説明

耐食性ステンレス鋼の製造方法

【課題】本発明の目的は、未固溶の炭化クロムの残留量をできるだけ抑制して耐食性を向上させた耐食性ステンレス鋼の製造方法を提供することにある。
【解決手段】ステンレス鋼を熱間圧延、焼鈍後冷間圧延する熱処理工程と、熱処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で950℃以上の温度で所定時間加熱後焼入して炭化クロム量を0.3重量%未満とする焼入処理工程と、焼入処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で450℃以下の温度で所定時間焼戻する焼戻処理工程とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性を必要とするステンレス鋼の熱処理方法であって、ステンレス鋼中の炭化クロムを0.3重量%未満に抑えてステンレス鋼に耐食性を付与することを特徴とする耐食性ステンレス鋼の製造方法である。
【背景技術】
【0002】
自動織機ウォータージェットルーム(以下、WJLとする)に装着される筬羽やヘルドなどの織機部品は、製織中、繊維と接触した状態で300〜800rpmの高速回転で動作するために、耐摩耗性が要求される。特に、酸化チタンを含有するポリエステル糸などを製織する場合は、繊維接触部に摩耗損傷が発生し、糸切れ、毛羽立ちを起こすために織機部品の早期交換が必要となる。また、織機部品は緯糸挿入の水しぶきによる湿潤環境下で使用することになるために、WJL用水(地下水、水道水)に対する耐食性が必要である。WJLのステンレス鋼製部品ヘルドにおいて、糸のサイジング剤である樹脂の付着物とヘルド間にすきま腐食が発生することが報告された(非特許文献1)。この腐食損傷も、上記摩耗損傷と同様、製織中、糸切れ、毛羽立ちを起こし、織布品のたて筋の原因となる。
【0003】
従来、筬羽にはオーステナイト系ステンレス鋼のSUS301、ヘルドにはマルテンサイト系ステンレス鋼のSUS420J2が使用されてきた。しかし、SUS301は摩耗が早く、また、SUS420J2は錆が発生しやすく耐食性に問題があった。この問題点を解決するために様々なステンレス鋼が開発されている。例えば、フェライト系ステンレス鋼、二相系ステンレス鋼(特許文献1)、Cr量を増加し、Mo、Niなどの耐食性元素を添加したオーステナイト系ステンレス鋼(特許文献2)がある。しかし、これらは、織機部品として必要な耐食性、摩耗性そして低価格を満足するものではないために、普及していない。最近、金属腐食対策目的に開発された樹脂製ヘルドは、部品の軽量化により織機の高速運転が可能になったが、縦糸を通過させる貫通口(以下、メールとする)部が伸長するなどの問題がある。
【0004】
耐摩耗性を必要とするステンレス鋼において、耐食性を向上させ、繊維部品として安価に供給できる材料が望まれる。そこで、ヘルド材の使用実績のある耐摩耗性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼に着目した。マルテンサイト系ステンレス鋼は、オーステナイト相の温度域にまで加熱してから急冷(焼入)することで、マルテンサイト組織が得られ硬化するステンレスである。耐摩耗性を付与するには、化学組成のC量を増加した材料を加熱焼入してマルテンサイト変態を利用して、硬さを向上させる。一方、Crはステンレスの耐食性を向上させる元素であるが、熱処理条件によってはCと結合し炭化クロムを析出して耐食性が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−110647
【特許文献2】特開2003−105504
【特許文献3】特開平9−87944
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】中津美智代他:Zairyo−to−Kankyo, 55, 495(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在市販されるマルテンサイト系ステンレス鋼製の織機部品ヘルドの材質調査をおこなったところ、炭化クロムが1〜2重量%と多く含まれており、さらに詳細な調査から、これは加熱焼入が原因による未固溶の炭化クロムであることがわかった。未固溶の炭化クロムが残る場合、ステンレス鋼中の有効なクロム量減少やクロム欠乏層生成となり、結果的に、耐食性が著しく低下する。よって、本発明の目的は、未固溶の炭化クロムの残留量をできるだけ抑制して耐食性を向上させた耐食性ステンレス鋼の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記の問題点を解決するために鋭意研究を行った結果、以下の内容でステンレス鋼の耐食性を向上できることを見出し、本発明を成すに至った。本請求項1に係る発明は、ステンレス鋼を熱間圧延、焼鈍後冷間圧延する熱処理工程と、熱処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で950℃以上の温度で所定時間加熱後焼入して炭化クロム量を0.3重量%未満とする焼入処理工程と、焼入処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で450℃以下の温度で所定時間焼戻する焼戻処理工程とを備えたことを特徴とする。
【0009】
本請求項2に係る発明は、請求項1に記載の製造方法において、加熱処理前の前記ステンレス鋼は、化学組成が、C0.16〜0.40重量%、Cr 11.5〜14重量%、Si 0.5重量%以下、Mn 0.5重量%以下を含み残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0010】
本請求項3に係る発明は、請求項1又は2に記載の製造方法において、前記炭化クロムは、未固溶となる炭化クロムであって、クロムを主成分とするM23型の炭化物であることを特徴とする。
【0011】
請求項4に係る発明は、請求項1から3のいずれかに記載の製造方法により焼戻されたステンレス鋼を用いて部品に形成する部品形成工程を備えたことを特徴とする。
【0012】
本請求項5に係る発明は、請求項4に記載の製造方法により製造された織機部品。
【発明の効果】
【0013】
ステンレス鋼を熱間圧延、焼鈍後冷間圧延する熱処理工程と、熱処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で950℃以上の温度で所定時間加熱後焼入して炭化クロム量を0.3重量%未満とする焼入処理工程と、焼入処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で450℃以下の温度で所定時間焼戻する焼戻処理工程とを備えたことで、耐食性に優れた耐食性ステンレス鋼を製造することができる。ガス置換しない大気中で焼入および焼戻処理工程をおこなう(特許文献3)場合、ステンレス鋼表面に酸化皮膜が形成して着色や耐食性低下となるため、この酸化皮膜を除去する必要がある。つまり、研磨、化学処理の複雑な工程が必要になる。しかし、これらの熱処理工程を不活性ガス雰囲気中でおこなう本発明は、酸化皮膜を生じず、製造工程を効率化でき、従来の熱処理設備をそのまま使用できる。よって、低コスト生産が可能となり、製品の低価格化を実現できる。本発明は、織機に装着されるステンレス鋼製部品の腐食を防止でき、織布生産のコスト低減および品質管理技術向上に大きく貢献する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において、マルテンサイト系ステンレス鋼とは、焼入処理工程の加熱焼入によってマルテンサイト組織となるステンレス鋼である。
【0015】
本発明において、不活性ガス雰囲気とは、窒素、アルゴン、ヘリウムの気体、または、これらの混合気体、および、これらに水素ガスの還元性気体を混合したものを含む。不活性ガスは、熱処理時にステンレス鋼表面に生成する酸化皮膜などのスケール生成を防止することができる。
【0016】
本発明において、クロムを主成分とするM23型の炭化物とは、Mはクロムまたは鉄原子である炭化物であり、両原子を混合する炭化物を含む。
【0017】
本発明において、所定時間加熱とは、未固溶の炭化クロムが0.3重量%未満になるために要する時間であり、ステンレス材料の大きさ、形状、重量、さらに、熱処理炉の形状によって限定される。
【0018】
本発明において、焼入処理工程とは、ステンレス鋼を不活性ガス雰囲気下、950℃以上の温度で10分間以上、好ましくは1000℃以上の温度で15分から30分間加熱後、直ちに、水、油、液体窒素中に加熱したステンレス鋼を投入して急冷することである。この急冷は、水、油、液体窒素を媒体とした間接的冷却も含む。処理設備は、バッチ式真空炉、連続式電気炉の設備を使用できる。焼入処理工程後に焼戻を行うが、焼戻の温度条件である450℃以下では、未固溶の炭化クロムが減少しないため、焼入処理工程において炭化クロムを0.3重量%未満にする必要がある。また、焼入とは、マルテンサイト系ステンレス鋼に施される熱処理であり、鋼をオーステナイト化温度にまで加熱して鋼中の炭化クロムを金属基地に固溶した後急冷する。このオーステナイト相となる温度は鋼の炭素とクロムの化学組成から決定される。本発明の加熱処理前のステンレス鋼の化学組成C 0.16〜0.40重量%、Cr 11.5〜14重量%では、加熱温度950℃以上がオーステナイト化領域と考えられる。
【0019】
本発明において、焼戻処理工程とは、ステンレス鋼を不活性ガス雰囲気下、450℃以下の温度で10分間未満、好ましくは300℃以下の温度で30秒から10分間加熱後、直ちに冷却することである。冷却は、ステンレス鋼を水、油、液体窒素、大気中に投入する、または、これらを媒体とした間接的冷却も含む。500から650℃の加熱温度域では、材料中に炭化クロムが析出してクロム欠乏域が生成する鋭敏化がおこり著しく耐食性が低下する。これを避けるために、450℃以下の加熱温度とすることが必要である。700℃から800℃の加熱温度では、耐摩耗性が低下するために織機部品製造法としては不適切である。
【0020】
本発明において、加熱焼入後の未固溶の炭化クロムが0.3重量%未満であっても、その後の焼戻により、M23、M、MC(Mはクロムまたは鉄の金属原子)のクロムを主成分とする炭化物が再析出することがある。しかし、織機部品の耐すきま腐食性を期待する場合は、焼戻後の炭化クロム量を0.5重量%以内とすることが望ましい。炭化クロム量を0.5重量%以内とするには、不活性ガス雰囲気中で、300℃以下の温度で1〜5分間焼戻する焼戻処理工程が望ましい。
【0021】
本発明において、部品形成工程とは、目的とする織機部品の形状にすることであり、プレス加工、研磨、表面処理の工程を含む。
【実施例】
【0022】
以下の実施例により、本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0023】
表1に示す各合金成分を真空溶解し、熱間鍛造、熱間圧延、冷間圧延を経て厚さ2mmのステンレス板を作製した。これを試験片として50mm×幅5mm×厚み2mmに切断した。これを、アルゴンガス置換したアルミナ管状炉中、1050℃で10分加熱後水冷し、さらに400℃、1分の焼戻をおこなった。加熱水冷後の試験片の炭化クロム析出量は、無水マレイン酸メタノール溶液中電解抽出をおこない、不溶成分を0.2μmのメンブランフィルターで回収して重量を求めた。硬さはビッカース硬度計を用いて測定した。熱処理後試験片を研磨後、純水、アセトンの順で洗浄して腐食試験をおこなった。腐食試験は、1000ppm塩化物イオン溶液中に試験片を浸漬し48時間後の腐食発生有無を目視観察した。
【実施例2】
【0024】
表1の実施例2に示す各合金成分を実施例1と同様の加工と熱処理をおこなった。また、実施例1と同様の方法で炭化クロム量、硬さ測定、腐食試験をおこなった。
[比較例1]
表1の比較例1に示す各合金成分を実施例1と同様の加工と熱処理をおこなった。また、実施例1と同様の方法で炭化クロム量、硬さ測定、腐食試験をおこなった。
[比較例2]
表1の比較例2に示す各合金成分を実施例1と同様の加工と熱処理をおこなった。また、実施例1と同様の方法で炭化クロム量、硬さ測定、腐食試験をおこなった。
[比較例3]
表1の比較例3に示す各合金成分を実施例1と同様の加工と熱処理をおこなった。また、実施例1と同様の方法で炭化クロム量、硬さ測定、腐食試験をおこなった。
【表1】

【0025】
試験片の炭化クロム量は、実施例1および実施例2と比較例2において、0.3重量%未満となった。比較例1および比較例3は、炭化クロム量が、0.3重量%以上であるために腐食試験においても孔食が発生したものと考えられた。比較例2において、炭化クロム量が0.27重量%と0.3重量%未満であったが、孔食が発生した。合金組成のクロムが11%と低いことから耐食性が低下したものと考えられた。
【実施例3】
【0026】
表1の実施例2に示す各合金成分を実施例1と同様の加工により厚さ2mmのステンレス板を作製した。これを試験片として50mm×幅5mm×厚み2mmに切断した。この試験片を表2に示す条件で、焼入処理工程、次に、焼戻処理工程の熱処理をおこなった。熱処理はアルゴンガス雰囲気下、アルミナ管状炉でおこなった。熱処理後の試験片は、研磨後、純水、アセトンの順で洗浄して腐食試験をおこなった。腐食試験は、6.8%硝酸溶液中、20℃、56時間の浸漬をおこない、侵食深さを測定した。炭化クロム量は実施例1と同様の方法で分析した。
[比較例4]
表1の実施例2に示す各合金成分を表2に示す条件で焼入処理工程、次に、焼戻処理工程の熱処理をおこなった。熱処理後の試験片は、実施例3と同様に腐食試験、炭化クロム量の分析をおこなった。
[比較例5]
表1の実施例2に示す各合金成分を表2に示す条件で焼入処理工程、次に、焼戻処理工程の熱処理をおこなった。熱処理後の試験片は、実施例3と同様に腐食試験、炭化クロム量の分析をおこなった。
[比較例6]
表1の実施例2に示す各合金成分を表2に示す条件で焼入処理工程、次に、焼戻処理工程の熱処理をおこなった。熱処理後の試験片は、実施例3と同様に腐食試験、炭化クロム量の分析をおこなった。
[比較例7]
表1の実施例2に示す各合金成分を表2に示す条件で焼入処理工程、次に、焼戻処理工程の熱処理をおこなった。熱処理後の試験片は、実施例3と同様に腐食試験、炭化クロム量の分析をおこなった。
【表2】



【0027】
実施例3は、炭化クロム量が0.22重量%で、侵食深さ0μmの優れた耐食性を示した。比較例4は、炭化クロム量が1.6重量%で、50μmの侵食となった。これは、加熱時間が2分と短いために、未固溶の炭化クロムが残留して耐食性低下となったと考えられた。比較例5は、加熱温度が900℃と低いために、未固溶の炭化クロムが残留して、耐食性が低下した。比較例6は、焼入処理工程後の炭化クロム量が0.25重量%であったが、焼戻処理工程で加熱温度が550℃のために、試験片が鋭敏化して侵食が深くなったと考えられた。不活性ガス雰囲気でなく大気下で熱処理をおこなった比較例7は、表面酸化皮膜が生成し、炭化クロムに加えて窒化クロムも生成して耐食性が低下した。
【実施例4】
【0028】
表1に示す実施例2の各合金成分を真空溶解し、熱間鍛造、熱間圧延、焼鈍、冷間圧延を経て厚さ0.3mmのステンレス板を作製した。次に、表2の実施例3の焼入処理工程、焼戻処理工程後、ヘルド(長さ300mm×幅2mm×厚み0.3mm)にプレス加工した。この製作したヘルドを各々WJL実機に15,000本装着し、湿度70%、25度の室温でポリエステル布の製織試験をおこなった。WJLは、2ヶ月間、24時間連続稼働し、WJLに使用した水は、水道水である。2ヶ月後、ヘルドをWJLから外して、ヘルド表面の樹脂、付着汚れを除去後、目視観察をおこない、すきま腐食発生を確認した。試験結果を表3に示す。
[比較例8]
実施例4と同様に加工した厚さ0.3mmのステンレス板を、表2の比較例4の焼入処理工程、焼戻処理工程後、ヘルド(長さ300mm×幅2mm×厚み0.3mm)にプレス加工した。この製作したヘルドを実施例4と同様にWJL実機で製織試験をおこなった。試験結果を表3に示す。

【表3】

【0029】
表3の結果から、ステンレス鋼製ヘルドの炭化クロム量を0.3重量%未満にすることで、すきま腐食の発生が抑制することが確認された。


【符号の説明】
【0030】
なし


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼を熱間圧延、焼鈍後冷間圧延する熱処理工程と、熱処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で950℃以上の温度で所定時間加熱後焼入して炭化クロム量を0.3重量%未満とする焼入処理工程と、焼入処理されたステンレス鋼を不活性ガス雰囲気中で450℃以下の温度で所定時間焼戻する焼戻処理工程とを備えたことを特徴とする耐食性ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
加熱処理前の前記ステンレス鋼は、化学組成が、C 0.16〜0.40重量%、Cr 11.5〜14重量%、Si 0.5重量%以下、Mn 0.5重量%以下を含み残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記炭化クロムは、未固溶となる炭化クロムであって、クロムを主成分とするM23型の炭化物であることを特徴とする請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の製造方法により焼戻されたステンレス鋼を用いて部品に形成する部品形成工程を備えたことを特徴とする織機部品の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の製造方法により製造された織機部品。


【公開番号】特開2011−74455(P2011−74455A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−227346(P2009−227346)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年5月8日 社団法人腐食防食協会発行の「材料と環境2009講演集」に発表
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【Fターム(参考)】