脆性き裂停止破壊靱性の測定方法
【課題】所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を、簡便・安価に測定可能な脆性き裂停止破壊靱性の測定方法を提供する。
【解決手段】切欠き22を形成した試験片21に、予め、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、該圧縮予荷重を除荷することで、切欠き22の先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、試験片21に、切欠きが開口する方向に荷重を付与して、切欠き22の先端に脆性き裂を発生させ、該脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を求めることにより、脆性き裂停止破壊靱性を求める。
【解決手段】切欠き22を形成した試験片21に、予め、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、該圧縮予荷重を除荷することで、切欠き22の先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、試験片21に、切欠きが開口する方向に荷重を付与して、切欠き22の先端に脆性き裂を発生させ、該脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を求めることにより、脆性き裂停止破壊靱性を求める。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脆性き裂停止破壊靱性の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、脆性き裂停止破壊靱性を測定する際には、ASTM−E1221(非特許文献1)に規定されたコンパクトテンション(Compact Tension)型の試験片(以下、CT試験片という)、もしくは、大型温度勾配型の片側貫通き裂引張(Single Edge Tension)試験片(以下、SET試験片という)を用いて脆性き裂停止試験(Crack Arrest Testing)を行い、その試験結果に基づいて脆性き裂停止破壊靱性を算出していた。
【0003】
脆性き裂停止試験では、試験片に予め切欠きを設けておき、その切欠きが開口する方向に荷重を付与して、切欠きの先端に脆性き裂を発生させ、発生した脆性き裂の伝播が停止したときのき裂長さを測定する。その後、得られたき裂長さに基づき、脆性き裂が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を算出することで、脆性き裂停止破壊靱性が得られる。つまり、脆性き裂停止破壊靱性とは、脆性き裂が停止したときのき裂先端の応力拡大係数のことである。
【0004】
CT試験片を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、図12に示すように、CT試験片121をサポートブロック122に載置すると共に、CT試験片121に形成された貫通孔123にくさび124(くさび124とスプリットピン125)を挿入し、くさび124に荷重を付与することで、貫通孔123が拡がる方向、すなわち切欠き126が開口する方向に荷重を付与し、切欠き126の先端に脆性き裂を発生させる。
【0005】
他方、SET試験片を用いて脆性き裂停止試験を行う場合は、図13に示すように、SET試験片131の両端部に引張荷重を付与することにより、SET試験片131の片側に形成された切欠き132が開口する方向に荷重を付与し、切欠き132の先端に脆性き裂を発生させる。
【0006】
SET試験片131を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、脆性き裂が発生しやすいように切欠き132周辺の温度を比較的低くし、かつ、脆性き裂が停止しやすいように、脆性き裂が伝播するに従って温度が上昇するよう、SET試験片131に温度勾配をつけて試験を行うのが一般的である(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Standard Test Method for Determining Plane−Strain Crack−Arrest Fracture Toughness,KIA of Ferritic Steels」、ASTM E1221−06、ASTM International、2006年
【非特許文献2】Richard E.Link、James A.Joyce、Charles Roe、「Crack arrest testing of high strength structural steels for naval applications」、Engineering Fracture Mechanics 76、2009年、pp.402−418
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、CT試験片121を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、発生した脆性き裂が停止する条件を見出すのが困難である場合が多く、脆性き裂停止破壊靱性の測定が困難であることが多い。これは、CT試験片121が小型(コンパクト)であるため、例えば、SET試験片131のように温度勾配を形成して脆性き裂の伝播を停止しやすくすることもできず、発生した脆性き裂が止まらずに、CT試験片121を貫通してしまうためである。
【0009】
より詳細には、CT試験片121を用いた脆性き裂停止試験では、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が大きい材料、すなわち、脆性き裂発生破壊靱性が大きく、脆性き裂停止破壊靱性が小さい材料においては、脆性き裂停止破壊靱性を測定することが困難である。これは、このような材料では、脆性き裂を発生させる際に大きい力を付与しなければならないが、発生した脆性き裂は、その先端にかかる力が非常に小さくならなければ停止しないので、脆性き裂の伝播が停止しにくく、小型なCT試験片121では脆性き裂を停止させることが困難なためである。
【0010】
つまり、CT試験片121を用いた脆性き裂停止試験は、図14(a)に示すような、脆性き裂発生破壊靱性KJCと脆性き裂停止破壊靱性KIAとの差が比較的小さい特性を有する材料には適用できる可能性があるが、図14(b)に示すような、脆性き裂発生破壊靱性KJCと脆性き裂停止破壊靱性KIAとの差が比較的大きい特性を有する材料には適用が困難である。
【0011】
他方、SET試験片131を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、SET試験片131に温度勾配をつけて試験を行う必要があるため、SET試験片131が大型となってしまい、これに伴い、試験時にSET試験片131に付与する荷重が大きくなって試験装置が大掛かりとなり、コストが非常に高くなってしまうという問題がある。
【0012】
また、SET試験片131を用いた脆性き裂停止試験では、SET試験片131に温度勾配をつける必要があるため、所望の評価温度での脆性き裂停止破壊靱性を測定することが困難であるという問題がある。例えば、大型コンテナ船などの船舶の外板においては、万が一き裂が発生した場合でも、そのき裂が伝播せずに停止するように強度設計がなされるが、このような強度設計を行う際には、船舶が使用される環境の温度に応じた脆性き裂停止破壊靱性(一般に低温であるほど低くなる)が要求される。
【0013】
このように、CT試験片121を用いた方法では、脆性き裂停止破壊靱性の測定が困難であることが多く、SET試験片131を用いた方法では、コストが高く、所望の評価温度での脆性き裂停止破壊靱性の測定が困難であるという問題があった。
【0014】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を、簡便・安価に測定可能な脆性き裂停止破壊靱性の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、切欠きを形成した試験片に、予め、前記切欠きが閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、該圧縮予荷重を除荷することで、前記切欠きの先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与して、前記切欠きの先端に脆性き裂を発生させ、該脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を求めることにより、脆性き裂停止破壊靱性を求める脆性き裂停止破壊靱性の測定方法である。
【0016】
前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与する前に、前記試験片を所望の評価温度に冷却するとよい。
【0017】
前記脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数は、前記試験片の解析モデルを作成して有限要素法による解析を行い、前記脆性き裂の伝播が停止したときのJ積分の値を求め、求めたJ積分の値を基に、[数1]に示す式(1)
【0018】
【数1】
【0019】
により算出されてもよい。
【0020】
前記脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求めてもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を、簡便・安価に測定可能な脆性き裂停止破壊靱性の測定方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法のフローチャートである。
【図2】本発明で用いる試験片を示す図であり、(a)は斜視図、(b)はそのX部拡大図である。
【図3】本発明において、試験片を逆曲げする際の斜視図である。
【図4】本発明において、試験片に付与される残留応力を説明する図である。
【図5】本発明において、試験片を正曲げする際の斜視図である。
【図6】本発明において、荷重とき裂末端開口変位の関係を示すグラフ図である。
【図7】本発明において、圧縮予荷重を大きくすると脆性き裂発生時の荷重が小さくなることを説明するグラフ図である。
【図8】(a),(b)は、本発明において、FEM解析を行う際のモデルを示す図である。
【図9】本発明において、脆性き裂の伝播が停止したときの残留応力を説明する図である。
【図10】本発明において、脆性き裂の伝播・停止を4回繰り返したときの試験片の破面を示す図である。
【図11】本発明において、脆性き裂の伝播・停止を4回繰り返したときの荷重とき裂末端開口変位の関係を示すグラフ図である。
【図12】CT試験片を用いた脆性き裂停止試験を説明する図である。
【図13】SET試験片を用いた脆性き裂停止試験を説明する図である。
【図14】脆性き裂発生破壊靱性と温度との関係、および脆性き裂停止破壊靱性と温度との関係を示すグラフ図であり、(a)は、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が小さい材料における両破壊靱性と温度との関係、(b)は、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が大きい材料における両破壊靱性と温度との関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0024】
図1は、本実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法のフローチャートである。
【0025】
図1に示すように、本実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法は、主に、脆性き裂停止試験を行う試験工程(ステップS1)と、脆性き裂停止試験の試験結果を基に解析を行い、脆性き裂停止破壊靱性を求める解析工程(ステップS2)とからなる。
【0026】
まず、本実施の形態で用いる試験片について説明する。
【0027】
図2(a),(b)に示すように、本実施の形態では、略直方体状の試験片21を用いる。試験片21の長さLは、例えば200mmより若干大きく、幅Wは、例えば25mm、高さHは、例えば50mmである。
【0028】
試験片21の長さ方向中央には、幅方向に沿って切欠き22が形成される。切欠き22の長さ(深さ)aは、例えば25mm、長さ方向における開口(き裂末端開口部)の幅Vgは、例えば2mm、切欠き22の先端部の角度θは、例えば30°、切欠き22の先端における丸めの曲率半径ρは、例えば0.1mmである。
【0029】
次に、試験工程(ステップS1)について説明する。
【0030】
試験工程(ステップS1)では、まず、試験片21に、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与する(ステップS11)。本実施の形態では、切欠き22が閉口する方向に試験片21を曲げることで、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与する。以下、切欠き22が閉口する方向に試験片21を曲げることを逆曲げという。
【0031】
ステップS11で試験片21の逆曲げを行う際には、図3に示すような4点曲げ試験治具31を用いる。4点曲げ試験治具31は、並列に配置された2つの支持ローラ32と、両支持ローラ32の上方に並列して設けられた荷重ローラ33とを有する。両荷重ローラ33は、2つの支持ローラ32の間に位置するように配置される。両支持ローラ32間の間隔は、例えば200mmであり、両荷重ローラ33間の間隔は、例えば85mmである。
【0032】
4点曲げ試験治具31を用いて試験片21の逆曲げを行う際には、切欠き22を形成した面を上(荷重ローラ33側)にして試験片21を両支持ローラ32上に載置し、荷重ローラ33で上方から下方(支持ローラ32側)に荷重を付与する。すると、支持ローラ32間の試験片21が下方に押し込まれ、試験片21の下面に引張荷重が、試験片21の上面に圧縮荷重が付与され、切欠き22が閉口する方向に荷重が加わる。
【0033】
ステップS11で試験片21の逆曲げを行った後、ステップS11で試験片21に付与した圧縮予荷重を除荷する(ステップS12)。すると、試験片21が所謂スプリングバックを起こし、切欠き22が若干開口する。このスプリングバックによる切欠き22の開口により、切欠き22の先端部には、残留応力が付与されることになる。
【0034】
具体的には、図4に示すように、切欠き22が開口することにより、切欠き22の先端部近傍には、引張の残留応力が付与されることになる。また、切欠き22の先端部近傍に引張の残留応力が付与されることにより、試験片21内部で残留応力の平衡を保つため、引張の残留応力が付与された領域の外側には、圧縮の残留応力が発生する。その結果、切欠き22の先端近傍では引張の残留応力、切欠き22の先端から少し離れた領域では圧縮の残留応力が付与されることとなり、脆性き裂の伝播方向に沿って引張から圧縮に変化する残留応力の分布が生じることになる。
【0035】
圧縮予荷重を除荷した後、試験片21を所望の評価温度まで冷却する(ステップS13)。
【0036】
試験片21を冷却した後、試験片21に、切欠き22が開口する方向に荷重を付与して、切欠き22の先端に脆性き裂を発生させる(ステップS14)。本実施の形態では、切欠き22が開口する方向に試験片21を曲げることで、切欠き22が開口する方向に荷重を付与する。以下、切欠き22が開口する方向に試験片21を曲げることを正曲げという。
【0037】
ステップS14で試験片21の正曲げを行う際には、図5に示すように、ステップS11で用いたものと同様の4点曲げ試験治具31を用い、試験片21をステップS11と上下逆に配置する。具体的には、切欠き22を形成した面を下(支持ローラ32側)にして試験片21を両支持ローラ32上に載置し、荷重ローラ33で上方から下方(支持ローラ32側)に荷重を付与する。すると、支持ローラ32間の試験片21が下方に押し込まれ、試験片21の下面に引張荷重が、試験片21の上面に圧縮荷重が付与され、切欠き22が開口する方向に荷重が加わる。
【0038】
このとき、図4で説明したように、切欠き22の先端部近傍には引張の残留応力が付与されているので、容易に(小さい荷重で)脆性き裂が発生する。また、発生した脆性き裂が伝播し、圧縮の残留応力が付与された領域に突入すると、脆性き裂が伝播しにくくなり、脆性き裂が停止し易くなる。
【0039】
ステップS14で脆性き裂の伝播が停止した後、脆性き裂の伝播が停止したときのき裂長さを測定する(ステップS15)。
【0040】
ここで、ステップS11〜S15の各ステップにおける荷重とき裂末端開口変位との関係を図6を用いて説明する。なお、き裂末端開口変位とは、切欠き22の開口の変位のことであり、例えば、切欠き22の開口にクリップゲージを設けて測定する。
【0041】
まず、ステップS11で試験片21を逆曲げすると、切欠き22が閉口されるのでき裂末端開口変位は減少する。逆曲げのときの荷重をマイナス、正曲げのときの荷重をプラスとすると、ステップS11では、マイナスの荷重がかかり、き裂末端開口変位も減少するので、図6においてはa点からb点まで移動することになる。
【0042】
その後、ステップS12で圧縮予荷重を除荷すると、荷重が0となり、スプリングバックにより切欠き22が若干開口される(き裂末端開口変位が若干増加する)。よって、ステップS12では、図6においてはb点からc点まで移動することになる。ステップS13では、試験片21を冷却するのみなので、荷重、き裂末端開口変位は変化せずc点のままである。ただし、試験片21を冷却することによって、材料の物性値(応力とひずみの関係)が変化することになる。
【0043】
ステップS14で正曲げすると、プラスの荷重がかかり、切欠き22が開口されてき裂末端開口変位が増加するので、図6においてはc点からd点まで移動することになる。図6の例では、荷重を徐々に増加させ、F1の荷重となったとき(d点)に脆性き裂が発生した。
【0044】
また、本発明との比較のため、残留応力を付与せずに試験片21を正曲げしたときの荷重とき裂末端開口変位との関係を図6に細い実線で示している。残留応力を付与しない場合に、脆性き裂が発生したときの荷重F0は、本発明における脆性き裂が発生したときの荷重F1よりも大きくなっていることが分かる。
【0045】
さらに、圧縮予荷重の大きさを変えて試験を行ったときの試験結果を図7に示す。図7に示すように、Fpre1の圧縮予荷重を付与したとき(図示破線)の脆性き裂発生時の荷重をF1、Fpre2の圧縮予荷重を付与したとき(図示実線)の脆性き裂発生時の荷重をF2とすると、Fpre1<Fpre2(絶対値)であれば、F1>F2となることが分かる。つまり、大きい圧縮予荷重を付与するほど、脆性き裂発生時の荷重は小さくなる。圧縮予荷重をどの程度の荷重にするかは、材料の特性や評価温度、あるいは試験装置(治具)の性能などを考慮して、脆性き裂発生時の荷重が所望の範囲となるように適宜決定すればよい。
【0046】
次に、解析工程(ステップS2)について説明する。
【0047】
解析工程(ステップS2)では、例えばabaqus(登録商標)などのソフトを用いて、有限要素法(Finite Element Method)による解析(以下、FEM解析という)を行う。
【0048】
まず、FEM解析により逆曲げ、正曲げをシミュレートした解析を実施し、J積分を計算する(ステップS21)。
【0049】
ステップS21では、まず、解析モデルを作成する。FEM解析に用いる解析モデルの一例を図8(a),(b)に示す。図8(a),(b)に示すように、本実施の形態では、試験片21の対称性から、長さ方向における半分のみをモデル化した1/2解析モデルを用いる。なお、解析モデルにおいて要素分割を行う際には、切欠き22の先端部分は細かく要素分割することが好ましい。
【0050】
解析モデルを作成した後、まず、逆曲げ・除荷をシミュレートして残留応力の影響を各要素に付与する。また、本実施の形態では、除荷後に試験片21を冷却しているので、材料の物性値(応力とひずみの関係)を変化させたうえで、正曲げのシミュレートを行う。
【0051】
正曲げをシミュレートする際には、脆性き裂の伝播を模擬するために、図8(b)にYで示される領域における境界条件を逐次変更しつつ(接点を逐次開放しつつ)、シミュレートを行うとよい。試験工程(ステップS15)で求めた脆性き裂停止時のき裂長さまでき裂を伝播させ、そのときの脆性き裂の先端でのJ積分の値(脆性き裂停止時のJ積分の値)を算出する。
【0052】
ステップS21で脆性き裂停止時のJ積分の値を算出した後、得られたJ積分の値を基に、[数2]に示す式(1)により、脆性き裂停止時の脆性き裂の先端での応力拡大係数Kcaを求める(ステップS22)。
【0053】
【数2】
【0054】
式(1)により得られた応力拡大係数Kcaが、本発明で求める脆性き裂停止破壊靱性となる。
【0055】
以上説明したように、本実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法では、試験片21に、予め、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、圧縮予荷重を除荷することで、切欠き22の先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、試験片21に、切欠き22が開口する方向に荷重を付与して、切欠き22の先端に脆性き裂を発生させている。
【0056】
上述のように、切欠き22の先端部に残留応力を付与しない場合、脆性き裂を発生させる際の荷重が大きく脆性き裂が止まりにくいため、材料の特性によっては脆性き裂停止破壊靱性を測定することが困難であった。
【0057】
これに対して、本実施の形態では、切欠き22の先端部に予め残留応力を付与して、脆性き裂の伝播方向に沿って引張から圧縮に変化する残留応力の分布を発生させている。これにより、脆性き裂を発生しやすくし、かつ、発生した脆性き裂を停止しやすくすることが可能になる。
【0058】
よって、本発明によれば、従来のCT試験片を用いた方法では測定困難であった、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が大きい材料であっても、脆性き裂停止破壊靱性を容易に測定できる。また、本発明によれば、従来のSET試験片を用いた方法のように温度勾配をつける必要がないので、小型の試験片21を用いることができ、さらに、小さい荷重(駆動力)で脆性き裂を発生させることができるため、大掛かりな試験装置を用いる必要がなく低コストである。さらにまた、本実施の形態では、従来のSET試験片を用いた方法のように温度勾配をつける必要がないので、正曲げを行う前に試験片21を所望の評価温度に冷却しておけば、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を容易に測定することができる。
【0059】
つまり、本発明によれば、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を、簡便・安価に測定可能な脆性き裂停止破壊靱性の測定方法を提供できる。
【0060】
上記実施の形態では、試験工程にて脆性き裂の伝播・停止を1回しか行わなかったが、脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求めるようにしてもよい。
【0061】
図9に示すように、脆性き裂が伝播し、その後停止すると、初期(正曲げを行う前)に付与した残留応力よりも緩和されるものの、停止した脆性き裂の先端には、残留応力(脆性き裂の伝播方向に沿って引張から圧縮に変化する残留応力の分布)が残る。よって、一旦脆性き裂の伝播が停止した後でも、正曲げを続行して荷重を付与すれば、再び脆性き裂を伝播・停止させることができる。脆性き裂の伝播・停止の試験を4回連続して行ったときの試験片21の破面を図10に、荷重とき裂末端開口変位の関係を図11にそれぞれ示す。なお、図10,11において、A〜Dは脆性き裂が停止した位置を示している。
【0062】
このように、脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求めることで、精度の向上を図ることができる。
【0063】
上記実施の形態では、脆性き裂停止試験にて4点曲げ試験治具31を用いる場合を説明したが、脆性き裂停止試験に用いる試験治具はこれに限定されるものではない。
【0064】
また、上記実施の形態では、試験片21を逆曲げし、除荷した後に、試験片21を所望の評価温度に冷却したが、試験片21を冷却するタイミングはこれに限らず、試験片21を正曲げする前に試験片21を冷却すればよく、例えば、試験片21を逆曲げする前に試験片21を冷却してもよいし、逆曲げしながら試験片21を冷却するようにしてもよい。なお、逆曲げしながら試験片21を冷却すると、試験時間の短縮が図れる。
【0065】
このように、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0066】
21 試験片
22 切欠き
31 4点曲げ試験治具
32 支持ローラ
33 荷重ローラ
【技術分野】
【0001】
本発明は、脆性き裂停止破壊靱性の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、脆性き裂停止破壊靱性を測定する際には、ASTM−E1221(非特許文献1)に規定されたコンパクトテンション(Compact Tension)型の試験片(以下、CT試験片という)、もしくは、大型温度勾配型の片側貫通き裂引張(Single Edge Tension)試験片(以下、SET試験片という)を用いて脆性き裂停止試験(Crack Arrest Testing)を行い、その試験結果に基づいて脆性き裂停止破壊靱性を算出していた。
【0003】
脆性き裂停止試験では、試験片に予め切欠きを設けておき、その切欠きが開口する方向に荷重を付与して、切欠きの先端に脆性き裂を発生させ、発生した脆性き裂の伝播が停止したときのき裂長さを測定する。その後、得られたき裂長さに基づき、脆性き裂が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を算出することで、脆性き裂停止破壊靱性が得られる。つまり、脆性き裂停止破壊靱性とは、脆性き裂が停止したときのき裂先端の応力拡大係数のことである。
【0004】
CT試験片を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、図12に示すように、CT試験片121をサポートブロック122に載置すると共に、CT試験片121に形成された貫通孔123にくさび124(くさび124とスプリットピン125)を挿入し、くさび124に荷重を付与することで、貫通孔123が拡がる方向、すなわち切欠き126が開口する方向に荷重を付与し、切欠き126の先端に脆性き裂を発生させる。
【0005】
他方、SET試験片を用いて脆性き裂停止試験を行う場合は、図13に示すように、SET試験片131の両端部に引張荷重を付与することにより、SET試験片131の片側に形成された切欠き132が開口する方向に荷重を付与し、切欠き132の先端に脆性き裂を発生させる。
【0006】
SET試験片131を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、脆性き裂が発生しやすいように切欠き132周辺の温度を比較的低くし、かつ、脆性き裂が停止しやすいように、脆性き裂が伝播するに従って温度が上昇するよう、SET試験片131に温度勾配をつけて試験を行うのが一般的である(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Standard Test Method for Determining Plane−Strain Crack−Arrest Fracture Toughness,KIA of Ferritic Steels」、ASTM E1221−06、ASTM International、2006年
【非特許文献2】Richard E.Link、James A.Joyce、Charles Roe、「Crack arrest testing of high strength structural steels for naval applications」、Engineering Fracture Mechanics 76、2009年、pp.402−418
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、CT試験片121を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、発生した脆性き裂が停止する条件を見出すのが困難である場合が多く、脆性き裂停止破壊靱性の測定が困難であることが多い。これは、CT試験片121が小型(コンパクト)であるため、例えば、SET試験片131のように温度勾配を形成して脆性き裂の伝播を停止しやすくすることもできず、発生した脆性き裂が止まらずに、CT試験片121を貫通してしまうためである。
【0009】
より詳細には、CT試験片121を用いた脆性き裂停止試験では、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が大きい材料、すなわち、脆性き裂発生破壊靱性が大きく、脆性き裂停止破壊靱性が小さい材料においては、脆性き裂停止破壊靱性を測定することが困難である。これは、このような材料では、脆性き裂を発生させる際に大きい力を付与しなければならないが、発生した脆性き裂は、その先端にかかる力が非常に小さくならなければ停止しないので、脆性き裂の伝播が停止しにくく、小型なCT試験片121では脆性き裂を停止させることが困難なためである。
【0010】
つまり、CT試験片121を用いた脆性き裂停止試験は、図14(a)に示すような、脆性き裂発生破壊靱性KJCと脆性き裂停止破壊靱性KIAとの差が比較的小さい特性を有する材料には適用できる可能性があるが、図14(b)に示すような、脆性き裂発生破壊靱性KJCと脆性き裂停止破壊靱性KIAとの差が比較的大きい特性を有する材料には適用が困難である。
【0011】
他方、SET試験片131を用いて脆性き裂停止試験を行う場合、SET試験片131に温度勾配をつけて試験を行う必要があるため、SET試験片131が大型となってしまい、これに伴い、試験時にSET試験片131に付与する荷重が大きくなって試験装置が大掛かりとなり、コストが非常に高くなってしまうという問題がある。
【0012】
また、SET試験片131を用いた脆性き裂停止試験では、SET試験片131に温度勾配をつける必要があるため、所望の評価温度での脆性き裂停止破壊靱性を測定することが困難であるという問題がある。例えば、大型コンテナ船などの船舶の外板においては、万が一き裂が発生した場合でも、そのき裂が伝播せずに停止するように強度設計がなされるが、このような強度設計を行う際には、船舶が使用される環境の温度に応じた脆性き裂停止破壊靱性(一般に低温であるほど低くなる)が要求される。
【0013】
このように、CT試験片121を用いた方法では、脆性き裂停止破壊靱性の測定が困難であることが多く、SET試験片131を用いた方法では、コストが高く、所望の評価温度での脆性き裂停止破壊靱性の測定が困難であるという問題があった。
【0014】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を、簡便・安価に測定可能な脆性き裂停止破壊靱性の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、切欠きを形成した試験片に、予め、前記切欠きが閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、該圧縮予荷重を除荷することで、前記切欠きの先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与して、前記切欠きの先端に脆性き裂を発生させ、該脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を求めることにより、脆性き裂停止破壊靱性を求める脆性き裂停止破壊靱性の測定方法である。
【0016】
前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与する前に、前記試験片を所望の評価温度に冷却するとよい。
【0017】
前記脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数は、前記試験片の解析モデルを作成して有限要素法による解析を行い、前記脆性き裂の伝播が停止したときのJ積分の値を求め、求めたJ積分の値を基に、[数1]に示す式(1)
【0018】
【数1】
【0019】
により算出されてもよい。
【0020】
前記脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求めてもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を、簡便・安価に測定可能な脆性き裂停止破壊靱性の測定方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法のフローチャートである。
【図2】本発明で用いる試験片を示す図であり、(a)は斜視図、(b)はそのX部拡大図である。
【図3】本発明において、試験片を逆曲げする際の斜視図である。
【図4】本発明において、試験片に付与される残留応力を説明する図である。
【図5】本発明において、試験片を正曲げする際の斜視図である。
【図6】本発明において、荷重とき裂末端開口変位の関係を示すグラフ図である。
【図7】本発明において、圧縮予荷重を大きくすると脆性き裂発生時の荷重が小さくなることを説明するグラフ図である。
【図8】(a),(b)は、本発明において、FEM解析を行う際のモデルを示す図である。
【図9】本発明において、脆性き裂の伝播が停止したときの残留応力を説明する図である。
【図10】本発明において、脆性き裂の伝播・停止を4回繰り返したときの試験片の破面を示す図である。
【図11】本発明において、脆性き裂の伝播・停止を4回繰り返したときの荷重とき裂末端開口変位の関係を示すグラフ図である。
【図12】CT試験片を用いた脆性き裂停止試験を説明する図である。
【図13】SET試験片を用いた脆性き裂停止試験を説明する図である。
【図14】脆性き裂発生破壊靱性と温度との関係、および脆性き裂停止破壊靱性と温度との関係を示すグラフ図であり、(a)は、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が小さい材料における両破壊靱性と温度との関係、(b)は、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が大きい材料における両破壊靱性と温度との関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0024】
図1は、本実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法のフローチャートである。
【0025】
図1に示すように、本実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法は、主に、脆性き裂停止試験を行う試験工程(ステップS1)と、脆性き裂停止試験の試験結果を基に解析を行い、脆性き裂停止破壊靱性を求める解析工程(ステップS2)とからなる。
【0026】
まず、本実施の形態で用いる試験片について説明する。
【0027】
図2(a),(b)に示すように、本実施の形態では、略直方体状の試験片21を用いる。試験片21の長さLは、例えば200mmより若干大きく、幅Wは、例えば25mm、高さHは、例えば50mmである。
【0028】
試験片21の長さ方向中央には、幅方向に沿って切欠き22が形成される。切欠き22の長さ(深さ)aは、例えば25mm、長さ方向における開口(き裂末端開口部)の幅Vgは、例えば2mm、切欠き22の先端部の角度θは、例えば30°、切欠き22の先端における丸めの曲率半径ρは、例えば0.1mmである。
【0029】
次に、試験工程(ステップS1)について説明する。
【0030】
試験工程(ステップS1)では、まず、試験片21に、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与する(ステップS11)。本実施の形態では、切欠き22が閉口する方向に試験片21を曲げることで、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与する。以下、切欠き22が閉口する方向に試験片21を曲げることを逆曲げという。
【0031】
ステップS11で試験片21の逆曲げを行う際には、図3に示すような4点曲げ試験治具31を用いる。4点曲げ試験治具31は、並列に配置された2つの支持ローラ32と、両支持ローラ32の上方に並列して設けられた荷重ローラ33とを有する。両荷重ローラ33は、2つの支持ローラ32の間に位置するように配置される。両支持ローラ32間の間隔は、例えば200mmであり、両荷重ローラ33間の間隔は、例えば85mmである。
【0032】
4点曲げ試験治具31を用いて試験片21の逆曲げを行う際には、切欠き22を形成した面を上(荷重ローラ33側)にして試験片21を両支持ローラ32上に載置し、荷重ローラ33で上方から下方(支持ローラ32側)に荷重を付与する。すると、支持ローラ32間の試験片21が下方に押し込まれ、試験片21の下面に引張荷重が、試験片21の上面に圧縮荷重が付与され、切欠き22が閉口する方向に荷重が加わる。
【0033】
ステップS11で試験片21の逆曲げを行った後、ステップS11で試験片21に付与した圧縮予荷重を除荷する(ステップS12)。すると、試験片21が所謂スプリングバックを起こし、切欠き22が若干開口する。このスプリングバックによる切欠き22の開口により、切欠き22の先端部には、残留応力が付与されることになる。
【0034】
具体的には、図4に示すように、切欠き22が開口することにより、切欠き22の先端部近傍には、引張の残留応力が付与されることになる。また、切欠き22の先端部近傍に引張の残留応力が付与されることにより、試験片21内部で残留応力の平衡を保つため、引張の残留応力が付与された領域の外側には、圧縮の残留応力が発生する。その結果、切欠き22の先端近傍では引張の残留応力、切欠き22の先端から少し離れた領域では圧縮の残留応力が付与されることとなり、脆性き裂の伝播方向に沿って引張から圧縮に変化する残留応力の分布が生じることになる。
【0035】
圧縮予荷重を除荷した後、試験片21を所望の評価温度まで冷却する(ステップS13)。
【0036】
試験片21を冷却した後、試験片21に、切欠き22が開口する方向に荷重を付与して、切欠き22の先端に脆性き裂を発生させる(ステップS14)。本実施の形態では、切欠き22が開口する方向に試験片21を曲げることで、切欠き22が開口する方向に荷重を付与する。以下、切欠き22が開口する方向に試験片21を曲げることを正曲げという。
【0037】
ステップS14で試験片21の正曲げを行う際には、図5に示すように、ステップS11で用いたものと同様の4点曲げ試験治具31を用い、試験片21をステップS11と上下逆に配置する。具体的には、切欠き22を形成した面を下(支持ローラ32側)にして試験片21を両支持ローラ32上に載置し、荷重ローラ33で上方から下方(支持ローラ32側)に荷重を付与する。すると、支持ローラ32間の試験片21が下方に押し込まれ、試験片21の下面に引張荷重が、試験片21の上面に圧縮荷重が付与され、切欠き22が開口する方向に荷重が加わる。
【0038】
このとき、図4で説明したように、切欠き22の先端部近傍には引張の残留応力が付与されているので、容易に(小さい荷重で)脆性き裂が発生する。また、発生した脆性き裂が伝播し、圧縮の残留応力が付与された領域に突入すると、脆性き裂が伝播しにくくなり、脆性き裂が停止し易くなる。
【0039】
ステップS14で脆性き裂の伝播が停止した後、脆性き裂の伝播が停止したときのき裂長さを測定する(ステップS15)。
【0040】
ここで、ステップS11〜S15の各ステップにおける荷重とき裂末端開口変位との関係を図6を用いて説明する。なお、き裂末端開口変位とは、切欠き22の開口の変位のことであり、例えば、切欠き22の開口にクリップゲージを設けて測定する。
【0041】
まず、ステップS11で試験片21を逆曲げすると、切欠き22が閉口されるのでき裂末端開口変位は減少する。逆曲げのときの荷重をマイナス、正曲げのときの荷重をプラスとすると、ステップS11では、マイナスの荷重がかかり、き裂末端開口変位も減少するので、図6においてはa点からb点まで移動することになる。
【0042】
その後、ステップS12で圧縮予荷重を除荷すると、荷重が0となり、スプリングバックにより切欠き22が若干開口される(き裂末端開口変位が若干増加する)。よって、ステップS12では、図6においてはb点からc点まで移動することになる。ステップS13では、試験片21を冷却するのみなので、荷重、き裂末端開口変位は変化せずc点のままである。ただし、試験片21を冷却することによって、材料の物性値(応力とひずみの関係)が変化することになる。
【0043】
ステップS14で正曲げすると、プラスの荷重がかかり、切欠き22が開口されてき裂末端開口変位が増加するので、図6においてはc点からd点まで移動することになる。図6の例では、荷重を徐々に増加させ、F1の荷重となったとき(d点)に脆性き裂が発生した。
【0044】
また、本発明との比較のため、残留応力を付与せずに試験片21を正曲げしたときの荷重とき裂末端開口変位との関係を図6に細い実線で示している。残留応力を付与しない場合に、脆性き裂が発生したときの荷重F0は、本発明における脆性き裂が発生したときの荷重F1よりも大きくなっていることが分かる。
【0045】
さらに、圧縮予荷重の大きさを変えて試験を行ったときの試験結果を図7に示す。図7に示すように、Fpre1の圧縮予荷重を付与したとき(図示破線)の脆性き裂発生時の荷重をF1、Fpre2の圧縮予荷重を付与したとき(図示実線)の脆性き裂発生時の荷重をF2とすると、Fpre1<Fpre2(絶対値)であれば、F1>F2となることが分かる。つまり、大きい圧縮予荷重を付与するほど、脆性き裂発生時の荷重は小さくなる。圧縮予荷重をどの程度の荷重にするかは、材料の特性や評価温度、あるいは試験装置(治具)の性能などを考慮して、脆性き裂発生時の荷重が所望の範囲となるように適宜決定すればよい。
【0046】
次に、解析工程(ステップS2)について説明する。
【0047】
解析工程(ステップS2)では、例えばabaqus(登録商標)などのソフトを用いて、有限要素法(Finite Element Method)による解析(以下、FEM解析という)を行う。
【0048】
まず、FEM解析により逆曲げ、正曲げをシミュレートした解析を実施し、J積分を計算する(ステップS21)。
【0049】
ステップS21では、まず、解析モデルを作成する。FEM解析に用いる解析モデルの一例を図8(a),(b)に示す。図8(a),(b)に示すように、本実施の形態では、試験片21の対称性から、長さ方向における半分のみをモデル化した1/2解析モデルを用いる。なお、解析モデルにおいて要素分割を行う際には、切欠き22の先端部分は細かく要素分割することが好ましい。
【0050】
解析モデルを作成した後、まず、逆曲げ・除荷をシミュレートして残留応力の影響を各要素に付与する。また、本実施の形態では、除荷後に試験片21を冷却しているので、材料の物性値(応力とひずみの関係)を変化させたうえで、正曲げのシミュレートを行う。
【0051】
正曲げをシミュレートする際には、脆性き裂の伝播を模擬するために、図8(b)にYで示される領域における境界条件を逐次変更しつつ(接点を逐次開放しつつ)、シミュレートを行うとよい。試験工程(ステップS15)で求めた脆性き裂停止時のき裂長さまでき裂を伝播させ、そのときの脆性き裂の先端でのJ積分の値(脆性き裂停止時のJ積分の値)を算出する。
【0052】
ステップS21で脆性き裂停止時のJ積分の値を算出した後、得られたJ積分の値を基に、[数2]に示す式(1)により、脆性き裂停止時の脆性き裂の先端での応力拡大係数Kcaを求める(ステップS22)。
【0053】
【数2】
【0054】
式(1)により得られた応力拡大係数Kcaが、本発明で求める脆性き裂停止破壊靱性となる。
【0055】
以上説明したように、本実施の形態に係る脆性き裂停止破壊靱性の測定方法では、試験片21に、予め、切欠き22が閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、圧縮予荷重を除荷することで、切欠き22の先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、試験片21に、切欠き22が開口する方向に荷重を付与して、切欠き22の先端に脆性き裂を発生させている。
【0056】
上述のように、切欠き22の先端部に残留応力を付与しない場合、脆性き裂を発生させる際の荷重が大きく脆性き裂が止まりにくいため、材料の特性によっては脆性き裂停止破壊靱性を測定することが困難であった。
【0057】
これに対して、本実施の形態では、切欠き22の先端部に予め残留応力を付与して、脆性き裂の伝播方向に沿って引張から圧縮に変化する残留応力の分布を発生させている。これにより、脆性き裂を発生しやすくし、かつ、発生した脆性き裂を停止しやすくすることが可能になる。
【0058】
よって、本発明によれば、従来のCT試験片を用いた方法では測定困難であった、脆性き裂発生破壊靱性と脆性き裂停止破壊靱性の差が大きい材料であっても、脆性き裂停止破壊靱性を容易に測定できる。また、本発明によれば、従来のSET試験片を用いた方法のように温度勾配をつける必要がないので、小型の試験片21を用いることができ、さらに、小さい荷重(駆動力)で脆性き裂を発生させることができるため、大掛かりな試験装置を用いる必要がなく低コストである。さらにまた、本実施の形態では、従来のSET試験片を用いた方法のように温度勾配をつける必要がないので、正曲げを行う前に試験片21を所望の評価温度に冷却しておけば、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を容易に測定することができる。
【0059】
つまり、本発明によれば、所望の評価温度における脆性き裂停止破壊靱性を、簡便・安価に測定可能な脆性き裂停止破壊靱性の測定方法を提供できる。
【0060】
上記実施の形態では、試験工程にて脆性き裂の伝播・停止を1回しか行わなかったが、脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求めるようにしてもよい。
【0061】
図9に示すように、脆性き裂が伝播し、その後停止すると、初期(正曲げを行う前)に付与した残留応力よりも緩和されるものの、停止した脆性き裂の先端には、残留応力(脆性き裂の伝播方向に沿って引張から圧縮に変化する残留応力の分布)が残る。よって、一旦脆性き裂の伝播が停止した後でも、正曲げを続行して荷重を付与すれば、再び脆性き裂を伝播・停止させることができる。脆性き裂の伝播・停止の試験を4回連続して行ったときの試験片21の破面を図10に、荷重とき裂末端開口変位の関係を図11にそれぞれ示す。なお、図10,11において、A〜Dは脆性き裂が停止した位置を示している。
【0062】
このように、脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求めることで、精度の向上を図ることができる。
【0063】
上記実施の形態では、脆性き裂停止試験にて4点曲げ試験治具31を用いる場合を説明したが、脆性き裂停止試験に用いる試験治具はこれに限定されるものではない。
【0064】
また、上記実施の形態では、試験片21を逆曲げし、除荷した後に、試験片21を所望の評価温度に冷却したが、試験片21を冷却するタイミングはこれに限らず、試験片21を正曲げする前に試験片21を冷却すればよく、例えば、試験片21を逆曲げする前に試験片21を冷却してもよいし、逆曲げしながら試験片21を冷却するようにしてもよい。なお、逆曲げしながら試験片21を冷却すると、試験時間の短縮が図れる。
【0065】
このように、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0066】
21 試験片
22 切欠き
31 4点曲げ試験治具
32 支持ローラ
33 荷重ローラ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
切欠きを形成した試験片に、予め、前記切欠きが閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、該圧縮予荷重を除荷することで、前記切欠きの先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与して、前記切欠きの先端に脆性き裂を発生させ、該脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を求めることにより、脆性き裂停止破壊靱性を求めることを特徴とする脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【請求項2】
前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与する前に、前記試験片を所望の評価温度に冷却する請求項1記載の脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【請求項3】
前記脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数は、
前記試験片の解析モデルを作成して有限要素法による解析を行い、前記脆性き裂の伝播が停止したときのJ積分の値を求め、求めたJ積分の値を基に、[数1]に示す式(1)
【数1】
により算出される請求項1または2記載の脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【請求項4】
前記脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求める請求項1〜3いずれかに記載の脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【請求項1】
切欠きを形成した試験片に、予め、前記切欠きが閉口する方向に圧縮予荷重を付与し、該圧縮予荷重を除荷することで、前記切欠きの先端部に残留応力を付与しておき、しかる後に、前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与して、前記切欠きの先端に脆性き裂を発生させ、該脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数を求めることにより、脆性き裂停止破壊靱性を求めることを特徴とする脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【請求項2】
前記試験片に、前記切欠きが開口する方向に荷重を付与する前に、前記試験片を所望の評価温度に冷却する請求項1記載の脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【請求項3】
前記脆性き裂の伝播が停止したときのき裂先端の応力拡大係数は、
前記試験片の解析モデルを作成して有限要素法による解析を行い、前記脆性き裂の伝播が停止したときのJ積分の値を求め、求めたJ積分の値を基に、[数1]に示す式(1)
【数1】
により算出される請求項1または2記載の脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【請求項4】
前記脆性き裂の伝播・停止の試験を連続して複数回行い、各試験ごとに算出した脆性き裂停止破壊靱性を平均して、平均脆性き裂停止破壊靱性を求める請求項1〜3いずれかに記載の脆性き裂停止破壊靱性の測定方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−169745(P2011−169745A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33802(P2010−33802)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】
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