4:1)0.5mLを加えて中和した。発色試薬1.5mLに中和した反応液0.01mLを加え、37℃水浴中で5分間発色させた。5分後に、505nmの吸光度を測定した。ブランクは、1重量%セロビオース溶液に予め1N 塩酸を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて反応を行った。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いてグルコースの増加量を求めた。
【0078】
タンパク質量
酵素溶液中のタンパク質量をLowry法により測定した。すなわち、2重量%炭酸ナトリウム・水酸化ナトリウム溶液(炭酸ナトリウム(和光純薬工業)を水酸化ナトリウムに溶解)/1重量%酒石酸カリウム溶液(関東化学)/1重量%硫酸銅(II)5水和物溶液(和光純薬工業)=100/1/1(v/v/v)1.5mLに希釈した酵素溶液0.3mLを加え、室温で15分間放置した。放置後、1N フェノール試薬(和光純薬工業)0.15mLを加えて撹拌し、室温で30分間放置した。分光光度計により660nmの吸光度を測定した。ブランクは酵素溶液を蒸留水に換えて反応させた。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いてタンパク質の増加量を求めた。タンパク質量は牛血清アルブミン(BSA)(BIO−RAD)標準曲線より算出した。
【0079】
(2)実験結果
表1に、セルロース系基質に対する市販酵素との比較データを示した。セルラーゼ生産性の高いといわれるトリコデルマ属の菌の生産する酵素であるTP−3協和に比較するとその比活性は低いものとなった。この値は、通常の塩のない条件での測定結果であり、塩存在下では、その値の差は小さくなる。
【0080】
【表1】
【0081】
2.バイオマス材料分解活性
190℃、10分間の水熱処理を行った試料(エノキタケ栽培後の培地、大豆皮、ビートファイバー、コーンコブ)を用いた。水熱処理後のそれぞれに含まれるα−セルロースの量はそれぞれ、エノキタケ廃培地20.8%、大豆皮46.8%、ビートファイバー40.3%、コーンコブ64.2%であった。本発明のセルラーゼ製剤としては、実施例1と同様に培養したペスタロティオプシスsp.AN−7の培養上清を硫安沈殿し、粉末化したものを用いた。方法は以下のとおりである。
【0082】
水熱処理残渣の糖化は、基質である水熱処理残渣の濃度100mg/mL、セルラーゼ濃度10重量%(=0.1gセルラーゼ製剤/1g乾燥水熱処理残渣)を基本として行った。各水熱処理残渣を、2.0gずつ50mLチューブに入れ、蒸留水を10mL加えてオートクレーブSX−300(トミー精工)により滅菌した。セルラーゼ製剤0.2gを20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)10mLに溶かして調製した後、滅菌した水熱処理残渣に加えよく撹拌した。十分に撹拌した後、すぐに0.5mLを分取した。これを0時間での分取とし、反応開始後3、6、12、24、48、72時間で0.5mLずつ分取した。分取時には、先端を切除したチップと1.5mLマイクロチューブを使用し、出来るだけ均一な試料を取り出せるよう、分取直前に十分に撹拌した。試料は5分間煮沸して酵素を失活させ、冷凍保存した。なお、分取作業は汚染を防ぐためにクリーンベンチ内で行い、先端を切除したチップ及び1.5mLマイクロチューブは、予めクリーンベンチ内で紫外線により殺菌したものを使用した。
【0083】
本発明のセルラーゼ製剤としては、培養液を硫安沈殿させただけのものを用いた。そのため、粉末中の酵素量はかなり低いと考えられる。3種類の市販のセルラーゼ製剤と本発明のセルラーゼ製剤中に含まれるタンパク質濃度を比較すると、ドリセラーゼ:8.60mg/mL、セルクラスト:4.19mg/mL、TP−3協和:16.77mg/mL、本発明のセルラーゼ製剤:5.46mg/mLで、本発明の海洋性糸状菌由来セルラーゼ粉末中のタンパク質濃度は、ドリセラーゼ、セルクラストと同程度であった。図8に示したように、タンパク質量が多いTP−3協和が最も多くの還元糖量を生産した。そのほかの酵素は、エノキタケの栽培後の培地を除いては、ほぼ同等であり、タンパク質当たりのバイオマスの分解能力は、概ね同等と考えられた。
【実施例4】
【0084】
トリコデルマ属由来酵素との相乗効果
1.セルロース系基質分解活性
TP−3協和との各セルラーゼ成分における相乗効果を、実施例2に記載の方法を用いて測定した。酵素製剤としては、TP−3協和と本発明のセルラーゼ製剤との1:1(乾燥粉末重量比)混合物を用いた。結果を表2に示す。結晶性セルロースに対する相乗効果は認められなかったが、CMC(カルボキシメチルセルロース)の分解、及びセロビオースの分解においては相乗効果が認められた。このことは、実際にセルロースを分解したときに、結晶性のセルロースを分解する酵素の生成物阻害を回避するうえで役立つものと考えられる。
【0085】
【表2】
【0086】
2.混合酵素を用いたアルコール発酵
実験方法
(1)酵母液の調製
本研究では、酵母として、清酒醸造用酵母サッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)Kyokai No.901株を使用した。YPD寒天培地(1重量%酵母エキス(Difco)、2重量%ポリペプトン(日本製薬)、2重量%グルコース(和光純薬工業)、1.5重量%寒天(和光純薬工業))で保存していた株を、YPD液体培地5mLを入れた15mLチューブに植菌し、30℃、120rpmで24時間前培養した。本培養はYPD液体培地100mLを入れた300mL三角フラスコを使用し、前培養液2mLを加え30℃、120rpmで48時間行った。培養液を新しい50mLチューブに移して3,000rpm、10分間の遠心分離により上清を取り除いた。沈殿に滅菌蒸留水を加えて撹拌し、再び3,000rpm、10分間の遠心分離により上清を取り除いた。この操作を2度繰り返して培養液を完全に洗浄した後に、沈殿に5mLの滅菌蒸留水を加えて再懸濁し、酵母液とした。
【0087】
(2)水熱処理残渣の発酵
水熱処理残渣の発酵は、基質である水熱処理残渣の濃度100mg/mL、セルラーゼ濃度10重量%(=0.1gセルラーゼ製剤/1g乾燥水熱処理残渣)を基本として行った。各水熱処理残渣を2.0gずつ50mLチューブに入れ、蒸留水を12mL加えてオートクレーブにより滅菌した。セルラーゼ製剤0.2gを20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)5mLに溶かして調製した。調製したセルラーゼ製剤を滅菌した水熱処理残渣に加え、酵母液1mL、窒素源として滅菌した2.7mg/mL Yeast Nitrogen Base(Difco)2mLを加えた。十分に撹拌した後、すぐに0.5mLを分取した。これを0時間での分取とし、反応開始後3、6、12、24、48、72、96時間で0.5mLずつ分取した。反応中は、試料を30℃に保持し、静置で並行複発酵を行なった。分取操作では、ミキサーによる強い撹拌で試料中のエタノールが揮発しないように、先端を切除したチップを使用したピペッティングによって静かに撹拌した。試料はエタノールが揮発しないように、すぐに冷凍保存した。
【0088】
(3)アルコール濃度の測定方法
冷凍保存しておいた試料を水浴中で解凍し、遠心分離機を用いて13,000rpmで10分間、2回遠心分離した。分離後、上清を0.1mL測定用のバイアル瓶に分取し、内標準溶液として0.3%(v/v)のn−ブチルアルコール(和光純薬工業)を0.9mL加えた。標準物質には1.0%(v/v)のエタノールを用いた。各試料をガスクロマトグラフにより分析し、標準物質のピーク面積からエタノール量を計算した。GCシステムは、GC14A(島津製作所)、キャピラリーカラムはTC−1(ジーエルサイエンス、長さ:30m×直径:0.53mm、膜圧:1.5μm)を使用した。
【0089】
実験結果
セルラーゼ製剤の使用量をできるだけ抑える目的で、各水熱処理残渣の濃度を100mg/mLに固定し、TP−3協和の添加量を、0.1、1、5、15重量%と変えて酵母と供に加え糖化発酵を試みた。TP−3協和0.002g(0.1重量%)、0.02g(1重量%)、0.1g(5重量%)、0.3g(15重量%)を20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)5mLに溶かして調製した後、各水熱処理残渣の発酵を行い、得られたエタノールを経時的に定量した。エノキタケ廃培地では、TP−3協和濃度が15重量%の時に最大16.0mgのエタノールが培養120時間までに得られたが、10、5重量%と濃度を下げていくにつれて、10.3、8.0mgと減少し、1重量%以下ではほぼ0mgであった。大豆皮では、TP−3協和濃度が15重量%の時に最大240.0mgのエタノールが培養120時間までに得られた。TP−3協和濃度10重量%では212.4mgで、15重量%の時とエタノール生成量に著しい差はなかった。しかし、5、1、0.1重量%と濃度を下げていくに連れて、136.5、77.8、3.0mgとエタノール生成量は大きく減少した。
【0090】
エタノールへの変換率を計算すると、TP−3協和濃度0.1、1、5、10、15重量%で、エノキタケ廃培地では0、0.4、3.9、5.4、7.8%、大豆皮では0.6、17.8、32.2、48.5、55.0%、ビートファイバーでは0.5、11.2、69.7、81.7、85.8%、コーンコブでは0.06、3.1、66.2、67.2、69.3%となった。これらの結果から、水熱処理残渣の糖化発酵においてTP−3協和の添加量を減らすと、水熱処理残渣中のセルロースを効率的にエタノールへと変換できないことが分かった。特にTP−3協和濃度が1%以下では極端にエタノールへの変換率が低下し、現状では少なくとも5%以上のTP−3協和が必要であった。
【0091】
そこで、アルコールへの変換率が高かったTP−3協和と本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤を用いて、その相乗効果(図9)と、使用する酵素量の削減(図10)を検討した。先の図8では、バイオマスの分解能力を還元糖の生成能力で比較したが、エタノールへの変換率を比較すると、本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤は、エノキタケの使用済み培地や、大豆の皮の水熱反応残渣に対して分解性が高く、初期にはトリコデルマ属由来酵素よりもアルコールへの変換率が高かった。また、両酵素を混合することにより、最終的に得られるアルコール濃度は2倍程度に上昇することが判明した。
【0092】
TP−3協和の酵素では、反応初期のアルコールの生成が特に悪い傾向にあった。発酵時間の短縮は実用的には望ましいことであり、酵素濃度を変化させて、初期の発酵速度の比較を行った。図9に示したように、発酵初期に単独の酵素ではエタノール生産がほとんど起こらず、一定時間経過後からアルコールが生成しているが、混合酵素系は初期の立ち上がりが非常に高かった。また、最終的に得られるエタノール濃度も高く、実用的な酵素であることが分かった。
【0093】
以上のように、本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤は、リグニンの含量が比較的多めの基質に対しては、トリコデルマ由来酵素よりも高い分解性を示す性質を持っている。この性質を活かすと、酵素の生産性が高く、市販の価格の安いトリコデルマ由来酵素を助ける役割として、本発明のセルラーゼ製剤を添加することにより、リグニン含量が比較的多いバイオマス基質に対して効率的な糖化、したがって効率的なアルコール生産を行うことができることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明のセルラーゼ製剤は、セルロース系バイオマスの処理において有用性を有するため、エネルギー産業における利用可能性を有する。
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルラーゼ活性を有する、バイオマス処理に有用な組成物に関する。より具体的には、本発明は、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7から得られた組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオマス資源を石油資源などの代替として有効活用する試みが数多くなされている。バイオマスとは、地球生物圏の物質循環系に組み込まれた生物体又は生物体から派生する有機物の集積を意味する(非特許文献1)。特に、食品残渣や農産廃棄物等のセルロース系バイオマスから、糖化を経てエネルギーを取り出すための種々のアプローチが提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、稲わら、麦わら等のセルロース系廃棄物に酵素を作用させて糖を生成する糖化工程を含む、セルロース系廃棄物の処理方法が記載されている。
【0004】
しかし、セルロース系バイオマス(以下、単にバイオマスともいう。)を上記のように酵素を用いて処理しようとする場合、主成分であるセルロースがヘミセルロースやリグニンなどに包埋されているために、分解酵素が容易にこれに接触できず、単に酵素処理を行なうだけでは効率よく処理することができない。そこで、セルロースを露出させるために、高温高圧水処理、蒸煮若しくは爆砕処理や粉砕等の物理化学的処理や、酸若しくはアルカリ処理等の化学的処理、又はそれらの組み合わせによる前処理が必要とされている。
【0005】
バイオマスの糖化のための酵素としては、トリコデルマ属(Trichoderma)などの微生物由来のセルラーゼが広く用いられている。バイオマスの酵素的処理では、上記のように前処理後のバイオマス由来材料にそのような酵素を作用させて糖化を行なうことが必要となる。しかし、そのような前処理直後の材料は、高温、高塩、極端なpH又は中和後の高塩濃度などの過酷な条件を有するため、既存のセルラーゼを用いて酵素的処理を行なう場合、前処理後の十分な放熱、脱塩、中和などのさらなる処理が必要であり、これには設備などの追加のコスト及び追加の処理時間が必要とされる。
【0006】
そこで、前処理後のバイオマス由来材料が有する上記のような過酷な条件でも十分な活性を発揮することができるセルラーゼ製剤の取得が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−159954号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】JIS工業用語大辞典、第5版、財団法人日本規格協会(編、発行)、2001年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
セルロース系バイオマス処理を効率よく行なうために、耐熱性、耐塩性、及び広い至適pHを有するセルラーゼ製剤が所望されている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記のようにバイオマス処理での利用に有用な性質を有するセルラーゼを探索し、所望のセルラーゼ活性を有する微生物を単離し、そこからセルラーゼ製剤を調製することにより、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する:
〔1〕エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7から得られた組成物。
〔2〕エンドグルカナーゼ活性を有する成分が、配列番号1に示される塩基配列又は配列番号1に示される塩基配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む配列によりコードされるポリペプチドを含む、上記〔1〕に記載の組成物。
〔3〕エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、又はβ−グルコシダーゼ活性を有するトリコデルマ属(Trichoderma)由来の1以上のポリペプチドをさらに含む、上記〔1〕又は〔2〕に記載の組成物。
〔4〕上記〔1〕〜〔3〕のいずれか1つに記載の組成物を植物由来材料に添加するステップを含む、バイオマスの処理方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐熱性、耐塩性などの好ましい性質を有するセルラーゼ製剤が提供され、これにより、バイオマスの効率のよい処理が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明のセルラーゼ製剤の至適pHを示す図である。
【図2】本発明のセルラーゼ製剤の至適温度を示す図である。
【図3】本発明のセルラーゼ製剤のNaClによる酵素活性への影響を示す図である。
【図4】本発明のセルラーゼ製剤の金属塩による酵素活性への影響を示す図である。
【図5】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼの精製についてのSDS−PAGEである。
【図6】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼの温度安定性試験を示す図である。
【図7A】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼ(Cel5A)遺伝子の塩基配列(配列番号1)である。
【図7B】ペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼ(Cel5A)遺伝子の推定アミノ酸配列(配列番号2)である。
【図8】本発明のセルラーゼ製剤と市販のセルラーゼ製剤の水熱処理残渣に対する糖化能力の比較を表す図である。
【図9】混合酵素、TP−3協和、本発明のセルラーゼ製剤の水熱処理残渣並行複発酵における生成エタノール量の比較を表す図である。
【図10】混合酵素及びTP−3協和の添加量による水熱処理残渣からのエタノール生産量への影響を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシスsp.AN−7から得られた組成物に関する。
【0015】
セルラーゼとは、一般的には、セルロース等のβ−1,4−グリコシド結合を加水分解してグルコース、セロビオース、セロオリゴ糖等を生成する酵素を意味する。セルラーゼはいくつかの異なる酵素分類に分類される酵素を含み、そのような酵素分類としては、エンドグルカナーゼ(EG;EC3.2.1.4)、セロビオヒドロラーゼ(CBH;EC3.2.1.91)、β−グルコシダーゼ(BG;EC3.2.1.21)が挙げられる(Schulein,M.,Methods in Enzymology,160:235−242,1998)。
【0016】
EG、CBH、及びBG成分を含む完全セルラーゼ系は、結晶性セルロースをグルコースに変換するのに相乗的に働く。セロビオヒドロラーゼ及びエンドグルカナーゼは協働してセルロースを小さなセロオリゴ糖へと分解する。これらのオリゴ糖(主としてセロビオース)は、次いでβ−グルコシダーゼによりグルコースへと加水分解される。
【0017】
本発明においてエンドグルカナーゼ活性とは、典型的には、微結晶セルロース(アビセル)、膨潤セルロース、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ヒドロキシエチルセルロースなどを基質として作用して、これらのセルロースのβ−1,4−グリコシド結合をエンド型で加水分解する活性(エンド型セルラーゼ活性)を意味する。詳細には、エンドグルカナーゼ活性は、例えば、0.25重量%CMCの存在下、40℃にて30分間反応を行い、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法により定量することにより測定することができる。すなわち、反応液に銅試薬0.8mLを加えて反応を停止させ、蒸留水0.4mLを加え15分間煮沸する。煮沸後5分間水冷し、Nelson試薬0.8mLを静かに加えて、蒸留水1.6mLを加え室温で30分間放置し発色させる。放置後505nm又は660nmの吸光度を分光光度計U2000(日立工機)により測定する。ブランクは、基質溶液に予め銅試薬を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて反応を行う。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いて還元糖の増加量を求める。還元糖量はグルコース標準曲線より算出する。CMCはSIGMA社製のものなどが市販されている。
【0018】
本発明においてセロビオヒドロラーゼ活性とは、微結晶セルロース、膨潤セルロースなどを基質として作用して、これらのセルロースのβ−1,4−グリコシド結合をエキソ型に加水分解する活性(エキソ型セルラーゼ活性)を意味する。詳細には、セロビオヒドロラーゼ活性は、例えば、0.25重量%アビセル(微結晶セルロース)の存在下、40℃にて1〜24時間反応を行い、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法により定量することにより測定することができる。アビセルはMerck社製のものなどが市販されている。
【0019】
本発明においてセロビオヒドロラーゼI活性とセロビオヒドロラーゼII活性とは、セロビオヒドロラーゼIがセルロース鎖の還元末端に指向性を有するのに対して、セロビオヒドロラーゼIIがセルロース鎖の非還元末端に指向性を有する点で異なる。この差異を区別するためには、p−ニトロフェニルラクトース(pNPL)を基質とした測定を用いることができる。pNPLはCBH I及びCBH IIのうち、CBH Iによってのみ分解されるため、そのような測定によってCBH I活性のみを測定することができる。詳細には、CBH I活性は、例えば、5mM pNPLの存在下、40℃にて60分間反応を行い、加水分解によって生じたp−ニトロフェノールを、420nmでの吸光度を定量することにより測定することができる。pNPLはSIGMA社製のものなどが市販されている。
【0020】
本発明においてβ−グルコシダーゼ活性とは、アリール又はアルキルβ−D−グルコシドを基質として作用して、これを加水分解してD−グルコースを生成する活性を意味する。詳細には、β−グルコシダーゼ活性は、例えば、0.25重量%セロビオースの存在下、30℃にて15分間反応を行い、加水分解により生じたグルコースを、グルコースC−IIテストワコー(和光純薬工業)などの公知の手法により測定することにより、測定することができる。セロビオースは和光純薬社製のものなどが市販されている。
【0021】
本発明のセルラーゼ製剤は、以下の実施例に示すように、弱酸性領域で活性が高く(至適pH:4〜6)、常温よりも高温でも十分に作用し(至適温度:40〜50℃)、また、NaCl存在下でも活性を保持している(至適NaCl濃度:0.3〜0.9M)。このことは、上記のように前処理を施したセルロース系バイオマス材料の糖化処理において、酵素活性の維持のために必要な追加のステップを行う必要性を排除するため、コスト及び時間に関して非常に有利である。
【0022】
本明細書中、「セルラーゼ製剤」とは、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼ活性、及びβ−グルコシダーゼ活性のうちいずれか1以上又はすべてを示す組成物を意味し、典型的には複数種類のポリペプチドを含む混合物である。本明細書中、「セルラーゼ成分」とは、エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼ活性、及びβ−グルコシダーゼ活性のうちいずれか1つ以上の活性を示す、微生物等の生物由来材料の画分、又は精製されたタンパク質を意味する。
【0023】
ペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7は、本発明者らにより海中の泥から単離され、平成21年4月28日に、独立行政法人食品製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に、受託番号NITE P−740として寄託された。
【0024】
本発明のセルラーゼ製剤は、以下のようにして調製することができる。ペスタロティオプシスsp.AN−7を、以下の培地組成を有する培地中で、500rpm、通気量1.5vvm、30℃にて1〜6日間培養する。
【0025】
成分 濃度
ニッカミルキーS 2%
KCフロック 2%
酵母エキス 0.2%
NaCl 3%
MgSO4・7H2O 0.5%
Ks496A 0.1%
MnSO4・5H2O 100ppm
【0026】
ニッカミルキーSは、日華油脂から、KCフロックは日本製紙ケミカル社から、酵母エキス(ミーストP2G)はアサヒフードアンドヘルスケアから、Ks496Aは信越化学工業からそれぞれ入手することができる。
【0027】
培養終了後、培養液を薮田式濾過圧搾機40−D(薮田産業)などの圧搾機を用いて濾過し、培養濾液を得る。これにデルトップ(武田薬品工業)、スラウト99N(武田薬品工業)などを防腐剤としてそれぞれ0.05〜0.3容量%添加する。この粗酵素溶液をすぐに次の工程に用いない場合には、使用するまで4℃で保存する。粗酵素溶液を限外濾過膜(Microza UF AIP−1013、旭化成ケミカルズなど)を用いて濃縮し、硫安沈殿を行なった後、凍結乾燥させて粉末を得る。その結果得られる粗酵素粉末を、0.5〜5重量%、好ましくは2重量%の濃度で水に溶解させ、限外濾過膜(ペンシル型膜モジュールSLP−0053、旭化成ケミカルズなど)を用いて脱塩及び濃縮を行なって、セルラーゼ製剤溶液を得る。
【0028】
セルラーゼ製剤溶液のタンパク質量は、Lowry法などの公知の方法により測定することができる。Lowry法の実施は、例えば以下のように行なう。2重量%炭酸ナトリウム・水酸化ナトリウム溶液/1重量%酒石酸カリウム溶液/1重量%硫酸銅(II)5水和物溶液を100/1/1にて混合し、この混合液1.5mLに希釈したセルラーゼ製剤溶液0.3mLを加え、室温にて15分間放置する。これに1Nフェノール試薬(和光純薬工業)0.15mLを加えて撹拌し、室温で30分間放置する。分光光度計により660nmの吸光度を測定する。ブランクとして、水を試料とした測定も行なう。試料の吸光度からブランクの吸光度を差し引いて、BSA(BioRad)標準曲線からタンパク質濃度を算出する。
【0029】
本発明者らは、ペスタロティオプシスsp.AN−7からから調製したセルラーゼ製剤が、上記のような好ましい性質を有することを見出した。本発明者らはさらに、ペスタロティオプシスsp.AN−7から、エンドグルカナーゼ活性を有する新規な酵素を単離し、そのアミノ酸配列及び該酵素遺伝子の塩基配列を明らかにした。それらの配列をそれぞれ配列番号2及び配列番号1の配列として本明細書中に示す。したがって、好ましい態様において、本発明の組成物は、配列番号1に示される塩基配列又は配列番号1に示される塩基配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む配列によりコードされるポリペプチドを含む。
【0030】
本明細書に用いられる「ストリンジェンシー」又は「ストリンジェントな」という用語は、核酸ハイブリダイゼーションが行われる時の、温度、イオン強度、及び有機溶媒のような他の化合物の存在の条件に関して用いられる。上述のパラメータを、別々に又は一斉に変化させることにより「ストリンジェンシー」条件が変化されうることを、当業者は認識すると考えられる。「ストリンジェントな」条件では、核酸塩基対構成は、相補的塩基配列が高頻度にある核酸断片間でのみ生じるであろう(例えば、「ストリンジェントな」条件下でのハイブリダイゼーションは、約70%〜100%の同一性、好ましくは約85%〜100%の同一性をもつ相同体の間で起こりうる)。中程度にストリンジェントな条件では、核酸塩基対構成は、相補的塩基配列が中間の頻度にある核酸間に生じるであろう(例えば、「中程度にストリンジェントな」条件下でのハイブリダイゼーションは、約50%〜70%の同一性をもつ相同体の間に起こりうる)。
【0031】
核酸ハイブリダイゼーションに関して用いられる場合の「ストリンジェントな条件」とは、約500ヌクレオチド長のプローブを使用する場合、例えば、5×SSPE(43.8g/L NaCl、6.9g/L NaH2PO4・H2O及び1.85g/L EDTA、NaOHでpH7.4に調整)、0.5%SDS、5×デンハルト試薬及び100μg/mL変性サケ精子DNAからなる溶液中、42℃でハイブリダイゼーション、続いて、0.1×SSPE、1.0%SDSを含む溶液中、42℃で洗浄することと等価の条件を含む。
【0032】
核酸ハイブリダイゼーションに関して用いられる場合の「中程度にストリンジェントな条件」とは、約500ヌクレオチド長のプローブを使用する場合、例えば、5×SSPE(43.8g/L NaCl、6.9g/L NaH2PO4・H2O及び1.85g/L EDTA、NaOHでpH7.4に調整)、0.5%SDS、5×デンハルト試薬及び100μg/ml変性サケ精子DNAからなる溶液中、42℃でハイブリダイゼーション、続いて、1.0×SSPE、1.0%SDSを含む溶液中、42℃で洗浄することと等価の条件を含む。
【0033】
「低いストリンジェンシーの条件」とは、約500ヌクレオチド長のプローブを使用する場合、例えば、5×SSPE(43.8g/L NaCl、6.9g/L NaH2PO4・H2O及び1.85g/L EDTA、NaOHでpH7.4に調整)、0.1% SDS、5×デンハルト試薬[50×デンハルト試薬500mlあたり、5gフィコール(400型、ファルマシア(Pharmacia))、5g BSA(フラクションV;シグマ(Sigma))を含む]及び100g/mL変性サケ精子DNAからなる溶液中、42℃ではハイブリダイゼーション、続いて、5×SSPE、0.1% SDSを含む溶液中、42℃で洗浄することと等価の条件を含む。
【0034】
配列番号1に示される配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列は、配列番号1に示される配列の相補的配列に対して、好ましくは少なくとも70%、75%、80%、85%、又は90%の同一性、より好ましくは95%、96%、97%、98%、又は99%の同一性を有する。
【0035】
2つのアミノ酸配列または塩基配列の%同一性を決定するためには、最適な比較がなされるように配列をアライメントする。2つの配列間の%同一性は、配列が共有する同一な位置の数の関数である(すなわち、%同一性=同一な位置の数/位置(例えば、一部重複する位置)の総数×100)。1つの態様において、比較対象の2つの配列は同じ長さである。2つの配列間の%同一性は、ギャップを許容する場合、許容しない場合の両方で、以下に述べるものに類似した方法を用いて決定し得る。%同一性の算出に関しては、一般的に、厳密に一致するもののみを算定する。
【0036】
2つの配列間の%同一性の決定は、数学的アルゴリズムを用いて達成することができる。2つの配列の比較に用いられる数学的アルゴリズムの好ましい非限定的な例は、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5873-5877において改変された、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 2264のアルゴリズムである。この種のアルゴリズムは、Altschulら, (1990) J. Mol. Biol., 215, 403のNBLASTおよびXBLASTプログラムに組み込まれている。本発明のポリペプチドの変異体を得るには、BLASTのタンパク質検索を、スコア=30、ワード長(wordlength)=3としたXBLASTプログラムを用いて実行するとよい。本発明のDNAの変異体を得るためには、BLASTヌクレオチド検索を、スコア=100、ワード長=12としたNBLASTプログラムを用いて実行するとよい。比較用のギャップが入ったアライメントを得るためには、Altschulら, (1997) Nucleic Acid Res., 25, 3389に記載されたGapped BLASTを用いるとよい。
【0037】
配列番号1に示される配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列によりコードされるポリペプチドは、配列番号2に示されるポリペプチドに対して、好ましくは80〜100%、より好ましくは95%、96%、97%、98%、又は99%の配列同一性を有する。配列番号2に示されるポリペプチドに対してアミノ酸の変化を有するそのような変異体が、本明細書中に示される配列番号2に示されるポリペプチドと同一又は同等の活性及び性質を有する限り、該変異体は本発明の組成物において用いられるのに好適である。アミノ酸の変化とは、アミノ酸の欠失、置換又は付加を含む。
【0038】
ここで、アミノ酸の置換に関して、アミノ酸の側鎖は、疎水性、電荷などの化学的性質または構造的性質においてそれぞれ異なるものであるが、実質的にポリペプチド全体の3次元構造(立体構造とも言う)に影響を与えないという意味で保存性の高い幾つかの関係が、経験的にまた物理化学的な実測により知られている。本発明のアミノ酸間の置換は、化学的または構造的性質の類似したアミノ酸間の保存的置換でもよいし、あるいは、そのような性質の異なるアミノ酸間の非保存的置換でもよい。化学的または構造的性質の類似したアミノ酸は次のように分類することができる。
【0039】
疎水性アミノ酸群には、アラニン(Ala)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、バリン(Val)、メチオニン(Met)、プロリン(Pro)が含まれる。極性アミノ酸群には、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、グリシン(Gly)、グルタミン(Gln)、アスパラギン(Asn)、システイン(Cys)が含まれる。芳香族アミノ酸群には、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、トリプトファン(Trp)が含まれる。酸性アミノ酸群には、グルタミン酸(Glu)、アスパラギン酸(Asp)が含まれる。塩基性アミノ酸群には、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)が含まれる。
【0040】
例えば、保存的置換の例としては、グリシン(Gly)とプロリン(Pro)、グリシンとアラニン(Ala)またはバリン(Val)、ロイシン(Leu)とイソロイシン(Ile)、グルタミン酸(Glu)とアスパラギン酸(Asp)、グルタミン(Gln)とアスパラギン(Asn)、システイン(Cys)とスレオニン(Thr)、スレオニンとセリン(Ser)またはアラニン、リジン(Lys)とアルギニン(Arg)等のアミノ酸の間での置換が含まれる。
【0041】
また、以下の実施例に詳細に示すとおり、本発明者らは、驚くべきことに、本発明のセルラーゼ製剤は、従来用いられているトリコデルマ属由来のセルラーゼ製剤と一緒に用いると相乗的に作用し、従来のセルラーゼ製剤単独と比較して非常に高い活性を示すことを見出した。
【0042】
よって、本発明は、トリコデルマ属由来のセルラーゼ成分をさらに含む、本発明の組成物にも関する。
【0043】
市販されているトリコデルマ属由来セルラーゼ製剤としては、TP−3協和(協和化成)、セルラーゼ“オノズカ”RS(ヤクルト薬品工業)、Cellsoft(ノボ・ノルディクス)、メイセラーゼ(明治製菓)、セルライザー(ナガセ生化学工業)、アクセルラーゼ(Accellerase)1500(ジェネンコア)などが挙げられる。
【0044】
トリコデルマ属由来セルラーゼ成分と本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤との混合比は、例えばタンパク質重量比で1:99〜99:1、好ましくは10:90〜99:1、より好ましくは30:70〜90:10、さらに好ましくは50:50〜80:20、最も好ましくは60:40〜75:25、特に好ましくは75:25である。
【0045】
本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤は、リグニンの含量が比較的多めの基質に対しては、トリコデルマ由来酵素よりも高い分解性を示す性質を持っている。この性質を活かすと、酵素の生産性が高く、市販の価格の安いトリコデルマ由来酵素を助ける役割として、本発明のセルラーゼ製剤を添加することにより、リグニン含量が比較的多いバイオマス基質に対して効率的な糖化、したがって効率的なアルコール生産を行うことができる。
【0046】
本発明はまた、本発明のセルラーゼ製剤を植物由来材料に添加することを含む、バイオマスの処理方法にも関する。
バイオマスの処理方法とは、例えば、セルロース系バイオマスを本発明のセルラーゼ製剤を用いて糖化するステップ、及び酵母などによりアルコール生産するステップを含む。本発明のバイオマスの処理方法では、糖化ステップとアルコール生産ステップとを同時に行ってもよい。
【0047】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0048】
セルラーゼ製剤の分析
1.セルラーゼ製剤の調製
ペスタロティオプシスsp.AN−7は、50Lジャーファーメンター2基を用いて、500rpm、通気量1.5vvm、30℃にて、3日間培養した。培地組成は以下のとおりである。
【0049】
成分 濃度
ニッカミルキーS 2%
KCフロック 2%
酵母エキス 0.2%
NaCl 3%
MgSO4・7H2O 0.5%
Ks496A 0.1%
MnSO4・5H2O 100ppm
【0050】
ニッカミルキーSは、日華油脂から、KCフロックは日本製紙ケミカル社から、酵母エキス(ミーストP2G)はアサヒフードアンドヘルスケアから、Ks496Aは信越化学工業からそれぞれ入手した。
【0051】
培養終了後、培養液を薮田式濾過圧搾機40−D(薮田産業)を用いて濾過し、43Lの培養濾液を得た。これに防腐剤としてデルトップ(武田薬品工業)及びスラウト99N(武田薬品工業)をそれぞれ0.15容量%添加し、4℃で保存した。この粗酵素溶液35Lを限外濾過膜(Microza UF AIP−1013、旭化成ケミカルズ)を用いて濃縮し、硫安沈殿を行なった後、凍結乾燥させて粉末を得た。その結果、340gの粗酵素粉末が得られた。この粗酵素粉末を、2重量%の濃度で水に溶解させ、限外濾過膜(ペンシル型膜モジュールSLP−0053、旭化成ケミカルズ)を用いて脱塩及び濃縮を行なって、セルラーゼ製剤溶液を得た。
【0052】
セルラーゼ製剤溶液のタンパク質量をLowry法により測定した。2重量%炭酸ナトリウム・水酸化ナトリウム溶液/1重量%酒石酸カリウム溶液/1重量%硫酸銅(II)5水和物溶液を100/1/1にて混合し、この混合液1.5mLに希釈したセルラーゼ製剤溶液0.3mLを加え、室温にて15分間放置した。これに1Nフェノール試薬(和光純薬工業)0.15mLを加えて撹拌し、室温で30分間放置した。分光光度計により660nmの吸光度を測定した。ブランクとして、水を試料とした測定も行なった。試料の吸光度からブランクの吸光度を差し引いて、BSA(BioRad)標準曲線からタンパク質濃度を算出した。上記のセルラーゼ溶液のタンパク質量は38.2mg/mLであった。
【0053】
2.セルラーゼ製剤の活性評価
上記の粗酵素溶液、粗酵素粉末及びセルラーゼ製剤溶液について、以下に記載する方法によって各酵素活性を評価した。
【0054】
エンドグルカナーゼ活性
エンドグルカナーゼ活性は、カルボキシメチルセルロース(CMC)(SIGMA)を基質(1.0重量%の基質溶液とする)として、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及び粗酵素溶液25μL、セルラーゼ製剤1g、又はセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法によって定量することにより測定した。すなわち、反応液に銅試薬0.8mLを加えて反応を停止させ、蒸留水0.4mLを加え15分間煮沸した。煮沸後5分間水冷し、Nelson試薬0.8mLを静かに加えて、蒸留水1.6mLを加え室温で30分間放置し発色させた。放置後505nmの吸光度を分光光度計U2000(日立工機)により測定した。ブランクは、上記の実験と同量の1重量%CMC溶液に予め銅試薬を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて同試薬との反応を行った。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いて還元糖の増加量を求めた。還元糖量はグルコース標準曲線より算出した。
【0055】
セロビオヒドロラーゼ活性
セロビオヒドロラーゼ(CBH)活性は、1重量%のアビセル(Merck社製)懸濁液を基質として、反応液400μL当たり基質溶液100μL、及び上記のセルラーゼ製剤溶液100μLを添加し、40℃にて24時間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法によって定量することにより測定した。
【0056】
CBH I活性
CBH I活性は、5mM p−ニトロフェニルラクトース(SIGMA)を基質として、反応液400μL当たり基質溶液100μL、及び上記のセルラーゼ製剤溶液100μLを添加し、40℃にて60分間反応させた後、1重量%炭酸ナトリウム水溶液を1mL添加し、酵素反応を停止させた。さらに2mLのイオン交換水を加えた後、加水分解によって生じたp−ニトロフェノールを420nmでの吸光度から定量することにより測定した。
【0057】
β−グルコシダーゼ活性
β−グルコシダーゼ活性は、5mM p−ニトロフェニルグルコースを基質として、反応液400μL当たり基質溶液100μL、及び粗酵素溶液又はセルラーゼ製剤溶液100μLを添加し、40℃にて60分間反応させた後、1重量%炭酸ナトリウム水溶液を1mL添加し、酵素反応を停止させた。さらに2mLのイオン交換水を加えた後、加水分解によって生じたp−ニトロフェノールを420nmでの吸光度から定量することにより測定した。
【0058】
結果
測定の結果、上記粗酵素溶液は6.1単位/mLのエンドグルカナーゼ活性及び7.3単位/mLのβ−グルコシダーゼ活性を含み、上記粗酵素粉末は445単位/gのエンドグルカナーゼ活性及び488単位/gのβ−グルコシダーゼ活性を含み、上記セルラーゼ製剤溶液は134単位/mLのエンドグルカナーゼ活性(3.50単位/mgタンパク質)、3.07単位のセロビオヒドロラーゼ活性(0.0800単位/mgタンパク質)、8.35単位/mLのCBH I活性(0.219単位/mgタンパク質)、及び27.5単位/mLのβ−グルコシダーゼ活性(0.719単位/mgタンパク質)を含んでいた。
【0059】
3.セルラーゼ製剤の性質評価
至適pH
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性による酵素反応に最適なpHを調べた。1.0重量%CMC溶液を基質として、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。反応液のpHは、Britton−Robinson’s広域緩衝液を用いて、pH2、pH3、pH4、pH5、pH6、pH7、pH8、又はpH9に調整した。
【0060】
結果を図1に示す。ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤は、pH5付近で最大活性を示し、pH4〜pH6で最大活性の80%以上の活性を示した。
【0061】
至適温度
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性による酵素反応に最適な温度を調べた。1.0重量%CMC溶液を基質として、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃、50℃、60℃、又は70℃にて0〜60分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。
【0062】
結果を図2に示す。40℃及び50℃では、反応時間とともに生成還元糖量が増加し、60℃では反応開始20分後からは生成還元糖量がほとんど増加しなかった。70℃では反応開始直後からほとんど還元糖が生成されず、酵素の失活により酵素反応が起こっていないと考えられた。以上より、ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤の至適温度は40〜50℃と考えられる。
【0063】
NaClによる影響
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性のNaClに対する耐塩性を調べた。公知のセルラーゼ製剤と比較するために、ドリセラーゼ(協和発酵社製)についても同一条件化で試験した。ドリセラーゼは、ウスバタケ由来のセルラーゼを含むセルラーゼ、プロテアーゼ、ペクチナーゼ複合酵素である。1.0重量%CMC溶液を基質として用いて、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μL又は1mg/mLドリセラーゼ溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。反応液のNaCl濃度は、0、0.3、0.6、0.9、1.2、又は1.5Mに調整した。
【0064】
結果を図3に示す。0M NaClの測定値を100%として示している。ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤では、0.6M NaCl(3重量%に相当)で最大活性を示し、約1Mまでは0Mでの反応時以上の活性を示した。一方、ドリセラーゼは塩濃度の上昇により活性が徐々に低下した。
【0065】
他の金属塩による影響
基質としてCMCを用いて、上記のセルラーゼ製剤溶液のエンドグルカナーゼ活性への他の金属塩の影響を調べた。金属塩としては、MnCl2、MgCl2、及びBaCl2を用いた。1.0重量%CMC溶液を基質として用いて、反応液100μL当たり基質溶液25μL、及びセルラーゼ製剤溶液25μLを添加し、40℃にて30分間反応させ、加水分解により生じた還元糖をソモジー・ネルソン法を用いて定量した。反応液中には、MnCl2、MgCl2、又はBaCl2を10mMの濃度でさらに添加した。
【0066】
結果を図4に示す。いずれの金属塩化物の添加によっても、セルラーゼ製剤のエンドグルカナーゼ活性の上昇が見られた。BaCl2添加では、金属塩を添加しない場合と比較して反応開始後60分の時点で約5倍の還元糖が生成され、MgCl2又はMnCl2の添加によっては2〜3倍の還元糖が生成された。これにより、ペスタロティオプシスから得られたセルラーゼ製剤は、種々の金属塩の存在により酵素活性が阻害されないばかりか、顕著に活性が上昇することが示された。
【実施例2】
【0067】
エンドグルカナーゼ酵素の解析
1.エンドグルカナーゼCel5Aの単離
炭素源としてアビセル(Merck社製)を含む培地(培地組成:3重量%NaCl、0.07重量%KCl、1.08重量%MgCl2・6H2O、0.53重量%MgSO4・7H2O、0.1重量%CaCl2・2H2O、0.1重量%NH4NO3、0.05%Na2HPO4、0.1重量%酵母粉末、1重量%アビセル)で、室温にて3日間培養し、培養上清を硫安沈殿、ゲル濾過カラム(PD−10、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)、陰イオン交換カラム(Mono−Q、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて順次精製を行なった。約31kDaの分子量を有するタンパク質が得られた(図5、レーン3)。上記の実施例1と同様に行なったCMCを基質とするエンドグルカナーゼ活性測定では、精製されたタンパク質の酵素活性は22.4単位/mgタンパク質であった。
【0068】
2.精製エンドグルカナーゼの性質分析
上記の実施例1と同様に行なったpH安定性の分析では、pH2〜11の範囲において安定した活性が見られ、至適pHは4であった。また、上記の実施例1と同様に行なった至適温度の分析では、至適温度は60℃であった。
【0069】
耐熱性を調べるために、精製エンドグルカナーゼを含む溶液を60℃、80℃又は100℃で15分間、30分間又は60分間処理し、30℃にてエンドグルカナーゼ活性を測定した。
【0070】
結果を図6に示す。ペスタロティオプシスから得られたエンドグルカナーゼは、60℃にて60分間の熱処理によっては顕著に活性が失われることはなく、熱処理をしない場合の約80%の活性を保持していた。本酵素は、80℃にて60分間の熱処理後には、約50%の活性を保持し、100℃での熱処理では、30分間の処理後に約35%、60分間の処理後に約10%の活性を保持していた。以上より、ペスタロティオプシスから得られたエンドグルカナーゼは、著明な耐熱性を有することが示された。
【0071】
また、実施例1と同様に行なった耐塩性試験では、NaClが1.5%濃度のときに、NaClを添加しない場合の160%の活性が見られ、NaClが3%濃度でも、NaCl無添加の場合よりも高い活性が見られた。それと比較して、ウスバタケ由来の酵素製剤であるドリセラーゼでは、NaClの存在によって活性の低下が見られた。
【0072】
3.Cel5A遺伝子のクローニング
精製したペスタロティオプシス由来エンドグルカナーゼの全長及びプロテーゼ処理により得られたその断片について、公知のペプチドシーケンス法によりN末端配列を決定した。得られた配列に基づきPCR用プライマーを設計し、ペスタロティオプシスsp.AN−7培養物から得たmRNAからエンドグルカナーゼ遺伝子(Cel5A)のcDNAを取得した。得られたcDNAの塩基配列を配列番号1(図7A)に、そこから推定されるアミノ酸配列を配列番号2(図7B)に示す。得られたcDNAは開始コドン(ATG)及び終止コドン(TGA)を含む978塩基から構成され、325アミノ酸残基のタンパク質をコードしていた。精製されたエンドグルカナーゼからペプチドシーケンス法により得られたN末端配列は、推定アミノ酸配列の22残基目から始まり、このことから、当該エンドグルカナーゼ遺伝子によりコードされるポリペプチドは、該ポリペプチドが菌体外に分泌される際に切断される21アミノ酸残基のシグナルペプチドを有することが推測された。
【実施例3】
【0073】
本発明のセルラーゼ製剤の市販セルラーゼ製剤との活性比較
1.セルロース系基質分解活性
(1)実験方法
セルラーゼ製剤中の作用機序の異なるセルラーゼ活性を測定するため、指標となる3種類の基質、カルボキシメチルセルロース(CMC)(SIGMA)、微結晶セルロース(Merck)、セロビオース(和光純薬工業)を用いた活性測定とタンパク質量を測定した。活性測定には以下の式を用いた。
【0074】
本発明のセルラーゼ製剤としては、実施例1に従い調製したセルラーゼ製剤溶液を用いた。市販のセルラーゼ製剤としては、TP−3協和(協和化成)、ドリセラーゼ(協和発酵)、及びセルクラスト(Novozymes)を使用した。
【0075】
CMC分解活性
水溶性セルロースに対する活性測定には、CMCを基質とした。CMC1gを蒸留水99mLに溶かし、よく混合して24時間膨潤させた。防腐剤としてトルエンを1滴加え、1重量%CMC溶液としてCMC分解活性測定に用いた。1重量%CMC溶液0.1mL、20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)0.2mL、希釈した酵素液0.1mLを混合し、30℃で15分間反応させた。反応終了後、生成した還元糖量をソモジー・ネルソン法により測定した。すなわち、反応液に銅試薬0.8mLを加えて反応を停止させ、蒸留水0.4mLを加え15分間煮沸した。煮沸後5分間水冷し、Nelson試薬0.8mLを静かに加えて、蒸留水1.6mLを加え室温で30分間放置し発色させた。放置後505nmの吸光度を分光光度計U2000(日立工機)により測定した。ブランクは、1重量%CMC溶液に予め銅試薬を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて反応を行った。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いて還元糖の増加量を求めた。還元糖量はグルコース標準曲線より算出した。
【0076】
セロビオヒドロラーゼ活性
セロビオヒドロラーゼ活性測定には、微結晶セルロース(アビセル(Merck))を基質とした。微結晶セルロース1gを蒸留水99mLに加え懸濁した。防腐剤としてトルエンを1滴加え、1重量%微結晶セルロース溶液として微結晶セルロース分解活性測定に用いた。1重量%微結晶セルロース溶液0.1mL、20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)0.2mL、希釈した酵素液0.1mLを混合し、30℃で60分間反応させた。反応終了後、生成した還元糖量をCMC活性測定と同様にソモジー・ネルソン法により測定した。
【0077】
β−グルコシダーゼ活性
β−グルコシダーゼ活性測定には、セロビオースを基質とした。セロビオース1gを蒸留水99mLに溶かした。防腐剤としてトルエンを1滴加え、1重量%セロビオース溶液としてβ−グルコシダーゼ活性測定に用いた。1重量%セロビオース溶液0.1mL、適当に希釈した酵素液0.1mLを混合し、30℃で15分間反応させた。反応終了後生成したグルコース量を、グルコースC−IIテストワコー(和光純薬工業)を使用して測定した。すなわち、反応液に1N塩酸(和光純薬工業)0.5mLを加えて反応を停止させ、1M Tris溶液(純正化学)と2N水酸化ナトリウム(和光純薬工業)の混合溶液(v/v=4:1)0.5mLを加えて中和した。発色試薬1.5mLに中和した反応液0.01mLを加え、37℃水浴中で5分間発色させた。5分後に、505nmの吸光度を測定した。ブランクは、1重量%セロビオース溶液に予め1N 塩酸を加えて反応を停止させた後に酵素液を加えて反応を行った。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いてグルコースの増加量を求めた。
【0078】
タンパク質量
酵素溶液中のタンパク質量をLowry法により測定した。すなわち、2重量%炭酸ナトリウム・水酸化ナトリウム溶液(炭酸ナトリウム(和光純薬工業)を水酸化ナトリウムに溶解)/1重量%酒石酸カリウム溶液(関東化学)/1重量%硫酸銅(II)5水和物溶液(和光純薬工業)=100/1/1(v/v/v)1.5mLに希釈した酵素溶液0.3mLを加え、室温で15分間放置した。放置後、1N フェノール試薬(和光純薬工業)0.15mLを加えて撹拌し、室温で30分間放置した。分光光度計により660nmの吸光度を測定した。ブランクは酵素溶液を蒸留水に換えて反応させた。試料の吸光度からブランクの吸光度を引いてタンパク質の増加量を求めた。タンパク質量は牛血清アルブミン(BSA)(BIO−RAD)標準曲線より算出した。
【0079】
(2)実験結果
表1に、セルロース系基質に対する市販酵素との比較データを示した。セルラーゼ生産性の高いといわれるトリコデルマ属の菌の生産する酵素であるTP−3協和に比較するとその比活性は低いものとなった。この値は、通常の塩のない条件での測定結果であり、塩存在下では、その値の差は小さくなる。
【0080】
【表1】
【0081】
2.バイオマス材料分解活性
190℃、10分間の水熱処理を行った試料(エノキタケ栽培後の培地、大豆皮、ビートファイバー、コーンコブ)を用いた。水熱処理後のそれぞれに含まれるα−セルロースの量はそれぞれ、エノキタケ廃培地20.8%、大豆皮46.8%、ビートファイバー40.3%、コーンコブ64.2%であった。本発明のセルラーゼ製剤としては、実施例1と同様に培養したペスタロティオプシスsp.AN−7の培養上清を硫安沈殿し、粉末化したものを用いた。方法は以下のとおりである。
【0082】
水熱処理残渣の糖化は、基質である水熱処理残渣の濃度100mg/mL、セルラーゼ濃度10重量%(=0.1gセルラーゼ製剤/1g乾燥水熱処理残渣)を基本として行った。各水熱処理残渣を、2.0gずつ50mLチューブに入れ、蒸留水を10mL加えてオートクレーブSX−300(トミー精工)により滅菌した。セルラーゼ製剤0.2gを20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)10mLに溶かして調製した後、滅菌した水熱処理残渣に加えよく撹拌した。十分に撹拌した後、すぐに0.5mLを分取した。これを0時間での分取とし、反応開始後3、6、12、24、48、72時間で0.5mLずつ分取した。分取時には、先端を切除したチップと1.5mLマイクロチューブを使用し、出来るだけ均一な試料を取り出せるよう、分取直前に十分に撹拌した。試料は5分間煮沸して酵素を失活させ、冷凍保存した。なお、分取作業は汚染を防ぐためにクリーンベンチ内で行い、先端を切除したチップ及び1.5mLマイクロチューブは、予めクリーンベンチ内で紫外線により殺菌したものを使用した。
【0083】
本発明のセルラーゼ製剤としては、培養液を硫安沈殿させただけのものを用いた。そのため、粉末中の酵素量はかなり低いと考えられる。3種類の市販のセルラーゼ製剤と本発明のセルラーゼ製剤中に含まれるタンパク質濃度を比較すると、ドリセラーゼ:8.60mg/mL、セルクラスト:4.19mg/mL、TP−3協和:16.77mg/mL、本発明のセルラーゼ製剤:5.46mg/mLで、本発明の海洋性糸状菌由来セルラーゼ粉末中のタンパク質濃度は、ドリセラーゼ、セルクラストと同程度であった。図8に示したように、タンパク質量が多いTP−3協和が最も多くの還元糖量を生産した。そのほかの酵素は、エノキタケの栽培後の培地を除いては、ほぼ同等であり、タンパク質当たりのバイオマスの分解能力は、概ね同等と考えられた。
【実施例4】
【0084】
トリコデルマ属由来酵素との相乗効果
1.セルロース系基質分解活性
TP−3協和との各セルラーゼ成分における相乗効果を、実施例2に記載の方法を用いて測定した。酵素製剤としては、TP−3協和と本発明のセルラーゼ製剤との1:1(乾燥粉末重量比)混合物を用いた。結果を表2に示す。結晶性セルロースに対する相乗効果は認められなかったが、CMC(カルボキシメチルセルロース)の分解、及びセロビオースの分解においては相乗効果が認められた。このことは、実際にセルロースを分解したときに、結晶性のセルロースを分解する酵素の生成物阻害を回避するうえで役立つものと考えられる。
【0085】
【表2】
【0086】
2.混合酵素を用いたアルコール発酵
実験方法
(1)酵母液の調製
本研究では、酵母として、清酒醸造用酵母サッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)Kyokai No.901株を使用した。YPD寒天培地(1重量%酵母エキス(Difco)、2重量%ポリペプトン(日本製薬)、2重量%グルコース(和光純薬工業)、1.5重量%寒天(和光純薬工業))で保存していた株を、YPD液体培地5mLを入れた15mLチューブに植菌し、30℃、120rpmで24時間前培養した。本培養はYPD液体培地100mLを入れた300mL三角フラスコを使用し、前培養液2mLを加え30℃、120rpmで48時間行った。培養液を新しい50mLチューブに移して3,000rpm、10分間の遠心分離により上清を取り除いた。沈殿に滅菌蒸留水を加えて撹拌し、再び3,000rpm、10分間の遠心分離により上清を取り除いた。この操作を2度繰り返して培養液を完全に洗浄した後に、沈殿に5mLの滅菌蒸留水を加えて再懸濁し、酵母液とした。
【0087】
(2)水熱処理残渣の発酵
水熱処理残渣の発酵は、基質である水熱処理残渣の濃度100mg/mL、セルラーゼ濃度10重量%(=0.1gセルラーゼ製剤/1g乾燥水熱処理残渣)を基本として行った。各水熱処理残渣を2.0gずつ50mLチューブに入れ、蒸留水を12mL加えてオートクレーブにより滅菌した。セルラーゼ製剤0.2gを20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)5mLに溶かして調製した。調製したセルラーゼ製剤を滅菌した水熱処理残渣に加え、酵母液1mL、窒素源として滅菌した2.7mg/mL Yeast Nitrogen Base(Difco)2mLを加えた。十分に撹拌した後、すぐに0.5mLを分取した。これを0時間での分取とし、反応開始後3、6、12、24、48、72、96時間で0.5mLずつ分取した。反応中は、試料を30℃に保持し、静置で並行複発酵を行なった。分取操作では、ミキサーによる強い撹拌で試料中のエタノールが揮発しないように、先端を切除したチップを使用したピペッティングによって静かに撹拌した。試料はエタノールが揮発しないように、すぐに冷凍保存した。
【0088】
(3)アルコール濃度の測定方法
冷凍保存しておいた試料を水浴中で解凍し、遠心分離機を用いて13,000rpmで10分間、2回遠心分離した。分離後、上清を0.1mL測定用のバイアル瓶に分取し、内標準溶液として0.3%(v/v)のn−ブチルアルコール(和光純薬工業)を0.9mL加えた。標準物質には1.0%(v/v)のエタノールを用いた。各試料をガスクロマトグラフにより分析し、標準物質のピーク面積からエタノール量を計算した。GCシステムは、GC14A(島津製作所)、キャピラリーカラムはTC−1(ジーエルサイエンス、長さ:30m×直径:0.53mm、膜圧:1.5μm)を使用した。
【0089】
実験結果
セルラーゼ製剤の使用量をできるだけ抑える目的で、各水熱処理残渣の濃度を100mg/mLに固定し、TP−3協和の添加量を、0.1、1、5、15重量%と変えて酵母と供に加え糖化発酵を試みた。TP−3協和0.002g(0.1重量%)、0.02g(1重量%)、0.1g(5重量%)、0.3g(15重量%)を20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)5mLに溶かして調製した後、各水熱処理残渣の発酵を行い、得られたエタノールを経時的に定量した。エノキタケ廃培地では、TP−3協和濃度が15重量%の時に最大16.0mgのエタノールが培養120時間までに得られたが、10、5重量%と濃度を下げていくにつれて、10.3、8.0mgと減少し、1重量%以下ではほぼ0mgであった。大豆皮では、TP−3協和濃度が15重量%の時に最大240.0mgのエタノールが培養120時間までに得られた。TP−3協和濃度10重量%では212.4mgで、15重量%の時とエタノール生成量に著しい差はなかった。しかし、5、1、0.1重量%と濃度を下げていくに連れて、136.5、77.8、3.0mgとエタノール生成量は大きく減少した。
【0090】
エタノールへの変換率を計算すると、TP−3協和濃度0.1、1、5、10、15重量%で、エノキタケ廃培地では0、0.4、3.9、5.4、7.8%、大豆皮では0.6、17.8、32.2、48.5、55.0%、ビートファイバーでは0.5、11.2、69.7、81.7、85.8%、コーンコブでは0.06、3.1、66.2、67.2、69.3%となった。これらの結果から、水熱処理残渣の糖化発酵においてTP−3協和の添加量を減らすと、水熱処理残渣中のセルロースを効率的にエタノールへと変換できないことが分かった。特にTP−3協和濃度が1%以下では極端にエタノールへの変換率が低下し、現状では少なくとも5%以上のTP−3協和が必要であった。
【0091】
そこで、アルコールへの変換率が高かったTP−3協和と本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤を用いて、その相乗効果(図9)と、使用する酵素量の削減(図10)を検討した。先の図8では、バイオマスの分解能力を還元糖の生成能力で比較したが、エタノールへの変換率を比較すると、本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤は、エノキタケの使用済み培地や、大豆の皮の水熱反応残渣に対して分解性が高く、初期にはトリコデルマ属由来酵素よりもアルコールへの変換率が高かった。また、両酵素を混合することにより、最終的に得られるアルコール濃度は2倍程度に上昇することが判明した。
【0092】
TP−3協和の酵素では、反応初期のアルコールの生成が特に悪い傾向にあった。発酵時間の短縮は実用的には望ましいことであり、酵素濃度を変化させて、初期の発酵速度の比較を行った。図9に示したように、発酵初期に単独の酵素ではエタノール生産がほとんど起こらず、一定時間経過後からアルコールが生成しているが、混合酵素系は初期の立ち上がりが非常に高かった。また、最終的に得られるエタノール濃度も高く、実用的な酵素であることが分かった。
【0093】
以上のように、本発明のペスタロティオプシス由来セルラーゼ製剤は、リグニンの含量が比較的多めの基質に対しては、トリコデルマ由来酵素よりも高い分解性を示す性質を持っている。この性質を活かすと、酵素の生産性が高く、市販の価格の安いトリコデルマ由来酵素を助ける役割として、本発明のセルラーゼ製剤を添加することにより、リグニン含量が比較的多いバイオマス基質に対して効率的な糖化、したがって効率的なアルコール生産を行うことができることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明のセルラーゼ製剤は、セルロース系バイオマスの処理において有用性を有するため、エネルギー産業における利用可能性を有する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7から得られた組成物。
【請求項2】
エンドグルカナーゼ活性を有する成分が、配列番号1に示される塩基配列又は配列番号1に示される塩基配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む配列によりコードされるポリペプチドを含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、又はβ−グルコシダーゼ活性を有するトリコデルマ属(Trichoderma)由来の1以上のポリペプチドをさらに含む、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物を植物由来材料に添加するステップを含む、バイオマスの処理方法。
【請求項1】
エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、及びβ−グルコシダーゼ活性を有する、受託番号NITE P−740のペスタロティオプシス(Pestalotiopsis)sp.AN−7から得られた組成物。
【請求項2】
エンドグルカナーゼ活性を有する成分が、配列番号1に示される塩基配列又は配列番号1に示される塩基配列の相補的配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含む配列によりコードされるポリペプチドを含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
エンドグルカナーゼ活性、セロビオヒドロラーゼI活性、セロビオヒドロラーゼII活性、又はβ−グルコシダーゼ活性を有するトリコデルマ属(Trichoderma)由来の1以上のポリペプチドをさらに含む、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物を植物由来材料に添加するステップを含む、バイオマスの処理方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7A】
【図7B】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2010−268748(P2010−268748A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−124450(P2009−124450)
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】
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