耐熱性酵素を葉緑体内で発現するトランスジェニック植物
【課題】 食用にならない植物あるいは食用であっても植物の非可食部から生産される細胞壁成分糖化酵素を利用してセルロース系バイオマスを糖化すること、および、細胞壁成分糖化酵素を産生する自己溶解型のトランスジェニック植物を作製すること。
【解決手段】 植物細胞壁成分糖化酵素またはその改変タンパク質を葉緑体内で産生するトランスジェニック植物、および、微生物から植物細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、該ベクターをパーティクルガンで植物の組織に導入し、組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで生育した植物体から植物細胞壁成分糖化酵素製剤を得る工程からなる植物細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法。
【解決手段】 植物細胞壁成分糖化酵素またはその改変タンパク質を葉緑体内で産生するトランスジェニック植物、および、微生物から植物細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、該ベクターをパーティクルガンで植物の組織に導入し、組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで生育した植物体から植物細胞壁成分糖化酵素製剤を得る工程からなる植物細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外来遺伝子を葉緑体DNAに導入したトランスジェニック植物および該植物から生産される酵素製剤に関する。より詳細には、本発明は、微生物由来の植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体で発現・蓄積するトランスジェニック植物、かかるトランスジェニック植物から生産される酵素製剤、かかる酵素製剤の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオマス資源のエネルギー利用は、バイオマスがカーボンニュートラルな特性を有することから、地球温暖化防止に有効であるとともに、化石資源に替わる重要なエネルギー資源として、持続可能な循環型社会の形成において重要な役割を担うことが期待されている。とりわけ、石油代替燃料としてのバイオエタノールが注目を集めており、世界規模での需要が拡大している。しかし、現行のバイオエタノール製造法では、サトウキビやトウモロコシなどの穀物デンプンを原材料としているため、バイオエタノールの増産が穀物価格の高騰を招き、食糧としての需要を逼迫している。その解決策として、地球上に豊富に存在する未利用のセルロース系バイオマスを原材料としたバイオエタノール製造法の開発が急務とされている。
【0003】
現在、セルロース系バイオマスの糖化には、濃硫酸や希硫酸を用いる方法が適用されており、取り出した糖質から発酵法によってバイオエタノールを生産する実証プラントが、既に国内において稼働している。しかし、現行法ではバイオマスの糖化効率が低く、酸の使用に伴う環境負荷も大きいことから、酵素を用いた効率的なバイオマス糖化法の開発が求められていた。
【0004】
このような酵素としては、微生物により産生される安価な植物の細胞壁成分糖化酵素が考えられる。しかしながら、微生物による酵素の製造法が確立されて、セルロース系バイオマスを原材料としたバイオエタノール生産が世界規模で実施された場合、糖化酵素を産生する微生物の培養には大量のエネルギー源が必要となり、また微生物が行う呼吸によっても大量の二酸化炭素が放出されるため、地球温暖化対策としての二酸化炭素削減効果は低いものとなる。
【0005】
このような微生物による酵素生産に対して、植物を酵素生産のバイオリアクターとして用いる場合は、太陽光をエネルギー源とした光合成によって植物が生長するため、酵素生産過程において二酸化炭素が吸収される。植物体から酵素を抽出する際に外的なエネルギー供給を必要とするが、システム全体を通しての二酸化炭素削減効果は、微生物の場合を大きく上回る。
【0006】
セルラーゼなどの細胞壁成分糖化酵素を発現する組換え植物の開発は、Agrobacteriumによる染色体遺伝子の形質転換系を利用して進められている。しかし、これらの技術では、酵素発現量が細胞内全タンパク質の数%程度と微量であるケースがほとんどで、実用化に資するレベルの形質転換植物は未だ作出されていない。もっとも、最近トウモロコシの種子において細胞内全タンパク質の10%超を占めるセルラーゼの大量発現が報告されているが、穀類を用いた生産系であるため、食糧需要との競合の問題解決にはつながらない。さらに、染色体遺伝子の形質転換は、花粉を介して環境中へ飛散する遺伝子汚染のリスクを伴っている。
これらの問題に着目して、細胞核を組み換え、産生されたタンパク質を葉緑体に運搬する技術(特許文献1)や、葉緑体DNAに外来遺伝子を導入してタンパク質を産生させる技術(特許文献2)が報告されているが、タンパク質の産生量が少なく実用的でない、組換え植物に異常が生じるなどの問題がある。
【特許文献1】国際公開 WO2006/011779号パンフレット
【特許文献2】国際公開 WO98/16338号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、非食用植物あるいは食用作物においても非可食部で生産される細胞壁成分糖化酵素を利用してセルロース系バイオマスを糖化することにある。また、本発明の目的は、細胞壁成分糖化酵素を産生する自己溶解型のトランスジェニック植物を作製することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、ある種の細胞壁成分糖化酵素を発現するトランスジェニック植物は正常に生育することができ、該酵素の遺伝子を植物の葉緑体DNAに導入することにより該酵素を大量かつ効率的に生産することができ、食糧需要との競合を引き起こさず、遺伝子汚染のリスクを生じず、また、トランスジェニック植物が乾燥した後にも該酵素の活性が植物体内で長期間維持されることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
[1] 植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体内で生産するトランスジェニック植物;
[2] 該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である前記[1]記載のトランスジェニック植物;
[3] 該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである前記[2]記載のトランスジェニック植物;
[4] 該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である前記[3]記載のトランスジェニック植物;
[5] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる前記[4]記載のトランスジェニック植物;
[6] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、
配列表の配列番号:1のアミノ酸配列からなるポリペプチド、または、
配列番号:1のアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド
からなる前記[4]または[5]に記載のトランスジェニック植物;
[7] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、前記[6]に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]または[6]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[8] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、配列表の配列番号:2のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]ないし[7]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[9] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:3のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]ないし[7]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[10] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:4のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]ないし[7]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[11] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質を、細胞全体の総可溶性タンパク質の10重量%を超える量で蓄積する前記[4]ないし[10]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[12] 該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される前記[1]ないし[11]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[13] 前記[1]ないし[12]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物から得られる植物細胞壁成分糖化酵素製剤;
[14] 該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織、新鮮組織の乾燥物、新鮮組織の凍結乾燥物、酵素抽出液、酵素抽出液の乾燥物および酵素抽出液の凍結乾燥物ならびにそれらの粉末よりなる群から選択される前記[13]記載の製剤;
[15] 該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織の乾燥物粉末である前記[14]記載の製剤;
[16] 植物細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法であって、
(i)微生物から植物細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、
(ii)クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、
(iii)該ベクターをパーティクルガンで植物の組織に導入し、
(iv)組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで
(v)生育した植物体から植物細胞壁成分糖化酵素製剤を得る
工程からなる該生産方法;
[17] 該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である前記[16]記載の生産方法;
[18] 該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである前記[17]記載の生産方法;
[19] 該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である前記[18]記載の生産方法;
[20] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる前記[19]記載の生産方法;
[21] 該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される前記[16]ないし[20]のいずれか1に記載の生産方法
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のトランスジェニック植物により、細胞壁成分糖化酵素を大量に生産することができ、また、二酸化炭素を放出する微生物による生産と比較して簡便かつ効率的に、バイオアルコール原料となる二糖類や単糖類を得ることができる。
本発明の細胞壁成分糖化酵素製剤を利用することにより、大量に存在する未利用のセルロース系バイオマスから簡便かつ効率的にバイオアルコール原料となる二糖類や単糖類を得ることができる。
また、これらのバイオアルコール原料の生産は植物の光合成を介し、石化資源によるエネルギーを消費することなく行うため、大気中の二酸化炭素削減に寄与することができる。
また、非食用植物あるいは食用作物においても非可食部で生産される植物細胞壁成分糖化酵素を利用するため、食糧需要と競合しないでセルロース系バイオマスを糖化することができる。
さらに、植物の葉緑体DNAに細胞壁成分糖化酵素遺伝子を導入することにより、該遺伝子が花粉を介して環境中へ飛散することによる遺伝子汚染のリスクを回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
第1の態様において、本発明は、植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体内で生産するトランスジェニック植物に関する。
本発明の植物細胞壁成分糖化酵素は、植物の細胞壁を構成する成分またはその分解物をより低分子量の構成単位に分解する酵素であればいずれの酵素であってもよい。
その中でも、耐熱性酵素は常温ではほとんど活性を示さず高温で高い活性を示し、常温下で植物を正常に生育して大量の酵素を生産させることができるため好ましい。また、耐熱性酵素としては、例えばグルカナーゼ、ヘミセルラーゼ、ラッカーゼなどが挙げられ、特に細胞壁を構成する成分であるセルロース、ヘミセルロース、リグニンを工業的に利用しやすい成分まで分解するセルラーゼ、ヘミセルラーゼ、ラッカーゼが好ましく、中でもセルロースのD-グルコース間のβ-1,4-グリコシド結合を加水分解してセロビオースを生成する耐熱性のβ-1,4-エンドグルカナーゼ(以下、β-1,4-EGという)が好ましい。この耐熱性のβ-1,4-EGは、特に、分子サイズ約43kD、至適温度95℃以上、至適pH5.4-6.0の特性を有し、約97℃にて3時間加熱後でも活性が75%以上維持される一方で、常温では約97℃の活性の5%未満の活性を有することを特徴とする。
【0011】
耐熱性β-1,4-EGには、好ましくはパイロコッカス属(Pyrococcus)、アエロパイラム属(Aeropyrum)、サーモプラズマ属(Thermoplasma)、サーモプロテイウス属(Thermoproteus)、アシドサーマス属(Acidothermus)、サーモコッカス属(Thermococcus)、バチルス属(Bacillus)、シネココッカス属(Synechococcus)、サーマス属(Thermus)などの好熱性細菌に由来する天然型のエンドグルカナーゼが含まれるが、好ましくはパイロコッカス属微生物に由来するエンドグルカナーゼであり、最も好ましくはパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来のエンドグルカナーゼである。
【0012】
また、本発明で用いる細胞壁成分糖化酵素には、これらの天然型酵素のほか、天然型酵素のアミノ酸配列において、一部の配列領域の欠失、アミノ酸残基の置換、欠失、付加などを含み、かつ、天然型の酵素と実質的に同等の酵素活性を有するタンパク質も含まれる。
【0013】
このうち、パイロコッカス・ホリコシ由来の天然型β-1,4-EGは、配列番号:1で示されるアミノ酸配列を含むポリペプチドである。
【0014】
また、配列番号:1で示されるアミノ酸配列において1ないし数個、例えば1ないし50個、好ましくは1ないし30個、より好ましくは1ないし20個、よりさらに好ましくは1ないし15個、なおより好ましくは1ないし10個、なおよりさらに好ましくは1ないし7個、最も好ましくは1ないし5個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、天然型のβ-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドも、本発明で用いるβ-1,4-EGに含まれる。
【0015】
天然型β-1,4-EGは、配列番号:1のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列の1の例である配列番号:2のポリヌクレオチド配列によってコードされるタンパク質のほか、配列番号:1で示されるアミノ酸配列を縮重によりコードするすべてのポリヌクレオチド配列によってもコードされるタンパク質も含まれる。また、配列番号:1のアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列をコードし、かつ、天然型β-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列によってコードされるタンパク質も、本発明で用いるβ-1,4-EGに含まれる。
【0016】
また、上述した種々のポリヌクレオチド配列に相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、天然型β-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされるタンパク質も、本発明で用いるβ-1,4-EGに含まれる。
【0017】
天然型β-1,4-EGは、それをコードするポリヌクレオチドを植物葉緑体に導入して発現させた場合、SD様配列が誤認識されて不完全なタンパク質が同時に生成される。したがって、このβ-1,4-EG遺伝子内に存在するSD様配列を欠失させることにより、そのような夾雑タンパク質の産生が抑制され、目的とするβ-1,4-EGタンパク質のみを効率よく生成させることができる。生成するタンパク質に影響することなくヌクレオチド配列中のSD様配列のみを欠失させるには、そのうちの一部のヌクレオチドを、コドンが指定するアミノ酸を変化させないように他のヌクレオチドに変化させることにより行うことができる。例えば、天然型β-1,4-EGがパイロコッカス・ホリコシ由来のものである場合は、配列番号:2の塩基配列”AGGA”(配列番号:2に示すヌクレオチド番号822-825)を”TGGT”に改変することにより、アミノ酸配列の変化を生じることなくSD様配列を欠失させることができる。また、天然型β-1,4-EGの疎水性に富む49個のアミノ酸残基からなるC-末端領域(配列番号:1のアミノ酸番号417-458)を欠失させることができる。さらに、天然型β-1,4-EGのN-末端の27個のアミノ酸残基(配列番号:1のアミノ酸番号2-28)は、細胞内で生成したタンパク質の細胞外輸送に関わるシグナルペプチドであり、上記と同様の理由により欠失させることができる。このように、天然型β-1,4-EGを人為的に改変したタンパク質は、本発明で用いる改変β-1,4-EGに含まれる。例えば、パイロコッカス・ホリコシ由来の天然型β-1,4-EGのN-末端領域およびC-末端領域を欠失するように、かつ、SD様配列を欠失させて作製した改変タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、配列番号:3のポリヌクレオチド配列を有する。
【0018】
また、改変β-1,4-EGには、天然型β-1,4-EGの全体またはその一部と、他のタンパク質またはポリペプチドとが融合した融合タンパク質も含まれる。融合させる他のタンパク質またはポリペプチドとしては、融合タンパク質として植物葉緑体内で発現させた場合に酵素活性の上昇が期待されるものであれば特に限定されるものではないが、例えばセルラーゼ、キシラナーゼ、キチナーゼなど酵素由来の多糖類の糖鎖骨格に結合可能なタンパク質ドメイン、例えばパイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)のキチナーゼ由来のcarbohydrate−binding module (CBM)などが挙げられる。パイロコッカス・ホリコシ由来の天然型β-1,4-EGのN-末端領域およびC-末端領域を欠失させたタンパク質と、パイロコッカス・フリオサスのキチナーゼ由来のCBMとの融合タンパク質をコードし、SD様配列を欠失させた融合タンパク質をコードするポリヌクレオチドは配列番号:4のポリヌクレオチド配列を有する。
【0019】
本発明で用いる天然型および改変型のβ-1,4-EGは、前記したようなアミノ酸配列を有するか、または前記したようなポリヌクレオチド配列、もしくはそのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、天然型β-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列によりコードされるタンパク質である。
【0020】
本願明細書全体を通して、オリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドのハイブリダイゼーションにおける「ストリンジェントな条件」とは、その条件下で、互いのヌクレオチドが互いにハイブリダイズしたままであるハイブリダイゼーションおよび洗浄の条件を示し、好ましくは、互いに少なくとも約70%、より好ましくは少なくとも約80%、なおより好ましくは少なくとも約85%、なおより好ましくは少なくとも約90%、なおより好ましくは少なくとも約95%、最も好ましくは少なくとも約97%同一である配列が互いにハイブリダイズしたままであるような条件である。かかるストリンジェントな条件は当業者に知られており、Current Protocols in Molecular Biology, Ausubelら編、John Wiley & Sons, Inc. (1995), セクション2、4および6に見出し得る。さらなるストリンジェントな条件は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Sambrookら、Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, NY (1989), 第7、9および11章に見出し得る。
【0021】
好ましいストリンジェントな条件の例には、約65-70℃にて4×SSC(SSC;1×SSCは0.15M 塩化ナトリウム、0.015M クエン酸ナトリウム)中のハイブリダイゼーション(または約42-50℃にて4×SSCおよび50%ホルムアミド中のハイブリダイゼーション)につづく約65-70℃にて1×SSC中の1またはそれを超える洗浄が含まれる。非常にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件の好ましい例には、約65-70℃にて1×SSC中のハイブリダイゼーション(または約42-50℃にて1×SSCおよび50%ホルムアミド中のハイブリダイゼーション)につづく約65-70℃にて0.3×SSC中の1またはそれを超える洗浄が含まれる。一方、低いストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件の好ましい例には、約50-60℃にて4×SSC中のハイブリダイゼーション(あるいは、約40-45℃にて6×SSCおよび50%ホルムアミド中のハイブリダイゼーション)につづく約50-60℃にて2×SSC中の1またはそれを超える洗浄が含まれる。ハイブリダイゼーションおよび洗浄緩衝液には、SSCの代わりにSSPE(1×SSPEは0.15M 塩化ナトリウム、10mM リン酸水素一ナトリウム、および1.25mM EDTA、pH7.4)を用いることができ、ハイブリダイゼーションの後の洗浄は15分間行えばよい。
【0022】
50塩基対長未満のオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドに対するハイブリダイゼーション温度は、そのオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドの融点(Tm)よりも5-10℃低い温度とすべきであり、ここにTmは以下の等式によって決まる。18塩基対長未満のオリゴヌクレオチドについては、Tm(℃)=2(A+Tの数)+4(G+C塩基の数)。18ないし49塩基対長のオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドについては、Tm(℃)=81.5+16.6(log10[Na+])+0.41(%G+C)-(600/N)である{式中のNはオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドの塩基の数、[Na+]はハイブリダイゼーション緩衝液中のナトリウムイオンの濃度であり、1×SSCについては0.165Mである}。
【0023】
本発明のトランスジェニック植物は、上述したような植物細胞壁成分糖化酵素をコードするポリヌクレオチドを植物の葉緑体DNAに組み込むことにより作製される。植物細胞壁成分糖化酵素遺伝子を植物の葉緑体DNAに導入して発現させることにより、導入した遺伝子が生殖細胞に導入されず、該遺伝子が花粉を介して環境中へ飛散することによる遺伝子汚染のリスクを回避することができる。
植物細胞壁成分糖化酵素の一例として、前記のβ-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドを植物葉緑体DNAに組込む態様を以下に説明する。
天然型β-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドは、例えば、分離した好熱性細菌から、パイロコッカス・ホリコシのβ-1,4-EG遺伝子配列に類似する領域を適当な制限酵素で取り出し、適当なプライマーセットを用いるPCR増幅によって得ることができる。増幅したポリヌクレオチド領域は、植物の葉緑体内で発現する適当なベクターに組み込んだ後に、植物の葉緑体の形質転換に供する。好ましくは、葉緑体に導入されたベクターは、その中に葉緑体DNAと相同的な領域を含むことにより、相同組換えによってβ-1,4-EG遺伝子を植物の葉緑体DNAの特定の部位に特定の向きで組み込むことができる。
【0024】
β-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドが葉緑体DNAに組み込まれた際にその発現を調節する領域としては、葉緑体psbA遺伝子、rrn16-rrn23オペロン、rbcL遺伝子、psbEFLJオペロン、psbDCオペロン、psbB-Hオペロン、accD遺伝子およびatpB遺伝子などの葉緑体遺伝子由来のプロモーターおよびその改変型プロモーター、lacプロモーターなどの細菌由来の原核生物型プロモーター、psbA、rbcL、atpB、rps2およびpsbLなどの葉緑体遺伝子由来の5'-UTRまたはその改変配列、合成配列(ggagg:SDコンセンサス配列)、T7 gene10リーダー配列などのバクテリオファージまたは細菌由来の翻訳調節配列、psbA、rbcL、petD、rps16などの葉緑体遺伝子由来の3'-UTRまたはその改変配列などが挙げられる。
【0025】
細菌由来のβ-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドを導入する植物葉緑体DNA中の領域は、葉緑体ゲノムに存在する遺伝子間領域であれば特に限定されるものではないが、例えばtrnV-rps12/7、trnI-trnA、rbcL-accD、rps7-ndhBなどの遺伝子間領域が挙げられる。また、遺伝子導入領域に対する目的遺伝子の発現カセットおよび選抜マーカーの方向は、発現効率等に応じて変更し得る。
【0026】
β-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドを含むベクターから調製したコンストラクトは、公知の植物細胞の形質転換法によって植物葉緑体DNAに導入することができるが、好ましい形質転換法はパーティクルガンによる形質転換である。パーティクルガンによる外来遺伝子の導入は、市販されている機器、例えばBIO-RAD社、モデルPDS1000Heと、粒子径0.6μmの金粒子を用い、製造業者の指示書に従って行い得る。
【0027】
葉緑体DNAの形質転換は、単子葉および双子葉植物に適応可能であるが、例えば、タバコ(Nicotiana tabacum)のほか、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)などのナス科植物(Solanaceae);イネ(Oryza sativa)などのイネ科植物(Poaceae);ダイズ(Glycine max)などのマメ科植物(Fabaceae);シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)などのアブラナ科植物(Brassicaceae);レタス(Lactuca sativa)などのキク科植物(Asteraceae);ニンジン(Daucus carota)などのセリ科植物(Apiaceae);ワタ(Gossypium spp.)などのアオイ科植物(Malvaceae);アオウキクサ(Spirodela perpusilla)などのウキクサ科植物(Lemnaceae)等は、現状において葉緑体形質転換が可能であり、世界的に作付面積の広い作物でもあることから、本発明の目的である、非食用植物あるいは食用穀類の非可食部を用いた細胞壁成分糖化酵素の大量生産に有利である。
【0028】
パーティクルガンによる遺伝子の導入は、一定段階まで成長したこれらの植物の葉に対して行う。例えば、タバコに導入する場合は、播種後1ヶ月程度の葉(栄養生長期にある第5葉〜第9葉)に対して行う。葉緑体DNAにβ-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドが導入されたことは、この遺伝子と同時に導入されるマーカー遺伝子の発現を観察することにより判断することができる。
この際使用するマーカー遺伝子としては、その遺伝子発現が形質転換植物の何らからの表現型を変化させるもので、例えば、スペクチノマイシンなどの薬剤に対する耐性遺伝子、耐塩性などのストレス耐性を付与する遺伝子、あるいは、GFPなどの蛍光タンパク質が挙げられ、上記マーカー遺伝子を融合させた形態(例えば、aadA-GFPなど)も含まれる。
【0029】
パーティクルガンを用いて遺伝子導入した植物の葉を5mm X 5mm程度に切り分け、スペクチノマイシン等の選抜用試薬を添加した、脱分化あるいはシュート再生が可能な植物ホルモン条件の培地で培養することで、形質転換体の選抜を行う。形質転換体の候補を、再分化用の培地に移すことによって発根を促し、植物体に再生する。これらの形質転換植物の作製方法、脱分化、再分化は、公知の手法によって行うことができる。
【0030】
得られたトランスジェニック植物の葉緑体DNAにβ-1,4-EG遺伝子が組み込まれていることの確認は、再生した植物体の葉から細胞内の全DNAを調製し、その全DNAを鋳型とし、葉緑体DNAに導入されたβ-1,4-EG遺伝子に特異的なプライマーセットを用いたPCR、あるいは、配列特異的なDNAプローブを用いたサザンブロッティングに付すことによって行うことができる。
【0031】
また、トランスジェニック植物の葉緑体DNAに目的遺伝子が組み込まれていることの確認は、得られたトランスジェニック植物からβ-1,4-EGの粗抽出液を調製し、そのβ-1,4-EG活性を測定することによっても行うことができる。
トランスジェニック植物からのβ-1,4-EGの粗抽出は、簡単には、トランスジェニック植物の緑葉を高温の抽出バッファー中で摩砕し、摩砕液を遠心分離してその上清を回収することにより行うことができる。別法として、トランスジェニック植物の緑葉から全可溶性タンパク質を抽出し、それを電気泳動で分離してメンブレンにブロッティングした後、該当するバンドからタンパク質を溶出することによってもβ-1,4-EGの粗抽出を行うことができる。
【0032】
β-1,4-EGの活性は、上述のようにして得た粗抽出物を、酵素基質としてのカルボキシメチルセルロースとともに適当な緩衝液に加え、一定時間加熱した後、カルボキシメチルセルロースが加水分解されて生成した還元糖をSomogi-Nelson法などの公知の測定方法により測定することができる。
【0033】
第2の態様において、本発明は、上述したトランスジェニック植物から得られる植物細胞壁成分糖化酵素製剤に関する。
トランスジェニック植物体内に産生した細胞壁成分糖化酵素は、植物体が生育している間はもちろん、枯死した後にも活性が維持される。したがって、トランスジェニック植物の新鮮組織、新鮮組織の乾燥物、新鮮組織の凍結乾燥物、酵素抽出液、酵素抽出液の乾燥物および酵素抽出液の凍結乾燥物ならびにそれらの粉末などのトランスジェニック植物を加工した種々の形態に植物細胞壁糖化酵素製剤を形成することができるが、植物細胞壁成分糖化酵素製剤の好ましい形態はトランスジェニック植物の新鮮組織の乾燥物粉末である。
【0034】
第3の態様において、本発明は、細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法に関する。
細胞壁成分糖化酵素製剤は、
(i)細菌から細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、
(ii)クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、
(iii)該ベクターをパーティクルガンで植物に導入し、
(iv)組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで
(v)生育した植物体から細胞壁成分糖化酵素製剤を得る
工程により生産する。
【0035】
この生産方法で用いる植物細胞壁成分糖化酵素の遺伝子およびその改変遺伝子、葉緑体DNAへの導入に使用するベクター、導入する葉緑体ゲノムの遺伝子間領域、導入する対象となる植物の種類、植物への導入方法、得られる酵素製剤の形態などは、細胞壁成分糖化酵素を産生するトランスジェニック植物の態様において説明したものと同様である。
【実施例1】
【0036】
葉緑体形質転換コンストラクトの作製
1.プラスミドpCPEG01の作製
パイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)から単離された天然型β-1,4-EG(配列番号:1に示すアミノ酸458残基)について、そのアミノ末端(N-末端)側から27個のアミノ酸(アミノ酸番号2-28)、そのカルボキシル末端(C-末端)側から42個のアミノ酸(アミノ酸番号417-458)が欠失するように、かつ、ORF内のSD様配列(配列番号:2に示すポリヌクレオチド配列の番号822-825)を欠失させて作製したDNA断片(配列番号:3)を、pET11aベクターに連結して作製したコンストラクト(pETSD2M;Kashima Y. et al., Extremophiles, Vol.9, pp.37-43 (2005))を鋳型とし、プライマーセット
EG-F1 ccatggaaaatacaacatatcaaacaccg(配列番号:5)
EG-R1 tctagatcaagaacttttggaacaactatc(配列番号:7)
を用いてPCR増幅を行い、そのPCR産物をpGEM-Tベクター(Promega社)にクローニングしてpGEM-EGを得た。
【0037】
つぎに、制限酵素NcoIおよびNotIを用いて、この改変β-1,4-EGをコードするDNA断片をpGEM-EGから切り出し、同じ制限酵素で切断したpMIK1に挿入してpA-EGを得た。pMIK1はタバコ(Nicotiana tabacum cv. Xanthi)由来の葉緑体psbA遺伝子のプロモーター領域および5'-UTR(PpsbA)と葉緑体rps16遺伝子の3'-UTR(Trps16)との間にMCSを有する葉緑体遺伝子発現カセットであり、目的遺伝子をMCSにin-frameで挿入することにより、葉緑体での標的遺伝子の発現が可能となる。
【0038】
ついで、pA-EGをEcoRIで切断した後に、Klenow fragmentで平滑末端化し、さらにSacI処理することによってPpsbA-EG-Trps16断片を切り出し、SacI-SmaI処理したpRV112A'(Hayashi et al., Plant Cell Physiol., Vol.44, pp.334-341 (2003))とライゲーションすることによってpCPEG01を得た(図1)。pRV112A'には葉緑体DNAと相同な領域(trnV、rrn16、rps12/7など)の間に、選択マーカーとして16S rRNA遺伝子のプロモーターによって発現するaadA(アミノグリコシド3''-アデニリルトランスフェラーゼ)遺伝子が挿入されている。さらに、目的遺伝子を挿入するためのMCSがaadA発現カセットに隣接している。
【0039】
2.プラスミドpCPEG2の作製
パイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)から単離された天然型β-1,4-EGについて、そのN-末端側から27個のアミノ酸およびC-末端側から42個のアミノ酸が欠失するように、かつ、ORF内のSD様配列を欠失させて作製したDNA断片とパイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)のキチナーゼ由来のcarbohydrate-binding module(CBM)をコードする融合DNA断片(配列番号:4)を、pET21aベクターにクローニングして作製したコンストラクト(前掲、Kashima Y et al.)を鋳型とし、プライマーセット
EG-F1 ccatggaaaatacaacatatcaaacaccg(配列番号:5)
CBM-R1 gaattctcatgtccatatgtcaattacttg(配列番号:6)
を用いてPCR増幅を行い、そのPCR産物をpGEM-Tベクター(Promega社)にクローニングしてpGEM-EGCBMを得た。
【0040】
つぎに、制限酵素NcoIおよびNotIを用いて、pGEM-EGCBMから改変β-1,4-EGをコードするDNA断片を切り出し、同じ制限酵素で切断したpMIK1に挿入してpA-EGCBMを得た。pA-EGCBMをSacIおよびKplI処理することによってPpsbA-EGCBM-Trps16断片を切り出し、同じSacIおよびKplIで処理したpRV112A'(前掲、Hayashi et al.)とライゲーションすることによってpCPEG02を得た(図1)。
【0041】
葉緑体形質転換タバコの作製
タバコ葉緑体の形質転換は、基本的に、Svab, Z. and Maliga, P., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., Vol.90, pp.913-917 (1993)およびDaniell, H., Ruiz, O.N., and Dhingra A., Methods in Molecular Biology, Vol.286: Transgenic Plants, pp.111-137の方法に従って行った。形質転換タバコは25℃、16時間明(50μmolm-2sec-1)/8時間暗の周期でRM寒天培地(前掲、Svab et al.(1993))上で無菌的に生育させた。
詳細には、播種後1ヶ月程度のタバコ(Nicotiana tabacum cv. Xanthi)から緑葉(第5〜9葉)を切除し、パーティクルガン(BIO-RAD社:PDS1000He)を用いて遺伝子導入を行った。詳細には以下のとおりである。マクロキャリアおよびストッピングスクリーンは、PDS1000Heのチャンバー内の上から1段目に設置した。切除したタバコの葉は、寒天培地に敷いた濾紙上に葉の裏側を上向きにして置き、ターゲット台に載せてチャンバー内の3段目に設置した。この結果、金粒子の射出距離は約9cmとなる。PDS1000Heを27-28 in Hgに減圧した後、1100psiのrupture discを使用して金粒子を射出した。また、形質転換用コンストラクト(pCPEG01およびpCPEG02)を導入するための粒子として、金粒子(粒径0.6μm)を用いた。
【0042】
パーティクルガンにより形質転換用コンストラクトを導入したタバコ葉は、暗所下、25℃にて3日間インキュベートした後、葉を切片化して、スペクチノマイシン(200mg/L)を含有するRMOP寒天培地(Svab, Z. and Maliga, P., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., Vol.87, pp.8526-8530 (1990))に移した。その後、25℃、16時間明(50μmolm-2sec-1)/8時間暗の周期下で培養した。4〜6週間後に、スペクチノマイシン耐性のシュートまたはカルスが得られた。
【0043】
得られたスペクチノマイシン耐性シュート/カルスを、スペクチノマイシン(500mg/L)を含有するRMOP寒天培地に植え継ぎ、一定の段階まで生育したシュート/カルスから一部組織を採取し、葉緑体内の全DNAを調製した。その全DNAを鋳型として特異的プライマーセットを用いたPCRを行うことによって、葉緑体DNAの所定の領域に目的遺伝子が導入されていることを確認した。
【0044】
目的遺伝子の導入が確認された形質転換体系統のシュートを、スペクチノマイシン(500mg/L)を含有するRM培地に移植することにより、発根ならびに植物体への分化を促進した。再生した植物体の緑葉から全DNAを調製し、サザンブロッティングにより遺伝子導入型葉緑体DNAのホモプラズミシティーを調べた。
【0045】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)の表現型
pCPEG01を導入した葉緑体形質転換タバコ(CPEG01-1)のRM培地上での表現型を野生型(非形質転換タバコ)と比較したところ、可視的な生育異常は認められなかった(図2)。
【0046】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)からの耐熱性β-1,4-EGの抽出
葉緑体形質転換タバコからの耐熱性β-1,4-EGまたは改変耐熱性β-1,4-EGの抽出は、以下の二段階抽出法または一段階抽出法によって行った。
(二段階抽出法)
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)の緑葉200mgあたりに、1mlのタンパク質抽出バッファー(50mM Hepes-KOH(pH7.5)、10mM 酢酸カリウム、5mM 酢酸マグネシウム、1mM EDTA、1mM DTT、2mM PMSF)を加え、4℃に冷却した乳鉢および乳棒を用いて摩砕した。その摩砕液をエッペンドルフチューブに移し、4℃、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。この遠心分離作業を2回繰り返し、全可溶性タンパク質を含む上清画分を得た。その上清画分を12% SDS-PAGEにかけ、クーマシーブリリアントブルー(CBB)染色した(図3、左側レーン1および2、WTは野生型(非形質転換)タバコから得た画分の泳動図、Mは分子サイズマーカー)。また、同じ上清画分を85℃にて20分間加熱した後、同様にして4℃、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。その上清画分を12% SDS-PAGEにかけ、CBB染色した(図3、右側レーン1および2)。
その結果、野生型タバコには産生しておらず、形質転換タバコのみで産生している分子サイズ43kDに相当するタンパク質が認められ、このように加熱処理した上清画分を耐熱性β-1,4-EGの部分精製画分とした。
【0047】
(一段階抽出法)
CPEG01の緑葉に、85℃に加熱したタンパク質抽出バッファー(50mM Hepes-KOH(pH7.5)、10mM酢酸カリウム、5mM酢酸マグネシウム、1mM EDTA)を加え、85℃に加熱した乳鉢および乳棒を用いて摩砕した。その摩砕液をエッペンドルフチューブに移し、さらに20分間85℃に維持した。加熱処理後、室温、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。この遠心分離作業を2回繰り返して得られた上清画分を12% SDS-PAGEにかけ、CBB染色した(図4)。
その結果、上記の二段階抽出法で得られた画分と同様に、形質転換タバコのみで産生している分子サイズ43kDに相当するタンパク質が認められ(図4: レーン1−3は異なる葉から抽出したサンプルである)、この上清画分を耐熱性β-1,4-EGの部分精製画分とした。
【0048】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)における耐熱性β-1,4-EGの蓄積量の測定
前記の二段階抽出法により調製した全可溶性タンパク質を含む画分、および、大腸菌(Escherichia coli)で大量発現させた後にカラム精製した耐熱性β-1,4-EGサンプル(大腸菌β-1,4-EG:前掲のKashima et al.)の希釈系列を、12% SDS-PAGEで分離し、Hybond ECLメンブレン(GE Healthcare社)にブロッティングした。そのメンブレンを抗-大腸菌β-1,4-EGウサギ血清中、室温にて1時間インキュベートした後、西洋ワサビペルオキシダーゼ結合型の抗−ウサギIgG抗体と室温にて1時間反応させた。シグナルの検出には、ECL-plus(GE Healthcare社)を用いた。
【0049】
その結果、葉緑体DNA形質転換タバコ(CPEG01)の緑葉では、細胞全体の総可溶性タンパク質の10重量%を超える量で耐熱性β-1,4-EGが蓄積していることが判明した。
【0050】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)から抽出した耐熱性β-1,4-EGの活性測定
耐熱性β-1,4-EGの酵素活性は、以下のようにして測定した。
0.5重量%のカルボキシメチルセルロース(CMC)を基質として、100mMアセテート緩衝液(pH5.6)に酵素液(一段階抽出法によりCPEG01から調製した部分精製画分、または前掲の大腸菌から精製した酵素)を総タンパク質濃度として2.5μg/μlの濃度で加え、85℃にて10分間反応させた。基質であるCMCが加水分解させて生成した還元糖の量を、Somogi−Nelson法の改良法(前掲のKashima et al.)を用いて測定した。
【0051】
その結果、それぞれの酵素活性(加えた総タンパク質質量(μg)あたり、単位時間内に生成した還元糖のモル数)は、
大腸菌から精製した酵素 5.9×10-10モル・μg-1・S-1
葉緑体形質転換タバコからの部分精製画分酵素 4.4×10-10モル・μg-1・S-1
であることが判明し、葉緑体形質転換タバコから調製した耐熱性β-1,4-EGの活性は、精製酵素の活性の約75%に達することが示された。
【0052】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)の乾燥葉から抽出した耐熱性β-1,4-EGの活性測定
CPEG01の緑葉を切除し、室温にて2週間乾燥させた。
85℃に加熱した50mM Tris-HCl(pH8.0)バッファーを、葉の乾燥重量100mgあたり4ml加え、粉砕した。粉砕には85℃に加熱した乳鉢、乳棒を用いた。粉砕液をエッペンドルフチューブに移し、85℃にて20分間インキュベーションした。加熱処理後、室温、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。この遠心分離作業を2回繰り返し、耐熱性β-1,4-EGの部分精製画分を得た。この画分を12% SDS-PAGEにかけ、CBB染色して解析した結果を図5に示す(レーン E coli.は大腸菌から精製した酵素、CPEG01は形質転換植物から得た画分の泳動図、Mは分子サイズマーカー)。部分精製した酵素の収量は、乾燥葉1gあたり20mg以上と見積もられた。
【0053】
それぞれの画分の酵素活性は、
大腸菌から精製した酵素 6.0×10-10 モル・μg-1・S-1
葉緑体形質転換タバコからの部分精製画分酵素 5.0×10-10 モル・μg-1・S-1
であることが判明し、葉緑体形質転換タバコの乾燥葉から調製した耐熱性β-1,4-EGの活性は、精製酵素の活性の約80%以上に達することが示された。
これらの結果は、形質転換植物で発現させた耐熱性酵素は、乾燥させた植物体からなる酵素製剤として、運搬・保存し、そのままでセルロース系バイオマスに適用してバイオエタノール原料である二糖や単糖等の生産に利用できることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は食用にならない植物、あるいは食用の植物であっても非可食部において細胞壁成分糖化酵素を大量に発現できるシステムであり、本発明によれば、正常に生育しつつ大量に細胞壁分解成分糖化酵素を産生することができ、また、特定条件下では自己を構成するセルロース成分をグルコースまで効率的に分解し得る自己溶解型のトランスジェニック植物を得ることができ、バイオエタノールの原料となる二糖類や単糖類を効率的に製造することができ、このような燃料、化学産業、地球環境関連産業において利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】トランスジェニック植物の作製に用いたターゲティングベクターの概略図である。
【図2】野生型植物とトランスジェニック植物との生育状態を比較する写真である。
【図3】野生型植物とトランスジェニック植物とから粗抽出した可溶性タンパク質画分の泳動図である。
【図4】トランスジェニック植物から粗抽出した可溶性タンパク質画分の泳動図である。
【図5】トランスジェニック植物の乾燥葉から抽出した可溶性タンパク質画分の泳動図である。
【配列表フリーテキスト】
【0056】
SEQ ID NO: 1
Amino acid sequence of thermostable beta-1,4-endoglucanase derived from Pyrococcus Horikoshii.
SEQ ID NO: 2
Nucleotide sequence of thermostable beta-1,4-endoglucanase derived from Pyrococcus Horikoshii.
SEQ ID NO: 3
Nucleotide sequence of modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 4
Nucleotide sequence of modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 5
Forward primer for PCR-amplifying polynucleotide encoding modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 6
Reverse primer for PCR-amplifying polynucleotide encoding modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 7
Reverse primer for PCR-amplifying polynucleotide encoding modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
【技術分野】
【0001】
本発明は、外来遺伝子を葉緑体DNAに導入したトランスジェニック植物および該植物から生産される酵素製剤に関する。より詳細には、本発明は、微生物由来の植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体で発現・蓄積するトランスジェニック植物、かかるトランスジェニック植物から生産される酵素製剤、かかる酵素製剤の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオマス資源のエネルギー利用は、バイオマスがカーボンニュートラルな特性を有することから、地球温暖化防止に有効であるとともに、化石資源に替わる重要なエネルギー資源として、持続可能な循環型社会の形成において重要な役割を担うことが期待されている。とりわけ、石油代替燃料としてのバイオエタノールが注目を集めており、世界規模での需要が拡大している。しかし、現行のバイオエタノール製造法では、サトウキビやトウモロコシなどの穀物デンプンを原材料としているため、バイオエタノールの増産が穀物価格の高騰を招き、食糧としての需要を逼迫している。その解決策として、地球上に豊富に存在する未利用のセルロース系バイオマスを原材料としたバイオエタノール製造法の開発が急務とされている。
【0003】
現在、セルロース系バイオマスの糖化には、濃硫酸や希硫酸を用いる方法が適用されており、取り出した糖質から発酵法によってバイオエタノールを生産する実証プラントが、既に国内において稼働している。しかし、現行法ではバイオマスの糖化効率が低く、酸の使用に伴う環境負荷も大きいことから、酵素を用いた効率的なバイオマス糖化法の開発が求められていた。
【0004】
このような酵素としては、微生物により産生される安価な植物の細胞壁成分糖化酵素が考えられる。しかしながら、微生物による酵素の製造法が確立されて、セルロース系バイオマスを原材料としたバイオエタノール生産が世界規模で実施された場合、糖化酵素を産生する微生物の培養には大量のエネルギー源が必要となり、また微生物が行う呼吸によっても大量の二酸化炭素が放出されるため、地球温暖化対策としての二酸化炭素削減効果は低いものとなる。
【0005】
このような微生物による酵素生産に対して、植物を酵素生産のバイオリアクターとして用いる場合は、太陽光をエネルギー源とした光合成によって植物が生長するため、酵素生産過程において二酸化炭素が吸収される。植物体から酵素を抽出する際に外的なエネルギー供給を必要とするが、システム全体を通しての二酸化炭素削減効果は、微生物の場合を大きく上回る。
【0006】
セルラーゼなどの細胞壁成分糖化酵素を発現する組換え植物の開発は、Agrobacteriumによる染色体遺伝子の形質転換系を利用して進められている。しかし、これらの技術では、酵素発現量が細胞内全タンパク質の数%程度と微量であるケースがほとんどで、実用化に資するレベルの形質転換植物は未だ作出されていない。もっとも、最近トウモロコシの種子において細胞内全タンパク質の10%超を占めるセルラーゼの大量発現が報告されているが、穀類を用いた生産系であるため、食糧需要との競合の問題解決にはつながらない。さらに、染色体遺伝子の形質転換は、花粉を介して環境中へ飛散する遺伝子汚染のリスクを伴っている。
これらの問題に着目して、細胞核を組み換え、産生されたタンパク質を葉緑体に運搬する技術(特許文献1)や、葉緑体DNAに外来遺伝子を導入してタンパク質を産生させる技術(特許文献2)が報告されているが、タンパク質の産生量が少なく実用的でない、組換え植物に異常が生じるなどの問題がある。
【特許文献1】国際公開 WO2006/011779号パンフレット
【特許文献2】国際公開 WO98/16338号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、非食用植物あるいは食用作物においても非可食部で生産される細胞壁成分糖化酵素を利用してセルロース系バイオマスを糖化することにある。また、本発明の目的は、細胞壁成分糖化酵素を産生する自己溶解型のトランスジェニック植物を作製することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、ある種の細胞壁成分糖化酵素を発現するトランスジェニック植物は正常に生育することができ、該酵素の遺伝子を植物の葉緑体DNAに導入することにより該酵素を大量かつ効率的に生産することができ、食糧需要との競合を引き起こさず、遺伝子汚染のリスクを生じず、また、トランスジェニック植物が乾燥した後にも該酵素の活性が植物体内で長期間維持されることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
[1] 植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体内で生産するトランスジェニック植物;
[2] 該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である前記[1]記載のトランスジェニック植物;
[3] 該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである前記[2]記載のトランスジェニック植物;
[4] 該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である前記[3]記載のトランスジェニック植物;
[5] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる前記[4]記載のトランスジェニック植物;
[6] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、
配列表の配列番号:1のアミノ酸配列からなるポリペプチド、または、
配列番号:1のアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド
からなる前記[4]または[5]に記載のトランスジェニック植物;
[7] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、前記[6]に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]または[6]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[8] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、配列表の配列番号:2のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]ないし[7]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[9] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:3のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]ないし[7]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[10] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:4のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる前記[5]ないし[7]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[11] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質を、細胞全体の総可溶性タンパク質の10重量%を超える量で蓄積する前記[4]ないし[10]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[12] 該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される前記[1]ないし[11]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物;
[13] 前記[1]ないし[12]のいずれか1に記載のトランスジェニック植物から得られる植物細胞壁成分糖化酵素製剤;
[14] 該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織、新鮮組織の乾燥物、新鮮組織の凍結乾燥物、酵素抽出液、酵素抽出液の乾燥物および酵素抽出液の凍結乾燥物ならびにそれらの粉末よりなる群から選択される前記[13]記載の製剤;
[15] 該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織の乾燥物粉末である前記[14]記載の製剤;
[16] 植物細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法であって、
(i)微生物から植物細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、
(ii)クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、
(iii)該ベクターをパーティクルガンで植物の組織に導入し、
(iv)組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで
(v)生育した植物体から植物細胞壁成分糖化酵素製剤を得る
工程からなる該生産方法;
[17] 該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である前記[16]記載の生産方法;
[18] 該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである前記[17]記載の生産方法;
[19] 該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である前記[18]記載の生産方法;
[20] 該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる前記[19]記載の生産方法;
[21] 該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される前記[16]ないし[20]のいずれか1に記載の生産方法
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のトランスジェニック植物により、細胞壁成分糖化酵素を大量に生産することができ、また、二酸化炭素を放出する微生物による生産と比較して簡便かつ効率的に、バイオアルコール原料となる二糖類や単糖類を得ることができる。
本発明の細胞壁成分糖化酵素製剤を利用することにより、大量に存在する未利用のセルロース系バイオマスから簡便かつ効率的にバイオアルコール原料となる二糖類や単糖類を得ることができる。
また、これらのバイオアルコール原料の生産は植物の光合成を介し、石化資源によるエネルギーを消費することなく行うため、大気中の二酸化炭素削減に寄与することができる。
また、非食用植物あるいは食用作物においても非可食部で生産される植物細胞壁成分糖化酵素を利用するため、食糧需要と競合しないでセルロース系バイオマスを糖化することができる。
さらに、植物の葉緑体DNAに細胞壁成分糖化酵素遺伝子を導入することにより、該遺伝子が花粉を介して環境中へ飛散することによる遺伝子汚染のリスクを回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
第1の態様において、本発明は、植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体内で生産するトランスジェニック植物に関する。
本発明の植物細胞壁成分糖化酵素は、植物の細胞壁を構成する成分またはその分解物をより低分子量の構成単位に分解する酵素であればいずれの酵素であってもよい。
その中でも、耐熱性酵素は常温ではほとんど活性を示さず高温で高い活性を示し、常温下で植物を正常に生育して大量の酵素を生産させることができるため好ましい。また、耐熱性酵素としては、例えばグルカナーゼ、ヘミセルラーゼ、ラッカーゼなどが挙げられ、特に細胞壁を構成する成分であるセルロース、ヘミセルロース、リグニンを工業的に利用しやすい成分まで分解するセルラーゼ、ヘミセルラーゼ、ラッカーゼが好ましく、中でもセルロースのD-グルコース間のβ-1,4-グリコシド結合を加水分解してセロビオースを生成する耐熱性のβ-1,4-エンドグルカナーゼ(以下、β-1,4-EGという)が好ましい。この耐熱性のβ-1,4-EGは、特に、分子サイズ約43kD、至適温度95℃以上、至適pH5.4-6.0の特性を有し、約97℃にて3時間加熱後でも活性が75%以上維持される一方で、常温では約97℃の活性の5%未満の活性を有することを特徴とする。
【0011】
耐熱性β-1,4-EGには、好ましくはパイロコッカス属(Pyrococcus)、アエロパイラム属(Aeropyrum)、サーモプラズマ属(Thermoplasma)、サーモプロテイウス属(Thermoproteus)、アシドサーマス属(Acidothermus)、サーモコッカス属(Thermococcus)、バチルス属(Bacillus)、シネココッカス属(Synechococcus)、サーマス属(Thermus)などの好熱性細菌に由来する天然型のエンドグルカナーゼが含まれるが、好ましくはパイロコッカス属微生物に由来するエンドグルカナーゼであり、最も好ましくはパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来のエンドグルカナーゼである。
【0012】
また、本発明で用いる細胞壁成分糖化酵素には、これらの天然型酵素のほか、天然型酵素のアミノ酸配列において、一部の配列領域の欠失、アミノ酸残基の置換、欠失、付加などを含み、かつ、天然型の酵素と実質的に同等の酵素活性を有するタンパク質も含まれる。
【0013】
このうち、パイロコッカス・ホリコシ由来の天然型β-1,4-EGは、配列番号:1で示されるアミノ酸配列を含むポリペプチドである。
【0014】
また、配列番号:1で示されるアミノ酸配列において1ないし数個、例えば1ないし50個、好ましくは1ないし30個、より好ましくは1ないし20個、よりさらに好ましくは1ないし15個、なおより好ましくは1ないし10個、なおよりさらに好ましくは1ないし7個、最も好ましくは1ないし5個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、天然型のβ-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドも、本発明で用いるβ-1,4-EGに含まれる。
【0015】
天然型β-1,4-EGは、配列番号:1のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列の1の例である配列番号:2のポリヌクレオチド配列によってコードされるタンパク質のほか、配列番号:1で示されるアミノ酸配列を縮重によりコードするすべてのポリヌクレオチド配列によってもコードされるタンパク質も含まれる。また、配列番号:1のアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列をコードし、かつ、天然型β-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列によってコードされるタンパク質も、本発明で用いるβ-1,4-EGに含まれる。
【0016】
また、上述した種々のポリヌクレオチド配列に相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、天然型β-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされるタンパク質も、本発明で用いるβ-1,4-EGに含まれる。
【0017】
天然型β-1,4-EGは、それをコードするポリヌクレオチドを植物葉緑体に導入して発現させた場合、SD様配列が誤認識されて不完全なタンパク質が同時に生成される。したがって、このβ-1,4-EG遺伝子内に存在するSD様配列を欠失させることにより、そのような夾雑タンパク質の産生が抑制され、目的とするβ-1,4-EGタンパク質のみを効率よく生成させることができる。生成するタンパク質に影響することなくヌクレオチド配列中のSD様配列のみを欠失させるには、そのうちの一部のヌクレオチドを、コドンが指定するアミノ酸を変化させないように他のヌクレオチドに変化させることにより行うことができる。例えば、天然型β-1,4-EGがパイロコッカス・ホリコシ由来のものである場合は、配列番号:2の塩基配列”AGGA”(配列番号:2に示すヌクレオチド番号822-825)を”TGGT”に改変することにより、アミノ酸配列の変化を生じることなくSD様配列を欠失させることができる。また、天然型β-1,4-EGの疎水性に富む49個のアミノ酸残基からなるC-末端領域(配列番号:1のアミノ酸番号417-458)を欠失させることができる。さらに、天然型β-1,4-EGのN-末端の27個のアミノ酸残基(配列番号:1のアミノ酸番号2-28)は、細胞内で生成したタンパク質の細胞外輸送に関わるシグナルペプチドであり、上記と同様の理由により欠失させることができる。このように、天然型β-1,4-EGを人為的に改変したタンパク質は、本発明で用いる改変β-1,4-EGに含まれる。例えば、パイロコッカス・ホリコシ由来の天然型β-1,4-EGのN-末端領域およびC-末端領域を欠失するように、かつ、SD様配列を欠失させて作製した改変タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、配列番号:3のポリヌクレオチド配列を有する。
【0018】
また、改変β-1,4-EGには、天然型β-1,4-EGの全体またはその一部と、他のタンパク質またはポリペプチドとが融合した融合タンパク質も含まれる。融合させる他のタンパク質またはポリペプチドとしては、融合タンパク質として植物葉緑体内で発現させた場合に酵素活性の上昇が期待されるものであれば特に限定されるものではないが、例えばセルラーゼ、キシラナーゼ、キチナーゼなど酵素由来の多糖類の糖鎖骨格に結合可能なタンパク質ドメイン、例えばパイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)のキチナーゼ由来のcarbohydrate−binding module (CBM)などが挙げられる。パイロコッカス・ホリコシ由来の天然型β-1,4-EGのN-末端領域およびC-末端領域を欠失させたタンパク質と、パイロコッカス・フリオサスのキチナーゼ由来のCBMとの融合タンパク質をコードし、SD様配列を欠失させた融合タンパク質をコードするポリヌクレオチドは配列番号:4のポリヌクレオチド配列を有する。
【0019】
本発明で用いる天然型および改変型のβ-1,4-EGは、前記したようなアミノ酸配列を有するか、または前記したようなポリヌクレオチド配列、もしくはそのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、天然型β-1,4-EGと実質的に同等のエンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列によりコードされるタンパク質である。
【0020】
本願明細書全体を通して、オリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドのハイブリダイゼーションにおける「ストリンジェントな条件」とは、その条件下で、互いのヌクレオチドが互いにハイブリダイズしたままであるハイブリダイゼーションおよび洗浄の条件を示し、好ましくは、互いに少なくとも約70%、より好ましくは少なくとも約80%、なおより好ましくは少なくとも約85%、なおより好ましくは少なくとも約90%、なおより好ましくは少なくとも約95%、最も好ましくは少なくとも約97%同一である配列が互いにハイブリダイズしたままであるような条件である。かかるストリンジェントな条件は当業者に知られており、Current Protocols in Molecular Biology, Ausubelら編、John Wiley & Sons, Inc. (1995), セクション2、4および6に見出し得る。さらなるストリンジェントな条件は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Sambrookら、Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, NY (1989), 第7、9および11章に見出し得る。
【0021】
好ましいストリンジェントな条件の例には、約65-70℃にて4×SSC(SSC;1×SSCは0.15M 塩化ナトリウム、0.015M クエン酸ナトリウム)中のハイブリダイゼーション(または約42-50℃にて4×SSCおよび50%ホルムアミド中のハイブリダイゼーション)につづく約65-70℃にて1×SSC中の1またはそれを超える洗浄が含まれる。非常にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件の好ましい例には、約65-70℃にて1×SSC中のハイブリダイゼーション(または約42-50℃にて1×SSCおよび50%ホルムアミド中のハイブリダイゼーション)につづく約65-70℃にて0.3×SSC中の1またはそれを超える洗浄が含まれる。一方、低いストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件の好ましい例には、約50-60℃にて4×SSC中のハイブリダイゼーション(あるいは、約40-45℃にて6×SSCおよび50%ホルムアミド中のハイブリダイゼーション)につづく約50-60℃にて2×SSC中の1またはそれを超える洗浄が含まれる。ハイブリダイゼーションおよび洗浄緩衝液には、SSCの代わりにSSPE(1×SSPEは0.15M 塩化ナトリウム、10mM リン酸水素一ナトリウム、および1.25mM EDTA、pH7.4)を用いることができ、ハイブリダイゼーションの後の洗浄は15分間行えばよい。
【0022】
50塩基対長未満のオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドに対するハイブリダイゼーション温度は、そのオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドの融点(Tm)よりも5-10℃低い温度とすべきであり、ここにTmは以下の等式によって決まる。18塩基対長未満のオリゴヌクレオチドについては、Tm(℃)=2(A+Tの数)+4(G+C塩基の数)。18ないし49塩基対長のオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドについては、Tm(℃)=81.5+16.6(log10[Na+])+0.41(%G+C)-(600/N)である{式中のNはオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドの塩基の数、[Na+]はハイブリダイゼーション緩衝液中のナトリウムイオンの濃度であり、1×SSCについては0.165Mである}。
【0023】
本発明のトランスジェニック植物は、上述したような植物細胞壁成分糖化酵素をコードするポリヌクレオチドを植物の葉緑体DNAに組み込むことにより作製される。植物細胞壁成分糖化酵素遺伝子を植物の葉緑体DNAに導入して発現させることにより、導入した遺伝子が生殖細胞に導入されず、該遺伝子が花粉を介して環境中へ飛散することによる遺伝子汚染のリスクを回避することができる。
植物細胞壁成分糖化酵素の一例として、前記のβ-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドを植物葉緑体DNAに組込む態様を以下に説明する。
天然型β-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドは、例えば、分離した好熱性細菌から、パイロコッカス・ホリコシのβ-1,4-EG遺伝子配列に類似する領域を適当な制限酵素で取り出し、適当なプライマーセットを用いるPCR増幅によって得ることができる。増幅したポリヌクレオチド領域は、植物の葉緑体内で発現する適当なベクターに組み込んだ後に、植物の葉緑体の形質転換に供する。好ましくは、葉緑体に導入されたベクターは、その中に葉緑体DNAと相同的な領域を含むことにより、相同組換えによってβ-1,4-EG遺伝子を植物の葉緑体DNAの特定の部位に特定の向きで組み込むことができる。
【0024】
β-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドが葉緑体DNAに組み込まれた際にその発現を調節する領域としては、葉緑体psbA遺伝子、rrn16-rrn23オペロン、rbcL遺伝子、psbEFLJオペロン、psbDCオペロン、psbB-Hオペロン、accD遺伝子およびatpB遺伝子などの葉緑体遺伝子由来のプロモーターおよびその改変型プロモーター、lacプロモーターなどの細菌由来の原核生物型プロモーター、psbA、rbcL、atpB、rps2およびpsbLなどの葉緑体遺伝子由来の5'-UTRまたはその改変配列、合成配列(ggagg:SDコンセンサス配列)、T7 gene10リーダー配列などのバクテリオファージまたは細菌由来の翻訳調節配列、psbA、rbcL、petD、rps16などの葉緑体遺伝子由来の3'-UTRまたはその改変配列などが挙げられる。
【0025】
細菌由来のβ-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドを導入する植物葉緑体DNA中の領域は、葉緑体ゲノムに存在する遺伝子間領域であれば特に限定されるものではないが、例えばtrnV-rps12/7、trnI-trnA、rbcL-accD、rps7-ndhBなどの遺伝子間領域が挙げられる。また、遺伝子導入領域に対する目的遺伝子の発現カセットおよび選抜マーカーの方向は、発現効率等に応じて変更し得る。
【0026】
β-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドを含むベクターから調製したコンストラクトは、公知の植物細胞の形質転換法によって植物葉緑体DNAに導入することができるが、好ましい形質転換法はパーティクルガンによる形質転換である。パーティクルガンによる外来遺伝子の導入は、市販されている機器、例えばBIO-RAD社、モデルPDS1000Heと、粒子径0.6μmの金粒子を用い、製造業者の指示書に従って行い得る。
【0027】
葉緑体DNAの形質転換は、単子葉および双子葉植物に適応可能であるが、例えば、タバコ(Nicotiana tabacum)のほか、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)などのナス科植物(Solanaceae);イネ(Oryza sativa)などのイネ科植物(Poaceae);ダイズ(Glycine max)などのマメ科植物(Fabaceae);シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)などのアブラナ科植物(Brassicaceae);レタス(Lactuca sativa)などのキク科植物(Asteraceae);ニンジン(Daucus carota)などのセリ科植物(Apiaceae);ワタ(Gossypium spp.)などのアオイ科植物(Malvaceae);アオウキクサ(Spirodela perpusilla)などのウキクサ科植物(Lemnaceae)等は、現状において葉緑体形質転換が可能であり、世界的に作付面積の広い作物でもあることから、本発明の目的である、非食用植物あるいは食用穀類の非可食部を用いた細胞壁成分糖化酵素の大量生産に有利である。
【0028】
パーティクルガンによる遺伝子の導入は、一定段階まで成長したこれらの植物の葉に対して行う。例えば、タバコに導入する場合は、播種後1ヶ月程度の葉(栄養生長期にある第5葉〜第9葉)に対して行う。葉緑体DNAにβ-1,4-EGをコードするポリヌクレオチドが導入されたことは、この遺伝子と同時に導入されるマーカー遺伝子の発現を観察することにより判断することができる。
この際使用するマーカー遺伝子としては、その遺伝子発現が形質転換植物の何らからの表現型を変化させるもので、例えば、スペクチノマイシンなどの薬剤に対する耐性遺伝子、耐塩性などのストレス耐性を付与する遺伝子、あるいは、GFPなどの蛍光タンパク質が挙げられ、上記マーカー遺伝子を融合させた形態(例えば、aadA-GFPなど)も含まれる。
【0029】
パーティクルガンを用いて遺伝子導入した植物の葉を5mm X 5mm程度に切り分け、スペクチノマイシン等の選抜用試薬を添加した、脱分化あるいはシュート再生が可能な植物ホルモン条件の培地で培養することで、形質転換体の選抜を行う。形質転換体の候補を、再分化用の培地に移すことによって発根を促し、植物体に再生する。これらの形質転換植物の作製方法、脱分化、再分化は、公知の手法によって行うことができる。
【0030】
得られたトランスジェニック植物の葉緑体DNAにβ-1,4-EG遺伝子が組み込まれていることの確認は、再生した植物体の葉から細胞内の全DNAを調製し、その全DNAを鋳型とし、葉緑体DNAに導入されたβ-1,4-EG遺伝子に特異的なプライマーセットを用いたPCR、あるいは、配列特異的なDNAプローブを用いたサザンブロッティングに付すことによって行うことができる。
【0031】
また、トランスジェニック植物の葉緑体DNAに目的遺伝子が組み込まれていることの確認は、得られたトランスジェニック植物からβ-1,4-EGの粗抽出液を調製し、そのβ-1,4-EG活性を測定することによっても行うことができる。
トランスジェニック植物からのβ-1,4-EGの粗抽出は、簡単には、トランスジェニック植物の緑葉を高温の抽出バッファー中で摩砕し、摩砕液を遠心分離してその上清を回収することにより行うことができる。別法として、トランスジェニック植物の緑葉から全可溶性タンパク質を抽出し、それを電気泳動で分離してメンブレンにブロッティングした後、該当するバンドからタンパク質を溶出することによってもβ-1,4-EGの粗抽出を行うことができる。
【0032】
β-1,4-EGの活性は、上述のようにして得た粗抽出物を、酵素基質としてのカルボキシメチルセルロースとともに適当な緩衝液に加え、一定時間加熱した後、カルボキシメチルセルロースが加水分解されて生成した還元糖をSomogi-Nelson法などの公知の測定方法により測定することができる。
【0033】
第2の態様において、本発明は、上述したトランスジェニック植物から得られる植物細胞壁成分糖化酵素製剤に関する。
トランスジェニック植物体内に産生した細胞壁成分糖化酵素は、植物体が生育している間はもちろん、枯死した後にも活性が維持される。したがって、トランスジェニック植物の新鮮組織、新鮮組織の乾燥物、新鮮組織の凍結乾燥物、酵素抽出液、酵素抽出液の乾燥物および酵素抽出液の凍結乾燥物ならびにそれらの粉末などのトランスジェニック植物を加工した種々の形態に植物細胞壁糖化酵素製剤を形成することができるが、植物細胞壁成分糖化酵素製剤の好ましい形態はトランスジェニック植物の新鮮組織の乾燥物粉末である。
【0034】
第3の態様において、本発明は、細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法に関する。
細胞壁成分糖化酵素製剤は、
(i)細菌から細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、
(ii)クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、
(iii)該ベクターをパーティクルガンで植物に導入し、
(iv)組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで
(v)生育した植物体から細胞壁成分糖化酵素製剤を得る
工程により生産する。
【0035】
この生産方法で用いる植物細胞壁成分糖化酵素の遺伝子およびその改変遺伝子、葉緑体DNAへの導入に使用するベクター、導入する葉緑体ゲノムの遺伝子間領域、導入する対象となる植物の種類、植物への導入方法、得られる酵素製剤の形態などは、細胞壁成分糖化酵素を産生するトランスジェニック植物の態様において説明したものと同様である。
【実施例1】
【0036】
葉緑体形質転換コンストラクトの作製
1.プラスミドpCPEG01の作製
パイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)から単離された天然型β-1,4-EG(配列番号:1に示すアミノ酸458残基)について、そのアミノ末端(N-末端)側から27個のアミノ酸(アミノ酸番号2-28)、そのカルボキシル末端(C-末端)側から42個のアミノ酸(アミノ酸番号417-458)が欠失するように、かつ、ORF内のSD様配列(配列番号:2に示すポリヌクレオチド配列の番号822-825)を欠失させて作製したDNA断片(配列番号:3)を、pET11aベクターに連結して作製したコンストラクト(pETSD2M;Kashima Y. et al., Extremophiles, Vol.9, pp.37-43 (2005))を鋳型とし、プライマーセット
EG-F1 ccatggaaaatacaacatatcaaacaccg(配列番号:5)
EG-R1 tctagatcaagaacttttggaacaactatc(配列番号:7)
を用いてPCR増幅を行い、そのPCR産物をpGEM-Tベクター(Promega社)にクローニングしてpGEM-EGを得た。
【0037】
つぎに、制限酵素NcoIおよびNotIを用いて、この改変β-1,4-EGをコードするDNA断片をpGEM-EGから切り出し、同じ制限酵素で切断したpMIK1に挿入してpA-EGを得た。pMIK1はタバコ(Nicotiana tabacum cv. Xanthi)由来の葉緑体psbA遺伝子のプロモーター領域および5'-UTR(PpsbA)と葉緑体rps16遺伝子の3'-UTR(Trps16)との間にMCSを有する葉緑体遺伝子発現カセットであり、目的遺伝子をMCSにin-frameで挿入することにより、葉緑体での標的遺伝子の発現が可能となる。
【0038】
ついで、pA-EGをEcoRIで切断した後に、Klenow fragmentで平滑末端化し、さらにSacI処理することによってPpsbA-EG-Trps16断片を切り出し、SacI-SmaI処理したpRV112A'(Hayashi et al., Plant Cell Physiol., Vol.44, pp.334-341 (2003))とライゲーションすることによってpCPEG01を得た(図1)。pRV112A'には葉緑体DNAと相同な領域(trnV、rrn16、rps12/7など)の間に、選択マーカーとして16S rRNA遺伝子のプロモーターによって発現するaadA(アミノグリコシド3''-アデニリルトランスフェラーゼ)遺伝子が挿入されている。さらに、目的遺伝子を挿入するためのMCSがaadA発現カセットに隣接している。
【0039】
2.プラスミドpCPEG2の作製
パイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)から単離された天然型β-1,4-EGについて、そのN-末端側から27個のアミノ酸およびC-末端側から42個のアミノ酸が欠失するように、かつ、ORF内のSD様配列を欠失させて作製したDNA断片とパイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)のキチナーゼ由来のcarbohydrate-binding module(CBM)をコードする融合DNA断片(配列番号:4)を、pET21aベクターにクローニングして作製したコンストラクト(前掲、Kashima Y et al.)を鋳型とし、プライマーセット
EG-F1 ccatggaaaatacaacatatcaaacaccg(配列番号:5)
CBM-R1 gaattctcatgtccatatgtcaattacttg(配列番号:6)
を用いてPCR増幅を行い、そのPCR産物をpGEM-Tベクター(Promega社)にクローニングしてpGEM-EGCBMを得た。
【0040】
つぎに、制限酵素NcoIおよびNotIを用いて、pGEM-EGCBMから改変β-1,4-EGをコードするDNA断片を切り出し、同じ制限酵素で切断したpMIK1に挿入してpA-EGCBMを得た。pA-EGCBMをSacIおよびKplI処理することによってPpsbA-EGCBM-Trps16断片を切り出し、同じSacIおよびKplIで処理したpRV112A'(前掲、Hayashi et al.)とライゲーションすることによってpCPEG02を得た(図1)。
【0041】
葉緑体形質転換タバコの作製
タバコ葉緑体の形質転換は、基本的に、Svab, Z. and Maliga, P., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., Vol.90, pp.913-917 (1993)およびDaniell, H., Ruiz, O.N., and Dhingra A., Methods in Molecular Biology, Vol.286: Transgenic Plants, pp.111-137の方法に従って行った。形質転換タバコは25℃、16時間明(50μmolm-2sec-1)/8時間暗の周期でRM寒天培地(前掲、Svab et al.(1993))上で無菌的に生育させた。
詳細には、播種後1ヶ月程度のタバコ(Nicotiana tabacum cv. Xanthi)から緑葉(第5〜9葉)を切除し、パーティクルガン(BIO-RAD社:PDS1000He)を用いて遺伝子導入を行った。詳細には以下のとおりである。マクロキャリアおよびストッピングスクリーンは、PDS1000Heのチャンバー内の上から1段目に設置した。切除したタバコの葉は、寒天培地に敷いた濾紙上に葉の裏側を上向きにして置き、ターゲット台に載せてチャンバー内の3段目に設置した。この結果、金粒子の射出距離は約9cmとなる。PDS1000Heを27-28 in Hgに減圧した後、1100psiのrupture discを使用して金粒子を射出した。また、形質転換用コンストラクト(pCPEG01およびpCPEG02)を導入するための粒子として、金粒子(粒径0.6μm)を用いた。
【0042】
パーティクルガンにより形質転換用コンストラクトを導入したタバコ葉は、暗所下、25℃にて3日間インキュベートした後、葉を切片化して、スペクチノマイシン(200mg/L)を含有するRMOP寒天培地(Svab, Z. and Maliga, P., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., Vol.87, pp.8526-8530 (1990))に移した。その後、25℃、16時間明(50μmolm-2sec-1)/8時間暗の周期下で培養した。4〜6週間後に、スペクチノマイシン耐性のシュートまたはカルスが得られた。
【0043】
得られたスペクチノマイシン耐性シュート/カルスを、スペクチノマイシン(500mg/L)を含有するRMOP寒天培地に植え継ぎ、一定の段階まで生育したシュート/カルスから一部組織を採取し、葉緑体内の全DNAを調製した。その全DNAを鋳型として特異的プライマーセットを用いたPCRを行うことによって、葉緑体DNAの所定の領域に目的遺伝子が導入されていることを確認した。
【0044】
目的遺伝子の導入が確認された形質転換体系統のシュートを、スペクチノマイシン(500mg/L)を含有するRM培地に移植することにより、発根ならびに植物体への分化を促進した。再生した植物体の緑葉から全DNAを調製し、サザンブロッティングにより遺伝子導入型葉緑体DNAのホモプラズミシティーを調べた。
【0045】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)の表現型
pCPEG01を導入した葉緑体形質転換タバコ(CPEG01-1)のRM培地上での表現型を野生型(非形質転換タバコ)と比較したところ、可視的な生育異常は認められなかった(図2)。
【0046】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)からの耐熱性β-1,4-EGの抽出
葉緑体形質転換タバコからの耐熱性β-1,4-EGまたは改変耐熱性β-1,4-EGの抽出は、以下の二段階抽出法または一段階抽出法によって行った。
(二段階抽出法)
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)の緑葉200mgあたりに、1mlのタンパク質抽出バッファー(50mM Hepes-KOH(pH7.5)、10mM 酢酸カリウム、5mM 酢酸マグネシウム、1mM EDTA、1mM DTT、2mM PMSF)を加え、4℃に冷却した乳鉢および乳棒を用いて摩砕した。その摩砕液をエッペンドルフチューブに移し、4℃、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。この遠心分離作業を2回繰り返し、全可溶性タンパク質を含む上清画分を得た。その上清画分を12% SDS-PAGEにかけ、クーマシーブリリアントブルー(CBB)染色した(図3、左側レーン1および2、WTは野生型(非形質転換)タバコから得た画分の泳動図、Mは分子サイズマーカー)。また、同じ上清画分を85℃にて20分間加熱した後、同様にして4℃、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。その上清画分を12% SDS-PAGEにかけ、CBB染色した(図3、右側レーン1および2)。
その結果、野生型タバコには産生しておらず、形質転換タバコのみで産生している分子サイズ43kDに相当するタンパク質が認められ、このように加熱処理した上清画分を耐熱性β-1,4-EGの部分精製画分とした。
【0047】
(一段階抽出法)
CPEG01の緑葉に、85℃に加熱したタンパク質抽出バッファー(50mM Hepes-KOH(pH7.5)、10mM酢酸カリウム、5mM酢酸マグネシウム、1mM EDTA)を加え、85℃に加熱した乳鉢および乳棒を用いて摩砕した。その摩砕液をエッペンドルフチューブに移し、さらに20分間85℃に維持した。加熱処理後、室温、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。この遠心分離作業を2回繰り返して得られた上清画分を12% SDS-PAGEにかけ、CBB染色した(図4)。
その結果、上記の二段階抽出法で得られた画分と同様に、形質転換タバコのみで産生している分子サイズ43kDに相当するタンパク質が認められ(図4: レーン1−3は異なる葉から抽出したサンプルである)、この上清画分を耐熱性β-1,4-EGの部分精製画分とした。
【0048】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)における耐熱性β-1,4-EGの蓄積量の測定
前記の二段階抽出法により調製した全可溶性タンパク質を含む画分、および、大腸菌(Escherichia coli)で大量発現させた後にカラム精製した耐熱性β-1,4-EGサンプル(大腸菌β-1,4-EG:前掲のKashima et al.)の希釈系列を、12% SDS-PAGEで分離し、Hybond ECLメンブレン(GE Healthcare社)にブロッティングした。そのメンブレンを抗-大腸菌β-1,4-EGウサギ血清中、室温にて1時間インキュベートした後、西洋ワサビペルオキシダーゼ結合型の抗−ウサギIgG抗体と室温にて1時間反応させた。シグナルの検出には、ECL-plus(GE Healthcare社)を用いた。
【0049】
その結果、葉緑体DNA形質転換タバコ(CPEG01)の緑葉では、細胞全体の総可溶性タンパク質の10重量%を超える量で耐熱性β-1,4-EGが蓄積していることが判明した。
【0050】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)から抽出した耐熱性β-1,4-EGの活性測定
耐熱性β-1,4-EGの酵素活性は、以下のようにして測定した。
0.5重量%のカルボキシメチルセルロース(CMC)を基質として、100mMアセテート緩衝液(pH5.6)に酵素液(一段階抽出法によりCPEG01から調製した部分精製画分、または前掲の大腸菌から精製した酵素)を総タンパク質濃度として2.5μg/μlの濃度で加え、85℃にて10分間反応させた。基質であるCMCが加水分解させて生成した還元糖の量を、Somogi−Nelson法の改良法(前掲のKashima et al.)を用いて測定した。
【0051】
その結果、それぞれの酵素活性(加えた総タンパク質質量(μg)あたり、単位時間内に生成した還元糖のモル数)は、
大腸菌から精製した酵素 5.9×10-10モル・μg-1・S-1
葉緑体形質転換タバコからの部分精製画分酵素 4.4×10-10モル・μg-1・S-1
であることが判明し、葉緑体形質転換タバコから調製した耐熱性β-1,4-EGの活性は、精製酵素の活性の約75%に達することが示された。
【0052】
葉緑体形質転換タバコ(CPEG01)の乾燥葉から抽出した耐熱性β-1,4-EGの活性測定
CPEG01の緑葉を切除し、室温にて2週間乾燥させた。
85℃に加熱した50mM Tris-HCl(pH8.0)バッファーを、葉の乾燥重量100mgあたり4ml加え、粉砕した。粉砕には85℃に加熱した乳鉢、乳棒を用いた。粉砕液をエッペンドルフチューブに移し、85℃にて20分間インキュベーションした。加熱処理後、室温、20,000×gにて5分間の遠心分離を行い、上清を回収した。この遠心分離作業を2回繰り返し、耐熱性β-1,4-EGの部分精製画分を得た。この画分を12% SDS-PAGEにかけ、CBB染色して解析した結果を図5に示す(レーン E coli.は大腸菌から精製した酵素、CPEG01は形質転換植物から得た画分の泳動図、Mは分子サイズマーカー)。部分精製した酵素の収量は、乾燥葉1gあたり20mg以上と見積もられた。
【0053】
それぞれの画分の酵素活性は、
大腸菌から精製した酵素 6.0×10-10 モル・μg-1・S-1
葉緑体形質転換タバコからの部分精製画分酵素 5.0×10-10 モル・μg-1・S-1
であることが判明し、葉緑体形質転換タバコの乾燥葉から調製した耐熱性β-1,4-EGの活性は、精製酵素の活性の約80%以上に達することが示された。
これらの結果は、形質転換植物で発現させた耐熱性酵素は、乾燥させた植物体からなる酵素製剤として、運搬・保存し、そのままでセルロース系バイオマスに適用してバイオエタノール原料である二糖や単糖等の生産に利用できることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は食用にならない植物、あるいは食用の植物であっても非可食部において細胞壁成分糖化酵素を大量に発現できるシステムであり、本発明によれば、正常に生育しつつ大量に細胞壁分解成分糖化酵素を産生することができ、また、特定条件下では自己を構成するセルロース成分をグルコースまで効率的に分解し得る自己溶解型のトランスジェニック植物を得ることができ、バイオエタノールの原料となる二糖類や単糖類を効率的に製造することができ、このような燃料、化学産業、地球環境関連産業において利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】トランスジェニック植物の作製に用いたターゲティングベクターの概略図である。
【図2】野生型植物とトランスジェニック植物との生育状態を比較する写真である。
【図3】野生型植物とトランスジェニック植物とから粗抽出した可溶性タンパク質画分の泳動図である。
【図4】トランスジェニック植物から粗抽出した可溶性タンパク質画分の泳動図である。
【図5】トランスジェニック植物の乾燥葉から抽出した可溶性タンパク質画分の泳動図である。
【配列表フリーテキスト】
【0056】
SEQ ID NO: 1
Amino acid sequence of thermostable beta-1,4-endoglucanase derived from Pyrococcus Horikoshii.
SEQ ID NO: 2
Nucleotide sequence of thermostable beta-1,4-endoglucanase derived from Pyrococcus Horikoshii.
SEQ ID NO: 3
Nucleotide sequence of modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 4
Nucleotide sequence of modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 5
Forward primer for PCR-amplifying polynucleotide encoding modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 6
Reverse primer for PCR-amplifying polynucleotide encoding modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
SEQ ID NO: 7
Reverse primer for PCR-amplifying polynucleotide encoding modified thermostable beta-1,4-endoglucanase.
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体内で生産するトランスジェニック植物。
【請求項2】
該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である請求項1記載のトランスジェニック植物。
【請求項3】
該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである請求項2記載のトランスジェニック植物。
【請求項4】
該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である請求項3記載のトランスジェニック植物。
【請求項5】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる請求項4記載のトランスジェニック植物。
【請求項6】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、
配列表の配列番号:1のアミノ酸配列からなるポリペプチド、または、
配列番号:1のアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド
からなる請求項4または5に記載のトランスジェニック植物。
【請求項7】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、請求項6に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5または6のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項8】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、配列表の配列番号:2のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5ないし7のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項9】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:3のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5ないし7のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項10】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:4のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5ないし7のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項11】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質を、細胞全体の総可溶性タンパク質の10重量%を超える量で蓄積する請求項4ないし10のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項12】
該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される請求項1ないし11のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項13】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物から得られる植物細胞壁成分糖化酵素製剤。
【請求項14】
該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織、新鮮組織の乾燥物、新鮮組織の凍結乾燥物、酵素抽出液、酵素抽出液の乾燥物および酵素抽出液の凍結乾燥物ならびにそれらの粉末よりなる群から選択される請求項13記載の製剤。
【請求項15】
該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織の乾燥物粉末である請求項14記載の製剤。
【請求項16】
植物細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法であって、
(i)微生物から植物細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、
(ii)クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、
(iii)該ベクターをパーティクルガンで植物の組織に導入し、
(iv)組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで
(v)生育した植物体から植物細胞壁成分糖化酵素製剤を得る
工程からなる該生産方法。
【請求項17】
該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である請求項16記載の生産方法。
【請求項18】
該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである請求項17記載の生産方法。
【請求項19】
該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である請求項18記載の生産方法。
【請求項20】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる請求項19記載の生産方法。
【請求項21】
該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される請求項16ないし20のいずれか1項に記載の生産方法。
【請求項1】
植物細胞壁成分糖化酵素を葉緑体内で生産するトランスジェニック植物。
【請求項2】
該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である請求項1記載のトランスジェニック植物。
【請求項3】
該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである請求項2記載のトランスジェニック植物。
【請求項4】
該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である請求項3記載のトランスジェニック植物。
【請求項5】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる請求項4記載のトランスジェニック植物。
【請求項6】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、
配列表の配列番号:1のアミノ酸配列からなるポリペプチド、または、
配列番号:1のアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸残基が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド
からなる請求項4または5に記載のトランスジェニック植物。
【請求項7】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、請求項6に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5または6のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項8】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼが、配列表の配列番号:2のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5ないし7のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項9】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:3のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5ないし7のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項10】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼの改変タンパク質が、配列表の配列番号:4のポリヌクレオチド、または、そのポリヌクレオチドに相補的な配列を有するポリヌクレオチドにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによりコードされる請求項5ないし7のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項11】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質を、細胞全体の総可溶性タンパク質の10重量%を超える量で蓄積する請求項4ないし10のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項12】
該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される請求項1ないし11のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物。
【請求項13】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載のトランスジェニック植物から得られる植物細胞壁成分糖化酵素製剤。
【請求項14】
該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織、新鮮組織の乾燥物、新鮮組織の凍結乾燥物、酵素抽出液、酵素抽出液の乾燥物および酵素抽出液の凍結乾燥物ならびにそれらの粉末よりなる群から選択される請求項13記載の製剤。
【請求項15】
該製剤がトランスジェニック植物の新鮮組織の乾燥物粉末である請求項14記載の製剤。
【請求項16】
植物細胞壁成分糖化酵素製剤の生産方法であって、
(i)微生物から植物細胞壁成分糖化酵素をコードする遺伝子をクローニングし、または、クローニングしたその遺伝子を改変し、
(ii)クローニングした遺伝子またはそれを改変した遺伝子を、植物の葉緑体DNAに該遺伝子が相同組換えによって組み込まれるように調製した適当なベクターに組み込み、
(iii)該ベクターをパーティクルガンで植物の組織に導入し、
(iv)組換え体を選抜して植物体まで生育させ、ついで
(v)生育した植物体から植物細胞壁成分糖化酵素製剤を得る
工程からなる該生産方法。
【請求項17】
該植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性酵素である請求項16記載の生産方法。
【請求項18】
該耐熱性の植物細胞壁成分糖化酵素が耐熱性セルラーゼである請求項17記載の生産方法。
【請求項19】
該耐熱性セルラーゼが耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼまたはその改変タンパク質である請求項18記載の生産方法。
【請求項20】
該耐熱性β-1,4-エンドグルカナーゼがパイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の遺伝子によりコードされる請求項19記載の生産方法。
【請求項21】
該植物が、タバコ(Nicotiana tabacum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ペチュニア(Petunia)、イネ(Oryza sativa)、ダイズ(Glycine max)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、キャベツ(Brassica oleracea L.)、レタス(Lactuca sativa)、ニンジン(Daucus carota)、ワタ(Gossypium spp.)、アオウキクサ(Spirodela perpusilla)よりなる群から選択される請求項16ないし20のいずれか1項に記載の生産方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【公開番号】特開2009−39075(P2009−39075A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−209947(P2007−209947)
【出願日】平成19年8月10日(2007.8.10)
【出願人】(507271330)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年8月10日(2007.8.10)
【出願人】(507271330)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]