説明

脂肪細胞分化調整物質の選別方法

本発明者は、脂肪前駆細胞が脂肪細胞に分化する際には、驚くべきことに、神経伝達物質として知られているセロトニンが深く関わっていることを見出した。本発明は、この知見を原理として用いた、抗肥満剤として用い得る物質を選択するための、物質のスクリーニング方法を提供する発明である。具体的には、本発明は、被験物質をセロトニン受容体5−HT2Aに接触させることによる、当該受容体5−HT2Aの変化を検出して、当該変化を被験物質の脂肪前駆細胞に対する作用として同定して、当該作用を有する被験物質を選別する被験物質の選別方法を提供する発明である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、特定の性質を有する物質の選別方法に関する発明である。
【背景技術】
元来、人間は、飢えに抵抗して生き抜くために、エネルギー源となる脂肪を、効率よく脂肪組織として蓄えることが可能な仕組みを獲得している。しかしながら、特に、先進国においては、近年、食料に不自由することはほとんどなくなり、逆に、過剰摂食による肥満が、社会問題化しつつある。
すなわち、肥満は、耐糖能異常(糖尿病)、高脂血症、高血圧と合併することが多く、これが、心筋梗塞等の虚血性疾患のリスクファクターとして働き、個々人の快適な人生設計に暗い影を落とすだけでなく、国家単位で、中高年における医療費を急増させる原因となっている。
そこで、近年、先進諸国では、いかに肥満を防止するかが、国家政策上においても非常に重要な課題となっている。肥満を防止するには、食事や運動による生活改善が、第一段階として挙げられるが、重篤な場合等には、薬剤による治療も重要な選択肢として用いられるべきである。
本発明の課題は、肥満と関連する脂質代謝の働きを深く究明して、この働きを原理として用いる、抗肥満剤等として用い得る成分の選択手段を提供することにある。
【発明の開示】
本発明者は、この課題の解決に向けて、脂肪細胞が、脂肪前駆細胞から分化する際に、どのような要素が関わっているかについて、深く検討を行った。
その結果、本発明者は、脂肪前駆細胞が、脂肪細胞に分化する際には、驚くべきことに、神経伝達物質として知られているセロトニンが深く関わっていることを見出した。
すなわち、本発明者は、この分化の際に、脂肪細胞への分化誘導がかかった脂肪前駆細胞には、セロトニン受容体サブタイプのうち、セロトニン受容体5−HT2Aが見出され、このセロトニン受容体サブタイプとセロトニンとの接触により、何らかの作用が脂肪前駆細胞に及ぼされることにより、脂肪細胞への分化が誘導されることを見出した。
本発明は、この知見を原理として用いた、抗肥満剤として用い得る物質を選択するための、物質の選択手段を提供する発明である。
すなわち、本発明は、被験物質を、セロトニン受容体5−HT2Aに接触させることによる、当該受容体5−HT2Aの変化を検出して、当該変化を、被験物質の脂肪前駆細胞に対する作用として同定して、当該作用を有する被験物質を選別する、被験物質の選別方法(以下、本選別方法ともいう)を提供する発明である。
【図面の簡単な説明】
第1図は、ヒト脂肪前駆細胞が脂肪細胞へ分化する際のセロトニン受容体5−HT2Aの発現を、RT−PCR法で検討した結果を示す写真である。
第2図は、脂肪細胞分化の過程におけるセロトニン受容体5−HT2Aに対するアンタゴニストの調整作用を検討した結果を示す図面である。
第3A図は、脂肪細胞分化の過程におけるセロトニン受容体5−HT2Aに対するアンタゴニストの調整作用を、位相差顕微鏡を用いて目視により、無添加誘導群を検討した結果を示す写真である。
第3B図は、脂肪細胞分化の過程におけるセロトニン受容体5−HT2Aに対するアンタゴニストの調整作用を、位相差顕微鏡を用いて目視により、セロトニン添加群を検討した結果を示す写真である。
第3C図は、脂肪細胞分化の過程におけるセロトニン受容体5−HT2Aに対するアンタゴニストの調整作用を、位相差顕微鏡を用いて目視により、Ketanserin添加群を検討した結果を示す写真である。
第3D図は、脂肪細胞分化の過程におけるセロトニン受容体5−HT2Aに対するアンタゴニストの調整作用を、位相差顕微鏡を用いて目視により、非誘導群を検討した結果を示す写真である。
【発明を実施するための最良の形態】
A.セロトニン受容体5−HT2Aについて
本選別方法は、神経伝達物質等として知られているセロトニンが、脂肪前駆細胞の、脂肪細胞への分化誘導に対して促進的に働き、かつ、脂肪前駆細胞におけるセロトニンのレセプターが、セロトニン受容体5−HT2Aである。
セロトニン受容体5−HT2Aは、セロトニン2タイプの受容体の一つであり、皮膚、視床、嗅球、脊髄、胃腸管、血管気管支平滑筋、血管内皮、血小板等に分布していることが知られており、細胞レベルでは、ホスホイノシタイド代謝を促進させ、内分泌レベルでは、コーチゾール・ACTHの遊離を促進することが知られている[松田敏夫、ファルマシア,vol.37,No.4,307−311,2001(非特許文献1)等]。
セロトニン受容体5−HT2Aを構成するアミノ酸配列と、これをコードする遺伝子は、既に知られている[例えば、ヒトについては、Cook,E.H.Jr.et al.,J.Neurochem.63(2),465−469(1994)(文献)、S71229(データベースAccession No.);サルについては、Johnson,M.P.et al.,Biochim.Biophys,Acta1236(1),201−206(1995)(文献)、S78209(データベースAccession No.);ウシの部分配列については、AJ491863(データベースAccession No.);ブタについては、Johnson,M.P.et al.,Biochim.Biophys,Acta1236(1),201−206(1995)(文献)、S78208(データベースAccession No.);マウスについては、Yang,W.,et al.,J.Neurosci,Res,33(2),196−204(1992)(文献)、S49542(データベースAccession No.);ラットについては、AF203811,AF203812(データベースAccession No.)]。
これらのアミノ酸配列の中で、本件明細書の具体例として用いられているウシセロトニン受容体5−HT2Aと、これをコードする遺伝子は、配列番号1に示すアミノ酸配列と塩基配列を示すことが知られている。また、このセロトニン受容体5−HT2Aは、7箇所の細胞膜貫通ドメインと、3箇所の細胞内ドメインと、3箇所の細胞外ドメインを有する立体構造であることが知られている。この配列番号1に示すアミノ酸配列と、ヒトのセロトニン受容体5−HT2Aを構成するアミノ酸配列との相同性は94.3%、同サルとは94.1%、同ブタとは94.5%、マウスと88.3%、ラットと90.3%であった。
本選別方法において用いるセロトニン受容体5−HT2Aまたはその部分ペプチドは、哺乳動物由来であれば限定されず、本選別方法において選別を行うべき物質の性質に応じて選択することが好適である。具体的には、ヒトに対する抗肥満剤の有効成分となり得る物質の選別を行う場合には、ヒト由来のセロトニン受容体5−HT2Aまたは当該遺伝子の相同性が高い哺乳動物(ウシ等)の当該受容体サブタイプを用いることが好適である。また、家畜の脂肪細胞を増大させる薬剤の選別を行う場合には、その家畜のセロトニン受容体5−HT2Aを用いることが好適である。
(1)セロトニン受容体5−HT2A又はその部分ペプチドの調製
例えば、セロトニン受容体5−HT2Aの部分ペプチドや全長ペプチドは、公知の方法により化学合成して得ることができる。また、より一般的には、セロトニン受容体5−HT2Aの全長ペプチド、あるいは一部のアミノ酸を置換、除去又は付加した改変ペプチド、あるいは部分ペプチド(これらを、5−HT関連蛋白質と総称することもある)の、いずれかをコードするcDNAを作製し、これを適切な発現ベクターに組み込み、さらに適切な宿主細胞をこの発現ベクターで形質転換して、この形質転換体から、組換え5−HT関連蛋白質を製造することができる。
5−HT関連蛋白質遺伝子の、クローニングおよび組み換えは、当業界周知の標準的技術を用いてなされうる。ここでいう標準的技術は、例えば、Maniatis,T.ら、Molecular Cloning:A Laboratory Manual(Cold Spring Harbor Laboratory,Cold Spring Harbor,New York,1989)に詳細に記載されている。また、公知の方法、例えば、いわゆるサイトスペシフィックミュータジェネシス(Site−Specific Mutagenesis)(Mark,D.F.,ら,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,81,5662(1984))等の方法を用いて、遺伝子改変を行うことができる。
組み換え5−HT関連蛋白質遺伝子を、適切な宿主細胞に発現させるには、通常は、まず公知のセロトニン受容体5−HT2ACDNAの塩基配列情報を基に、発現ベクターに、5−HT関連蛋白質をコードするDNA(典型的には、セロトニン受容体5−HT2AのcDNA)をクローニングする。例えば、セロトニン受容体5−HT2A遺伝子の発現が亢進していることが報告されている組織から抽出したpoly(A)+RNAを鋳型にして、公知の方法により RT−PCR(reverse transcription polymerase chain reaction)法で、セロトニン受容体5−HT2AのcDNAを単離することができる(“PCR Protocols,A Guide to Methods and Applications”Innis,M.A.,ら編,Academic Press,San Diego,1990)。
また、上記のごとくしてPCRで増幅したセロトニン受容体5−HT2AのcDNA断片や、化学合成したセロトニン受容体5−HT2A遺伝子の塩基配列に相補的なDNAあるいはRNAをプローブとして、例えば、セロトニン受容体5−HT2A高発現組織由来のcDNAライブラリーから、セロトニン受容体5−HT2AcDNAの全長を入手する伝統的な手法を採用してもよい。このような伝統的な手法は、例えばManiatis,T.ら、Molecular Cloning:A Laboratory Manual(Cold Spring Harbor Laboratory,Cold Spring Harbor,New York,1989)に詳細に記載されている。
セロトニン受容体5−HT2A等の、5−HT関連蛋白質をコードする遺伝子を組み込む発現用ベクターは、通常発現しようとする遺伝子の上流域にプロモーター,エンハンサー,および下流域に転写終了配列等を保有するものを用いるのが好適である。また、5−HT関連蛋白質の発現は、直接発現系に限らず、例えば、β−ガラクトシダーゼ遺伝子,グルタチオン−S−トランスフェラーゼ遺伝子やチオレドキシン遺伝子を利用した融合タンパク質発現系とすることもできる。
かかる遺伝子発現用ベクターとしては、例えば、宿主を大腸菌とするものとしては、pQE,pGEX,pT7−7,pMAL,pTrxFus,pET,pNT26CII等を例示することができる。また、宿主を枯草菌とするものとしては、pPL608,pNC3,pSM23,pKH80等を例示することができる。また、宿主を酵母とするものとしては、pGT5,pDB248X,pART1,pREP1,YEp13,YRp7,YCp50等を例示することができる。また、宿主を哺乳動物細胞又は昆虫細胞とするものとしては、p91023,pCDM8,pcDL−SRα296,pBCMGSNeo,pSV2dhfr,pSVdhfr,pAc373,pAcYM1,pRc/CMV,pREP4,pcDNAI等を例示することができる。
これらの遺伝子発現ベクターは、5−HT関連蛋白質を発現させる目的に応じて選択することができる。例えば、大量に5−HT関連蛋白質を発現させる場合には、宿主として大腸菌,枯草菌又は酵母等を選択し得る遺伝子発現ベクターを選択するのが好ましく、少量でも確実に活性を有するように5−HT関連蛋白質を発現させることを企図する場合には、哺乳動物細胞や昆虫細胞を宿主として選択し得る遺伝子発現ベクターを選択するのが好ましい。なお、上記のように既存の遺伝子発現ベクターを選択することも可能であるが、目的に応じて適宜遺伝子発現ベクターを作出して、これを用いることも勿論可能である。
5−HT関連蛋白質をコードする遺伝子を組み込んだ発現用ベクターの宿主細胞への導入及びこれによる形質転換法は、一般的な方法、例えば宿主が大腸菌や枯草菌である場合には、塩化カルシウム法やエレクトロポレーション法等を;宿主が哺乳動物細胞や昆虫細胞の場合はリン酸カルシウム法,エレクトロポレーション法又はリポソーム法等の手段により行うことができる。
このようにして得られる形質転換体を常法に従い培養することにより、所望する5−HT関連蛋白質が蓄積される。かかる培養に用いられる培地は、宿主細胞の性質に応じて適宜選択することができるが、例えば宿主が大腸菌である場合には、LB培地やTB培地等が、宿主が哺乳動物細胞の場合には、RPMI1640培地等を適宜用いることができる。
上述の手順等により得られる組換え5−HT関連蛋白質は、純粋な5−HT関連蛋白質として単離精製して使用することが可能である。5−HT関連蛋白質の精製には公知の技術、例えば、細胞の可溶化、タンパク沈澱剤による処理,限外濾過,ゲル濾過,高速液体クロマトグラフィー,遠心分離,電気泳動,特異抗体や特異的リガンドを用いたアフィニティクロマトグラフィー,透析法等を単独で又はこれらの方法を組み合わせて用いることができる。
(2)セロトニン受容体5−HT2Aを発現する細胞、あるいはセロトニン受容体5−HT2Aを含む細胞分画等について
組換え5−HT関連蛋白質を用いずに、天然のセロトニン受容体5−HT2Aを高発現しているヒト組織あるいはヒト細胞株等を、本選択方法において用いることも可能である。また、上記の5−HT関連蛋白質をコードする遺伝子による形質転換体を用いることも可能である。ただし、この場合、これらの組織や細胞株等が、セロトニン受容体5−HT2Aを発現すると同時に、他のセロトニン受容体サブタイプを発現していないことが望ましい。具体的には、脂肪前駆細胞の確立した細胞株を樹立し、この細胞株自体、または、この脂肪前駆細胞の細胞株に、脂肪細胞へと分化する誘導をかけた脂肪細胞が、現実的なモデルであり、好適である。
この脂肪前駆細胞の細胞株の樹立方法は、既に公知であり、例えば、AsoH.,et al.,Biochem.Biophys.Res.Commun.,213(2),369−375(1995)等に記載されている。具体的には、例えば、目的とする哺乳動物(ヒトを含む)から摘出した脂肪組織を、コラゲナーゼ等により、細胞単位に分解し、これに対して遠心分離を行い、上清の油滴を有する脂肪細胞を除き、残渣に存在する個々の細胞のうち、繊維芽細胞状の細胞を、脂肪前駆細胞候補として、継代培養を行って、細胞株として樹立し、これらの個々の細胞株の一部の細胞に対して、脂肪細胞への誘導を、例えば、FBS添加のDMEM培地等の培養培地に、酢酸、オクタン酸、デキサメタゾンおよびインシュリン等を添加した誘導培地を用いて行い、接触阻害が認められ、かつ、細胞内に油滴が蓄積して、脂肪細胞への分化が認められた細胞の細胞株を、脂肪前駆細胞の細胞株とすることができる。このような細胞株の由来は、上述したように、本選別方法により選別されるべき物質の性質に応じて、哺乳動物(ヒトを含む)の中から選択することができる。
また、このような脂肪前駆細胞株や、これから誘導される脂肪細胞等の、セロトニン受容体5−HT2A発現細胞は、上述のように、それ自体を本選別方法において使用することが可能であり、また、このような発現細胞から、セロトニン受容体5−HT2Aを含む細胞分画(例えば、超音波破砕処理と超遠心法により得た膜成分等)を得て、これを用いることもできる。
以上、(1)(2)に記載したように、純化した5−HT関連蛋白質、あるいは5−HT関連蛋白質遺伝子を発現する細胞、あるいは5−HT関連蛋白質を含む細胞分画等(以下、これらの蛋白質、細胞、細胞分画等を総称して、5−HT等ともいう)を調製して、これらを本選別方法に用いることができる。
B.本選別方法について
前述したように、本選別方法は、被験物質を、セロトニン受容体5−HT2Aに接触させることによる、当該受容体5−HT2Aの変化を検出して、当該変化を、被験物質の脂肪前駆細胞に対する作用として同定して、当該作用を有する被験物質を選別する、被験物質の選別方法である。
ここで、被験物質を、セロトニン受容体5−HT2Aに接触させることによる、当該受容体5−HT2Aの変化から同定される、被験物質の脂肪前駆細胞に対する作用として代表的な作用は、セロトニン受容体5−HT2Aサブタイプにおける選択的な調整作用である。
本選別方法は、脂肪前駆細胞が脂肪細胞に分化する際に、当該前駆細胞において、セロトニン受容体5−HT2Aが著しく認められ、セロトニンが、このセロトニン受容体サブタイプと接触することにより、脂肪前駆細胞が、油滴が蓄積した脂肪細胞に分化する、という知見に基づいて提供される、薬剤のスクリーニング方法である。
よって、被験物質が、セロトニン受容体5−HT2Aの活性に対して選択的な調整物質として同定されれば、その被験物質が、セロトニン以外の、第2のセロトニン受容体5−HT2Aに対する選択的調整物質として選別されることとなる。
被験物質が、このセロトニン受容体5−HT2Aに対する選択的調整物質であるか否かは、例えば、純化したセロトニン受容体5−HT2A、または、その部分ペプチド、あるいは、5−HT関連蛋白質を発現する細胞、あるいは、5−HT関連蛋白質を含む細胞画分を用い、例えば、セロトニン受容体5−HT2Aに対する選択的な結合能、あるいは、本発明に関連するセロトニン受容体5−HT2Aの機能、すなわち、脂肪前駆細胞の脂肪細胞への分化に対する選択的な作用等によって同定される。この脂肪前駆細胞の脂肪細胞への分化に対する選択的な作用の典型例として、脂肪前駆細胞の脂肪細胞への分化抑制作用を挙げることができる。
上述したように、本選別方法では、種々の分子形態の5−HT関連蛋白質を使用することが可能であるが、セロトニン受容体5−HT2Aの選択的な調整物質の活性評価にあたっては、一般的にいくつかの考慮すべき点がある。まず、脂肪前駆細胞または脂肪細胞と実質的な相互作用をするのに必要な、セロトニン受容体5−HT2Aの最小ドメインは、現在のところ不明である。従って、セロトニン受容体5−HT2Aの部分ペプチドを使用するより、セロトニン受容体5−HT2A蛋白質の全長を使用した方が、現在のところは好適であるかもしれない。また、セロトニン受容体5−HT2A蛋白質の一部のアミノ酸を置換あるいは除去した、セロトニン受容体5−HT2A蛋白質の誘導体では、リガンド選択性が変化する可能性がある。従って、天然のセロトニン受容体5−HT2A蛋白質と同一のアミノ酸配列をもったものを使用することが好適かもしれない。また、ヒト膜蛋白質として存在するセロトニン受容体5−HT2A蛋白質の細胞外領域に結合している糖鎖が、セロトニン受容体5−HT2Aが、脂肪前駆細胞における、脂肪細胞への分化の調整作用を発揮するために必要である可能性がある。従って、5−HT関連蛋白質を発現させる宿主は、糖鎖を付加しうる宿主細胞が好適かもしれない。この場合さらに、糖鎖の種類が、セロトニン受容体5−HT2Aの機能に関係する可能性がある。従って、糖鎖構造に関する十分な情報が入手されるまでは、ほ乳類動物細胞を宿主細胞として使用することが好適かもしれない。勿論、調整物質の大量のスクリーニングに当たっては、上述した改変やセロトニン受容体5−HT2Aの部分ペプチド等が有利な場合があるので、目的に応じて使用する5−HT関連蛋白質の分子形態を選ぶことができる。
本選別方法によって、脂肪前駆細胞に選択的な調整物質を選別するに際して、その被験物質は全く限定されない。すなわち、本選別方法の被験物質は、天然物(生物工学的手法により製造された組換え蛋白質等を含む)、化学合成品であってもよい。また、本選別方法を行うに際しては、必要に応じて、公知の標識又は非標識のリガンドを用いることができる。
被験物質のセロトニン受容体5−HT2Aを介した脂肪前駆細胞等への作用の同定方法は、特に限定されず、当業界周知のアッセイ法を用いて測定することができる。例えば、脂肪細胞内の油滴中に蓄積された中性脂肪(トリグリセライド)を定量する方法、細胞内の油滴を染色する方法(例えば、Oil Red O染色等)、脂肪細胞の分化マーカーとして知られている遺伝子、または、これに基づく蛋白質(PPARγ2,aP2,perilipin等)を検出する方法等を挙げることができる。
被験物質における、セロトニン受容体5−HT2Aを介した脂肪前駆細胞等への作用を同定する代表的な手段の一つとして、(1)被験物質の、5−HT関連蛋白質に対する結合性を指標とする手段を挙げることができる。
この手段を用いる場合、例えば、被験物質の精製5−HT関連蛋白質への結合は、表面プラズモン共鳴を測定原理とした装置[例えばBiacore 2000(アマシャムファルマシア社)]で直接測定することができる(例えばBoris,J.ら、J.Biol.Chem.,272:11384−11391,1997に記載された方法を例示できる)。また、被験物質の5−HT関連蛋白質への結合は、標識した被験物質を用いて直接試験することも可能であり、また、上述したように、標識した公知のリガンド(例えば、[H]標識セロトニン)の結合の阻害もしくは増強を指標に測定することもできる(例えば、Boie,Y.ら、J.Biol.Chem.,270:18910−18916,1995に記載された方法を例示できる)。
この手段により、被験物質に、5−HT関連蛋白質に対する結合性が認められれば、被験物質が、セロトニン受容体5−HT2Aを介した脂肪前駆細胞の脂肪細胞の分化に対して、抑制作用や促進作用等の何らかの作用を及ぼす調整物質である可能性が高くなる。
また、上記の代表的な手段の他の態様として、(2)被験物質のセロトニン受容体5−HT2Aを介した脂肪前駆細胞に対する働きを検出することにより、所望する調整作用を有する被験物質を選別することができる。
例えば、上記(1)により、調整物質として選別された被験物質による、in situの状態の脂肪前駆細胞の脂肪細胞への分化の促進、あるいは、当該促進に与える作用(阻害あるいは促進)を検出することにより、被験物質の脂肪前駆細胞に対する働きを検出することができる。上述したように、この場合、脂肪前駆細胞の細胞株を樹立し、この細胞株を用いて、上記の作用を検出することが好適である。
この手段において、被験物質により、in situの状態の脂肪前駆細胞の脂肪細胞への分化が促進されることが認められれば、被験物質は、脂肪前駆細胞等において、セロトニン受容体5−HT2Aを介して、脂肪細胞への分化を促進する、アゴニスト等として選別され、逆に、脂肪細胞への分化が抑制されれば、被験物質が、脂肪細胞への分化を抑制する、アンタゴニスト等として選別される。
特に、脂肪細胞への分化を抑制するアンタゴニストは、脂肪組織の増大を抑制する抗肥満剤の有効成分として有用と考えられる。また、脂肪細胞への分化を促進するアゴニストは、例えば、ウシ、ブタ等の家畜の精肉における脂肪含有率を高める薬剤の有効成分として有用であると考えられる。
【実施例】
以下、実施例により、本発明を、さらに具体的に説明する。
[脂肪前駆細胞株]
脂肪前駆細胞が脂肪細胞に分化する際に、どのような因子が働くかを検討するために、前述した方法で樹立された脂肪前駆細胞株(以下、BIP細胞ともいう)を、下記の手順で調製した。
ウシの脂肪組織を細断し、500mg脂肪組織/mlの比率で、コラゲナーゼ溶液(DMEM,2mg/mlコラゲナーゼ,2%BSA)を加え、37℃で45分間ゆっくりと攪拌し、上記脂肪組織を、個々の細胞単位に分け、150μm径のステンレスメッシュで濾過を行い、コラゲナーゼ処理で消化しきれなかった細胞残渣を除いた。次に、このコラゲナーゼ処理物に遠心分離処理(800×g,10分間)を施し、遠心分離処理物の上清に認められる油滴を多く含む脂肪細胞を除き、油滴を含まない脂肪前駆細胞を含む沈殿物を、細胞懸濁液(DMEM,10%FBS,100units/mlペニシリン,100μg/mlストレプトマイシン,33μMビオチン,17μMパントテン酸,1mMオクタン酸,100μMアスコルビン酸)で懸濁し、φ35mmディッシュに、10cells/dishの細胞密度で培養(5%CO・37℃)した。培養開始から2日後、ディッシュを5回リンスし、脂肪細胞およびディッシュに接着しなかった細胞を除去して、引き続き培養を行った。培養開始6〜7日後に細胞がディッシュー面に増殖した段階で、トリプシン溶液(PBS,0.04%トリプシン,0.02%EDTA)で細胞をはがして、新しいφ35mmディッシュで、2×10cells/dishの細胞密度で培養(5%CO・37℃)した。4日毎に、この継代培養を繰り返し、7回目の継代の際に、限界希釈法により、細胞のクローニングを行った。なお、限界希釈法を行う際には、ウシfibroblast growth factor(bovineFGF)を10ng/ml、培地に添加した。
このようにして得られたクローンから、接触阻害がかかり(接触阻害がかからない癌化細胞等の異常細胞を除去するため)、かつ、高い効率で脂肪細胞に分化するものを選んで、その中の1株を、脂肪前駆細胞株(BIP細胞)とした。
[発現遺伝子の検索]
ウシ脂肪前駆細胞における発現遺伝子の検索
上述のようにして得られたBIP細胞に対して、脂肪細胞への誘導を行い、誘導の前後におけるcDNAの配列を比較して、脂肪細胞への分化における特有の遺伝子の検索を行った。
具体的には、BIP細胞を、8.5×10cells/cmの密度でディッシュに播き、細胞増殖用培地(DMEM,10%FBS,100units/mlペニシリン,100μg/mlストレプトマイシン)で継代培養を、上記と同条件で行った。この継代培養により得られるBIP細胞を、2.1×10cells/cmの密度でディッシュに播き、前記の増殖用培地で2日間培養を行った。次いで、培地を分化誘導培地(前記の増殖用培地に、50ng/mlインシュリン,0.25μMデキサメタゾン,1〜5mMオクタン酸,10mM酢酸を添加した培地:一般的な脂肪分化誘導培地として、例えば、FRANCINE M.GREGOIRE,et al.,Understanding Adipocyte Differentiation.PHYSIOLOGICA)REVIEWS,Vol.78,No.3,783−809,1998に具体的に記載されている)で、上記と同条件で培養し、脂肪細胞への分化誘導を行った。
前記の増殖培養2日目の脂肪前駆細胞と、分化誘導後4日目の脂肪細胞との間で、発現に違いが認められる遺伝子の検索を、Suppression subtractive hybridization法を用いて行った。すなわち、PCR−select subtraction kit(Clontech Laboratories,Inc.,Palo Alto,CA)を用いて行った。
具体的には、下記のFirst ScreeningとSecond Screeningを行った。
(1)First Screening
前記の増殖培養2日目の脂肪前駆細胞と、分化誘導4日目の脂肪細胞から、poly(A)RNAを抽出し、それぞれを”driver”および”tester”として用いた。2μgのpoly(A)RNAからcDNAを合成し、”tester”cDNAは2等分し、それぞれに異なるアダプターをライゲーションした。
次に、”tester”cDNAと”driver”cDNAを、2回ハイブリダイズし、ハイブリダイズしたcDNA(”tester”と”driver”のどちらでも発現している遺伝子が、互いにハイブリダイズする)を除去した。
ここで、ハイブリダイズせずに残ったcDNAが、”tester”と”driver”のそれぞれにおいてのみ発現している遺伝子である。この中から、”tester”に特異的に発現する遺伝子を増幅するために、suppression PCRを行った。suppression PCRは、”tester”cDNAにのみライゲーションしたアダプターの塩基配列を基に、2回のPCRを行い、”tester”に特異的に発現する遺伝子のみを増幅する。
このようにして得られた”tester”特異的に発現する遺伝子群を、さらに、300bp以上の遺伝子断片にサイズセレクションした。
これらの遺伝子断片をクローニングベクターに組み込み、これを用いて大腸菌を形質転換して、クローニングを行った。
(2)Second Screening
前記の増殖培養2日目の脂肪前駆細胞と、分化誘導後4日目の脂肪細胞から、poly(A)RNAを抽出し、ノーザンブロットを行い、分化誘導後4日目の脂肪細胞でのみ発現または発現増強している遺伝子を選択した。
(3)全長遺伝子のクローニング
さらに、Suppression subtractive hybridization法により得られた遺伝子断片についての知見を基に、全長遺伝子のクローニングを行った。
すなわち、分化誘導後4日目の脂肪細胞から、poly(A)RNAを抽出し、λZAPIIcDNAライブラリーを作製した。ここから2nd.Screeningにより得られた遺伝子配列をプローブとして、公知のプラークハイブリダイゼーション法により、全長のcDNAを含む組み換えファージをクローニングした。λZAPII(STRATGENE社)は、excisionすることにより、cDNAは、pBlueScriptクローニングベクターに組み込まれ、大腸菌に形質転換した状態で得ることができる。
このようにして得られた形質転換大腸菌から、公知の方法により、cDNAが組み込まれたpBlueScriptを精製し、cDNAの塩基配列を解析した。
解析した塩基配列を基に、データベース上でホモロジー検索を行った結果、6−3と命名したクローンが、ウシのセロトニン受容体5−HT2Aの全長(配列番号1)をコードしていることが判明した。
ヒト脂肪前駆細胞における発現遺伝子の検索
東洋紡株式会社よりヒト脂肪前駆細胞を購入し、前駆細胞分化誘導培地(東洋紡株式会社)を用いて脂肪細胞への分化誘導を行った。分化誘導前と分化誘導後3,6,9,12日目にtotal RNAを抽出し、RT−PCRにより、セロトニン受容体5−HT2Aをコードする遺伝子の増幅を、既知のヒトセロトニン受容体5−HT2Aをコードする遺伝子の塩基配列の一部に相補的なPCRプライマーを用いて、常法により行い、脂肪細胞への分化の過程における、このセロトニン受容体サブタイプの発現を検討した。その結果を示す、遺伝子増幅産物の電気泳動像を第1図に示す[第1図において、左端はマーカー、続いて、分化誘導前、分化誘導後3日目、分化誘導後6日目、分化誘導後9日目、分化誘導後12日目、のセロトニン受容体5−HT2Aをコードする遺伝子の増幅産物(440bp)のバンドを示している。マーカーの分子量は、上から、800、600、400、200bpである]。
第1図に示す結果より、ヒトにおいても、脂肪前駆細胞の分化誘導後に、セロトニン受容体5−HT2Aの発現が誘導されていることが確認できた。すなわち、ヒトの場合においてもBIP cell,3T3−L1 cellと同様、脂肪細胞への分化に、セロトニン受容体5−HT2Aが関与していることがわかる。
なお、第1図の分化誘導前のレーンにも、セロトニン受容体5−HT2Aの存在を示すバンドが、わずかながら認められる。これは、購入したヒト脂肪前駆細胞において、分化誘導前から細胞内に油滴が存在している細胞が観察されることから、このヒト脂肪前駆細胞の市販品が、完全な脂肪前駆細胞ではなく、すでに脂肪細胞に分化しかけた細胞が混入している細胞集団であることを示している。よって、このような脂肪細胞の脂肪前駆細胞中における混入が、分化誘導前においてもセロトニン受容体5−HT2Aの発現が微量検出される原因となっていると考えられる。
これらの結果により、脂肪前駆細胞が、脂肪細胞に分化する際には、セロトニン受容体5−HT2Aが発現することが明らかとなり、脂肪細胞への分化と、神経伝達物質等として知られているセロトニンが、深い関わりを持っていることが推察された。
[セロトニンの脂肪細胞への分化に対する影響と本選択方法の有用性]
セロトニンの脂肪細胞への分化に対する影響と本選択方法の有用性について検討するために、脂肪細胞へと分化することが知られている、マウス由来の細胞株(3T3−L1細胞:ATCCから購入)を用いた。
3T3−L1細胞は、増殖培地[DMEM,10%CS(calf serum),100units/mlペニシリン,100μg/mlストレプトマイシン]で、5%CO、37℃下で培養後、細胞がディッシュー面に増殖してから2日後に、分化誘導培地[DMEM,10%FBS,1〜10μg/mlインシュリン,1μMデキサメタゾン,0.5mM IBMX(3−isobutyl−1−methylxanthine),100units/mlペニシリン,100μg/mlストレプトマイシン]と、培地交換を行い、同条件で2日間培養した。次いで、分化維持培地[DMEM,10%FBS,1〜10μg/mlインシュリン,100units/mlペニシリン,100μg/mlストレプトマイシン]と培地交換を行い、引き続き、培養を継続した。
本試験は、上記の3T3−L1細胞の分化誘導時に、分化誘導培地に、セロトニン受容体5−HT2に対するアンタゴニストであるKetanserin(シグマ社製)もしくはセロトニン受容体5−HT2Aに対するアンタゴニストであるLY−53857(シグマ社製)を、それぞれ1μM添加した培地を用いた群、また、ポジティブコントロールとして、セロトニンを5μM添加した培地を用いた群、ネガティブコントロールとして、誘導培地への交換を行わない群において、培地交換6日後、9日後、12日後の細胞内におけるトリグリセリドの蓄積量を、トリグリセライドGテストワコー(和光純薬社製)により定量し、比較検討を行った。その結果を第2図と第3A図〜第3D図に示す。第2図の結果により、上記のセロトニン受容体5−HT2Aに対するアンタゴニストを添加した群は、トリグリセリドの細胞内の蓄積が少なくなっており、脂肪細胞への分化が抑制されていることが判明した。また、第3A図〜第3B図[第3A図:無添加誘導群、第3B図:セロトニン添加群、第3C図:Ketanserin添加群、第3D図:非誘導群]は、分化誘導6日目の細胞を、位相差顕微鏡(50倍)を用いて、目視による検討を行った結果を示す図面である。この結果も、第2図に示した結果を裏付けている。
これらの結果により、セロトニン受容体5−HT2Aは、脂肪前駆細胞の脂肪細胞分化時において、分化促進に向けて働いていることが明らかになり、さらに、この働きは、セロトニン受容体のアンタゴニストにより抑制されることが明らかになった。すなわち、当該セロトニン受容体サブタイプに対するアゴニスト、アンタゴニスト等の調整作用を有する物質は、脂肪細胞への分化に対する促進作用または抑制作用等を有し、5−HT関連蛋白質を用いてスクリーニングを行うことにより、脂肪細胞の蓄積を抑制する抗肥満剤の有効成分や、精肉の中にサシを入れることが可能な脂肪生成促進剤の有効成分を見出すことが可能であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
本発明により、肥満と関連する脂質代謝の働きを原理とした、抗肥満剤等として用い得る成分の選択手段が提供される。
【配列表】








【図1】

【図2】



【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質を、セロトニン受容体5−HT2Aまたはその誘導体に接触させることによる、当該受容体5−HT2Aまたはその誘導体の変化を検出して、当該変化を、被験物質の脂肪前駆細胞に対する作用として同定して、当該作用を有する被験物質を選別する、被験物質の選別方法。
【請求項2】
脂肪前駆細胞に対する作用が、脂肪前駆細胞の脂肪細胞への分化抑制作用である、請求項1記載の被験物質の選別方法。
【請求項3】
セロトニン受容体5−HT2Aまたはその誘導体の変化が、被験物質の当該受容体5−HT2Aまたはその誘導体への結合である、請求項1または2記載の被験物質の選別方法。
【請求項4】
セロトニン受容体5−HT2Aが、in situの状態で存在するセロトニン受容体5−HT2Aである、請求項1〜3のいずれかの請求項記載の被験物質の選別方法。

【国際公開番号】WO2004/081565
【国際公開日】平成16年9月23日(2004.9.23)
【発行日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−569340(P2004−569340)
【国際出願番号】PCT/JP2003/002899
【国際出願日】平成15年3月12日(2003.3.12)
【出願人】(591083336)株式会社ビー・エム・エル (31)
【Fターム(参考)】