説明

脂肪酸類の製造方法

【課題】脂肪酸類を自然分別し、濾過することにより目的とする脂肪酸類を製造する方法において、分離効率を維持しつつ更に速い濾過速度を達成する。
【解決手段】原料脂肪酸類を溶融後、冷却することにより結晶を析出させ、濾過することにより飽和脂肪酸類と不飽和脂肪酸類を製造する方法であって、濾過操作における濾材として、析出する結晶の体積粒度分布に対して小さい側から累積5〜60質量%の粒径に相当する孔径を有する表面濾過濾材を使用する飽和脂肪酸類と不飽和脂肪酸類の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸類の混合物から飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とを自然分別法により効率良く分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂肪酸類は、モノグリセリド、ジグリセリド等の食品の中間原料や、その他各種の工業製品の添加剤、中間原料として広く利用されている。かかる脂肪酸類は、一般に、菜種油、大豆油等の植物油や牛脂等の動物油を高圧法や酵素分解法により加水分解することにより製造されている。ところが、上記のように動植物油を単に加水分解して製造された脂肪酸類は、そのままの脂肪酸組成では産業上の素原料として必ずしも好適なものではない。すなわち、利用の目的によって、不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸に分別することが必要となる。
【0003】
そこで、所望の脂肪酸を得るために、脂肪酸組成の調整が必要となる。一般に、脂肪酸類の分別には、溶剤分別法、湿潤剤分別法が採用されているが、これらの方法は分離効率(収率)は高いものの、設備投資、溶剤や湿潤剤水溶液の回収等のランニングコストがかかるという問題を有している。これに対し、溶剤を使用しない自然分別法(無溶剤法)は、安価な分別法であり、問題点とされていた濾過速度の低下等についても、ポリグリセリン脂肪酸エステル等の乳化剤(結晶調整剤)を使用することにより改善が図られている(特許文献1参照)。
【0004】
濾過工程における濾材は、濾過対象粒子を効率良く分離するために、濾過対象粒子の粒径を見極めてその孔径を決定するのが一般的である。一般に濾材を用いて固体を捕捉するという目的を達するには、濾材のもつ細孔の孔径が分離すべき固体の粒子径より小さいか、又は粒子が細孔の上に架橋して孔の大きさを狭めることが必要とされている(非特許文献1参照)。また、濾材は表面濾過濾材と内部濾過濾材に大別され、一般に表面濾過においては、分離粒子径は必然的に細孔径にほぼ等しく(非特許文献2参照)、表面濾過素材の孔径は濾過対象粒子の最低粒径よりも小さくすることが必要となるが、孔径が小さ過ぎると濾過抵抗が大きくなり濾過効率が低下する。また、内部濾過(深層濾過)においては、その孔径を濾過対象粒子の粒径よりも大きくすることが可能であるが(非特許文献2参照)、濾材内部に濾過対象粒子が蓄積することにより、濾過が進むに従い濾過効率が低下する、濾材内部に蓄積した部分が無駄になる等の問題点がある。
【0005】
【特許文献1】特開平11-106782号公報
【非特許文献1】化学装置の理論と計算(第2版)産業図書(株)
【非特許文献2】石川敏ら,「確率モデルにもとづく金属不織布濾材の粒子分離機構の解析」,化学工学論文集,2004年,第30巻,第5号,p.604-
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、濾過工程は、理論上の限界点が存在するために、効率化という点においてはある程度の妥協点で行っていた。また、脂肪酸類の混合物から飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とを自然分別する工程で結晶調整剤を使用した技術においても、上記妥協点で低効率の条件に設定せざるを得なかった。そこで、こういった場合に、更なる濾過の効率化が達成できれば、安定生産、コスト面等でのメリットが大きい。
【0007】
従って本発明の目的は、脂肪酸類を自然分別し、濾過することにより目的とする脂肪酸類を製造する方法において、分離効率を維持しつつ更に速い濾過速度を達成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題について検討したところ、脂肪酸類の結晶を表面濾過する場合において、濾材の孔径を、濾過対象の粒径に比べて従来では採用できないレベルまで大きくした場合でも、ある特定の範囲に限っては濾過漏れを生ずることがなく、これにより、濾過効率を維持しながら濾過速度を向上させることができることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、原料脂肪酸類を溶融後、冷却することにより結晶を析出させ、濾過することにより飽和脂肪酸類と不飽和脂肪酸類を製造する方法であって、濾過操作における濾材として、析出する結晶の体積粒度分布に対して小さい側から累積5〜60質量%の粒径に相当する孔径を有する表面濾過濾材を使用する飽和脂肪酸類と不飽和脂肪酸類の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、脂肪酸類の自然分別法による飽和脂肪酸類と不飽和脂肪酸類の分別において、結晶析出後の分離効率を高く、かつ濾過速度を速くすることができ、製造工程の効率化、短縮化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
〔定義〕
本発明において、「自然分別法」とは、処理対象の原料脂肪酸類を、分相する量の水を含まず、かつ溶剤を使用せず、必要に応じ撹拌しながら冷却し、固体成分が析出した後、固−液分離を行う方法をいう。「表面濾過」とは、濾材表面で固体粒子を補足する濾過をいう。「飽和脂肪酸比率」とは、ガスクロマトグラフィーにより測定した値をいい、「透明融点」とは、基準油脂分析試験法(2.2.4.1-1996)により測定した値をいう。
【0012】
〔原料脂肪酸類〕
本発明において、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の分別の対象となる原料脂肪酸類は、菜種油、大豆油等の植物油や牛脂等の動物油を、高圧法や酵素分解法により加水分解することにより製造される。本発明の方法は、原料脂肪酸類中の脂肪酸の量が50質量%以上、特に85質量%以上であるような場合により有効であり、部分グリセリドが存在していてもよい。また、この原料脂肪酸類としては、脂肪酸組成中のパルミチン酸、ステアリン酸等の飽和脂肪酸(C12〜C22)の比率が、5〜60質量%、特に8〜50質量%のものが好ましい。例えば大豆油、パーム油等の植物油由来の脂肪酸を用いることができる。
【0013】
〔結晶調整剤〕
本発明における自然分別法は、原料脂肪酸類に対し、結晶の析出前に結晶調整剤を添加して行うことが好ましい。結晶調整剤としては、特に限定されないが、多価アルコール脂肪酸エステルが好ましく、食品添加物であるショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、有機酸モノグリセリド、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル等が挙げられ、なかでもポリグリセリン脂肪酸エステルが好ましい。本発明において特に好ましいポリグリセリン脂肪酸エステルとして、透明融点が次式(1)で示される範囲にあるものが挙げられる。
【0014】
0.38x+13≦y≦0.54x+44 (1)
【0015】
〔x:原料脂肪酸類の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸(C12〜C22)比率(重量%)
y:ポリグリセリン脂肪酸エステルの透明融点(℃)〕
【0016】
より好ましい透明融点(y)の範囲は、0.38x+19≦y≦0.54x+40であり、特に好ましい範囲は、0.38x+28≦y≦0.54x+36である。また、ポリグリセリン脂肪酸エステルの透明融点(y)は、原料脂肪酸類の透明融点より高いことが好ましい。
【0017】
また、ポリグリセリン脂肪酸エステルにおけるグリセリンの平均重合度は、濾過容易な結晶状態を得る点から5以上、特に8〜30が好ましい。また、ポリグリセリン脂肪酸エステルにおける脂肪酸は、ポリグリセリン脂肪酸エステルの透明融点調整の点から、炭素数10〜22、特に炭素数12〜18の飽和又は不飽和の脂肪酸から構成されることが好ましい。当該脂肪酸は、単一脂肪酸で構成されてもよいが、混合脂肪酸で構成されているものが、特に濾過容易な結晶状態を得る点から好ましい。ポリグリセリン脂肪酸エステルは市販品を用いることができ、また、ポリグリセリンと脂肪酸とのエステル化反応で合成してもよい。ポリグリセリンと脂肪酸とのエステル化反応は、これらの混合物に水酸化ナトリウム等のアルカリ触媒を添加し、窒素等の不活性ガス気流下、200〜260℃で直接エステル化させる方法、酵素を使用する方法等のいずれの方法によってもよい。
【0018】
結晶調整剤は2種以上を併用してもよく、またその添加量は、原料脂肪酸類に対して0.001〜5重量%、特に0.05〜1重量%程度が好ましい。
【0019】
〔温度調整〕
結晶調整剤は、原料脂肪酸類に完全に溶解できるように、ポリグリセリン脂肪酸エステルの透明融点より高い温度で混合溶解することが好ましい。この混合溶解の後における冷却時間及び冷却温度は、原料の量、冷却能力などによって異なり、原料脂肪酸類の組成により適宜選択すればよい。例えば、大豆脂肪酸の場合、−3℃まで1〜30時間、好ましくは3〜20時間程度必要である。また菜種脂肪酸の場合、2℃まで1〜30時間、好ましくは3〜20時間である。冷却は、回分式処理でも連続式でもよい。これにより、固体部として飽和脂肪酸が、液体部として不飽和脂肪酸が、それぞれ得られる。冷却操作は、析出する結晶の平均粒径が100μm以上、特に150μm以上となるような条件で行うことが好ましい。
【0020】
〔結晶粒径測定〕
固体部の結晶の粒径測定方法は、特に限定されるものではないが、例えば顕微鏡法が挙げられる。顕微鏡法は、粒子の大きさと個数を測定する方法であるが、大きさは、定方向径(任意の一定方向の二平行線を各粒子に外接させたときの間隔)で測定することができる(化学機械の理論と計算,第2版,亀井三郎著,p.464)。また、体積基準の粒度分布は、定方向径を代表長さとする球径粒子とみなすことで容易に計算することができ、更に粒子の比重を一定とみなすことにより質量基準の粒度分布に実質等しいものとなる。
【0021】
〔表面濾過濾材〕
本発明では、固-液分離の方式として、表面濾過方式を採用する。表面濾過方式の濾材としては特に限定されないが、濾布、織金網、ノッチワイヤー、パンチングメタル等が挙げられる。表面濾過濾材としては、分離効率と濾過速度の両立の点から、析出する結晶の体積粒度分布に対して小さい側から累積5〜60質量%の粒径に相当する孔径を有するものが使用され、好ましくは累積10〜50質量%、より好ましくは累積10〜40質量%の粒径に相当する孔径を有するものが使用される。また、濾材の厚さは、内部濾過抵抗を低減する点から、1.5mm以下、特に1mm以下が好ましく、また、強度の点から、0.1mm以上が好ましい。
【0022】
ここで、濾材の孔径はバブルポイント法(JIS K 3832)により求めることができる。バブルポイント法は、濾材の最大孔径を測定するのに広く使用される方法である。すなわち、密度、表面張力が既知で濾材をよく濡らす液体(水又はアルコール)をあらかじめ濾材の細孔内に吸収させておき、膜の裏側から空気圧をかけて、膜表面に気泡の発生が観察できる最小圧力(バブルポイント)を測定する。下に示す液体の表面張力(γ)とバブルポイントとの関係式から、孔径(d)を推算することができる。
【0023】
d=(4γcosθ)/ΔP
〔d[m]:孔径,θ:膜素材と溶媒の接触角(完全に濡れる溶媒(イソプロピルアルコール)の場合は0°),γ[N/m]:溶媒の表面張力,ΔP[Pa]:バブルポイント圧力〕
【0024】
一般に表面濾過方式では、分離粒子径は必然的に濾材孔径とほぼ等しく、従って、濾過時の漏れを回避するため、通常は、析出粒子の粒度分布最小径より小さな孔径が採用される。これに対し本発明では、析出粒子の体積粒度分布に対し小さい側から累積5〜60質量%相当という大きな孔径を有する濾材を使用するにもかかわらず、濾過時の漏れはなく、従って、濾過効率を維持しながら濾過速度を向上させることができる。
【実施例】
【0025】
以下の実施例において、脂肪酸組成、飽和脂肪酸比率は、ガスクロマトグラフィーにより測定し、脂肪酸の透明融点は、基準油脂分析試験法(2.2.4.1-1996)により測定し、濾材の孔径は、バブルポイント法により測定した。
【0026】
〔原料脂肪酸の調製〕
表1に示す油脂を常法により加水分解し、原料脂肪酸を調製した。使用した脂肪酸の脂肪酸組成、飽和脂肪酸比率(質量%)、脂肪酸濃度を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
〔脂肪酸の分別〕
晶析槽に、表1に示す原料脂肪酸30kg及び表2に示すポリグリセリン脂肪酸エステル(デカグリセリンエステル)45gを加え、80℃で均一に溶解する。次いで、30rpmで撹拌しつつ、30℃まで1時間で冷却後、3℃/hの冷却速度で−3℃まで冷却し3時間熟成した。次いで、濾過前槽にポンプで移送した。結晶粒径分布は濾過前槽からスラリーを採取し、顕微鏡法により測定した。その結果を表3に示す。濾過前槽からスラリーを抜出し、表4に示す各種の濾布を用いて0.03MPaで加圧濾過(濾過面積39cm2)して液体部(不飽和脂肪酸)と固体部(結晶部;飽和脂肪酸)に分別した。500mLの濾液を得るために必要な濾過時間、液体部収率及び液体部と固体部の脂肪酸組成(C12〜C22飽和脂肪酸の比率)を測定した結果、及び濾液の状態を観察した結果を表4に示す。
【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
【表4】

【0032】
表4から明らかなように、濾別操作を、結晶の体積粒度分布に対して小さい側から累積5〜60質量%の粒径に相当する孔径の濾材を用いた場合は、濾過時間が早く、液体部品質が変わらないため短時間にかつ高収率で飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸が自然分別できることがわかる。これに対し、結晶の体積粒度分布に対して小さい側から累積5質量%未満の粒径に相当する細孔径の濾材を用いた場合は、濾過速度が遅いため好ましくなく、累積60重量%を超える場合には、結晶の濾過漏れにより液体部の品質が低下するため好ましくない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料脂肪酸類を溶融後、冷却することにより結晶を析出させ、濾過することにより飽和脂肪酸類と不飽和脂肪酸類を製造する方法であって、濾過操作における濾材として、析出する結晶の体積粒度分布に対して小さい側から累積5〜60質量%の粒径に相当する孔径を有する表面濾過濾材を使用する飽和脂肪酸類と不飽和脂肪酸類の製造方法。
【請求項2】
結晶の析出前に、ポリグリセリン脂肪酸エステルを添加混合するものである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
結晶の平均粒径が100μm以上である請求項1又は2記載の製造方法。

【公開番号】特開2006−176608(P2006−176608A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−370317(P2004−370317)
【出願日】平成16年12月22日(2004.12.22)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】