説明

肝臓疾患診断用マーカー蛋白質およびそれを利用した肝臓疾患診断方法

プロテインチップテクノロジーを利用して血清等生体試料のプロテオーム解析を行い、習慣飲酒に伴って増減するヒトフィブリノーゲンα−E鎖(Fibrinogen α−E Chain)の分解産物であって分子量5,900の蛋白質、アポリポプロテインAII(Apolipoprotein AII)の分解産物であって分子量7,800の蛋白質およびアポリポプロテインAI(Apolipoprotein AI)であって分子量28,000の蛋白質を新たに見出し、これらの蛋白質の検出あるいは定量により問題飲酒者等の肝臓疾患を早期に診断することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、プロテインチップテクノロジーを利用した血清試料のプロテオーム解析の結果、習慣飲酒に伴って増減し従って肝臓疾患診断用マーカー蛋白質として利用できることが見出された複数の血清蛋白質およびそれらの蛋白質の存否の検出あるいは定量により問題飲酒者等の肝臓疾患発症可能性、肝臓疾患、肝臓疾患の予後等を診断する方法に関するものである。
【背景技術】
アルコールによる臓器障害の診断の第一歩は正確な飲酒歴の把握であるが、アルコール依存は否認の病気といわれ、常習飲酒家が、その飲酒量を正確に申告しないのは古今東西変わりがない。従って、その裏づけとなる客観的なマーカーが必要である。習慣飲酒のマーカーとして最も広く測定されているのはγ−GTP(GGT)であるが、飲酒家がGGT高値を示す場合でも、その値は肝障害の重症度や積算飲酒量とは必ずしも相関せず、またアルコール飲用後のGGTの変化には個体差があり、大量飲酒後にも増加しないいわゆるノンリスポンダーが相当数存在する。
一方、飲酒習慣がない場合でも肥満に伴う脂肪肝、ある種の薬剤の常用者など飲酒以外の要因でGGTが上昇する場合も多く、人間ドック等などにおいてGGT高値、即ち飲酒家といった短絡的指導が行われる場合も少なくない。従って、GGTに相補的な検査として糖鎖欠損トンランスフェリン(CDT)が北欧の研究者達により開発され、欧米の文献ではその有用性が強調されているが、日本人を対象とした成績では飲酒マーカーとしてのCDTはGGTのノンレスポンダーの10%程度を拾いあげるにとどまっている。
エタノールの第一代謝産物であるアセトアルデヒドは反応性に富み、種々の蛋白との間で各種のアセトアルデヒド付加体を形成する。例えばアセトアルデヒド−ヘモグロビン付加体をHPLCなどにより検出する試みがなされている。糖尿病におけるHbA1cのように飲酒量を過去にさかのぼって推測しうる興味深いマーカーと期待されるものもあるが、感度に難があり実用化していない。
習慣飲酒は慢性肝障害の2大要因のひとつである。わが国の肝硬変症例において、純粋にアルコールのみに起因する症例の割合は10〜15%に過ぎないとされている。しかし、これは主として大学病院などを対象にして得られたデータであり、200万人を超えると予想されるアルコール依存症の存在を考えると、医療機関を受診する機会がないアルコール性肝障害患者が多数潜在していると予想される。また、習慣飲酒は脳出血、高血圧、痛風などの増悪因子でもあり、問題飲酒者を早期にかつ的確にスクリーニングすることは極めて重要である。しかし、上記のように、現在存在するいわゆる飲酒マーカーにおいて感度・特異度において決定的なものはなく、新たなマーカーを検索することが求められている。
網羅的発現タンパク解析の手法として一般的なのは二次元タンパク電気泳動であるが、低分子量蛋白またはペプチドの検出に難がある。近年、surface enhanced laser desorption ionization(SELDI)と飛行型質量分析計を組み合わせたプロテインチップテクノロジーが米国Ciphergen社により開発され、新規腫瘍マーカーの検出など臨床応用が始まっている。従ってこれらのプロテオミクス技術などを活用して網羅的に新たなマーカーを検索することが求められている。
【発明の開示】
本発明は、問題飲酒者などの肝臓疾患を早期にしかも的確にスクリーニングしうる新規マーカーを見出し、その測定系を確立し、医療に役立てることを課題としている。
本発明者らは上記の課題に関して鋭意検討した結果、本発明を完成した。即ち、本発明者らはプロテインチップテクノロジーを応用し、断酒目的に入院したアルコール依存症患者において経時的に採取された血清検体を用い、習慣飲酒に伴って増減する新規の血清蛋白を同定することに成功した。そしてこれらの血清蛋白は肝臓疾患診断マーカー蛋白質として利用できることを見出し本発明を完成させた。
従って、本発明は、ヒトフィブリノーゲンα−E鎖(Fibrinogen α−E Chain)の分解産物であって分子量5,900の蛋白質(5.9kDa蛋白質)、アポリポプロテインAII(Apolipoprotein AII)の分解産物であって分子量7,800の蛋白質(7.8kDa蛋白質)、アポリポプロテインAI(Apolipoprotein AI)であって分子量28,000の蛋白質およびこれらの蛋白質の変異体であってこれらと同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有する変異体から選ばれる肝臓疾患診断用マーカー蛋白質に関するものである。
更に本発明は、肝臓疾患が疑われる患者から得た検体中の、上記肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の存否を検出しあるいはその量を測定して、肝臓疾患発症可能性、肝臓疾患あるいは肝臓疾患の予後を診断する方法に関するものである。
更に本発明は、配列表の配列番号1のアミノ酸配列を有する新規蛋白質またはその変異体であって該蛋白質と同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有し且つ該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質もしくは配列番号1のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である変異体に関するものである。
更に本発明は、配列表の配列番号2のアミノ酸配列を有する新規蛋白質またはその変異体であって該蛋白質と同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有し且つ該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質もしくは配列番号2のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である変異体に関するものである。
更に本発明は、上記の蛋白質またはそれらの変異体の測定方法であって、それらの蛋白質または変異体に対する抗体を用いて免疫測定法により測定する測定方法に関するものである。
【図面の簡単な説明】
図1は、Ciphergen社のプロテインチップシステムを利用し、SAXIIチップを使用して測定されたアルコール性肝障害患者血清の測定結果である。ピークの高さの減少から入院時、1週間後、3ヶ月後と経時的に28kDa蛋白質(Apolipoprotein AI)が血清中から徐々に低下していることがわかる。
図2は、図1と同様にWCXIIチップを使用して測定したアルコール性肝障害患者血清の測定結果である。入院時から治療に伴い経時的に、(1)5.9kDa蛋白質、(2)7.8kDa蛋白質の血中濃度が上昇している様子がわかる。
図3は、図1と同様にWCXIIチップを使用して測定した健常人血清の測定結果である。(1)5.9kDa蛋白質、(2)7.8kDa蛋白質は一定の高値を示しており、図2と比較することにより、同蛋白質が疾患によって低下したことがわかる。
図4は、SDS−PAGEによる7.8kDa蛋白質及び28kDa蛋白質の電気泳動結果である。サンプル中に目的蛋白質を含むことがわかる。
図5は、合成された5.9kDa蛋白質の質量分析値とHPLCのデータを示す。質量分析値は、理論値に一致していることがわかる。
図6は、Ciphergen社のプロテインチップシステムを利用し、WCXIIプロテインチップアレイを用いて、合成された5.9kDa蛋白質と飲酒しない患者血清検体のデータを比較したものである。両者とも、5.9kDaにピークを有し、同一した挙動を示した。
図7は、種々の飲酒量の健常人や患者で、血清検体を、Ciphergen社のプロテインチップシステムを利用し、WCXIIプロテインチップアレイを用いて5.9kDaのピークの大小を測定したものである。飲酒量依存的に、ピークが小さくなることが判明した。
図8は、検体として種々の濃度の5.9kDa蛋白質を含むものを用い、EIA法(サンドイッチELISA法)により吸光度を測定したものである。横軸は5.9kDa蛋白質の濃度を示し、縦軸は測定された吸光度を示す。5.9kDa蛋白質の濃度依存的に、吸光度の上昇がみられる。すなわち、検体中の5.9kDa蛋白質の濃度をEIA法により測定できることを示している。
発明を実施するための形態
以下に本発明を更に詳細に説明する。
本発明により肝臓疾患診断用マーカー蛋白質として利用できることが見出された蛋白質は、ヒトフィブリノーゲンα−E鎖(Fibrinogen α−E Chain)の分解産物であって分子量5,900の蛋白質(以下5.9kDa蛋白質という)、アポリポプロテインAII(Apolipoprotein AII)の分解産物であって分子量7,800の蛋白質(以下7.8kDa蛋白質という)およびアポリポプロテインAI(Apolipoprotein AI)であって分子量28,000の蛋白質(以下28kDa蛋白質という)である。これらの5.9kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質および28kDa蛋白質は、それぞれ配列表の配列番号1、2および3に示すアミノ酸配列を持つ蛋白質である。
次にそれぞれの蛋白質を説明する。5.9kDa蛋白質はヒトFibrinogen α−E Chainの分解産物であり、54個のアミノ酸よりなる蛋白質であって、その理論分子量は5904.2である。7.8kDa蛋白質はヒトのApolipoprotein AII分解産物であり、68個のアミノ酸よりなる蛋白質であって、その理論分子量は7753.8である。また28kDa蛋白質はApolipoprotein AIであり、243個のアミノ酸よりなる蛋白質であって、理論分子量28078.8である。これら蛋白質の中、5.9kDa蛋白質および7.8kDa蛋白質については、その血中の存在、肝障害等における臨床的意義が明らかになったのは本発明が初めてであって、新規蛋白質並びに新規マーカー物質である。また28kDa蛋白質であるApolipoprotein AIは既知の蛋白質であり、脂質代謝における臨床的意義が確立して臨床的に測定されてきたものである。
本発明により肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能が見出された5.9kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質および28kDa蛋白質は、配列表に示したアミノ酸配列を有するもののみに限定されるものではなく、同様に肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有するそれらの蛋白質の変異体であってもよい。即ち、特に血液、組織中では多種類のエンド及びエキソプロテアーゼによって分解を受ける可能性が大きく、アミノ酸の全長や配列の長さに変化があることは十分考慮されるべきである。また組換え蛋白質作製においては発現効率を下げないために抗原性を極力変化させないようなアミノ酸変異を持たせることは定法である。よって本発明の5.9kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質および28kDa蛋白質のそれぞれのアミノ酸配列と90%以上の相同性(ここで相同性とはアミノ酸の同一性を意味する)を有する蛋白質であるそれらの変異体であってもよい。それらのアミノ酸配列の長さが15%以内で変化していても問題はなく、肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有する場合は本発明に包含される。そして好ましくは95%以上の相同性を持つ蛋白質、より好ましくは98%以上の相同性を持つ蛋白質がよい。アミノ酸配列の相同性は既に公知のソフトウエア、例えばWilber,W.J.and Lipman,D.Jらの方法(Proc.Natl.Sci.USA,80,726−730,1983)に記載の検索方法を原理とするソフトウエアを利用して検索できる。またGENETYX(ソフトウエア開発株式会社)などは市販される汎用ソフトであって簡単に利用できる。
本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質である5.9kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質および28kDa蛋白質の変異体としては、配列番号1、2および3のそれぞれのアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質であって同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有する変異体でもよい。このような変異体としては、例えば10%未満のアミノ酸残基が修飾を受けた蛋白質、好ましくは5%未満、更に好ましくは2%未満のアミノ酸残基が修飾を受けた蛋白質などが挙げられる。アミノ酸残基の修飾は、当業者に周知の遺伝子技術によりアミノ酸変異として導入することができる。また翻訳後修飾、リン酸化、アセチル化、糖鎖付加などの周知の修飾を受けた変異体も本発明の範囲に含まれる。
以上に説明した本発明により見出された肝臓疾患診断用マーカー蛋白質に基づいて肝臓疾患の診断が可能になる。即ち、肝臓疾患が疑われる患者から得た検体中の、上記肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の存否を検出しあるいはその量を測定して、肝臓疾患発症可能性、肝臓疾患あるいは肝臓疾患の予後を診断することができる。
本発明で用いることのできる検体としては、肝臓疾患が疑われる患者から採取した血清、血漿、血液、尿などが挙げられる。
本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の存否の検出あるいはその量の測定は、現在既知のあらゆる方法を採用することができる。例えば、質量分析法、免疫測定法、電気泳動法、液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法などが挙げられる。
質量分析法としては、レーザーイオン化飛行時間型質量分析計(LDI−TOF MS)により行う方法が挙げられる。レーザーイオン化飛行時間型質量分析計としては、表面増強レーザー脱離イオン化(Surface Enhanced Laser Desorption/Ionization)飛行時間型質量分析計(SELDI−TOF MS法)、マトリックス支援レーザーイオン化(Matrix−Assisted Laser Desorption/Ionization)飛行時間型質量分析計(MALDI−TOF MS法)などを例示できる。
例えば、SELDI−TOF MS法を用いる場合、Ciphergen社により開発されたプロテイン・バイオロジー・システムII・マス・スペクトロメーター(Ciphergen Biosystems,Inc)を使用することができる。この機械はSELDI(surface enhanced laser desorption ionization)と飛行型質量分析計を組み合わせたプロテインチップテクノロジーである。その詳細はWO 01/25791 A2号公報、特開2001−28122号公報等に詳しい。SELDI−TOF MS法の場合、通常、検体を、前処理した後、チップに吸着させて、SELDI−TOF MS質量計に付す。検体が血清の場合、アルブミンの吸着剤を用いるか、イオン交換チップでアルブミンが電荷をもたなくなるまでバッファーで洗浄してアルブミンを系から除去することが好ましい。
これらの方法に用いられるプロテインチップとしては、本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質を吸着できるチップであれば特に限定しない。例えば、疎水性やイオン交換などの蛋白質に親和性を持つ官能基が修飾されているチップ(ケミカルチップともいう)、目的の蛋白質に対する抗体を固定化したチップ(バイオケミカルチップ)等を例示できる。
その他の質量分析法としては、例えばESI法(Electrospray Ionization)による質量分析法が挙げられる。ESI法の場合は、プロテアーゼ処理等の前処理した検体を、高速液体クロマトグラフィー等の分離手段と直結した質量分析計に付するのが好ましいことが多い。
免疫測定法としては、本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質に対するポリクローナル抗体やモノクローナル抗体を作成し、従来知られている蛋白質を測定する方法を挙げることができる。そのような免疫測定法として、酵素免疫測定法(EIA法)、免疫比濁測定法(TIA法)、ラテックス免疫凝集法(LATEX法)、電気化学発光法、蛍光法などを例示することができる。またイムノクロマト法、試験紙を利用した方法も有効である。これらの方法は、いずれも当業者に周知の方法でありこれら周知の方法をそのまま採用することができる。
上記免疫測定法に使用できる抗体としては既に汎用されている方法により作製されるポリクローナルやモノクローナル抗体が挙げられる。これらの抗体はヒト血液由来精製蛋白質、具体的には、28kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質、5.9kDa蛋白質を免疫原(抗原)として使用することにより得ることができる。抗体を作成するためのこれらの蛋白質は、ヒト血液から精製して入手してもよいが、公知のペプチド合成技術を用い、化学合成して入手してもよい。これに限らず培養細胞などの産生蛋白質も抗原として用いることができる。更には、遺伝子工学的に作製された完全長の組換え蛋白質、それらの変異体、それらの一部分を用いることも常套手段であり、利用され得るものである。
モノクローナル抗体は、上記したさまざまな抗原、例えば、28kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質、5.9kDa蛋白質、即ち、マーカー蛋白質などを免疫原として動物を免疫し、その脾臓等に由来する抗体産生細胞と骨髄腫瘍細胞とを融合させることにより得られるハイブリドーマによって産生される。
ハイブリドーマは以下の方法によって得ることができる。即ち上述のようにして得た抗原、例えば、マーカー蛋白質をフロイントの完全、不完全アジュバント、水酸化アルミニウムアジュバント、百日咳アジュバント等既に公知のものを用いて共に混和し、感作用アジュバント液を作製して数回に分けてマウス、ラット等の動物に1〜3週間おきに腹腔内皮下または尾静脈投与することによって免疫する。感作抗原量は通常1μg〜100mgの間とされているが、一般的には50μg程度が好ましい。免疫回数は2〜7回が一般的であるがさまざまな方法が知られている。次いで脾臓等に由来する抗体産生細胞と骨髄腫瘍細胞(ミエローマ細胞)等を試験管内で融合する。融合法としては既にそれ自体公知であるケーラーとミルスタインの定法(Nature.256,495.1975)によってポリエチレングリコール(PEG)を用いることで融合できる。センダイウィルス、電気融合法によっても融合を行うことができる。
融合した細胞からマーカー蛋白質を認識する抗体を産生するハイブリドーマを選択する方法としては以下のようにして行うことができる。即ち、融合した細胞から限界希釈法によってHAT培地及びHT培地で生存している細胞により作られるコロニーからハイブリドーマを選択する。96穴ウェルなどにまかれた融合細胞からできたコロニー培養上清中にマーカー蛋白質に対する抗体が含まれている場合には、マーカー蛋白質をプレート上に固定化したアッセイプレート上に上清をのせ、反応後に抗マウスイムノグロブリン−HRP標識抗体等、2次標識抗体を反応させるELISA法により、マーカー蛋白質に対するモノクローナル抗体産生クローンを選択できる。標識抗体の標識物質にはHRPの他、アルカリ性ホスファターゼなどの酵素、蛍光物質、放射性物質等を用いることができる。またコントロールとしてブロッキング剤であるBSAのみを結合したアッセイプレートによるELISAを同時に行うことでマーカー蛋白質それぞれに対する特異的抗体のスクリーニングができることになる。つまりマーカー蛋白質プレートのいずれかで陽性であり、BSAによるELISA法で陰性のクローンを選択する。
例えば、本発明者が樹立したハイブリドーマCN−1およびCN−2はヒト5.9kDa蛋白質を特異的に認識するクローンであり、好ましい例として挙げることができる。ハイブリドーマCN−1およびCN−2は、〒305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6の独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(IPOD)にそれぞれ、平成15年12月12日に受託番号IPOD FERM BP−08564として、また平成15年12月12日に受託番号IPOD FERM BP−08565として寄託されている。
ハイブリドーマは通常細胞培養に用いられる培地、例えばα−MEM、RPMI1640、ASF、S−cloneなどで培養し、その培養上清よりモノクローナル抗体を回収することができる。ハイブリドーマが由来する動物、ヌードマウスをあらかじめプリスタン処理しておき、その動物に細胞を腹腔内注射することによって腹水を貯留させ、その腹水からモノクローナル抗体を回収することもできる。上清、腹水よりモノクローナル抗体を回収する方法としては、通常の方法を用いることができる。例えば、硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどによる塩析法やクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、プロテインAなどによるアフィニティークロマトグラフィーなどが挙げられる。
上記方法によって精製された本発明によるモノクローナル抗体によって検体中の28kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質または5.9kDa蛋白質を精密測定することができる。EIA法で検体中の28kDa蛋白質、7.8kDa蛋白質または5.9kDa蛋白質を測定する方法としては、方法それ自体は公知であり、抗体としてマーカー蛋白質に対する1種または複数のモノクローナル抗体を用いることにより行うことができる。以下にその例を記述する。初めにポリスチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ナイロン、ポリメタクリレートなどのそれ自体公知である固相に直接または間接的に物理結合や化学結合、アフィニティーを利用してマーカー蛋白質に対するモノクローナル抗体を結合させる。感作抗体量は通常1ng〜100mg/mlの範囲である。物理結合や化学結合、アフィニティーなどによって固相に結合したモノクローナル抗体に検体を加えて反応させる。一定時間反応させた後、固相を洗浄し対応する二次標識抗体(例えば、抗28kDa蛋白質2次標識抗体、抗7.8kDa蛋白質2次標識抗体、抗5.9kDa蛋白質2次標識抗体)を加えて更に2次反応させる。固相を再度洗浄し、DAB発色基質などを加え反応させる。標識物質にHRPを用いた場合、基質には既知のDAB、TMBなどを用いることができ、標識物質はこれに限定されるものではない。例えば酵素だけではなく金コロイド、ユーロピウムなどの標識金属やFITC、ローダミン、Texas Red、Alexa、GFPなどの化学的、生物的各種蛍光物質、32P、51Crなどの放射性物質など識別可能なあらゆる物質が挙げられる。
上記した免役測定法以外にも、電気泳動法、液体クロマトグラフィー(LC)法、ガスクロマトグラフィー(GC)法などによりマーカー蛋白質を測定することができる。これらの方法も既に当業者に周知であり、それらの周知の方法をそのまま採用することができる。
以上に説明した方法により、肝臓疾患が疑われる患者から得た検体中の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の存否を検出しあるいはその量を測定することにより、肝臓疾患発症可能性、肝臓疾患あるいは肝臓疾患の予後を診断することができる。本発明の診断方法は、上記した質量分析により行う場合には、質量分析計によって得られるスペクトルのパターン分析によって診断することもできる。本発明の診断方法は、例えば、習慣飲酒者や問題飲酒者が肝臓疾患を発症する可能性を診断することもでき、飲酒が要因の肝臓疾患、例えば、肝炎、肝硬変などを診断することもでき、また通常の肝臓疾患を診断することもできる。更には、肝臓疾患の治療経過などを診断することもできる。本発明の診断方法は、特にアルコール性肝障害、アルコール依存症などの診断に適している。
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
SAXIIプロテインチップアレイを用いる肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の同定
インフォームド・コンセントを行なった患者血清を使用し、SAXIIプロテインチップアレイ(Ciphergen Biosystems,Inc)を用いて血清中の新規肝傷害マーカーを検索した。SAXIIチップとはStrong Anion Exchange Chipのことであり、検体中の負電荷物質を結合させるという特徴を持っている。検体としてアルコール性肝障害患者入院直後及び禁酒後1週間、3ヶ月そして正常者の血清を用いた。
(1)方法
以下にプロテインチップアレイ実験操作法を簡単に述べる。血清サンプルは8M尿素(SIGMA)/1%CHAPS(SIGMA)溶液で10倍に希釈した。10分間氷上処理を行なった後、50mMトリス(SIGMA)緩衝液(pH9.0)にて更に10倍希釈し、4,000rpm、5分間の遠心分離操作を行なってその上清を希釈サンプルとして用いた。SAXIIチップはBioprocessorに取り付けて実験した。Bioprocessorとは金属チップ上に立体的ウェルを簡易作製する穴付プラスチック製アダプターであり、この方法によって希釈サンプルを大量にアプライできる。
初めに150μLの50mMトリス緩衝液(pH9.0)をウェル状になったチップに加え、振とう機上で5分間洗浄を行なった。これを2回行なった後に先の希釈サンプル100μLを添加し、室温で20分間振とうしてチップと反応させた。続いて希釈サンプルを除き、150μLの50mMトリス緩衝液(pH9.0)を加えて振とう機上で5分間洗浄を行なった。この操作を3回繰り返した。その後400μLの蒸留水で2回洗浄し、チップをBioprocessorから取り外した。チップが乾いた後、PAPen(Zymed)で蛋白質の接着しているスポットを囲み、0.5μLの飽和シナピン酸(Ciphergen Biosystems,Inc)/50%アセトニトリル(Wako)/0.5%TFA(Wako)溶液を2回添加した。作製したプロテインチップアレイは、プロテイン・バイオロジー・システムII・マス・スペクトロメーター(Ciphergen Biosystems,Inc)によって読み取った。
(2)結果
図1に、代表的なアルコール肝障害入院時患者血清の測定データを示す。このデータフォーマットでは、SAXIIプロテインチップから脱着されたサンプルのタンパク質の分子量を横軸に、その分子量で検出器に到達した分析物の量を反映するピークを縦軸で表すことができる。よって図1から明らかなように、アルコール性肝障害患者の入院時のデータでは、分子量28kDaの蛋白質のピークが観察されたが、入院後はほとんど観察されないことが判明した。従って、この28kDa蛋白質を指標として、肝臓疾患を診断できることが判った。
【実施例2】
WCXIIプロテインチップアレイを用いる肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の同定
次に実施例1と全く同一検体を使用し、WCXIIプロテインチップアレイ(Ciphergen Biosystems,Inc)を用いて血清中の新規肝傷害マーカーを検索した。WCXIIチップとはWeak Cation Exchange Chipのことであり、検体中の正電荷物質を結合させるという特徴を持っている。
(1)方法
以下にプロテインチップアレイ実験操作法を簡単に述べるが殆ど実施例1と同様である。血清サンプルを8M尿素(SIGMA)/1%CHAPS(SIGMA)溶液で10倍に希釈した。10分間氷上処理を行なった後、50mM酢酸ナトリウム(SIGMA)緩衝液(pH6.5)にて更に10倍希釈し、4,000rpm、5分間の遠心分離操作を行なってその上清を希釈サンプルとして用いた。WCXIIチップはBioprocessorに取り付けて実験し、初めに150μLの50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.5)をウェル状になったチップに加え、振とう機上で5分間洗浄を行なった。これを2回行なった後に先の希釈サンプル100μLを添加し、室温で20分間振とう反応させた。続いて希釈サンプルを除き、150μLの50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.5)を加えて振とう機上で5分間洗浄を行なった。この操作を3回繰り返した。その後400μLの蒸留水で2回洗浄し、チップをBioprocessorから取り外した。チップが乾いた後、PAPen(Zymed)で蛋白質の接着しているスポットを囲み、0.5μLの飽和シナピン酸(Ciphergen Biosystems,Inc)/50%アセトニトリル(Wako)/0.5%TFA(Wako)溶液を2回添加した。プロテインチップアレイは、プロテイン・バイオロジー・システムII・マス・スペクトロメーター(Ciphergen Biosystems,Inc)によって読み取った。
(2)結果
図2に代表的なアルコール性肝障害入院時患者血清の測定データ、図3に正常者の測定データを示す。図3から明らかなように、図3の正常者のデータでは、分子量5,900Da(5.9kDa蛋白質)及び分子量7,800(7.8kDa蛋白質)のピークが大きいにもかかわらず、図2のアルコール性肝障害患者の入院直後のデータでは、ピークがほとんど認められないことが判明した。この5.9kDa蛋白質と7.8kDa蛋白質のピークは治療に従ってピークが高くなり治療効果をよく示している。これらの蛋白質は肝臓疾患診断用マーカー蛋白質となりうることが判った。
【実施例3】
28kDa蛋白質の同定
(1)SAXIIプロテインチップ実験によって見出された28kDa蛋白質についてFPLC Pharmacia LKB(Amersham Pharmacia Biotech AB)により、HiTrap Qカラムを用いて50mMトリス緩衝液(pH9.0)、流速2ml/min条件下で血清サンプルを用いた精製を行なうと目的とする28kDa蛋白質をほぼ単一に精製できた。このフラクションを電気泳動法により次のように確認した。フラクションはSDSを含む2×サンプルバッファー(0.25M Tris−HCl(pH6.8),4%SDS,20%グリセロール,0.01%BPB,10%β−メルカプトエタノール)と1:1の割合で混合し、90℃で2分間処理した後使用した。電気泳動は15−25%Polyacrylamid Gradient Gel(Perfect NT Gel System Products)を用いて10mAで行った。
(2)図4のレーン4および5に示すように、Comassie Tablet R−350(Phast G1 Blue R)(Amersham Pharmacia Biotech AB)によるクマシーブリリアントブルー染色によって28kDaの位置にバンドが確認された。
(3)次にこのゲルのバンドを切り出してIn−Gel Digestion法によりペプチドを分離した。簡単にはGel片を2回洗浄した後、35℃で一晩トリプシン処理した。次にこのトリプシン処理サンプルを逆相HPLC法により精製した。精製条件はTSK gel ODS−80Ts QA(TOSOH)カラムを用いた0.1%TFAと0.09%TFA 90%アセトニトリルによるグラジエント溶出である。
この結果得られた28kDa蛋白質フラグメントの内部アミノ酸配列を決定した。28kDa蛋白質のアミノ酸配列は配列表の配列番号3に示した。28kDa蛋白質フラグメントのアミノ酸配列分析を行なうとその内部配列からヒトApolipoprotein AIであることがわかった。
(4)そこでチップ実験に用いた同一血清検体を後の実施例6に述べる既知の自動分析機による免疫測定法を用いて測定し、Apolipoprotein AI値を調べると表1のような結果が得られた。この免疫測定法結果より治療効果の認められた患者検体では治療後明らかにApolipoprotein AI値が低下していた。一方、プロテインチップ実験結果の28kDa蛋白質(Apolipoprotein AI)ピークも治療によって低くなり、治療効果を反映していた。このように免疫測定法による結果とプロテインチップ実験結果が非常によく相関し、ピークの大きさは病態解析に利用できることを示していることがわかった。
【実施例4】
7.8kDa蛋白質の同定
(1)WCXIIプロテインチップ実験によって見出された7.8kDa蛋白質についても28kDa蛋白質と同様にFPLC Pharmacia LKB(Amersham Pharmacia Biotech AB)にてHiTrap CM Sepharose FFカラムを用い、50mM Ammonium Acetateバッファー、流速2ml/min条件下で血清サンプルの精製を行なうと目的とする7.8kDa蛋白質を精製できた。プロテインチップ実験によって7.8kDa蛋白質の確認出来たフラクションを電気泳動法により確認した。検体血清はSDSを含む2×サンプルバッファーと1:1の割合で混合し、90℃で2分間処理した後使用した。電気泳動は15−25%Polyacrylamide Gradient Gelを用いて10mAで行った。
(2)図4のレーン2および3に示すように、クマシーブリリアントブルー染色によって7.8kDaの位置にバンドが確認された。この7.8kDaの蛋白質をほぼ単一に含むフラクションを濃縮し、先の28kDa蛋白質の実施例3と同様にSDS−PAGEを行なってゲルから目的とする7.8kDaバンドを切り出してIn−Gel Digestion法によりペプチドを分離した。この方法は実施例3と同様であるが簡単にはGel片を2回洗浄した後、35℃で一晩トリプシン処理する。次にこのトリプシン処理サンプルを逆相HPLC法により精製した。精製条件はTSK gel ODS−80Ts QA(TOSOH)カラムを用いた0.1%TFAと0.09%TFA 90%アセトニトリルによるグラジエント溶出である。
(3)7.8kDa蛋白質フラグメントのアミノ酸配列分析を行なうとその内部配列からヒトApolipoprotein AIIであることがわかった。しかし完全長ヒトApolipoprotein AIIの理論分子量は11432.4であり、7.8kDa蛋白質はつまりヒトApolipoprotein AII分解産物であることがわかった。7.8kDa蛋白質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【実施例5】
5.9kDa蛋白質の同定
(1)WCXIIプロテインチップ実験によって見出された5.9kDa蛋白質についてFPLC Pharmacia LKB(Amersham Pharmacia Biotech AB)にてHiTrap CM Sepharose FFカラムを用い、50mM Ammonium Acetateバッファー、流速2ml/min条件下で血清サンプルの精製を行なうと目的とする5.9kDa蛋白質を精製できた。再びプロテインチップ法により5.9kDa蛋白質を多く含むフラクションをチェックした後、濃縮してHPLC(TOSOH)によって更に精製を行なった。精製条件はSephasil protein C4カラム(Amersham Pharmacia Biotech AB)、アセトニトリルグラジエント、1mL/minである。
(2)再びプロテインチップ法によりフラクションをチェックした後、凍結乾燥により濃縮してアミノ酸配列決定を行なった。精製5.9kDa蛋白質のアミノ酸配列を決定するとヒトFibrinogen α−E Chain分解産物であることがわかった。完全長ヒトFibrinogen α−E Chainは分子量が72488.3であることから、5.9kDa蛋白質はヒトFibrinogen α−E Chain分解産物であることがわかったのである。5.9kDa蛋白質のアミノ酸配列を配列番号1に示す。
更に5.9kDa蛋白質のアミノ酸配列が正確なものであるか確認するためにその配列の蛋白質を全化学合成した。化学合成された54アミノ酸を有する蛋白質の分子量は5904.1であり理論値と一致した(図5)。またこの合成蛋白質を用いて実際の検体と比較検討を行った。実験は実施例2と全く同様のWCXIIプロテインチップアレイ(Ciphergen Biosystems,Inc)を用いて行い、サンプルとして100ng/mLの濃度の合成蛋白質を反応させて、実際の血清と比較した。結果を図6に示す。結果として合成蛋白質のピークは血清検体の5.9kDa蛋白質と一致した挙動を示し、これらの結果より、血清中の5.9kDa蛋白質は、アミノ酸配列が、配列番号1に示したものであることが確認された。
【実施例6】
本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質と従来の肝炎
マーカーとに基くアルコール性肝障害患者の診断比較
(1)方法
これまでに使用したのと同じアルコール性肝障害入院患者16人の入院直後、入院治療1週間経過後、入院治療後3カ月経過後の血清を用いて、従来の肝炎マーカーの測定値を求めた。自動分析機による測定はAST、GGT、TG、Apo AI及びApo AIIについてはHitachi 7150型分析機(HITACHI)を使用して行い、試薬はそれぞれN−アッセイL GOT(AST)(Nittobo)、N−アッセイL γ−GTP−H(GGT)(Nittobo)、N−アッセイTG L(TG)(Nittobo)、N−アッセイTIA Apo AII−H(Apo AI)(Nittobo)、N−アッセイTIA Apo AII(Apo AII(Nittobo)、を使用した。FDP及びFDP−EはLPIA−S500(ダイアヤトロン)を用いて所定のパラメーターにて測定し、試薬はエルピアFDPラテックス、エルピアFDP−Eラテックス(帝国臓器)であった。尚、プロテインチップの測定結果をピークより数値化して比較するが単位はAU(Arbitrary Units)である。
(2)結果
表1はアルコール性肝障害によって入院した患者の一般的な血清中の臨床検査生化学系測定マーカー(AST、GGT、TG)値、免疫系測定マーカー(Apo AI、Apo AII、FDP、FDP−E)値、そしてプロテインチップ法による本発明の肝臓疾患マーカー蛋白質の測定結果を示す。表1の右から2番目までの欄に(FDP−E 5,900DaおよびApo AII 7,800Da)、実施例2と同様のプロテインチップを用いた方法で本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質である5.9kDa蛋白質と7.8kDa蛋白質を測定した時の測定値が示されている。表1の右から6番目の欄(Apo AI)に、本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質である28kDa蛋白質を従来法で測定した時の測定値が示されている。
表2には健常人の血清検体における、本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質である5.9kDa蛋白質(FDP−E 5,900Da)と7.8kDa蛋白質(Apo AII 7,800Da)をプロテインチップ法により測定した時の測定値が示されている。
表3は、プロテインチップ法により測定したアルコール性肝障害入院患者の5.9kDa蛋白質および7.8kDa蛋白質測定平均値を示す。



表1から3に示されるように、汎用されてきたAST、GGT値の低下、正常値範囲への回復は肝治療効果を反映していた。しかしGGTノンレスポンダーと思われる検体No.5にみられるように、これまで汎用されてきたGGT値が治療効果の指標になりえないケースでも、5.9kDa蛋白質および7.8kDa蛋白質は血中値が上昇し、治療効果をよく示していた。GGTは肝障害の重症度や積算飲酒量とは必ずしも相関せず、またアルコール飲用後のGGTの変化には個体差があり、大量飲酒後にも増加しないいわゆるノンレスポンダーが相当数存在するので新規蛋白質はこれらGGTノンレスポンダーの治療判定に有効であると考えられた。
【実施例7】
飲酒量と本発明マーカー蛋白質との相関
以上の実施例により、本発明によって見つかった新規肝臓疾患診断用マーカーの特異性について有用性が確認された。更に飲酒量との相関を解明するために、以下の実験を行った。
方法
健常人及び飲酒量の確実なアルコール摂取患者の検体だけを集めて実験を行った。実験では飲酒なしの健常人、飲酒量日本酒1合相当、飲酒量日本酒3合相当の3つの実験区にわけてプロテインチップ法を用いた測定を行い、それぞれの新規マーカーについて比較をした。また、プロテインチップを用いた測定方法は実施例1によるSAXIIプロテインチップアレイ、実施例2におけるWCXIIプロテインチップアレイで述べたものと全く同様である。
結果
結果を図7に示す。結果として全ての新規肝臓疾患診断用マーカー蛋白質で飲酒量依存的にピークが増減することがわかった。ここでは特に5.9kDa蛋白質の結果について示す。飲酒量5.9kDa蛋白質は飲酒量依存的に減少し、3合を飲酒していた実験区ではほぼ検出できないレベルに低下していた。つまり5.9kDa蛋白質は飲酒量依存的に変化し、アルコール飲酒量を推定するのに十分利用できるマーカーであることが判明した。また、アルコール依存症のマーカーとなり得ることが判明した。
【実施例8】
モノクローナル抗体の作製
実施例5で得られた完全合成5.9kDa蛋白質を抗原として用いて、抗5.9kDa蛋白質モノクローナル抗体を作成するため以下の実験を行った。
(1)免疫
完全合成5.9kDa蛋白質を1mg/mlとなるようにリン酸緩衝液(pH7.0)で希釈し、50μg(50μl)をとってフロインド完全アジュバンド(WAKO)50μlと乳化するまでよく混和した。調製した懸濁液をBalb/c6週齢雌マウス(日本クレアー)にジエチルエーテル麻酔下にて腹腔内投与した。2週間後には同量の完全合成5.9kDa蛋白質(50μg/ml)をフロインド不完全アジュバンド(WAKO)と混和してフロインド完全アジュバンドの時と全く同様の操作により乳化懸濁液とし、それぞれマウスに感作した。以降2週間後に同様の操作を行い、4回目には最終免疫として完全合成5.9kDa蛋白質50μg/mlをリン酸緩衝液(pH7.0)で調製しマウス尾静脈注射により投与した。
(2)ハイブリドーマの確立
最終免疫より3日後に合成5.9kDa蛋白質により感作済みのマウスよりジエチルエーテル麻酔下に外科的摘出された脾臓を無菌的に分散し脾臓細胞を調製した。融合はケーラーとミルスタインの方法(Nature.256,495.1975)に従って行われ、ポリエチレングリコール(PEG4000)(MERK)を用いて脾細胞と骨髄腫細胞P3−X63−Ag8−U1(P3U1)を融合した。その融合比率は脾臓細胞数10×10個に対して骨髄腫細胞P3−X63−Ag8−U1(P3U1)2×10個で、5:1であった。融合細胞は10%FCS(INVITROGEN)α−MEM(IRVINE)HAT(コスモバイオ)培地に分散し96穴マイクロタイターカルチャープレート(住友ベークライト)に分注して37℃、5%CO条件にて培養した。
(3)スクリーニング
約2週間後にコロニーの生育を確認してスクリーニングを実施した。スクリーニングの実施法を以下に述べる。スクリーニング用プレートを作製するために上記実施例にて精製した合成5.9kDa蛋白質をリン酸緩衝液中に溶解し、1μg/100μl/wellとなるように96穴ウエル(Nunc)に分注した。プレートを4℃で2晩静置した後に0.05%Tween20を含むリン酸緩衝液で3回洗浄し、非特異的反応を抑えるために1.5%BSA溶液を200μl分注して、更に4℃で1晩静置した。完成したプレートを0.05%Tween20を含むリン酸緩衝液で3回洗浄した後に培養上清100μlを反応させ、更に洗浄を行った後に2次抗体であるHRP標識抗マウスイムノグロブリン抗体(Zymed)を加えて反応させた。洗浄後にHRPの発色基質である3mg/ml o−フェニレンジアミン(OPD)(Nacalai tesque)クエン酸発色溶液を100μl加えて一定時間の発色後、1N硫酸を停止液として更に100μl添加し、測定波長492nmにて吸光度を測定した。上記のようにして陽性になったクローンは限界希釈法によって再クローニングされ上清を再度チェックした。
(4)抗体の確認
ELISAによって合成5.9kDa蛋白質との反応性を確認し、クローンCN−1およびCN−2の2種類が合成5.9kDa蛋白質を認識したものとして選択した。得られた抗体をモノクローナル抗体タイピングキット(Amersham Pharmacia Biotech)にて検定した結果を表4に示す。

(5)モノクローナル抗体の作製及び精製
得られたハイブリドーマCN−1およびCN−2細胞1×10細胞個をプリスタン(アルドリッチ)0.5ml投与後2週間のBalb/cマウス(日本クレアー)、10週齢、雌性に腹腔内投与し、約2週間後にマウス腹腔内に貯留した腹水をジエチルエーテル麻酔下にて外科的に採取した。スクリーニングで行ったELISA法により、腹水をサンプルとして段階希釈して確認すると高濃度のモノクローナル抗体が含まれていた。この腹水を硫安40%で処理し、PBSに透析した後、CN−1、CN−2はS−300を用いて精製した。その結果CN−1、CN−2は非還元では分子量約900,000に単一の、メルカプトエタノール還元では分子量約70,000のバンドと25,000の2本のバンドが確認された。精製された抗体はCN−1、CN−2ともにマウス1匹あたりそれぞれ約10mg以上であって工業的利用を行うには十分量であった。
【実施例9】
EIA法による5.9kDa蛋白質の測定
5.9kDa蛋白質の2種のモノクローナル抗体CN−2、CN−1を、それぞれ、一次抗体、標識された二次抗体として使用し、ELISA法(EIA法)により検体中の5.9kDa蛋白質を測定できるかどうか検討した。
(1)方法
ELISA用プレートを作製するため、一次抗体CN−2をリン酸緩衝液(pH7.0)に溶解し、1μg/100μl/wellとなるように96穴ウエル(Nunc)に分注した。プレートを4℃で2晩静置した後に0.05%Tween20を含むリン酸緩衝液で3回洗浄し、非特異的反応を抑えるために1.5%BSA溶液を200μl分注して、更に4℃で1晩静置した。完成したプレートを0.05%Tween20を含むリン酸緩衝液で3回洗浄した後に各種濃度の合成5.9kDa蛋白質を標準品として100μlを添加し、室温で1時間反応させた。反応終了後、0.05%Tween20を含むリン酸緩衝液で3回洗浄し、二次抗体であるHRP標識CN−1抗体を加えて反応させた。洗浄後にHRPの発色基質である3mg/ml o−フェニレンジアミン(OPD)(Nacalai tesque)クエン酸発色溶液を100μl加えて一定時間の発色後、1N硫酸を停止液として更に100μl添加し、測定波長492nmにて吸光度を測定した。
(3)結果
上記のようにして測定した各種濃度の合成5.9kDa蛋白質における発色値から、合成5.9kDa蛋白質測定標準曲線を作成すると図8のような結果であった。図8より、合成5.9kDa蛋白質の濃度依存的に、吸光度の上昇がみられた。つまり、5.9kDa蛋白質を認識するモノクローナル抗体CN−1とCN−2は認識部位を異にするため、これら抗体をサンドイッチELISA法に使用することにより、5.9kDa蛋白質を測定できることが判明した。
【産業上の利用可能性】
以上に具体的に示したように、本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質は、GGT等の従来の肝炎マーカーが反応性の低いノンレスポンダー、または肥満にともなう脂肪肝、ある種の薬剤常用者など飲酒以外の要因でGGTが高値を示す場合でも、正確に飲酒からくる肝臓疾患患者の治療判定効果を調べ状態把握を行なう指標となり得る。つまりGGTは飲酒以外にウイルス性の慢性肝障害・肥満・ある種の薬剤の連用など他の要因で上昇するために特異性が低いのに対して、この点、本発明の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質はウイルス性肝硬変でも変動しないので特異性に期待がもてるという長所がある。また測定対象が生化学的酵素機能に依存しないペプチドであることから検体の取り扱いがよく、測定再現性が良いという特徴があることも判明した。本発明の診断方法は、例えば、習慣飲酒者や問題飲酒者が肝臓疾患を発症する可能性を診断することもでき、飲酒が要因の肝臓疾患、例えば、肝炎、肝硬変などの肝臓疾患を診断することもできる。更には、そのような肝臓疾患の治療経過などを診断することもできる。本発明の診断方法は、特にアルコール性肝障害、アルコール依存症などの診断に適している。本発明の診断方法においては、マーカー蛋白質を汎用的EIA法、イムノクロマト、さらには紙験紙などにより測定して実施することができる。これらの汎用されている方法により簡便に診断可能であることは、現在の肝疾患人口から考えても今後の予防医学的見地から意義が大きいものと考えられる。
【配列表】



【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトフィブリノーゲンα−E鎖(Fibrinogen α−E Chain)の分解産物であって分子量5,900の蛋白質(5.9kDa蛋白質)、アポリポプロテインAII(Apolipoprotein AII)の分解産物であって分子量7,800の蛋白質(7.8kDa蛋白質)、アポリポプロテインAI(Apolipoprotein AI)であって分子量28,000の蛋白質およびこれらの蛋白質の変異体であってこれらと同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有する変異体から選ばれる肝臓疾患診断用マーカー蛋白質。
【請求項2】
5.9kDa蛋白質が配列表の配列番号1のアミノ酸配列を有する蛋白質であり、その変異体が該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質あるいは配列番号1のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である請求項1の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質。
【請求項3】
7.8kDa蛋白質が配列表の配列番号2のアミノ酸配列を有する蛋白質であり、その変異体が該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質あるいは配列番号2のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である請求項1の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質。
【請求項4】
アポリポプロテインAIであって分子量28,000の蛋白質が配列表の配列番号3のアミノ酸配列を有する蛋白質であり、その変異体が該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質あるいは配列番号3のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である請求項1の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質。
【請求項5】
飲酒が要因の肝臓疾患診断用の請求項1から4のいずれかの肝臓疾患診断用マーカー蛋白質。
【請求項6】
アルコール性肝障害診断用またはアルコール依存症診断用の請求項5の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質。
【請求項7】
肝臓疾患が疑われる患者から得た検体中の、請求項1から6のいずれかの肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の存否を検出しあるいはその量を測定して、肝臓疾患発症可能性、肝臓疾患あるいは肝臓疾患の予後を診断する方法。
【請求項8】
肝臓疾患が飲酒が要因の肝臓疾患である請求項7の診断方法。
【請求項9】
肝臓疾患がアルコール性肝障害またはアルコール依存症である請求項8の診断方法。
【請求項10】
検体中の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の存否の検出あるいはその量の測定を質量分析法により行なう請求項7から9のいずれかの診断方法。
【請求項11】
質量分析計で得られるスペクトルのパターン分析により診断する請求項10の診断方法。
【請求項12】
質量分析をレーザーイオン化飛行時間型質量分析計(LDI−TOF MS)により行う請求項10または11の診断方法。
【請求項13】
レーザーイオン化飛行時間型質量分析計が表面増強レーザーイオン化飛行時間型質量分析計(SELDI−TOF MS)である請求項12の診断方法。
【請求項14】
検体中の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質の存否の検出あるいはその量の測定を、該蛋白質に対する抗体を用いた免疫測定法により行う請求項7から9のいずれかの診断方法。
【請求項15】
免疫測定法が、酵素免疫測定法(EIA法)、免疫比濁測定法(TIA法)、ラテックス免疫凝集法(LATEX法)、電気化学発光法または蛍光法である請求項14の診断方法。
【請求項16】
免疫測定法が、酵素免疫測定法(EIA法)である請求項15の診断方法。
【請求項17】
配列表の配列番号1のアミノ酸配列を有する蛋白質またはその変異体であって該蛋白質と同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有し且つ該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質もしくは配列番号1のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である変異体。
【請求項18】
配列表の配列番号2のアミノ酸配列を有する蛋白質またはその変異体であって該蛋白質と同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有し且つ該アミノ酸配列と90%以上の相同性を有する蛋白質もしくは配列番号2のアミノ酸配列において1個から数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有する蛋白質である変異体。
【請求項19】
請求項17または18の蛋白質またはその変異体、あるいはアポリポプロテインAI(Apolipoprotein AI)であって分子量28,000の蛋白質またはその変異体であってそれと同様の肝臓疾患診断用マーカー蛋白質としての機能を有する変異体の測定方法であって、それらの蛋白質または変異体に対する抗体を用いて免疫測定法により測定する測定方法。
【請求項20】
免疫測定法が、酵素免疫測定法(EIA法)、免疫比濁測定法(TIA法)、ラテックス免疫凝集法(LATEX法)、電気化学発光法または蛍光法である請求項19の診断方法。
【請求項21】
免疫測定法が、酵素免疫測定法(EIA法)である請求項20の診断方法。

【国際公開番号】WO2004/058966
【国際公開日】平成16年7月15日(2004.7.15)
【発行日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−562919(P2004−562919)
【国際出願番号】PCT/JP2003/016600
【国際出願日】平成15年12月24日(2003.12.24)
【出願人】(000003975)日東紡績株式会社 (251)
【Fターム(参考)】