説明

脂肪族含酸素化合物の製造方法

【課題】 脂肪族炭化水素を直接カルボニル化することにより、アルデヒド化合物やアルコール化合物などの有用な含酸素脂肪族化合物を効率よく、かつ工業的に有利に製造する方法を提供する。
【解決手段】 脂肪族炭化水素化合物と一酸化炭素とを反応させて含酸素脂肪族化合物を製造するに当り、溶媒として超臨界二酸化炭素又は液化二酸化炭素を用い、配位子の少なくとも1個がホスフィン化合物である遷移金属錯体の存在下で光照射する含酸素脂肪族化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、脂肪族炭化水素化合物と一酸化炭素とを直接反応させ、アルデヒドやアルコールなどの有用な含酸素脂肪族化合物を効率よく製造する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】脂肪族炭化水素類をカルボニル化反応を経由して、アルデヒド、アルコール、ケトンなどの含酸素脂肪族化合物へ変換させることは、原理的に可能であることが知られている。しかしながら、脂肪族炭化水素類は、一般に炭素−水素結合エネルギーが大きいために、その炭素−水素結合をカルボニル化反応を生起させるに十分な程度まで活性化させることは極めて困難である。したがって、脂肪族炭化水素類を、アルデヒド、アルコール、ケトンなどの有用な含酸素脂肪族化合物に変換させるには、一般に、まずハロゲン化、酸化、脱水素などによって活性化された化合物に変換したのち、所望の構造の活性化化合物を分離し、次いで、この分離された活性化化合物を原料とし、これに一酸化炭素を、水素源や求核試薬の存在下で反応させる間接的な方法によらなければならないが、このような間接的な方法は、直接的にカルボニル化する方法に比べて、工程数が多くなり、省資源、省エネルギーの面から好ましくないことは当然である。そのほか、強酸を用いるカルボニル化法が知られているが、安全性、装置の腐食などに実用上問題がある。
【0003】一方、近年、錯体触媒の研究に伴い、錯体触媒に活性化手段を組み合わせた方法が注目され、この方法を反応面に利用する研究が積極的になされている。特に、光による活性化手段を取り入れたいわゆる光触媒反応についての研究が活発化しつつある。実際、遷移金属錯体触媒と光照射とを組み合わせた炭素−水素結合の新しい活性化方法に基づき、炭化水素と一酸化炭素とを室温付近の温和な条件で反応させ、種々の有用化合物を得る方法が提案又は報告されている[日本特許第1791827号、第1875550号、第1822594号、第1986757号、米国特許第4,900,413号明細書、同第5,104,504号明細書、英国特許第2,195,117号明細書、仏国特許第2,603,885号明細書、「アメリカ化学会誌」,第112巻,第7221ページ(1990年)など]。
【0004】しかしながら、この光触媒反応系における炭化水素の変換方法においては、通常、原料である炭化水素類自体が溶媒としての役割を兼ねるような液相反応の形態で実施されるため、大量の基質を必要とする上、ガス状の炭化水素や高融点の炭化水素類には適用しにくいという欠点がある。したがって、このような場合には、適当な溶媒を使用することが望まれるが、通常考えられる溶媒は、錯体触媒の存在下での光照射反応によって、それ自体が原料の炭化水素類と同様に種々の変換反応を受け、多くの副生物を生成し、目的とする炭化水素類の変換反応が阻害されるのを免れない。
【0005】そして、このような錯体触媒による炭化水素類の活性化反応用の溶媒としては、これまで、パーフルオロアルカン[「アメリカ化学会誌」,第105巻,第7190ページ(1983年)]、液化キセノン[「アメリカ化学会誌」,第111巻,第6841ページ(1989年)]、複数のtert‐ブチル基を有する炭化水素[「日本化学会速報誌」,第1990巻,第585ページ]、トリフルオロ酢酸[「有機合成化学協会誌」,第52巻,第809ページ(1994年)]、水[「アメリカ化学会誌」,第118巻,第4574ページ(1996年)]などが知られている。
【0006】しかしながら、これらの溶媒は、高価であったり、取り扱いが煩雑であったり、金属錯体や原料の炭化水素類の溶解度が不十分であるなどの問題を有し、工業的に十分に満足しうるものではなかった。したがって、反応の効率を高め、広範囲の原料の適用が可能で、かつ工業的に有利な方法の開発が望まれていた。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、脂肪族炭化水素を直接カルボニル化することにより、アルデヒド化合物やアルコール化合物などの有用な含酸素脂肪族化合物を効率よく、かつ工業的に有利に製造する方法を提供することを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、脂肪族炭化水素化合物の一酸化炭素による直接カルボニル化について鋭意研究を重ねた結果、溶媒として、超臨界二酸化炭素又は液化二酸化炭素を用いることにより、このものは錯体触媒と均一相を形成するとともに、原料の脂肪族炭化水素化合物及び一酸化炭素を高濃度で溶解し、前記目的を達成しうることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0009】すなわち本発明は、(1)脂肪族炭化水素化合物と一酸化炭素とを反応させて含酸素脂肪族化合物を製造するに当り、溶媒として超臨界二酸化炭素又は液化二酸化炭素を用い、配位子の少なくとも1個がホスフィン化合物である遷移金属錯体の存在下で光照射することを特徴とする含酸素脂肪族化合物の製造方法、(2)遷移金属錯体がロジウム、イリジウム、ルテニウム、鉄、ニッケル又はコバルトの錯体であることを特徴とする(1)項記載の方法、(3)遷移金属錯体がロジウム、イリジウム又はルテニウムの錯体であることを特徴とする(1)項記載の方法、(4)遷移金属錯体がロジウムの錯体であることを特徴とする(1)項記載の方法、及び(5)含酸素脂肪族化合物が、脂肪族アルデヒド化合物又は脂肪族アルコール化合物であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項に記載の方法を提供するものである。
【0010】
【発明の実施の形態】本発明方法において、原料として用いられる脂肪族炭化水素化合物としては、炭素数1〜50のもの、特に1〜20のものが好ましい。この脂肪族炭化水素化合物は、カルボニル化反応に不活性な基、例えばアルコキシ基、アリーロキシ基、アシル基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニル基、シアノ基、ビス(ヒドロカルビル)アミノ基、ビス(ヒドロカルビル)アミノカルボニル基、ハロゲン原子などで置換されていてもよい。
【0011】このような脂肪族炭化水素化合物の例としては、メタン、エタン、プロパン、ブタン、シクロヘキサン、デカン、エイコサンなどが挙げられる。
【0012】本発明方法においては、触媒として、配位子の少なくとも1個がホスフィン化合物である遷移金属錯体が用いられる。この遷移金属錯体における遷移金属成分としては、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、鉄、ニッケル、コバルトなどが好ましく挙げられるが、これらの中でロジウム、イリジウム及びルテニウム、特にロジウムが好適である。
【0013】この遷移金属錯体において、配位子として用いられるホスフィン化合物としては、例えば、一般式 R123P (I)
(式中のR1、R2及びR3は、それぞれアルキル基、アリール基、アラルキル基又はシクロアルキル基であり、それらはたがいに同一であってもよいし、異なっていてもよい)で表わされるモノホスフィン化合物や、一般式 R45P-A-PR67 (II)
(式中のR4、R5、R6及びR7は、それぞれアルキル基、アリール基、アラルキル基又はシクロアルキル基であり、それらはたがいに同一であってもよいし、異なっていてもよく、Aはアルキレン基、シクロアルキレン基、アリーレン基、アラルキレン基又はフェロセニレン基である)で表わされるビスホスフィン化合物を挙げることができる。
【0014】前記一般式(I)及び(II)におけるR1〜R7で示される各基の炭素数は特に制限はないが、通常は20以下である。また、このR1〜R7は、アリール基やアラルキル基の芳香族炭化水素基よりも、アルキル基やシクロアルキル基の脂肪族炭化水素基の方が、触媒性能の点から好ましい。
【0015】前記一般式(I)、(II)で表わされるホスフィン化合物の例としては、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリオクチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、トリベンジルホスフィン、トリフェニルホスフィン、ジフェニルメチルホスフィン、トリ(p‐トリル)ホスフィン、トリ(p‐アニシル)ホスフィン、1,2‐ビス(ジメチルホスフィノ)エタン、1,3‐ビス(ジメチルホスフィノ)プロパン、1,4‐ビス(ジメチルホスフィノ)ブタン、1,2‐ビス(ジブチルホスフィノ)エタン、1,2‐ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン、α,α′‐ビス(ジメチルホスフィノ)‐o‐キシレン、1,2‐ビス(ジメチルホスフィノ)シクロヘキサン、1,2‐ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,4‐ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタン、1,1′‐ビス(ジメチルホスフィノ)フェロセン、1,2‐ビス(ジメチルホスフィノ)ベンゼンなどが挙げられる。
【0016】本発明方法において、触媒として用いられる遷移金属錯体は、配位子として前記ホスフィン化合物を少なくとも1個有するものであればよく、特に制限はない。
【0017】このような遷移金属錯体としては、例えばRhX(R123P)3、RhX(CO)(R123P)2、HRh(CO)(R123P)3、RhX(CO)2(R123P)、[Rh(R123P)4]Y、[Rh(R123P)2(CNR)2]Y、RhX(CO)R45P-A-PR67)、IrX(R123P)3、IrX(CO)(R123P)2、IrH5(R123P)2、IrH3(CO)(R123P)2、IrX(CO)(R45P−A−PR67)、Cp′RhH2(R123P)、Cp′IrH2(R123P)、Co2(CO)6(R123P)2、CpCoX2(R123P)、CoX2(R123P)2、CoX(R123P)3、CoH(N2)(R123P)3、CoH3(R123P)3、CpCo(R123P)2、AcCo(CO)3(R123P)、Fe(CO)3(R123P)2、Ru(CO)3(R123P)2などが挙げられる。
【0018】なお、上記式において、Xは水素原子、ハロゲン原子、水酸基、シアノ基、アルコキシ基、カルボキシラト基又はチオシアナト基、YはPF6、B(C654、BF4、ClO4又は上記X、CNはイソニトリル基、Rはアルキル基又はアリール基、Cpはシクロペンタジエニル基、Cp′はペンタメチルシクロペンタジエニル基、Acはアセチル基を示し、R1〜R7及びAは前記と同じ意味をもつ。
【0019】本発明方法においては、これらの遷移金属錯体は単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、該遷移金属錯体は、予め調製して使用する必要はなく、前記ホスフィン化合物と適当な遷移金属化合物とを反応系に共存させ、系中(in situ)において所望の遷移金属錯体を形成させてもよい。
【0020】このような目的に用いられる遷移金属化合物としては特に制限はないが、遷移金属がロジウムの場合について例を示せば、RhX3、Rh(acac)(CO)2、[RhX(CO)22、[RhX(DE)]2、[RhX(EN)22、RhX(CO)(R123P)2などが挙げられる。なお、上記式において、acacはアセチルアセトナト基、DEはノルボルナジエン、1,5‐シクロオクタジエン又は1,5‐ヘキサジエン、ENはエチレン又はシクロオクテンを示し、X及びR1〜R3は前記と同じ意味をもつ。
【0021】本発明方法においては、溶媒として超臨界二酸化炭素又は液化二酸化炭素を用い、前記遷移金属錯体の存在下に、光を照射しながら、脂肪族炭化水素化合物と一酸化炭素を反応させることにより、直接カルボニル化することができる。この光照射に用いられる光は、その波長領域が紫外ないし可視光領域であればよく、光源としては、例えば水銀灯、キセノンランプ、太陽などが好ましく挙げられる。照射する光としては、200〜800nmの領域の光を一部又は全部含むものが好ましい。例えば、フィルターやモノクロメーターなどを使用して波長範囲を制御したり、さらには単色光として使用することも可能である。
【0022】本発明方法においては、遷移金属錯体の使用量は特に制限はなく、任意に選ぶことができるが、原料の脂肪族炭化水素化合物に対して、遷移金属換算で0.001〜5モル%の範囲になるように選ぶのが有利である。原料の脂肪族炭化水素化合物は、最初に反応系に一括して全量仕込んでもよいし、反応系に逐次添加してもよい。本発明に用いられる一酸化炭素の使用量は、脂肪族炭化水素化合物1モルに対して0.01〜10モルが好ましく、0.1〜1モルがより好ましい。本発明に用いられる二酸化炭素使用量は、溶媒として前記反応成分を溶解することができる量であればよく、特に制限するものではない。また、反応温度及び反応圧力は、二酸化炭素の超臨界領域又は液化領域にあればよく、特に制限はない。反応終了後の生成物の分離は、例えば蒸留、再結晶、クロマトグラフィーなどの通常の分離操作に付すことにより、容易に実施することができる。このようにして、脂肪族炭化水素化合物の直接カルボニル化により、含酸素脂肪族化合物、主として脂肪族アルデヒド化合物及び脂肪族アルコール化合物が効率よく得られる。本発明において、含酸素脂肪族化合物とは、原料の脂肪族炭化水素化合物が、カルボニル化され、条件によってはさらに還元等の反応を受けて得られる化合物である。具体的には、例えば、アルデヒド、ケトン、アルコールなどの化合物が得られる。
【0023】
【実施例】次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。なお、生成物は、ガスクロマトグラフィー(GC)の保持時間及びGC−MSのフラグメンテーションパターンによって確認した。
【0024】実施例1内容積20mlの窓付きステンレス製オートクレーブ(窓:サファイア製、直径20mm)に、クロロトリス(トリメチルホスフィン)ロジウム5mgを仕込み、19℃で一酸化炭素3気圧(ゲージ圧)、メタン110気圧(ゲージ圧)を導入した後、二酸化炭素をトータル圧300気圧となるまで圧入した。この時点で二酸化炭素は液化状態であり、薄黄色の溶液を形成した。
【0025】次いで、この溶液に、250W高圧水銀灯を用いて、19℃で16時間外部から光照射した。生成物をガスクロマトグラフィーで定量したところ、アセトアルデヒド及びエタノールが、錯体に対するモル比で、それぞれ72.6及び1.7の割合で生成していた。
【0026】比較例1溶媒としてベンゼン5mlを用い、二酸化炭素圧を0気圧(ゲージ圧)とした以外は、実施例1と同様にして実施したところ、アセトアルデヒドの生成量は、錯体に対するモル比で0.5であった。この結果を実施例1と比較すると、実施例1のように、液化二酸化炭素を溶媒に用いることにより、メタンのカルボニル化が大幅に促進されることが分かる。
【0027】実施例2実施例1において、反応温度を50℃に変えた以外は、実施例1と同様にして実施した。この場合、二酸化炭素は超臨界状態であり、淡黄色の均一な溶液を形成した。その結果、アセトアルデヒドの生成量は、錯体に対するモル比で17であった。
【0028】
【発明の効果】本発明方法によれば、安価でかつ入手が容易な二酸化炭素を溶媒として用い、脂肪族炭化水素化合物と一酸化炭素とを、室温付近の温和な条件において反応させ、脂肪族炭化水素化合物を直接カルボニル化することにより、アルデヒド化合物やアルコール化合物などの有用な含酸素脂肪族化合物を効率よく製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 脂肪族炭化水素化合物と一酸化炭素とを反応させて含酸素脂肪族化合物を製造するに当り、溶媒として超臨界二酸化炭素又は液化二酸化炭素を用い、配位子の少なくとも1個がホスフィン化合物である遷移金属錯体の存在下で光照射することを特徴とする含酸素脂肪族化合物の製造方法。
【請求項2】 遷移金属錯体がロジウム、イリジウム、ルテニウム、鉄、ニッケル又はコバルトの錯体であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】 遷移金属錯体がロジウム、イリジウム又はルテニウムの錯体であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】 遷移金属錯体がロジウムの錯体であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】 含酸素脂肪族化合物が、脂肪族アルデヒド化合物又は脂肪族アルコール化合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2001−233796(P2001−233796A)
【公開日】平成13年8月28日(2001.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2000−51207(P2000−51207)
【出願日】平成12年2月28日(2000.2.28)
【出願人】(301000011)経済産業省産業技術総合研究所長 (7)
【Fターム(参考)】