脂質又は酵素活性の定量方法、定量キット、及び病態の評価方法
【課題】 簡便且つ高感度に脂質を定量できる方法を提供する。
【解決手段】 定量の対象である脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記対象脂質を基材の表面に固定する固定工程と、前記基材表面に固定された対象脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、前記対象脂質に結合した非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含む脂質定量方法とする。
【解決手段】 定量の対象である脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記対象脂質を基材の表面に固定する固定工程と、前記基材表面に固定された対象脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、前記対象脂質に結合した非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含む脂質定量方法とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質又は脂質を反応基質とする酵素の活性の定量、及び当該定量に基づく病態の評価に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質は生体を構成する成分の1つであり、生体内の生理的プロセスにおいて重要且つ多様な役割を果たしている。すなわち、例えば、哺乳動物において、細胞膜を構成するリン脂質の1つであるホスホイノシチド(phosphoinositide)は、細胞内において、イノシトール1,4,5三リン酸やジアシルグリセロール等のセカンドメッセンジャーを生成するとともに、細胞のメンブレントラフィック、細胞骨格の再編成、細胞分裂、アポトーシス、細胞内代謝等に関連する様々なタンパク質と直接且つ特異的に相互作用し、当該タンパク質の機能を制御している。
【0003】
また、このような重要な役割を果たす脂質の代謝は、特定の脂質を反応基質とする酵素(以下、脂質関連酵素)によって厳密に制御されていると考えられる。実際に、脂質の代謝異常は、癌、糖尿病、ミオパシー等の様々な病態を引き起こすことが明らかになってきている。
【0004】
したがって、例えば、生体の特定の細胞に含まれる脂質又は脂質関連酵素の種類や活性を正確に測定することができれば、新たな医薬や病態の評価方法等の開発が可能になると期待される。
【0005】
従来、脂質又は脂質関連酵素の測定方法としては、例えば、ラジオアイソトープによる方法(非特許文献1参照)、クロマトグラフィーによる方法(非特許文献2参照)、質量分析による方法(非特許文献3参照)等があった。
【非特許文献1】Maehama,T. et al.;Anal.Biochem.,279,248−250(2000)
【非特許文献2】Serunian,L.A. et al.;Methods Enzymol.,198,78−87(1991)
【非特許文献3】Wenk,M.R. et al.;Nat.Biotechnol.,21,813−817(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来の測定方法は、技術的に煩雑な操作を要するため、例えば、多くの種類の脂質や脂質関連酵素を対象として、網羅的に、ハイスループットな解析を行うことは困難であった。
【0007】
また、上記従来の測定方法は、その検出感度に限界があるため、例えば、細胞内に極微少量だけ含まれる種々のリン脂質について、リン酸基の数や結合位置が互いに異なる各リン脂質を正確に定量することは困難であった。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑みて為されたものであって、簡便且つ高感度に脂質又は脂質関連酵素活性を定量できる方法及び定量キット、さらに当該定量方法及び定量キットを用いた病態の評価方法を提供することをその目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る脂質定量方法は、定量の対象である脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記対象脂質を基材の表面に固定する固定工程と、前記基材表面に固定された対象脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、前記対象脂質に結合した非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含むことを特徴とする。
【0010】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量方法は、特定の脂質と反応する酵素の活性を定量する方法であって、前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる工程と、前記非抗体プローブ物質を、前記反応後に前記基材表面に固定されている特定脂質に結合させる工程と、前記特定脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含むことを特徴とする。
【0011】
また、上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量方法は、特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量する方法であって、前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる反応工程と、前記反応工程において生成され、前記基材表面に固定されている前記他の脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、前記他の脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含むことを特徴とする。
【0012】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る脂質定量方法に基づく病態評価方法は、上記脂質定量方法を用いて、生体から採取した脂質を定量する工程と、前記脂質の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、を含むことを特徴とする。
【0013】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量方法に基づく病態評価方法は、上記酵素活性定量方法を用いて、生体から採取した酵素の活性を定量する工程と、前記酵素活性の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、を含むことを特徴とする。
【0014】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る脂質定量キットは、定量の対象とする脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、前記対象脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含むことを特徴とする。
【0015】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量キットは、特定の脂質と反応する酵素の活性を定量するキットであって、前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、前記特定脂質と、前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含むことを特徴とする。
【0016】
また、上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量キットは、特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量するキットであって、前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、前記特定脂質と、前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含むことを特徴とする
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の一実施の形態について説明する。なお、本発明は本実施形態に示すものに限られない。まず、本実施形態に係る脂質定量方法(以下、本脂質定量方法)、脂質関連酵素活性の定量方法(以下、本酵素活性定量方法)、及び病態の評価方法(以下、本病態評価方法)の概要について説明する。
【0018】
本脂質定量方法は、生体から取り出した血液や組織、生体から単離した初代細胞、樹立された株化細胞等に含まれる脂質や、遺伝子操作技術を用いて形質転換細胞に生産させた脂質等、任意の脂質を定量の対象とすることができる。
【0019】
すなわち、例えば、脂肪酸とアルコールとのエステルを含むジアシルグリセロール、トリアシルグリセロール、グリセロリン脂質(イノシトールリン脂質、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン等を含む)、スフィンゴリン脂質(スフィンゴミエリン等を含む)、グリセロ糖脂質(セラミド、セレブロシド等を含む)、スフィンゴ糖脂質、及びこれらに任意の官能基や分子鎖を導入した誘導体等を定量することができる。
【0020】
具体的に、例えば、ホスホイノシチド等のリン脂質のうち、1分子中に含まれるリン酸基の数や分子内結合位置等が互いに異なる複数種類のリン脂質を定量することができる。また、例えば、細胞内メンブレントラフィック、細胞骨格の再編成、細胞分裂、アポトーシス、細胞内代謝等に関連するシグナル伝達系において、特定のタンパク質と特異的に結合し、シグナル分子として機能する種々の脂質を定量することができる。
【0021】
本脂質定量方法に特長的なことの1つとして、定量の対象とする脂質(以下、対象脂質)に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質(以下、プローブ物質)を用いる点を挙げることができる。
【0022】
すなわち、例えば、いわゆる酵素免疫測定(Enzyme Linked ImmunoSorbent Assay;ELISA)法においては、タンパク質を測定の対象とする場合、当該タンパク質に対する抗体が用いられる。
【0023】
しかしながら、タンパク質に比べて分子量が小さい脂質については、当該脂質に対する抗体を作製することが容易でなく、特に、例えば、1分子に含まれる特定の官能基の数や結合位置等の違いを厳密に識別可能な抗体を作製することは困難である。
【0024】
そこで、本脂質定量方法においては、例えば、生体内で実際に対象脂質と特異的に相互作用している非抗体タンパク質(抗体ではないタンパク質)分子の一部分であって、当該対象脂質と特異的に結合する部分(以下、脂質結合ドメイン)を含むペプチド又は非抗体タンパク質を、プローブ物質として用いる。
【0025】
このプローブ物質は、例えば、基材表面に固定された対象脂質の量に応じた量で、当該対象脂質に特異的に結合するため、当該対象脂質を介して当該基材表面に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、当該対象脂質を簡便且つ高精度に定量することできる。
【0026】
また、本脂質定量方法に特長的なことの1つとして、対象脂質を含むリポソームを形成し、当該リポソームを基材表面に固定することにより、当該対象脂質を当該基材表面に固定する点を挙げることができる。
【0027】
すなわち、脂質は、タンパク質等に比べて水に対する溶解度が低いため、水溶液中で取り扱うことは容易でない。一方、脂質を有機溶媒等に溶解した場合には、例えば、生体内に存在する場合に比べて当該脂質の分子構造が変化してしまい、当該脂質の本来の特性を評価することが困難となる。
【0028】
これに対し、本脂質定量方法においては、対象脂質を含むリポソームを形成する。このため、本脂質定量方法においては、対象脂質を水溶液中で取り扱うことが容易となる。すなわち、例えば、対象脂質を表面に埋め込んだリポソームを形成して水溶液中に均一に分散し、当該水溶液中において当該リポソームを基材表面に吸着させることにより、当該対象脂質を、生体内に類似した状態で当該基材表面に均一に固定することができる。
【0029】
そして、この基材表面に均一に固定された対象脂質にプローブ物質を結合させ、当該対象脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、水溶液中において、当該対象脂質を簡便且つ高精度に定量することができる。
【0030】
本酵素活性定量方法は、生体から取り出した血液や組織、生体から単離した初代細胞、樹立された株化細胞等に含まれる脂質関連酵素や、遺伝子操作技術を用いて形質転換細胞に生産させた脂質関連酵素等、任意の脂質関連酵素を定量の対象とすることができる。
【0031】
すなわち、例えば、特定の脂質と特異的に反応するキナーゼ(イノシトール脂質キナーゼ等を含む)、ホスファターゼ(ホスホイノシチドホスファターゼ等を含む)、ホスホリパーゼ(ホスホリパーゼC等を含む)等、上述の本脂質定量方法において定量の対象となり得る脂質を反応基質とする脂質関連酵素の活性を定量することができる。
【0032】
本酵素活性定量方法に特徴的なこととして、定量の対象とする脂質関連酵素(以下、対象酵素)の反応基質である特定の脂質(以下、特定脂質)を含むリポソームを形成する点と、当該特定脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を用いる点と、を挙げることができる。
【0033】
すなわち、本酵素活性定量方法においては、例えば、特定脂質を表面に埋め込んだリポソームを形成することにより、当該特定脂質を水溶液中に均一に分散するとともに、当該水溶液中において当該リポソームを当該基材表面に吸着させることにより、当該特定脂質を、生体内に類似した状態で当該基材表面に均一に固定することができる。この結果、本酵素活性定量方法においては、水溶液中で、特定脂質と対象酵素との特異的な反応を、生体内に類似した状態で、簡便に再現できる。
【0034】
そして、基材表面で特定脂質と対象酵素とを所定時間反応させた後、例えば、当該基材表面に残存している未反応の特定脂質にプローブ物質を結合させ、当該プローブ物質を定量的に検出することにより、反応基質の消費量に基づく当該対象酵素の活性を簡便且つ高精度に定量することができる。
【0035】
また、本酵素活性定量方法に特徴的なことの1つとして、基材表面に固定された特定脂質と対象酵素との反応によって他の脂質(以下、生成脂質)が生成される場合に、当該生成脂質が当該基材表面に固定された状態で生成される点を挙げることができる。
【0036】
すなわち、例えば、基材表面に固定された脂質膜に埋め込まれている特定脂質と対象酵素との反応が、当該特定脂質分子に対する特定の官能基又は分子鎖の付加や、当該特定脂質分子に含まれている特定の官能基又は分子鎖の除去や分子内結合位置の転移等である場合(すなわち、生成脂質は、特定脂質の1分子中に含まれる特定の官能基又は分子鎖の数又は結合位置が変更された脂質である場合)には、当該反応により生成された生成脂質は、当該脂質膜に埋め込まれたまま当該基材表面に保持される。
【0037】
この場合、生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を、特定脂質と対象脂質との反応後に基材表面に固定されている生成脂質に結合させ、当該生成脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、反応生成物の量に基づく当該対象脂質を簡便且つ高精度に定量することができる。
【0038】
本病態評価方法においては、本脂質定量方法又は本酵素活性定量方法を用いて、生体から採取した血液、組織、細胞等に含まれる脂質又は脂質関連酵素の活性を定量し、当該定量結果に基づいて、当該生体の病態を評価することができる。
【0039】
すなわち、例えば、ホスホイノシチドの代謝異常により引き起こされる癌や糖尿病等の病態に関連する細胞(例えば、癌の発生が疑われる組織の細胞等)を生体から採取し、当該細胞に含まれるホスホイノシチド又はホスホイノシチドを反応基質とする酵素の種類や量を、本脂質定量方法又は本酵素活性定量方法を用いて定量する。
【0040】
そして、例えば、細胞に含まれるホスホイノシチド又はホスホイノシチドを反応基質とする酵素の種類や活性と、病態の進行度合い等と、の関連性を示すデータが予め得られている場合には、当該データと、本病態評価方法において得られた定量結果と、に基づいて、生体における病態の進行度合いを簡便且つ高精度に評価することができる。
【0041】
次に、本実施形態の具体的な内容について説明する。本脂質定量方法は、プローブ物質等を準備する準備工程と、対象脂質を基材表面に固定する固定工程と、当該基材表面に固定された対象脂質に当該プローブ物質を結合させる結合工程と、当該対象脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出する検出工程と、を含む。
【0042】
準備工程においては、例えば、対象脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を準備する。このプローブ物質としては、例えば、生体内で、対象脂質と特異的に結合することにより直接相互作用しているペプチド又は非抗体タンパク質、又は当該ペプチド又は非抗体タンパク質を構成するアミノ酸配列の一部であって、当該対象脂質に対して特異的に結合可能なアミノ酸配列部分からなる脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0043】
すなわち、このプローブ物質としては、例えば、細胞内のシグナル伝達系において、脂質分子に含まれる特定種類の官能基の数や結合位置等の違いを識別し、当該細胞内に含まれる種々の脂質のうち、特定種類の官能基が、特定の数だけ、1分子中の特定の位置に結合している対象脂質に対して特異的に結合する脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0044】
具体的に、このプローブ物質としては、例えば、細胞内において、1分子中に含まれるリン酸基の数又は結合位置に応じて互いに異なるシグナル分子としての役割を果たしている複数種類のホスホイノシチドのうち、特定の数のリン酸基が1分子中の特定の位置に結合している特定のホスホイノシチドを対象脂質とする場合には、当該特定のホスホイノシチドに対してのみ特異的に結合可能な脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0045】
ここで、脂質結合ドメインとしては、例えば、細胞内において特定のホスホイノシチドと特異的に相互作用する非抗体タンパク質に含まれる球状ドメイン(globular structural domain)(Itoh,T et al.;Cell Signal,14,733−743(2002)、Czech,M.P.;Annu Rev Physiol,65,791−815(2003)、Lemmon,M.A.;Traffic,4,201−213(2003)、Cullen,P.J. et al.;Curr Biol,11,R882−893(2001))や、様々なアクチン制御タンパク質やイオンチャネルに含まれる塩基性アミノ酸のクラスター(a cluster of basic amino acids)(Takenawa,T. et al.;Biochim Biophys Acta,1533,190−206(2001)、Janmey,P.A. et al.;Nat Rev Mol Cell Biol,5,658−666(2004)、Hilgemann,D.W.;Annu Rev Physiol,59,193−220(1997)、Wu,L. et al.;Nature,419,947−952(2002))等を挙げることができる。
【0046】
具体的に、例えば、7つのβストランドと1つのαへリックスとを含むプレクストリン相同性ドメイン(preckstrin homology domain)(以下、PHドメイン)(Itoh,T et al.Cell Signal,14,733−743(2002)、Czech,M.P.;Annu Rev Physiol,65,791−815(2003)、Lemmon,M.A.;Traffic,4,201−213(2003))、Phox homology(PX)ドメイン(Ellson,C.D. et al.;J Cell Sci,115,1099−1105(2002))、Epsin N−Terminal Homology(ENTH)ドメイン(Itoh,T. et al.;Science,291,1047−1051(2001))、Fab1,YOTB,Vac1p and EEA1(FYVE)ドメイン(Gillooly,D.J. et al;Biochem J,355,249−258(2001))、band4.1,Ezrin,Radixin and Moesin(FERM)ドメイン(Hamada,K. et al.;Embo J,19,4449−4462(2000))、glucosyltransferase,Rab−like GTPase activators and myotubularins(GRAM)ドメイン(Doerks,T. et al.;Trends Biochem Sci,25,483−485(2000))、等の脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0047】
さらに、PHドメインとしては、例えば、ホスファチジルイノシトール(4,5)−2リン酸(以下、PtdIns(4,5)P2)に結合するホスホリパーゼCδ1PHドメイン(Varnai,P. et al.;J Cell Biol,143,501−510(1998))、ホスファチジルイノシトール(3,4,5)−3リン酸(以下、PtdIns(3,4,5)P3)に結合するGrp1PHドメイン(Gray,A. et al.;Biochem J,344(Pt3),929−936(1999))、ホスファチジルイノシトール(3,4)−2リン酸(以下、PtdIns(3,4)P2)とPtdIns(3,4,5)P3とに結合するAktPHドメイン(Gray,A. et al.;Biochem J,344(Pt3),929−936(1999))、PtdIns(3,4)P2に結合するTAPP1PHドメイン(Dowler,S. et al.;Biochem J,351,19−31(2000))、ホスファチジルイノシトール(4)−リン酸(以下、PtdIns(4)P)に結合するFAPP1PHドメイン(Godi,A. et al.;Nat Cell Biol,6,393−404(2004))、EEA1タンパク質とHrsタンパク質に含まれ、ホスファチジルイノシトール(3)−リン酸(以下、PtdIns(3)P)に結合するFYVEジンクフィンガー(zinc−finger)ドメイン(Gillooly,D.J. et al.;Biochem J,355,249−258(2001)、Kutateladze,T. et al.;Science,291,1793−1796(2001))、myotubularin(MTMR1)とMyotubularin−related protein2(MTMR2)に含まれ、ホスファチジルイノシトール(3,5)−2リン酸(以下、PtdIns(3,5)P2)に結合するGRAMドメイン(Tsujita,K. et al.;J Biol Chem,279,13817−13824(2004)、Berger,P. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,100,12177−12182(2003))等を挙げることができる。また、この他にも、イノシトール(1,4,5)−3リン酸に結合するPHドメインやFERMドメインもある。本脂質定量方法においては、これら特定のホスホイノシチドと特異的に結合可能な脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として用いることができる。
【0048】
これらのプローブ物質は、例えば、生体から採取し、又は遺伝子操作技術を用いて生産することができる。すなわち、例えば、細胞内で対象脂質と特異的に結合可能な非抗体タンパク質分子に含まれるアミノ酸配列のうち、少なくとも脂質結合ドメイン部分をコードするポリヌクレオチド(デオキシリボ核酸(DeoxyriboNucleic Acid;DNA)又はリボ核酸(RiboNucleic Acid;RNA))を所定の宿主細胞体に導入する。この宿主細胞体としては、形質転換によりプローブ物質を生産させることができるものであれば特に制限されず、例えば、大腸菌等の微生物や、Sf(Spodoptera frugiperda)9細胞等の昆虫細胞、CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞等の動物細胞等を用いることができる。
【0049】
そして、例えば、この形質転換細胞体を所定期間培養することにより、当該形質転換細胞体に脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を生産させ、当該生産されたペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として回収する。
【0050】
また、例えば、生体内に存在する天然の脂質結合ドメイン又は当該天然の脂質結合ドメインと同一のアミノ酸配列からなる脂質結合ドメインを複数連結した、本来生体内には存在しない複合ドメインを含むプローブ物質を作製することもできる。この場合、例えば、1種類の脂質結合ドメインについて、1つの当該脂質結合ドメインをコードするポリヌクレオチドを複数連結することにより、当該脂質結合ドメインが複数連結された複合ドメインをコードする複合ポリヌクレオチドを作製する。そして、この複合ポリヌクレオチドを導入した形質転換細胞体を作製することにより、当該形質転換細胞体が生産した複合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として回収することができる。
【0051】
また、この準備工程においては、対象脂質に対する親和性が高いプローブ物質を選択的に準備することができる。すなわち、例えば、上述のように形質転換細胞体から回収されたプローブ物質と、対象脂質と、の結合に係る解離定数を測定し、解離定数が所定範囲内のプローブ物質を、高親和性プローブ物質として選択する。
【0052】
具体的に、例えば、対象脂質との結合に係る解離定数が1nM以上且つ1μM未満のプローブ物質を選択する。なお、解離定数が1μM以上と大きい場合には、プローブ物質を用いた対象脂質の検出感度が悪くなる(すなわち、対象脂質の検出限界が大きくなる)ため、微量な脂質を検出することが困難となる場合がある。これに対し、親和性の高いプローブ物質は、より少ない量の対象脂質と結合するため、より微量な対象脂質の検出、定量が可能となる。ただし、解離定数が1nM未満と非常に小さい場合には、プローブ物質と対象脂質との結合が微量な脂質量でも飽和してしまう等、対象脂質の定量に不都合が生じることがある。
【0053】
また、この準備工程においては、例えば、所定の標識物質が結合したプローブ物質を準備することもできる。すなわち、例えば、上述のように形質転換細胞体から回収したプローブ物質に、周知の技術を用いて、フルオレセインイソチオシアネート(Fluorescein IsoThioCyanate;FITC)やフィコエリスリン(PhyCoerythrin;PC)等の蛍光物質や、特定の基質と反応して色素物質を生成するペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼ等の酵素を結合することができる。また、例えば、特定の物質に対して特異的に結合する標識物質(例えば、アビジンと特異的に結合するビオチン等)が結合したプローブ物質を作製することもできる。
【0054】
固定工程においては、対象脂質を所定の基材の表面に固定する。この基材としては、その表面に対象脂質を固定し得るものであれば特に制限されず、例えば、合成樹脂(ポリ塩化ビニル、ポリスチレン,ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアセタール、ポリウレタン、フッ素樹脂、メタクリル樹脂、尿素樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂,メラミン樹脂等を含む)、ガラス、金属、セラミクス、ゴム、合成された又は天然の高分子(ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、コラーゲン、ゼラチン、寒天等を含む)のゲル等からなる板状体、膜状体、多孔質体、繊維等、を用いることができる。
【0055】
この固定工程においては、例えば、所定の基材表面上で、対象脂質を、当該対象脂質の特性(例えば、分子量、極性、荷電等)に基づいて、他の物質と分離するとともに、当該対象脂質を当該基材表面に固定することができる。
【0056】
すなわち、例えば、種々のクロマトグラフィーにおいて、固定相上で、対象脂質を他の物質から分離しつつ、当該固定相表面に当該対象脂質を固定することができる。具体的に、例えば、薄層クロマトグラフィー(Thin Layer Chromatography;TLC)において、ガラス、プラスチック、金属等からなる平板上にセルロース、シリカゲル、アルミナ等を塗布して作製されたTLCプレート上で、対象脂質と他の物質とを分離しつつ、当該TLCプレート上に当該対象脂質を固定できる。また、例えば、電気泳動法において分子篩として用いられるゲル平板上で、対象脂質と他の物質とを分離しつつ、当該ゲル平板上に当該対象脂質を固定できる。
【0057】
この対象脂質の基材表面への固定は、例えば、当該対象脂質を当該基材表面に吸着させ、又は当該対象脂質と当該基材表面との間で共有結合を形成させること等によって行うことができる。すなわち、例えば、対象脂質と基材表面を構成する化合物との間で所定の化学反応(例えば、アミノ基、ヒドロキシル基、カルボキシル基等の間の縮合反応)を行わせることによって、当該対象脂質を当該基材表面に固定することもできる。
【0058】
結合工程においては、固定工程で基材表面に固定された対象脂質に対して、準備工程で準備したプローブ物質を特異的に結合させる。すなわち、例えば、対象脂質が固定された基材表面を、所定濃度のプローブ物質を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該水溶液中で、当該対象脂質に当該プローブ物質を特異的に結合させる。この結果、結合工程においては、基材表面に固定されている対象脂質の量に応じた量のプローブ物質が、当該対象脂質を介して当該基材表面に固定されることとなる。なお、水溶液中のプローブ物質の濃度としては、例えば、プローブ物質として脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いる場合、1μg/ml〜10μg/mlの範囲内の濃度を好ましく用いることができる。これは、1μg/ml未満の濃度では基材表面に固定されるプローブ物質の量が少なすぎ、また、10μg/mlより大きい濃度ではプローブ物質が基材表面に非特異的に結合することにより、後述の検出工程においてプローブ物質を定量的に検出する上で不都合が生じる場合があるためである。
【0059】
検出工程においては、結合工程で基材表面に固定されたプローブ物質を定量的に検出する。すなわち、例えば、蛍光物質で標識されたプローブ物質を用いる場合には、蛍光顕微鏡やスキャナ装置等を用いて、基材表面に固定されているプローブ物質に結合されている当該蛍光物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。
【0060】
また、例えば、特定の酵素で標識されたプローブ物質を用いる場合には、当該プローブ物質が固定されている基材表面を、当該酵素との反応により色素を生成する反応基質を含む水溶液中に浸漬することによって、当該プローブ物質に結合されている酵素と当該反応基質との発色反応を行わせる。そして、この反応によって生成された色素を含む水溶液の吸光度を測定することにより、プローブ物質を定量する。
【0061】
また、例えば、プローブ物質又はプローブ物質に結合している標識物質に対する抗体が利用可能であれば、当該プローブ物質が固定されている基材表面を、当該抗体を含む水溶液中に浸漬することによって、当該プローブ物質に当該抗体を結合させる。そして、例えば、この抗体が蛍光物質で標識されている場合には、プローブ物質に結合した当該抗体に含まれる蛍光物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。
【0062】
そして、本脂質定量方法においては、この検出工程で得られたプローブ物質の検出結果に基づいて、基材表面に固定されている対象脂質の量を算出することができる。すなわち、例えば、基材表面に固定されている対象脂質の量(例えば、基材表面の単位面積あたりに固定されている量)と、当該対象脂質に結合するプローブ物質の検出量(例えば、蛍光強度や吸光度等)と、の相関関係を示す検量データを予め取得しておき、当該検量データと、検出工程で得られたプローブ物質の検出結果(例えば、蛍光強度や吸光度等)と、に基づいて、当該プローブ物質が結合していた対象脂質の量(例えば、基材表面の単位面積あたりに固定されている量)を算出することができる。
【0063】
また、本脂質定量方法は、対象脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成するリポソーム形成工程をさらに含むこととしてもよい。この場合、本脂質定量方法においては、例えば、固定工程に先立って、対象脂質とベース脂質とを所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。ここで、この対象脂質とベース脂質とを混合する比率としては、例えば、重量比で1:0.1〜10(対象脂質1に対してベース脂質を0.1以上10未満)の範囲内の比率を好ましく用いることができる。これは、対象脂質に対してベース脂質の量が多すぎると、例えば、当該対象脂質に結合したプローブ物質の検出に用いる標識抗体が、当該ベース脂質に非特異的に結合することにより、バックグラウンドのシグナルが大きくなる場合があるためである。また、対象脂質に対してベース脂質の量が少なすぎると、例えば、リポソームの形成が不十分となる場合がある。
【0064】
このベース脂質は、リポソームを形成可能な脂質であれば特に制限されず、例えば、ホスファチジルコリン(PhosphatidylCholine;PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PhosphatidylEthanolamine;PE)、ホスファチジルセリン(Phosphatidylserine)等を好適に用いることができる。なお、このベース脂質は1種類の脂質からなるもののみならず、複数種類の脂質が所定の割合で混合された混合脂質からなるものを用いることもできる。
【0065】
また、このリポソーム形成工程においては、一重膜からなるリポソームを形成することとしてもよい。すなわち、例えば、対象脂質とベース脂質とを含む混合脂質を超音波処理する等の周知の技術を用いて、当該対象脂質が表面に埋め込まれた一重の脂質膜からなるリポソームを形成することができる。この場合、例えば、微量な対象脂質を効率的にリポソーム表面(すなわち、一重膜内)に埋め込むことができる。
【0066】
そして、固定工程においては、リポソーム形成工程で形成された対象脂質を含むリポソームを基材表面に固定することにより、当該対象脂質を当該基材表面に固定する。すなわち、例えば、対象脂質が脂質膜表面に埋め込まれたリポソームを水溶液中に均一に分散し、基材表面を当該水溶液中に所定時間浸漬することにより、当該基材表面に当該リポソームを吸着させる。この結果、対象脂質は、ベース脂質を含む脂質膜に埋め込まれた状態で、基材表面全体に均一な密度で固定されることとなる。なお、基材表面の単位面積あたりに固定するリポソームの量を、1.5μg/cm2以下の範囲とすることにより、当該基材表面にリポソームを定量的に固定することができる。
【0067】
また、本脂質定量方法において、対象脂質を固定する基材表面としては、例えば、長鎖アルキル基が固定された表面を用いることができる。すなわち、この場合、準備工程において、例えば、炭素数が所定数範囲の長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物を所定濃度で溶解した溶媒中に基材表面を所定時間浸漬することにより、当該基材表面に当該炭化水素化合物を吸着させる。この疎水性の長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物としては、例えば、炭素数が8以上のアルキル基を含む炭化水素化合物を用いることができ、特に、炭素数が16以上20以下の長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物を好適に用いることができる。具体的に、例えば、炭素数が8の1−クロロオクタン(1−chlorooctane)(以下、C8被覆物質)、炭素数が16の塩化パルミトイル(palmitoylchloride)(以下、C16被覆物質)、炭素数が18の塩化ステアロイル(stearoyl chloride)、炭素数が20の塩化アラキドノイル(arachidonoyl chloride)等を用いることができる。
【0068】
また、基材表面には、長鎖アルキル基に加えて、ポリアミノ酸を被覆することもできる。すなわち、例えば、ポリ−L−リジン(Poly−L−Lysine;PLL)を溶解した水溶液中に基材表面を所定時間浸漬することにより、当該基材表面に当該PLLを吸着させる。
【0069】
また、例えば、ポリアミノ酸で被覆された基材表面を、上述のように、長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物を溶解した溶媒中に所定時間浸漬することにより、当該ポリアミノ酸に加えて、当該炭化水素化合物が被覆された基材表面を作製することもできる。
【0070】
本実施形態に係る脂質の定量キット(以下、本脂質定量キット)は、上述の本脂質定量方法を実現するために必要な要素として、対象脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質と、対象脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含む。
【0071】
すなわち、本脂質定量キットは、例えば、本脂質定量方法において利用可能な少なくとも1種類のプローブ物質を含む。具体的に、例えば、試料中に定量の対象とするホスホイノシチドが複数種類含まれている場合には、本脂質定量キットは、当該複数種類のホスホイノシチドの各々に対して特異的に結合可能な複数種類のプローブ物質を含む。この場合、例えば、これら複数種類のプローブ物質の各々には、互いに異なる標識物質(例えば、互いに異なる蛍光物質や酵素等)が結合されていてもよい。
【0072】
また、本脂質定量キットに含まれるベース脂質は、対象脂質と所定の比率で混合された後、当該対象脂質を含むリポソームを形成可能な少なくとも1種類の脂質を含む。具体的に、例えば、ホスホイノシチドを定量の対象とする場合には、本脂質定量キットは、ベース脂質としてPEとPCとを含む。この場合、ベース脂質は、例えば、リポソームの形成に適した所定の比率でPEとPCとを混合した混合脂質であってもよい。
【0073】
本脂質定量キットを用いた本脂質質定量方法においては、例えば、まず、対象脂質と、本脂質定量キットに含まれるベース脂質と、を所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。そして、このリポソームを所定の基材表面に固定し、当該基材表面に固定されたリポソームに含まれる対象脂質に、本脂質定量キットに含まれるプローブ物質を結合させる。この基材表面上に固定された対象脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、当該検出結果と所定の検量データとに基づいて、当該プローブ物質の検出結果を対象脂質の量に換算することができる。
【0074】
次に、本酵素活性定量方法の具体的な内容について説明する。本酵素活性定量方法は、プローブ物質等を準備する準備工程と、当該特定脂質を含むリポソームを形成するリポソーム形成工程と、当該形成されたリポソームを基材表面に固定する固定工程と、当該基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と当該対象酵素とを反応させる反応工程と、当該反応後に当該基材表面に固定されている特定脂質又は生成脂質と当該プローブ物質とを結合させる結合工程と、当該特定脂質又は生成脂質に結合されたプローブ物質を定量的に検出する検出工程と、を含む。
【0075】
準備工程においては、特定脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を準備する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる準備工程と同様に、形質転換細胞等を用いて、特定脂質と特異的に結合する脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として作製する。また、この準備工程においては、特定脂質を含むリポソームの固定に適した基材表面を準備する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる準備工程と同様に、長鎖アルキル基又はポリアミノ酸等が固定された基材表面を作製する。
【0076】
リポソーム形成工程においては、特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれるリポソーム形成工程と同様に、特定脂質とベース脂質とを所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。なお、この特定脂質とベース脂質とを混合する比率としては、例えば、本脂質定量方法の場合と同様に、重量比で1:0.1〜10(特定脂質1に対してベース脂質を0.1以上10未満)の範囲内の比率を好ましく用いることができる。
【0077】
固定工程においては、リポソーム形成工程で形成されたリポソームを、準備工程で準備された基材表面に固定する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる固定工程と同様に、特定脂質が脂質膜表面に埋め込まれたリポソームを均一に分散した水溶液中に、長鎖アルキル基が固定された基材表面を所定時間浸漬することにより、当該リポソームを当該基材表面に吸着させる。この結果、対象酵素の反応基質である特定脂質は、ベース脂質を含む脂質膜に埋め込まれた状態で、基材表面全体に均一な密度で固定されることとなる。なお、基材表面の単位面積あたりに固定する特定脂質の量については、例えば、対象酵素PTEN(Maehama,T. et al.;J Biol Chem,273,13375−13378(1998)、Myers,M.P. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,95,13513−13518(1998))の酵素活性を定量する場合、特定脂質PtdIns(3,4,5)P3又はPtdIns(4,5)P2を、110ng/cm2〜910ng/cm2の範囲の量で基材表面に固定することにより、当該各ホスホイノシチドをGRP1−PHドメイン又はPLCδ1−PHドメインを用いて定量的に検出することができる。また、基材表面(例えば、長鎖アルキル基が固定された合成樹脂表面等)にリポソームを定量的に固定するため、例えば、リポソームの単位面積あたりの固定量として1.5μg/cm2を採用する場合には、特定脂質であるホスホイノシチドとベース脂質とを3:2の重量比で含むリポソームを形成し、ホスホイノシチド及びベース脂質がそれぞれ0.9μg/cm2及び0.6μg/cm2で固定されるよう当該リポソームを基材表面に固定する。
【0078】
反応工程においては、固定工程において基材表面に固定された特定脂質と、対象酵素と、を反応させる。すなわち、例えば、特定脂質が固定された基材表面を、所定濃度の対象酵素を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該水溶液中において当該特定脂質と当該対象酵素とを反応させる。この結果、例えば、固定工程において基材表面に固定された特定脂質の総量のうち、対象酵素の量(水溶液中濃度等)及び活性に応じた量の特定脂質が消失し、又は他の化合物に変化することとなる。なお、対象酵素と特定脂質とを水溶液中で反応させる場合、当該水溶液中における対象酵素の濃度は、例えば、モル比で対象酵素が特定脂質に対して過剰量となるように設定することができる。具体的に、本酵素活性定量方法においては、例えば、対象酵素PTENの濃度として0.1μg/μl以下、対象酵素p110α(Fruman,D.A. et al.;Annu Rev Biochem,67,481−507(1998))の濃度として30ng/μl以下の範囲を好適に用いることができる。
【0079】
結合工程においては、反応工程における対象酵素との反応後に基材表面に固定されている特定脂質に、準備工程で準備したプローブ物質を結合させる。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる結合工程と同様に、反応工程における反応の後、未反応の特定脂質が残存している基材表面を、所定濃度のプローブ物質を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該未反応の特定脂質に当該プローブ物質を結合させる。この結果、基材表面に残存している未反応の特定脂質の量に応じた量のプローブ物質が、当該未反応の特定脂質を介して当該基材表面に固定されることとなる。
【0080】
検出工程においては、結合工程で基材表面に固定されたプローブ物質を定量的に検出する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる検出工程と同様に、プローブ物質が蛍光物質で標識されている場合には、基材表面に固定されているプローブ物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。そして、本酵素活性定量方法においては、この検出工程で得られたプローブ物質の定量結果に基づいて、基材表面に固定されている特定脂質の量を算出することにより、対象酵素の活性を定量することができる。
【0081】
すなわち、例えば、固定工程において基材表面に固定された特定脂質を対象酵素と反応させることなく、反応基質プローブ物質と結合させ、当該特定脂質に結合した反応基質プローブを定量することにより、対象酵素と反応させた特定脂質の総量(すなわち、反応前の特定脂質の総量)を算出する。一方、反応工程で対象酵素と反応させた後、検出工程において基材表面に残存している未反応の特定脂質に結合した反応基質プローブ物質を定量することにより、当該未反応の特定脂質の量を算出する。そして、これら反応前の特定脂質の量と反応後の特定脂質の量との差分から、特定脂質の反応量(すなわち、対象酵素との反応によって消費された量)を算出することにより、対象酵素の活性を定量できる。
【0082】
また、本酵素活性定量方法において、特定の脂質と反応することにより、他の脂質(生成脂質)を生成する対象酵素の活性を定量する場合には、当該生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を用いることもできる。
【0083】
すなわち、例えば、対象酵素が特定脂質と反応することによって、当該特定脂質に特定の官能基又は分子鎖を付加し、又は当該特定脂質に含まれる特定の官能基又は分子鎖を除去し若しくは分子内の結合位置を転移させる場合には、固定工程において基材表面に固定された特定脂質のうち、当該対象酵素と反応した特定脂質(すなわち、当該対象酵素の量及び活性に応じた量の特定脂質)が、当該基材表面に固定されたまま、当該対象酵素によって、当該特定の官能基を付加され、除去され、又は転移されることとなる。この結果、対象酵素の量及び活性に応じた量の生成脂質が、基材表面に固定された状態で生成される。
【0084】
すなわち、例えば、対象酵素と、所定数のリン酸基が所定位置に結合した第一のホスホイノシチドを反応基質と、の反応によって、当該第一のホスホイノシチドに含まれるよりも多い若しくは少ないリン酸基を含み、又は当該第一のホスホイノシチドと異なる位置にリン酸基が結合された第二のホスホイノシチドが生成される場合には、基材表面に固定された当該第一のホスホイノシチドと当該対象酵素とを反応させることによって、当該基材表面に固定された当該第二のホスホイノシチドが生成される。具体的に、例えば、対象酵素として、PTENはPtdIns(3,4,5)P3を反応基質としてPtdIns(4,5)P2を生成し、SKIP(Ijuin,T. et al.;J Biol Chem,275,10870−10875(2000))、SHIP(Helgason,C.D. et al.;Genes Dev,12,1610−1620(1998))、SHIP2(Chuang,Y.Y. et al.;Cancer Res,64,8271−8275(2004))、Pharbin(Asano,T. et al.;Biochem Biophys Res Commun,261,188−195(1999))はPtdIns(3,4,5)P3を反応基質としてPtdIns(3,4)P2を生成し、synaptojanin1(Verstreken,P. et al.;Neuron,40,733−748(2003))、synaptojanin2(Sleeman,M.W. et al.;Nat Med,11,199−205(2005))、OCRL(Ungewickell,A. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,101,13501−13506(2004))はPtdIns(4,5)P2を反応基質としてPtdIns(4)Pを生成し、IpgD(Niebuhr,K. et al;Embo J,21,5069−5078(2002))はPtdIns(4,5)P2を反応基質としてPtdIns(5)Pを生成し、Myotublarin、MTMR2はPtdIns(3)Pを反応基質としてPtdInsを生成する。
【0085】
そこで、この場合、準備工程においては、生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を準備する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる準備工程と同様に、形質転換細胞等を用いて、生成脂質と特異的に結合する脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として作製する。
【0086】
そして、結合工程においては、反応工程における特定脂質と対象酵素との反応後に、当該反応によって生成され、基材表面に固定されている生成脂質に、準備工程で準備したプローブ物質を結合させる。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる結合工程と同様に、反応工程における反応の後、生成脂質が固定されている基材表面を、所定濃度のプローブ物質を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該生成脂質に当該プローブ物質を結合させる。この結果、基材表面に固定されている生成脂質の量に応じた量のプローブ物質が、当該生成脂質を介して当該基材表面に固定されることとなる。
【0087】
そして、検出工程においては、結合工程で基材表面に固定されたプローブ物質を定量的に検出する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる検出工程と同様に、プローブ物質が蛍光物質で標識されている場合には、基材表面に固定されているプローブ物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。この場合、本酵素活性定量方法においては、この検出工程で得られたプローブ物質の定量結果に基づいて、基材表面に固定されている生成脂質の量(すなわち、特定酵素と対象酵素との反応による反応生成物の量)を算出することにより、対象酵素の活性を定量できる。
【0088】
このように、基材表面に固定された特定脂質と対象酵素との反応後に、生成脂質が当該基材表面に固定されている場合には、例えば、当該基材表面を浸漬する溶液(プローブ物質を含む溶液や洗浄用の溶液等)を交換する簡便な操作により、対象酵素の活性を定量できる。
【0089】
また、本酵素活性定量方法においては、プローブ物質として、特定脂質に対して特異的に結合可能な反応基質用プローブ物質と、生成脂質に対して特異的に結合可能な生成物用プローブ物質と、の両方を用いることとしてもよい。すなわち、この場合、例えば、互いに異なる標識物質(互いに異なる波長の蛍光を発する蛍光物質等)を結合した反応基質用プローブ物質と生成物用プローブ物質とを用いて、対象酵素との反応後に残存している特定脂質の量と、当該反応によって生成された生成脂質の量と、の両方を定量することにより、当該対象酵素の活性をより高精度に定量することができる。
【0090】
また、本酵素活性定量方法においては、一重膜のリポソームを形成することによって、特定脂質を脂質膜の外表面に固定し、対象酵素との反応を効率的に行わせることができるとともに、当該脂質膜の外表面に固定された生成脂質を生成することができる。
【0091】
本実施形態に係る脂質関連酵素活性の定量キット(以下、本酵素活性定量キット)は、本酵素活性定量方法を実現するために必要な要素として、特定脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質、又は生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質、のうち少なくとも一方と、当該特定脂質と、当該特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含む。
【0092】
すなわち、例えば、対象酵素が第一のホスホイノシチドを反応基質とし、当該第一のホスホイノシチドに含まれるよりも多い若しくは少ないリン酸基を含み、又は当該第一のホスホイノシチドと異なる位置にリン酸基が結合された第二のホスホイノシチドを生成する場合には、本酵素活性定量キットは、当該第一のホスホイノシチドに対して特異的に結合可能な反応基質用プローブ物質、又は当該第二のホスホイノシチドに対して特異的に結合可能な生成物用プローブ物質のうち少なくとも一方を含む。この場合、例えば、反応基質用プローブ物質と生成物用プローブ物質とは、互いに異なる標識物質(例えば、互いに異なる蛍光物質や酵素等)が結合されていてもよい。
【0093】
また、本酵素活性定量キットに含まれるベース脂質は、特定脂質と所定の比率で混合された後、当該特定脂質を含むリポソームを形成可能な少なくとも1種類の脂質を含む。具体的に、例えば、ホスホイノシチドを反応基質とする対象酵素の活性を定量する場合には、本酵素活性定量キットは、ベース脂質としてPEとPCとを含む。この場合、ベース脂質は、例えば、リポソームの形成に適した所定の比率でPEとPCとを混合した混合脂質であってもよい。
【0094】
本酵素活性定量キットを用いた本酵素質定量方法においては、例えば、まず、対象酵素の反応基質である特定脂質と、本酵素活性定量キットに含まれるベース脂質と、を所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。そして、このリポソームを所定の基材表面に固定し、当該基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と、対象酵素と、を反応させる。そして、この反応後の基材表面に固定されている未反応の特定脂質又は生成された生成脂質と、本脂質定量キットに含まれる反応基質用プローブ物質又は生成物用プローブ物質とを結合させる。この基材表面上に固定された特定脂質に結合した反応基質用プローブ物質の検出結果から対象酵素によって消費された特定脂質を定量し、又は当該基材表面上に固定された生成脂質に結合した生成物用プローブ物質の検出結果から対象酵素によって生成された生成脂質を定量することにより、当該対象酵素の活性を定量できる。
【0095】
次に、本病態評価方法の具体的な内容について説明する。本病態評価方法は、生体から採取した対象脂質を本脂質定量方法により定量する脂質定量工程、又は生体から採取した対象酵素を本酵素活性定量方法により定量する酵素活性定量工程のうち少なくとも一方と、当該脂質定量工程又は酵素活性定量工程における定量結果に基づいて、当該生体の病態を評価する病態評価工程と、を含む。
【0096】
すなわち、本病態評価方法においては、例えば、生体の血液や、病態に関連する特定の組織又は細胞に含まれる1種類以上の脂質又は1種類以上の脂質関連酵素のうち少なくとも一方を採取する。そして、例えば、この採取した各脂質を対象脂質として、当該各対象脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を用いた本脂質定量方法により定量する。また、例えば、この採取した各脂質関連酵素を対象酵素として、当該各対象酵素の反応基質である特定脂質に対して特異的に結合可能な反応基質用プローブ物質、又は当該各対象酵素と当該特定脂質との反応により生成される生成脂質に対して特異的に結合可能な生成物用プローブ物質、のうち少なくとも一方を用いた本酵素活性定量方法により定量する。
【0097】
この結果、例えば、生体の血液、組織、細胞に含まれている脂質又は脂質関連酵素の種類や活性と、病態の種類や程度と、の関連性を示す病態関連データが予め得られている場合には、当該病態関連データと、本脂質定量方法又は本酵素活性定量方法による定量結果と、に基づいて、当該各対象脂質又は各脂質関連酵素が採取された生体に係る病態の種類や程度を評価することができる。
【0098】
この結果、例えば、生体の血液、組織、細胞に含まれている脂質関連酵素の種類や活性と、病態の種類や程度と、の関連性を示す病態関連データが予め得られている場合には、当該病態関連データと、本酵素活性定量法による各対象酵素活性の定量結果と、に基づいて、当該各対象酵素が採取された生体に係る病態の種類や程度を評価することができる。
【0099】
なお、本病態評価方法においては、本脂質定量キットを用いて対象脂質を定量し、又は本酵素活性定量キットを用いて対象酵素の活性を定量することができる。すなわち、上述の本脂質定量キット及び本酵素活性定量キットは、例えば、生体の病態を評価するキットとしても用いることができる。
【0100】
次に、本脂質定量方法の一実施例について説明する。本例においては、1分子中に含まれるリン酸基の数又は結合位置が互いに異なる6種類のホスホイノシチド、すなわち、PtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,5)P2、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3を定量の対象とした。
【0101】
そこで、本例においては、上記6種類のホスホイノシチドの各々に対して特異的に結合可能な脂質結合ドメインを含む非抗体タンパク質をプローブ物質として準備した。すなわち、形質転換細胞体を用いて、PtdIns(4,5)P2に対して特異的に結合可能なPLCδ1のPHドメイン、PtdIns(3,4,5)P3に対して特異的に結合可能なGRP1のPHドメイン、PtdIns(3,4)P2に対して特異的に結合可能なTAPP1のPHドメイン、PtdIns(3,5)P2に対して特異的に結合可能なMTMR1のGRAMドメイン、PtdIns(4)Pに対して特異的に結合可能なFAPP1のPHドメイン、PtdIns(3)Pに対して特異的に結合可能なEEA1のFYVEドメイン又はHrsのFYVEドメイン、のうち1種類を1つ又は2つ含み、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(Glutathione−S−Transferase;GST)が結合されたタンパク質(以下、GST融合タンパク質)をプローブ物質として作製した。
【0102】
具体的に、まず、上記各脂質結合ドメインをコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドベクターを作製した。すなわち、例えば、EFハンドモチーフを含むPLCδ1のPHドメイン(アミノ酸1〜130)(以下、PLCδ1−PH)をコードするポリヌクレオチドを、5’プライマ−としてAGATCTATGGACTCCGGTCGGGACTT(5’末端のヌクレオチド配列AGATCTはBglII制限酵素部位)(配列番号1)を用い、3’プライマーとしてGGATCCCTTCTGCCGCTGGTCCATGG(3’末端のヌクレオチド配列GGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号2)を用いて、マウス脳の相補的DNA(complementary DNA;cDNA)ライブラリから、ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction;PCR)により増幅し、クローニングベクターpDrive(Qiagen)にサブクローニングした。
【0103】
そして、この結果得られたベクターをBglII制限酵素及びBamHI制限酵素により消化し、PLCδ1−PHをコードするポリヌクレオチド含むフラグメントを大腸菌(E.coli)発現ベクターpGEX6p−1(Amersham Biosciences)のBamHI部位にサブクローニングした。
【0104】
また、2つのPLCδ1−PHをコードするポリヌクレオチドを準備し、一方のポリヌクレオチドのBglII部位と他方のポリヌクレオチドのBamHI部位とを連結することにより、2つのPLCδ1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、PLCδ1−2×PH)を発現するベクターを作製した。なお、このタンデムドメインを作製する場合には、当該タンデムドメインを含むタンパク質の立体構造を安定化させる等の目的で、一方のドメインと他方のドメインとのつなぎ目に数個のアミノ酸配列(いわゆるリンカー)を挿入することもできるが、本例においては、当該リンカーを用いる代わりに、各ドメインの前後数十個のアミノ酸配列を含めてクローニングすることにより、当該数十個のアミノ酸配列にリンカーの役割を果たさせるとともに、タンパク質の立体構造を安定化させ、さらに解離定数の向上をも図った。
【0105】
また、同様に、GRP1のPHドメイン(アミノ酸253〜392)(以下、GRP1−PH)をコードするポリヌクレオチドを、5’プライマ−としてAGATCTGACGACGGGAACGACCTGAC(5’末端のAGATCTはBglII制限酵素部位)(配列番号3)を用い、3’プライマ−としてGGATCCCCTCGTTGCCAACATGTCAT(3’末端のGGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号4)を用いて、ヒト臍帯静脈内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cell;HUVEC)のcDNAライブラリからクローニングし、当該GRP1−PHを発現するベクターを作製した。
【0106】
また、EEA1のFYVEフィンガードメイン(アミノ酸1336〜1411)(以下、EEA1−FYVE)を、5’プライマ−としてAGATCTCTTCAGATCAAACATACACA(5’末端のAGATCTはBglII制限酵素部位)(配列番号5)を用い、3’プライマ−としてGGATCCTCCTTGCAAGTCATTGAACA(3’末端のGGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号6)を用いて、マウス腎臓のcDNAライブラリから単離した。また、同様にして、FAPP1−PHドメイン(以下、FAPP1−PH)を発現するベクターも作製した。
【0107】
また、上述のPLCδ1−2×PHを発現するベクターを作製する場合と同様にして、2つのGRP1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、GRP1−2×PH)、2つのFAPP1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、FAPP1−2×PH)、又は2つのEEA1−FYVEが直列に連結したタンデムドメイン(以下、EEA1−2×FYVE)を発現するベクターを作製した。
【0108】
また、BglII部位を含むTAPP1のPHドメイン(アミノ酸180〜405)(以下、TAPP1−PH)をコードするポリヌクレオチド配列を、5’プライマ−としてGGATCCCCTTACTTTACTCCTAAACC(5’末端のGGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号7)を用い、3’プライマ−としてGAATTCCACGTCACTGACCGGAAGGC(3’末端のGAATTCはEcoRI制限酵素部位)(配列番号8)を用いて、また、5’プライマ−としてGAATTCCCTTACTTTACTCCTAAACC(5’末端のGAATTCはEcoRI制限酵素部位)(配列番号9)を用い、3’プライマ−としてGTCGACCACGTCACTGACCGGAAGGC(3’末端のGTCGACはSalI制限酵素部位)(配列番号10)を用いて、HUVECのcDNAライブラリからPCRにより増幅し、そのフラグメントを発現ベクターpGEX6p−1のBamHI EcoRI部位にサブクローニングした。
【0109】
また、上述のPLCδ1−2×PHを発現するベクターを作製する場合と同様にして、2つのTAPP1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、TAPP1−2×PH)を発現するベクターを作製した。
【0110】
また、2つのHrs−FYVEドメインが直列に連結したタンデムドメイン(以下、Hrs−2×FYVE)を発現するベクターを、以前に報告された方法(Gillooly,D.J. et al.;Embo J,19,4577−4588(2000))により作製した。また、同様にして、MTMR1のGRAMドメイン(以下、MTMR1−GRAM)を発現するベクターも作製した。
【0111】
次に、上述のように作製した発現ベクターにより大腸菌(E.coli)JM109細胞を形質転換し、当該形質転換細胞を700mlのLB培地(Luria−Bertani broth)中、37℃で、3時間培養した。さらに、このLB培地に、イソプロピルβ−D−チオガラクトピラノシド(IsoPropyl β−D−ThioGalactopyranoside;IPTG)(Wako Pure Chemical Industries)とβ−メルカプトエタノールとをそれぞれ最終濃度1mMとなるように添加することにより、形質転換細胞におけるGST融合タンパク質の発現を誘導した。
【0112】
そして、この形質転換細胞を25℃で3時間培養した後、10,000×g、10分間の遠心処理により回収し、細胞ペレットを、40mMのTris−HCl(pH7.4)、200mMのNaCl、5mMのEDTA、1%のTriton X−100を含む10mlの溶解バッファー中に再懸濁して溶解し、4℃で5分間、超音波処理した。この溶液を100,000×gで30分間、超遠心した後、当該溶液の上清を、溶解バッファー中で平衡化した0.1mlのグルタチオン−セファロースビーズ(Amersham Biosciences)とともに、4℃で2時間インキュベーションした。そして、このビーズを、40mMのTris−HCl(pH7.4)、500mMのNaCl、5mMのEDTA、1%のTriton X−100を含む10mlの洗浄バッファーで3回洗浄した後、当該ビーズに、50mMのグルタチオンと50mMのTris−HCl(pH7.4)とを含む溶液を添加することにより、GST融合タンパク質を溶出した。
【0113】
このようにして、図1に示すように、EEA1−2×FYVE、Hrs−2×FYVE、FAPP1−PH、FAPP1−2×PH、TAPP1−PH、TAPP1−2×PH、MTMR1(Myotublarin)−GRAM、PLCδ1−PH、GRP1−PH等、1種類の脂質結合ドメインを1つ又は2つ含むGST融合タンパク質を作製した。なお、対照物質としてドメインを含まないGSTも作製した。
【0114】
また、本例においては、上述のように作製したGST融合タンパク質について、ホスホイノシチドとの結合に係る解離定数(dissociation constant;Kd)を、以前に報告されたように(Oikawa,T. et al.;Nat Cell Biol,6,420−426(2004))、二面偏波式干渉計(Analight Bio200、Farfield Sensors)を用いて測定した。
【0115】
ここで、ホスホイノシチドとしては、PtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,5)P2、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3(Cell Signals)を用いた。
【0116】
すなわち、各ホスホイノシチドとPCとPEとを、0.2:1:1(モル比)の比率で混合し、窒素ガス下で乾燥させた後、リポソームバッファー中で一晩水和させた。そして、この水和させた混合リン脂質を超音波浴で10分間処理し、凍結融解サイクルを3回繰り返した後、0.1μm孔径のフィルターから押出すことにより、ホスホイノシチドを含むリポソームを形成した。この形成されたリポソームを、所定のプロトコール(Farfield Sensors)に従い、二面偏波式干渉計に付属のC18センサチップ(炭素数が18の長鎖アルキル基を固定化したシリコンチップ)の表面にコーティングした。
【0117】
そして、このセンサチップ表面に、10mMのHepes(pH7.4)、150mMのNaCl、3mMのEDTAを含むバッファーで透析されたGST融合タンパク質を種々の濃度で導入することにより、当該センサチップ表面上のリポソームに含まれるホスホイノシチドと当該GST融合タンパク質との結合に係る解離定数を測定した。なお、1つの脂質結合ドメインを含むGST融合タンパク質については、1:1(タンパク質:脂質)結合モデルを用い、2つの脂質結合ドメインを含むGST融合タンパク質については、1:2(タンパク質:脂質)結合モデルを用いて、解離定数を算出した。
【0118】
その結果、GST融合タンパク質とホスホイノシチドとの結合に係る解離定数はそれぞれ、EEA1−2×FYVEとPtdIns(3)Pとの結合については317nM、Hrs−2×FYVEとPtdIns(3)Pとの結合については13.9nM、FAPP1−PHとPtdIns(4)Pとの結合については580nM、FAPP1−2×PHとPtdIns(4)Pとの結合については18.8nM、TAPP1−PHとPtdIns(3,4)P2との結合については40.1nM、TAPP1−2×PHとPtdIns(3,4)P2との結合については4.47nMMTMR1−GRAMとPtdIns(3,5)P2との結合については1.12μM、PLCδ1−PHとPtdIns(4,5)P2との結合については136nM、GRP1−PHとPtdIns(3,4,5)P3との結合については59.2nMであった。
【0119】
すなわち、TAPP1−PHとFAPP1−PHについては、当該脂質結合ドメインを直列に2つ連結することにより、当該脂質結合ドメインが1つの場合に比べて、ホスホイノシチドに対する結合に係る解離定数が大幅に増加した。
【0120】
本例においては、上記解離定数の測定結果に基づいて、PtdIns(3)PについてはHrs−2×FYVE、PtdIns(4)PについてはFAPP1−2×PH、PtdIns(3,4)P2についてはTAPP1−2×PH、PtdIns(4,5)P2についてはPLCδ1−PH、PtdIns(3,5)P2についてはMTMR1−GRAM、PtdIns(3,4,5)P3についてはGRP1−PHを含むGST融合タンパク質をそれぞれ後述の解析で用いるプローブ物質として選択した。
【0121】
次に、TLCブロットにより、上述のように作製したプローブ物質を用いて、基材上に固定されたホスホイノシチドを定量可能であることを確認した。本例においては、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3を定量の対象とし、当該各ホスホイノシチドを定量するために用いるプローブ物質として、PLCδ1−PH、TAPP1−2×PH、GRP1−PHを含むGST融合タンパク質をそれぞれ準備した。
【0122】
そして、クロロホルム:メタノール:1NのHClを80:80:1の比率で混合した溶媒に各ホスホイノシチドを種々の濃度で溶解し、当該各ホスホイノシチドを含む溶液をニトロセルロース膜上にスポットし、乾燥させることにより、当該各ホスホイノシチドを当該ニトロセルロース膜上に固定した。このニトロセルロース膜を5%の脱脂乳と1%のウシ血清アルブミン(BSA)とを含むPBS中、55℃で一晩ブロッキングした。そして、このニトロセルロース膜を0.05%のTween 20を含むPBSで1回洗浄した後、各GST融合タンパク質を0.5μg/mlで含み、0.05%のTween 20を含むPBS中、室温で1時間インキュベーションした。その後、このニトロセルロース膜を0.05%のTween 20を含むPBSで3回洗浄した後、0.05%のTween 20を含むPBSで2000倍に希釈された抗GSTウサギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biotechnology)とともに30分間インキュベーションした。そして、このニトロセルロース膜を3回洗浄した後、0.05%のTween 20を含むPBSで7500倍に希釈されたアルカリホスファターゼ結合抗ウサギIgG(Promega)とともに30分間インキュベーションした。このニトロセルロース膜をNBT(Nitro−Blue Tetrazolium Chloride)/BCIP(5−Bromo−4−Chloro−3’−IndolylPhosphate)溶液中でインキュベーションし、当該ニトロセルロース膜上に固定されたアルカリホスファターゼによる発色反応を行わせることにより、当該ニトロセルロース膜上に各ホスホイノシチドを介して各GST融合タンパク質が固定されている領域を染色した。そして、ニトロセルロース膜上において染色された部分の面積を、画像解析ソフトウェアIMAGE J.(ウェブサイトhttp://rsb.info.nih.gov/ij/より入手)を用いて定量した。
【0123】
図2に、この定量結果の一部を示す。図2a、図2b、図2cの各々において、横軸はニトロセルロース膜上に固定した各ホスホイノシチドの量(pmol)、縦軸はニトロセルロース膜上の各ホスホイノシチドが固定された部分の染色面積、をそれぞれ示す。図2aはPLCδ1−PHを用いてPtdIns(4,5)P2を定量した結果、図2bはTAPP1−2×PHを用いてPtdIns(3,4)P2を定量した結果、図2cはGRP1−PHを用いてPtdIns(3,4,5)P3を定量した結果、をそれぞれ示す。
【0124】
図2a〜図2cに示すように、本脂質定量方法においては、ニトロセルロース膜上に固定されたホスホイノシチドの量と、当該ホスホイノシチドに結合したGST融合タンパク質の検出量と、の間に直線的な相関関係があることが示された。
【0125】
すなわち、例えば、図2a〜図2cに示すような、基材上に固定されたホスホイノシチドの量と、当該ホスホイノシチドに結合させたプローブ物質の量と、の相関関係を表すデータを検量データとして取得することにより、当該検量データと本脂質定量方法による実測値(プローブ物質の検出量)とに基づいて、対象脂質を定量できることが示された。
【0126】
次に、動物細胞に含まれる3種類のホスホイノシチド、すなわち、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(4,5)P2、又はPtdIns(3,4,5)P3を、それぞれTAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、又はGRP1−PHを含むGST融合タンパク質を用いて定量した。
【0127】
すなわち、まず、インスリン受容体を過剰に発現しているCHO細胞(以下、CHO−IR細胞)を15cm径の培養皿内で10%のウシ胎児血清(FBS)を添加したHam’s F12培地(Gibco)中で培養した。このCHO−IR細胞が培養皿内でコンフルエントに達したところで、培養液を無血清DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)(Nissui)に交換し、当該CHO−IR細胞を一晩栄養枯渇状態で維持した。その後、培養液中にインスリンを最終濃度100nMとなるように添加することにより、CHO−IR細胞に対するインスリン刺激を行った。そして、このインスリン刺激から所定時間経過後の細胞内に含まれるリン脂質を抽出した。なお、細胞内に存在するホスホイノシチドは微量であり、且つキナーゼ、ホスファターゼ、又はホスホリパーゼC等により容易に代謝されるため、当該各ホスホイノシチドの量は、当該細胞に含まれるリン脂質の総量で正規化して評価することが好ましい。このため、本例においては、細胞に含まれるリン脂質の総量を、過塩素酸(perchloric acid)を用いた消化による常法により測定した。
【0128】
次に、スフィンゴ糖脂質の検出に用いられるTLCブロッティング法(Ishikawa,D. et al.;Methods Enzymol,312,145−157(2000))を用いて、細胞から抽出したリン脂質に含まれるホスホイノシチドを分離するとともに、定量した。なお、このTLCにより、リン酸基の数に応じてホスホイノシチドを分離可能であることを予め確認しておいた。
【0129】
1.2%のシュウ酸カリウム(potassium oxalate)を含み、メタノールと水とを2:3(v/v)の比率で混合した溶媒でTLCプレート(Silica gel−60、Merck)を前処理し、当該TLCプレートにホスホイノシチドをスポットする前に当該TLCプレートを110℃で15分間加熱した。そして、細胞から抽出した脂質サンプルを、クロロホルムとメタノールとを2:1(v/v)の比率で混合した10mlの溶媒に溶解し、TLCプレート上にスポットした。その後、このTLCプレートを、クロロホルムとアセトンとメタノールと酢酸と水とを80:30:26:24:14(v/v/v/v/v)の比率で混合した展開溶媒中に浸漬した。このTLCにより、細胞から抽出した脂質サンプルに含まれる種々のホスホイノシチドを、リン酸基の数に応じてTLCプレート上で分離した。このTLCプレートを0.2%の塩化カルシウムとメタノールと2−プロパノールとを20:7:40(v/v/v)の比率で含む溶液に30秒間浸漬した。そして、このTLCプレート上にポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride;PVDF)膜を載置し、TLCサーマルブロッタ−(ATTO)を用いて、当該TLCプレートとPVDF膜とを180℃、0.07Paで圧着することにより、当該TLCプレートで分離されていたリン脂質を当該PVDF膜上に転写した。このリン脂質が固定されたPVDF膜を乾燥後、メタノールに1分間浸漬し、3%の脱脂乳と1%のBSAとを含むブロッキング溶液中に室温で少なくとも30分間浸漬した。
【0130】
そして、このPVDF膜を、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、又はGRP1−PHを含むGST融合タンパク質を最終濃度2μg/mlで添加した、0.05%のTween 20を含むPBS中に、1時間浸漬した。その後、このPVDF膜を0.05%のTween 20を含むPBSで3回洗浄し、0.05%のTween 20を含むPBSで2000倍に希釈された抗GSTウサギ抗体とともに30分間インキュベーションした。さらに、このPVDF膜を3回洗浄し、0.05%のTween 20を含むPBSで7500倍に希釈したアルカリホスファターゼ結合抗ウサギIgG抗体とともに30分間インキュベーションした。このPVDF膜を洗浄した後、NBT/BCIP溶液中でインキュベーションすることにより、当該PVDF膜に固定された抗ウサギIgG抗体のアルカリホスファターゼと、当該NBT/BCIPと、の発色反応を行わせた。この結果、PVDF膜上において、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3がそれぞれ固定されている範囲が染色された。このPVDF膜上の染色された部分の面積を、画像解析ソフトウェアIMAGE J.を用いて定量した。
【0131】
この定量結果の一部を図3に示す。図3a、図3bにおいて、横軸は、CHO−IR細胞に対するインスリン刺激後の経過時間(分)、縦軸は、各経過時間において、CHO−IR細胞に含まれる各ホスホイノシチドの量(mmol又はμmol)を、当該CHO−IR細胞に含まれるリン脂質の総量(total Pi)(mol)で正規化した含有量レベル(mmol/mol又はμmol/mol)をそれぞれ示す。図3aには、TAPP1−2×PHを用いて定量したPtdIns(3,4)P2の含有量レベル(白抜き四角形のシンボル)と、GRP1−PHを用いて定量したPtdIns(3,4,5)P3の含有量レベル(白抜き三角形のシンボル)と、の経時変化を示す。また、図3bには、PLCδ1−PHを用いて定量したPtdIns(4,5)P2の含有量レベルの経時変化を示す。
【0132】
図3aに示すように、CHO−IR細胞内においてインスリン刺激に応答したPtdIns(3,4,5)P3の生成が検出された。すなわち、PtdIns(3,4,5)P3の含有量レベルは、インスリン刺激後30秒で最高値(経過時間ゼロ秒におけるレベルの10倍)に達し、その後急速に減少した。また、図3aに示すように、PtdIns(3,4)P2の含有量レベルもまた刺激後30秒まで増加し、その後徐々に減少した。これに対し、図3bに示すように、PtdIns(4,5)P2の含有量レベルは、インスリン刺激1分後、刺激前(ゼロ分)の約60%程度まで減少し、刺激後10分までに当該刺激前の値まで回復した。
【0133】
また、本例においては、ホスファチジルイノシトール−3−キナーゼ(PhosphatidylInositol 3−kinase;PI3−キナーゼ)のインヒビターであるWortmannin又はLY294002(Walker,E.H. et al.;Mol Cell,6,909−919(2000))が、培養細胞内におけるPtdIns(3,4)P2及びPtdIns(3,4,5)P3の生成に及ぼす影響についても検討した。すなわち、インスリン刺激に先立って、CHO−IR細胞を100nMのWortmannin又は25mMのLY294002(Wako Pure Chemical Industries)で30分間処理した。そして、これらインヒビターによる前処理を施されたCHO−IR細胞に対して、インスリン刺激を与え、細胞内におけるPtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3、PtdIns(4,5)P2の含有量レベルを、それぞれTAPP1−2×PH、GRP1−PH、PLCδ1−PHを用いて定量した。
【0134】
この定量結果の一部を図4に示す。図4a及び図4bには、Wortmannin、LY294002、又はこれらの溶媒として用いたDMSOのみで前処理した場合(横軸)の、CHO−IR細胞における各ホスホイノシチドの含有量レベル(mmol/mol又はμmol/mol)(縦軸)を示す。なお、図4bにおいて、白抜きのバーはPtdIns(3,4)P2の含有量レベル、黒塗りのバーはPtdIns(3,4,5)P3の含有量レベル、をそれぞれ示す。
【0135】
図4a及び図4bに示すように、Wortmannin、LY294002のいずれのインヒビターも、細胞内におけるPtdIns(3,4)P2とPtdIns(3,4,5)P3の生成を阻害したが、PtdIns(4,5)P2の含有量にはほとんど影響を与えなかった。
【0136】
次に、本脂質定量方法の他の実施例を示す。本例においては、4種類のホスホイノシチド、すなわち、PtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3を、それぞれHrs−2×FYVE、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、GRP1−PHを含むGST融合タンパク質をプローブ物質として用いて定量した。
【0137】
また、本例においては、ポリアミノ酸又は長鎖アルキル基の少なくとも一方を固定した基材表面を準備した。すなわち、ポリ塩化ビニル(Poly−Vinyl Chloride;PVC)製又はポリスチレン(PolyStyrene;PS)製の96ウェルプレート、及び所定の表面処理が施されたポリスチレン製の96ウェルプレートImmulon 2HB(Thermo Labsystems)のウェルの底面に、PLL、C8被覆物質、C16被覆物質(Wako Pure Chemical Industries)、のうち少なくとも1つを被覆した基材表面を作製した。
【0138】
具体的に、各ウェルに、0.1MのNaHPO4と0.25mg/mlのPLLとを含む水溶液を入れて少なくとも2時間インキュベーションすることにより、当該PLLで被覆されたウェル底面を作製した。また、このようにウェルの底面をPLLで被覆した後、当該ウェルにメタノールで50倍に希釈したC8被覆物質又はC16被覆物質を入れて2時間インキュベーションすることにより、PLLとC8被覆物質又はC16被覆物質とを被覆したウェル底面を作製した。
【0139】
また、本例においては、PLL又は長鎖アルキル基を被覆したウェル底面の脂質に対する親和性を評価した。すなわち、蛍光標識されたPE(N−dansyl PE)と標識されていないPEとを0.1:1(モル比)の比率で混合したリン脂質からなる10μg/mlのリポソームを、PLL、C8被覆物質又はC16被覆物質のうち少なくとも1つで被覆され、又は被覆されていない各ウェルに入れて2時間インキュベーションすることにより、当該リポソームを当該各ウェルの底面に吸着させた。そして、各ウェル底面を0.05%のTween 20を含むPBSで洗浄した後、分光光度計FUSION(Packard Instrument Company)を用いて、当該ウェル底面の蛍光強度(335/520nm)を測定した。
【0140】
この測定結果を図5に示す。図5において、横軸はウェル底面の被覆条件(プラス記号「+」は、PLL、C8被覆物質、C16被覆物質が被覆されたことを示す)、縦軸は各条件で被覆されたウェル底面の蛍光強度、をそれぞれ示す。この図5において、白抜きのバーはPS製のウェル底面、灰色のバーはImmulon 2HBのウェル底面、黒色のバーはPVC製のウェル底面、についての結果をそれぞれ示す。
【0141】
図5に示すように、C16被覆物質のみ、C8被覆物質とC16被覆物質の両方、又はPLLとC16被覆物質の両方、を被覆したPVC製のウェル底面で顕著に高い蛍光強度が測定された。すなわち、これら3種類の条件で被覆したウェル底面にリン脂質を効果的に固定できることが示された。
【0142】
そこで、さらに、このPLLとC16被覆物質とを被覆したPVC製のウェル底面にリポソームを吸着させる上で好ましいインキュベーション時間と、当該ウェル底面あたりに必要とされるリン脂質の総量と、を検討した。
【0143】
この検討結果の一部を図6及び図7に示す。図6において、横軸はウェル内にリポソーム溶液を入れてからのインキュベーション時間(時間)、縦軸は各ウェル底面に固定されたリポソームに含まれるPEの蛍光強度、をそれぞれ示す。また、図7において、横軸はウェルあたりに加えたPE(すなわち、PEからなるリポソーム)の量(nmol)、縦軸は各ウェル底面に固定されたリポソームに含まれるPEの蛍光強度を示す。
【0144】
図6に示すように、約2時間のインキュベーション時間まで、インキュベーション時間と蛍光強度との直線関係が確認された。また、図7に示すように、PEの固定量として約1nmol(すなわち、約0.7μg)まで、PEの固定量と蛍光強度との直線関係が確認された。したがって、ウェル底面にリポソームを固定する条件としては、例えば、インキュベーション時間は2時間以上とし、ウェルあたりには0.5μg以下のリン脂質を加えることが好ましいと考えられた。すなわち、ウェルに加えたリポソーム量(リン脂質量)に比例した量で当該リポソームを当該ウェル底面に固定する(リポソームをウェル底面に定量的に固定する)ために、当該ウェル底面の単位面積あたりに加えるリン脂質量として1.52μg/cm2以下の範囲を好適に用いることができた。
【0145】
また、本例においては、上述したように形質転換細胞体を用いて、Hrs−2×FYVE、FAPP1−2×PH、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、又はGRP1−PHを含む4種類のGST融合タンパク質を作製した。
【0146】
さらに、本例においては、各GST融合タンパク質にビオチンを結合させた標識プローブ物質を作製した。すなわち、各GST融合タンパク質に対して、モル比で20倍過剰量の標識用ビオチン(EZ−Link Sulfo−NHS−LC−Biotin、PIERCE)を加え、室温で1時間インキュベーションすることにより、当該標識用ビオチンを当該各GST融合タンパク質に結合させた。
【0147】
また、本例においては、定量の対象とするPtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3のうち1種類のホスホイノシチドを含むリポソームを形成した。すなわち、クロロホルムとメタノールとを2:1(v/v)の比率で混合した溶媒に、各ホスホイノシチドを最終濃度5ng/μlとなるように溶解した。そして、このホスホイノシチドを含む溶液とPCとPEとを0.2:1:1の重量比で混合した混合脂質を調製した。このホスホイノシチドとベース脂質(PC及びPE)とを含む混合脂質を窒素ガス流通下で乾燥させた後、10mMのHepes(pH7.4)、100mMのNaCl、1mMのEGTA、50mMのショ糖を含むバッファー中で超音波処理することにより再水和させ、当該混合脂質からなる一重膜のリポソームを形成した。
【0148】
このリポソームを、10mMのHepes(pH7.4)、100mMのNaCl、1mMのEGTAを含む水溶液で10倍に希釈し、当該水溶液を、各ウェルに入れて、少なくとも2時間、室温でインキュベーションすることにより、当該リポソームを当該ウェルの底面に吸着させた。
【0149】
そして、この底面にリポソームを固定したウェルに、当該リポソームに含まれるホスホイノシチドに特異的に結合可能なビオチン標識GST融合タンパク質を含む水溶液を加え、所定時間インキュベーションすることにより、当該ホスホイノシチドに当該ビオチン標識GST融合タンパク質を特異的に結合させた。
【0150】
この底面にビオチン標識GST融合タンパク質が固定されたウェルに、ペルオキシダーゼ結合アビジン(Sigma)を含む水溶液を加えて所定時間インキュベーションすることにより、当該GST融合タンパク質のビオチンに、当該ペルオキシダーゼ結合アビジンを結合させた。このペルオキシダーゼ結合アビジンが固定されたウェル底面に、o−フェニレンジアミン(O−Phenylenediamine Dihydrochloride;OPD)を含む水溶液を加えて所定時間インキュベーションすることにより、当該アビジンのペルオキシダーゼと当該OPDとの発色反応を行わせた。この発色反応を、ウェルに8Nの硫酸を加えることにより停止させた後、各ウェル内の水溶液の吸光度を所定の分光光度計を用いて測定した。
【0151】
この測定結果の一部を図8に示す。図8において、横軸は各ウェルあたりに固定されたリポソームに含まれる各ホスホイノシチドの量(pmol)を示し、縦軸は各ウェル内における発色反応後の水溶液の吸光度(490nm)を示す。この図8において、白抜き丸形のシンボルはGRP1−PHを用いてPtdIns(3,4,5)P3を定量した結果、白抜き四角形のシンボルはTAPP1−2×PHを用いてPtdIns(3,4)P2を定量した結果、黒塗り丸形のシンボルはPLCδ1−PHを用いてPtdIns(4,5)P2を定量した結果、黒塗り菱形のシンボルはHrs−2×FYVEを用いてPtdIns(3)Pを定量した結果、白抜き三角形のシンボルはFAPP1−2×PHを用いてPtdIns(4)Pを定量した結果、をそれぞれ示す。なお、この図8の横軸に示すウェルあたりのホスホイノシチドの量は、ウェルあたりに加えるリポソームの量を変化させることにより調整した。
【0152】
図8に示すように、1つのウェル底面あたりに固定された各ホスホイノシチドの量が増加するにつれて、当該ウェル内における発色強度、すなわち、当該ホスホイノシチドに結合したGST融合タンパク質の量も増加した。また、1つのウェルあたりに約300pmol(約300ng)以下の範囲、すなわち、ウェル底面の単位面積あたり900pmol/cm2(約0.9μg/cm2)以下の範囲でホスホイノシチドを固定することにより、特に定量を好適に行うことができると考えられた。
【0153】
このように、本脂質定量方法を用いることにより、PtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3を、それぞれHrs−2×FYVE、FAPP1−2×PH、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、Grp1−PHを含むGST融合タンパク質をプローブ物質として用いることにより、簡便且つ高精度に定量可能であることが示された。
【0154】
次に、本酵素活性定量方法の一実施例について説明する。本例においては、2種類のPtdIns(3,4,5)P3ホスファターゼ、すなわち、PTEN及びSKIPの活性を定量した。PTENは、PtdIns(3,4,5)P3を反応基質として、PtdIns(4,5)を生成する3−ホスファターゼであり(Maehama,T. et al.;J Biol Chem,273,13375−13378(1998)、Myers,M.P. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,95,13513−13518(1998))、SKIPは、PtdIns(3,4,5)P3を反応基質として、PtdIns(3,4)を生成する5−ホスファターゼである(Ijuin,T. et al.;J Biol Chem,275,10870−10875(2000))。
【0155】
本例においては、ヒトHEK293T細胞のcDNAライブラリからクローニングしたヒトPTENをコードするポリヌクレオチドを、発現ベクターpGEX6p−1にサブクローニングし、当該発現ベクターにより形質転換された大腸菌細胞体から、所定のプロトコール(Amersham BIosciences)に従い、組み換えヒトPTENを含むGST融合タンパク質(以下、GST−PTEN)を精製した。また、バキュロウイルス発現系(bac−to−bac Baculovirus Expression System、Invitrogen)から、所定のプロトコール(Invitrogen)に従い、組み換えSKIPを含むGST融合タンパク質(以下、GST−SKIP)を精製した。
【0156】
また、本例においては、形質転換細胞体を用いて、GST−PTEN及びGST−SKIPの反応基質であるPtdIns(3,4,5)P3を検出するプローブ物質としてGRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、GST−PTENの反応生成物であるPtdIns(4,5)を検出するプローブ物質としてPLCδ1―PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、GST−SKIPの反応生成物であるPtdIns(3,4)を検出するプローブ物質としてTAPP1―2×PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、それぞれ作製した。
【0157】
また、本例においては、PtdIns(3,4,5)P3とPCとPEとを、1:1:1の重量比で含むリポソームを調製し、PLLとC16被覆物質とをコートした各ウェル底面に、当該リポソームを1μgずつ固定した。
【0158】
そして、この底面にリポソームを固定した各ウェルに、GST−PTEN又はGST−SKIPを含む水溶液を入れてインキュベーションすることにより、当該リポソームに含まれるPtdIns(3,4,5)P3と、当該GST−PTEN又はGST−SKIPとを反応させた。この反応後、各ウェル底面を0.05%のTween 20を含むPBSで洗浄した。
【0159】
そして、上述の脂質定量方法の例と同様に、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3、PtdIns(4,5)、PtdIns(3,4)P2に、それぞれGRP1−PH、PLCδ1−PH、TAPP1−2×PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を結合させ、当該各ホスホイノシチドに結合したGST融合タンパク質をペルオキシダーゼ結合アビジンによる発色反応により定量的に検出した。
【0160】
図9及び図10に、この定量結果の一部を示す。図9は、PtdIns(3,4,5)P3とGST−PTENとを反応させた場合の定量結果を示す。図9aにおいて、横軸は、各ウェル底面に固定されたPtdIns(3,4,5)P3とGST−PTENとの反応時間(分)、縦軸は、各ウェルにおけるホスホイノシチドの定量結果(pmol)をそれぞれ示す。また、図9bにおいて、横軸は、各ウェル内に加えたGST−PTENの量(μg)、縦軸は、各ウェルにおけるホスホイノシチドの定量結果(pmol)をそれぞれ示す。これら図9a及び図9bにおいて、丸型のシンボルはPtdIns(4,5)P2の定量結果を、また四角形のシンボルはPtdIns(3,4,5)P3の定量結果を、それぞれ示す。また、図10は、PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとを反応させた場合の定量結果を示す。図10aにおいて、横軸は、各ウェル底面に固定されたPtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとの反応時間(分)、縦軸は、各ウェルにおけるPtdIns(3,4)P2の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。また、図10bにおいて、横軸は、各ウェル内に加えたGST−SKIPの量(μg)、縦軸は、各ウェルにおけるPtdIns(3,4)P2の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。
【0161】
図9a及び図9bに示すように、PtdIns(3,4,5)P3とGST―PTENとの反応時間、及び各ウェルに加えたGST−PTENの濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3の量は減少し、各ウェル底面に固定されているPtdIns(4,5)の量は増加した。
【0162】
また、図10a及び図10bに示すように、PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとを反応させた場合には、当該PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとの反応時間、及び各ウェルに加えたGST−SKIPの濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4)P2の量は増加した。また、この場合、PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとの反応時間、及び各ウェルに加えたGST−SKIPの濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3の量は減少した(図示せず)。
【0163】
次に、本酵素活性定量方法の他の実施例について説明する。本例においては、PI3−キナーゼp110αサブユニットを用いて、PI3−キナーゼの活性を定量した。このPI3−キナーゼは、PtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2をリン酸化して(すなわち、これら3種類のホスホイノシチドの各々を反応基質として)、それぞれPtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3を生成する。
【0164】
本例においては、HUVECのcDNAライブラリからクローニングされた、ヒトPI3−キナーゼ触媒サブユニットp110αをコードするポリヌクレオチドを、発現ベクターpFasrBac(Invitrogen)にサブクローニングした。そして、バキュロウイルス発現システム(Invitrogen)から、所定のプロトコール(Invitrogen)に従い、N末端にGSTが結合し、C末端にHis(ヒスチジン)が結合した、ヒト組み換えPI3−キナーゼ触媒サブユニットp110αを含む融合タンパク質(以下、PI3−キナーゼタンパク質)を精製した。
【0165】
また、本例においては、形質転換細胞体を用いて、PI3−キナーゼタンパク質の反応生成物であるPtdIns(3)Pに対するプローブ物質としてHrs−2×FYVEを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、PtdIns(3,4)P2に対するプローブ物質としてTAPP1−2×PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、PtdIns(3,4,5)P3に対するプローブ物質としてGRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、それぞれ作製した。
【0166】
また、本例においては、PI3−キナーゼタンパク質の反応基質であるPtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2とPCとPEとを、1:1:1の重量比で含むリポソームを調製し、当該リポソームを、PLLとC16被覆物質とをコートした各ウェル底面に1μgずつ固定した。
【0167】
この底面にホスホイノシチドが固定された各ウェルに、PI3−キナーゼタンパク質(p110αサブユニット)、50mMのTris−HCl(pH7.4)、10mMのMgCl2、1mMのEDTA、1mMのATPを含む水溶液を加え、20分間、室温でインキュベーションすることにより、当該各ホスホイノシチドと、当該PI3−キナーゼタンパク質と、を反応させた。この反応を各ウェルに1mMのHClを加えることにより停止させた後、当該各ウェルの底面をPBSで洗浄し、当該各ウェルに5%のBSAを含むPBSを加えて、少なくとも1時間インキュベーションした。
【0168】
その後、各ウェルに、上述のように作製したビオチン標識GST融合タンパク質を1μg/mlで溶解した5%のBSAを含むPBSを入れて、1時間インキュベーションすることにより、当該各ウェルの底面に固定されているホスホイノシチドに、当該ビオチン標識GST融合タンパク質を結合させた。
【0169】
各ウェルの底面を0.05%のTween 20を含むPBSで3回洗浄した後、当該各ウェルにペルオキシダーゼ結合アビジンを溶解した5%のBSAを含むPBSを加え、30分間インキュベーションすることにより、当該各ウェル底面に固定されたGST融合タンパク質のビオチンに当該ペルオキシダーゼ結合アビジンを結合させた。各ウェル表面を0.05%のTween 20を含むPBSで6回洗浄した後、上述した本脂質定量方法の例と同様に、ペルオキシダーゼの発色反応を行い、当該各ウェル内の水溶液の発色強度を測定した。すなわち、本例においては、各ウェル底面に固定されたリポソームに含まれるPtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2と、PI3−キナーゼタンパク質と、を反応させた後、当該各ウェル底面に固定されているPtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3に、それぞれHrs−2×FYVE、TAPP1−2×PH、GRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を結合させ、当該各ウェル底面に固定されたGST融合タンパク質を定量的に検出した。
【0170】
この定量結果の一部を図11に示す。図11a及び図11bは、反応基質としてPtdIns(4,5)P2をウェル底面に固定し、当該PtdIns(4,5)P2とPI3−キナーゼタンパク質との反応後、当該ウェル底面に固定されている生成されたPtdIns(3,4,5)P3を定量した結果の一例を示す。図11aにおいて、横軸は、各ウェル底面に固定されたPtdIns(4,5)P2とPI3−キナーゼタンパク質との反応時間(分)、縦軸は、各ウェルにおいて生成されたPtdIns(3,4,5)P3の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。また、図11bにおいて、横軸は、各ウェルに入れたPI3−キナーゼタンパク質(p110aと示す)の量(ng)、縦軸は、各ウェルにおいて生成されたPtdIns(3,4,5)P3の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。
【0171】
図11a及び図11bに示すように、PtdIns(4,5)P2とPI3−キナーゼタンパク質との反応時間、及び各ウェルに加えたPI3−キナーゼタンパク質の濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3の量は増加した。
【0172】
また、本例においては、本酵素活性定量方法がPI3−キナーゼインヒビターの定量方法としても利用可能であることを確認した。すなわち、まず、PI3−キナーゼを、当該PI3−キナーゼのインヒビターであるWortmannin又はLY294002とともに30分間インキュベーションした。そして、このインヒビターで前処理したPI3−キナーゼを、底面にPtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2が固定された各ウェル内に入れてインキュベーションすることにより、当該PI3−キナーゼと当該各ホスホイノシチドとを20分間反応させた後、当該各ウェルに1mMのHClを加えることにより当該反応を停止させた。そして、この反応後の各ウェル底面に固定されているPtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3を、それぞれHrs−2×FYVE、TAPP1−2×PH、GRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を用いて定量した。
【0173】
この場合の定量結果の一部を図12に示す。図12a、図12b及び図12cにおいて、横軸は、各ウェルに添加した各インヒビターの濃度(μM)、縦軸は、インヒビターが添加されない場合にウェル内で生成された各反応生成物(すなわち、PtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2又はPtdIns(3,4,5)P3)の量に対する、インヒビターが添加された場合にウェル内で生成された当該各反応生成物の量の割合(%)をそれぞれ示す。これら図12a、図12b及び図12cにおいて、四角形のシンボルはWortmanninを用いた場合、丸形のシンボルはLY294002を用いた場合の結果をそれぞれ示す。図12aは、反応基質としてPtdInsを用いた場合におけるPtdIns(3)Pの生成量、図12bは、反応基質としてPtdIns(4)Pを用いた場合におけるPtdIns(3,4)P2の生成量、図12cは、反応基質としてPtdIns(4,5)P2を用いた場合におけるPtdIns(3,4,5)P3の生成量、についての結果をそれぞれ示す。
【0174】
図12a、図12b、図12cに示すように、各インヒビターの添加濃度に依存して、PtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2又はPtdIns(3,4,5)P3のいずれも生成量が減少し、当該各インヒビターがPI3−キナーゼとホスホイノシチドとの反応を阻害していることが確認された。
【0175】
すなわち、本酵素活性定量方法においては、PI3−キナーゼとホスホイノシチドとの特異的な反応に基づき、当該PI3−キナーゼの活性を簡便且つ高精度に定量可能であることが示されるとともに、当該PI3−キナーゼに対する各インヒビターの活性をも簡便且つ高精度に定量可能であることが確認された。
【0176】
次に、本脂質定量方法を用いた本病態評価方法の一実施例について説明する。いくつかの癌細胞ではPTENが欠如し、当該癌細胞内のPtdIns(3,4,5)P3量が増加することにより、癌の形成を誘発しているとの報告がある。そこで、本例においては、病態の評価モデルの1つとして、種々の癌細胞におけるPtdIns(3,4,5)P3及びPtdIns(4,5)P2の含有量を定量することとした。
【0177】
本例においては、転移性の高い、B16細胞株由来の3種類のマウス悪性メラノーマB16細胞、B16F1細胞、及びB16F10細胞と、PTENの発現又は機能を欠如している3種類のヒト膠芽細胞腫(glioblastoma)A172細胞、T98G細胞、U87MG細胞と、を用いた。すなわち、15cm径の培養皿内において、B16細胞、B16F1細胞、B16F10細胞、U87MG細胞は、10%のFBSを添加したDME(Nissui)培地中で培養し、A172細胞、T98G細胞は、10%のFBSを添加したRPMI培地中で培養した。
【0178】
そして、上述の本脂質定量方法の例と同様に、TLCブロッティングにより、各癌細胞から抽出した脂質に含まれるPtdIns(3,4,5)P3及びPtdIns(4,5)P2を分離するとともに、それぞれGRP1−PHを含むGST融合タンパク質、PLCδ1−PHを含むGST融合タンパク質とを用いた本脂質定量方法により定量した。
【0179】
この定量結果の一部を図13と図14とに示す。図13及び図14において、横軸は用いた癌細胞の種類、縦軸は、各癌細胞に含まれるPtdIns(3,4,5)P3又はPtdIns(4,5)P2の量(μmol又はmmol)を、当該各癌細胞に含まれるリン脂質の総量(total Pi)(mol)で正規化した含有量レベル(μmol/mol又はmmol/mol)をそれぞれ示す。
【0180】
図13aに示すように、B16F10細胞におけるPtdIns(3,4,5)P3のレベルは、B16細胞及びB16F1細胞のレベルの2倍と高値であった。これに対し、図13bに示すように、B16F10細胞のPtdIns(4,5)P2レベルは、B16細胞のレベルの3分の1と低値であった。
【0181】
また、3種類の膠芽腫細胞株は機能しないPTENを有すると報告されているが、図14aに示すように、U87MG細胞のみで高いPtdIns(3,4,5)P3レベルが確認された。また、図14aに示すように、PTENを欠いているA172細胞において、PtdIns(3,4,5)P3レベルは低値であった。また、図14bに示すように、3種類の膠芽腫細胞株のうち、U87MG細胞においてPtdIns(4,5)P2レベルが最も低値であった。
【0182】
このように、本例において、実際に病態と関連のある癌細胞に含まれる種々のホスホイノシチドを簡便且つ高精度に定量することができた。また、本例の結果において、全てのPTEN欠損細胞株においてPtdIns(3,4,5)P3レベルが高いわけではなかったことから、細胞に含まれるホスホイノシチドの種類や量と病態との関連性を詳細に検討する上では、種々の癌細胞に含まれる種々のホスホイノシチドを実際に高い精度で定量する必要があると考えられた。
【0183】
また、ホスファターゼの異常は、癌や糖尿病等の種々の病気を引き起こすことが知られているため、この酵素の阻害剤や賦活剤に関する研究はこれらの病気の治療法を探る上で重要である。本酵素活性定量方法を用いた病態評価方法によれば、上述の本脂質定量方法を用いた病態評価方法と同様に、細胞に含まれる脂質関連酵素の変化を簡便且つ高感度に定量できる。
【0184】
また、本脂質定量方法及び本酵素活性定量方法において定量可能なホスホイノシチドの限界量は、例えば、図2に示したような検量データを得るための検討において、PtdIns(4,5)P2については0.02nmol、PtdIns(3、4,5)P3については0.003nmolであることが確認された(結果は図示せず)。
【0185】
すなわち、例えば、従来法の1つである、ホスファターゼと反応基質を反応させ、当該反応によって生じたリン酸を検出するマラカイトグリーン(malachite green)法における検出限界が100nmol程度であったことに比べれば、本脂質定量方法及び本酵素活性定量方法の感度は、少なくとも当該従来法の1000倍であった。
【図面の簡単な説明】
【0186】
【図1】本発明の一実施形態において作製したプローブ物質の一部を示す図である。
【図2】本発明の一実施形態において、ニトロセルロース膜上に固定したホスホイノシチドを定量した結果の一例を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態において、インスリン刺激後の細胞内に含まれるホスホイノシチドを定量した結果の一例を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態において、インスリン刺激後の細胞内ホスホイノシチド量に対してインヒビターが与える影響を定量した結果の一例を示す図である。
【図5】本発明の一実施形態において、基材表面と脂質との親和性を評価した結果の一例を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態において、基材表面と脂質とのインキュベーション時間と、当該基材表面への当該脂質の固定量との関係を評価した結果の一例を示す図である。
【図7】本発明の一実施形態において、基材表面に加える脂質の量と、当該基材表面への当該脂質の固定量との関係を評価した結果の一例を示す図である。
【図8】本発明の一実施形態において、基材表面に加える脂質の量と、当該脂質に結合したプローブ物質の検出量と、の関係を評価した結果の一例を示す図である。
【図9】本発明の一実施形態において、ホスファターゼの活性を定量した結果の一例を示す図である。
【図10】本発明の一実施形態において、ホスファターゼの活性を定量した結果の他の例を示す図である。
【図11】本発明の一実施形態において、キナーゼの活性を定量した結果の一例を示す図である。
【図12】本発明の一実施形態において、キナーゼインヒビターの活性を定量した結果の一例を示す図である。
【図13】本発明の一実施形態において、癌細胞に含まれるホスホイノシチドを定量した結果の一例を示す図である。
【図14】本発明の一実施形態において、癌細胞に含まれるホスホイノシチドを定量した結果の他の例を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質又は脂質を反応基質とする酵素の活性の定量、及び当該定量に基づく病態の評価に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質は生体を構成する成分の1つであり、生体内の生理的プロセスにおいて重要且つ多様な役割を果たしている。すなわち、例えば、哺乳動物において、細胞膜を構成するリン脂質の1つであるホスホイノシチド(phosphoinositide)は、細胞内において、イノシトール1,4,5三リン酸やジアシルグリセロール等のセカンドメッセンジャーを生成するとともに、細胞のメンブレントラフィック、細胞骨格の再編成、細胞分裂、アポトーシス、細胞内代謝等に関連する様々なタンパク質と直接且つ特異的に相互作用し、当該タンパク質の機能を制御している。
【0003】
また、このような重要な役割を果たす脂質の代謝は、特定の脂質を反応基質とする酵素(以下、脂質関連酵素)によって厳密に制御されていると考えられる。実際に、脂質の代謝異常は、癌、糖尿病、ミオパシー等の様々な病態を引き起こすことが明らかになってきている。
【0004】
したがって、例えば、生体の特定の細胞に含まれる脂質又は脂質関連酵素の種類や活性を正確に測定することができれば、新たな医薬や病態の評価方法等の開発が可能になると期待される。
【0005】
従来、脂質又は脂質関連酵素の測定方法としては、例えば、ラジオアイソトープによる方法(非特許文献1参照)、クロマトグラフィーによる方法(非特許文献2参照)、質量分析による方法(非特許文献3参照)等があった。
【非特許文献1】Maehama,T. et al.;Anal.Biochem.,279,248−250(2000)
【非特許文献2】Serunian,L.A. et al.;Methods Enzymol.,198,78−87(1991)
【非特許文献3】Wenk,M.R. et al.;Nat.Biotechnol.,21,813−817(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来の測定方法は、技術的に煩雑な操作を要するため、例えば、多くの種類の脂質や脂質関連酵素を対象として、網羅的に、ハイスループットな解析を行うことは困難であった。
【0007】
また、上記従来の測定方法は、その検出感度に限界があるため、例えば、細胞内に極微少量だけ含まれる種々のリン脂質について、リン酸基の数や結合位置が互いに異なる各リン脂質を正確に定量することは困難であった。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑みて為されたものであって、簡便且つ高感度に脂質又は脂質関連酵素活性を定量できる方法及び定量キット、さらに当該定量方法及び定量キットを用いた病態の評価方法を提供することをその目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る脂質定量方法は、定量の対象である脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記対象脂質を基材の表面に固定する固定工程と、前記基材表面に固定された対象脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、前記対象脂質に結合した非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含むことを特徴とする。
【0010】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量方法は、特定の脂質と反応する酵素の活性を定量する方法であって、前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる工程と、前記非抗体プローブ物質を、前記反応後に前記基材表面に固定されている特定脂質に結合させる工程と、前記特定脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含むことを特徴とする。
【0011】
また、上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量方法は、特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量する方法であって、前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる反応工程と、前記反応工程において生成され、前記基材表面に固定されている前記他の脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、前記他の脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、を含むことを特徴とする。
【0012】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る脂質定量方法に基づく病態評価方法は、上記脂質定量方法を用いて、生体から採取した脂質を定量する工程と、前記脂質の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、を含むことを特徴とする。
【0013】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量方法に基づく病態評価方法は、上記酵素活性定量方法を用いて、生体から採取した酵素の活性を定量する工程と、前記酵素活性の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、を含むことを特徴とする。
【0014】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る脂質定量キットは、定量の対象とする脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、前記対象脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含むことを特徴とする。
【0015】
上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量キットは、特定の脂質と反応する酵素の活性を定量するキットであって、前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、前記特定脂質と、前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含むことを特徴とする。
【0016】
また、上記従来の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る酵素活性定量キットは、特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量するキットであって、前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、前記特定脂質と、前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含むことを特徴とする
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の一実施の形態について説明する。なお、本発明は本実施形態に示すものに限られない。まず、本実施形態に係る脂質定量方法(以下、本脂質定量方法)、脂質関連酵素活性の定量方法(以下、本酵素活性定量方法)、及び病態の評価方法(以下、本病態評価方法)の概要について説明する。
【0018】
本脂質定量方法は、生体から取り出した血液や組織、生体から単離した初代細胞、樹立された株化細胞等に含まれる脂質や、遺伝子操作技術を用いて形質転換細胞に生産させた脂質等、任意の脂質を定量の対象とすることができる。
【0019】
すなわち、例えば、脂肪酸とアルコールとのエステルを含むジアシルグリセロール、トリアシルグリセロール、グリセロリン脂質(イノシトールリン脂質、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン等を含む)、スフィンゴリン脂質(スフィンゴミエリン等を含む)、グリセロ糖脂質(セラミド、セレブロシド等を含む)、スフィンゴ糖脂質、及びこれらに任意の官能基や分子鎖を導入した誘導体等を定量することができる。
【0020】
具体的に、例えば、ホスホイノシチド等のリン脂質のうち、1分子中に含まれるリン酸基の数や分子内結合位置等が互いに異なる複数種類のリン脂質を定量することができる。また、例えば、細胞内メンブレントラフィック、細胞骨格の再編成、細胞分裂、アポトーシス、細胞内代謝等に関連するシグナル伝達系において、特定のタンパク質と特異的に結合し、シグナル分子として機能する種々の脂質を定量することができる。
【0021】
本脂質定量方法に特長的なことの1つとして、定量の対象とする脂質(以下、対象脂質)に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質(以下、プローブ物質)を用いる点を挙げることができる。
【0022】
すなわち、例えば、いわゆる酵素免疫測定(Enzyme Linked ImmunoSorbent Assay;ELISA)法においては、タンパク質を測定の対象とする場合、当該タンパク質に対する抗体が用いられる。
【0023】
しかしながら、タンパク質に比べて分子量が小さい脂質については、当該脂質に対する抗体を作製することが容易でなく、特に、例えば、1分子に含まれる特定の官能基の数や結合位置等の違いを厳密に識別可能な抗体を作製することは困難である。
【0024】
そこで、本脂質定量方法においては、例えば、生体内で実際に対象脂質と特異的に相互作用している非抗体タンパク質(抗体ではないタンパク質)分子の一部分であって、当該対象脂質と特異的に結合する部分(以下、脂質結合ドメイン)を含むペプチド又は非抗体タンパク質を、プローブ物質として用いる。
【0025】
このプローブ物質は、例えば、基材表面に固定された対象脂質の量に応じた量で、当該対象脂質に特異的に結合するため、当該対象脂質を介して当該基材表面に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、当該対象脂質を簡便且つ高精度に定量することできる。
【0026】
また、本脂質定量方法に特長的なことの1つとして、対象脂質を含むリポソームを形成し、当該リポソームを基材表面に固定することにより、当該対象脂質を当該基材表面に固定する点を挙げることができる。
【0027】
すなわち、脂質は、タンパク質等に比べて水に対する溶解度が低いため、水溶液中で取り扱うことは容易でない。一方、脂質を有機溶媒等に溶解した場合には、例えば、生体内に存在する場合に比べて当該脂質の分子構造が変化してしまい、当該脂質の本来の特性を評価することが困難となる。
【0028】
これに対し、本脂質定量方法においては、対象脂質を含むリポソームを形成する。このため、本脂質定量方法においては、対象脂質を水溶液中で取り扱うことが容易となる。すなわち、例えば、対象脂質を表面に埋め込んだリポソームを形成して水溶液中に均一に分散し、当該水溶液中において当該リポソームを基材表面に吸着させることにより、当該対象脂質を、生体内に類似した状態で当該基材表面に均一に固定することができる。
【0029】
そして、この基材表面に均一に固定された対象脂質にプローブ物質を結合させ、当該対象脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、水溶液中において、当該対象脂質を簡便且つ高精度に定量することができる。
【0030】
本酵素活性定量方法は、生体から取り出した血液や組織、生体から単離した初代細胞、樹立された株化細胞等に含まれる脂質関連酵素や、遺伝子操作技術を用いて形質転換細胞に生産させた脂質関連酵素等、任意の脂質関連酵素を定量の対象とすることができる。
【0031】
すなわち、例えば、特定の脂質と特異的に反応するキナーゼ(イノシトール脂質キナーゼ等を含む)、ホスファターゼ(ホスホイノシチドホスファターゼ等を含む)、ホスホリパーゼ(ホスホリパーゼC等を含む)等、上述の本脂質定量方法において定量の対象となり得る脂質を反応基質とする脂質関連酵素の活性を定量することができる。
【0032】
本酵素活性定量方法に特徴的なこととして、定量の対象とする脂質関連酵素(以下、対象酵素)の反応基質である特定の脂質(以下、特定脂質)を含むリポソームを形成する点と、当該特定脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を用いる点と、を挙げることができる。
【0033】
すなわち、本酵素活性定量方法においては、例えば、特定脂質を表面に埋め込んだリポソームを形成することにより、当該特定脂質を水溶液中に均一に分散するとともに、当該水溶液中において当該リポソームを当該基材表面に吸着させることにより、当該特定脂質を、生体内に類似した状態で当該基材表面に均一に固定することができる。この結果、本酵素活性定量方法においては、水溶液中で、特定脂質と対象酵素との特異的な反応を、生体内に類似した状態で、簡便に再現できる。
【0034】
そして、基材表面で特定脂質と対象酵素とを所定時間反応させた後、例えば、当該基材表面に残存している未反応の特定脂質にプローブ物質を結合させ、当該プローブ物質を定量的に検出することにより、反応基質の消費量に基づく当該対象酵素の活性を簡便且つ高精度に定量することができる。
【0035】
また、本酵素活性定量方法に特徴的なことの1つとして、基材表面に固定された特定脂質と対象酵素との反応によって他の脂質(以下、生成脂質)が生成される場合に、当該生成脂質が当該基材表面に固定された状態で生成される点を挙げることができる。
【0036】
すなわち、例えば、基材表面に固定された脂質膜に埋め込まれている特定脂質と対象酵素との反応が、当該特定脂質分子に対する特定の官能基又は分子鎖の付加や、当該特定脂質分子に含まれている特定の官能基又は分子鎖の除去や分子内結合位置の転移等である場合(すなわち、生成脂質は、特定脂質の1分子中に含まれる特定の官能基又は分子鎖の数又は結合位置が変更された脂質である場合)には、当該反応により生成された生成脂質は、当該脂質膜に埋め込まれたまま当該基材表面に保持される。
【0037】
この場合、生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を、特定脂質と対象脂質との反応後に基材表面に固定されている生成脂質に結合させ、当該生成脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、反応生成物の量に基づく当該対象脂質を簡便且つ高精度に定量することができる。
【0038】
本病態評価方法においては、本脂質定量方法又は本酵素活性定量方法を用いて、生体から採取した血液、組織、細胞等に含まれる脂質又は脂質関連酵素の活性を定量し、当該定量結果に基づいて、当該生体の病態を評価することができる。
【0039】
すなわち、例えば、ホスホイノシチドの代謝異常により引き起こされる癌や糖尿病等の病態に関連する細胞(例えば、癌の発生が疑われる組織の細胞等)を生体から採取し、当該細胞に含まれるホスホイノシチド又はホスホイノシチドを反応基質とする酵素の種類や量を、本脂質定量方法又は本酵素活性定量方法を用いて定量する。
【0040】
そして、例えば、細胞に含まれるホスホイノシチド又はホスホイノシチドを反応基質とする酵素の種類や活性と、病態の進行度合い等と、の関連性を示すデータが予め得られている場合には、当該データと、本病態評価方法において得られた定量結果と、に基づいて、生体における病態の進行度合いを簡便且つ高精度に評価することができる。
【0041】
次に、本実施形態の具体的な内容について説明する。本脂質定量方法は、プローブ物質等を準備する準備工程と、対象脂質を基材表面に固定する固定工程と、当該基材表面に固定された対象脂質に当該プローブ物質を結合させる結合工程と、当該対象脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出する検出工程と、を含む。
【0042】
準備工程においては、例えば、対象脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を準備する。このプローブ物質としては、例えば、生体内で、対象脂質と特異的に結合することにより直接相互作用しているペプチド又は非抗体タンパク質、又は当該ペプチド又は非抗体タンパク質を構成するアミノ酸配列の一部であって、当該対象脂質に対して特異的に結合可能なアミノ酸配列部分からなる脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0043】
すなわち、このプローブ物質としては、例えば、細胞内のシグナル伝達系において、脂質分子に含まれる特定種類の官能基の数や結合位置等の違いを識別し、当該細胞内に含まれる種々の脂質のうち、特定種類の官能基が、特定の数だけ、1分子中の特定の位置に結合している対象脂質に対して特異的に結合する脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0044】
具体的に、このプローブ物質としては、例えば、細胞内において、1分子中に含まれるリン酸基の数又は結合位置に応じて互いに異なるシグナル分子としての役割を果たしている複数種類のホスホイノシチドのうち、特定の数のリン酸基が1分子中の特定の位置に結合している特定のホスホイノシチドを対象脂質とする場合には、当該特定のホスホイノシチドに対してのみ特異的に結合可能な脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0045】
ここで、脂質結合ドメインとしては、例えば、細胞内において特定のホスホイノシチドと特異的に相互作用する非抗体タンパク質に含まれる球状ドメイン(globular structural domain)(Itoh,T et al.;Cell Signal,14,733−743(2002)、Czech,M.P.;Annu Rev Physiol,65,791−815(2003)、Lemmon,M.A.;Traffic,4,201−213(2003)、Cullen,P.J. et al.;Curr Biol,11,R882−893(2001))や、様々なアクチン制御タンパク質やイオンチャネルに含まれる塩基性アミノ酸のクラスター(a cluster of basic amino acids)(Takenawa,T. et al.;Biochim Biophys Acta,1533,190−206(2001)、Janmey,P.A. et al.;Nat Rev Mol Cell Biol,5,658−666(2004)、Hilgemann,D.W.;Annu Rev Physiol,59,193−220(1997)、Wu,L. et al.;Nature,419,947−952(2002))等を挙げることができる。
【0046】
具体的に、例えば、7つのβストランドと1つのαへリックスとを含むプレクストリン相同性ドメイン(preckstrin homology domain)(以下、PHドメイン)(Itoh,T et al.Cell Signal,14,733−743(2002)、Czech,M.P.;Annu Rev Physiol,65,791−815(2003)、Lemmon,M.A.;Traffic,4,201−213(2003))、Phox homology(PX)ドメイン(Ellson,C.D. et al.;J Cell Sci,115,1099−1105(2002))、Epsin N−Terminal Homology(ENTH)ドメイン(Itoh,T. et al.;Science,291,1047−1051(2001))、Fab1,YOTB,Vac1p and EEA1(FYVE)ドメイン(Gillooly,D.J. et al;Biochem J,355,249−258(2001))、band4.1,Ezrin,Radixin and Moesin(FERM)ドメイン(Hamada,K. et al.;Embo J,19,4449−4462(2000))、glucosyltransferase,Rab−like GTPase activators and myotubularins(GRAM)ドメイン(Doerks,T. et al.;Trends Biochem Sci,25,483−485(2000))、等の脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いることができる。
【0047】
さらに、PHドメインとしては、例えば、ホスファチジルイノシトール(4,5)−2リン酸(以下、PtdIns(4,5)P2)に結合するホスホリパーゼCδ1PHドメイン(Varnai,P. et al.;J Cell Biol,143,501−510(1998))、ホスファチジルイノシトール(3,4,5)−3リン酸(以下、PtdIns(3,4,5)P3)に結合するGrp1PHドメイン(Gray,A. et al.;Biochem J,344(Pt3),929−936(1999))、ホスファチジルイノシトール(3,4)−2リン酸(以下、PtdIns(3,4)P2)とPtdIns(3,4,5)P3とに結合するAktPHドメイン(Gray,A. et al.;Biochem J,344(Pt3),929−936(1999))、PtdIns(3,4)P2に結合するTAPP1PHドメイン(Dowler,S. et al.;Biochem J,351,19−31(2000))、ホスファチジルイノシトール(4)−リン酸(以下、PtdIns(4)P)に結合するFAPP1PHドメイン(Godi,A. et al.;Nat Cell Biol,6,393−404(2004))、EEA1タンパク質とHrsタンパク質に含まれ、ホスファチジルイノシトール(3)−リン酸(以下、PtdIns(3)P)に結合するFYVEジンクフィンガー(zinc−finger)ドメイン(Gillooly,D.J. et al.;Biochem J,355,249−258(2001)、Kutateladze,T. et al.;Science,291,1793−1796(2001))、myotubularin(MTMR1)とMyotubularin−related protein2(MTMR2)に含まれ、ホスファチジルイノシトール(3,5)−2リン酸(以下、PtdIns(3,5)P2)に結合するGRAMドメイン(Tsujita,K. et al.;J Biol Chem,279,13817−13824(2004)、Berger,P. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,100,12177−12182(2003))等を挙げることができる。また、この他にも、イノシトール(1,4,5)−3リン酸に結合するPHドメインやFERMドメインもある。本脂質定量方法においては、これら特定のホスホイノシチドと特異的に結合可能な脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として用いることができる。
【0048】
これらのプローブ物質は、例えば、生体から採取し、又は遺伝子操作技術を用いて生産することができる。すなわち、例えば、細胞内で対象脂質と特異的に結合可能な非抗体タンパク質分子に含まれるアミノ酸配列のうち、少なくとも脂質結合ドメイン部分をコードするポリヌクレオチド(デオキシリボ核酸(DeoxyriboNucleic Acid;DNA)又はリボ核酸(RiboNucleic Acid;RNA))を所定の宿主細胞体に導入する。この宿主細胞体としては、形質転換によりプローブ物質を生産させることができるものであれば特に制限されず、例えば、大腸菌等の微生物や、Sf(Spodoptera frugiperda)9細胞等の昆虫細胞、CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞等の動物細胞等を用いることができる。
【0049】
そして、例えば、この形質転換細胞体を所定期間培養することにより、当該形質転換細胞体に脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を生産させ、当該生産されたペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として回収する。
【0050】
また、例えば、生体内に存在する天然の脂質結合ドメイン又は当該天然の脂質結合ドメインと同一のアミノ酸配列からなる脂質結合ドメインを複数連結した、本来生体内には存在しない複合ドメインを含むプローブ物質を作製することもできる。この場合、例えば、1種類の脂質結合ドメインについて、1つの当該脂質結合ドメインをコードするポリヌクレオチドを複数連結することにより、当該脂質結合ドメインが複数連結された複合ドメインをコードする複合ポリヌクレオチドを作製する。そして、この複合ポリヌクレオチドを導入した形質転換細胞体を作製することにより、当該形質転換細胞体が生産した複合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として回収することができる。
【0051】
また、この準備工程においては、対象脂質に対する親和性が高いプローブ物質を選択的に準備することができる。すなわち、例えば、上述のように形質転換細胞体から回収されたプローブ物質と、対象脂質と、の結合に係る解離定数を測定し、解離定数が所定範囲内のプローブ物質を、高親和性プローブ物質として選択する。
【0052】
具体的に、例えば、対象脂質との結合に係る解離定数が1nM以上且つ1μM未満のプローブ物質を選択する。なお、解離定数が1μM以上と大きい場合には、プローブ物質を用いた対象脂質の検出感度が悪くなる(すなわち、対象脂質の検出限界が大きくなる)ため、微量な脂質を検出することが困難となる場合がある。これに対し、親和性の高いプローブ物質は、より少ない量の対象脂質と結合するため、より微量な対象脂質の検出、定量が可能となる。ただし、解離定数が1nM未満と非常に小さい場合には、プローブ物質と対象脂質との結合が微量な脂質量でも飽和してしまう等、対象脂質の定量に不都合が生じることがある。
【0053】
また、この準備工程においては、例えば、所定の標識物質が結合したプローブ物質を準備することもできる。すなわち、例えば、上述のように形質転換細胞体から回収したプローブ物質に、周知の技術を用いて、フルオレセインイソチオシアネート(Fluorescein IsoThioCyanate;FITC)やフィコエリスリン(PhyCoerythrin;PC)等の蛍光物質や、特定の基質と反応して色素物質を生成するペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼ等の酵素を結合することができる。また、例えば、特定の物質に対して特異的に結合する標識物質(例えば、アビジンと特異的に結合するビオチン等)が結合したプローブ物質を作製することもできる。
【0054】
固定工程においては、対象脂質を所定の基材の表面に固定する。この基材としては、その表面に対象脂質を固定し得るものであれば特に制限されず、例えば、合成樹脂(ポリ塩化ビニル、ポリスチレン,ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアセタール、ポリウレタン、フッ素樹脂、メタクリル樹脂、尿素樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂,メラミン樹脂等を含む)、ガラス、金属、セラミクス、ゴム、合成された又は天然の高分子(ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、コラーゲン、ゼラチン、寒天等を含む)のゲル等からなる板状体、膜状体、多孔質体、繊維等、を用いることができる。
【0055】
この固定工程においては、例えば、所定の基材表面上で、対象脂質を、当該対象脂質の特性(例えば、分子量、極性、荷電等)に基づいて、他の物質と分離するとともに、当該対象脂質を当該基材表面に固定することができる。
【0056】
すなわち、例えば、種々のクロマトグラフィーにおいて、固定相上で、対象脂質を他の物質から分離しつつ、当該固定相表面に当該対象脂質を固定することができる。具体的に、例えば、薄層クロマトグラフィー(Thin Layer Chromatography;TLC)において、ガラス、プラスチック、金属等からなる平板上にセルロース、シリカゲル、アルミナ等を塗布して作製されたTLCプレート上で、対象脂質と他の物質とを分離しつつ、当該TLCプレート上に当該対象脂質を固定できる。また、例えば、電気泳動法において分子篩として用いられるゲル平板上で、対象脂質と他の物質とを分離しつつ、当該ゲル平板上に当該対象脂質を固定できる。
【0057】
この対象脂質の基材表面への固定は、例えば、当該対象脂質を当該基材表面に吸着させ、又は当該対象脂質と当該基材表面との間で共有結合を形成させること等によって行うことができる。すなわち、例えば、対象脂質と基材表面を構成する化合物との間で所定の化学反応(例えば、アミノ基、ヒドロキシル基、カルボキシル基等の間の縮合反応)を行わせることによって、当該対象脂質を当該基材表面に固定することもできる。
【0058】
結合工程においては、固定工程で基材表面に固定された対象脂質に対して、準備工程で準備したプローブ物質を特異的に結合させる。すなわち、例えば、対象脂質が固定された基材表面を、所定濃度のプローブ物質を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該水溶液中で、当該対象脂質に当該プローブ物質を特異的に結合させる。この結果、結合工程においては、基材表面に固定されている対象脂質の量に応じた量のプローブ物質が、当該対象脂質を介して当該基材表面に固定されることとなる。なお、水溶液中のプローブ物質の濃度としては、例えば、プローブ物質として脂質結合ドメインを含むペプチド又は非抗体タンパク質を用いる場合、1μg/ml〜10μg/mlの範囲内の濃度を好ましく用いることができる。これは、1μg/ml未満の濃度では基材表面に固定されるプローブ物質の量が少なすぎ、また、10μg/mlより大きい濃度ではプローブ物質が基材表面に非特異的に結合することにより、後述の検出工程においてプローブ物質を定量的に検出する上で不都合が生じる場合があるためである。
【0059】
検出工程においては、結合工程で基材表面に固定されたプローブ物質を定量的に検出する。すなわち、例えば、蛍光物質で標識されたプローブ物質を用いる場合には、蛍光顕微鏡やスキャナ装置等を用いて、基材表面に固定されているプローブ物質に結合されている当該蛍光物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。
【0060】
また、例えば、特定の酵素で標識されたプローブ物質を用いる場合には、当該プローブ物質が固定されている基材表面を、当該酵素との反応により色素を生成する反応基質を含む水溶液中に浸漬することによって、当該プローブ物質に結合されている酵素と当該反応基質との発色反応を行わせる。そして、この反応によって生成された色素を含む水溶液の吸光度を測定することにより、プローブ物質を定量する。
【0061】
また、例えば、プローブ物質又はプローブ物質に結合している標識物質に対する抗体が利用可能であれば、当該プローブ物質が固定されている基材表面を、当該抗体を含む水溶液中に浸漬することによって、当該プローブ物質に当該抗体を結合させる。そして、例えば、この抗体が蛍光物質で標識されている場合には、プローブ物質に結合した当該抗体に含まれる蛍光物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。
【0062】
そして、本脂質定量方法においては、この検出工程で得られたプローブ物質の検出結果に基づいて、基材表面に固定されている対象脂質の量を算出することができる。すなわち、例えば、基材表面に固定されている対象脂質の量(例えば、基材表面の単位面積あたりに固定されている量)と、当該対象脂質に結合するプローブ物質の検出量(例えば、蛍光強度や吸光度等)と、の相関関係を示す検量データを予め取得しておき、当該検量データと、検出工程で得られたプローブ物質の検出結果(例えば、蛍光強度や吸光度等)と、に基づいて、当該プローブ物質が結合していた対象脂質の量(例えば、基材表面の単位面積あたりに固定されている量)を算出することができる。
【0063】
また、本脂質定量方法は、対象脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成するリポソーム形成工程をさらに含むこととしてもよい。この場合、本脂質定量方法においては、例えば、固定工程に先立って、対象脂質とベース脂質とを所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。ここで、この対象脂質とベース脂質とを混合する比率としては、例えば、重量比で1:0.1〜10(対象脂質1に対してベース脂質を0.1以上10未満)の範囲内の比率を好ましく用いることができる。これは、対象脂質に対してベース脂質の量が多すぎると、例えば、当該対象脂質に結合したプローブ物質の検出に用いる標識抗体が、当該ベース脂質に非特異的に結合することにより、バックグラウンドのシグナルが大きくなる場合があるためである。また、対象脂質に対してベース脂質の量が少なすぎると、例えば、リポソームの形成が不十分となる場合がある。
【0064】
このベース脂質は、リポソームを形成可能な脂質であれば特に制限されず、例えば、ホスファチジルコリン(PhosphatidylCholine;PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PhosphatidylEthanolamine;PE)、ホスファチジルセリン(Phosphatidylserine)等を好適に用いることができる。なお、このベース脂質は1種類の脂質からなるもののみならず、複数種類の脂質が所定の割合で混合された混合脂質からなるものを用いることもできる。
【0065】
また、このリポソーム形成工程においては、一重膜からなるリポソームを形成することとしてもよい。すなわち、例えば、対象脂質とベース脂質とを含む混合脂質を超音波処理する等の周知の技術を用いて、当該対象脂質が表面に埋め込まれた一重の脂質膜からなるリポソームを形成することができる。この場合、例えば、微量な対象脂質を効率的にリポソーム表面(すなわち、一重膜内)に埋め込むことができる。
【0066】
そして、固定工程においては、リポソーム形成工程で形成された対象脂質を含むリポソームを基材表面に固定することにより、当該対象脂質を当該基材表面に固定する。すなわち、例えば、対象脂質が脂質膜表面に埋め込まれたリポソームを水溶液中に均一に分散し、基材表面を当該水溶液中に所定時間浸漬することにより、当該基材表面に当該リポソームを吸着させる。この結果、対象脂質は、ベース脂質を含む脂質膜に埋め込まれた状態で、基材表面全体に均一な密度で固定されることとなる。なお、基材表面の単位面積あたりに固定するリポソームの量を、1.5μg/cm2以下の範囲とすることにより、当該基材表面にリポソームを定量的に固定することができる。
【0067】
また、本脂質定量方法において、対象脂質を固定する基材表面としては、例えば、長鎖アルキル基が固定された表面を用いることができる。すなわち、この場合、準備工程において、例えば、炭素数が所定数範囲の長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物を所定濃度で溶解した溶媒中に基材表面を所定時間浸漬することにより、当該基材表面に当該炭化水素化合物を吸着させる。この疎水性の長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物としては、例えば、炭素数が8以上のアルキル基を含む炭化水素化合物を用いることができ、特に、炭素数が16以上20以下の長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物を好適に用いることができる。具体的に、例えば、炭素数が8の1−クロロオクタン(1−chlorooctane)(以下、C8被覆物質)、炭素数が16の塩化パルミトイル(palmitoylchloride)(以下、C16被覆物質)、炭素数が18の塩化ステアロイル(stearoyl chloride)、炭素数が20の塩化アラキドノイル(arachidonoyl chloride)等を用いることができる。
【0068】
また、基材表面には、長鎖アルキル基に加えて、ポリアミノ酸を被覆することもできる。すなわち、例えば、ポリ−L−リジン(Poly−L−Lysine;PLL)を溶解した水溶液中に基材表面を所定時間浸漬することにより、当該基材表面に当該PLLを吸着させる。
【0069】
また、例えば、ポリアミノ酸で被覆された基材表面を、上述のように、長鎖アルキル基を含む炭化水素化合物を溶解した溶媒中に所定時間浸漬することにより、当該ポリアミノ酸に加えて、当該炭化水素化合物が被覆された基材表面を作製することもできる。
【0070】
本実施形態に係る脂質の定量キット(以下、本脂質定量キット)は、上述の本脂質定量方法を実現するために必要な要素として、対象脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質と、対象脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含む。
【0071】
すなわち、本脂質定量キットは、例えば、本脂質定量方法において利用可能な少なくとも1種類のプローブ物質を含む。具体的に、例えば、試料中に定量の対象とするホスホイノシチドが複数種類含まれている場合には、本脂質定量キットは、当該複数種類のホスホイノシチドの各々に対して特異的に結合可能な複数種類のプローブ物質を含む。この場合、例えば、これら複数種類のプローブ物質の各々には、互いに異なる標識物質(例えば、互いに異なる蛍光物質や酵素等)が結合されていてもよい。
【0072】
また、本脂質定量キットに含まれるベース脂質は、対象脂質と所定の比率で混合された後、当該対象脂質を含むリポソームを形成可能な少なくとも1種類の脂質を含む。具体的に、例えば、ホスホイノシチドを定量の対象とする場合には、本脂質定量キットは、ベース脂質としてPEとPCとを含む。この場合、ベース脂質は、例えば、リポソームの形成に適した所定の比率でPEとPCとを混合した混合脂質であってもよい。
【0073】
本脂質定量キットを用いた本脂質質定量方法においては、例えば、まず、対象脂質と、本脂質定量キットに含まれるベース脂質と、を所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。そして、このリポソームを所定の基材表面に固定し、当該基材表面に固定されたリポソームに含まれる対象脂質に、本脂質定量キットに含まれるプローブ物質を結合させる。この基材表面上に固定された対象脂質に結合したプローブ物質を定量的に検出することにより、当該検出結果と所定の検量データとに基づいて、当該プローブ物質の検出結果を対象脂質の量に換算することができる。
【0074】
次に、本酵素活性定量方法の具体的な内容について説明する。本酵素活性定量方法は、プローブ物質等を準備する準備工程と、当該特定脂質を含むリポソームを形成するリポソーム形成工程と、当該形成されたリポソームを基材表面に固定する固定工程と、当該基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と当該対象酵素とを反応させる反応工程と、当該反応後に当該基材表面に固定されている特定脂質又は生成脂質と当該プローブ物質とを結合させる結合工程と、当該特定脂質又は生成脂質に結合されたプローブ物質を定量的に検出する検出工程と、を含む。
【0075】
準備工程においては、特定脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を準備する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる準備工程と同様に、形質転換細胞等を用いて、特定脂質と特異的に結合する脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として作製する。また、この準備工程においては、特定脂質を含むリポソームの固定に適した基材表面を準備する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる準備工程と同様に、長鎖アルキル基又はポリアミノ酸等が固定された基材表面を作製する。
【0076】
リポソーム形成工程においては、特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれるリポソーム形成工程と同様に、特定脂質とベース脂質とを所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。なお、この特定脂質とベース脂質とを混合する比率としては、例えば、本脂質定量方法の場合と同様に、重量比で1:0.1〜10(特定脂質1に対してベース脂質を0.1以上10未満)の範囲内の比率を好ましく用いることができる。
【0077】
固定工程においては、リポソーム形成工程で形成されたリポソームを、準備工程で準備された基材表面に固定する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる固定工程と同様に、特定脂質が脂質膜表面に埋め込まれたリポソームを均一に分散した水溶液中に、長鎖アルキル基が固定された基材表面を所定時間浸漬することにより、当該リポソームを当該基材表面に吸着させる。この結果、対象酵素の反応基質である特定脂質は、ベース脂質を含む脂質膜に埋め込まれた状態で、基材表面全体に均一な密度で固定されることとなる。なお、基材表面の単位面積あたりに固定する特定脂質の量については、例えば、対象酵素PTEN(Maehama,T. et al.;J Biol Chem,273,13375−13378(1998)、Myers,M.P. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,95,13513−13518(1998))の酵素活性を定量する場合、特定脂質PtdIns(3,4,5)P3又はPtdIns(4,5)P2を、110ng/cm2〜910ng/cm2の範囲の量で基材表面に固定することにより、当該各ホスホイノシチドをGRP1−PHドメイン又はPLCδ1−PHドメインを用いて定量的に検出することができる。また、基材表面(例えば、長鎖アルキル基が固定された合成樹脂表面等)にリポソームを定量的に固定するため、例えば、リポソームの単位面積あたりの固定量として1.5μg/cm2を採用する場合には、特定脂質であるホスホイノシチドとベース脂質とを3:2の重量比で含むリポソームを形成し、ホスホイノシチド及びベース脂質がそれぞれ0.9μg/cm2及び0.6μg/cm2で固定されるよう当該リポソームを基材表面に固定する。
【0078】
反応工程においては、固定工程において基材表面に固定された特定脂質と、対象酵素と、を反応させる。すなわち、例えば、特定脂質が固定された基材表面を、所定濃度の対象酵素を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該水溶液中において当該特定脂質と当該対象酵素とを反応させる。この結果、例えば、固定工程において基材表面に固定された特定脂質の総量のうち、対象酵素の量(水溶液中濃度等)及び活性に応じた量の特定脂質が消失し、又は他の化合物に変化することとなる。なお、対象酵素と特定脂質とを水溶液中で反応させる場合、当該水溶液中における対象酵素の濃度は、例えば、モル比で対象酵素が特定脂質に対して過剰量となるように設定することができる。具体的に、本酵素活性定量方法においては、例えば、対象酵素PTENの濃度として0.1μg/μl以下、対象酵素p110α(Fruman,D.A. et al.;Annu Rev Biochem,67,481−507(1998))の濃度として30ng/μl以下の範囲を好適に用いることができる。
【0079】
結合工程においては、反応工程における対象酵素との反応後に基材表面に固定されている特定脂質に、準備工程で準備したプローブ物質を結合させる。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる結合工程と同様に、反応工程における反応の後、未反応の特定脂質が残存している基材表面を、所定濃度のプローブ物質を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該未反応の特定脂質に当該プローブ物質を結合させる。この結果、基材表面に残存している未反応の特定脂質の量に応じた量のプローブ物質が、当該未反応の特定脂質を介して当該基材表面に固定されることとなる。
【0080】
検出工程においては、結合工程で基材表面に固定されたプローブ物質を定量的に検出する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる検出工程と同様に、プローブ物質が蛍光物質で標識されている場合には、基材表面に固定されているプローブ物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。そして、本酵素活性定量方法においては、この検出工程で得られたプローブ物質の定量結果に基づいて、基材表面に固定されている特定脂質の量を算出することにより、対象酵素の活性を定量することができる。
【0081】
すなわち、例えば、固定工程において基材表面に固定された特定脂質を対象酵素と反応させることなく、反応基質プローブ物質と結合させ、当該特定脂質に結合した反応基質プローブを定量することにより、対象酵素と反応させた特定脂質の総量(すなわち、反応前の特定脂質の総量)を算出する。一方、反応工程で対象酵素と反応させた後、検出工程において基材表面に残存している未反応の特定脂質に結合した反応基質プローブ物質を定量することにより、当該未反応の特定脂質の量を算出する。そして、これら反応前の特定脂質の量と反応後の特定脂質の量との差分から、特定脂質の反応量(すなわち、対象酵素との反応によって消費された量)を算出することにより、対象酵素の活性を定量できる。
【0082】
また、本酵素活性定量方法において、特定の脂質と反応することにより、他の脂質(生成脂質)を生成する対象酵素の活性を定量する場合には、当該生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を用いることもできる。
【0083】
すなわち、例えば、対象酵素が特定脂質と反応することによって、当該特定脂質に特定の官能基又は分子鎖を付加し、又は当該特定脂質に含まれる特定の官能基又は分子鎖を除去し若しくは分子内の結合位置を転移させる場合には、固定工程において基材表面に固定された特定脂質のうち、当該対象酵素と反応した特定脂質(すなわち、当該対象酵素の量及び活性に応じた量の特定脂質)が、当該基材表面に固定されたまま、当該対象酵素によって、当該特定の官能基を付加され、除去され、又は転移されることとなる。この結果、対象酵素の量及び活性に応じた量の生成脂質が、基材表面に固定された状態で生成される。
【0084】
すなわち、例えば、対象酵素と、所定数のリン酸基が所定位置に結合した第一のホスホイノシチドを反応基質と、の反応によって、当該第一のホスホイノシチドに含まれるよりも多い若しくは少ないリン酸基を含み、又は当該第一のホスホイノシチドと異なる位置にリン酸基が結合された第二のホスホイノシチドが生成される場合には、基材表面に固定された当該第一のホスホイノシチドと当該対象酵素とを反応させることによって、当該基材表面に固定された当該第二のホスホイノシチドが生成される。具体的に、例えば、対象酵素として、PTENはPtdIns(3,4,5)P3を反応基質としてPtdIns(4,5)P2を生成し、SKIP(Ijuin,T. et al.;J Biol Chem,275,10870−10875(2000))、SHIP(Helgason,C.D. et al.;Genes Dev,12,1610−1620(1998))、SHIP2(Chuang,Y.Y. et al.;Cancer Res,64,8271−8275(2004))、Pharbin(Asano,T. et al.;Biochem Biophys Res Commun,261,188−195(1999))はPtdIns(3,4,5)P3を反応基質としてPtdIns(3,4)P2を生成し、synaptojanin1(Verstreken,P. et al.;Neuron,40,733−748(2003))、synaptojanin2(Sleeman,M.W. et al.;Nat Med,11,199−205(2005))、OCRL(Ungewickell,A. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,101,13501−13506(2004))はPtdIns(4,5)P2を反応基質としてPtdIns(4)Pを生成し、IpgD(Niebuhr,K. et al;Embo J,21,5069−5078(2002))はPtdIns(4,5)P2を反応基質としてPtdIns(5)Pを生成し、Myotublarin、MTMR2はPtdIns(3)Pを反応基質としてPtdInsを生成する。
【0085】
そこで、この場合、準備工程においては、生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を準備する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる準備工程と同様に、形質転換細胞等を用いて、生成脂質と特異的に結合する脂質結合ドメインを少なくとも1つ含むペプチド又は非抗体タンパク質をプローブ物質として作製する。
【0086】
そして、結合工程においては、反応工程における特定脂質と対象酵素との反応後に、当該反応によって生成され、基材表面に固定されている生成脂質に、準備工程で準備したプローブ物質を結合させる。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる結合工程と同様に、反応工程における反応の後、生成脂質が固定されている基材表面を、所定濃度のプローブ物質を含む水溶液中に所定時間浸漬することによって、当該生成脂質に当該プローブ物質を結合させる。この結果、基材表面に固定されている生成脂質の量に応じた量のプローブ物質が、当該生成脂質を介して当該基材表面に固定されることとなる。
【0087】
そして、検出工程においては、結合工程で基材表面に固定されたプローブ物質を定量的に検出する。すなわち、例えば、上述した本脂質定量方法に含まれる検出工程と同様に、プローブ物質が蛍光物質で標識されている場合には、基材表面に固定されているプローブ物質の蛍光強度を測定することにより、当該プローブ物質を定量する。この場合、本酵素活性定量方法においては、この検出工程で得られたプローブ物質の定量結果に基づいて、基材表面に固定されている生成脂質の量(すなわち、特定酵素と対象酵素との反応による反応生成物の量)を算出することにより、対象酵素の活性を定量できる。
【0088】
このように、基材表面に固定された特定脂質と対象酵素との反応後に、生成脂質が当該基材表面に固定されている場合には、例えば、当該基材表面を浸漬する溶液(プローブ物質を含む溶液や洗浄用の溶液等)を交換する簡便な操作により、対象酵素の活性を定量できる。
【0089】
また、本酵素活性定量方法においては、プローブ物質として、特定脂質に対して特異的に結合可能な反応基質用プローブ物質と、生成脂質に対して特異的に結合可能な生成物用プローブ物質と、の両方を用いることとしてもよい。すなわち、この場合、例えば、互いに異なる標識物質(互いに異なる波長の蛍光を発する蛍光物質等)を結合した反応基質用プローブ物質と生成物用プローブ物質とを用いて、対象酵素との反応後に残存している特定脂質の量と、当該反応によって生成された生成脂質の量と、の両方を定量することにより、当該対象酵素の活性をより高精度に定量することができる。
【0090】
また、本酵素活性定量方法においては、一重膜のリポソームを形成することによって、特定脂質を脂質膜の外表面に固定し、対象酵素との反応を効率的に行わせることができるとともに、当該脂質膜の外表面に固定された生成脂質を生成することができる。
【0091】
本実施形態に係る脂質関連酵素活性の定量キット(以下、本酵素活性定量キット)は、本酵素活性定量方法を実現するために必要な要素として、特定脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質、又は生成脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質、のうち少なくとも一方と、当該特定脂質と、当該特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、を含む。
【0092】
すなわち、例えば、対象酵素が第一のホスホイノシチドを反応基質とし、当該第一のホスホイノシチドに含まれるよりも多い若しくは少ないリン酸基を含み、又は当該第一のホスホイノシチドと異なる位置にリン酸基が結合された第二のホスホイノシチドを生成する場合には、本酵素活性定量キットは、当該第一のホスホイノシチドに対して特異的に結合可能な反応基質用プローブ物質、又は当該第二のホスホイノシチドに対して特異的に結合可能な生成物用プローブ物質のうち少なくとも一方を含む。この場合、例えば、反応基質用プローブ物質と生成物用プローブ物質とは、互いに異なる標識物質(例えば、互いに異なる蛍光物質や酵素等)が結合されていてもよい。
【0093】
また、本酵素活性定量キットに含まれるベース脂質は、特定脂質と所定の比率で混合された後、当該特定脂質を含むリポソームを形成可能な少なくとも1種類の脂質を含む。具体的に、例えば、ホスホイノシチドを反応基質とする対象酵素の活性を定量する場合には、本酵素活性定量キットは、ベース脂質としてPEとPCとを含む。この場合、ベース脂質は、例えば、リポソームの形成に適した所定の比率でPEとPCとを混合した混合脂質であってもよい。
【0094】
本酵素活性定量キットを用いた本酵素質定量方法においては、例えば、まず、対象酵素の反応基質である特定脂質と、本酵素活性定量キットに含まれるベース脂質と、を所定の比率で混合した混合脂質を調製し、当該混合脂質からなるリポソームを形成する。そして、このリポソームを所定の基材表面に固定し、当該基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と、対象酵素と、を反応させる。そして、この反応後の基材表面に固定されている未反応の特定脂質又は生成された生成脂質と、本脂質定量キットに含まれる反応基質用プローブ物質又は生成物用プローブ物質とを結合させる。この基材表面上に固定された特定脂質に結合した反応基質用プローブ物質の検出結果から対象酵素によって消費された特定脂質を定量し、又は当該基材表面上に固定された生成脂質に結合した生成物用プローブ物質の検出結果から対象酵素によって生成された生成脂質を定量することにより、当該対象酵素の活性を定量できる。
【0095】
次に、本病態評価方法の具体的な内容について説明する。本病態評価方法は、生体から採取した対象脂質を本脂質定量方法により定量する脂質定量工程、又は生体から採取した対象酵素を本酵素活性定量方法により定量する酵素活性定量工程のうち少なくとも一方と、当該脂質定量工程又は酵素活性定量工程における定量結果に基づいて、当該生体の病態を評価する病態評価工程と、を含む。
【0096】
すなわち、本病態評価方法においては、例えば、生体の血液や、病態に関連する特定の組織又は細胞に含まれる1種類以上の脂質又は1種類以上の脂質関連酵素のうち少なくとも一方を採取する。そして、例えば、この採取した各脂質を対象脂質として、当該各対象脂質に対して特異的に結合可能なプローブ物質を用いた本脂質定量方法により定量する。また、例えば、この採取した各脂質関連酵素を対象酵素として、当該各対象酵素の反応基質である特定脂質に対して特異的に結合可能な反応基質用プローブ物質、又は当該各対象酵素と当該特定脂質との反応により生成される生成脂質に対して特異的に結合可能な生成物用プローブ物質、のうち少なくとも一方を用いた本酵素活性定量方法により定量する。
【0097】
この結果、例えば、生体の血液、組織、細胞に含まれている脂質又は脂質関連酵素の種類や活性と、病態の種類や程度と、の関連性を示す病態関連データが予め得られている場合には、当該病態関連データと、本脂質定量方法又は本酵素活性定量方法による定量結果と、に基づいて、当該各対象脂質又は各脂質関連酵素が採取された生体に係る病態の種類や程度を評価することができる。
【0098】
この結果、例えば、生体の血液、組織、細胞に含まれている脂質関連酵素の種類や活性と、病態の種類や程度と、の関連性を示す病態関連データが予め得られている場合には、当該病態関連データと、本酵素活性定量法による各対象酵素活性の定量結果と、に基づいて、当該各対象酵素が採取された生体に係る病態の種類や程度を評価することができる。
【0099】
なお、本病態評価方法においては、本脂質定量キットを用いて対象脂質を定量し、又は本酵素活性定量キットを用いて対象酵素の活性を定量することができる。すなわち、上述の本脂質定量キット及び本酵素活性定量キットは、例えば、生体の病態を評価するキットとしても用いることができる。
【0100】
次に、本脂質定量方法の一実施例について説明する。本例においては、1分子中に含まれるリン酸基の数又は結合位置が互いに異なる6種類のホスホイノシチド、すなわち、PtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,5)P2、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3を定量の対象とした。
【0101】
そこで、本例においては、上記6種類のホスホイノシチドの各々に対して特異的に結合可能な脂質結合ドメインを含む非抗体タンパク質をプローブ物質として準備した。すなわち、形質転換細胞体を用いて、PtdIns(4,5)P2に対して特異的に結合可能なPLCδ1のPHドメイン、PtdIns(3,4,5)P3に対して特異的に結合可能なGRP1のPHドメイン、PtdIns(3,4)P2に対して特異的に結合可能なTAPP1のPHドメイン、PtdIns(3,5)P2に対して特異的に結合可能なMTMR1のGRAMドメイン、PtdIns(4)Pに対して特異的に結合可能なFAPP1のPHドメイン、PtdIns(3)Pに対して特異的に結合可能なEEA1のFYVEドメイン又はHrsのFYVEドメイン、のうち1種類を1つ又は2つ含み、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(Glutathione−S−Transferase;GST)が結合されたタンパク質(以下、GST融合タンパク質)をプローブ物質として作製した。
【0102】
具体的に、まず、上記各脂質結合ドメインをコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドベクターを作製した。すなわち、例えば、EFハンドモチーフを含むPLCδ1のPHドメイン(アミノ酸1〜130)(以下、PLCδ1−PH)をコードするポリヌクレオチドを、5’プライマ−としてAGATCTATGGACTCCGGTCGGGACTT(5’末端のヌクレオチド配列AGATCTはBglII制限酵素部位)(配列番号1)を用い、3’プライマーとしてGGATCCCTTCTGCCGCTGGTCCATGG(3’末端のヌクレオチド配列GGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号2)を用いて、マウス脳の相補的DNA(complementary DNA;cDNA)ライブラリから、ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction;PCR)により増幅し、クローニングベクターpDrive(Qiagen)にサブクローニングした。
【0103】
そして、この結果得られたベクターをBglII制限酵素及びBamHI制限酵素により消化し、PLCδ1−PHをコードするポリヌクレオチド含むフラグメントを大腸菌(E.coli)発現ベクターpGEX6p−1(Amersham Biosciences)のBamHI部位にサブクローニングした。
【0104】
また、2つのPLCδ1−PHをコードするポリヌクレオチドを準備し、一方のポリヌクレオチドのBglII部位と他方のポリヌクレオチドのBamHI部位とを連結することにより、2つのPLCδ1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、PLCδ1−2×PH)を発現するベクターを作製した。なお、このタンデムドメインを作製する場合には、当該タンデムドメインを含むタンパク質の立体構造を安定化させる等の目的で、一方のドメインと他方のドメインとのつなぎ目に数個のアミノ酸配列(いわゆるリンカー)を挿入することもできるが、本例においては、当該リンカーを用いる代わりに、各ドメインの前後数十個のアミノ酸配列を含めてクローニングすることにより、当該数十個のアミノ酸配列にリンカーの役割を果たさせるとともに、タンパク質の立体構造を安定化させ、さらに解離定数の向上をも図った。
【0105】
また、同様に、GRP1のPHドメイン(アミノ酸253〜392)(以下、GRP1−PH)をコードするポリヌクレオチドを、5’プライマ−としてAGATCTGACGACGGGAACGACCTGAC(5’末端のAGATCTはBglII制限酵素部位)(配列番号3)を用い、3’プライマ−としてGGATCCCCTCGTTGCCAACATGTCAT(3’末端のGGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号4)を用いて、ヒト臍帯静脈内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cell;HUVEC)のcDNAライブラリからクローニングし、当該GRP1−PHを発現するベクターを作製した。
【0106】
また、EEA1のFYVEフィンガードメイン(アミノ酸1336〜1411)(以下、EEA1−FYVE)を、5’プライマ−としてAGATCTCTTCAGATCAAACATACACA(5’末端のAGATCTはBglII制限酵素部位)(配列番号5)を用い、3’プライマ−としてGGATCCTCCTTGCAAGTCATTGAACA(3’末端のGGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号6)を用いて、マウス腎臓のcDNAライブラリから単離した。また、同様にして、FAPP1−PHドメイン(以下、FAPP1−PH)を発現するベクターも作製した。
【0107】
また、上述のPLCδ1−2×PHを発現するベクターを作製する場合と同様にして、2つのGRP1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、GRP1−2×PH)、2つのFAPP1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、FAPP1−2×PH)、又は2つのEEA1−FYVEが直列に連結したタンデムドメイン(以下、EEA1−2×FYVE)を発現するベクターを作製した。
【0108】
また、BglII部位を含むTAPP1のPHドメイン(アミノ酸180〜405)(以下、TAPP1−PH)をコードするポリヌクレオチド配列を、5’プライマ−としてGGATCCCCTTACTTTACTCCTAAACC(5’末端のGGATCCはBamHI制限酵素部位)(配列番号7)を用い、3’プライマ−としてGAATTCCACGTCACTGACCGGAAGGC(3’末端のGAATTCはEcoRI制限酵素部位)(配列番号8)を用いて、また、5’プライマ−としてGAATTCCCTTACTTTACTCCTAAACC(5’末端のGAATTCはEcoRI制限酵素部位)(配列番号9)を用い、3’プライマ−としてGTCGACCACGTCACTGACCGGAAGGC(3’末端のGTCGACはSalI制限酵素部位)(配列番号10)を用いて、HUVECのcDNAライブラリからPCRにより増幅し、そのフラグメントを発現ベクターpGEX6p−1のBamHI EcoRI部位にサブクローニングした。
【0109】
また、上述のPLCδ1−2×PHを発現するベクターを作製する場合と同様にして、2つのTAPP1−PHが直列に連結したタンデムドメイン(以下、TAPP1−2×PH)を発現するベクターを作製した。
【0110】
また、2つのHrs−FYVEドメインが直列に連結したタンデムドメイン(以下、Hrs−2×FYVE)を発現するベクターを、以前に報告された方法(Gillooly,D.J. et al.;Embo J,19,4577−4588(2000))により作製した。また、同様にして、MTMR1のGRAMドメイン(以下、MTMR1−GRAM)を発現するベクターも作製した。
【0111】
次に、上述のように作製した発現ベクターにより大腸菌(E.coli)JM109細胞を形質転換し、当該形質転換細胞を700mlのLB培地(Luria−Bertani broth)中、37℃で、3時間培養した。さらに、このLB培地に、イソプロピルβ−D−チオガラクトピラノシド(IsoPropyl β−D−ThioGalactopyranoside;IPTG)(Wako Pure Chemical Industries)とβ−メルカプトエタノールとをそれぞれ最終濃度1mMとなるように添加することにより、形質転換細胞におけるGST融合タンパク質の発現を誘導した。
【0112】
そして、この形質転換細胞を25℃で3時間培養した後、10,000×g、10分間の遠心処理により回収し、細胞ペレットを、40mMのTris−HCl(pH7.4)、200mMのNaCl、5mMのEDTA、1%のTriton X−100を含む10mlの溶解バッファー中に再懸濁して溶解し、4℃で5分間、超音波処理した。この溶液を100,000×gで30分間、超遠心した後、当該溶液の上清を、溶解バッファー中で平衡化した0.1mlのグルタチオン−セファロースビーズ(Amersham Biosciences)とともに、4℃で2時間インキュベーションした。そして、このビーズを、40mMのTris−HCl(pH7.4)、500mMのNaCl、5mMのEDTA、1%のTriton X−100を含む10mlの洗浄バッファーで3回洗浄した後、当該ビーズに、50mMのグルタチオンと50mMのTris−HCl(pH7.4)とを含む溶液を添加することにより、GST融合タンパク質を溶出した。
【0113】
このようにして、図1に示すように、EEA1−2×FYVE、Hrs−2×FYVE、FAPP1−PH、FAPP1−2×PH、TAPP1−PH、TAPP1−2×PH、MTMR1(Myotublarin)−GRAM、PLCδ1−PH、GRP1−PH等、1種類の脂質結合ドメインを1つ又は2つ含むGST融合タンパク質を作製した。なお、対照物質としてドメインを含まないGSTも作製した。
【0114】
また、本例においては、上述のように作製したGST融合タンパク質について、ホスホイノシチドとの結合に係る解離定数(dissociation constant;Kd)を、以前に報告されたように(Oikawa,T. et al.;Nat Cell Biol,6,420−426(2004))、二面偏波式干渉計(Analight Bio200、Farfield Sensors)を用いて測定した。
【0115】
ここで、ホスホイノシチドとしては、PtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,5)P2、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3(Cell Signals)を用いた。
【0116】
すなわち、各ホスホイノシチドとPCとPEとを、0.2:1:1(モル比)の比率で混合し、窒素ガス下で乾燥させた後、リポソームバッファー中で一晩水和させた。そして、この水和させた混合リン脂質を超音波浴で10分間処理し、凍結融解サイクルを3回繰り返した後、0.1μm孔径のフィルターから押出すことにより、ホスホイノシチドを含むリポソームを形成した。この形成されたリポソームを、所定のプロトコール(Farfield Sensors)に従い、二面偏波式干渉計に付属のC18センサチップ(炭素数が18の長鎖アルキル基を固定化したシリコンチップ)の表面にコーティングした。
【0117】
そして、このセンサチップ表面に、10mMのHepes(pH7.4)、150mMのNaCl、3mMのEDTAを含むバッファーで透析されたGST融合タンパク質を種々の濃度で導入することにより、当該センサチップ表面上のリポソームに含まれるホスホイノシチドと当該GST融合タンパク質との結合に係る解離定数を測定した。なお、1つの脂質結合ドメインを含むGST融合タンパク質については、1:1(タンパク質:脂質)結合モデルを用い、2つの脂質結合ドメインを含むGST融合タンパク質については、1:2(タンパク質:脂質)結合モデルを用いて、解離定数を算出した。
【0118】
その結果、GST融合タンパク質とホスホイノシチドとの結合に係る解離定数はそれぞれ、EEA1−2×FYVEとPtdIns(3)Pとの結合については317nM、Hrs−2×FYVEとPtdIns(3)Pとの結合については13.9nM、FAPP1−PHとPtdIns(4)Pとの結合については580nM、FAPP1−2×PHとPtdIns(4)Pとの結合については18.8nM、TAPP1−PHとPtdIns(3,4)P2との結合については40.1nM、TAPP1−2×PHとPtdIns(3,4)P2との結合については4.47nMMTMR1−GRAMとPtdIns(3,5)P2との結合については1.12μM、PLCδ1−PHとPtdIns(4,5)P2との結合については136nM、GRP1−PHとPtdIns(3,4,5)P3との結合については59.2nMであった。
【0119】
すなわち、TAPP1−PHとFAPP1−PHについては、当該脂質結合ドメインを直列に2つ連結することにより、当該脂質結合ドメインが1つの場合に比べて、ホスホイノシチドに対する結合に係る解離定数が大幅に増加した。
【0120】
本例においては、上記解離定数の測定結果に基づいて、PtdIns(3)PについてはHrs−2×FYVE、PtdIns(4)PについてはFAPP1−2×PH、PtdIns(3,4)P2についてはTAPP1−2×PH、PtdIns(4,5)P2についてはPLCδ1−PH、PtdIns(3,5)P2についてはMTMR1−GRAM、PtdIns(3,4,5)P3についてはGRP1−PHを含むGST融合タンパク質をそれぞれ後述の解析で用いるプローブ物質として選択した。
【0121】
次に、TLCブロットにより、上述のように作製したプローブ物質を用いて、基材上に固定されたホスホイノシチドを定量可能であることを確認した。本例においては、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3を定量の対象とし、当該各ホスホイノシチドを定量するために用いるプローブ物質として、PLCδ1−PH、TAPP1−2×PH、GRP1−PHを含むGST融合タンパク質をそれぞれ準備した。
【0122】
そして、クロロホルム:メタノール:1NのHClを80:80:1の比率で混合した溶媒に各ホスホイノシチドを種々の濃度で溶解し、当該各ホスホイノシチドを含む溶液をニトロセルロース膜上にスポットし、乾燥させることにより、当該各ホスホイノシチドを当該ニトロセルロース膜上に固定した。このニトロセルロース膜を5%の脱脂乳と1%のウシ血清アルブミン(BSA)とを含むPBS中、55℃で一晩ブロッキングした。そして、このニトロセルロース膜を0.05%のTween 20を含むPBSで1回洗浄した後、各GST融合タンパク質を0.5μg/mlで含み、0.05%のTween 20を含むPBS中、室温で1時間インキュベーションした。その後、このニトロセルロース膜を0.05%のTween 20を含むPBSで3回洗浄した後、0.05%のTween 20を含むPBSで2000倍に希釈された抗GSTウサギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biotechnology)とともに30分間インキュベーションした。そして、このニトロセルロース膜を3回洗浄した後、0.05%のTween 20を含むPBSで7500倍に希釈されたアルカリホスファターゼ結合抗ウサギIgG(Promega)とともに30分間インキュベーションした。このニトロセルロース膜をNBT(Nitro−Blue Tetrazolium Chloride)/BCIP(5−Bromo−4−Chloro−3’−IndolylPhosphate)溶液中でインキュベーションし、当該ニトロセルロース膜上に固定されたアルカリホスファターゼによる発色反応を行わせることにより、当該ニトロセルロース膜上に各ホスホイノシチドを介して各GST融合タンパク質が固定されている領域を染色した。そして、ニトロセルロース膜上において染色された部分の面積を、画像解析ソフトウェアIMAGE J.(ウェブサイトhttp://rsb.info.nih.gov/ij/より入手)を用いて定量した。
【0123】
図2に、この定量結果の一部を示す。図2a、図2b、図2cの各々において、横軸はニトロセルロース膜上に固定した各ホスホイノシチドの量(pmol)、縦軸はニトロセルロース膜上の各ホスホイノシチドが固定された部分の染色面積、をそれぞれ示す。図2aはPLCδ1−PHを用いてPtdIns(4,5)P2を定量した結果、図2bはTAPP1−2×PHを用いてPtdIns(3,4)P2を定量した結果、図2cはGRP1−PHを用いてPtdIns(3,4,5)P3を定量した結果、をそれぞれ示す。
【0124】
図2a〜図2cに示すように、本脂質定量方法においては、ニトロセルロース膜上に固定されたホスホイノシチドの量と、当該ホスホイノシチドに結合したGST融合タンパク質の検出量と、の間に直線的な相関関係があることが示された。
【0125】
すなわち、例えば、図2a〜図2cに示すような、基材上に固定されたホスホイノシチドの量と、当該ホスホイノシチドに結合させたプローブ物質の量と、の相関関係を表すデータを検量データとして取得することにより、当該検量データと本脂質定量方法による実測値(プローブ物質の検出量)とに基づいて、対象脂質を定量できることが示された。
【0126】
次に、動物細胞に含まれる3種類のホスホイノシチド、すなわち、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(4,5)P2、又はPtdIns(3,4,5)P3を、それぞれTAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、又はGRP1−PHを含むGST融合タンパク質を用いて定量した。
【0127】
すなわち、まず、インスリン受容体を過剰に発現しているCHO細胞(以下、CHO−IR細胞)を15cm径の培養皿内で10%のウシ胎児血清(FBS)を添加したHam’s F12培地(Gibco)中で培養した。このCHO−IR細胞が培養皿内でコンフルエントに達したところで、培養液を無血清DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)(Nissui)に交換し、当該CHO−IR細胞を一晩栄養枯渇状態で維持した。その後、培養液中にインスリンを最終濃度100nMとなるように添加することにより、CHO−IR細胞に対するインスリン刺激を行った。そして、このインスリン刺激から所定時間経過後の細胞内に含まれるリン脂質を抽出した。なお、細胞内に存在するホスホイノシチドは微量であり、且つキナーゼ、ホスファターゼ、又はホスホリパーゼC等により容易に代謝されるため、当該各ホスホイノシチドの量は、当該細胞に含まれるリン脂質の総量で正規化して評価することが好ましい。このため、本例においては、細胞に含まれるリン脂質の総量を、過塩素酸(perchloric acid)を用いた消化による常法により測定した。
【0128】
次に、スフィンゴ糖脂質の検出に用いられるTLCブロッティング法(Ishikawa,D. et al.;Methods Enzymol,312,145−157(2000))を用いて、細胞から抽出したリン脂質に含まれるホスホイノシチドを分離するとともに、定量した。なお、このTLCにより、リン酸基の数に応じてホスホイノシチドを分離可能であることを予め確認しておいた。
【0129】
1.2%のシュウ酸カリウム(potassium oxalate)を含み、メタノールと水とを2:3(v/v)の比率で混合した溶媒でTLCプレート(Silica gel−60、Merck)を前処理し、当該TLCプレートにホスホイノシチドをスポットする前に当該TLCプレートを110℃で15分間加熱した。そして、細胞から抽出した脂質サンプルを、クロロホルムとメタノールとを2:1(v/v)の比率で混合した10mlの溶媒に溶解し、TLCプレート上にスポットした。その後、このTLCプレートを、クロロホルムとアセトンとメタノールと酢酸と水とを80:30:26:24:14(v/v/v/v/v)の比率で混合した展開溶媒中に浸漬した。このTLCにより、細胞から抽出した脂質サンプルに含まれる種々のホスホイノシチドを、リン酸基の数に応じてTLCプレート上で分離した。このTLCプレートを0.2%の塩化カルシウムとメタノールと2−プロパノールとを20:7:40(v/v/v)の比率で含む溶液に30秒間浸漬した。そして、このTLCプレート上にポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride;PVDF)膜を載置し、TLCサーマルブロッタ−(ATTO)を用いて、当該TLCプレートとPVDF膜とを180℃、0.07Paで圧着することにより、当該TLCプレートで分離されていたリン脂質を当該PVDF膜上に転写した。このリン脂質が固定されたPVDF膜を乾燥後、メタノールに1分間浸漬し、3%の脱脂乳と1%のBSAとを含むブロッキング溶液中に室温で少なくとも30分間浸漬した。
【0130】
そして、このPVDF膜を、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、又はGRP1−PHを含むGST融合タンパク質を最終濃度2μg/mlで添加した、0.05%のTween 20を含むPBS中に、1時間浸漬した。その後、このPVDF膜を0.05%のTween 20を含むPBSで3回洗浄し、0.05%のTween 20を含むPBSで2000倍に希釈された抗GSTウサギ抗体とともに30分間インキュベーションした。さらに、このPVDF膜を3回洗浄し、0.05%のTween 20を含むPBSで7500倍に希釈したアルカリホスファターゼ結合抗ウサギIgG抗体とともに30分間インキュベーションした。このPVDF膜を洗浄した後、NBT/BCIP溶液中でインキュベーションすることにより、当該PVDF膜に固定された抗ウサギIgG抗体のアルカリホスファターゼと、当該NBT/BCIPと、の発色反応を行わせた。この結果、PVDF膜上において、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3がそれぞれ固定されている範囲が染色された。このPVDF膜上の染色された部分の面積を、画像解析ソフトウェアIMAGE J.を用いて定量した。
【0131】
この定量結果の一部を図3に示す。図3a、図3bにおいて、横軸は、CHO−IR細胞に対するインスリン刺激後の経過時間(分)、縦軸は、各経過時間において、CHO−IR細胞に含まれる各ホスホイノシチドの量(mmol又はμmol)を、当該CHO−IR細胞に含まれるリン脂質の総量(total Pi)(mol)で正規化した含有量レベル(mmol/mol又はμmol/mol)をそれぞれ示す。図3aには、TAPP1−2×PHを用いて定量したPtdIns(3,4)P2の含有量レベル(白抜き四角形のシンボル)と、GRP1−PHを用いて定量したPtdIns(3,4,5)P3の含有量レベル(白抜き三角形のシンボル)と、の経時変化を示す。また、図3bには、PLCδ1−PHを用いて定量したPtdIns(4,5)P2の含有量レベルの経時変化を示す。
【0132】
図3aに示すように、CHO−IR細胞内においてインスリン刺激に応答したPtdIns(3,4,5)P3の生成が検出された。すなわち、PtdIns(3,4,5)P3の含有量レベルは、インスリン刺激後30秒で最高値(経過時間ゼロ秒におけるレベルの10倍)に達し、その後急速に減少した。また、図3aに示すように、PtdIns(3,4)P2の含有量レベルもまた刺激後30秒まで増加し、その後徐々に減少した。これに対し、図3bに示すように、PtdIns(4,5)P2の含有量レベルは、インスリン刺激1分後、刺激前(ゼロ分)の約60%程度まで減少し、刺激後10分までに当該刺激前の値まで回復した。
【0133】
また、本例においては、ホスファチジルイノシトール−3−キナーゼ(PhosphatidylInositol 3−kinase;PI3−キナーゼ)のインヒビターであるWortmannin又はLY294002(Walker,E.H. et al.;Mol Cell,6,909−919(2000))が、培養細胞内におけるPtdIns(3,4)P2及びPtdIns(3,4,5)P3の生成に及ぼす影響についても検討した。すなわち、インスリン刺激に先立って、CHO−IR細胞を100nMのWortmannin又は25mMのLY294002(Wako Pure Chemical Industries)で30分間処理した。そして、これらインヒビターによる前処理を施されたCHO−IR細胞に対して、インスリン刺激を与え、細胞内におけるPtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3、PtdIns(4,5)P2の含有量レベルを、それぞれTAPP1−2×PH、GRP1−PH、PLCδ1−PHを用いて定量した。
【0134】
この定量結果の一部を図4に示す。図4a及び図4bには、Wortmannin、LY294002、又はこれらの溶媒として用いたDMSOのみで前処理した場合(横軸)の、CHO−IR細胞における各ホスホイノシチドの含有量レベル(mmol/mol又はμmol/mol)(縦軸)を示す。なお、図4bにおいて、白抜きのバーはPtdIns(3,4)P2の含有量レベル、黒塗りのバーはPtdIns(3,4,5)P3の含有量レベル、をそれぞれ示す。
【0135】
図4a及び図4bに示すように、Wortmannin、LY294002のいずれのインヒビターも、細胞内におけるPtdIns(3,4)P2とPtdIns(3,4,5)P3の生成を阻害したが、PtdIns(4,5)P2の含有量にはほとんど影響を与えなかった。
【0136】
次に、本脂質定量方法の他の実施例を示す。本例においては、4種類のホスホイノシチド、すなわち、PtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3を、それぞれHrs−2×FYVE、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、GRP1−PHを含むGST融合タンパク質をプローブ物質として用いて定量した。
【0137】
また、本例においては、ポリアミノ酸又は長鎖アルキル基の少なくとも一方を固定した基材表面を準備した。すなわち、ポリ塩化ビニル(Poly−Vinyl Chloride;PVC)製又はポリスチレン(PolyStyrene;PS)製の96ウェルプレート、及び所定の表面処理が施されたポリスチレン製の96ウェルプレートImmulon 2HB(Thermo Labsystems)のウェルの底面に、PLL、C8被覆物質、C16被覆物質(Wako Pure Chemical Industries)、のうち少なくとも1つを被覆した基材表面を作製した。
【0138】
具体的に、各ウェルに、0.1MのNaHPO4と0.25mg/mlのPLLとを含む水溶液を入れて少なくとも2時間インキュベーションすることにより、当該PLLで被覆されたウェル底面を作製した。また、このようにウェルの底面をPLLで被覆した後、当該ウェルにメタノールで50倍に希釈したC8被覆物質又はC16被覆物質を入れて2時間インキュベーションすることにより、PLLとC8被覆物質又はC16被覆物質とを被覆したウェル底面を作製した。
【0139】
また、本例においては、PLL又は長鎖アルキル基を被覆したウェル底面の脂質に対する親和性を評価した。すなわち、蛍光標識されたPE(N−dansyl PE)と標識されていないPEとを0.1:1(モル比)の比率で混合したリン脂質からなる10μg/mlのリポソームを、PLL、C8被覆物質又はC16被覆物質のうち少なくとも1つで被覆され、又は被覆されていない各ウェルに入れて2時間インキュベーションすることにより、当該リポソームを当該各ウェルの底面に吸着させた。そして、各ウェル底面を0.05%のTween 20を含むPBSで洗浄した後、分光光度計FUSION(Packard Instrument Company)を用いて、当該ウェル底面の蛍光強度(335/520nm)を測定した。
【0140】
この測定結果を図5に示す。図5において、横軸はウェル底面の被覆条件(プラス記号「+」は、PLL、C8被覆物質、C16被覆物質が被覆されたことを示す)、縦軸は各条件で被覆されたウェル底面の蛍光強度、をそれぞれ示す。この図5において、白抜きのバーはPS製のウェル底面、灰色のバーはImmulon 2HBのウェル底面、黒色のバーはPVC製のウェル底面、についての結果をそれぞれ示す。
【0141】
図5に示すように、C16被覆物質のみ、C8被覆物質とC16被覆物質の両方、又はPLLとC16被覆物質の両方、を被覆したPVC製のウェル底面で顕著に高い蛍光強度が測定された。すなわち、これら3種類の条件で被覆したウェル底面にリン脂質を効果的に固定できることが示された。
【0142】
そこで、さらに、このPLLとC16被覆物質とを被覆したPVC製のウェル底面にリポソームを吸着させる上で好ましいインキュベーション時間と、当該ウェル底面あたりに必要とされるリン脂質の総量と、を検討した。
【0143】
この検討結果の一部を図6及び図7に示す。図6において、横軸はウェル内にリポソーム溶液を入れてからのインキュベーション時間(時間)、縦軸は各ウェル底面に固定されたリポソームに含まれるPEの蛍光強度、をそれぞれ示す。また、図7において、横軸はウェルあたりに加えたPE(すなわち、PEからなるリポソーム)の量(nmol)、縦軸は各ウェル底面に固定されたリポソームに含まれるPEの蛍光強度を示す。
【0144】
図6に示すように、約2時間のインキュベーション時間まで、インキュベーション時間と蛍光強度との直線関係が確認された。また、図7に示すように、PEの固定量として約1nmol(すなわち、約0.7μg)まで、PEの固定量と蛍光強度との直線関係が確認された。したがって、ウェル底面にリポソームを固定する条件としては、例えば、インキュベーション時間は2時間以上とし、ウェルあたりには0.5μg以下のリン脂質を加えることが好ましいと考えられた。すなわち、ウェルに加えたリポソーム量(リン脂質量)に比例した量で当該リポソームを当該ウェル底面に固定する(リポソームをウェル底面に定量的に固定する)ために、当該ウェル底面の単位面積あたりに加えるリン脂質量として1.52μg/cm2以下の範囲を好適に用いることができた。
【0145】
また、本例においては、上述したように形質転換細胞体を用いて、Hrs−2×FYVE、FAPP1−2×PH、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、又はGRP1−PHを含む4種類のGST融合タンパク質を作製した。
【0146】
さらに、本例においては、各GST融合タンパク質にビオチンを結合させた標識プローブ物質を作製した。すなわち、各GST融合タンパク質に対して、モル比で20倍過剰量の標識用ビオチン(EZ−Link Sulfo−NHS−LC−Biotin、PIERCE)を加え、室温で1時間インキュベーションすることにより、当該標識用ビオチンを当該各GST融合タンパク質に結合させた。
【0147】
また、本例においては、定量の対象とするPtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3のうち1種類のホスホイノシチドを含むリポソームを形成した。すなわち、クロロホルムとメタノールとを2:1(v/v)の比率で混合した溶媒に、各ホスホイノシチドを最終濃度5ng/μlとなるように溶解した。そして、このホスホイノシチドを含む溶液とPCとPEとを0.2:1:1の重量比で混合した混合脂質を調製した。このホスホイノシチドとベース脂質(PC及びPE)とを含む混合脂質を窒素ガス流通下で乾燥させた後、10mMのHepes(pH7.4)、100mMのNaCl、1mMのEGTA、50mMのショ糖を含むバッファー中で超音波処理することにより再水和させ、当該混合脂質からなる一重膜のリポソームを形成した。
【0148】
このリポソームを、10mMのHepes(pH7.4)、100mMのNaCl、1mMのEGTAを含む水溶液で10倍に希釈し、当該水溶液を、各ウェルに入れて、少なくとも2時間、室温でインキュベーションすることにより、当該リポソームを当該ウェルの底面に吸着させた。
【0149】
そして、この底面にリポソームを固定したウェルに、当該リポソームに含まれるホスホイノシチドに特異的に結合可能なビオチン標識GST融合タンパク質を含む水溶液を加え、所定時間インキュベーションすることにより、当該ホスホイノシチドに当該ビオチン標識GST融合タンパク質を特異的に結合させた。
【0150】
この底面にビオチン標識GST融合タンパク質が固定されたウェルに、ペルオキシダーゼ結合アビジン(Sigma)を含む水溶液を加えて所定時間インキュベーションすることにより、当該GST融合タンパク質のビオチンに、当該ペルオキシダーゼ結合アビジンを結合させた。このペルオキシダーゼ結合アビジンが固定されたウェル底面に、o−フェニレンジアミン(O−Phenylenediamine Dihydrochloride;OPD)を含む水溶液を加えて所定時間インキュベーションすることにより、当該アビジンのペルオキシダーゼと当該OPDとの発色反応を行わせた。この発色反応を、ウェルに8Nの硫酸を加えることにより停止させた後、各ウェル内の水溶液の吸光度を所定の分光光度計を用いて測定した。
【0151】
この測定結果の一部を図8に示す。図8において、横軸は各ウェルあたりに固定されたリポソームに含まれる各ホスホイノシチドの量(pmol)を示し、縦軸は各ウェル内における発色反応後の水溶液の吸光度(490nm)を示す。この図8において、白抜き丸形のシンボルはGRP1−PHを用いてPtdIns(3,4,5)P3を定量した結果、白抜き四角形のシンボルはTAPP1−2×PHを用いてPtdIns(3,4)P2を定量した結果、黒塗り丸形のシンボルはPLCδ1−PHを用いてPtdIns(4,5)P2を定量した結果、黒塗り菱形のシンボルはHrs−2×FYVEを用いてPtdIns(3)Pを定量した結果、白抜き三角形のシンボルはFAPP1−2×PHを用いてPtdIns(4)Pを定量した結果、をそれぞれ示す。なお、この図8の横軸に示すウェルあたりのホスホイノシチドの量は、ウェルあたりに加えるリポソームの量を変化させることにより調整した。
【0152】
図8に示すように、1つのウェル底面あたりに固定された各ホスホイノシチドの量が増加するにつれて、当該ウェル内における発色強度、すなわち、当該ホスホイノシチドに結合したGST融合タンパク質の量も増加した。また、1つのウェルあたりに約300pmol(約300ng)以下の範囲、すなわち、ウェル底面の単位面積あたり900pmol/cm2(約0.9μg/cm2)以下の範囲でホスホイノシチドを固定することにより、特に定量を好適に行うことができると考えられた。
【0153】
このように、本脂質定量方法を用いることにより、PtdIns(3)P、PtdIns(4)P、PtdIns(3,4)P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3を、それぞれHrs−2×FYVE、FAPP1−2×PH、TAPP1−2×PH、PLCδ1−PH、Grp1−PHを含むGST融合タンパク質をプローブ物質として用いることにより、簡便且つ高精度に定量可能であることが示された。
【0154】
次に、本酵素活性定量方法の一実施例について説明する。本例においては、2種類のPtdIns(3,4,5)P3ホスファターゼ、すなわち、PTEN及びSKIPの活性を定量した。PTENは、PtdIns(3,4,5)P3を反応基質として、PtdIns(4,5)を生成する3−ホスファターゼであり(Maehama,T. et al.;J Biol Chem,273,13375−13378(1998)、Myers,M.P. et al.;Proc Natl Acad Sci USA,95,13513−13518(1998))、SKIPは、PtdIns(3,4,5)P3を反応基質として、PtdIns(3,4)を生成する5−ホスファターゼである(Ijuin,T. et al.;J Biol Chem,275,10870−10875(2000))。
【0155】
本例においては、ヒトHEK293T細胞のcDNAライブラリからクローニングしたヒトPTENをコードするポリヌクレオチドを、発現ベクターpGEX6p−1にサブクローニングし、当該発現ベクターにより形質転換された大腸菌細胞体から、所定のプロトコール(Amersham BIosciences)に従い、組み換えヒトPTENを含むGST融合タンパク質(以下、GST−PTEN)を精製した。また、バキュロウイルス発現系(bac−to−bac Baculovirus Expression System、Invitrogen)から、所定のプロトコール(Invitrogen)に従い、組み換えSKIPを含むGST融合タンパク質(以下、GST−SKIP)を精製した。
【0156】
また、本例においては、形質転換細胞体を用いて、GST−PTEN及びGST−SKIPの反応基質であるPtdIns(3,4,5)P3を検出するプローブ物質としてGRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、GST−PTENの反応生成物であるPtdIns(4,5)を検出するプローブ物質としてPLCδ1―PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、GST−SKIPの反応生成物であるPtdIns(3,4)を検出するプローブ物質としてTAPP1―2×PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、それぞれ作製した。
【0157】
また、本例においては、PtdIns(3,4,5)P3とPCとPEとを、1:1:1の重量比で含むリポソームを調製し、PLLとC16被覆物質とをコートした各ウェル底面に、当該リポソームを1μgずつ固定した。
【0158】
そして、この底面にリポソームを固定した各ウェルに、GST−PTEN又はGST−SKIPを含む水溶液を入れてインキュベーションすることにより、当該リポソームに含まれるPtdIns(3,4,5)P3と、当該GST−PTEN又はGST−SKIPとを反応させた。この反応後、各ウェル底面を0.05%のTween 20を含むPBSで洗浄した。
【0159】
そして、上述の脂質定量方法の例と同様に、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3、PtdIns(4,5)、PtdIns(3,4)P2に、それぞれGRP1−PH、PLCδ1−PH、TAPP1−2×PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を結合させ、当該各ホスホイノシチドに結合したGST融合タンパク質をペルオキシダーゼ結合アビジンによる発色反応により定量的に検出した。
【0160】
図9及び図10に、この定量結果の一部を示す。図9は、PtdIns(3,4,5)P3とGST−PTENとを反応させた場合の定量結果を示す。図9aにおいて、横軸は、各ウェル底面に固定されたPtdIns(3,4,5)P3とGST−PTENとの反応時間(分)、縦軸は、各ウェルにおけるホスホイノシチドの定量結果(pmol)をそれぞれ示す。また、図9bにおいて、横軸は、各ウェル内に加えたGST−PTENの量(μg)、縦軸は、各ウェルにおけるホスホイノシチドの定量結果(pmol)をそれぞれ示す。これら図9a及び図9bにおいて、丸型のシンボルはPtdIns(4,5)P2の定量結果を、また四角形のシンボルはPtdIns(3,4,5)P3の定量結果を、それぞれ示す。また、図10は、PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとを反応させた場合の定量結果を示す。図10aにおいて、横軸は、各ウェル底面に固定されたPtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとの反応時間(分)、縦軸は、各ウェルにおけるPtdIns(3,4)P2の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。また、図10bにおいて、横軸は、各ウェル内に加えたGST−SKIPの量(μg)、縦軸は、各ウェルにおけるPtdIns(3,4)P2の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。
【0161】
図9a及び図9bに示すように、PtdIns(3,4,5)P3とGST―PTENとの反応時間、及び各ウェルに加えたGST−PTENの濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3の量は減少し、各ウェル底面に固定されているPtdIns(4,5)の量は増加した。
【0162】
また、図10a及び図10bに示すように、PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとを反応させた場合には、当該PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとの反応時間、及び各ウェルに加えたGST−SKIPの濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4)P2の量は増加した。また、この場合、PtdIns(3,4,5)P3とGST−SKIPとの反応時間、及び各ウェルに加えたGST−SKIPの濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3の量は減少した(図示せず)。
【0163】
次に、本酵素活性定量方法の他の実施例について説明する。本例においては、PI3−キナーゼp110αサブユニットを用いて、PI3−キナーゼの活性を定量した。このPI3−キナーゼは、PtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2をリン酸化して(すなわち、これら3種類のホスホイノシチドの各々を反応基質として)、それぞれPtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3を生成する。
【0164】
本例においては、HUVECのcDNAライブラリからクローニングされた、ヒトPI3−キナーゼ触媒サブユニットp110αをコードするポリヌクレオチドを、発現ベクターpFasrBac(Invitrogen)にサブクローニングした。そして、バキュロウイルス発現システム(Invitrogen)から、所定のプロトコール(Invitrogen)に従い、N末端にGSTが結合し、C末端にHis(ヒスチジン)が結合した、ヒト組み換えPI3−キナーゼ触媒サブユニットp110αを含む融合タンパク質(以下、PI3−キナーゼタンパク質)を精製した。
【0165】
また、本例においては、形質転換細胞体を用いて、PI3−キナーゼタンパク質の反応生成物であるPtdIns(3)Pに対するプローブ物質としてHrs−2×FYVEを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、PtdIns(3,4)P2に対するプローブ物質としてTAPP1−2×PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、PtdIns(3,4,5)P3に対するプローブ物質としてGRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を、それぞれ作製した。
【0166】
また、本例においては、PI3−キナーゼタンパク質の反応基質であるPtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2とPCとPEとを、1:1:1の重量比で含むリポソームを調製し、当該リポソームを、PLLとC16被覆物質とをコートした各ウェル底面に1μgずつ固定した。
【0167】
この底面にホスホイノシチドが固定された各ウェルに、PI3−キナーゼタンパク質(p110αサブユニット)、50mMのTris−HCl(pH7.4)、10mMのMgCl2、1mMのEDTA、1mMのATPを含む水溶液を加え、20分間、室温でインキュベーションすることにより、当該各ホスホイノシチドと、当該PI3−キナーゼタンパク質と、を反応させた。この反応を各ウェルに1mMのHClを加えることにより停止させた後、当該各ウェルの底面をPBSで洗浄し、当該各ウェルに5%のBSAを含むPBSを加えて、少なくとも1時間インキュベーションした。
【0168】
その後、各ウェルに、上述のように作製したビオチン標識GST融合タンパク質を1μg/mlで溶解した5%のBSAを含むPBSを入れて、1時間インキュベーションすることにより、当該各ウェルの底面に固定されているホスホイノシチドに、当該ビオチン標識GST融合タンパク質を結合させた。
【0169】
各ウェルの底面を0.05%のTween 20を含むPBSで3回洗浄した後、当該各ウェルにペルオキシダーゼ結合アビジンを溶解した5%のBSAを含むPBSを加え、30分間インキュベーションすることにより、当該各ウェル底面に固定されたGST融合タンパク質のビオチンに当該ペルオキシダーゼ結合アビジンを結合させた。各ウェル表面を0.05%のTween 20を含むPBSで6回洗浄した後、上述した本脂質定量方法の例と同様に、ペルオキシダーゼの発色反応を行い、当該各ウェル内の水溶液の発色強度を測定した。すなわち、本例においては、各ウェル底面に固定されたリポソームに含まれるPtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2と、PI3−キナーゼタンパク質と、を反応させた後、当該各ウェル底面に固定されているPtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3に、それぞれHrs−2×FYVE、TAPP1−2×PH、GRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を結合させ、当該各ウェル底面に固定されたGST融合タンパク質を定量的に検出した。
【0170】
この定量結果の一部を図11に示す。図11a及び図11bは、反応基質としてPtdIns(4,5)P2をウェル底面に固定し、当該PtdIns(4,5)P2とPI3−キナーゼタンパク質との反応後、当該ウェル底面に固定されている生成されたPtdIns(3,4,5)P3を定量した結果の一例を示す。図11aにおいて、横軸は、各ウェル底面に固定されたPtdIns(4,5)P2とPI3−キナーゼタンパク質との反応時間(分)、縦軸は、各ウェルにおいて生成されたPtdIns(3,4,5)P3の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。また、図11bにおいて、横軸は、各ウェルに入れたPI3−キナーゼタンパク質(p110aと示す)の量(ng)、縦軸は、各ウェルにおいて生成されたPtdIns(3,4,5)P3の定量結果(pmol)をそれぞれ示す。
【0171】
図11a及び図11bに示すように、PtdIns(4,5)P2とPI3−キナーゼタンパク質との反応時間、及び各ウェルに加えたPI3−キナーゼタンパク質の濃度、に依存して、各ウェル底面に固定されているPtdIns(3,4,5)P3の量は増加した。
【0172】
また、本例においては、本酵素活性定量方法がPI3−キナーゼインヒビターの定量方法としても利用可能であることを確認した。すなわち、まず、PI3−キナーゼを、当該PI3−キナーゼのインヒビターであるWortmannin又はLY294002とともに30分間インキュベーションした。そして、このインヒビターで前処理したPI3−キナーゼを、底面にPtdIns、PtdIns(4)P、又はPtdIns(4,5)P2が固定された各ウェル内に入れてインキュベーションすることにより、当該PI3−キナーゼと当該各ホスホイノシチドとを20分間反応させた後、当該各ウェルに1mMのHClを加えることにより当該反応を停止させた。そして、この反応後の各ウェル底面に固定されているPtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,4,5)P3を、それぞれHrs−2×FYVE、TAPP1−2×PH、GRP1−PHを含むビオチン標識GST融合タンパク質を用いて定量した。
【0173】
この場合の定量結果の一部を図12に示す。図12a、図12b及び図12cにおいて、横軸は、各ウェルに添加した各インヒビターの濃度(μM)、縦軸は、インヒビターが添加されない場合にウェル内で生成された各反応生成物(すなわち、PtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2又はPtdIns(3,4,5)P3)の量に対する、インヒビターが添加された場合にウェル内で生成された当該各反応生成物の量の割合(%)をそれぞれ示す。これら図12a、図12b及び図12cにおいて、四角形のシンボルはWortmanninを用いた場合、丸形のシンボルはLY294002を用いた場合の結果をそれぞれ示す。図12aは、反応基質としてPtdInsを用いた場合におけるPtdIns(3)Pの生成量、図12bは、反応基質としてPtdIns(4)Pを用いた場合におけるPtdIns(3,4)P2の生成量、図12cは、反応基質としてPtdIns(4,5)P2を用いた場合におけるPtdIns(3,4,5)P3の生成量、についての結果をそれぞれ示す。
【0174】
図12a、図12b、図12cに示すように、各インヒビターの添加濃度に依存して、PtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2又はPtdIns(3,4,5)P3のいずれも生成量が減少し、当該各インヒビターがPI3−キナーゼとホスホイノシチドとの反応を阻害していることが確認された。
【0175】
すなわち、本酵素活性定量方法においては、PI3−キナーゼとホスホイノシチドとの特異的な反応に基づき、当該PI3−キナーゼの活性を簡便且つ高精度に定量可能であることが示されるとともに、当該PI3−キナーゼに対する各インヒビターの活性をも簡便且つ高精度に定量可能であることが確認された。
【0176】
次に、本脂質定量方法を用いた本病態評価方法の一実施例について説明する。いくつかの癌細胞ではPTENが欠如し、当該癌細胞内のPtdIns(3,4,5)P3量が増加することにより、癌の形成を誘発しているとの報告がある。そこで、本例においては、病態の評価モデルの1つとして、種々の癌細胞におけるPtdIns(3,4,5)P3及びPtdIns(4,5)P2の含有量を定量することとした。
【0177】
本例においては、転移性の高い、B16細胞株由来の3種類のマウス悪性メラノーマB16細胞、B16F1細胞、及びB16F10細胞と、PTENの発現又は機能を欠如している3種類のヒト膠芽細胞腫(glioblastoma)A172細胞、T98G細胞、U87MG細胞と、を用いた。すなわち、15cm径の培養皿内において、B16細胞、B16F1細胞、B16F10細胞、U87MG細胞は、10%のFBSを添加したDME(Nissui)培地中で培養し、A172細胞、T98G細胞は、10%のFBSを添加したRPMI培地中で培養した。
【0178】
そして、上述の本脂質定量方法の例と同様に、TLCブロッティングにより、各癌細胞から抽出した脂質に含まれるPtdIns(3,4,5)P3及びPtdIns(4,5)P2を分離するとともに、それぞれGRP1−PHを含むGST融合タンパク質、PLCδ1−PHを含むGST融合タンパク質とを用いた本脂質定量方法により定量した。
【0179】
この定量結果の一部を図13と図14とに示す。図13及び図14において、横軸は用いた癌細胞の種類、縦軸は、各癌細胞に含まれるPtdIns(3,4,5)P3又はPtdIns(4,5)P2の量(μmol又はmmol)を、当該各癌細胞に含まれるリン脂質の総量(total Pi)(mol)で正規化した含有量レベル(μmol/mol又はmmol/mol)をそれぞれ示す。
【0180】
図13aに示すように、B16F10細胞におけるPtdIns(3,4,5)P3のレベルは、B16細胞及びB16F1細胞のレベルの2倍と高値であった。これに対し、図13bに示すように、B16F10細胞のPtdIns(4,5)P2レベルは、B16細胞のレベルの3分の1と低値であった。
【0181】
また、3種類の膠芽腫細胞株は機能しないPTENを有すると報告されているが、図14aに示すように、U87MG細胞のみで高いPtdIns(3,4,5)P3レベルが確認された。また、図14aに示すように、PTENを欠いているA172細胞において、PtdIns(3,4,5)P3レベルは低値であった。また、図14bに示すように、3種類の膠芽腫細胞株のうち、U87MG細胞においてPtdIns(4,5)P2レベルが最も低値であった。
【0182】
このように、本例において、実際に病態と関連のある癌細胞に含まれる種々のホスホイノシチドを簡便且つ高精度に定量することができた。また、本例の結果において、全てのPTEN欠損細胞株においてPtdIns(3,4,5)P3レベルが高いわけではなかったことから、細胞に含まれるホスホイノシチドの種類や量と病態との関連性を詳細に検討する上では、種々の癌細胞に含まれる種々のホスホイノシチドを実際に高い精度で定量する必要があると考えられた。
【0183】
また、ホスファターゼの異常は、癌や糖尿病等の種々の病気を引き起こすことが知られているため、この酵素の阻害剤や賦活剤に関する研究はこれらの病気の治療法を探る上で重要である。本酵素活性定量方法を用いた病態評価方法によれば、上述の本脂質定量方法を用いた病態評価方法と同様に、細胞に含まれる脂質関連酵素の変化を簡便且つ高感度に定量できる。
【0184】
また、本脂質定量方法及び本酵素活性定量方法において定量可能なホスホイノシチドの限界量は、例えば、図2に示したような検量データを得るための検討において、PtdIns(4,5)P2については0.02nmol、PtdIns(3、4,5)P3については0.003nmolであることが確認された(結果は図示せず)。
【0185】
すなわち、例えば、従来法の1つである、ホスファターゼと反応基質を反応させ、当該反応によって生じたリン酸を検出するマラカイトグリーン(malachite green)法における検出限界が100nmol程度であったことに比べれば、本脂質定量方法及び本酵素活性定量方法の感度は、少なくとも当該従来法の1000倍であった。
【図面の簡単な説明】
【0186】
【図1】本発明の一実施形態において作製したプローブ物質の一部を示す図である。
【図2】本発明の一実施形態において、ニトロセルロース膜上に固定したホスホイノシチドを定量した結果の一例を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態において、インスリン刺激後の細胞内に含まれるホスホイノシチドを定量した結果の一例を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態において、インスリン刺激後の細胞内ホスホイノシチド量に対してインヒビターが与える影響を定量した結果の一例を示す図である。
【図5】本発明の一実施形態において、基材表面と脂質との親和性を評価した結果の一例を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態において、基材表面と脂質とのインキュベーション時間と、当該基材表面への当該脂質の固定量との関係を評価した結果の一例を示す図である。
【図7】本発明の一実施形態において、基材表面に加える脂質の量と、当該基材表面への当該脂質の固定量との関係を評価した結果の一例を示す図である。
【図8】本発明の一実施形態において、基材表面に加える脂質の量と、当該脂質に結合したプローブ物質の検出量と、の関係を評価した結果の一例を示す図である。
【図9】本発明の一実施形態において、ホスファターゼの活性を定量した結果の一例を示す図である。
【図10】本発明の一実施形態において、ホスファターゼの活性を定量した結果の他の例を示す図である。
【図11】本発明の一実施形態において、キナーゼの活性を定量した結果の一例を示す図である。
【図12】本発明の一実施形態において、キナーゼインヒビターの活性を定量した結果の一例を示す図である。
【図13】本発明の一実施形態において、癌細胞に含まれるホスホイノシチドを定量した結果の一例を示す図である。
【図14】本発明の一実施形態において、癌細胞に含まれるホスホイノシチドを定量した結果の他の例を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
定量の対象である脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、
前記対象脂質を基材の表面に固定する固定工程と、
前記基材表面に固定された対象脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、
前記対象脂質に結合した非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、
を含むことを特徴とする脂質定量方法。
【請求項2】
前記準備工程において、前記対象脂質と特異的に結合可能なドメインを複数含む非抗体プローブ物質を準備する、
ことを特徴とする請求項1に記載の脂質定量方法。
【請求項3】
前記準備工程において、前記対象脂質との結合に係る解離定数が1nM以上且つ1μM未満の範囲内である非抗体プローブ物質を準備する、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の脂質定量方法。
【請求項4】
前記対象脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成するリポソーム形成工程をさらに含み、
前記固定工程において、前記形成されたリポソームを前記基材表面に固定することにより、前記対象脂質を前記基材表面に固定する、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の脂質定量方法。
【請求項5】
前記リポソーム形成工程において、前記対象脂質と前記ベース脂質とを含む一重膜のリポソームを形成する、
ことを特徴とする請求項4に記載の脂質定量方法。
【請求項6】
前記固定工程において、前記形成されたリポソームを、長鎖アルキル基が固定された基材表面に固定する、
ことを特徴とする請求項4又は5に記載の脂質定量方法。
【請求項7】
特定の脂質と反応する酵素の活性を定量する方法であって、
前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、
前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、
前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、
前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる工程と、
前記非抗体プローブ物質を、前記反応後に前記基材表面に固定されている特定脂質に結合させる工程と、
前記特定脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量方法。
【請求項8】
特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量する方法であって、
前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、
前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、
前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、
前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる反応工程と、
前記反応工程において生成され、前記基材表面に固定されている前記他の脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、
前記他の脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量方法。
【請求項9】
前記他の脂質は、前記特定脂質と前記対象脂質との反応によって、前記特定脂質の1分子中に含まれる特定の官能基又は分子鎖の数又は結合位置が変更された脂質である、
ことを特徴とする請求項8に記載の酵素活性定量方法。
【請求項10】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の脂質定量方法を用いて、生体から採取した脂質を定量する工程と、
前記脂質の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、
を含むことを特徴とする病態評価方法。
【請求項11】
請求項7乃至9のいずれか一項に記載の酵素活性定量方法を用いて、生体から採取した酵素の活性を定量する工程と、
前記酵素活性の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、
を含むことを特徴とする病態評価方法。
【請求項12】
定量の対象とする脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、
前記対象脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、
を含むことを特徴とする脂質定量キット。
【請求項13】
特定の脂質と反応する酵素の活性を定量するキットであって、
前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、
前記特定脂質と、
前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量キット。
【請求項14】
特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量するキットであって、
前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、
前記特定脂質と、
前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量キット。
【請求項1】
定量の対象である脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、
前記対象脂質を基材の表面に固定する固定工程と、
前記基材表面に固定された対象脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、
前記対象脂質に結合した非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、
を含むことを特徴とする脂質定量方法。
【請求項2】
前記準備工程において、前記対象脂質と特異的に結合可能なドメインを複数含む非抗体プローブ物質を準備する、
ことを特徴とする請求項1に記載の脂質定量方法。
【請求項3】
前記準備工程において、前記対象脂質との結合に係る解離定数が1nM以上且つ1μM未満の範囲内である非抗体プローブ物質を準備する、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の脂質定量方法。
【請求項4】
前記対象脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成するリポソーム形成工程をさらに含み、
前記固定工程において、前記形成されたリポソームを前記基材表面に固定することにより、前記対象脂質を前記基材表面に固定する、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の脂質定量方法。
【請求項5】
前記リポソーム形成工程において、前記対象脂質と前記ベース脂質とを含む一重膜のリポソームを形成する、
ことを特徴とする請求項4に記載の脂質定量方法。
【請求項6】
前記固定工程において、前記形成されたリポソームを、長鎖アルキル基が固定された基材表面に固定する、
ことを特徴とする請求項4又は5に記載の脂質定量方法。
【請求項7】
特定の脂質と反応する酵素の活性を定量する方法であって、
前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、
前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、
前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、
前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる工程と、
前記非抗体プローブ物質を、前記反応後に前記基材表面に固定されている特定脂質に結合させる工程と、
前記特定脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量方法。
【請求項8】
特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量する方法であって、
前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質を準備する準備工程と、
前記特定脂質と、リポソームを形成可能なベース脂質と、を含むリポソームを形成する工程と、
前記形成されたリポソームを基材の表面に固定する工程と、
前記基材表面に固定されたリポソームに含まれる特定脂質と前記酵素とを反応させる反応工程と、
前記反応工程において生成され、前記基材表面に固定されている前記他の脂質に前記非抗体プローブ物質を結合させる工程と、
前記他の脂質に結合された非抗体プローブ物質を定量的に検出する工程と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量方法。
【請求項9】
前記他の脂質は、前記特定脂質と前記対象脂質との反応によって、前記特定脂質の1分子中に含まれる特定の官能基又は分子鎖の数又は結合位置が変更された脂質である、
ことを特徴とする請求項8に記載の酵素活性定量方法。
【請求項10】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の脂質定量方法を用いて、生体から採取した脂質を定量する工程と、
前記脂質の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、
を含むことを特徴とする病態評価方法。
【請求項11】
請求項7乃至9のいずれか一項に記載の酵素活性定量方法を用いて、生体から採取した酵素の活性を定量する工程と、
前記酵素活性の定量結果に基づいて、前記生体の病態を評価する工程と、
を含むことを特徴とする病態評価方法。
【請求項12】
定量の対象とする脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、
前記対象脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、
を含むことを特徴とする脂質定量キット。
【請求項13】
特定の脂質と反応する酵素の活性を定量するキットであって、
前記特定脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、
前記特定脂質と、
前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量キット。
【請求項14】
特定の脂質と反応し、他の脂質を生成する酵素の活性を定量するキットであって、
前記他の脂質に対して特異的に結合可能な非抗体プローブ物質と、
前記特定脂質と、
前記特定脂質を含むリポソームを形成可能なベース脂質と、
を含むことを特徴とする酵素活性定量キット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
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【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−40719(P2007−40719A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−222207(P2005−222207)
【出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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